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赤門マネジメント・レビュー 9(4),

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赤門マネジメント・レビュー 9 巻 4 号 (2010 年 4 月) 217

企業のリスクマネジメントと組織的意思決定

―日本の大手自動車会社のケース―

清水 剛

東京大学大学院総合文化研究科 E-mail: [email protected]

朴 英元

東京大学ものづくり経営研究センター 早稲田大学高等研究所 E-mail: [email protected]

Paul HONG

College of Business Administration University of Toledo E-mail: [email protected] 要約:本稿では、企業のリスクマネジメントという視点から、製品に対するクレー ムをどのようにして組織的プロセスの改善につなげていけるかを日本の自動車会社 の事例を取り上げて検討する。結果として、クレーム処理は合理的な原因追求と改 善のプロセスから政治的なプロセスに変化する「政治化」を起こしやすく、組織的 な改善にはつながりにくいことを明らかにする。また、「政治化」を引き起こす要 因についても論じる。 キーワード:リスクマネジメント、クレーム処理、政治化

©2010 Global Business Research Center

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1. はじめに

近年、製品事故や製品の品質不良が引き起こす問題が世界的に大きな注目を集めてい る。例えば中国におけるミルクへの薬物混入事件 (2008 年) は全世界に大きな衝撃を与 えた。また、ソニー製のノートパソコン用バッテリーの発火事故とそれに伴う全世界的な リコール (2006 年) のように、経営に対して大きな影響を与えたものも多い。この意味 で、製品事故あるいは品質にかかわる問題のリスクは経営上非常に大きな問題となってい る。 それでは、このようなリスクに対応するためにはどのような活動が必要だろうか。この ような活動には、(1)製品事故・品質不良の予防に関わる活動と、(2)実際に事故・品質不 良が起こった場合の対応 (クライシス・マネジメント)、そして(3)実際に事故・品質不良 が起こったことを契機とする組織的プロセスの改善の三つに分けることができるだろう。 (1)は企業外部に問題のある製品を出荷しないようにするための活動であり、内部での検 査や手直し (内部不良対応)、さらには製品の品質データ収集や品質改善のような活動を 含む。1 (2)は実際に事故や品質不良が起こった場合に被害の拡大防止や被害者への対応、 製品の修理などを含む対応である。これに対して(3)は製品の事故や不良が発生したこと を契機として設計・生産・販売といった組織的プロセスを見直す活動であり、(1)、(2)と はいわばレベルが異なる活動になる。例えば、製品事故が起こったことによる検査人員の 増員は(1)の範囲だが、検査プロセスやさらには生産プロセスそのものを見直すならば (3)ということになる。2 この三つはいずれも重要な側面であるが、本稿で特に注目するのは(3)の再発防止のた めの組織的プロセスの改善である。その理由は、(1)、(2)の側面についてはこれまで比較 的注目が集まっており、研究や手法の開発も進展しているのに対し、3 品質不良や事故が 発生した後で、その経験をどのようにして実際に組織的プロセスの改善につなげ、再発を 防止するかという問題に関してはブラックボックスのように扱われており、十分な分析が

1 Juran and Gryna (1988) あるいは藤本 (2001) などにおける品質コストの 4 分法、すなわち内部 不良対応コスト、外部不良対応コスト、検査コスト、予防コストの区分との関係で言えば、内部

不良対応・検査・予防の三つがここで言う(1)の予防にかかわる活動になり、外部不良によって

発生した事故などへの対応が(2)の実際の事故・不良に対する対応ということになる。

2 この点はレフェリーの指摘による。記して感謝したい。

3 品質管理の領域においては例えば藤本 (2001, 第 7 章) を参照。また、リスクマネジメントの領

域でも、Reason (1990, chap. 7, 1997, chap. 7) などは組織事故の予防のための手法を紹介してい

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行われていないように思われるからである。しかし、いくつかの企業・公的機関において 事故の再発が見られることが示しているように、4 製品不良や事故をいかにして次の製品 事故・品質不良の再発防止につなげていくかということは非常に重要な問題である。とり わけ、製品不良や事故はそれを直接引き起こした工学的な原因の背後に組織的な問題が存 在するはずだが、このような組織的問題を製品不良や事故をきっかけとしてどのように改 善していけばよいか、そこにはどのような問題が発生するか、といった点はこれまでほと んど明らかになっていないように見える。本稿は、これまでの研究に見られるこのような 欠落を埋めようとするものである。 製品の品質不良や事故をいかにして組織的プロセスの改善につなげていくかということ を検討するにあたり、本稿で注目するのはクレームの処理プロセスである。ここでクレー ムとは、大きな事故や法令違反には至らないような小さな品質不良や欠陥 (と考えられた もの) に関する情報である。もちろん、大きな事故についてその発生後の対応を検討する こともできるが、クレーム処理プロセスに見られる問題は、大きな事故の処理においても やはり発生するであろうし、一方でめったに起こらず、ゆえに個々の事故の特殊性に応じ てやはり個々の事件に特殊になるだろう事故後の対応に対して、クレームは日常的に処理 するものであるため対応もシステム化されており、この意味で問題が見えやすい。 以上のことから、本稿では組織のクレーム処理プロセスの検討を通じて、製品の品質不 良や事故を組織的プロセスの改善につなげていく際に発生するだろう問題とこれに対する 対応を分析していく。具体的には、本稿ではクレームに対して組織はどのような処理を行 うか、クレーム処理が組織的プロセスの改善という目的に対して機能しない場合にその原 因は何か、そのような場合に機能させるにはどのようにすればよいか、といった点を明ら かにしようとする。 本稿で分析の対象とするのは日本の自動車メーカーである。日本の自動車メーカーは第 二次世界大戦後大きく成長し、現在は強い競争力を持っているが、一方でクレーム処理に 関してはしばしば問題が発生している。後で述べるように日本はアメリカの制度に倣って 自動車に関するリコール制度を導入したが、1990 年代後半以降、いくつかの会社におい 4 その印象的かつ悲劇的な例としては、アメリカの NASA における 1986 年のチャレンジャー号爆 発事故と 2003 年のコロンビア号空中分解事故が挙げられるだろう。いずれの事故においても、 その背景には過密な打ち上げスケジュールとそのスケジュールを維持するために危険を冒す態度 が あ っ た と さ れ る 。 チ ャ レ ン ジ ャ ー 号 爆 発 事 故 に つ い て Vaughan (1996) 、 Presidential Commission on the Space Shuttle Challenger Accident (1986)、コロンビア号空中分解事故について Columbia Accident Investigation Board (2003)。

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てこのリコールの運用に関してリコールすべき案件をリコールしない、あるいはリコール の届出が遅れるといった事態が明らかになった。このことは、日本の自動車会社の中で、 クレーム処理プロセスにおいて何らかの問題が存在した可能性を示している。そこで本稿 では、ある日本の自動車会社を取り上げ、その会社のクレーム処理プロセスにどのような 問題があったのか、なぜそのような問題が発生したのかを検討する。その上で、この事例 がリスクマネジメントに対していかなることを示唆するのかを考える。

2. 組織的意思決定とクレーム情報

ケースを検討する前に、まず本稿におけるケースの分析視角を明らかにしておこう。本 稿で明らかにしたいことは、製品の品質不良や事故をいかにして組織的プロセスの改善に つなげていくことができるか、ということであるが、その前にまず組織的プロセスとは何 を意味しているのか、そこにおける問題とはどのように理解されるか、またそれを前提と してクレーム情報はどのようなものと位置づけられるかを整理しておく必要がある。 本稿で言う組織的プロセスとは、製品の企画・設計から始まって生産、販売に至るまで のコミュニケーションと調整のプロセスを意味している。例えば、製品を設計する際にあ る企業ではプロジェクトチームを作り、具体的なスペックを作っていき、個々の設計者と 議論をし、全体設計を調整し…といったようなプロセスで設計を行っていく。生産におい ても、全体の需要を見ながら生産台数を調整し、部品を発注し、納入された部品を受け取 り、生産ラインに持ち込み…というように様々な形でコミュニケーションと調整が行わ れ、実際にモノが動き、製品となっていく。 このようなコミュニケーションと調整のプロセスは、見方を変えれば Simon (1997) の 組織的意思決定のプロセスと理解することができる。組織的意思決定とは簡単に言えば組 織の中にいる人々が他人から得られた情報に基づいて意思決定を行い、行動し、またその 結果を他人に伝達する、その過程の連鎖である。もう少し正確に言えば、Simon (1997) は意思決定を様々な意思決定前提 (代替的選択肢とそれが引き起こす結果といった事実前 提、及びこれに対する評価基準のような価値前提からなる) から結論を引き出すプロセス と考えており、このような意思決定の結果が組織内の他の人々に意思決定前提として伝達 され、これに基づいてまた意思決定が行われる。例えば、「どのような製品を企画する か」ということに関して、いくつかの企画案やこれに対する市場の需要予測、企業として 重視すべき評価指標 (販売台数、ブランド形成等)、ターゲットとなる顧客層といったも

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のを前提として意思決定が行われる。その意思決定の結果である製品企画が設計部門に伝 えられ、次に製品の全体設計について、利用可能な部品や製品特性、企画の中で定められ た求められる性能やその背後にある評価指標を考えながら意思決定が行われる。そしてそ の設計がさらに設計部門内で伝達され、詳細設計に関する意思決定が行われ…というよう に、意思決定が連鎖していくことで製品の企画、設計、生産、販売と進んで行く。この意 味で、本稿で言う組織的プロセスとは、組織的意思決定と理解してよいだろう。 このように考えると、製品に関して品質不良が起こる場合、あるいは事故が発生する場 合というのも意思決定の連鎖の中での誤った、あるいは問題のある意思決定として理解す ることができる。例えば、ある部品の設計にて必要な強度を誤って想定したというような 事実前提に関する誤りや、あるいは消費者に対して健康被害を与えることが予測されてい るにも関わらず、その影響を軽視するという問題のある価値前提に基づいて意思決定が行 われ、その結果が組織内の他の人々に伝達されるということになる。ゆえに、製品に関す る問題を最終的に解決し、あるいは製品事故に対してその原因を除去しようとするのであ れば、このような誤った事実前提や問題のある価値前提を見つけ出し、修正・除去する必 要がある。 なお、組織的意思決定に関してもうひとつ注意すべき点は、繰り返し発生する問題に関 する組織的意思決定についてはしばしばルーチン化され、その背後にある意思決定前提を 考えることなく、いわば自動的な反応として意思決定が実行されることがあるという点で ある。このような状況をMarch and Simon (1958, chap. 6) はプログラム化と呼ぶ。上で述 べたような製品に関する問題や製品事故はしばしばルーチン化あるいはプログラム化され た意思決定の結果として発生することがある (Reason, 1997 の言う mispliance) ため、こ のような問題のあるルーチンを見つけ出すことも同様に大きな問題となる。 このような誤った事実前提や問題のある価値前提、あるいは問題のあるプログラムは、 問題が起こるまではなかなか見つかることはない。というのは、組織的意思決定の中では 意思決定の結果のみが次の人の意思決定前提として伝達されるため、ある人の意思決定前 提を別の人がチェックすることが難しい (事後的なレビューの中で意思決定前提までさか のぼってチェックする仕組みを持っていない限り)。組織事故の発生やクレームは、この ような状況において意思決定前提やプログラムに問題がある可能性を示す情報となる。こ こでクレームとは、すでに述べたとおり大きな事故や違法行為には至らないものの、製品 や付随するサービスの欠陥・問題に対する消費者からの抗議・異議申し立て等を意味して

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いる (なお、金銭的な補償を得るために行われることも多いが、本稿では必ずしもそのよ うなものに限定していない)。例えば、食品の味がおかしかったというクレームは、製造 工程における異物混入や原料の腐敗・劣化等によって起こっているかもしれない。そして このような問題はそれぞれ、例えば製造工程における清掃の不徹底や原料管理における不 適切なマニュアルの存在 (乾燥した場所に保管すべきものを乾燥した場所におくというマ ニュアル上の規定がなく、結果として湿気のある場所においてしまった等) を示唆してい るかもしれない。このような意味で、クレームは組織的プロセスを改善し、製品の品質不 良や事故を防止するための有用なインプットになりうる。 ここで問題は、クレーム処理プロセスもまた組織的意思決定のプロセスであるというこ とである。ゆえに、上で述べたような誤った事実前提、問題のある価値前提が存在すれ ば、クレーム処理プロセスそれ自身が機能せず、組織全体の意思決定プロセスにおける問 題を発見し、改善していくことはできない。ゆえに、クレーム処理プロセスが機能してい るかどうか、機能していないとすればクレーム処理プロセスのどの部分におけるどのよう な意思決定前提あるいはプログラムに問題があるのか、といった点を明らかにする必要が ある。 なお、組織的プロセスの機能不全という視点からすれば、このような機能不全の問題は Merton (1957) や Selznick (1949)、Gouldner (1954) によって扱われてきた「官僚制の逆

機能」やAllison (1971) におけるキューバ危機をもたらした政府の意思決定の分析と問題

意識を共有するものである。ただし、本稿で問題とするのは企業内のクレーム処理プロセ スといういわばミクロレベルのものであり、上のような分析がそのまま当てはまるという わけではない。そこで本稿ではSimon (1997) や March and Simon (1958) のような組織的 意思決定の枠組みを基礎に分析を進め、必要に応じて他のフレームワークを参照すること にしたい。

3. 自動車会社 A 社のケース

すでに触れたように、日本ではアメリカで作られたリコール制度を導入する形で 1969 年に自動車に関するリコール制度を創設したが、1990 年代後半に入り、いくつかの会社 においてリコールすべき案件をリコールしない、あるいはリコールの届出が遅れるという 事態が明らかになってきた。5 この意味で、広く日本の自動車会社のクレーム処理プロセ 5 明らかになった問題としては、1997 年の富士重工業 (リコール隠し)、1999 年のダイハツ (リ

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スにおいて問題が生じている可能性を指摘できる。ここではまず、日本の自動車リコール 制度と「リコール隠し」と呼ばれる問題について簡単に説明した上で、A 社におけるク レーム処理プロセスとその問題点について検討していく。なお、本稿においては企業名を 特定できないよう、固有名詞等は使用せず、部署名等についても一般的な名前に置き換え るなどしている。 自動車リコール制度と「リコール隠し」問題 一般にリコールとは、製品に関する欠陥などがあることが明らかになった時に、その欠 陥を広く公表して無料で回収・修理を行うことである。このようなリコールはすべての製 品に関して法令に定められているわけではないが、日本では自動車や家電製品等に関し て、法令によるリコール制度を定めている。6 自動車リコール制度は 1969 年に創設された が、このときには省令に基づくものであり、7 正式に立法化されたのは 1995 年のことであ る。8 自動車リコール制度においては、メーカーは自動車に関して定められている自動車の安 全・公害防止等の規定に従っていない場合に、担当官庁 (国土交通省) 9 に届け出た上で その事実を広く顧客に周知し、回収・修理を行う。ただし、近年に至るまで、自動車リ コール制度は必ずしも強力なものではなかった。すなわち、近年にいたるまで担当官庁に は強制的なリコールの命令権限がなく、事故等の情報の収集についても不十分な状態で あった。まず、リコールの命令権限については、1995 年まではそのような権限を全く 持っておらず、全てメーカーの自主的な申告に任せられていた。1995 年にリコール制度 が法律に定められたことに伴い、リコールを勧告する権限が与えられたが、あくまで勧告 であり強制力がなかった。ようやく 2003 年に至ってリコール命令の権限が認められたの

である。これに対して例えばアメリカでは担当官庁である NHTSA (National Highway

Traffic Safety Administration) が強制的にリコールを命令する権限を早い段階で与えられて

いる (現在のようなリコール命令ができるようになったのは 1974 年)。10 また、事故等の コール隠し)、2000 年の三菱自動車工業 (リコール隠し)、2006 年のトヨタ自動車 (リコール遅 れ) がある。 6 家電製品等の消費生活用製品については消費生活用製品安全法に規定がある。 7 自動車型式指定規則 (昭和 26 年運輸省令第 85 号)。 8 道路運送車両法の改正による。 9 2000 年までは運輸省。

10 Motor Vehicle and School Bus Safety Amendments of 1974, 93 Pub. L. 492, § 102, 88 Stat. 1470 (1974).

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情報の収集に関しても、以前は事故等の情報を担当官庁が独自に収集・分析するという体 制は整っておらず、ようやく 2000 年前後から急速に整備されつつある。11 また、企業に 集められた情報を強制的に開示させる権限も持っていない。これに対して先の NHTSA は、先のリコール命令を出すために情報が必要であったこともあり、独自で情報を収集・ 分析する体制を早くから整えていた。また、情報提出を強制することも可能である (McDonald, 2001)。 このように、必ずしも強力なものでなかった日本の自動車リコール制度は最近になって 強化が図られているが、その理由のひとつが 1990 年代から 2000 年代にかけて明らかに なった「リコール隠し」と呼ばれる問題である。12 すなわち、リコールを行うと企業や製 品のイメージが落ち、また広い範囲を対称にして広報活動を行い、また対象となった製品 については全て回収・修理を行うため、莫大な費用がかかることになる。このため、事故 発生の可能性や事故が発生した場合の危険性から見てリコールをすべき場合であったとし ても、実際にはリコールを行わず、定期点検13 やメンテナンスで当該自動車会社系列の 販売会社 (以下、単に販売会社と言う) に持ち込まれた際にユーザーに知らせずに修理を 行う、あるいはユーザーに連絡して車を持ってきてもらい修理するというようなイン フォーマルな形での対応がしばしば見られ、あるいは (とりわけ原因が必ずしも明確でな い場合に) 特に対策がとられずに放置されることもあった。このような対応では、対象と なる製品に関して危険性の情報が十分伝わらず、点検やメンテナンスで持ち込まれる前に 事故が起こってしまえば防ぎようがない。また販売会社以外に持ち込まれる場合には対応 ができない。直接連絡する形であっても全ての車を確実に修理できるとは限らない。例え ば、中古車等の場合には販売会社の顧客リストに登録されていないため、そもそも連絡が 伝わらない可能性がある。さらに、対応がなされなければ危険性はさらに増大する。この ような意味で、リコール隠しと言われる行動が見られたことは、クレーム処理プロセスに おいて何らかの問題が存在した可能性を示唆している。 11 2000 年に品質不良に関するユーザーからの報告を受け付ける 24 時間ホットライン及びホーム ページを立ち上げ、データベース化も可能にした。運輸省自動車交通局「自動車の不具合情報収 集体制の拡充について」(平成12 年 5 月 31 日付プレスリリース) 12 注 5 参照。 13 自動車の使用者は、自動車検査 (車検) を一定期間ごと (自家用自動車の場合、最初は新車の 販売時点から3 年後、その後は 2 年ごと) に行う義務があり、車検を受けていない車は公道を走 ることはできず、違反者は 6 ヶ月以下の懲役もしくは 20 万円以下の罰金に処せられる (道路車 両運送法58 条。罰則規定は同 108 条)。多くのユーザーが自動車検査のために販売会社に自動車 を持ち込むが、自動車検査を必ず販売会社で行わなくてはいけないわけではない。

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この時期、本稿で取り上げる A 社に関しても、このようなリコールすべき対象をしな かったという問題が発生した。そこで、このような問題が発生した時期における A 社の リコール処理プロセスについて次に説明していこう。 A 社のクレーム処理プロセス14 A 社のクレーム処理プロセスの流れを図にすると図 1 のようになる。 まず、クレームが販売会社や本社のクレーム担当部門に入ると、この連絡は本社の品質 保証部門に行く。この際に、本社品質部門の担当者がその品質不良の重大性・危険性に応 じてランク A からランク C までの 3 段階に振り分ける。直接に人身事故の発生につなが る可能性のあるものはランク A であり、間接的に人身事故を引き起こす可能性のあるも のがランク B となり、それ以外はランク C となる。この上で、まず工場や設計部門の品 質管理セクションに対して調査指示がなされ、各品質管理セクションは調査の上、回答を 本社品質管理部門に送る。 本社品質管理部門において特別な措置が必要ないと判断される場合には、本社の顧客 サービス部門に連絡され、そこで対応は終わる。 特別な対応が必要であると考えられた場合には、まずクレーム検討のための会議に上程 される。ここでの目的は本当に対応が必要であるか、あるいはどのような対応をするかと いう点を検討することである。このクレーム検討会議には品質管理部門、工場・設計部門 の品質管理セクション、顧客サービス部門から代表が参加する。原則としてランク A、B に属するもの (で対策が必要であると考えられたもの) については全てこの会議に挙げら れ、ランク C については重要なもののみが挙げられる。このクレーム検討会議におい て、事故発生の場合の結果の重大性や事故の発生する可能性、ユーザーが事故を予測でき る可能性 (後述) などを検討し、リコールあるいはインフォーマルな措置などの何らかの 対策が必要であると考えられれば次のリコール検討会議もしくは対策会議に送られる。 ただし、実際にはランク A、B に属するものであっても、ユーザーのミスや異常な使 用、整備不良等といったユーザー側の要因によると判断されたものに関してはこの会議の 議題とはならず、ゆえに対策もとられていなかった。またクレームの対象となった品質不 14 本稿における A 社のクレーム処理プロセスとその問題点に関する記述は、本稿で分析の対象と なっている問題 (リコールすべき品質不良をリコールしなかった) に対して社内に設置された調 査委員会の報告書、関連する社内資料、及びこの問題に関して発表された論文等に基づいてい る。

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良の原因と責任の所在については設計部門と工場との間にしばしば意見の対立が見られた が、その場合には次に持ち越しとなり、解決が長期にわたることもあった。 また、前述の通り判断基準については事故発生の場合の結果の重大性に加え、事故の発 生する可能性、ユーザーが事故を予測できる可能性といった要素が考慮されていた。結果 の発生可能性の判断においては、重大な事故が発生する可能性がある場合であっても、今 後発生する可能性が小さければリコールの対象とはせず、インフォーマルな措置等にとど めるという判断がしばしばなされていた。また、ユーザーが事故を予測できる可能性とは 図1 A 社のクレーム処理プロセス

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異音や異常な振動といった予兆があり、ゆえにユーザーが事故の発生を予測し、回避行動 をとることができる可能性を意味しており、このような意味での予測可能性があれば、リ コールは必要ないものとされた。例えば、エンジンの不具合で事故が起こる前に異音や振 動がするというような状況があれば、運転手はそれを見て事故を起こす前に車を停止させ ることが出来、重大な結果にはつながらないと考えられる。このため、リコールではなく インフォーマルな措置で構わない、とA 社では考えられていた。 このクレーム検討会議で対策が必要であると考えられる場合、社内規定によればリコー ル検討会議に送られ、問題の内容や対策、リコールの必要性について検討するものとされ ている。しかし、実際にはインフォーマルな対応を取る可能性があるために、このような フォーマルな会議ではなく、個別の問題ごとの対策会議に持ち込まれ、どのような対応を 取るべきか (リコールかインフォーマルな措置か)、あるいはそもそも措置をとる必要が あるかどうかといったことが話し合われた。 この個別の対策会議においても、やはり上で述べたような結果の重大性や事故の発生す る可能性、ユーザーが事故を予測できる可能性といった判断基準で判断がなされていた。 上の説明から明らかなように、このような判断基準はインフォーマルな措置での対応を増 やすことにつながるため、結果としてインフォーマルな措置が増えてしまい、公式のリ コールが行われることはあまりなかった。 対策会議の結果、インフォーマルな措置が必要とされれば、その連絡が品質管理部門か ら顧客サービス部門を通じて販売会社に送られる。一方、公式のリコールが必要と考えら れた場合には、リコール検討会議を開催した上、国土交通省に届け出ることになるが、実 際には対策会議がリコール検討会議を兼ねたものとして書類が作成されることもあった。 A 社のクレーム処理プロセスにおける問題点 この A 社のクレーム処理プロセスにおいては二つの問題が発生していた。ひとつは上 で述べた、リコールすべき案件をリコールせず、インフォーマルな措置で対応する (ある いはそもそも何の措置も取らない) というリコールの回避である。もうひとつ、クレーム の処理が遅れ、原因が判明しないまま数ヶ月が経過するというクレーム処理の長期化とい う問題があった。 この内、リコールの回避の方から詳しく見ていくことにしよう。リコールの回避は、具 体的には危険性の過小評価とユーザー側の責任の強調という二つの経路を通じて発生して

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いた。すなわち、上で述べたようにリコールの対象にするかインフォーマル措置にとどめ るか (あるいはそもそも対応をしないか) ということを判断する際には、事故発生の場合 の結果の重大性に加え、事故の発生可能性、事故発生の予測可能性といった要素が考慮さ れていた。このような考慮をすること自体が明らかに不当であるとまでは言えないもの の、実際の運用を見ると、このような判断基準は危険性を過小評価し、結果としてリコー ルを回避するように機能していた。すなわち、例えばある問題についてクレームが1 件だ けしかないとすれば、そのような問題には多発性がなく、特異なものあるいは一時的なも のと判断され、リコールをしなくてよいということになる。また、事故の予兆があるため に事故が予測できると考えれば、重大な欠陥であっても実際に重大な事故を引き起こさな いためにリコールをしなくても良いという結論に容易に繋がる。しかし、クレームが1 件 であっても重大な事故の可能性を示している情報であること、また事故の予兆があると 言っても全ての人が事故発生の可能性がある状況で的確な判断をできるかどうか分からな いということを考えれば、上のような考え方は危険性を過小評価している可能性が大き く、結果として本来リコールすべき案件でもリコールしないという状況をもたらしやす い。 また、A 社においては、事故の原因が必ずしも明らかではない段階で整備不良や異常な 使用条件によるものと結論付けてしまい、ユーザー側の責任としてしまうことがあっ た。15 この結果として、このような案件については対応がなされないことになり、事故の 発生を招いてしまうこともあった。 また、長期化についてはすでに述べたとおり、原因が不明であるような場合には設計部 門と工場との間で責任の所在について意見の対立が発生し、結果としてクレーム処理が長 期化するということが見られた。また、この段階において設計部門や工場はしばしば原因 の究明に協力的ではなかった。 このような問題の背後には、リコールに伴う負担の大きさとそれに伴うリコール回避の 傾向、クレーム処理プロセスにおける「拒否権」の存在、そして問題が発生する原因の不 明確性といった要因が存在していた。まず、A 社においては、リコールは非常に負担の重 いものとして設計部門及び工場に認識されていた。設計部門においてはそもそも人手不足 のため、リコールのための原因究明や対策検討のために労力を裂くのは大きな負担であっ 15 A 社において実際に大きな問題となったある製品不良の案件では、比較的早い段階で製品不良 の可能性なしと結論付けてしまい、その後同種の問題が発生しても結論が変更されることがな かった。結果として事故の再発につながってしまっている。

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た。また工場についても、設計部門ほどではないにせよ人手不足であり、かつリコール費 用は各工場が負担することとなっていため、強い負担感を感じていた。また、営業部門も リコールによる評判の低下を強く意識しており、この意味でリコールは負担感の大きいも のであった。このため、設計部門・工場・営業部門ともにリコールを回避しようとする傾 向を持つようになった。このことが、危険性の過小評価やユーザー側の責任の強調による リコールの回避、あるいは責任の「押し付け合い」による問題の長期化、原因の究明に対 する非協力をもたらした。 また、クレーム処理プロセス自体が各部門にいわば「拒否権」を持たせる構造になって おり、各部門がリコールに抵抗した場合にそれを乗り越えてリコールを推し進められる状 況になかった。すなわち、クレーム処理の各プロセスにおいて関係する各部門のどこかが リコールに反対した場合にはリコールを行うことができず、品質管理部門がそれに対して 独断でリコールを進める権限を持っていなかった。ゆえに、すべての関係者がリコールに 合意した場合にのみリコールを行うことができた。また、上で述べたようにリコールの基 準が曖昧であるために、各部門はそのような基準を利用してリコールが必要ないことを主 張することができ、これに対して品質管理部門がリコールの必要性を納得させなくてはな らなかった。以上のような意味で、各部門や各関係者がいわばリコールに対する拒否権を 持つ形になっており、品質管理部門はリコールの必要性をすべての部門に納得させない限 りリコールができず、「疑わしいものはすべてリコールする」ということができなかっ た。なお、一連のクレーム処理のプロセスは主に関係部門間で行われ、経営者が事後的に 報告を受けるのみであったために、経営者がこのプロセスに介入してリコールを行わせる という機会もなかった。 このような体制の中でも各部門にリコールの負担がかからないのであれば、リコールに 対する関係各部門の合意はとりやすかったかもしれない。しかし、すでに述べたとおりA 社ではリコールの負担は大変重いものとして各部門に認識されていたため、各部門は当然 にリコールに対して拒否権を発動し、リコールの回避やクレーム処理の長期化が発生する ことになったと言えよう。16 16 本稿で分析の対象となっている問題 (リコールすべき品質不良をリコールしなかった) の発生 後、A 社ではクレーム処理のプロセスを大きく変え、「リコールすべき案件であるという疑いの ある案件はすべてリコールをする」という方向に変え、またリコール判定基準についても明確化 した。それだけでなく、組織プロセスそのものについてもチェックをする体制を整えている。こ のような変更と変更後のプロセスについての評価については稿を改めて検討することにしたい。 なお、この点もレフェリーの指摘による。記して感謝したい。

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さらに、もし起こっている問題の原因が明確であり、誰に責任があるかがすぐに分かる ようであれば、上のリコールの回避やクレーム処理の長期化といった問題はまず発生しな いと予想される。もし、リコールの原因が何であるか、責任がどの部門であるかがすぐわ かるのであれば、危険性の過小評価やユーザーの責任の強調といったことはできなくな り、スクリーニング基準の曖昧さもなくなるだろう。結果として、上のような拒否権発動 は起こらず、迅速にリコールが行われることになる。

4. ディスカッション

これまで述べてきたように、A 社のクレーム処理プロセスにおいては、クレーム情報か らその原因を特定し、そこから組織的プロセスの問題を明らかにし、組織的プロセス全体 を変えていくといったことは起こっておらず、それどころかクレームが回避されたり、ク レーム処理が長期化したりする問題が発生していた。この理由を考えるため、上で明らか にした問題点を整理し、より一般化された形での仮説を導出してみたい。 まずクレーム情報とはどのようなものか、という点から始めることにしよう。クレーム 情報とは、先に述べたように意思決定前提やプログラムに問題がある可能性を示す情報で あった。しかし、これはあくまで可能性に過ぎない。クレーム情報はあくまで組織的プロ セスに問題がある可能性を示すだけであって、実際に組織的プロセスにおいて何が起こっ ているのかは原因分析を行い、さらに組織的プロセスの内容を検討しないと分からない。 しかも、一般にクレーム情報とは様々な情報が入り混じっており、有用な情報はその中の ごく一部にとどまる。ゆえに、スクリーニングのプロセスが必要不可欠である。すなわ ち、クレーム処理プロセスとは一般にスクリーニング→原因分析と進むプロセスである。 なお、先に述べたように、このようなプロセス自体が組織的意思決定のプロセスであるこ とに注意してほしい。 もうひとつ、注意すべき点はクレームそのものを解決することと、クレームが示してい る組織的プロセス上の問題点を解決することは全く異なるということである。これは冒頭 で述べた製品事故に関わるリスクマネジメントの三つの側面、すなわち(1)製品事故・品 質不良の予防に関わる活動、(2)実際に事故・品質不良が起こった場合の対応 (クライシ ス・マネジメント)、(3)実際に事故・品質不良が起こったことを契機とする組織的プロセ スの改善の区別、とりわけ(2)と(3)の区別にも示されているが、言い換えれば次のように なる。クレームそのものの解決とは、クレームが示す技術的な問題を対症療法的に解決す

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るにとどまる。部品にひび割れがあれば部品を交換するというようなことである。これに 対して、クレームが示す組織的プロセス上の問題点とは、例えばなぜひび割れができたの か、それはどの部門のどの工程に問題があったのか (設計上の問題か製造工程の問題 か)、その工程でどのような意思決定に問題があり、そのような意思決定が行われたのは なぜか、というようなことを検証し、組織的プロセス自体を変更しようというものであ る。A 社の例で言えば、インフォーマル措置であれリコールであれ、実際に修理や部品の 交換を行うのがクレームそのものの解決であり、これに対してクレーム情報から組織的な 問題を洗い出し、改善していくのが組織的プロセス上の問題点の解決である。このような 組織的プロセスにおける問題点を発見し、それを変更していくためには原因の分析を徹底 的に行い、かつそれに従って (単なる修理や部品交換にとどまらず) 工程から組織そのも のに至るまでを変更しなくてはならない。そして、その過程において責任の追及がなさ れ、責任を負うとされる個人あるいは組織内の部門は様々な負担を負うことになる。 また、組織的なプロセス上の問題点の解決にまで至らないとしても、リコールの場合に 見られるように原因分析を徹底的に行って対応策を定め (国土交通省に届け出るため、原 因と対応については十分に説明できなくてはならない)、かつ広く広報を行って実際の修 理・部品交換を行うことは組織にとって相当な負担となる。 そこで、その個人あるいは部門はそのような負担を回避しようとしてクレーム処理プロ セスに対して様々な介入を試みる可能性がある。上で述べたように、クレーム処理プロセ スにはスクリーニングと原因分析の過程が必ず存在するから、最初から原因が明らかであ るようなケースを除けばこのような介入の余地は必ず存在する。すでに説明したように、 A 社においてはスクリーニングの段階及び原因分析の段階において関係部門 (例えば設計 部門や工場) がリコールの回避のためにユーザーの責任を強調し、あるいは自部門の責任 を回避しようとして原因追求に協力せず、他部門の責任を主張するというような形でク レーム処理プロセスに介入していった。 そして、個人や部門のこのような介入は他の個人や部門の介入を呼び起こすために、ク レーム処理プロセスは合理性に基づくスクリーニングと原因分析、そして原因の除去とい う合理性に基づくプロセスから各部門の思惑に基づく政治的なプロセスに変化する。これ を「政治化」と呼ぶことにしよう。 そして、このような政治化のひとつの帰結として、クレーム処理プロセスはしばしば決 定不能の状態に陥る場合がありうる。クレーム処理が長期化し、これに対して最終的に合

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理的な解決を得ようとしても不可能になる。これこそが A 社のクレーム処理プロセスに おいて発生していた現象である。A 社においてしばしば見られた状況は、上記のように設 計部門や工場が自らの責任を否定しようとして他部門の責任を主張し、この結果部門間 (とりわけ設計部門と工場) が責任の所在をめぐって争うことになり、これに対して品質 管理部門が自らの判断によりリコールを行うという権限を持たなかったために決定を下す ことができず、また経営者もこのプロセスに介入する機会を持たなかったために、当該案 件の処理がいわば「先送り」され、あるいはそもそもリコールの必要がないものと判断さ れるという状況である。 組織的な意思決定のプロセスが必ずしも合理的なプロセスではなく、しばしばコンフリ クトとバーゲニングによって特徴付けられる政治的なプロセスとなっていることはすでに 指摘されてきた (例えば Allison, 1971; Pettigrew, 1973; Bacharach & Lawler, 1980)。なお、 ここで言うコンフリクトとは「個人もしくは手段が、行為の代替的選択肢の中から一つを 選ぶのに困難を経験する原因となるような、意思決定の標準的メカニズムの故障」と定義 される (March & Simon, 1958, p. 112; 邦訳 p. 169)。

Allison (1971) はキューバ危機におけるアメリカ政府の意思決定を単一の合理的な意思 決定者によるものとみなす第1 モデルに対して、政府を構成するさまざまな組織がそれぞ れの目標やプログラムを持ち、それぞれに意思決定を行った最終的な出力として理解する 第2 モデル、個々のプレイヤー間の政治的なバーゲニングの結果とみなす第 3 モデルの二 つを提示し、第 1 モデルの記述は第 2、第 3 モデルによって補われるべきであるとしてい る。Allison (1971) の第 3 モデルは個人をプレイヤーとしているためここでの部門間の政 治的プロセスとは若干異なるものの、組織的意思決定を政治的なプロセスとして考えると いう見方を提示しているものと言えよう。 そして、本来は必ずしもこのような政治的プロセスでなかった組織的意思決定のプロセ スがこのような政治的プロセスに変化していくということもしばしば見られる。例えば、 Selznick (1949) によるテネシー川流域開発公社 (Tennessee Valley Authority, TVA) の事例

では、TVA が地域の農民の支持を取り付けるために付随的な業務である農業政策に進出 し、農民を取り込んでいったが (cooptation)、17 その結果として TVA は地域の農民の利害 をより考慮するようになったため、他の連邦による新しい農業関係のプログラムと協調す ることができなくなったことが指摘されている。TVA の農業政策をめぐるこのような動 17 定訳がないが、例えば「包摂」とか「取り込み」と訳される。なお、Selznick (1949) では coöptation と表記されている (例えば Selznick, 1949, p. 13)。

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きは、合理的な目的を有していたはずの農業政策が各部門の利害によって「政治化」して いく動きとして解釈できよう。実際、March and Simon (1958) が Selznick (1949) を解釈 している部分においては (March & Simon, 1958, pp. 40–44; 邦訳 pp. 64–68)、権限委譲が 部門間の利害の対立を引き起こし、それが各部門間のコンフリクトの増大をもたらし、そ の結果として意思決定の内容が内的な戦略 (internal strategy) に依存するようになるとい うことが指摘されている。ここでは、合理的なプロセスが政治的なプロセスに変容すると いう形で述べられてはいないものの、各部門が組織プロセスに介入する結果としてコンフ リクトが発生し、意思決定が内的な考慮に依存するというのはまさしく上で述べた政治化 のプロセスであると言える。このような政治化そのものは例えば Merton (1957) や Gouldner (1954) が想定しているところの官僚制の逆機能、すなわち手続きの過剰な遵守 のようなものとは異なり、むしろフォーマルな手続が存在するがそれだけでは決定が難し い状況において生じるものであるが、これもある種の官僚制の逆機能と考えられる。 もちろん、仮に組織的プロセスが政治化したとしても常に決定不能の状態に陥るわけで はない。政治的プロセスにおけるコンフリクトの解決方法としては、問題解決 (合理的と 考えられる方法で問題を解決する)、説得 (共通の目的に基づいて相手を説得する)、バー ゲニング (関係する部門間で交渉する)、政治工作 (他部門を巻き込んで相手を押さえ込

む) などが考えられる (March & Simon, 1958, pp. 129–131; 邦訳 pp. 194–198)。さらに

は、命令権者による命令 (強制) や、提案の一方的な取り下げというのも考えられるだろ う (Burke, 1970)。 しかし、上で述べたようなクレーム処理プロセスの「政治化」の場合にはこのような方 法では解決しにくい。後で述べるようにクレーム処理プロセスの政治化の背景に責任に伴 う重い負担やコントロールの不在、原因の不明確さを考えると、問題解決や説得は原因の 不明確さや利害対立により機能せず、バーゲニングや政治工作も利害対立が激しければ妥 協に至るのは難しい。また、コントロールが不在のため命令による解決も難しく、提案の 一方的な取り下げ (例えば設計部門が一方的に自分の責任を認めるなど) もほとんど期待 できない。 このような状態において発生するのは、問題そのものを再定式化 (reframing) すること によって問題そのものを回避しようとする動きである。具体的には、それは「問題の矮小 化」、さらには「問題の抑圧・消去」という形をとって現れる。すなわち、クレーム処理 プロセスがもたらす負担を最小限にするため、原因分析も最小限にとどめ、組織的プロセ

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ス上の問題点を検討することなく、事故発生の危険性は低いものと安易に結論付けてリ コールを回避し、インフォーマル措置をとる。さらには、そもそもクレームそのものを 「なかったことにする」ために、様々な理由をつけてスクリーニングにおいてふるい落と し、クレーム処理そのものを回避しようとする。 ある意味で、このような状況はArgyris and Schön (1996) が指摘するダブル・ループ学 習が阻害されている状況、すなわち「O-I システム」のひとつのパターンと言えるかもし れない。すなわち、関係者がお互いにゼロサム的状況に陥っているため自己の利益のみを 最大化しようとし、かつ責任追及が曖昧であるために他部門の責任を表立って追及するこ とは難しいために、解決すべき問題が放置されるという状況である (安藤, 2001, pp. 65– 69)。もちろん、この事例では他部門に対する支配の欲求のようなものは必ずしも存在し ないかもしれず、この意味で完全に「O-I システム」と言えるかどうかはわからないが、 少なくとも組織的なプロセスの見直しに関しては学習が起こりにくい状況であるとは言え るだろう。18 A 社のクレーム処理プロセスの事例は、クレーム処理プロセスの政治化が発生してい る、あるいは発生することが予想される状況においては、「問題の矮小化」及び「問題の 抑圧・消去」が発生し、組織プロセスの改善が起こらないことを示している。上の例で は、問題の矮小化は危険性の過小評価によりリコールを回避し、インフォーマルな措置に とどめること、問題の抑圧・消去はユーザー側の責任を強調して対応を最小化することに 当たる。 また、このような問題は大規模な事故の調査局面でもしばしば指摘される。すなわち、 事故後の調査において、根本的な問題となった組織的プロセスにまで踏み込むのを避ける ために、しばしば問題が矮小化され、事故の直接の引き金になった問題のみに議論が集中 してしまう。例えばチャレンジャー号の事故においても、問題の直接の引き金になったの は O-リングと呼ばれる気密保持用の部品が凍ってしまい、気密保持が出来なくなってし まったことにあるが、その背景には過密な打ち上げスケジュールやそのスケジュールを維 持するために「リスクを取る」という名目で危険に対して鈍感になっており、かつ構造的 に組織内で情報が伝達されにくくなっている NASA の文化があったことが指摘されてい る (Vaughan, 1996)。そして、このような問題は結局チャレンジャー号の事故後も残存し てしまい、コロンビア号の空中分解事故に繋がった、というのがコロンビア号の事故を調

18 実際、Argyris (1983) は組織的な政治活動 (organizational politicking) という言葉で O-I システ ムを記述している。

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査した調査委員会の見方である。 次に検討したいのは、このような「クレーム処理プロセスの政治化」及びそれによる 「問題の矮小化・抑圧・消去」を引き起こす背景となる要因はどのようなものかという点 である。そこで本稿の分析対象である A 社の事例において現れた三つの要因、(1)責任に 伴う重い負担、(2)「拒否権」の存在、(3)原因の不明確さ、を考えてみることにしよう。 (1)は、クレーム処理にかかるコストをどのように負担するかということだけでなく、 クレーム処理に伴う評判の低下や、「犯人」と名指しされることによる精神的な苦痛など を含んでいる。A 社の事例においても、とりわけ設計部門が自分の責任だということを認 めたがらない傾向を持つという指摘がされており、19 精神的な苦痛も大きく影響している ものと思われる。もう少し一般化して言えば、各部門は全社的な利害よりも各部門の利害 を重視しており、かつ各部門がクレーム処理のために利用すべき資源が希少であるという 状況においては、クレーム処理により各部門が負うべき負担が大きいならば、各部門はそ の希少な資源の「浪費」(全社的には浪費ではなくても各部門としては浪費と考えられる) を回避し、かつ各部門の追加的なダメージを防ぐためにクレーム処理の責任を負うことを 回避しようとするだろう (March & Simon, 1958, pp. 40–44; 邦訳 pp. 64–68; Selznick, 1949)。 次に(2)であるが、先に述べたようにリコールを行う場合に関係各部門の合意が必要と なる場合、あるいは品質管理部門が (A 社において採用されていたような) 判断の余地の 大きいスクリーニング基準を許容してしまい、関係各部門がそれを利用してリコール不要 を主張できるような場合には各部門は「拒否権」を持つことになる。この場合には、ク レーム処理を合理的に推し進めることは難しくなり、クレーム処理プロセスは「政治化」 するであろう。このような問題に対応するためのひとつの方法は権限を持つ上位者による 命令 (強制) であるが (Burke, 1970)、クレーム処理の場合には社長や CEO がその全てを 把握することが難しい。ゆえに、品質管理部門がコンフリクト解決を出来るように組織プ ロセスを設計する必要がある。具体的には、品質管理部門の判断でリコールができる、さ らには品質管理部門が必要ないと判断した場合でも誰かが必要だと思えばリコールが行わ れる (このような体制であれば「リコールが必要である疑いがある場合には必ずリコール する」ということが可能になる) ようなクレーム処理プロセスにすること、また裁量の余 地のあるスクリーニング基準ではなく、より明確な基準を持つスクリーニング基準を採用 19 A 社社内調査報告書による。

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し適用することなどがある。 ただし、一方でリコールが企業に対して大きな影響を与えるものであること、またそも そも次に述べるように原因が明確であるということはあまり考えられず、ゆえにリコール すべきかどうかの判断には曖昧さが付きまとうことからすれば、現実には「拒否権」を取 り除くことは簡単ではないだろう。 そして、(3)であるが、すでに述べたように原因が明確であるならば政治化は発生しな い。例えば、誰の目から見ても部品の設計ミスであるということであれば政治化すること

はありえない。March and Simon (1958) は組織コンフリクトを引き起こす要因のひとつと

して現実についての知覚の差異を挙げているが (March & Simon, 1958, p. 121; 邦訳 p. 183)、クレーム処理における知覚の差異は原因の不明確さから発生すると考えてよいだろ う (なお Thompson, 1967, pp. 134-135; 邦訳 pp. 171-173)。なお、実際に自動車のような複 雑で部品間に相互依存性があるような製品においては、原因が誰の目にも明らかというこ とはまず存在しないだろうが、例えばノートパソコンや自転車のようなモジュラー・アー キテクチャを取る製品の場合には、どの製品に問題があったのかは比較的分かりやす い。20 この意味で、製品のアーキテクチャはこの(3)に影響を与えると思われる (なお藤 本, 2001 も参照)。 そして、このような原因に対して追加的に作用する要因として、(4)いわゆる「安全文 化」のような組織文化の欠如を挙げることができるだろう。この要素は A 社のケースで は必ずしも明確に取り上げてられていないが、各部門において安全を重視する文化が浸透 し、共有されているのであれば、顧客に発生するリスクを最小限にすべく、クレームの 「合理的な (非政治的な)」解決に協力するだろう。 以上のように考えてくると、上の(1)~(3)及び最後の(4)はクレーム処理の状況におい てかなり一般的に見られる状況と考えてよさそうである。さらに言えば、先に少し組織事 故の調査についても触れたが、このような構図は組織事故の調査においても基本的に適用 可能であると考えられる。というのは、本稿でクレーム情報は「組織的プロセスにおいて 問題が生じている可能性を示す情報」であると考えられているが、このことは組織事故に おいても全く同様に当てはまる。結果はすでに発生しているのでスクリーニングという過 20 藤本 (1997) は、部品の種類によっては品質保証責任をサプライヤーと自動車メーカーのいず れに負わせるか確定させることが難しいために承認図方式が導入されなかった事例を示している (藤本, 1997, p. 216)。この例は、自動車のような製品においては品質に関する責任の分割が難し いことを示す例のひとつと言えるだろう。

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程は存在しないものの、原因分析のプロセスは存在している以上、調査のプロセスにおい ても上の(1)~(4)のような要因があれば調査プロセスは容易に政治化するであろう。先に チャレンジャー号の事故について触れているが、このチャレンジャー号の事故調査が示唆 しているのはまさにこの点であり、事故調査が一般に独立の第3 者委員会で行われること もこのことを示していると言える。 以上をまとめると、図 2 のようになるだろう。今回の A 社のケースをこの図 2 の見方 で整理したものが図3 である。 さて、以上のような問題は、我々の問題意識である企業のリスクマネジメントという視 点からはどのように見ればよいのだろうか。 まず、本稿の分析が明らかにしていることは、クレーム処理を組織的プロセスの変革に つなげることは非常に難しいということである。上の(1)~(4)のような状況においてはク レーム処理は容易に政治化し、問題の矮小化や抑圧・消去を引き起こす。仮にこれがク レーム処理ではなく製品事故の処理であったとしても問題は同じである。 それでは、これに対して我々はどのように対応すればよいのだろうか。 まず(1)の責任に伴う負担であるが、一般的に考えられるのが責任追及を行わないこと 図2 クレーム処理プロセスの政治化

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を前提としたクレーム処理・事故調査、クレーム処理費・事故対応費の本社負担といった 方法である。また、独立の調査委員会による調査も、責任の分配を歪めないという意味に おいてこの点に寄与することになろう。 (2)の「拒否権」の存在については、まず品質管理部門に強い権限を持たせ、他の部門 の反対があってもリコールができるようにすること、さらにはどこかの部門が必要だと判 断したらリコールができるようにすることが必要であろう。同様に、スクリーニングの基 準に関しても、問題の抑圧・消去に使われないように品質管理部門が常に介入できるよう にする必要がある。問題がサプライヤーにおいて発生する場合には、品質管理の問題を購 買と絡めることによってある程度対応できるかもしれない。 (3)の原因の不明確さは、それ自体は政策的に変更することは難しい。もちろん、イン テグラル・アーキテクチャよりモジュラー・アーキテクチャのほうがクレーム発生の原因 は明らかになりやすい。しかし、政策的にアーキテクチャを変更するのは非常に難しい。 むしろ、原因が不明確でもある程度責任追及が可能であるように社内での責任分担の明確 化 (例えば社内での品質保証) などを考えるほうが良いかもしれない。なお、原因が社内 ではなくサプライヤーにある場合にはその追求は難しくなるが、契約条項に責任分担を明 記することで責任の追及がやりやすいという側面もある。 図3 A 社におけるクレーム処理プロセスの政治化

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最後に(4)の組織文化の共有であるが、組織内で共有された価値観 (価値前提) を変え ていくのは容易ではないが、それに成功すればクレーム処理プロセスはかなり機能するよ うになると思われる。

5. おわりに

本稿では、クレーム処理を組織的プロセスの改善につなげていけるか、ということを日 本の自動車会社の事例を取り上げて検討してきた。具体的には、自動車会社 A 社のク レーム処理プロセスについて、その概要とそこにおける問題、そしてそのような問題が発 生する原因を検討した。そしてその事例を踏まえてより一般的な仮説とその仮説の元での とりうる対策について検討した。 結果として明らかになったことは、組織の中ではクレーム処理プロセスは合理的な原因 追求と改善のプロセスからより政治的なプロセスへの変化を起こしやすく、そのような政 治的プロセスが容易に解決できないために、問題の矮小化あるいは問題の抑圧・消去と いった現象がしばしば発生するということであった。このような意味において、クレーム 処理プロセスのようなものを機能させるのは難しい。このようなクレーム処理プロセスの 政治化はとりわけ、(1)責任の負担が大きい、(2)クレーム処理に関する「拒否権」の存 在、(3)原因が不明確、(4)安全文化が共有されていない、という状況で起きやすい。な お、このような政治化は組織事故の調査においても同様に発生すると考えられる。このよ うな問題に対してはそれぞれ、クレーム処理における費用の本社負担のような責任負担の 軽減、品質管理部門のコントロールの強化、社内における責任分担の明確化あるいは IT ツールによる見える化、そして安全を重視する価値観の普及といった手法で対応していく しかない。 近年、製品安全の問題は大きな関心を集めているために、企業のリスクマネジメントの 占めるウェイトは今後ますます大きくなっていくものと思われる。そのような中で、ク レーム処理プロセスや事故調査プロセスをいかにして政治化させずに機能させていくかは 大きな課題になるものと思われる。 謝 辞 本研究にご協力をいただいた A 社の方々、本稿を改訂するための有益なコメントをいただいた 匿名レフェリーの方々、および藤本隆宏 (東京大学)、安藤史江 (南山大学)、大塚裕子 (計量計画

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研究所)、丸元聡子 (計量計画研究所)、高田真也 (東京大学大学院) の各氏に深く感謝いたしま

す。なお、本稿は財団法人二十一世紀学術文化財団 (木川田記念財団) から学術奨励金の交付を受

けた研究の一部です。

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1) Graduate School of Arts and Sciences, University of Tokyo, 2) Manufacturing Management Research Center, University of Tokyo, 3) Waseda Institute for Advanced Study, 4) College of Business Administration, University of Toledo

Abstract: This paper reviews examples of Japanese automobile companies to determine, from the perspective of corporate risk management, how product complaints are linked to organizational improvement processes. As a result, it was discovered that it was easy to “politicize” claims processing by changing it from a search for causes and improvements to a political process that is difficult to tie to organizational improvement. Further, additional discussion of the causes of “politicization” is included.

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