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博士(文学)学位請求論文審査報告要旨
論文提出者氏名 宮崎 文典
論 文 題 目 プラトン『ゴルギアス』における正義・善・美 審査要旨
本論文は、正義と善と美がいかにして結びつきうるかという独自の視点から設定した主題を、プラトンの対話篇『ゴ ルギアス』において解明しようと試みたものである。正/不正-善/悪-美/醜という三対の対応関係はソクラテスによ って提起された哲学上の根本問題であり、この問題が『ゴルギアス』の対話全体の基調となって展開される議論の 諸論点は、プラトンの後続対話篇の最も重要な基軸となっている。著者はその点を踏まえたうえで、この主題をめぐ る当対話篇の議論の展開をあらためて精査し、独自の考察を加える。考察全体として、ソクラテスと個別に展開され る三人の対話者(ゴルギアス、ポロス、カリクレス)とのそれぞれの応酬には根柢において一貫した問題連関があるこ とを、従来の諸研究の詳細な批判的検討によって裏付けている点が、説得力ある考察成果として高く評価された。
その成果は、著者による恣意的な解釈ではなく、極めて周到なテクスト読解に基づくより整合的な解釈の可能性 を、対話の精緻な構造分析によって明らかにするという本論文の方法論から齎されたものである、と認められた。
著者の考察の特質が審査においてどのように評価されたかを、個別に記せば以下の通りである。まず、弁論家は 正不正だけでなく、善悪、美醜についても、「何であるか」を知っているのか、というソクラテスの問いかけを著者は取 り上げる(第 1 章)。この問いかけの意味を探るべく、弁論術による言論がいかなるものであるかを吟味する一連の議 論の流れを、説得の主題となる対象および説得の内容、弁論術の射程の拡張と不正使用の可能性、弁論術が用 いられる現場の吟味、正不正・善悪・美醜の知と弁論術の実践および教授との関係、として捉え独自に分析するこ とによって、著者は三対の対応関係が問題として導出されうる起点を見出している。弁論術による言論が正不正を 対象とし、また同時にその機能上必然的に善悪さらには美醜に関与することにより、正不正・善悪・美醜が相互の連 関のなかで問われるという可能性が現れてくる、という著者の指摘は重要であり、論文の主題がよく明示されたもの である。また、この正不正と善悪の連関はいかに引き出されうるのか、と問うている(第 2 章)。これについては、正し いことについての知と技術との類比をめぐる議論にかんする精確な解釈とともに、正しい人のあり方に注目して、そ れが一義的に善へと方向づけられているという指摘も、適切である。これは弁論術の不正使用について、有力な先 行解釈とは異なる説得的な解釈の方向性を示したものである。
つぎに、正と善、不正と悪の一致を具体的に説明する基礎作業として、この連関のなかで問われる善の意味を著 者は解明しようとする(第 3 章)。技術と弁論術の対比において語られる善さとは、それぞれが関与する対象にとって の善さであり、対象を益するという意味での善さ(有益性)として用いられていること、そして弁論術が魂にかかわる 迎合とされていることから、この場合の善さとは魂を益するという意味での善である、と論ずる。また、何かのために 何かを行なうという手段-目的の関係に注目し、それを手段選択の問題に還元させる解釈に対して、手段のうちに 目的が含意されている、と捉える(第 4 章)。手段としての善い行為と目的としての善との区別に関してはなお検討を 要するものの、含意関係から行為の基準としての正義が導出されうるという指摘は妥当な帰結である。
さらに、不正を行なうほうが不正を受けるよりも恥ずべき(醜い)という、ソクラテス的命題の解明を試みる(第 5 章)。
そのさい、恥ずべきという判断(評価語)の解釈に、表層と深層の区別を応用しているのが特徴的である。すなわ ち、不正を行なうほうが恥ずべきであると認めながら、不正を受けるほうが悪いと主張して不正を行なうことを選ぶ立 場は、美醜の判断が善悪の判断に影響を及ぼさず、行為および生き方の選択に関与しないということであり、正不 正、美醜という行為規範が表面上は了解されながらも、為すべき行為を促す効力をもたない状況として、恥ずべきと いう判断の表層と捉える。これに対して、恥ずべきという判断が害悪であり、行為および生き方の選択に重要な意味
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をもつとする理解が、判断の深層と位置付ける。これは魂にとっての善悪が問題となる対話の流れのなかで、対話 者が表層の判断にとどまっている状況を、深層との区別によって明快に描き出し、弁論術の論法では深層に到達 することは不可能であるという批判をとおして、美醜と善悪の問題連関を十分に裏付けたものである。
そこからさらに著者は、生き方の問題をめぐる魂の善(有益性)、幸福についての根拠づけへと議論を進める(第 6 章)。魂の秩序・規律についての有力な解釈が、魂の諸部分のあいだの調和として理性が欲望を抑制することや、
諸々の欲望の組織化としての欲望の抑制や調整とみなして、欲望の観点からおこなわれていることを明らかにし て、それらの文脈上の問題点を指摘する。これらに対して、著者は生き方の問題を重視し、行為の有益性に着目す る。欲望充足としての快楽を善とする立場に対して、善い快楽と悪い快楽の区別をめぐる議論から善い行為と悪い 行為とを定める基準が問われ、技術との類比から対象の善さを作り出すという点で、その基準があらためて問われ るべきである、と強調する。著者によれば、技術にとってものを作り出す原理となるのが秩序・規律であるように、魂 の秩序・規律は魂のうちに善さ(正義、節制などの諸徳)を作り出す原理であり、行為の有益性の基準にほかならな い。そこに立法術が魂を育むということの根拠づけが与えられており、魂の秩序・規律としてのノモスによる人格形成 の本来性こそ、弁論家の反論に対するプラトンの応答であった、と論ずる。この場合ノモスは、ピュシス-ノモスの対 立軸の一方ではなく、それを超えた視点として把握されるべきであろうが、その方向への展開は後続の対話篇を俟 たねばならない。『ゴルギアス』においてはそうした方向づけがノモスの原理性として明確に定位されているという解 釈であり、従来ともすると軽視されがちであったノモス概念について、その機能と意義に関して示唆に富む知見を提 出している。
本論文は、主題の設定とともに、一貫して主題をめぐる議論の詳細な検討と独自の解釈に基づく優れた考察から なり、特色ある新しい『ゴルギアス』研究ともなっている。上に記した内容の細部、および全体の構成において、本論 文は学位の授与に値すると判断するものである。
公開審査会開催日 2012 年 4 月 21 日
審査委員資格 所属機関名称・資格 博士学位名称 氏 名
主任審査委員 早稲田大学文学学術院・教授 丸野 稔
審査委員 青山学院大学文学部・教授 三嶋 輝夫
審査委員 早稲田大学文学学術院・教授 酒井 紀幸
審査委員 審査委員