九州大学学術情報リポジトリ
Kyushu University Institutional Repository
Патриотизм в современной России
佐藤, 正則
九州大学大学院言語文化研究院 : 准教授
https://doi.org/10.15017/2230970
出版情報:政治研究. 66, pp.89-95, 2019-03-31. Institute for Political Science, Kyushu University
バージョン:
権利関係:
書 評
西山 美久 著﹃ ロシ アの 愛国 主義
︱︱ プー チン が進 め る国 民統 合︱
︱﹄
︵法 政大 学出 版局
︑二
〇一 八年
︶ 佐 藤 正 則 ソ連 体制 の終 焉に 伴い
︑ロ シア 連邦 はマ ルク ス主 義に 代わ る国 民統 合の 理念 の探 求と いう 難題 に直 面し た︒ 各民 族の ナ ショ ナリ ズム が高 揚し
︑チ ェチ ェン 共和 国や タタ ルス タン 共 和国 は分 離独 立の 志向 を強 め連 邦中 央政 府と 対立 した
︒ロ シ ア連 邦を 維持 しつ づけ るた めに
︑多 民族 を包 摂で きる あら た な理 念が 求め られ た︒ こう した 状況 の中 で浮 上し たの が愛 国 主義 であ る︒ プー チン 政権 は︑ 国民 の間 に愛 国主 義を 醸成 さ せる ため のプ ログ ラム を策 定し
︑さ まざ まな 政策 を推 し進 め た︒ この 愛国 主義 とは
︑ロ シア 民族 のナ ショ ナリ ズム とは 異 なり
︑多 民族 国家 ロシ ア連 邦に おけ るす べて の諸 民族 を統 合 する 新た な理 念と され る︒ 本書 は︑ プー チン 政権 によ る愛 国 主義 政策 の実 態︑ その 形成 過程
︑さ らに は政 策の 変容 を分 析 し解 明す るこ とを 課題 とし てい る︒
第一 章で は︑ エリ ツィ ン政 権期 にお ける 愛国 主義 をめ ぐる 議論 を概 観し た後
︑愛 国主 義の 制度 化を 目的 とし たプ ーチ ン 政権 の施 策と して
︑新 国歌 制定
︑﹁ ロシ ア連 邦国 民の 愛国 心教 育に 関す るプ ログ ラム
﹂の 策定
︑新 しい 歴史 教科 書の 編纂
︑ 愛国 的な TV チャ ンネ ルの 創設
︑愛 国映 画の 製作
︑大 祖国 戦 争︵ 第二 次世 界大 戦に おけ る対 ドイ ツ戦 争︶ 戦勝 記念 パレ ー ド︑ 帝政 時代 に領 土を 守る 役割 を担 った コサ ック の復 権な ど をと りあ げて いる
︒ 第二 章か ら第 四章 では
︑愛 国主 義政 策の 形成 過程 にお いて
︑ 連邦 構成 共和 国や 地方 自治 体︑ 与野 党の 国会 議員 や地 方議 員︑ さら に退 役軍 人な どと いっ た市 民団 体が
︑独 自の イニ シア ティ ヴを 発揮 し︑ 連邦 中央 政府 にた いし てさ まざ まな 主張 や 働き かけ をお こな い︑ 連邦 中央 政府 の政 策に 影響 を及 ぼし て いた こと が明 るみ にさ れる
︒第 二章 では
︑地 方の 中で もと り わけ 共産 党の 支持 の強 いい わゆ る﹁ 赤い ベル ト﹂ 地帯 のヴ ォ ルゴ グラ ード 州と オリ ョー ル州 に眼 を向 け︑ 大祖 国戦 争戦 勝 賛美 の一 環と して
︑ヴ ォル ゴグ ラー ドを 旧名 スタ ーリ ング ラー ドに 戻そ うと する 運動 やス ター リン 復権 を求 める 活動 や 連邦 中央 政府 への 働き かけ を検 討し てい る︒ 第三 章で は︑ 二
〇〇 五年 に設 けら れた 名誉 称号
﹁軍 事栄 光都 市﹂ の創 設や 付 与を めぐ って
︑地 方都 市に おけ る退 役軍 人や 国会 議員
︑地 方
自治 体の 動向 を分 析し てい る︒ 第四 章で は︑ 非ロ シア 人が 多 数を 占め
︑エ リツ ィン 政権 期に は独 立志 向を 強め て中 央政 権 と対 立し たタ タル スタ ン共 和国 に焦 点を 絞っ て論 じて いる
︒ タタ ルス タン 共和 国政 府も また
︑戦 勝記 念日 の記 念行 事な ど にお いて
︑諸 民族 を統 合す る﹁ 愛国 主義
﹂の 理念 をプ ーチ ン 政権 と共 有し てい たこ とが 示さ れる
︒他 方で
︑タ ター ル語 を キリ ル文 字︵ ロシ ア語 の文 字︶ 表記 から ラテ ン文 字表 記に 改 めよ うと する 法案 をめ ぐっ て︑ タタ ルス タン 共和 国と 連邦 中 央政 府と の間 に対 立が 生じ
︑連 邦中 央が 各民 族語 にキ リル 文 字を 義務 づけ る法 改正 をお こな うま での 過程 がた どら れる
︒ その 後︑ タタ ルス タン 共和 国が
︑連 邦中 央と 共鳴 しあ う愛 国 心教 育の 中に タタ ルス タン 民族 意識 を﹁ 接続
﹂さ せた こと が 指摘 され る︒ 第五 章か ら第 七章 では
︑青 年層 を対 象と した プー チン 政権 の愛 国主 義政 策と その 変容 が論 じら れる
︒第 五章 では
︑青 年 層を 取り こも うと する 政権 の試 みを とり あげ
︑政 権が 若者 に 眼を 向け るよ うに なっ た原 因を
︑ウ クラ イナ やグ ルジ ア
︵ジ ョー ジア
︶に おけ る青 年層 の市 民運 動に 端を 発す る政 権 交代 いわ ゆる
﹁カ ラー 革命
﹂や
︑そ れに 触発 され たロ シア 国 内で の反 政権 的な 青年 組織 の結 成︑ さら にそ れら にた いす る 欧米 政府 や財 団の 資金 援助 に求 めて いる
︒第 六章 では
︑政 権
が後 ろ盾 とな って 結成 され た青 年組 織﹁ ナー シ﹂ を対 象と し︑ その 理念 と活 動︑ さら に政 権が この 組織 を選 挙集 票組 織と し て動 員し たこ とな どが 述べ られ てい る︒ 第七 章で は︑ 選挙 マ シー ンと して の存 在意 義を 失っ て以 降の
﹁ナ ーシ
﹂の 変質 と︑ その 解散 にい たる まで の活 動を 追う
︒と くに 二〇
〇八 年以 降 の﹁ ナー シ﹂ の性 格の 大き な変 化に 大き な紙 幅を 割い てい る︒ メド ヴェ ージ ェフ 大統 領の 意向 を反 映し て︑
﹁ナ ーシ
﹂が 経済 発展 と技 術革 新を 担う 人材 育成 を新 たな 目的 に掲 げ︑ 青年 層 の間 での ビジ ネス や投 資へ の関 心を 高め る活 動へ とシ フト し てい く過 程を 具体 的に 描い てい る︒ さら に︑
﹁カ ラー 革命
﹂が ロシ アで 起こ る心 配が なく なっ たた め︑ 政権 が﹁ 愛国 主義
﹂ 政策 の対 象を 青年 層か ら全 世代 に再 転換 した こと が論 じら れ てい る︒ 西山 は︑ プー チン 政権 を﹁ 強権 性や 権威 主義 的統 治ス タイ ル﹂ (二 一頁 )と 特徴 づけ る先 行研 究に 異を 唱え
︑愛 国主 義政 策が
︑政 権中 枢か らの トッ プ・ ダウ ンで 決定 され るも ので は なく
︑さ まざ まな 主体 の相 互作 用を つう じて 形成 され てい く 過程 を明 るみ にし よう とす る︒
﹁あ とが き﹂ でも
﹁﹁ 力﹂ の行 使だ けで 統合 を実 現で きる とは 思え なか った
﹂︵ 三一 一頁
︶と 本書 の動 機を 述懐 して いる
︒し たが って
︑﹁ プー チン が進 め る国 民統 合﹂ とい うそ の副 題に 反し て︑ 本書 で詳 細に 検討 さ
れる のは
︑プ ーチ ンで はな く︑ 退役 軍人 団体 とい った 市民 団 体︑ 与野 党議 員︑ 地方 自治 体︑ 民族 共和 国政 府な どの 活動 と 発言 であ る︒ たと えば 第一 章で は︑ 愛国 主義 の重 要性 を提 唱し たの が︑ むし ろ野 党ロ シア 共産 党な どで あっ たこ とが 指摘 され てい る︒ また
︑第 二章 では
︑野 党ロ シア 共産 党の 支持 が強 い地 方 にお いて
︑大 祖国 戦争 賛美 が急 進化 し︑ それ が連 邦中 央政 府 の決 定に 影響 を与 えた と論 じら れて いる
︒第 三章 では
︑地 方 都市 にお ける 退役 軍人 団体 や与 野党 議員
︑地 方自 治体 など が 連邦 中央 政府 に積 極的 な働 きか けを おこ なっ てい たこ とが
︑ 第四 章で は︑ タタ ルス タン 共和 国政 府が
︑モ スク ワか らの 指 令に 従っ てで はな く︑ 自発 的に 諸民 族友 好の ため の愛 国主 義 を推 進し たこ とが 示さ れる
︒こ のよ うに
︑西 山は
︑プ ーチ ン 政権 が︑ 多民 族国 家ロ シア を一 つに まと めあ げる 理念 とし て 愛国 主義 を採 用し
︑プ ログ ラム やさ まざ まな 政策 を推 し進 め なが らも
︑政 策の 決定 過程 にお いて は多 種多 様な 主体 が関 与 して いる こと を明 らか にし てい る︒ くわ えて 西山 は︑ 愛国 主義 政策 が︑ プー チン 政権 によ る一 貫し た理 念と 方針 にも とづ くも ので はな く︑ 本書 が対 象と す る一
〇年 ほど の間 に何 度か 変化 して いる と主 張す る︒ たと え ば︑ プー チン 政権 は発 足当 初か ら青 年層 に着 目し てい たわ け
では なく
︑愛 国主 義政 策の 重点 的対 象を 青年 層に 定め るの は 二〇
〇五 年で あり
︑ま た二
〇一
〇年 には 再度 対象 を青 年層 か ら全 世代 に転 換し た︑ とさ れる
︒そ の際
︑西 山は
︑こ うし た 政策 の変 化を もた らす 重要 な要 因と して
︑野 党や 反プ ーチ ン 運動
︑選 挙と いっ た国 内的 要因 にと どま らず
︑国 際情 勢つ ま り近 隣諸 国の 動向 や欧 米諸 国と の関 係に 注目 して いる
︒と り わけ 西山 が重 視す るの は︑
﹁カ ラー 革命
﹂と
﹁民 主化
﹂運 動に たい する 欧米 諸国 の政 府や 財団 によ る資 金援 助で ある
︒プ ー チン 政権 が青 年層 を愛 国主 義政 策の 主要 対象 とし たの は︑
﹁カ ラー 革命
﹂の ロシ ア国 内へ の波 及を 恐れ たた めだ と説 明さ れ てい る︒ 政策 決定 の過 程ば かり でな く︑ 愛国 主義 政策 の内 容に つい ても
︑西 山は 先行 研究 とは 異な る側 面に 眼を 向け る︒ 複数 の 研究 者た ちが
︑プ ーチ ン政 権の 愛国 主義 プロ グラ ムを
︑国 家 への 人々 の忠 誠と 奉仕 を意 図す るも のと みな し︑ 軍の 偉業 を 讃え ると とも に若 者の ロシ ア軍 への 積極 的入 隊を 促す
﹁軍 事 愛国 主義
﹂︵ 一七 -一 八頁
︶と 形容 して いる
︒西 山は
︑こ れを 明確 には 否定 しな いも のの
︑愛 国主 義が 特定 の民 族の ナシ ョ ナリ ズム に依 拠せ ず多 民族 を包 摂す る理 念で ある 点を 強調 し てい る︒ 官製 青年 組織
﹁ナ ーシ
﹂に つい ても
︑排 外主 義的 ナ ショ ナリ スト 集団 とい う一 般に 流布 する イメ ージ に反 して
︑
西山 は︑
﹁ナ ーシ
﹂が 排外 主義 や人 種主 義に 反対 する キャ ン ペー ンや デモ 活動 をお こな って いた 事実 をと りあ げ︑ また 幹 部の 発言 に依 拠し なが ら︑
﹁ナ ーシ
﹂は
﹁民 族共 生を 推進 しな がら 愛国 の下 に国 内の 統一 を図 ろう とし てい た﹂ と主 張し て いる
︒﹁ 終章
﹂で は︑
﹁プ ーチ ンは 特定 民族 への 帰属 意識 をナ ショ ナリ ズム
︑民 族的 差異 を前 提と した 国家 への 帰属 意識 を 愛国 主義 と捉 え﹂
︵二 九七 頁︶ た︑ と結 論づ けて いる
︒ま た︑ タタ ール 語を ラテ ン文 字化 しよ うと する タタ ルス タン 共和 国 政府 の意 向を
︑連 邦中 央政 府が キリ ル文 字を 義務 化し て封 じ たこ とに つい ては
︑や はり
﹁終 章﹂ で﹁ タタ ルス タン 共和 国 がタ ター ル文 化の 伝統 を前 面に 押し 出す 民族 主義 的な スタ ン スを 顕著 にす ると
︑政 権は それ に歯 止め をか け︑ 民族 関係 の 調和 を図 って 統合 を促 した
﹂︵ 二九 七頁
︶と 概括 して いる
︒ この よう に︑ 西山 は︑ 愛国 主義 が特 定民 族の ナシ ョナ リズ ムと は異 なる こと を強 調し
︑プ ーチ ン政 権の 愛国 主義 政策 は 特定 民族 のナ ショ ナリ ズム を排 除す ると 主張 して いる
︒し か し︑ 実際 には
︑愛 国主 義と ロシ ア民 族の ナシ ョナ リズ ムと の 関係 はき わめ て微 妙で あり
︑両 者を 区別 する こと は容 易で は ない
︒実 際︑ ソ連 時代 に﹁ ソヴ ィエ ト愛 国主 義﹂ が提 唱さ れ たが
︑そ の中 にロ シア 民族 のナ ショ ナリ ズム がか なり の程 度 浸透 して いた こと が指 摘さ れて い(1
る)
︒し かも
︑ソ 連邦 の解 体
によ り︑ 現在 のロ シア 連邦 の総 人口 にお ける ロシ ア民 族が 占 める 比率 は︑ かつ ての ソ連 邦に おけ るよ りも 増大 して いる
︒ 総人 口に ロシ ア民 族が 占め る割 合は
︑ソ 連邦 では 五〇 パー セ ント ほど であ った が︑ 現在 のロ シア 連邦 にお いて は約 八〇 パー セン トで ある
︒愛 国主 義と ロシ ア民 族の ナシ ョナ リズ ム とが 重複 する 度合 いは
︑ソ 連時 代よ りも 高い と考 えら れる
︒ また
︑諸 民族 の包 摂と いう 理念 をも って 愛国 主義 とナ ショ ナリ ズム との 間を 線引 きす るこ とも でき ない
︒と りわ けロ シ アの 場合
︑ナ ショ ナリ ズム は必 ずし も他 民族 の排 外を 伴う わ けで はな い︒ 顕著 な例 とし て︑ 一九 二〇 年代 にロ シア の亡 命 知識 人た ちが 唱え た﹁ ユー ラシ ア主 義﹂ は︑ 自ら の内 部に 多 くの 他民 族を 包摂 し共 存さ せる こと ので きる ロシ アと いう 新 たな ナシ ョナ ル・ アイ デン ティ ティ をう ちた てよ うと して い
(2
た)
︒ しか し︑ こう した 愛国 主義 とロ シア 民族 のナ ショ ナリ ズム との 複雑 な関 係を
︑西 山は 本書 では 直接 論じ よう とし ない
︒
﹁終 章﹂ にお いて
﹁残 され た課 題﹂
︵三
〇四 -三
〇五 頁︶ と述 べ るに とど めて いる
︒こ の問 題が 関連 する 可能 性が 最も 高い 第 四章 にお いて すら
︑﹁ 本章 の主 題は 愛国 心の 異同 であ り︑ ナ ショ ナリ ズム 論で はな い﹂
︵一 七四 頁︶ と慎 重な 態度 を見 せて いる
︒ち なみ に︑ やは り現 代ロ シア の愛 国主 義と の類 似性 が
想起 され る﹁ ソヴ ィエ ト愛 国主 義﹂ につ いて も︑ わず かに 触 れる にと どめ
︑両 者の 比較 につ いて は﹁ 検討 しな い﹂ と表 明 して いる
︵一
〇九
︑三
〇六 頁︶
︒ もっ とも 実際 には
︑本 書の 議論 の中 にし ばし ば両 者の 複雑 な相 互関 係が 垣間 見え る︒
﹁序 章﹂ では
︑ソ 連邦 解体 後の ロシ アが 国民 を再 統合 する とい う難 題に 直面 した 要因 とし て︑ 多 民族 の統 合に くわ えて
︑﹁ 中核 をな して きた
﹂ロ シア 人の ナ ショ ナル
・ア イデ ンテ ィテ ィの 問題 があ げら れて いる
︵四 -五 頁︶
︒ま た︑ 一九 九〇 年代 後半 に愛 国主 義の 必要 性を 訴え た 論者 とし て登 場す るの は︑ ロシ ア民 族主 義の 傾向 が強 い作 家 ソル ジェ ニー ツィ ンで ある
︵三 九- 四〇 頁︶
︒ま た︑ 第四 章で 西山 は︑ 連邦 中央 政府 によ るキ リル 文字 を義 務化 する 法律 改 正に 関連 して
︑﹁ こう した ロシ ア文 化を 称揚 する 傾向 は︑ 多数 派の ナシ ョナ リズ ムが 愛国 主義 運動 に浸 透し てい た証 しと 言 えな くも ない
﹂︵ 一六 六頁
︶と
︑控 えめ では ある が︑ コメ ント して いる
︒さ らに は︑
﹁ナ ーシ
﹂が 二〇
〇八 年に ロシ ア正 教に 接近 した こと にも 言及 して いる
︵二 六〇 -二 六一 頁︶
︒ もと より 愛国 主義 は曖 昧な 概念 であ る︒ 本書 でも 引用 され てい るよ うに
︑プ ーチ ンは
﹁自 分た ちの 祖国 とそ の歴 史︑ 偉 業を 誇り とす る感 情﹂
︵一 四頁
︶と 定義 して いる のみ であ る︒ また
︑他 の研 究者 たち の説 明も これ と大 差な い︒ 本書 で多 民
族国 家の 国民 統合 理念 の事 例と して あげ られ てい るア メリ カ 合衆 国の
﹁ア メリ カニ ズム
﹂︑
﹁自 由﹂
︑﹁ 民主 主義
﹂や
︑シ ン ガポ ール の﹁ アジ ア的 価値
﹂と 比べ ても
︑ロ シア の﹁ 愛国 主 義﹂ はそ の具 体的 内容 が希 薄で あり
︑は たし て統 合﹁ 理念
﹂ と呼 ぶに 値す るの か疑 わし いほ どで ある
︒作 家・ 批評 家シ ニャ フス キー は著 書﹃ ソヴ ィエ ト文 明の 基礎
﹄︵ 一九 八八 年︶ にお いて
︑﹁ ロシ ア民 族の 特質 をま ずは
﹁愛 国主 義﹂ とい う言 葉で 規定 した い﹂ とし なが ら︑
﹁ロ シア 人の 愛国 主義 は︑ それ が祖 国を 念頭 に置 いた もの であ りさ えす れば
︑ど んな もの と 結び つけ ても よい
﹂と 述べ てい
(3
る)
︒ 本書 で西 山は
︑さ まざ まな 社会 層や 社会 団体
︑地 方や 民族 共和 国政 府な どが
︑﹁ 愛国 主義
﹂を プー チン 政権 の思 惑そ のま まに 受容 して いる わけ では ない こと を︑ 示唆 して いる
︒た と えば
︑ロ シア 連邦 中央 政府 はロ シア 民族 のナ ショ ナリ ズム を︑ タタ ルス タン 共和 国政 府は タタ ール 民族 のナ ショ ナリ ズム を︑ 愛国 主義 に﹁ 接続
﹂︵ 一六 六︑ 一七 三頁
︶さ せよ うと して いる
︒ま た︑ 反プ ーチ ン派 青年 組織
﹁プ ーチ ンな しで 歩も う﹂ の会 員の 多く は︑ もと もと はプ ーチ ン支 持派 の青 年組 の会 員 であ った とい う︵ 二〇 四頁
︶︒ また 二〇
〇八 年の
﹁ナ ーシ
﹂の サマ ー・ キャ ンプ につ いて
︑﹁ 皆こ こに 来る のは 国の 未来 を考 える ため では なく
︑金 や有 力者 とコ ネク ショ ンを 作り たい か
らだ
﹂︵ 二六 四頁
︶と の︑ ある 参加 者の 証言 を紹 介し てい る︒ さら に︑ 本書 の記 述か らは
︑愛 国主 義の 理念 的内 容が 時期 に よっ て変 化し てい る可 能性 がう かが える
︒二
〇〇 八年 以降 の
﹁ナ ーシ
﹂の 活動 では
︑愛 国主 義の 内容 に経 済成 長や 技術 革新 とい った 国家 の未 来の 発展 への 展望 が新 たに 加え られ てい る︒ 西山 は︑ 国民 の愛 国主 義受 容と プー チン 政権 支持 とを 単純 に同 一視 して おら ず︑ 両者 の間 にず れを 見て とっ てい る︒ 二
〇一 一年 の大 規模 な反 政府 デモ につ いて
︑西 山は
︑そ の主 な スロ ーガ ンが
﹁プ ーチ ンな きロ シア
﹂で ある こと に着 眼し
︑
﹁デ モ参 加者 らは プー チン を批 判し なが ら祖 国ロ シア を憂 え た﹂ と述 べ︑ 反政 府デ モは
﹁ロ シア 国民 とい う意 識が ない か らで はな く︑ むし ろあ った から と言 うこ とが でき よう
﹂と の 解釈 を示 して いる
︵三
〇〇 頁︶
︒西 山の 見解 では
︑反 プー チ ン・ デモ もま た︑ プー チン が推 進し た愛 国主 義政 策の 産物 と いう こと にな る︒ この よう に︑ 西山 は︑ 政策 の形 成過 程に おけ るさ まざ まな 主体 の声 を詳 細に 分析 する こと によ って
︑彼 らが この 曖昧 な 用語 を価 値あ るも のと して 受け いれ なが らも
︑そ こに それ ぞ れ微 妙に 異な る意 味あ いを 含ま せて いる こと
︑そ して とき に 彼ら の間 で愛 国主 義の 理解 にず れや 対立 が生 じる さま を描 き
だし てい る︒ それ とと もに
︑曖 昧で 多義 的な 解釈 が可 能な 概 念で あっ たか らこ そ︑ 愛国 主義 は多 くの 国民 から 支持 され
︑ 国民 統合 の理 念に なる こと がで きた ので はな いか
︑と も考 え られ る︒ 本書 をつ うじ て︑ 西山 は︑ プー チン 政権 下の 政策 決定 過程 につ いて
︑プ ーチ ンに よる 強権 的な 権威 主義 的な 統治 とい う 既存 のイ メー ジと は異 なる 側面 を明 らか にし てい る︒ しか し︑ 西山 がと りあ げる 多種 多様 な主 体の 関与 とプ ーチ ンの 強 権的 主導 との 相互 関係 はま だ充 分に 解明 され たと は言 えな い︒ 西山 自身 も﹁ 愛国 主義 政策 はさ まざ まな アク ター を巻 き 込み なが ら立 案さ れて いっ た﹂ とし なが らも
︑﹁ もち ろん
︑関 係者 の要 求が すべ て政 策に 反映 され たわ けで はな い︒ 政策 に 反映 され るの はあ くま でも 一部 だけ
﹂で あっ たと 述べ てい る
︵一 五頁
︶︒ 本書 で明 るみ にし た多 様な 主体 の相 互作 用は プー チン 政権 の性 格に つい ての 理解 に大 きな 改変 を迫 るも のな の か︑ それ とも あく まで プー チン の上 から 強権 的で 権威 主義 的 な統 治の 枠内 にあ って
︑そ れを 補完 する もの にと どま るの か︒ それ は今 後の 課題 とし て残 され てい る︒ この よう に︑ 本書 は現 代ロ シア にお ける 愛国 主義 と国 民統 合︑ さら に政 策決 定過 程に つい て︑ 多面 性と ダイ ナミ ズム を 明る みに して いる
︒そ れと とも に︑ 愛国 主義 とロ シア 民族 の
ナシ ョナ リズ ムと の関 係︑ また プー チン 政権 の性 格や 政策 決 定の 過程 につ いて
︑新 たな 課題 を提 起し てい る︒ また
︑本 書 は︑ 現代 ロシ アに とど まら ず︑ 多民 族国 家に おけ る国 民統 合 とナ ショ ナリ ズム の問 題に つい ても
︑新 たな 知見 を提 供す る であ ろう
︒ 註
︵1
︶塩 川伸 明﹃ 民族 と言 語 多民 族国 家ソ 連の 興亡
Ⅰ﹄ 岩 波書 店︑ 二〇
〇四 年︑ 六一 頁︒
︵2
︶浜 由樹 子﹃ ユー ラシ ア主 義と は何 か﹄ 成文 社︑ 二〇 一〇 年︒
︵3
︶シ ニャ フス キー
︑ア ンド レイ
﹃ソ ヴィ エト 文明 の基 礎﹄ 沼野 充義
・平 松潤 奈・ 中野 幸男
・河 尾基
・奈 倉有 里訳
︑み すず 書房
︑二
〇一 三年
︑三 七一 頁︒