ヘーゲルにおける「労働」概念の展開とその弁証法
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(2) . 第 19 巻 第 2 号. 北海道教育大学紀要 (第一部A). 昭和43年12月. ヘーゲルにおける 「労働」 概念の展 開とその弁 証法 豊. 福. 淳. 一. 北海道教育大学釧路分校哲学研究室. l he Dia ic t ld t ec Juni Chi TOYOFUm丁: The Develop.nent a1 ‘L bo ” i H e ion ‘ a r n eg l ofthe Concept. i t の概念は理論的弁証法的なものとして, ヘーゲル哲 学体系の ヘ ー ゲルにおける 「労働」 Arb e 重要な中心概念となるものであり, 『精神現象学』 にみ られるように, 意識の自己 外 化 と そ の 止揚という弁証法的過程には, 精神の主体的活動という労働の概念がも っとも根本的な考え方に ), 新たな 「精神の初めは多様 な教養様式の広大な変革の 産物であり, な っているのが知 られる1 ) さまざまに曲折した道を経てさまざまに奮闘努力した賜物である2 。」 と言われ, また, 「真理と は本質的に主体であり, 主体である以上, 真理は弁証法的運動, すなわち , 自己自身を生産し進 ・ ) 展しなが ら, しかも自己内に還帰する過程にほかな らない3 。」 と言われるのも, ヘーゲルにとっ て, 自己と他在との間の運動 が精神の行なう普遍的, 概念的な労働だか らである. この 「労働」 概念のもつ自己創造的な面, 社会における人間の自己実現の面 とな らんで, 労働 による人間の自己否定, 自己疎外の面が当然考え られなければな らない. 周知のように, マル スは, ヘーゲルが 『精神現象学』 で人間の自己の産出の過程を対象化として, すなわち, 外化と そ の 止揚 と し て と らえ る こ と を 高 く 評 価 し て い る, し か し, マ ル ク ス が, 「ヘ ー ゲル は, 労 働 の. ) 肯定的な側面をみるだけで, その否定 な側面をみない4 。」 と言うとき, このことは果して正しい であろうか,「外化」 の概 念の単なる否定的運動にと どま らないで, 労働における人間の疎 外され た側面, 現実的な疎外の社会的あ らわれ方についてヘーゲルの研究はないであろうか. ところで, 『法哲学』 や, とくにイエナ時代の諸研究で, ヘーゲルが労働の問題を市民社会と ともに具体的に問題にするときには, 道具と機械による労働の展開過程か ら分業に伴なう疎 外さ れた労働, 貧富の対立な ど, 労働か ら生ずる否定的な社会現象を徹底的に批判していることが知 られる. 労働の否定的な側面にたいするヘーゲルの洞察はすでに存在していたのであるが, ヘー ゲルでは, この疎外と疎外状態の側面が人間の自己形成的, 精神的な 「労働」 によ って止揚され ているようにみえるため, それが表だ‘ って表面に出てこないのである, とくに, 『精神現象学』 のなかでは, 一切の社会的矛盾, 疎外態が精神の体系のなかへ止揚, 吸収されてしまうので, 現 実の矛盾が矛盾 としてそのままの形で残ることはないのである, そのため, ヘーゲルは理論的弁 証法的には, 労働による人間の自己疎 外とその止揚を完成し, これを哲学的に体系化することが できたが, この否定的な疎外という具体的な市民社会の現象に気付き, 鋭い批判を加えなが らも, 8 30年代にお ける その止揚には成功していないということができよう. それに, 1800年初頭か ら1 - 91 -.
(3) . 豊. 福. 淳. ヘーゲルにと って, この疎外態の徹底化した成 り行きの見極めと, その止揚の具体的な見通しと ) を た て るこ と は ま だ 不 可 能 で あ っ た と い わ ね ば な らな い5 .. とはいえ, ヘー ゲルは 「労働」 概念をヘーゲル哲学の重要な形式にしただけでなく, 労働の歴 史的社会的 な具体的内容と正面か らとりくんだのであって, マルクスのいわゆる 「抽象的に精神 的 な 労 働」 だ け に と どま らな か っ た こ と は 指 摘 き れ な け れ ば な らな い.. こ の こ と は ヘ ー ゲル に お. ける 「労働」 概念の形成過程を考えてみても, それがヘーゲル初期の民族的, 人倫的, 宗教的な ものの研究, な らびに英国経済学の研究か ら派生してきたものであることが容易に知 られるか ら である, したが って, ヘーゲルにおける 「労働」 概念をただ抽象的理論的な体系への要請か らの み生まれたものとしてと らえようとするな らば, それは一面的であると言わざるをえない.. いまヘーゲルにお ける 「労働」 概念の展開過程を簡単にふりかえ ってみよう, 人間の自由と市 ) 民社会のあり方を啓蒙主義的な理性宗教の立場か ら考えた 『キリス ト教の制度性6 』 (1795~6年) )』 の 終 わ り の と こ ろ で, の 手 稿 に 続 い て, 1799年 の 『キ リ ス ト教 の 精 神 と そ の 運 命7 か ら生 き た も の を 取 り 出 そ う と し て,. 宗教 的 世界. ヘ ー ゲル は 逆 に 愛 に よ っ て 止 揚 で き な い キ リス ト教 の 運 命. を知り, 愛に欠けた客観的世界を宗教のうちに認めざるをえなかっ たが, そこに最初の出発点が ある, 人間の認識と労働によ って作り出されたにもかかわ らず, 人間にフ レムトなものとして立 つ客観的世界, 財産制度のいやおうない承認がそこにあり, マルクー ゼの認めるように, この点 ) fr に ヘ ー ゲル に お け る 「疎 外」 Ent emdung 概念の最初の発端がある8 , さ らに, 1800年 の 『体 系 断 片』 に お い て は,. いっそ うは っきりと宗 教 的生活 に 欠くこと の でき. ない経済的運命として, 所有の世界は必然的であり, この運命が止揚できないことが 確 認 さ れ る. 物の所有によ って人間は物への隷従に陥 っているため, 無限な生命との統一は不 可 能 と な り, そこで宗教的生活におけるこの偽善を解決するため, 人間は必然的運命である所有か ら一部 ) を犠牲として, 目的のない否定として差し出すことによ って, 残りの日常的な 「合目的な否定9 」 を よ い も の と す る,. す でに フ ラ ンク フ ル ト時 代 に 行 な わ れ た, J ・ ス チ ュ ア ー トの 『経 済 学 原. 理』 の研究とな らんで, この 『体系断片』 にお ける犠牲論を, ルカーチはヘーゲルにお ける 「労 o ) 働」 概念の出発点と考えているl . 事実, この時代にヘーゲルは英国への関心を通して, 経済問 1 ) 1 題, 社会問題に関心をいだき , 彼の市民社会観はほぼ完成するにいた っている. 『体系断片』 における客体の 「合目的な否定」 という概念が, 二年後の 『人倫の体系』 では, ) 2 は っきりと 「労働」 と規定される。 すなわち, 労働は 「客体の否定1 」 である. しかし客体が一 般にではなく, ただそのつどの対象性においてのみ否定されるという否定である. なぜな ら, 労 働は客体が消費される享受ではなく, そこでは 「享受は無視される」 か らである, したが って, 労働は客体の形態変化を企て, 客体の否定は同時に新しい形態を生むことになる. この 『人倫の 体系』 でヘー ゲルは初めてまとまった労働観を述べたが, 具体的な労働か ら道具へ, 道具か ら機 械へ, さ らに分業へと進む社会的なあり方を追求したのである. またここにすでに, 後の 『精神 現象学』 にみ られる 「支配と隷従」 の研究があり, 市民社会を意味する 「欲望の体系」 の項で は, 貧富の対立という社会的事実の指摘がみ られる. 1803年の自然法に関する論文では, 自由民と非自由民の対立, すなわち市民社会と国家の対立 3 ) を 「人倫における悲劇1 」 としてと らえ, そこでの矛盾の解決は, 後の 『法哲学』 と同 じく, 国 家を通じて経済を支配, 抑制することであったが, 国家を絶対的なものとしなが らも, この国家 - 92 -.
(4) . ヘーゲルにおける 「労働」 概念の展開とその弁証法. に成立する危機, 悲劇こそ労働にもとずく市民階級の経済的力を示すものであ った. それに身分の構成も, 上か ら下へと直観的に構成された 『人倫 の体系』 か ら, 自由民と非自由 民の対 立を示す自然法論文, さ らに 『イ エナ時代の実在哲学』, 『法哲学』 と後になるほど具体的 になり, 有機的な身分国家か ら職業にもとずく階層へと分化していく, とくにイ エナ時代では, 自然的具体的労働を行なう農民か ら, 抽象的な労働を行なう市民へ, そして普遍身分へと, 諸身 分の分化が具体的労働から, その普 遍的抽象化に進むにしたが って高次なものへ高ま っ ていく. 18 05~6年の 『実在哲学』 で, 「身分と身分の精神, この規定された精神は, 本来粗野な信頼と労 1 4 ) 働とによ って自己自身か ら絶対的精神の知にいたるま で, みずから修業し 続けるものである( 。」 といわれるとき, 身分とその精神を規定するものが具体的な労働であることが知られよう, 3~4年, 5~6年の 『イ エナ時代の実在哲学』 がも っとも ところで, 具体的な労働の研究は180 詳しいので, これを中心としながら, ヘーゲルにおける労働の弁証法的な とらえ方に注目して, 労働における個別と普遍の問題, 労働における精神形成的な肯定的側面と労働にお ける自己疎外 的な否定的側面を問題にしたい,. l l 1803~4年 の 『イ エ ナ 時 代 の 実 在 哲 学』 Jenenser Rea osophie は 労 働 に お け る 個 別 と 普 遍 phi. の関係を追求している, すなわち, 「個人の欲求に向う労働 は, そのうちにお いて, a) 個人の 5 ) 」. これと 労働になるとともに, b) またそれが彼の欲求に向うとしても, 普遍的な労働となる1 1 6 ) 『 一人の現実的な具体的行為は不道徳な利己的動 「 世路 においても 同 じく 精神現象学』 の 」 , 機にもかかわらず, 徳よりも高い. 市民社会にお ける個人の活動は, たとえそれが利己的なもの であ っても, その努力 が普遍的な性格をもつために, 社会発展の推進力とな りうるのである. 続 いてヘーゲルによれ ば, 「労働は本能ではなく, 理性的なものである, すなわち, 民族において 普遍的なものとされ, 克服さるべき個人の個別性に対立する, 労働は個人の主観的活動であるが, ) 7 」. ヘーゲルは労働における普遍的なものを, 精神の様式, 理性的 他者となる精神の様 式である1 なものとして把握するのであり, 普遍と個別の具体的統 一を人倫的共同体である民族のうちに見 ている, こうしたとらえ方 は 『精神現象学』 においても, 「個別者はその個別的労働においてす でに普遍的労働を無意識的に成就するのと同 じように, 個別者はまた普遍的労働を自分の意識的 目的としても成就する. 全体は全体として個別者 がそのために自己を犠牲に供する自分の事業 で 8 ) あり, まさにこの自己犠牲によ って個別者は全体から自己を受け戻すのである1 .」 という規定に み られる, 労働にお ける基礎的な熟練も個別と普遍の弁証法にもとづいている, 道具を用いて形成 的な労 働を行なうには, 個々人は生まれな がらの不器用 を克服するため, 一般的な労働規則を習得する のであって, 特殊的な労働によ っ て得られるものは, 社会的に通用する普遍的な技能である, 個 人は他人より秀れた道具を見出し, 他者はこの新しい方法を学び, その特殊性を止揚して, その 方法を普遍的財とする. そこに労働のもつ普遍性の契機 が明らかである, 欲望を充足するための労働は道 具という媒介者を通 じて行なわれるが, 道具は労働する主体の 力によ って主観的に準備加工され, その形式と機能において 主体によ って規定される. しかし, 道具は客観的に労働対象へ向けられ, 客観的世界に干渉し, 関与する. 労働の主体性は道具にお るのであり, 5~G年の 『実在哲学』 によれ ば, 「道具のなかに, ま いて普遍的なものへ高められ・ 3一 -9.
(5) . 豊. 橋. 淳. た耕やされ, 実 った畑のなかには可能性, 内容が普遍的なものとして含まれているので, 手段で ) 9 ある道具は, 目的ではあるが個別的である欲望対象よりも高次なものである1 」. 道具は人間の外 界に対する彼智を具体化している. 人間は自然の盲目的な力を合目的化し, 自己の行為にとり入 t によ って自然を越えて立つことが証明された のである. れ, こ の 「波 智」 Li s. この考え方は後の 『歴史哲学』 で 「理性の波智」 として知 られがそれが, ここでは市民社会を 統御する国家の統治に用い られて, 5~6年の 「精神哲学」 の 「統治」 の項で 「国家は隣智 であ ) 0 る2 ,」 と言われ, 「統治の波智」 が市民社会の経済的自己運動を規制して働らくことが述べ られ て い る.. 労働にお ける個別と普遍の契機か ら, 分業にお ける個別と普遍の弁証法が成立する . 社会的分業 は生産における人間相 互の相互依存の弁証法を意味してお り, 労働の分化が普遍的 労 働 と な る,. ヘ ー ゲ ル が 3 ~4 年 の 「精 神 哲 学」 でア ダ ム ・ ス ミ ス か ら 引 く 例 に よ る と, 分 業 で. な ければ, 一人一日一本の留針を作ることもむずかしい が, これを十八種の作業に分け, 十人の ) す な わ ち, 個 人 は こ こ で は 1 労 働 者 に 割 当 て る と 一 人 一 日, 4800 本 作 る こ と が で き る と い う2 .. 一 つの欲望のために働 らき, 生産物の一つの部分を完成する. しかし彼の労働の内容は, それと 同時に個別的な欲望をこえ 普遍的なものへ進ん でいる. 「各人は多くの人の欲望を満足させ, 彼 )」ア ダム・スミス がそ の時代の労働 2 の多くの特殊な欲望の満足は多くの他の人々の労働である2 , 生産の異常な上昇をとくに分業の結果によるものとし, これを立証したと同 じように, ヘーゲル も分業にもとづく労働の積極的評価を与えている, 『法哲学』 によれば, 「……… 労働にお ける 普遍的にして客観的なものは, 手段と欲求を特殊化し, した が ってまた生産を特殊化して分業を もたらす抽象のうちに存す る. 個人の労働は分業によ ってい っそう単純となり, またこれによ っ ) 3 て個人の抽象的 労働における技能, な らびに生産量がい っそう増大する2 」. しかし同時に, ヘーゲルは分業から派生する危機をとらえてお り, 個別的なものと普遍的なも のとの錯綜する分業内における相互依存の体系は, 人間がもはや自分の必要なものを生産せず, 生産したものは無用 であるような体系である. そこから個々の労働と無限な 欲望との連関は, 解 くことのできない 「盲目的な依存」 関係にまで達する, さ らに, 労働と欲求はその静止的な側面を所有にもつが, 所有のなかにもヘーゲルは個別と普 i 遍の契機をみている. 占有 Be t s z は一つの物が物として普遍的であると同時に, 個別的な占有で あるという矛盾を含んでいる. この矛盾は, 人はすべて個別的な占有において所有し, したがっ て私の占有の確実性が同時にすべての人の占有の確実性であることによ って, 言いかえれ ば, 普 遍的意志による承認によ って, 止揚されるのであり, その限りにおいてのみ, 占有は所有 Eigen- 4 ) tum と な る の で あ る2 .. 四 労働は人間の秀れた本質に属するものであるだけに, それは幾重にも媒介された行為であり, 精神にだけ属する問題を展開する, 主体の行なう労働は媒介の運動として, 破壊的な否定ではな く, 現存する世界の加工的, あるいは 「形成的」, したがって肯定的破壊である, 人間の労働は形 成的であり, 形成によ って永続的なものを作り出すことができる. 「単なる欲望の満足は純なる 否定」 であって, 対象の形態を変化させることも, 発展させることもしないが, 労働は人間をし て直接性の廃棄, 自然のままの衝動的生活から抜け出させることを意味している. 先に見た普遍 的な技能の習得も, 労働における共同的で積極的な性格を示すものである. - 94 -.
(6) . ヘーゲルにおける 「労働」 概念の展開とその弁証法. のちに, ますます否定的性格を強くあ らわす労働も, 5 ~6年の 『実在哲学』 では, 「此岸的 ‐Machen である, 衝動的な存在である自 ige si ・zum Dinge ch な自己を物とすること da s diesseit ) 5 我の疎隔はまさにこの自己を対象とすることである2 」 と自我の肯定的対象化が示される. 労働 . において人間は自己自身を対象化し, 自己を物とする. その点に, 個人の願望や欲求とは無関係 で, そ れらに対立する労働の客観的な自己法則性があらわれている. 労働によ って人間目身 のう ちなる普遍的なものが成立すると同時に, 労働は直接性の放棄を, 自然的衝動生活の打破を意味 している, なお 『法哲学』 ではつぎのように言われる. 「労働による実践的教養は自分で生産す る欲求と仕事の習慣一般, さらに原料やまたは主として他人の窓意にもとずく行為の制限, そし 6 ) てこうした訓練を通じて獲得される客観的活動 と普遍妥当的な技能の習慣, から生ずる2 ,」 このように主体 が欲望と享受の間で労働を行なうことによってはじめて人間は人間となる. 労 働による人間の実践的教養は人間の自己創造と自己実現であり・人間は労働において真の本質を形 成するのである, こうした考え方は 『人倫の体系』 で生まれ, 『精神現象学』 で完成 した 「自己 意識の独立性と非独立性, 支配と隷従」 の章でとくに明白に述べ られている, そこでは, 主人に 対し労働する者である奴隷がどのような関係をもつか が問題である. 主人は対目的に存在する自立的な自己意識であるが, この自己意識は 「奴隷を媒介にして間接 7 ) に物に関係する2 」. 奴隷は物に労働を加え加工するだけであるのに, 主人はこの加工を媒介する ことによ って物の純なる否定としての直接的関係, すなわち享楽を得ることができるのである. ところが主人の奴隷にたいするこうした不平等な関係が, 両者の間に重要な役割の転換をもたら し, 自己意識の発展の契機には奴隷の意識 が結びつくことになる. ゆえに 「自立的意識の真理 は 8 ) 奴隷としての意識である2 」, なぜなら, 奴隷の意識は労働によって自己自身に帰るからである, 労苦し, 奉仕する意識において 「物はその自立性を維持する」 のであり, この意識は自立的な存 在を自己自身とみなすのである, 主人は労働の成果を享受しているが, 享楽は単なる消失にすぎ ず, この自己もす ぐ消えて行くものであるに反して, 奴隷は労働において物を形成す る, すなわ ち, 「労働は欲望の阻止であり, 消失の停止である. 換言すれば, 労働は形成するのである, そ こで対象への否定する関係は対象の形相となり持続するものとなる, けだし労→動するものにこそ 9 ) 」, この形成にあた って, 対象は自立性を もつのである2 ,奴隷は欲 望を制御することが必要である が, かえ って形成により奴隷はみずか ら対象的に存立しうることとなる, 主人の満足には 「対象 的な側面」 が欠 けているに反して, 形成的な労働を行なうものにこそ, 対象は自立性をもつのであ 0 ) る, これによ って労働する意識は, 「自立的な存在を自分自身として直観するにいたる3 」, 以上 のように, 労働そのものの事実は自然的な ものの直接 生を普遍性へ高め, 人間を真の人間 に形成するものであ った, なお, 労働は個人にとって肯定的な意味をもつだけでな く, すでに見 たように, 欲 望充足の活動を通じて, とくに他の個人との社会的な普遍的関係に入ることが明ら かである, それは, 労働が物そのものに対象化するという外化のなかに労働の普遍的抽象化が存 在するか らであって, こうした労働の普遍的社会的性格によ って, 個人意識は社会全体との相互 関係に入ることができる のであ る. 『精神現象学』 における 「相互の承認のための闘争」 にみ ら れるように, 普遍的な民族精神のなかに, 互いに対立, 闘争する個人や団体にとって真に客観的 な現実的統一が生まれるさいには, 媒介された統 一としての, 労働のはたらきが中心になること になる. 客体は, 労働によって形成されるとき, この客体そのものに自己の欲求を認める主体の 一 部 と な る. 主体としての人間は, 労働にょ’ っ てすべての他の個人に対する個人的, 原子的な存在 を失ない普遍的存在にたかまるのである. 労働はその P性上普遍 的, 社会的な人間活動であり, - 95 -.
(7) . 豊. 福. 淳. 労働の産み出すものはあらゆる人間の間で交換可能だからである, 形成的行為である労働は自己意識に具体的対象性を与え, 人間は労働によ って自己の自主性, 力と能力の直観に達する. ヘー ゲルは労働をこの本来の精神的な意味でとらえていたのである, 『精神現象学』 は, とくにこうした人間精神の 「労働」 の体系化にほかな らない. 五. と こ ろ が, こ れ に 対 し て 労 働 の 否 定 性,. マ ル ク ス に よ っ て い っ そ う き び しく 批 判 さ れ る こ と に. な った労働のもつ自己疎外的性格も看過されてはならない, ヘー ゲルは, 機械労働の人間に対す る無感覚化を強調する点で, 彼の学んだ英国古典経済学と狭を分 っている. こうした方向は, ヘ ーゲルのイ エナ大学の講義のなかで, 労働の技術的発展と社会の発展とが相互に関係して弁証法 的に展開することが示されるとき, い っそう明 らかとなるものである. ヘーゲルは, 労 働の弁証法から道具の生成を述 べ, 道具を使う人間の労働から機械労働への移 行を説いたが, しかしこれとともにヘーゲルは, どのようにして個々の労働がより複雑化する社 会的労働の分業にいたるか, それと同時に, いかに個々の労働が個人の直接的な欲望の満足から 遠ざか っていくかを示 している, 技術の発展とそれに伴う社会の発展のこの二つは, 労働による 人間の非人間化の過程と密接に結びつし ・ている, 道具と機械 の使用 が社会的労働の分業をい っそ う押し進めるとともに, 逆に労働の技術的完成は高度な社会的分業を前提としているのである, こうした過程の叙述を5~6年の 『実在哲学』 にみれば,「欲望の満足に役立つ物は加工される, しこの加工はそれ自体多様なものであ って, それは意識が自己を物とすることである, ……しか, I ) しかしそれは普遍性の要素においては, 抽象的労働となるような仕方にな っているS 」. 先にも見 たように, 多様な欲 望を受け入れる労働は自己運動 的形成の面をもっと同時に, 他方, 普遍的形 象の抽象の面をもつ,「意識が自己を物とする」 という労働の普遍的抽象化に,悪しき否定的側面, 自己疎外的側面があらわれるのはなぜであるか. ヘー ゲルは 「外化」 の過程をつぎのように規定 している. 「α ) 労働において私は私を直接に物をなし, 存在する形態にする. 「β ) 同 じく私は t a この定在を譲渡 し en ussem, こ の 定 在 を 私 に 疎 遠 な も の と す る. し か も そ の な か に 自 己 を 保 持 2 ) する3 ,」ヘー ゲルのこの外化の概念には, 自我の肯定的な対象化と否定的な自己疎外の二面 が潜 在的にひそんでいる. そ してこの否定的な自己疎外の面は, 社会的分業過程の進展につれてい っ 3 ) そうはっきりとその疎遠性をあ らわにすると考え られよう3 , 具体的に分業 の過程を考えれ ば, 手工業の分業は労働にとっ て必然的であり, この分業によ っ て 技術と生産力も増大する. ヘーゲルは, 十人の労働者が共同 して単位時間内に, そうでない場 合 の 百 人 分 の 留 針 を 作 る こ と が で き る,. と い う ア ダ ム ・ ス ミ ス か ら の 例 を 引用 す る よ う に, ヘ ー. ゲルは分業と機械の導入を肯定し, 労働にお ける生産力の向上 に, 分業と機械の経済的必要なら びに必然 性を認めている, 事実, ヘー ゲルは分業, 道具と機械によ って生ずる人間の質的な変化 を示 し, 個人の創造力がより高い普遍性へ達する過程を示しでいる . しかし, 労働を普遍 的な ものにするこ の分業において, 社会的な欲望体系はきわめで複雑なも のとなり, 抽象的欲望 の具体的欲望への転換はこの体系へ全 く‘ 依存することとなる. 道具がすで に, 人間が直接に対 象を把握する ことを妨げることにより, 人間と自然との生きた連関から遠ざ ける機能をも っていた. それでもなお, 道具はまだ人間の特殊な活動をと どめていた. 労働の 質的変化は機械とともに入 ってくる. 機械によ って人間は先の形式的活動 を止揚し, 完全に機械 を働 らかせる, 人間が自分 のために機械を働らかせるというこの偽脆は欺く者自身 に 対 して復讐 一 96 一.
(8) . ヘーゲルにおける 「労働」 概念の展開とその弁証法. 4 ) 」。 機械の媒介に を加える, そして 「人間が自然を制圧すればするほど, 人間自身 が卑しくなる9 よ って人間は自己の労働の必然性を止揚せず, 自然から遠ざけるだけであ る。 人間は労働を全体 のために減ずるだけであ って,「個々の人のためには減ずる どころか, かえ って増大する, 事実労 働が機械的になればなるほど, その価値は少なくなり, それだけ多く人間はそう した方法で労働 5 ) しなければならなくなる3 」. このように, ヘーゲルは機械の進歩に伴な っておこる人間の非人間 化の過程を具体的に分 析している, こうした過程はすでに3~4年の 『実在哲学』 に明らかで, それによれば, 労働は次第に死せ るものとな って,「個々人の熟練はますます無際限に制限されたものとなり, 工場労働者の意識は 極端な無感覚にまで引 き下げられる. そ して個々の労働の種類と欲求の無限の総量との連関は, 」, 労働が個人の自己形成か 全く見極めのつかないものとなり, 一種 の盲目的な依存関係 となる%) ら逆に自己否定に変化する一方, 個人個人の要求 と労働との関係, 全体の要求と労働との関係は 盲目的な相互依存の形式をとることになる, 5~6年の 『実在哲学』 ではさらに, 人間は 「労働 の抽象によ ってより機 械化し, 無感覚に, 精神を失ったものとなる, 精神的なもの, これを充た 7 ) 」. 人間自身の行為はますます形式的となり, 「労働 した自己意識的な生は, 空虚な行為となる3 は, それが一面的となればなるほ ど, 完全となる3の」 のである, しかも労働の抽象化, 機械化は必然的な運動であるため, 自己の存立を保つ源であ った個々人 の熟練は 「全体の偶然の錯綜」 のもとに投げこまれ る. したがって, 「大衆は無感覚で非衛生的 で, 熟練をますます制限す る工場労働, マニ ュフ ァクチ ュア労働や鉱山作業な どへおとしめ られ る. また, 生産様式 が変化するため, あるいは, 他国での新しい発明によって生産物の価値 が下 落するため, または, その他いろいろな理由で大多数の民衆を支えていた産業の諸部門が急にく ずれ て しま う,. こ う し て, 民 衆 のす べ て は, 救 い が た い 貧困 に お ち い る ま ま に 見 捨 て られ て い. ) 9 」. そ る, 莫大な富と, みずか ら産をなすこ とが不可能である極度の貧困との対立 があ らわれる3 して, 一方で富は卓越した力となり, その営利活動は多面的な組織に発展して, 小規模の営業で はとても利用 することができないようなさま ざまな分野にくいこんでゆく. 他方, 労働の極 度の 抽象性は, 最も個人的なタイ プの仕事にまで及んでゆき, ますますその領域を拡げてゆく. 富と 貧困とのこうした不平等, こうした貧困と 窮乏とは, 社会的な極度の分裂, 内面的な 反抗と憎悪 に か わ っ て ゆく, した が っ て, マ ル ク ー ゼ も 指 摘 す る よ う に, こ の ヘ ー ゲル の 叙 述 に は 抽 象 的 労. 働という悪魔への個 人の完全な隷 属と, さ らに交換関係によっ て永続的なものとなった社会の盲 0 ) 目的な無政府的な 性格の強調と がみられる4 , t i tut ion, 身 分 論 の な か で も, 「諸 工 場, マ ニ ュ フ ヘ ー ゲル はこ れ に 続く 第 三部 国 家 構 成 K0ns. 4D 」 と批判的に指摘し ァクチ ュアはま さしくある階級の悲惨の上に自己の存立をもとづけている , ている. こうした箇所で, ヘーゲルは当時早くも市民社会の無政府状態や混乱を見抜いているこ とがわかる,「全体の偶然の錯綜」 とする市民社会のとらえ 方のなかに, 労働にもと づく 「疎外」 概念の新 しい把握がある, ヘーゲルはマルクスに先立つ仕方で, 商品生産社会に行なわ れている 疎外の様式をとらえていたので あって, 抽象的労働に個人が全く隷従する場合には, 労働は個人 の真の 能力を発展させることはできず, まさに, 人間を苦役から解放するはずの手段であった機 械化が人間をその労働の奴隷にすることに気付いていたのであ る, ・ 「労働者は 彼が富を 彼の生産の力 と量が増大すればするほど, それだけますます貧しく な , , る. 労働者がより多くの商品をつくれ ばつくるほど, 彼はますます安価な商品となる. 事物世界 2 ) 」 だから, こうした世界では, の価値増大に直接に 比例して, 人間世界の価値低落 が増大する4 , - 97 -.
(9) . 豊. 福,. 淳. 一. 「労働の実現が労働者の非現実化に, 対象化が対象の喪失および隷属に, 獲得が疎外, 外化にみ 3 ) 」 と い う マ ル ク ス の 規 定 と 先 の ヘ ← ゲ ル の 諸 規 定 と は い か に 類 似 して い る こ と で え る の で あ る4 .. あろう. 残念ながらマルクスは, ヘー ゲルのイ エナ大学の講義もスチ ュアートの国家経済学への ) 4 注釈ものぞきこむことはできなかった4 . マルクスは 『精神現象学』 のなかで, 具体的な敵対関 係がとりのぞかれ, 調和された形式での, 労働に伴なう社会的な 「疎外」 の弁証法的過程を知る ことができただけであった, そこでは精神に生起するすべてのことは, 結局精神の進歩に貢献す 5 ) る こ と に ほ か な らな い の で あ っ た4 .. のちにマルクスが規定する 「疎外された労働」 の4つの規定, すなわち, 1) , 労働者自身が彼 の生産する労働生産物から疎外されること, 2) , 労働生産そのものからの労働者の 自 己 疎 外, ) 人間からの人間の疎 3) 人間の類的存在からの疎外 4 外, がその否定 的帰結を伴って徹底的 , , , 0年初頭から1840年代までの歴史的経過が必要であった. それにしても, に展開されるには, 180 ヘーゲルの市民社会における 「労働」 概念の批判的研究が近代社会の基 本的な構造の深部にまで 到達 し, その否定的現象の的確な洞察に達 していたことには何の疑いもない, 註 i im:De 1) 精神的労働という観点から 『精神現象学』 を解釈する試みと しては, Sok-Z 仔 de i r Begr r nL i i He Arbe tbe l 6があり, そこでは労働の論理的体系的構成ならびに, 倫理的自己意識的労働がと ge ,196 りあげられている. なおア ドルノも 『精神現象学』 全体を 「労働」 概念によってとらえている, Theodor VV l iStudi en Zu Hege e . Adorno: Dr ,329 ,S ,1963 .. i i e des Ge s t 2) Hegel: Phanomenologi es 2 6 t e s r .von J ,Ho”me ,hrsg .1 ,S ,195 , 『精神現象学』 金子訳上 ジ, 9 ぺ -、. l i 3) Phanomeno 1ページ. 市民社会の個人にとって労働が果す 「教養」 の役割 og e . 53 , 『現象学』 上, 5 ,S については, 『法哲学』 の 「市民社会」187節参照. また 『現象学』 の 「自己疎外的精神, 教養」 の章参 照. i l l i i l f l 4) Marx/Bngels: Die Hei e und Andere Phi に osophi ge Fami sche Frahs chr en, Di et z Ver ag ,1953 , S .81 , 『経済学・哲学手稿』 大月書店刊マルクス・エ ンゲルス選集補巻4, 404ページ, 5) 『法哲学』 では市民社会の増大する矛盾, 貧富の対立のために, 移民, 世界商業のほか職業団体による内 的な矛盾の解消などが考えられているが, もちろん決定的な解決策ではない, i i f l l 6) Hege t sche jugendschr s Theo og en ,von H. Nohl .152~239 , hsg ,S , ,1907. d b i 4 2 7)l 2ページ以下参照. . .243~3 . そのうちとくに 「キリスト教団の運命」33 ,S ion i t 8) H, Marcuse: Reason and Revolut es Pゞes s .34~35 .『理 性と , The Humani , New York , 1954 ,p i f 革命』 桝田他訳, 3 8ペ【ジ. マルクーゼはヘーゲルの Jugend l t s chr en のうち 「愛」 の断片 (Noh . ,S 37 8~38 2) に焦点をあてている. i l f 9) Theo t og s che Jugendschi en ,350 , ,S. l i 10) G, Lu嫌cs: Derlunge Hege l 4 4 n .21 , 若きヘーゲルにおける労働概念展開の過程を最も ,Ber , 195 ,S 克明に追求 しているのはやはりルカーチである. なおつけ加えておくと, ゴッ トフリート.シュティーラ ーはヘーゲルとマルクスの 「疎外」 概念の差異を学哲的理論的と実践的政治的把握の対立と して両者の間 に決定的な断絶をみるが, この間に断絶をみず, ヘーゲルが資本主義社会における疎外の叙述を与えると するルカーチを批判する. しかし, ヘーゲルの 「労働」 をただ理論的な意識の活動に限定 して しまうこと i i ikin Hege l i l l には疑問があろう. Vg1 ehl er: Di i e Da ekt t s ”Phgnomemo og e des Ge esP I964 s . G, St , S ご ・256f. 11 ) 金子武蔵 『ヘーゲルの国家観』154ページ 参照. この時代にヘーゲルがスチュアートの 『経済学原理』 独 訳に註釈をほどこ し, 欲望と労働, 分業, 諸身分の資力, 救貧設備, 警察, 課税などについて研究 したこ とが知られている, f i ik und Recht l loso t en Zur Po t i 12) Schri sphi )h e sg l son ,von G,1as , hr ,420 . ,1923 ,S S l i h w a l t B 13 B d m ) Hegel c e e r く e r t e lder Phi l s r n a sat ze aus dem kr遁schen Journa osophie , , , Auf , , hrsg ockner von H. G1 .500 , ,1958 ,S. ] i 14)Jenenser ReaIPhi osoPhi e t s er , Ho爺ne ,hrsg von 1 ,S ,253 , , Band 口,1931 l losophi 15) Rea e phi , 1, S .239 . , Bd. - 98 -.
(10) . ヘーゲルにおける 「労働」 概念の展開とその弁証法 i l 16) Phanomeno og e .『現 象 学』 中, 572ペ ー ジ. ,281 ,S B d i l l 1 17) Rea e osophi oph ,236. , . ,S. こ l i 25~6ページ, 市民社会における特殊性と普遍性の原理の関 係′ e 18 ) Phanomeno og .257 .『現象学』 中,5 ,S 6節参照 『 1 1 8 3 節と 8 ついては, 法哲学』 。 i losophi l 19) Rea e ph .198, . n, S ,Bd S id b 20) l . . , .251 S d l l e 21) Rea osophi phi , , B , 1, ,239 i i B d S l l 虹 e 22) Rea osoph ph . , , ,215 , ’ ini l 99 s e des Recht en der Phi osophi 23 s Grundi ) Hegel ,S I , 欲望の充足がすべての人の労働によっ ,1854. て媒介されることを, ヘー ゲルは 「普遍的財産」 と呼ぶが, これは相 互補充的な社会労働力, 労働に由来 する知識技能, 徳性などを含めた社会的生産力である。. i l l 24) Rea e osoph phi . . 工,S .240 , Bd. i l i l l o oph 25 ) Rea s ph . 江,S .197 , 労働による実践的教養の獲得については 「法哲学」167節参照, ,Bd d l l 26) Rea e osophi phi . .214 ,B , ロ.S i e 27) Phanomenolog ,146 , 『現 象 学』 上, 159ペ ー ジ, ,S i d. 28)lb .147 . 同 訳 書160ペ ー ジ. ,S idり S 29)lb ,149 , 同 訳 書162ペ ー ジ,. b i d 3 62ページ. 人間が個別的労働を通じて, 意識的あるい は無意識的に普遍的労働を成 9 0 )l , 同訳書1 . .14 ,S しとげることについては, 『現象学』 の 「理性」 における 「自己意識の運動の直接的方向, 人倫の国」 の 項参照, d S l l 31) Rea osophi e phi , , B . 口, ,214 id S b 1 32) l 2 7 . , , .. 3 3 ) オイゼルマソは 「労働そのものは決 して疎外ではない」 , 労働が 「疎外された労働」 になるのは人間社会 なかに肯定的, 否定的, 何れにも転 人間の労働そのものの の特定の発展段階においてのみと説明するが, 化する面がひそんでいると考えられよう. ヘーゲル自身はこの点を明確に していないが, この問題は 「疎 クト 」 の概念の人間的, 歴史的, 社会的解釈にかかわってくるであろう, テ・イ・オイゼルマソ 『マルクス 6ページ参照. 主義と疎外』 樺訳, 8 d i l l 34) Rea os ophi e ph . ,237 ,B ,工,S d. S b i 35) l . , .237 bid, 36) l ,239 , ,S i l l l 37) Rea ・ e osop phi . □, S . ,232 ,Bd b id, 38) l ,S .232 .. i d b 3 3 2~23 9 )l , ルカーチもマルクーゼもこの箇所を引用 しているが, ヘーゲルの述べる労働のもつ否 . .23 ,S 定的性格をどの程度まで認めるかということになると, 両者ともヘーゲルの叙述が初期マルクスにきわめ て近く, マルクスまで徹底 していないということで一致している. なお, 貧富の対立については 『人倫の 45節にもくわしく述べられている, 財富の 43節~2 体系』 の 「欲望の体系」 のなかでも, また 『法哲学』2 蓄積とならんで, 「特殊的労働の個別化と制限およびこの労働と結びついた階級の依存性と困窮とが増大 243節) する」,( i l 40) Reason and Re u s on vo . 『理性と革命』 邦訳87ページ. ,78 ,p l l 41) Rea e osophi phi .257 . , 虹, S , Bd. l i食en 5 et z Ve ag r 4 2) Marx/Bngels: K1eine okonomische Schr ,98 『経・哲手稿』 大月版マル・ , Di ,195 ,S ペ ジ 2 9 9 エソ選集補巻4 ー , , id 43) lb . 同 邦 訳, 299ペ ー ジ. . .98 ,S. 0ページ参照. 44 ) K, L6with: Von Hegelzu Nietzsche . 『ヘ ー ゲ ル か らニ ーチ ェ へ』 ロ. 柴田訳,5 ,291 ,S マルクスは, ヘーゲルのイエナ大学の講義とスチュアートの経済学への註釈を知っていたな ら, もっと早 く自分の問題を展開することができただろう, といわれる. d Re i l 2ページ参照, 45) Reason a t l l u on vo ;p .92~93,『理性と革命』 邦訳10 したものである. ) 東京都立大学 〕 における報告原稿に加筆 (この論文は, 日本哲学会 〔昭和42・5012 ,. - 99 -.
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