預金通貨の創造と決済システム
川 合 研
はじめに 1
預金通貨創造の可能性 2
預金通貨創造の再生産的根拠 3
預金の振替システム 決済システム
4 ―― ――
1 は じ め に
現代において貨幣の機能を果たしているのは,商業銀行の負債である預金 通貨と中央銀行の負債である現金通貨(中央銀行券および中央銀行預け金)
である(政府が発行する補助貨幣も現金通貨であるが,金額的には全通貨量 の中でわずかな部分しか占めていない)。預金通貨も現金通貨も,貸出によ って創造され,返済によって消滅する。信用創造とは,通常商業銀行が貸出 によって預金通貨を生み出すことをいうが,中央銀行が貸出によって現金通 貨を創造することも信用創造である。
ところで,商業銀行の貸出によって預金通貨が創造され,借り手がその預 金の振替によって代金の支払いを行い,売り手は受け取った預金をさらに振 り替えて代金の支払いを行う。このように最初貸出によって創造された預金 は振替によって次々に保有者を代え,その都度代金の支払いを行う。すべて の取引が預金の振替によって支払われ,しかも最終的に当初の貸出も預金通 貨によって銀行に返済されるなら,貸出による預金創造→預金振替による代 金の支払い→返済による預金の消滅までの一連の過程が,預金通貨以外の通
貨(現金通貨)を必要とすることなく行うことができる。
もちろん現実には,代金支払いの一部(特に小口支払い)は現金通貨で行 われ,また貸出の返済も一部は現金通貨で行われているため,預金通貨が全 取引部面を覆っているわけではない。ただ近年,給与の銀行振込は言うに及 ばず,従来現金通貨を必要とした小口取引部面においても,クレジットカー ドやデビットカード,また電子マネーなどの預金振替に基づく支払いが普及 し始めているため,情報通信技術の進歩によってこういった支払方法の利用 が一層進展すれば,現金通貨を必要とせずに預金通貨の振替だけですべての 支払いが可能になることも考えられないわけではない。支払いに現金通貨が 選ばれるのは習慣上の問題や,利用者にとって預金通貨より取引コストが安 価であることによるのであり,技術進歩によって預金通貨の振替コストが低 下すれば,すべての支払いが預金通貨だけで行われることも考えられるわけ である。たとえば少し数字は古いが,米国ではすでに1987年において,金融 取引などの大口支払いを除いた支払いに占める現金利用の比率は,金額ベー スでわずか2%程度に過ぎないのである 。1)
小論では,商業銀行による預金通貨の創造という論点を明確にするために,
預金通貨だけで全取引の支払いが完了する事態を想定することによって,商 業銀行による預金通貨の創造がどのような根拠に基づいて可能になるのかを 考察する。
預金通貨創造の可能性 2
取引当事者がA,B,Cの3者のみとし,AがBに100万円の商品を売り,
次にCがAに同じく100万円の商品を売り,さらにBがCに100万円の商品を 売るとしよう。つまりこの取引関係が円環状に閉じていると考えるわけであ る(図1)。代金支払いについては,Bは銀行から100万円の貸出を受け,預 金の振替でAから商品の購入を行う。次にAは受け取った100万円の預金で
銀行
B
A C
貸出・預金設定① 返済⑤(預金通貨)
支払い③(預金通貨)
支払い②
(預金通貨)
支払い④ (預金通貨)
商品 商品
商品
Cから商品を購入し,さらにCはこの預金でBから商品を購入する。最後に Bはこの預金で銀行に当初の100万円の貸出を返済することになる。つまり,
A,B,Cのそれぞれについて売りと買いの金額が一致していることが(ま た同じことであるが,A,B,C間の取引が完全に相殺されることが),貸 出→預金振替による支払い→返済までの一連の過程を預金通貨のみで完了さ せる条件であり,したがって預金通貨創造の可能性もここに求めることがで きると考えられる。
これに対して,取引関係が円環状に閉じていないとすれば,それは単線的 な形をとることになる。すなわち,AがBに100万円の商品を売り,次にB がCに同じく100万円の商品を売るという形である。この場合,取引関係の 中間にあるBが将来のCに対する販売からの代金受取を当てにして銀行から
図1 円環状の取引
銀行
A B C
貸出・預金設定①
支払い②(預金通貨) 支払い③
返済④
商品 商品
貸出を受け,預金の振替によってAから商品を購入するとしよう。次に,B はCに対して商品を売り,受け取った代金で当初の銀行借入を返済すること になるはずである(図2)。しかし,この単線的取引関係の末端にあるCは 買うだけで売らないことになっているので,Cは支払い手段を持たず,Bか ら商品を購入することができない。その結果,Bも当初の銀行からの借入を 返済できず,貸出による預金の創造→預金振替による代金支払い→預金通貨 による貸出の返済という,預金創造を可能にする一連の過程が成立しないこ とになる。ただし,末端のCが国内では販売しないとしても外国に販売する とすれば,Cは外国の買い手から外貨を獲得し,その外貨を銀行に売って邦 貨建て預金に代え,その預金の振替でBから商品を買えば,Bは手に入れた 預金で当初の銀行借入を返済できる。しかしこの場合,外貨の購入によって 邦貨建て預金が供給されたのであって,貸出による預金の創造が行われたわ けではない。
図2 単線的な取引
*この想定では,支払㈫と返済㈬は不可能
以上のように,預金通貨の創造が可能になるためには取引関係が円環状の 形を取る必要がある。また,図1では3者間の円環状の取引という単純なケ ースを想定したが,現実の経済は無数の取引当事者による無数の取引から構 成されている。しかし預金通貨のみで支払いが完結する経済は,無数の取引 から構成されていようと,各取引当事者の売りと買いの金額が一致し,貸出 によって創造された預金通貨は支払いの都度振り替えられたあと,預金通貨 による返済によって消滅する構造になっていると考えられる 。次にこの点2) をより詳しくみてみよう。
預金通貨創造の再生産的根拠 3
上でみたように,各取引当事者の売りと買いの金額が一致することが預金 通貨創造の根拠だと考えられるが,それでは現実の経済がこのような構造を 持っているといえるのだろうか。この点について,預金通貨創造という問題 からはいったん離れて,スラッファの『商品による商品の生産』において論3) じられている,自己補填的社会の生産と交換に関する議論に基づいて検討し てみよう。
スラッファは,「商品が個々の産業によって生産され,収穫後に開かれる 市場で相互に交換される」社会を想定する。そして,その年に生産された商4) 品量がその生産に要した商品量に等しく,次年度においても同じ規模の生産 を継続できる社会,つまり自己補填的な社会(再生産可能な社会)の生産と 交換の条件を考察している。その際,スラッファは次のような,小麦,鉄,
豚の3商品が生産される設例を挙げてこの条件を分析する。
240クォーターの小麦と12トンの鉄と18頭の豚で450クォーターの小麦が生 産され,また90クォーターの小麦と6トンの鉄と12頭の豚で21トンの鉄が生 産され,さらに120クォーターの小麦と3トンの鉄と30頭の豚で60頭の豚が 生産されるとする。このとき年間の生産活動は次のような表式で表される。
(小麦生産)240クォーターの小麦+12トンの鉄+18頭の豚→450クォーター の小麦
(鉄生産) 90クォーターの小麦+6トンの鉄+12頭の豚→21トンの鉄
(豚生産) 120クォーターの小麦+3トンの鉄+30頭の豚→60頭の豚 表の矢印は投入と産出の関係を示しており,また投入側の商品には生産手 段だけでなく労働者の生活資料も含まれている。たとえば,小麦生産におけ る投入側の小麦には,作付け用の小麦と労働者の生活資料用の小麦が含まれ ているというように。
この表からわかるように,3つの生産において合計450クォーターの小麦 と21トンの鉄と60頭の豚が投入され,これと同量の小麦と鉄と豚が産出され た。このような社会は次年度も同じ規模の生産が可能であり,自己補填的と いえる。また3つの生産は異なった生産過程によって担われているため,年 度末には各生産過程は市場で次のような交換を行う必要がある。
小麦生産過程は生産された450クォーターの小麦のうち自家用に240クォー ターを取っておき,残りの210クォーターを12トンの鉄と18頭の豚と交換す る。したがって次の等式が成立する。
210クォーターの小麦=12トンの鉄+18頭の豚
同様に鉄生産過程については,生産された21トンの鉄のうち自家用に6ト ンを取っておき,残りの15トンを90クォーターの小麦と12頭の豚と交換する。
したがって次の等式が成立する。
15トンの鉄=90クォーターの小麦+12頭の豚
また豚生産過程についても,生産された60頭のうち30頭を自家用に取って おき,残りの30頭を120クォーターの小麦と3トンの鉄と交換する。したが
って次の等式が成立する。
30頭の豚=120クォーターの小麦+3トンの鉄
この3つの式からなる連立方程式を解けば,10クォーターの小麦=1トン の鉄=2頭の豚,という,再生産を保証する各生産物の交換比率が導かれる。
今この交換比率に基づき,鉄を価値基準にして他の生産物の交換価値を表示 すれば,上記3つの等式は次のように書き表される。
(小麦生産)21トンの鉄と等価の小麦=12トンの鉄+9トンの鉄と等価の豚
(鉄生産) 15トンの鉄=9トンの鉄と等価の小麦+6トンの鉄と等価の豚
(豚生産) 15トンの鉄と等価の豚=12トンの鉄と等価の小麦+3トンの鉄 これらの等式は,価値の基準に選ばれた鉄によって交換価値を表示された 各生産物が,生産過程間で物々交換される関係を示している。今,1グラム・・・・
の鉄を価格の度量標準として,たとえば1円と決めれば,上記の等式はより
・・
なじみのある価格タームで次のように表示することができる(なお,ここで 鉄は価値の基準に選ばれたが,交換手段としての貨幣機能を果たしているわ けではない。というのは,鉄はそれ自身と他の生産物の生産に必要な原材料 として生産過程で生産的に消費されてしまうからである)。
(小麦生産) 2100万円の小麦=1200万円の鉄+900万円の豚
(鉄生産) 1500万円の鉄=900万円の小麦+600万円の豚
(豚生産) 1500万円の豚=1200万円の小麦+300万円の鉄
これら3つの等式は,各生産過程間における次のような生産物の交換を表 している。まず,小麦生産過程は鉄生産過程と豚生産過程にそれぞれ900万 円と1200万円の小麦を売り,逆に鉄生産過程と豚生産過程から1200万円の鉄 と900万円の豚を買う。また,鉄生産過程は小麦生産過程と豚生産過程にそ
豚生産過程 小麦生産過程
鉄生産過程
豚 600 万円
豚 900 万円
鉄 300 万円 鉄
1,200 万円 小麦
900 万円 小麦
1,200 万円
れぞれ1200万円の鉄と300万円の鉄を売り,逆に小麦生産過程と豚生産過程 から900万円の小麦と600万円の豚を買う。そして,豚生産過程は小麦生産過 程と鉄生産過程にそれぞれ900万円と600万円の豚を売り,小麦生産過程と鉄 生産過程から1200万円の小麦と300万円の鉄を買うのである。
以上の関係を図示すれば,図3のようになる。この図からわかるように,
各生産過程と他の一つの生産過程の間では売りと買いの金額が一致しないが・・
(たとえば,小麦生産は鉄生産に対して900万円の売りと1200万円の買いで あり,300万円の買い超過である),しかし各生産過程の他の二つの生産過程・・
に対する売りと買いの合計は一致している(たとえば,小麦生産の売りの合 計は2100万円であり,買いの合計も2100万円である)。すなわち,各生産過 程間の相互の取引は完全に相殺されることになる。すでに前節で,預金通貨 創造の可能性を取引当事者間の取引の相殺に求めたが,現実の経済もそれが 再生産可能である限り,このような生産物の交換における相殺構造を有して いると考えられる。もちろん,現実の経済は計画経済ではないので,すべて
図3 3生産過程間の交換
豚生産過程 小麦生産過程
鉄生産過程
豚代 600 万円
豚代 900 万円
鉄代 300 万円 鉄代
1,200 万円 小麦代 900 万円
小麦代 1,200 万円 銀行
貸出・預金設定 2,100 万円
返済 2,100 万円
(預金通貨)
の売りと買いが一致することが保証されているわけではなく,不断の不一致 が存在することはいうまでもないことである。このことは端的に過剰生産恐 慌という形を取って現れるが,しかし一社会が経済的に持続可能な限り,売 りと買いが一致する状態に収斂すると考えられる。
なお,現実の経済は,図3のようにすべての生産過程がひとつの円環に結 びついた構造にあるわけではなく,複数の円環が交差するような構造を持つ こともあるし,また孤立した円環が複数併存する可能性もある。しかしいず れにしても,取引当事者の売りと買いが相殺される構造にあることは上でみ たとおりである 。5)
次に,上記の議論に基づいて,預金通貨の創造が可能になる点を図4に拠 りながら確認しておこう。
まず小麦生産が銀行から2100万円の貸出を受け,鉄生産から鉄1200万円と 図4 3生産過程間の交換と預金創造
豚生産から豚900万円を買う。この結果,小麦生産の預金残高はゼロになる が,鉄生産は預金をゼロから1200万円に,また豚生産も預金をゼロから900 万円に増やす。次に鉄生産は豚生産から豚600万円を買い,預金を1200万円 から600万円に減らすが,豚生産は預金を900万円から1500万円に増やす。豚 生産は鉄生産と小麦生産からそれぞれ鉄300万円と小麦1200万円を買い,預 金残高をゼロに戻す。鉄生産は豚生産に鉄300万円を売ることによって預金 を900万円に増やす。小麦生産も豚生産に小麦1200万円を売ることによって 預金をゼロから1200万円に増やす。最後に,鉄生産が小麦生産から小麦900 万円を買うことによって,小麦生産には当初銀行から受けた貸出2100万円が 預金として還流し,これで銀行に返済することになる。このように,最初貸 出によって創造された預金が代金支払いのための振替によって次々に所有者 を代え,しかも最終的に当初の貸出も預金通貨によって返済されているわけ だから,預金通貨の創造が行われたことになる。
ところで,預金創造の原理はすでにみたように財やサービスなどの実物取 引における相殺構造を根拠にしているが,現代は,預金通貨が相殺構造(円 環状の構造)を持つ必然性のない株などの金融資産の取引に使われる比率が 実物取引に使われる比率に比べてはるかに高くなっている 。金融資産の取6) 引も貸出によって創造された預金の振替によって決済されるが,金融資産の 取引は実物取引のように再生産上の根拠を持たないため,投機による「売り を伴わない買い」を誘発しやすく,その結果借り手が銀行への返済に困難を 来たし,銀行システムを不安定にすると考えられる 。7)
預金の振替システム 決済システム
4 ―― ――
貸出によって預金通貨が創造されると,借り手は預金の振替によって代金 の支払いを行い,売り手は受け取った預金をさらに振り替えて代金の支払い を行う。このように預金通貨による代金支払いは預金の振替によって可能と
買い手(A) 売り手(B)
甲銀行 乙銀行
甲行宛小切手送付① 甲行宛小切手取立③
現金通貨送金④
甲行宛小切手 預金②
なる。売り手と買い手が同じ銀行に預金を保有しておれば,預金の振替は同 一銀行内の帳簿上の振替ですむ。しかし売り手と買い手が別の銀行に預金を 保有しておれば,異なった銀行に置かれた預金間の振替が必要となるし,さ らに銀行間決済の必要も生じてくる。
たとえば預金の振替が小切手によって指図される場合をみると,図5で示 されるように,買い手(A)は預金を保有する甲銀行宛の小切手を振り出し,
それを売り手(B)に手渡すことによって支払う。売り手(B)はこの小切手を 乙銀行に預金する。次に乙銀行はこの小切手を甲銀行に取立のために送付し,
受け取った甲銀行は買い手(A)の預金から小切手金額を引き落とすとともに,
銀行間決済のために乙銀行に現金通貨を送金する。最後に乙銀行は売り手
(B)の預金に入金することになる。以上のプロセスを経て,異なった銀行に 置かれた買い手と売り手の預金の振替が行われ,銀行間決済も完了するわけ である。このような,銀行を中心にして編成された顧客預金の振替と銀行間 決済を行う機構は決済システムと呼ばれている。
ところで,上の例では銀行間決済のために甲銀行は乙銀行に対して現金通 貨を送付する必要があった。しかしそれぞれの銀行の預金者が一対の反対方
図5 異なった銀行間の預金振替1
買い手(A)
売り手(D)
売り手(B)
手形交換所
(相殺)
買い手(C)
甲銀行 乙銀行
甲行宛小切手送付① 乙行宛小切手送付① 乙行宛小切手
預金②
甲行宛小切手 乙行宛小切手
甲行宛小切手預金②
取立③ 取立③
向の取引を行う場合を想定すれば,銀行間決済のための現金通貨は必ずしも 必要とされない。たとえば上の事例とは取引の方向が逆の,乙銀行に預金を 保有する買い手(C)がその預金宛に小切手を振り出し,甲銀行と取引のある 売り手(D)に代金を支払う場合を想定すれば,乙銀行は銀行間決済のために 甲銀行へ現金通貨を送付しなければならない。しかしこれら二組の反対方向 への取引が金額と時間において同一であれば,図6のように,両銀行間の債 権債務は手形交換所で相殺されて銀行間決済のための現金通貨は登場する必 要がない。このように手形交換所は小切手取立に際して銀行間の債権債務を 相殺し,銀行間決済のための現金通貨を節約する機能を持ち,決済システム のなかで重要な役割を果たす 。8)
それではこのような銀行間の債権債務を相殺し,現金通貨を節約する仕組 みはどのような原理に基づいて構築されたといえるのだろうか。すでにみた,
現金通貨を不用にする預金通貨創造の原理に基づいているのだろうか。図6 を再びみれば,買い手(A)から売り手(B)への支払いは,甲銀行と乙銀行に 置かれたそれぞれの預金の引落と入金で行われ,また買い手(C)から売り手
(D)への支払いは乙銀行と甲銀行に置かれたそれぞれの預金の引落と入金で 図6 異なった銀行間の預金振替2
行われている。このことは見方を変えると,甲銀行の買い手(A)の預金が引 き落とされて,同じ甲銀行の売り手(D)の預金に入金され,また乙銀行の買 い手(C)の預金が引き落とされて,同じ乙銀行の売り手(B)の預金に入金さ れたとみることができる。買い手(A)と売り手(D),また買い手(C)と売り 手(B)はそれぞれ取引関係はないが,異なった銀行間の預金の振替が同じ銀 行内の預金の振替に置き換えられていることがわかる。これは隔地間の支払 いを同一地域内のそれに置き換える為替の原理を預金の振替関係に当てはめ たものと考えることができる 。つまり,手形交換所で銀行間の債権債務を9) 相殺し,現金通貨を節約する機構は,預金創造の原理というよりは,むしろ 為替の原理に基づいて構築されていることがわかる 。10)
結論的にいえば,小切手のような紙媒体によるものであれ,全銀システム のような電子的媒体によるものであれ,預金の振替を軸に形成された今日の 決済システムは,取引関係における相殺構造に基づく預金創造の原理と,銀 行間決済における現金通貨の節約を可能にする為替の原理に基づいて構築さ れているのである 。11)
注
Humphrey, 1990, p.77.1)
本文では預金通貨だけが使われるとしたが,現金通貨(中央銀行券)が預金通貨 2)
と並んで流通する場合でも円環状の取引関係を必要とする点は同じである。つまり,
商業銀行の貸出によって預金が創造され,その振替によって支払いが行われるとと もに預金の一部は現金通貨で引き出され,支払いに用いられる。またこの現金通貨 は中央銀行の商業銀行に対する貸出によって創造されるが,取引関係が円環状にな っていれば,支払いに用いられた預金通貨と現金通貨は当初の商業銀行による貸出 の返済のために銀行に還流し,また中央銀行の商業銀行に対する貸出も商業銀行へ 還流してきた現金通貨によって中央銀行に返済されることになる。したがって,預 金通貨も現金通貨も,貸出によって創造され,返済によって消滅する点で同じであ り,商業銀行の預金通貨創造も中央銀行の現金通貨創造も円環状の取引関係(すな わち取引における相殺構造)を条件としている。
Sraffa, 1960.
3)
同上(邦訳),p.3.
4)
なお,本文では生産過程が小麦,豚,鉄の3つからなる例をとったため,3生産過 5)
程がひとつの円環状に結合された。より一般的な場合として,4つの生産過程から なる例をみれば,各生産過程は他の生産過程に対して放射状の交換関係を結ぶこと になる。4生産過程からなる交換については,西部忠氏(西部,1997年,pp.34〜36)
を参照されたい。
ところで,筆者は以前マルクスの再生産表式に拠りながら預金の創造について論 じたことがある(川合,1984年)。そこでは,第1部門(生産手段生産部門)の不変 資本部分が相互に完全相殺されることが預金創造の根拠であると主張した。しかし,
第1部門の不変資本部分が完全に相殺されることを論証することはできなかった。
本文のようにスラッファの表式を利用することによって,各生産過程は全体として 完全な相殺構造を持つことが示されたと考える。
たとえば米国では,主として金融資産取引の決済に使われるフェッドワイアや 6)
CHIPSなどの1995年における年間決済総額は683兆ドルで,これに対してもっぱら
実物取引に使われる小切手システムの年間決済総額(連銀による小切手交換額)は
15.5兆ドルとなっており,圧倒的に前者の比率が高い(FRBとCHIPSのウェッブサ
イトより)。
預金通貨創造の根拠が取引連鎖における相殺構造にあることをみたが,最近取り 7)
上げられることの多い,いわゆる地域通貨も各参加者の売りと買いが相殺されるこ とを安定的なシステム運営の条件としていることからわかるように,預金創造の原 理を利用しているといえる。たとえば,口座方式に基づいて通貨発行を行うLETS の場合,各参加者の口座残高はゼロから始まり,モノやサービスなどを販売した参 加者の残高は黒字,購入した参加者の残高は赤字となる。各参加者が口座残高に赤 字を累積させないこと(つまり,買うだけで売らない参加者を排除すること)が安 定的なシステム運営の条件であるが,このことは各参加者の売りと買いをできるだ け一致させることを意味しており,したがって地域通貨も預金創造の原理に依拠し ているわけである。
ところで,地域通貨を預金(信用)創造の対極にあるものとみなす見解もある。
こういった見解は,信用創造が金融資産の取引に関わる点を強調する。本文でみた ように金融資産の取引は再生産上の根拠がないため,このような見解が生まれたと 考えられるが,金融,実物いずれの取引も信用創造によって生み出された預金通貨 で決済されるのである。なお地域通貨については,西部氏(西部,2002年)を参照 されたい。
わが国で主流の振込による送金の場合,手形交換所と同様の銀行間の債権債務を 8)
相殺する機能を果たしているのは全銀システムである。
この点の説明は,小西一雄氏による(小西,2000年, pp.158-159)。 9)
図6では二組の取引はそれぞれ単線的であるため,預金創造の条件を満たしてい 10)
ない。
吉田暁氏は,「法的な意味での相殺は貸金の返済を預金との相殺で行うとか,手 11)
形交換の銀行間決済のように,債権・債務が社会的に消滅するものをいう」と述べ ておられる(吉田,2002年, p.36)。吉田氏の趣旨とは異なるかもしれないが,私見 によると,前者(貸金の返済を預金で行う)が信用創造の根拠で,後者(手形交換 の銀行間決済)が為替の原理であり,決済システムは両者の結合によって構築され
ている。
参考文献
小西一雄「外国為替取引と国際収支」(関根猪一郎,木村二郎,大畠重衛,小西一雄 著『金融論』所収,2000年)。
吉田暁「実務感覚からの理論への期待」『信用理論研究』第20号,2002年6月。
西部忠「互酬的交換と等価交換−再生産経済体系における価格の必要性−」北海道大 学『経済学研究』47‑1,1997年6月。
同上『地域通貨を知ろう』岩波書店,2002年9月。
川合研「通貨の創造と蓄蔵貨幣の形成」福岡大学『商学論叢』第28巻第4号,1984年3月。
Humphrey, David B. ed., The U.S. Payment System:Efficiency, Risk and the Role of the Federal Reserve, 1990.
Sraffa, Piero, Production of Commodities by Means of Commodities, 1960(菱山泉,山下 博訳『商品による商品の生産−経済理論批判序説−』有斐閣,1985年)。