へき地・小規模校教育をめぐる研究に関する展望 ―大学と学校の合同研修会を踏まえて―
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(2) 釧路論集 -北海道教育大学釧路校研究紀要-第49号(平成29年度) Kushiro Ronshu, - Journal of Hokkaido University of Education at Kushiro - No.49(2017):9-16. へき地・小規模校教育をめぐる研究に関する展望 ―大学と学校の合同研修会を踏まえて― 越 川 茂 樹1・川 前 あゆみ2・中 川 雅 仁3 1 2. 北海道教育大学釧路校保健体育研究室. 北海道教育大学釧路校へき地教育研究室 3. 北海道教育大学釧路校物理学研究室. Prospects for Researches on Rural Small School Education ―Based on Joint Study between University and School in Kushiro cho― KOSHIKAWA Shigeki1, KAWAMAE Ayumi2, NAKAGAWA Masahito3 1. Department of Health and Physical Education, Kushiro Campus, Hokkaido University of Education 2. Department of Local School Education, Kushiro Campus, Hokkaido University of Education 3. Department of Physics, Kushiro Campus, Hokkaido University of Education. 要旨 北海道における学校の統廃合をめぐる状況と,それに伴う学校教育に関する問題や課題への取り組みの必要を主な背景 とし,2016年4月28日,北海道教育大学教育学部釧路校と釧路町立昆布森小学校は,へき地複式教育に関する基礎的・実 践的研究の連携に関する覚書を結んだ.本稿では,へき地複式教育に関する基礎的・実践的研究の連携を推進していく第 一歩として行った,北海道教育大学教育学部釧路校と昆布森小学校の合同研修会の報告,ならびにこの取り組みを踏まえ て研究テーマ領域について展望した.その結果は以下のように整理された.1)へき地・小規模校における複式教育といっ た環境の中で,「学習規律」にかかわり,子どもの内的自律性はどのような学習観によって支えられるのか,あるいは, 個人の内なる規律性とは何で,どのように生じるのかを探ることがテーマとなり得る.2)複式学級という環境の下,少 人数の子どもたちの学習指導に取り組む中で,かかわりの濃密さがあるがゆえ,教師は自身の教育観や授業観等について 深く見つめることができ得ると考えられる.そして,そうした行為自体から教師の力量形成としての現職教育や教員養成 の内容の検討に関わるテーマが考えられる.3)へき地・小規模校における情報機器の活用の問題にかかわって,間接指 導時における学びの保障,間接指導を充実させる教材・教具の工夫,間接指導をより深まりのある活動につなげる実物投 影機等を利用した話し合い活動の工夫,ならびに子どもたちにとっての学びやすい学習環境の工夫といった観点から研究 を進めていくことができ得る.. 1.はじめに. こうした政策動向の影響による統廃合以上に,北海道に. 「人口減少社会」の到来が叫ばれ,その一因とされる少. おいて地域によっては,いわゆるへき地における若者の流. 子化,それに伴う学校の児童生徒数の減少を背景に,文部. 出による就学期の子どもの減少が,学校の統廃合の背景に. 科学省が『公立小学校・中学校の適正規模・適正配置等に. あるといわれている中で,学校の統廃合が進み,へき地に. 関する手引き −少子化に対応した活力ある学校づくり. おける教育をめぐる問題が指摘されている.それゆえ,北. に向けて−』 (2015)を策定した.それにより,これまで. 海道の教員養成を使命とする北海道教育大学にとって,へ. 学校規模に関しては,12学級以上18学級以下を標準として. き地における教育をめぐる問題や課題に取り組むことは避. きたものを新たに6学級以下の小学校,3学級以下の中学校. けて通ることはできない.. の統廃合について自治体に検討を求めることとなった.ま. こうした状況をも踏まえて,玉井(2005)は,へき地・. た,通学範囲についても,小学校は4キロ,中学校では6キ. 小規模校教育に関する研究の課題領域をあげている注1).. ロが適当とされてきたが,バス利用等を想定しておおむね. そして,こうした課題領域は,都市部の学校が現代の教育. 1時間以内とされ,学校の統廃合が進んでいる. . 改革の中で取り組んでいるものと連動するものであるゆ. -9-.
(3) 越 川 茂 樹・川 前 あゆみ・中 川 雅 仁 え,その可能性を追求することは,都市部の教育改善の発. 布森小学校に赴き,合同研修会を行った.. 想の幅を広げる問題提起になり得る(玉井,2005,p.140). 本稿では,今後の共同研究を推進していくための基礎資. と指摘している.また,川前(2014)は,高度経済成長以. 料として,この取り組みをふりかえり,研究テーマ領域に. 降のへき地教育研究の研究動向について,その時代の中心. ついて展望することとする.. 的な論攷としてみなすことができるであろうへき地教育に 関する書籍を概観することを通して,類型化を試みてい. 2.合同研修会の概要. る.それによると,①へき地の地域問題・教育格差問題と. 2017年2月3日に昆布森小学校に釧路校の教職員15名が赴. 課題克服に関する研究(劣悪なへき地の環境とその地域格. き,同小学校の教職員と合同研修会を行った.研修会では,. 差の改善・教育整備の課題克服に関する研究) ,②へき地. 複式3学級の授業(低学年の算数,中・高学年の国語)を. 教育研究連盟等によるへき地複式教育の実践的指導方法に. 参観し(写真1,2,3),学校の施設等の見学を行った(写. 関する研究(複式授業指導・複式学級経営・地域学習・ふ. 真4).. るさと教育等のへき地の実践的指導方法の研究),③へき 地校の地域連携と地域学校運営に関する研究(学校と地域 が連携した学校運営のあり方の研究) ,④少子化等による 人口減少と学校統廃合・存続に関する研究(少子化・過疎 化の中での学校統廃合や学校存続,および学校の対応課題 に関する研究) ,⑤へき地教育の教員研修とへき地教育実 習等のへき地教師教育に関する研究(学校現場を中心とし たへき地小規模校の分析や実践的対応方策のみならず,教 員養成大学を対象とした教師教育に関する研究)として整 理される.特に最後のへき地教師教育の研究は,教師教育 一般の研究だけでは,必ずしもへき地小規模校における教 師の力量形成につながっていかないという現状認識から, へき地における教師教育の研究の推進を川前(2014,p.60). 写真1 低学年の複式授業. は指摘している.そのためには,①〜④に属する研究の蓄 積が必要となるであろうし,教員養成課程においてより具 体的には,へき地小規模校における学級経営や学習指導の 考え方と進め方に関する研究であり,現職教師においては 継続教育をめぐる研究の活性化が求められよう注2). 以上のような北海道における学校の統廃合をめぐる状況 と,それに伴う学校教育に関する問題や課題への取り組み の必要性を主な背景とし,2016年4月28日,北海道教育大 学教育学部釧路校(以下,釧路校と記す)と釧路町立昆布 森小学校(以下,昆布森小学校と記す)は,へき地複式教 育に関する基礎的・実践的研究の連携に関する覚書を結ん だ.. 写真2 中学年の複式授業. 尚,覚書は,へき地・小規模校の教育をめぐる今日的課 題に関する多面的・多角的取り組みの必要性に対する地域 の大学の使命を自覚するものであり,北海道教育大学第2 次中期計画に基づくものでもある注3).そして,覚書はこ うした計画に掲げられた事項について促進していく具体的 な宣言として位置づけられるものである.それゆえ,今後 覚書をもとに具体的な活動が求められることとなる.しか しながら,研究活動をめぐって,何をどのように進めてい くことができるのかといった具体的なテーマと取り組み方 等,考えていかなければならない. そこで釧路校教職員が,複式授業を参観するとともに, 今後のへき地複式教育に関する理論的・実践的な取り組み を推進していくための意見交換を行うことを目的として昆. - 10 -. 写真3 高学年の複式授業.
(4) へき地・小規模校教育をめぐる研究に関する展望. 写真4 学校見学の様子 写真6 秋の奉納相撲 その後,教員間で授業に関する質疑応答と今後の連携に 関する意見交換を行った(写真5) .意見交換は昆布森小学. 写真6からわかるように,秋に行われる昆布森神社祭に. 校の校長以下7名の教員と行った.. おける奉納相撲のためのものである.学校の中にあること で維持・管理が円滑に行えるという理由からおかれてい る.また,釧路町では毎年1月末に長靴アイスホッケーの 大会があるため,毎年冬季にはアイスホッケー用のリンク をグラウンドにつくっている(写真7).. 写真5 合同研修会 昆布森小学校は完全複式学級であるため,授業内で直接 指導と間接指導の方法が子どもたちの学習の流れに沿って 写真7 アイスホッケーリンク. とられる.参観したいずれの学級においても,教師は,2 個学年の指導のため,学習過程をずらし組み合わせて,授 業時間内に一方の学年から他方の学年へと交互に移動して. さらに,地域の災害時避難場所として,校舎の裏に階段. 直接指導を円滑に行っていた.いわゆる「わたり」のタイ. をつくりさらに上ったところのスペースを整備している.. ミングが,児童の自ら解決できる状態にほぼなっている頃. 放課後の合同研修会では,授業に関する質疑応答,なら. 合いを見計らっていたことや,その回数は適切であったよ. びに今後期待される,あるいは求められる協働的な取り組. うに思われた.また,中学年と高学年の国語の授業では,. みに関する協議を行った.. まとめの段階では情報機器を活用し,発表者が自らの意見. 授業に関する質疑応答では,大学の参加者から, 「複式. を明確に表現する,児童自身が何を学んだか確認する,聴. 授業における学年間のウエイトのかけ方に違いはあるの. き手が発表に対して質問や意見をする,そして相互にやり. か」といった質問や, 「情報機器の活用の様子をみて参考. とりする中で理解を深める,といったさまざまな学習活動. になった」等の感想が述べられた.また, 「授業参観を含. を活性化しようとする意図がみられた. . む学校視察としてへき地複式学級を有する学校に訪問する. 施設等の見学については,各種教室や体育館,ならびに. ことは初めてであった」といった感想もあった.. 災害時避難場所を見学した.昆布森小学校において特徴的. 大学と小学校の教職員が合同で研修することができたこ. なものは,グラウンドにある土俵である(写真6).. とは,今後のへき地小規模校や複式授業を研究する上で多. - 11 -.
(5) 越 川 茂 樹・川 前 あゆみ・中 川 雅 仁 角的な視点から共通して検討する材料を得ることができ,. 例えば,山下(1987,p.302)は,学習規律とは個人の. 大学にとっても有意義な研修の場となったと考えられる.. 学習を規則正しく行い,集団の秩序を保っていくための行. さらに今回の大学事務職員の参加は,日頃学生と接したり. 為の基準であり,規律一般と同じく,学習の手段というよ. 学校現場に赴いたりするような業務ではないため,日常業. り結果として生み出され,発展していくものであると規定. 務が教員養成系大学における仕事として結びつくイメージ. している.しかしながら,その際,どのように集団の秩序. が持ちにくい中で,実際にへき地小規模校を訪問すること. を保っていくかが問題となる.山下(1987,p.303)は,外. で自身の業務への意味づけが可能となったといえる.. から,往々にして教師からの直接的な管理や既成によって. 今後,年度初めの複式学級開きの場面から,1年間を通. 秩序を保つようにする場合には,一時的に表面的に維持さ. じて数回の授業実践や研究協議ができれば,児童の成長や. れるかもしれないが,子どもたちがそれを必要と感じ,自. 学習ルール等の定着や低・中・高学年における各教師の指. 分の学習する権利として行使し自覚しない限り育まれない. 導の工夫に関する研究が促進される可能性が増すと考えら. と指摘する.つまり,たとえ子どもたちが教師の指示を受. れる.. けて相互に取り締まりにあたり,無秩序状態から秩序状態. 今後の協働的な取り組みについては,年間を通して磯の. へと自治的な動きを見せていたとしても,外的な規律の規. 学習や水泳教室といった校外学習,運動会や学習発表会等. 制に留まり,子どもたち自身の必要から生じる内的な規律. の特別活動,ならびにその他の教室学習以外の場や休み中. やそれに伴う外的規律の現れになっていなければ,学習. の学習支援等における学生ボランティアの派遣依頼が,昆. 規律の形成にはならないということである.また,基礎的. 布森小学校から求められた.また,共同研究に関しては,. な学習規律は存在するものの,学習規律は固定化するもの. 覚書の中であげられている分野を中心に可能なものから進. ではなく,教科や学習内容,教師の指導,子ども相互の関. めていくことが確認された一方で,今回の授業参観及び協. 係のあり方や学習集団の質,ならびに子ども自身の必要や. 議の中で,共同研究の方向性や展開され得るテーマにかか. 価値の自覚の度合いに応じて異なってくる(山下,1987,. わることがらがいくつかあがってきた.例えば,複式学級. p.303)という.. における学級経営に関連した学習規律をめぐる問題,教師. 住野(1990)は, 「学習規律」という概念の前提として,. の教育観や授業観が学習指導に与える影響を実感してい. 「学習規律の組織化を,外的行動のみを訓練するのではな. るということに関連して,どのような哲学を教師が持って. く,それとともに内的 「規律性」 の育成をめざすこととと. いるかが問題ではないかといった問い,情報機器の活用が. らえ,これまでの学習規律論やその実践を踏まえて,学習. 子どもたちの学習意欲を高めたり,学習活動を円滑にした. 規律とは意識と行動の統一的なものであり,その意識の内. り,さらには学習の質を高めたりといった効果を及ぼす可. 実は,要求しあい援助しあいながら,教科の内容を学ぶ集. 能性等である.今後プロジェクトとして大学教員の分野を. 団的・共同的な自己指導能力として現れることの必要性を. 超えたチームによって推進されることが求められるテーマ. 説いている.こうした背景には,学習規律の指導が,学習. の柱になるのではないかと示唆された.以下では,この三. 行為や行動の指導に偏向していることや,外的な規律保持. つにかかわるキーワードを, 「学習規律」 , 「教師の哲学」,. となっていることに対する危機感があると考えられる.求. そして「情報機器の活用」を手がかりに研究テーマについ. められる学習規律の指導について,住野(1990)は子ども. て展望することとする.. たちの内的規律性を重視することを前提として,その規律 性の中核にあるものを学習観と学習意志ととらえ,それら. 3.今後の研究テーマにかかわるキーワードをめぐって. を「みんなでわかる」という共同的なものにすることであ. 3.1. 学習規律. ると述べている.こうした見解から窺われるように,学習. 合同研修会における意見交換では,複式学級といえど. 規律とは,子どもたちの立場に立ち,彼らが自らの学びを. も,いかに学級経営を行っていくかが現場の素朴な課題と. 促しその質を高めるために,学ぶ行為を律するものを意味. してあげられた.こうした課題への取り組みとして,つま. していることは共通であるといえる.. り,学級経営をいかに考え進めていくかに対して,学級の. さらに井上・小泉(2010)は,学習規律の重要性はどの. 風土,学習の定着度に大きな影響を与え,子どもたちが学. 教師も認識していることであるが,そのとらえ方やどこま. 習を進める上で土台となるものである学習規律(井上・小. で身につけさせるのかといったことについて非常にばらつ. 泉,2010,p.151)に着目することは重要であると考えら. きがあり,特に小学校と中学校の教師のとらえ方について. れる.それゆえ,ここでは学習規律の問題について取り上. は,大きな隔たりがあるのではないかという問題意識か. げ考えることとする.. ら,教師に対する意識調査を行った.その結果,教師主導. 学習規律という言葉は実践現場に広く普及しているが,. の注意や称賛が多く,学習者の自主的な選択までには至っ. それは,今日に至るまでさまざまに定義され,その指導が. ていない学級が多いことを明らかにし,学習者の自主的な. 行われてきている(住野,1990;井上・小泉,2010;八木,. 選択による学習規律の定着の困難さを指摘している(井. 2015) .. 上・小泉,2010).また,八木(2015)も,学習規律とは,. - 12 -.
(6) へき地・小規模校教育をめぐる研究に関する展望 授業の認識過程において,子ども集団の必要に応じた,内. は,彼の考え方を手がかりに考えてみたい.. 的で自律的なものとして生成されるという理解から,まず. 高久(1990)は,ヘルバルトが講義で述べた言葉を示. はきちんと席について教科書を開くという形式的から指導. し,それが「哲学をもたない教師が教育の問題や事柄につ. していることを重視し,授業の内容理解は先にあるという. いて,その本末軽重の見分けができずに,末梢的なものと. 形式的な段階論で授業づくりを把握する傾向を指摘し,授. 根幹に当たるものとを簡単に混同してしまうこと」 (高久,. 業の体裁を他律的に整えようとする安易な実態,すなわ. 1990,p.20)と「毎日の多忙と多様な仕事のなかで,目先. ち,他律的管理装置の傾向を問題視している.. の事柄や問題に振り回されてしまう代表的,典型的な職場. このように,求められる学習規律と実際の現場におけ. が教育の現場であると見なし,本質や理念を踏まえた哲学. るその指導のズレといった問題をどう乗り越えていくか. 的な見方,考え方を他のどこよりも必要とするのが教育の. が,今日において実践的な課題として残されている.桒原. 実践界であること」(高久,1990,pp.20-21)をあげ, 「哲. (1987, p.348)は, 学習規律を指導する場合, 学習規律の「教. 学ある教育の実践」の重要さが時代を超えて求められてい. え込み」・注入主義の立場,子どもたちの自発性への手放. ることを指摘している.. しの信頼から生まれる立場,そして子どもたちが自主的に. では, 「哲学ある教育の実践」とは何を意味するのか.. 授業の秩序を保ち,全員で共同的に授業に参加するような. 高久(1990)は,それには二つの意味があるという.一つ. 学習規律を教師が指導しなくてはならないとする立場の三. は, 「教育実践上のさまざまな問題や事柄は哲学的な考え. つのがあると整理している.そして,子どもたちが授業に. 方に基づいて吟味され,判断され,構想されるべきだ」 (高. 主体的に参加するためのルールやマナーを学習規律とし,. 久,1990,p.22)といった意味であり,もう一つは, 「い. それを育成するためには,三つ目の立場にたった指導が求. つでも,より本質的,根本的なものを問題とする哲学的な. められ,その際,子どもたちが自主的に秩序を保ち学習に. 思考が導き出してきた成果としての内容,つまり,明確で. 参加するといった学級に自己指導力を形成する上で,直接. 妥当な教育の理念や目的に基づいた実践」 (高久,1990,. 的な指導としての指示より,学級の雰囲気や環境に働きか. pp.22-23)を意味するという.そして,後者については,. ける間接的な指導の可能性を指摘している(桒原,1987,. 不動の信念とか確固たる信条に貫かれた実践とも言い換え. pp.348-349) .. ることができるが,この信念や信条の内容が独断的,妄信. へき地・小規模校における少人数教育でも, 「みんなが. 的なものに過ぎないとしたら「哲学ある教育の実践」とは. わかる」といった共同的学習観に支えられた子どもたちの. 言えない(高久,1990,p.23)と高久は指摘する.この点. 内的規律性を考えることは,もちろんあり得るが,複式学. について,教育実践の現場においてしばしば問題となるよ. 級においては,学年一人の場合もあり得る.したがって,. うに思われる.. 「みんながわかる」といった共同的学習観を土台にするこ. 教職経験を積み重ねるなかで,ともすると自らの経験則. とが必ずしも内的自律性の基礎にはならない.むしろ,2. を過度に慮り独断的,妄信的なものとなり,それを根拠に,. 個学年における「みんなが学んでいる」といった共同的学. 例えば,目の前の子どものありように対して偏った見方. 習観が,子どもたちの内的自律性の支えの一つとなると考. をしてしまい実践を展開してしまうことが,しばしば問題. えられる.また,子どもの内的自律性は個人において,い. になることがあるように見受けられる.これは,教育の理. かなる学習観のもとに支えられ得るのか追究することも求. 論が教師の内面において洗練され,自身の哲学として結晶. められるように思われる.. 化され,実践における教育的感覚として自分のものになり. 複式学級を有する学校においては,学年別指導の間接指. きってしまうゆえの一つの実態と推察される.こうした中. 導を活かし,子どもたちに学び方を育てることが大切であ. には,実践における「つまずきの意識の鈍化またはまひ」. る(川前他編,2016,p.28)ゆえ,例えば,学び方の系統. (高久,1990,p.116)があると考えられる.それゆえ,. を手がかりにしながら,子どもたちの内的自律性を育む手. このことがどのようなメカニズムで生じるのか,あるいは. 立てを工夫することが求められよう.ここに研究テーマの. どのような教職経験の積み重ねに関連しているのか等を追. 可能性をみることができる.また,個人の内なる規律性と. 究することが研究として求められる.また, 「ともすると. は何で,どのように生じるのかを探ることがテーマになる. まひしがちなつまずきの意識に刺激を与え,この意識の鋭. と思われる.. 敏さを保ち続け」(高久,1990,p.117)ることをめざした 教員研修や継続教育が,現職教員の力量を維持し円熟させ. 3.2. 教師の哲学. ていく大学の役割として求められる.. 教師の教育観や授業観が学習指導に与える影響を実感し. 他方で,経験的に実証され理論的に正しいとされる,良. ているということに関連して,どのような哲学を教師が. 好な児童と教師の人間関係が効果的な学習を生むといった. 持っているかが問題ではないかといった問いが,協議会に. 知識が,児童をよく理解していれば授業は自ずとうまくい. おいてあがっていた.この点にかかわる問題に関して,例. くといった軽はずみな思い込みを導き,結果こうした期待. えば,教育学者高久清吉(1990)が言及している.以下で. が外れてしまう,いわるゆ「実践ショック」に直面する(グ. - 13 -.
(7) 越 川 茂 樹・川 前 あゆみ・中 川 雅 仁 ルーペ,クリューガー,2000,p.21)といった現実もみら. も,複式学級における情報機器の活用については教師に. れる.. とっても子どもにとっても有益なものであることが確認さ. 教育,授業,学習についての理論的な知識を充分に身に. れている注4).しかし,今後も深刻化する人口減少社会の. つけているということが,効果的な教育的措置や効果的な. 中で,へき地・小規模校における情報機器の活用方法を開. 指導の十分な条件とは限らず,そもそも重要なことはこれ. 発していくことは,完全複式学級を有する学校だけではな. らの知識を実践的に応用し,それぞれに異なる組織的・制. く,在籍児童の各学年人数によって変則化する複式学級編. 度的な,そして状況的な条件に合わせることができること. 制の困難さの中で,子どもの学習の質的な保障を高め,さ. である(グルーペ,クリューガー,2000,p.22) .こうし. らに教師にとっても教材研究の負担を軽減することにな. た理論と実践を結びつける教育的感覚が教師にとって大切. る.そして少人数指導の中で取組む情報機器の活用が教具. なものであり,それを洗練されることが求められる.この. の工夫により授業実践力や教師自身の指導技術を高めるこ. 洗練も理論と実践は不可分に結びついている.この点につ. とにつながる.. いて高久(1990)は,教育実習生を例に次のように語る.. 本稿でも昆布森小の複式授業における情報機器の活用に ついて,合同研修会での意見交流にみられた,児童の学習. 教育実習生の理論が教育の実際場面の中ではほとん. 意欲を高める情報機器の活用や学習活動を円滑にする手立. ど無力のようにしか思われないのは,それが事実につ. て, 異学年指導における学習の質を高める効果が示された.. まずく,事実と対決するという体験の媒介を経ない理. ここでは,昆布森小の実践から複式学級での情報機器の. 論だからである.理論が理論そのものとして切り離し. 活用の期待される効果と可能性を以下の点から概観してい. て学ばれる限り,これが教師の身についた教育的感覚. く.. の力にまで転化していくことはむずかしい.実際場面. (1)間接指導時における学びの保障. の中で,事実へのつまずきをつまずきとして鋭く感じ. 間接指導時における学びの保障である.架空のクラスメ. 取り,ここから,もっと根本的なものや本質的なもの. イトの2人目,3人目を,情報機器を活用することでどう創. へと改めて問いかけるという,その意識と働きを呼び. ることができるかである.つまり,情報機器を用いてバー. 起こしたり,方向づけたりする起動力や仮説としての. チャルスチューデントを創出し,意見の交流や練り合いの. 役割を果たすことの中でこそ,理論は教師の生きた「感. 場面を創ることで,よりリアルな言語活動を伴う交流が可. 覚」となっていくのである.. 能となる.別の視点で発想すれば,バーチャルティーチャー (高久,1990,p.115). を位置付けることも可能となる.例えば,1人学年の場合 には,間接学習時は全て一人の学習になるため,スライド. 教育実習生の理論として決めつけてしまうことにはいさ. (発達段階に応じたイラスト,図,文字を起こしたもの). さか違和感を覚えるが,理論と実践の不可分の結びつきの. 等を通じてコンピュータ上のバーチャルティーチャーと学. 重要性は,こうした主張において理解することはできる.. 習を進めていく設定が可能となる.. 教育的感覚を洗練させつつ,理論も学び内面化していくこ. (2)間接指導を充実させる教材・教具の工夫. とが教師のキャリアを高めていくことにつながるといえ. 間接指導をより充実させる教材・教具の工夫である(写. る.それゆえ大学における教員養成課程における学びの内. 真8).. 容とその経験のさせ方の工夫が求められるのである.した がって,こうした視点からも研究テーマが想定され得る. へき地・小規模校において「教師の哲学」 ,ないしは「哲 学ある教育の実践」をめぐる探究テーマとして,複式学級 という環境の下,少人数の子どもたちの学習指導に取り組 む中で,かかわりの濃密さがあるがゆえ,教師は自身の教 育観や授業観等について深く見つめることができ得ると考 えられる.そして,そうした行為自体から教師の力量形成 としての現職教育や教員養成の内容が検討に値するものと してあげられる. 3.3.情報機器の活用 近年,教育活動における情報機器の活用が進む中で,小 写真8 間接指導において児童が発表し合う様子. 規模校,特に複式学級における授業においてどのような活 用方法や教育効果があるのか各学校で実践が積み重ねられ ている.複式学級を有する学校での先行研究が少ない中で. 実際に実践している教師からは, 「複式学級担任は通常. - 14 -.
(8) へき地・小規模校教育をめぐる研究に関する展望 であれば授業準備が単式学級の2倍になるが,情報機器を. 授業の内容や板書量に応じて適宜黒板を使う学年を変更し. 活用することで教材研究(準備)の負担は半分になり,そ. て授業をやらざるを得ない場合も生じている.児童にとっ. して教育効果は2倍になる」と評価する複式担任もいる.. て学びやすい空間になっていない教室空間もある.. 一人の教師が同一校に勤務する年数は少なくても数年ある. 以上,本稿では四つの観点から複式学級での情報機器の. ことから,情報機器を活用した教材や教具のデータをファ. 活用の有効な指導環境についてとらえた.今後はこれらの. イル化し,経年後にも継承していくことが学校運営の中で. 観点により,教師にとっての指導方法や指導技術の向上,. 位置づけることができれば,複式学級担任の授業に関する. さらに,子どもにとっての学びやすい学習環境,確かな学. 負担感を軽減させることも可能である.. 力を保障する複式授業のあり方を授業実践から精査してい. (3)間接指導をより深まりのある活動につなげる実物投. くことが求められる.. 影機を利用した話し合い活動の工夫である.間接学習時に は児童がノートやワークシートに問題を解く,説明や考え. 4.摘要. を書く学習を進めた後に児童どうしで発表し合う,交流を. 本稿では,へき地複式教育に関する理論的・実践的な取. する時間を設けている.そのときに,自分が書いたノート. り組みを推進していく第一歩として行った,釧路校と昆布. やワークシートをそのまま実物投影機に提示することに. 森小学校の合同研修会の報告,ならびにこの取り組みを踏. よって,自分の学びの成果を可視化する,あるいは書いた. まえて研究テーマ領域について展望した.その結果は以下. ことを言語化する思考力を習得していく機会とすることが. のように整理される.. できる(写真9) .. 1)へき地・小規模校における複式教育といった環境の中 で, 「学習規律」にかかわり,子どもの内的自律性はど のような学習観によって支えられるのか,あるいは, 個人の内なる規律性とは何で,どのように生じるのか を探ることがテーマとなり得る. 2)複式学級という環境の下,少人数の子どもたちの学習 指導に取り組む中で,かかわりの濃密さがあるがゆ え,教師は自身の教育観や授業観等について深く見つ めることができ得ると考えられる.そして,そうした 行為自体から教師の力量形成としての現職教育や教員 養成の内容の検討に関わるテーマが考えられる. 3)へき地・小規模校における情報機器の活用の問題にか かわって,間接指導時における学びの保障,間接指導 を充実させる教材・教具の工夫,間接指導をより深ま. 写真9 間接指導時に児童が自分のノートを提示して. りのある活動につなげる実物投影機等を利用した話し. 説明する様子. 合い活動の工夫,ならびに子どもたちにとっての学び やすい学習環境の工夫といった観点から研究を進めて いくことができ得る.. また,交流時には友達に対して,より見やすい字で書く ことを意識させることができ,少人数であっても他者意識 を培うことができる.このような間接指導時の交流は,学 習リーダーが進行役を務めることが多いが,多面的な教育. 注. 効果を目指すことを可能とし,大人数では出番が少ない発. 注1)へき地・小規模教育研究の領域として,玉井(2005). 表者としての役割をどの時間も何回も経験することで,書. は,①へき地・小規模校教育の再評価とパラダイム. くことと話すことの言語活動が深化していく場面を,情報. 転換の可能性に関する研究,②へき地・小規模校経. 機器を活用することでより多く創出することができる.. 営の徳性と協働経営の可能性に関する研究,③へき. (4)多くの複式学級を有する小規模校では,元々が単式. 地・小規模校の学習指導の特性と少人数地域学習の. 学級用に建設された建物であるため,複式学級に編制され. 可能性に関する研究,④へき地・小規模校の自然体. た場合,少人数であっても教室空間が手狭な学校も散見さ. 験・農林漁業体験活動の特性と心の教育の可能性に. れる.物理的空間の狭さをどのように工夫でいきるかも複. 関する研究,⑤へき地・小規模校の存続問題と地域. 式校の課題となっている.そのような場合も情報機器の活. 生涯学習の可能性に関する研究,⑥へき地・小規模. 用が有効である.一方の学年は単式学級にある標準的な固. 校の教育経験と教師の成長に関する研究をあげてい. 定式黒板を使えても,もう一方の学年は面積の小さい移動. る.そして,これらの領域は,へき地の特性を構成. 式黒板を使用している学級が圧倒的に多い.その場合は,. する要因が相互に関係しているため,独立して研究. - 15 -.
(9) 越 川 茂 樹・川 前 あゆみ・中 川 雅 仁 できるものではなく複合的な研究が不可欠となるこ. 桒原昭徳(1987)学習規律の指導.吉本均編:現代授業研 究大事典.明治図書:東京,pp.346-349.. とを指摘している(玉井,2005,p.137) . 注2)へき地小規模校においても,そこで学んでいる子ど. 文部科学省(2015)公立小学校・中学校の適正規模・適正. もたちの学びを保障するために,教師たちが自身の. 配置等に関する手引き –少子化に対応した活力ある学. 専門性の向上に資する活動,とりわけ校内研究を充. 校づくりに向けて−.. 実したものにすることが求められている(深見,津. O.グルーペ・M.クリューガー:永島惇正・岡出美則・ 市場俊之・有賀郁俊・越川茂樹訳(2000)スポーツと. 田,2016) . . 教育 ドイツ・スポーツ教育学への誘い.ベースボー. 注3)該当する中期計画は,15番の「へき地・小規模校教. ルマガジン社:東京,pp.21-22.. 育に密着した研究」 ,16番の「へき地・小規模校に おける現職教員支援への中心的役割を担いながらの. 住野好久(1990)授業における学習規律に関する研究.教 育方法学研究,16:117-125.. 情報提供,ならびに継続的に相互交流と相互支援の実 施」 ,17番の「学校からの要望に対応する現在の重要. 高久清吉(1990)教育実践学 教師の力量形成の道.教育 出版:東京.. な教育課題及び新たに提起されてくる問題の解決を 行うために,解決に寄与するカリキュラム・教材・指. 玉井康之(2005)へき地・小規模校教育研究の領域と現代. 導法等の方策を具体化」 ,ならびに23番の「地域の実. 的な可能性 −研究課題の試論的展望−.へき地教育 研究, 60:137-141.. 情に応じた取り組みを取り入れた学生ボランティア 派遣事業,ならびにへき地校体験実習の実施」であ. 八木秀文(2015)学習規律の生成過程としての授業づくり に関する考察.安田女子大学紀要,43:167-175.. る. 注4)「HATOプロジェクト先導的実践プログラム部門へ. 山下政俊(1987)学習規律.吉本均編:現代授業研究大事. き地・小規模校教育プロジェクトによる『複式学級 における学習指導の手引(改訂版) 』 (2016)の中で, さまざまな活用例が示されているが,それは実践現 場における活用の効果に手応えを認めていることに よるものである. 付記 本研究は,平成28年度北海道教育大学学長裁量経費「地 域協働型へき地小規模校教育プログラムの開発とアクティ ブラーニングへの全国応用化に関する研究開発 −釧路町 立昆布森小学校と連携した実践研究支援」の支援を受けて 行われた. 文献 深見智一・津田順二(2016)へき地・小規模小学校におけ る校内研究の現状と課題 –北海道における事例調査を 通して−.北海道教育大学紀要,教育科学編,66(2) : 275-287. 北海道新聞.釧教大と昆布森小 へき地教育を共同研究. 北海道新聞(夕刊) ,2016年5月2日付. 井上祐子・小泉令三(2010)小・中学校の授業における 学習規律の定着 −教員の認識調査と「学習のきまり チェックシート」の試作−.教育実践研究,18:151158. 川前あゆみ(2014)へき地教育研究の類型化と教員養成教 育の課題.釧路論集−北海道教育大学釧路校研究紀要 −,46:53-62. 川前あゆみ他編(2016)複式学級における学習指導の手引 (改訂版).北海道教育大学学校・地域教育研究支援セ ンター.. - 16 -. 典.明治図書:東京,pp.302-304..
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