技術教育と電子工学
小山田 了三*
(昭和55年10月31日受理)
Technology Education and Electronics
Ryozo OYAMADA
(Received,October31,1980)
§1 緒言 現代生活と電子工学
最近の科学・技術の多方面にわたる発展の中で電子部門のそれは特にめざましく,関連 する製作技術の急進歩と共に,高い性能をそなえた電子機器が大量に生産され,今日の我々 の生活に欠かせないものとなっている。例えば身近な情報を伝えるテレビ・ラジオなどの 機器を始め,日常用いられる冷蔵庫・クーラ・電子レンジ・電話・電卓・ファクシミリな どの機器とその電子要素,さらには熟練工が勘と経験を頼りに行ってきた複雑な作業を,町 工場でも製作ミスが少なく,しかも精度高く工作できるマイクロコンピュータつきNC工 作機械など,電子要素を土台とした製作物は現在の我々の生活を根底から支えていると いっても過言ではない。その意味で学校教育において電子技術を学習することは,現代技 術の基礎を支えるものを知り,さらには来るべきよりよい未来への進歩と,それと共に あるべき人問の姿を考えるために不可欠なものであるといえよう。
この様な広い土台を備えた基礎的にも極めて重要な電子工学部門を,中学校指導要領 に見られる様に,単に技術科における電気の一分野として,生活単元学習の観点から取上 げるだけでは不十分であり,より広い視野に立って,わが国の生産技術と密接にかかわった 学習としてとらえなおす必要があると考える。したがって,先に述べた現行の学習指導要 領の示す 生活に必要な技術を習得させ,それを通して生活を明るく豊かにするための工 夫創造の能力および実践的な態度を養う という,いわゆる「生活単元目標」を修正して,
より積極的に生産に関連づけて学習すべきであろう。このことは,つまり現行の教科目標 の重点が生産技術主導型でなく,消費技術をも含めた日常生活に役立つ技術二生活基 礎技術を学ばせることを目標としていることから,より生産技術を重視する方向に積極的
に抜けだすことを目指すものである。
上述の様な生産的観点の重要さを考えるために,現在のわが国の電子関係の生産状況に注目
*長崎大学教育学部工業技術科教室
208
長崎大学教育学部教科教育学研究報告 第4号
することは意味のあることである。そこでこれらの中で,上述の電子部門の占める貿易上 の地位を最近3年間の電気部門関係の輸出割合についてあげてみよう。
表1 全輸出量に対する電気機器関係の比率
(昭和54年度版 政府統計年鑑)
輸 出 品 昭和50年(%) 昭和51年(%) 昭和52年(%)
電 子機 器
庭用電気機器
6.60
.33
8.37
.85
8.40
.47
総 計 10.93 14.22 13.87
表1から明らかなように,わが国の電子機器関係の輸出量は全体の1.4割近くを占め,しか もこの傾向からみて今後も増加することが予想される。また工業内容がこの電子関係に 移行する見通しは,例えば鉄鉱石1!を7000円で購入した場合に,これを鉄鋼材として生 産したものが7万円の商品となり,それが自動車では70万円に,さらにLSIに製品化した 場合は24億円の価値となることからも容易に判断されることである。
さらにわが国の電子産業は現在世界一と言われている様に,そのレベルからみてこの面での 見通しは一層明るいといえる。したがって,電子部門の発達は,資源小国であるわが国が 一定の資源を最大限に利用するために選択すべき最良の方向であるといえよう。また,そ れ以外にわが国の進むべき道はないといってもよいであろう。
一方現在の複雑化した国際経済社会の中にあるわが国の環境に加えて,その来るべき未来 の技術社会に生活する人間の適応性という点から考えても,学校教育における技術教育は 当然その流れに対応できる基礎学習でなければならないといえる。したがって,この将来 的社会要請にこたえて,技術科は現代の科学・技術に対応すべく生産技術を主体とし,時 代の進歩にマッチしたものに改善すべきであろう。
この観点に立って電気領域の分野においても,単に生活学習にとどまらず,来るべき未 来社会へのより深い見通しに立って,電子工学を基盤とした学習をより積極的に行う必要 があるものと思われる。
そこで本論文では,電子分野への電子工学の導入について2,3の検討を試みた。
§2 中学校技術科における電気分野(電子関係)の変遷
上述のように筆者は電気分野に電子工学の基礎的内容をより充実すべきであると考える のであるが,それに関係してここでは特に電子工学関係の歴史的変遷について概観したいも まず戦後間もない昭和22年(1947)に今日の技術・家庭科の前身である職業・家庭科が 起こされた。この学科は2年後の昭和24年から発足し,職業・家庭科は商・工・農業の分 野に分れていた。この中で電気領域は極めて少なく,工業分野で主に原動機に関して取 上げられたのみであった。その後,科学・技術の発達に合わせて学習の内容も検討される
こととなり,文部省は,昭和28年,同29年,第1次および第2次建議をへて,昭和33年(1957)
技術・家庭科を告示し,職業・家庭科の名称が技術・家庭科と変って,技術科の名は昭和 37年から新しく発足したのである。この昭和37年の中学校技術科の教科書では電気領域とし
て真空管が取上げられ,電子の分野が初めて姿をみせた。このことはまた昭和30年以降の 科学・技術の急速な進歩と技術革新とに対応して,徐々に社会が電子技術を要求し始めたこ とと対応していた。それと共に中学校技術科においても特に電気領域の内容を大幅に改変 する必要に迫られ,また学習教材としても,電子素子を主体とする電子機器の導入が考 えられるようになったのである。しかし指導書に電子の言葉が見られるのは,後の昭和42 年になってからのことであった。
その後指導要領も約20年にわたり幾度かの改訂が行われ,現在に至っているが,教科書 の中の電気分野を年代順に追ってみると,大略して以下の様な変遷がみられる。
昭和37年には,教科内容は工業分野を中心とする製図・木材・金属・機械・電気・栽培 の6領域となり,ここで電気領域の目標は黙電気器具の特性と生活や産業との関係を理解
し,簡単な電気器具の取扱いや製作に関する基礎的技術の習得をはかるこどとなっている。
電子部門もこの時初めてスタートし,その内容は真空管による増幅回路の理解が中心で あった。また関連目標としてN 電気技術の進歩にどのような影響を及ぽしたか指導する もあげられ,昭和37年には,この目標に基づいた指導が行われることとなった。
昭和42年(1967)には,電子材料としてのトランジスタが初めて教材として使用された。
またそれに関連した通信機器として,例えばラジオ・トランシーバなどが入り,基本的な 電気通信機器が取上げら、れており,時代の流れに沿って,エレクトロニクスが原子力と共
に近代科学技術の代表として登場してきたのである。
昭和44年,45年において,この傾向は一層はっきりとし,目標も黙増幅回路を用いた装 置の設計と製作を通して,電子の働きと利用について理解させ,電子機器を適切に活用す
る能力を伸ばす となって,電子工学と生活との関係が明確に打出されてきた。
続いて,昭和47年(1972)度の新指導要領によって,電気領域の目標は 電気回路要素 の働きと使用法,日常生活における電気機器の選択および電気と生活との関係について理 解する となり,その内容は,閥 日常生活のみならず産業・社会の中で果している電気の役 割について考える ものとなって,この領域に電子工学をはっきりと関連づけて考えるこ
とができるようになった。そして教材も真空管・トランジスタの他,ダイオード・コンデ ンサを使用したラジオ・プレーヤ・インタホン・タイマなどが加えられている。また 電 波を使用した通信衛星によるTV放送 や 人工衛星とコンピュータ という内容も補足 され,電子工学は教材の中に明確にその姿を現す様になった。このことはまた,現在の社 会生活への電気の利用度がますます増加の一途をたどり,電気技術の産業への応用や将来 の発展状況を無視できなくなったことと対応していると考えられる。
以上のように,教科書の面でも年ごとにしだいに電子工学に力点が移ってきていること が判るが,本格的に電子機器として電子材料を扱った内容で登場するのは昭和50年代に 入ってからである。ここでは教科書にも電子計算器,電子計数器など各種の電子利用が記 載されることとなった。
この50年度の学習指導要領では,電子技術の発達について以下の様に述べられている。
〈電子技術の発達〉
1906年アメリカのド・フオレストが発明した三極真空管の出現による真空管電子工学時 代の始まりであり,他のひとつは,1948年アメリカのベル研究所で開発されたトランジ
210
長崎大学教育学部教科教育学研究報告 第4号
スタの出現による半導体の固体電子時代の始まりである。
真空電子工学時代は真空管の万能時代で,有線・無線電子電話の発達をうながして無線 工学を生み,光電管や放電管が開発されて写真電送や印刷電送などが実用化し,テレビジョ
ン受信機の研究も進んだ。また,電気機械的であった生産工程が電子的に転換され,日常 生活では,ラジオ・電気蓄音機・電気楽器などが現れ,やがて電子顕微鏡の出現などで研 究部門,産業部門にも貢献した。レーダは第2次世界大戦で威力を発揮し,ついに電 子計算機の完成にまでこぎつけた。固体電子工学時代になると,従来の電子機器類の小形 化と実用化が促進され,自動制御装置とコンピュータの普及に伴って,いわゆる情報化時代
を開くに至った。
さらに,半導体・強酸性体や強誘導体の研究成果が物理学分野から持ち込まれ,電子装 置と組み合わせたレーザー光や記憶素子が実用の段階にはいり,高寿命と高信頼度をもつ
これらのものの今後の応用が期待されている 。
また昭和52年(1977)における改訂においては,電気領域の学習目標は電子工学に 関して 増幅回路を用いた装置の設計と製作を通して,電子の働きと利用について理 解させ,電気機器を適切に活用する能力を伸ばす となった。ここでは明らかに 電 子機器に親しみ,日常生活や産業の中で果している電気の役割を理解させたり,電 子の働きを利用した電子装置を考えさせるZ1ことにより,電子工学をはっきりと一人 だちさせて,電子工学を応用した情報の伝達,情報処理を重要視していることが判
る。
ところで昭和52〜54年度の指導書により,3年電気領域35時間中,電子工学およびその 部門内の通信技術は2時間,電気・電子材料は10時間である。3年の技術科は年間授業時 間数が105時間であるから,その比率は通信技術1.9%,電気・電子材料約10%,計12%弱 であるが,電気領域が全体の33%である中で,その占める割合は非常に高い(36%)もの
となっており,電子工学重視の傾向は明らかである。
以上が現行までの電子関係のおおよその内容であるが,昭和56年(1981)から新たに実 施される技術科は,その一般目標が 生活に必要な技術を習得させ,それを通して家庭や 社会における生活と技術との関係を理解させると共に,工夫し創造する能力および実践的 な態度を育てる と現行の目標よりもやや生活技術を中心とするニュアンスが強くなった ように思われる。電気領域の目標そのものは現行のものと全く同じであるが,その内容は 今までとやや異なり,特にトランジスタを使用した低周波増幅器を含む装置の製作に重 点を置くようになり,電子機器がいかにして大出力化・小形化・自動化・高性能化された のか,身近な生活の中から例をとり,電子関係に力点をおいて学習するようになっている。
また素子や部品の開発技術の進歩状況に着目させ,このことが生産1生の向上や機器の品質 の向上に寄与していることを理解させるように方向づけられている。また よりよい通 信 ,樋信技術 と題した節があり,この内容にもかなりのウエイトを置こうとしている
ようである。
以上電子工学に関係する一連の目標内容および教材の変貌をみても判るように,電化製 品・産業電子機器(自動制御・電子計算機)などの教材の増加は明らかに今後の電子工学 の重要性とその発展を踏まえていることを示唆しており,わが国の将来と対比して考えると,
このことはより意味深い。なぜなら,今日のみならず未来の我々の生活環境や生産活動が,
とりわけ電子工学と深く関わっており,その意味で電子工学を技術科の重要分野として取 入れ,指導することは,未来社会を生きていく子供達への先駆的教育として必要不可欠な
ものであることは疑いないこととだからである。
§3 電子工学の導入
3.1 電子工学が導入可能な分野の検討
第1節でこれからの技術教育において,電子工学が重視されなければならない理由につ
表2 電子工学の導入可能な分野1* (開隆堂出版)
導入として 目 次 具体的導入例
最適・適・普通
1 設 計
1.いろいろな音響機器 通信技術 最適
2.設計のすすめ方 通信技術,電子材料 最適
II製作の準備 1.工具の準備
2.材料の準備 電子材料
適
3.製作工程の計画 4.作業の安全 m 製 作
1.基板の製作 2.インタホンの組立
.試験と調整
}通信技術史 適
実習の反省 情報工学 普通
IV 音響機器の選び方
1.機器の選び方 情報工学
適
2.機器のみかた 情報工学
普通
V 電気と生活 1.電子技術の進歩
.生活や産業における電気の役割
/通信技術,通信技術史 電子材料,情報工学
子工学
参考1 電子ブザの製作 電子材料
適
参考2 1石ラジオ受信機の製作 電子材料
適
参考3 3石増幅器の製作 電子材料
適
参考4 直流電源装置の製作 資料1 電池の寿命
資料2 固定抵抗器の外形,大きさと定格表示
資料3 トランジスタの選び方 電子材料
適
資料4 回路のしくみ
資料5 直流電源装置の電圧と雑音防止 資料6 クリスタルイヤホン
212
表3
長崎大学教育学部教科教育学研究報告
電子工学の導入可能な分野2*
第4号
(東京書籍)
導入として 目 次 具体的導入例
最適・適・普通
●わたしたちに身近な電子機器 通信技術 最適
A 増幅器のしくみ 通信技術 最適
B 増幅器の製作に使う工具と回路計
C 電子部品のはたらきと使用法 電子材料
適
1 電 池 電子材料
適
2 抵抗器 電子材料
適
3 コンデンサ 電子材料
適
4 スピーカ
電子材料適
5 低周波用変成器 電子材料
適
6 電源変圧器 電子材料
適
7 ダイオード 電子材料
適
8 トランジスタ 電子材料
適
D 増幅器の組み立てや配線の技術 通信技術史
適
1 トランジスタ増幅回路の製作の手順 通信技術史
適
2 プリント基板のつくり方 通信技術史
適
3 作業の安全
4 電子部品の検査 電子材料 普通
5 電子部品の取りつけ方 電子材料 普通
●増幅器の設計と製作
1 トランジスタ増幅回路の設計 電子材料 普通 2 入力回路の設計
3 出力回路の設計
4 トランジスタを2個使った増幅器 5 増幅器の点検のしかたの例 研究 電子機器の選び方
1 増幅回路と生活 2 音響機器の選び方
}情報工学通信技術,通信技術史電子工学
/最適
参考1 電源回路の製作
参考2 光の検出回路の製作 電子材料
適
参考3 インタホンの製作 通信技術史 最適
参考4 ラジオ受信機の製作 通信技術
適
学習の整理と反省
資料 1 1 回路計のしくみ 2 抵抗器の表示
3 ダイオードのしくみ 電子材料
適
4 トランジスタのしくみ 電子材料
適
5 ダイオードとトランジスタのよび名 電子材料
適
6 ダイオードの最大定格 電子材料
適
7 トランジスタの定格 電子材料
適
* 本村猛能ら;黙中学校技術科の電気領域における電子工学導入の実践例
(投稿予定 1981年〉
いて述べたが,この節では現行教科書に示された電気領域において,電子工学が導入され ている分野を調べることとし,昭和53年度発行の開隆堂及び東京書籍の2教科書を用いて
これを検討した。まず電気領域を目次を基にして各分野ごとに分け,その単元に電子工学 の分野が導入されているかどうかを調べ,ついで電子工学のどの内容が導入されているか を調べた。便宜上この内容を通信技術,通信技術史,電子材料,情報工学,およびこれら を総合的に含む電子工学の五つに分類し,導入例がこのうちのどれにあたるかを調べた。
またそこが導入個所として適しているかどうかも検討した。
表中の第3コラム中で最適とは,電子工学がそのままの形で導入可能な内容であること,
すなわち通信技術,通信技術史等,電子工学の分野と直接関係しているものであることを 示している。また適とは,通信技術,通信技術史等,電子工学の中のある分野に間接的に 関連している分野であることを示し,普通とは,電子工学の関連分野が導入可能な分野であ ることを示している。
以上の分類から,直接電子工学への関連づけが可能であり,さらにはこれが教科書の内 容にも導入されている単元は,開隆堂版ではN注.設計(電気) ,『 V.電気と生活 であ り,東京書籍版では, わたしたちに身近な電子機器 , 電子機器の選び方 , インタホン の製作 などである。これらのいずれも技術科電気領域の電子工学導入の入門分野として 妥当なものであるといえよう。
一方,指導書においても昭和40年代の教育内容現代化の動きに伴って,電気領域の増幅 装置にトランジスタ,ダイオードなど電子材料が教材として使用することがあげられ,昭 和52年の移行措置では黛電子技術の社会的重要性を明確にしつつ,具体的な指導内容として は電子技術の中心的役割を果たしているトランジスタの仕組みや働きを理解させ,これに基づ いて電子技術利用の基礎となるものを学習させて,電子回路で構成されている増幅器の製 作を行うこと が示されている。ここで注意すべき点は,インタホン,ラジオ等の製作を通 して電子素子の働き,電子技術と生活の関係を学習させようとしていることである。そし て電気領域のまとめとして 電気と生活および機器の選び方 があり,その中で電子技術の発 達としてICやLSIが取入れられている。
これらを見ると,総じて学習の展開が家庭生活での実用性を中心とした生徒の興味・関 心を引くものが中心となっており,学習の活発化が期待できるが,一方ではこの様な生活 学習は学習が表面的に流れ,本来掘り下げられるべき電気の内容が単に生活用品を中心と
した技能習得学習となる恐れが極めて大きくなるともいえる。しかも,56年度からの新指導要 領による授業時間数の減少に伴い,これらの内容も必然的に精選する必要に追られている。した がってここで現行の学習内容を検討し,高い視野に立った電気学習の創造がなされなけれ ば,本来技術の主たる目的であるべき科学的な見方,考え方が軽んじられて,単に生活用 具の使用法や物作りを中心とした学習のわい小化がもたらされるであろう。それは第1節
に述べたように,電子工学を学ぶことによって,現代社会および来るべき未来社会におい てよりよい技術とは何かの指針を与え,また人間と技術の関係を考察できる最適かつ重要 な学習を欠落させることを意味するものである。
次節では電子工学をいかに取入れるかを検討したい。
214
長崎大学教育学部教科教育学研究報告 第4号3.2 電子工学導入の検討
ここでは,電子工学を電気領域に積極的に導入ずることを目標に,電気領域のどの単元 へこれを取入れ,またどの様に展開すべきかを検討したい。
まず,取入れる箇所は第2,3表を参考にして学習内容が一致させ易いことと教材の取 上げ易さを考慮して,「通信技術」の分野を選ぶこととした。この分野の教材は日常生活の 中で活用される通信機器(電子機器)であるから,生徒にある程度基礎知識があるため興 味を引き易く,また取りかかり易い利点をもっている。
学習展開の初期の段階では,取上げた通信機器類が今どの様な方法で使用されているか を中心に,それのもつ特長を考えさせる。次に時代をさかのぼって通信方法が,声,身振 り,手振りという人間の身体の使用による遠方への意志伝達に始まって,道具としての手 旗やのろしが用いられる様になったこと,その後情報の伝達法がどの様に変化し,やがて 機械化されて今日の通信技術のレベルまで到達したかなどを学習させる。これらの発達の 何段階かを占める機器の発達については視覚教材を用いることが必要であろう。そしてこ れらの歴史的な通信技術にどの様な長所・短所があるかをまとめて比較させる。このまと めでは通信技術発達の歴史には迅速さ正確さとならんで情報量の変化という点も加えて整 理させ,技術発達の必然性に気づかせることが大切である。
次に実験を通してこれらの電子技術の発達を学習する。初め,電子素子であるトランジ スタやダイオードなどに慣れさせて,これのもつ構造と特性性能をよく理解させる。つい でさらに理解を十分にしその応用を考えるため,これを用いて簡単な回路を組ませ,その 働きを十分学習させる。上記の素子や回路のもつそれぞれの機能,役割を十分理解させた 上でインタホン・トランシーバ(増幅装置)の設計製作を行う。これは家庭電子機 器としてよく使われており,また操作も単純であり,かつ増幅装置として理解し易いため 中学生の製作教材には適している。
現行の教科書に従えば上記で学習はほぽ終了するのであるが,筆者はさらに簡単なICおよび LSIを導入して,これと素子の特性を関係づけ,素子の回路における役割を理解させるため の実習を取入れたい。ここでは素子からICやLSIを組み立てさせ,それを応用した現代の高度な 通信技術がどのように発展していったかを関連学習させる。
1最後にまとめとして,ICやLSIの発達を通信技術の発達史と対応させて,電子工学が通 信技術の発達のために重要な役割を果していることを考えさせる。さうに現代の生活機器 において電子工学がどのような役割を果しており,これが人間生活と深く関わりあって重 要な地位を占めていることを明確に生徒に認識させる。そして未来において電子工学が人 類の生活の中でどの様に発展し,どの様な役割を果すかを理解させることが大切である。
この後半の学習で必要なことは,ICやLSIの発達とこれに対応した機器の発達という見 方を発展させて,人間と技術との関係を考えさせる点にある。つまりICやLSIを単なる発 達段階の終点としてとらえるのではなく,先にあげた電子技術の漸進的段階の一部分を担
ICとはintegrated circuitであり,LSIとはlarge scale integrationを指し,共に集積回路である。こ
れらはプレート技術,写真技術,蒸着技術など現代の科学技術の各分野の進歩により発達した。また材
料技術の発達がトランジスタを経てICやLSIまでの発展を可能にした。
うものとしてとらえさせて,これが進歩することにより未来の社会にもたらされる技術の 役割とその在り方を理解,考察させることである。そして通信技術が電子工学と深く関わって 発展していくことから,人間と技術との深い関わりあいや,人間の生活と電子工学が将来 果すであろう役割を生徒に認識させることが最も重要な事柄である。
§4 結 自
ケネス・ボールディングは,人類の長い歴史を文明前の段階,文明段階,文明後の段階 という3つの段階に分けている。彼の定義によれば,紀元前五千年ないし一万年程度が一 りつの紀節点とされ,それ以前がいわゆる文明前の社会,それ以後が文明社会とされた。こ
こでいう文明社会とはどのような社会であるのか,彼は明らかに述べていない。しかしこ れを未来にひき直し,今日的感覚に従えば,文明社会とは少なくとも科学技術と人間とが調 和できる時代の呼び名といえるのではなかろうか。そこでは技術が人間の生活にどれほど 役立っているか,今日の生活と照らし合わせて改めて述べるまでもない。しかもその大半は 現代技術の花形である電子工学の発展がもたらすであろうところのものであり,世界の経 済・文化の総てが極めて大きくこれに負うであろう。
それ故筆者は,上記の基盤を与え現代技術の主流となりつつある電子工学を技術教育に おいてより積極的に学習させることが必要であると考えて,現行電気領域に電子工学の取 入れを検討し,さらに通信技術学習を例としてこれを考察した。
この様な技術学習を用意することによって,来るべき電子万能時代のシステムを人間が 自由にコントロールし,よりよい技術を作りあげて,人間と技術とが本来あるべき姿を正 しく目指そうとする基盤が得られるであろう。
さらに今日のわが国の経済・文化の発展をみれば,多くの識者の指摘を待つまでもなく,
わが国は科学技術の発展による先駆的な国として近い将来世界の先達的な位置に座ることであ ろう。しかしそのことは同時に,わが国が常に対外的な何かを目標として進んできたことに 別れを告げ,自らを目標として進まねばならなくなることでもある。その新しい目標とな るものは人間のためのよりよい技術を目指しつつ,広く人類社会の文化的生活をより豊か にすることを約束することに結びつくものでなくてはならない5それ故その未来に続く基 礎技術としての電子工学は,上記の目的をかなえる最も直接的なかつ適切な学習分野とし て,義務教育においてもより積極的に重視されなければならないものであるといえよう。
216
長崎大学教育学部教科教育学研究報告 第4号参 考 文 献
辻井重男 情報工学通論 共立出版 昭和52年
福島弘毅・虫明康人 電気工学概論 朝倉書店 昭和42年 黒部貞一・小川吉彦 電子工学概論 朝倉書店 昭和53年 喜安善一・室賀三郎 情報理論 岩波書店 昭和32年
生男二男暁英漏幸立 渡子足関樋星
F・J・クロッリン,M・マイヤー共
樋渡漏二
喜安善一 笠原芳郎
情報科学入門 オーム社 昭和46年 情報理論 オーム社 昭和43年 生体情報工学 コロナ社 昭和46年 通信伝送工学 コロナ社 昭和53年
高野,星野共訳感覚と工学 共立出版 昭和51年
通信と情報 日本放送協会 昭和43年 情報理論と通信方式 共立出版 昭和40年
情報工学と哲学 培風館 昭和46年
附録二理科における電気関係の変遷*
ここでは上述した技術科における電気の変遷と対比して,指導書に示された理科にお ける電気関係の変遷を概略的に眺めてみたい(表4)。
昭和43年に改訂が行われた44年(1969)版の電気の内容は,2年の電流の章では,1節 電流の流れ方,2節 電流による発熱,3年での磁石と電流の章では, 1節 磁石と電流・
表4 技術科および理科の電気領域の変遷
西暦(年) 昭和(年) 技 術 科 理 科
1958 33
技術・家庭科が発足 3年:内容 電流・電圧とスピー カ教材 マイクロホンなどの 伝達装置
34
1指導要領移行期駕真空管による まえがきでは トランジスタによ35
∫電気回路を導入 る電子回路が出現した と述べて36
いる。1962 37
技術・家庭科が施行され6領域の中 に電気が含まれる38 39
40
・通信装置の1つとして真空管によ ・直流,交流電流計41
る回路を通して電気工学の発達を べている。
・検流計教材 ・磁石,モータ
42
・トランジスタが教材に導入・コイルなど 1968 43
・電気領城のまえ書きにおいて,通 ↑信技術の発達を述べ,章の終りで
(S33以来の理科指導要領の改訂)
電気と産業・生活の関係を述べて
いる。
44
546 ・電子回路→電流・電子→磁気のに学習
電流・電子モデルの導入
1972 47
(新指導要領)産業・社会との関連を示す
48
通信技術を具体的例(電話,電信)をあげ重視する
49
50
電子工学を重要視 電流・電子と電子回路 を重視 511977 52
(新指導要領) 電流・電子の流れ,電流回路の基53
電子工学が電気領域の大半を占める 礎的性質を知る54
o55
1981 56
(新指導要領) (新指導)トランジスタ使用の低周波増幅器 電気は重視され,指導書では1
を中心
C,L S Iについて多少説明が57
加わる。58
218
長崎大学教育学部教科教育学研究報告 第4号
2節 電磁誘導とその応用,3節 電波,原子と電子の章では,1節 電子の流れと真空 管・2節 原子の構造と放射線となっており,この中で特に電子工学,中でも通信技術と 関係深いのは・ 電波 および 電子の流れと真空管 である。電気教材の系統は以下の様 に図示される(図1)。
気 ン とオ 電 イ
r一一一一鵯一一露一イレ 98
1
熱
国電 流
力と仕事 力と運動
図1 理科電気教材の系統
昭和47年(1972)版では,その内容は昭和44年のものとあまり変わっていないが,電気 学習のねらいとして次のことがあげられている。まず,マクロな見方で電流を学ばせ,後 に電子の学習によって電流の本体を理解させ,さらに電子モデルによってフィードバック させることにより,電流回路の概念の深化をねらいとする。そして磁界と電流の章におい て(1)物理的空間あるいは場としての概念を磁界の学習によって与え,この概念に基づいて,
(2)磁界と電流との相互作用を探究の過程を経験させながら,エネルギとの関連において理 解させることを目指している。具体的教材としてはクルックス管・二極管・磁石・直流モー
タ・電動機,その他の計測器などである。すなわち指導を上述の様に行うことにより,
マクロ(オーム則,整流作用,音波)な見方からスタートして,これにミクロな立場を加 えてフィードバックさせて電気の概念を強化しようとしている。なお,器具の構造などに ついての深入りはさけ,電気に対するエネルギー的見方,物理的なものの見方をさせるこ
とを主眼としている。
昭和50年(1975)には,理科の目標は 自然の事物・現象への関心を高め,それを科学 的に探究させることによって,科学的に考察し処理する能力と態度を養うと共に,自然と
・人間生活との関係を認識させる となっており,電流の章では科学の方法のうち特にデー タ処理・データの解釈が重視されている。またこの章の中の電流と電子の節ではミク白的
な見方をとるが,その際既習事項との関連を図ることがねらいである。次に電流とエネル ギーの節では第1分野の中心概念であるエネルギー概念を系統づけようとしている。電子 について理解を深めるための学習としては,科学史を取入れることにより歴史的背景を説 明し,次にマクロ的にオシロスコープ,二極管などを使って電子の流れを確かめ,また音
として発声させることとしている。
磁界と電流の章では,「力とは何か」の学習の発展段階で,「磁界」という場の概念を与 え,これについては「磁石による磁界」,「電流による磁界」,「コイルによる磁界」などで とりあげ,これと電流との関連は「電気の力」「磁界の中で電流が受ける力」において,(1)
それぞれの間の力の関係と,(2)これらの問における仕事とエネルギの関係とで理解させよ うとしている。また電磁誘導では磁石,コイルによる交流発電機と変圧器を教材としてあ げ,具体的にはスピーカをあげている。
昭和53年度では,自由電子・真空管・ブラウン管(のフィラメント)・二極管・整流作用 が省略された。ここの電流の章では,「電流の流れ方」,「物質と電気」,「電流とエネル ギ」について,それぞれオーム則,交流・直流,ジュール熱などを通して学習させるよ うになっている。
磁石と電流の章では,「磁石の力ではたらく空問」,「磁石で電流をつくる」について,モー タ・コイルの電磁誘導の例で学習させることとし,これらはいずれも歴史的背景と科学的 見方に基づいて指導することになっている。
最後に昭和50〜55年までの理科の電気分野にみる系統性をまとめたものを図2に示した。
これから,電子工学を成り立たせる上でその基本的法則,電子の物理的性質などを,理科に おける科学的法則を確かめる見地に立って学習させようとしていることが理解できる。
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長崎大学教育学部教科教育学研究報告 第4号
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電 流
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電流と磁界との関係 力の合成の法則 直線電流 コィル 電磁力
電流が磁界から受ける力 電磁誘導
直流電流計 直流モータ 交流発電機 変圧器
エネルギー概念で自然を統一的にみる