119 〈研究ノート〉
イギリス公債史上における三層制度
仙田左千夫
18世紀イギリスにおける公債発行には種々の「心付」(douceur)が与えられた。それは 大量の公債発行による公債市場価格低迷という事態にさいして,鋭意その消化を促進す るための止むをえぬ措置と考えられた。 「心付」の第一かつ最も古い形式は公命発行における富戸方式の導入すなわち追銭公債 そのものである。しかし,「心付」としての意味合いを濃くするのは,それが一定額の無 期債応募にさいし,同時発行になる富籔公債ないしは富籔券の引受優先権付与という形式 ユ) に発展してからのことである。事実J「1720年から1784年にいたる問の公債発行の多くは 2) 富銭となんらかの関連のもとに行われた」。 「心付」の第二の措置は一定額の無期債応募にたいする年金公債の賦与である。それは とぎに有期年金でありときに終身年金であった。 「心付」の第三の手段は同じく一定額の無期債応募にたいする公債元本の付加である。 それは無期債元本ないしは富籔公債元本の無償配布であった。 7年戦争(1756−63)とアメリカ独立戦争(1776−86)は公債残高をいやがうえにも増大 3) させたが,この間にあって心付制度は定着化し,その複雑化が進行する。この傾向はアメ リカ独立戦争中に最:も顕著となり,ついに三種の心付の同時的賦与という形式に発展す る。「三層制度」(Three−tire System)にほかならない。以下において三層制度の形成に いたる具体的経過とその内容を瞥見する。 1) ハーグリーヴスによれぽそれは「富田に参加する権利」である。(Hargreaves, E, L., The National Debt, 1930, p. 62) 2) Morgan, E, V. & W. A. Thomas, The Stocfe Exchange, its Uistory ana Punctions, 1962,p.45.1784年以降,公債発行における富籔的要素は姿を消す。 3)複数の「心付」賦与は1759年度公債からはじまっている。もっともそれは二種類の心付第三形 態の同時的賦与である。すなわち,この年,無期公債・富籔公債の二種類の公債元本が同時に無 償配布された。(Gre1工ier, J・ 」., The Terms of all the Loans,3rd ed.,1812, p.39、)工 両戦争間(1764−1775)における長期債の動向 7年戦争終結以降70年代半ばのアメリカ独立戦争勃発時にいたる10余年の期問は,戦乱 の谷間の小康状態というべくしばしの和平に恵まれた。これを反映してこの間数次の新規 債の発行にもかかわらず償還はこれを上回って,未償還残高は顕著な減少傾向を示した。 この期間における長期債動向に関する特徴は次の通り。 1)新規債の発行は全体として抑制されている。特筆さるべきは1766年以降両3年にわ たる長期債の発行は,その収入の一部が既存残高の償還財源にあてられていることであ る。「その他財源」による支出という形で減債にあてられた。しかし,この繰作は永続し ていない。 2) 「一つの公債」という形式の下で通常無期債と壷中公債とが組合わされ,かつ両者 の関連が明示されている。前者の一定額応募に後者の一定額引受権が付与される。心付第 一形態であって,この期間における心付はこの形式にかぎられている。 3)募集形態については不明の点が多いが,当時の趨勢から推して,多くは40年代から 踏襲されてきたClosed Subscriptionであったと思われる。 4)新規債収入の一部を償還財源にあてることとも関連して償還は意欲的に行われた。 事実,この期間中に約500万ポンドの残高減少を記録している。償還財源は「減債基金」 よりも「その他財源」により多く依存している。後者の内容はケース・バイ・ケースの感 があり必ずしも明らかでないが,主として当該年度の経常財源とみられる。 D (A)長期債の発行状況 1764−1775 1765年 (1)1, 367,669169海軍債・食糧債・交通憤などの短期債の長期債化。3% 無期債。(2)144,33033上記短期債の長期債化に伴う3%無期債。この年度の発行 2) 額合計(1,482,00000)に関する数字合わせ的意味がつよい。 !766年 1,500,000ポンド。〔6Geo.皿.,c.39〕(同年1月15日)による。うち900,000ポン ドは3%コンソル債。600,000ポンドは3%富鍛公債。10ポンド券6万枚にて発売。割増 金の子細は明らかでないが当籔・空輪ともに年利3%(ただし1767年1月5日より)。 募集条件はユ00ポンド応募につき,うち60ポンドは3%コンソル債,のこり40ポンドは 1) “History of the Earlier Years of the Funded Debt, from 1964 to 1786”, British Parl PaPers, Vol LII, 1898, pp 28−30. 2) “History of the Earlier Years of the Funded Debt”., ibid., p 28; Hargreaves, E.,, ;.,, The NationaF Debt, 1930, p, 65.
1764 1765 1766 1767 1768 1769 1770 1771 1772 1773 1774 1775 〈研究ノート〉イギリス公債史上における三層制度 !2ユ 第一表(2−!) 長期債発行額:1764−1775
発行額 長期債化
114,330 3 3 1, soo, oeo 1, 500, OOO 1, geo, ooe 1, 36Z 669 16 9 確定元本額 0 1, 482, OOO 1, 500, OOO 1, 500, OOO 1, goo, oeo o o o o e 6 0 (6, 382, OOO) (“History of the Earlier Years of the Funded Debt, frotn 1694 to 1786”, Parl PaPers, Vol LII, 1898, pp. 28−30. cf 1{argreaves, E. L., The National Debt, 1930, p, 65) 3%富籔公債(富地券4枚)とする。(心付第一形態)。 900, OOOポンド3%コンソル債は7分割払。(15%一5月8E!,10%一6月9日,10%一 7月 15日,15%一8」ヨ15日,15%一 9月15日,15%一10月15日,20%一11月15日)。600,000ポンド富3f£ 公債は3分割払。(25%一6月10日,35%一7月15日.40%一9月15日)。 前者については玉0月13日以前に,後者については7月ユ4日以前に全額払込完了の場合, 支払完了日からそれぞれの最終払込日(11fi 15日, g月15日)にいたる期間について,年率 3%の割合で報労金を・還付する。 募集形態は不明。なお,この公債は1763年度の海軍債の長期債化分(年利4%)3,483,533 ポンドの4分の1すなわち870,88855%の償還財源(その他財源)の一部(307,51518 3) 3妬)に充当された。減債基金と合して支出されている。 1767年 1,500,000ポンド。〔7Geo.皿., c.24〕(同年1月5日)による。うち900, eeOポン ドは3%コンソル債,600,000ポンドは3%富鍛公債。!0ポンド券6万枚にて発売。割増 金の子細は明らかでないが品川・空籔とも年利3%。(ただし1768年1月5日より)。 募集条件はIOOポンド応募につき.うち60ポンドは3%コンソル債,のこり40ポンドは 3%富簸公債(富籔券4枚)とする。(心付第一形態)。 900・000ポンド3%コンソル債は7分割払.(20%一4月2田,10%一5月27日,IO%一6月 3) G;ellier, J J, The Terms of all the 40ans. 3rd ed,, 1812, p. 44,26日,15%一8月27日,15%一 9月25日,15%一10月30日,15%一11月17日)。600,000ポンド3% 富銭公債は4分割払。(5%一4月29日,25%一6月16日,30%一7月28日,40%一9月11日)。前 者については10月27日以前に,後者については7月24日以前に全額払込完了の場合,支払 完了日からそれぞれの最終払込日(11E 17日,9月11日)にいたる期間について年率3%の 割合で報労金を還付する。 募集形態は不明。この公債も前年同様その一部が未償還公債の償還財源にあてられた。 すなわち1763年度海軍債の長期債山分(年利4%)3,483,553ポンドの4分野1相当870, 888 55%の償還財源(その他財源)の一部(442, 49910 11%)に充当された。減債基金と 4) 合して支出されているが金額は前年度と若干異っている。 1768年 1,900,000ポンド。〔8Geo.皿., c.31〕(同年1月5日)による。うち1,300,000ポ ンドtX 3%コンソル皆(利払は同年1月5日より),600,000ポンドは3%坪当公債。10ポン ド券6万枚にて発売。割増金の子細は明らかでないが口銭・空籔ともに年利3%。(ただし 1769年1月5日より)c, 募集条件は95ポンド応募につき,うち65ポンドを3%コンソル債,のこり30ポンドを3 %富盛公債(富郵券3枚)とする。(心付第一形態)。 1,300,000ポンド3%コンソル債は7分割払。(15%一2月18目,10%一4月19日,10%一6 月7日,15%一7月19日,15%一 8月20日,15%一10月21日,20%一11月25日)。600,000ポンド3 %毒心公債は4分割払。(5%一2月18日,25%一5月17目,30%一 6 n 28日,40%一9月8日)。 前者については10月17日以前に,後者については6月25日以前に全額払込完了の場合,払 込完了日からそれぞれの最終払込日(11月25日,9月8日)までの期間について年率5%の 割合で報労金を還付する。 募集形態は不明。この公債の一部もまた未償還残高の償還財源にあてられた。すなわ ち,両二年前からひぎつづきの1763年度海軍債の長期債面分(年利4%)3. 483,553ポンド の2分の1相当,つまり残り全額(1,741,77510 !1)および同じく1763年度無期債(年 利4%)3,500,000ポンドの半額1,750,000ポンドの償還財源の一部に充当された。「その他 財源」の形で減債基金と併用されている。このような減債目的での公債発行はこれが最後 5,) (1ast 1・an)である。 4) Grellier, J. 」., ibid., p. 45. 5) Grellier, J. J., ibid., p. 46.
(B) 1766年 1767年 1768年 〈研究ノート〉イギリス公債史上における三層制度 1) 長期債の償還状況 1764−1775 (1)563,372 7 2(減債基金) (2)307,515 !8 3%(その他財源) 〔5Geo.皿・, c.42〕による1763年度海軍債の長期債化分(3, 384,553 !
の4分の1相当分
z) (償還額合計 870,88855%) (1)428,388 5 6 (減債基金) (2)442,449 10 11%(その他財源) 〔6Geo.皿., c.21〕による同上4分の!相当分 3) (償還鳥合言d” 870,888 5 5%) (1) 1,エ00,066 15 0(減債基金) (2) 641,709 15 11(その他財源) IDJ 〔7Geo.逼., c 26〕による同上2分の1相当分(1,741,77610!!) /3) 105,035 !6 13(減債基金) (4)1,644,964 2 !!(その他財源) 〔7Geo.皿., c.25〕による1763年度4%無期債(3,500,0eO O 相当分(1, 750, OOO O O) (重賞三八頁合言十 3,491,776 10 ⊥1) 1, 750,000 0 0(その他財源) 〔8Geo.皿., c.29〕による同上の残り2分の1相当分 1,500,000 0 0(その他財源) 〔10Geo.抵, c.36〕による1756年度3,5%無期債の全額。 750, 000 0 0(その他財源) 〔11Geo、聾し, c.63〕による南海会社依存儘448.725ポンド. 732,975ポンド,3%Reduced 3!8,300ポンドの合計の2分の1相当分 750, OOO O O(その他財源) 〔!!Geo. IL, c.63〕による同上ののこり2分の!相当分 123 10) 0)の2分の/ 1769年 /771年 1772年 3 % Censols, ユ773年 1) “History of the Earlier Years of the Funded Debt, frem 1694 to 1786”, British Parl・ PaPers, Vol, LII, 1898, pp. 29−31. 2)3)4) ここにおける「その他財源」には,おのおの同年度発行の公債収入の一一L部が当てられて いるQ前項(注)2),3),4)参照Q1774年 500,00000(その他財源) 〔14Geo。亜., c.76〕による南海会社依存債181,350ポンド,3%Consols・ 187,ユ75ポンド,3%Reduced 132,475ポンドの合計の2分の1相当分 1775年 (1)500,00000(その他財源) 〔!4Geo.皿・, c.76〕による同上ののこり2分の1相当分 (2)500, OOO O O(その他財源) 〔15Geo.皿., c.41〕による南海会社依存債329,200ポンド,3%Consols. 424,500ポンド,3%Reduced 246. 300ポンドの合計の2分の1相当分 (償還額合計 1,000,000 0 0) (1776年 500,0GO O O(その他財源) 〔15Geo.皿., c.41〕による同上ののこり2分の1相当分) 第一表(2−2) 長期債償還額:1764−1775 (1763 1764 1765 1766 1767 1768 1769 1770 1771 1772 1773 1774 1775 減債基金 563,372 7 2 428,388 5 6 1, 100, 066 15 O le5, 035 16 13 その他財源 307,515 18 3」6 442, 499 19 11P6 614, 709 15 11 1, 644, 964 2 11 1, 750, OOO 1, 500, OOO 750, OOO 7so, oee 500, OOO soo, ooe soo, oeo
償還合計
870,888 5 5」6 870,888 5 5JEI 3, 491, 776 le H 1, 7so, eoo o 1, seo, oeo 7so, eoo 7so, goo soo, eoo 1, ooo, ooe (11, 483, 553 10 11) 米償還残高 128, 564, 807 17 2%) 128, 564, 807 17 2% 130, 046, 807 17 2% 130, 675, 919 11 9% 131,305,e31 6 3% 129,713, 254 15 4% 127, 963, 254 15 4%, 127, 963, 254 15 4% 126, 463, 254 15 4% 125, 713, 254 15 4% 124, 963, 254 15 4% 124,463, 254 15 4% 123, 463, 254 15 4% (“Hi・story of the Earlier Years of the Funded Debt, from 1694 to 1786”, Parl PaPers, VG1. LII,1898, pp 29−31,償還合計11,483,5531G 11. Hargreaves, E L, The National Debt,193G, p.65のかかげる11,443,553と40, OOOポンドの差あり。) 工[ アメリカ独立戦争期(1776−1786)における・長期債の動向 アメリカ独立戦争は空前の戦費を必要とし,これがため巨額の公債が発行された。主た る特徴以下の通り。〈研究ノート〉イギリス公債史上における三層制度 125 /)遂年発行額が累増し,これが消化のため,常時複数の「心付」が行われた。とく に1781年以降心付制度の内容が複雑化する。とりわけ多額の元本付加(心付’第三形態) が特徴的であって,発行額と確定元本額との間に大きな開きがある。(第二表(2−1)参照)。 2) この期間における心付第一形態は特異な構造をもっている。面諭引受優先権付与の 実態に変りないが内容に変化がある。1776年度は従来通り富銭公債(L・ttery L・an)の付 与であるが,それ以降はすべて富浜券(L・ttery Ticket)の付与である。それゆえ,未償 還公債残高に加算されない。 3)いわゆる「三層制度」(Three−tire System)1ま1782,1783,1784の両3年にわたり 実現している。 4) 戦争終結期,多額の短期債の長期債化が行われ未償還公債残高に加算された。留意 すべきは長期債化に関しても元本付加すなわち心付第三形態が適用されていることであ る。 5)募集形態は多くの場合,40年代から踏襲されてきたClosed Subscription第一形態す なわち個人別割当制度によっているが,応募人員の増加に伴い,割当をめぐる不正腐敗が 露見して批判の対象となる。1782年以降,この欠点を克服しこれに代るものとしてClosed Subscription第二形態と称すべき「公債請負制度」(L・an C・ntracting System)への移行 1) が試みられ,漸次,これが定着化する。この手法は90年代へと発展的に継承されてゆく。 1)募集形態をめぐる各論者の認識は必ずしも一致していない。フランシスは「これまでに三つ の方法が存在した」として個人的割当制度,Open Subscription, Close Subscriptionをあ げている。(Francis,」., Chronicies and Characters of tize Stocrei Exchσnge,1851, p. 172) コベットは同じく三つの方法が採用されたとして縄入別割当制度,Open Subscription, Close Subscriptionを列挙しており,フランシスと同一の認識である。(Cobbet’s Parlinwm− entaγジElli st ofy, Vol. XXII, pp.1056−57)ビネイは「起債には三つの方法が採i用された」 としてOpen Subscription,個人別割当制度, Close Subscrlptionを指摘している。(Binney, J. E D., British Public Finance and Admintstration, 1774−92, 19ss, p. loo,) ここで三つのことを留意しておきたい。(1)歴史的発展の順序からいってビネイの指摘が正し い。(2)三者ともClose Subscriptionなるまi現をとっているが,われわれはサザーランドやデ ィクソソにしたがってC工osed Subscr圭ptionなる用語を使用する。(ex. Sutheriand, L. S., ‘CSamson Gideon and the Redution of lnt’erest, 1747−5e”, Econonzic Uistory Review, Vol. XVI, 1946, pp. 15−29; ditto, “Samson Gideon: E:, ghteenth Century Jewish Fina− ncier”,Transaction of thθノilwisk・Ellistorical Soc∫ety ofEngland”, Vol. XVII, Session lgsl−52, pp. 79−90; Dickson, P. Gi M一, The “Financial Revolution in England, lg6Z p286.)③ 三者とも個人別割当制度に関幽しているが,とくにこの方法に名称を与えている わけではない。しかしこれは1740年代から採用されてきたいわゆるClosed Subscriptionであ る。
以上のことを念頭においたうえでわれわれの所見を整理しておく。 募集形態は三種であり,歴史的事実は以下の発展順序を追うている。 (1) Open Subscrlption 「誰でも直接的に応募することができ,応募金額の一部を前もってイングランド銀行に供託す る方法」(Binney, J. E. D., ibid., p.100.)である。コベットもほぼ同様の定義を与えている。 (Cobbet’s Parliamentary Histo7ヅ,弼d., p. le57.)サザーラソドはいう。「Open Subscr− iptionとは発行条件が合意されると応募せんとするすべての人に応募;者台帳を開いておく(the books would lie open for anyone who wished to subscribe)方式である」。(Sutherland, L.S.,“Samson Gideon and the Reduction of Interest”., ibid., p.20)いわゆる公募形態 である。 この方法は公債発行の初期段階において,すなわち応募者に終身年金が付与された段階に採用 されたが,18世紀イギリスにおいては実情にそぐわぬものとして採用が見合わされたQ主にマ ス・メディアの不足,近代的公祉債市場の欠如のゆえ等による。1740年代にバーナード(Sir John Barnard)の発議により,一時,復活採用されたが所期の効果を挙げえなかった。だがコ ベットはいう。「ノースはこの方法(Open Subscription)カミClose Subscription(ときの実態 はLoan Contracting System)におけるごとき社会の苦悩を利用して法外な利子や心付を要求 する人達の無法を制限しうる適切な手段であることを認めていた」(Cobbet’s Parliamentary Eilistory, ibid., p. 1057.) (2)Closed Subscription第一形態一個入別割当制度 「貸馬金額を付した私的個人(private individuals)の申込(offers)に任せる方法である」。 (Francis,」, ibid,, p.172.)「個々人によるおのおのの引受額申込を非公式に受理する方法であ る」。(Cobbet’s Parliamentary History, ibid., p.1056.)「貸上げの用意ある若干の個人(a number of indiViduals)カミ非公式に応募額を付して申込を行う方法である」。(Binney,」. R D., ibid., p. loo.) この方法は具体的にはGovernment Gontractorと称せられる少類の有力者(下院議員・金 融業者・有力商人など)が政府の求めに応じて参集し,政府との間で公債発行の諸条件を協議 し,おのおのの組織した予定応募者リストと消化能力を勘案して責任請負額を分担する。(ci Sutherland, L. S,, “Samson Gideon: Eighteenth Century Jewish Financier”., ibid,, p. 82; ditto, “Samson Gideon and the Reduction of lnterest”, ibid., p. 19; Dickson, P. G. M., The Financial Revolzttion in England, ibid. p. 286.) この方法は政府と応募者との間に契約をめぐっての交渉の余地を残すものであるが,応募者間 に公債を割当てる権限と責任は国庫(Treasury)に残される。 歴史的には1740年代から採用されてきたが,応募者(Contractorをふくむ)が少数の場合は 比較的問題は少いが,慈募者が多数にのぼり申込額が募集金額を上回る如きいわゆる過剰応募の 現象が生ずると割当をめぐっての不正・腐敗・不公正が生じ易い。事実,1780年代になるとこの 方法によって「ノースは1人の味:方を作るとしても,同職こ20人の敵を作る」(Cobbet’s Pαrl− iamentary Ellistory, ibid., p.1056.)と評された。1780年には割当の不正をめぐって首相ノー スに攻撃が集中し,かつ「国会議員の多くが賄賂で買収され逮捕された」。(Francis, J.,乃鉱, p. 172.) この方法に関しフランシスもコベットもビネイも特別の名称を与えていない。サザーラソドや ディクソンは明確にClosed Subscriptionとのべている。われわれもまた「非公式」かつ比較 的「少人数」での契約という点に留意して後者の定義を根拠あるものとするが,80年代以降の改 良形態と区別してその第一形態ないしは個人別割当制度と呼びたい。
〈研究ノート〉イギリス公債史上における三層制度 127 6)償還は1776年度(前年度からの継続案件)のものを除き,戦時中は一度も行われてい ない。それゆえこの10力年間に未償還残高はほぼ倍増した。戦争終結の年66万ポンド余が 償還されたが,これはピットの新減債基金によるものである。 ㈹長期債の発行状況 1776−1786 1776年 2,150. OOOポンド。法律(16 Geo.皿., c.34〕による。募集元本2,000,000ポン 1776 1777 1778 1779 1780 1781 発 行 額 2, OOO, OOO s, eoo, ooo 6, OOO, OOO z ooo, ooo 12, eoo, ooo 12, eoo, ooo 1782 13, 500, OOO 1783 12, OOO, OOO 1784 tt 1785 1786 Tota1 6, OOO, OOO 第二表(2−1) 長期債発行額:1776−1786 長期債化 6, 397, OOe 9, 865, 941 18 4 確定元本額 2, 150, OOO 5, OOO, OOO 6, OOO, OOO 7, OOO, OOO 12, OOO, OOO 21, ooo, ooe 20, 250, OOO ls, ooe, oeo 8, 998, OOO 6, 879, 341 19 6 10,990,651 10 4 年 利 額 64, 500( 3 %) 200, OOO( 4 %) 180, OOO( 3 %) 210, OOO( 3 %) 4so, eoo( 4 %) 540, OOO( 3 %) 120, OOO( 4 %. ) 405, OOO( 3 raO ) 270, OOO( 4 %) 360, OOO( 3 %) 120, eoo(4 :06) 180, OOO( 3 %) 119, 920( 4 %) 343, 967( 5 %) 549, 533( 5 %o) 0 75,500,eeO 16,262,941 18 4 91, 762, 941 18 4 115, 267, 993 9 10 4, 142, 920 年金額 25, OOO 150, OOO 262, 500 21, 750 118, 125 80, OOO 16, 5eO 673, 875 (“History of the Earlier Years of the Funded Debt, from 1694 to 1786”, Parl. PaPers, Vol, LII, 1898, pp. 30−33; Fairman, W,, An Account of the 1)ublic Funds, 1824, p. 193; El!iott, J., The Funding SNstem of [fnited State and of Great Britain, 1845, p. 1216; Hargreaves, E. L., The IVati,oreal Debt, 1930, p. 65.) (3)Closed Subscription第二形態一公債請負制度(Loan Contracting System) 「少人数(with a few)によるClose Subscriptionである」。(Fra・ユcls,」., ibid., p.172.) 「発行額の大部分または全部をごく少数(avery small number of persons)に割当る方法で ありClose Subscriptionである」(Binney、」. E. D., ibid., p.103.)「(第二の方法が)受けが らな中傷からのがれるため,同時に不便さからも解放されるために採用された方法」であって 「二つの異るパーティによる入札を行わしめる。二つのパーtティは互に他の申込条件(offers) を知らない」o(Cobbet’s Parliamenta7y U’istory, ib∫d., p.1058.) 三者ともこの形態をのみClose Subscriptionと呼んでいる。この中,コベットのものが最:も 明瞭にこの方法の特徴を表現している。二つの,したがって複数のパーティ(引受シンジケー ト)の問の競合を前提とするものである。1782年,ノースによってはじめて試みられそのこ後 継者(フォックス,ピット)によって改良が加えられ「1783∼84年にかけて完成させられた」 (Binney, J. E. D., ibid., p.103.)とされる。その後の推移はパ■・一・ティが二つに限らないことを 示している。r少数の複数{と評するのが正しい。引受シンジケートによる公債請負制度(Loan Contracting System)でありClosed Subscription第二形態と呼称したい。
ド。うち1,400,000ポンドは3%コンソル債(利払は同年4月5日より)。600,000ポンドは3 %富田公債。10ポンド券6万枚にて発売(利払は1775年1月5日置り)。 募集条件は (1)100ポンド応募につぎ,うち70ポンドは3%コンソル債,のこり30ポ ンドは富籔公債(10ポンド券3枚)とする。(心付第一形態)。 (2)70ポンドの3%コンソ ル債に関してはさらに7ポンド10シリングの元本を付加し,3%コンソル債として加算す る。この合計150,000ポンド。(心付第三形態)。かくて確定元本総額2,150,000ポンド。要 する1=100ポンドの応募払込は107.5ポンドと同義となる。 1,400, OOOポンド3%コンソル債は6分割払。(15%一即時,15%一5月20日,20%一6月28 日,15%一7E31日,15%一9月10日,20%一10月24日)。600,000ポンド富籔公債は4分割払。 (15%一即時,25%一6月14日,30%一8月10日,30%一1G月3日)。前者については9月7日以 前に,後者については8月8日以前に全額払込完了の場合,払込完了日からそれぞれの最 終払込日(10月24日, 10月3日)にいたる期問について年率3%の割合で報労金を還付する。 1) 募集形態については詳かでない。 1777年 5,000,000ポンド。法律〔17Geo.皿., c 46)による4%コンソル債(利払は同年 4月5日より)。イングランド銀行取扱い最初の4%コンソル債であって,少くも向う10ケ 年間は償還しないものとされた。 募集条件は (1>100ポンド応募につき同じく4月5日より年額10シリングの年金公債 (10年満期)を付与する。創出年金額25,000ポンド。(心付第二形態)。(2)加えて100ポン ド応募につき10ポンド富籔券1枚の取得権を付与する。5万枚すなわち500,000ポンド。 (心付第一形態)。 この年度の(およびこれ以降の)富籔券はこれまでのような「一つの公債」の「一部」 としてではなく,別枠かつ独立に発行された。払込は4分割(15%一 5月23日,25%一7月10 日,30%一 8 fi 28日,30%一10月7日)で行われたが,元本確定措置を講ずることなく,収入 2) のすべてが報賞金として還元されたので未償還残高に累加されたのではない。5, OOO,000 1) Grellier, J, J, The Terms of all the Loans, 3rd ed., 1812, p, 47; EIIiott, J., The Funding Systenz of The United States and of Great Britain, 1845, p. 1216. 2) この年度(1777年)にはじまるアメリカ独立戦争中の「富籔公債」 (1777年から1784年にいた る間,8回発行。総額3,675,000ポンド)は,いわゆる富籔(Lottery)ないし富籔券(Lottery ticket, a ticket in a Lottery)であって,富籔公債(Lottery Loan, Loan on a Lottery)では ない。分割払込方式を採用しているからこの限りでは富山公贋と同義であるが,「富籔券元本確 定措置」(funding tickets in stock)(Dickson, P. G. M., The Financial Revolntion in England,1967, pp.218−20.)を講ずるものではなかったから富籔公債ではない。また,これ
〈研究ノート〉イギリス公債史上における三層制度 129 ポンド4%コンソル債は6分割払。(15%一5月23日,15%一 6月30日,15%一 7 fi 29日,20% 一9月5日,15%一10月29日,20%一12月1日)。前者については8月27日以前に,後者につい ては即時または10月27日以前に全額払込完了の場合,前納金に関し払込当日からそれぞれ の最終払込日(10月7日,12E 1日)にいたる期間について年率3%の割合で報労金を還付 する。 3) 募集形態は明らかでない。 1778年越6, OOO, OOOポンド。法律〔!8 Geo.皿., c.22〕による3%コンソル債。 募;集条件は (1)100ポンドにつき年額2ポンド10シリングの有期年金公債(30年満期) ないしは終身年金公債のいずれかを選択せしめて付加する。創出年金額は前者によるもの 147,150ポンド7シリング,後者によるもの2,849ポンド13シリング。合計150,000ポンド。 (心付第二形態)。(2)さらに500ポンド応募にたいし10ポンド富籔券4枚の優先取得権を 付与。合計480,000ポンド。この二二券は5分割払(15%一3月17目,20%一4月28目,20% 一7月3目,20%一8月25日,25%一10月9日)。元本確定措置を講ずることなく,すべて報賞 による収入金の「すべては報賞金として分配された」(whole of which was distributed into prizes)(Grellier、 J. J., ibid,, p.48, p.49. p.50. etc)のであるから,いわゆる債権・債務 関係を生ずる性格のものではなかった。それゆえ未償還残高に累加されることはなかった。当籔 に関する割増金は空籔による収入分が当てられたものと思われる。 エリオットは当初からかかる富籔券の存在を考慮に入れていない。(Elliott, L, ibid,, p. 1216.) ファイアマンの取扱いも同様である。(Fairman, W., An Account of the Public Fzands,1824, p. 193,) これに反してハミルトンはこれらの事情を考慮せず, いわゆる富籔公債として,旧年,確定元本高に累加計 上している。(付表参照)。それゆえ,各年度未の未償 還残高合計は,この分だけ増大しなければならない。 しかるにハミルトンはこの数字に関してはBritish Parliamentaro・PaPers trこおけるそれと同一のもの を掲げている。 (たとえば,1786年度未の残高合計は ともに238,231,248ポンドである。 (Hamilton, R., An fnquiry concerning the Rzse and Progress, the RedemPtion and Present State, and the JY4anagement of the National Debt of Great Britain, 1813, p. 73; “History of the Earlier Years of the Funded Debt, from 1694 to 1786”, Parl. PaPeγs, Vol. LII,1898, p。33.)ハミルトン の取扱いは首尾一貫しているとはいえない。 3) Grellier,工J., ibid., p.48. (付表)長期債発行額:1776−1784 ρ07
77
7711
1778 1779 1780 1781 1782 1783 1784 Total発行額
2, OOO, OOU 5, OOO, OOO soo, ooe 6, OOO, OOO 480, OOO 7, OOO, OOO 490, OOO 12, OOO, OOO 480, OOO 12, ooo, oeo 480, OOO 13, 500, OOO 405, OOO 12, OOO, OOO 480, OOO 6, oeo, eoo 360, OOO 79, 175, OOO 確定元本額 2, 150, OOO 5, OOO, OOO 500, OOO 6, OOO, OOO 480, OOO 7, OOO, OOO 490, OOO 12, ooo, oeo 480, OOO 12, ooo, oeo 480, OOO 2e, 2so, ooo 405, OOO ls, ooo, eoo 480, OOO g, ooo, ooe 360, OOO 101, 075, OOO (Hamilton, R., ibid,, pp. 71−72.)金として還付されたので未償還残高に加算されることはない。(心付第一形態)。 6,000,000ポンド3%コンソル債は9分割払。(10%一3月17日,10%一4月14日,15%一 5 月19日,10%一6月23日,15%一 8月4日,10%一9月15日,10%一10月23日,10%一11月20日,10 %一一12月18日)。前者については8月21日以前に,後者については1!月17日以前に全額払込 完了の場合,おのおのその最終払込日(10ft 9目,12月18日)にいたる期間について,年率 4) 3%の割合で報労金を還付する。 募集形態はClosed Subscription第一形態。すなわち40年代から50年代にわたって踏襲 されてきた個人別割当制度である。この場合,応募者(applicants)は240人にすぎなかっ 5) たので混乱を生ずることなく政府の割当作業は順調に進捗した。 1779年 7,000,000ポンド。法律〔19Geo.皿., c.18〕による3%コンソル債。 募集条件は (1)100ポンド応募にたいし年額3ポンド!5シリングの有期年金(29年満 期)ないしは終身年金のいずれかを選択せしめて付加する。創出年金額は前者によるもの 5,318ポンド!8シリング7ペンス。後者によるもの257,181ポンド!シリング5ペンス。合 計262,500ポンド。半年毎国庫にて支払。(心付第二形態)。(2)さらに1,000ポンド応募に たいし10ポンド富籔券7枚の引受権を付与。合計490,000ポンド。(心付第一形態)。この 出品券は5分割払。(15%一3月2日,20%一4月9目,25%一 5 E7日,20%一 6月1日,20% 一10fi 8日)。収入はすべて報賞金として還元されたので未償還残高に加わらない。 7, OOO,000ポンド3%コンソル債は8分割払。(15%一3月2日,10%一4月23日,15%一5 月28日,10%一 6月25日,15%7月23日,15%一 8ft 27日,10%一10」ヨ22日,10%o 一11月 19日)。 前 者については6月8日以前に,後者については10月19日以前に全額払込完了の場合,払込 日からおのおのの最終払込日(10月8日,11月19日)にいたる期問について年率3%の割合 6) で報労金を還付する。 募集形態はClosed Subscription第一形態すなわち個人別割当制度によったが,応募者 7) は600期目多数にのぼり混乱を生じた。子細はさだかでないが,全体として応募条件や割 当をめぐる政府との交渉は応募者側の主導の下に行われた。ハーグリーヴスは書いてい 4) GreUier, J.工, ibi(i,, p.49. 5) Binney, J. E. D., British Public Finance and Administration, 1774−92, 1958, p. 101; Francis J,, Chronicles and Characters of the Stock Exckange, 1851, p, 131. 6) Grellier, J. J., ibid., p. 50; Morgan, E. V. & W. A. Thomas, Tke Stocle Exchange, Its History and Functions, 1962, p. 45. 7) Francis,工, ibid,, p,131.
〈研究ノート〉イギリス公債史上における三層制度 131 る。「ノースは予算演説において自分が公債請負人のなすがままであった事実を明らかに した。かれはいっそう公正な契約をえようと試みたが無駄であった。かくて当初の請負人 の条件に応ぜざるをえなかった。“何故なら私はこれ以上のことをなしえなかったのであ 8)る”。かれは結局この請負制度を擁護したのである」。 1780年 12,000,000ポンド。法律〔20Geo. M., c,16〕による4%コンソル債。(1777年度 発行の4%コンソル債と合体させる)D 募集条件は (1)100ポンド応募にたいし年額1ポンド16シリング3ペンスの長期年金 (80年満期)を付与。創出年金額21,750ポンド。(心付第二形態)。(2)さらに 1,0QOポン ド応募にたいし10ポンド富鍛券4枚の引受権を付与。48,000枚,480, OOOポンド。5分割 払。(15%一3月11日,20%一 5月12日,25%一7月4日,2D%一9月12日,20tao 一10月10日)。(心 付第一形態)。この乱臣券も収入はすべて報賞金として還元されたので未償還残高に加わ らない。 12.000,000ポンド4%コンソル境は9分割払。(15%一3月11日,10%一4月28日,10%一 5月20日,10%一6月23日,10%一 7月28日,15%一8月29日,10%一9月26日,10%一10月24日, 10%一11月24日)。前者については9月11日以前に,後者については10月23日以前に全額払 込完了の場合,払込日よりおのおのの最終払込日(10月10日,11月24日)にいたる期間にっ 9) いて年率3%の割合で報労金を還付する。 ユ。) 募集形態はClosed Subscription第一形態。応募人数ぱ1,100名。ハーグリーヴスはい う。「ノースは公債請負人への依存を公に認めた。……“事実,必要とする借入額は巨額 であった。私は借手であり金融業老は貸手である。それゆえ結果として後者が勝利を得 11) た”」と。 178!年 21,000,000ポンド 法律〔21Geo 1『, c.4〕による募集元本!2, 000,000ポンド の3%コンソル債。 募集条件は,(1)100ポンド応募につき3%債50ポンド.4%債25ポンドをそれぞれ元本 付加する。100ポンドの払込みは175ポンド1こ相当する。前者による付加元本額6, OOO,000 ポンド,後老によるそれは3,000,000ポンド。かくて総確定元本21,000, OOOポンド。(心付 第三形態)。(2)さらに1,000ポンド応募にたいし10ポンド富籔券4枚目引受権を付’与。 8) Hargreaves, E. L., The National Debt, 1930, p. 67. 9) Grellier, J. J., ibid., p. 56. 10) Francis, ,J, ibid. p. 131. 11) Hargreaves, E. L, ibid., p, 68; Francis, 」., ibid., p. 171.
48,000枚。480, OOOポンド。5分割払。(15%一 3月15日,20%一5月11日,25%一7月10日,20 %一9月11日,20%一10月9日)。(心付第一形態)。この富籔券も元本確定措置を講ずること なく,収入のすべてが報賞金として還元されたので未償還残高に加算されない。 12, OOO. OOOポンド3%コンソル債は9分割払。(15%一3月15日,10%一4月27日, le%一 5 月18日,10%一6月14日,10%一7月24日,15%一 8月21日,10%一9月18日,10%一10月23日,10 %一11月23目)。前者については9月10日以前に,後者については10月22日以前に全額払込 完了の場合,払込完了日よりおのおのの最終払込日(10月g日,11月23目)にいたる期間に 12) ついて年率3%の割合で報労金を還付する。 募集形態はClosed Subscription第一形態すなわち個人別割当制度である。1,600人の 13) 応募があり政府の割当作業は迅速を欠いた。ために不公正の諺と疑心を惹起した。これに 関してコベット議会史はつぎのようにかいている。「コントラクターのアトキンソン氏 (Mr. Atkinson)がパートナーのムール氏(Mr. Mure)と二人で330万ポンドを引受け 14) た。これはscandalOusであった」と。さらにこれについてノースは議会での質問にたい し「アトキンソン氏が330万ポンドを自ら所有したことは信じられないことである。良識 15) ある人々は分相応の割当を得ている」として批判的言辞をかくしていない。ハーグリーヴ スはかかるノースの立場を語っている。「ノースはここでも公債請負員に譲歩せざるをえ 16) なかったことをみとめた」と。ノース自身もさらに告白せざるをえなかった。「この取引 17) に関して私はあまり条件がよすぎると感じた。そして私はこの取引を遺憾に思っている」。 フランシスも指摘している。「1781年目ノース卿は不器用な仕方で(in a bungling manner) 18) 悪名高き契約(an infamous bargain)を結んだ」と。 1782年 20,250,000ポンド。法律(22Geo.皿., c.8〕による募集元本ユ3,500,000ポンド の3%コンソル債。 募集条件は (1)100ポンド応募につき4%債50ポンドの元本付加。100ポンドの払込は 150ポンドと同義となる。この元本付加分6,750,000ポンド。確定元本総額20,250,000ポン ド。(心付第三形態)。(2)さらに100ポンド応募につき年額17シリング6ペンスの長期年 12) Grellier, J, J., p. 52; Hargreaves, E. L., ibid., 66. 13) Binney, J. E. D., ibid., pp. 101−02; Francis, J,, ibid. p. 131. 14) 15) Cobbett’s Parliamentary L17istory, Vol. XXI, 1781, p. 1341. 16) Hargreaves, E. L., ibid., p. 68. 17) Hargreaves, E. L., ibid., p. 70, footnote (20). 18) Francis, J,ibid,, p, 171.
〈研究ノート〉イギリス公債史上における三層制度 133 金(78年満期)を付加。創出年金額118,125ポンド(心付第二形態)。(3)加えて1,000ポ ンド応募にたいし10ポンド富籔券3枚の引受権を付与。総額405,000ポンド。5分割払。 (15%一即時,20%一5月28日,25%一 7月9日,20%一 9月10日,25%一10月11日)。(心付第一 形態)。この富銭券も元本確定措置を講ずることなくすべて報賞金として還元されたので 富籔公債として未償還残高に加算されない。 13, 500,000ポンド3%コンソル債は9分割払。(15%一即時,10%一4月12日,10%一 5 H 7 日,10%一6月13日,10%一7月19日,15%一8月22日,10%一9月20日,10Ae 一10fi 24日,10%一 11fi 26日)。前者については9月8日以前に,後者については10月30日以前に全額払込完了 の場合,払込完了日よりおのおのの最終払込日(10月11日,11月26日)にいたる期間につい 19) て年率3%の割合で報労金を還付する。 この公債発行は三層制度の弓形である。 募集形態はノースによって改良が試みられたClosed Subscription第:二形態すなわち 「公績請負制度」(Loan Contracting System)である。複数の請負シンジケーFに競合さ せる方法であるが,未だ模索段階にとどまっている。この場合,二つのシンジケートが相 20) 競ったとされるが名称すらさだかでなく子細は不明である。改良がどの程度に奏功したか 判断の材料に乏しいが,フランシスは前年度の契約と対比しながら「ノース卿は悪名高き 21)仕方で(in an infam・us manner)不器用な契約(a bungling bargain)をとりかわした」と 酷評している。 !783年 15,000,000ポンド。法律〔23Geo.皿., c,35〕による募集元本12,000,000ポンド の3%コンソル債。 募集条件は (1)100ポンド応募にたいし4%債25ポンドの元本付加。100ポンドの払込 は125ポンドに相当する。この元本付加分3,000,000ポンド。確定元本総額15,000,000ポン ド。(心付第三形態)。② 加えて!00ポンド応募につぎ年額13シリング4ペンスの長期年 金(77年満期)を付加。創出年金額80,000ポンド。(心付第二形態)。(3)さらに!,000ポン ド応募について/0ポンド富山券4枚の引受権を付与。48,000枚。480,000ポンド。5分割 払。(15%一即時,20%o−6月3日,25%一 7 fi 11日,20Yo 一 9月9日,20%一10月3日)。この富 籔券も元本確定措置を講ずることなく.すべて報賞金として還元さたたので富籔公債とし 19) Grellier, J. J,, ibid,, p, 53; Hargreaves, E, L., ibid,, p. 66. 20) Binney, J. E. D., ibid., p. 103; Cobbett’s Parliamentary ,Ei7istory, Vol. XXII, 17s2, p 1057. 21) Francis, J., ibid., p. 171.
て未償還残高に加算されない。(心付as一一形態)。 12,000.000ポンド3%コンソル債は8分割払。(15%一即時,10%一5月30日,15%一6月27 日,10%一7月29日,15%,一8月29日,10%一9月26日,15%一10月31目,10%一12月5日)。前者 については9月8日以前に,後者については10月30日以前に全額払込完了の場合.払込完 了日よりおのおのの最終払込日(10月3日,12月5日)にいたる期間について年率3%の割 22) 合で報労金を還付する。 この公債発行も三層制度の典形である。 募集形態は改良への模索第二年目に当る。すなわちCIQsed Subscription第一形態を改 革し第二形態への移行過渡期に当っている。しかし,前年度に着手された大規模引受シン ジケートによる「競合」を発展させる方向はとられず,ノース,フォックス共同指導のも と蔵相キャベンディシュ(Lord John Cavendish)カミ割当事務一切を統括するという中央集 権的手法が採用された。その結果,まず12, OOO,000ポンドの大半におよぶ7,700,000ポン ドが彼と関係の密であった11名の銀行家集団に一括して割当てられた。この点についてと くにフランシスは「全体のやり方があまりにも恥ずべきものであったのでキャベンディシ Z3) ユ卿は取り決められた条件について(議会で)弁明することを余儀なくされた」といって いる。さらに2,200,000ポンドが彼とは余り関係の深くないロンドンの他の銀行家集団に 割当てられ,1,300,000ポンドが巨大貿易会社に,90,000ポンドが官庁役人(官僚)に配分 24) された。残余の710,000ポンドが他の応募者間に割当てられた。 割当をうけたものの氏名・名称など明らかでない。割当をめぐる不正・不公平の弊が克 服されたか否か。フランシスの前言は否定的な響をもつように思われる。 1784年 (1)8, 998,000ポγド。法律〔24Geo.皿., c.10〕による;募集元本6,000. OOOポン ドの3%コンソル債。 募集条件は (1)100ポンド応募にたいし4%債50ポンドの元本付加。100ポンドの払込 は150ポンドに相当する。ただし40組(4,000ポンド)についてはこの応募契約のみ成立せ ず。成立した59,960組に関しての付加元本総額は2,998,000ポンド。したがって確定元本 総額は8,998,000ポンド。(心付第三形態)。(2)加えて100ポンド応募にたいし年額5シ リング6ペンスの長期年金(75,5年満期)を付加。創出年金額16,5QOポンド。(心付第二形 22) Grellier, J. J., ibid., p. 54. 2?) Franci s J, ibid., p. 172; Binney, J E, D, ibid., p 103. ?.4) ( obbett’s Parliamentary llistory, Vol. XXIII, 1783, pp. 769−776, esp. p. 772,
〈研究ノート〉イギリス公債史上における三層制度 135 態)。(3)さらに1,000ポンド応募にたいし10ポンド富籔券6枚の引受権を付与。36,000 枚。360,000ポンド。4分割払。(15%一即時,25%一8月20日,3090一 9 H 24日,30%一10月2工 日)。(心付第一形態)。この富籔券も元本確定措置をとることなく収入金のすべてが報賞 金として還元されたので未償還残高に加算されたのではない。 6,000,000ポンド3%コンソル債は6分割払。(15%一即時,15%一8月16日,15%一9月17 日,201do 一10A 27日,20%一12月 7目,15%一八1785年1月20日)。前者については9月23日以前 に,後者については!2月6日以前に全額払込完了の場合,払込日よりおのおのの最:終払込 25) 日(10月21日,翌1月20目)にいたる期間について年率3%の割合で報労金を還付する。 この公債発行も三層制度の町回である。 この年度の募集形態はC互osed SubscriPt1on第二形態すなわち公債請負制度であって, その一応の完成年度に当る。首相小ピットはノーXらによる二年間にわたった改良経験を ふまえ割当方法の抜本的改革を断行した。応募は二つの引受シンジケートの競合を建前と し,受託者(assignees)すなわち請負人が自ら割当に関する全責任を負うものとする。こ れにより従来のごとき割当の不正・不公平をめぐる政府にたいする批判は回避しうること 26) となった。 もっとも,現実に,この年,いかなるシンジケートが競い合い,割当が幾人の未端応募 者におよんだか等の点については明らかでない。 (2)6,879,341196法律〔24Geo.皿. c.39〕による海軍債・食糧債・交通債など 短期債6,397, OOOポンドの長期債化。5%債。元本100ポンドにつき7ポンド10シリング6 27) ペンスの元本付加。付加元本482,341ポンド19シリング6ペンス。(心付第三形態)。 (発行額合計 15,877,341196) 1785年 10,990,651104法律〔25Geo.皿., c.32〕による海軍債・食糧債・交通債 など短期債9,865,941184 の長期債化。5%債。元本100ポンドにつき11ポンド8コ 口 Z8)リングの元本付加。付加元本1,124,709ポンド12シリング。(心付第三形態)。 (B)長期債の償還状況 1776−!786 1776年 500,000 00(その他財源) 25)1Grellier,丁. J., ibid., p.55. 26) Binney, J, E. D., ibid. p. 103; Cobbelt’s Parliamentary Uistory, Vol. XXIV, 17s4, p. 1021. 27)28) c‘History of the Earlier Years of the Funded Debゼ’, ibid., P.32;Elliott, J., ibid., p, 1216.
前年度法律(15Geo.皿., c.41)による南海会社依存債329,200ポンド,3%Consols・ 424, 500ポンド,3%Reduced 246,300ポンドの合計ののこり2分の1相当分。 第二表(2−2) 長期債償還ec:!776−1786 (1775 1776 1777 1778 1779 1780 1781 1782 1783 1784 1785 1786 (1786 確定元本額 2, 150, OOO s, oeo, ooo 6, eoe, ooo 7, OOO, OOO 12, ooe, ooo 21, OOO, OOO 20, 250, OOO 15, OOO, OOO 15,877,341 19 6 10, 990, 651 10 4 0 0 減債基金 その他財源 償還合計
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662, 750 500, OOOo
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500, OOOo
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662, 750 未償還残高合計 123,463,254 15 4%) 125,113,254 15 4% 130,113,254 15 4% 136,113,254 15 4% 143,113,254 15 4% 155,113,254 15 4% 176,113,254 15 4% 196,363,254 15 4% 211,363,254 15 4% 227, 240,596 14 10%4 238,231,248 5 2% 238, 231, 248 5 2% 237,568,498 5 2%) “History of the Earlier Years of the Funded Debt, from 1694 to 1786”, Parl. PaPers, Vol. LII, 1898, pp. 30−33; “Progress of the Funded Debt, 1786−1890”, Parl.1)aPers,1891, pp.72−73;cf. Ha皿ilton, R, An乃nquiry concerning the Rise and Progress, the RedemPtion and Present State, and the Management of the iVational Debt of Great Britain, 1813, p. 73; Return to an Order of the House of Commons, Public lncome and Expenditure, Part II, Parl. PaPers, 1866, Appendix 12, p. 304,) なお,1786年8月以降,ピットの減債基金成立により,結果としてウォルポ・・一ル減債基 金は発展的に解消した。新減債基金は同年8月2日より始動,翌1787年1月5日にいたる 期間(したがって事実上は1786年度中)において662,750ポンドの3%債の元本を買上げ 償還している。第二表(2−2)中,1786年度分に関するカッコ内表示はこのことを示し 1) ている。 む す び 概して如上の時期はイギリスにおける空前の公債残高膨脹期である。ウォルポール減債 基金は本来の機能をはなれ,利払基金と化して逆に公債膨脹を麦えた。 1) Return to an Order of the House of Commons, Public lncome and Expenditure, Parl. PaPers, Part II, 1866, Appendix No, 6,” Sinking Fund”, p. 227,〈研究ノート〉イギリス公債史上における三層制度 137 公債発行にまつわる「心付」は公債膨脹を可能にする手段であった。「三層制度」はそ の最:も徹底した形態である。「心付」の強化は当時の貸幣市場におけるmonied interest の影響力を反映するものである。この傾向は1790年代にも踏襲されJナポレオン戦争終結 時までひぎつがれてゆく。引受シンジケートのより子細な内容の分析がさらに試みられね ぽ1ならない。 (1983.4.20.)