即
身
成
仏
思
想
に
つ
い
て
の
一考
察
−
安
然
の成
仏
論
と
異
本
『即
身
成
仏
義
』を
め
ぐ
っ てー
間
野
泰
博
一問
題
の
所
在
真
言
密
教
に お い て 成仏
思想
の 中核
を なす
も の は即
身
成
仏 思 想 であ
り 、 弘法
大
師 空 海 ( 七 七 四 〜 八 三 五 ) は 、 『即
身
成 仏義
』 を著
わ し そ の 思想
の 理論
化
を 図 ら れ た 。私
は弘
法
大師
空海
の即
身
成
仏
思想
の 理解
を 目的
と し て 『即
身
成
仏義
』 に つ い て の考
察
を行
い 、 六大
・ 四曼
・ 三密
を体
・相
・ 用 に 配 し 、多
重構
造
の 思想
が展
開 さ れ て い る こ と を 理解
し た 。大
学
院
修
士
課 程 に お い て 、そ
の弘
法
大
師
空
海
の 即身
成
仏 思 想 が後
の 世 に お い て ど の よう
に受
け入
れ ら れ て い っ た かを
研
究
し よう
と考
え 、 まず
異
本
『 即身
成
仏義
』 の研
究
を行
っ た 。 こ の異
本 『即
身
成
仏
義
』 の考
察
に お い て は 、主
な る特
徴
と し て 三種
即身
成
仏
思想
が挙
げ
ら れ 、 そ の成
仏論
は弘
法
大
師
空
海
の即
身
成
仏 の表
現 と は異
な るも
の だ と推
論
し
た 。ま
た 、異
本
『 即身
成
仏
義
』中
の そ の他
の 思 想 .引
用経
典
等
に着
目し
て み る と 天台
密 教 と の関
連性
が多
少 なり
とも
見
受
け ら れ た 。特
に 『真
言宗
即
身
成
仏
義
一 巻 』 ( 以 下『 弘
法
大
師 全集
』 に 収 録 さ れ て い る 順 に従
っ て 、異
本
『 即身
成
仏 義 』、 異 本 『 即 身 成 仏 義 』
、 … … と
す
る 。 )NII-Electronic Library Service に
引
用 さ れ て い る 『 蓮華
三昧
経
』 ( 『 蓮 華 三 昧 経 』 は 異 本 『 即身
成 仏義
』に お い て も
引
用 さ れ て い る が 、 異 本 『即
身成
仏義
』は 内 容 が
類
似 し て い る た め、異
本 『 即 身 成 仏 義 』を 中
心
に 考 察す
る 。 ) に注
目す
る と 、 天台
密
教
の大
成
者
で あ る 五大
院
安
然 ( 八 四 一 ー 八 八 九 ? ) と の関
連
性
を推
測す
る こ と が でき
た 。 そ こ か ら 、安
然
の即
身
成
仏 思想
を
観究
す る事
に よ っ て 、異
本
『 即身
成
仏
義
』 と の関
係
性
、更
な る即
身
成
仏
思想
の 展開
が開
ら か に でき
るも
の と考
え こ の問
題 を取
り
上げ
た 。今
後
の 展望
と し て真
言密
教
の 立場
か ら台
密
の成
仏論
を中
心 に 概究
し て行
こう
と考
え
て おり
、今
回 の発
表
に お い て は 、異
本
『即
身
成
仏義
』に
引
用
さ れ た 嚠 薄華
三昧
経
』 と そ の他
の経
論
に つ い て の考
察
を行
い 、安
然
と 異本
『闘
身
成
仏義
」 の 関係
性 を探
る と同
時
に 、安
然 の代
表 的 な 著作
であ
る 『 即身
成
仏
義
私
記 』 ( 以 下 『 即身
義 私 記 』 〉 ・ 『真
言
宗教
時義
』 ( 以 下 『 教時
義
』 ) ・ 『胎
蔵
金剛
菩
提
心
義略
問答
抄
』 ( 以 下 『菩
提 心 義 抄 』 ) と を取
り
上 げ て考
察
を
行
い 、安
然 の即
身
成
仏 思想
を明
ら か にす
る こ と を 目的
と し て取
の
組
ん だ 。356
N工工一Eleotronlo Llbrary Servloe
二
『真
言
宗
即
身
成
仏
義
一巻
』 (異
本
『即
身
成
仏
義
』)
の
引
用
経
典
の
考
察
(
1
) 『蓮
華
一 二昧
経
』 に つ い て『 蓮
華
三昧
経
』 と は 具名
を 『妙
法 蓮 蕪 三 昧秘
密 三黶
耶経
圜 と い い 、 不 空 三蔵
( 七 〇 五 ー 七 七 四 〉 の翻
駅
と し て 『卍
続
蔵
経
』 に収
め ら れ て おり
、 『法
華
経
』 を密
教化
し た 経典
と し て考
え ら れ て い る 。 ま た 、 い わ ゆ る 「本
覚
讃
」 と し て 、天
台
宗
に お い て常
用
経
典
と し て読
誦
さ
れ て い るも
のを
含
ん で い る 。 そ の 「本
覚
讃
」 と は次
の 七字
八句
から
な
る 頌 で あ る 。本
覚
心法
身
に帰
命
す
常
に妙
法
心蓮
台
に住
す
即身成仏思想につ い て の一考察 (間野)
本
来 、 三身
の徳
を具
足
し三
十
七尊
、 心城
に 住す
普
門
塵
数
の諸
三 昧因
縁
を 遠 離 し 、法
然 と し て具
す
( 1 )
無
辺 の 徳海
、本
円
満
す
還 つ て
我
、 心 の 諸 仏 に 頂礼
す
こ の 『 蓮
華
三昧
経
』 を引
用し
た 一番
初
め の書
物
と さ れ る の が 、智
証
大
師
円珍
( 八 一 四 ー 八 九 一 ) の 『 入真
( 2 )
言
門住
如
実
見講
演
法
華
略
儀
』 ( 以 下 『講
演 法華
儀
』 と す る ) で あ る 。 『講
演法
華
儀 』 で は 、〔 3 }
普
礼
二 心 城中
一切
聖
衆
「頌
日 と し て頌
が挙
げ
ら れ て い る こ と か ら 、 『講
演
法
華
儀
』 に お い て は 、 『 蓮華
三昧
経 』 ま た 「本
覚
讃
」等
の具
体的
な
名
称
は示
さ れ て い な い こ と が分
か る 。 し か し こ の 『 講 演法
華
儀
』 に つ い て は偽
撰
の 疑 い がも
た れ て い る 。( 5 ) ( 6 )
続
い て安
然
の著
作
に お い て み て み る と 、 『教
時
義
』巻
一 で は 「 蓮華
経説
」 、 同 巻 二 で は 「大
蓮
華
三昧
経
云 」 、( 7 ) 〔 8 ) 『
菩
提 心義
抄
』巻
一 で は 「 如 二蓮
華
三昧
経
云 一 」 、 同巻
四 で は 「大
蓮華
三昧
経
云 」等
と な っ て おり
、 『 講演
法
華
儀
』 に お い て は見
ら れ な か っ た経
典名
を具
体
的 に挙
げ
て い る こ と が 分 か る 。異
本
『 即 身成
仏義
』に お い て
も
、 「無
障
礙経
に 云 く 盛 腱 牌 」 と な っ て お り安
然 と 同 時代
か そ れ 以 後 の 成 立 と考
え
ら れ、安
然
と の関
係
性
が 認 め ら れ る 。但
し 『蓮
華
三昧
経
』 の 「本
覚
讃
」 の成
立 を めぐ
っ て も 、 そ の真
偽
も
疑 わ れ て い る 。従
来
は不
空
訳
( 9 ) と さ れ て
き
た が、 近年
の研
究
成
果
を見
て み る と偽
経
と し て扱
わ れ て い る 。(
2
) 異 本 『即
身
成
仏
義
』に
引
用
さ れ て い るそ
の他
の 経典
の 考察
次
に 、安
然
の著
作
であ
る 『教
時
義
』 の中
に 、異
本
『即
身
成
仏
義
』で
引
用 さ れ て い た他
の経
論
を探
し て み( 12) ( 13) ( 14)
( −)o ( 11) る と 、 『 韮 .
怨
論 』 二文
. 『碕
度論
』 . 『讓
経
』 . 『諸
法
無
行
経
』 . 『略
述 金 剛頂
瑜
伽
分
別
聖位
修
證
雋
』 . 『 金剛
頂
瑜
伽
修
習
毘
盧
遮那
三摩
地法
』 の 同様
と思
わ れ る文
章
が 引 用 さ れ て お り 、 ( そ の他
異本
『 即身
成 仏 義 』に は 、
NII-Electronic Library Service 『 大 日 経 』 . 『 金 剛
頂
経 』 ・ 『仁
王 般 若経
』 ・ 『 釈 摩 訶 衍 論 』 ・ 『略
述 金 剛 頂 瑜 伽 分 別 聖 位修
證法
門 』 ・ 典 拠 不 明 な 経 典、 が 引 用 さ れ て い る ・ )覆
し て い る 引 用 が多
数 あ る こ と が考
察
さ れ た ・跚
特
に 『華
厳
経
』 . 「諸
法
無
行
経
』 の 引 用 に 注 目 し て み る と 、 『華
厳
経
』 に お い て は異
本
『即
身
成
仏義
』と
安
然
の 『教
時
義
』 と に お い て は ほ ぼ 同様
な引
用 が な さ れ て い る の だ が 、 原 典 の ど の 部分
を引
用 し た か を検
出
でき
な か っ た 。 ( 異本
『 即身
成 仏義
』、 「 『 華
厳
経
』 に 云く
」 と し て )( 16)
遍
く 十方
に詣
て成
仏 を 求 む 。身
心久
く
成仏
せ る こ と を知
らず
云 云 ( 異 本 『 即 身 成 仏義
』、 「
経
に 云 う 」 、 と し て )〔 17)
往
昔
に精
進
し て 生 死 を捨
つ 。 生 死即
涅槃
と知
らず
( 安 然 『 教 時 義 』 〉華
厳
経
に 云く
、 遍く
十方
に詣
り て成
仏
を求
む れ ど も 、身
心本
より
成
仏 せ る こ と を知
ら ず 。 往昔
よ り精
進
( 18V し て
死
を 捨 つ れ ど も 生 死 即 涅槃
な る こ とを
知
らず
と ま た 『諸
法
無行
経
』 つ い て は 、 下記
の通
り引
用
さ れ て い る の だ が 、 ( 異本
『 即 身 成 仏義
』)
( 19)
無
行経
に 云 く 、婬
欲
即 ち是
れ道
。恚
癡 も亦
復然
なり
。 ( 『 教時
義 』 )( 20〕
無
行
経
に 云 く 、貪
欲即
ち
是 れ道
。恚
癡 も亦
復
然
なり
。( 21 ) ど
ち
ら の文
章
も そ の ま ま で は検
出 さ れず
、 『諸
法無
行経
』 の 「貪
欲
説涅
槃
恚
癡 亦如
是
」 と いう
部
分
を
引
用 し たも
の と推
測
さ れ る 。 し か し こ の 三 者 を 比 較 し て み る と 、 『諸
法 無行
経
』 の 原典
より
、異
本
『即
身
成
仏義
』 N工工一Eleotronlo Llbrary即 身成 仏思 想につ い て の一考察 墹 野)
の 引
用
と 安然
の引
用
の ほう
が類
似 し て い る こ と 認 め ら れ 、関
連性
が窺
え
る 。三
安
然
の
即
身
成
仏
思
想
の
考
察
(1
)安
然
の 『即
身
成
仏
義
私
記 』 に 見 ら れ る即
身
成
仏
観
『即
身
義
私 記 』 に見
ら れ た大
き な特
徴
と し て は 、 『法
華
経
』 の即
身
成
仏 と 「摩
訶 止観
』 の 即身
成
仏
と を 述 べ て い た こ と で あ る 。本
書
冒
頭 に は序
文
があ
り
、 下 記 の よう
に述
べ ら れ て い る 。夫
れ 以 み る に 、妙
法
蓮華
は 一 切如
来
の微
妙
の 因果
、摩
訶
止観
は 一切
菩
薩
の速
疾
の径
路 なり
。 こ の乗
に乗
茲)
る
者
は 、白
牛
も て 運載
し 、直
に道
場
に 至 る 。 此 の観
を
観
ず
る者
は 、神
通 も て 飛騰
し 、疾
か に宝
処
に行
く
。 こ こ で は 、 『法
華
経
』 と 天台
大
師
智
頻 の 『摩
訶
止 観 』 を 挙 げ て 、前
者
は 「白
牛
も
て 運載
し 、直
に道
場
に 至 る 」 、後
者
は 「神
通
も
て飛
騰
し 、疾
か に 宝処
に行
く 」 と し て い る 。 どち
ら に お い ても
「直
に 」 . 「疾
か に 」 と いう
よう
な 速疾
成
仏
を強
調
す
る記
述
が読
み取
れ る 。 ま た 安然
の 即身
成
仏 思想
の基
盤
と な るも
の は 、 『 法華
経 』 . 『 摩訶
止観
』 であ
り
、 こ の 二 つ の即
身
成 仏観
があ
る と考
察
でき
る 。続
い て 、是 を 以 て 八
歳
の龍
女 、 頓 に 正覚
の台
に 座 し 、 三 生 の弟
子
、速
や か に 正聚
の位
に 入 る 。煩
悩
是 れ菩
提
な れば 、
身
因 を断
ず る こ と なく
、 生 死是
れ涅
槃
な れ ば 、陰
入 を傷
む る な し 。皆
身
を捨
てず
、身
を受
け
ず
、悉
( 23)
く 現
身
に お い て成
仏 を得
。 と し て 『 法 華経
』 の龍
女
成
仏 に つ い て言
及
し て い る 。龍
女
成
仏 の 思想
は 、 『法
華
経
』提
婆
達
多
品 ( 『 大 正 蔵 』 九 ・ 三 四b
〜 三 五 c ) の成
仏
論
で 、伝
教
大師
最
澄
( 七 六 七 〜 八 二 二 ) が著
し た 『法
華
秀
句
』第
八 「即
身
成
仏化
NII-Electronic Library Service
導
勝 」 に詳
しく
説
か れ て おり
、 そ れ を受
け 継 い だ も の と 思 わ れ る 。 ま た こ こ で は 、 「皆
身
を捨
てず
、身
を受
け
ず
、悉
く現
身
に お い て成
仏 を得
」 と し て お り 、 「 現身
に 」 と いう
こ と が 非常
に 強 く論
じ ら れ て い る 。 こ の序
文
か ら は 、安
然
の即
身
成仏
思想
は 『法
華
経
』 ・ 『摩
訶 止観
』 の 二 つ が 基 盤 と な っ て い る こ と 、速
疾
成 仏 ・ 現身
成
仏 と いう
面 が 強 調 さ れ て い る こ と が読
み 取 れ る 。安
然
の 『 法華
経 』 を 基盤
と し た 成 仏論
は 、最
澄 の 龍女
成 仏論
を受
け継
い で い る も の と考
え ら れ 、 一方
の 『摩
訶
止観
』 の成
仏
論
に 注 目 し て み る と 、 『 即身
義
私
記 』第
四十
八 問 答 に お い て 、 問 、位
、 既 に 六有
る 。 止観
方
に 六 か 。答
、 理、 不 同 と 雖も
、 猶 お是
れ、 理 性 止 観 、名
字
、観
行 、随
聞
随
観
し 、 乃 至 究竟
なり
。皆
止観
と名
く 。〔 34) 即
ち
所
問
の 如 し 。 と いう
問答
が な さ れ て い る 。問
に お け る 「位
既
有
六 」 と は 、 六即
位
の こ と であ
る 。 天台
宗 で は 成 仏 の 階梯
を蔵
・通
・別
・ 円 に分
け て論
ず
る が 、 そ れ と は 別 に円
教独
自
の 六即
説
を 立 て て い る 。1
、 理即
位
( 本 来 的 に成
仏 の 実在
が あ る )2
、名
字
即位
( こ れ を 概 念 と し て 理 解 す る )3
、観
行
即
位
( 体 験 し よう
と す る 観 心 修 行 )4
、 相似
即
位
( 六根
清 浄 と な り真
の 悟 り と 相 似 す る )5
、分
証 (真
) 即位
( 真如
の 部 分 を 体現
す る )6
、究
竟
即位
( 完 全 な る悟
り ) の 六 の こ と で 、末
木
文
美
士
先
生 は 「 六 即 は 、言
う
ま で も な く 天台
円 教 に お い て 立 て る 理即
・名
字
即
・観
行
即
・相
似即
・分
証
即
・究
竟
即
の 六 であ
る が 、 そ れ自
体
、 も とも
と円
教 の も つ段
階否
定
性 と 殺階
性
を 巧妙
に接
合 し た 理論
で あ っ た 。即
ち 、 円 教 の 立 場 は 本来
別教
と異
なり
、 段階
性 を 否定
す
る と こ ろ に そ の特
徴
が あ り 、 凡夫
の 段 階 で究
極
の悟
り
が実
現 し て い る と 説 く 。 し か し 、 そ れ だけ
で は修
行
の過
程 の 意味
が なく
な る 。 そ こ で 段階
性
が 回復
さ れ な け れ ば な ら な い 。 こ の相
反す
る 要求
を接
合す
る と こ ろ に 六 即 が成
り 立 つ 。 そ れ は 、 六段
階 を 立 て る と こ ろ に段
階
性
が 生 き る と と も に 、 そ の す べ て の段
階 が 「即
」 と い わ れ る と こ ろ に360
N工工一Eleotronlo Llbrary即 身成仏 思想につ い て の一考察 (間 野)
終
始
一貫
す
る絶
対
性
の実
現
が表
現
さ れ る 。 そ れ故
、 そ れ は直
ち に即
身
成 仏 と結
び つ く わ け で は な い が 、 凡 夫 の段
階 か ら絶
対
の実
現
を
認
め る点
で 、 凡夫
の即
身
成
仏 を重
視
す
る 日本
天台
の 即身
成
仏論
と結
び つ く 可能
性
は( 25)
十
分
に持
っ て お り 、安
然 に よ っ て こ の点
が取
り
上げ
ら れ た点
は 、極
め て注
目 さ れ る 。 」 と 論 じ て い る 。即
ち安
然
は従
来
の 『法
華
経
』 の龍
女
即
身
成仏
に 、 「 摩訶
止観
』 を 基盤
と し た 六即
の即
身
成
仏
を加
え る こ と に よ っ て 、凡
夫
の殺
階
に お い て成
仏
す
る と いう
こ と を残
し
つ つ 、修
行
の段
階
性
と いう
も の を 重要
視 し て い た も の と考
え ら れ る 。 つ まり
そ れ は龍
女
即
身
成
仏 に対
し て 、実
践
と いう
も の の 不 足 を感
じ取
っ たも
の と推
考
さ れ る 。第
六 十 一 問答
に は 、即
身
成
仏 に つ い て の論
が展
開
さ れ て い る 。( 26>
問 、 云 、 天
台
の意
、即
生成
仏
と 隔 生 成仏
と は、 倶 に 即身
成
仏
の義
を 立 て る か 。 と し て 、即
身
成
仏
と は 、 こ の生
に お い て成
仏
す
る こ と と 生 を隔
て て成
仏
す
る こ と の 二義
があ
る の か と いう
こ と を問
う
て い る 。 こ の問
答
で は 、 「 即 生 か 」 「隔
生 か 」 と い っ た 、 「現
身
成
仏 」 の 思想
が 強調
さ れ て い る と読
み取
る こ と が でき
、答
と し て 、( 27 )
答
、今
円宗
の意
、即
生 ・隔
生 、倶
に 即身
成 仏 の義
を 立 つ べ し 。 と し て 、即
生 ・隔
生
の即
身
成
仏 を 立 て る こ と を説
い て い る 。 そ の 理由
と し て、何
を 以 て 故 に 。若
し は龍
女
現
身
に専
ら 即身
成
仏 の化
道
を顕
ず
る が故
に 。而
し て 即身
成
仏 の化
道
、諸
宗
の所
依 の 経 よ り勝
れ た り と 言 えり
。若
し は 三根
声
聞
皆
初住
に 入 る と は 、即
身
と即
入 に異
無
し 。故
に即
身
入
と 言
う
に別
無 し 。余
教 の 凡位
皆
復
是 の如
し 。當
に知
る べ し 。龍
女
は 仏 の 三輪
を現
じ 、声
聞
は声
聞
の 三輪
に 応
ず
。普
現 三 昧 は 諸威
儀 を 現 ず る と 雖も
、 其 の自
證 は滅
定
よ り起
こ る こ と無
し 。皆
身
を捨
てず
、身
を受
けず
即ち
證
に 入 る 。故
に即
身
成仏
と言
う
。 是 れ 則 ち 即生
に分
真
、究
竟
の仏
を
成ず
る な り 。若
し は 六根
極 遅 は 、 三 生 に
見
る こ と を得
。 是 れ 則ち
三 生 に相
似 の 仏 と なり
、法
を聞
き忍
を得
。則
ち
此 の身
を捨
てず
NII-Electronic Library Service
正 聚 位 に 入 る 。
前
の 二 生中
は 、但
だ名
字
を聞
き
、 ま た観
行
を修
す
。若
し名
字
を
聞
か ば 、名
字
即 なり
。 是れ
名
字 即身
成 仏 な り 。若
し観
行
を修
す
れ ば 、観
行
即
菩
提
なり
。是
れ観
行
即身
成
仏
と 云う
。皆
身
を捨
てず
身 を
受
け
ず
現
身
に 成仏
を
得
。 是 の故
に 円 人、若
し真
位
に入
ら ば 、 生 を 隔 て る と雖
も 、 何 生何
位
に 随 っ て 、( 28)
皆 即
身
成
仏 と 言う
べ し 。若
し
爾
らず
ん ば 、 六 即 菩提
何
に寄
り
立 つ を得
る や 。 と 述 べ て い る 。 こ こ で は 、 『法
華
経
』 の龍
女
が現
身
に 即身
成
仏 し た こ と に よ り教
化
を顕
現す
る こ と か ら 、諸
宗
の経
より
も勝
れ て い る 、 と し て い る 。 こ の 部分
か ら は 、最
澄 の龍
女
即
身
成
仏 思想
を
踏
襲
し て い る と考
察
でき
る 。 そ し て 、 「 若 し は 六根
極
遅
は 、 三 生 に見
る こ と を得
。 」 以 下 の記
述 か ら は 、最
澄
の 『法
華
秀
句
』 「 即身
成
仏化
導
勝
」 に 論 じ ら れ て い る 、 「 上品
の利
根
は 一 生 に成
仏 し、 中品
の 利根
は 二 生 に成
仏す
。 下品
の 利根
は 三 生 に( 29)
成
仏
す
」 と いう
思想
に 、 六 即 成仏
の 思想
を 絡 め て論
じ て い る と考
察
さ れ る 。 ま た 、 「皆
身
を捨
てず
、身
を受
けず
即
ち證
に 入 る 」 ・ 「 皆身
を捨
てず
身
を受
けず
現身
に 成 仏 を得
」 と 二 度も
繰り
返 し て 述 べ て い る こ と か ら 、 こ の身
を 捨 て ず に来
世 に お い て は身
を受
け
ず
現
身
に成
仏す
る と 言う
こ と が安
然
の 即身
成
仏
観
を顕
著
に 表 し て い る表
現 であ
る と推
考
でき
る 。362
N工工一Eleotronlo Llbrary Servloe
(
2
) 安然
の 『真
言 宗教
時義
』 に 見 ら れ る即
身
成
仏
観
『教
時
義
』 の考
察
方
法 と し て、 「即
身
成仏
」 と いう
タ ー ム に注
目 し て考
察
を行
っ た 。本
書
に お い て 「 即身
成
仏
」 と いう
タ ー ム は 、 『 菩提
心論
』 の 引 用 、 『即
身
成
仏
義
』 の名
称
も含
め る と 、巻
一 に 二 回 、 巻 二 に 一 回 、巻
三 に 四 回 、巻
四 に 四 回 の合
計
十
一 ヶ 所 に使
用 さ れ て い る 。今
回
は特
に 注 目 さ れ た 二 つ の記
述 を挙
げ
て み る と 、巻
三 に お い て 、 「大
日 経義
釈
」 ・ 「大
日経
」 ・ 「菩
提
心論
」 ・ 「尊
勝瑜
伽 」 ・ 「観
音
瑜
伽
」 ・ 「 五 秘密
」 の文
を挙
げ
、 「 此( 30)
等
の文
に よ っ て 即身
成 仏 の義
を 立 つ る の み 。 」 と 述 べ て い る こ と か ら、 次 の引
用 は即
身
成
仏
の證
文
と し て と ら即身成 仏思想につ い ての一考察 (間野 )
え
る こ と が でき
る 。( 肌)
・
大
日経
義
釋
に大
論
の神
通乗
の文
を引
き
て 以 っ て真
言 門 の 菩薩
と な せり
。・
大
日 経 に説
く
初發
心時
乃 至十
地 次第
に此
の 生 に満
足す
と 。 亦説
く
第
三劫
を 越 ゆ る時
、余
教
の菩
薩
無
量
( 32)
無
数
劫
の 中 に修
行す
る 所 の功
徳
、 即ち
皆
悉
く
具足
す
と 。・
菩
提
心論
に 云 く 、今
真
言行
の 菩薩
は已
に 二 乗 の 地 を 越え
亦十
地 の菩
薩
の 境界
を
超 へ 、乃
至凡
よ り仏
位
に
入
る者
なり
。即
ち 此 の 三 摩 地 と は 又 云 く惟
真
言法
中 に の み即
身
成
仏す
る が故
に此
の 三摩
地
の法
を説
く
。余
教
の中
に於
て は闕
し て書
せず
と 。 又 云 く 、若
し 人 仏 恵 を 求 め て菩
提
心
に通
達
す
れ ば 父母
所
生身
( 33)
に し て
速
か に 大覚
の位
を證
す
と 。( 34)
・
尊
勝 瑜伽
に は 三 阿 僧祗
劫
は 一念
に超
越す
と説
く
。( 35)
・
観
音
瑜伽
に 云 く 、菩
薩
地及
び 如来
地
を超
ゆ と 。・ 五
秘
密
に 云く
、顕
教
に於
て 修行
す
る者
は久
久
し く 三大
無
数
劫 を 経 て然
し て後
に無
上菩
提
を證
成
す
、若
し
毘
盧
遮
那
自
受
用身
智
の説
く所
の 内 證 の自
覚
聖 智 の法
及
び大
普
賢金
剛
薩
唾 、 他受
用身
智
に依
る とき
は則
ち 現生
に 於 て曼
荼
羅
の阿
闍梨
に 遇 逢 ひ 乃 至 灌頂
受
職 の 金 剛名
号
を受
け 、 此 れ よ り已
後
、広
大
甚
深 不思
議
の法
を受
得
し 、 二乗
十
地 を 超 越す
。 乃 至 人法
二 執悉
く皆
平 等 に し て 現 生 に初
地 を證
得
し 、漸
次
に昇
進
す
。 乃 至亦
須
臾
の頃
に 於 て時
に 応 じ て身
中 の 一 大 阿 僧祗
劫 に集
む る 所 の 福徳
智
慧
を集
得
す
。 則ち
〔 36)
こ れ
仏
家
に 生在
す
る な り 云 云 。 ( 傍線
は筆
者 に よ る V以
上 の よう
に 四経
・ 二論
より
證文
を挙
げ
て い る 。 弘法
大
師
空 海 は 即身
成 仏 の證
文 と し て 、 二経
一論
入箇
の證
文
を挙
げ て い る 。 そ の内
わけ
は 、 『 金 剛頂
一字
頂
輪
王 瑜伽
一切
時
処
念誦
成
仏儀
軌
』 ・ 『 金剛
頂 瑜 伽修
習毘
盧
遮 那 三 摩 地法
』 二文
・ 『成
就
妙
法
蓮華
王瑜
伽観
智
儀軌
』 の 金 剛頂
経
系
統
の 四文
と 『大
日経
』 の 「悉
地出
現
品
」 ・ 「真
NII-Electronic Library Service 言 行
学
処
品 」 か ら 二文
、 『菩
提 心 論 』 か ら 二文
と な っ て い る 。 弘法
大
師
空 海 の 證 文 と安
然
の 證文
と を 比 較す
る と、 『大
日経
』 ・ 『菩
提
心論
』 か ら の 引 用 は 共 通 し て い る が 、 「尊
勝瑜
伽 」 ・ 「観
音
瑜伽
」 は安
然 が 独自
に 證文
と し て引
用 し て お り 、 そ れ は 弘法
大
師
空
海
の即
身
成
仏 思 想 を受
容
し な が ら も 、新
た に 天台
密教
の 即身
成 仏 思想
と いう
も
の の確
立を
試
み て い る と推
察
さ れ る 。 そ し て 、 即身
成
仏
の 證文
を挙
げ た後
に 次 の 問 答 が な さ れ て い る 。問
、言
う
所
の惟
し真
言法
中 に の み 即 身成
仏す
る が故
に 此 の 三摩
地 の法
を説
く 。余
教
の中
に於
て は闕
し て書
せず
と は 、法
華 八歳
の龍
女
は即
身
成 仏 し 、 胎 経 に は魔
梵釋
女
皆
身
を
捨 てず
身
を
受
けず
し て悉
く現
身
に於
て 成 仏す
る こ と を 得 と、無
量義
経
に は 即ち
是 の身
に於
て無
生 忍 を得
、 生 死煩
悩
一時
に断
壊
す
と 。仁
王経
に は 五千
の 女 人 は 現身
に成
仏 せ り と 。 此等
の 大乗
は真
言法
に非
ず 。 何 ぞ惟
真
言
法
中 に の み 即身
成
仏す
る が
故
に と 言う
や 。答
、 此等
の大
乗
は並
に是
れ唯
理秘
密 の真
言教
法 な り 。 旦 ハ に前
に説
く が 如 し 。故
に菩
提心
論
に華
厳
の初
発
心
住 の文
、浬
槃
の南
無純
陀身
は 人身
な り と雖
も 心 は 仏 心 に 同 じ の 文 を引
き
て以
つ て真
言菩
薩 の 速 證大
覚
の 證 と な
す
。又
金剛
頂
疏
に無
量義
経 の 即 於是
身 、得
無
生 忍等
の文
を 引 き て 以 つ て真
言菩
薩
の現
生 に 速 か( 37)
に 初 地 に 入 る
證
文
と なす
( 38 )
證
文
と し て 引 用 し た 『菩
提 心論
』 の文
に 対 し て 、 『法
華
経
』 の龍
女成
仏説
、 『胎
経
』 と し て 『菩
薩
従
兜
術
天降
( 39)
神
母 胎説
広
普
経
』 の魔
梵
釋
女
が皆
身
を捨
てず
身
を受
けず
し て悉
く現
身
に お い て 成 仏 し た と いう
成 仏説
、 『無
量( 40)
義
経
』 の こ の身
に お い て無
生
忍 を得
る と いう
成仏
説
、 『仁
王 経 』 と し て 『仁
王護
国
般若
波
羅蜜
多
』 の 五千
の女
( 41) 人 が
現
身
に成
仏 し た と いう
成 仏説
、 こ れ ら は大
乗 であ
り
真 言法
で は な い と し て 、何
故即
身成
仏 の義
が真
言法
以 外 に も説
か れ て い る の か を問
う
て い る 。 そ れ に対
し て 、 こ れ ら の 成 仏 説 を説
い て い る 大乗
は 唯 理 秘密
の真
言
教法
と答
え て い る 。 こ こ で は 、安
然
が 『法
華
経
』 ・ 『 胎経
』 ・ 『無
量
義
経 』 ・ 『仁
王経
』 の 成 仏説
も
即 身 成 仏 で あ364
N工工一Eleotronlo Llbrary即身成仏 思想につ い て の一考察 (間野) る と
し
て い る こ と 、安
然 が 円 仁 ( 七 九 四 ー 八 六 四 )( 42)
教
・事
理倶
秘密
教
」 の 思想
を受
け継
い で い る こ と、え
て い る こ と が考
察
さ れ る 。 の 『蘇
悉
地経
疏
』巻
一 に お い て説
か れ て い る 「唯
理秘
密
前
述 し た 證 文 に 『菩
提
心
論
』 ・ 『金
剛 頂疏
』 の文
を付
け加
(
3
) 安 然 の 『胎
蔵 金 剛菩
提心
義
略
問答
抄
』 に 見 ら れ る 即身
成仏
観
『
菩
提
心
義
抄
』 の考
察
方
法
と し て 、巻
一 の末
に 「即
身
成
仏 」 と いう
タ ー ム が頻
繁
に説
か れ て い る箇
所
が見
ら れ 、 そ の部
分
を中
心
に考
察
を行
っ た 。 注 目さ
れ る記
述 を検
討
し て み る と 、金 剛
頂
経 に 、 一 切 如来
大
菩
提 心普
賢大
菩
薩
、道
場 に 座 し た もう
時
、 一 切如
来集
ま り て 、 一切
義
成
就
菩
薩
亦 薩 縛 羅 他 悉 地 と 云 う。 亦 悉 達 多 と 云 う 。
往
詣
し て受
用
身
を現
じ て告
げ
て言
く
、汝
當
に 云何
が大
菩
提
を 證す
べき
や 。一
切
如
来 の真
実、 諸苦
行
等
を 忍 び 、 乃 至 五相
成
身
に よ っ て、 三 十 七 を 流 出す
る を 知 らず
。 是 れ諸
仏
、 内證
法
楽
を 以 て 諸菩
薩
を し て亦
此 の法
楽
を受
け
し め ん が 為 に 、 五 相 成 仏 を 示現
す 。 故 に自
他
二受
用義
を具
す な り 。
若
し は守
護
国
界
主経
に 、釈
迦菩
薩
無
量 劫 を 経 て 、 菩薩
行 を 修 し 、最
後身
に 至 り 六年
苦
行
す
。道
場 に 座
す
時
、無
上菩
提
を 證 し 、 毘盧
遮 那 を成
ず
る こ と 能 わ ず 。 時 に 一 切仏
告
げ て言
く 、汝
、當
に鼻
端
に諦
か に月
輪
を観
じ 、 中 に庵
字
を観
ず
べ し 。釈
迦
菩
薩
、教
を受
け諦
か に観
じ 、 正覚
を 成ず
る こ と を得
たり
。是 れ
後
身
の菩
薩
な り 。若
し は 法華
経
に 、龍
女
海
中 で 文殊
従 り 此 の経
を聞
き
、受
記 を得
て初
住 に 入 る 。 即ち
南方
に往
き 八相
作仏
の 時 、 必ず
此 の 観 を 修す
な り 。若
し は 十住
断結
経
に 、菩
薩独
覚
の 仏 を行
ず
。像
法
尽
き て樹
皮
の声
を聞
き
無
上 道 を 證 す 。 四方
を顧
視
す
る に翼
従
す る も の を見
ず
。相
を隠
し形
を秘
す
。 一 常( 43)
人 の
如
し 。 此 の 人亦
此
の観
を修
す
べき
なり
。 ( 傍線
は 筆者
に よ る )以 上 の 四 経 か ら の
例
を挙
げ
て 、次
の よう
に 述 べ て い る 。NII-Electronic Library Service