博 士 ( 理 学 ) 村 山 真 木
学位論 文題名
Neuronal rvIechanisms Underlying the Hierarchicd Control of Uropod Steering Behavior During Walking in Crayfish
(歩行運動遂行中のザリガニ尾扇肢舵取り運動
に お け る 階 層 的 制 御 の 神 経 機 構 )
学 位 論 文 内 容 の 要 旨
動 物体 の 姿勢 は、体幹 および付属肢が示す姿勢反射 によって維持・調節される 。これら の姿 勢反 射 は、 重力覚・ 視覚・自己受容覚などの感覚 入カによって解発されるが 、その発 現は 行動 文 脈に 依存する 。多くの動物で、静止時には 姿勢反射が抑えられる一方 、移動運 動(Iocomotor behavior)遂行中は、姿勢反射に よって適切な体位を積極的に 維持しようと する 。姿 勢 制御 に限らず 、動物の反射・定型行動の発 現は、一般に、行動文脈に 依存して おり 、そ れ ぞれ の行動の 優先順位にしたがって階層的 に制御される。しかし、行 動発現の 階層 的制 御 を実 現するた めの神経機構の研究の多くは 、個体レペルでの行動観察 が主で、
中枢 神経 系 をブ ラックボ ックスとして取り扱う間接的 議論にとどまっている。細 胞・シナ プス レベ ル での 研究は、 極めて少数の実験系に限定さ れる。そのーつの理由は、 階層的制 御の 神経 機 構を 解析する 上で、行動実験系と生理学実 験系との適切な組み合わせ を得るこ との困難にある。
本研究では、アメリカザリガニProcanz加´粥cぬ′州Girardを実験動物として用い、歩行運 動お よび 姿 勢反 射運動遂 行中に、中枢神経活動を細胞 内記録するための無麻酔全 体標本を 作成 した 。 姿勢 反射とし ては、腹部最終付属肢である 尾扇肢の舵取り運動を採用 した。こ の反 射は 、 歩行 運動遂行 中にのみ、体傾斜刺激によっ て解発される。この標本を 用いて、
これ ら2つの 行動 の 問の 促通 的相 互作 用 のシナプス機 構を、ガラス管微小電極法 により解 析した。
第1章歩 行 運動 遂行 時に おけ る 尾扇 肢平 衡反 射の 感 覚制御
ビデオ 解析と筋電図記録により、 トレッドミ´レ上での歩行運動遂行中に行われる姿勢制 御 の感 覚性 制 御様 式を定量的に調 査した。自由行動中のザリガ ニが、傾斜面を歩行する際 の 尾扇 肢舵 取 り運 動の時間経過は 、傾斜状態に対して必ずしも 一定していない。この反射 は 、平 衡胞 と 歩脚 自己受容器によ り制御されるが、固定標本を 用いた従来の知見では、自 然 歩行 中の 舵 取り 運動で見られる 変異性を説明できない。本研 究により、歩行中の姿勢制 御 にお ぃて は 、平 衡胞入カが持続 的効果を、歩脚自己受容器入 カが一過性の効果をそれぞ れ 示す こと が 判明 した 。平 衡 胞入 カで は、 傾斜 状 態が 有効 刺激 とし て尾扇肢運動系に働 き 、歩 脚自 己 受容 器入カでは、傾 斜時の変化分が有効刺激とな る。自然状態での舵取り運
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動 の変異 性は、2種の感 覚入カ が重な る際の 両者の時 間的特 性の違 いによ るもの と考えら れ る。ま た、自 己受容 器入カ は、平 衡胞入カ よりも 強い効 果を尾扇肢運動系に対してもつ こ と が 判 明し た 。 歩行 時の姿 勢制御 は、平 衡胞に よって解 発され た付属 肢の反 射運動 に よ っ て 生 じ る 自 己 受 容 器 入 カ に 基 本 的 に 依 存 す る も の と 考 え ら れ る 。
第2章 歩 行 迎 動遂 行 中 に おけ る 尾 扇 肢平 衡 反 射の中 枢制御 :運動 系背景 興奮性 の拮抗 的 調 節
トレ ッドミ ルに固定 した無 麻酔全 体標本 に微小 電極法 を適用 し、歩行運動中の尾扇肢運 動系の シナプ ス活動 を記録 ・解析 した。 調査し た細胞 は、腹部 最終神経節内の尾扇肢運動 神経の 他に、 下行性 介在ネlll経およ び前運 動性ノンスパイキング介在神経である。その結 果、歩 行運動 遂行中 には下 行性介 在神経 を介し た尾扇 肢運動系 への入カが変化し、尾扇肢 開筋を 支配す る運動 神経お よび閉 筋を支 配する 運動神 経いずれ もが持続的に脱分極するこ とが判 明した 。歩行 迎動遂 行中ま たは腹 部姿勢 運動遂 行中には 、尾扇肢運動神経への興奮 性入カ は、少 なくと も部分 的には 前運動 性ノン スパイ キング介 在神経を介して伝えられる ことが 示され ている が、本 研究で あらた に、こ れらと 並列する 別のノンスパイキング介在 神 経を介 して尾 扇肢迎 動神経ヘ 抑制性 入カを 伝達す る経路 が見出 された 。この 経路は1種 のフイ ードフ ォワー ド機構 を形成 し、歩 行中に 尾扇肢 迎動神経 が受ける興奮性入カに対し て 、 シ ナ プ ス 後 抑 制 を 用 い て 上 限 を 設 け る り ミ ッ タ と し て 働 く と 考 え ら れ る 。 第3章歩 行 運 動 遂行 中 に お ける 尾 扇 肢 平衡 反 射の 中枢制 御:歩 脚自己 受容入カ による 修 飾
トレ ッドミ ルと微 小電極 記録装 置を同 時に傾斜 するこ とので きる実験台を作成し、歩行 迎動 遂行中 の無麻 酔全体 標本を傾 けたと きの尾 扇肢運 動系の シナプス活動を記録・解析し て、 尾扇肢 平衡反 射の歩 行運動に よる促 通的制 御機榊 を調査 した。ザリガニが静止状態の 時に、足場をfr:fiけることによって歩脚自己受容器を刺激しても、尾扇肢迎型J?lp経には岡値 下の 興奮性 シナプ ス応答 しか観察 されな い。し かし歩 行中に 同一の刺激を与えると、運動 遂 行 に伴 う 持 続 的な 脱 分極 に、静 止時よ りも増 強された 興奮性 シナプ ス応答 が加算 され て、 スパイ ク応答 を示し た。また 、歩脚 自己受 容器か らの抑 制性入カは、運動遂行中にの み記 録され 、静止 時には 欠如して いた。 また、 前運動 性ノン スパイキング介在神経へのシ ナプ ス入カ も、静 止時と 較べて歩 行運動 中の方 が増強 されて いることが判明した。これら の 結 果は 、 歩 脚 自己 受 容器 入カが 胸部神 経節か ら腹部最 終神経 節に下 行する 経路に おい て、 最終キIp経節よりも上流において、歩行運動系からの促通性信号によるゲーティングを 受けていることを示している。
以上の結果から、歩行迎動遂行に伴って、尾扇肢迎動辛lIl経がノンスパイキング介在神経 の 並列拮抗 的回路 を介し て受け る興奮 性、抑 制性、 脱抑制 性の複数の入カは、その総和と し て中間的 興奮性 にとど まるこ とによ って、 姿勢反 射解発 性の感覚入カに対して両方向性 の 応答を可 能とし ている と結論 される 。尾扇 肢の舵 取り運 動は、片側の開位置と反対側の 閉 位置とい う両側 性協調 によっ て成立 する。 歩行運 動遂行 中に、運動神経の背景興奮性が 飽 和状態に 達して いるな らば、 体傾斜 刺激に よって さらな る開位置を取ることが不可能と な り、また 一方、 背景興 奮性を 欠くな らば、 さらな る閉位 置を取ることが不可能となる。
ノ ンスパイ キング 介在神 経の並 列拮抗 的回路 は、尾 扇肢運 動系に最大限の運動自由度を賦
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与するとぃう機能的意義を有するものと考えられる。また、下行性の歩脚自己受容覚一尾 扇肢運動経路が、腹部最終神経節のみならずその上流におぃてもゲーティングを受けると いう本研究の結果は、尾扇肢平衡反射の下行性制御経路が、最終神経節を含む複数のゲー ティング部位をもっとぃうこれまでの仮説を支持している。この上流ゲーティングの部位 については、更なる研究が必要であるが、下行性平衡胞経路に含まれる腹部固有介在神経 proprioabdominal intemeuronsが、これに関与する可能性カゞもっとも高いと考えられる。
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学位 論文審査の要旨
主 査 教 授 高 畑 雅 一 副 査 教 授 浦 野 明 央 副 査 助 教 授 鈴 木 教 世 副 査 助 教 授 長 山 俊 樹
学 位 論 文 題 名
Neuronal Mechanisms Underlying the Hierarchical Control of Uropod Steering Behavior During Walking in Crayfish
( 歩 行 運 動 遂 行 中 の ザ リ ガ ニ 尾 扇 肢 舵 取 り 運 動 に お け る 階 層 的 制 御 の 神 経 機 構 )
動物行動の神経機構 に関する研究は、近年、急速に進み、感覚刺激による行 動制御機構 が 、多様な動物実験系 で明らかになりつっある。これまでの研究では、主とし て、実験者 に よって制御された感 覚刺激に対する中枢・運動系応答の解析が行われている 。しかし、
自 然状態の動物では、 感覚刺激が単独で与えられるケースは稀である。感覚情 報は、時々 刻 々変化する動物の行 動状態に関する中枢および末梢性情報と統合されること によっては じ めて、適応的な行動 制御を行うことが可能となる。このような行動文脈依存 性の情報処 理 の神 経機 構 につ いて は、 現在 ほと んど 知見 が得 られ ておらず、その解明が 待たれてい る。
本論 文は、アメリカザリガニProcambarus clarkii Girardの歩行運動遂行中の姿勢制御を 実 験系として用い、そ の神経機構を行動生理学的に明らかにすることを目的と して行われ た 一連の研究結果をま とめたものである。姿勢制御のための反射は、体の傾き によって、
ザ リガニのほばすべて の付属肢で引き起こされる。この反射は、歩行運動など 特定の行動 遂 行中にのみ刺激によ って引き起こされるとぃう階層的な促通制御を受ける。 本論文は、
姿 勢反射の階層的制御 が、歩行運動遂行に伴う中枢性の持続的興奮入カと感覚 性興奮入カ の シナプス加算による ことを実験的に証明し、さらにこのシナプス加算が腹部 神経系内の 複 数箇所において行わ れるという多段階ゲーティングのメカニズムを細胞レベ ルで明らか にした 。
実験では、ザリガニ が歩行運動遂行中に、足盤傾斜による尾扇肢の姿勢反射 を引き起こ す ことができ、なおか つこれら行動の遂行中に尾扇肢運動系の中枢神経細胞に ガラス管微 小 電極を刺入して、そ のシナプス活動を記録することが可能なトレッドミル装 置を開発し た 。筋 電図 解 析に より 、足 盤傾 斜に 伴う 歩脚 自己 受容 器から尾扇肢運動系へ の感覚入カ は 、やはり姿勢反射を 制御することが知られている平衡胞入カと較べて一過性 の時間経過 を 示すことが判明した 。しかしシナプス接続の相対的強度は、自己受容入カの 方が平衡胞 入 カよりも大きいため 、歩行運動中の姿勢反射は、基本的に歩脚入カにより制 御される。
細 胞内電極により調べ た結果、歩行運動遂行中、尾扇肢の運動神経およびこれ を支配する ノ ンス パイ キ ング 介在 神経 (NSI)で は、 持続 性の 膜電 位変化が記録された。 運動神経は す べて持続性脱分極を 示したが、この脱分極の形成には、興奮性入カのみなら ず、抑制性 入 カも 関与 す るこ とが 判明 した。いずれの入カもNSIを介して運動神経に伝え られる。一
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方、足盤 傾斜に対しては、静止中の運動神経では閾値下の興奮性 応答がみられ、歩行運動 遂行 中は 、持 続的 脱分 極に 重畳 する 形で 閾 値を 越え る増強され た興奮性応答が記録され た。この 結果は、歩脚自己受容入カが、歩行運動遂行に依存しな い経路と依存する経路の 両者 によ って 尾扇 肢運 動系 に伝 えら れる こ とを 示す 。この中、 非依存性経路からの入カ は、運動 神経で、歩行運動遂行に伴う持続性興奮入カとシナプス 加算することにより、筋 運動出カ に変換される。また、運動神経では、足盤傾斜の方向に 応じて、興奮性入カのみ ならず過 分極性の抑制入カも記録された。さらに、尾扇肢体表か らの運動神経への機械感 覚入 カに は、 歩脚 自己 受容 入カ のよ うな 歩 行時 の増 強が みら れな かっ た。 一方 、NSIで は、静止 時には足盤傾斜に対する応答が全く記録されず、歩行運 動時にのみ明確な応答が 確認された。
以 上の 結果 は、 運動 神経 .NSIの上流にも、歩脚自己受容入カ と歩行に伴う持続的興奮 入カとの シナプス加算によるゲート部位が存在することを示して いる。歩行運動による姿 勢反射の促通的制御は、胸音Isから腹部最終神経節の尾扇肢運動神経に至る経路の複数の部 位での多 段階ゲーティング機構によって、歩脚自己受容入カが歩 行運動遂行時にのみ選択 的に運動 制御系に伝達されるというメカニズムに基づくと結諭さ れる。また、歩行時の運 動神経に みられた中間的な背景興奮性は、足盤傾斜の方向に応じ てさらなる興奮および抑 制入カを 効果的に受け取ることで、運動の最大限の自由度を保証 するためのものであると 考えられる。
これを 要するに、著者は、自然状態での歩行運動遂行中の姿勢 制御機構を、はじめて細 胞内記録 法による中枢細胞のシナプス活動の解析により明らかに した。行動の階層的制御 は、個体 レベルでの多様な行動レパートリーを適応的に関連づけ て維持するための重要な 制御様式 であり、その細胞レベルのメカニズムに関してあらたな 知見を加えた本研究は、
動物行動 の神経機構の解明を目指す神経行動学研究の発展に貢献 するところ大なるものが ある。
よ って 著者 は、 北海 道大 学博 士( 理学 ) の学 位を 授与される 資格あるものと認める。