博 士 ( 歯 学 ) 中 川 靖 子
学 位 論 文 題 名
シェーグレン症候群の B 細胞における 転写因子E2A ‑Id3 の発現異常
学位論文内容の要旨
【背景】 シェー グレン症 候群(以下SS)は、外分泌腺に対する自己免疫反応により腺組織 の破壊と機能障害により生じる眼・口腔などの乾燥症状を主症状とし、同時に抗SS‑A‑ SS‑B 抗体など の自己 抗体産生 や高ガ ンマグロ ブリン 血症が認められる自己免疫疾患である。
SSの唾液腺病変部では、導管上皮細胞の増生・化生と上皮細胞聞へのりンパ球の浸潤が 認められ る。初 期の浸潤 細胞はCD4陽性T細胞 が中心 で、浸潤 巣が大 きくなる とB細 胞が 浸潤・増殖して濾胞様構造となる。リンパ濾胞の形成に伴ってりンパ球が増殖し、濾胞周 辺の辺縁 帯にり ンパ球層 が形成され、悪性リンパ腫、特にB細胞リンパ腫に進展すると考 えられている。
また、導管上皮と腺房細胞、浸潤リンパ球の一部にアポトーシスに陥った細胞が認めら れ 、 腺 破 壊 に ア ポ ト ー シ ス を 介 し た 細 胞 障 害 の 関 与 が 示 唆 さ れ て い る 。 SSの血液検査所見の特徴には、血沈亢進、高ガンマグロブリン血症や抗核抗体、抗SS‑A. SS‑B抗体、 リウマト イド因 子などの多彩な自己抗体の産生が認められる。また、末梢血B 細胞では、過剰な活性化、メモリーB細胞の減少および形質細胞への過剰分化が認められて いる。
B細胞の異常活性化と形質細胞への過剰分化の原因についてはいくっかの知見があり、活 性化T細胞か らのCD40L‑CD40を 介した活 性化や 、B細 胞におけ るBcl‑2などの過 剰発現、
最近ではBAFF/BL|ysなどの関与も示唆されている。これらの知見より、B細胞の分化異常 がSSの病態に影響していることが示唆される。
B細 胞の 分 化 に関 与 す る 転写 因 子 にはPU.1、EBF、Pax.5、E2Aなど がある 。E2Aは helix.loop.hehx(HLH)型転写因子で、活性化B細胞をメモリーB細胞や形質細胞に分化 させる役割を担っている。
Id3は、核内蛋白で細胞の分化、細胞周期のコントロール、アポトーシスに重要な役割を 果たして いるId( 血hibitDrofDNAbinding)蛋白 のひとっであり、E2Aと結合するー方で 塩基 性 領 域を 欠 く ため にDNAと 結 合 でき な ぃ 。こ れ に よりId3はE蛋 白のDNA結合を阻 害 し て 、 E2Aに よ る り ン パ 球 分 化 を 抑 制 す る 役 割 を 果 た し て い る 。 最近Id3欠損マウスにおいて、涙腺および唾液腺組織にりンパ球浸潤が認められること、
血清中に 抗SS‐Aおよび 抗SS―B抗体が検出されること、Id3欠損マウス由来の骨髄細胞、
T細胞を同系の放射線照射したマウスに移植するとSS様の病態が誘導されることが示され、
SSの 病 態モ デ ル と考 え ら れ た。 そ こ で、E2Aお よ びE2Aの機能 を阻害す る核蛋 白Id3に
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着目し、SS患者の末梢血におけるId3およびE2Aの発現の検討を行った。
【 方 法 】SS患 者34人 ( 男 性4人 、 女 性30人 ; 平 均 年 齢54.7歳 ) の 末 梢 血 よ りCD19 陽 性B細 胞 を 分 離 し 、E2Aお よ びId3 mRNAの 発 現 量 を 半 定 量real.timePCRに て 調 ベ 、 健 常 人 ( 男 性7人 、 女 性28人 ; 平 均 年 齢44.9歳 )と 比 較 し た。 ま た 、 対照 疾 患 と して 関 節 リ ウ マ チ ( 以 下RA)9名 ( 男 性2名 、 女 性7名 ; 平 均 年 齢60.4歳 ) 全 身 性 エ リ テ マ ト ー デ ス ( 以 下SLE)9名 ( 男 性2名 、 女 性7名 ; 平 均 年 齢37.8歳 ) にお い て も 同様 の 検 討 を行った。
【 結 果】SS群 は健 常 群 と 比較し 、Id3の中 央値( 範囲) は健常 群1.78(0.26〜6.80)、
SS群O.63(0.06〜3.97)で 有意に低 値を示 した(p 0.0002)。対 照疾患群ではSLEが中央 値(範囲)O.62(0.17〜1.20)で健常群に対して有意に低値を示した(p二二ニO.0005)。一方、
E2Aの中央 値(範 囲)は 健常群0.73(0.13〜2.23) 、SS群0.76(0.n〜3.58)で有意差は 見られなかった。
SS群 全34例 中 、 乾 燥 を 主 症 状 と す る1次 性SSが18名 、 関 連 疾 患 の 合 併 が み ら れ た2 次 性 SSが16名 で あ っ た 。 合 併 疾 患 の 内 訳 はRAが7例 、SLEが5例 、RAと SLE両 方 が 4例 だ っ た 。 こ の 分 類 に 基 づ ぃ て 、 各 群 のId3mRNAの 相 対 的 発 現 量 を 比 較 した が 、1次 性 SS群 と2次 性 SS群 と の 間 に お い て 、Id3発 現 量 に 有 意 差iま 認 め ら れ な か っ た 。 臨 床 症 状 に お い て は 、 血 沈 と 唾 液 腺 造 影 所 見 でId3mRNA発 現 と の 相 関 が 見 ら れ た 。
【 考 察 】SS患 者 由 来B細 胞 に お い てB細 胞 分 化 を 阻 害 す る 核 内 蛋 白 を コ ー ド す るId3 遺伝 子 の 発 現を 検 討 し たと こ ろ 、 健常 群 と 比 較し 有 意 に 低下 し て い た。 こ れに より、SS患 者 に お い てId3のE2A抑 制 作 用 が 減 弱 し てB細 胞 の 分 化 が 促 進 さ れ 、 メ モ リ ーB細 胞 の 減 少、B細胞の活性化および形質細胞の過剰分化を生じると考えられた。
ま た 、Id3発 現 量と 唾 液 腺 造影 所 見 と の間 に 、 逆 相関 が 認 め られ 、Id3発 現低 下 に よ るB 細胞分化異常が唾液腺炎や腺破壊に関与する可能性が示唆された。
対 照 疾 患 群 に お い て は 、SI亅E群 に お い てId3発 現 の 低下 が 見 ら れた が 、RA群 で は 有 意 差 は み ら れ な か っ た 。SLEはSSと 同 様 にB細 胞 の 分 化 亢 進 が み ら れ る 疾 患 で あ り 、 自 己 免 疫 疾 患 に お け るB細 胞 の 分 化 異 常 に 共通 し た 機 序と し て 、Id3の 発 現 異 常が 存 在 す る可 能性が考えられた。
末 梢 に お い て 、B細 胞 は 濾 胞 に 局 在 す る 濾 胞B細 胞と 辺 縁 帯 に限 局 し て 存在 す る 辺 縁帯 B細 胞 に 分 か れ る 。Id3とE2Aの バ ラ ン ス がE2A優 位 に な っ て い る 場 合 は 濾 胞B細 胞 へ 、 Id3優 位 に な っ て い る 場 合 は 辺 縁 帯B細 胞へ の 分 化 が促 進 さ れ る。 し た が って 、SS群で の Id3発 現 の 低 下 は 濾 胞B細 胞 増 殖 を 促 進 し、 抗 体 産 生細 胞 へ の 分化 お よ ぴ 胚中 心 の 形 成を 促進すると考えられる。
今 回 の 研 究 で 、我 カ は 初 めて ヒ ト のSSで もId3発現 の 低 下 を認 め た 。 何ら か の 原 因に よ っ てId3の 発 現 が 低 下 しE2AとId3の バ ラ ン ス が 破 綻 す る と 、B細 胞 分 化 の 異 常 促 進 お よ びク ラ ス ス イッ チ の 進 行、 形 質 細 胞の 増 加 が 生じ 唾 液 腺 炎の 慢 性 化 をき た して いると 考え ら れ る 。E2A.Id3を 制 御 す る 機 構 は い ま だ 不 明 であ る が 、E2A.Id3の 発 現バ ラ ン ス の制 御は新たなSSの治療法になる可能性がある。
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