研 究論 文
企業の ものづ くり戦略
一 品質への一考察一 田 中 則 仁
要 旨
企業の国際経営 における競争優位戦略 を、 ものづ くりの観点か ら考察 した。 日本企業の 製造業では、戦後の早い段階か ら生産性向上、品質改善に取 り組んで きた。その結果、 日 本製品には高い信頼性が寄せ られ、ブラン ドカ を持つ にいたった。 しか し諸外 国の当該製 品市場での厳 しい価格競争か ら、アジアや欧米で現地生産 を開始 し、競争力 を維持すべ く 国際経営の視点か ら生産拠点配置戦略 を立てて きた.その一方で、 日本国内か らの生産部 門の海外移転 を機 に、それまで 日本国内で蓄積 された ものづ くりの技術や職人芸が失われ つつある。 また、品質管理 を徹底 した ものの、顧客の要望 と乗離 した過剰 な仕様や品質に なっていることも事実である。 企業の ものづ くりを拠点再配置や人材育成か ら再考す るこ とが急務である。
Abstract
Thispaperfocusesonmanufacturingprocessfromaninternationalmanagementstrategic pointJapanesemanufacturingcompanieshavemadealotofeffortstopromoteproductiv‑
ityandimprovementofqualityassurance.Inordertotakeadvantageswithcompetitors inothercountries,Japanesemultinationalenterprisesrelocatedmanufacturingplantsand craftsmanshiphasbeenlost.Companiesneedtopaymoreattentiontocraftsmanshipand succeedittoyoungengineers.
キ ー ワ ー ド :国際経営、経営戦略、 ものづ くり、職人芸、品質、消費者噂好、企業環境 Keywords:internationalmanagementbusinessstrategy,manufacturing,craftsmanship,
quality,consumerpreference,businessenvironment
1.は じめ に
近年、FTA や EPAlの締結で、各国は自由貿 易の枠組み を整 え、世界市場 はます ます開放体 系 にな り統合化 の動 きを加速 させている。2008 年秋の リーマ ンシ ョック以降、世界経済 は長い 不況 に入 り、一段 と景気悪化 の様相 を呈 した。
日本経済 は2010年 に入 って も二番底 といわれる 状況 にある。アメリカのサブプライムロー ン問 題か ら端 を発 した金融機関の破綻であったが、
日本企業の経営 に与 えた影響 は大 きかった。世 界の金融資本市場 は事実上単一市場 として機能 している。アメ リカで発生 した金融危機の問題 も、金融商品の資産価値 の変動 を伴 って瞬時に
1FTAは自由貿易協定で貿易 を主体 とする協定、EPAは経済連携協定で経済協力の促進など広範囲に及ぶ協定である0 企業 の ものづ く り戦 略 1
日本始め世界各国の金融機関へ と波及 した。金 融機関が受けた問題 は、次に融資対象企業へ と その影響 を及ぼ し、国内企業 に対す る金融機関 か らの貸 し渋 りや貸 しはが しを通 じて、企業の 投資行動や事業展開を制約することになった。
しか しこの2年間の世界経済の動向をみると、
日本 をは じめ としてアメ リカやEU が まだ景気 低迷か ら脱却 しきっていない一方で、新興 国市 場 には活況が戻 っている。 アメリカ政府 は2010 年秋の中間選挙 に向けて、 さまざまな景気刺激 政策を発動 させてきたが、500万人を目標 とした 新規雇用が急速 に増加 した とはい えない。EU では2010年春に顕在化 したギリシャの問題か ら、
ドイツをは じめ として加盟諸国が協力 を余儀 な くされ、各国の景気刺激政策 も奏功 していない のが現状である。
日本の国内市場動向をみて も、記録的猛暑で エアコンなど一部の家電製品で増産体制 はある ものの、全体 としては人々の消費行動が買い控 えに向いている。その結果、企業 は在庫 を減 ら そ うとす るあまり販売価格引 き下げで対応 し、
さらに連鎖的な価格低下でデフレスパイラルを 引 き起 こした。製造業では国際商品市況での原 材料価格 の上昇 による川上 インフレの一方で、
国内製品市場での価格低迷か ら川下デフレがお こっている。 これによ り、企業の売 り上げが伸 び悩み、賃金の抑制や非正規雇用者の削減等が さらなる消費の低迷 につながっている。
企業の経営戦略 にはさまざま側面があるが、
製造業 におけるものづ くり、生産管理戦略 はき わめて重要であ り、 ものづ くりの在 り方が企業 環境の激変 とともに大 きく変化 している。経営 資源の有効活用 と創意工夫 を積み上げなが ら、
日本企業は今 日の信頼を世界市場で築いてきた。
製品における競争優位 を確立す るには、品質だ けでな く価格、納期、品揃 えなどさまざまな要 因があることはい うまで もない。 しか し日本企 業の製品における信頼の基礎が、その品質であ るといって も過言ではないであろう。徹底 した
2新村 出編 r広辞苑j第四版、岩波書店、1991年、p.2205
品質管理の仕組み と工程が、高い精度の品質 を 保証 した製品を世界の市場 に提供 して きた。
本稿 では、 日本企業の ものづ くりに着 日し、
国際経営の視点か らそれが どの ように変化 して きたかを振 り返 りなが ら、競争優位の源泉であ る品質や仕様 について改めて考察 してい く。
2 .
晶質 と仕様ものづ くりの基本である品質お よび品質管理 には、次のような定義がある。「品質は品物の性 質、品質管理は製品の品質の安定化お よび向上 を図ること。管理図法な どの統計学的手法が用 いられる
。 」 2
この一般的な辞書的定義による品質 では、品物の性質をもって品質 と定めているが、経営学的な観点か らの品質においては、 もう一 歩踏み込んだ見方があるであろう。すなわち、
品質は技術 や機能の向上 によって製品やサービ スにもた らされる付加価値、 とい う考 え方であ る。形のある製品や財 においては、高精度や高 機能に表わされる性質が高品質 といえよう。 ま たサー ビスにおいては、 きめ細やかな配慮や訓 練の行 き届いたス タッフによるホス ピタリティ の提供 こそが高品質のサービスである。 ホテル 業 にみ られるホス ピタリテ ィ業では、過 ごした 時間の中で提供 される心が こもった細やかな接 客が価値 を持 ち、市場での評価 に応 えられる商 品である。 本稿ではこの定義 をもとに、特 にも のづ くりにおける品質 を考察 してい きたい。
製造業の ものづ くりにおいて、競争優位の評 価 の基準 となるものが品質であることは基本で あるが、それだけが全てではない。消費者が期 待す るものを的確 に探 り、それに適切 に応 える 製品づ くりをす ることが ものづ くりである。 ま ずは製品の企画 と立案がある。 市場でのニーズ を把握 し、その必要性か ら製品を企画 し設計‑
と具現化す るのが一般的であろう。 この段階で は市場のニーズ調査か ら、 どのような機能性能 を盛 り込むかが検討 される。 また一方企画段階
では、企業が蓄積 した研究開発成果か ら、製品 づ くりのシーズ、す なわち種 をもとに して製品
を企画開発する場合 もある。
必要性か ら企画 された製品を設計 し試作 品を 作 ることが次の段階になる。試作品が作成 され る段階では、当初の 目的 とされた機能や性能を 盛 り込み、 目に見 える形が出来上がる。 さまざ まな機能は、それぞれが個々に開発 されいわば モジュール化 されて付加 されることが多い。 し か し一つの製品に組み込 まれた時に、組み合わ せ技術 だけでは全体が円滑 に作動 しないことが 起 こる。 この微調整 をおこな うことがす り合 わ せの技術であ り、全体調整 を通 じて製品の作動 を保証す ることになる。 設計者 と開発者、 さら には外部の部品メーカーの生産部門の担当者 ら の緊密 な連携 とす りあわせがあって初めて使い 勝手の良い製品が誕生 して くるのである。
これを参考意見や批判 をして もらうモニ ター の人々に使 って もらい、改善点 をまとめて試作 品の改良を行 う。 この流れを何度 も繰 り返 し、
さまざまな属性のモニターの意見を入れなが ら、
製品を仕上げて完成度を高めてい くことになる。
新製品に込める開発の理念や 目標 は、本来それ を購入 し使用す る消費者の満足度 を想定 しなが ら作 り込む ものである。 しか し開発 の段階にお いては、時 として消費者の姿 を忘れた機能や性 能を盛 り込むことが見受け られる。 この点の詳 細 な考察は4節で行 うが、消費者の要望か ら乗 離 して、企業の営業上の観点か ら、同業他社 に 少 しで も優位 に立つべ く新製品の機能が独 自に 進化 してい くプロセスが、現在で も日本の携帯 電話 な どで少 なか らず見受け られる。
試作 を繰 り返 したのちに完成品がで きると、
次に量産体制に移行で きるよう量産設計を行 う。
試作品の開発段 階では、 さまざまな部品や部材 を何度 も装着 しなおす ことが通常であるが、実
際の生産現場では各部品をシャーシの上 に次々 に装着 してい くため、手順 よ く実装す ることが 不可欠になるか らである。 日本企業の生産管理 技術では、 この効率的な実装技術 を可能に した 量産設計が優れていたことも忘れてはならない。
また生産の現場では、通常 は多段階の品質検査 段階を設け、中間生産品がそれぞれの段 階での 品質基準 に合致 しているかを確認す る。 この よ うに量産の各段階で製品の品質管理 を行い、最 終段階での不良品の滞留 を防ぎ、歩留まり3を高 める工夫が赦密 に導入 されていた。そのための 手段 として導入 されたのが、アメリカで提唱 さ れたデ ミング博士の統計的手法であ り、1955年 に設立 された 日本生産性本部が啓蒙 し推進 した 生産性向上運動4は、 日本全国の事業所で積極的 に実施 された。 この ような生産性向上運動が展 開される背景 には、当時の世界市場 における日 本の工業製品に対す る、安かろう悪かろうとい うマイナスイメージを何 として も払 しょくした い との産業界の切実な思いがあった。晶質維持 と信頼性 向上 に向けての同様 な試みは、近代化 の道 を歩み始めた明治期の 日本 において もみる ことがで きる。 世界市場 に向けての有力 な輸出 製品であった絹 (生糸)の蚕種 や品質を明確 に するため、明治政府 は生糸 を最重要輸 出産物 と 位置づけ、1896年に当時の農商務省が横浜 と神 戸 に生糸検査所 を設置 した。製品が市場で信頼 され価値 を持つにいたるには、 なによ り品質の 保証が重要であるとの認識 をもっていた。
ものづ くりにおいて製品の品質が大変重要 な 意味 を持つ ことは、明治期か ら企業家 の中で認 識 されていた。 ときには粗製乱造 といわれるよ うな製品づ くりに走 った者 は、いつの時代で も いたことであろう。 しか し品質の良い ものを手 際 よく作 ることは、ほとん どの企業家 に共通 し た目標 として共有 されていたといってよかろう。 3完成品に占める品質基準 を満た した製品の割合のこと。その反対に、品質基準 を満たさなかった不良品が最終製品に 占める割合 を欠陥品率 (デ ィフェク ト ・レイシオ) という。欠陥品をゼロにすることが本来の 目的であるが、現実的な 目標 としてシックスシグマ とい う基準が用い られることが多い。経営学的な意味か らのシックスシグマは製品100万個 中の欠陥品が3.4個 を示す。但 し、統計学上の60では10億分の2個 といわれ、厳密 な意味づけは異 なっている。
4公益財団法人 日本生産性本部 (2010年 より)の1955年設立以来の活動 と役割については、参考文献 (28)日中則仁2010
年9月参照。
企業のものづ くり戦略 3
また同業他社 との切瑳琢磨 という競争環境下で、
よ り良い ものをより安 く作 り、消費者 に提供す ることが ものづ くり企業の命題 として認識 され ていた。 この意識 こそが、 日本製品の世界市場 における信頼性 とメイ ド ・イン ・ジャパ ンのブ ラン ド価値 の源泉 になったのである。
さらに付 け加 えるな ら、 ものづ くりによって 生み出された製品が、最終消費財か耐久消費財 かによって も企業 に求め られる要素は異 なって くる。消費者が直接手 に取 って購入 し、ただち に使用する最終消費財では、その精度 と安全性 や安心感が大切である。 日本市場での消費者行 動が、時 として過剰 ともいえるほ ど品質へのこ だわ りを見せ ることについては4節で再考する が、品質を製品選択の第一優先順位 と考 える消 費者であ り、そのこだわ りがかな り強いことは 世界の市場で も特異であるといえよう。
また製品仕様 の開発 において も、 日本人消費 者の機能へのこだわ りが取 り入れ られ、企業の 企画者がそれを見越 して製品企画 に過大に反映 させ ることが続いて きた。製品の品質向上 と、
機能や性能 を具現化 した製品仕様の企画設計に おいては、企業 と消費者の相互の強い思いが、
日本独 自の仕様の進化 をもた らしたのではなか ろうか。 しか しなが らこれは消費者 に対 して確 実 に製品コス トと価格上昇 をもた らす ことにな り、消費者がその最終転嫁者 としてコス トを負 担せ ざるをな くなるのである。
耐久消費財 においては、その製品を何年 にも わたって使用す るとなると、必ず保守点検や修 理修繕の問題が発生す る。 家電製品や 自動車な
どの身近な耐久消費財では、定期的な保守点検 を行い、消耗部品を交換す ることで本来の機能 を維持することがで きる。 この ような製品であ れば、保守点検 の手間が少 な くて済むいわゆる メ ンテナ ンス ・フリーに近いことが品質の証で あると認識 されよう。 日本製の 自動車が諸外国 で信頼 されているのは、初期購入費用が多少高 くとも、その後の不具合が少な く、安心 して使
用で きるとい う基本的な顧客満足 に しっか り応 えて きたか らに他 ならない。
3 .
安 全 に か か わ る絶対 晶質製品が使用 されるとき、消費者や利用者の生 命にかかわる安心 と安全は、 どのような事があっ て も譲れない絶対条件である。そのために維持 し保証 しなければならない品質が絶対品質であ る。食品であれば食の安心安全のための厳格 な 検査基準 を、JAS(日本農林規格)やHACCP
(ハセ ップ)5で定めている。製造業においても安 全性 を重視 したJIS(日本工業規格)などそれぞ れの分野で厳 しい基準が設定 されている。
自動車 な どの安全基準 は、ユーザーが便利 な 道具 を安全 に利用す るためには不可欠 な制度で ある。 しか し企業の コス ト管理上は、 どこかで 妥協 していかなければな らない事態が生 じてい ることも事実である。安全対策に十全 を期す こ とは必要 な事ではあるが、 コス トの上昇 と製品 価格の引 き上げになる。ユーザーに等 しくその 負担 を強いることは、企業 にとっては売 り上げ 低下 をもた らすであろう。絶対確実 な安全対策 が まだない以上、 どの程度の安全装置 をどの く
らいの価格で装着す るか という選択 をせ ざるを 得 ないのである。ユーザーが法定速度 を守って いれば、安全装置で危険 を防げる範囲は最低限 であろう。 しか し人は必ず間違 えを起 こす とい う、大変厳 しい前提での安全基準 となると、素 材や安全装置 にも格段 の精度が求め られること
になる。
次に述べ る筆者の面談調査事例 は、上記の絶 対安全基準 に関す る品質保証 においての示唆 を 含んでいる。東京都大 田区西椛谷で、長年 にわ た りバルブ ・コックの開発製造販売 を営んでい る株式会社鳥海製作所での1995年頃の事例であ る。同社は各種のバルブ ・コックを企画設計 し、
鉄道車両用の非常 口開扉バルブ ・コックを製造 し販売 して きた。鉄道車両 は従来、耐用年数が
5HACCPは1960年代 に米国で宇宙食の安全性確保のために開発 された食品衛生管理方式。現在 は国連食程農業機 関 (FÅo)と世界保健機構 (WHO)の合同会議である食品規格委貞会か ら発表 された制度 として導入が推奨 されている。
長 く、大量輸送機関 として絶対の安全性 を品質 の基本において設計製造されてきた。 しか し1990 年代頃か ら
J R
など鉄道各社は、輸送力の増強に 対応 した り、顧客向けに新型車両の開発 をお こ ない、車両の入れ替え等回転 を早める方針 を立 てて きた。そ こで鉄道会社 の車両開発担当者か ら鳥海製作所 に示 されたのは、車両の耐用年数 が従来の半分 になるのにともない、非常 口開扉 バルブ ・コックの耐用年数 も半分で よいか ら価 格 を半額 に して しては しい との要請であった。鉄道車両の非常口開扉バルブ ・コックは、本来 緊急事態の発生であるか ら、通常の運行がなさ れている限 りは、廃車 になるまで点検以外で使 用 されることが無い部品であろう。 しか しいざ とい う危険な事態や非常時には、乗客がただち に避難で きるよういつで もスムーズに作動 しな ければいけない安全 にかかわる基幹部品である。
企業の発注者 にとっては、車両の安全性 を保 ち なが らもなんとか して購入原価 を抑 え、新型鉄 道車両の導入サイクルを早めることで話題や魅 力 をもたせ、利用者の要望に応 えてい きたい と の考 えがあったのであろう。 しか し安全第一 を 旨とした大量輸送機関の使命 として、基幹部品 の絶対安全基準だけは揺 るが してはならず、絶 対的な品質至上主義 を保たなければな らない。
鳥海製作所では素材 を工夫 し、アル ミ合金で試 作 して軽量化 とコス トダウンを図 りなが ら、強 度を出すのに苦労 しつつ努力 をしていた。 しか しコス ト削減の必要性 は理解 しなが らも、担当 者か ら耐用年数の短縮 にまで話が及ぶ というの は想定外であった。この部品の製造においては、
耐用年数 とい う考 え方 は本来そ ぐわないのであ る。 鉄道車両 は通常大都市圏で新型車両が投入 され、 しかるべ き年月の後、地方路線等で中古 車両 として利用 され、 さらには海外 の鉄道会社 に売却輸出されて何十年 にわた り使用 されるこ とがある。 そ して最後 に廃車 になるまで完全 に 作動 しなければならないのが非常口開扉バルブ ・
コックの設計仕様である。 この事例 のように、
絶対安全基準 を保証す る仕様 については、妥協 を許さない絶対品質の確保がなければならない。
近年のコス ト削減 とい う至上命題 は、時 として 開発者 に理不尽 な圧力 をかけ、決 して譲 っては な らない絶対 品質での妥協 を強いていることが あるのではなかろうか。守 らなければならない 絶対品質に関す る気 の緩みが、開発部門や製造 部門に蔓延 して くることは、 ものづ くりにとっ て致命 的な問題であるといえよう。
4.過剰品質の問題
企業の ものづ くりが きめ細かな設計理念 にも とづいて作 り込み されていることは事実である が、時 として盛 り込 まれている技術や品質が、
消費者の期待するレベル以上の過剰な品質になっ ていることがある。新製品の企画開発 において は、消費者 のこんな ものがあればよかった、 こ れが欲 しかった とい うニーズに基づ く設計がな される。その基本プロセスは2節ですでに述べ た とお りである。 しか し企業 は全体像 を捉 えに くい消費者 の噂好や選考基準 よりも、販売店の 店頭 に並べ られた同業他社 の新製品を見 ると、
そこに投入 された新技術 をもとに、その新製品 を超 える技術 を搭載す ることで 自社製品の差別 化 を図ろうとす る傾 向がある。 この ような新製 品の開発戦略では、必ず しも技術 的な面での画 期的な開発がなされている場合ばか りではない。
む しろ目先の違いや多色化 による品揃 え、わず かなデザイン変更な どのマイナーチェンジを施 しなが ら、外見的な新鮮 さだけを強調する新製 品が多 く登場 した。消費者 の側 に も、本来であ れば必要 にして十分 な機能があれば、それを永 く大切 に便お うとい う姿勢が求め られる。 企業 の販売戦略では、新製品を市場 に投入 し、 目先 の新奇 さを示 しなが ら、前のモデルの陳腐化 を 図 り買い替 え需要 を掘 り起 こそ うとい うシナ リ オを描いて きた。企業 にとって売 り上げは、価 格 と数量の掛 け算である。価格 を引 き上げるに は、何 らかの付加的機能が付 け加 わ らなければ 価格 を上げることはで きない。 また販売数量 を 上げるには、同 じものでは売れない とい う事情 がある。抜本的な技術革新 による省電力型の新 企業のものづ くり戦略 5
製品などであれば、価格の引 き上げや買い替 え もやむを得 ないであろう。 しか し、企業が数年 先 まで見越 して、少 しずつ小出 しにおこなうマ イナーチェンジでの買い替 え需要の喚起 は、本 当の意味でエ コロジーではない し、社会の トー タルコス トを引 き上げ、社会正義に反 している と言わざるを得 ない。
現実の企業経営やその集積的な産業構造 を鳥 撤すると、設備投資の増強による生産能力の増 大 は、一度走 り始めた らペ ダルを止めることが で きない 自転車走行の ようで もある。多 くの場 合、当該市場 に競争企業が ひしめいていると、
各企業の新製品開発競争はます ます過熱す る。
企業の営業担当者 は卸問屋や小売店 を回 り、他 社 の新製品 を見 るたびに、開発部門を督励 して 新製品投入 を促す。 このような競争状況がエス カレー トす ると、各企業は顧客ニーズ を忘れた 高機能化‑ と突 き進むことになる。民生用機械 製品、デジタル家電やIT機器の場合は、このよ うに顧客か ら遊離 した競争状態にな りやすい傾 向がある6。顧客は確実に市場にいるにもかかわ らず、それが数十万人あるいは数百万人単位 に なると、個人個人の顔や噂好が見 えな くなって しまう。高度大衆消費社会では一人ひとりの顧 客が 目に人 らな ぐな り、人々が今何 を考 え、何 を望んでいるかが掴めないのである。その代わ り同業他社の新製品ばか りが 目の前にちらつ き、
それにばか り日を奪 われて しまう。他社 の新製 品は街 に出れば簡単 に 目にすることがで き、容 易 に情報収集で きるか らである。 この ような企 業行動の結果、大切 に しなければな らない本来 の顧客や消費者の求めている機能や性能の水準 か ら乗離 して、 目先の短期的でマイナーな部分 での競争 にばか り目を奪われている企業が多い のではなかろうか。
この事例 としては日本の携帯電話が想起 され る。キャリアといわれる通信企業 と携帯電話の 製造 メーカーの各社 は、国内でのシェア争いに 長年 にわた り明け暮れて きた。次々に新製品を
6参考文献 (4)伊丹敏 之、加護野忠男 (2003)p.55
出 してはみるものの、世界市場の動向や国際規 格 の携帯電話 との通信の互換性 に目を向けるこ とはなかった。 日本の国内市場だけで隔絶 され た、独 自の機能 と技術の進化 を遂げたのである。
かつて生物学者のチ ャールズ ・ダーウィンは、
南海の孤島ガラパ ゴス島で発見 した動物たちが、
大陸の同種 の動物 と異 な り、隔絶 された孤島で の独 自進化 を遂げていたことか ら進化論 を着想 した。そのことか ら絶海の孤島で独 自に進化 し たガラパ ゴス諸島の動物 になぞ らえて、 日本の 携帯電話 はガラパ ゴス携帯 などと排捺 されてい た。通信 キ ャリアも携帯電話メーカー も、 日本 の国内市場で競争相手 に勝つ ことだけが 目的に な り、顧客のニーズを顧みることを忘れてしまっ た といわざるを得 ない。 日本人の場合、海外旅 行 には多 くの人々が出かけるが、海外の旅行先 で 自分か らレス トランの予約 などの電話 をかけ ることは、確かに少 ないであろう。多 くの旅行 者が団体旅行で出かけ、添乗員や現地係員が全 ての段取 りを整 えて くれるか らである。 また英 語や現地の言語 を習得 し、電話の会話 レベルで 使 える人が少 ないこともあろう。 しか しビジネ スマ ンが海外 出張で出かけ現地での電話連絡 を す る場合 だけでな く、旅行先か ら日本の留守宅 や友人に電話 をす る機会 もあったであろう。そ れで も日本の携帯電話 による海外か らの発信で は、通信の国際ロー ミング規格上、
3G
とGS M
の間では難 しかった。最近でこそ多 くの携帯電 話が、国際 ロー ミングのネッ トワークサーチを 自動切 り替 えで行 う機能 を搭載 したが、数年前 まではそのワール ドコール機能自体があるのは、
モ トローラ社製の携帯電話 な ど数機種 に限 られ ていた。
日本国内の携帯電話市場で、各企業が多 くの 消費者の基本的なニーズ を忘れ、携帯電話機製 造各社が付加的機能や性能を進化 させ るに至 っ た一番の要因は、競争相手企業の新製品動向ば か りを気にしてきたか らに他ならない。モニター の意見 をい くら集めて も、それ らは一顧 だにさ
れず、新製品の発表 においては、新機能や新技 術 ばか りが企業当事者の 目を惹 き、消費者の使 い易 さを置いて きぼ りにしてしまった7。また通 信規格 の高度化 と送信 デー タの大容量化 に対応 するために、電波中継設備等の施設の新設や改 良が、各社 にとって大 きな設備投資負担 になっ ていったのである。 これを解決す るために、各 社 は契約件数の増大 と確保 に走 り、携帯電話機 の端末価格が無料 とか1円などとい う例が販売 店の店頭で見受け られた。契約後の基本料金に 端末価格 を潜 り込 ませ、 さらに施設設備費 を少 しで も確実 に回収 しようとの考 え方であった。
この方式は2008年か ら大幅に変更 され、現在で は携帯電話機 は実機の買い取 りを前提 とす るた め、端末価格 は新製品では5万円台になってい る。 企業側 は機器代金 を販売 により回収で きる ようになった ものの、次は特定のキャリテで し か使 えないSIM8ロック解除を総務省か ら求めら れ、利用者がキャリアを自由に選択で きる方向 にすべ きであるとの課題 に直面 している。
タイの首都バ ンコク郊外 にある武田薬品工業 株式会社 の タイ現地法人 を訪問 した とき、筆者 が 目に した製品の梱包上の対応 は、携帯電話 と は別の意味で過剰品質における事例 といえよう。 同社 は大阪市 に本社 を置 く日本最大の医薬品企 業である。医療用医薬品以外 にも、多 くの健康 補助食品を開発製造販売 している。 タイの現地 法人工場で もい くつかの主力製品を、世界基準 の トップクラスの製造工程でつ くっていた。そ の一部の製品が 日本にも逆輸出されるにあた り、
日本向け製品の特別な梱包が筆者の目を引いた。
一般の ドラッグス トアや コンビニエ ンスス トア で も人気の定番商品であるハイシーが製造 され 箱詰め されていた。口に入 る円盤状のハイシー を筒 に入れて厳封 し、 さらに数 をまとめて見慣 れた箱 に入れている。その箱が ドラッグス トア などの店頭 に並ぶ とのことであった。そこで 日
本向けの商品だけは、その箱の角が輸送上でへ こんだ りしわが付 いた りして蝦庇がで きない よ う守 るために、船積み梱包用の段ボールを断面 の中に波型が入 った通常の3層ではな く、重量 物や精密機器を梱包する場合に使 う5層の段ボー ルを使用 して詰めていた。消費者が手 に取 り購 入す るのは筒型のチューブであ り、それが数十 本入 った箱 はまさに店頭展示用の容器箱で しか ない。その箱です ら角 に傷や‑ こみがあると欠 陥品にな り、商品の信用 にかかわるので、安全 を考 えて 日本向けの商品は5層の段 ボールで厳 重梱包 しているのである。 日本の消費者 は、わ ずかな傷やへ こみ をも見逃 さない厳 しい品質‑
のこだわ りがあることは確 かである。 しか し企 業側 にもその消費者行動 に対 して過剰 な反応 を し、過度 な対策 をとるあま り、 コス トが上昇 し ていることを考 えていかなければな らないので はなかろうか。消費者 に対 して も、製品の絶対 安全 に関わ らない場合 の、適正品質 を考 える行 動がなければな らない。消費者の過剰 なまでの 品質‑のこだわ りは、結局 自分 自身が意味のな い コス トを負担す ることになっていることに気 付 くべ きである。
5 .
まとめ企業 と消費者の相互 にある強す ぎる品質‑の こだわ りを考 えて きた。品質が本来持 っている 品物の性質 とい う言葉 は、製品における適正品 質を意味 している。社会科学の分野では適正 と い う言葉 ほ ど暖味なものはない。適正 とい うか らには、その基準 となる値があっては じめてそ の上下の範囲 という考え方がで きるからである。
他の単語で考 えて も、適正価格や適正為替 レー トなど、新聞や評論で言葉 として使用 される例 は しば しば 目にす る。 しか し社会科学の厳密 な 定義 を要する論文では、残念 なが ら甚だそ ぐわ
7参考文献 (28)田中則仁 「企業のグローバ ル化戟略‑ ものづ くりの国際経営‑
」
『国際経営 フォーラム』神奈川大学 国際経営研 究所、2010年9月を参照。8携帯電話キャリアか ら契約時に発行 される契約者情報 を記録 したIC カー ド。携帯電話端末 は同 じキャリアのSIM カー ドで しか動作 しないようにSIMロックがかかっている。
企業のものづ くり戦略 7
ない言葉である。それで もなおこの適正品質 と い う言葉 を選び、問いかけてい きたい。その理 由は、前節 までで考 えたように、消費者 と企業 の双方 に、品質についての明確 な意識が欠けて いることを指摘せ ざるを得 ないか らである。
消費者の購買行動 においては、製品の外見上 のわずかな傷やへ こみ も許 さない異常 なほ どの こだわ りがある。賞味期限や消費期限を確認す ることまでは良 しとして も、機能や性能に何 ら 関係のない外箱の‑ こみ まで も欠陥対象 と考え る癖 を止めない限 り、 日本 における商品の高値 安定状態 は解消 しないであろう。 本稿 冒頭で国 際商品市況 は、川上インフレ川下デフレである と述べた。 しか し日本の物価水準 は、すでに十 分高い レベルでのわずかな動 きである。近年、
インターネ ッ ト販売では、訳あ り商品 とい う名 前で、規格外商品が市価 より安い価格 で提供 さ れている。 きゅうりのような野菜の形状が、実っ す ぐでない と規格か ら外 れ、市場取引の対象 に す らな らない とい うことは、 どう考 えて も誤 っ ているとしか考 えられない。 これ まで農業生産 者や農協諸団体が取 り組んで きた品質向上への 努力 は大変 なものであった。 しか し消費者 の 目 が厳 しかろうとの理由か ら、外見上の品質であ る見た 目にも多大 な労力 をかけて きた。 しか し 味や鮮度 という本来基本 となる品質以外の要素 で、農産品が市場 にす ら出回 らないのは、消費 者の品選 びの行動 にも大 きな要因がある。生産 者や企業側の立場か らは言い難い ことであろう が、敢 えていうな ら消費者教育が必要 なのであ る。安心で安全 な農産品や製品であれば、本質 的ではない統一規格か ら外れた商品にも、 きち ん と向 き合 って価値 を認めてい く姿勢が消費者 になければならない。かつて食品の消費期 限の 偽装や原産地の偽装が問題 になった。 この偽装 表示問題 は企業の犯罪であることは言 うまで も ないが、期 日や産地 に対す る消費者の過剰 なこ だわ りが この事件の根底 にあることを再認識 し なければな らない。 きれいに洗浄 され、美 しく 揃 え られた野菜や果物 を見慣れている と、規格 外の農産品に慣れるのは時間がかかるであろう。
また虫が食わない野菜や果物、お茶の葉などは、
大量の農薬が散布 されていることにも気が付 か なければな らない。 自然の仕組みに逆 らって生 育 されて きた野菜や果物 を欲 して きたのは、都 市部の消費者 であったことも事実である。環境 問題 に正面か ら取 り組 む とい うことは、現実的 には虫食いの跡がある野菜で も新鮮 なものは手 に取 り購入することを励行することで しかない。
製造業 におけるものづ くりの現場で も、 目先 の改良でマイナーチェンジを施すことではなく、
本質的な意味での適正技術 を用いた適正品質の 製品を実直 に作 るとい う原点に回帰すべ きでは なかろうか。前節で述べた携帯電話の事例 は、
適正品質の ものづ くりとい うてんでは象徴 的で ある。技術進歩 にともない、最先端の技術 を搭 載 したハイエ ン ド商品 とい うことが新製品の証 であった。 しか し携帯電話 に内蔵 された機能は 限定 されているが、通話の音質 と通信 の精度は 保持す るとい うローエ ン ド商品があって もいい はずである。高齢者向けの携帯電話で らくらく ホンとい う商品がある。操作 ボタンを大 きくし た り文字の拡大率 を高めるとい う工夫がなされ ている。これ も一種のローエンド商品であろう。
現在の携帯電話 に搭載 された膨大 な機能は、取 扱説明書 だけで も500頁 を超 える大部 の資料 に なっている。 はた して本当にこれだけの機能や 性能がなければな らないのであろうか。携帯電 話メーカーの各社 には、 ローエ ン ド商品を適正 価格で提供す る努力 を期待 したい。
そ して何 よ りも消費者 自身が、 自分の欲する ものを的確 に見極 め、 自己責任 で品選びをす る ことを心掛けなければな らないであろう。企業 にとっては甚だ困ることであろうが、流行や新 製品に追随す るのではな く、必要な ものを見つ けた ら永 く愛用す ることである。 ときには修理 や修繕が必要 になる事態 もでてこよう。定期点 検 を行いなが ら、馴染 んだ商品を末永 く愛用す る心が、本当の意味での商品の品質尊重 した環 境 に優 しいエ コロジーなのではなかろうか。品 質を重視す るとい うことは、必ず しもハ イエ ン ド商品を追い求めることではない。消費者 自身
の使用 に適 した必要 に して十分 な機能 と性能が 備わった適正 品質の商品を選ぶ ことが、賢い消 費者 の行動である。
企業の側 にも開発 と営業の緊密な連携の中で、
消費者の求めているものを的確 に見 出 しなが ら 商品開発 を進めてい く基本姿勢がのぞ まれ る。
ものづ くりにおける品質では、決 して妥協 を許 さない絶対 品質の確保 が、安心 と安全 を旨 とす る商品や機械製品には不可欠であることはすで に述べ た。その一方で、常 に最高品質でなけれ ばな らないのだ という品質の呪縛か ら解放9され、
適正品質の製品 を適正価格 でつ くるとい う発想 が必要ではなかろうか。 これは企業側 の思い込 みによる過剰 品質へ の一方的なこだわ りを止 め ることで もある。今一度 もづ くりの原点 に立 ち 返 り、 よ り良い ものをよ り安 く、 とい う言葉 の 意味 を再考 してみなければな らない。
日本経済 は15年ぶ りの円高水準 にあ り、輸 出 関連企業の売 り上げ低迷 と収益低下の厳 しさは 相 当である。 短絡的な海外‑ の生産部門の移転 は危険であるし、国内か ら生産部門が な くなる 空洞化 も懸念 される。空洞化 の影響 は単 に国内 の雇用機会が削減 され るだけでな く、そ こで培 われた ものづ くりの技術 が途絶 えて しまうか ら である。技術 は人 に体化 されて現場 で継承 され てい くものである。 戟後の第一次ベ ビーブーム 世代 が、いわゆる団塊 の世代 として 日本経済 を リー ドして きた。 この人々がいま60歳 を迎 えて 大量 に退職 し職場 を離れてい る。個 々人 にとっ ては長年の勤務 を無事 に終 えて、第二の人生 を 詣歌 して頂 きたいが、今後の 日本の ものづ くり を振 り返 る と、技術 の先細 りがあ りは しないか と不安が先 に立つ。 日本の製造業の底力 は、そ の高い品質に裏付け られたものづ くりにあった。
絶対 品質 を保つ ものづ くり、適正品質に よる も のづ くりが まさに適切 に行 われることこそ、 日 本の製造業 の今後 を支 えてい く基礎 になるので ある。
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