論 文
ケプラーの円錐曲線論
田 山 令 史
〔抄 録〕 古代ギリシャ以来,円錐曲線論は数学の主要な柱の一つであった。十七世紀,ケプ ラーの議論は,円錐曲線を一平面上で論ずることにより,この研究の画期となった。 さらに,ケプラーはこの平面に,無限遠点と平行線の交点を想定することで,後世の 幾何学にも関連していくことになる。従来の研究は,ケプラーの、円錐曲線研究史で の位置づけ,そして後の幾何学との関連を中心にしている。この論文は,円錐曲線論 の歴史やケプラーのプラトニスムという思想的背景を論じながら,ケプラーがどのよ うに交わる平行線という着想に至ったかという点に,議論を集中する。さらにケプ ラーの円錐曲線論を透視図法の観点から検討し,先行研究が問題にしているデザルグ の幾何学との異同を明確にした。 キーワード 『メノン』、プラトニスム、『世界の調和』、アポロニュウス、射影幾何学 はじめにケプラー(1571-1630)は、『天文学の視覚論(Astronomiae Pars Optica, Optical Part of Astronomy, 1604)』で、楕円、放物線、そして双曲線といった円錐曲線を、焦点の位置を移 動させていくことによって、連続させる。つまり、これらの円錐曲線は、形を連続的に変化さ せながら連なる図形であることを論ずる。このとき、無限についての考えが、二つの形で表現 される。すなわち、平行線は無限遠で交わり、そして、無限遠での交点は、直線の両方の端に ある。ケプラーはこのような無限の性格を、円錐曲線群が連続して変化していく論理的条件と して語るのである。この論文では、とくに交わる平行線に至る、ケプラーの議論の詳細を追い、 透視図法と比較する。 無限遠で交わる平行線は、また、透視図法の基礎である。透視図法は空間中の対象を、画面 という二次元に捉えようとする。ここで平行線の交点は、対象と眼の位置関係によって生じる。 この交点とケプラーの論ずる交点は、経験的な絵画技法と数学的仮定といった区別をつけるこ とができる。ここでは、この区別の意味を改めて考えてみたい。
第一章 『メノン』での幾何学のアプリオリ性、魂の不滅 数学の特徴、たとえば、経験をまたずに、学習ができ、その命題の真偽が決定できる、とい った性格は、古代から哲学的議論の一つの柱になってきた。プラトンの『メノン』が、好例で ある。 『メノン』の主題は「徳」の習得である。当時、徳は国家の運営に必要な能力、政治的力量 を意味した。プラトンは、この問いに対して、さまざまな徳の具体例をあげてよしとするよう なやり方をしりぞける。それに対して、徳の本質、定義、言い換えれば、徳とは何かを知ろう とする。この主題の前提として、ソクラテスは、神々について知恵を持つ人たちから聞いたと して、このような話をする。 人の魂は不死であって、この世に生まれてくる前、すでに何度も生まれ変わってきている。 それで「魂が学んでしまっていないようなものは、何ひとつとしてないのである」()。だから、 探求とは思い起こすことだ。徳と聞けば前生を想起し、それを本当に知ろうとする気持ちがわ くのである。 ソクラテスは、メノンの召使いである子どもに幾何学の問いを解かせることで、このような 想起の思想を試してみせる。ソクラテスは、幾何学のことなど、何も知らない子供に、幾何学 の問題、正方形の辺と面積の関係を問う。 辺の長さが二倍になればその面積は、二倍になるのか。子供はそう考えているのだが、ソク ラテスは図を描きながら、その考えは誤りで、実は四倍であることを、問答を重ねるうちに納 得させていく。「君がそうだと思ったとおりに答えてくれればいいのだ」()。そして正方形の 面積を二倍にするには、その対角線を一辺とする正方形を作ればよいという考え(思わく)を 子供から引き出してみせる。このとき、何の予備知識もいらず、子供はただ、一つの図形が同 じ形、同じ大きさの小さな図形に分割されたり、小さな図形が集まって一つの図形を作ったり するのを見て、長さや大きさの等しさを了解していけばよいのである。 ソクラテス どう思う? メノン。この子が答えたことで、この子自身の思わく(思いなし)ではない ようなものが、ひとつでもあっただろうか。……しかし、われわれが少し前に言っていた ように、もともとこの子は、こうしたことを知ってはいなかったのだ。……ただしかし、 この子のなかには、この子がいま述べたようないろいろな思わくが内在していたというこ とはたしかだ。そうではないだろうか?……しかるにこの子がそうしたいろいろな思わく を得たのは、現在のこの生ではないのだとすると、いまやこういうことが明らかではない かね。 すなわち、彼はこの生涯以外の他の時において、すでにそれをもっていたのであ
り、学んでしまっていたのであるということが()。 こうして、魂不滅の思想と、幾何学の命題の真偽は経験的検証をまたないこと、つまり数学 のアプリオリな性格、これがあわせて論じられている。この主題は後世、さまざまな形で繰り 返されることになる。 ケプラーは『宇宙の調和』のなかで、この想起の話に繰り返し言及する。そしてアリストテ レスによる『メノン』の批判をかわして、プラトン説に立つ。 イデア論 プラトンは数学的対象を、経験世界に考えるのか、それとも経験を超えるイデア界の実在と するのか。 ソクラテスの口をかりてイデアが語られる『パイドン』は、プラトン中期の作品で、ソクラ テス刑死(B.C. 399)の日、弟子たちとの対話を描く。魂の不滅を証明していくなか、イデア の思想がここで初めて確立したとされる。 イデアは、人の知覚や知覚する場所などから独立し、それ自体としてある、()見えざるも の()、「その同一性においてつねに不変のあり方をたもつもの」()と言われる。 (幾何学の点や線は、)ただ、思考のもつ〔純粋な〕推理のはたらきによる以外は、それを 把える他の一切の手段はこばまれているのではないか。すなわちいいかえれば、それらは 視覚に把えられるようなかたちをもたないのであり……()。 〈等しさ〉そのものとか、〈美〉そのものとか、おのおののまさに〈ある〉というそれ自体、 つまりはその存在そのものは、たとえいかなる変様であれ、それをみずからに許容するこ とが、はたしてあるだろうか( )。 イデアは、誤りやすい感覚や知覚ではなく、不変の存在であり、理性の対象である。 プラトンの『国家』第七巻の出だしに、「洞窟のたとえ」と言われている話がある。太陽の 照らす外の世界を知らず、洞窟のなかで囚人は、実在の影を本物と思い込んでいる。感覚にと らわれる人、すなわち、私たちが囚人と言われているのだが、ここで、太陽は「善のイデア」 の例えである。善のイデアこそが、いっさいを超越する、それ自体としての存在である。 知的世界には、最後にかろうじて見てとられるものとして〈善〉の実相(イデア)がある。 いったんこれが見てとられたならば、この〈善〉の実相こそはあらゆるものにとって、す べて正しく美しいものを生み出す原因であるという結論へ、考えが至らなければならぬ()。
善のイデアこそが本来の理性の対象であり、数学が関わる多と延長体、言い換えれば、数と 形とは、プラトンにとって、このような理性の対象ではない。この、プラトンの数学的対象に ついては、議論がある。 アリストテレス『形而上学』は、プラトンのイデア探究の端緒を、以下のように述べながら、 その数学的対象を、感覚の対象とイデアとの中間に置く。 だがプラトンは、さらに感覚的事物とエイドスのほかに、これら両者の中間に、数学の対 象たる事物が存在すると主張し、そしてこの数学的対象をば、一方、それらが永遠であり 不動不変である点では感覚的事物と異なり、他方、エイドスとは、数学的対象には多くの 同類のものがあるのにエイドスはいずれもそれぞれ自らは唯一単独であるという点で異な るとしている(10)。(下線筆者) イデアは唯一単独の存在であるに対して、数学的対象、たとえば、数のは、同一の演算式 に「同類」として、いくつでも出てきて、たとえば加算ができる。そして、「同類」の正三角 形は、二つ合わさって平行四辺形を作る。だから、イデアではない。 しかし、数については、これで終わらない。一般的に、存在するものはすべて、数えられる という意味で、その存在に数が関わるからである。 アリストテレスはプラトンをこうまとめる。数は、ピタゴラスの徒が考えるように、他のす べてにとってその実体性の原因(構成要素)である。そして、数は実体としての「一」に与か りながら「大と小」によって存在する。こうしてプラトンの「一」は、さらに「一」から「大 小」によって成立する「数」は、あらゆる存在の実体性の原因として、超越性を示している。 なおまた、エイドスは他のあらゆる存在の原因であるから、それぞれのエイドスの構成要 素はまたあらゆる存在の構成要素であるとかれは考えた。すなわち、質料としては「大と 小」が、実体[形相]としては「一」が、そうした原理であるとした。というのは「一」 に与かることによって「大と小」から数は存在するに至るから、というのであった(11)。 こうして、アリストテレスは幾何学的対象でなく、数に、このような超越的性格を見る。イ デアではないとしても、プラトンにとっては、「一」「大と小」がイデアの構成要素とされるこ とから、数は、イデアが原因となっているすべての存在に対して、超越性を持つ、こう、アリ ストテレスは言うのである。この議論は後世、新プラトン主義などで、「一」の絶対視として 再登場することになる。
ケプラーへ。イデアと視覚 ケプラーは『世界の調和』第四巻第一章で、共感とともに『メノン』の思想を引いている。 が、数についてはその意義が、事物を数え上げるときにのみに生じると、唯名論的に考え、幾 何学的対象については、プラトン的でありながら、感覚世界とイデアの関係については、プラ トンを退ける。それが、感覚世界をその成員として持つ「世界の調和」の思想である。 調和の原形が現実となって、心のなかで輝き出ることができるには、調和は知られ得るだ けでなく、知られていなければならない。知られる可能性だけでは、感覚的調和の範型と なるには不十分なのである。したがって、何かの本質の一部が心のなかにあり、それで、 現に活動している、つまり現実態であるとき、その何かは心のなかで確立しているはずで ある。すなわち、それは調和を成す項であり、円とその一部である。いったい、心がまだ 学んだこともなく、また、外にある対象の感覚なしには、心が学ぶことができそうもない こと、そんなことの知識を、どうして持つことができるのか……私が誤ってなければ、今 日、私たちは、まことに正しく“直観”という語を使う。量は、人の心に、そして他の心 にも、直観によって知られる。感覚が欠けていたとしても。みずから、人の心は直線を理 解する。みずから、任意の一点からの距離を理解する。こうして、みずから、円の姿を思 い描く。ならば心は、直観によって、いっそう容易に作図法を見出し、図形を見るときの 目のはたらきを演ずる(もし眼があるにもかかわらず、その必要があればの話だが)。も し、心が、眼のように機能するものをまったく持たないようなことがあるとすれば、心は 心の外にあるものを知るため、自ら〈眼を〉求め、眼の構造の法則を、自ら描くとおりに 要求する筈である(もし、心が純粋で健全、故障がないとして、つまりは、心が現にある 通りのものだとして)。心に本来具わった、量の認識は、眼の性質はどうあるべきかを、 要求する。したがって、心が現にあるようにあるから、眼は、現にあるように作られてい る、逆ではない。言うまでもないことだ。幾何学、それは、物の起源より以前から神の心 と共に永遠であり、神自身であり(神自身でないようなものが神のうちにあろうか)、世 界創造の方式を神に与えた。そして、神の似姿とともに人類に渡されたのである、眼を通 して受容されたのではない(〈 〉と下線は筆者、『世界の調和』、第四巻、第一章)(12) ケプラーの調和論は、カッシーラーによって、プラトン、クザヌスを継承する、そして、近 代、現代の演繹的科学につながる一つの観念論として、歴史的に位置づけられている。ここで カッシーラーは、ケプラーを、近代科学へ、そしてとくに、カントへと至る観念論の一つの里 程として描いている。カッシーラーの力点は、プラトンからケプラー、ガリレイと連なる近代 へと至る数学的、力学的世界観への系譜である。
ケプラーでは、後のガリレイのように、想起というプラトン的思想が、認識の起源と獲得 についての思想の中心に位置する。私たちは、この二人のもとで、プラトンの思想が、し だいにその神秘的なところを脱ぎ捨て、どのようにして、純粋に論理的な意味に熟してい くのか、追うことができる。……調和は、秩序ある、幾何学的法則にしたがって分節され た宇宙(Kosmos)としての世界の直観を意味する。したがって、調和は星座の組み立て に限られるものではなく、同時に、自然のあらゆる対象と働きを包み込んで支配してい る(13)。 ケプラーの、このようなプラトニスムを、その円錐曲線論を理解する前提としたい。 第二章 円錐曲線 アポロニウス 一平面上に円を描き、平面の外に一点をとる。この点と円の中心を結ぶ直線を、平面に垂直 となるようにする。円周上の一点と、この円外の一点を結ぶ直線、すなわち母線の集合を、 (直)円錐と呼ぶ。円の中心と円外の点を結ぶ直線を軸という。このような円錐を二つ考え、 二つはその頂点で接しながら垂直の関係にあるとする。このダブルコーンは円錐曲線を考える 基本である。 ここで円錐に交わる一平面を考えると、交わり方によって、言い換えれば、平面が円錐を切 る、切り方によって、三通りの図形が現れる。つまり、円錐に平面を垂直に交わらせながら、 頂角を連続的に変化させる。あるいは、頂角を一定に保ちながら、平面の交わる角度の方を連 続的に変化させる。この両方の方法で、その切り口に、楕円、放物線、そして双曲線が順に現 れる。 円錐曲線の研究は、プラトンの弟子、メナイクモスが始めたとされている。ここで前者のや り方は、アリスタエウスに帰されている。後者はアポロニウス(Apollonius, c. 262-190 B.C.) の方法である。その『円錐曲線論(Conics)』は八巻から成り、四百六十七の命題を含む。 ユークリッド『原論』とならんで、幾何学第一の古典であり、ギリシャ幾何学の頂点である。 アポロニウスは、このように整理された図を描いてはいない。が、直円錐、斜円錐に限らず、 頂角を固定することは円錐を一つに限ることに等しく、やがて円錐という立体そのものも外し て、平面上で円錐曲線だけを考察する道を開く。実際、アポロニュウスは、この曲線の研究を 円錐から切り離し、平面上で行い始めた。『円錐曲線論』の第一巻第十六命題までは、楕円、 放物線、双曲線を導入するため、円錐に言及するが、次の第十七命題からは、おもに平面上で の議論になる(15)。 この時代は座標軸も代数的な表現法もなかった。まず座標軸を設定してから、そのなかで図 形を考察する今の方法である。アポロニウスはそのかわり、さまざまな図形における計量的関
(George A. Jennings, Modern Geometry with Applications より)(14) 係を、そのつど、図形の軸なり接線なりを座標のように使って巧みに表現している。そして、 以前の円錐曲線の扱いに比べて、直円錐と斜円錐をともに考える、ダブルコーンを使うなど、 一般性が増している。 アポロニウスはここで、楕円、放物線、双曲線、それぞれの計量的な特徴を見出した。すな わち、楕円は二定点(いまの呼び方では焦点)からの距離の和が一定の、双曲線はその差が一 定の点の集まりである。が、放物線にはこれに並ぶ定義がない。そのかわり、このような特徴 が語られる。うまく選ばれた一つの直線(軸)との交点 A をとっておいて、放物線上の一点 B からこの直線に垂線を引いて、軸との交点を C とすると、BC の二乗を AC で割るといつも 一定の値になる。このように、アポロニウスは三種の円錐曲線の計量的特徴を平面上で示した のである。 しかし、もともと円錐という一立体に、一平面が連続的に変化する角度で切り込むことで得 られる図形が、円錐曲線である。そこには、形を変化させていく曲線群の連続性が期待される。 が、アポロニウスは、三種の円錐曲線のこのような連続性を語らない。 四世紀頃、パッポスが、円錐曲線の間につながりを見出した。円錐曲線は、そのなかの一定 点と(焦点、あるいは、その一点)、その外の一直線(準線)からの距離の比(離心率)が、 一定であるような点の集まりである。とくに、この比がに等しいときが放物線、より大き いとき双曲線、より小さいとき楕円になる。 このパッポスの命題は、先に見たアポロニウスの議論から導くことができる。パッポスもア ポロニウスも、三種の円錐曲線の特徴を計量的に表現した。そして、パッポスはそれらに明確 なつながりがあることを示してみせた。アポロニウスやパッポスに対して、十七世紀、ケプ ラーはすべての円錐曲線を、無限遠を具えた一平面上で表現する。こうした上で、初めて、計
量的でない語り方で、それらの曲線の連続性を表現した。 『天文学の視覚論』第四巻第一章 『天文学の視覚論』(以下、『視覚論』)では、天文学で欠かせない観測、それにともなうが誤 差が、問いの発端である。『視覚論』は、網膜に反転して映る外界を幾何光学的に示すなど、 その議論はデカルトに受け継がれて、近代的視覚論の先駆となった。ケプラーは、レンズの性 格を持つ眼球を考察しながら、光の反射、屈折に注意を向け、ここで放物線の持つ顕著な性格 が取り上げられる。放物線の開口部に、そしてその軸に平行に入射する光線はすべて、放物線 の曲線に反射されて放物線の焦点を通るのである。ここから、ケプラーは視覚論という枠を離 れて、円錐曲線一般を論じ始める。そして、その短さにもかかわらず、メナイクモス、アポロ ニウス、そしてパッポス達による研究と、体系性で一線を画するのである(16)。 ケプラーはまず、五種の図形を挙げる。直線、円、放物線、双曲線、そして楕円である。す べては一平面上で考察され、円錐の平面による切断としての円錐曲線という前提は、度外視さ れる。この図のように、円錐曲線は共通の軸を持つよう、配置される。これらの図形の連続す る変化を、ケプラーはこのように表現する。 幾何学的というより類比的(analogicè)に表現すれば、これらの線の間に、その性質に したがって、次の順序がある。すなわち、直線から始まり、双曲線の無限を経て放物線へ (quod à linea recta per Hyperbolas infinitas in Parabola, ... )、そして楕円の無限を経て円 に至る。なぜなら、すべての双曲線で、もっとも鈍い(obtusissima)〈形状〉のが直線で あり、もっとも尖っている(acutissima)のは放物線である。同様に、すべての楕円でも っとも尖っているのは放物線であり、もっとも鈍いのは円である。こうして、放物線には 一方の側に、二つの、本質的に無限のもの、つまり、双曲線と直線、そして、別の側には、 二つの、有限で自分自身に還るもの、すなわち、楕円と円がある。放物線自身は、中間の 位置を、中間の性格をもちながら、占める。つまり、放物線はやはり無限なのだが、反対 側からの制限を被る。つまり、放物線が拡大すればするほど、自分に平行になっていく。 そして自分の、いわば、腕を、双曲線のように伸ばしていくことをせず、無限に抱擁され ることから逃れ去るのである。より多くの空間を絶えず包み込みながら、求めることは、 絶えず少なくなるのである(non vt Hyperbole expandit, sed contrahit ab infiniti com-plexu, semper plus quidem complectens, at semper minus appetens:... )。双曲線について は、両腕により多くの空間が現に包まれていくほど、より多くを求めていくのである。し たがって、両極は円と直線になる。すなわち、前者は純粋な曲がりであり、後者は純粋な 真っ直ぐさなのである。この間に、双曲線、放物線、楕円がある。そして、真っ直ぐさと 曲がりを分かち持つ。つまり、放物線は二つを同等に、双曲線は真っ直ぐさをより多く、
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楕円は曲がりをより多く。こういった具合で、双曲線は伸ばされればより直線に、つまり、 その漸近線に似てくる。楕円は〈各点が〉その中心から〈楕円の性質の内で、できるだ け〉離れていくにつれ(Ellipsi quò longiùs vltra medium cintinuatur, .. )、円に似てくる。 そして結局、再び〈楕円〉自身と一緒になる(tandemque coit iterum secum ipsa)。放 物線は、中間の位置を占めていて、もし、双曲線と同じ区間を取れば(…acqualibus et interstitiis producantur, .. )、いつもそれより曲がっている。そして、円と直線が両極端を 閉じるのだから、そして、放物線は中間を占めるのだから、直線がすべて相似ならば、円 もすべて相似であり、したがって、放物線もすべて相似である。量において異なるだけで ある。(下線筆者。そして〈 〉は筆者が補った。)(18) このように類比には、「無限」の考えが要になっている。それが最初の引用の下線部、「直線 から始まり、双曲線の無限を経て放物線へ(quod à linea recta per Hyperbolas infinitas in Parabola, .. )」、という表現に現れている。これについて、A.E.L. Davis は、「直線から、無数 の双曲線を通って放物線へ」(下線筆者)と訳す(19)。しかし、ケプラーは「無限」で、図形の
一つの図形は形の変化の「極限」で、他の図形に変わることを、その意味での、形の連続性を 語っていると考えられる(20)。 この直観的な議論で、放物線は円錐曲線群の中間に置かれている。放物線の両隣は、楕円と 双曲線である。放物線が、直円錐から平面によって切り出されるとき、平面は円錐の母線と平 行にしてある。したがって、一つの円錐からは一つの放物線しか作られない。が、ケプラーの 類比による推論は、より一般的で、円錐にかかわらず、放物線はすべて相似、つまり、大きさ を度外視すれば、放物線はただ一つと主張する。 そして、円と直線が両極端を閉じるのだから、そして、放物線は中間を占めるのだから、 直線がすべて相似ならば、円もすべて相似であり、したがって、放物線もすべて相似であ る。 ケプラーが言う結果は正しい。今では簡明な、放物線がすべて相似であることの幾通りもの 証明がある。が、ケプラーの議論は、放物線の母体となる円錐、その頂角の大きさの違いによ る円錐の区別、つまり計量的な区別が、ここで無関係であることを示していない。その点、証 明としては不完全である。このように、ケプラー言うところの「類比的」な推論は、精確な計 量性を目指さない。 そこで、類比的に次のことが言える。直線においては、一対の焦点は(こうして、ただ類 比を満たすために、直線について、慣習に反して語るのだが)、直線そのものと重なる。 そのとき焦点は、円の場合と同じく、一つである。こうして、円では、焦点は、その周囲 からできる限り離れるようにして、ちょうど真ん中にある。楕円ではこの〈周囲からの〉 離れ方が少ない。放物線ではずっと少ない。最後に直線となると、それ自身から最小限、 離れる。つまり、自分に入り込むのである(tandem im recta focus minimum ab ipsa recedit, hoc est, in ipsam incidit.)。つまり、限界の場合である円と直線では、焦点は一緒 になって、前者では〈周囲から〉もっとも距離をとり、後者では、直線にそのまま入り込 む。中間にある放物線では、〔二つの〕焦点は無限に離れており、一方、放物線の両側を 占める楕円と双曲線では、焦点はその働きで対をなし、その距離は限界がある。楕円では その内部にもう一つ〈の焦点〉があり、双曲線の場合は、外部にそれがある。こうして、 すべての面で、説明は反対になっている(21)。 このように、ケプラーの類比的な議論は、図形変化の連続性を追う議論である。科学史家の J.V. フィールドは、「類比的」を論じ、ケプラーが徹底したプラトニストであるとしながら、
こう評価する。ケプラーは、数学的モデルはそれが扱う現象よりも実在的と考えるらしい。が、 『視覚論』で「類比的」の語を使うことを見ると、その関心は物質的な現象にあると思われる。 一つの状態から次の状態への連続的な変化は、自然界の特質だからである。ケプラーは円錐曲 線の性格をも、連続性でもって説明しようとしたらしいが、それは演繹的方法のような明らか な信頼性はない。ともかく、放物線の軸に平行に入射する光線は曲線に反射してすべて、焦点 を通ることがまず、ケプラーの関心であった。数学的対象を扱うことで、類比的な方法は、よ り強力な道具となって、直線の焦点や平行線の交わりといった着想が生まれたのだろう。「ケ プラーはここでは、そして他の場所でも、数学に興味を持つ自然哲学者なのである」(22)。 フィールドが言うように、ケプラーが描く円錐曲線間の連続性は、自然界の連続性という思 想が時代背景にあるとしよう。では、円錐曲線群の連続性と、平行線の無限遠での交わりは、 どのように関係するのだろうか(23)。 交わる平行線 放物線について、一つの焦点 D は、〈円錐の〉切り口の内にある。もう一つの焦点は、切 り口〈放物線〉の内か外かにあり、放物線の軸上にあって、先の焦点から無限の距離、離 れている、そう、想像される(In Prabole vnus D est intra sectionem, alter vel extra vel intra sectionem in axe fingendus est infinito interuallo à priore remotus, .. )。それで、こ の隠れた焦点(caeco foco)から、この切り口上の任意の点 G に引かれた直線、HG か IG は、軸 DK に平行になる。双曲線の場合、その外側の焦点 F は内側の焦点 E に、〈放物線 の場合に比べて〉近い。それによって、双曲線は放物線より平らなのである。さらに、双 曲線の、向かい合う切り口(曲線)の一方に対して、外側にある焦点は、もう一方の曲線 の内側にある、逆も成り立つ(24)。 ここで、「切り口」は、ただ、円錐曲線を成す曲線のことで、これを周とでも言おう。ケプ ラーは、放物線の二つの焦点を言う。放物線に楕円の性質も持たせて、放物線と楕円を連続さ せようとするのである。この二つの焦点は無限に離れていて、点 D でない方の焦点は、放物 線の軸上、放物線の内か外にあるとされる。つまり、D から無限遠の二つの焦点、H と I のど ちらかが、D から真反対の方向にある。これは無限遠点の性質であるとともに、楕円と双曲 線、この二つの図形の連続のために必要である。双曲線では、一つの焦点は放物線の外にある。 ケプラーは視覚への関心から、放物線の光学的な性質を念頭にしている。すると、放物線の 軸と平行に放物線内に光線が入ってくると、鏡でできた周で反射し、焦点 D に向かう。ここ で、この光線は、もう一つの無限遠点である、隠れた焦点からやって来たと考える。楕円では、 一方の焦点から周への光線は、周で反射されて、もう一つの焦点と交わるからである。「それ で、この隠れた焦点から、この切り口上の任意の点 G に引かれた直線、HG か IG は、軸 DK
に平行になる」。このことで、二つの焦点を持つ放物線は、楕円、放物線、そして双曲線の性 質、これらが備わることになる。これを別様に表現すれば、「平行線は無限遠点で交わる」。 こうして、無限遠の二つの焦点は、円錐曲線の連続を可能にする論理的な要請と考えられる。 先に引用した『世界の調和』のなかに、次の言葉があった。 調和の原形が現実となって、心のなかで輝き出ることができるには、調和は知られ得るだ けでなく、知られていなければならない。知られる可能性だけでは、感覚的調和の範型と なるには不十分なのである(下線筆者)。 もし、心が、眼のように機能するものをまったく持たないようなことがあるとすれば、心 は心の外にあるものを知るため、自ら〈眼を〉求め、眼の構造の法則を、自ら描くとおり に要求する筈である。 ケプラーには、心、知性による現実支配、つまり現実は知性のすでに知るところにしたがっ て現れるという、プラトニスムとともに、このように感覚、とくに視覚を、単に知性の影のよ うに扱わず、それを「世界の調和」の一員とする態度が明確である。これでケプラーは、プラ トンから区別される。 私は類比が何よりも好きである。類比は私の忠実な先生であり、自然のすべての隠された 秘密に通じているのである。……そしてどのような主題でもその本質全体を生き生きと目 の前に据えるのである。( ...totamque rei alicuius essentiam luculenter ponunt ob ocu-los.)(25) しかし、ケプラーはその円錐曲線論で、視覚的語彙の多い議論にもかかわらず、連続性を保 証する無限、つまり放物線の二つの焦点を、ただ、論理的要請として仮定する。つまり、ここ で視覚は、はたらいていない。 射影的推論 ……すべての楕円でもっとも尖っているのは放物線であり、もっとも鈍いのは円である。 ……つまり、放物線はやはり無限なのだが、反対側からの制限を被る。つまり、放物線が 拡大すればするほど、自分に平行になっていく(下線筆者)。 ためしに、私が地面に描かれた一つの放物線を、高みから見ているとしよう。放物線は、一 組の平行線に挟まれながら U 字型の曲線の開口部を伸ばしていくが、挟む平行線が、遠く地
平の無限遠で交わるように見えるとき、曲線も閉じていくように見えるはずである。ここで、 平面に無限遠点を加えれば、平行線がこの無限遠で交わると見えるとき、放物線は無限遠で閉 じると見える。つまり、放物線は水平線、すなわち無限遠直線に接する楕円となる。これは、 透視図法にその起源を持つ、射影幾何学的な発想である。 放物線を、次第に二本の直線間の幅を狭めていく平行線によって、挟まれていくように想像 する。この交わる平行線は、平面上に考えられた平行線を、空間のどこからか見ているのであ る。つまり、三次元空間が前提される。 この、放物線を高みから見る話を、計量的にしてみよう。実数空間のなか、放物線を平面上 に描き、その平面に垂直に、かつ、放物線の頂点に接するよう、座標平面を立てる。座標平面 の背後の空間、放物線ののっている平面より上に、x, y, z の座標軸が交わる原点 O を置く。 放物線、座標平面は、この x, y, z の座標で表現される。こうしておいて、この原点と放物線 上の一点 P を結び、この直線と座標平面との交点 Q を作る。これを点 O から点 P への投射と 呼ぼう。投射線は、原点 O から放物線上の点への視線とも表現できる。この投射によって、 放物線の二次式に基づいて、点 Q の描く楕円の二次式が得られる。ここに登場する座標系は、 斉次座標、射影幾何学で使われる座標である(26)。 ケプラーの議論は二次元で済まされる。だから、平行線は先細りにならないのである。「放 物線が拡大すればするほど、自分に平行になっていく」。平行のまま、無限に伸びていくので ある。ここに射影的な発想は見つからない。 「世界の調和」という思想にとって、プラトンとの比較の意味でも、視覚は大きな意味を持 つ。しかし、円錐曲線論の議論に、視点は存在しない。 ケプラーの円錐曲線論は、数学史で、後に射影幾何学の創始者とされるデザルグの議論と比 較される。フィールドも平行線と無限遠点という考え方について、デザルグがケプラーの発想 に触れていた可能性を示唆している(27)。 射影幾何学的座標は、その基本に、視点、視線、そして無限遠点、無限遠の水平線といった、 視覚を象った設定を見出すことができ、そこで無限が幾何学的に意味付けられる。この射影空 間では、さきに見たように、放物線と楕円は区別できない。放物線と双曲線も同様である。ケ プラーの空間では、円錐曲線の連なりは存在するが、これを一つの図形とすることはできない。 そのためには、視点という発想が必要である。 歴史的に見れば、射影幾何学の基本に、透視図法がある。これが、射影幾何学に視点を与え た。この図法を、ピエロ・デッラ・フランチェスカのテキストにしたがって、最後に検討して おく。
F G
B C
A
(De Prospectiva Pingendi より)
第三章 透視図法
『絵画の透視図法論』第十三図
ルネサンスの画家、ピエロ・デッラ・フランチェスカ(1412-1492)の『絵画の透視図法論』 (1460年代、De prospectiva pingendi)は史上最初の、透視図を幾何学的に正しく描くための
指南書である。二冊の手稿本(イタリア語とラテン語)だけで印刷されなかったにも関わらず、 影響は大きく、その多くの図は十六、七世紀を通じて、透視図法の教本によく簡易化されて現 れる。ユークリッド『視覚論』に基づく、この透視図法では、目は一点で表され、視角は最大 90度と前提される。したがって、ピエロがここで描く眼からの直線は、視線とは異なる。 ルネッサンス期の透視図法は以後、三百年ほど、数学や哲学とも関連しながら、絵画や建築 などで洗練を続けながら使われ続けた。そして、写真技術が登場する十九世紀中頃に至るまで、 透視図技法書、理論書が多く著された。絵画、建築術、天文学、そして機械製作法などの発達 のなかで、透視図法は新技術に欠かせない手段となっていたのである。 ピエロの『絵画の透視図法論』は多くの精緻な図を付けているが、ここでその十三番目に当 たる図によって、ピエロの方法を見ておきたい(28)。 図の左端、点 A は画家、つまり私の眼の位置を表す。この A から地面に垂直な直線 FB に 向けて、四本の直線が描かれている。上から AF, AH, AE, AB である。FB は画面を真横から 描いた姿で、その画面は正面にあるとき、正方形 FBCG である。そしてまた、FBCG は、私
の前の地面に横たわっている正方形を、上から描いた図でもある。こう見るとき、AF, AH, AE, AB も上から見られたものになる。この作図は、地面上の FBCG を、私の正面にある画 面に描く方法である。 私は、点 A のように、横から見られた対象でもあり、また、この図に現れていず、こちら 手前から、正方形 FBCG を正面に見ている私でもある。中央の点 A は画面正面に立っている 私が真ん前に見る画面上の点、つまり視点に対応する中心点である。 中心点 A は直線 BA と CA の交点である。BA と CA は平行線であり、画面のこちらから 見て平行線がかなたで、つまり、無限の遠方で交わるようすが描かれている。このような無限 遠点を含む三角形は、ルネサンス以来、透視図法の基本になった。描かれた図が dBCE とな り、これは FBCG と同一の正方形である。 (おおよその描き順はこうである。正方形 FBCG を描く。二点の A を印し、左 A と G, C を 結び、FB と AG、AC との交点を H, E とする。中央の点 A と B, C を結ぶ。左 E から BC に 平行線を引き、AB, AC との交点を d, E とする。この dBCE が求める図である。この理由は 直観的に見て取られるが、六つの三角形、AAC と EEC、CGA と EHA、BCA と DEA、それ ぞれの相似を利用して、その計量的な正しさを示すことも出来る)。 点 A から引かれた直線、AG、AC が、直線 FB と交わる点が H と E であり、これは画面で ある正方形 FBCG との交わりである。中心点 A を頂点とする二等辺三角形 ABC の二辺 AB、 AC と E からの平行線の交わりが d と E であり、dE と HE は長さが等しい。これによって dBCE は正方形 FBCG の透視図となる。このように、透視図は平面図と、一つの平面上で計 量的に関連し合う。 透視図と無限遠の視点 ピエロの図で示されているように、画面である正方形 FBCG という、視線と垂直な実測正 面図と、その透視図、dBCE は、同一平面内で、FBCG の持つ計量的性格を反映するよう、直 線によって関係付けられている。透視図 dBCE は、実測正面図との、この関係によって、実 測図である。計量の方法と視点との位置関係が正面図と異なるだけである。透視図は視点と対 象の、幾何学的な関係を、つまり実在同士の空間関係を平面上で表現している。したがって、 実測の正面図(平面図)と透視図の間に、質の違いはない。視点と対象の特定の関係を、作図 の容易さを念頭に選んで(たとえば垂直視線)、平面図(正面図)と称するのである。 ピエロは、実測正面図(平面図)を基準に据えて対象を計量的に、視点との位置関係におい て描く手順を追っているのである。言い換えれば、正方形の実測正面図が正方形の見えを描く 意図で作成されるのではないのと同様、透視図は対象の見え、現れを描くのではない。透視図 が描くのは人の知覚世界という、実物から区別される主観の世界ではなく、私との関係からし て、空間の特定の位置を占める物そのもの、その実在である。
視点や視線という言葉が誤解を生むときがある。あたかも見えるがままに描くのが、透視図 であると思わせる。そうではなく、物が空間中に存在するがまま、平面に描くのである。視点、 そこからの直線は、実測平面図の計量を他の面に移行するために、使われている。このとき正 面図は、透視図のなかの一図面である。このとき、物の実在とそれが透視図に表現され得るこ とと、これは一つである。 平面図を初め、透視図の図面は、視点との位置関係で成り立つ。物の実在とそれが透視図に 表現され得ることとが同じであるなら、透視図で表現される物は、視点あって初めて物である。 ここで、視点は物の視覚に欠かせないのではない。物の存在に欠かせないのである。ピエロの 第十三図で、画面である正方形 FBCG は平面図であるが、平面図は、視点抜きの図ではない。 視点が無限遠に置かれた図である(29)。 このように、透視図は二次元であるが、空間を前提している。そして、そのなかの視点と平 行線の関係がこの図法の要となっている。現実の視覚がそうであるように、平行線は無限遠で 交わるように、描かれるのである。射影幾何学はこのような基礎を持つ。 一方、ケプラーが、平行線を交わらせる理由は、円錐曲線間での連続性を作り出すためであ る。そしてすべては、平面上の話である。円錐曲線を論ずるケプラーの念頭には、視点や視覚 はないと考えられる。したがって、ケプラーの交わる平行線は、射影幾何学のそれと意味が異 なる。プラトニストとしてケプラーは、幾何学での整合性を追っている。しかし、その視覚を 重んずる思想は、円錐曲線論に反映されていないのだろうか。透視図が、ものの実在を描くの であれば、心が、知性が、視覚を、眼を通して、知性の描くように世界を、実在を見ると考え るケプラーは、円錐曲線論のどこかに、視覚を忍ばせていないだろうか。さらなる追求が必要 と考える。 おわりに ケプラーの円錐曲線論は、無限遠点や交わる平行線という着想によって、後世の幾何学との 関連がよく論じられる。ここで、同じ着想を示すデザルグの射影幾何学との関係が、とくに注 目されるのである。が、透視図に由来する射影幾何学が視覚を、その構成に不可欠とするのに 対し、ケプラーの議論には、論理的要請ということ以外には、無限の要素を語る理由は見いだ せなかった。しかし、ケプラーが調和の世界を語るとき、心、知性だけでなく、感覚が欠かせ ない。ここで視覚が果たす役割は大きい。今回の論文では、円錐曲線に話題を限ったが、この 曲線論の視覚的要素を見出すためには、ケプラーの視覚論も検討に価する。 〔注〕 ⑴ 『プラトン全集』、『メノン』、藤沢令夫訳、81C、岩波書店、1974 ⑵ 同書、83D ⑶ 同書、85B-86A ⑷ 『プラトン全集』、『パイドン』、松永雄二訳、66A、1975
⑸ 同書、79B ⑹ 同書、78D ⑺ 同書、79A ⑻ 同書、78D ⑼ 『プラトン全集』11、『国家』、藤沢令夫訳、517B、C、1976 ⑽ 『アリストテレス全集』12、『形而上学』、出隆訳、987b15-b18、岩波書店、1977 ⑾ 同書、987b19-b22
⑿ The Harmony of the World, trans. E.J. Aiton, A.M. Duncan, J.V. Field, The American Philosophical Society, pp. 303-304, 1997
⒀ Ernst Cassirer, Das Erkenntnisproblem in der Philosophie und Wissenschaft der neueren Zeit, Gesammelte Werke, Band 2, p. 276, Hamburger Ausgabe, 1999
⒁ Springer, p.85, 1991,
⒂ Apollonius of Perga, Conics Books I- III , trans. R.C. Taliaferro, Green Lion Press, 2000, p. 36 ⒃ Gerd Buchdahl, ʻMethodological Aspect of Keplerʼs Theory of Refractionʼ, Studies in History and Philosophy of Science, vol. 3, no. 3, pp. 265-298, 1972. ここに、『視覚論』が光の反射、屈折 を扱う方法や歴史的意義、ケプラーの言う「類比的」の意味が詳論されている。
⒄ Johannes Kepler, Gesammelte Werke 2, Astronomiae Pars Optica, Herausgegeben von Franz Hammer, C. H. Beckʼsche Verlagsbuchhandlung, München, pp. 90-91. 英 訳、Johannes Kepler, Optics, trans. W.H. Donahue, Green Lion Press, 2000. これを参照しながら翻訳した。
⒅ 同書、pp. 90-91
⒆ A.E.L. Davis, “Systems of Conics in Keplerʼs Work”, Kepler-Four Hundred Years, Vistas in Astronomy, vol. 18, Pergamon Press, 1975, p. 679
⒇ J.V. フィールドは、ケプラーの infinitas の語が、indefinite の意味も持つことに注意して、ここ であまり「無限」論に偏らないよう、注意を促している。The Invention of Infinity, Oxford U.P., p. 184, 1997
F Kepler、前掲書、p. 92
G J.V. Field, ʻTwo Mathematical Inventions in Keplerʼs Ad Vitellionem Paralipomenaʻ, Studies in History and Philosophy of Science, vol. 17, no.17, pp. 449-468, 1986. とくに pp. 452-453. この論 文でフィールドは、視覚論の歴史を振り返りながら、ケプラーのプラトニスムが、数学と現実の 緊密な関係、そして数学の応用力を、眼球の探究という現実の場で実証したことを論じている。 H Ernst Cassirer, 前掲書, pp. 169-261 カッシーラーは近代黎明期の自然哲学を、調和、連続性といった思想でもって論じている。こ れを前提に、ケプラーが、そのプラトニスムとの関連のなかで詳論されている。同書、pp. 274-314 I Kepler、前掲書、P. 92 J Kepler、前掲書、P. 92 K George A. Jennings、前掲書、pp. 133-136. ここに、放物線を楕円に移す投射の、計量的方法が 説かれている。斉次座標の方法である。 L J.V. Field, 前掲書, pp. 185-186
M De prospectiva pingendi, Tav. IV IV Ed. Nicco Fasola, Lettere, Firenze, 1984
N この第三章は、2016年11月20日、日本ライプニッツ協会第八回大会での発表原稿に、手を加え たものである。
(たやま れいし 仏教学科) 2019年11月15日受理