二重経済と偽装失業に関する覚書
中 島 潤
1
本節では二重経済と偽装失業との関連を追求する諸研究の概観に焦点を合わせ,先ず技 術的二重性の議論すなわち近代部門と伝統的部門での生産関数の差異から偽装失業発生を 説明せんとする議論を取上げる。ここで偽装失業とは限界生産力がほとんど零に近いか,
または零である(負になることすらありうる)ということと同値であり,次馬での結論と は異なっている。偽装失業発生原因が吟味されるが, もし二重経済が偽装失業を惹起する
ものとすれば,さかのぼって二重経済の発生原因が究明されねばならない。
低開発諸国の労働雇用問題発生の原因は 技術的二重性 すなわち先進的部門と伝統的部 門の生産関i数の相違にもとつくと考える理論がある。この理論によれば,かかる二重性は
構造的失業 または 技術的失業 を随伴する,すなわち生産的雇用機会が有効需要の不足 のためでなく両部門における資源と技術的制約の故に限られている状態を伴う。
伝統的な農業部門は次の特徴を持つ。小農形態が支配的で手工業または零細な工業が含 まれる。生産物は可変的な技術的生産係数で生産されるが,要素賦存状態は労働が資本(
土:地改良)と比較して豊富なため,生産技術は労働集約的となる。
他方,近代部門は農園や鉱山,油田または大規模工業からなり,要素の技術的代替性が 極度に制限されているため,生産は固定技術係数によって特徴づけられており,この部門
K
K1
0 b
C E
a lF
一q3
i
・F
q2
q題
し! L2
される。もし現存の要素賦存がOE線の右たとえばF点にあるならぼ,
の失業が存在するはずである。q、の生産量を生産するために0:K、の資本とOL、の労 働が用いられるのみであるからしエ:L2の労働の余剰供給が存在し,要素相対価格と無関係 の生産過程は相対的に資本集約的である。
図示すれば左図の如くである。資本(K),
労働(t)の一定の組合せを示す諸点a,
b,cは要素相対価格如何にかかわらず,
q1, q2, q3の生産量をそれぞれ生産する ときに用いられる組合せである。したがっ て直線OEはこの部門の拡張径路を表わし ている。その勾配は一定でかつ資本集約的 な技術の採用により急峻である。現存の資 本と労働の割含が固定資本一労働比率に等
し
しいときにのみ,両要素が同時に完全利用 この部門では若干
16朔
である。資本ストックがFF 量増したときにだけ余った労働が吸収されるわけである。、
だが十分な資本蓄積ができないとき,労働の超過供給はただ失業の状態にあるため,伝統 的部門で雇用を求めねばならない。
以上の両部門での生産関数め差異による技術的二重性が二重経済の雇用問題をもたらし た。多くの国々では先進部門は外国資本の流入によって先ず発展したが,外国企業は近代 的な生産技術を用い能率的な経営を行ったので,この部門の生産は拡大した。ところが同 時に人口も成長レており,ある場含には先進部門での資本蓄率をかなり超過する率で成長 していた。しかも,先進部門では資本集約的な生産方法が採られていること,かつ技術係 数が一定であることから,この部門での労働吸収力は人口の成長率より小である。他方,
資本蓄積も人円の成長に追いつけず,先進部門では余剰労働が発生する。この余剰労働吸 収の唯一〇道は伝統的な農業部門への投入である。
伝統的部門での労働供給の増加によって耕作地の増大がみられるが,遂には土地は相対 的に希少,労働過剰となり,技術係数はこの部門では可変であるから,生産方法は益々労 働集約的となる。そして最後には土地は耕し尽されて労働の限界生産力が零または負とな り,・ 偽装失業 があらわれはじめる。かくて連続的な人口成長に伴い,資本の有用性が限 られていることが伝統的部門の過剰労働発生原因であった。過剰労働を与件とすれば,・こ の伝統的部門において生産関数をヨリ高い資本一労働比率ぺ動かす動機が存在せず,それ 故一人当りの産出高の増大も可能ではなかった。
さらに長期的にみても技術進歩はかかる事態を緩和しなかった。けだし近代部門におけ る苺術進歩はヨリ資本集約的となるため・この部門の成長による雇用機会の増大を期し難 い。同時に農業部門で労働節約的な革新を導入する動機は存在しなかった。
また技術進歩の軌跡は資本に対する労働のコストが高い場合にのみ資本集約的発明が技 術の選択に影響するよう.尽ものであり,.伝統的部門のようにそれが低いときには影響を、も たないようなものである。技術進歩が徐々に起り,与えられた型の機械や道具の効率が増
レ,低い資本一労働比率よりもむしろ高い資本一労働比率の諸点(生産関数上の)をシ:フ トさせる傾向が多分にあるからである(次図参
K
E
1Q q/q・
\
L Eノ
照)。伝統的部門では資本一労働比率が低く・
徐々に起る発明改良の機会を認めがたく,操業 の規模も新しい設備を維持できるほど十分で尽 いし,新しい資本財を採用するために必要な補 完的な投入物を欠くこともあり得よう。したが って低資本一労働比率の各点のシフトは全然な いだろう。もし支出線EEノが現存の要素相対 価格(EE!線の勾配から賃金率は相対的に低 い)を示すならば,等量線qqの資本集約的な
部分のシフトは労働集約的な伝統的部陶の技術選択に影響しないととになる。
技術的二重性の運論は要素賦存と生産関数の差異が伝統的部門における不完全雇用の増 大を歴史的にもたらした原因を指摘するものであるが,その実証的な関連がたしかに問題 となりうる。先進的部門での生産は実際に固定係数のもとで遂行されていたのか? 先進 的で資本集約的な生産方法が最初輸入されたとしても,その後に豊富な労働供給への適応 性がなかったのか? 先進的部門での技術進歩は実際に労働節約的であったのかアこれら の聞題点の究明は実証研究に待たねばならない。
最後に伝統的部門の失業または不完全雇用の性格をさらに一層明らかにする必要がある。
超過労働供給の概念などに不明確さが残っている。偽装失業は現実には先の分析のそれよ りかなり小であるかも知れない。
低開発諸国の直面する問題は伝統的部門における人口の連続的成長にもかかわらず,近 代的部門の低成長または停滞の問題という形で示されるかも知れない。その際伝統的部門 では人口成長に見合う雇用機会の増大もなく,一人当り所得は低いままである。基礎資源 の賦存,企業家的伝統,技術的遺産その他の要因によって低開発を説萌することとは別に,
低開発諸国の二重社会の出現に対する主な理由を指摘することである。多くの低開発諸国 では近代部門の進展は次のような特徴をもつ。
(a)過去数十年間の近代部門における資本蓄積率は伝統的部門の人口成長率より低から た。近代部門で形成された物理的資本ストックの大部分は輸出市場向けの農。鉱産物の生 産に対する外国投資によって主に作り出された。輸出収入の大部分は利潤,その他の収入 の引出しの形で資本輸出国へ送選されたため資本受入国で支出されなかった。
(b)近代部門の成長は伝統的部門の生産物に対する需要をさほど増さなかった。現在の ほとんどの先進工業国の投資活動と異なり,多くの低開発諸国の近代部門の投資活動は,
国内経済面での連関効果を作り出さなかった。連関効果というのは主として関連した生産 物への需要増大を通して一産業の投資増大が近代部門め他産業の発展拡大1と寄与する刺戟 を意味する。これらの国あ歴史が示したように,連関効果は誘発輸入を通じて海外に漏出 した。鉱山や農園の投資に必要な資本設備や中間財,および消費財に対する需要増も共に 輸入に主として依存していた。これらの投資によって生じる技術的1経営者的職員に対す
る需要増加は国内の訓練計画の拡張によるよりはむしろ先ず海外からの輸入によるもので あった。さちに近代部門の成長が伝統的部門からの生産物あるいは労働に対する需要へ導 いたとしても,伝統的部門の変動に対する社会的,政治的障害がか\る需要に対する反応 を減退かつ遅延させた。この対内的な連関効果の不足が多くの低開発諸国における近代部 門め成長停滞の重要な一つの要因であると思われる。
(c)近代:部門が採用する技術は著しく資本集約的であった。特に鉱山,鉱石の加工,輸 出および大規模工業用の農園生産物において然りである。これらの分野での活動の拡大に 伴って生じる直接的雇用はしたがって相対的1ご小でもあった。このことに対する歴史的な
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理由の一つは外国企業側での技術選択が主として外国の資本市場における資本の有用性と 低開発諸国における熟練した職工の不足に大きく支配されたということである。国内資本 でさえ伝統的部門で普及しているよりも低い利子率で近代部門に供給されていた。したが って若干の主要な事業に対しては機械を労働に代替させる方がもっと利益があるとわかっ ていた。鉱業や農園では低賃金が決定的な要因であったし,それが労働集約的な技術の採 用を有利にしたのであったが,熟練労働を相対的に集約して使用するのに必要な技術を用 いるために,未熟練労働者を訓練する費用や危険は高いものと考えられ,ある場合には誇 張された程であった。多くの現存資本設備は資本が相対的に豊富で労働が相対的に不足し ている国々での使用のために設計されていることもまた関連がある。最後に少くとも生産 のある分野において,低い資本一労働比率をもつ技術はまた資本一単位当りの産出量も低 いということである。勿論,私的企業のように近代部門における生産的組織は生産量や雇 用を最大にするよりは利潤の最大化にもっと興味を持っている。
他方伝統的部門の進展に関連して,以下の如き特質が素描されよう。伝統的部門では小 農が支配的な構成成分である。
(a)特に小農における生産的投資に向う貯蓄の割合は,ある地域では小であった。生産 水準を維持するに必要な割合より小さかった。多くの低開発諸国においては,このことは 貯蓄の不足によるというよりはむしろ貯蓄の非生産的使用によるもので,かなりの貯蓄量 が農業所得の分配の強い不平等の結果として伝統的部門内に存在していたからである。近 代部門の貯蓄もまた生産的投資のために小農へ流入することはほとんどなかった。良好な 土地が不足し,労働力が豊富になるにつれて,労働節約的改善を導入する動機が破壊され た。ある国では土地保有のパターンもまた投資や技術進歩を妨げてきた。動機や技術教育 の不足と共にこの生産的投資の慢性的不足が小農における生産性や所得の水準を低位にと
どめていた。
(b)ある地域では伝統的部門が沈滞しているばかりか衰えてきたが,その理由は次の二 つのいずれかまたは両方である。先ず第一は,多くの手工業,特に手織りばたがヨリ安価 な国内産または外国産の機械織りとの競争により没落した。第二には,営利農業の拡大や 大農園の拡張と共に小農からの土地の譲渡がしばしば生じた。その結果,多くの小農は土 地をもたない農業労働者となり,他の多くのものは生産性の低い土地または不毛の土地に 落着かぎるを得なかった。かかる事情の下では,近代部門の成長それ自体が失業を創り出
し,伝統的部門の所得水準を低下させたのである。
(c)時の経過に伴い,伝統的部門における人口は増したが,はじめは極端に高い死亡率 のため非常に緩かに,のちには近代医学の導入によってもたらされた死亡率の下落により 急速に増加した。近代部門の緩かな成長はこの部門への増加した農業人口吸収を不可能に したし,この近代部門における経済活動の多くの分野での高度な資本集約的技術の使用に よって困難は一層強められた。かかる雇用機会の欠如の結果,増加した農業人口の大部分
は選択の余地なく伝統的部門に止まらねばならなかった。生産的投資の不足が現存の伝統 的部門の生産性向上をさえ困難なものにしたし,潜在的に肥よくな土地をもつ地域では,
この部門の規模の拡大をさえ困難にした。
上述の近代部門と伝統的部門との平行的進展に伴い,伝統的部門において失業が着実に 増加していた。これを可能にしたのは生産組織の家族形態にあった。家族企業のメンバー に分配された平均生産物や所得が我慢できると考えられるかぎりいつも付加的労働力を雇 うことができる。失業がパートタイム,仕事の分配,その他非常に低い生産性の仕事の形 をとるかどうかは少しも聞題ではない。平均所得がたえられないほど低くなったとき,ま た近代部門でヨリ良い雇用機会があるときには賃金稼得雇用を家族のメンバーは求めるだ ろう。この説明は土地を持たぬ農業労働者に適用できない。けだし,彼等が農場労働者と して各自が得る賃金が家族を養うにはあまりに低いとわかったとき,他の賃金労働を求め ねばならないからである。
付加的労働の不断の吸収が小農経済における技術係数の伸縮性によってもまた容易に行 われてきた。人口増加に伴って土地の再分配や分割の結果,保有の規模が連続的に縮小す ると共に,仕事の度合や組織その他がすべてヨリ低い生産効率で再編成される方向に順応 することになった。かくして余剰労働のためのヨリ多くの仕事が創出されたが,付加的労 働はわずかなものを得たか,または何ら付加的な生産物を得なかった。
以上が雇用問題発生の高度に単純化された考え方であり,その過程では他の要素が排除 されている。だが,それにもかかわらず多くの低開発諸国における現在の雇用問題の根底 に横たわる失業の本質的な特徴に注目している。
ところで,余剰農場労働の概念は低開発諸国,特にアジアにおいて益々注目を集めてき た。その最も簡単な定義はかなりの労働が農産物の生産量を減少させることなしに生存農 業から引出すことが可能であることを意味している。術語では,労働の限界生産力が零で あるということである。 もしこれが真ならば,かなり重要な意味をもっている。だがはた して真なりや?それは想像すらできようか? ある経済学者はこの点に関して深い疑いを 持っていた。通常呼ばれる偽装失業の考えはぞんざいに定式化され,そして不適切に実証
されてきた。
この主題は一般的な人口問題との関連で検討されねばならない。重大な事実は世界人口 が過去百年間に二倍になったということである。その増加の三分の二は低開発地域,主と してアジアであり,死亡率の下落によるものであった。一般に,低開発諸国では人口の大 部分が先ず第一に農業をしている。低所得社会では食糧が消費の主たる種目であることか
ら,食糧との戦いが生活の大半を占めている。かかる国々では,急速な人口成長は当然な がら土地に対して人口が過剰になる。すでに過剰になった国もある。
さし当って人口成長が小農社会に及ぼす効果を考察するが,土地,資本,技術などは不 変とする。硬直した社会構造のため,他の雇用機会が欠如してかも知れないし,輸入工業
1気
品との競争による伝統的な手土業の衰退によって実際に減少しつづあるかも知れない。
土地に対する人口圧力の増大ど共に農場は益々小となり,細分化されてゆく。したがっ て農業における失業は少くとも二つの基本的な形に分けられる。(1)農場の小規模化に伴う 小農耕作者の失業と(2)個人所有の分割にまる偽装失業とである。
過荊労働が分割を通じて吸収されるかぎり生産量に悪影響を及ぼすことなく,それを引 出すことはできないbただし分割が逆転し,所有地の整理統合がなされないときである。
ある限られた範囲ではかかる再組織化を伴わなくても労働の限界生産力は零であろう。さ らに広範囲にわたって零であり得るのは,残りの生産要因が適当に再組織化され,それが 例えば地所の整理統合などを必要とするときである。他の生産要因の適当な再組織化が分 析と同様政策のために必要かつ合理的な前提条件である。
理論的な観点からみて,人口過剰が土地や資本と比較してあまりに大なるため労働の限 界生産力が零となることが明らかである。しかしながら,若干の経済学者がこの考え方を 受入れるのを困難にしている理由が2つある。先ず第一は,労働の限界生産力が零ならば 誰がかかる人々を雇用するのか?あるいはまた第ごに実際に何も生産しないなら,これら の限界的な人々ぱ如何にして生活しうるのか,何を彼等は食べるのか7という疑問である。
これに対する答は多くの国では西洋経済学者が当然と考えている賃金一労働制度がほとん ど存在しないことである。生存農業で一般的な条件は小農家族労働の条件である。
算三の疑問1と対する答は農産物のすべてを多かれ少なかれ等分に分配することによって 生活しそい老ととである。かがる制度ほ企業経済学と全く異なるため,この制度を可能に する条件は逆説的であるように見える。
この食纏の分配をもう少し突込んで考えるならば,農業部門での人口増加の極限は極め
℃明りょうとなる。 もし一人当り平均総生産物が物的生存水準以下になるならば,その結 果はセ;ルサスの飢餓状態であり,人数を削減するかあるいは少くともそれ以上め人口増を 阻止する。こめ平均生産物が物的生存水準に等しい点で労働の限界生産物が零まだは負と なる。零である必要はなく逆に労働め限界生産物が零ならば,平均生産物が物的生存永準 に等しぐなる必要はなぐ,前者が後者を若干上回ることもありうる。いかなる場合でも,
過剰人口は必ず限界生産物が平均生産物より小であることを意味する。かかる事態におい ては一層の入口成長は平均消費水準を低下させる。その理由は付加的労働が先の平均労働 者より小なる貢献をするからである。したがって一人当り平均生産物を引下げる。平均生 産物が考えられる程低いならばある場合には労働の限界生産物が零であると想定するめも 不自然でない。この論議の結果は勿論それが全く零となることによるものではない。分析 を雰の場合た集中ずるのは便利ではあるが,根本的な点は限界的な労働者が,産出高に対 する貢献が食糧:その他の必需品の摂取量に満たないならば,補助によって生活していると いうことである。
総生産量と総人口との関係は次図によちて説明される。一入当り平均生産物は原点から
総 生 藍 里
O レググ
A
塁
C
L M N 入 [
この仮定は勿論,純粋に任意なもので説明のためのものである。
産物の物的生存水準は負の限界生産物の領域になくて,
あるA点とB点の間にあるかも知れない。この図は単に可能性を説明しているに過ぎず,
現実に何が起っているかを教えるものではない。
このような観点は最適人口論(図では0:しが最適な人口規模)のそれ右あるが,比較静 寧における非現実的な課題として時に批判されてきた。人口数と総生産量以外は何も変化
しないと仮定している。一方の人口の大きさと他方の例えば技術状態または資本量との何 らかの関係を無視し抽象している。
この批判は西洋世界での人口の傾向に関して全く正当であるかも知れないが,「過去百年 以上のアジアを考えたとき,この反論が強い力を持つかどうか,死亡率の減少によるアジ アの人口爆発は西洋文明の一様でない衝撃を反映している。人口が倍になったのに,技術 とか資本供給や農耕地の如き他のものがあまりに同じ状態に止っていたという点にある。
そこにすべての問題がある。勿論これらの他のものも少しは進歩したが,人口の成長と同 じ率ではなかった。アジアでは西洋におけるような人口増加に伴う進歩のようなものが何 もなかった。 したがって最適人口理論はむしろ東洋において正当性を立証した形である。
東洋の経済問題ば比較的静態的な環境の中で人口成長が動態的であることに大きく依存し
ていた。
最適人口論は人口規模の変化に伴う平均生産物の変動に主として注目している。だが,
少くとも限界生産物を考えることも同じ位重要と思われる。何故なら現在の生産から資本 形成に関する仕事へ労働を移動させる必要があるからである。
ところで失業は通常労働の需給の一時的な不調整と考えられたが,その後はむしろ失業 を伴う均衡が一般的であり,完全雇用は稀有な例外と考えられるようになった。すなわち 経済には事実上常にある不況時が存在し,この不況が有効需要の不足に起因するのが常で
ある。失業は公関か偽装かのいずれかである。ロビンソン夫人によって造り出された偽装 失業という熟語は彼等に値する産業で報酬の良い地位を失い,半端な仕事に従事している この曲線上の任意の点へのベクトルの勾 配で表わされる。限界生産物は曲線上の 任意の点の接線の勾配で表わされる。二 人当り生産物はA点で極大となり,更に 人口が増すにつれて減少する。限界生産 物はB点で零となる。人口がM点を越え て増加するならば,限界生産物は負どな り,平均生産物は下落し続ける。 いま N点の平均生産物が最低生存水準とすれ ば,人口はN点を越えて増加し得ない。
実際には一人当り平均生 B点とか,限界生産物がまだ正で
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労働者を呼ぶのに用いられるのが常であった。
:Keynesianの失業は富める工業国にのみ存在すると考えられていた反面,貧しい低開発 諸国でかかる失業がないと思われていたのは,そこにはなお多くの投資機会があり,貧困 が貯蓄率を低くしているからである。だがPost司Keynesian理論によれば,偽装失業は低 開発諸国にも存在し,それは農業において典型的かつ慢性的に存在している。偽装失業は 労働力の一部,例えば5%が総産出量を減少することなしに農場から移動させうるときに 存在していると云われる。実際には労働の投入が減少したとき総産出量はかえって増加す
るかも知れない。換言すれば労働の限界生産力が零または負の場合である。
偽装失業が低開発地域に一般的な条件であると信じている人々の多くは(例えば:Lewis,
A、,Nurkse,R。, Rosenstein司Rodan, P. N。など)偽装失業を金融緩和政策や赤字政策に よる有効需要の単なる強化策(工業国では一般的な手段であるが)で以って治癒可能とは 考えず,むしろはっきりと有害であるとした。
偽装失業の近代理論は輸入制限を正当化するのに用いられているManoi16sco, M.の保 護論を極端にしたものと考えられる。けだしManoilescoは農業における労働の限界生 産力が他の分野のそれと比較して低いと主張しただけであったが,偽装失業の近代理論は
さらに徹底的にそれが零または明らかに負であるとしている。だがそこには極端に誇張さ れた面があり,もし農業における生産手段の改善が可能で,農場労働者の熟練度が増し,
社会慣習が変えうるものであれば,新しい精神が植えつけられ,都会へ移住し,工場で働 くことに対する抵抗が克服されうるだろうし,他方工業における技術が未熟練農村労働者 を雇用するように変えられ,資本その他の要因が大量にかつ良質のものが供給されるなら ば,その範囲内で,農業は産出量の損失なしに大量の労働を解放しうるし,工業生産量は 同時に増大しうるだろう。このような事は徐々に起っているし,先進国でも後進諸国と同 様常に起っていたことである。事実,経済発展は主としてかかる変化からなる。資本増加 技術改善,社会慣習の変動がなくて労働の一部が移動して産出高が不変であるかまたは労 働投入の減少の自動的かつ直接的結果としてかかる変動が生じると思われる酒癖というの は,すべてのかかる変動や改善が徐々に導入された結果産出量が増大する場合と比較して,
比較的稀なそして重要でないケースであるはずである。
偽装失業の理論はしばしば資本一労働比率一・定の命題を伴う (便宜的に他の生産要素は 無視して)。換言すれば生産関数(等量線)は直角または少くとも角ばった形をしている
ことである。若干の高度に機械化された工業でこのようなケースに近いものを見出しうる かも知れないが,ヨリ原始的な経済(農業)がこのケースに相当しそれが慢性的状態であ
るとする仮説は前後転倒のようである。
偽装失業の存在は労働の限界生産力が零,または零に近い,さらには負になることさえ ありうるということと同値である。この場合の失業という言葉は非生産的に雇用されると 解されねばならない。だが季節的失業をも含むものと解するならば,今度は偽装の意味が
理解できなくなろう。そこで季節的失業を低開発諸国における農業に特に関係を持たない かつ重大な問題でない別の現象を表わすものとして取扱う。農業での雇用は最も発達して いる温帯において最も季節的で,連続性が最も少ないものであり,労働一年当り平均およ び限界生産物水準は最高である。
労働の限界生産力零の可能性を慢性的現象として先験的に決めつけうる根拠は何かア ーつは生産の技術係数(平均および限界)が不変であるため,労働の何単位かをそれ以上付 加しても,他の要素が不変であるかぎり,総生産量に何物をも付加しないという一Pareto の固定係数,またはFrischの制限要素一の仮定である。だがこれには問題がある。これ は仮説であり,この事実を立証した者はいまだかっていないということであり,かつ実際 の技術上の成分と生産過程における潜在的な経済的投入品目との間に混乱がみられ,発想 としては前者が固定しているが故に後者も一定と結論づけた形跡もあるが,両者は工業部 門,農業部門のいずれにおいても必ずレも同値ではない。しかもたとえば農業部門におい て,すべての生産物が技術的にも経済的にも固定した成分からなるような農場が存在して いるとしても,その農場の経済的に関係のある潜在的な生産物すべてに対して固定技術係 数があるだけでなく,かかる生産物に対する技術係数間の割合が一様であるという保証が ないかぎり,なお労働の限界力は正でありうるだろう。財によって割合が異なれば,労働 力の増分を生産的に吸収すべく,労働技術係数が比較的高い財の生産へ,生産物の組合せ を変えるだろうと考えられるからである。
さらに雇用者側に非経済的な動機を持たないとすれば,労働が産出量に何らの効果を及 ぼさぬときは勿論のこと,賃金費用をまかなうに足りない点を越えてまで労働を付加的に 雇用するという雇用者の行動が理解しがたいものである。Lewisが心に描いていたように 農業部門の偽装失業は小農または自家労働にのみ起り,大農園では起っていないとすれば,
低開発諸国では多くの大農園式農業が存在するから,やはり偽装失業の概念を適用すると きに重大な制約となるだろう。また土地の過少,人口の過剰のときに偽装失業が発生する という説明をしているが, (その結果牛を飼う余裕がなく,土:地はやせ,山林や休閑地と して残しておくべき所をも耕すことになり,乾き切った土地を多作により疲らせ,肥沃度 を損傷することになると説明) これに従うと通常偽装失業があると考えられているラテン アメリカや東ヨーロッパなどは除外されることになろう。結局は人口過剰地域の大農園形 式でない農業に偽装失業が存在することになる。
偽装失業発生のもう一つの根拠として次のような見解がある。労働力の質および他の生 産資源の供給が与えられたとき,労働の限界生産力関数はゆるやかな右下りの曲線で表わ
されるだろう。その曲線は観察の範囲内においては限界生産力零の水準より十分上方にあ るとする。だが,農家に有用な食糧の数量は農場の産出高にすべて依存し,その食糧は家 族の全員に分配され,それがある一人当りの数量以下に下落するときには,その家族の労 働メンバーの能力が落ちるとする。そこでもし労働メンバーを含む家族構成員の若干が農
172
場から離れるならば(あるいは一家が離農して,そめ農場が隣接の農場に合併するなら『ば)
そして離農者はもはやその農場から食糧を得られないとすれば,その農場に残った労働は 十分に高い限界生産力曲線を得るだろケし,その農場は以前より多くのものを生産するよ
うになるだろう。 ぎ
皿
本節では二重経済における伝統的部門が小農経済からなるものとし,自給自足の場合,
生産物のすべてを市場に交換に出す場合,および一部を市場交換する場合について小農経 済均衡を検討する。 これと関連して低開発諸国と深い関係があると思われる偽装失業問題 がこの小農経済について論じられる。通常用いられる労働の限界生産力零が特殊ケースで あり,一般的には労働の限界生産力が正の一定値を関係ある範囲内℃とればよいことが明 らかとなる。労働人口をこの部門から撤去することによる小農の産出量の反応も吟味ぎれ る。同一の小農家の集団社会を想定し,その小農家族総数をβ,勇働人数をα(α<β)と する。土地と資本ズトックは与えられたものとしてt期の農家の生産量(Q)・は労働(L)
のみの関数であり,二次微分可能1か日労働の限界生産力は逓減するものとすると,
Q=Q(:L), Q (L)〈0 (1)
である。小農家の行動原理は家族の幸福にあり,効用の個人間比較は可能とする。家族の メンバーは各自の効用関数(U)を持ち,それは各人の所得(q)の関数であり,労働人 員は各自の非効用関数(V)をもち,.労働時間(4)の関数で,U,Vρ)関数の形はすべ ての労働人員について同一とする。さらに所得からの限界効用は正で,非逓増,そして労 働による限界非効用は非負でかつ非逓減であるとすれば,
U驕U(q), U (q)>0, U (q)〈0 (2)
V瓢V(4), V,(4)≧0, V (4)⊇≧0 (3)
となる。いま, vを家族全体の厚生とすれば,
β α
W.一ΣU、一ΣV、
1 1
で表わされ,仕事は労働メンバーに平等に,所得はすべてのメンバーに平等に分配される。
U (q)<0, V (』4)>0のとき,かかる行動は厚生最大化と矛盾しない。 (2),(3)式に このケースが含まれているから,両式は厚生最大化の十分条件式となる。
(1)式における労働量は労働メンバー数と労働時間との積であり,、その生産量は家族全 員に平等に分配されるから
L一α4 (4)
Q一βq 』 (5)
であり,各人の効用関数,非効用関数は同一という仮定から
W=βU一αV . (6)
がなりたつ。いま,Q (0)。 U (0)>Vノ(0)とすれば家族の厚生最大化条件は次式で表 わされよう。すなわち
Q (L)一等1あ≧x (7)
ただしxは労働の実質コストである。 これは各個人の所得と労働に関する無差別代替率 で与えられる。
(7)式は家長が家族全体のために決定して家族のメンバーがこれに従った結果と見倣し うるし,他の解釈として,各働き手は働く量を自由に決めることができるが,家族の他の メンバーの利益と自身の利益とを等しくする結果とも考えられる。つまり,彼はV (のと
[讐≧]U・(q)…すなわ獺門生醐のうちの彼自身への分前からの限界効用二
とを等しくするのではなくて,後者にβを乗じたもの,すなわち彼の努力の追加一単位か らの家族全体の利益Q・(L)U・(q)とを等しくするように行動した結果であるという解釈 である。、,
Q (L)<0を常に仮定するから,Qノ(L)が:しの関数であるばかりでなく, L自身もま たQ (L)の関数,つまり逆関数が存在する。だが均衡点ではQ1(:L)はxに等しく,労 働メンバーの数は与えられた均衡点でのxの関数である。同様にして総家族生産量と所得 の値はXの関数で表わされる。すなわち
L=φ〔Qノ(L)〕=φ(x)
Q=ψ〔Qノ(:L)〕=ψ(x)
である。φ,ψは共にXの減少関数である。けだし 認L 互
』〜辰『 == Q〃(L)一く0
ゴ獣一雛}〈・
だからである。したがって均衡実質労働コストが高ければ高い程,総家族労働量は低く,
か?生産量も低くなる。すなわち恥>X1のとき,φ(X2)<φ(Xユ),ψ(X2)<ψ(X1)であ
る。
以上の直接消費のための生産から,市場への販売を含むモデル(極端な場合,ジュート,
ゴム,.ココアなどは生産のすべてが市場向けである)を次に問題にする。
(i)全部を交換に出す場合
(2)式は次式に改められる。すなわち
174
U軍U(c),Uズ(c)>0, U (c)三(0 (2)
生産物市場は完全であるとし,そのC財で表わされたQ財一単位の相対価格をPと
すると,
C=Qp=βc (8)
であるから,Pが一定のときの家族全体の厚生最大化を求めれば,
α(L)一影1あ)・1 (7)・
が得られる。 Cは生産物Qをすべて生産物Cと交換したときの各人への分前を表わ すものである。右辺は実質労働コストであり,労働と生産物との限界無差別代替率である が,Q, C両財の交換比率に注意する必要がある。
(ii)一部を交換に出す場合
いまyを市場に出されるQ財の割合とし,cは一人当りC財購入量, qは一人当
り自家消費量と読みかえるならば,(2)式は
U=U(c,q), Uq>0, Uqq〈0, Uq(c,q)⊇≧Uq(λ,c,λ,q)
(2)
Uc>0, Ucc≦二〇, Uc(c,q)⊇≧Uc(λc,)㌧q)
where)し>1 となり,さらに(8)式は
C,=Qyp=・βc (8),
と改められる。(5)式もまた
Q(1−y)=βq (5)ノ
と表わされねばならないから,家族厚生最大化条件式は
Uq窟Uc。P (7a)
V,(4)
Qノ(L)=
(7b)
Uq
の両式が求められる。(7a) 式はQ財の生産量が一定のとき(したがって所得一定),
両財の限界無差別代替率が価格比率に等しくなるように生産物を直接消費と市場交換とに 分けねばならないことを意味し,(7b) 式は労働の限界生産物が,個人の労働と生産物と の無差別代替率と.して定義される実質労働コストの限界における値に等しいことを意味す
る。
最後に小農が一定:の価格で労働以外の生産要素を購入する場合の利潤最大化条件は
∂Q == Pj, 」 == 1,2,……,n
∂fj
(9a)
書呈一v審) (9b)
によって与えられる。ここでflは労働以外の第」要素の量であり,Plはその要素価格 である。(9a)式は労働以外の各要素の限界生産物がその要素価格(Q財がニューメレー ル財)に等しいことを表わし (9b)式は労働の限界生産物が実質労働費用に等しいことを 表わしている。 この労働の配分方程式を除けば完全競争下の利潤最大条件と大差はない。
以上の小農経済における理論モデルを用いて過剰労働問題への接近を試みる。過剰労働 とは既にみた如く他の要素の変化がないとしても,総産出量の減少なしに移動させること ができる小農経済における労働を云うわけであるが,前述のモデルから実働人員の減少が 労働量の減少となって現われれば当然生産量は減少する。労働の限界生産力逓減の仮定か ら,総家族労働(:L)の減少は労働の限界生産物を正にする。 したがって余剰労働存在の ための必要条件として,αの減少が一人当り労働量4の上昇により相殺されることであ る。実質労働コストが実働人員の減少があってもそれに反応しない場合にのみ生じると考 えられる。
ところでQ一ψ(x)から,産出量の減少が起るのはxの増加するときにかぎるから,
αの減少の結果,かかるxの増加が生じるのは二つの異なる理由による。一つはαの 減少があったときに農家の労働水準をこれまで通りの高さに保つためには,残ったメンバ ーはより長時間働かねばならないからv (のが上昇する。この結果xが上昇する。他 は労働の撤去から残ったメンバーの所得が上昇する結果としてUq (所得からの限界効用
)が減少するためxが上昇する。したがって余剰労働存在は限界効用,および非効用曲線 が関係する範囲内でフラットであることである。 もしフラットであれば所得の上昇や労働 量の増大によるもxの増加が生じないことになる。ある範囲内で所得の限界効用が不変 とおけるならば,単位を適当に選んで限界効用の一定値を1と置くことができる。したが
って(7)式は
Q (L)=Vノ(6)=x
と改められよう。さらに努力の限界非効用の不変性の仮定から,
るまでは
x=V,(4)=・z>0,for 4≦=4*
V (6)>0 ,for 4>4*
である。zは一定値を表わす。
総家族労働が初期条件としてα4であるであるとき,
(10)
努力の臨界量8*に達す
(11)
6;≧4*の場合に余剰労働がなく,
1了!
4<4*の場含で労働の撤去が分割可能な単位でなしうるならば余剰労働が存在する。他 方人数でのみ労働の撤去がなされ,かつその場合に土地と労働の配分の再編成が直後に生
じないならば,余剰労働存在のための必要十分条件は α
4≦4*
α一1
(1)
である。多数の農家が存在し土地の再配分が労働移動後に可能ならば4〈4*に近づく。
ととろで余剰労働存在のためめ仮定V・(3)一z(二定)を吟味する必要がある。だが との仮定に対する反論は少く,むしろUq−1の仮定が疑問視される。だが生存水準に至
るまではこの仮説はさほど受入れにくいものではない。いずれにしても実証的研究が待た れる所以である。これら二つめ仮説には二つの条件が付いている。一つは離農による一人 当り所得の上昇が生じない形の税制が一般に行われているならば,当然Uq−1の仮定は 問題とはならない。ヌルクセが税制によって潜在貯蓄を引出すのがこのケースである。こ のことから偽装失業が課税その他の政府の繍帳で起ることが考えられる。もしUqが関係 のある領域内で一定でないときに聰りである。他はVノ(3)一z,Uq司が共に条件とし て必要なのは,その前提に両者が互に独立と仮定したからである。したがって純効用を考 えU−U(q,のとするならば,当然交叉偏微係数が導入される。
以上の議論から余剰労働存在の必要十分条件の一つは4<4:を」に対してV (3)一z>0と いうことであった。通常偽装失業存在条件として労働の限界生産力零が仮定されているが,
これはZ一』 nの特殊ケースにあたる。だがこれは必要条件でも十分条件でもない。必要,
条件でないことは明らかだが,十分条件でないのはz=0で6−4*のときには離農によ る生産減が生じるからである。また前述の如く要素間の代替性が制限された特殊な生産関 数を必要とするとの考え方もここでは排除される。さらに
Q 一maxQ(L)=Q(L),かつQ,(L)一〇 コエ
または limQ (L)』O L→DO
の仮定は必要条件とは考えられないことになる。
だが,余剰労働の存在が真に重要な意味をもつ問題であっても,その多くは余剰の規模 と余剰がなく掌ったときの反応の程度に依存するので・これ三塁織す。る必要炉ある・
一農家の体系を全経済の体系とするために(1)ある農家から労働が引抜かれた後に,非 労働資源が再分配されうる,(2)規模に対して収穫不変, (3)多数の小農が存在すると仮 定する。そのとき(1)式のQは経済の総産出量,Lは総労働時間となる。(7)式はした がって画一的な資源配分ルールとなる。
経済全体の均衡条件を求めるために,αを総労働人口,βを全家半数とし,α,βは 連続的で可分なものとして取扱い,
ω欄・L一嘩煕伸方L三一1!4・と購てL〈L・なる故詣4宝4・
β=kα と表わす(kは一定)。
求められた反応方程式は n十m E=G
I1十mG十9 である。ただし
E ; n ; m ;
G ;
9 ;
を表わす。
(12)
(13)
労働緻に関する産鵠弾鵬勤幽ペレーターで表わして(÷)
各自の労鵬間に関する労即限界非効騨施すなわち(V,4)
臥所得に関する所得の限界効騨誰で一(÷)
労働時闇に関する産鵠弾艦(♀)
労働時間に関する労脚限界生動弾誰,一(Q,L)
〔証明〕
倣から(β万)司であるから,
(5)式は
(÷)一(÷)+1
さらに(4)式から
(7)式から
:L一φ〈x)カ〉ら『
かつ
故に(÷)一E司
(÷)一(÷)一1
(Q,α)一n(÷)+m(÷)
(Q,α)一一9(÷)
E−G(÷)
なる故⑱式が得られる。
〔一m一・〕余剰蠣の醐なケース1とあたり,囎効用,噺非効馳繍櫛由に 平行な状態を示している。⑬式でG=0も一つのケースであるように思われるが,G=0 であるためには労働の限界生産力Q,(:L)が零でなければならず,とすればVノ(4)=0が なりたたねばならないが,これは⑬式導出の過程でVノ(6)>0で除していることと矛盾す
る。
』G=0に本質的に近い結果を得るためには,Vノ(4)したがってQ (:L)が無限に零に近 づくが零にはならない状態を仮定すれば可能である。だがW(4)=0という仮定が必要 であるQこれから⑬式は
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mG E踏
mG十9
となる。 ここでm=0のときが余剰労働存在条件であったからE=0が求められる。他 瓦9を不変として禺E一・もまたG一・1こ対応するケースであ乙が,こ暢合に1ま
E=0とはならない。
次にG−Eが成立す場合として,先ず,n一・・が考えられる.すなわち搬E−G
これは限界非効用曲線V (のが垂直となることを意味し,労働時間4が一定で,総労働 量しと労働人口αとが比例することである。だがこの仮定は小農経済には妥当し難い仮 定であろう・さらにm「㌔とおいてもG−Eヵ球められる・これは一人当り労
働時間が不変で,離農が生じたとき,労働による限界物理的報酬が増す一方,残留者はよ り高い所得を享受し産出高一単位当りの効用が下落するが, これら二つの力が丁度相殺し たときと解釈することができる。
一般には
E§G ・・m 諱u㌔
である。Cobb・Douglas型の生産関i数ならば
E§G ・・m ッ1
となる。
これまでの分析では生産物の市場交換のない理論モデルに関するものであった。全部ま たは一部を市場交換に出す場合は一層複雑になる。小農が価格変化にどう反応するか,離 農により生産物の相対価格がどう変化するかという問題が含まれるからである。そこで先 ず労働以外の用いられる要素の量を不変として前者の問題から検討する。
〔生産物を全部市場交換に出す場面〕
(7) 式をPに関して微分すると
dL Q,(:L)(U,(c)+U (c)c)
dp W(の
α
U (c)
(Q,(L)P)2−Uノ(c)Q (L)P β
が得られ,V (4):≧0, U (c)≦(0, Q (L)<0から分母は正でU (c)を除けば分子はすべ て負であるから
器 のためには 一彩讐>1 r ,,
でなければならず,左辺の。をqとおけばmと同じだから,これを盃と表わせば
結接・または盃菱1に応じて囎妾・
〔一部を市場交換に出す場合〕
特殊な形の効用関数を用いる必要があり,そこで代替弾力性が1で,二種類の財の係i数 が所与であるような効用関数,
U=A(cμ91一μ)k, 0<μ<1かつ 0<k≦=1
を考える。このとき両軸の消費割合rはPに比例し
c pμ 「= q = 1一μ
と表わされ,さらにy一μがなりたつ。すなわちこの特定の形の効用関数ではyはP と関係なく一定となる。求める反応は
d:L 1
一如=畑v誰).÷+一(L)
μk ただし T1=・
>O P
(1−k)(1一μ)
Q (:L)≧O T2=・
qβ
W>0,Q《0, Uq>0, x)≧0から労働量の減少は生産物価格の増大のときには生じ得な い。さらにV 一〇すなわちx−0を除けば,価格に対する労働の反応は常に正である。
もしかかる正の反応が仮定されるとき,生産物価格が不変で労働の流出が産出高水準を引 下げる傾向をもつとしても,労働流出の結果価格騰貴に基づく産出量の正の反応により相 殺が可能である。過剰労働存在の条件すなわち離農によるも生産量が不変に止るための条 件は,全面交換のときにはVノ(6)とUcとが,一部交換のときにはW(6)とUqとが flatであることである。
参 考 文 献
(1)Meier, G. M., Leading Issues in Development Economics, N. Y.,1964
(2) 〃 ,lnternational Trade and Development, N. Y.,1963,.麻田四郎,山宮 不二人訳,国際貿易と経済発展,昭和40年
(3)Sen, A. K., Choice of Techniques, Oxford,1962
(4)Fei, J. C. H. and G. Ranis, Development of the Labor Surplus Economy, Home・
wood, Illinois,1964
(5)Sen, A.:K。, Peasants and Dualism with or wit虹out Surplus Labor,, J, of P. E.,
Qct・1966