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後進国における自由、その諸条件一フリードリッヒ・リストの場合一

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後進国における自由,その諸条件

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後進国における自由、その諸条件

一フリードリッヒ・リストの場合一

(その一)

r産業的により発展せる国は,発展の後れた国に対し,他ならぬそれ 自身の将来の姿を示すのである。」

       (マルクス『資本論』第一版への序言)

 拙稿「商業政策学の体系と方法」『(「東南アジア研究年報ゴ,第8集,昭和42年3月31 日発行)において,私は,経済(経済学)の問題と思想(価値判断又は「価値解釈」)の 問題とが微妙な接点を有し,場合によっては両者は分ち難い結びつきを有していること,

       

を強調した。私における大いなる価値判断の提唱は「自由」においてであった。極めて不 充分乍ら,最後に,スミス,リスト,マルクス,それら三者の体系がその例証として示さ れた。もっとも,経済の問題は主として(経済)社会学的方法に左祖して捉えられた,と いう意味で一つの限定を必要としている。にも拘らず,それが真に一般的な経済問題解決 への処方であること,思想は一それが如何なる形のものであれ,革新的であればある二 一斯かる方法においてのみ価値判断としての(言葉の固有の意味における)メリットを       

発揮するものであることを一応順序づけた。

      る

 斯様な私自身の手続きを多分に街学的に誇張するならば,それは批判的方法として,カ ント……ウェーバー,ヤスパースの系譜に繋がるものと云えよう。ヘーゲル,マルクス…

…ジェームズ,ライヘンバッハ……等々,それらとは必ずしも無縁ではないが,縁続きと いうべく友人の従兄弟をも自らの親類と呼ぶ程の度胸を必要とする。従って例えば彼の稿 における私の価値論の主張は,当今ありふれたその向きの主張, 「価値論の復位」におけ

るが如きとは,併立されるとも,決して方法的に混同さるべきではない。 もっとも,一見 独善的な私における固有の主張が, 「近代経済学の事物化ないしは技術化と無思想性の傾

       

向」への批判に一つには胚胎していることは隠せない。実際,今日における程,経済学者 の無思想,無定見なること,その比を見ない。彼等技術ヤがヴィジョンの過程なくして分 析のツールのみを巧妙にも我物になせるは,手晶師のたぐいか,将又あわれむべき亜流の 徒であるか。自らの努力なくして思想の仮面を着ける他の一派の場合又同じ。まさしく,

現代は経済学についても一・般的危機の時代, ・「経済思想の危機」 (アンリ・ドゥニ)の時 代として特徴づけられる。精神の高揚と生命の充実の失われし時代,物象化の敷宿せる時 代である。

(2)

 と言って,ドン・キホーテよろしく過去の亡霊に執着する程,私の意図と方法は古くな い心算である。もっとも,『ドン・キホーテ』の著者セルバンテズ自身の意図は別にあっ た,と私には思われる。それは本稿のテーマと共通するものの上にある。私固有の解釈に よれば,彼が望んだのは,中世を支配した積極的意味における理想主義の復活,悪しき実 証主義(唯物主義)により堕落した近代社会救済一の理念がそこにはある。それがドン

・キホーテなる「騎士の高野な理想」として,その従者たりし「サンチョの実際的で卑俗

      

な物質主義」,即ちカネもうけにのみ夢中なブルジョア (そのカリカチュアがサンチョで ある)に象徴される近世の俗悪さの中に花(枯れ花?)と咲かせたのである。子供向きの 単なる滑稽物語では決してない。スウィフトの『ガリヴァー旅行記』や,デフォーの『ロ ビンソン・クルーソー」が単なる童話でなく,勝れた社会思想表白の書である,と全く同 様である。スウィフトとデフォー一同時代人であり且つ同国人であり乍ら,前者には近 代への悲観が,後者には楽観がある。 (両小説の見方について,大塚久雄『社会科学の方 法」五「経済人ロビンソン・クルーソー」の結論に,私は略賛成である。)

       り      

 「最も純情な恋人で,最も勇敢な騎士……気高く,誠実な騎士」と著者自身に書かしめ たドン・キホーテにおける滑稽は,彼自身の行為そのものが,我々の笑いを呼ぶのではな い。詩人ハイネが涙したといわれる彼の高聴さ,純粋さ一R・シュトラウスの所謂「悲 しげな姿」としての「騎士的性格」一が,その卑俗極まる現実とのギヤッフ。によって我 々の間に笑いを生んできたのである。 (ツルゲネーフ的理解の皮相は私は採らない。)斯か        

る意味では,そこにある笑いは,二つのものの間にあるギャップ,ぎこちなさからくる笑 い,まさしくベルグソンの所謂「笑いの哲学」における笑いである。

  キホーテ殿よ キ印と   馬鹿な奴等に言われても   卑しい下司な業をなす   人とはよもや言われまい。

 実際,社会思想上,経済思想上,……カーライル,ラスキン……ウェーバー,マーシャ ル,シュムペーター……或はドラッカー……と,「騎士道精神」への讃歌,近代社会の再

       

生への祈りは,今日に至るも尚尽きないのである。むしろそこには一つの重大な意味での 社会哲学(経済哲学,経営哲学をも含む)上の系譜すら措定し得る程である。シュムペー ターにおける理想像としての「企業者」……が,しかし,我々の周辺には「単なる業者」

       は居ても「企業者」はいない,とは私の常に口にする毒舌の一片であるが。

 如上の意味での近代社会についての失望,挫折感は,これを例えば音楽史について知る

      

ことさえ可能である。所謂後期ロマン派,殊にマーラー,ワグナーの場合夫々対照的であ る。両者共に近代についての終末思想,ニヒリズムを特徴とする。この世への絶望である。

……}ーラー『大地の歌』は「永遠に……永遠に」で終る。しかし,この場合の「永遠」

      は,古典派シンフォニーの終末に予想される希望としての永遠でもなければ,或はバッハ

(3)

後進国における自由,その諸条件       173

       

などにおける安定を得た永遠の繰返しとしての永遠でもない。絶望のあげくにおける,死 における,或は死に向ってのそれである。

  我等は天上の喜びを味わう   だから地上のことは避けるのだ   どんな世の喧騒も

  天上では聴こえない1   すべてが最上の安息にある   我等は天使の様な生活をし   しかも愉快にやっている   我等は踊り,跳び上がり   はね廻り,歌う

  天のペテロ様が見ていらっしゃる

       (マーラー・交響曲第四番より)

       む  「人生の意味は,結局死によって解明されるのであろうか。」 自己を,その生命を捨て

    

去る一死が,マーラーのく女性的〉ニヒリズムの特徴である。それは漱石が「則天去私」

としたもの,『明暗』で暗示したもの,と同じといってよい。……但しマーラーの場合,

天はあってもキリスト教的意味における天であるが。……死に,天に,安心立命を願い乍 らの……それが困難なことが解っていながらの……二律脊反的な願望と衝動……DunkeI ist das Leben, ist der Tod 1

 ワグナー『ニーベルンクの指輪』は,矢張現実への忌避,しかも古代又は中世へ還る。

       そこで求められるのは,民族伝説の申における英雄である。ワグナーの解決は,鴎外の歴 史小説,例えば『阿部一族』と共通の世界を現出せしめる。共に自滅という非情乍らも胸 のすく男性的ストイシズムに没了する。 「ストイシズム……ストア主義……ストア風の克 己,禁欲。己の分を尽くす厳格な義務観。感情に捉われず,快苦に惑わず,毅然として運 命に甘んずる処世態度。」(広辞苑)漱石,鴎外両者共に近代日本に絶望した二つの典型で

ある。マーラーと漱石,ワグナーと鴎外,という二つの組合せ一一前者にはマルクスの行 動的ニヒリズムに通ずるものが,後者にはシュムペーターにおける企業者職能・「新結合 の遂行」に共通するものを,夫々彷彿させる。鴎外における口本武士道による解決は,実 に西洋騎士道によるそれとオーバー・ラッフ。しているのである。自己の世界についての危 機意識も,又それを如何に超えるかの工夫も,全く共通している。ともあれ我々の先人は,

我々人間における社会的(政治的・経済的・文化的)危機,或は我々人間そのものにおけ

       

る危機一我々における自由の喪失一を色々な工夫で超克乃至超克すべく種々試み且つ 努力・逸抄して来たのである。

      

 閑話休題,我々の問題をリストに繋ぐべく,以下思い切った仮設を立てよう。現在の我

(4)

々にとって最も興味ある問題の一つ,ベトナム戦争を採り上げよう。「世界有数の極東通」

にして政治学者W・M・ボールは,その著『アジアの民族主義と共産主義』の中で,嘗っ てのフランスのベトナム統治について次の様に述べている。 「インドシナにおけるフラン スの政策又はフランスの植民地政策一般に対して,道徳的判断を下そうとするのは,無益 であり又借越であろう。フランスの支配を分析するには,それの基礎になっている経済的

・政治的利害関係を叙述し分析すべきであって,フランス当局又はフランス国民を称揚又 は非難すべきではない。」他の命題,結論についてもそうである(と私は読んだ)が,こ

こにあるのは一箇の成熟した頭脳を有する大人だけのよくなし得る一我々の小児病的・

      

精神薄弱児的文化人又は闘士には到底及び難い一分析の確かなメリハリの利いた論理で

       の       

ある。下手に逆上せることなく,観念に走ることなく,現実そのものに密着し, (歴史的

・社会的)現実の政治的・経済的利害関係,ウェーバーの所謂「利害状況」Interessen・

1ageの中で,或はそれとの関連においてのみ問題を捉えようとしているという意味で,こ        れはむしろリスト(或はマルクス)の問題意識,科学的方法に従っている,というべきで ある。即ち,リストは『政治経済学の国民的体系』緒論において曰く,「著者をして最:近 多数の匿名論文において,最後に本名をもって大きな論篇において,スミスの理論に対立 する見解を展開せしめたものは,祖国の実状であった。今日又この著述をもって世に乗り       の         出す勇気を著者に与えたものは,主としてドイツの利害関係である。……著者は理論との

       の         

直接の矛盾を冒して先づ歴史にその教えを尋ねた。そこから自己の基礎的諸原則を誘導し ζれを発展せしめた後,従来の諸学説を吟味し,斯くて最後に,著者の傾向は徹頭徹尾実 践的なものであるから,最近の貿易政策の状態を述べるであろう」と。 (『リスト全集』,

第6巻,49頁。正木訳,勤草書房版,55頁)

 今日,ベトナムで戦われている・一・つの戦いの意味一これを通常におけるが如く,善玉 と悪玉との戦い(悪玉は時にベトコンであり,時にアメリカ海兵隊である)として感情的,

単細胞的に割り切るならともかく,実証的・客観的に解析するならば,先進国連合を向う       

に廻しての後進国の独立への戦い一(ベトコン又は北ベトナム的口調で云えば)自由と

         む      

独立のための戦い一と看徹すことが出来る。 「ベトナム全人民は……自由と独立の権利 を守るため,あらゆる精神的・物質的な力を動員し,生命と財産を棒げることを決意して       いる。」(ベトナム民主共和国独立宣言)そして,それは甚だ皮肉乍ら,嘗っての後進国ア

       

メリカの歩んだ道でもある。「すべての人間は生れながら平等である。造物主によって誰 にも侵されない権利を附与され,その中に,生命・自由及び幸福の追求が含まれる。」(ア メリカ合衆国独立宣言)それは又,リストの「政治経済学」が立脚せる三つのベース,「

      哲学と政策と歴史」中の「政策」における基本理念でもあった。「夫々各国民のために政

策は次の事を要求する。その独立と存続とに対する保証,その文化・幸福及び勢力を促進 するための,又すべての部分にわたり完全にして円満な発展を遂げ,それ自身においても

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後進国における自由,その諸条件 175

完成され独立せる政治体の一つとしての社会状態を作りあげるための方策。」(「全集」,

第6巻,41頁,訳48頁)

 アメリカの場合,独立戦争一「農業国から農工業国への移行を促す戦争」(リスト)・

「アメリカを抑圧し,植民地的奴隷状態に押し込めるイギリスの強盗に対するアメリカの 民衆の戦争」 (レーニン)一より,むしろ南北戦争一「奴隷制度と自由労働制度との 二個の社会制度の闘争」 (マルクス)一が,この場合事例として役立つ。口8世紀のア

メリカの独立戦争がヨー白ッパの中間階級に対して警鐘を打鳴した様に,19世紀のアメリ カの南北戦争はヨーロッパの労働者階級に対して警鐘を打鳴した。」(マルクス「資本論』

第一版への序言)私自身の歴史解釈によれば一南北戦争は,工業立国を立前とする北の,

農業本位の南(現状維持を立前とする植民地主義)への挑戦である。 「現在の南ベトナム の体制はジアメリカ帝国主義の植民地体制である。南ベトナム政権は,アメリカ帝国主義 の政治路線を実施する従僕政権である。この体制と政権を倒さなければならない。」(南ベ

トナム解放民族戦線行動綱領)

 今日のベトナム戦を目して, 「この戦争は利害関係をめぐる戦争ではなく,原理をめぐ る戦争,従って宗教的色彩を多分にもつ戦争である」一という一般的見解の如.き,如何

    む         

に読みが浅いというべきか。それはアメリカ海兵隊の,或はベトコンの残虐行為を強調す ることによって,この戦争の正邪を云々する目下大売出しの社会的センチメンタリズムに 等しい。同様に南北戦争は一篇の小説『アンクル・トムの小屋』に原因したという如き決

して生易しいものではなかった。独立戦争の余煙尚収まらぬ当時のアメリカが,政治・経 済旧いかなる状況にあったか。それは恰もリストにおける1819年代のドイツの如きであら た。「ドイツは戦争によって破壊された一つの世帯に似ていた。以前の所有者が今や再び その所有物を手に入れてその主人公となり,新たに家の設備を整えて行こうとしている。

或る者はすべて昔ながらの道具やがらくた類でもって以前に存在していた秩序を求めるし,

又他の者は合理的な設備と全く新式の道具とを求めた。……至るところに矛盾と意見の衝 突が起り,至るところに愛国的目的を追求するための組合や協会が形成された。連邦憲法 そのものも一つの新たな形態であって,それは早急に起草されたので,外交官中の進歩的 な思索的な者にさえ単なる胎児としか思われず,それがよく組織された肉体にまで発達す ることはその創始者自身によって意図され且つ時の経過に委ねるべきものであった。」(『

全集』,第6巻,8〜9頁,訳3頁)      一

 南北戦争当時,南の背後にはその主要農産物,煙草又は棉花など所謂モノカルチュア(

単一栽培)の利害に関わる代表,「世界第一の国」イギリスー当時イギリスにとって南

      

部は原料市場であった一が(今日のアメリカよろしく)頑張っていた。「工業上及び商

         の      

業上の優越国が,今日の優越国の如く無限の力を備えて,徹底した政策を遂行し,すべて の製透工業・すべての大商業・すべての航海業・すべての重要植民地・すべての制海権を

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独占し,そして他の一切の国民をヒンズーの如くに工業上及び商業上智属せしめんと力強 く努力している時代は,他のいかなる時代においても未だ嘗って見られなかったことであ る。」(前掲書,39〜40頁,訳45〜6頁)北の背後には,ニューイングランドを基地とする 既にかなりの産業水準に達した新興の民族資本家がいた。 「帝国主義者達……彼等は我々 の民族資本家の繁栄を妨げた。彼等は我々の労働者を無慈悲に搾取して来た。」(ベトナム        

民主共和国独立宣言)時の先進国イギリスの帝国主義的論理は次の如きである。「完全な る自由交易の制度の下に於ては,各国は自然みなその資本と労働とを,自国に最も有利な るが如き用途に棒げる。この個人的利益の追求は,見事に全体の全般的利益と結びつけら れる。勤勉を刺戟することにより,工夫に酬いることにより,又自然が賦与せる特殊の力

を最も有効に使用することによって,それは労働を最も有効,最も経済的に分配すると同 時に,一般的生産額を増大せしめることによって一般的福利を普及せしめ,利害と交通と の一条の共同紐帯を以って,全文明世界を通じて諸国民を一個の普遍的社会に結合せしめ る。葡萄酒の宜しくフランス,ポルトガルに醸造せらるべく,穀物のアメリカ,ポーラン

ドに栽培せらるべく,又金物その他の貨物のイギリスに製造せらるべきことを決定するも のは,即ちこの原理である。」(リカアド,『経済学及び課税の原理』,小泉訳,岩波文庫,

131〜2頁)比較生産費の原理,その実,後進国植民地化の原理,これである。「理念とし ての自由貿易と利益としての自由貿易とは,厳密に区別さるべきものである。」(ゾムバル ト)この原理によれば,イギリスは工業国として,アメリカは農業国として,永久に宿命

       

づけられていることとなる。が,しかし,リストによれば,「この原理がすべて真理であ

       

るのは,あらゆる国民が相互に自由貿易の原理に従うこと,恰も彼の諸地方が相互にこの

       

原理に従うが如き場合にのみ限られる。……文化の大いに進んだ二つの国民間の自由競争 が双方にとって有益に作用し得るのは,只両国民が産業発達の略同一の状態にある場合に 限られるということ,従って論る一国民が不運にも工業・商業及び航海業において遙かに 後れているにしても,しかも尚これらの発達に必要な精神的並びに物質的の補助手段を所 有しているならば,何よりも先づ自らの努力によって先進諸国民と自由競争をなし得る様

にしなければならない,ということが明らかとなった。」(『全集』,第6巻,7〜8頁,

訳2頁)

 何れの国の場合でも大抵はその様であるが,一体に一国の北部を象徴するのは,比較的 適当な温度,工業に適した土:地と教育の普及した民衆である。生来人口に比較して農業に 恵まれぬ土地柄一ベトナムなど嘗っては北部から南部への出稼ぎが大きかった一は,

その貧し.さを解決すべく勤勉,教育を生む。教育の直接的効果は何より自由(貧困からの       しる  も       み  くも

自由を含む)と独立への憧憬である。 『善悪を知の樹は汝その果を食うべからず 汝之を

くら         しぬ

食う日には必ず死ぺければなり。』 自らの生甲斐のためには,如何なる庇護,安楽にも安

       つち      のろ      くるしみ

んじない,敢て苦悩をとる勇気である9「土は汝のために誼わる汝は一生のあいだ労苦て

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後進国における自由,その諸条件       177

それ其より食を得ん。』南北戦争後における従来にも勝る一高率の保護関税,強力な金融,

農地政策,農業の機械化,鉄道の拡張,新機軸(innovation)の導入……殊に象徴的な ものとしての金と工業原料と市場 (国内市場)を求めての一睡には遠くアジアにも亙る

・多大の難難と冒険に満ちた一西漸運動の活発は,この戦争の意義を如何なる口実にも 増して如実に実証している。 「企業心・産業及び貿易は政治的及び宗教的自由の地にのみ 根を下ろし,金銀は工業がそれを引寄せて活用することの出来る所にのみ留まるものであ

る。」(前掲書,111頁,訳132頁)「歴史が極めて屡々証明していること,即ち自由と産業 とは,例え一方が他方に先んじて起ることは稀でないにしても,離れることの出来ぬ伴侶 であるということ……商工業がどこかに勃興すれば,その近くに自由が存するのは確かで あり,又自由がどこかにその軍旗を掲げれば,これは早晩産業が入城するであろうという 確かなしるしである。何となれば,人間がその物質的及び精神的富を獲得した後に,この 獲得物を子孫に遣すための保証をも得ようと努力し,もしくは自由を頒ち与えられた後に,

その肉体的及び精神的諸状態を改善するために全力を尽す程当然なことはないからである。」

(前掲書,63〜4頁,訳71〜2頁)

 独立戦争(1775〜83)から南北戦争(1861〜5)に至る期間,アメリカ北部において(

       

今日の北ベトナムがまさにそうである如く)斯かる徴候は半端乍らかなり顕著となってい た。当時のアメリカについてリストは書いている。 「ここでは荒野が富裕・強力な国家と なるのが見られる。ここに来て初めて私は経済の段階的発展が明らかとなった。ヨーロッ パでは幾世紀かを要し㌍一つの過程が,ここでは我々の眼前で進行する。一未開状態か

ら牧畜状態へ,それから農業状態へ,更にそれから商工業状態への推移,これである。こ こでは地代が如何にしてゼロから次第に重要な額に増大するかを観察することが出来る。

ここでは単なる農夫が,旧大陸の最も聡明な学者よりも,農業及び地代を向上させる手段

       む       

を実際的にはよく理解している。一即ち彼は製造業者や工場主を彼の近傍へ引き寄せよ

       

うと努める。ここでは農業国民と工業国民との対立は,相互に最も尖鋭化して激しい痙攣 を惹起している。運輸機関の性質及びそれが国民の精神生活並びに物質生活に及ぼす影響 を,ここ程よく学び得る所は何処にもない。斯かる書物を私は貧る様に勤勉に読んだ。」(

前掲書,13〜4頁,訳9頁)しかし乍ら,リストが当時のアメリカに見たもの,それは未

      む         

だ半端・蹟行の発展であった。アメリカ全体としての国内的統一がまだ出来ていなかった からである。「南ベトナムは今だに帝国主義と封建主義の支配下にあり,祖国は尚一時的

       乍ら二つの地域に分割されている。」(ベトナム民主共和国憲法)「国民的統一なく,又国

       り

民的分業と生産力の国民的結合なくしては,その国民は決して高度の幸福と勢力とを得ら れず,又その精神的・社会的及び物質的の財の永続的所有を確実にしないであろう。・・…・

      む  の       

国民的規模における分業及び生産力の結合が行われるのは,その国民における精神的生産 ζ物質的生産とが正しく釣合っている場合,又その国民の農業・工業及び商業が均等的具

(8)

つ調和的に発展している場合である。」(前掲書,5頂,訳60〜1頁) 経済的利害(の一 例)について言えば,独立戦争後における関税率の程度一もっとも,「イギリスの強盗」

は関税には密輸をもってお返しするのを常套としていたが一が,換言すれば貿易が,南

      

北の利害を相一致せしめなかったからである。従って当時のアメリカは,全体としてバラ

      む        む       む  の      

ンスを得た構成,1一つの秩序をもつ体制一所謂国民経済とは到底言い難かった。.(今日 のベトナムがそうである如く)一人前たるには尚半身が欠けていたのである。

 リストの「国民的体系」は1841年に出版されたが,既に,そこにおいて,リストは20年 後の南北戦争,即ちアメリカ南部(イギリスの{鬼瓦一イギリスの利害を代表する)と北 部との衝突を予想(予言?)している。曰く「北アメリカ共和国が,現在の国民的貿易関 係を継続しながら,国民経済の上で相当の秩序に到達することは全く不可能である。それ が以前の関税率に復帰することは絶対に必要である。例え奴隷諸州がこれに反対しようと        も,例え時めく政党が彼等を援助しようとも,情勢の力は政策よりもより強力であろう。

否,我々は恐れる。大砲は,立法にとってゴルディウスの結び目であった問題を,早晩解 決するであろう。アメリカはイギリスに向ってその貿易残額を火薬と鉛とで返却するであ ろう。戦争による事実上の貿易禁止制度はアメリカの関税立法の誤りを矯正するであろう。

カナダの征服はハステッソンの予言したイギリスの大規模な密輸入制度を永久に終試せし めるでφろうと。我々の間違っていることが願わしい! しかし彼の予言が実現された場 合には,この戦争の責任を自由貿易の理論に問おうと思う。」(前掲書,43頁,訳50頁)「自 由貿易運動のもつ意味を正しく判断しようとするなら,我々はイギリスが国家として自由

       む   

貿易に利益をもっていたということを忘れてはならない。」(ゾムバルト)

      り      

 イギリスと提携することによって事実上アメリカの全体としての自主的・国民的な発展 を妨げていた少i数の特権階級・南部の大地主1(現今,後進国で問題とされている)所謂

      り       

ラテンアメリカ化の古典的原型が,そこにはあった。「第三世界の生んだユニークな理論 家フランツ・ファノンは,その主著『地に罰せられた者』でしきりにラテンアメリカ化の 危険を叫んでいる。・・…・ラテンアメリカ化とは少数特権層の社会経済権力掌握が固定化し,

経済発展が停滞した状態と云ってよいかもしれない。……ラテンアメリカ全体では15%の 人口が耕地の65%を独占している。この寡頭特権層は,ユナイテッド・フルーツ,ベツレ ヘム・スチール等外国,特にアメリカの巨大独占資本と結びついて権力の座を確保してい る。」(四宮圭,「《第三世界》の政治経済学」 ,雑誌「エコノミスト」,昭和41年2月15 日号)リストの慧眼は,当時既に南部の大地主制によるフ。ランテーション所有にその権利 を限定せしむべく,従って又同時に小作人よろしき黒人奴隷を解放せしむべく南部の改革,

殊に近代化に不可欠な土地改革一撃ベトナムがその実施を怠ったがために一つには今日        の如き憂慮すべき事態を将来せしめた一を構想していた。 「より合理的でなかったかと

思われる万法は,何よりも先づ奴隷諸州をして法律を制定せしめ,これにより土地所有者

(9)

後進国における自由,その諸条件 179

をして,奴隷が開墾する土地において制限付きの所有権を認め,且つ或程度の人格的自由 を許すべき義務を負わしめること,一言で言えば,将来の解放を予想する寛大な奴隷制度 を採用し, この方法によって完全な自由への準備と教育とを黒人に施すことではなかった であろうか。」(前掲書,43〜4頁,訳5頂)

 加えて, リストは彼の論理の必然の帰結としてアメリカの今日あるを当時既に見通して いた。即ち,嘗ってオランダやスペインにイギリスがとって代った様に,今度はアメリカ がイギリスに代らて天下の名悪役を演ずるであろうことを。 「土地と人問に対する傍若無 人の掠奮を基礎とするスペイン人,ポルトガル人,フランス人,オランダ人,イギリス人 達の海外植民地の建設……冷酷な関税と,冷酷な航海条例と,又最後には武力を用いての,

競争国家に対する自己利益の貫徹……こうした一切の方策における基調,それは国家利益 であり「国家術数」であり,国家の神聖なる利己主義(sacro egoismo)であった。」(ゾ ムバルト,『近代資本主義』,第3巻一「高度資本主義時代における経済生活」一.

60〜1頁,訳107頁)「ヨーロッパ諸国の植民地獲得は,それらすべての国に於て,ヨーロ ッパの内部に巨大なる富を集積せしむるの結果をもたらした……この富の集積は,例外な く又すべての国々によって暴力を以って確保された。」(ウェーバー)更に,アメリカの国 家的エゴイズム(ナショナリズム,ナショナル・インタレスト)はイギリス以上に横暴を

きわめるであろうことを。ヨーロッパは斯かるアメリカに対抗するに同盟(ヨーロッパ・

ナショナリズムとしてのEEC・EFTA) を以ってせねば太刀打ちもかなわぬ程になる ことを。或はそれに至るまでのイギリスの増長はイギリスをしてその同盟のメンバーたる に些か継子扱いを受けねばならぬであろうことを……。「大英帝国を今日の高き地位にま で引上げた原因は一おそらくは早くも次の世紀申にはアメリカ合衆国を極めて高い程度 の工業・富及び勢力にまで高めることであろう。その程度というのは,イギリスが現に小 国オランダを凌駕しているのと同じ程度にイギリスの今日占める段階を凌駕するものを言 うのである。……斯くて現在フランス人やドイツ人に対してイギリス支配権に対抗する大 陸同盟の創立を命ずる自然的必然性は,あまり遠からぬ将来においてイギリスに対し,ア メリカ支配権に対抗するヨーロッパ同盟の設立を命ずるであろう。その時,大英帝国はヨ ーロッパの同盟諸国の盟主となって,アメリカの強大に対する保護・安全及び権威を,又 喪失せる支配権の補償を求めるに相違ないし,又それを見出すであろう。それ故に手遅れ とならないうちに謙譲の徳を養い,適宜め遠慮によってヨーロッパ大陸諸列強の友情を獲 得し,同等なものの間で第一人者になるという考えに漸次憤れておぐことは,イギリスの ために取るところである。」(前掲書,417頁,訳505〜6頁)

      

 今日のアメリカを将来せしめた南北戦争の効果たるや偉大である。当然のこと乍ら,そ れは単にアメリカの経済的利害のみならず,政治的利害においてもアメリカを偉大ならし めたのである。いわば南北戦争は(今日のベトナム戦も?),独立戦争(ベトナムにとっ ての第一次インドシナ戦争乃至ジュネーブ協定)後の中途半端な事態を打破・解決すべく,

(10)

その最後の仕上げをアメリカ全体(全ベトナムー「ベトナムの領土は,南北を含む単一,

不可分のものである」)についてなさしむべき重大意義を有していたことになる。アメリ カにおける産業革命の成功一南北戦争後,アメリカは半世紀の間にイギリスが二世紀を 要した産業の成功を己れのものにした  の論理は実際斯くの如きものであった。況んや,

スミスの「万民主義」=純粋経済学者リカアドの所謂simple caseにおける如く一一 国民全体の経済的諸条件を,一つ或は二・三の個々の経済部門,個々の経営,「個々の工 場もしくは農場」,について決定することは出来ない。リストは云う,「国民の生活諸条 件と国民の経済全体とには頓着しないで,各個の産業部門の状態だけを個別的に考察する こと,例えばその国の紡績業だけをその国の織物業及びその国の工場製品の輸出全体の中 で考察することは,平常の時代にはそれだけで充分なことであるかもしれない。けれども 我々は,工業及び国民経済一般について,非常の時代に,即ち全体的な激変〔産業革命の

こと〕の時代に生きているのだ。」(『全集』,第5巻,253頁)

 南北戦争は,リンカーンの死に象徴される多大の犠牲において,文字通りの「米国の統

      り       り     り      

一」,一つの民族共同体としての国家,市民政治の理念をアメリカに確立せしめた。人民       の,人民による,人民のための政治,これである。「共同の目的を遂行するために個人の

      

力を統一することは,個人の幸福をもたらす最も有力な手段である。……社会的結合を成 す人員が多ければ多い程,又統一が完全であればある程,その生産物即ち個人の精神的及 び肉体的福祉は一層大きく且つ完全である。制定法の下における諸個人の最:高の一今日

り       り

実現されている一統一は国家及び国民である。……個人は孤立してよりも国家及び国民       の中においてその個人的目的を遙かに高度に達し得る……だが,現在においては,国際貿

      

易によって成立しつつある諸国民の統一は尚極めて不完全である。何となれば,それは戦

争によって,又個々の国民の利己的な政策によって,中断されるか又は弱められるからで

      

ある。国民は戦争によってその自主・財産・自由・独立・憲法及び法律・その国民的特質 並びに一般にその既に到達した程度の文化と幸福とを奮われ隷属的となることがある。外 国の利己的政策によって国民はその経済的完成を妨害され又は退歩させられることがある。

      む     の

それ故に,現在では国民体の維持・発達及び完成は国民の努力の主要対象であり,醸そう でなければならぬ。これは決して誤った利己的な努力ではなく,全人類の真の利益と完全 に一致した理性的な努力である。蓋し,それは自から制定法の下における諸国民の終局の

      

結合たる世界連合に導くからである。この世界連合は,多i数の国民が文化と勢力との同じ        

段階に到達し,従って世界連合が同盟の方法によって実現される場合にのみ,人類の幸福 に役立ち得るものなのである。」(「全集』,第6巻,47〜8頁,訳56〜7頁)

 南北戦争一これを機にアメリカは「近代化を促進」し得た。いわば,アメリカは南北

      

戦争を契機にアメリカの呼称に価する真の独立,アメリカ人なる一民族を獲得し得たので ある9「この国民は,母国民に全く隷属レ且つ相互に政治的連結もない多数の植民地諸州

(11)

後進国における自由,その諸条件

181

に分散している状態から,統一あり・自由な・強力な・産業的な・富裕且つ自主的な国民 の状態へ殆んど我々の眼前で進化し,そしておそらくは我々の孫の眼前では早くも地球上 第一位の海軍国・貿易国にまで興隆することであろう。北アメリカの商工業史は,我々の 目的にとっては,他の如何なる国のそれよりも教えるところの多いものである。」(前掲書,

140頁,訳170頁)リストをして『国民的体系』を,殊にそのモットーを「祖国と人類」と 書かせたもの,彼を一人の熱烈な愛国者たらしめたもの,それは何より斯かるアメリカの 観察,しかも分裂・荒廃した祖国ドイツに比較しての新興国アメリカの隆盛であったので あろう。彼が祖国救済の非常手段として選んだもの,それが関税同盟の結成である。 (究 極の目標は「人類」一「人類の統一」即ち世界連合であった。)恰も,後年ウェーバーや

シュムペーターが,前者における宗教社会学において,後者における 「発展の理論」にお いて,夫々その発想をアメリカの現実から獲得し得た如く,リストはアメリカからまさに

ドイツ民族興隆の方途,条件を学びとったのである。斯かるリストとその祖国ドイツとの 密接についてシュムペーターは云う,「フリードリッヒ・リストは,その祖国の門々の間 の見解においても愛着においても大きな地位を占めている。これは彼がドイツ諸邦の関税 同盟のチャンピオンとしての成功に基づくものであり,この同盟はドイツの民族的統一の 胚芽となった。この両者の結合がドイツ人にとって何を意味しているかは,民族的存在へ の権利や民族的野心の如きが自明のものとなっている様な幸運な民族に所属する者にとっ ては,到底理解出来ない点である。これはリストが,ドイツ民族の長い期間に亙る苦しい 闘争と結びついている他のすべての人々と共に,民族的英雄(anational hero)である のを意味する。……リストは,悲惨な直前の過去から課せられて来た栓桔の中で苦闘して 来た民族を見てとったが,同時にその民族がもっている経済的可能性のすべてをも又看破

した。従ってこの民族の将来こそ彼の思想の現実の対象であって,その現状はそこに至る までの過渡的段階に他ならなかった。この種の本質的に過渡的な状況においては,もしも 政策が,一連の現存諸条件を事実上恒久的なものと考えて,これを管理する課題にのみ歯 車を合している時には,その真の意味を失ってしまうと認識した。彼はこれをその「経済 発展諸段階」の学説によって表現した。……彼は偉大な愛国者,明確な目的を抱いている 勝れたジャーナリスト,自分のヴィジョンを成就するために必要と思われるものを悉く良

く調整した有能な経済学者であった。」(『経済分析の歴史』,504頁,訳1060〜1頁)

 南化戦争以前のアメリカは,アメリカにしてアメリカに応ず。アメリカ人にしてアメリ

       

力人に非ず。独立戦争の独立とは一体何であったか? まさに語法に誤りあり! 極論す

       

れば一独立戦争から南北戦争に至るアメリカの歴史は,独立戦争前の植民地主義の改訂

       

版乃至新訂版にしか過ぎなかった,というべきである。それは恰も今日における所謂新植

      

民地主義の実体と多分に共通したものを我々に示す。即ち,形式的には独立国なるも,実 質的には一政治的・経済的利害関係上は,他国の従属なるもの! 問う2現時の日本に

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おける場合は如何1 曰く,基地問題……曰く,貿易自由化問題……等々。アフリカ・ガ ーナのK・エンクルマは新植民地主義を説いて云う,「今日の新植民地主義は,その最終 の,又おそらくは,最も危険な段階における帝国主義である。……新植民地主義の本質は,

これに従属する国家が,理論上は独立して居り,国際主権のすべての外的装飾物を具えて いる点にある。だが現実には,その経済制度,従って又政治・政策は外から規制されるの である。この規制の方法,様式は様々の形態をとって現われる。例えば,極端な場合,帝 国主義大国の軍隊が新植民地国の領土を防備し,その行政を管理することもある。だが,

より多くの場合,新植民:地主義支配は経済或は通貨面での諸手段を通して行われる。新植 民地国家は,それ以外のところがら入って来る競合製品を遮断して帝国主義大国の工業製 品だけを購入しなければならなくなる場合もある。新植民地国政府の政策への規制は,国 家経常費の支払い,政策を決定し得る地位への官吏の配備,或は帝国主義大国の支配下に ある銀行制度を押しつけて,外国為替を金融的に規制することなどによって確保される。

……V植民地主義が存在するところ,多くの場合,その支配権を行使しているのは,その 領域を統治して来た大国である。しかし,必ずしもそういうケースばかりだとは限らない。

例えば,ベトナムについて言えば,嘗っての宗主国はフランスであったが,その新植民地 主義的支配は今アメリカ合衆国の手中に移っている。特にどの国に属すと識別し難い金融 業者の構成する借款団によって新植民:地主義的支配が行われる場合もある。一大国際金融

コンツェルンによるコンゴ支配がその事例である。……新植民地主義の帰結として,外国 資本は,世界の開発が後れている地域を開発するためにではなく,搾取するために用いら れる。新植民地主義のもとでの投資は,世界の富める国々と貧しい国々との格差を縮解す

るどころか,むしろ拡大している。……IMFの見解によれば,工業国とは,アメリカ合

       む     り         

衆国,イギリス,大部分の西欧諸国,カナダ,日本である。その他の開発地域と呼ばれる 特殊なカテゴリーには,フィンランド,ギリシャ及びアイルランド等のヨーロッパ諸国,

これに加えてオーストラリヤ,ニュージランド,南アフリカ共和国が含まれる。一IMFの

      の        り  む

開発の進んでいないカテゴリーは,ラテン・アメリカのすべて,中東,非共産アジア,ア        フリカの全んどすべてを包摂iする。言い換えれば,後進諸国とは新植民地地域の諸国のこ

とである。」(「新植民地主義』,抄訳,雑誌「世界」,昭和41年4月)

      む       む  む  む      

 新植民地主義一語呂合せを試みるならば,新重商主義という言葉が瞬間我々の脳裏に 浮ぶ。「帝国主義,即ち経済的に云えば新重商主義」,「国家のあらゆる権力手段をもっ て自国の経済,殊に資本家的利益を促進しようとする原理」,これである。 (旧)重商主 義においては「国家が経済」を指導したが,新重商主義においては「経済が国家」を導く。

       

壕880年代半ば以降一アメリカは既に名実共に近代国家として登場している一採られた

       り       む   

この新しい経済政策,新重商主義は,如何なる方策によって国民的経済利益を促進しよう としたかqゾムバルトは次の様に適確に述べている9「この場合・他国の領域をレて自国

(13)

後進国における自由,その諸条件 183

の利益に奉仕せしめるために,用いられた方策は様々であった。

 最も不一密な従属の形態は,財政的従属の形態である。それによって道徳的圧力が,そ の相手国に加えられるのである。例えば南アメリカ,ポルトガル,バルカン。

 それよりも一層母国と里国 (植民地)との問の紐帯の緊密となるのは,他国が事実上政 治的干渉に服しなければならない場合,即ち他国が政治的にも「管理」される場合である。

例えばエジフ。ト,ペルシヤ,最近においてはドイツ。ここでは「エジプト化」といった言 葉が用いられるのであって,それは半開諸国が支配に転化する意味である。

 これに対して未開国が支配国の国家主権に服せしめられる場合には,そこに見られるも のは真正の植民:地化である。」(『近代資本主義』,第三巻,64頁,訳113頁)

 エンクルマの言う「帝国主義の最終段階」としての新植民地主義,これは新重商主義に おけるゾムバルトの指摘する以上の三つの方策中,その何れを用うるのであるか。最後の

「真正の植民地」でないことは確かである。では真中にある「エジプト化」の場合である

       り  り  む     り      

か。否! エンクルマはそのものズバリで書いている。 「過去においては一度新植民地主 義体制を押付けた上で,更に後になってその国を植民地領土とすることも可能であった。

19世紀のエジプトはその一例である。今日この方法は最早不可能である。旧植民地主義が 完全に払拭されてしまつタわけではない。それは依然としてアフリカの問題である。しか し,それは到るところで後退しつつある。一度ある領土が名目上にせよ独立した後では,

19世紀の様に,この過程を逆行させることは最早出来ないであろう。現存する植民地は容 易に廃れないかもしれない。だが新しい植民地は決して生れないであろう。」……即ち,最 初にある方策一「最も不緊密な従属の形態」,その変態こそ,新植民地主義の場合であ

       む  り  む

る。より正確に云えばこうである。形式上「最も不緊密」にして間接鰍その実,実質は 最も緊密一従来誰しも考えも及ばなかった程の (白蟻の被害よろしく)最も広範囲で且 つ最も深いもの,最も巧妙で悪質極まるもの,これである。エンクルマが新植民地主義を

「最も危険な段階における帝国主義」とした所以である。 「新植民地主義は最も悪しき形 態の帝国主義である。新植民地主義はこれを実施する者にとっては責任なき権力を,新植 民地主義に苦しめられる者にとっては,償い難い搾取を意味している。旧植民地主義時代 には,帝国主義大国は海外でとっている行動を国内で少くとも説明し正当化しなければな らなかった。植民地においては宗主国の支配に奉仕する勢力は反対勢力の暴力行動からの 保護を期待することが出来た。新植民地主義の場合にはこの何れも当てはまらない。」

 斯かる今日的テーマである新植民地主義,それに第三世界が対抗する途一(エンクル        マによれば)この場合も実に(リストの意味における)統一なのである。アフリカについ ていえば,西欧諸国が細かく分断したアフリカを統一し,全アフリカ政府を樹立すること       である。アメリカ,イギリス,ベルギー,フランス……等の国際的な大資本(例えばオッ

      

ペンハイマー王国,アングロ・アメリカン・コーポレーション,ユニオン・ミニエール…

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…等)は,全アフリカ的な規模で活動しており,弱体なアフリカ各国は単独では到底かな わないからである。「帝国主義者達……彼等は,我々の国家的な統一を破壊し,我々人民 の団結を妨げるために,ベトナムの北部,中部,南部に夫々違った政治制度を制定した。」

(ベトナム民主共和国独立宣言) エンクルマは言う, 「我々の資源を搾取する外国企業 は,汎アフリカ的規模で行動することによって,強い力の得られることをとうに承知して いる。役員の問の相互の繋がり,株の持合その他の方法で,明らかに違った会社のグルー プが,実際には一つの巨大な資本主義的独占を形づくっているのである。この経済帝国に 挑戦し,我々の遺産の所有を回復する唯一の有効な途は,我々が矢張アフリカ的基盤に立        く

って統一政府を通じて行動することである。」「わが全人民は一致団結し,平和・国家の統 一・ ッ主の旗印を高らかに掲げ,前方に向って押進め,最後の勝利を獲ち取る決意を固め ている。祖国の平和統一事業は必ず勝利するであろう。」(ベトナム民主共和国憲法)しか も,エンクルマによればこれが世界に真の平和を一おそらくは同時に自由をも一もた らすと考慮される点,まさしくリストより学んだ我々の結論に等しい。 「アフリカの全諸 国民が統一を確立すべく手を結び合うならば,彼等の決定を新植民地主義諸勢力が取消す

ことが出来るなどとは誰も考えないであろう。逆に,新植民地主義を実施している勢力は,

新しい情況に直面して,資本主義世界が過去において力の均衡の如何なる変化にも自己を 適応させて来たのと全く同様に,この新しい世界の諸勢力のバランスに自己を適応させる であろう。世界平和にとって,危険は,.新植民地主義の終結を求める勢力の行動からでは なく,これを持続させようとする諸勢力の非行動から生じるのである。……世界大戦が起 ってはならないものである以上,それは積極的行動によって阻止されなければならない。

この積極的行動は,現在,新植民地主義のもとに苦悩する世界の諸地域の人々の実行し得 ることである。しかし,それは彼等が直ちに決意をもって統一して行動する時,初めて可 能となるのである。」 リストのドイツ統一の理念は…… (アメリカ統一)……ベトナム統

一一……

Aフリカ統一……と連綿たり1

 アメリカの全体としての統一は,南北戦争を契機とした。そして,南北戦争前の,しか も独立戦争後のアメリカの実状は,凹くとも南部 (の農業)について言えば一今日のア フリカにおける鉱業(その象徴はダイヤモンドである)よろしく一その実体は新植民地

   む      

主義の古典的一例であった,ということが出来よう。勿論,独立戦争自体,ナンセンスで は決してなく,一つの重大な意味を有していた。経済的利害の面からいえば(リストの云 える如く) 「一切の工業を母国側が独占していたことが,アメリカ革命の主要原因の一つ である。三思は只勃発の口火を与えたに過ぎない。」(『全集』,第6巻,141頁,訳171頁)

「世界の工場」イギリス1 もっとも, 「一切の工業を母国側が独占」することは,植民 地主義の常套(の一つ)である。一人,イギリスと云わず一「大部分のヨーロッパ国民 の植民経済政策は次の諸命題のうちに総括される。

 1.植民地はその産物を本国にのみ供給すべきである。 「我々のアジア,アフリカ文は

(15)

後進国における自由,その諸条件 185

アメリカの植民地の栽培又は製造に懸かる砂糖,煙草,棉花,藍,生蓄,ファスティック 及びその他の染料用木材は,前記の植民地からイングランド,アイルランド又は陛下の前 記の植民地の中の何れかの地以外の地に運送され,そこで陸揚げされてはならない。」

 (1660年の航海条例第13条,チャールスニ三二一年法律18号) 通路強制権!

 2.植民地は生産物,殊に工業生産物を本国からのみ買うべきである。市場権1  3.植民地は本国が生産する生産物を自ら生産してはならない。禁制権1  4.本国は運輸独占を自己に留保する。

 5.植民地から来る商品は,植民地の港を出る時及び本国の港に入る時に関税(租税)

を課せられる。」(ゾムバルト,『近代資本主義』,433頁,訳622〜3頁)

 しかし乍ら,南部は独立戦争後も依然としてその実質は植民:地であった。 「植民地の資 本主義的搾取形態の終末は,即ち奴隷制度の撤廃と相表裏するものである。」(ウェーバー

)南部の奴隷と棉花のモノカルチュアー「奴隷労働なくして棉花なし」 (マルクス)

      一は,飽くなきイギリス支配の帝国主義的象徴であった。北部は独立というべく,その

      

実孤立した。原因は矢張イギリス……「北アメリカの木材・穀物・麦粉その他種々の農産 物や北アメリカ人の原料をイギリスの国境から拒否し,棉花のみを自国工業品との交換と

して許可したイギリス貿易制度の当然且つ必然の結果であった。」(『全集」,第6巻,

377頁,訳454頁)斯かる意味では,独立戦争後,南北戦争に至る期間の西漸運動は,砂く

      り      り     り     り  む  む      

ともその最初において,余儀なくという事情に支配されて居り,独立の気概に燃えてとい うが如き決して勇ましいものではなかった,ということが出来よう。勿論,南部による北 部の工業化政策に伴うべく何らの政治的・経済的協調はなかった。それは乱れた音符であ

り,不協和音の支配する乱世であった。強健な意志をもった肉体も,絶えず長靴に締めつ けられた両脚のためには苦しまねばならなかった。全身に調和した血の流れ,バランスを

      の  の

得た神経の配慮一緯一一が必要であった。南北戦争は不可避であった。事実,独立戦争後 の北部における経済上のテストは,それを南部にも敷衡せしむべく非常な成功を見せてい たが故に1(恰も今日の北ベトナムにおけるが如く1) 「負わされていた束縛から解放さ れ,工業生産のための一切の物質的及び知的手段を所有し,そしてこの国が工業品を購入

してその生産物を売却していた国民と手を切り,従って自らの力で自国のすべての必要品 をつくることとなったので,北アメリカ共和国では革命戦争中に各種の工場が顕著な飛躍 を遂げたが,これは又農業をも著しく潤し,その結果土地の価格並びに労賃は,戦争の負 担と荒廃とに拘らず,至るところ非常な騰貴を見せた。」(前掲書,14頂,訳17頂)

      43.6.

本稿に続く(その二)は「経営と経済」第113号に掲載予定。

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