噺
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企 業 會 計 の 基 本 概 念
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五 四 一一一 一一 一
まえがぎ
企業会計の基本概念・原則・基準
団暮O昌‑目詳自ΦゆO買による基本概念
諸著者による基本概念
結論的考察 ︑
木 村
︾
重 義
︑
︑去年九月︑讃券取引委員会はその規則を以て︑﹁財務諸表等の用語︑様式及び作成方法に關する規則﹂を制定・公
布した︒先の維濟安定本部︑調査会の﹁企業会計原則﹂と共に︑實務を指導する会計基準・規則の類は追々出揃い︑
やがて既存のものも改訂されて完備されるであろうことは喜ばしいことである︒このような会計實務を指導する基準
や規則に野して更に指導的地位にある会計理論はこのために︑会計の基本概念と原則とを以て︑正統的なしかも嚢展
可能性を豊富に藏した髄系を整えて慮えなければならない︒これは言わば教科書的な立場であるが︑この場合︑会計
企業會計の基・本概念
一220一
(2)
鵬
企業會計の基本概念
学磯展の前線が善く見渡されなければならない︒前線推進の個々の戦闘歌況よりむしろ全艦の情勢を見極め︑前線を
あまりに後方に見てはならないと同時に︑あまりに前方に置いて判断してもならないであろう︒会計基本概念の研究
は寡聞のためか充分に行われているよう思われないので︑自分の結果としては充分熟さない鮎があるが敢えて護表し
て批判を待つこととする︒
二
企業会計の基本概念・原則・基準のそれぞれの観念︑その相互の關係について︑すでに諸学奢問に決して一致をみ
ていない︒︑
宅●レ.国暮o⇔およびb.O●H詳菖Φ酔oβのPβH昌彦o餌目o菖o昌げoOo円bo目暮①boooβ昌試昌σqQQげ勲昌9簿目伽oΩ鴇H㊤トOは︑
基本諸概念そのものについての本稿所論の主要参考文献であるが︑会計の基本概念という親念を得るためにも良い説
明を與えている︒その序文にいう︒﹁われわれは︑会計の諸基準そのものを述べるよりは︑その基本的諸観念を編み
あわせようと試みた︒その惹圖は後に会就会計の基準として述べられるものがはめ込められ得る一つの枠をつくるこ
とにあつた︒此庭では会計理論は︑もし欲するなら諸基準の形で簡潔に表現され得る︑一っの整序された緊密なドク
トリンとして理解される︒﹄なお︑同書の第二章﹁諸概念﹂において︑基本諸概念の列學・論明に入る前に次のように
述べている︒(七頁)﹃会計の實行をめぐる諸事情は会計基準の必要であることを明らかに示している︒しかしこのよ
うな基準は樺威とか噌般的意見とかに訴えて決定することはできない︒諸著者にょり支持された学読や会計士により
承認された實務は︑分析と整序とを受け︑その結果︑・矛盾と附随物とがふるい去られ︑本質的なものが集成されなけ
ればならない︒基準への接近は会計の廣般な機能の方向からなさるべきで︑そうすれば組織化された諸基準はそれに ︑
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(3)
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封して適切なものとなる︒また︑基準への接近は会計の根抵をなす基本概念あるいは假定夢oび器88昌o①娼審曾
ボ鐙甚試o富の方向からなさるべきで︑そうすれば組織された諸基準は充分根擦あるものとなる︒適切なるがため
には某準は会計の本質的目的に明瞭に關係せしめられてなければならす︑充分根擦あるためには基準は知られかつ承
ノ認された假定の上に確定されたものと認められなければならない︒﹄さらに一慮︑基本諸概念を読明した後に基本概
念の本質の一面について次のように述べている︒(ご一頁)﹃会計の基本的概念ある匝は命題筒o冒o︒︒溶δβ︒︒は︑他の蒐
野のそれのように︑それ自艘かなりの程度に假定であり︑あるいは假定に基かしめられている︒この假定は窮極的な
燈朋に服しない︒﹄
弓暮o〒ピ詳菖①8昌が会計基準の性格について説明するところを見よう︒(前掲書︑四ー六頁)﹃基準︒︒智βq鴛働︒駐とい
う語が熟慮の結果もちいられた︒﹁原則﹂娼}ρ9覧$は会計のような事務制度においてはあり得ない普遍性と相當の
永績性を示唆するのが一般である︒⁝⁝会計基準の記述は︑事業の財政的事實の有意義な表現方法としての︑会計の
機能の一つのまとまつた理解であるべきである︒それは現行の会計實践との或る瓢における衝突を表現することは避
けがたい︒現行の實践それ自艦︑多くの鮎において矛盾を含むのであるから︒それは現行の法律の違反を奨働するよ
うに見えることを避けなければならないが︑法律や法廷が会計構造に加えたすべて︑の定義・政策および實践を良き会
計として受容れるを要しない︒最後にそれは経螢者・投資者・政府および一般公衆の正當な必要に合致できる裏業と
財政の實際的用具でなければならない︒基準は正確な標題︑項目分類の程度︑評慣㊨詳細な方法の問題よりは基本概
念や会計の事實の呈示の一般的試みを取扱うべきである︒要するに会計諸基準の一機講は軍に︑会計は財政的歌態と
螢業結果との報告を通して利害關係者に何を語らんとするかの︑論明からなるべきである︒⁝⁝会計基準はそれ自
膿︑手績ではないが︑会計手績器oo弾暮診σq鴇08自霞霧すなわち特定の場合の細目に關する規則H巳$に向つて
企業命凹計の某⁝本概念"亀
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(4)
・企業會計の墓・本概念
ゆびさす︒手績の規則はその性質上職椹的である︒それは準擦をうながし︑實行を指示し︑細目と選鐸的な諸方法の
選揮を扱う︒明らかに︑規則は個別化され︑便宜の異つた観念︑選揮の異る効果等の影響の下に企業間において異る
傾向を有する︒一企業内においてはそれは緩漫に攣化する傾向を有する︒何とならば一度確立された規則の糧績性は
利害關係者が会計資料を正確に解繹する能力に實質的に貢献するから︒⁝⁝会計基準を廣般な適用範園にわたつて手
績への有効な指標となるように記述することは可能である︒規則は一致の基礎となされ得るのに劉し︑基準は相異が
必然的でかつ明白に正當とされる場合にそのような相異を測定する尺度と考えることができる︒それ故︑基準は乎績
を規定したり實践を嚴格に限定したりしてはならない︒むしろ基準は会計報告書における最善なるものへの指導標と
して役立つべきである︒この目的を最も宥効に果すために︑基準は熟慮の結果選ばれた事業政策の最良のタイプを表
現七得るものでなければならす︑このような基準はそれゆえ一般事業家によつて良き会計實践への道を指示するもの
として受け入れられうるものでなければならない︒﹂これによれば団暮o苧日罫菖卑oβは会計原則と基準とを置別せ
す︑その根抵に会計の基本概念が横たわつているごとを認めなければならないとなす︑というよりもむしろ︑会計基
準への接近は基本概念の方向からなさるべきであるとなす︒この基本概念の︼般的︒抽象的詮明はそれ以上述べられ
ていないので︑後に紹介するその具艦的例示からその観念を確立すべきである︒
b巨①鼠o蟄謬Pooo毎昌置㎎b雛︒︒oo宣寓O昌のPooOqβ菖βσqOOβoΦ娼甚9昌働00蜜昌9霞餌召αqβq①巨旨昌σ◎OO巷O目暮o
蜀ぎ碧鼠鑑OQ宮ま拷㊦β駐"μ障︒︒剴①話臨o旨は︑その表題にもあるように︑会計の諸概念と諸基準とを取扱つているが︑
そこで会計諸概念器8譜暮ゴσq8昌8娼審というのは団暮oβ‑日詳菖Φ8βの会計の基本諸概念び器冨8β8娼宏o馬
器oo毎洋冒09とは異なり︑後者に相當するものは︑その序言の脚註に述べられている所の︑﹃めつたに明言して認め
られてはいないが︑会計諸概念は次の(五項のー筆者︑それは後述すろ)ような︑基礎的條件歪たは假定ρ昌禽o匡旨βσq \
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(5)
8昌臼寓o塁弩9即宏庫唐馨一〇塁の枠の中に具燈化される︒﹄の基礎的條件または假定である︒'
日・国・QΩ欝β動①器勘国・閑・国暮臨①峯およびq・冒OO同①のbOα蜜酔O拷①暮O恥P80⊆β寓βσq団ほ昌9覧ρμ⑩︒︒◎◎は会計の
機能・慣脅的な塵理法︒霞夢貯8β<o昌飾o昌鴛b国089日$と原則とを匿別するが︑その慣脅的な腱理法と稻するも
のが︑後にその内容について紹介するが︑会計の基本概念として考えられうるところのものである︒(一1七頁参照)
会計原則そのものが慣脅よりなることi‑それは正當な見解であるーを張調するΦΦo円σQoO●嵐竃は帽置帥β9呂
bo8口暮ぽσq鳩μ鵠G︒において次のような注目すべき言葉をのべているつ﹃会計は實用的なものであり︑慣習(その或
るものは必然的に事實とどれぼど照鷹するか疑わしいものである)に基すくという事實の一般的理解が眞の進歩に敏
くことのできない前提であつたということを私は悟るに至つた︒﹄(二頁)﹃(アメリカ会計士)協会の一委員会は︑
元來︑会計諸規則は経験と道理とから派生された要請にすぎす︑それが有用であることが誰明され一般的に受け容れ
られるようになつて後始めて会計の原則となると述べた︒会計原則は有用性の考慮の上に基礎すけられ︑有用性の規
範が攣化するに從い墾更されなければならないことが繰返し認められた︒﹄(三八頁)この要識娼o︒・εμ暮$という語が
o碧O塁という語と共に会計の基本概念の意に用いられていると思われる︒
瀞山邊六郎教授は娼o︒︒け巳葺$な﹁自明の要件﹂と課し︑これに關連して次のように蓮べておられる︒﹃⁝⁝今日アメリカにおいて
'は︑﹁一般に承認された會計原則﹂なうものな狭義に︑すなわち實質的會計原則の意味に解し︑かの明瞭表示や綴績性の翼請に
これな︑むしろ﹁自明の要件﹂であεとし︑これな︑論璽の封象となる﹁會計原則﹂そのものの内には含めないのが普通であ
る︒けだし公表財務諸表が企業の紹理欺態な明示すべ告こと︑殊に重要項目について詳細な明示あ行うべきことは何人も異論の
ない當然の要請であり︑更に綴績企業の財務諸表において會計原則が首尾一貫的に適用さるべき㌧︑ともまれ當然の要請だからで
あろ︒これら二つの﹁自明の要件﹂は會計原則そのものが一般に承認されていろかどうか︑すなわち妥當であるかどうがという
ことから引離しては意昧をなさない︒換言すれば︑明瞭表示なり総績性な・りは要當なる會計原則に基く揚合にじめて意味のある
企業會計の基本︑概念 '