行動科学としての経済学
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(2) 4“. 行動科学 としての経済学. ケ イ ンズ は彼 の『 伝 記 的評 論 集 』 (Asの sグ π Bグ θgγ の り ,1933)5)の 中 で マ ル サ ス を 高 く評 価 し,自 分 も マ ル サ スの 系 列 に つ らな る異 端 の 徒 で あ る と して マ ル サ ス を礼 讃 して い る。 もち ろん これ ら二 人 以 外 に も偉 大 な る経 済 学 者 6)は 数 多 くあ り,学 問 的貢 献 の 上 か らは ,一 般 的衡 理 論 を 樹 立 した レオ ン 0ワ ル ラス や 近 代経 済 理 論 を 集 大 成 した ア ル フ レ ッ ド・ マ ー シ ャル や イノ ベ ー シ ョ ン理 論 の シ ュム ペ ー タ ー もぜ ひ入 れ た い と こ ろだ が ,こ れ らの 偉 大 な 経 済学 者 は ア カ デ ミ ックな 世 界 で は ビ ッグ ・ ネ ー ム で は あ って も,歴 史 の 流 れ の 中 で の 三 大 巨人 と して は や は リ ス ミス・ マ ル ク ス・ ケ イ ンズ とい う こ とに な るで あ ろ う。 つ ま リス ミス は 当時 の 重商 主 義体 制 に 対 して く 見 え ざ る手 >の 自由貿 易体 制 を主 張 し,競 争 原 理 に よ る 自由放 任 制 資本 主 義 を とな え た の に 対 して ,マ ル ク ス は 資本 主 義経 済 の 自 己矛盾 を批 判 した マ ル ク ス主 義 経 済 学 の 創始 者 で あ り,ま た ケ イ ンズ は金 本 位 制 を批 判 して 管 理 通 貨 制 を主 張 し,さ らに 自由 放任 制 を批 判 して ,政 府主 導 の 調 整 的資本 主 義経 済 な い しは混 合 経 済体 制 を 主 張 した 。 これ ら三 者 は い ず れ も歴 史 の ま が りか どに位 置す る経 済 学 者 で あ り,さ らに経 済 学 者 で あ る と同 時 に 経 済思 想 家 で あ り,イ デ オ ロー グで もあ った 。. (註 ). 1)英 国の法律学者 メーン (Henry JameS So Maine,1822-88)の 『 古代法』 (“ 4η θ ηι jθ. Lα ω"1861)に. おける「 身分 よ り契約へ」 というスローガ ンのように, 封建的体制 が打破されて,市 民社会が成立 し,基 本的人権 の保障 の もとに,平 等 な立場での取. ]│(契 約)が 一般化 されなければ, 経済学 の 対象 となる商業社会 (COmmercial society=Adam Smithの 用語)は 出現 しなかったのである。 2)さ しあた りこれ ら三者 の経済思想 については Philip C.Newman et J.ed。 ,鋤 πκθ ごれgsづ ηEω πθ θTλ ο 解′ Rθ α ,Wo Wo Norton&Co。 ,N.Y。 ,1954,pp。 2-24参 曜ル′ 照。 γ ηι λθttι π αηごCα π s θ %7α λο θι 3)Adam Smith,■ η」παπづ デι ラ ノ助 だθπS, フづ sθ. ttθ. J′. “ 1776.(広 く一般 に利用されているのはキャナ ン版 にマ ックス 0ラ ーナーの 序 文を 付 したモダ ン・ ライブラリー版 =edited,with an lntroduction,Notes,Marginal Sunllnary and an]Enlarged lndex by Edwin Cannan; with an lntroduction by.
(3) 467. 島 津 亮 二. Max Lerner,The Modern Library,Random House,Inc。 ,N.Y。 ,1965。 )邦 訳は 大内兵衛・ 松川七郎『 諸国民の富』 (岩 波文庫)の ほか,竹 内謙二 , 水 田洋, 大河 内一男・ 大河内暁男な ど各氏 の ものが ある。なお最近 は日本では『 諸国民の富』 と 通称 されていることが多いが,筆 者には『 国富論』 とい う昔 の呼 び方のほ うが好ま しいので本稿では『 国富論』 と呼ぶ ことにす る。なお一昨年 の『 学士会会報』 に本 書 の訳名について詳細な論文が掲載 されて いたのを記憶す る。 gπ θ πο づ πづ θPθ ι ι α'Eθ θ 4)Jean― Baptiste Say, Tzづ ι , 1803,(Pr6face de Georges Jづ. Tapinos,Calmann― L6vy,1972). 5)熊 谷尚夫・大野忠男訳『 ケイ ンズ・人物評伝』 (岩 波書店)1959。 6)シ ュムペ ーターによると10大 経済学者 として,次 の10人 の名前 をあげている。マル クス,ワ ル ラス,メ ンガー,マ ーシャル,パ レー ト,ベ ーム,タ ウシ ック,フ ィッシ πづs, πθ ャー, ミッチェル,ヶ イ ンズである。JOSeph Ao Schumper,att Gπ αιEθ θ sι. A Galaxy Book,Oxford Un市 ersity Press,N.Y。. ,1965。. (2). このよ うに後世 か らみ ると誰 よ りもまず アダ ム・ ス ミスの影響 力 は絶大 で あ る。大部 の書物 で はあ るが平易で読 みやす く,当 時 と して は新 しい 自由制 資本主 義 を迎え る啓蒙書 で もあ ったので あろ う。第 二 次大戦 中 か ,そ の少 し 前 だ った と思 うが ,高 橋健 二 氏 の訳 で ,ヘ ルマ ン・ ヘ ッセの『 世界文学 を ど う読 むか』 とい う書物 が出た。 この書物 の最 後 の ところに ,約 200冊 の世界 文学 の推薦 図書 の リス トが掲載 されて いたが ,そ の 中 に文 学書 で はな いアダ ム・ ス ミスの『 国富論』 が シェ クス ピアやゲ ーテや ドス トエ フスキーの作品 にま じっていた ことが意外で はあ ったが ,非 常 に うれ しか った。 た とえば『 国富論』第 1編 第 7章 で 当時有 名 な イタ リヤの医師 ラム ッィー ニ の『 職人 の疾患 につ いて』 の所説 に言及 しなが ら,次 のよ うに言 って い る。 「 どんな職 業 の者 で も コ ンス タ ン トに働 け るよ うに ,適 度 に仕事 をす る者 が その健康 を最 も長 く維持す るのみな らず ,一 年間を通 じて最 も多 い仕事 をす ると思 われ る1)」 とい うと ころは,当 時 の重商主 義的低賃 金 に対す るアダ ム・ ス ミスの高賃金擁護論 の くだ りで あ るが ,賃 金搾取 を い ま しめて ,高 賃金 で 適度 に仕事 を させ るほ うが ,結 局 は生産性 が向上 す ると言 って い る。 つ ま り.
(4) 行動科学としての経済学. 4“. 或 る程度 の生 活水準 が維持 で きな ければ ,コ ンス タ ン トに適度 に仕 事 が出来 ず ,健 康 で永 続 的 な 大事業 をな しとげ られな い とい うのは ,ス ミス 自身 もこ うい う調子 で30年 もか けて『 国富論』を完成 させ た とい う こ とで あろ う。 こ うい うと ころを読 んで い ると,モ ンテ ー ニ ュの『 エ ッセー』や フ ラ ン ク リン の F自 叙伝』 を読 んでい るよ うな教訓を与え られ るので あ る。ま さに『 国富 論』 は世 界文学 と して も一 つ の傑作 であ ったので あろ う。 このよ うに アダ ム 0ス ミスの ヒュー マニ ズムか ら発 す る高賃金擁護論 はそ れがたんに心情的な い し道義的な議論に とどま らず ,苛 酷 な低 賃金 を強制 し た 当時 の重商主 義的雇用主 に対 して ,か え って高賃金 に した 方 が ,生 産性 も 向上 し,国 富 も増大 す ると説 くので ある。 こ うい うパ ラ ドキ シカ ルな論理. ,. すなわ ち低賃金 よ りも高賃金 の ほ うが労働 の生産性 向上 によ って ,か え って 雇用主 に有 利 とな るとい うよ うな論法 が どれだ け説得 力を もちえたか はわか らな いが ,与 え られた枠 の 中 だ けで考 え られ ていた苛酷 な低 賃金 とい う状 況 か ら,長 期的生産性 の 向上 とい う論拠を ふ まえ ,高 賃金論を引 出す のは一 段 と高次元 の観点 か ら考 え られた新鮮 な ロジ ックで あ ったで あろ う。 (註 ). π s,The Modern Library edition,1965, p。 θ 1)Adam Srrlith, 7乃 θreα 乃げ Naι づ J′. 82。. (3). このよ うな アダ ム・ ス ミスの ロジ ックは随所 にみ られ るが ,そ の最 も有 名 な もの は彼 の 自由貿易擁護論 で あろ う。 もともと『 国富論』そ の ものは重商 主 義批判 の書 と して出来 上 った もので あ るが ,『 国富論』 第 四編 にお ける ア ダ ム・ ス ミスの (神 の )見 え ざ る手 (inviSible hand)に 導 かれて行 われ る 自由貿易 の方 が ,重 商主義的 な政府 の規制 によ る保護 貿易 よ りも,世 界貿 易 全体 の拡大を通 じて ,他 国 も自国 もなお一 層繁栄 す る ことにな るか ら,自 由 貿易体 制 のほ うが重商主義体 制 よ りも,な お一 層す ぐれ て い ると説明す るの で あ る。 これ また一 つ のパ ラ ドックスで ある。重商主 義 の信奉者 は国内に富を蓄 積.
(5) 島 津 亮 二. して ,富 国強兵政策 を とるには ,当 然 の こ とと して ,輸 出奨励 ,輸 入抑制 の 規制 が必 要 で あると考 えていたが ,ア ダ ム 0ス ミス はそんな国内的 な規制 や 管理 をや めて ,自 由放任主 義 (Laissez― faire,laissez― passer!)の 自由経済 ・ 自由貿易体 制 の ほ うが ,は るかに ベ タ ーだ と主張 したので あ る。 勿論 ス ミス は以下 のよ うな 論理的 な ことを は っ きり言 って は い な い が. ,. サ ムエル ソ ンの 『 経済学 』 の第 一 章 に出て くる ≪結合 の 矛盾>(fallacy Of composition)1)と い う論理 がある。 この 内容 は「 一 つ 一 つ の事柄 は正 しいが. ,. 全 部合 せ ると間違 う」 とい う論理 で , これに つ いて色 々な例 2)(経 済学 以外 の例 で も)が あげ られ るが,筆 者 は今 の場合 ,次 のよ うな例 を あげた い と思 う。 た とえば英 国 とか ,フ ラ ンス とか ,一 国だ けを考 え ると,輸 出は出来 るだ け奨励 して ,輸 入 は出来 るだ け抑制す る。 こ うい う保護貿易主 義的 な政策 を とれば ,国 内には富が蓄積 されて ,富 国強兵を 目的 とす る重商主義時代 には 至極 当然 の政策 のよ うに考 え られ て いた。 しか し英 国だ け ,フ ラ ンス だ けを考察の対象 にす るので はな く,世 界 中 の 国 々が 同 じことをやれば ,売 手ばか りで買手が な くな るか ら,や がては世界 貿易 は とま って しま う。だか らこの議論 は「 国内向 け放送」 で あ って ,国 内 だ けで は意味 があ るが ,世 界全体 の各 国が同時 に 同 じこ とをやれば ,貿 易 は とま って しま う。 だか ら重商主 義体 制 は比 較 的 はや く崩壊 して しま った。 現在 で もや は り,輸 入超過 になやむ国や輸入商品 の圧 迫 を強 く受 ける産業 界 や輸 出不振 になやむ 国 や産業 界 で は ,保 護貿易主義的 意見 が強 くな りが ち だが ,経 過的過程 の調整や国際分業 の調整を必要 とす る ことは当然 と して も. ,. 窮極 の 目標 と して は,世 界貿易 を拡大 す るために ,保 護貿易 よ りも自由貿易 の ほ うが正 しい と言 わ ざ るをえな い。 ただ し現実 の 問題 と して は ,国 家単位 を 中心 と して世界経済 が運営 されて い るの で あるか ら,世 界 全体 の輸 出 の合計額 と世界 全体 の輸入 の合計額 が等 しい. (こ. れ は当然で あ るが)と い うだ けで はな く,各 国 ともそれぞれ 自国 の. 貿易収支を少 くともゼ ロ,出 来 れば ,出 来 るだ け プ ラス に した い とい う意思 が強 いか ら,ど う して も保護貿易主義的傾 向 が残 らざるを えな いだ ろ う。従.
(6) 4η. 行動科学 としての経済学. って 各 国間 の 貿 易摩 擦 も簡 単 に 解 消 す る とい うわ け に は い くま い。 もち ろん 対 外 経 済 援 助 とか 資 本 輸 出な どの 一 方 的取 引や金 融取 引 に よ って一 時 的 に 調 整 す る手 段 は あ るで あ ろ う3)o (註 ). θ s,1lth ed.91980,pp.11-12。 都留重人訳『経済学』 1)Paul A.Samuelson,■ θηθπづ なお fallaCy of compositionは 都留先生は「 合成 の誤謬」 と訳 し てお られるが,筆 者はこの訳本 の出る以前か ら当時京大 の青山秀夫先生 (現 名誉教 授)が「 結合 の矛盾」 と訳 してお られたのに慣れているので,こ れに従 う。 (上 )pp.14-15。. 2)サ ムエル ソン自身は次のよ うな面白い例をあげている。たとえば豊作恐慌 のよ うな 例で「 すべての農家 が一生懸命に働 いて, しか も天候が幸い して豊作 になったとし て も,(一 部 の農家所得 は増大す ることがあ りうるにせ よ)農 家所得 の総額は (穀 物 相場 の下落で)減 少す るか もしれず,恐 らくは減少するであろう。」とか,不 況下 の 就職運動のよ うに「 一部 の人 々は就職運動にす ぐれた才能を発揮 した り,ま た他人 よ り安い給与で働 くと言 って 自分自身の失業問題を解決することができるか もしれ 」とか ないが,同 じ方法で全部 の人が失業問題を解決するというわけにはいかない。. ,. 或 いは「 節約 の矛盾」 と呼ばれる現象の例で 「 不況期に 個人が よ り多 く貯蓄を増 」 加させよ うとす る試みは,社 会全体 の貯蓄を減少 させ ることになるか もしれない。 θ s,1lth,ed。 η θ πづ 巻)p.15。 ,p.11,邦 訳書『 経済学』 (上 ) (P.Ao Samnelson,Eω. 3)The Economist,Oct.15,1983。 巻頭論文に「 新 しい日本」 と題 して,「 日本のよ うな土地 の狭 い, しかも山だ らけの国が生 きてい くために工業製品を輸出 し,貿 易 収支の黒字を出すの も当然 のことだと述 べている。そ して 日本が貿易収支であげた 黒字を資本輸 出で海外へ投資 しているのは,ち ょうど19世 紀 にイギ リスが果 したの 第二の大英帝国"に 位置 と同 じ役割をいま日本が演 じているのだと,現 代 日本を “ ニ づ けている」『 英誌 エコノ ミス トが見 る ッポ ン=日 本を裸にする』 (小 関哲哉訳 0二 見書房,昭 和59年 2月 刊, における訳者解説 よ り引用。 pp.271-2)な お これ とほぼ同趣 旨の資本輸 出を志向す る見解は昭和59年 度版 の『 通商白書』および『 経 済白書』 にも見 られる。 なお この訳書および 原 本 の J″ απ,The Economist Newspaper Ltd.,London, 1983.に ついては『 月刊労働』 (大 阪労働協会 )昭 和59年 6月 号 pp.49-50に 掲載 されている筆者 の書評を参照 されたい。. (4). 同様 のパ ラ ドックス はアダ ム・ ス ミスの『 国富論』 に多大 の影響を与 えた.
(7) 島. 津. 亮. 二. 47F. フ ラ ンソワ・ ケ ネー (Francois QueSnay,1694-1774)の 『 経済表』(1758年 )1) につ いて もいえ る。 この『 経済表』 の意図す ると ころは ,当 時 の ル イ15世 下 の フランスは財政窮乏 で ,重 税 によ る農民 へ の圧迫 は極 めて過酷 な もので あ った 。 ル ソーの F告 白』 (昔 は『 ザ ンゲ録」 と訳 されて いた )の 中 に , ル ソ ー が空 腹 にたえかねて農 家 へ 食糧 を求 めに入 ったが ,税 吏 で はな いか とあや しまれて ,さ ん ざん 調 べ られた末 に ,や っ と奥 の方 か らチ ーズを 出 して くれ た とい う話 が書 いて あ るが ,当 時 の徹底的 な税金 の収奪 の模様 が うかがわれ る。 ケ ネーはポ ンパ ドゥー ル伯爵夫人 2)の 侍 医 と して ,ベ ルサー ユ宮殿 の 中二 階 に住 んで いたが ,ル イ王朝 の財政 の 困窮を見かねて ,財 政再建策 を考案 し た。 それが『 経済表』 で ,こ れまたパ ラ ドキ シカ ル な論理 で構成 され ていた。 それで はケ ネーの献 策 はど うい うと ころがパ ラ ドックスなの か とい うと. ,. ル イ王朝 の財政再建 のために ,増 税 で はな く,減 税 をせ よ とい うので あ る。 今 日の言葉 でいえば ,所 得減税 とか投 資減税 をせ よ とい うので ある。 これ は 米 国 の ケ ネデ ィ大統領 や レーガ ン大統領 の所得 減税政策 とよ く似 て いる。 話 の 筋 道 は こ うで あ る。 当時の基幹産業 で あ った農 業3)(ラ ブルースの推 計 に よれば当時 の全生産 物 中 に 占 め る農業生産物 の比重 は約 65%)に 対 して 減税 をすれば ,農 業生産者 の手許 に資金 が残 る。それで農 業投資を して ,当 時 の英 国式 の大規模農法 (グ ラ ン・ クル チ ュー ル ==八 頭立 ての馬 で農耕車 を引かせ る)を 採用 す ることになれば,農 業 の生産性 は大 幅 に 向上 す る。 (合 理主 義者 で あ ったケ ネー は,農 業作業 は牛 馬 のな す べ き仕事 で ,人 間 の直接 たず さわ るべ き作 業 で はない とまで 言 って い るので ある4)0) このよ うに ,生 産性 の 向上 を通 じて ,税 収 の増大 が見込 め る ことを ,ケ ネ ーは『 経済表』 で 図示 したので あ る。 アダ ム・ ス ミスの場合 は ,重 商主 義的 な管理貿易 に反 対 して ,自 由貿易 の ほ うが ,よ リー 層 ,世 界貿易を拡大 す る こ とにな るか ら,自 国の富 もよ り多 く蓄積 で きる ことを説 明 したのに対 して ,フ ラ ンソフ・ ケ ネーの場合 は ,減 税 す る ことが ,逆 に投 資 の拡大を促進 し,生 産性 を向上 させ る ことにな るか.
(8) 472. 行動科学としての経済学. ら,税 収入 の 安定的 な増 収 を もた ら し,増 税 な い し重税 によ る財政 再建 よ り は ,か え って ,よ りたやす く財政 の再建 が出来 る ことを『 経済表』 で 示 した こ とにな るので ある。 とか く『 経済表』 とい うもの は ,そ の ジグザ グの線 の交錯 す る図 表 の面 白 さか ら,計 算方法 に興味 の 重点 が傾 いて , レオ ンチ エ フの産業連 関表 の原 型 で あるとか マル クスの再生産表 式 の原型 で あるとか い うよ うな議論 が盛 んに 行 われて いたが ,そ の経済表 に よる計 画 によ って実現 しよ うと した根 本 的 な 理念 に も っと注 目す べ きで あ ると思 うので あ る。 このよ うに アダ ム・ ス ミス とフラ ンソフ・ ケ ネー との二人 の初期 の経済学 の 創始者 に共通す る ものは ,経 済 全 体 の循環 図式 が しっか り理解 されていた ことで ある。外科医 であ ったケ ネー は英 国 の ジェームスー 世 の侍医 で あ った ウイ リア ム 0ハ ー ヴ ィ (W」 liam Harvey.1578-1657)の 『 血 液循環 論』 (正 式 に は『 動物 にお ける心 臓 の運動 と血 液 に 関す る小 論』1628)5)か ら ヒン ト を得 た もの と言 われて い る。 こ うい う事情 か ら,自 己完結 的 な経済全体 の循 環 図式 が明 確 に把握 されて いたか らこそ,パ ラ ドックス的 な 論 理 (結 合 の矛 盾 )が 充分理解 されていた のだ と思 われ る。 もう一 つ 大事 な こ とは , 二 人 とも自由放任主 義 (Laissez― faire,laissez一. passer!)の ほ うが ,重 商主 義. (ケ. ネー は コルベ ール Jean― Baptiste Colbert. 1619-83, の フ ラ ンス重商主 義 に反対 していた )の 管理政策 や保護政策 よ り も,勤 労意欲 の モー テ ィベ ー シ ョンを ,よ り効果的 に 喚起 で きるもの と考 え て いた ことで あ る。 (ス ミスは利 己心 の発現 を最 重要視 して , 競争的市場原 ) 理 によ る生産性 の 向上を構想 した 。. さ らにケ ネー もス ミス も資本利用 によ る生産 の効率化 (迂 回生産方式 )を 採用 した とも考 え られ る。 と くにケ ネーは今 日的な意味 において ,資 本 によ る人間労働 の機械化 ,ロ ボ ッ ト化 を考 えていた とも言 え るので ある。前述 の 」 (ケ ネ よ うに「 土地 を耕作 す べ きは牛馬 で あ って ,人 間 で はな いので ある。 ー『 穀物論』=註 1の オ ンケ ン版 p.243,島 津 0菱 山訳『 ケネ ー全集』 第 二巻 pp。 121-2。 )。.
(9) 473. 島 津 亮 二 (註 ) 1〕. フランソワ・ ケネー『 経済表』1758に ついては島津亮二・ 菱山泉訳『 ケネー全集』 (有 斐閣)第 二巻 pp.227-261に おける「経済表 の分折」並びに同第二巻 ppe l―. 13に おける「 農業王国の経済的統治 の一般準則」 および「準則に関す る注釈」 を 参照 されたい。 なお『 経済表』 の成立事情につ いて 同第一巻 pp.217-223に おけ る「 オーセー夫人 の覚書 (抄 )」 を参照 されたい。 菱山泉博士 (現 京都大学経済学部教授)と の共訳 になる上記『ケ ネー全集』全三巻 gπ θ Sη α θ S αθF.Qπθ ηθ πづ s θ ι夕乃づSα )ん jgπ θ ο は August Oncken ed。 ,GEπ υ役秀 ι ノ Jθ. ,. の前半 の経済学的部分 の邦訳であるが,『 経済表』発 刊200年 記念事業 として,1958年 にフランス国立人 口統計研究所 (Institut National ";tom. θttι づ D'Etudes D6mographiques)ょ り “ ιLα Pり s′ θ θ F2η fθ jS O%θ Sη α ノθ. Francfort s/m,Paris,1888。. I,PrOface― Etudes,Biographie― Bibliographie,tom. II,Textes Annot6s, 1958。. 出版 された。 今後はオ ンケ ン版に代 って, この 本 となるであろう。 この. tOm.Hの. tOm.Hの pp.672-3の. が. テキス トが決定版 の定. ところに,『 経済表』第一版およ. び第 2版 の実物写真が挿入されている。. 2)ポ ンパ ドゥール伯爵夫人 の伝記 として,Nancy Mitford,Mα ααπθごθttπ ″ あπち ス Bづ 昭%の り,Random House,No Y。 ,1953.を あげたい。ステファン・ ツヴァイク πθ ι ι づ θ θ (Stefan zweig,1881-1942)の 『 マ リー・ ア ン トワネ ッ ト』 (Mα rづ θスηι ,. 1933)の <ヴ ェルサーユのバ ラ>に は及ばないが,や は り感動的である。ケネーが 時 々出没する場面がある。. 3)ケ ネーを中心に ミラボー,デ ュポン・ ドゥ・ ヌムール,メ ル シェ・ ドゥ・ ラ・ リビ エール,チ ュルゴーなどの学派をフィジオクラシー (自 然秩序派)と 言 い,こ れ ら の主義者を フ ィジオクラット (自 然秩序主義者 )と 言 うが,か れ らの ことをアダ ム 。ス ミスが『 国富論』の第四篇で Agricultural Systems(重 農主義)と 書 いたの で,以 後 ,重 農主義 と呼ばれることが多 いけれ ども,こ れを農本主義 とか自然主義 などと混 同するのは間違 いで ある。貨幣を尊重する重商主義 に対 して,実 物 の国民 所得 (=純 生産 prOduit net)を 中心に「富」の概念を構築 したので あ って, 農業 を重視 したのは,農 業 が当時は基幹産業であ ったか らである。 」などという の は 「 ケネーは農業を偏重 して,商 工業を軽視 したのは誤 りである。 最 も単純な誤解である。 4)ケ ネーの 『 経済表』 はマル クスの 「 再生産表式」, レオ ンチ ェ フ (Wassiけ W。 Leontief)の 「 産業連関表」 と同一系列の表現形式である。 しか し産業連関表はむ しろ レオン 。ワル ラスの「 生産 の一般均衡」を説明す る連立方程式 の係数 に現実 の 統計数学を当てはめたものと考えるほうが,よ り妥当であろう。なおこれについて は森嶋通夫『 産業連関論入門』鮪1文 社)1956を 推奨 したい。 κグ ι α ′ πθ gπ グ ηづ κjπ αJめ π ι グ s′ θπθ θγ ググ ιsα κ s θ s α s,1626。 5)William Harvey,Eχ θ.
(10) 行動科学 としての経済学. 474. (5). アダ ム・ ス ミス が『 国富論』 を完成 して ,か ねて敬愛 して いた『 人性論』 (■. Tγ θ αガSθ. 。1739∼ 40)の 著者 デ ヴ ィ ド・ ヒュー ム θπ ∬%π αη N劇 %γ θ. (David Hume,1711-76)に 贈 った時 に ,ヒ ュー ムはそ の礼状 に「 よ くや つ た. !. お美事. !. 今度 の仕事 は大変 うれ しい」 (“ Euge!Bdb!I. pleased with your performance… '')と 書送 った 1)。. am much. 恐 らく ヒュー ム は『 国. 富論』 の 中 に新 しい経済社会 の到来 を予見 したに ちが いない。. 月. 同様 に ,『 雇用 ・ 利子 ・ 貨幣 に関す る一 般理論』 の刊行 され る一年前 の正 に ,ケ イ ンズ はバ ーナー ド 0シ ョウに宛 てた手紙 で「 私 は い ま経済理論 に. 関す る書物 を執筆 中ですが ,こ の書物 が出来 上 ると,世 間 が経済問 題を考 え る考 え方 を ,す ぐに とは思 わ な いが ,や がて10年 もた てば ,す っか り根本 的 に変 えて しま うよ うな ことにな るだ ろ うと確信 してお ります2)○ 」と書 いてい る。 期 せ ず して こ うい う二 人 の 文面 に接 した こ とは非常 に面 白 い。世 の 中 の流 れを変 え るよ うな書物 を読 んだ感動。 そ うい う書物 を執 筆す る感動 とい うも の は ,将 来 の変化 が予感 で きた とい うヴ イジ ョンに 目が開 かれた時 の決定 的 瞬間 の 感動 で あろ う。 た しかに ス ミスの『 国富論』 は重商主 義的 な管理社会 か ら脱却 して ,自 由 競争 と自由貿 易 の世界 を指 向 した。彼 の思想 は世界 に卒先 して イギ リスの産 業革命 を成功 させ ,さ らに英 国経済 を飛躍的に発展 させ る思想を吹 き込 んだ。 また 当時 の新大陸 の アメ リカ経済 の 開発 に も,彼 の 自由経済 思想 は大 き く貢 献 した 。 奇 しくも1976年 とい う年 は ,『 国富論』 の刊行 された年で もあ り ・ ハ ロ 米 国 の独立宣言 の年 で もあ った。 ロバ ー ト・ イルブ ー ナー と レス タ ー ,. サ ロー の『 経済 問題』 とい う最近 のテキ ス トの 中で ,「 独立宣言 と『 国富論』 との歴 史的 重要性 につ いて は ,甲 乙 をつ けがた い。独立宣言 は「 生命 ,自 由 お よび幸福 の追求 に捧 げ られ た社会 の夜 明 けを告 げ ,『 国富論』 はそ のよ う な社会 とはどのよ うな もので あるかを説 いて い る3)0」 とまで言 ってい る。.
(11) 島 津 亮 二. ケ イ ンズ につ いて もガ ル ブ レイス が ニ ュー ヨー ク ・ タ イム ズ に寄稿 した 「 ケ イ ンズ はどう して アメ リカヘ や って きたのか」 (下 記註 2)の 論文集 に収 録 )と い う論文 の 中で ,ニ ュー デ ィール政策 に対す るケ イ ンズ理論 の貢献を 賞讃 して ,た とえ フ ラ ンク リン・ ルーズ ヴ ェル トが忘れ られ ると して も,ケ イ ンズの名前 は忘れ られな いで あろ うと言 ったが ,ケ イ ンズ 自身 もそ の主 著 『 雇用 ・ 利子 ・ 貨幣 に 関す る一 般理論』 の最後 の と ころで,「 ア イデ ィア (思 想 ,主 義 ,学 説 )の 力が徐 々に既得権益 を くず してい くとい うよ うに ,ア イ デ ィアの影響力が ,善 悪 は別 と して ,遅 かれ早 かれ ,既 得権益 を打 ち負 かす 危 険性 を も ってい る 6」. と言 ってい るよ うに , 偉大 な る経 済学者 は人 々の良. じとす る政策追求 の メカ ニ ズムを発 見 して ,そ の理想 実現 の シナ リオを書 い た者 だ といえ るで あろ う。 ロバ ー ト・ ハ イルブー ロナーの有名 な経済思想史 (経 済学説 史 )の 書名 が『 世俗 の哲学者 た ち』 4)と な って い るが , ま さに大. 経済学者 は世俗 の哲学者 ともいえ るので あ る。 ところで 第 二 次大戦後 ,ケ イ ンズ理 論 か ら出発 した マ ク ロ経 済学 を 中心 に. ,. 数理経済学 の発展 によ る ミク ロ経済学 の発達 ,さ らに計量 経済学 の発達 と コ ンピュー タ ーの発達 ,さ らに統 計 および統計学 の発達 ,さ らに数量化 の発達 と各 種情報 の発達 な どによ って ,マ ク ロ経済学 は今 や どこの国で も官僚 の政 策技術学 とな って定着 した感 が あ る。 しか も1970代 以 降 ,ニ クソ ン 。シ ョック,石 油 シ ョックと世界経済 の激動 がつづ き,ス タグ フ レー シ ョンと言 われたよ うに ,イ ンフ レと不況 が共存 し. ,. 多数 国が大 幅 の財政赤字や貿易赤 字 に苦 しみ ,失 業 ,イ ンフ レ,等 々各種 の 経済 的困難 が多 様化 して共存 して い る時代 に突入 した。 しか もイ ンフ レを抑 制すれば不況 が深刻化 す る如 く,経 済政策 の整合性 が失 われ つつ ある現状 で は ,も はや一元 的 な政策指向で はどうに もな らな い時代 に突入 した。 ガルブ レイスの『 不確実性 の 時代』5)と い うの は ,20世 紀 の こ とであ って. ,. 多 くの人 々 は現代 の こ とだ と思 ってい た ら しいが ,実 はそ うで はない。つ ま り19世 紀 の古典 的 な 整合性 の維持 で きた時代 は今世紀 に入 って混乱状態 に突 入 したので ある。 もはや斉合 性 の ある,予 定 調和を信頼 で きるよ うな世 の 中.
(12) 476. 行動科学 としての経済学. で はな くな った 。 い まや21世 紀を ま じかに して ,21世 紀夢 想論 が盛 んだが ,そ れまでの20世 紀 の ほ うが『 不確実性 の時代 』 なので あ る。 同様 の見解 は同 じ く今世紀 の代 表的経済学者 ケ ネス・ ボー ルデ ィ ング も, その著『 二 十世紀 の意味』6)に お いて ,現 代 の多様 な困難性 を指摘 してい る。 い まや 一 昔 以前 に くらべ て情報 も経済学 も格 段 の進歩を とげた。 い ま求 め られ てい る もの はや は り『 世俗 の哲学者 た ち』 の新 しい哲学 で はなか ろ うか。 高度情報 化社会 にお いて ,高 度 な機器 ,高 度 な技術 ,ハ ー ドもソフ トも日 進月歩 で進歩 して い る。個 々の企業 の経 営 も,政 府 の政策 も,や は り急速 に 進歩 してい る。 しか し日本 全体 と しての ,さ らに世界 全体 と しての新 しい哲 学 に よる統治 の叡智 は未だ現 われ ていな い。世界 中 の人 々が満足す るよ うな 方 向 に動 き出す経済政策 を構築 しな けれ ばな るま い。 (註 ). 1)Robert L.Hellbroner and Lester Ce Thurow,Tλ. πづ σProb`θ π,7th ed。 θEcaη ο. ,. 1984, p. 29。. これ はサ ムエル ソ ンの『経済学 』よ りは簡潔だが,実 によ くま とま った テキス トで 0ハ イル ブ ロー ナ ー る。邦訳書 は出て いないが ,最 近 ,中 村達也氏 によるサ ロー. あ πづ θ ニ この訳書 は上記 の Tttθ Eω πο 『 経済学』 が TBSブ リタ カか ら出版 された。 っ π θ α Jα づ θ s E″ で π πづ Eθ θ θ あ 邦訳 ,1981の した P“ bJθ π の第 6版 (1981)を 要約 πjθ PttbJθ π の第 6版 の 時 て ,大 変便利 に出来て い る。 これ と同 じく Tttθ ル θπθ εCttα JJ"ys,1981の 邦訳 で あ る高橋潤 πづ θ2θ πθ 事経済 の と ころを抜 出 した Fづ υ 二 郎訳『 エ コノ ミック・ チ ヤ レンジ』TBSブ リタ ニ カ, 1981を 合 せ ると, ほぼ全 体 の半分 を カバ ー して読 め る こ とにな るで あろ う。 θち Pelican Books,1975,p。 θακごLα πgλ ′ θ s,Pθ α 2)J.K.Galbraith,Eω ηθ″ θ. 36。. θ P“ bJθ ,7th ed。 ,1984, p.28. 3)R.Heilbroner and L.Thurow, Tttθ Eθ οπθπづ “ 訳文 は前記 ,中 村達 也氏訳『 経済学』 p.23に よ る。 θ 浴,5th ed。 ,1980。 Jθ sの 乃 4)Robert Heilbroner,Tλ θ″″ Jα tt P乃 ′. 本書 の第 二版 につ. いて は浜 田清 夫訳『 経済 思想 の流れ』 (原 書房 )1970。 が あ る。 ηり,1977.都 留重人監訳『 不確実 αづ 5)JOhn Kenneth Galbraith,Tttθ スノ げ びηθθγι 性 の時代』TBSブ リタ ニ カ,1978。 ttθ απjπ g σ ノι 6)Kenneth E.Boulding,Tλ θν θ. ぁれ, ″フ,Tん θG″ αιrttη sづ ι λCθ ηι 2θ ι. 1964,清 水幾太郎訳『 二 十世紀 の意味』 (岩 波新書 ).
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