• 検索結果がありません。

<研究ノート>人権総論・精神的自由・国務請求権・参政権ほか─教科書的憲法記述(1)

N/A
N/A
Protected

Academic year: 2021

シェア "<研究ノート>人権総論・精神的自由・国務請求権・参政権ほか─教科書的憲法記述(1)"

Copied!
132
0
0

読み込み中.... (全文を見る)

全文

人権総論・精神的自由・国務請求権・参政権ほか. 245. 人権総論・精神的自由・国務請求権・参政権ほか ──教科書的憲法記述(1). 君塚 正臣. 共著憲法教科書には長年携わり、拙編『大学生のための憲法』(法律文化社、2018 年 4 月 5 日)をもって(或いは、本誌 19 巻 2 号 123─142 頁(2010 年 12 月 20 日)掲載の「幸福追求 権─延長上に家族と平等を一部考える」をもって)全領域の記述が完結した。記述の一貫性 を度々点検することは法学者には肝要である。また、判例や学説の進展に伴う補充も必要で ある。そして、執筆したものの中には既に絶版や事実上の改訂停止となり、15 年以上内容の 更新がなされていないものがある(表 1 参照)。気付けば、通信の秘密や義務に関する記述 のように、実質的には未執筆の穴もあった。そこで、当該 3 冊の編集部等に確認の上、他と 重複する部分はそちらに頼り、それ以外の部分を同一本のつもりで全面改訂することとした。 各書籍の特徴的な、問い掛け、条文、判例引用、設問、参考文献などは割愛し、この種の教 科書の慣例に従い、該当書・論説等の個別の引用・注釈は略し、より基本的な記載に徹する こととする。. 研究ノート. 表1. 白抜きは旧版でのもの . ▲:刑事を中心とする手続的. 権利・身体的自由. 憲 法 の 基 本 概 念. 各 国 憲 法 史. 日 本 憲 法 史. 平 和 主 義. 人 権 総 論. 包 括 的 基 本 権 及 び 生 命 ・ 身 体 的 自 由. 精 神 的 自 由. 経 済 的 自 由. 社 会 権. 国 務 請 求 権 ・ 手 続 的 権 利. 参 政 権. 統 治 機 構 総 論. 国 会. 内 閣. 裁 判 所. 地 方 自 治. 天 皇 法. 憲. 改 正. 中谷実編『ハイブリッド憲法』(勁草書房、1995 年7月10日) ● ● ● . 榎原猛=伊藤公一=中山勲編『新版基礎憲法』(法律文化社、1999. 年4月20日) ● . 君塚正臣=藤井樹也=毛利透『Virtual 憲法』(悠々社、2005 年. 11月3日) ● ● ● ● ● ● ● ● ● . 川岸令和ほか『憲法』〔第4版〕(青林書院、2016年3月30日) ● ▲ ▲ ● . 君塚正臣編『高校から大学への憲法』〔第2版〕(法律文化社、. 2016年4月5日) ● ● . 君塚正臣編『ベーシックテキスト憲法』〔第3版〕(法律文化社、. 2017年4月25日) ● ● △ ○ . 君塚正臣編『大学生のための憲法』(法律文化社、2018 年4月5. 日) ● . 横浜法学第 29 巻第 2 号(2020 年 12 月). 246. まずは、総論と人権部分から記述を始め、政治部門は次の機会に譲ることとする。. 各国憲法史. 1.近代 重層的な主従関係によって形成されていた封建制に基づいた中世ヨーロッパ. では、統治者意思=法とでも言えるような状態にあった。しかし、その関係. は、日本の中世と比べれば一般に契約的色彩が強く、君主も契約を履行しない. 場合は臣下も抵抗できる関係にあった。その中で、1215 年、イングランドで、. 国王ジョンに対し、バロン(封建領主)らが自分たちの要求を突き付け、その. 大部分を認めさせる形でマグナ・カルタ(大憲章)が成立した。この憲章自体. は中世的な封建契約に過ぎず、ローマ教皇の介入により無効にされたが、その. 後、たびたび(特に、1265 年には市民代表も含む議会によっても)、その封建的特権. を新たな憲章の中で国王に確認させてきた。さらに、憲章の中のデュー・プロ. セスの権利は、1295 年の「不承諾課税に関する法律」で明確にされた。そし. て、憲章の内容は次第にコモン・ローの一部を形成するようになっていった。. 17 世紀の初めに、エドワード・コーク(クック)が議会と国王ジェームズ 1 世. に対してコモン・ローの優位を主張して人民の自由を擁護し、1628 年に議会. が権利請願を国王チャールズ 1 世に認めさせて、国王権力の制限を目指してマ. グナ・カルタの内容を再確認したことにより、それは封建契約から国民一般の. 権利を保障する文書に転化した。ブラクトンの「王といえども神と法の下にあ. る」という言葉に代表されるように、統治者の恣意を武力や徳などではなく、. 統治者との契約によってその権力を拘束して人々の権利を守ろうとする考え方. (立憲主義)の萌芽はイギリス中世には既にあったと言えよう。ローマ教皇の権. 威が衰退し、諸侯が没落する中で西欧世界の君主は集権化を進め、1648 年の. ウエストファリア条約で近代国家の主権を基礎とする国際関係が形成されると. 共に、国内では王権神授説によって理論武装することで、議会法などを超越す. 人権総論・精神的自由・国務請求権・参政権ほか. 247. る支配(絶対王政)を確立していった。. その後、新興のブルジュアジー(市民)階級は市民革命によって絶対王政を. 倒し、近代をスタートさせた。財産と教養を有する市民階級は、何よりも経済. 的自由(所有権の絶対)と小さな政府(消極国家・自由国家・最小国家。ラッサールによっ. て「夜警国家」とも皮肉られた)を求めた。納税額や財産によって参政権を限る制. 限選挙による議会を考えていた。政府の権力を誰かに集中することを嫌い、自. 由を守るために権力分立を求めた。そのような考え方は、政府を自然状態から. 社会契約によって作るとする社会契約論によっていた。そして、このような社. 会契約を憲法という形で文書化することを立憲主義という。. (1)イギリス. イギリスの市民革命は段階的に進行していった。権利請願の後も長く議会を. 召集しなかったチャールズ 1 世に、ピューリタン(清教徒)を中心とする議会. 派は反乱を起こして 1648 年に勝利し(ピューリタン革命)、翌年には国王を処刑. して共和制を実現した。しかし、指導者のクロムウェルが没すると、その恐怖. 政治への不満から 1660 年には王政復古がなされた。ところが、1685 年に即位. したジェームズ 2 世が専制を強めたため、議会は国王を退位させ、新たにその. 娘であるメアリ 2 世と夫でオレンジ公であったウイリアム 3 世を 1689 年に王. 位に就け、以前の慣習憲法システムに戻った(名誉革命)。そして、議会は新国. 王に対し、議会の同意なき国王による法執行の停止や、課税の禁止などを認め. させ(権利章典)、国王は議会の中にあるという国会主権(議会主権)を確立させた。. このような経緯から、イギリスを「憲法の母国」と呼ぶ場合もあるが、イギリ. スは成典(成文)憲法を制定する機会を持たず、主要な議会法などが「この国. のかたち」を決めることとなった(不典憲法)。また、普遍的天賦人権論という. よりは、司法的な正しい理性を表明すると解される、古来からのイギリス人固. 有の権利を保障するコモン・ローに依拠して、多くの権利を国王らに認めさせ. た。漸進的な市民革命の結果、貴族制度なども残り、君主制も、国王は「君臨. すれど統治せず」の存在として生き残った(立憲君主制)。この後、1742 年には、. 横浜法学第 29 巻第 2 号(2020 年 12 月). 248. 国王の信任があったにも拘らず、下院(庶民院)の信任を失ったとしてウォルポー. ル内閣が総辞職したのをきっかけに議院内閣制が確立した。1911 年の議会法. で下院の優越が決定的となり、度重なる選挙制度改革により議会下院の選挙権. 者が徐々に拡大し、1918 年には男子普通選挙が、1928 年には男女普通選挙が. 成立した。1949 年議会法で下院の優越が確定し、二大政党制の下、下院議員. 選挙の結果、首相の任命が決まる慣行が継続している。なお、1701 年の王位. 継承法で司法権の独立なども明確にされている。. (2)アメリカ. 北米大陸のイギリス植民地では、1765 年の印紙税法の制定に見られるよう. な本国の干渉に対し不満が強まると、これへの反発が強まり、「代表なきとこ. ろに課税なし」を合言葉に抵抗が激しくなった。そして、1774 年のボストン. 茶会事件をきっかけに、1774 年の第 1 回大陸会議で遂には武力抗争が宣言さ. れた。当初は、重い課税の撤廃が主張であったが、次第に独立戦争となり、. 1776 年にはアメリカ独立宣言が出された。独立した邦は憲法典を持ち、その. 中には統治機構のほかに人権を規定するものも現れ、特に同年のヴァージニア. 権利章典はジョン・ロック流の社会契約論・天賦人権論に立った最初の憲法典. となった。邦は連合規約により緩やかな連合体を形成していたが、フェデラリ. ストの主張によりそれ以上の固い連合を求めるようになり、1788 年にはアメ. リカ合衆国憲法を制定して旧イギリス植民地全体が連邦国家となり、1791 年. には 10 の修正条項が加わり(特に修正 1 条は表現の自由や国教樹立禁止を宣言し、大. きな影響力があった)、その中には人権条項を含んだことから、同憲法は立憲主義. 憲法典の嚆矢となった。1803 年には裁判所の違憲審査権も判例として確立し. た。南部諸州が奴隷制を守るべく連邦を離脱して戦われた南北戦争の影響で、. 合衆国憲法は修正 13 条で奴隷制を禁じ、修正 14 条で州の差別や適正でない手. 続による人権制限を禁じ、修正 15 条で人種を理由とする選挙権差別を禁ずる. などの修正が加わり、総じて州に対して連邦を優位とするものとなった。. 人権総論・精神的自由・国務請求権・参政権ほか. 249. (3)フランス. 絶対王政などアンシャンレジウム(旧制度)に反する都市民衆・農民の不満. に新興勢力である地主・ブルジュアジーの現状打開願望が加わって、1789 年. に大革命(フランス革命)が始まり、自由、国民主権、権力分立などを宣言した. 人および市民の権利宣言(フランス人権宣言)が採択された。ここには、普遍的. な自然権思想が見られ、また、ルソー流の社会契約モデルが顕著である。1791. 年にはブルジュアジーと官僚などの勢力の妥協により、君主制を残し、ナシオ. ン(国民)主権・純粋代表を特徴とする漸進的な憲法が成立した(直前にポーラ. ンドで憲法が制定された)。しかし、急進のモンターニュ派が実権を握ると、国王. ルイ 16 世らを処刑し、1793 年には、実施までは至らなかったが、下級ブルジョ. アジーもしくは民衆の利益を反映したプープル(人民)主権に基づく直接民主. 政的色彩の強いジャコバン憲法が起草された。だが、テルミドールの反動によ. り彼らは粛清され、今度は 1795 年に共和主義ブルジュアジーの主導で、制限. 選挙と代議制を徹底し、行政権の復権を試みた憲法が成立した。 *�日本の憲法学、特にフランス憲法研究者を中心とする比較憲法学は、フランス革命を典. 型革命と考え、その担い手や背景、それに続く 3 つの憲法の主権論の違いを、第二次世 界大戦後の日本国憲法の解釈論に絡めて論争する傾向を有していた(樋口陽一・杉原泰 雄論争)。しかし、人民直接統治派とそれに反対し議会制民主主義や権力分立を尊重す る一派との対立は、イギリスではトゥーリー対ホイッグ、アメリカでは反フェデラリス ト対フェデラリストなどのように現れるものであり、ドイツの国家法人説も、帝国時代 の文脈では後者に属するものだと言える。このため、フランス革命史が全てのような日 本国憲法解釈論争には方法論的な点でも疑問が生じている。. フランスで立憲主義的憲法典が制定された影響は大きかった。しかし、1799. 年のナポレオンのクーデタと同年の憲法制定により、恐怖政治も伴った急激な. 革命は終わり、その後のフランスは帝政と共和政を、1875 年制定の第 3 共和. 制憲法を 1884 年に改正して帝政に戻る途を断つまで、幾度も繰り返した。また、. 行政の優位と中央集権もフランスの特徴と言え、違憲審査と言えるものは今で. も、行政機関である憲法院の(原則として、事前の)審査に限られる。. 横浜法学第 29 巻第 2 号(2020 年 12 月). 250. (4)ドイツ. 神聖ローマ帝国崩壊後は小国分立状態が続いていたが、ヴェストハーレン公. 国が 1807 年に人権規定を含む憲法を制定し、他の諸邦もこれに続いた。諸邦. 間の条約で成立した 1815 年のドイツ同盟では、信教の自由などの個人の自由. も認められた。1848 年にはフランス二月革命に余波で統一国家建設運動が盛. り上がった。翌年、自由主義、民主主義、連邦主義を基軸とするフランクフル. ト憲法が公布されたが、有力なプロイセン国王で王権神授説を信奉するヴィル. ヘルム 4 世がドイツ皇帝となると、同憲法は早くも実効性を失った。プロイセ. ンでは、三級選挙法の下に召集された議会で、1850 年に君主権の強い欽定憲. 法を公布した。同国がドイツを統一した 1871 年には、外見的立憲主義憲法(立. 憲主義的とは言い難い憲法)の代表例のように言われるドイツ帝国憲法(ビスマル. ク憲法)が制定された。そこでは、貧困層を取り込むため、男子普通選挙制度. が導入されたものの、議会の地位は低く、皇帝権力が絶大であった。. (5)小括. 19 世紀になるとヨーロッパでは成典憲法の制定が続いた。北欧などの君主. 制諸国は、1809 年のスウェーデン、1824 年のノルウェー、オランダ、1831 年. のベルギー、1849 年のデンマークが立憲君主制の憲法を制定した。しかし、. 1812 年のスペイン、1848 年のイタリア、1876 年のオスマン帝国などの欽定憲. 法は君主権が強く、やはり外見的立憲主義憲法と言えた。だが、それでも憲法. を制定し、多少なりとも君主権の限界を示す方が、ロシアのように、憲法が制. 定されず、皇帝による専制が続くよりは立憲的である。. 20 世紀になると、1911 年には中国で辛亥革命が起きて清王朝が倒れ、中華. 民国が誕生した。ヨーロッパでも、1914 年に始まる第一次世界大戦の結果、. ドイツでは皇帝が退位し、オスマン帝国やオーストリア=ハンガリー帝国も崩. 壊した。ロシアでは 1917 年にまず二月革命が起き、帝政が倒れた。多くの国. で君主制が後退し、国民主権に基づく共和政体、民定憲法に移行していった。. 各国で選挙権が拡大し、男子普通選挙が当然のものとなっていき、それに伴い、. 人権総論・精神的自由・国務請求権・参政権ほか. 251. 労働者階級も議会に代表を送るようになり、政党国家化していった。. 2.現代 自由を確保するためには国家は小さな政府の方がよいという国家観は、産業. ブルジュアジーにとっては都合よかった。産業革命や植民地支配によって彼ら. は富を得たが、他方で大量に創出された労働者階級にとっては最低の賃金で最. 長の労働時間で働くことを余儀なくされることを意味し、そのことから社会不. 安も生じていった。このため、共和政体となったドイツの 1919 年のワイマー. ル憲法では、国民主権や普通選挙、政治・宗教的自由権などが定められたのは. もちろんのこと、労働基本権などの社会権的基本権が盛り込まれ、貧富の差の. 解消のために経済的自由の大幅な制限を可能とし、そのために大きな財政出動. を行い、行政権の規模の大きい大きな政府(積極国家・社会国家・福祉国家。行政. 国家化ともいう)を理想とした。1929 年のアメリカの株価大暴落に端を発する世. 界大恐慌が生じると、このことは実感となった。. 共和国となったドイツでは、社会国家を標榜する意味では理想的な憲法と思. われたワイマール憲法の下、第一次世界大戦での多額の賠償金の負担があった. ところに大恐慌が襲った結果、ハイパー・インフレーションが生じ、ヒトラー. を指導者とする極右のナチスが台頭した。ナチスは中道政党を脅して 1933 年. に全権委任法を通すと憲法を停止し、民族共同体を体現する指導者に権力を集. 中する体制を作り(ナチズム)、軍国主義の日本やファシズムのイタリアと枢軸. 国を形成した。ナチスは一般国民の福祉や産業の増進により国民投票などによ. る喝采を浴びる一方、ユダヤ人の大量虐殺(ホロコースト)を行った。しかし、. これらの国々は第二次世界大戦で連合国に敗れ、戦後は、反ファシズムや文民. 統制(シビリアン・コントロール)、戦争の放棄などを含む民主的な福祉国家型憲. 法(日本国憲法、ドイツ連邦共和国憲法、イタリア共和国憲法)を制定することとなった。. ドイツとイタリアでは憲法裁判所が設立された。特にドイツでは、全体主義政. 党の解散などを命じる(闘う民主主義)権限も付与された。アメリカが突出して. 横浜法学第 29 巻第 2 号(2020 年 12 月). 252. いた司法裁判所による違憲審査制は、戦後には、憲法裁判所によるものも併せ. て一般化した(司法国家化)。また、悲惨な戦禍、非人道的な虐殺を経験した国々. では自然権思想の復活も見られ、平和主義の希求も顕著となった。女性参政権. の保障(男女普通選挙)はほぼ 20 世紀になってから世界的に広がり、近代冒頭. には一部先進国の家長である男性ブルジュアジーの独占物であった参政権は、. 君主制も植民地支配もなぎ倒して、人類一般のものへ普遍化していった。ドイ. ツの占領から解放されたフランスは、戦後、「社会的共和国」であることを宣. 言した第 4 共和制憲法を制定したのに続き、1958 年には、アルジェリア独立. 運動に対応するため、大統領権限を強め、半大統領制を導入した第 5 共和制. 憲法を制定した。. ロシアでは、1917 年に二月革命に続き十月革命が起き(ロシア革命)、社会主. 義左派勢力のボリシェヴィキが主導権を握り、1922 年には史上初めての社会. 主義国家であるソビエト連邦(ソ連)が樹立され、1924 年には憲法も制定された。. 社会主義憲法の下では、近代立憲主義はブルジュアジー的であるとされ、共産. 党指導の下に人民を代表する機関への権力集中が見られたほか、人間一般の天. 賦人権ではなく労働者・農民の権利であることが強調され、私有財産制や資本. 主義経済を否定して生産手段の国有化が図られた。ソ連をモデルとして、戦後、. 東欧諸国、中国(中華人民共和国)、北朝鮮、ベトナム、キューバなどでは社会. 主義もしくは人民民主主義の体制が樹立され、多くの国々は東西冷戦下での東. 側陣営に組み入れられた。しかし、計画経済の失敗、軍事予算の圧迫、絶対的. 権力の腐敗、表現や信教の自由などの近代的自由の抑圧(東欧では、ソ連軍の介入). に人々の不満が爆発し、1989 年には東欧諸国での民主化革命の後、1991 年に. はソ連も解体され、平等な社会を目指したソ連型社会主義は終わった。中国は、. 1993 年憲法で社会主義市場主義経済への移行を宣言した。. こうして、福祉国家型の憲法や政策が先進国では主流となった。平等観も形. 式的平等から実質的平等を加味するものへと移行していった。ただし、その行. き過ぎは新自由主義(リバータリアニズム)による行政の肥大化批判もあり、福. 人権総論・精神的自由・国務請求権・参政権ほか. 253. 祉国家がソ連型社会主義への希求を予防する意味も薄れたこともあって、北欧. 諸国に典型的な大きな政府は、転換を迫られた。近代立憲主義は、長く植民地. であったアジア・アフリカ諸国が独立すると、その理念が広まった。ただ、独. 立の経緯から、南アメリカ諸国なども含む発展途上国では、開発独裁(権威主. 義体制)や軍事政権が横行した。しかし、フィリピンやインドネシア、韓国、チュ. ニジアなどでそのような政権が次々と倒され、アルゼンチンやブラジルでも軍. 事政権が終わりを告げ、東欧などの民主化、ネパールなどでの王政崩壊も併せ. て、立憲民主主義は一般的になっていった。 *�自由で民主的な国の指標として、政治学者のロバート・ダールは 1971 年にポリアーキー. という概念を提唱した。公的異議申立てと政治参加が要件とされる。反政府的な表現の 自由が保たれ、自由な選挙による政権交代の実質的可能性があることが、独裁国家など と大きく異なる証拠となろう。. 人権保障は国内法である憲法のみならず国際法である多国間条約にも及び、. 1945 年の国際連合憲章、1948 年の世界人権宣言が発せられ、1976 年には国際. 人権規約が発効するなどした。戦争を抑止する様々な多国間条約も結ばれ、核. 時代における国際平和への希求が熱く語られた。 *�女性差別撤廃条約、子どもの権利条約、難民の地位に関する条約など、人権の国際化と. 言われる現象が戦後拡大した。これらは条約法であり、締結・批准しない国を拘束しな い。例えば、日本は死刑廃止条約に加盟していないため、他条約に反しない死刑執行は 国際法違反にはならない。. 1993 年のマーストリヒト条約、2009 年のリスボン条約の発効などによる. EU(欧州連合)などの国家統合の動きもあり、加盟国の憲法はその条約の下位. のものとなって、その展開次第では今後、憲法学・国法学・比較憲法学の対象. や方法論は影響を受ける可能性がある。 * �EU の拡大(特に旧東側陣営諸国への拡大)や通貨統合などの動きは注目できる。その後、. イギリスは 2020 年 1 月末をもって EU から離脱した。. 横浜法学第 29 巻第 2 号(2020 年 12 月). 254. 人権総論. 1.人権の概念・体系 (1)人権の保障と義務. 近代立憲主義の下での人権もしくは基本的人権とは、ただ人間であるという. だけで人間が当然に享有し(固有性)、国家の承認も必要ない、自然権的権利で. あると解されている。あらゆる人間が、人種や性別などの違いに関わりなく有. するものである(普遍性)。国家などがこれを侵害することも許されない(不可. 侵性)。その理由は人間の尊厳や個人の尊重によって説明され、日本国憲法も. 自然権、天賦人権であることを確認する意味でその第 3 章に人権カタログを置. いたのだと思われる。大日本帝国憲法が天皇の統治権を前提に、法律や勅令で. 制限(法律の留保)できる臣民の権利であったことと大きく異なる。 *�沿革的にはキリスト教と深く結び付くドイツ基本法の「人間の尊厳」と日本国憲法13条. の「個人の尊重」は、人間第一、ヒューマニズムを根源とする点で同じだとする見解が 優位である。しかし、端的に文言が異なる上、ドイツではナチスによるホロコーストな どを経て、人間性の回復が求められ、共同社会の中で人間の共同社会的関連性などが求 められたのに対し、日本では、戦前に全体主義や集団主義的な「空気」に流されて個人 の主体性が埋没した弊害から、個人主義が強調されるべき事情があるという違いがある。. 人権が自然権だけを示すのであれば、自由権や平等権などの前国家的人権だ. けが人権ということになりかねないが、多くの場合、政府の存在を前提とする. 社会権や参政権などの後国家的人権と思われる権利も含めて「人権」と呼ばれ. ている。通説によれば、憲法 11 条と 12 条には権利性はないとされる。. 近代立憲主義憲法は人権を保障する、いわば権利の束である。その意味で、. 義務は主役ではないが、国家として成り立つためには、国民が一般的に憲法を. 頂点とする法秩序に従う義務は生じる(12 条)。ただし、直截的な憲法尊重遵. 守義務(99 条)を負うのは公務員に限られ、国民一般の義務ではない。また、. 財政支出、ましてや福祉国家を維持するためには、法令によって具体化される. 納税の義務(30 条)を要する。これに違反すると刑罰を課される場合もあり、. 人権総論・精神的自由・国務請求権・参政権ほか. 255. 強制力がある。教育を受ける権利の裏返しとして、親などは子女に教育を受け. させる義務(26 条)を負う。これに対し、労働者の権利と併せて規定された勤. 労の義務(27 条)には罰則は伴っておらず、訓示的意味合いが強い。. (2)人権の概念. 日本国憲法第 3 章の条文で示された権利は、全て一律に、国や、地方自治体. などの公共団体が憲法違反の行為をしたと考えられる際に、裁判所による違憲. 無効判決を経て、具体的な救済がなされるものだとは考えられていない。いく. つかの条項ついてはそうではないと考える説もある。. (i)プログラム規定. 憲法 25 条 1 項の生存権規定以下の社会権規定は、国の経済状態や予算の限. 界のため恒常的保障が無理であるため、具体的権利ではなく、それを具体化し. た法律があって初めて司法的救済が可能になる抽象的権利であるというのが通. 説的見解である。それを超えて、これらの条項は「権利」と記載されていても. 権利ではない、プログラム規定に過ぎないとする説がある。 *�多くの社会権規定を生んだワイマール憲法下のドイツは、第一次世界大戦の多額の賠償. 金のために、財政難となった。この中で、金銭的な請求権をどう理解するかが問題となり、 条文上「権利」とあっても具体的な請求はできないとする理論が生まれ、拡大して理解 されてしまったものである。そもそもワイマール憲法は、人権は憲法で保障するとしな がら、法律によって制限する可能性が認められており(相対保障型)、憲法上の人権を 法律によって縮減できない、アメリカ合衆国憲法を典型とする絶対保障型とは異なって いた。. プログラム規定とされると、その内容が国の努力義務に過ぎなくなり、憲法. が「権利」と宣言しても無意味になるという大きな問題が生じる。このため、. 学説はこの理論に総じて否定的であり、肯定説も財政出動を伴う社会権規定の. 一部に限ってそれを展開するにとどめている。. (ii)制度的保障. 人権を守るため、特定の制度を前提としたり否定したりすることがある。こ. れが歴史的に定着し、あるいは憲法が明文で規定して人権との対応関係が定番. 横浜法学第 29 巻第 2 号(2020 年 12 月). 256. 化すると、憲法はその制度の核心を保障したと考えられる。このようなものを. 制度的保障という(もともと、ドイツ・ワイマール憲法下での概念であり、立法者によっ. てもその核心が変えられないとする理論であった)。日本国憲法上の例としては、平等. 権に対する貴族制度の禁止、表現の自由に対する検閲の禁止、信教の自由に対. する政教分離原則、学問の自由に対する大学の自治、財産権に対する私有財産. 制などが挙げられることが多い。家族、教育制度、社会保障制度などを挙げる. 説もある。学説には地方自治制度を挙げるものも多いが、特定の人権と結び付. くものではなく、制度的保障の例からは外すべきように思われる。なお、制度. 的保障が憲法上のものであるならば、その内容が法律によって決まるとするべ. きではなく、いずれも憲法解釈によって決めるべきである。. 制度的保障は、人権そのものではない。直接人権を保障せず、制度を守る防. 波堤を築くことで当該人権を守ろうというものである。よって、この理論に心. 酔すると、制度は生きて権利は死せりともなりかねず、注意が必要である。こ. のため、制度的保障不要論もあるが、それでも各制度自体の存在意義はなお無. 視できないものがある。一般的な憲法上の権利では、訴訟において当該権利を. 侵害した者だけが原則としてその違憲状態を主張できるが、制度的保障が侵さ. れていることは、当該行為や状態によって権利を侵害され得る者が広く主張で. き、裁判所も憲法判断を示すことが原則となることに意味がある(住民訴訟など の客観訴訟制度があれば当然である。ただし、一般的な主観訴訟においては、権利侵害がな. ければ訴えそのものは却下されるのはやむを得ない)。大学の自治や私有財産制の侵害. で想定される事案のように、権利を侵害された者が訴訟を提起すればよい事案. では、周辺者が制度的保障を持ち出す必要性が乏しい。 *�特に、資本主義制度といえども一部の国有財産制の法制化は許容でき、経済的自由では. なく私有財産制の侵害ゆえ違憲という事例を考えにくいとすれば、「私有財産制」を制 度的保障と考えることはやめてよいとも言える。. (3)人権の体系. 憲法上の人権の分類方法は、学説により様々である。①前国家的人権、後国. 人権総論・精神的自由・国務請求権・参政権ほか. 257. 家的人権という分類、②人権の歴史的発展に従った、個人的基本権、社会的基. 本権、基本権を確保するための基本権という分類、③裁判を通じて救済が与え. られるのかを基準とする、生存権、経済的自由、精神的自由という分類、④人. 権通則である 13・14・31 条以外の人権を、身体の所在、経済生活、精神生活、. 共同生活に分けるもの、⑤プロセス的基本的人権観に立つ、平等権、プロセス. 的権利(これを政治参加のプロセスに関する諸権利、政府のプロセスに関わる諸権利に二. 分する)、非プロセス的権利という分類などである。. しかし、最も有名な分類は、ドイツ近代の著名な公法学者であるイェリネッ. クによる、義務、自由、自由権、受益権、参政権という分類であろう。これ. は、国民が国家に対してまず従属し(受動的地位)、次に自由になり(消極的地位)、. 自己のために請求し(積極的地位)、遂には国家活動を担う(能動的地位)という、. 個人の地位向上段階に即したものだと評されている。この分類に対しては、①. 積極的地位も国法の定立に参加するという意味では能動的地位と言える、②消. 極的地位は権利ではなく単なる「自由」と言うべきである、③権利から請求権. を分離してしまっている、④権利を、出訴可能なものに限定してしまっている、. などの批判もある。イェリネックの死後に一般化した社会権やいわゆる新しい. 人権の分類も困難である。日本の通説的見解は、この分類を変形して、消極的. 権利、積極的権利、能動的権利などに分類する。消極的権利には自由権が、積. 極的権利には受益権と社会権が、能動的権利には参政権がほぼ対応している。. 憲法 13 条にも権利性を認めた上で、その保障する幸福追求権と平等権は包括. 的人権(包括的基本権)に分類している。. 憲法学が社会科学の一翼を占め、実践の学である以上、人権の分類は一定の. 解釈を導く目的で行われる。ただ、複数の権利の側面を抱えている条項や、ど. こに配分すべきかの定説のない条文もなおある。条文は憲法制定時や改正時の. 政治情勢に左右されることもあり、必ずしも体系的であるとは限らない。また、. 自由権は請求権的性質を有するし、社会権にも自由権的側面を認める学説もあ. る。分類は絶対ではない。しかし、自由権は国家の妨害行為を排除すること、. 横浜法学第 29 巻第 2 号(2020 年 12 月). 258. 社会権は国家に要求することを核とするように、各人権には本質部分が厳然と. 存在するとは忘れるべきではない。. 2.人権の主体 (1)国民. 日本国憲法第 3 章は「国民の権利及び義務」という表題であり、日本国民が. 人権享有主体であることは明らかである。日本国憲法の個人主義から見ても生. 身の人間であり、社会契約の主体で主権者の範疇に入る者が人権を享有しない. ということはあり得まい。学説を見ても、日本国籍を有する者が日本国憲法上. の人権を有することを疑う説はない。もちろん、それは憲法解釈から決まるの. であり、下位法令によってそれが修正されるものではない。国籍法の国籍の決. め方が、憲法上の人権享有主体である者以外を含むようにはなっていないため. にそう説明されることには留意すべきである。 *�人権享有主体は生身の人間にある、ということが前提である。このため、動物や植物、. 総体としての「森」や「大地」などに権利性を認めることは、日本国憲法の解釈として は認め難い。神や AI なども同様である。ただし、それを理由とする人権制約を、究極 的に他者の利益に還元して認めることはできよう。. 人権は、生まれてから死ぬまでの生身の人間が有するものである。しかし、. 胎児に潜在的人権を認めないことは、相続などを考えても、理不尽な決定に黙. 認してしまうことになり、また、死者に名誉などを認めなければ、疑問ある判. 断を導いてしまおう。その意味で、人権思想の影響は、生まれる前と死んだ後. にも一部は及ぶと言えよう。そして、民法も刑法も、生と死を明文で明確にし. ておらず、近年、脳死は死か、などの形で現実の問題となっているほか、女性. の妊娠中絶をする権利の対抗として、胎児の生命権の主張もある。 *�先住民族の尊厳を守る必要もある。2019 年には「アイヌの人々の誇りが尊重される社会. を実現するための施策の推進に関する法律」が施行された。また、薩摩藩支配や琉球処 分以降の沖縄・奄美の歴史などにも配慮が必要である。アイヌ民族に属する者に、国際 人権規約B規約 27 条に基づく少数民族の文化享有権を認めながらも、ダム用地収用裁. 人権総論・精神的自由・国務請求権・参政権ほか. 259. 決の取消請求を斥けた判決(二風谷ダム訴訟=札幌地判平 9・3・27 判時 1598 号 33 頁) がある。. (2)未成年者. 未成年者も当然に人権享有主体性を有するが、成年者と異なる規制に服し、. 異なる保護を受けるものと考えられる。通説は選挙権について否定し、婚姻の. 自由も制限する。喫煙・飲酒の自由などもないとする。法律上、医師や薬剤師、. 弁理士は成年者であることが条件となっている。学説は、未成年者を未成熟で. あるとして、人権の制約を容易に認めてきたと言えようが、未成年者も十分判. 断能力がある年齢になれば、パターナリズムによる人権制限は認められないで. あろう。その年齢が何歳であるか、憲法は明言していない。「成人による普通. 選挙」は保障するが、成人が何歳かは特定していない。時代による変化は否め. ないが、他方、民主主義国家で最も重要な人権とも思える選挙権の取得年齢が. 動くことに違和感がないではない。逆に、幼い子どもは保護されるべきで、また、. 子どもゆえに持つ人権もあると言えよう。26 条の教育を受ける権利はこういっ. た未成熟な子どもを念頭においたものである。人権の制限は、本人の成長を阻. 害する障害を除去することだけが年齢などに応じて限定的に許されよう。第一. 義的には、子どもの保護者であり、本人のために人権を制限する者は親であろ. うが、親が抑圧者であるとき、国や地方自治体は子どもを保護する必要が生じ. る。それは「国王は家庭に入るべからず」という法格言を破ることでもあり、. 慎重さを要する。 *�高齢社会に伴い、年齢に伴う運転免許の停止や、適切な介護を受ける権利など、高齢者. の人権やその制限の問題も注目される。しかし、未成年者について認められてきたパター ナリズムによる人権制限等を高齢者にも安易に拡張することには慎重さも必要である。 特に、選挙権や表現の自由など、近代市民革命以来の古典的人権に影響を及ぼすことは 許されまい。. (3)天皇・皇族. 国民主権原理や平等権を謳う日本国憲法は世襲の天皇制を明文で置いてい. る。そこで、天皇や、それを取り巻く皇族に、憲法の人権規定は及ぶか、とい. 横浜法学第 29 巻第 2 号(2020 年 12 月). 260. う論点が生じてきた。多数説は、職務の特殊性や世襲制からくる制約などはあ. るものの、天皇・皇族も人間であるため、天賦人権思想から、人権はあるとす. る。だが、生まれながらに天皇となり得るかが決まるという天皇制は、近代立. 憲主義とは相容れず、天皇・皇族には憲法上の人権はないとする少数説も根強. い。また、主権者ではない天皇には人権享有主体性は認められないが、国民の. 一角である皇族には、様々な制限はあるものの、基本的に人権享有主体性は認. められるべきだとする説もある。現行皇室典範は、婚姻に皇室会議の承認が必. 要とする点で婚姻の自由を制限しており、養子は取れず、天皇は男系男子に限. るなど、人権が認められるにせよ、家族形成上の権利や男女平等は制限されて. いる形になっている。天皇の象徴性に鑑み、特に政治的表現の自由や参政権な. どは認められず、職業選択の自由や国籍離脱の自由も認められていない。学説. の対立の多くは、以上のような皇室典範などの現行法の合理的説明をめぐるも. のであり、現行法制度を違憲とする説明は多くない。しかし、女性天皇を認め. ず、男性と女性で皇籍離脱の条件を大きく異にしていること、退位の自由は基. 本的になく、にも拘らず、平成時代に天皇の思いを斟酌して特別法で例外的に. 認めたことが合憲・適切だったかは、論議がある。. (4)外国人. 人権享有主体性に関する議論の最大の論点は、外国人(無国籍者を含む)のそ. れである。第 3 章の表題が「国民の」権利及び義務であり、近代立憲主義にお. いては憲法とは主権者国民と政府の社会契約であることなどから、日本国籍を. 有さない者の人権享有主体性を認めない否定論もあるが、通説・判例は肯定論. に立つ。個人の尊重を謳う日本国憲法の定める人権は自然権、天賦人権であり、. 日本にいる全ての人間に及ぶことや、日本国憲法の国際協調主義をその理由と. する。だが、肯定説も、全ての外国人に全ての人権を日本国民と同じく保障す. るとは考えていない。条文に「すべて人は」や「何人も」などとあるか「国民. は」とあるかで区別する文言説は、22 条 2 項の国籍離脱の自由でつまずく(ま. た、30 条の納税の義務も「国民」とあるが、実際には外国人にも課税される)ため、採用. 人権総論・精神的自由・国務請求権・参政権ほか. 261. できず、ほとんどの説は人権の性質によって外国人が享有できるか否かを決め. る性質説によっている。. 通説・判例は外国人の入国の自由を否定する。入国は、国際慣習法上、各国. の自由裁量とされてきた。現行の国際秩序が国家システムを前提とし、日本国. 憲法が国際協調主義を掲げる以上、難民(政治難民)保護などの確立した国際. 法秩序の要請がない限り、国外にいる外国人に日本国憲法の保障を及ぼすこと. は難しいであろう。さらに、長期滞在者の再入国の自由(最判昭 45・10・16 民集. 24 巻 11 号 1512 頁)、永住外国人の再入国の自由(森川キャサリーン事件=最判平 4・. 11・16 集民 166 号 575 頁)、一般的には亡命者の庇護権、滞在要求権も認めていな. い。マクリーン事件(最大判昭 53・10・4 民集 32 巻 7 号 1223 頁)では、最高裁は、「わ. が国の政治的意思決定又はその実施に影響を及ぼす活動等が外国人の地位にか. んがみこれを認めることが相当でないと解されるものを除き、その保障が及ぶ」. として、ベトナム反戦運動をした外国人に在留期間の延長を認めないことも法. 務大臣の裁量の範囲内だとした。 *�日本は 1981 年に難民の地位に関する条約に加入し、出入国管理及び難民認定法 18 条に. 一時庇護の制度を設けた。この意味で、法律に一種の亡命権が認められ、日本政府の入 国拒否権はその分縮減されたとも言えなくはない。再入国に関して、2012 年の同法改正 により、有効な旅券及び在留カード又は特別永住者証明書を有する外国人は、出国後一 定期間に再入国する場合、再入国の許可を得る必要がなくなった。なお、判例は純粋な 出国の自由は外国人にもあるとする(最大判昭 32・12・25 刑集 11 巻 14 号 3377 頁)が、 国際法の問題だとも思える。. 通説は、国家意思形成に関われるのは国民のみであり、外国人には参政権、. 政治的表現の自由、公務就任権などの政治的権利もないという。ただ、地方参. 政権などは「住民」ならばあるとする説もある。判例は、外国人の国政参政権. を否定する(ビッグス・アラン訴訟=最判平 5・2・26 判時 1452 号 37 頁)一方、地方参. 政権については法律によって付与しても違憲ではないとする(外国人地方参政権. 訴訟=最判平 7・2・28 民集 49 巻 2 号 639 頁)が、連邦国家ではなく主権の単一性か. らしか議論が始まらない日本国憲法の下で、この区別が可能なのかは疑問もあ. 横浜法学第 29 巻第 2 号(2020 年 12 月). 262. るところである。判例は、外国人に被選挙権を否定していることを合憲として. いる(最判平 10・3・13 裁時 1215 号 5 頁)。警察官や外交官になる資格が外国人に. 憲法上あるかは疑わしいが、法律上は国家意思形成に関わる職種とされている. 地方公務員や教員にもなれるとする説も強い。実際、1982 年には特別措置法. が制定された結果、国公立大学教員など、高度な政治判断を伴わない専門的・. 技術的職務にも外国人の就労が可能となっている。他方、最高裁は東京都管理. 職試験事件で、特別永住者で地方公務員だった者に地方自治体の福祉分野の管. 理職選考の受験資格を否定しても違憲ではないとした(最大判平 17・1・26 民集. 59 巻 1 号 128 頁)。. また、通説や判例は、外国人を社会権から除外しても合憲であるとする(塩. 見訴訟=最判平元・3・2 判時 1363 号 68 頁)。子どもの教育や生存保障は国籍国の義. 務だという理解である。だが、日本社会の一員として生活実態がある人につい. ては当然に社会権が保障されるとする説も根強い。実際、国際人権規約や難民. 条約の批准に伴う改正、生活保護法など社会保障分野の法令の多くは国籍条項. を 1981 年までに廃しており、また、そのことを違憲する見解はほとんどなく、. 憲法論争の意味は薄れている。ただし、最高裁は、傷病者戦没者遺族等援護法. の国籍条項が問題となった台湾人元軍人・軍属国賠請求事件(最判平 4・4・28 判. 時 1422 号 91 頁)や、在日韓国人元軍属年金訴訟(最判平 13・4・5 判時 1751 号 68 頁). において立法府の広い裁量を認め、韓国人戦争犠牲者補償請求事件でも、軍隊. 慰安婦の戦争被害は政策的見地からの配慮の問題であり、その損失は憲法施行. 前の行為によるものであって、国家賠償等をしなくとも憲法 29 条 3 項に反し. ない(最判平 16・11・29 判時 1879 号 58 頁)とし、また、永住外国人による生活保. 護申請に関して、生活保護法の「国民」とは日本国民を指し、外国人は行政措. 置による事実上の保護対象に過ぎず、同法に基づく受給権は有さないと判示し. ている(最判平 26・7・18 判地自 386 号 78 頁)。通説は、他の憲法上の人権は外国. 人にも保障されるとするが、日本国民と同程度の保障が及ぶとは限らないとも. いう。実際、国民の権利のためだとして鉱業権や土地取得、通信・放送・運輸. 人権総論・精神的自由・国務請求権・参政権ほか. 263. 企業の一部で株主の割合が制限されている。外国人もプライバシー権を有する. としながら、最高裁は指紋押捺義務や外国人登録証明書常時携帯義務を合憲と. している(指紋押捺拒否事件=最判平 7・12・15 刑集 49 巻 10 号 842 頁)。 *�その後、1993 年に指紋押捺義務が免除され、1999 年には全ての外国人に免除する法改. 正がなされた。しかし、2001 年にアメリカ同時多発テロが発生すると、世界的に出入国 管理を厳しく、この種のプライバシー制限はやむを得ないとする考えに傾き、2007 年施 行の出入国管理及び難民認定法の改正では、特別永住者を除く外国人に指紋と写真の提 出が義務付けられるようになった。. 結局、通説・判例は、天賦人権論的な説明を試みながら、外国人には、日本. 国民の害にならない程度の人権しか認めないという結果を導いてしまった。そ. もそも、憲法制定権力者に擬制される国民が政府と社会契約を結んだとされる. 近代立憲主義憲法の下、それに該当しない者が当然に憲法上の人権を有すると. 説明できるかは微妙な問題を残す。外国人の人権享有主体性を直接は否定しな. がらも、憲法の個人主義・人間尊重主義を生身の人間にできる限り及ぼすとい. う説明と、効果の点で大差ないとも言える。また、通説の説明では外国人は一. 括りであるが、より深刻な在日・永住外国人の人権問題が、他の外国人のそれ. と同様に薄められているという問題もある。憲法 10 条の国籍法定主義が、国. 会に自由裁量を与えたのでなく許容範囲があるのではないか、また、それとは. 別に憲法制定権力に含まれるが外国人扱いとされている人々の人権享有主体性. は憲法解釈として認めるべきではなかったかとの疑問もある。 *�終戦直後、通達により、日本にいる旧植民地下の、朝鮮・台湾・大連・南洋諸島などの. 出身者の国籍は日本ではないとされた。. (5)「法人」・団体. 日本国憲法は個人主義・人間中心主義を掲げており、そこでの人権の享有. 主体は生身の人間(自然人)に限ると思われた。しかし、学説の大半は、長く、. 社会的実在性を理由に「法人」の人権享有主体性を肯定してきた。「法人」に. ついては、下位法令である民法などで設立されることは条件でなく、憲法の眼. から見て自然人相当の地位を有する人の集団・団体のことである。そして、そ. 横浜法学第 29 巻第 2 号(2020 年 12 月). 264. の団体に、構成員とは別の人権享有主体性を認めるべきか、という議論である. と思われる。「法人」が全ての人権を有するとは考えず、生身の人間を予定し. ていると思われる、生命権、身体的自由、婚姻の自由などは認めない一方、経. 済的自由や適正手続を受ける権利、国務請求権などは認めるが、生身の人間の. 権利・自由を不当に制限しない程度にする、特に巨大「法人」のそれは制約さ. れるなどの条件を付す傾向にある。最高裁も、博多駅テレビフィルム事件(最. 大決昭 44・11・26 刑集 23 巻 11 号 1490 頁)で報道機関の権利主体性を認めた後、八. 幡製鉄政治献金事件(最大判昭 45・6・24 民集 24 巻 6 号 625 頁)では、「憲法第 3 章. に定める国民の権利および義務の各条項は、性質上可能な限り、内国の法人も. 適用される」として、株式会社の人権享有主体性、就 なかんずく. 中、政党に政治献金を行. う憲法上の自由を肯定した。この事案は、政治献金の是非をめぐる株主代表訴. 訟であり、当該訴訟上の会社の当事者適格性を確認すれば十分だった事案であ. り、「法人」の人権享有性一般の判例としては疑問があろう。. だが、肯定説には、①ここまで制約条件を付し、一部の人権にしか人権性を. 認めないものを「法人」に人権享有主体性を認める説だとしてよいか、という. 疑問があるほか、②多くの場合、「法人」の人権とされているものは、構成員. の憲法上の人権の総和で語れるものを、民事法上の法人格付与の議論と勘違い. している(例えば、報道機関の報道の自由は、記者やアナウンサーの憲法上のそれの総和. と考えられ、放送局などが訴訟の原告となれるかとは別問題である)きらいがあり、③. 普通は結社の自由の問題とすればよいだけの問題であって、④もし、「法人」. に人権享有主体性を認めれば、それと内部構成員や外部の関係者との憲法上の. 権利の衝突は、憲法の私人間効力論で処理されることとなり、議論が複雑で混. 乱していくだけであって、⑤ドイツ憲法が「内国法人」の人権享有主体性を明. 文で認めたことを、明文のない日本国憲法の解釈論に直輸入してしまっている. 失敗をしており、何よりも⑥日本国憲法の人間尊重主義、生身の人間にこそ人. 権を保障するという立場と矛盾するという疑問がある。そのように考えると、. 原則に立ち戻り、「森」や AI と同様、「法人」の人権享有主体性を否定する説. 人権総論・精神的自由・国務請求権・参政権ほか. 265. の方が率直に感じられる。. 3.人権の制約 (1)法律の留保. 人権は不可侵ではあるが、絶対無制限ではない。一般に人権が制約され得る. ことは当然ということになるが、では、どのような場合にそれが認められるの. かが次に問題となる。. 人権は国民代表からなる議会の作る法によってしか制限できず(ただし、執行. 命令と、白地委任立法でない委任命令は憲法上許される)、統治者の恣意で制限される. ことはない(伝統的意味での法律の留保の禁止)。議会といえども憲法に反する内容. の人権制限はできない(近代立憲主義的意味での法律の留保)。特に、個人の尊重を. 高く掲げる日本国憲法の下では、純粋に国、ムラ、民族、家、全体、秩序のた. めという、個人の権利・利益におよそ還元できないものを専らの理由とする人. 権制限は許されまい。. (2)公共の福祉. 人権を制限する憲法条文上の根拠は、12 条、13 条などにある「公共の福祉」. ということになろう。しかし、通説は、人権の制約理由はその人権に介在する. もの(内在的制約)であり、安易に「公共」の福祉による外在的制約を認めれば、. 大日本帝国憲法下のような人権侵害を導くことになるとしてこれを否定し、人. 権相互の矛盾・衝突を調整する実質的公平の原理(宮沢俊義)しか人権制約理. 由を認めず、自らに権利を防御する場合しか、他人の人権を制約できないとい. う論理を組み立てている。この通説的見解によると、例えば、バイパス道路建. 設のための収用など、財産権を公益のために制約する例は説明できるのか、微. 妙である。説明できるとすれば、漠然たる国益・公益に代えて数多の人々の経. 済的自由や潜在的な生存権などの「人権」を集積するものであり、「人権」を. 広汎にしてしまっているとの批判もできよう。これに対して、22 条 1 項、29. 条 2 項の経済的自由に限って「公共の福祉」による外在的制約ができることを. 横浜法学第 29 巻第 2 号(2020 年 12 月). 266. 明文で認めたのだとする説もある。. しかし、いずれの説も、人権は制約可能だが制約は最小限に、とする点で一. 致する。だとすれば、どのような場合にどの人権がどこまで制約可能か、に論. を進める方が建設的である。確かに、人権の制約を他者の人権を理由に限定す. ることは、国家主義や全体主義を排除する日本国憲法の解釈としては適合的で. あるが、これを厳格に考えると、美観、静寂、電波の混信防止、医療の崩壊、. 円滑な道路交通、経済活動の発展、稀少動植物の保護、治安などの政府利益は. それだけでは人権制約理由にはならなくなり、究極的には個人の権利・利益を. 損ねることも視野に入れねばならない。経済的自由の社会国家的規制の場面で. 広く許容されてきた多くの規制は、説明できなくなる危険もある。加えて、留. 意せねばならないことは、人権の内在的制約を基本とする考えに固執すると、. 相手の人権が定まらなければ自己の人権の限界も定まらないという循環論法に. 陥り、永遠に人権の中身が確定しないという哲学的悩みから実践的な結論が出. ないことである。そこで、全体主義的な規制は厳禁とし、「公共の福祉」の文. 言や人権濫用への道徳的嫌悪に頼った安易な規制の許容も許さず、自己加害の. 防止のための規制(パターナリズム)も原則的には否定した上で、人権の種類、. 特に、精神的自由か経済的自由かによって人権の制約限界を論じるのが、学説. の主流になっていったと言えよう。. (3)二重の基準論. 学説は、精神的自由の制約は、内在的・警察的・自由国家的規制しか許され. ず、また、その制限も必要最小限でなければならないとする一方、経済的自由. の制約は、以上のほか、外在的・政策的・社会国家的規制も可能だとし、その. 制約も必要な限度で認める、とする傾向にある。さらに学説は、この 2 種の人. 権の違いを、アメリカの判例理論に結び付けて理解している。即ち、裁判所は、. 基本的に、精神的自由が侵害された事例では厳格審査基準、つまり、やむにや. まれぬ目的と必要最小限の規制手段であることを規制側が立証できなければ違. 憲であると判断する司法審査基準で審査するのに対し、経済的自由が侵害され. 人権総論・精神的自由・国務請求権・参政権ほか. 267. た事例では合理性の基準、つまり、目的・手段に何らかの合理性すらおよそな. いことを規制される側が立証できなければ合憲であると判断する司法審査基準. で臨むこととなる。このような考え方を二重の基準論という。. 以上の傾向はあるものの、具体的な中身については学説が完全に一致してい. るわけではない。まず、二重の基準論の根拠についても、①価値秩序(表現の. 自由の民主的過程での不可欠性、表現の自由の優越的地位など)、②司法の能力の限界、. 特に政策判断における政治部門の優位、③民主的過程における司法の役割、④. 侵害され易い歴史的経緯など、様々の主張がある。また、多くの学説は、「二. 重」の基準論とは言いながら、司法審査基準として、2 つの基準の間に、重要. な目的とそれと実質的関連性ある手段があることが合憲の条件とする中間審査. 基準(厳格な合理性の基準)を置き、実際には「三重」の基準論にしている。し. かも、多くの学説では、①精神的自由でも、表現内容中立規制や非政治的表現. の規制、②経済的自由の自由国家的規制、③古典的な二重の基準論では取り上. げられていなかった、社会権などについて中間審査基準が妥当するとし、中間. 審査基準の妥当する領域が相当広くしているのである(中にはこの基準を「通常審. 査」と呼ぶ説もあるが、これが標準となる根拠はない)。 *�二重の基準論を日本に紹介した芦部信喜による通説的枠組みによれば、司法審査の厳し. い順に、①検閲などの文面判断、②表現内容規制、③表現の時・場所・態様規制及び経 済的自由の自由国家的規制、④経済的自由の社会国家的規制となる。芦部説には、司法 審査基準と合憲性判断基準(テスト)が一体化している傾向がある。. しかし、自由国家的規制と社会国家的規制の二分論はうまくいくのか、区別. できるとしてもそれが司法審査基準の違いとなるのか、精神的自由・経済的自. 由以外の人権の司法審査基準に根拠があるのかなどの疑問は残る。身体的自由. の司法審査基準などについて、学説・判例は特に語っていない。日本国憲法が. 精神作用を特に手厚く保護し、それ以外はそうでもないことや憲法の疑いの眼. 差しが特に行政庁に向けられてきたことを重視すれば、その司法審査基準は合. 理性の基準寄りとなろうが、刑罰がしばしば少数者の弾圧の決定的手段として. 横浜法学第 29 巻第 2 号(2020 年 12 月). 268. 用いられたことやその結果が重大であること、憲法 13 条の語る「自由」の根. 幹であることなどを重視しすれば、厳格審査を機軸とした司法判断がなされる. べきであろう。如 かくのごとく. 是、二重の基準論により、どのような説明によっても、表. 現の自由と財産権の制限に対する裁判所の対応の大きな違いが生じることは認. められるが、それ以外の細部については学説間で論争が続いている。 *�そもそも、①アメリカでの二重の基準は、民主主義国家での司法審査は原則として合理. 性の基準であるべきで、政治過程の判断を待てない例外が厳格審査ということであった。 中間審査は性差別や非嫡出子差別の事案で妥協的に捻出されたのであるが、なぜそれら がその司法審査基準であるかの理由付けは特になされていない。また、②中間審査基準 の立証責任が規制する側とされる側のいずれにあるのかは不明である。そして、③中間 審査の下では、より大きな規制の方が合憲となり易いパラドクスがある(例えば、100 日や 300 日前後の女性の再婚禁止期間は合憲だが、50 日や 250 日のそれは手段合理性に 欠け、違憲となり易い)。こういったことから、文字通りの中間審査基準はないのであっ て、もし、「緩やかな厳格審査」と真の「厳格な合理性の基準」を加えた四重の基準が 成り立たないとすれば、原型の二重の基準に戻っていくべきであろう。. 合憲性の疑いの程度と立証責任を示す司法審査基準とは別に、合憲性判断基. 準(テスト)が想定される。その基本は目的・手段審査であるが、慎重な審査. を要する人権や場面では、それ以外の特徴的な合憲性判断基準を用いることが. 求められる。このため、ほとんどの合憲性判断基準は厳格審査基準の下で特徴. を発揮すると言えよう。 *�合憲性判断基準は、目的・手段審査や、政教分離原則の判断に用いられる目的効果基準. のように、そのままでは広くて薄い保障が一般的に用いられるため、それ以外のものは、 狭いが手厚い保障を狙いとする、特定の人権侵害場面で用いられるピンポイントのもの. (表現処罰事例の LRA 基準、煽動事例のブランデーグバーグ基準など)であることが適 切であろう。. 最高裁は、以前は「公共の福祉」による人権の外在的制約を簡単に認める傾. 向にあったのだが、その用法は安定せず、次第に、利益衡量論に進んでいると. 言われる。ただ、主要学説の唱えるような内在的制約とは限らないとされるほ. か、二重の基準論などの理論的傾向は薄く、薬事法違憲判決(最大判昭 50・4・. 30 民集 29 巻 4 号 572 頁)や 北方 ジャーナ ル 事件(最大判昭 61・6・11 民集 40 巻 4 号. 人権総論・精神的自由・国務請求権・参政権ほか. 269. 872 頁)で一般論としては二重の基準論を肯定するかのような判示もしている. が、広い立法裁量を認めることも多い上に、精神的自由の規制事例で厳しい司. 法審査を行うに至っておらず、判例がこの理論を受け入れていると評価するこ. とは難しい。最高裁はむしろ事件毎の衡量(アドホック・バランシング)を好む傾. 向にある。本来、それは恣意的な判断になり易く、先例として定義的(限界画定). 衡量を確立しておく方が望ましい。また、法令が目的としていない規制(消極. 的規制)については法令がまさに目的とした規制(積極的規制)の場合ほど厳し. い判断をしないとの主張も一部にはあったが、消極的規制であっても人権規制. に変わりはなく、巧妙な立法を推奨してしまう、人権の種類ではなく規制の種. 類による規制側の論理である、などの問題点がある(その意味で、自由国家的的規 制、社会国家的規制をそれぞれ消極目的規制、積極目的規制と呼ぶのは、これと誤解される. ため、呼称としては避けたい)。最高裁は、利益衡量論を進めて、猿払事件で、「禁. 止の目的、この目的と禁止される政治的行為との関連性、政治的行為を禁止す. ることにより得られる利益と禁止することにより失われる利益との均衡の 3 点. から検討する」といういわゆる猿払基準を提示した(最大判昭 49・11・6 刑集 28. 巻 9 号 393 頁)が、その後の展開は乏しい。兎に角、表現規制立法に対する最高. 裁の法令違憲判決は皆無であり、二重の基準論が求める、それへの司法の厳し. い態度は見らない点は問題である。 *�ドイツに傾倒した学説は、二重の基準論・憲法訴訟論に代えて、三段階審査を提唱して. いる。この理論は、①保護範囲、②制限、③正当化の視点から分析し、最終的には比例 原則に基づき、その事案に相応しい審査密度よって合憲性を判定すべきとするものであ る。審査の手順を分解的に説明する効用はあろうが、比例原則が抽象的に過ぎ、何をもっ てその事案の審査密度を確定するのかが不明である。二重の基準論そのものは理論的に 失敗しておらず、その改良やより適切な正当化理論を提案するのが筋道であり、それを 全否定して別の判断枠組みを提言することには、学問方法論的に疑問が残る。従来の学 説が訴訟手続の中で権利が保護され得ることに関心の薄いこと(「静中動」を見る緻密 さ不足)への批判もあり、改善意見として読み解けばよいように思える。. 横浜法学第 29 巻第 2 号(2020 年 12 月). 270. 4.人権の適用範囲 人権の保障と制約に関しては、以上のような原則が広く及ぶ筈であるが、学. 説も判例も、そうでない目立った場面がいくつかあるとする。 *�その一つが国の私法上の行為である。最高裁は、百里基地訴訟で、国の売買契約を憲法. 上の問題から外した(最判平元・6・20 民集 43 巻 6 号 385 頁)が、国が、憲法上のルー ルに反することはできず、また、特に立法上の工夫により「私法」領域と定義すればそ こから外れるとすることも異様であり、国による売買契約において人種差別や性差別が あれば違憲なのであって、疑問である。学説はこのような判決を厳しく批判している。. (1)特別権力関係. 国民が本人の意思で公務員や国公立大学の学生、国公立病院の患者となる場. 合や、強制的に在監者や公立の小・中学校の児童・生徒、法定伝染病隔離患者. などにされる場合がある。以上のような場合、伝統的な理論は、その人と公権. 力とは特別権力関係にあり、公権力の包括的支配権に服し、人権保障が広汎に. 排除され、しかも法律なしに制限されうるという点で法治主義もしくは法の支. 配が排除され、裁判所における事後の救済も排除されるという意味で、司法審. 査の排除がなされると考えられてきた。大日本帝国憲法 10 条では、天皇が官. 制大権・任官大権を有し、官吏は天皇に対し無制限の忠誠を尽くすものとされ、. 命令権や懲戒権などを通じた全面的支配が及んだ。. だが、個人主義・人間尊重主義を掲げ、基本的人権の不可侵性を謳い、裁判. 所が違憲審査権を有する日本国憲法の下、このような大日本帝国憲法下の論理. がそのまま妥当するとは到底思えない。憲法は最高法規であり、それを超えた. 権力を認めることもできない。このことを貫徹し、この種の理論を完全に排除. する考え方もあるが、通説的見解は、と特別権力関係論を修正し、公務員関係. などに人権保障は及ぶものの、権利関係を設けた目的を達成するための必要か. つ合理的な制限を一般権力関係の場面以上に許容し(特別な公法関係の理論)、包. 括的な法令による法律の留保や、司法判断においても当事者の裁量を広く認め. る対応については認める傾向にある。. このような立場では、どのような場合に法律なしの制約が可能なのかが問題. 人権総論・精神的自由・国務請求権・参政権ほか. 271. となる。当該関係の目的に属するものは個々の法令なしに制約できることとな. ろう。例えば、公務員の職務上の合理的な指揮命令への服従義務や、公立高校. 生徒の静粛受講義務などは、特段に法令に規定がなくとも、当然のことであろ. う。一定の内部規律は認めざるを得ない。だが、それがどこまで許容されるか. は微妙である。官公労組合のバッジ闘争に対する減俸処分や、髪型定めた校則. 違反での停学処分が、何らの明文の規定もなく、司法審査の対象外だと言える. かは疑問である。同じ処分であっても、当該関係からの放逐を意味し、市民法. 秩序に戻る結果となるとして、免職や退学の処分は司法審査の対象であり、特. 別な公法関係の理論を排除する説もある。. 在監者の自由は、そもそも自由を制限することが刑罰の主要素であること、. 社会を犯罪から防衛すること、施設内の秩序維持が必要であることなどから、. 身体的自由の合理的な規制は当然であると思われる。ラジオ聴取制限処分は取. り消さなかったものの、新聞等の閲読の自由の制約は具体的な法律の根拠なし. にはできず、必要最小限の制限だけが許容されるとして、文書閲読禁止処分. などを無効とした下級審判決(死刑囚孫斗八事件=大阪地判昭 33・8・20 行集 9 巻 8 号. 1662 頁)もあるが、最高裁は、死刑囚信書発受不許可事件で拘置所長の裁量を. 広く認め、新聞社宛の投稿の発信を不許可とした拘置所長の判断を是認し(最. 大判平 11・2・26 判時 1682 号 12 頁)、在監者に喫煙を禁止することが争われた事案. でも、「逃走または罪証隠滅の防止」「の目的に照らし、必要な限度において、. 被拘禁者の」「自由に対し、合理的制限を加えることもやむをえない」などと. 判示した(最大判昭 45・9・16 民集 24 巻 10 号 1410 頁)。最高裁は「よど号」記事抹. 消事件で、一般に「監獄内の規律及び秩序の維持」ができない「相当の蓋然性」. があれば「合理的な範囲」の制約はできると判示している(最大判昭 58・6・22. 民集 37 巻 5 号 793 頁)が、必要最小限度性を超えているほか、自らの裁判を控え. た未決拘禁者の事案であることが配慮されていないなどの批判がある。. 一般権力関係より広い人権制約を特別な公法関係だという理由で認めてよい. かは、特に公務員関係で問題となった。現行法は公務員の労働基本権を広く制. 横浜法学第 29 巻第 2 号(2020 年 12 月). 272. 限している。その理由としては、①争議となった場合、職務を問わず、被害が. 甚大である、②争議相手方の豊かな財政基盤ゆえに争議が自制的でなくなる、. ③財政民主主義の下では政府に交渉当事者たり得ない、④人事院勧告など、代. 替措置が十分である、などが挙がっている。最高裁は一時、と全逓東京中郵事. 件(最大判昭 41・10・26 刑集 20 巻 8 号 901 頁)で刑罰を謙抑的に考え、都教組事件(最. 大判昭 44・4・2 刑集 23 巻 5 号 305 頁)や全司法仙台事件(最大判昭 44・4・2 刑集 23 巻. 5 号 685 頁)では、違法性の高い争議行為を違法性の高い煽りを行った場合だけ. が処罰可能だとする二重の絞り論を用い、それぞれ公務員の争議行為について. 刑罰をもって禁じることを疑問視する姿勢も示した。しかし、全農林警職法事. 件(最大判昭 48・4・25 刑集 27 巻 4 号 547 頁)において、公務員の争議行為は「地. 位の特殊性および職務の公共性」と相容れず、また、「国民全体の共同利益に. 重大な影響を及ぼす」などの理由でその制限を合憲とした。この方向は、全逓. 名古屋中郵事件(最大判昭 52・5・4 刑集 31 巻 3 号 182 頁)などでも維持され、現在. でも判例である。. 公務員は政治活動の自由も広汎に制限されている。これについて、現業公務. 員の官公労組合員としての政治活動の処罰が問題となった猿払事件で、一審. (旭川地判昭 43・3・25 下刑集 10 巻 3 号 293 頁。時國判決)は、政治活動の自由の重要. 性を認め、①政策判断権限なき現業公務員(主たる業務が郵便配達など)にも適用. していること(適用違憲)、②より制限的でない他に選択し得る制限手段(LRA). があり、刑罰は必要なかったこと、③人事院規則への委任は白地委任であるな. どとして被告を無罪としたのであるが、最高裁(最大判昭 49・11・6 刑集 28 巻 9 号. 393 頁)は、「行政の中立的運営」や「国民の信頼」維持などを理由に、その規. 制を合憲、被告は有罪だと判示した。最高裁判決には批判が強かった。その後、. 最高裁は、非管理職が労組運動とは関係なく職務地域と異なる地域において匿. 名で行ったポスティングの事案で、無罪とする判断を示しており(堀越事件=最. 判平 24・12・7 刑集 66 巻 12 号 1337 頁)、猿払判決を先例変更することなく、事例. の区別をすることで先例の射程を狭めた。また、裁判官が「盗聴法と令状主義」. 人権総論・精神的自由・国務請求権・参政権ほか. 273. の集会でフロアから判事補であることを名乗り一般参加者として意見を述べた. ことで懲戒処分となった寺西判事補事件で、最高裁は、「裁判官の独立及び中. 立・公正を確保し、裁判に対する国民の信頼を維持する」べきことなどを理由. に、高裁の戒告決定を妥当だとした(最大決平 10・12・1 民集 52 巻 9 号 1761 頁)。. 在学関係では、校則等による学校長の包括的な規律維持がどこまで許容でき. るか、などが問題となる。国立大学における単位不認定処分が問題となった富. 山大学事件(最判昭 52・3・15 民集 31 巻 2 号 234 頁)で、最高裁は、大学は「その. 設置目的を達成するために必要な諸事項については、法令に格別の規定がない. 場合でも、学�

参照

関連したドキュメント

本マニュアルに対する著作権と知的所有権は RSUPPORT CO., Ltd.が所有し、この権利は国内の著作 権法と国際著作権条約によって保護されています。したがって RSUPPORT

当日は,同学校代表の中村浩二教 授(自然科学研究科)及び大久保英哲

「権力は腐敗する傾向がある。絶対権力は必ず腐敗する。」という言葉は,絶対権力,独裁権力に対

変容過程と変化の要因を分析すべく、二つの事例を取り上げた。クリントン政 権時代 (1993年~2001年) と、W・ブッシュ政権

[r]

(( .  entrenchment のであって、それ自体は質的な手段( )ではない。 カナダ憲法では憲法上の人権を といい、

[r]

[r]