アメリカ自動車工業の発展過程 : 寡占体制の確立
その他のタイトル The Development of American Automobile Industry
著者 小谷 節男
雑誌名 関西大学社会学部紀要
巻 1
号 1
ページ 47‑77
発行年 1970‑03‑31
URL http://hdl.handle.net/10112/00023239
—寡占体制の確立―
小 谷
節
男
目 次
ま え が き 1. 競 争 段 階 2. 移 行 段 階 3. 寡 占 段 階 あ と が き
ま え が き
アメリカ自動車工業における寡占体制の確立を考察するに先だて,アメリカ経済に占める自動 車工業の地位とその現況を概説することから始めることとしたい。
〔地位と現況〕
アメリカは世界総人口の約696 (1憶7,000万人)を占めるにすぎないが, この人口でもって世 界の乗用車総数の約55%を保有しており,その乗用車保有台数は約8,500万台に達している。 自 動車の普及度をみると,例えば5世帯のうち4世帯は少なくとも 1台の自動車を所有しており,
労働者3名のうち2名は自動車で通勤しており,消費者信用残高の約3296は自動車手形が占めて いるほどである。
また,自動車はアメリカ経済全体に対しても広範な影響力をもつ。例えば,自動車のガソリン 消費量は,年間650億ガロン (18.5億バーレル)に達し,自動車, 部品, および燃料に対する課税 は,州の税収総額の27%を占め,連邦消費収入総額のほぽ4096に達している1)0
自動車生産が国民経済におよぽす直接的衝撃をみると,自動車生産と国民総生産の比較では,
1964年の自動車生産は国民総生産の4.1%であり,総計255億ドルに達した2)。だが,自動車生産 が経済におよぽす影響力は,実際上ではこの比率と数字よりもはるかに大きいのである。その理 由として第 1に自動車の購買は平均的な家族では,家の購買についで大きい予算項目であるs)o
1) Fortu砒 June1965. p.137.
2) Survey of Current Business, February 1965. p. 6.
3) Estes Kefauver, In a Few Hands: Monopoly Power in America, 1965. p. 82. 小原敬士訳「少数 者の手に」 1969年, 101頁。
平均的なアメリカの消費者は,自動車を購買し操縦するために総所得の7分の 1以上を支出して いる。この額は,毎年総計500億ドルをはるかに超えるものと見積られるり。それゆえに石油産 業,給油所,自動車販売所,モーテルなどの活動水準は自動車がどの程度購入され,利用される かによって大きな影響を受けている5)。こうして新車需要の変動は,他の需要分野にも影響して 経済にプームとパストを作り出す要因となるのである6)。第2に,自動車の生産では産業連関分 第 1表 自動車工業に吸収される各種工業部門産出高の割合(飴) 析の立場からすると,自動車工業
I 1955年1) I 1956年2) 11965年3)
ストリップ 23.9
ノゞ ‑ 24.0 鉄 鋼 23.1 l合 金シ ーステンレスト 431205...131 22.4
全 諸 形 鋼 17.8
アルミニウム 13.5
銅 10.0 7.1 12.8 鉛 40.7 42 4 50.0 亜 鉛 29. l 28.2 35.0 ニ ッ ケ ル 21. 0 13.6 14.0
{天然 64.8
< 然 64.8
コ. ム
人造 61. 6 成 61.0 61. 0 生 52.8
板 ガ ラ ス 75.0
ラ ジ オ 43.5
エアコン装置 22.7
人 造 皮 革 71. 5
1) 脇村義太郎「アメリカの自動車」(『世界」 19557年12月号所収)
は生産の原材料として他の多数の 工業部門から生産物の供給を受け ている。第1表は,自動車工業が 吸収する各種工業部門産出高の割 合を示すものである。 1965年の資 料によれば,自動車工業は,アメ
リカの鉄鋼生産高の22.4%を,ァ ルミニューム・銅・ニッケルの生 産高の135!るないし14%を,鉛の50 鍬 亜 鉛 の35%,ゴムの61彩,板 ガラスの75飴,ラジオの43.5彩, エアコン装置の22.7%を,人造皮 革 (1956年の資料)の71.5彩を吸収 し消費している〔註〕。なかでも,
鉄鋼, ゴム,板ガラス, ニッケ p.198. より。 }レ,鉛の消費者としては,自動車 2) Administ釘edPrices, Hearings before the Subcommittee
on Antitrust and Monopoly of the Committee on the 工業は第1位である。またアルミ Judiciary United Senate, eighty‑fifth congress, Part 6, ニューム,銅,錫,綿,機械工具 Automobiles, 1958. p. 2202. より。
3) Fortune, June 1965, p. 137. より。 および化学工業(塗料,プラスチ ック)などの最大級の顧客である7)。このように産業連関の面からみても,自動車生産の増減が 景気の動向におよぽす影響力は甚大であるといわなければならない。第3に自動車工業は,その 雇用労働者数からみても,国民所得の多大な部分を占めていることがわかる。それは事実上,ァ メリカの労働者の7分の1が直接間接に自動車工業に依拠しており,産業連関分析によれば自動
4) Stanley Vance, Industrial Structure and Policy, p.180.
5) Adminstered Prices, Automobiles. Report of the Subcommittee on Antitrust and Monopoly of the Committee on the Judiciary United States Senate, eighty‑fifth congress, 1958. p.1. 6) Fortune, ibid., p. 137.
7) E. B. Alderfer and H. E. Michl, Economics of American Industry, 1957, third edition. p.149.
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車工業の雇用労働者と同数の労働者が自動車工業の供給産業に雇用されているということからも 明白であるs)。
〔註〕第1表において, 1955年, 1956年, 1965年と 3つ の 資 料 を 掲 げ た 理 由 は , 各 資 料 に よ り , 数 値 が 多 少 異 な る の で お お ま か な , 現 実 に 近 似 的 な 評 価 を 得 る た め で あ る 。 ち な み に あ る 資 料 で は , つぎのように評価 している。 「自動車産業は,アメリカの鉄鋼のほぼ5分の1,銅の14分の1,鉛の5分の2以上,亜鉛の4 分の1以 上 , ニ ッ ケルの7分の1,再生ゴムの2分の1,天 然 ゴ ム の ほ ぼ3分の2,タイヤコードのほとん
ど 全 部 , 国 内 の ガ ラ ス , 機 械 装 置 , 一 般 産 業 機 械 , 鍛 造 物 , そ の 他 の 産業の相当部分の生産物を消費してい る。」 (AdministeredPrices, Autobiles. Report., 1958. p. 1.)
一般的にいって,経済の不安定性は耐久消費財部門に集中して現われるが,乗用車は金額にし て全耐久消費財の約40%を占めている。それゆえに乗用車の販売高が増大すれば,それにしたが って経済も成長するという傾向が存在するのである。このようにして自動車工業の状況,とりわ け新車需要の動向は,アメリカ経済全体の需要,生産,雇用,利潤に重大な影響をおよぽし,ひ いては景気の動向を左右する大きな要因として作用しているのである9)。
〔分析視角〕
アメリカ自動車工業の歴史は,論者により,また分析視角の相違により種々の発展段階に区画 されてきた〔註)。例えば, 岡田賢一氏は, アメリカ自動車工業の生成過程を「自動車工業部門 の内的構造の変化とアメリカ経済に占める部門的経済力の比重との関係」 1o) から競争と独占に 着目してつぎのように区分している。「1920年恐慌を境として,全期間を2分し,その前半を競争 期,後半を独占期とする。前者については,さらにこれを細分して,競争構造の形成とその進展 過程 (19世紀末から1910年恐慌),競争構造のもとにおける独占構造への推転過程(1911‑20年恐慌)
とする。また後者については, 独占構造の確立過程 (1920年代), 世界恐慌期, 第2次大戦期,
および独占構造の成熟過程 (1945年から現在)に分割する」 11)としている。
(註〕アメリカ自動車工業における発展段階の区画について。 (1)ドナルド・A・ムーア(DonaldA. Moore)
によればつぎのようである。「自動車工業の歴史は,次の数段階に区分することができる。 (1)1898年 ま で の 試 験期, (2)1899年から1910年 に い た る 小 メ ー カ ー が 限 ら れ た 市 場 に た い し 生 産 し て い た 時 代(1899年 の 自 動 車 生産は2,500台), (3)1911年から1622年にいたるフォードおよびゼネラル・モーターズの台頭と大衆市場をめ ざす生産の時期, (4)1923年から1941年にいたる三大会社と3,4の独立会社による代替市場の競争時代, (5) 1946年から1953年にいたる需要の回復と自動車工業の安定時代,である。」 (D.A. Moore, The Automobile
!industry, in : The Structure of American Industry, ed. Walter Adams, 1954, p. 276. 嘉 治 真 三 監 修
『アメリカの産業構造」 1958年,342頁。) (2)ま た , ア メ リ カ 上 院 の 反 ト ラ ス ト独占委員会の報告『管理価 格ー自動車ー』はつぎのようにのべている。「自動車産業の集中化の歴史は3つ の 段 階 に 区 分 で き る 。 第1期
(形成期 theformative years)は 第1次大戦までの同産業の形成期であり, この期には多数の企業がこ
8) Administered Prices, Automobiles. Report., ibid., p. 1. 9) Fortune, ibid., p. 137.
10) 岡田賢一「アメリカ自動車工業の生成過程」(京都大学経済学会『経済論叢』第89巻6号,1962年.所収)54頁。
11) 岡田賢ー前掲論文54頁。
の事業をはじめたり,廃めたりしていった。どの単一企業も支配的地位を得ることができず,集中度は,そ の後, 普通にみられるようになった程度と比べてかなり低かった。第2期(フォード時代 theFord era) は,フォードの支配期であり,それは第1次大戦の初期に始まり, 192728年にTモデルからAモデルに変 更した時期を除いて, 1930年まで続いた。第3期(ゼネラル・モーターズの時代 theGeneral Mortars era) は, 1931年から今日まであり,この期の著しい特徴は,ゼネラル・モーターズ社の支配的地位が高まったこ とである。」 (AdministeredPries, Automobiles. Report., 1958. p. 4.) (3)さらにアルフレッド.p・スロ ーン(AlfredP. Sloan)はつぎのように区分している。「自動車業界の歴史は,商業上の視点から, 3期に分 つことができる。第1期は, 1908年以前で, この時期は高価な自動車だけに限定された高級市場 (class market)の時代であった。第2期は, 1908年から1920年代の中頃までで, この時期にはフォードによって
リードされた大衆市場 (massmarket) が優位を占め, 自動車は廉価な基本的運輸手段であるという彼の 考え方が市場を支配した。そしてその後の第 3期は,絶えず向上を続ける大衆市場の時代,言いかえれば,
より豊かに変化する大衆高級車市場 (mass‑classmarket)の時代であった。これはG Mの考え方であった と確信をもっていえる。」 (A.P. Sloan, My Years with General Motors, 1964. p. 150. 田中融二他訳
「G Mとともに』 1967年, 194頁。)
さ て , 分 析 の 視 点 と し て 寡 占 体 制 の 確 立 の 過 程 を 探 求 す る こ と か ら , ま ず 自 動 車 市 場 の 構 造 変 化 に 注 目 す る こ と に し よ う 。 第1図 は , ア メ リ カ に お け る 自 動 車 生 産 の 集 中 と 市 場 構 造 の 変 化 を ,. . . . . . . .
市 場 占 拠 率 の 推 移 に よ っ て 示 し た も の で あ る 。 1910年 代 を み る と , フ ォ ー ド が 市 場 の40%以 上 を 占 め 圧 倒 的 な 支 配 力 を 示 し て い る 。 そ し て , GM, ダ ッ ジ (Dodge)がこれにつぎ, 70社 以 上 に
第1図 自動車生産の集中と市場構造の変化 100
90 80 70
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0 0 0 3 2
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10
1900 1910 1920 1930 1940 1950 1960 Leonard W. Weiss, Economics and A加 ricanIndustry, 1961. p. 327.
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およぶ多数の独立会社 (Independents)が乱立して,マーケット・シェアをめぐる激しい競争を展......
開していた。この年代を競争段階とする。つぎに1920年代には,フォードのシェアは1921年の約 60彩をヒ°ークとして次第に減少し, G Mが漸次にシェアを大きく拡げ最大の占拠者となりつつあ り,新しくクライスラー社が参入してダッジを合併した。そして他の多数の独立会社はそのシェ アを30彩前後に低下し,市場からだんだんと姿を消していった。明らかに自動車市場は寡占構造.......
へと移行しつつあった。この年代を移行段階とする。さらに1930年代の市場の特徴は,大恐慌を 契機としG Mが圧倒的なシェアを占め, GM,フォード,クライスラーの3社で市場の90彩を占
めるにいたったことである。 第2図乗用車生産台数の推移 (単位10,000台) て し‑c.a虫 立 会 社 は そ の 数 を
いちじるしく減少するととも に,そのシェアを僅か105'!る程 度までに低下した。この年代 にビッグ・スリーによる寡占 体制が成立するにいたったの である。 1930年以降を寡占段 階とする。以上要するに,ア メリカ自動車工業の発展過程
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は,寡占体制の確立という視 点からすると, (1) 競争段階
(2) 階移行段 (3) 寡占段 '05 1910 1920 1930 1940 1950'55 E. B. Alderfer and H. E. Michl, Economics and American 階の3つに区分することがで Industry, 1957. p. 150.
第2表 乗 用 車 生 産 台 数 (単位1,000台) 年 次 1生産台数II年 次 1生産台数II年 次 1生産台数II年 次 1生産台数II年 次 1生産台数II年 次 1生産台数
1900 4 1910 181 1920 1,906 1930 2,787 1940 3,717 1950 6,666 1901 7 1911 199 1921 1,468 1931 1,948 1941 3,780 1951 5,338 1902 , 1912 356 1922 2,274 1932 1,104 1942 223 1952 4,321 1903 11 1913 462 1923 3,625 1933 1,561 1943 0.1 1953 6,117 1904 22 1914 548 1924 3,186 1934 2,161 1944 0.6 1954 5,559 1905 24 1915 896 1925 3,735 1935 3,274 1945 70 1955 7,920 1906 33 1916 1,526 1926 3,692 1936 3,679 1946 2,149 1956 5,816 1907 43 1917 1,746 1927 2,937 1937 3,929 1947 3,558 1957* 6,113 1908 64 1918 943 1928 3,775 1938 2,020 1948 3,909 1958** 4,269 1909 124 1919 1,652 1929 4,455 1939 2,889 1949 5,119 1959*** 5,568 1) Automobile Manufacturers Association, Automobile Facts and Figures, 37 edition, 1957. p. 3. 2) *G• マクシー, A ・シルバーストン著;今野源八郎•吉永芳史訳『自動車工業論」 1965 年, 付録D統計
表, p.264より。
** Weiss, Economics a叫 American‑Industry, 1961. p. 328. より。
***U. S. Dept. of Commerceの資料より。
きる。この段階区分をもっと立ち入って検討してみると,競争段階は1908年フォードT型車の発 表とG Mの設立を起点とし,移行段階は自動車市場が飽和状態に達した1923年を起点とし,寡占 段階は大恐を契機として1930を起点にするのが妥当ではなかろうかと考えられる。
ところで,アメリカにおける乗用車の生産台数は,前頁に掲げた第 2図および第 2表のようで ある。図・表によると自動車生産の一般的な増大傾向にたいして, 2回の激しい低下と中断がみ られる。 1つは, 1929年恐慌にはじまる1930年代初頭の不況期における生産の低下であり, 1つ は1940年代前半の第2次世界大戦中における乗用車生産の中止がそれである12)。以下, 順次に 各発展段階を考察しようとおもう。
1 競争段階 (1910年代)
アメリカ自動車工業では,この年代に大企業が出現し,大量生産と大衆市場が発展した。また 多数の企業が参入したり,脱落したりする群雄割拠の中で,フォードとG Mがめざましく拾頭し た。前者は単一構造の会社として,後者は企業連合の会社として発展したのである。
【1】フォードT型車とG Mの設立
アルフレッド.p. スローン (AlfredP. Sloan)は『G Mとともに』 (MyYears With General Mortors, 1964)の冒頭でつぎのようにのべている。
「1908年には自動車工業の発展にとって長く大きな意味を持つ2つの事件が起った。その 1つ はビュイック・モーター社 (BuickMortar Compeny)を根城とするウイリアム・ C・デュラント
(William C. Durant)の工作により現在のゼネラル・モーターズ・コーポレーション (General Motors Corporation)の前身たるゼネラル・モーターズ・カンパニー (GeneralMortars Company) が設立されたこと,いま 1つはヘンリー・フォード (HenryFord)がT型車 (modelT)を発表 したことであった。この2つの出来事は,いずれも,たんに 1つの会社あるいはその会社が製作 する車を代表するのみにとどまらなかった。それは各々異なる見解と異なる哲学を代表してい た。その後に続く時期において,歴史はこれらの哲学に自動車工業界における主導的役割を課す るように運命づけられていた」 13)と。
実際上,上記の1908年における 2つの出来事,すなわちG M社の設立とT型車の発表をもって 自車動工業の歴史が開幕されたとすれば,それ以前の時期は自動車工業の前史といっても差支え ないほどにこの2つの出来事はアメリカ自動車工業のその後における発展にとって重大な意味を もつものであった。そしてこの時期から自動車の生産台数も飛躍的に増大してきた。 1908年には 6万4,000台!こすぎなかったが,翌1909年には10万の大台を超え一躍12万4,000台を生産するにい たった。そして1910年代を通じての自動車生産の急速な成長と発展は, 1916年にはついに100万
12) E. B. Alderfer and H. E. Michl, iibd., p. 150.
13) Alfred P. Sloan, My Years with General Motors, 1964, p. 3. 田中融二他訳『G Mとともに』 1967 年, 5頁。
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