説苑
企 業 及 企 業 者 の 概 念 に 就 て
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室谷賢治郎
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現代の所謂資本主義的経濟組織の下にあつて︑各種の生産要素を結合し︑所得分配の泉源を形成
するものは企業である︒即ち企業は現代純濟組織の福軸を駕すものであつて︑凡ゆる経濟活動は畢
覧之に撮つて同轄するのである︒米國學者目8諺︒・叶︒ぎく・三窪が其の﹃企業論﹄の壁頭に﹃現代文
明の物質上の骨組は産業組織であつて︑此の骨組を動かす指導力は企業である︒﹄ωと喝破しπのは
企業及企業者の概念に就て四七三
O 商學討究第一巻(下)四七四
洵に當を得禿観察である︒されば経濟組織乃至肚會組織の現在將來に封し︑筍も批判を加へ改造を
圖らんとする者は︑須く先づ企業の研究に指を染むべきである︒
①円ぎ旨匹︒貯く︒乞窪u日ずo.98蔓ohb6蕊ぎ︒脇国三㊥N箕⁝鶏乞︒毛ぎ﹁ぎ同畏・ワ国●
然るに從來企業に關する理論的研究は︑寡聞を以てすればあまう多く登表せられなかつた︒其の
理由は種々學げ得るであらうが︑一つには從來の縄濟學のω9︒∋巴N凶︒﹁琶σqが頗る不適當であつた
黙に露せしめ得ると思ふ︒蓋し從來多くの経濟學者の敷ふる所を見るに︑斯學攻究の分野は生産・
交換・分配・清費の四篇に分πれ︑就中生産篇の關する所は所謂生産の三要素としての土地・資本・
勢働の技術的方面に限られπ︒而して企業活動の重要なる所以が認知せられ︑生産篇中に企業が新
なる要素として附加へられるに至つても︑そは概ね生産篇の末尾に附せられ且つ他の二要素と岡一
準面に置かれる竜のであつ尤︒﹃経濟學は囚はれπり﹄と呼んだのは故大西敷授であるが︑余は此
の言葉を移して以て経濟學に於ける企業論の傳統的取扱ひ方に援用せしめても妨げあるまいと信ず
る︒凡そ企業は土地・資本・勢働の如く経濟活動の某礎條件として一定不易の性質を有するもので
はなくて︑其の形態に於て︑まπ其の経螢に於て著しき愛革を受けつ\あるものである︒加之︑土
地・資本・勢働の三者は企業の手に結びつけられるによつて始めて其の意味を有し得る竜のである
から︑企業と右の三者とを同一の否面に列べて観察を下すのは決して適當なる慮置と謂ひ得楓︒此
の之とは輻田博士も夙に指摘せられた所であって︑博士の言を籍りて言へば﹃今日現在の縄濟生活
活動のアルファにしてヲメガπるものは濁う企業﹄⑭である︒故に経濟生活活動の解剖は︑先づ企業
噛理論の正しき理解よう始めねばなら綴こと\なるのである︒然らば企業論は経濟學の範園内にあつ
て如何なる地位を占むべきかと言ふに︑當に生産篇の壁頭に來るべきものと余は信ずるのである︒
②幅田博士﹃経濟學全集﹄第一集七〇八頁︒
蚊に最近に於て企業論を生産篇の壁頭に立て︑此の立場ようして土地・資本・勢働の説明を下し
尤る経濟書を手にし得π乏は余の大いに楡快に思ふ所である︒ブラーグ大學敷授たうしU5≧律a
>ヨo⁝のこΩ﹃毒畠昌σq︒ユ2<o野・・≦〇三・︒訂民ω♂鐸ρへへ卑︒︒冨﹁日亀●Uo﹃団δN︒︒︒ωユ巽零〇三・・琶'紆σ=像霞巳σq
(O帯くo涛①鼠﹃房o冨津)闘U︒︒︒一^﹃ぞ瓢く︒二=心窪︒︒鴨oユ︒︒6ぴΦ<︒=︽︒︒≦︑一﹃叶ω︒げ・の津ω冨ぴ﹃ρ一①昌9・6N◎が即ち是れで
ある︒今諺∋95の此の書の結構に就て一言せんに︑彼は先づ序論として経濟學の封象と任務とを
明かにし㈹︑次に第一篇を國富の建設及び分配の過程と題して之を次の四章に分つ︒
第一章國民経濟の構造と系列︒
第二章個人主義的交易過程︒
企業及企業者の概念に就て噂四七五
商學討究第一巻(下)四七六
第三章肚會経濟の動態︒
第四章新國民経濟學の登達と方法論︒
而して右の第一章は從來の生産篇に︑第三章は交換篇・分配篇を合しカるもの或は流通篇に略該
當するものであつて︑第三・第四の雨章は斯學研究の最新傾向を指示するものと見ることが出來る︒
然らば吾等當面の問題泥る企業論は︑︾ヨ○コロの第一章に於て如何なる取扱を受けて居るかと言ふ
に︑彼は蝕に國民経濟の概観を與ヘカる後直ちに経螢と企業に移ウ︑縄螢の種類︑企業の形態︑経
螢集中と企業合同を論じ︑然る後生産手段に論及し︑其の種類として土地・資本・勢働を説くとい
ふ順序である︒・企業論の経濟學に於ける重要が︾∋︒言の如き明敏達識の學者によつて認識せられ
力乙とは︑極めて注日すべきことに属する︒
働︾日o言の著に特にくo貯毫︒三敦碧伽出¢ぎ︒といふ︒アダム︒スミス以下今口に至うまで多くの學者によつて観かれ來つ表
所謂℃暮・︒8ロ︒慧$とは撰あ異にし︑近時空σqO鐸韓によつて唱へられろ≦.9建器①88ヨ即霧と相通ずるものである︒
以て経濡學最近の思潮の趨く所彪悟ろべきであらう︒
さて企業の理論的研究に於て︑最初に解明すべき問題は企業の本質如何といふ乙とである︒本稿
は此の問題を取扱ひ︑粂ねて何人が企業者なりやに論及するを以て目的とする︒
=
O 企業の本質を考慮するに當つては先づ少くとも學者の所説を聴くことから始めねばならぬ︒
碩學ω6ずヨ︒一一巽は企業を定義して曰く︑﹃個人・家族若しくは團膿が習慣及び法律に依つて定めら
れπ或る永績的の形式に從つて商品叉は勢働を規則正しく市場に供給する乙とを企て︑其の費買よ
う生ずる利盆を以て生計を螢み︑少くとも牧支相償はしめんことを目的として勢力及び資本を投じ
且つ使用する時は之を企業といふ﹄とω︒
①ω9ヨoまびΩ毎昌島剛鴇山臼騨目αq⑦日①ぽoロ<o穿い乱詳ω魯9︒津q・一〇ぼρH●H蕊・ω・轟蜜●
増地商學士謬﹃企業論﹄改謬第一‑二頁︒
今ω9ヨ︒一一理の此の定義を吟味するに︑之は坂西氏も言はれる如く︑﹃其の措僻幌曲精細を極む﹄⑳
のるも︑未だ明確に企業の本質を捕へ虎ものとは思考せられ澱︒何となればω6ぎδ一一卑の特徴と竜見
るべき縄濟現象を説明するに際し︑常に肚會現象・政治現象を以てせんとする歴史的・露納的態度
が︑企業の説明の揚合にも冗長に失し︑其の眞意の果して奈邊に存するかを捉へ難くするからであ
る︒唯だ此の定義の中にあつて︑云はΨ千金の重さを有すと考へられるのは︑﹃或る永績的の形式に
企業及企業者の概念に就て四七七
商學討究第一巻(下).四七八
從つて﹄なる一句である︒蓋し此の一句は︑企業の持績的組織なることを示すものであつて︑之を
看過するときは︑企業竜投機竜概念上同一系列に属すと見られ︑後者は前者の極限概念として立せ
られるに至るのである⑥︒併しながら投機は嚴密に言へば︑市個の凝動を豫期して其の差額を利する
目的を以てする頁買取引︑即ちU窪ぎσqω三α一留﹃︒=︒︒であつて︑割合に暫定的なるを特色とする④︒
σ
企業の持績的なると同日.に論ずべからざるは謂ふまでもない︒
②叛西由藏著﹃企業論﹄第三十六頁O
⑤津田武二稿﹃企業に於けろ危陰員憺の数理的解説﹄(國民繹濟雑誌第・三十六巻第六號)謬照︒
㈹佐野博士著﹃取引所投機論﹄第二頁塗照︒
次にQ︒︒ヨσ曳によれば︑﹃企業とは貨幣債値に見積もられだる給付と反劉給付との契約の締結を
基として財産を充用し︑財産所有者に利潤を生ぜしむる乙とを目的とする経濟形態を云ふ︒﹄①
⑤ωoヨ冨3U卑ヨ&o旨o困招M邑凶︒・目口ω.閑9H・国︾・おoNω・おい・
此の定義は坂西氏の認めて以て﹃比較的克く企業の性質を説明し允う﹄⑥とせられπものであるか
ら︑後に一括して論評すること\し︑先に坂西氏の下す定義を見やう︒坂西氏に從へば︑﹃企業とは
市揚の利潤を藏得する乙とを目的として経濟行駕を主導する所の経濟的組織を云ふ︒﹄の即ち氏の見
の
る所によれば︑企業の観念を構成するに主要なる事實は次の二つである︒
第一︑企業は秩序的・持績的の組織形態として濁立の存在を有すること︒
第二︑企業の目的は市場の利潤を臓得せんとするに在ること⑧︒
⑥坂西氏︑前掲書︑第三十入頁︒
ω同上︑第四十二頁︒
⑧同上︑第三十九頁‑四十頁︒
之に由つて考ふるに︑Q︒︒ヨσ9答並びに坂西氏は︑何れも企業の本質を利潤獲得の裡に求めんとす
るもの\如くである︒此の読は聯か観察の方面を限局して考ムるときは︑亦一種の見解たるを失は
澱であらうが︑併し企業の本質を説い力竜のとしては楯の牛面を見て未だ他の牛面を見澱との評を
下さざるを得繊やうに余には思へる︒蓋し企業は其の語源の示す如く⑧︑﹃引受ける﹄︑﹃敢て駕す﹄︑
﹃背負つて立つ﹄の義であつて︑﹃利潤を獲得する﹄といふ意味は毫竜含まれて居ら諏︒即ち企業の
本質は危瞼を負憺する黙に存し︑利潤獲得は此の危瞼負澹の勢償に外ならずと解繹すべきものと思
ふ︒坂西氏は︑企業の観念は其の根祇に伏在する所の心理的基礎によつて定めねばなら顧︑唯だ其
の結果として外面に現はる\所の危瞼負憺の一事實を捕へて是が定義を盤さんとするが如きは徒に
企業及企業者の概念に就て四七九
商學討究第∴巻(下)四入O
其の枝葉に走るものと謂ふべきのみと論ぜられカが㈹︑併し概念構成は心理的基礎によるべき竜の
に非ずして︑論理的根援に侯つべきものなうとは近時の認識論家の等しく唱へる所であム︑且つ學
徒の普く認むる所である︒企業に於て利潤獲得の事實こそ却って結果として外面に現はれる所のも
のである痩いか︒果して然りとせば︑坂西氏の企業の定義は未だ全部の眞理を傳へる竜のでないと
謂はざるを得澱︒是に於て企業の本質を危瞼負憺の裡に見んとするご9巳餌三ρの見解は︑吾等の注
目を大いに牽くのである︒
㈹q三︒旨︒ずヨ暮㈹(濁)w国昇話豊ωの(佛)甲dg窪算貯σq︒門︒艮︒﹁唱誹只英)︒
勅叛西氏︑前掲書︑第二十四頁︒
巨8雪p窪は企業の本質を危瞼負憺に存すると説くが︑併し軍にそれのみでは小農の危瞼と大地主︑
の危瞼︑まπ小店舖を有する手工業者の負憺する危瞼と大工業家の負澹する危瞼とは全然同一で︑
唯だ程度の差あるに止まるといふことになるから︑企業の特徴としては更に別個の新観黙を附加へ
ねばなら顧として︑資本計算困巷一冨一溝︒ぎ≡義を行ふこと︑詳言すれば螢利活動に於て一定の金額
πる資本を基礎とすることを畢げて居る⑳︒即ちb⁝︒3︼騨菖の所謂危瞼とは貸借劉照表の面に表はさ
れる所の資本の危瞼であつて︑之を更に適確に言ひ現はせば利潤の危瞼である︒されば企業の負憺
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