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技術教育と技術史学習 小山田 了 三

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Academic year: 2021

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技術教育と技術史学習

小山田  了  三

1 緒 言

 筆者は先に,現在の技術教育について,中学校指導要領の目標と内容は,生活にかかわ る技術という面が前面に押出されているが,技術は生産技術として位置づけ直し,教育内 容については,生産技術と関連した技術学を中心とすべきであるとした。

 学校教育における普通教育の一科目として技術教育を考えた場合,それは非職業的,非 生活的かつ理論中心的面をそなえているものである。したがって学習指導要領の技術目標

に不足していると考えられる点について

 ④生徒の能力を全面的に発達させ,それによる全人格的な人間形成を促す,

 ② 技術の基礎を段階的かつ系統的に習得させて,それに実際に活用させる能力を養成

する,

 ③ 技術教育を通じて科学的に思考し,物事を合理的,創造的に処理する能力を養成

する,

などをあげた。

 また技術教育の内容として

 ① 数学や自然科学を基礎から組織的,系統的に学ばせ,それらの法則を自然科学的思 考に基づいて実際に応用すること,

 ② この基礎知識に基づき,技術学を中心とした技術の知識を系統的に学ばせ,工業化 を目的として応用させること,

 ③ 関連した道具や機械の原理や材料について理解させ,それに基づいた取扱い方に熟 練させること,

 などをあげた。

 さらに,技術の社会における存在意義と技術の調和のある発展のため,技術教育に,

Technology Assessmentの導入がなされるべきであることもあわせ述べた。

 この小文ではこれと関連して技術的な物質観や生命観の学習と深いかかわりあいをも ち,技術学習においても重要視され,取入れ方が模索されている技術史について,技術教 育におけるあり方とその学習利用方法について述べてみたい。

2 技術教育と技術史

 現代の技術は巨大化し,労働が細分化,専門化され,人間が機械体系の一部に組入れら れ,本来人間が支配すべき機械に人間が支配され,隷属化されて,生活のみならず人類の 思想世界においても大きな変革が見られる。

 このような現状への反省から,人間が人間であることを取戻そうという多くの運動が始

められ,技術世界においては人間の復興が言われ,これと関連して教育の面でも技術教育

を通じて人間であることの復活をめざそうとする試みがなされている。このような目的を

もつ技術学習から結果するものは,技術の基礎を学ぶということが単に技術を知り利用す

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ることだけにとどまらず一つの世界観技術的世界観を形成する基盤を学習することにあ るという認識である。

 ところが現在の技術教育の目標は生活に必要な技術を理解させ,それを生活に利用する 事を主目的としたものである。即ち「技術を通じて生活を明るく豊かにするための諸能力 態度を得る」ことを学習目標とするが,技術と人間の真のかかわりあいが,技術的世界観 が養なわれた後に始まるものであることを考えれば,この目標からは,技術が人間文化の 一要素として存在するものであり,技術の行方が人間の自由と幸福のためにあることを学 習者に認識させることは不可能であろう。例を機械学習にとると,その内容が機械のしく みの理解と機械を使用する能力を養うことを目標とし,機械機能の維持労働手段である機 械の機構の進歩について余り触れていないことはよく指摘される点である。ここでは,道 具から機械に至る人間の歴史の必然性の過程が全く失なわれている。

 技術とは,自然界および第2自然界において,生産に関連する経験的な事実および法則 を,歴史的な累積体として発展させる人間活動であり,人間の生産的実践一必然を洞察 し,自由を得る行為における法則性の意識的適用であると考えられる。したがって技術 は,それがどのように完全に装うとも,決して一つの独立に閉じられたものを形成してい るのではなく,ソシアルニーズとの働きかけがある限り,未来に向って展開し続けていく 歴史的なものとしてとらえられなければならないものである。

 したがって技術学習は,どのようにして過去の技術の正しい成果と方法をすべて人間の ものとし,この成果を人類の繁栄と人間性の真の解放のたさ6に役立たせるごとができるか ということを目標としなければならない。そのたあには技術の社会における客観的役割

(社会的機能)を認識する態度をどのように養うかという点が特に重要視されなければな らないと考える。

 このようなとらえ方をすれば,生産技術学習は,その科学領域の一部として,おのずと 次のような内容になるものと思われる。

 即ち,過去から現代に至る実用技術内容を十分に研究し,それがどのような要素と原理 を含み,それらのいかなる組合せによって技術的法則性が生れ,さらにその適用をどのよ

うに一般化して実用化に至るか。それと同時に人間の社会的文化活動としての技術発展の 要因と,人間社会におけるあり方はどのようにあるべきかなどの内容であろう。

 このような技術の創造と発展を正しくとらえるためには,歴史的観点から分析すること が最も適しているのではないかと思われる。

 元来,技術の性格の背後には,一つの譲り渡された技術の中から,どれかの面を発展

させ拡大させ,連続していく要素;断続的,歴史的な発展の因果性がある。したがって技

術は,歴史的因果性を必然的に包含している。また逆に技術概念の正しい把握が生産の増

強に必要であるが,これを学ぶためには技術の成立と,それが進歩発展した要因,さらに

はその社会的影響について知ることが必要である。この検討は,現在の技術教育に特に欠

けている点である。さらにまたある技術が開発され,それが発展した歴史的必然性を知

り,現在の技術内容の内に残る過去の投影を見出すことは,将来生まれるであろう技術が

発展する方向をさぐる意味で特に大切であると思われる。この様に考えるならば未来志向

的技術教育への技術史の取入れはもっと重要視されてよいと考える。

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3 技術史学習

 現在の技術教育の中に技術史学習は含まれていない。それにもかかわらず技術史学習の 必要が説かれ,実践が報告されているのは,これが学習指導要領に欠けている「技術の社 会的存在の意義」と「便利史観(岡邦雄)」の欠点を補って,技術の歴史的発展を教える 有力な手段の一つとして位置づけられているたあである。

 指摘されている技術史学習の意義としては,これを通じて,社会の必要から生まれた生 産技術の進歩発展に伴う生産力の向上が歴史を進歩させる主要因であること,技術の社会 への影響の正しい把握ができること,また,特に歴史的発達過程にそって技術を見ること により,技術の理解が容易になることなどが指摘されている。

 技術史の学習形態としては,①単元の導入として頭初に取入れる形態,②まとめの段 階に取入れる形態 ③技術史を中心としてかなりの時間を割く形態 ④各単元の特定の部 分について歴史的背景や発展の経過を教える形態⑤単元を独立して教える形態などがあ

る。

 これらの学習形態のそれぞれの特長は①では,これからの学習内容について,生徒の興 味の喚起と単元の大まかな展望を与えることができる,②の場合は,既知の事項を駆使し て歴史的な位置づけを明確にできる,③,⑤の場合は,一貫した歴史的発展とその社会的 意味というイメージを形成できる,④の場合は,生徒のイメージが,鮮かである点などで ある。しかし,技術史学習は,技術の内容と関連が十分でなければ,全く無味乾燥なもの となることが指摘されている。

 上述のように,技術学習に技術史を取入れた実践例は少なくないが,現在の所,技術史 を教材とする意義づけが十分でないため,技術史学習は技術の発達を知る単なる補助手段 にとどまり,技術的世界観を養成するために十分な学習内容になっていないように思われ

る。

 技術史は,本質的な技術的物質観や生命観に基づき,種々の現象形態を論じていくもの であり,問題となるのは,一つの生活様式における技術の形態と進歩発展,またそれに伴

う生産様式の変革および人間社会への影響である。

 元来技術とは過程としての手段であり,客観的,組織的,社会的なものである。そして,

技術の基礎を学ぶことは,一つの世界観一技術的世界観を形成する基…盤を学びとることで ある。したがって技術史学習とは,歴史の目を通じて技術の事実や法則を学ぶだけでな く,技術的世界,物質観や生命観を身につけこれを未来社会とのかかわりにおいて思考す る能力を養成することである。こ\に技術史学習が重視される根本的な理由があるものと 思われる。

 技術史を通じて我々は技術について種々の分析ができる。

 古代の技術史からは,栄光の孤立の中では,どのような技術も長くは維持できないこ と,即ち繁栄し発展する技術は,そのそばに全く無関係な,しかし,応用が可能な他の技 術の存在が必要なことを知ることができる。

 近世における工業部門の歴史からは,社寺や貴族に隷属していた技術が,副業の型では

あるが独立したこと,技術者は国内市場の拡大に伴い,社会の要求とにらみ合わせなが

ら,製品を商品とすることを目的として,各自の零細資本に応じて,自らの責任において

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生産に従事するようになったことなどを学ぶ。

 上述の問屋制家内工業から,やがて小規模ながら集中的作業所が設けられ,分業による 協同作業や道具の連結水車などの動力利用が始まる。こうして,工業の発達を促すのは消 費の増大ばかりではなく,生産手段の拡張,労働者の増加などの要因があることも学ぶこ とができる。

 これを現代社会の単純化した技術的縮図としてとらえ,これから社会における生産に関 する概念と,生産に至る過程の要因をさぐり,さらに技術の進歩と社会のかかわりあいな どを学ばなければならない。

 江戸時代には,農業について言えば,いくつかの農書が出版され農業に関する技術や知 識が人々の前に解放されたこと,また工業面では,古く技術者が宮廷,社寺に属していた 時代に比して,大部分の技術者が自由になり,大量な消費に対応して良い物を安く提供す る必要を生じ,これが否応なく技術を普及させたこと,マニファクチュアの技術進歩は,

工程の分業の下で,動力と加工の分離によって発達し,生産様式は単純協業であることな どを学ぶことができる。

 さらにはこのような歴史の中から累積された実際的な技術と経験的事実および知識をリ ファインして生まれる技術を見出し,現代技術の内に過去の技術の投影を発見し,これら の個々の技術の流れを大きな潮流の中に位置づけることによって綜合的にとらえ,技術の 歩んだ歴史の中から未来社会における技術の方向を描くことができよう。

 現在の工業を例にとれば,現在の工業は,農業にたとえれば,粗放農業の段階で,資源 を節度なく食い荒し収奪している。近い未来には工業も農業の集約化に見られるように,

精致な体系にならざるをえないという認識に至ろう。

 一方,技術史を社会的側面からとらえ,社会的角度から眺めると,技術が誕生した時代 と社会との間に位置づけられた価値がしだいに変り,時代や場所で一般に受け入れられて いる外的基準,価値形成の考え方がしだいに通用しなくなったことを知る。これを解決す る一方法として,技術にTechnology Assessmentを導入する必要のあることについて は,先の報文に述べた。

 未来社会における技術の在り方についても十分な検討が加えられなければならない。そ のためには,技術を自然と社会とを媒介とする,実践の根本に触れるものとしてとらえ,

技術の展開は,事実と法則の弁証法的論理展開の内容を持つものであることを認識する必 要があろう。

 即ち,技術史から学習することは単に過去の機械や技術の形態を眺め理解するだけにと どまらず,技術現象の本質が見出さなければならないことである。何故なら現代技術の困 難を解決し,技術の発展に役立つ現実的に有力なものでなければ,未来の技術を進める上 に何の力も持たないからである。到来する新たな社会に備えて歴史の中に技術そのものの 健全な発展を促す実践の原理が求められているからである。

4 技術史学習実践

 次に技術史の学習実践について述べる

 筆者は技術史学習が重要であると考える一人であるが,技術史の時間を独立させる学習

形態には,賛成できない。何故なら,技術は労働の問題を含むものであり,労働経験と結

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びつかない学習は観念論的に流れる恐れがあると考える。むしろ,技術史学習を技術を学 習するための一つの手段と考え,適切な単元に取入れて,技術が累積的前進的唯一の人間 活動であることを理解させ,技術的世界観を学びとらせるように,活用すべきであると 考える。

 技術史学習を全単元に取入れる必要はないと思われるが,各分野で最も基本的かつ典型 的である教材の場合,例えば機械や電気の原理の場合などは技術学的系統性をそこなわな いので取上げやすいようである。以下二三の例を上げる。

 機械の発達を学習する場合,原始的な道具の段階から,機械に至る発展の概要を学ば せ,機械とその原理についての基本的認識を育てると共に,機械の生い立ちが,人間の生 産的労働行為における目的達成のため,道具の工夫で始まったこと,道具や機械が人聞の 知的欲求により生まれ,進歩発展したことを学ばせる。またそれに伴う技術と社会の発達 との関係,例えば農具の千歯こきが後家ごろしと言われたことなど,技術史の学習では学 習者の世界観を広げながら,技術の総合的な認識を与えなければならない。

 旋盤を技術史的に取上げれば,歴史的副い立ちから,その構造,しくみを理解し,使 い方を確かなものにすると共に,工作機械技術を総合的に知ることや,人間の労働を手の 訓練から解放した意味を学習させることができる。さらにこれは,精密加工や大量生産方 式,互換性製造など技術史を学ぶ上で基本的な問題を含むものである。

 学習の形態は3節に述べた様に色々考えられるが,比較的良いと思われるのは②と④で ある。しかし②の単元のまとめの段階のみに技術史学習を取入れることは,その単元で取 上げた教材全体と技術史が関連づけられる場合はよいが,多くは単元の部分的な事項とし か関連づけられないため,最後に技術史学習が独立して入ってくるイメージが強く,実習

しにくい,

 筆者の授業経験では,:最も行い易く,かつ生徒に受入れやすい効果的な学習形態は,④ の形態であった。即ち,単元あるいは,授業の中間で,原理あるいは事項などの特定部分 を取上げ,「なぜ作られ,どのように発展し,いかなる結果を生じたか。」という学習展 開を行い,その歴史的発達(倒叙法を用いる),社会的背景,さらには,それから生ま れた技術が社会的に与えた影響まで取上げ,これをまとめの段階と結合させる形態であ

る。

 筆者はまた技術学習に,日本の技術や技術思想的な自然観について,より積極的に取上 げるべきだと考えている。

 例えば,鉄の歴史をみれば,幕末における高炉導入の失敗と成功に至る歴史から,日本 の資源に対応した技術が日本人の手によって創造された時代に,初めて技術が技術として 軌道に乗ったこと,したがって日本の資源を基にした,日本人の手による技術の開発がな

される必要があることを学ぶことができる。

 また,日本の代表建築であり,長年に渡る風雪に耐え続けた五重の塔や三十三間堂は,

地震の波の周波数に合わない構造に建られている。この構造については,「木材加工の製

作構造」と関連づけて取入れることができよう。またこの学習では,特にこの構造が災害

の多い日本において,我々の祖先が荒々しい自然と共存していくために生みだした知恵と

思想であったことが強調されるべきであろう。

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 現在各教科について指導書が書き直され,近い将来,技術科の内客の一部は自由選択に なるといわれる。

 その場合,我々は日本人の,日本人による技術一例えば信玄提や錦帯橋など一を,若干 時闇,自由教材とからませて学ばせ,我々の先祖の英知と日本的技術を学ばせる自由が与 えられるように希望したい。

5 結

 技術は,技術自身の動的,創造的,非正統的な性格から自らに働いて新しい事実を発見 し法則を定式化する。また社会に働きかけて社会の変革と進歩を促す原動力となりなが ら自らも変容する展開は,技術の発展が相互の複合体を形成する多数の歴史的運動の一つ にすぎないことを示している。

 一つの時代の技術は自己の方法,価値,蓄積された知識などを含むそれ自身の歴史的時 期の中で,他の諸運動からの衝撃を受け続けていることである。しかしながら,社会的存 在として全面的,綜合的であるべき技術の進歩に,その内在的な原因によるとは考えられ ない行き方や,遅れも見られる。このことは,人間のために技術が存在するという立場か

ら言えば,技術が人間を解放するか,不幸にするかが,実は技術を利用する社会,つまり かかわりあう人間によっていることを示すものである。したがって技術の方向づけは,人 間の解放と福祉に向ってなさるべきであり,そのことが技術の社会的存在理由であること を広く認識させる努力が続けられる必要があろう。

 この考えに立って,この小文では始めに巨大化した機械社会の一部となりつつある人間 解放を目的として技術学習を位置づけ,技術の正しい認識のために歴史的観点が必要であ

ることを述べた。次に技術史学習の目的意義,学習形態にふれ,これが歴史の目を通し て,単に技術の過去の事実や法則を学ぶだけでなく,技術的世界観を身につけ,これを未 来社会とのかかわりあいにおいて思考する能力を養成することであるとした。技術史学習 の実践については,技術史を通した技術の総合的考察を修得させるための形態を述べ,最 後に,我々の祖先の英知から生れた日本の技術を学習に積極的に取入れるべきであること を述べた。

参考文献と図書

小山田了三  工業技術教育の方向 長崎大学教育学部教育学科学研究報告第22号 昭和50年 信心忠生  工業文明変革の時代 (朝日新聞紙上)昭和50年1月1日

原正敏,佐々木享編 技術予告育法 (門門社)昭和47年 児玉町多編  産業史∬ (体系日本史叢書 山川出版)昭和49年 武谷三男著  弁証法の諸問題 (理論社)昭和29年

日本教職員組合編  技術教育一私たちの教育課程研究 (一ツ橋書房)昭和46年 奥村正二著, 小判・生糸・砂鉄一続江戸時代技術史一 (岩波新書)昭和48年 H・ホッジズ著,平田寛訳, 技術の誕生 (平凡社)昭和50年

湯浅光朝, 物質の探究 (NHKブックス)昭和51年

フォーブス著 田中実子, 技術の歴史 (岩波書店)昭和31年

忌イスン著 矢島祐利訳, 科学の歴史下 (岩波書店)昭和31年

産業教育研究連盟編, 新しい技術教育の実践 (国土社)昭和48年

参照

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47 1989 年に第 2 回(比較史・比較歴史教育研究会編『アジアの「近代」と歴史教育―続・自国 史と世界史―』未来社、1991 年) 、1994 年に第