中国の政策・制度が内モンゴル・モンゴル人にもたらした影響について:―赤峰市オンニョード旗バローンゴールスアイリを事例として―
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(2) 各方面においてさまざまな変化が生じたことについて. さらに、清朝を滅ぼして建国された中華民国もr大. 述べた。つまり、かっての純粋な遊牧民族から遊牧生. 漢民族主義」の出発点に基づき、モンゴル族を含めた. 業、半牧半農生業、そして農業に従事するようになっ. ほかの少数民族に対して同化政策を実施し続けたこと、. た原因を主に政策的要因から分析した。. さらには中華人民共和国についても、その建国後、各. 第三章では、バローンゴールスアイリの人々の生活. 少数民族に対する諸政策を実施し各民族を統一するこ. 実態の分析を通じて、中華人民共和国の中央政府が実. とを望んだが、結局、徹底した実施ができず、机上の. 施した「農業を重んじ」「牧業を軽んじる」各政策や. 空論となってしまったことなどを述べた。現在もまた、. 制度が、内モンゴル・モンゴル族の生業方式、生活様. 中国の数千年に渡る農耕文化の影響のなかで、農業を. 式など各方面にもたらした影響を考察した. すべての中心と考え牧業を軽んじる傾向が強いこと、. 第四章では、中国のr三農」政策が打ち上げられた. すべての政策立案や決定のなかで、農業の利益が中心. 背景、目的を分析した。そして、現在のバローンゴー. に据えられ、すべての地域で同じ政策を実施し、少数. ルスアイリと同様、多数のモンゴル人の生活水準の向. 民族の利益を疎かにする傾向が著しいことなどを明ら. 上が国家の補助金に依存している割合が大きいこと、. かにした。. 逆に自立的に経済活動を行って富を蓄積する能力が非 常に低いことを明らかにした。ここから、中国の急激. 5.今後の課題. な社会変動に対応する能力に極めて欠けていることを 内モンゴル・モンゴル族の社会と経済の基本単位で. 浮き彫りにした。. あるアイリ(自然村)を、日本の村、そして中国の漢. 4、研究の成果. 族の村と比較しながら研究を進めたい。すなわち、人 類学や社会学の観点から、内モンゴルのモンゴル族に. モンゴル族が清朝に服従した後、清朝はモンゴル族. おいて生じた様々な変化に関して、その内部的な要因. に対してr同盟」政策を採り、漢人を含めたほかの民. を「家」と「アイリ」の仕組みを出発点として探求し、. 族を鎮圧させる道具としてさまざまな優遇を与える一. そして、日本の村と中国の漢族の村との比較を通して、. 方、昔、世界で最大の帝国を造り出したモンゴル人を. モンゴル族がどうやって中国の急激な社会変動に対応. 最大の敵として考え、 「盟族制度」をはじめ、戦争、. して行けぱよいのかを考えてみたい。. ラマ教などにより、モンゴル族の人口が減少するよう に仕向けただけでなく、人びとの資質が低下するよう に誘導していった。その後、多量の漢人をモンゴル地 域へ入植させることでモンゴル族の生産方式、生活様. 主任指導教員 首藤 明和. 式、イデオロギーなどすべての方面できわめて大きな. 指導教員 首藤 明和. 影響を蒙ることになった。清朝がモンゴル族に対して 採った政策は、種族を滅亡させる政策であったことを 明確化した。. 一303一.
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