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― 演題 『絆で結ばれる社会へ:人口最少県の挑戦』

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講演

 

【司会】 本日は、第 1 回人間情報学部講演会とし まして、鳥取県知事、平井伸治氏をお招きし、ご講 演していただくことにしました。 

  最初に、学部長からご挨拶をお願いいたします。 

 【学部長】 みなさん、こんにちは。今日は、待ち に待った平井・鳥取県知事の講演会となって、みん なワクワクしていると思います。 

  平井様、本日はたいへんご多忙の中、遠路お運び いただきまして、まことにありがとうございます。

今日は、1 年生の学生がほとんど出席いたしており まして、入学式すぎて当時から、たいへん今日お目 にかかるのを楽しみにしているような状態でござい まして、しっかり勉強すると思いますので、本日は どうぞよろしくお願い申し上げます。 

 

【司会】 メモをとる準備はできましたか。 

  では最初に少しだけ、知事のご紹介をいたします。 

  今日は、タイトルが「絆で結ばれる社会へ ― 人 口最少県の挑戦」というお話です。 

  さて、平井知事ですけれども、1961 年、東京は 神田の生まれです。1984 年、東大法学部をご卒業 になり同年、自治省(現在の総務省ですね)、ここ に入省されました。そして選挙部・財政局・税務局 等の課長補佐を務められ、1996 年にはアメリカの カリフォルニア大学に派遣されまして、客員研究員 という立場で研究されていらっしゃいました。この 間、兼務でございます。1999 年には、鳥取県総務 部長。県庁ですね、県庁で総務部長を務められ、

2001 年には鳥取県の副知事、そして 2007 年から現 在まで鳥取県の知事を務めてらっしゃいます。現在 3 期目になります。1 期 4 年で、3 期目 10 年目です。

11 年目ですか。それぐらい長きにわたって務めら れています。 

  平井知事は私の大学時代の知り合いでございまし て、そこからちょっとだけ紹介させていただきたい と思います。まずなんといっても笑顔です。非常に 満面の笑顔でいらっしゃいます。それから、思いや りの心。これも深い思いやりの心でいらっしゃいま す。ちなみに、この笑顔はお母様ゆずり、思いやり の心はお父様ゆずりと聞いています。そして、なに より倹約家です。出張に行きます、という時は自分 で安いビジネスホテルを予約して泊まってらっしゃ います。また、ファーストラスで海外出張なんて行っ たりしません。大名行列みたいに、20 人も 30 人も 連れていかないです。1 人で行かれる。こういう特 性をお持ちで、みなさんから非常に厚い信頼を受け ていらっしゃいます。 

  エリートとして、非常に明晰な頭脳と抜群の行動 力を持っていらっしゃいます。これによって、非常 に優れた情報発信を行われています。ダジャレ、そ れからコスプレ、パフォーマンス。それは、みなさ ん見たこと、聞いたことがあると思います。テレビ 等マスメディアへの出演なども見たことがあるかと 思います。マツコ・デラックスの絡みもありました。 

  じゃあ、このダジャレとコスプレとパフォーマン ス、少しだけ見てみましょうか(写真 省略)。 

  これは有名な言葉です。「スタバはないけれど、

鳥取には日本一の砂場がある」とおっしゃいまして。

言葉はいいんですけれど、なんでこんな格好をする 必要はないんじゃないかとは思いますけれども、こ れも情報発信の 1 つの形式です。 

 平成 28 年度愛知淑徳大学人間情報学部講演会   演題 『絆で結ばれる社会へ:人口最少県の挑戦』 

 演者 鳥取県知事  平 井 伸 治     司会 人間情報学部 天 野 成 昭**  

 鳥取県知事

** 愛知淑徳大学人間情報学部

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  これは 2015 年 5 月 23 日に鳥取県に、ついにス ターバックスの 1 号店が開店しましたという時に、

そこに行きまして、わざわざこんな格好をしまして、

「キャラメルマキアートはいかがですか」というふ うに提案しているところです。むこうの社長は「そ んなことはできません」とか言ったとかいうんです けれども、こういうこともやっています。 

  これは六角精児さんと東京駅で、梨の超特急「新 甘泉」という、鳥取の名産の梨を宣伝した時の、車 掌のコスプレをしてですね、「出発進行」みたいな ことを言っているわけです(写真 省略)。 

  これは若桜鉄道。ピンク SL というのを走らせて  ― もう終わりましたね。そのお披露目式で、わざ わざピンクのスーツを着て、SL に合わせまして「出 発進行」ならぬ「出発ピン行!」……どうも、この オヤジギャグにはついていけないところがあります けれど、そういうこともなさっています(写真 省 略)。 

  こういう、ちょっとふざけたようなことをやって いるばかりではなくて、これは全国高校生手話パ フォーマンスが米子市で開催された時に、秋篠宮ご 夫妻の次女・佳子様をエスコート時の写真です(写 真 省略)。 

  非常に、知事は多忙です。ですが、それにもかか わらず、時間をさいて本学に来ていただきました。

非常に貴重な時間、おそらく二度とないかもしれな い。みなさん、しっかりとお話を聞いていただきた いと思います。では、平井知事さん、よろしくお願 いいたします。 

 [平井伸治 氏] 

  みなさま、こんにちは。鳥取県知事の平井でござ います。どうぞよろしくお願い申し上げます。今日 は、この美しい愛知淑徳大学のキャンパスにおじゃ まさせていただきまして、ほんとうに感激の思いで あります。また、こうしてみなさまのフレッシュな お姿を拝見していますと、大学にいたころの自分を 思い出し、何か胸が熱くなるような思いがいたしま す。 

  この講義をさせていただくことになりましたけれ ども、これにあたりましては、三和義秀学部長様、

また天野成昭先生、さらに森博子先生はじめ本学の みなさまにたいへんお世話になりました。とくに、

この橋渡しをしていただき天野先生には、私もひと かたならぬお世話になっておりまして、とっても断 れずにここにやって来たという真相でございます。

そんな意味で、ちょっとの時間ではありますけれど も、みなさんにもぜひ ― 今日は新入生の方が多い とうかがっております。そういうみなさんに、これ から自分の人生、どういうふうに描いたらいいのか な。それから人との絆を築くことの大切さ。鳥取県 は全国で一番小さな県で、最小県になりますけれど も、そういう所でどうやって頑張れるか。そんなこ とでもがいている姿も、少し感じていただきまし て、この話の終わりごろには何かそれぞれ思いを 持って帰っていただければ、ありがたいなあと思い ます。 

  今、ちょっと私も驚きましたけれども、天野先生 がずいぶんネットでサーフィンされたみたいで、私 のギャグを全部言ってしまいましたから、だいたい ギャラを半分に割ったほうがいいかもしれませんけ れど(会場笑)。 

  そんなような形で、みなさまにもお付き合いいた だければなあと思います。 

  最近、ちょっと顔が売れてきたかもしれません。

先ほどの話を聞いていただいても、天野先生の画面 を見て、「ああ、見たことあるな」というような顔 をされた方がいらっしゃいました。そのとおりでご ざいまして、あの「平井」でございます。 

  一番最近ワーワーやったのは、スターバックスの コーヒーのことであります。その前に、実は伏線が ありまして、マツコ・デラックスさんという今人気 の方がいらっしゃいますけれども、あのマツコさん が東京のローカル番組で、こういうふうに言ったん ですね。「鳥取は人口最少県で悲しい。なんとかし てあげたい」ということを、テレビの番組でおっ しゃったんです。私のほうで、ちょっとかまってあ げまして、「ぜひマツコさん、鳥取に来てください。

招待します」と言ったら、それはまったく無視され たんですけれども(会場笑)。その後、若干いろん なところでお会いをさせていただいて、番組にも出 させていただいたことがあります。 

  『月曜から夜ふかし』というのは、中京圏でもやっ ているんですかね。あの『月曜から夜ふかし』に出 させていただきました。あれは、いい加減な番組で

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したね(会場笑)。まったく取材もないですよ。そ れで私がスタジオに入りましたら、スタッフの方が 来られまして、「平井さん、お願いですから、来て いることはバレないようにしてください」 ― 。マ ツコさんとそれから信五ちゃんには知らせてない よ、と。よくフリップで「だれだれ来てます」とやっ て驚いているのは、本当だと思います。私が出てい くことも、ぜんぜん知らせずにまいりまして、出か けていったわけであります。そうしたら、出てみる といろんなことを番組で、かまってくるわけですね。

だいたいあの番組は、地域の特性として、「山口は ブスが多い」ですとか、そんなようなことを取り上 げて、あることないことやっているわけであります けれども……。鳥取に来て、V は撮ってありました。

私が出る直前のところ、私も知らないのですけれど も。その時、初めて見るのですが、どうも番組の取 材陣に取材されまして、「鳥取はこんな町ですよ」

と最初に映るんですね。若いカップルなんかが、いっ ぱ い や っ て く る わ け で す。 そ れ に 順 番 に イ ン タ ビューをやっていまして、「デートはどちらに行か れるんですか?」「イオンです」(会場笑)これが鳥 取でして、みんな「イオン鳥取北」というんですね。 

  さすが中京圏は、たくさんイオンがありまして、

すごいなあと。スタバもあるし、コメダコーヒーも あるし……。 

  そのようなことでありまして、こんなようなこと をさせていただいて、だんだんと鳥取を売り出して いくということです。なにせ東京中心のメディアで すから、私のようなお金のない所 ― カニはいるけ ど、金はないんです(会場笑)。ですから、そこの 中でどうやって売り込むかというのが、けっこう難 しくて……。 

  皆さん、あまりメモとるところがないでしょう(会 場笑)。気楽に聞いてもらったらいい。安心してく ださい、さっき三和先生にうかがいましたら、今日 はテストはないそうでありまして、出席点だけだそ うでありますから。ぜひ気楽に聞いておっていただ いたらいいんですが。 

  そんなようなことで、鳥取県としてどんなことを 売り出したらいいのかなあ、ということをさせてい ただいたところでございます。 

  でも、それをやっているのは何故かというと、鳥

取県をなんとかしたいと思うからですね。地域を良 くしたい。非常に純真な、自分自身の思いがありま した。それは、学生のころ赤十字のボランティアを やったことがあるんですが、何か人の役に立てるよ うな、そんな生き方ができないかなあ。それを自分 自身でボンヤリと、皆さんのころは考えていたもの であります。そういう時に試験を受けて、国家公務 員になったわけでありますが、その時、いろんな所 に赴任したんですね。今は鳥取におりますけれど も、最初は東京にある自治省に入りまして、そこか ら兵庫県、それからまた福井県とか鳥取県。さっき、

外国の話もありましたけれども、外国にも行かせて いただいたこともあります。 

  その仕事に就いたのは、地域に行って、その地域 の人たちと一緒に、いわばその土地を良くしたい、

人々の幸せが少しでも大きくなればいいな。それ に、自分としてもできることがないだろうかな。そ んなことを考えながら、入ったわけですね。2 年間、

ちょうど大学出たてのころには兵庫県に行っており ました。ぜんぜん知らない土地です。その知らない 土地にまいりました。もちろん役所、県庁の中で働 いて、市町村のお手伝いをしました。たとえばス キー場を作るとか、そんなようなお手伝いをしまし た。 

  それからプライベートでは手話の教室、ボラン ティアグループに入りました。そこで、手話を少し 勉強し始めたこともございまして、そういう友だち もできたわけであります。 

  その時、2 年間経ちまして、東京にまた赴任で戻 るという ― 新神戸の駅から新幹線に乗って帰るわ けでありますけれども、その時に職場の方々から聞 かれました。「平井ちゃん、何時の新幹線に乗る の?」と言うんですね。この時間の新幹線に乗りま すよ、というふうに申し上げました。それで家へ帰 りまして、引越しのための片付けをして、トラック で送り出して。切符を持って、実際にホームに向か います。そうするとホームの、自分が行くあたり に、何か人ごみがあるんですね。何かなあと思った ら、それは自分が ― 誰も知らないのに神戸に赴任 して、その時に職場で知り合った人とか、あるいは 正直言って呑み屋のお母さんたちもいましたし、そ れからいろんな友だちも出てきていました。ちょう

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ど夕飯時だったものですから、平井は食いしん坊だ とみんな思っていたみたいで、お弁当が集まったん ですね。みんな、「これ食べて、平井ちゃん」と渡 してくれる。それで、お弁当が 5 つも集まってしまっ て食べきれないぐらい。そんなお弁当を両手に持っ て、「みなさん、ありがとう」と言って、新幹線に 乗り込んだわけです。 

  何より自分でも驚いたのは、聾の人もいたんです ね。耳の聞こえない人。耳が聞こえない人は、電話 では伝わりません。ですから、間に人が入って「今 度、あの平井が東京へ帰るから、見送りにいこうよ」

といって誘ってくれた人がいたから、そういう人が 出てくるわけですよね。まだ、みなさんぐらいの年 齢の時です。その時に、そんな体験をして、涙が流 れる思いがいたしました。 

  人生というのは、そういうもんだと思うのです。

自分が信じた道をぜひまい進していって、自分の目 標としたこと ― 本学に入られて目指された道があ ると思うのです。たとえば、情報のデザインやシス テムを学ぼう。また、これから図書館や情報、そう いうことをやっていこう。そうした様々な思いが あって、こちらのほうに来られたと思います。また、

コミュニケーションをとることの大切さ、そんなこ とを学んでみよう。そして、人間の心の仕組み、そ ういう心理ということもやってみよう。そうやって、

みなさんは入ってこられたんだと思います。それを ぜひ大切にして、勉強は勉強で一生懸命やりながら も、いい友だちを作っていってください。そうすれ ば、きっと道は空けるような思いがいたします。 

  私は、このたび熊本に行ってまいりました。益城 町という所です。益城町は震度 7 の地震が 2 度もあ りました。鳥取県は、実は平成 12 年の 10 月 6 日に 大地震がありました。マグニチュード 7.3 です。横 ずれ断層です。今回の熊本の地震も、マグニチュー ド 7.3 の横ずれ断層なんです。同じメカニズムの地 震がありました。実は、あのあたりはユーラシアプ レートというところに乗っていまして、フィリピン 海プレートとぶつかるんですね。それで内陸型の地 震が起こる。同じようなメカニズムで地震が起こる わけです。そこに我々としては、鳥取県の地震の時 に助けていただいたものですから、そのみなさんに ぜひ恩返しをしたいということで、いろんな方々を

送り出したところでありました。西村町長という町 長さんにもお会いをし、蒲島さんという知事さんに もお会いをし、鳥取県で何ができるかなということ をお話をしました。そして、避難所のほうにもまい りました。出てきた話は、子どもたちの様子が変だ、

ということです。 

  想像していただければと思うのですが、大きな地 震がありました。また家の中に戻るとまたあの大き な地震がやってくるかもしれない。それが子どもた ちの行動に影響しているようだ、ということがあり ました。ですから、心理カウンセラーを鳥取県から 派遣をしたんです。全国で一番早いタイミングでし た。今、だんだんとそういう人たちを集めようとい うことをしているというところであります。 

  みなさんの仕事は必ず、そういう意味でこれから 役に立つと思います。 

  世の中にはいろんな方々がいらっしゃいます。「違 いを乗り越えていこう」、これが愛知淑徳大学の目 指すところだとうかがいました。障がいのある方 も、大学の中に同じように学んでいらっしゃる。 

  この辺も、鳥取県が目指しているところです。こ れは、先般ありましたパラリンピックのための陸上 の予選会の様子でございます(写真 省略)。 

  愛知淑徳大学さんは、ともに生きる社会を目指そ うということをされています。私たちも、障がいを 知り、共に生きるという障害者に優しい町を作ろう ということを進めております。 

  ちょうどお話し申し上げますが、そういうボラン ティアの活動、あいサポーター運動というのを始め ているところであります。 

  さっき天野先生からもお話がございました。「日 本一のスナバがある」、これが鳥取であります。み なさん、おそらく鳥取県をあんまり知らないと思い ますので、若干だけ PR をさせていただこうという ことでございますけれども。 

  スターバックスという喫茶店があるということで ありますが、それが全国どこでもできてきているわ けです。鳥取は、実はコメダができたのは早かった のですが、スターバックスさんは長くできなかった んです。そうしたら島根県にできたんですね。 

  テレビ朝日という、暇なテレビ局がございまし て、そこが鳥取県の知事室のほうにインタビューの

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申し込みをしてきました。私は、どんなインタビュー でも受けるので、そういう意味で応じるわけであり ますが、その質問がふるっていました。なんと書い てあったかというと、「スターバックスが島根県に できたことで、日本で唯一、スターバックスのない ところが、鳥取県だけになった。ついては、県知事 の見解を問う」と(一同笑)。こんな、人をバカに した質問があるかなあと思いましたけれど。その質 問だけのために、テレビクルーが 5 人ほどやってく る。片道 3 万円ぐらい、飛行機代がかかりますから。

なんちゅう暇なテレビ局かと思ったんです。でも、

こっちはインタビューをぜんぶ受けて、情報発信に 役立てようと思っているものですから、こちらも反 論をいろいろ考えたんですね。 

  インタビューが 30 分ほどありました。「鳥取は、

たしかにスタバはないかもしれませんけれど、ド トールコーヒーは 3 軒もあるんです。島根県は 1 軒 もないんです」と。これはカットされました(会場 笑)。 

  それから、鳥取県にはスターバックスはないかも しれませんけれども、実はラバールという地元の有 名なコーヒー店があって、これは東京でいうと代官 山なんかにできている。ツタヤさんが本屋さんの中 にコーヒーショップを作った、と自慢していますけ れども、それより前に鳥取では、今井書店の中にラ バールができている。こんな先進的な所ですよ。そ れから、楽天ショップで一番売れているコーヒー屋 さんは、鳥取の澤井珈琲というのがありまして、こ れは調べていただくと分かります。これはほんとう なんですが、澤井珈琲です。こういうように、鳥取 はコーヒーの聖地でありますから、スターバックス は恐ろしくて来られないんでしょうね、というふう に言ったんです。「ありがとうございます」と、感 心していただきました。これもカットされました。

(一同笑)こういうのは全部、番組的には面白くな いわけですね。 

  で、唯一強がり半分で言ったのが、「スタバはな いけれど、日本一のスナバがありますよ」 ― 鳥取 大砂丘です。これだけ流れまして、わずか数秒だっ たのです。 

  これが、何か知らないのですけれど、ワアーッ と、番組が終わったあと、ニュースのあとに拡散し

たらしいんですね。『スーパー J チャンネル』。実は、

この番組は鳥取県民は見てないんです。テレビ朝日 系列は、鳥取では放送されないんです。したがいま して、訳の分からないところ、どんどんどんどん広 がっていったんですね。この際、これに乗っかろう と。 

  さっき、なんでこんなアラブの衣装を着ているの かな、という話がありましたけれど、この際、我々 も宣伝しようということになりまして、いろいろと 考えた中で、少しアラビア風に砂漠のイメージで やってみよう、ということでありました。 

  前の日に内覧会がありまして、スターバックスの 新しくできるお店、関根さんという CEO、たいへ ん真面目な方でいい人です。ほんとうに仲良くし て、人間関係は問題ないのですが。その方から招待 状がきまして、内覧会に来てくれ、と来たものです から、こういう姿をして行きました。案の定、ワイ ドショーがワアーッと、カメラが 20 台ぐらい来て いるわけですよ。とんでもないことになったなと 思ったのでありますが、こっちも宣伝せにゃ、とい うことであります。 

  それで、店に入った時に、さっきお話がありまし たけれど、「キャラメルマキアートはありますか。

名物らしいですね」と申し上げたら、関根 CEO が、

「ちょっとちょっと、キャラメルマキアートを持っ て来て、すぐに」と。それで、キャラメルマキアー トを飲ませていただきました。ちょっと甘くてオ シャレな飲み物でありました。それをチューッとす すりますと、マイクを持ったメディアの方々が、み んな嬉しがって、「どうです、知事、初めて飲んだ キャラメルマキアートのご感想は」「いやぁ、スター バックスさん、サスナバ」と。それから、「キャラ メルマキアートもいいですけれど、鳥取は砂丘には ラクダがいるので、キャメルマキアートはどうです か」と言ったら、「さあー、それはどうですかね」

と言うんですね。それで、「スナペプチーノを作っ てホチイの」と言ったんです。(一同笑)。そうした ら関根 CEO は、「いやぁ、それは知事、さすがに 無理です」と言うんです。 

  これは全部、それぞれにメディアで流れまして、

大宣伝になっちゃったんですね。鳥取の砂丘の宣伝 になったわけですが。私どもがかけた値段、この衣

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装 と か 看 板 ― こ の 看 板 に は、「 砂 丘 か ら サ ン キュー」と書いてあるんですね。(会場笑)この看 板などで 30 万円の広告費でした。広告効果が、広 告会社がはじきましたら、34 億円でございまして、

1 万倍の効果があるということでございます。 

  このようなことをやっていて、私も驚いたのは、

「すなば珈琲」というのができちゃったんですね。

これは私はぜんぜんタッチしていなくて知らなかっ たんですが、新聞を読んでいたら、「すなば珈琲が できます」と書いてある。いったい何なのかなあと、

びっくりしました。そしてなんでも、他人事でもな いし、行ってみようかと思って、できる日に行った んです。行ってみますと、これは鳥取ではよく知ら れたチェーン店でありました。本業は村上水産とい う、ハタハタとかイカとか焼いたり、酒を出したり しているところですが、コーヒーも上手にたてられ るので、すなば珈琲というのを作っちゃったんです ね。それで、みんなで気勢をあげました。「このす なば珈琲、シアトルに行こう」とやったわけです。

宣伝になったのですけれども、今ではそのすなば珈 琲さんは大行列です。連休なんかも行列ができまし て、今はすなば珈琲は鳥取市内だけで 5 店舗ありま す。スタバはまだ 1 店舗しかありませんから中小企 業でありまして、こっちのほうが多いんですね。 

  こんなことをやっていたら、今度は「あなば珈琲」

というのが、これからまた出てくると思うのですが。

こんなようにして、いつの間にか、コーヒーの聖地 として知られるようになってきました。 

  また、さっきも話がございましたが、砂 CUTE

(サキュウト)な鳥取を作ろうと。大国主命で八神 姫と結ばれる、白兎の物語ですが、あれも恋人同士 が結ばれる物語なんです。そんな恋の聖地でありま す。最初は、山の中にこういうピンク色の駅を作っ たんです。これは、ネットで賛否両論分かれたんで すね。ただ、我々は経験的に分かってきたのですけ れど、賛否両論出るぐらいのほうが、宣伝のお金を かけずにワアーッと伝わるのが分かっていまして、

それで良かったのですが。これがパワースポットに なっています。 

  また、ピンクのカレーを作っちゃいました。なん で、カレーがピンク色かというんですね。これは、

ボルシチというスープがありますね、ロシア料理の。

あれに入れるのは、ビーズという、ようするにカブ です。あれを上手にやってもらったので、企業秘密 もいろいろあるんですが、ピンク色になる。自然の ピンクなんです。 

  さらに、ピンクの醤油を作りました。ピンクのマ ヨネーズも。今度は、ピンクのワサビも作ってしまっ た。 

  こういうようなことで、今、鳥取をピンクに染め ようということで、「ピンク鳥取フォトコンテスト」

というのをやります。これは、誰でも応募できまし て、鳥取県に来なくても、地元で撮ってもらっても けっこうなんですが、「鳥取ラブ」と「鳥取ピンク」

をテーマに賞金付き 10 万円の、そういうコンテス トを、今やっているんですね。こんなようなこと で、地域をもっと元気にしよう、というようなこと を始めているところであります。 

  実は鳥取県は、こちらともいろいろルーツがござ います。 

  もともと鳥取藩というのは池田家でありまして、

池田家は、これは信長の家臣だったのです。尾張の 人ですね。その池田の恒興のお母さんは養徳院とい うのですが、これが信長の乳母でございます。です から、昔のことですので、信長とは兄弟のようにし て育ったんですね。実は、この恒興は最終的には討 ち死にをするんですが、ご案内の小牧・長久手の戦 いで、長久手で敗れるということであります。です から秀吉についた家康と戦ったんですね。実はこの 愛知県とは深いつながりが、歴史的にはある所でご ざいます。 

  今でも池田の殿様がいるんですよ。池田のお殿様 は、ご当主は今は女性なんです。第 16 代・池田百 合子様でいらっしゃいまして、東京に住んでおられ ます。この間、池田百合子様が、いろいろと歴史に ついて少しお話をされたんですね。その時におっ しゃったんですけれども ― ああいうお殿様たちの 子孫、華族ですね、明治時代の華族。そういうグ ループの集まりがあるんだそうでありまして、そこ に行ったら、いろんな話が出て驚くことがあります ね。ある時、このご当主のずっと直系といいますか、

御代のお殿様の子孫ですけれども、その方がその会 に行かれましたら、森さんという方がいらっしゃる んですね。その森さんという女性が「長久手では大

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変だったですね」とおっしゃったそうです。なんの ことかよく分からなかったそうでありますが、この

「長久手では大変だったですね」とおっしゃってい た森さんというのは ― あの森蘭丸っていますで しょう。信長と一緒に本能寺で亡くなりました。あ の森蘭丸の兄弟で森長可という人がいたんです。

やっぱりこちらの大名なんですけれども。その森長 可も、この小牧・長久手の戦いの時に、やはりやら れちゃっているわけですよね。そんな話が現代に飛 び出すという、そんなようなことでございます。 

  ですから、ここ長久手は、我々にとっては怨恨と いいますか因縁の地でございまして、複雑な思い で、今日はやってきているわけでございます。 

  それから、ドラゴンズの選手もけっこう今、鳥取 に来ているんですよ。山本選手とか。辞めちゃいま したけれど。ここに書いてありますが、岩瀬、山 井、山本選手も書いてありますが。これですね。ト レーニングをする時に、鳥取にあるトレーナー、小 山さんという人ですが、けっこういろんな人をト レーニングしていまして、イチローだとか、ああい う選手もそうなんですけれども、Q ちゃんなんかも そうですね。そういうトップアスリートを育てたこ ともありまして、けっこうドラゴンズの人も来られ ています。 

  鳥取の場所が、よう分からんという人がいます。

愛知のこっち側のほうなんですが。鳥取県はどこだ と言われて、時々分からない人がいるものですか ら、鳥取県は実は T シャツを作りました「鳥取県 は島根の右側です」と書いてあります(会場笑)。

そうしたら、島根県も、実は同じようにお土産の T シャツを作りました。「島根は鳥取の左側です」っ て書いてあります(会場笑)。結局、どこなのかよ く分からないことになるわけですが(会場笑)。 

  こんなようなことで、鳥取になりますが。今、だ いたい新幹線と特急を乗り継いで 3 時間ぐらいで実 はけるし、高速道路もつながってきていまして、3 時間半で鳥取市、あるいはこちらの西のほうの境港 方面にも 4 時間半ぐらいで行けるぐらい、だいぶ近 くなってきているところであります。 

  また鳥取の海は宮古島といっしょで、日本で一番 透明度がある綺麗な海岸というふうに、環境省から 言われております。今はいろんなアクティビティが

ありまして、ユネスコの世界ジオパークにも認定を されています。 

  最近はさかなクンが、すっかりここに入れ込んで くれまして、「ギョギョ」って言っています。「鳥取 の海は、すごい綺麗でギョ(魚)ざいます」と言い まして、来られるわけです。私どものジオパークの 博物館があるのですけれども、そこの「ギョギョバ イザー」、アドバイザーになってもらっております。 

  また三徳山という所、これは日本で最古の神社様 式の建築がある所で、不思議な建物がありまして。

また大山という 1729m の山があります。こういう ものが日本遺産として認定をされる所であります。 

  この三朝温泉は身体にたいへんよろしゅうござい まして、この温泉の周りでは、がんの発病率が 2 分 の 1 というようなデータもございます。 

  これからちょうど皆さん、参議院選挙というのも 迫っていますが、社会に参画をしてということにな るのかもしれません。愛知県は鳥取県と若干違っ て、大きな所であります。しかし、私どものところ は人口 57 万人ですから、小さな所であります。だ からこそ住民のみなさまが参加できるような、そう いうコミュニティーができるのではないかなと。そ んな思いで、よそにはないことをいろいろ始めてい ます。たとえば住民投票制度を作ったりしています ね。情報公開では全国でナンバーワンの情報公開を させていただきました。また、県民のみなさんの参 画できる、いろんなチャネルを作っています。たと えば市議会などにも参加していただいたり、意見を 提案していただき、それを実行する、そんな仕組み を作ったりもしました。 

  これから 18 歳まで選挙権が下がってくるわけで あります。そういう意味で、私たちはそれぞれに社 会を支えていかなければならない大切な役割がある わ け で あ り ま す。「Government  of  the  people,  by  the  people,  for  the  people,  shall  not  perish  from  the earth」というふうに言ったのが、アブラハム・

リンカーンであります。このリンカーンの演説、「人 民の人民による人民のための政府」これは実は、墓 場でなされているんです。南北戦争がありました。

熾烈な戦いであります。北軍の大将だった大統領に あたるのが、リンカーンだった。それで、南軍から だいぶ劣勢になったのですね。このまままでは民主

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主義がなくなってしまうかもしれない。ゲティス バークという墓地、南北戦争で命を失った者たちの 御霊の前で、こういう「人民の人民による人民のた めの政府を、地球上からなくしてはならない」とい うふうに言ったのが、この有名な演説なわけであり ます。ですから、そういう大切な役割、私たち一人 ひとりが担っているんですね。 

  それを、小さなコミュニティーであれば、存分に 行使してもらおう。それが鳥取のデモクラシーであ ります。情報公開度はナンバーワン。それから学生 さんの議会をやったり、いろんな所に出かけてまい りまして、トークをさせていただいたりしています。 

  これはアドボカシープランニングという、最新の 民主的な自治手法でございますけれども、住民のみ なさまに案を出していただき、それを法的に支え、

計画を作り、それを事業として実施をしていく。こ の一連のプロセスを行政と、それから住民のみなさ まの団体との、その連接のうえでやっていこうとこ ろであります。 

  また議会も、全国で最も開かれた議会になってい ます。たとえばケーブルテレビが、全部放送するん です、生放送で。私も一般質問や代表質問があるん ですけれども、そういう時は、これで放送されてい るんですね。ですから、生放送ですから驚くことが 起こります。議会で答弁をして、この議席のほうに 私がおりましたら、後ろのほうから小さなメモ用紙 が回ってきました。職員が持ってきまして、何かな と思ったら「知事さんに、テレビを見ている人から のメッセージです。『髪型が乱れています』」(会場笑)

 ― ここまで見とるんかい、と。それぐらい身近な 行政というのですが、私たち 57 万の県政だからで きるのかなというふうに思っています。 

  また議会とは背是非でやっていますので、時に否 決だとか修正というのも OK なんですね。こんなよ うなことで、ほんとうの意味のデモクラシーという のを、もっと日本はやらなきゃいけないんではない か、というように思います。 

  さっきちょっと、出張旅費のお話が天野先生のほ うからございました。これはどういうことかと、舛 添さんが今、今日も記者会見をやっているわけで す。やはり、説明責任を、私たちは果たさないとい けないんですね。それで住民のみなさまの信頼がな

いと、いい仕事ができないわけでありますから、そ の信頼関係を作ることが、まず第一なんです。そん な意味で、お金の使い方ということがあるんだと思 います。 

  海外の出張旅費が問題になりまして、舛添さんが ファーストクラスで行ったとかいうわけです。実は 私も、規定ではファーストクラスで行けるんですけ れども、それのクラスでは行かずに、ワンランク下 で行っています。実は、全国そういう知事が多いの ですが。最近、産経新聞がアンケート調査をとりま して、その実態を全都道府県、調べたんですね。こ ちらの大村さんはファーストクラスに乗っていたわ けでありますけれど、まあ大都会と中小企業は違い ますので。私どもは、そこそこでやっているわけで ありますが。適当に英語でカウンターへ行きさえす ればいいわけですし、それからホテルでもフロント で手続きさえできれば、誰でもできるわけです。私 は、セクレタリー、秘書は連れて歩かないのですね。

そのようなことで、「1 人で旅をして節約をしてい ます。1 人で出張をしています」ということを出さ せていただきましたら、産経新聞で、それが見出し になっちゃったんですね。産経新聞にどう出たかと いうと、「鳥取・平井知事 1 人旅」ですね(会場笑)。

若干ニュアンスが違うような気がするんですが。(会 場笑)見出しがそういうふうに出たら、それがワーッ と出まして、今日なんかに発売される『女性セブン』

だとか、みんな追っかけてくださっているわけであ りますけれども。 

  「日本一の鳥取砂丘を守り育てる条例」というの を作ったりしました。これは覚えているかもしれま せんが、愛知県の、実は学生さんだったんですけれ ども、鳥取砂丘にこられて「HUCK」と大きく書い て帰られて、全国で問題になっていたんですね。そ の時に、私のほうで「条例で罰則をつけて禁止する」

ということを申し上げましたら、これがけっこう社 会問題になりました。議会に出しまして、そうした ら議会で賛否両論分かれて。その時は、YAHOO に助けられました。YAHOO が「みんなのアンケー ト」というのを持っているんですね。それで政治・

社会問題のアンケート調査を出された時に、「鳥取 県の砂丘に落書きをしたら罰則がかかるのはどう か」と。それは、賛成する人が 75%ぐらいいたん

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ですね。そうしたら議会の雰囲気が変わりまして、

「じゃあ、やろう」ということでですね、若干修正 されたんですけど、通りました。我々の原案は「美 しい鳥取砂丘を守ります」と条例に書いてあったの が、議会の一致で「日本一の……」に変わったので すね。名前が変わったのと、あと罰金が 50 万から 30 万に引かれたのが変わったんですけれども。そ んなようなことで通りました。 

  こういうことを、コミュニティーで話し合って ルールを作って。考えてみますと、こういう条例を 作るのは厳しいことでありますけれども、しかし砂 丘というのは 1 つの王国のようなものだ。そこに入 る時は、そのルールを守りましょう、ということに しよう。それで、やることがむしろ環境にいいとい う、環境が美しいというイメージがわいて、観光客 のみなさんにもプラスの効果があるわけであります。 

  また、やはり議会でも議論しました。これは、国 はぜったいにやらないと言っていたんですけれど も。「危険ドラッグは違法だ」と書こう、と。これ は厚生労働大臣は憲法違反であってできない、と公 言したんです。私が大学で学んでいた感覚からする と、たとえば覚せい剤が取り締まれるんだったら、

危険ドラッグだって同じように取り締まれるだろ う。鳥取県は、成分を特定せず身体に害悪をもたら すものはダメだと書けば、罪刑法定主義に触れず、

棄権薬物の製造から所持までを禁止する条例を作り ました。人口が一番小さな鳥取県が条例を出して、

それが通りまして、そのあとどうなったかという と、国が法律改正をしたんですね。全国でそういう ような制度改正になったんです。 

  鳥取県がこれをやりましたら、インターネットで 販売している危険ドラッグのサイトに、こう書かれ ました。「鳥取県への販売は NG」と。 

  やはり信念をもって、地域で考えていこう。みん なで話し合って、そして議論をして、答えを出して 実行していく。それが私たちには大切なんだという ことであります。 

  鳥取県、地図をひっくり返してみますと、実はア ジアに近いんですよね。愛知県よりも、よっぽど近 いです。ですから、これを生かした地域づくりがで きないかな、ということを考えてみました。外国人 旅行客がだんだんと増えて、大型船の寄港ラッシュ

にもなりました。昨年は、クァンタム・オブ・ザ・

シーズという 4700 人のお客さまを乗せた船が来た んですね。中国の方が、いっぱいやって来ました。

事前に聞いていたのは、4000 人乗りの船だと聞い ていたんですね。4000 人乗りの乗客定員。降りて みたら 4700 人いたんですけれど。まあ、いろいろ あるのかな、と思いましたけれども(笑)。この方々 が買物に来たわけです。鳥取の日吉津村という村に 行きましたら、3000 人なんです、人口が。そこに 4000 人以上のお客さんが来たというので、だいぶ 話題になったのを覚えておられると思います。 

  また自然を生かした活動もしています。その中に は、海でカヤックを漕いで、それから自転車で大山 の山を登りかけて、頂上まで歩いて上がるツーリズ ムサミットという大会もあるんですね。これには去 年、きのうちょっと沖縄の事件で陳謝されていまし たけれど、アメリカのケネディ大使も来られました。

ケネディ大使はおみえになって、たいへんに疲れた と思うのですけれど、申し訳ない、皆生・大山で山 の頂上までしっかり上がられまして、すごいアス リートですね。驚きました。火をふいて下りてこら れたんですけれども、下りてこられて、地元のメ ディアのみなさんから質問を受けていました。「ど うですか、来年もまた来てくれますか」というふう に聞いたんですね。そうしたらケネディ大使はおっ しゃっていました。「もちろん、来年も来ます」と いうふうにおっしゃっていました。すごいなあと 思ったんですが、よく考えたら外交官ですから、こ れはまちがいなく外交辞令でございました(笑)。

たぶん来ないだろうな、というふうには思っている んですが。 

  鳥取県、実は『名探偵コナン』の作者、青山剛昌 先生がいます。『ゲゲゲの鬼太郎』の聖地、水木先 生の故郷。さらに最近は、『Free!  』という水泳の アニメ、京都アニメが出していますけれど、これの 舞台が、実は鳥取県。まさに『ひなビタ』というゲー ム。これには倉野川市というのがゲームに出てくる のです。いろんなマンガやアニメを売り出すという ことをして、多くの方々が訪れるようになってきま した。水木しげるロードは、年間 200 万人ぐらい、

お客さまが今でも来るんですね。 

  この際、空港も変えてしまおうということで、米

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子鬼太郎空港という名前に変えました。そうしたら 水木先生が、当時まだご存命でいらっしゃいまし て、おみえになりまして、おっしゃいました。妖怪 の世界を私たちに教えてくれた大漫画家でいらっ しゃるんですが、それで感想を聞かれましたら、み んなの前でおっしゃったのは、「鳥取県も面白いこ とを考えますねぇ。米子鬼太郎空港といいますけれ ど、ほんとうは妖怪なんてこの世にいないんですか ら」とおっしゃいました(会場笑)。あなたが言わ ないでください(会場笑)、というふうに思いました。

そうしたら今度は、その空港の名前ができたら、青 山先生と一昨年のお正月にお会いしましたら、「鬼 太郎だけズルい。コナンはどうしてくれる」と。「じゃ あ、もう 1 つはコナン空港にしましょうか。」と言 いましたら、「ぜひ、それをやって。俺がなんとか するから」と、コナン空港ができちゃったんです。

今、けっこう女性を中心として、空港だけに来るお 客さまが来ていましたね。すごいなと思います。 

  これは、世界的にもコナンは有名でしてね。鳥取 県はコナン空港を作ったけれど大丈夫か。こんな空 港を造ったら、毎週殺人事件が起きる。(会場笑)

 ― 大丈夫です。毎週解決されます。 

  そんなようなことでございまして、いろいろとこ うしたことをやっているんですが。 

  『名探偵コナン』、今年は、アニメ 20 周年の年で ありまして、コナンの里というのを、今から作ろう ということをしております。また、水木しげるロー ドはリニューアルします。 

  鳥取の美味しいものは、いろいろございまして、

後ほどまた申し上げますが、いろんな特産品なんか も出ています。中京圏でも、ブロッコリーとかスイ カとか、ありますね。そういうのも鳥取ではけっこ うできます。 

  スイカなんかも、美味しい甘いスイカで、特にこ れが有名になったのは、ドバイに売りに行ったんで すね。ドバイに売りに行ったら、このスイカ 1 玉 3 万円で売れました。すごいですね。これを日本経済 新聞が「3 万円で鳥取のスイカが売れるんだ」と書 きました。そうしたらスイカの値段がちょっと上が りまして、けっこう長野のスイカと、今は 1 位を争 うぐらい高いスイカになっていますね。内緒の話を 言いますと、ドバイで売れたスイカは 7 個でした。

でも、新聞には「ドバイで売れた」と出まして、そ れで鳥取としてはいい宣伝になるなということなん ですね。 

  さっきお話がありました「新甘泉」というブラン ドを作ったんですね。この新甘泉(しんかんせん)、

いつまでたっても新幹線が鳥取県にできないもので すから、梨で作ったんです。新しい、甘い、と書き ましてね。この間、こうしたイベントをさせていた だいたんですけれども、転がすと速いです。300 キ ロで走りますから。 

  そんなような「新甘泉」、あるいは「鳥取茸王」、

これもとっても美味しいものでありまして。石川県 は、これを「のとてまり」といって出していますね。 

  こんなような、いろんな特産品を出しているわけ です。 

  人口がどんどん減る。これが地方の課題なんです ね。それで鳥取県は人口密度のことを考えるんです。

先取りした移住対策なんかを始めました。そして、

いま流行りの地方創生。といえば、自然、人の絆、

それから鳥取のゆったりとした時、これを武器にし て売り込んでいこう。移住者を増やそう。若い方々 にも楽しんで住んでもらおうことにしよう、という ことに取り組んでおります。これは、全国 8 位まで 急上昇しました。それから移住者の確保。去年は 1943 人、移住されています。これはナンバーワン かナンバーツーぐらい、47 都道府県で。と思いま すね。去年はうちは 1246 人で、これが岡山につぐ 第 2 位なんです。これは人数ですから。率じゃあり ません。その前の年は 962 名で全国 1 位です。なん でかというと、かなり一生懸命移住対策をやってい まして、移住を希望する方に、いろんな「こういう ことをしたら移住しやすくなる」ということを研究 して作ってきてもらったんですね。そんなわけで、

国の見込みよりも 6000 人ほど、去年の 10 月の人口 調査では、人口減が緩和されていました。 

  鳥取県の移住対策、年を進めてきておりまして、

暮らしやすさ、住みやすさランキングでは 1 位に、

さっきの倉吉市が入ったり、また『田舎暮らしの 本』、宝島社が出している雑誌では、岩美町という 所が、町村では初めて全国 1 位。こんなように人気 が出てきています。鳥取はやはり住居費だとかが安 かったり、そういうことで、東京と比べてみますと

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確かに給料はちがうかもしれませんが、いろんな費 用を引いてみますと、一生涯での平均貯金額が、こ れはどっちも 1200 万ぐらいなんですね。それだっ たら、ぜいたくに自然やゆとりを楽しみながら、子 どもたちをのびのび育てながら、そういう暮らしも あるんじゃないのかな、という選択が増えてきてい る。 

  また、全県あげて、企業さんにも協力していただ いて、こういうメンバーズカードというのを作った んです。もし、この中で鳥取に就職してみよすとか、

移住をいずれ考えようという方、これをとられます と、県内の企業で割り引きが受けられるんですね。

たとえば宿代が安くなるとか、飛行機代は半額とか ですね。それから引っ越し代が安くなったり、自動 車教習所が安くなったり。そうやって、企業さんも 応援しよう、そういうようなことを、この 5 月から 始めているところであります。 

  また、未来人材育成基金というのを作りまして、

鳥取に就職をされる方については、半分ないし 4 分 の 1、奨学金の返済分を鳥取県のほうで負担します よ、という制度です。これは、全国で初めてです。

うちがやりましたら、今度は徳島県が同じようなこ とを始めようということになりました。 

  また子育て。これが特徴のあるところでありまし て、たとえば少人数学級を全学年でやりました。ま た保育料、第 3 子以降は全部無料。全部ですよ。そ れから、低所得者でも第 2 子以降、保育料無償化。

これはいずれも、全国トップであります。さらに、

中山間地は保育料完全無料化ということをしました ら、こうやって引っ越してくる人がどんどん出てき た。 

  特に注目されているのは、森の幼稚園というので すが、園舎がない幼稚園・保育園です。ずっと森の 中で育てるんですね。異年齢の交流って、大事なん です。たぶん、これからみなさんは発達心理学など を勉強されると思いますが、前頭葉を育てていくの は、異年齢のコミュニケーション、これが最大の栄 養なんですね。これが支持されて、国内はおろか外 国からも引っ越してこられる方がいらっしゃるぐら い、森の幼稚園が注目をされております。 

  これが、さっき申しました中山間地の保育料無償 化。げんにこういうように転入世帯が増えてきてい

ます。やっぱり皆さんもこれから生まれると思いま すが、子どもを育てるというのは、けっこう経済的 な大変さも、あります。その時は、鳥取でこういう 施策をやっているなということも思い出していただ ければと思います。 

  また、こうした所に入ろうとして、有名なパン屋 さんだとか、いろんなアーティストだとかそうした 方々が、目指してくださるようになりました。 

  また男女平等、これは東北大学が調査したのです けれども、鳥取県は全国 1 位になりました。女性の 働く度合いだとかが高いですね。それを加速させよ うと、いま運動をしておりまして、県庁の職員の数 も増やしております。また、起業するベンチャーを 起こす女性たちを応援する施策も始めております。 

  毎年、経済界の方や、あるいは自衛隊だとか、そ うした方と一緒に「イクボス宣言」をして、育児環 境を職場で整えようとしています。 

  また最近、化粧品会社の関連の会社が作られたん ですけれども、女性のストレスを調べたら、鳥取県 が最も女性のストレスが少ないという結果が出まし た。だいぶ内容を分析して分かったのですが、たと えばママ友のストレス、こういうものがないんです ね。そんなようなことなど、いろいろと特徴がある のかもしれません。そういうことを、いろいろとこ れからも進めて、女性も住みやすい、働きやすいと ころを目指していきます。 

  障がい者権利条約が 2008 年に発効されました。

このあと、直後に鳥取県では、先ほど申しました

「あいサポート運動」という運動を始めました。「障 がいを知り、共に生きる」これをモットーにしよう。

障がいというのは、これはディスアビリティと言い ますけれども、できないことがある、だけの、同じ 人間なんですね。それ以外は全人格的にいっしょな わけです。ですから、そういう仲間のことと知って、

ともに生きていくエチケットを学ぼうということで す。 

  こういうことを始めましたら、このたび障害者差 別解消法というのが 4 月から施行されました。合理 的配慮といわれるようなことを企業なんかも考えて いくことになります。そのはしりを鳥取県がやった ということですね。 

  障がいについて理解をする。そして配慮すべきこ

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とを考える。たとえば車椅子の人がいたとします。

車椅子の人が階段の前にいました。どうするか。2 人以上で車椅子を持ち上げる。そのとおりなんです。

ただ、その先なんですね。2 人以上で持ち上げるの はいいんですけれども、その時にこちらの階段の上 でやったら、階段の下のほうに向くように車椅子を 持ち上げると、これはおっかないです。落っことさ れるかもしれないと思うし、ジェットコースターに 乗っているような気分になります。ですから、階段 の上のほうを見るような形で上のほうを見るような 形で、車椅子を持って上がる。これはいわば、人間 同士付き合うエチケットなんですね。そういう知恵 を学んだうえで、あいサポーターのバッチをつけ て、障がい者と共に生きていく、このような決意を もってやっていこうということです。 

  たとえば聴覚言語障害は分かりにくいですけれど も、いろんなコミュニケーション手段がある。必ず しも手話だけじゃないですね。筆談ということも あったりします。また心の病とか、それぞれの特性 に応じたことで考えていかなければなりません。 

  この鳥取県、この小さな鳥取県で始めた運動が中 国各県や奈良・長野・埼玉、今度は和歌山、韓国、

こうしたところにも人がいきはじめまして、小さな 鳥取県が決意して行動したことが、全国を動かし始 めているということになってきていますね。 

  それから、ボランティアの養成です。このへんが 鳥取らしさ、ということかなと思います。災害時の とき、お年寄りが孤独にならないように、そうした いわば災害弱者、生活弱者のことを見守っていく。 

  また鳥取県、人が中山間地で減ってきてしまっ た。ですから、こういういわゆる移動販売者、ある いは新聞配達のみなさんにも、お年寄りを見守って もらう。こんなことを全国で初めてやったのですけ れど。こうした共生ホームといわれる障がい者や高 齢者、子どもたち、みんな一緒に入るような、そう いう施設も作った。人口が小さい所なりの支えあい があると思います。 

  特に今、注目いただいていますのが、手話言語条 例というのを平成 25 年の 10 月 8 日に作りました。

全国で初めてこういうものを作ったんですね。「鳥 取県で、はじめにやってくれ。それを全国に広げて くれ」という声がありました。私たちは立ち上がっ

たわけであります。それで、手話を学ぶこういうハ ンドブックを作り、全学校で今、学びを始めていま す。自主的な手話学習も推進しています。また、こ ういうタブレット端末を利用した手話通訳なども始 めています。電話のリレーも、進むようにいたして おります。 

  これが手話通訳サービスの状況ですね。 

  さらに音声、音しか分からない人がいらっしゃ る。音声で、マイクで喋ると文字になる。音声文字 変換システムも導入をさせていただいたりしていま す。こうやってサポートしようということなわけで すね。また、これは音とろうの両方ある人もいらっ しゃいます。 

  あるいは音声機能障害の方、その特性に応じたコ ミュニケーション支援というのを考えていかなけれ ばいけないというわけです。これは言っているだけ ではダメなので、実際にやる人がいなければならな い。そういうことを鳥取県から始めています。 

  盲ろう者支援センターというのも作りました。実 は、目が見えない、耳が聞こえない、そういう方々 というのは、どちらかというと引きこもってしまう わけですね。社会の中で、途切れてしまう。存在と して切れてしまいがちなんです。私たちは去年 1 年 間かけて、どんな盲ろう者がいらっしゃるかという のを調査をしています。今年、盲ろう者の支援セン ターができました。これができたのは、東京都につ いでうちが 2 番目なんですね。一番お金がなくて人 口が少ない所が、2 番目に始めさせていただいたわ けであります。 

  また障がい者の就業支援、これも大事な課題であ りまして、私が就任したのは、ここなんですけれど も、以後、全国平均をどんどん上回って、今、差を つけ始めています。給料を上げてきていますね。そ のために、こういういろんな製品を作って販売する ことを応援しています。健常者だから、ふつうの人 だからいい製品ができるということではないんです ね。これは障がい者が作った、梨のまわりをコン ポートした、そういうお菓子なんですけれども、農 林水産大臣賞をとったんですね。しかし、これは健 常者も同じ賞なんですね。障がい者だからとった賞 ではないんです。美味しいからとった。こういうこ とは、絶対にできる。これができるようになれば、

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障がい者でも、同じように給料をそれなりにもらっ て生活できるようになるだろう。こんなようなこと を私たちは始めています。 

  先導的にさせていただいたのは、たとえば農業と の連帯とか。あるいは漁業との関わりですね。農業 者は、今は人手不足。障がい者の方がこれにあずか ることによりまして、障がい者は給料を得られる し、農業者は人手を得られる。そういうマッチング を始めたんですね。 

  これが漁業なんかの寒冷で、ワカメなんかも有名 百貨店で売ったりしています。見た目ぜんぜんわか らないです。美味しいといわれ、高い値段がついて います。そういうことができるんですね。 

  また芸術や文化、そういうアートの世界というこ ともある。これは、チェーホフの『3 人姉妹』をやっ ているんですけれども。これを演出したのは、中島 先生という方でいらっしゃいます。鳥の劇場という のを、いま移住して鳥取県でやっています。この方 は文部科学省の芸術選奨・新人賞をとった、バリバ リの注目の演出家なんです。本物の人が本物の演出 をして、そうしたことをやってくださる。 

  これをご覧いただきました秋篠宮家の紀子さま、

佳子さまが来られたのですが、障がい者の方が感極 まってしまって、ワーッと泣き始めたんです。舞台 袖にご挨拶に行かれた紀子さま、佳子さまの前で、

全くのハプニングです。紀子さまが素晴らしいなあ と思いましたのは、お一人おひとりの障がい者の 方、泣きじゃくっているところに行かれて、一人ひ とりハグしてあげました。佳子さまも一人ひとり手 をとって、「良かったですよ」と言って下さいました。

こういう体験を、ぜひ障がい者の方にもしていただ きたい。そういうように思います。 

  日本財団も私どものチャレンジに協力していただ いていまして、こういういろんな事業に協力してい ただいていました。たとえば、障がい者用のタク シーを 200 台配備ということは、鳥取県のタクシー の 3 分の 1 ぐらいです。それぐらい鳥取は、ほかの 町と違った町になる。そういうことを今、日本財団 にも応援してもらっています。 

  これが、オリンピック・パラリンピックを目指す わけですが、いよいよこれからリオのオリンピック が 8 月に入り始まるわけであります。9 月にはパラ

リンパックがあります。この時、文化の祭典でもあ るわけですね。私たちは、障がい者の芸術・文化の 祭典もやりたいと思いまして、13 の都県が集まり まして、それでスタートしようとしています。いず れ、大村知事も参加していただけると思っていま す。こういうようなことを、いま始めたところであ りまして、障がい者アートフェスタ 2016、その第 1 回の皮切りを鳥取県で 10 月 30 日に行うことにさせ ていただいたところであります。 

  また、冒頭ご覧いただきましたように、このたび はパラ陸上、パラリンピックの予選会の陸上選手権 大会を鳥取県の「コカ・コーラウエストスポーツ パーク」という所でやったんですね。山本選手が世 界新記録を出したり、高桑選手がアジア新記録を出 したりしました。みなさん、口々に言っていただい て、たいへん我々も嬉しかったのは、「鳥取の人た ちがほんとうに優しく出迎えてくれた」と。今まで、

ある大都市でこの大会を毎年やっていたんですが、

お客さん、来ないんです。私たち鳥取でやった時は、

お客さんが 5000 人来ました。その人たちがみんな、

音の出るセンスなんかを叩いて応援をしたんです ね。それが選手を後押しして、世界新記録やアジア 新記録、こういうのが生まれてきたわけであります。 

  そういう中、全国手話パフォーマンス甲子園とい うのを、私たちは始めました。愛知県からも参加校 がありました。手話のメッカとして目指してもらお う。さっきお話がありました佳子さまですね、この 手話パフォーマンス甲子園に来ていただきました。

2 年目は紀子さまがおみえでなかったものですか ら、佳子さまのほうが手話でご挨拶をされたわけで あります。 

  これが、その時の様子でございます(写真 省略)。

開会式の時の様子でございまして、全国の高校生が 優勝を目指して手話でパフォーマンスを、ダンスで あるとか、それから劇であるとか。これが優勝した、

奈良のろう学校の演技であります。一切言葉を喋ら ずに、手話だけですべてを表現していました。言葉 が聞こえなくても、伝わる心があるわけであります。 

  この舞台が終わられて、実は私はこの 1 月、歌会 始という行事に皇居に呼ばれました。その時に、終 わったあとに配られた、ご皇室のみなさまが詠まれ た句の一覧が配られました。白い和紙に書いてあり

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