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「アダム・スミス問題」をめぐつて(一)

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(1)

﹁ ア ダ ム

・ ス ミ ス 問 題

﹂ を め ぐ つ て

︵ 一

︶ 岩 松 繁 俊

一︑問題 の 限定

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抱かれ︑約一世紀にわたって数多くの解釈や論争が行われたことは周知のことがらである1︒而してこのいわゆるdas

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の忠恕はかれの倫埋忠恕と竃も矛盾しないとして︑あとに残されたたゞひとつの問題は︑この一見矛盾するごとくにみ

える利己心と同感とを統一的に解釈㌻ることである3といわれる︒本稿は︑しかしながら︑このような意味の﹁残され

た間題﹂を取扱おうとするのではない︒﹁残された問題﹂が解決されたとしても︑なおそのあとに︑まだ残された問題

がないであろうか︒これは︑じつは︑スミスの利己心を歴史的に解釈するという範囲をこえて︑スミスの利己心そのもの

の当香を批判的に究明するという大それた企図をいみしている︒一般にスミスの学説史的研究は︑スミスにあらわれて

いる忠恕をスミスの内面に即⊥て解釈すれば︑おある▲︒しかし筆者は︑さらに一歩を㌻ゝめて︑スミスを批判的にみ

ようとする︒スミスの利己心をいちど問題としてとりあげようとする︒ところでこの間題にたいして答えるためには︑

rアダム・スミス問題﹂をめぐって

(2)

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シャの官学︑原始キリスト教︑中世キリスト教︑ルネサンス期の人間観について︑ひろくふかい知識をもって

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いることを要請される︒人類文化の変遷と発展

5

を真理それ自体のために

6

研究せんとした偉大なるアダム・.スミス

を︑いやしくも何らかのいみで論評しようとするものにとって︑この要請はけだし当然すぎるであろう︒しかしこの問

題の困難さと要請のきびしさの前に立って︑筆者はたどちからのなさを知るのみである︒本稿の明らかにしうるところ

は真迎の世界全体よりみれば無にひとしい主いわねばならないが︑従来ふかくかえりみられず︑しかも筆者にとっては

多年疑問となっていたところを問題として提出することによって︑消極的にではあるが何らかの貢献とならないであろ

うかというのが︑本稿のもっさ与やかないみである︒

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﹃アダム・スミス問題﹄に関するおびただしい文献のうち︑筆者が利用することのできた文献はわずかに次のごとき数冊にす

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小泉信三︑﹁国宮論﹂と﹁道徳情操論﹂︿福田徳三博士追憶論文集経済学研究﹀昭和

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杉村広蔵︑倫理思想家としてのアダム・スミス(アダムスミス生誕二百年記念論集商学研究

31号)大

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高島義哉︑経詰社会学の根本問題︑昭和問年

大河内一男︑スミスとリスト︑昭和四年

大道安次郎︑スミス経済学の生成と発展︑昭和お年

間中音六︑スミスとマ九グス︑昭和お年

@ @ @ ) ① ① ① ① ① ④  

(3)

@大河内一男︑独逸社会政策思想史︑昭和江年

なお本稿作成にあたり参照することのできたアダム・スミス文献ハ批判に終始する文献はこれをのぞく)は︑右のほかわずか

に次の数冊にすぎない︒

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印 白 ・ 高島善哉水田洋訳︑アダム・スミスグラスゴウ大学講義︑昭和辺年

大道安次郎訳︑アダム・ス

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ス国宮論の草稿その他︑昭和お年

一両島善哉筒︑スミス国宮論語義︑昭和お

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高島善哉︑原典スミス﹃国富論﹄解説︑昭和お年

永田洋︑アダム・スミス研究入門︑昭和お年

中山伊知郎︑スミス国富論︑昭和江年

小泉信三︑アダム・スミス︑マルサス︑リカアドォ︑昭和9

水田洋︑近代人の形成︑昭和お年

内田義彦︑経詰学の生誕︑昭和お年

一向島善哉編︑古典学派の成立ハ経済学説全集)︑昭和お年

出口勇践筒︑新訂経治学史︑昭和初年

河合栄治郎︑社会思想史研究︑大

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相沢秀一︑安凶加の市民経済学︑昭和辺年お拐唇之助︑経託公Jの哲学的背長︑昭和お年

@ @ @ @ @ @ @ @ @ @ @ ① @ @ ① ①  

﹃アダム・スミス問題﹄をめぐって

(4)

一 一 一

⑮杉村広蔵︑経詰哲学の基本問題︑昭和叩年

@越付信三郎︑アダム・スミス︑昭和お年

@沼崎敏雄︑経治学の開拓者スミス・マルサス・リカアドォ︑昭和

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なお︑藤爆知義︑新しい﹃アダム・スミス問題﹄の提起(経済評論︑5巻日号)はこ斗で述べるアダム・スミス問題とは全く

別種の︑学説史的論理の意味での︑いわば新しい﹁アダム・スミス問題﹂である︒

お小泉信三︑﹁国富論﹂と﹁道徳情操論﹂1真︑大道安次郎︑スミス経済学の生成と発展︑ち

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頁︑同︑国富論の草稿

その他︑ち頁︑水田洋︑アダム・スミス研究入門︑吋

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頁︑一向島・水田訳︑グラスプウ大学講義︑解説︑高島善哉︑経

済社会学の根本問題︑民∞瓦︑向︑アダム・スミスの市民社会体来︑

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頁︑大河内一男︑スミスとリスト︑臼

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スコット一アンドのすべての思想家のうちで群

を技いてもっとも偉大であったこの思想家の哲学を理解するためには︑両方の書物をひとつとして同時にとりあげねばならな

い︒なんとなれば︑それらは宍際にはひとつのもののふたつの面であるからである││主いっている︒

め水田洋︑アダム・スミス研究入門︑刀頁

りアダム・スミスの思想体釆については︑死の直前焼却された未定稿をのぞいて︑何らかのかたちで残存する著作にもとずいて

かなり明僚に再現することができる︒いまスミスの著作体釆を歴史的に網羅する能力をもたないけれども︑同・

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水田洋︑アダム・スミス

研究入門︑小泉信一二︑アダム・スミス︑マルサス︑リカアドォ︑大道安次郎訳︑国富論の草稿その他︑同著︑スミス経済学の

生成と発展︑村松国一郎︑アダム・スミス年譜ハ生誕二百年記念論集ω

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頁)︑高島善哉監修︑アダム・スミス︑などに

よってスミスの著作︑講義︑おもなできごとを︑アダム・スミス問題のよりよき理解のために必要とおもわれるかぎりにおい

て︑年代順にならべてみると︑次のようになる︒

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オッヂスフォード大学在学時代に資料をあつめ︑同大学をやめて故郷カ1コウディの母の家に帰り﹁研究に身を委ねたが

(5)

まだ将来の生活について何の定まった計画ももたなかった﹂時代

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足︒年∞月!口お年秋)にかいたと推定される (5 2f

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告が︑哲学︑あるいは︑いろいろな自然の現象を統一するかくされた関係をあきらか

にすると公言する科学︑の研究に人類をかりたてる第一の原理である︒そしてかれらはこの研究を︑多くの快楽の手段を

提供するものとかんがえないで︑それ自身根源的なよろこび︑もしくは善として︑それ自身のために追求するのである

ーーとかいている︒これらの序論を︑﹁驚具することによって人間は︑今日でもそうであるがあの最初の場合にもあのよ

うに︑知忠を愛求しはじめたのである︒:::ところで︑このように疑念をいだき驚異を感じる者は白分を無知な者だと考

える︒:::したがって︑まさにただその無知から脱却せんがために知恵を愛求したのであるから︑かれらがこうした認識

を追求したのは︑明らかに︑ただひたすら知らんがためにであって︑なんらの効用のためにでもなかった︒そしてこのこ

とは︑その当時の事情がこれを証明している︒すなわち︑安泰な暮しゃ楽しい暇つぶしにも必要なあらゆるものがほとん

ど全く具備された時に初めてあのような思慮が求められだしたのであるから︒﹂というアリストテレスの論(﹁形而上学﹂︑

8

守︑出隆訳︑上巻︑む

15

頁﹀と比較することができる︒おわりの

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225ロの学説にいたる天文学の歴史をのべ

ている︒しかしニュトンに関してのべられた結論だけは︑晩年にかきくわえられたものであるといってい斗であろう︒

同町三も口頁にそうかいている︒スミスは口叫ω年一広完成した﹁諸国民の宮﹂の原稿をもってロンドンヘむかうにあた

り ︑

4月日日ヒュ1ムにあてて︑来刊の草稿の処分について依頼する手紙をかいた︒それが同

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にのせておるが︑そのなかでスミスは

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Lがいま︑じぶんでもってゆくものをのぞけば︑会刊にあた

いするものはひとつしかないことをおしらせしなければなりません︒それはデカルトの時代までにつぎつぎと支図的にな

った天文学上の語学説の歴史をふくむ︑大著の断片なのです︒それがわかいころくわだてられた著作の断片としてれ公刊さ

れるべきかどうかということについては︑まったくあなたの判断にまかせます︒:!!といっている︒これによって︑か

れがわかいころから大きな学問の体系を構想していたことを︑かれじしんの記録としてしることができる︒

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暗号の詩集をしゅう集︑グラスプウの雪活から出版︒︑このことはかれが文学にLFEE

﹃アダム・スミス問題﹄をめぐって

一 一 一 一

(6)

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Languages

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and  Writing  of  the  Author  by  Dugald  Stewart

, 

1795 

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, 

delivered  in  the 

University  of  Glasgow  by  Adam  Smiih ,  reported  by  a  student  in  1763  and  editted  with  an  introduction  and  notes  by 

Ed  win  Cannan 

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のプランからずっと段れて︑学生の注意を︑スコラ学派の論理学や形而上学よりも興味がありかっ右用な諾研究に︑むけ

ることが必要だとさとった︒そこで︑かれは︑精神の諸能力にかんする一般的見解をのべ︑それから古代論理学のうち︑

かつてひるく学者の注意をうばっていた技巧的な指理方法を︑好奇心を満足させるに必要なだけ説明したあとで︑のこり

の時同の全部を修詩学体一糸と美文学の講述にあてた

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論理学設授に任命されてから約一年後に︑スミス氏は道徳哲学

の講座にえらばれた.この問題にかんするかれの詩義泊程は四つの部分にわかれていた︒第一の内容は自然神学で︑そこ

でかれは︑神の存在と諸国性の一証明︑および宗教のきそづけとかんがえられる人間精神の話庶理について考察した 0

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は鼠密な怠味の倫理学をふくみ︑主として︑のちにかれが﹁道徳的感情の理論﹂で公けにした語学説からなっていた︒第

三の部分においては徳性のうちの

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2にかんする部分をさらにくわしくとりあつかったが︑それは厳密正確な規

則の支配をうけるものであるから︑イ分かつ詳細な説明をなすことができるのである︒この問題にかんして︑かれは︑モ

シテスキュウから暗示をうけたらしいブラシにしたがって︑公私両法学の徐々の進歩を︑もっとも粗野な時代からもっと

も洗練された時代にいたるまであとずけようとし︑また︑生計と財産蓄積に役立つ諸技術が︑法と統治のうえに︑それに

応じた改善と変化をもたらすという諸効呆を指摘しようとした︒かれの学問のこの霊安な部門を︑かれはやはり公刊する

つもりであったが︑しかしこの意図を﹁道徳的感情の理論﹂の結論でのべながら︑かれはそれを実現するにいたらないで

逝いた︒かれはその語義の最後の部分で︑

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義の原理にではなく︑便宜冊目匂白色

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の原理にもとずき︑そして国家の宮

と力と繁栄とを目的とする政治的諸規則を吟味した︒この観点からかれは︑商業︑財政︑および教会や軍事上の諸施設に

かんする政治的諸制度を考察した︒これらの問題についてかれが詰述したところは︑のちにかれが﹁諸国民の宮の性質と

原因にかんする一研究﹂という表題のもとに公刊した著作の突質をなしていた

0

・:││これでわかるように︑スミスの道

徳哲学の講義は︑自然神学︑倫理学︑法学︑経街学の四部門からなっていた︒そして倫理学については﹁道徳的感情の理

論﹂が︑法学については

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論草稿﹀と﹁諸国民の宮﹂が︑それぞれその内容をあきらかにしている︒四部門にわけるべきか三部門にわけるべきかと

いうことが︑講義筆記の表題から問題になりうるけれども︑平面的に並列させるのでなく︑立体的に体菜︑ずけてかんがえ

るとき︑おのずから解決せられるであろう︒しかし水田洋︑入門︑

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口出にはなお検討の余地があるとのべてある︒

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要な一旦援といわれる︒この詰演については︑わずかに︑主担当日︿メ

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号に寄稿した︒(大道安次郎︑国富論の草稿その他︑包

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白頁にその訳が︑そして出u

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頁にはその解説が収められ

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でかれは︑向集者に︑新しい学問の紹介をおこなうについてはA視野をスコットランドだけにかぎらず︑とお

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ロッメ全体におよぼし︑そして同時にとおい将来までとはいわなくても︑この三四十年のあいだは影響をおよぼず

であろうとおもわれる労作を紹介するようつとめてほしいと要望し︑かれじしん︑自然科学︑社会科学の両分野にわたり︑

ヨーロッパ全体の学界民望をこ

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ろみている︒注目すべき労作はフランスとイギリスだけからでているが︑とくに最近は︑

フランスにおいて独創的な労作がうまれつつある︑として︑﹁百科全書﹂と凡ソ1の﹁ひとびとのあいだの不平等の起

源についての論﹂とを関心をもって紹介している︒(大治安次郎︑前ぬ吾︑

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頁にその訳文が収められている︒)

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初版を出版︒この設はかれの最初の著書であったばかりでなく︑また最も基本的

な著吉でもあった︒たんに倫理学の体系ではなく︑ひろく社会哲学的著書であった(一向島義哉︑アダム・スミスの市民社

﹃アダム・スミス問題﹄をめぐって

(10)

会体菜︑羽頁︑鈴木秀男︑﹁道徳感情論﹂解説へI3頁︹高島︑スミス国宮論講義1

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・ア品目・﹀︒このきわめて初期の﹁草稿﹂は︑スミスにとってひとつのおわり

とひとつのはじめとをいみしている︒すなわち一方で︑スミスが生混の仕事たるべきものに全力を集中しようとすること

によってこれまでのたんなる文献的徒弟年期にたいしてわかれをつげるとともに︑他方︑のちのフランスでのあたらしい

体験︑帰朝後カコ1ディおよびロシドンでの研さんによって独自の領域をうちたてるきそがこ与におかれたといういみで

ひとつのはじめである︑と凶円︒=はいうハ

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月末ロシドシに行く︒

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辞職願いを発送ハ∞

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31日大学評議員会はスミスの辞職を許可した︒そのさい︑大学は次

のような見解を発表した︑

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スミス博士の辞任について︑大学は・:ふかいいかんの怠を表せざるをえない︒博士はたぐ

いまれな誠実と愛すべき諸性質とによって︑同僚たちの尊敬と愛情のまととなった︒持士のなみなみならぬ天才とすぐれ

た諸槌力と広汎な学識とは︑大学にきわめておおきな名誉をあたえたι氏の優雅にして才気ある﹁道徳的諸感情の理論﹂

1

Pッメの趣味あり文祭にかんけいある人々をして︑氏を尊敬させたし︑氏の︑抽象的な諸問題を説明するにあ

たってのめぐまれた才能と︑有益な知識をつたえるための誠意ある勤勉とは︑氏を︑人なみすぐれた教授たらしめたの

みならず︑同時に︑氏の指導をうけた青年に︑もっともおおきなよろこびともっとも重要なおしえをあたえたのである

参照

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