• 検索結果がありません。

論文審査の結果の要旨

N/A
N/A
Protected

Academic year: 2021

シェア " 論文審査の結果の要旨 "

Copied!
9
0
0

読み込み中.... (全文を見る)

全文

(1)

- 1 -

氏 名

学 位 の 種 類 学 位 記 の 番 号 学 位 授 与 年 月 日 学 位 授 与 の 条 件 学 位 論 文 題 目

論 文 審 査 委 員

黄 英 遠 博士(社会福祉学)

甲第 183 号

2015(平成 27)年 3 月 20 日 学位規則第4条第1項該当

韓国チョッパン居住者の生活と地域福祉

―散在型チョッパン地域を中心に ―

主査 岩田正美 (社会福祉学専攻 教授)

副査 尾中文哉 (現代社会論専攻 教授)

副査 圷 洋一 (社会福祉学専攻 准教授)

副査 田端光美 (日本女子大学名誉教授)

副査 山田壮志郎 (日本福祉大学准教授)

論 文 の 内 容 の 要 旨

(1)研究の背景と目的

韓国の大都市には「板子村(パンジャチョン)」、「ダルドンネ」、「サンドンネ」 と呼ばれる低所得層 の集中地域が 1950年代初めから広範囲に存在していたが、それらは都市開発により徐々に解体され ていった。

だが、1997年末に勃発した経済危機以降、急増した路上生活者に対する支援政策を実施する過程で、

ビニールハウス、ゴシウォン(考試院)、チョッパンのような劣悪な居住形態が多様に存在しているこ とが新たに注目されるようになった。また、上記の経済危機は、低所得層全般の居住不安も高めた。

その結果、新たな政府の介入が求められた。韓国の公的扶助制度である基礎生活保障制度では、2007 年からこれらの劣悪な居住環境で生活している人々を「居住脆弱層」と呼び、特別対策の対象として いる。

本研究は、この「居住脆弱層」の中でも居住極貧層と言われるチョッパン居住者に焦点を当てる。

チョッパンは保証金を必要とせず、家賃は日払いまたは月払いという形で運営されている未認可宿泊 所である。「チョッパン」の語源ははっきりしないが、'分割して使う小さな部屋'を意味するといわれ ている。もともと、日雇などをその顧客としてきた宿泊業であり、この点では、日本の簡易宿泊所(ド ヤ)に似ているが、ドヤが、旅館業法で規制されているのに対して、チョッパンは制度的な規制が行わ れていない。

チョッパンは劣悪な居住環境自体が大きな問題であるため、政府は「居住脆弱層向け居住支援事業」

を通じ、より安定的な住居への移住を促している。だが、その移住率は予想より低い結果となってい る。他方で、チョッパンは野宿あるいは関連施設から脱却する場合の「踏み台」の役割や、低所得層

(2)

- 2 -

が野宿に陥らないようにする「安全網」の役割を担っているとの肯定的な見方がある。だが、近年の

「居住脆弱層」についての大規模な調査やチョッパン地域の質的研究などにおいては、チョッパン居 住者には基礎生活保障(公的扶助)利用者が多く、約半数が継続的にチョッパン地域で暮らしたいと 答えており、居住期間が長期化し、高齢化も進んでいるなどの結果が示されている。

そこで、本研究は、チョッパンの否定あるいは肯定論ではなく、以下の三つの目的を設定した。

第一にチョッパンに暮らす人々の「チョッパン生活」を彼ら自身と周辺の関係者(チョッパン経営者 や相談所スタッフ)の言葉で記述し、またチョッパン相談所や近隣での参与観察から、その特徴を明 らかにする。また第二に、それらの人々は、なぜチョッパンに来たのか、将来はどうしたいと考えて いるか、すなわちその過去と未来について、チョッパンに暮らす人々と、すでにチョッパンから抜け出 た人々から直接彼ら自身の考えを聞き出す。第三に、既存の制度や支援の現実と、第一と第二で明ら かになる彼らの生活及び制度利用の実際を踏まえて、チョッパンに住む居住脆弱層に対して、どのよ うな社会支援の展開がありうるかを、地域福祉の観点から検討する。

なお、本研究は散在型チョッパンとして区分される釜山市を取り上げる。その理由は、近年進んでい るチョッパンの質的研究のほとんどは、ソウル市などのチョッパン集中地域(=チョッパン村などと 呼ばれる)をフィールドとして行われている。これに対して釜山市は「散在型」チョッパンの代表例 と言われている。「散在型」とは、普通の商業地域や住宅地の中に、溶け込むように、チョッパンが一 つ、二つという形で存在していることを意味している。集中したチョッパン地域の質的研究では、外 部からの排除と、地域内での強い連帯意識が存在していることが主張されているが、それは釜山市の ような「散在型」にもあてはまるのか。むしろ、チョッパンが一般住宅地域や商業地域などの中に溶 け込むように存在していることによって、異なった様相が観察される可能性がある。

(2)研究の方法と視点

本研究では、釜山市におけるチョッパン生活をなるべく多角的にとらえるために、第一に釜山市に散 在するチョッパン居住者に対するインタビュー調査、第二にチョッパンからステップアップして買上 賃貸住宅に住んでいる人々、ゴシウォン居住者、チョッパン運営者、チョッパン相談所のスタッフを 対象としたインタビュー調査、第三に、釜山市に2カ所存在するチョッパン相談所の参与観察、およ びインタビュー対象となった人々の住むチョッパン近隣地域の参与観察を行い、その結果をエスノグ ラフィーとして記述した。その考察にあたっては、次の三つの視点を重視した。第一は空間的・地理 的な意味での'地域性'と、人々の社会的共同生活という意味での'共同性'から構成される「地域福祉」

という視点、チョッパンに至るまでの「社会的排除」のプロセスの視点、チョッパン居住者を、彼ら 自身の 「生活戦略」によって日々の選択を行っている人として見るという視点である。

(3)論文の構成

序章では、上記の研究の背景と目的及び方法について述べた。

第一章では、韓国における居住脆弱層に関する先行研究のレビューを行った。韓国の居住脆弱層問題 への研究は、政府研究機関による大規模な量的調査、それを基盤とし政策を提案したもの、居住脆弱

(3)

- 3 -

層の暮らしに関する質的研究や、住居と社会的排除との関係について検討したものなど、多様なアプ ローチによって進められてきている。この中で、比較的大規模な量的調査と質的調査では、地域内部 の居住者同士の付き合いや、帰属性等の点で異なった結果を見いだしている。次に、韓国の居住脆弱 層に関する研究との比較で、日本の1960年代以降の「寄せ場」=「ドヤ街」研究、1990年代半ば以 降のホームレス研究、および近年のネットカフェ等の「広義のホームレス」問題、無料低額宿泊所問 題等の調査研究のレビューを行った。

第二章では、基礎生活保障受給者・低所得者の割合が高いチョッパン居住層の生活を記述・分析する 前段階として、まず居住脆弱層向け政策の状況を、韓国の住宅政策の特徴を踏まえながら述べた。次 いで、居住脆弱層も利用できる一般の社会福祉制度や地域福祉事業についても概観した。ここでは特 に、チョッパン居住者の多数である低所得、老人、障害者向けの制度・事業を中心に取り上げた。

第三章では、釜山市の社会経済的特徴、地理的状況を前提に、チョッパンの分布を示し、その散在性 を具体的に示した。次いでチョッパンの居住者たちの生活を、8 名の居住者たちのインタビューから 記述した。年齢は40代前半から80代前半までを含むが、多くは50?60代であり、女性は1名である。

6名が基礎生活保障制度利用者、1名は申請中、1名だけが非利用者であった。インタビューは、チ ョッパンに来るまでの過去の経緯、現在のチョッパン生活をどのように営んでいるのか、これからの 生活についてどう思っているのかを自由に語ってもらい、これらを時間軸で整理して記述した。また、

彼らの日課から分かる「生活圏」を地図上に示した。

第四章では、別の角度からチョッパン生活を見るため、チョッパンからステップアップして買上賃貸 住宅に住んでいる3名、買上賃貸住宅への居候1名、ゴシウォン生活者1名、チョッパン運営者2名、

2カ所のチョッパン相談所のスタッフ3名へのインタビューから、チョッパン生活を描いた。また、

チョッパン相談所、チョッパン近隣での参与観察の結果も記述した。

終章では、第三章・第四章で記述してきた、釜山市に散在するチョッパンの生活を考察し、地域福祉 の課題を整理した。考察の内容は以下のとおりである。

第一に、彼らの生活は、彼らが'給料'と称する基礎生活保障の収入で支えられている。その利用の前提 は'働けないこと'であるため、居住者自身も'働けない者'であることを強調する。しかし、チョッパン 運営者やチョッパン相談所のスタッフたち、場合によってチョッパン居住者同士からも'働けるのに働 かない者'と見られる傾向がある。

第二に、'働けない'彼らの一日の時間管理を、彼らは、一様に'時間つぶし'と表現する。同時に'時間を つぶし'が出来る場所を探して移動する。その場所は、食事の提供等がなされる場所が選ばれる。生計 費の節約のためである。また'節約'と'時間つぶし'をする「場所」の'情報'を探し、そうした「場所」を 移動して回ることが、彼らの生活の現実的戦略となる。この「場所」の中では、チョッパン相談所の 比重が大きく、そのスタッフとの関係維持に気を使っている。ただし相談所で利用者同士はほとんど 挨拶程度の会話しか交わさない。

第三に、彼らの日常生活を生活圏として地図上に描くと、自分の住むチョッパンと、相談所等の利用 できるいくつかの場所をつなぐ、かなり広域的な生活圏を形成している。老人や障害者は無料の交通 機関があるので、片道はそれらの交通手段で、片道は徒歩でそれらの場所を移動したりする。これを

(4)

- 4 -

彼らは'運動'と意味づける。近隣での交流は、市場の商人とツケ買いできる関係にある人もいるが、多 くは同じチョッパンの人々とも、喧嘩等を避けるために、交流しない。

第四に、チョッパンからの脱出=居住向上は、生活の戦略を「現在」に置くのか、「未来」におくのか によって異なっている。彼らの多くはチョッパンにたどり着くまでの不安定な居住経験から、転居に よる生活の好転を期待できないか、現在の生活の節約ができないため、チョッパン生活に留まるとい う選択になりやすい。買上住宅へのステップアップのためには、準備金が必要であるため、転居希望 者は厳しい節約生活が強いられ、'福祉資源を求めて歩き回る'ことになる。この場合は、安定的な居住 ができる「未来」を重視している。

第五に、彼らのほとんどが家族との連絡が絶たれており、また'こんなところに住んでいる'ことが恥ず かしくて、知り合いや友人も遠ざけている。彼らの一部は'死にたい''死んだ方がまし'という言葉で「自 分自身からの排除」に向かう傾向がある。

第六に、彼らは今後もチョッパンの '一人暮らし'が続くと考えているが、そのためには健康が心配だ と述べる。臓器提供登録者が2名存在しており、最後は社会の役に立ちたいと言う。だがそれは死ぬ 時の現実的対策としての戦略ともいえる。

以上のように、釜山の散在型チョッパンでの生活は、基礎生活保障や相談所等の福祉資源への依存が 強く、チョッパン居住者同士や近隣との交流もなく、ソウル市調査研究などで指摘された連帯感は全 く観察できなかった。また、居住向上を考えるより、現状維持を選択する傾向が描き出された。これ を前提に、地域福祉の課題として次の五点を挙げた。

第一に、基礎生活保障水準の低さとサービスの総量の小ささが、無料の福祉サービス依存を増大させ るという悪循環がある。基礎生活保障水準の改善が課題である。

第二に、散在型チョッパンの生活にとって、チョッパン相談所の役割が大きいが、現在の相談所のス タッフ人数、予算、施設基準などすべて不十分である。同時に「自活」重視の前に、参加しやすい活 動プログラムの工夫などの、相談所機能の強化が求められる。

第三に、釜山の場合、相談所だけでなく居住するチョッパンのある地域の福祉館利用が可能なはずで ある。そのためにチョッパン相談所と他の地域社会福祉機関との情報共有や連携が求められる。

第四に、'時間つぶし'と表現される日々は、自己肯定感をさらに引き下げて行く結果をもたらしやすい。

自己意識も、外部の「視線」をも変えていけるような地域貢献活動が、それなりの報酬を動機付けと して開拓されることが、とりわけ大きな課題である。

第五に、釜山のチョッパンは散在しているがゆえに、都市再開発等によって簡単に取り壊される危険 が大きい。経営困難問題を抱えるチョッパン運営者も開発を求めている。居住脆弱層をさらに排除し ないような視点が地域福祉計画に盛り込まれる必要がある。

(5)

- 5 -

論文審査結果の要旨

論文の内容の要旨

本論文は、序章,終章を含め全五章で構成されている。

序章では、研究の背景と目的、研究方法と視点を述べた。韓国では 1997 年末に勃発した経済危機以降、

急増した路上生活者に対する支援政策を実施する過程で、路上だけでなく、住宅とはいえない劣悪な居住 状態にある人々が多様に存在していることが注目された。韓国の公的扶助である国民基礎生活保障制度で は、2007 年からこれらを「居住脆弱層」と呼び、特別対策の対象としている。劣悪な居住形態の中でも、

チョッパンは保証金を必要とせず、日払いまたは月払いで最貧層が利用する宿泊所として知られている。

日本の簡易宿泊所(ドヤ)に似ているが、ドヤが、旅館業法で規制されているのに対して、チョッパンは法 的規制がない。政府はチョッパン居住者に対しても安定的な住居への移住を促しているが、その移住率は 予想より低い。他方で、チョッパンは野宿から脱却する場合の「踏み台」、もしくは低所得層が野宿に陥る 手前での「安全網」の役割を担っているとの見方もある。だが、近年の大規模調査では、チョッパン居住 者の居住期間の長期化や高齢化が指摘されている。

本研究は、先行研究において「散在型チョッパン」と類型化されている釜山市の「チョッパン生活」に 着目し、次の三つの目的を設定した。第一に、現実の「チョッパン生活」を記述し、その特徴を明らかに する。第二に、それらの人々は、なぜチョッパンに来たのか、将来はどうしたいと考えているかを明らか にする。第三に、チョッパン居住層に対する社会支援を地域福祉の課題として検討する。

近年進んでいるチョッパンの質的研究のほとんどは、ソウル市などのチョッパン集中地域をフィールド として行われている。これに対して「散在型」に分類される釜山市のチョッパンは、普通の商業地域や住 宅地の中に溶け込み、特別な街区を形成していない。本研究では、このような散在するチョッパン生活を 多角的にとらえるために、⑴チョッパン居住者に対するインタビュー調査、⑵チョッパンからステップア ップして買上賃貸住宅に住んでいる人々、ゴシウォン(考試院)生活者、チョッパン運営者、チョッパン 相談所のスタッフ等を対象としたインタビュー調査、⑶釜山市に2カ所存在するチョッパン相談所におけ る参与観察、およびインタビュー対象の住むチョッパン近隣地域の参与観察を行い(いずれも 2012 年7〜

8月実施)、その結果をエスノグラフィーとして記述した。その考察にあたっては、次の三つの視点を重視 した。⑴空間的・地理的な意味での‘地域性’と、人々の社会関係に着目した地域福祉構築の視点、⑵チ ョッパンに至るまでの‘社会的排除’のプロセスの視点、⑶チョッパン居住者を、自身の‘生活戦略’に よって日々の選択を行っている行為主体者として捉える視点。

第一章では、韓国における居住脆弱層に関する先行調査研究のレビューを行った。それらは韓国都市研 究所等による包括的な量的調査、それを基盤として政策を提案したもの、居住脆弱層の生活の質的研究や、

住居と社会的排除との関係について検討したものなど、多様なアプローチで進められてきている。これら の中で、チョッパン居住者同士の付き合いや、帰属に関して、大規模調査ではその希薄性が、集中したチ ョッパン地域の質的研究では、外部からの排除と地域内での強い連帯意識が強調されるなど、異なった結 果が出ている。次に、韓国の居住脆弱層研究との比較で、日本の 1960 年代以降の「寄せ場=ドヤ街」研究、

(6)

- 6 -

1990 年代半ば以降のホームレス研究、および近年のネットカフェ等の「広義のホームレス」問題、無料低 額宿泊所問題等の調査研究のレビューを行った。

第二章では、チョッパン生活を記述・分析する前提として、国民基礎生活保障制度と、チョッパンを含 めた居住脆弱層対策、また低所得者、老人、障害者向けの社会福祉事業等、チョッパン居住者が利用可能 な制度の概要を述べ、また地域福祉計画についても言及した。

第三章では、釜山市の社会経済的、地理的状況を背景に、散在型チョッパンの意味を確認した。次いで チョッパン居住者の生活を、8 名の居住者たちのインタビューから記述した。多くは 50〜60 歳代であり、

女性は1名である。6名が国民基礎生活保障制度利用者、1名は申請中、1名だけが非利用者であった。

インタビューは、チョッパンに来るまでの過去の経緯、現在の‘チョッパン暮らし’の具体的状況やその 選択の意味、将来の生活についての考え、という時間軸を設定して自由に語ってもらい、それらを整理し 記述した。また彼らの日課から把握できる「生活圏」を地図上に示した。

第四章では、チョッパンからステップアップして買上賃貸住宅に住んでいる3名、そこへの居候1名、

ゴシウォン生活者1名、チョッパン運営者2名、2カ所のチョッパン相談所のスタッフ3名へのインタビ ューを素材に、別の角度からのチョッパン生活を描き、また買上賃貸住宅へのステップアップの現実を示 した。さらにチョッパン相談所、チョッパン近隣での参与観察の結果も記述した。

終章では、第三章、第四章の記述から得られたチョッパン生活者とその生活を特徴づけるカテゴリーに 注目し、以下の考察を行った。

第一に、彼らの生活は、彼らが‘給料’と称する国民基礎生活保障制度の収入で支えられている。制度 利用の前提が‘働けない者’であるため、居住者自身は‘働けないこと’を強調するが、相談所スタッフ は必ずしも‘働けない者’とは捉えていない。

第二に、‘働けない’彼らの一日の時間管理を、彼らは、一様に‘時間つぶし’と表現する。同時に‘時 間つぶし’が出来る場所を探して移動する。その場所は、無料の食事の提供等がなされる場所である。こ のような場所の‘情報’を探し、それらの場所を移動して回ることが、彼らの日課であり、生計費節約の 戦略となる。この場所としては、チョッパン相談所の比重が大きく、そのスタッフとの関係維持に気を遣 っている。ただし相談所で利用者同士はほとんど挨拶程度の会話しか交わさない。

第三に、彼らの生活圏は、自分の住むチョッパンと、相談所等利用できるいくつかの場所をつなぐ、比 較的広域的なものである。老人や障害者は無料の交通機関があるので、片道はそれらを利用し、片道は徒 歩でそれらの場所を移動する。これを彼らは‘運動’と意味づける。近隣との交流は、市場の商人とツケ 買いできる関係にある人もいるが、多くは同じチョッパンの人々とも、喧嘩等を避けるために、交流しな い。また近隣の福祉館もほとんど利用しない。

第四に、チョッパンからの脱出=居住向上は、生活戦略を「現在」に置くのか、「未来」におくのかによ って異なっている。彼らの多くは転居による生活の好転に期待しないか、買上賃貸住宅の保証金を貯める ことは困難と考え、チョッパン生活に留まるという選択になりがちである。転居希望者は、保証金のため に厳しい節約生活が強いられ、より一層‘福祉資源を求めて歩き回る’。この場合は、安定的な居住ができ る「未来」を重視している。

第五に、彼らのほとんどが家族との連絡が絶たれており、彼らの一部は‘死にたい’ ‘死んだ方がまし’

(7)

- 7 - と述べており「自分自身からの排除」に向かう傾向がある。

第六に、彼らは今後もチョッパンの ‘一人暮らし’が続くと考えているが、‘死にたい’という一方で、

健康維持を心配している。臓器提供登録者が2名存在しており、最後は社会の役に立ちたいと言う。だが それは死ぬ時の現実的対策としての戦略ともいえる。

以上のように、釜山の散在型チョッパンでの生活は、国民基礎生活保障や相談所等の福祉資源への依存 が強く、チョッパン居住者同士や近隣との交流もなく、ソウル市の集中型地域調査などで指摘された連帯 感は全く観察できなかった。また、居住向上を考えるより、現状維持を選択する傾向があるためチョッパ ン生活期間が長期化している。これを前提に、地域福祉の観点からの課題として次の五点を挙げた。

第一に、国民基礎生活保障水準の低さと福祉サービスの総量の小ささが、地域の無料福祉サービスへの 依存を増大させるという悪循環がある。地域福祉の前提に国民基礎生活保障水準の改善が課題である。

第二に、散在型チョッパンの生活にとって、チョッパン相談所の役割が大きいが、参加しやすい活動プ ログラムの工夫などの、相談所機能の強化が求められる。

第三に、釜山の場合、チョッパン相談所だけでなく、居住するチョッパン近隣の社会福祉館利用が可能 なはずである。チョッパン相談所と地域社会福祉機関との情報共有や連携が求められる。

第四に、‘時間つぶし’と表現される日々は、自己肯定感をさらに引き下げて行く結果をもたらしやすい。

自己意識も、外部の「視線」をも変えていけるような,彼らの地域貢献活動が、それなりの報酬を動機付 けとして開拓されることが大きな課題である。

第五に、釜山のチョッパンは散在しているがゆえに、都市再開発等によって簡単に取り壊される危険が 大きい。経営困難問題を抱えるチョッパン運営者も開発を求めている。居住脆弱層をさらに排除しないよ うな視点が地域福祉計画に必要である。

論文審査の結果の要旨

審査委員会は、研究課題の重要性、先行研究の十分な咀嚼、概念の妥当性、実証研究の方法や分析の確 かさ、結果の重要性と今後の研究の発展性などの観点から、課程博士の水準に達しているかを、慎重に検 討し、以下の結論を得た。

本論文の評価点として主に以下の三つが指摘された。

第一に、本研究のテーマである居住脆弱層問題は、単に路上のホームレスだけではなく、その給源とも なる「隠れたホームレス」としての、住宅とは言えない所に住まう人々の問題であり、先進国も含めた現 代の貧困・社会的排除の大きな課題である。日本でもネットカフェや無料低額宿泊所問題がクローズアッ プされているが、「隠れた」存在であるために、調査は容易ではない。本論文は韓国でほとんど調査されて いない「散在型」地域を取り上げ、精力的な調査でその実態を明らかにしたことは高く評価される。これ によって韓国の居住脆弱層研究の水準が高まることは間違いない。また、日本の「ドヤ=寄せ場」研究も、

山谷・釜ヶ崎などの集中型の研究がほとんどであるが、実は散在している地域が別にあり、集中型と散在

(8)

- 8 -

型の比較研究の可能性が日本にもあることに気づかされた、という意見が審査委員から寄せられた。

第二に、韓国の居住脆弱層についての調査研究のレビューも十分行われており、日本の同種研究につい ての検討もあるが、その内容は適切である。

第三に、この論文がもっとも評価されるのは、釜山の散在型チョッパン生活を記述するという第一の目 的に対して、チョッパン生活者へのインタビューによりそのライフコースを描き出したこと、および、そ こからステップアップした買上賃貸住宅居住者やチョッパン運営者、チョッパン相談所スタッフ等へのイ ンタビューと参与観察によって、多様な角度から描き出したことである。インタビュー対象者の語りの日 本語への置き換えも工夫されている。釜山市の散在型チョッパン生活の生き生きとした記述によって、第 一の目的は達成されているという点で審査員の評価は一致した。また、ここからチョッパン生活者の‘働 けない者’としてのアイデンティティ、‘給料’としての国民基礎生活保障の位置づけ、地理的には遠いチ ョッパン相談所を中心として描かれる生活圏と‘運動’と称されている徒歩での移動、居住ステップアッ プ政策が、現在の生活を犠牲にして未来の生活を描くか、現状維持でいくかの彼らの選択によって、その 成功が左右されている等、極めて興味深い考察がなされ、第二、第三の目的への回答も示されている。こ の結果、チョッパン生活の長期化や高齢化の理由、集中型とは異なる孤立性が導かれている点も説得的で ある。

なお、この調査は、「日本女子大学ヒトを対象とした実験研究に関する倫理審査委員会」の倫理審査を受 けて実施されたことも確認した。

本論文の審査の中で、なお今後検討を要する点として次が指摘された。

第一に、上述したように、この研究の評価はエスノグラフィーとしての丁寧な記述と、その中にちりば められた、興味深い指摘にあるが、これらを研究の視点として提示された三つの理論と本格的に関連づけ て分析していくためには、それらの理論を使う意味について、もっと自覚的であるべきであった。本論文 で描かれた国民基礎生活保障制度やチョッパン相談所への過度の依存は、社会的排除に対する包摂策が展 開される際に、制度依存や引きこもりを段階的に作り出していくというフランスのポーガムの「社会的降 格論」の結果と極めて類似しているが、社会的排除の視点を使うなら考察をそこまで深めていくと、これ を視点にする意味がより明確になったと思われる。同様に、彼らの生活戦略の視点も、現代福祉国家の制 度利用者を行為主体者として積極的に位置づける近年の理論と交錯させるなど、より一般化・理論化して いく方向での分析が今後の課題として残されよう。

第二に、チョッパン生活の基礎である国民基礎生活保障制度やチョッパン相談所、地域福祉計画などの 制度資源について、それぞれ丁寧な説明はあるが、調査結果との関連でさらに掘り下げた分析が可能だっ たのではないか。特に最後に示された地域福祉の課題は、第三の目的に関わるが、実証結果を踏まえた上 での制度や制度間の連携についての釜山市の特徴をもっと具体的に示していれば、なお説得的であったと 思われる。たとえばチョッパン相談所は、ユニークな地域の福祉資源であるが、その機能をチョッパン生 活者へのサービスという側面だけでなく、釜山市という地域福祉全体の中での機能にも着目して考察すれ ば、集中型地域のチョッパン相談所と、散在型地域のチョッパン相談所との差異も見いだされ、釜山市の 地域福祉計画へのより的確な批判ができたのではなかろうか。

(9)

- 9 -

以上のように、本論文の取り上げたテーマは、現代の貧困・社会的排除と地域福祉にとって重要なもの であり、先行研究を十分踏まえた上で、エスノグラフィーとしての興味深い記述と考察に成功している。

今後の課題として審査委員から出された意見も、そのような豊富な記述や考察の端々に、さらに一般化・

理論化しうる多様な芽が見いだされたからに他ならない。そのような意見を引き出すような内実を持って、

釜山のチョッパン生活を生き生きと描き、また彼らの生活戦略と地域福祉の課題を検討したことで、本研 究は課程博士としての水準に十分達していると判断した。

結 論

本審査委員会は、本論文が課程博士(社会福祉学)の学位を授与するにふさわしいものと、委員全員が 判断したことを報告する。

参照

関連したドキュメント

本論文は7章で構成されている。第1章「序論」では,体感と感動に基づくメカト

論文審査の結果の要旨 1 研究目的の評価 本研究の目的は、ラット関節炎モデルを用いて、①炎症に起因する痛み

論文審査の結果の要旨 1.研究目的の評価 本研究の目的は、矯正治療での便宜抜歯を行う治療過程において空隙閉

本研究は日本大学松戸歯学部倫理委員会の承認を得て行った後ろ向き研究である(承認番号 EC15-12-009-1)。顎関節と耳下腺リンパ節の関連の研究対象は 2006 年 4 月から 2007

第 3 章では,スラバヤの人口動 態を明らかにした上で,カンポンについては,立地特性の異なる 3 つの カンポンを対象とし,1984 年・2006 年・2017

本論では、研究課題を実証するために Modified Sternberg Task を用いた7つの実験的研究が収載され ている。研究1 ( 実験 A ・ B) では、 Oberauer の用いた

HLW 問題に関するこれまでの研究では,工学的,地質学的,社会心理学的研究等が挙げられ,政府及び

本論文において,人材育成の政策的な議論がグローバル人材というリーダー層の育成に偏在しているこ