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動態経済学に関する覚書

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動態経済学に関する覚書

その他のタイトル Note on Dynamic Economics

著者 高本 昇

雑誌名 關西大學經済論集

巻 4

号 2

ページ 124‑153

発行年 1954‑05‑30

URL http://hdl.handle.net/10112/15804

(2)

124 

, "  

︱つの経済体糸

二︑均衡成長率 三︑人口増加と投査の放果

ケインャス革命はいまも尚続いている

0

彼の経済体系は短期の静学的均衡理論であったが︑

く単純に割り切れるものではなく︑そこには近時の動学理論への基礎と示唆が随所に光彩を放つている︒そしてこの

基礎と示唆の上に︑ケインズ自身に続いてケインズ革命と呼ばれるものが繰りひろげられているのである︒この小稿

[ 1 J  

は︑その︱つの所産である経済成長の理論を主として問題とし︑その基礎に若干の検討を加えょうと試みるものであ

は し

六︑現実の成長と振動 五︑振動のモデル 四 ︑

一般化された均衡成長率 高

動 態 経 清 學 に 闊 す る 覺 書

しかしその全体系がしか

(3)

125 

るが︑新奇に何ものかを附け加えようとするものではない︒いわばこれも︱つの序説たろうとするものである︒

本稿を草するに当つて京都大学の鎌倉昇氏より貴韮な御示教を賜った︒記して深甚の謝意を表したい︒それにも拘らず 尚稿中至らざる点は多々あるであろうが︑それらはすぺて筆者の責に帰せらるべきものである︒

註 (1)E•

D .   D o m a r ,

'

^ 

C a p i t a l   E x p a n s i o n ,   R a t e   o f   G r o w t h ,   a n d   E m p l o y m e n t , "

  E c o n o m e t r i c a ,   A p r i l   1 9 4 6 ,   p p .   1 3 7 1 4 7

;   "

E x '   p a n s i o n   a n d   E m p l o y m e n t , "

  A m e r i c a n   E c o n o m i c   R e v i e w ,   M a r c h   1 9 4 7 ,   p p .   3 4 5 5 ;   "

T h e   P r o b l e m   o f   C a p i t a l   A c c u m u l a

  , 

t i o n , "

  i b i d . , D   e c e m b e r  

1948•

p p . 7 7 7 7 9 4  

R.F•Hrod,

"

A n

  E 器

a y

i n   D

y

m i

T h   g  c

r y , "

E   c o n o m i c   j o u r n a l ,  

M a r c h   1 9 3 9 ,   p p 1 .   4 3 3 ; T   o w a r d s   a  D y n a m i c   E c

o

o m i c s , L o n d o n ,   M a c m i l l a n  

C o . ,  

1 9 4 8  

この場合やはり︱つの静学的経済体系から出発するのが最も適当であろう︒

は次の如きものである

0

労仇人口︑掛本ストック︑生産技術︑市場組織︑自然登源︑社会の経済的心理︑競争程度︑

社会制度︑封鎖体制︑財政機能及び貨幣数鼠

0

これらはすべてその変動乃至炊果を焦視されている︒そうすると絃に

︱つの経済体系が得られるが︑それを以下の如き方程式群で示そう︒

( 1 . 1 )  

(1.2) 

(1 .3 ) 

( 1 . 4 )  

動 態 軽 済 学 に 関 す る 党 書

g

本 ︶

* 

= <

p (

Y )

  S

= I  

= f

( Y

)  

Y 1 1 C + s  

一 ︑

︱つの経済体系

︶の体系にとつて所与と考えられるの

(4)

126 

(1 .5 )  (1 .6 )  (1 .7 ) 

1‑D 

"

弦 に

y

︑ C ︑

S

︑ I ︑ N

及 び

D

はそれぞれ社会の所得︑消費︑貯蓄︑投資︑雇傭量及び資本減価額であり

P

先 の

2J

与件によって決定される生産能力と考えられるものである

0

勿 論

︳ P は常数である︒このような体系は最も単純な均衡

[ 3 J  

にある経済の相互関係を与える

0

仮りにこの体系に流動性選好方程式を加えるならば︑

が︑弦では本質的解明を旨として一応それを除き︑従って貨幣利子率と物価水準は考慮の外におくことにする︒

この体系は限られた一経済社会の

f l o w c y c l e

と考えることが出来るが︑そこでは勿論各数値に変化がなく︑従っ

4

て所謂定常状態といわれるものが想定されている︒⑬式は

n e t te rm

では零となるであろうけれども︑弦では

g r o s s te rm

から分析が進められるからその存在は重視されねばならない︒この

f l o w c y c l e

の構造を精細に分析したもの

はケインズであるが︑彼の有奴需要の原理は︑それが単に

f l o w

のみを問題としたということにおいて限界が与えら

5

れていた

0

本稿でわれわれの意図するところはこの限界を超えることなのである︒

さて︑弦に得られた体系はその与件によって基盤を与えられているが︑

系とを併せて︱つの経済構造とみることが許されよう

0

ところで問題は与件である

0

静学的体系にとつては与件とは

その不変性こ 変化しない︱つの経済環境と変化しない基本的経済量

s t o c k

換言すれば経済の生産能力であったが︑

そ静学を規定するものに他ならなかった︒そして生産能力を所与として有炊需要の原理が成立したということは︑そ

れが古典派の経済学においてその冒頭におかれた供給側の条件でもあったことと思い合せるとき︑供給量を需要の側

D "

g i

0  

en  

動態経済学に関する党害︵高本︶

Y 1

1

F )

この与件とそれに制約せられている所得体 ケインズの体系が得られる

一 四

(5)

127 

の条件に依存せしめ︑その有炊なる一点における需要

11

供給量を以て均衡経済量としたケインズ体系の特性を明白に

いわば古典派の経済学が生産の理論から出発したのに対し︑ケインズ経済

[ 6 J  

学は逆に消費者行動の理論から出発したのである

0

供給と需要は二つの経済学の分岐点となったが︑同時にそれは焦

点を動学的なものから静学的なものへ移すことにも役立ったのである

0

有炊需要の原理は供給の側を固定したために

自らを静学の穀に閉ち込めてしまった

0

それは生産能力という限られた器によって規制されており︑その中での循環

を対象とするに過ぎない︒ハロッドが長期的な動学理論の基礎は寧ろ古典派の体系の中に発見されるといつているこ

7J

とにも︑このような背景が考えられるであろう

0

しかるに若しこの器自体︑或はその基礎的諸条件自体が恒常的に変

が︑何れにしても全構造の変化を齋らすことは必至である︒そしてこれこそ本質的に動学に属する問題なのである︒

斯くて動学の最も重要な特徴は

s t o c k s i d e

の変化に対応する

fl ow s i d e

の変化に見出されるといえよう︒

需要と供給とは完全に等しい強調を与えられる

0

われわれの出発点は斯くして出来上った

0

以下これを動学化するこ

とに進もう︒ それは独自に変化する一方

fl ow s i d e

との相互作用によって変化を促進するものである

( 2

) ‑

P

は後に出てくるドマールの

P と混同されてはならない︒ P

は ︳ P

によって可能となる産出高であり︑生産放率ともいう べきものである︒従つて

"

f ( F )

. 

( 3

) この体系は最も単純には

S  = 

(Y

) 

となる︒従って︑式がその中核をなすことがわかる︒

( 4 )

このような体系はハロッドによって静学的に厳密に過ぎると考えられているが︑ハロッドのいう一回限りの与件の変化 動 態 経 済 学 に 関 す る 覚 書

︵ 高 本

︶ 三 五

化するときはどうなるか︒ 指摘するものとして興味深いものがある︒

絃に

(6)

128 

を含めて均従を修正することをも不可能とするものではない︒

H a r r

o d ,  

To

a

rd

s

Dy

na

mi

c  E

co

no

mi

cs

,  p

.2

0 

(5)

こ の 範 囲 に お い て は

︑ ケ イ ン ズ の 体 系 が そ う で あ っ た 如 く 乗 数 理 論 の 成 立 す る こ と は 考 え ら れ る が

︑ 加 速 度 原 輝 の 成 立 す る 余 地 は な い

︒ 條 し

︑ 前 者 は

A r

を 与 え ら れ た と き

︑ 如 何 な る 過 程 を 経 て が 形 成 さ れ る か と い う 相 互 関 係 が 問 題 で あ っ た が

︑ 後 者 は ド 又 は に を 与 え ら れ る と き

︑ そ れ が 幾 許 の 安 本 の 噌 加 を 必 要 と す る か と い う 問 題 で あ っ た か ら で あ る

︒ い わば後者は

f l o w

a n a l

y s i s

の範囲を超えて

s t o c

k a n

a l y s

i s

に立入るものであった︒ケインズが正しくも後者をとらなかつ

た所以である︒

( 6 )

最 近 一 部 の 経 済 学 者 が 論 ず る 泥 代 経 済 学 と マ ル ク ス 経 済 学 と の 統 合 と い う こ と も 部 分 的 に は こ の よ う な 観 点 か ら 明 確 に されうるのではあるまいか︒

(7) 

I b i d . ,  

pp

. 

15 

17 

曽ての経済理論或は景気理論が経済発展の分析において想定した定常均衡は︑

匝線を以てあらわしうるが如きものであった︒そして景気過程はこの一線を統る上下の振動と考えられたのである︒

しかるに近代の経済現象はかかる定常均衡を基礎とした発展と考えるには余りにも複雑な様相を呈している

0

資本主

義経済の特質はそれが不断に変動にさらされ︑不安と希望のうちに発展してきたということであるが︑二十世紀に入

つてこの発展のテンボはますます怠となり︑一︳一十年代の一大変動を経て後は漸く疲弊の色濠く︑そしていまや長期停

se

cu

la

r

st

ag

na

ti

on

といわれる時期に臨んでいる︒この事実はその基礎に定常的ならぬ長期的趨勢としての成長

線を有することに確証を与えるものであろう︒この事態の一端を説明するに大なる貢献をなしたものはいうまでもな

︑ 均 衡 成 長 率

動態経済学に関する党書︵高本︶

一般に時間を測った横軸に平行なる

(7)

129 

動態経済学に関する党帯︵高本︶

くケインズの経済学であったが︑複雑な経済現象の晶底に潜むこの狩本主投社会特有の矛盾に全般的な説明を与える にはそれは尚単純に過ぎたといえょう︒この要睛がそのまま動態経済学への要訥であったし︑経済成長の理論が誕生

する所以でもあった︒

事実として経済社会は常に発展しつつあるが︑その晶礎には人口︑技術︑資源等の絶えざる迎歩があるということ は決定的に重要である

0

以下の試みはこの事実を確認しようとするものに過ぎない

0

さて静学的定常状態を示す均衡 線は恒常成長の一線によって置き換えられねばならないことが先に指摘されたが︑

ールとハロッドに先駆者的な優れた業紹が見受けられる°従ってわれわれは先づドマールの所論に耳を傾けよう︒

ドマールにおける均衡とは一経済に生産要素の完全雇用が達成されている場合︑その経済の生産能力によって可能 とされる潜在的産出高即ち生産炊率

P

が国民所得

yに等しいことをいうが︑

的産出高︑従つて又国民所得が継続的に増加しなければならない︒

しかるに所得の増加を維持するには投賓の増加が 必要である

9

この関係は︑所得の増加分が投資の函数ではなくして投資増加分の函数であるということへの強調を除 けば︑ケインズの乗数理論によって既に周知のものである︒いま

a

を限界貯菩性向とすると︑それは

d Y   dl 

d t

 

(2.1) 

I =  

L I

Y

或は

I I I I I

d t

 

であらわされる︒

1

aは勿論乗数である︒ところでこの式は

f l o w

s i

d e

のみに関するものであり︑同時に投狩術要 の面を明らかにしているが︑又それは必要な方程式の半而に過ぎない︒

そこで他の半面を考えよう︒それは生産能力に関するものである°生産能力の増加は技術的進歩︑労仇力及び狩本 ストックの増加等によって齋らされるが︑ドマールによると技術的進歩は狩本ストックに実現され︑又労仇力はその

このような完全屈用を維持するには潜在

このような試みとしては既にドマ

(8)

130 

I 0  

d I

 

 

d t  

と書き換えてその解を求めると

動 態

経 済

学 に

関 す

る 覚

書 ︵

高 本

︶ 函数と考えられているから︑生産能力従つて潜在的産出高の増加という場合先づ問題になるのは資本ストックであ

︑︑︑︑︑︑︑︑︑︑︑︑︑︑ る︒そこで

A P ‑

が考えられるであろう 絃に A K

0

A K

I I

I

ドマールはこの比率を彼が投資の潜在的社会的平均生産力と

呼ぶところの 6 で以てあらわす︒弦で 6 が労仇の完全雇傭と両立する概念と考えられていることに注意しておこう︒

(2.2) 

(2.3) 

8

式はドマールによって投資の二重性格又は二重奴果

d u a l n a t u r e   o r   e f f e c t  

( そ

れ ば

安 本

主 義

経 済

の 某

本 的

特 質

に 通

る︶を示す基本方程式と呼ばれるものである︒

(2 .4 )  (2

.5 )  (2

.6 ) 

I I

I I

e g t

或は 5 式を

A I

"

 

co  

次に 5 式から

I 0  

A I

I I

I  

a  ところで均衡においては 斯くて

p 1 1 Y

従って

A P

= 4

Y ・

と考えられているから︑幻︑

3

両式から次式が得られる︒

A P

"  

或は

. d P  

I o ‑

一 八

(9)

131 

若し経済が必要な率で成長することを誤ると

0

は一以下に低下するであろう︒

(3.1) 

(3 .2 ) 

II IP AY  

動態緑済学に関する党帯︵高本︶

S = a Y  

これらの公準は次の如き方程式で示されよう︒ ^ロッドは先づ動学の基本的公準として次の命題を考える︒

九 を以て一般的な

6 A S

の場合を検討している︒

a6  次にドマールは不完全雇用の均側を説明するために必ずしも

a a に等しくない成長率グを導入し︑その比率

01

1

0

は利用係数

C 8

f f i c i e n t   o f   u t i l i z a t i o n

と呼ばれるものである︒

以上がドマールの成長理論の要点であるが︑これとほぽ同じものがハロッドによって構想されている

0

そこで次に

^ロッドの成長概念を概観しよう︒

﹁①一社会の所得水準はその社会の貯蓄供給蟄の最も

重要な決定因である︒②この社会の所得増加率はその貯蓄需要羅の重要な決定因である︒③この需要と供給は等し

C9

い ︒ ﹂ の誤用又はその他の諸条件の平衡の欠如によるものとされる︒

a

ぬ部分が生じうるから︑

念 叩

a s

又 は

P K

︑︑︑︑︑︑︑︑︑︑︑︑︑︑︑︑︑︑︑

P̲ K

更にドマールは

に対して資本の完全利用を維持するに必要な成長率を考え︑それを a a

a s で

あ ら

わ す

s はやはり

4 4

と等しくおかれるものである︒そして一般に資本は労仇の完全雇傭が達成されているときにも︑利用され

8J

とおかれる

0

従って S は

d

の達しうる最大限である︒ S と

d

に差が生じるのは資本

あ る

が 得

ら れ

る ︒

55

両式は均衡維持のためには投資が初期の投資から

との積に等し︐い一定の複利率で成長しなければならないということを示している 従って

0

︑︑︑︑︑︑︑︑︑ a a の率︑即ち限界貯蓄性向と投資の平均生産力

a a は完全屈傭均衡成長率で

(10)

132 

これがハロソドによって構想された成長率の基本的概念である

0

即ち⑮式は所得が

ものであることを示している。いま

a

が一 0 形、

B

が四であるとすると、所得は年 2-• 五彩の割合で増加してゆく

こととなろう

0

絃で

5

式 は

位 \

1 1

a a がドマールの となつてドマールの に等しいことがわかるし︑

B

6 の逆数なること

も明らかである︒ただドマールが投資の二重奴呆の名の下に

A ‑ I

を考えたのに対し︑ハロッドの成長率は収一

y

あること︑及び前者が

Y 1

1 P

乃至

, f f

1 1  

t 1 P

を基調としたのに対し︑後者が

S

= I

を以て甚調としていることが僅か

な相違である︒

さて︑絃で

a

を S に代えて貯蓄率と呼び︑

B

に代えて

C r

を持ち込み︑それを産出高の増加分とそれを生産するに必

要な新投資の増加分の比率︑即ち必要資本係数と呼ぶならば収一

y

は必要な成長率となろう

0

その一っを次のように害

こ う

従って 動態経済学に関する党奢︵裔本︶

(3.3) 

(3 .4 ) 

(3.5) 

(3 .6

"G

1 1

はハロッドによって自然成長率 G D

n a

t u

r a

l

r a t e

o f  

  g

r o

w t

h  

. d Y  

l l  

Y 5  

a Y

1 1

J

Y

或は

G n

C r

  1 1 s  

慈に

a

と B は常数である︒⑪と

g

g

に代入すると

S

= I  

^ 

と名付けられているものであるが︑それがドマールの

a ‑ B

の率で恒常的に成長すべき 四 0

(11)

133 

動態経済学に関する党害︵高本︶

(3 .7 ) 

w n  

を考えている︒

G

G

とは全く無関係に成立する企業の均衡であって︑企業者は

G

の示す一線に沿つて行動している

限り現在の進歩の状態に満足しているという

0

勿論それは個々の企業者のすべてがこれに満足しているというのでは

ないが︑全体としての企業者をとつてみれば個々の企業者の上方又は下方への調整は相殺されて G に等しい比率で一

様に進歩し続けると考えられている

0

G

はケインズ流の非自発的失業の生ずる可能性を排除しない

0

ところで︿ロ

ッドが︑現在の一様な進歩に企業者が満足している状態ということによって企業の均衡をあらわす場合︑その均衡は

資本の完全利用が継続的に保証されているということと矛盾しない許りか︑寧ろそれを必要とさえするであろう︒茉皿

し ︑

G が生産能力の一般的な過少雇用と両立するならば︑必要な投資は意味をもたなくなるし︑又それによって

G I

超過することは不可能となるからである︒ハロッドも又労仇の失業についてはその可能性を認めつつも資本の遊休に ︑︑︑︑︑︑︑︑︑︑︑︑︑︑︑︑︑︑︑ ついては触れていない

0

従ってわれわれは G をロビンソンに倣つて資本の完全利用を維持するに必要な成長率と考え

︹ "ご

r1 2J

た い

0

又 Q は一般に不安定であり︑且つ速心力の作用する領域に囲統されている︒

G I

と G とは必ずしも一致するもの

C

r  Gw

 

1 1  

他方ドマールの

a s に

対 し

て は

或は 可能とされる率であることを強調しておく必要があろう︒

a d

に対応するものであることはいうまでもなかろう︒それは人口の増加と︑技術的進歩によって必要とされる調整と

C10J 

を併せて可能ならしめる率であって︑非自発的失業の生ずる可能性を排除するものと考えられる

0

ドマールの

a d

資自体の成長によって可能とされた率であったのに対し︑

G n がこのような経済の基本的諸条件の自然的進歩によって

ハロッドは保証された

f l

成長率

; ' w a

r r a n

t e d "

r a t e

  o f

  g r

o w

t h

 

Gw Cr  

1 1

s  

(12)

134 

斯くて明らかな如く︑ドマールと^ロッドの掏衡成長率にはともに乗数と加速度因子とが主軸として含められてお

り︑これによって生産能力の成長と所得体系のそれとが強く結合されている︒その間には多くの相似点があるが︑又

逆に相異点も若千見受けられる

0

しかし乍ら︑乗数理論と加速度原理を最も有意義に統合したものとして︑それが優

れた動学的概念であるということには些さかの誇張もない︒

(8

)

尤もドマールは例外的に

s >

s

の場合も考えている︒

D o m a r ,   "

C a p i t a l   E x p a n s i o n ,   R a t e   o f   G r o w t h ,   a n d   E m p l o y m e n t ,

"

  p . 1 4 2 ,

  n 

(9

) 

H a r r o d ,  

"

A n   E s s a y n     i D y n a m i c   T h e o r y "

,   p . 1 4  

( 1 0 )

姦でのハロッドの技術的進歩が

l a b o r ' 器 v i n g 型でも

8 p i

t a l ' s a v i n g 型でもなく中立的なものであることは注意されねば ならない︒中立的技術的進歩とは査本係数と生産過程に何らの変化をも与えない技術的改良と考えられている︒

H a r r o d ,   T o w a r d s   a  D y n a m i c   E c o n o m i c s ,   p . 2 3  

( 1 1 )

 

J .   R o

b 甘 8

n ,  

"Mr•

H a r r o d ' s   D y n a m i c s ,

"

c   E o n o m i c   J o u r n a l ,

a   M r c h   1 9 4 9 ,   p p 8 .   0 8 1  

( 1

2 )

 

Ha rr  

&

. ^ ' N o t e   o n   T r a d e   C y c l e  

T h e o r y , "

E   c o n o m i c   J o u r n a l ,   J u n e   1 9 5 1 ,   p ,

2 6

2 ;  

"

C o m m e n t "

  o n P i   l v i n ' s   P a p e r ,   Q u a r t e r l

y   J

︒ ミ ミ

a l o f c   E o n o m i c s  

̀ 

N

o v e m b e r   1 9 5 3 ,   p .   5 5 3   三

︑ 人 口 増 加 と 投 資 の 致 果

以下の分析はドマールー︿ロッドの均衡概念の検討によつて進められるであろう︒ドマールの基本方程式では投資

の二重妓果が強調されたが︑投資の成長を必要とするものが何であるかということについては彼の分析は何らの回答 ッドにおける均衡成長率である︒

動態経済学に関する党書︵高本︶

ではなく︑その差は最適規模と静学的均衡規模との差︑或は

a d

a s との差に類するものと考えられよう︒これが︿ロ

(13)

13.5 

をも与えていない

0

何れかといえば彼は投資が能動的に成長するものと考えているようであり︑

又技術的進歩がそれ

を可能ならしめていると考えているようでもある

0

しかし乍ら︑その何れも正確ではない

0

蓋し︑第一に投資は若し

それ以外のあらゆる条件が長期的に定常状態にあるものとすれば︑何ら派生し増大するものではない

0

投資需要は元

来基本的需要ではないということが想起されよう

0

需要の規模の変化は必ず生産能力の側の何らかの変化に侯つもの

なのである

0

第二に生産能力の側の変化を技術的進歩だけに求めることは生産能力の構造を先に吟味してきたわれわ

れには容易に承認し難いものである

0

所得の規模に制約されず自然的な発展を遂げつつあるものは技術だけではな

0

人口も自然資源も不断に増大しつつあるし︑その他与件と考えられたものはすべて絶えざる進歩の状態にある︒

反つて資本こそそれ自体が自然的に成長するとは決して考えられぬものである︒ドマールは人口従つて労仇力の増加

がそれだけでは生産能力の増大とはなつても︑所得従つて需要の増加を齋らさず︑又方程式の供給面はあるが需要の

面を欠くとしてこれを斥けている°しかし労仇供給の増加ということにはドマールの投資の基本方程式におけると同

様な需要の面がある︒この点を立入って考察しよう︒

世界の総人口が不断に増加の趨勢を辿つているということは絃で詳細な人口統計を示すまでもなく明白な事実であ

C 1 3 J  

0

ときにその増加率が鈍化したり又多少の例外の生ずることはあつてもこの趨勢は殆ど変らない︒この増加の趨勢

こそ経済の恒常成長とその性格において相通ずるものといえよう

0

さて総人口の増加の効果であるが︑直ちに考えら

れるのはドマールも認めている如く労仇供給量の比例的な増加である︒そして他方それは社会の総消費需要を増加せ

しめる

0

消費の規模はその社会の消費性向を一定とする限り総人口の逓増函数であるということから︑人口増加が消

費需要従つて又総需要をも増加させるということは当然の帰結でなければならない︒この後の炊果が方程式の需要の

動態経済学に関する党書︵高本︶

(14)

136 

動 態

経 済

学 に

関 す

る 党

害 ︵

高 本

側を構成することは勿論である︒

い ま

︶れが前期の投資より大なる新投資を つまり人口の増加にはドマールが投資についていうと同様な二重の妓果があるので

ある

0

それは需要の側では人口増加数そのものが︵即ちそれを社会の一人当り消饗蓋に乗じたものが︶

し︑供給の側ではその極く一部分即ちそのうち労仇年齢層のものだけが附加されるに過ぎない︒これは投資の場合に

そのすべてが供給の側への附加となり︑需要の側にはその一部分のみが作用したのと正に逆である

0

ところで基本的

な消牲需要の増加を満たすためには資本の増加が必要である︒そしてこれは投資の増加を齋らすであろう

0

技術的条

件に変化がなければ︑企業者がその投資を増加させるとき︑それに伴つて需要される労仇が総人口増加数の一定割合

を占める附加労仇量に等しいことはいうまでもなかろう

0

斯くて人口増加の二重奴果と投資の二重奴果は互に交錯す

0

人口の増加は労仇の生産能力を増大させると同時に消費需要を増加させ︑

必要とする

0

新しい投資はその以前の投資を超過する部分が所得を増加させるが︑他方そのすべてが資本ストックへ

の附加となる

0

人口の成長はそれを維持するために投資従つて又所得の成長を必要とすることが明らかである︒

人口成長の二重奴果を定式化すると︑右辺が

I S

ではなくしてしとなるようなドマールの基本方程式としてあらわされ

よ う

0 S

が登本の完全利用に関する投賓と潜在的産出高との比率であったのに対して︑

a

は労仇の完全屈傭に関する

それなのである

0

従って投資の二重炊果を定式化したものはドマールにおいては取ろ

AI

1 1

このようなところから資本の完全利用の維持に必要な成長率として

とならねばならない︒ K

a S が成立することとなるのである︒

斯くて二つの均衡成長率を成立せしめたものは二つの二重奴果であったことが明らかとなった︒この関連において

更に^ロッドの

を考察しておくことが必要であろう G D

0 G n

は先にも指摘した如く人口増加と技術的進歩によって可能

とされる率であった︒この概念はドマールの

a a

に比して単純ではあるがより正確である︒^ロッドは明らかにそれに人 附加されるのに対 四四

(15)

137 

動態経済学に関する覚害︵高本︶

絃で多少論及しておくことにしよう︒ た

こ と

は ︑

四 五

口増加の放果を結び付けていた°しかし彼は人口増加が需給両面或は

s f

o c

k

f l o w

の両面に与える炊果には注意

を怠ったようである︒ハロッドにおいても新資本の必要量は産出物の増加と結び付いている︒ところがこの産出物の

増加は人口増加の放果としてみる限り消費財需要の増加を意味する︒そしてその維持のために資本の増加が必要とな

るのである

0

結局においてハロッドと一致することになるが︑筋道はこのようなものであるということが忘れられて

はならない°彼は又技術的進歩をも G に含意せしめたがこのことは寧ろ周倒な処理というべきであろう°尤もすぐ後に

論じられる如く︑技術的進歩の奴果は

Q

についてのみならず G にも等しく分たるべきものであるということが附け加

えられる必要はあるが

0

ともあれ︑自然的な人口の増加に基いて労仇の完全雇傭を維持するに必要な成長率を定義し

ハロッドの

斯くてわれわれの人口増加の奴果はハロッドの G l の優れた概念たる所以であろう

0

とドマー G l

1 4

J

ル の

との有する意義が結合されるときにそれらと一致するものとなった︒

a a

ところで問題は尚尽くされたわけではない

0

先にも言及せる如く技術的進歩が継起する場合には更に成長の速度は

早められ︑又投資のより大なる増加が必要とされよう

0

その他自然資源の開発︑市場組職の改良等によっても同質の

結果が生じることは勿論である︒技術的進歩についてはハロッドはそれを

G l に実現されるものとしており︑そしてそ

の場合彼はそれを長期的観点から中立的と考えている°しかしその炊果は単純に

にのみ示されるものではないから G n

技術的進歩は一般に

c a p i

t a l '

s a v i

n g

型のものと

l a b o

r ' s a

v i n g

型のものに分たれる

0

前者の型の進歩は資本の生

産炊率の上昇を齋らすものであるから︑その導入によって企業はその現行操業度と最適操業度との間に若干の乖離の

生じたことを見出すであろう

0

この乖離を補填せんがために企業者は現行労仇雇傭量の増大を計画するであろう︒蓋

(16)

138 

し若しそうでなければ︑そこには遊休資本が生じ企業の均衡は維持し難くなるからである︒この炊果は人口増加の炊

果を有奴ならしめるとともに︑それを一層促進するものと考えられる︒^ロッドはそれを

において可能ならしめる

G n

一方そのもう︱つの奴果︑つまり

l a b o

r s

a v i n g

型の技術的進歩を

Q

に含意せしめている︒

l a b o r ' s a v i n g

型の技術

的改良は労仇の生産奴率を引上げるものであるから︑その導入は企業者をして資本需要の増大を計画せしめるであろ

0

それは

c a p i t a l ‑ s a v i n g

型の技術的改良と正確に対照をなしている︒

なくなるときそれは

を変化させるものと考えられていたから︑その場合の新資本の価値を所得と一定の比率にある

C r

(3.8) 

G , . C r = S

d

d

l a b o r ' s a v i n g

型 の

と き

正 ︑

c a p i t a l ' s a v i n g

型のとき負となるであろう

0

l a b o r ' s a v i n g

型の改良がドマールの

投資に対する炊果に類することは勿論であって︑ドマールがこの点においてそれを軽視していたにしても考慮してい

たことは正当なことといわれよう

0

斯くて技術的進歩は G と Q 或は

と a O

の双方に炊果を与えることが明らかになっ a S

自然資源の開発や市場組織の改良はシュンペークーによつて技術的進歩とともに

革新

f l

f l

i n n o v a t i o n

の内容をな

すものとされたが︑このことはそれらがやはり技術的進歩に準ずる炊果を労仇及び資本の上に与えることを物語って

いる︒つまりその何れが一様の進歩をなすにしても︑妓果は二つに分たれ︑

クの増加を促進するようなものとなるであろう︒

斯くてわれわれは二つの均衡成長率についての論議を略女尽くしたのであるが︑しかし問題はまだ残されている︒ t  ものとしてこれを

d

で あ

ら わ

し ︑

G

を次のように修正する︒

動態経済学に関する党書︵高本︶

ーは労仇供給を有奴にし他は資本ストッ ^ロッドにおいては技術的進歩が中立的で

(17)

139 

要しないであろう

0

斯くて動態分析を目標とする限り︑ ^ロッドによれば

G I

は非自発的失業の生ずる可能性を排除しないものであった°又ドマールでは一般に S

d

の 達

うる最大限であり︑或る成長過程では成長率

a l J

がグになることさえあるとされた︒この二つの事実は均衡成長率が更

に一般化さるべき性質のものであることを示唆している︒これが次に問題となろう︒

一般化された均衡成長率

( 1 3 )

その著しい噌勢は姦一世紀余りの間に世界の総人口が二倍に増加し︑現に二十四徽を超えているという事実から明らか で あ る ︒

( 1 4 )

人日噌加の放果は曾て経済理論又は人口理論において肱々論ぜられてきているが︑しかしそれは失業問題や人口問題の 対象となるときには労働供給の噌加の放果という点において捉えられ︑又有放需要の問題となったときには消費財需要の 噌加の放果として捉えられた︒けれどもそれらは切離さるぺきものではなく︑寧る源を一にした二而的放果として捉えら るぺきものであるということが弦で多少強調しうるであろう︒

絃までの論議において︑

G l と

G

はそれぞれ労仇の完全雇傭と資本の完全利用を維持するに必要な成長率であった︒

しかし現代の経済社会においては生産要素の完全雇用状態が極めて稀により実現され得ないということは既に一般的

な事実となつている°従つて完全雇用均侮成長率という概念が経済動態の分析において中心的役割を占めると考える

ことは困難である︒この点に至つて︑ケインズの古典派経済学に対すると正確に同じ修正が不可避なることは多言を

一般的な過少雇用均衡成長率を設定することは当然の任務で

あろう

0

既に述べた如くこの朋芽はドマールや^ロッドにも見出されているのである︒

動態経済学に関する据書︵高本︶

四 ︑

(18)

140 

従つて

圃態経済学に関する党書︵高本︶

そこで先づ資本利用は完全であるが︑労仇の生産能力に不雇傭部分のある場合を考えよう

0

総生産能力のうち非自

r 15 J

 

発的失業の占める割合を

(1

7)

としよう

0

ドマールの均衡においては

Y1

1P

であったが︑労仇の不完全雇傭があ

(4.1) 

若しこの経済社会の労仇と資本との比率が

1"

1

で示されるならば︑屈傭率は

(2

:;

r

1 )

で あ

る ︒

式から

AY

11

AP

しかるにドマールによると

AI

1

14

Y

且 つ

. J P

1 1 I d

前式を考慰すると均侮においては

l l  

(4 .2 )  (4

.3 ) 

=

1R

において

a=

Gn

であったから︑瓦を修正された自然成長率とすると

(4.4) 

が 得

ら れ

る ︒

冗 は

ド マ

ー ル

' の

0

と同じものであるから︑式の右辺は

r

と書き直すことも出来る

01

G I

は労仇に不完全

屈傭のある場合をも含む一般的な自然成長率であるから︑ハロッドのそれよりも幅のある均衡成長線︑或は寧ろ均衡

成長帯を示すものと考えられよう︒

Gw  1 1

尽 ヽ

^ロッドの

G

がこのような非自発的失業の可能性を含んだ成長率であったことは

とおくことをも可能ならしめよう︒

次に自然成長率におけるこの修正は正確に同じ仕方で"保証された成長率にも適用される

0

総生産能力のうち遊

6n

11

a

71

1 7 t

: G n  

AI

 

11

a7

I0

7 

A I

I I

I  

Y1

1  7 1 .

" P  

N1

るときにはこの式は次の如く修正されよう︒ 四 八

(19)

1 4 1  

動態経済学に関する党書︵高本︶

(

4. 5)   (4

.6 )  (4 .7 ) 

JI‑ = 

I s p  

a s

p  

4 I

 

a s

= G

w

であったからこれを修正すると

その間に発展的均衡状態を成立せ

( 4 . s

)  

Gw 1 1    

a s

p  

が得られる︒豆は資本利用が不完全なる場合をも含む一般的な

保証された

I I

1 1

成長率である︒

この二つの一般化された均衡成長率は労仇又は資本の何れかに不完全屈用のある場合に成立するものであるが︑

り一般的には両要索とも︑従って一般的な過少屈用傾向のある状態も考えられるから

‑ G l

‑ G

の双方が成立する可能

性も排除せられていない

0

しかし乍ら仮りに均衡において両者が一致するとしても︑それが必ずしも労仇と資本に同

( 1 6 J  

一比率の過少雁用のあることを意味しないのは勿論である︒

斯くてわれわれにはかなり完全な二つの均衡成長率が得られた︒それは主として経済の

s t

o c

k

s i

d e

の成長に関す

るものであったが︑又需要の側若しくは

f l

o w

s i

d e

の随伴的な成長を必要とし︑

しめるというようなものであった︒しかし

f l

o w

s i

d e

の成長は必ずしも要求通りのものであるとは限らない︒

の所得体系は必要以上の率で成長することもあろうし︑又それ以下の率で成長することもあろう

0

成長という言葉に 従つて

Y1

1 

p P

 

休資本が占める割合を

( 1

p )

とすると

現実

(20)

142 

る ︒ る ︒

︑ 振 動 の

動態経済学に関する党害'︵高本︶

JV 

は恒常的な増大という意味が多分に含まれているが︑弦ではそれは負の成長︑

これは又

f l

o w

a n

a l

y s

i s

でもあ るものではない

0

従つて次の問題はこの成長する均衡からの乖離としての現実の成長でなければならない

0

これは明

I I V o

なることに注意されたい︒

冷~櫛逝蓉逝塞A口+澤卦メアy 1

11

1

( 1 6 )

過少種傭均衡成長率については

R .  

E i s n

e r ,  

" U

n d e r

e m p l

o y m e

n t   E

q u i l

i b r i

u m  

R a t e

s   o f

  G r

o w t h

, "

m   A

e r

i c

a n

  E c

o n

o m

i c

  R e v

i e w ,

a   M

r c

h  

19 52

̀   

p p .  

4358. 

を参照されたい︒アイスナーはそこで生産能力の利用係数

0

を持込んで同様の結果を得ているが︑

0

は姦での冗と P の 何

れか︑又はその両方をひつくるめたもののどれに相当するか明らかでない︒筆者はそれを何れぶといえば冗に等しいので

はないかと考えているが︒

均衡成長率は生産能力の恒常的成長に必要な所得の成長を示すものであるが︑特にそれが生産能力の.側に重点をお

いていたことは前一︳一節の考察から明らかであろう

0

必要とされる側即ち所得の成長については単に変動的なものとし

てより論じられなかった

0

本節と次の節では重点は所得分析におかれるであろう︒

さて絃でわれわれは︿ロッドの現実成長率

a c

t u

a l

r a

t e

  o

f   g

r o

w t

h

を登場せしめよう︒それは次の如きものであ 註

( 1 5 )

らかに景気変動の問題である︒ つまり退歩が生じる可能性をも排除す 五〇

(21)

143 

(5.1) 

C は一期間の産出高の増加分と同一期間の資本ストックの増加分との比率であって︑

における如く後者が前者に必

C r

要なものであるというような制約はない︒ G は実際の所得の成長を示すものである

0

従って

m

式は次のように書きか

え ら

れ る

(

5. 2)  

紅式の基礎にはこのように周知の

S

=

I のメカー︱ズムが横たわっている︒このことは極めて煎要である 以下の論議

0

はこの

l

=

S を中心にして進められよう︒

ハロッドによれば Q 或は

は遠心力の作用する領域に囲統されていると考えられていたが︑このように均衡を続つ G I

て不断にそれから乖離しつつあるものこそ G に他ならない︒この変動は^ロッドが恒常成長の一線を統る振動と考え

r1

7]

 

ているものでもある︒絃に振動

g

c i l l a t i o n

という概念は現代景気理論において成長理論と相対する地位を占めるサ

ミュ

H

ル ソ

ン ︑

ヒックス︑グッドウインの理論の特徴を示すものとされている︒しかるにハロッドによれば両者は必

ずしも対立的なものではなく︑寧ろ協調すべきものであり︑且つ協調しうるものであると考えられているようである

[ 18

が︑彼自身は未だそれを試みようとはしていない

0

絃ではその問題を採り上げてみたい︒

振動と成長との統合という場合︑われわれが基調とするものは先に述べた

S

=

I のメカ=ーズムである︒そしてこの

動態経済学に関する党書︵高本︶

. .... 

en 

Kll'""' 

I I  

Kll 

C / l  

JY

 

. J Y  

(.') 

I I

〇の

 

或 は G C

1 1 s  

(22)

144 

Dutp,t ..... 

DC+lCurve 

え難い障壁があるのに対し︑ 動態経済学に関する党書︵高本︶

)C, 

第 図

となるために︑下方に向つて僅かに凸なる曲線と考 して貯蓄の増加率が所得の増加するに従つて漸次大 関連からハロッドに最も近いと思われるのはヒックスとカルドアであろう︒ しかしハロッドとヒックスの間には尚越

カルドアの理論には容易に^ロッドの理論に接近せしめうるものがあるように思われ

0

そこで現実の成長を均御成長率を続る所得体系の振動として捉えょうとするわれわれにはカルドア型の振動理論

C 1 9

を基礎とした︱つの振動のモデルを構成しておくことが必要である︒

0

有奴需要は縦座標の

C

曲線の値と︑産出曲線と

c

曲線とのギヤップを埋めるに充分な

S

=

l 曲線上

︵ケインズの総供給曲

と交叉する点に与えられる︒いま例えば消費を

C I I

とし︑投資を Q とすると有奴需要は

P I I

点に与えら

れるであろう

0

ところで問題は

S

曲線と I 曲線であ

るが︑それを図の如<

s

曲 線 を 線 型 ︑ I 曲線を

R Q

2 0

r

に示されるような

S

字型と仮定する︒ s 曲線は概

線 ︶ の値を加えた

D

曲線が産出曲線

力 雇

用 量

Y

軸には産出高従つて所得が測られてい れるが如きものであった︒この図で

X

軸には生産能 ケインズの有炊需要の原理の本質は第一図に示さ

参照

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