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「通学区制度が地価を通じて教育に与える影響」

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2010 年 2 月

通学区制度が地価を通じて教育に与える影響

政 策 研 究 大 学 院 大 学 まちづくりプログラム MJU09052 和泉 孝嗣 〈要旨〉 公立高校の通学区制度は、都道府県により生徒が就学可能な高校を限定する制度であり、全国 的には通学区は統合、撤廃される傾向にあるが、一部では通学区制度を維持している。しかし、 通学区制度により生徒の学校選択幅を限定することは、地価に影響を及ぼし、結果として生徒が 自由に教育を受ける機会を阻害していると考えられる。 本稿では、通学区制度の中でも最も選択幅が限定される小学区制度に焦点を当て、経済理論と 小学区制度を採用する島根県松江市の住宅地価データを用いて、通学区制度が地価を通じて教育 に与える影響を分析する。 小学区制度を採用する場合は教育水準の高い学区の地価水準に正の影響を与えるという仮説を 立て、その下での経済理論分析により、小学区制度は生徒の総余剰を減少させることを示した。 そして、小学区制度を採用する松江市の住宅地価データによる実証分析により、仮説とした教育 水準の高い学区の地価水準に正の影響を与えることを示し、小学区制度を採用しない近隣地域の データを追加して分析することで、小学区制度を採用する場合のみ教育水準が地価水準に影響を 与えることを示した。 これらの分析結果より、小学区制度に代表される通学区制度は統合、撤廃を進めることが望ま しいという政策的インプリケーションが得られた。

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目 次

1. はじめに

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

2. 小学区制度が教育に与える影響の理論分析

・・・・・・・・・・・・・・・・ 2-1. 小学区制度が地価に与える影響のメカニズム・・・・・・・・・・・・・・・・ 2-2. 小学区制度が教育に与える影響の理論分析・・・・・・・・・・・・・・・・・

3. 小学区制度が地価に与える影響の実証分析

・・・・・・・・・・・・・・・・ 3-1. 分析対象となる松江市の概要・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 3-1-1. 松江市の小学区制度について・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 3-1-2. 教育水準の状況・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 3-1-3. 土地需要の状況・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 3-2. 分析方法・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 3-3. 小学区制度が地価に与える影響の実証分析・・・・・・・・・・・・・・・・・ 3-3-1. 推定モデル及び説明変数・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 3-3-2. 推定結果・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 3-4. 教育水準が地価に与える影響の実証分析・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 3-4-1. 比較対象地域の設定・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 3-4-2. 推定モデル及び説明変数・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 3-4-3. 推定結果・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 3-5. 分析結果の考察・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

4. 結論

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 1 2 2 3 5 5 5 6 7 8 8 8 11 12 12 13 15 16 17

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1. はじめに

1 公立高校の通学区制度とは、都道府県教育委員会により県域を複数個に区分し、生徒が就学可 能な高校を居住する学区内のみに限定する教育制度である。本制度は「高等学校の教育の普及」 と「機会均等」を目的として導入され、高校の新設、増設を図るとともに、生徒が通うことがで きる高校を限定することで特定の高校への志願者の集中を防ぎ、高校への入学志願者ができるだ け入学できるようにした。本制度により、制度導入時の 1950 年には 42.5%であった高校進学率は 2000 年には 95.9%となり2、この点では通学区制度は目的を達成するために一定の成果を上げたと 言える。しかし 1998 年の中央教育審議会答申3、2000 年の教育改革国民会議報告4、同年の行政改 革推進本部規制改革委員会5にて、通学区域の弾力化は学校選択の機会を拡大し、学校間の競争が 多様で個性的な教育の推進につながるとの提言がなされた。それを受け、2001 年に文部科学省は 通学区域の設定を義務付けてきた「地方教育行政の組織と運営に関する法律」を改正し、通学区 域の設定は各都道府県に委ねられることとなった6。実質的に通学区域の弾力化を進めるものであ り、教育の普及と機会均等を保障する制度は見直されることとなったのである。現在は制度導入 時と比較し、交通網の整備による生徒の通学圏の拡大や高校教育に対するニーズの多様化など、 社会情勢も変化し、「機会均等」の意味合いも、教育を受ける機会を均等にすることから、受けた い教育の選択できる機会を均等にすることへと変化していると考えられる。この法改正を受け、 全国的にも通学区の統合や撤廃へと通学区の見直しは進んでおり、学区を撤廃し全県 1 学区制と する都道府県は、2003 年度の東京都、和歌山県を皮切りに、2009 年度には合計で 20 都県、通学 区域を統合した都道府県を含めると 30 都道府県となった7。一方、通学区制度を維持する都道府 県は僅かとなっている。 このような動きから、現在において通学区制度は目的を既に達成し、通学区制度により生徒の 学校選択幅を限定することは、地価に影響を及ぼし、結果として生徒が自由に教育を受ける機会 を阻害していると考えられる。よって本稿では、通学区制度が地価に与える影響に注目し、制度 の中でも最も選択幅が限定される小学区制度8に焦点を当てて、生徒に対してどのような影響を与 えているか分析を行う。まず、小学区制度が地価に与える影響のメカニズムを考えることにより、 学区内の教育水準により地価に差ができるという仮説を立てることができ、その仮説を下に、小 学区制度を採用することによる生徒の教育から受ける便益への影響について経済理論モデルを用 いて分析する。次に仮説とした小学区制度が地価に与える影響について、ヘドニックアプローチ により OLS 推定及びランダム効果推定を用いて分析する。小学区制度を採用する島根県松江市の 1997 年から 2009 年の住宅地価のパネルデータを用いて、小学区制度を採用する場合に学区内の 教育水準が地価水準に与える影響を分析し、さらに小学区制度を採用しない近隣地域のデータと 1 本稿の作成に当たって、鶴田大輔助教授(主査)、福井秀夫教授(副査)、島田明夫教授(副査)、丸山亜希子助 教授(副査)、梶原文男教授、安藤至大客員准教授をはじめ、まちづくりプログラム、知財プログラム関係教員及 び学生の皆様から貴重なご指導、ご意見を頂きました。ここに記して感謝申し上げます。なお、本稿は個人的な 見解を示すものであり、筆者の所属機関の見解を示すものではありません。また、誤りは全て筆者の責任である ことをお断りいたします。 2 文部科学省(2009)『平成 21 年度学校基本調査報告書』 3 中央教育審議会答申(1998)『今後の地方教育行政の在り方について』 4 教育改革国民会議報告(2000)『教育を変える 17 の提案』 5 行政改革推進本部規制改革委員会(2000)『規制改革についての見解』 6 地方教育行政の組織及び運営に関する法律の一部を改正する法律の施行について(通知)13 文科初第 571 号(2001 年 8 月 29 日) 7 読売新聞の各都道府県教育委員会への聞き取り調査結果による(2008 年 7 月 28 日朝刊) 8 1 学区に学校数が 1 校であり、居住地により志望できる高校を 1 校に限定する制度。1 学区に学校数が 2 校から 6 校の場合は中学区制度、7 校以上の場合は大学区制度とされている。

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比較することにより、通学区制度の有無により教育水準が地価水準に与える影響がどのように変 化したのかを分析する。 公立高校の通学区制度に関する研究としては、三上・野崎(1998)があり、通学区制度のこれ までの経緯と運用方法及びその評価についての報告がある。本稿はこの研究に対して経済理論を 用いて、まず社会全体からみて通学区制度が望ましいものであるか否かを分析し、その上で実証 分析を行う点に特色がある。また、通学区制度と地価に関する研究としては、アメリカでは多く の研究がなされており、Black(1999)は小学校の学区境界付近の住宅価格を比較することで、学 区別のテストの成績が住宅価格に与える影響を分析し、Bogart and Cromwell(2000)は学区の再編 があった地域に注目して、学区の変更が住宅価格に与える影響を分析している。日本における研 究は数少ないが、吉田・張・牛島(2007)は、公立小学校の算数及び国語のテストスコア、そし て私立中学校進学率を学校の質の指標として、学校の質が地価にどのような影響を及ぼすか、ま た、学校選択制度9の導入前後で地価に与える影響がどのように変化したのかを分析し、学校の質 は学区内の地価に影響を及ぼすが、学校選択制度の導入によりその効果は小さくなると示してい る。本稿は、吉田・張・牛島(2007)とは異なり、公立高校を対象として分析を行う。ここで公 立高校のデータを用いて分析することは、前述した 1 学区の面積が小さい小学校の通学区と比較 して高校の通学区は面積が大きく、また 1 学区に複数の高校が存在するため通学区が地価に与え る影響は評価されにくいという問題があると考えられる。しかし高校の通学区を、1 つの学区の 面積は小さく、学区に含まれる学校数が 1 校である小学区制度に絞って分析することにより、そ のような問題を緩和できると考えられる。 本稿の構成は次のとおりである。全 4 章で構成され、第 2 章では、小学区制度が地価に与える 影響について仮説を立てた上で経済理論モデルによる分析を行い、第 3 章では前章で立てた仮説 について、小学区制度を採用する島根県松江市の住宅地価データを用いてヘドニックアプローチ による実証分析を行う。そして第 4 章で結論と今後の課題を述べる。

2. 小学区制度が教育に与える影響の理論分析

2-1. 小学区制度が地価に与える影響のメカニズム 小学区制度の有無が地価にどのような影響を与えるかについてのメカニズムを図 1 に示す。 単純化のために、ある地域 X に 2 つの高校 A と B があり、定員は同数の N 人とする。2 つの高 校間では教育水準が異なり、高校 A の方が教育水準は高く、定員を超える入学志願者が出た場合 は入試により学力が高い生徒から入学できるとする。また、地域 X に住む生徒は 2N 人であり、 どちらかの高校に入学できるとし、地域 X のどこに居住していても通学のコストはゼロとする。 そして生徒(生徒を持つ世帯)は所得水準が異なり、学力水準においても異なるが、所得と学力 には相関がなく10、ランダムに分散している。このとき教育水準以外の条件が A 高校、B 高校と もに同じとすれば、すべての生徒は教育水準の高い高校 A に入学したいと考えるものとする。 小学区制度を採用しない場合は、地域 X の生徒全員が高校 A を志望するため、学力が高い生徒 から高校 A に入学できる。しかし、小学区制度を採用する場合は、高校ごとに学区 A と学区 B が 設定されるため、生徒が高校 A に入学するには学区 A に居住することが条件となる。このことか ら小学区制度を採用する場合、学区以外の居住条件が同じであると、学区 A の地価水準が学区 B と比較して上昇することが予想される。つまり、小学区制度が地価水準に影響を与え、中でも教 9 公立の小中学校では居住地により入学できる学校が 1 校に決まっている(指定校)が、この指定校以外の学校へ の入学を希望により選べる制度。 10 所得と学力に相関があるとしても、定性的に理論分析の結果には影響はない。

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育水準が高い高校の位置する学区の地価水準がその他の高校が位置する学区の地価水準に比べて 高くなるという仮説を立てることができる。 そのような仮説が成り立つ場合、居住地に流動性があり、居住地移動のコストが発生しないと すれば、所得水準の高い順に学区 A に居住できるため、所得水準の高い生徒は高校 A に入学でき る。一方、所得水準の低い生徒は、学区 B に居住することになるため、入学できる高校は高校 B に限定されてしまう。 2-2. 小学区制度が教育に与える影響の理論分析 次に、小学区制度が地価水準に影響を与えるという仮説を基に経済理論分析を行う。所得水準 にかかわらず教育への評価額は同じであり、学力の高い生徒ほど教育への評価額が高く、教育か ら受ける便益が高いとすると、高校教育に対する需要曲線は図 2 のように示される。消費者であ る生徒の需要は教育水準の高い高校 A の方が高校 B の需要より高くなる。 教育の供給量は、各高校とも定員は N 人としているため完全に非弾力的であり、小学区制度を 採用しない場合は、学力の高い生徒から高校 A に入学できるため、地域 X における生徒の需要曲 線と高校 A の供給曲線は図 3 で示される。一方、小学区制度を採用する場合は、教育水準の高い 学区内の地価水準が高くなるという仮説に基づき、学力にかかわらず所得水準が高い生徒は高校 A に、所得水準が低い生徒は高校 B に入学できることとなるため、地域 X における生徒の需要曲 線と高校 A の供給曲線は図 4 で示される。 学力水準により高校入学 所得水準により高校入学 所得:高/学力:高 所得:高/学力:低 所得:低/学力:高 所得:低/学力:低 学区 A 学区 B 地価水準上昇 地価水準上昇地価水準上昇 地価水準上昇 高校 A (教育水準高) 高校 B (教育水準低) 地域 X 地域 X の生徒(2N 人) 学区制無の場合 高校 A (教育水準高) 高校 B (教育水準低) 地域 X 所得:高/学力:高 所得:低/学力:高 学区制有の場合 高校 A (教育水準高) 高校 B (教育水準低) 地域 X 定員 N 人 定員 N 人 所得:高/学力:低 所得:低/学力:低 所得:高/学力:高 所得:高/学力:低 所得:低/学力:高 所得:低/学力:低 図 1 小学区制度が与える影響のメカニズム

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評価額 人数 DA(教育水準高) DB(教育水準低) N人 a)所得が高い生徒の需要 評価額 人数 DA DB N人 b)所得が低い生徒の需要 人数 DA DB 評価額 2N人 c)地域X生徒全体の需要 評価額 人数 DA N人 a)所得が高い生徒の余剰 評価額 人数 DA N人 b)所得が低い生徒の余剰 人数 DA DB 評価額 2N人 c)地域X生徒全体の余剰 SA(高校Aの供給) N人 高校A 高校B 評価額 人数 DA DB N人 a)所得が高い生徒の余剰 評価額 人数 DA DB N人 b)所得が低い生徒の余剰 人数 DA DB 評価額 2N人 c)地域X生徒全体の余剰 SA(高校Aの供給) N人 高校A 高校B 図 2 高校教育に対する需要 図 3 小学区制度を採用しない場合の余剰 図 4 小学区制度を採用する場合の余剰

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小学区制度の有無による余剰の比較を図 5 に示す。小学区制度を採用する場合は、採用しない 場合と比べ余剰が減少し、死荷重が増加する。また、2 つの高校間の教育水準に差があるほど死 荷重の増加は大きくなることが分かる。この小学区制度を採用する場合の死荷重の増加は、所得 が高く学力の低い生徒の余剰増加分に比べ、所得が低く学力が高い生徒の余剰減少分が大きいこ とによるものである。つまり、小学区制度により学校選択の機会が限定されることは、地域 X 全 体の総余剰を減らすという影響があると言える。 理論分析では、小学区制度は地価に影響を与えるという仮説に基づけば、所得格差により学校 選択の機会が限定され、その結果、総余剰を減少させることが分かった。次に仮説として示した 小学区制度を採用した場合に学区内の高校の教育水準が、地価水準に影響を与えているか実証分 析を進める。

3. 小学区制度が地価に与える影響の実証分析

3-1. 分析対象となる松江市の概要 3-1-1. 松江市の小学区制度について 実証分析を行うにあたり、現在でも小学区制度を維持する島根県松江市を分析の対象地とした。 松江市は島根県の東側に位置する人口約 19 万人の市であり、県庁所在地であると共に島根県最大 の都市である。市の中心部には JR 山陰本線の松江駅が位置し、近隣都市との主要アクセス道路と なる国道 9 号、高速自動車道が市の南部に位置している。 図 6 に松江市の小学区割を示す。松江市には普通高校が松江北・南・東と 3 校存在し、居住地 により北高学区、南高学区、東高学区に分けられ、志願できる高校が 1 校に限られている。 島根県の公立高校の通学区制度については、1950 年の制度導入以降、小学区から次第に学区の 統合を図ってきたが、松江市の普通高校の学区についてのみ、小学区制度を制度導入時より現在 も維持する結果となっている。松江市では、1961 年に高校が 1 校から 2 校に分離されたのを皮切 りに本制度が始まり、1983 年の 3 校目開校の際も引き続き継続され、現在に至っている11 。 11 島根県立高等学校通学区域検討委員会(2005)『第 1 回県立高等学校通学区域検討委員会 会議録』 評価額 人数 S 小学区制 有の余剰 死荷重 増加分 DA DB 2N人 N人 図 5 小学区制度の有無による余剰比較 人数 DA DB 評価額 2N人 c)地域X生徒全体の余剰 SA(高校Aの供給) N人 高校A 高校B 人数 DA DB 評価額 2N人 c)地域X生徒全体の余剰 SA(高校Aの供給) N人 高校A 高校B (a)制度無の余剰 (b)制度有の余剰 (c)制度の有無による余剰の比較

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3-1-2. 教育水準の状況 実証分析を行う上で教育水準の指標を定める必要がある。吉田・張・牛島(2007)では、学校 の質を各学校のテストスコアと私立中学校進学率としているが、松江市では公立高校のテストの データは公表されていない。よって松江市内 3 校の教育水準の指標として、各高校の大学進学率 を用いる12。3 高校の年度別の国立大学進学率を図 7 に、旧帝大13進学率を図 8 に示す。 松江市内の 3 校を比較すると、国立大学進学率、そして旧帝大進学率ともに、松江北高校が他 の 2 校と比較して高いことが分かる。よって、教育水準の指標を大学進学率とすれば松江北高校 は他の 2 校と比較して教育水準が高いと言える。 12 島根県各県立高等学校(1998-2008)『平成 10-20 年度学校要覧』 大学進学率とは、各年度の卒業者数に占める 大学進学者数の割合である。 13 旧帝大とは、東京、京都、東北、九州、北海道、大阪、名古屋大学の 7 つの国立大学を指す。 図 7 高校別国立大学進学率 図 6 松江市の学区割 20% 30% 40% 50% 60% 70% H9 H10 H11 H12 H13 H14 H15 H16 H17 H18 H19 国立大学進学率 国立大学進学率国立大学進学率 国立大学進学率 松江北 松江南 松江東 松江北高 松江東高 松江南高 松江駅

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3-1-3. 土地需要の状況 松江市内の土地需要の状況について、各学区の学区面積当たりの開発規模別宅地開発件数を図 9 に示す14。近年においても北高学区は他の学区と比べて 5,000m2以上の大規模な宅地開発が行わ れていることが分かる。全体的にみても、開発規模別でバラつきはあるが、北高学区は他の学区 と比べて宅地開発件数が多いといえる。 実際に、松江市では宅地やマンションの販売の際に「北高学区」であることを売りにしている 業者もあり、北高学区が他の学区と比較して土地需要があり、小学区制度が土地需要つまり地価 に少なからず影響を与えているのではないかと推測することができる。 14 松江市(2008)『松江市住宅マスタープラン』 図 8 高校別旧帝大進学率 図 9 学区別宅地開発件数 0% 2% 4% 6% 8% 10% 12% 14% H9 H10 H11 H12 H13 H14 H15 H16 H17 H18 H19 旧帝大進学率 旧帝大進学率旧帝大進学率 旧帝大進学率 松江北 松江南 松江東 0.0 10.0 20.0 30.0 40.0 50.0 1,000m2未満 1,000~3,000m2 3,000~5,000m2 5,000m2以上

宅地開発件数(

宅地開発件数(

宅地開発件数(

宅地開発件数(2001~2005年)

年)

年)

年)

※北高学区面積を1とした場合の学区面積当たりの開発件数 北高学区 南高学区 東高学区

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3-2. 分析方法 小学区制度が教育水準の高い高校の学区の地価水準に正の影響を及ぼしているという仮説を実 証するために、ヘドニックアプローチに基づく分析を行う。これは、便益は地価に帰着するとい う資本化仮説に基づくものであり、金本(1997)によれば、「環境条件の違いがどのように地価あ るいは住宅価格の違いに反映されているかを観察し、それを基礎に環境の価値の推定を行う」方 法である15 推定方法については、OLS 推定に加えてランダム効果推定を用いる。北村(2009)によれば、 ランダム効果推定は観察できない変数をデータから抽出するという手法として有効であるとされ ている16。つまり説明変数だけでは表しきれない観測地点に含まれる地域固有の影響をコントロー ルするランダム効果推定により分析結果の頑健性を確保することとした。 実証の流れとしては、松江市の住宅地価データを用いて、小学区制度を採用する場合に学区内 の教育水準が地価水準へどのような影響を与えるのか推計する。次に、学区制度の有無により教 育水準が地価水準に与える影響に変化があるのかを分析するために、小学区制度を採用していな い地域の住宅地価データを追加して比較することにより、学区と地価の影響をより緻密に分析す る。 3-3. 小学区制度が地価に与える影響の実証分析 3-3-1. 推定モデル及び説明変数 小学区制度が地価水準に与える影響を分析するため、以下のモデルにより推定を行う。 P :地価(円/m2) GD :学区ダミー(i=1~2) 北高学区ダミー(0or1) 南高学区ダミー(0or1) YD :年次ダミー(j=1~12) 1998 年~2009 年ダミー(0or1) X :その他のコントロール変数(k=1~8) オフィスワーカー世帯数比率(%) 中心駅までの距離(km) 最寄駅までの距離(km) 第一種住居専用ダミー(0or1) 第二種住居専用ダミー(0or1) 地積(m2 前面道路幅員(m) 不形状地ダミー(0or1) 15 金本(1997)pp.328 16 北村(2009)pp.4

ln P = α

0

+  α

1i

GD

i i

+  α

2j

YD

j j

+  α

3k

X

k k

+ ε

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実証分析に用いるデータは、パネルデータを用いることとし、被説明変数に用いる住宅地価デ ータ17 として、松江市の国土交通省地価公示(1997 年~2009 年)を用いた。またサンプル数を増 やすため、都道府県地価調査(1997 年~2009 年)を加えた18。また、説明変数に用いる環境条件 のデータとして、高校の学区ダミー変数をはじめとした観測地点の属性を表すいくつかの変数を 用いた。 以下に説明変数の解説を示す。 ①主要な説明変数 ⅰ 学区ダミー(北高学区、南高学区) 学区の影響を分析するために、松江市内で 3 つに分かれる学区を、東高学区を基準として、 北高学区及び南高学区について、当該学区ならば 1、そうでなければ 0 とするダミー変数を 設定した。観測地点の学区については、観測時点の 1997 年から 2009 年では学区の変更は行 われていない。 教育水準の高い高校の学区は地価水準に正の影響を与えるという仮説より、教育水準の高 い北高学区ダミーは正の係数になると予想される。 ②その他の説明変数 ⅱ 年次ダミー(1997 年~2009 年) 観測年度ならば 1、そうでなければ 0 とするダミー変数である。本研究で対象とした観測 時点は 1997 年から 2009 年であるため、1997 年を基準として、1998 年から 2009 年までの 12 個のダミー変数を設定した。景気変動など時点間の差異をコントロールするために設定した。 ⅲ オフィスワーカー世帯数比率 国勢調査の職業別(大分類)就業者数のデータより19、町丁目別に世帯数を分母に、オフィ スワーカー数を分子にして算出した比率である。オフィスワーカーとは、国勢調査における 「専門的・技術的職業従事者」、「管理的職業従事者」、「事務従事者」のことであり、清水(2008) によると一般的に他の職業分類世帯より、高学歴かつ平均的に所得水準が高いことが知られ ているとされている。よって所得水準の指標としてオフィスワーカー世帯数比率を説明変数 として採用した20 比率が高いほどその地域に住む住民の所得水準も高くなることから、正の係数になると予 想される。 ⅳ 中心駅までの距離 各観測地点から中心駅までの道路距離であり、松江市における中心駅は、JR 松江駅である。 距離データは、地図上で 2 地点間のポイントを指示することにより道路距離を計測すること ができるホームページより入手した21 中心駅までの距離が増えれば利便性が減ることから、負の係数になると予想される。 ⅴ 最寄駅までの距離 各観測地点から最寄駅までの道路距離である。距離データは、地図上で 2 地点間のポイン トを指示することにより道路距離を計測することができるホームページより入手した。 最寄駅までの距離についても中心駅までの距離と同じく、距離が増えれば利便性が減るこ 17 住宅地価のデータは住居系地域を対象とし、準住居地域、近隣商業地域、商業地域内のデータは含まない。 18 地価公示は 1 月 1 日、地価調査は 7 月 1 日と評価時点が異なるが、重複地点の地価を比較したところ価格差が ほとんど見られないことから特段の補正は行わない。 19 総務省(2000,2005)『国勢調査小地域集計』 20 清水(2008) 21 yahoo!地図<http://map.yahoo.co.jp/>

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とから、負の係数になると予想される。 ⅵ 用途地域ダミー(第一種住居専用地域、第二種住居専用地域) 各観測地点が対象とする用途地域ならば 1、そうでなければ 0 とするダミー変数である。 現在の用途地域に基づく分け方では、観測数がごく少数となる用途地域もあるため、1992 年 の都市計画法改正前の 8 区分に基づく分け方22でダミー変数を設定した。本分析で使用する地 価データは住宅地データであるため、住居系用途地域を 3 区分に分けて住居地域を基準とし て、第一種住居専用地域、第二種住居専用地域のダミー変数を設定した。 住居系の用途地域が指定されていれば、良好な住居環境が確保されることから、より良好 な住居環境が確保される第一種住居専用地域、第二種住居専用地域は正の係数になると予想 される。 ⅶ 地積 各観測地点における土地面積である。地積が増えれば、土地利用の自由度が増すため、正 の係数になると予想される。 ⅷ 前面道路幅員 各観測地点に接する道路の幅員である。前面道路幅員が増えれば、車の利用等交通利便性 が上昇するため、正の係数になると予想される。 ⅸ 不形状地ダミー 各観測地点の形状が台形地等の不形状地ならば 1、そうでなければ 0 とするダミー変数で ある。不形状地であれば、土地自体の利用性が低くなるため、負の係数になると予想される。 各説明変数の基本統計量を表 1 に、学区別の各説明変数の基本統計量を表 2 に示す。これらの 基本統計量より、それぞれの説明変数について、各学区間で著しく偏りがあるということは見ら れない。 22 第一種住居専用地域(現第一種・第二種低層住居専用地域)、第二種住居専用地域(現第一種・第二種中高層住 居専用地域)、住居地域(現第一種・第二種住居地域、準住居地域) 表 1 基本統計量 単位 平均 標準偏差 最小値 最大値 地価 千円/㎡ 79.2914 20.5249 43 155 ln 地価 円/㎡ 11.2491 0.2514 10.669 11.951 オフィスワーカー世帯数比率 % 56.0792 10.7057 27.1825 100 中心駅までの距離 km 3.1500 1.3623 1.1 6.6 最寄駅までの距離 km 2.0917 1.0158 0.4 4.4 第一種住居専用地域 0or1 0.2292 0.4206 0 1 第二種住居専用地域 0or1 0.2724 0.4456 0 1 住居地域 0or1 0.4984 0.5004 0 1 地積 ㎡ 261.8702 58.9080 138 399 前面道路幅員 m 5.7912 2.0374 3.5 18 不形状地 0or1 0.0449 0.2072 0 1 サンプル数 717

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3-3-2. 推定結果 推定結果を表 3 に示す。まず学区ダミーを除いた OLS 推定、そして学区ダミーを追加した OLS 推定及びランダム効果推定を行った。 学区ダミーを追加した場合の各説明変数についての推定結果は次のとおりである。 ⅰ 学区ダミー 教育水準が高いと示した北高学区ダミーについて、OLS 推定では 1%水準で、ランダム効 果推定では 10%水準で統計的に有意に正の係数となっており、両モデルで有意であることか ら頑健性も確保されている。よって、北高学区であることが地価水準に正の影響を与えてい ると言える。 南高学区ダミーの係数と比較しても、地価水準上昇に与える影響には差があり、北高学区 であることは東高学区であることに比べ地価が 8~9%程度、㎡当たり 6~7 千円増加するこ とが分かる。 ⅱ その他の説明変数 年次ダミーについては、2006 年以降のダミーが 1%もしくは 5%水準で統計的に有意に負 の影響を与えている。これは松江市の景気変動を年次ダミーによりコントロールしていると 言える。 オフィスワーカー世帯数比率については、10%水準でも統計的に有意でないが、予想通り 正の係数となっている。影響は大きくないが地価水準に正の影響を与えている。 中心駅までの距離については、すべての結果において予想通り 1%水準で統計的に有意に 負の係数となっている。なお、最寄駅までの距離については、予想に反しすべての結果で正 の係数となっているが、10%水準でも統計的に有意ではない。また、中心駅までの距離の係 数と比較してかなり小さいことから、車社会である松江市のような地方都市では、中心駅の 位置する中心市街地からの距離に比べ、地価水準に与える影響は少ないと考える。 用途地域ダミーについては、第一種住居専用地域は負の係数、第二種住居専用地域は正の 係数となっているが、10%水準でも統計的に有意でない。これにより、3 つの住居系用途地 域においては、あまり有意に差が無いと考える。 前面道路幅員、不形状地ダミーにおいては、すべての結果において予想通り 1%水準で統 計的に有意に正または負の係数となっている。特に不形状地の地価水準へ与える影響は大き い。 表 2 学区別の基本統計量 地価 85.3670 (22.0416) 73.9302 (13.6590) 77.4252 (21.7669) ln 地価 11.3241 (0.2447) 11.1937 (0.1873) 11.2182 (0.2803) オフィスワーカー世帯数比率 59.8426 (12.6936) 55.9411 (9.1072) 52.6246 (8.3113) 中心駅までの距離 3.1706 (1.1927) 3.3000 (1.0091) 3.0222 (1.6887) 最寄駅までの距離 1.9676 (0.9834) 1.9423 (1.0205) 2.3167 (1.0067) 第一種住居専用地域 0.2941 (0.4567) 0.2308 (0.4226) 0.1667 (0.3735) 第二種住居専用地域 0.4118 (0.4933) 0.3136 (0.4653) 0.1111 (0.3149) 住居地域 0.2941 (0.4567) 0.4556 (0.4995) 0.7222 (0.4489) 地積 275.1765 (57.2118) 249.6746 (68.8774) 258.1111 (49.7730) 前面道路幅員 6.3407 (2.9338) 5.0047 (0.8309) 5.8402 (1.3181) 不形状地 0.0045 (0.0673) 0.0059 (0.0769) 0.1111 (0.3149) サンプル数 221 169 234 (注)数値は平均値。()内は標準偏差である。 松江北 松江南 松江東

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3-4. 教育水準が地価に与える影響の実証分析 3-4-1. 比較対象地域の設定 次に、小学区制度の有無により教育水準が地価水準に与える影響に変化があるのかを検証する ために、小学区制度を採用していない近隣の鳥取県米子市との比較により分析する。 米子市は、島根県に隣接する鳥取県の西側に位置し、松江市とは 30km しか離れていない人口 15 万人程度の市である。市内に公立の普通高校は 2 校あり、米子市の生徒は県内すべての高校を 志願することができる。その中でも米子東高校は、鳥取県内で最も教育水準が高い高校の一つで あり、米子市の生徒が通学可能な西部地域の公立高校では最も教育水準が高いと言える。小学区 制度を採用しない近隣地域の中で米子市を比較対象の地域に設定した理由は、人口が同程度であ り、国土交通省地価公示及び都道府県地価調査の観測地点がある程度多いためである。 ln 地価 高校属性  北高学区 0.0820 *** 0.0954 * (0.0141) (0.0503)  南高学区 0.0406 *** 0.0275 (0.0140) (0.0517) 所得属性  オフィスワーカー世帯数比率 0.0013 ** 0.0006 0.0005 (0.0006) (0.0006) (0.0003) 宅地属性  松江駅までの距離 -0.1273 *** -0.1272 *** -0.1267 *** (0.0045) (0.0044) (0.0168)  最寄駅までの距離 0.0008 0.0098 0.0017 (0.0061) (0.0063) (0.0238)  第一種住居専用地域 -0.0062 -0.0339 ** -0.0339 (0.0160) (0.0164) (0.0582)  第二種住居専用地域 0.0504 *** 0.0157 0.0168 (0.0128) (0.0139) (0.0321)  地積 0.0004 *** 0.0004 *** 0.0005 * (0.0001) (0.0001) (0.0002)  前面道路幅員 0.0471 *** 0.0452 *** 0.0249 *** (0.0028) (0.0028) (0.0056)  不形状地 -0.1456 *** -0.1123 *** -0.0530 *** (0.0253) (0.0256) (0.0150) 定数項 11.2170 *** 11.2219 *** 11.3438 *** (0.0464) (0.0463) (0.0991) 年次ダミー 補正R2値 F値 サンプル数 (注)***,**,*はそれぞれ1%,5%,10%で統計的に有意であることを示す。()内は標準偏差である。 なお、年次ダミーについては省略した。 0.8121 有(省略) 有(省略) 0.0000 0.0000 0.0000 0.7442 0.7571

(1)OLS (2)OLS (3)RE

624 624 624

有(省略) 表 3 推計結果

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3-4-2. 推定モデル及び説明変数 教育水準が地価水準に与える影響を分析するため、以下のモデルにより推定を行う。 P :地価(円/m2) MD:松江市ダミー(0or1) HD:各地域の最も教育水準の高い高校までの距離(km) YD :年次ダミー(i=1~12) 1997 年~2009 年ダミー(0or1) X :その他のコントロール変数(j=1~8) オフィスワーカー世帯数比率(%) 中心駅までの距離(km) 中心駅までの距離*松江市ダミー(km) 最寄駅までの距離(km) 第一種住居専用ダミー(0or1) 第二種住居専用ダミー(0or1) 地積(m2 ) 前面道路幅員(m) 推計方法は、前節で分析した松江市の住宅地価データに米子市の住宅地価データを追加し、前 節で教育水準の指標とした学区ダミーに変えて各地域の最も教育水準が高い高校(以下、「地域 No.1 高校」という。)までの距離を説明変数として、地域ダミー変数である松江市ダミーとの交 差項をとることにより、地域間比較を行う。つまり、小学区制の有無により各地域の教育水準が 地価水準に与える影響に差があるのか分析する。 実証分析に用いるデータは、前節と同じく被説明変数に用いる住宅地価データとして、国土交 通省地価公示(1997 年~2009 年)から松江市と米子市における住宅地データを採用した。またサ ンプル数を増やすため、都道府県地価調査(1997 年~2009 年)を加えた。また、説明変数に用い る環境条件のデータとして、高校までの距離をはじめとした観測地点の属性を表すいくつかの変 数を採用した。なお不形状地ダミーについては、米子市地域において観測地点に不形状地が存在 しないことから、不形状地ダミーが 1 である松江市のデータを推計から除外することとした。 以下に説明変数の解説を示す。 ①主要な説明変数 ⅰ 松江市ダミー 観測地点が松江市ならば 1、そうでなければ 0 とするダミー変数である。本データでは、 松江市でなければ必ず米子市となるため、米子市を基準とした松江市という地域が地価水準 に与える影響を知ることができる。 松江市と米子市との地価の平均値を比較すると、松江市のほうが高いため、正の係数にな ると予想される。 ⅱ 各地域 No.1 高校までの距離、各地域 No.1 高校までの距離*松江市ダミー 各観測地点から地域 No.1 高校までの道路距離であり、地域 No.1 高校は、松江市地域なら ば松江北高校、米子市地域ならば米子東高校である。距離データは、地図上で 2 地点間のポ

ln P = β

0

+ β

1

MD + β

2

HD + β

3

MD ∙ HD +  β

4i

YD

i i

+  β

5j

X

j j

+ ε

(16)

イントを指示することにより道路距離を計測することができるホームページより入手した。 この説明変数と松江市ダミーの交差項をとることにより、No.1 高校までの距離が地価に与 える影響の地域差を知ることができる。つまり、小学区制度を採用する松江市と小学区制度 を採用しない米子市で、地域 No.1 高校までの距離が地価に与える影響の差を推測することが できる。 小学区制度を採用する場合のみ教育水準の高い高校の学区は地価水準に正の影響を与える という仮説より、小学区制度を採用する松江市では地域 No.1 高校までの距離が遠くなれば北 高学区から外れるということになり、高校までの距離と松江市ダミーの交差項は負の係数に なり、高校までの距離のみの係数は、ゼロに近い係数になると予想される。 ②その他の説明変数 その他の説明変数については、前節とほぼ同様であり予想される結果も同様である。新しく 追加された説明変数のみ解説を示す。 ⅲ 年次ダミー(1997 年~2009 年) ⅳ オフィスワーカー世帯数比率 ⅴ 中心駅までの距離、中心駅までの距離*松江市ダミー 松江市ダミーとの交差項を取ることにより、中心駅までの距離が地価に与える影響の地域 差を知ることができる。中心駅までの距離は、どの地域においても地価に影響を与えている が、規模が同程度の地域であるためその差はあまりないと考えられる。よって中心駅までの 距離のみの係数は負の係数をとり、中心駅までの距離と地域ダミーの交差項の係数は、ゼロ に近い係数になると予想される。 ⅵ 最寄駅までの距離 ⅶ 用途地域ダミー(第一種住居専用地域、第二種住居専用地域) ⅷ 地積 ⅸ 前面道路幅員 各説明変数の基本統計量を表 4 に、地域別の各説明変数の基本統計量を表 5 に示す。これらの 基本統計量より、それぞれの説明変数について、各地域間で著しく偏りがあるということは見ら れない。 表 4 基本統計量 単位 平均 標準偏差 最小値 最大値 地価 千円/㎡ 73.1950 20.2675 33.5 155 ln 地価 円/㎡ 11.1641 0.2710 10.419 11.951 地域No.1高校までの距離 km 3.3691 1.8022 0.7 8.8 オフィスワーカー世帯数比率 % 52.8573 11.3150 23.352 100 中心駅までの距離 km 3.1834 1.3800 1.1 6.6 最寄駅までの距離 km 1.9008 1.1330 0.3 5.4 第一種住居専用地域 0or1 0.1578 0.3647 0 1 第二種住居専用地域 0or1 0.2771 0.4478 0 1 住居地域 0or1 0.5651 0.4960 0 1 地積 ㎡ 271.6036 79.2131 138 648 前面道路幅員 m 5.8932 1.8720 3.5 18 サンプル数 1014

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3-4-3. 推定結果

推定結果を表 6 に示す。まず地域 No.1 高校までの距離を除いた OLS 推定、そして地域 No.1 高 校までの距離を追加した OLS 推定及びランダム効果推定を行った。 地域 No.1 高校までの距離を追加した場合の各説明変数についての推定結果は次のとおりであ る。 ⅰ 松江市ダミー 松江市ダミーについては、予想通りすべての結果において 1%水準で統計的に有意に正の 係数となっている。 ⅱ 各地域 No.1 高校までの距離、各地域 No.1 高校までの距離*松江市ダミー 地域 No.1 高校までの距離と松江市ダミーの交差項については、OLS 推定では 1%水準で、 ランダム効果推定では 10%水準で統計的に有意に負の係数となっており、両モデルで有意で あることから頑健性も確保されている。一方、地域 No.1 高校までの距離については、予想に 反し正の係数をとっているがその値は比較的小さく、またランダム効果推定では 10%水準で も統計的に有意でない。よって、教育水準が地価水準に与える影響は、松江市と米子市では 有意に差があり、小学区制度を採用する松江市地域においては教育水準が地価水準に影響を 与えており、米子市地域においてはほとんど影響を与えていないと言える。 ⅲ その他の説明変数 年次ダミーについては、2004 年以降のダミーが 1%水準で統計的に有意に負の影響を与え ている。これは山陰地区の景気変動を年次ダミーによりコントロールしていると言える。 オフィスワーカー世帯数比率については、変量効果モデルの結果において予想に反し正の 係数となっている。 中心駅までの距離については、すべての結果において、予想通り 1%水準で統計的に有意 に負の係数となっている。中心駅までの距離と松江市ダミーの交差項についても、予想通り 係数の値は比較的小さく、ランダム効果推定では 10%水準でも統計的に有意でない。なお、 最寄駅までの距離についても前節の結果と同様に、10%水準でも統計的に有意ではなく、係 数の値も小さいことから地価水準にほとんど影響を与えていないと言える。 用途地域ダミーについては、どちらの変数とも符号が入れ替わるなど、不安定な結果とな っている。これは観測地点がいずれかの住居系用途地域に指定されており、その中では、地 価に与える影響にはほとんど差が見られないことを示している。 表 5 地域別の基本統計量 地価 79.2914 (20.5249) 63.4408 (15.4919) ln 地価 11.2491 (0.2514) 11.0283 (0.2450) 地域No.1高校までの距離 3.6698 (2.0031) 2.8879 (1.2865) オフィスワーカー世帯数比率 56.0792 (10.7057) 47.7023 (10.3223) 中心駅までの距離 3.1500 (1.3623) 3.2369 (1.4080) 最寄駅までの距離 2.0917 (1.0158) 1.5954 (1.2402) 第一種住居専用地域 0.2292 (0.4206) 0.0436 (0.2044) 第二種住居専用地域 0.2724 (0.4456) 0.2846 (0.4518) 住居地域 0.4984 (0.5004) 0.6718 (0.4702) 地積 261.8702 (58.9080) 287.1769 (101.9183) 前面道路幅員 5.7912 (2.0374) 6.0564 (1.5601) サンプル数 624 390 (注)数値は平均値。()内は標準偏差である。 松江地区 米子地区

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地積についても係数が小さく、ほとんど地価に影響を与えていない。また、前面道路幅員 においては、すべての結果において予想通り 1%水準で統計的に有意に正の係数となってい る。 3-5. 分析結果の考察 まず、小学区制度が地価水準に与える影響の実証分析によって、北高学区であることは地価水 準に正の影響を与えるとの結果から、教育水準の高い学区の地価水準に正の影響を与えることが 分かった。次に、教育水準が地価水準に与える影響の実証分析によって、教育水準が地価水準に 与える影響は松江市と米子市で差があり、松江市では影響を与えるが、米子市ではほとんど影響 を与えていないとの結果から、小学区制度を採用する場合のみ教育水準が地価水準に影響を与え、 小学区制度を採用しない場合は影響を与えないことが分かった。 ln 地価 地域属性  松江 0.2866 *** 0.3638 *** 0.4192 *** (0.0258) (0.0259) (0.0803) 高校属性  地域No.1高校までの距離 0.0213 ** 0.0148 (0.0101) (0.0335) -0.0597 *** -0.0652 * (0.0107) (0.0355) 所得属性  オフィスワーカー世帯数比率 0.0005 -0.0005 -0.0022 *** (0.0005) (0.0005) (0.0005) 宅地属性  地域中心駅までの距離 -0.1032 *** -0.1109 *** -0.0957 *** (0.0061) (0.0092) (0.0300) -0.0210 *** 0.0247 ** 0.0209 (0.0072) (0.0105) (0.0348)  最寄駅までの距離 0.0045 0.0033 0.0021 (0.0052) (0.0050) (0.0164)  第一種住居専用地域 0.0091 -0.0493 *** -0.0752 (0.0161) (0.0162) (0.0501)  第二種住居専用地域 0.0703 *** 0.0358 *** -0.0285 (0.0115) (0.0114) (0.0306)  地積 0.0000 0.0001 ** 0.0003 *** (0.0001) (0.0001) (0.0001)  前面道路幅員 0.0477 *** 0.0400 *** 0.0248 *** (0.0026) (0.0026) (0.0075) 定数項 11.0760 *** 11.1313 *** 11.2679 *** (0.0379) (0.0372) (0.0733) 年次ダミー 補正R2値 F値 サンプル数 (注)***,**,*はそれぞれ1%,5%,10%で統計的に有意であることを示す。()内は標準偏差である。 なお、年次ダミーについては省略した。  松江地区*地域No.1高校  (=松江北高校)までの距離  松江地区*地域中心駅  (=松江駅)までの距離 有(省略) 有(省略) 有(省略) 0.0000 0.6654 0.7263 0.7538

(1)OLS (2)OLS (3)RE

1014 1014 1014

0.0000 0.0000

(19)

以上の実証分析より、小学区制度が地価水準に影響を与え、その中でも教育水準の高い学区の 地価水準に正の影響を与えるという仮説を実証することができた。

4. 結論

本研究では、通学区制度の中で最も生徒の学校選択幅を限定する小学区制度に焦点を絞って、 地価を通じて通学区制度により学校選択の機会を限定することが教育に与える影響を分析した。 本稿ではまず、小学区制度を採用する場合は教育水準の高い学区の地価水準に正の影響を与え るという仮説を立て、その下で経済理論分析を行った。その結果、所得水準による居住地の限定 により、小学区制度は総余剰を減らすことを示し、小学区制度による弊害があることが分かった。 次に、小学区制度を採用する島根県松江市を対象に、ヘドニックアプローチによる分析におい て仮説の整合性を実証した。OLS 推定及びランダム効果推定の結果より、小学区制度を採用する 場合に教育水準の高い学区において地価水準が上昇することが示された。また、小学区制度を採 用していない近隣地域の鳥取県米子市を対象に追加した分析からは、小学区制度を採用しない場 合に教育水準が高い高校があるだけではその周辺の地価水準は上昇しないことが示された。 これらの結果から、小学区制度を採用する場合にのみ教育水準が地価水準に影響を与え、学校 選択幅を限定するという弊害を生じさせているため、小学区制度に代表される通学区制度は統合、 撤廃を進めることが望ましいであろう。 しかし、本研究で残された課題は以下のとおりである。 本研究では、実証分析において高校の教育水準については大学進学率を指標としたが、地価水 準に与える影響は固定的であるとして、説明変数として学区ダミーを採用した。しかし教育水準 が地価水準に与える影響を緻密に分析するためには、教育水準の指標として各高校のテストスコ アなどの変動的で高校全体の学力を知ることができるデータを説明変数として加えることが必要 であると考える。 また分析方法については、通学区制度についての分析としながら、本研究では最も選択幅が限 定される小学区制度に焦点を絞った分析であり、中学区制度における影響は分析していない。中 学区制度を採用する場合において、教育に与える影響が小学区制度の場合と比較してどのように 変化するかを分析することによって、通学区制度の統合、撤廃における効果をより緻密に分析す ることが可能となる。これらの課題について解決することにより、今後の更なる研究の発展が望 まれる。

(20)

【参考文献】

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参照

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