タイ古典音楽に関する一考察 : 音階を中心に
64
0
0
全文
(2) 田中正平の独自の調律法が発表されてい. 廷の保護の下に今日に至ったものと考えら. る。この方法で、正確な音高が求められる. れる。. ものか、興味がそそられるところである。. タイ族の言語、タイ語にみられるよう. 計算をしてみると、その誤差はまことに微. に、基本的な日常語(純粋な単音節のタイ. 小であって、先人の創無性に驚かされる。. 語)を中心に周辺の外来語をタイ語の音韻. 通常行われている、4度、5度の循環と同. 構造の中に必要に応じてくみいれて今日の. 一の方法でも7等分平均律の調律は可能と. タイ語を形成したごとく、まことに柔軟に. 考え、これを試みた。. 周囲の文化をとりこみ、そこから自分独自. タイの演奏家は、特に計器を用いること. の文化を形づくって来たこの民族は、こと. もなく、心音問のウナリを測定する訳でな. 音楽に関してもその柔軟性を遺憾なく発揮. く、師よりうけついだ、7平均律の調律を. して、自分の音楽をつくり出した。. 行っている。この問題については、黒沢隆. 本研究は、タイ古典音楽を形成する諸要. 朝が、タイの箏であるチャケーを例に独自. 素の中から、その核をなす音階に焦点をし. の7等分平均律を持つようになった由来を. ぼり、先人の研究の跡をたどりながら、7. 推論しているが、定かには判らないという. 等分平均律の実際、タイの音楽家のこの音. のが実情であろう。どうしてタイは7等分. 階に対する対応、この独自の音階の成立す. 平均律の音楽を持っているのであろうかと. る基盤としてのタイの社会と、文化につき. いう問は、モートンの次の研究結果に集約. 考察をすすめたものである。. される。. タイの社会は、他に干渉しない、また他. 「それはインドの音律が、この国の等分. に干渉されることのないゆるやかな人間関. 平均律の調律法を発展させたという可能性. 係から成り立っているのが特徴だ、といわ. と、中国の5音音階体系と、カンボジア人. れている。しかしよく見ると、この社会を. が使っていたインドに由来する音痴体系と. 律している不変であり不自由な側面が存在. がぶつかって、その結果、等分平均律が合. することに気がつく。. 成された可能性」と、 「転調に対応すべく. タイ古典音楽の、7等分平均律というき. カンボジア人がつくり出した体系」とをタ. わめて数理的な音階と、実際の自由度の大. イ人がとり入れたものであろうとモートン. きい演奏を支えているものは、タイの社会. は結論づけている。. 制度そのものと考えられる。. この間の事情は、音楽を含めたタイ文化 の成り立ちと軌を一にする。. タイが統一国家として、形を整えたの は、13世紀以降のことと考えられる。ス. このすでに完成された伝統音楽は、コン ウォン・ヤイの主旋律と共に、変らざるも のとしてつぎの世代へうけつがれて行くこ とであろう。. コータイ朝、アユタヤ朝をへて、現在のバ ンコク朝に続いているが、音楽の面からみ ても、インドの影響をうけたクメール族の. 主任指導教官. 文化の下で、古典音楽の母体が築かれ、宮. 指導教官 水野信男. 水野信男.
(3) 平成13年度 学位論文. タイ古典音楽に関する一考察 一音階を中心に一. 兵庫教育大学 大学院 教科・領域教育専攻 芸術系コース. 学籍番号MOO224C 長澤正雄.
(4) [目次]. はじめに・・・・・… 序章. 。・・・・…. 。…. 1. 「平均律」について・・・・・・・・・…. 3. 第1章 タイ音階論・・・・・・・・・・・・・… 5 第1節 A・J・エリスの考察・・・・・・・… 5 第2節 黒沢隆朝の考察。・・・・・・・・・… 8 第3節 D・モートンの考察・… 。・・・… 9 第4節 P・C・ドゥリヤンガにみるタイ音階… 12. 14 14. 第2章 タイ音階の実測・・・・・・・・・・… 第1節 大阪音楽大学附属楽器博物館所蔵品… 第2節 相愛大学所蔵品・・・・・・・・・… 第3節 国立民族学博物館所蔵品・・・・・…. 15 16. 第3章 調律、調弦の実際とその手法・・・・… 18 第1節 各楽器の音律・・・・・・・・・・… 18 第2節 自然7度を利用した田中正平の調律手法・・25 第3節 タイ音階調律試案・・・・・・・・… 26 第4章 なぜタイではタイ音階なのか・・・・… 28 第1節 タイ音階成立の事情・・・・・・・… 28 第2節 西洋音階の到来とタイ音階・・・・… 33 第3節 タイ音階を支えるタイの文化・社会・ 経済…. . ・ ・ …. 。 …. 。 …. 35. おわりに・・・・・・・・・・・・・・・・・…. 44. 参考文献・・・・・・・・・・・・・・・・・… 46 付録 凡例・・・・・・・・・・・・・・・・… 50 A: タイ楽器図版・・・・・・・・・… 53 B:モートンによる音律の実測値表・・… 56.
(5) 1. はじめに 私は、1987年から1989年にかけて、タイ国におい て、衣類の縫製工場設立、およびその運営に携わった。 漸増しつつあった日本からタイへの資本投下がピークを 迎えていた時である。彼の国にはどんな音楽があるの か、それにふれることができるという期待はまた格別な ものであった。しかしながらタイの音楽に関して、ほと んど予備知識なしで、タイに赴任せざるを得なかった。 タイの音楽は、その政治上の独立性を示すがごとく、 東南アジア諸国の中で、さんぜんと輝いている。この中 でこれこそ、タイの音楽のidentityといえるのは、音階 ではなかろうか、タイ音階を本論文の中心にとりあげた い。. タイで始めて出会った楽器は、ラナートであるが、そ れは左上方の低音部から右下方へ向けて、見事に対称の 曲線をなしており、その形状は、まぎれもなく平均律を 表していた。ところが、12平均律におけるがごとく、半 音階的な無機質:な音の連続であろうという、私の予測は 見事に裏切られ、このような音階もあったのだと驚きを かくせなかった。タイの音階が、幾何平均から成り立っ ているのではないかと考えると、タイ音階成立の事情は 西洋のそれとは、異なるのではないかと考えられる。 もとより、わずかな期間、タイに滞在し、タイ音楽に 費やす時間もほとんどないまま、彼の地を後にせざるを 得なかった実情よりして、タイ音楽の全貌を伺い知るこ とは、到底不可能である。従って、タイ音楽の中で、そ の音階に焦点を絞って、考察をすすめたい。しかし、こ の国の音楽が、ロ頭伝承により、師から弟子に伝えられ る性格上、資料に乏しい。特にタイ人によるタイ語の文 献となると、楽器に関するもの等は見受けられるが、タ イの音階についてとなると、かなり難しい。.
(6) 2 しかし、関西の大学にもタイ楽器が所蔵されるように なり、タイの学生が、日本の音楽の研究に来日する等、 当時とは隔世の感がある。. タイの音階を通して、タイの音楽、タイの社会、タイ の人の姿を見い出すことができないだろうか、考察をす すめたいと考える。.
(7) 3. 「平均律」について. 序章. 音の高さという感覚を空気の振動数としてとらえ、. 音階を1オクターブ上がるごとに周波数が2倍になる 物理量である(『日本音響学会』玉996:297)とすると、. 振動数η1η2の2音において、生=2とすれば、音 Ol. 階は第1項が値1、第n項が値2をとる数列において、 nにどのような自然数を与え、一般項をどのように定 義するかの問題に帰着する。. ピタゴラス音階は竺2を公比とする等比数列に 防 2 よって、音階を定義しようとするものであるが、周知 のごとく、. (登γ<子y が成り立つ整数x,yは存在しない。(註) 今、1,2,3,………,iメ+1,…,nに至る数列において、. ! 初項1,公比7=2”の等比数列は、1つの解を提供する ものとなる。ここにおいて、n鴬12とする12平均律: が、ピアノというハイテク楽器の発達,普及とともに、. それ以前の音律を駆逐して、それがあたかも音律のよ (註). ‘証娚 3x=2侮+y/ x♪ぐZo93= ζ’x+yノ ♪ぐZo92. x♪ぐσ093−Jo92♪=γ♪ぐZo92 x ’ア=・∫092’Oo93−Zo92ノ. 改κ麟x、とアは存在乙な〃、。 ビクエーーノf− 1967’9ノ.
(8) 4 りどころであるかの観を呈するに至ったのは、歴史的 事実であろう。. エリスの考案したセントという単位はこれを更に おしすすめたものであって、今日音律を測定するにあ たって広く採用されているところであるが、これは、 対数の底,を2とした場合の 12001・9、h. v1. で・卿捌63一夢…セントとして表したも のである。(註). 対数であるから、1の対数は0であり底の対数は1 である。これによって、音の高さという乗算の系が加 算の系に変換される。 ひるがえって、自然音階を考える時、.この数列に一. 般項を見出すことができない。しかし、12平均律に於 いて、4度、5度のウナリ(beat)は我慢するとして、長 3度のそれは、許容範囲を超えるとして、ミーン・ト ーン、ヴェルクマイスター、キルンベルガーといった 古典調律法は今でもそのなごりを留め、純正調こそ本 来の音階であるという主張は、根強いものがある。. 音階を1から2に至る数直線の切断の問題と考える ならば、この中から、有理数のみを採用する民族が、 多数派であったとしてシンメトリックにこれを割るこ. とを考えた民族が存在したとしてもあながち不思議 なことではない。. タイ音階は7平均律と言われている。色々な整数を 約数にもつ12ではなく素数7である。以下タイ音階 について考察をすすめる。 (註). ←毒〕㍉一興.
(9) 5. 第1章 タイ音階論 タイ音階では1オクターブを7等分した7平均律が用い られる(種瀬1989:21)。この不思議な音階、7等分平 均律に対する研究の跡をたどってみたい。. 第1節A・J・エリスの考i察 エリスはタイの楽器の中からラナート、コンウォン、. ソー、チャケー、クルイ等をとりあげ、その形状、調 音、演奏方法等について述べた。1885年のことである (エリス1951:105−1◎8)。その中でタイのすべての 楽器を調音する場合に、標準となる楽器はラナートであ るとしている。そしてこのラナートは「ロウと鉛と油で できているかたまりを裏面の外側に貼りつけて精密に調 音される」という(同上書:104)。. この調律方法は、コンウォンと共通で、この作業のた めのマッチ棒と木片は、演奏者の必需品である。 ソーについては、その特徴として画板がなく、2弦の調 弦は4度より狭いとしている(同上書:106)。最も注 目に値する弦楽器として、チャケーをあげており、3本の 絃が11個のかなり幅の広い桁の上にはられており、左手 で駒の上の絃にふれ、絃を右手で擾く、とあるがそれ以 上の記述はない(同上書:107)。 気鳴楽器としては、ピーとクルイが紹介されている。 エリスはタイ音階につき美音の音名をあげ、ついでそ の観測値を掲げている(同上書:111)。.
(10) 6 I. 音 名 相当する西洋の音名 ターング(Tha㎎=音) C. I. ロング・ターン(Ro㎎Tha㎎. 皿. =第2音或いは下音 オアト(Oat=音) Eor Es. IV. クラング(K【ang;核或いは. V. D. その位置から見て中心又は中央 :F. ポーング・オアル(Pho㎎Oar G =単なる第5音の名称). クルエルト(Kruert諜高い音)Aor As ノルク(Nork=外部) B ついで各音につき、次の観測値をあげている。. タイの音階 観測値 ラナート・レク. 振動数:;285 316 358 386 421 458 511 562 セント;11771219皿1271V 150 V 149 VI 148 VE 1671. ラナート・エク 振動数:;285. 317. 349. 383. 429. 471. 522. 577. セント;i185豆165皿1601V20◎V159V1178畷1741 理論値. 振動数;285 315 347 383 423 467 516. 570. セント;1171H171班1711V 171 V 171 VI 171 V旺1711.
(11) 7 又、同じ数値であるが、最低音からの累積値をあげて いる。. I H. 斑 ][V V VI VE Iセント. ラナート・レク: ◎ 177396523673822970 1137 ラナート・エク: 0 185350 510 710869 10471227. この結果としてサンプルは必ずしも理論値と一致しな いが、その音程比から「半音が必要ない」こと及び「い かなる種類の和声も存在しえなくなる」としている (同上書:114)。. 更に和声なしで、どれだけ正確に調律できるかという 観点から2音問の音程値をセント表示で、次の52個の観 測結果を示している(同上書:114−115)。 90 140 160 170. 118 144 160 170. 127 148 160 172. 129 149 161 174. 132 149 150 159 162 162 164 164 165 165 166 167 174 175 177 178 179 180 182 185. 190 192 192 193 197 198. 200 200 2022082◎8211 217219219. この結果52個のサンプル申24個が160セントと185セ ントの問にあることから、160∼185セントが標準的なも のとして最も多く用いられると推定している。. 又、実験として理論値により調律したラナートと、実 在するラナート・エク、それぞれによる演奏において、 タイの音楽家達が前者をもって良しとしたという例をあ げている(同上書:113)。. これらのことからエリスは、タイの各音程は F1200/7セントを出すつもりであったことがほとんど確 実だったと考えられる」と結論づけている(同上書: 116)。.
(12) 8 第2節 黒沢隆朝の考察 1939年のフ,イールドワークもとにあらわされた黒沢隆. 朝の凍南アジアの音楽」は、邦文による貴重な文献で ある。. 本書は、タイとインドネシアが、東南アジアにおい て、最も完備した音楽様式を備えているとして、多くの ページがさかれているが、ベトナム、ラオス、カンボジ ア、タイ、ビルマ、マレーシア、インドネシア、フィリ ピンと東南アジア全域にわたる各民族の音楽を研究し、 これら東南アジア文化系音楽と、インド文化系音楽とは 異なる纂録に属し、このことは、その音律の面からも、 インド音楽に追従するものではなく、中国音楽の模倣で もないという。この地域の音組織は、本来ペンタトニッ クであるが、インドネシアではスレンドロ、ペロッグの 対照的な音階を生み、タイ、カンボジアでは便宜的な7 音音階からのべンタトニックとなっており、この点で東 南アジアでは統一された音組織をみることができない、 としている(黒沢1970:47−48)。 タイ音階については「比較音楽学から見たタイ音階」 という項をもうけ、A・J・エリスの「諸民族の音階」 (門馬直美訳)から観測値、理論値をあげ、セント表示 により、純正調、12平均率と比較している。更にエリス の質問に対するタイの関係者の「奏者は鼻音問の音程が すべて等しいものとなるように音を出そうと志ざしてい る筈である」という答えを紹介している。 7等分平均律とされるタイ音階に対し注目すべきは、 本書の次の記述である。. 「北部タイの山地に残る笙の音階は三分損益による音 階に近く、近代タイの7平均律によるものではない。ま た中国の雲南地方からインドシナ北境の苗族の6管笙も これらと同様なペンタトニックである。北タイのケンと.
(13) 9 いう14管笙は全音階で長音階の音列をもっている。これ は全音と半音とによる7音音階でたぶん中国の音階の影 響によるものであろう。. タイ国では、ラオスの全音、半音をもつ14管笙の音律 があるにもかかわらず、あえて7平均律を思わせる音律 を標準音律として固執していることは不可解ともおもわ れる」(同上書:196)。. 第3節 D・モートンの考察 タイの音楽に関する系統的研究はモートンによるもの 以外これを幽い出すことが出来ない。彼はタイ国におけ るフィールドワークにもとつく博:士論文をまとめた。そ. れは1976年に刊行され、タイ古典音楽に関する唯一とも いえる労作である。. 本書は 第1章 歴史 第2章 タイ音楽の基底 第3章 楽器類、その特徴及びアンサンブル 第4章 旋法 第5章 形式及び作曲技法 からなる。. 本書に対するタイ人の評価は、必ずしも同じとは云え ないが、私はこれを凌駕する研究に未だ接していない。 彼は17世紀以降の西欧のレポートを紹介した後、タイ 音楽のファンダメンタルに関する研究結果を発表してい る(モートン1976:21−28)。 まずタイ音楽は非和声的、旋律的、hnearであり、そ の構成はhorizonta1であるという。 hnearとは線型のこ とであるが、horiz《)ntalは、西洋の和声音楽をvertical. complexと表現していることに対応するものと思われ る。.
(14) 10 チューニングシステムについては、23ページ以降に エリス等の記述と共に、その調査結果を音名と共に展開 している。. モートンがMontri Tramote(1964:17)によると してあげている音名は次の通りである。 音名 別称 担当する西洋の音名 1.. 2.. 3。 4. 5. 6. 7.. phia㎎kぬ㎎. n滋 10t. k1εmg phiang o bon. 王uUk ot nork tam. A or As B. ㎞uat klang:haep. nork. C. chawa. F. G. nai. D. EorEs. 27ページに記載されているタイと西洋のチューニング システムとの比較(セント表示)は次ページのごとくで ある。. なお彼の実測値は、この論文の付録所載の数値であ る。.
(15) 11. 噛. 一. 暢. 嶋. 画. ㌫・一ト. 卜 =. 〇. 一. 唱. 噛. §. 『 一. d. 鴨. 協. い 「. o o. ●口. 、. 智. 8. ト. 蛭. 員 $. §. §. 閥 員. 8. の. 凶 鮭 需『寸. 器. き. 噂. 墨. ’羅 ・圃. 昌. 養. 書. 鱒. 岩. い. o. ●. 婁. 魔. “. 鼠. ロ. .芭. 目. 8 薯. 削. き. 吻. §気.. 純 霞... 噌 ド. 鳩. 一. 一. 凶. “. o. “. 8. §竃. 一. 8. N. ・十→・ ●. の の 置●「■. 帽 周. 哺. ・一. 8 電. 一. “ 導高高勲饗曇 “ 厨麟 《 響艦∂の. 一. 一. 8O 贈. 1. 噛 罵 霧旨 繋重着 2. 羅 の. “. 盛. 両 碧. o o. 錫渇 昌昌 の吻 塁。。.
(16) 12. 第4節 P・C・ドゥリヤンガにみるタイ音階 タイ芸術局刊行のドゥリヤンガの「タイ音楽」では以 下の極めて興味深い記述がある。 ピッチの記載は次の通りである(ドゥリヤンガ1973: 52)。. 西洋音楽が華子68度における秒間439振動の音をAと 規定するならばタイ音階において一致する音は存在しな い。が ①タイ音階の第6音が、Asの415 C.P.S.に近似する。. ②タイ音階の基準音はBとHのあいだにある。 ①は音高の一定しているラナート群を計測すれば検証 できよう。②はタイの演奏家達がドといっている音が、 しばしばBの音高を指しているという日常の経験から、 うなずけることである。. 実際のピッチは各アンサンブルごとにぶれがあり、各 楽器間の整律は蜜蝋と鉛の混合物をとりつけることに よって調整される(同上書:52)。. 基準音に関する記述は、本書以外に鋭い出す事ができ なかった。. タイ音階については、それは全音で7等分されている と述べ、タイ音階1オクターブを84等分し、同じ操作を 行った西洋の音階との比較を行っている(同上書:40− 41)。. 2. 工. 10. 0. 0. 。と解。。. 7. 20. 14. 2. 30. 21. 28. 40. 50. 60. 70. 42. 35. 3. 4. 6. 5. 4. 3. 7. 8. 80. 49. 5. 56. 63. 6. 70. 77. 84. 7. 8.
(17) 13 その結果として、次の4つの特徴をあげている。 (1)第4音と、第5音は相互に近似している。しかしなが ら西洋の音階と完全に協和はしていない。 (しかし、こ. のことが、タイの弦楽器の調弦が5度を基本としている 要因であろうとしている。) (2)第2音はややずれがある.. (3)第3音及び第6音は乖離がさらに大きい。EおよびA からかなりずれた音である。・. (4)第7音は、はなはだずれている。HではなくBにち かい。.
(18) 14. 第2章 タイ音階実測 関西の音楽大学が所有する演奏可能なタイ楽器につ き、その音高が固定的なラナート・工一ク、ラナート・ トゥム、コンウォン・ヤイ、コンウォン・レックを中心 に各音がどのような数値を示すか調査を行った。 計測機器 (株)コルク,1995年製チューナー,型式MT−1200. 測定範囲:A1∼C88 A49=440C.P.S.にセット 従ってA1=27.5C.P.S. C88ニ=4186 C.P.S.. 測定誤差±1セット以内(表示誤差). メーター表示:針式,1セント単位表示 英字は各音において計器に表示された音名、数:字はその. 音からの乖離をプラス・マイナスのセント値で表してい る。. 第1節 大阪音楽大学附属楽器博物館所蔵品 1998年タイ国より輸入 調査年月2001年4月 (単位:セント) 1. H コンウォン・ヤイ +40 Rンウォン・レック {88. H. 斑. C狛 Di8 +10. 0. {2 {17 宴iート。エーク {45 {20 {5 宴iート・トゥム. {40 {10. @ 理 論 値. S2.9 P4.. │15. w V w w. 鴨. F. :Fi8. A8. B. H. 一45. +20. 0. ・20. +65. │35. {35.. │25. {5 {2 {35 @0 │40. S0 {30 @0. E14.3 E42.9. Q8.. @0. {60 {45 │45 {40. E28.6. S2.9.
(19) 15 これらの楽器は常設展示品で何ら手を加えることなし に演:奏可能で、輸入後手を加えられていないので、製作 時の状態が、良好に保持されているものと推察される。 各楽器でバラツキはあるものの、理論値との乖離はあ まり大きくない。第VI音が、殆どAsと同じ音高となって いる。. ユンウォンに比し、ラナートの方がバラツキが少な い。. 第2節 相愛大学所蔵品 1993年タイ国より輸入. 調査年月2001年5月 (単位:セント) 1. H. 皿. C. Ci8. Di8. ラナート・エーク. 一57. +30. 0. 宴iート・トゥム. S5 {30. \ @ 理 論 値. B57.1. P4.. │30. w. IV. V. :F. Fis. A8. B. C. 。30. 畢25. +5. 一20. 一45. │30. {20. @0. E20. E45. Q8.6. @0. │14.3 B42.0. V旺 V服. │28.6 │57.1. これらの楽器は輸入されたまま殆ど演奏されることな く展示されていたものである。特に温湿度の管理が行わ れている訳ではないと考えられるので、輸入時の状態を 保っているとはいいきれないが、日本で手を加えられた 形跡はない。Asを基準として、各音は比較的よいバラン スで配置されている。.
(20) 16 第3節 国立民族学博物館所蔵品 調査年月2001年6月 同館所蔵のカンボジアのコンウォン,ラナート,ベトナ. ムのコンウォンにつき調査した。タイの楽器は収蔵され ていないとのことであった。. 翫. 楽器名. ①. コン傭ン・ヤイ. ②. ③ ④ ⑤ ⑥. 標本名. 収集(標. 集年月. 収集. g用地. 用民族. コン・グオン・トーイ. {)番号 AOO90. 1999.12. カンボジア. クメール. コンウォン・レック. コン・ゲオン・トム. AOO91. 1999.12. カンボジア. クメール. ラナート・エーク. ロネアト・エーク. AOO87. 1999.12. カンボジア. クメール. ラナート・トゥム. ロネアト・トン. AOO88・. 1999.12. カンボジア. クメール. CONTUT CONτHUM. 削5筍74). 1987. ぺけム. クメール. CONTUT CONTHUM. 田51575} 1987. ベトナム. クメール. コンウォン コンウォン,幽. ①収集番号AOO90 楽器の形状は、コンウォン・ヤイに類する。 激高の測定は放棄した。. ②収集番号AOO91 各音の実測値は下記のとうりコンウォン・レックに相 当する楽器と考えられる。. 実測値. DEFisGAHCisDEFisGAHCis. +45+30△30△40△30. 0△20+40. 0△25十45十30一←20十20. 上記の値が何を表しているのか判断できない。.
(21) 17. ③収集番号AOO87 ラナート・エークに相当するものと考えられる。 この楽器は、日本において、カンボジア人によって調 律され、演奏された実績があると説明を受けた。 12平均律による西洋音階で、測定の結果も殆どぶれが なかった。. ④収集番号AOO88 ラナート・トゥムにあたる楽器と考えられるが、音高 の測定はできなかった。. ⑤標本番号 H151574⑥標本番号 H151575 形状から、コンウォンにあたる楽器と思われ、どのよ うな音列になっているか、大変興味のあるところであっ たが、原音をとどめてはいないのではないかと、判断せ さるを得なかった。. ゴングを中心とする合奏音楽をもっているということ を、東南アジアの音楽の特質と考えるならば、インドシ ナ半島の3国に於ける共通的なこれらの楽器からクメー ル族の音律に関する何らかの法則性を発見できないもの かと考えたのであるが、結果としては得るものがなかっ た。.
(22) 18. 第3章 調律.調弦の実際とその手法 タイ音階は、実際にどのようにして調律されているの であろうか。M・ウェーバーは、この件に関し、オクタ ーブの5度、4度への分割から出発して、シャム人のこと のほか鋭敏で、しかもヨーロッパ最高のピアノ調律師の 性能をも凌駕するほどの間隔聴覚のみによって、7とい う数への分割が行われたらしいとしている(ウェーバー 1967:198) 。. 一方、田中正平は、この問題をとらえて、タイ人が 対数算法を応用していたとは思われぬから、かかる調律 は理屈はともかく、実際正確に行われていたとは思えぬ と述べ、そこで如何にしたら厳密で、しかも便利にこれ が遂行し得られるか考えて見たとして、その方法を発表. している(田中19519:5−11)。 ここで、タイの各楽器が、どのような音階を採用して いるか概括した後、田中正平の手法を検証し、更に実用 的な調律方法がないものか探ってみたい。. 第1節 各楽器の音律 1.コンウォン・ヤイ(付録図版1) この楽器は、モン族の楽器から、タイにとり入れられ たものと考えられている。中央に人が出入りすることの できる空間をとった上で、円型につくった籐の台座の上 にこぶつきのゴングをつるしたものである。. ゴングは左側の低い音から右側の高い音へと順次16個 つるされている。. この楽器は、アンサンブルの基礎であり、 「定旋律」. を演奏する。この定旋律をもとに各楽器は独自の旋律線 を演奏する。.
(23) 19 コンウォン・ヤイの音高は次のごとくである。 (註) コンウォンヤイ. 2.コンウォン・レック(付録図版2) 形状はコンウォン・ヤイと同一であるが、その名の通 り、大きさはひとまわり小さい。従ってコンウォン・ヤ イより高い音域で演奏する。ゴングは通常18個である。 音高は下記の通りである。 :コンウォン・レック. 』L≦≧. 3.ラナート・エーク(付録図版3) この楽器は、タイのアンサンブルの「主旋律楽器」で ある。音高、音量とも、リーダー的存在である。拍子木 であるタラップから発展したといわれているが、旋律打 楽器である。タイのアンサンブルで欠かせない楽器であ (註). 各楽器の音高および音域を視覚的にとらえるため、これ を便宜上五線譜により表示した。7音音階の第1音をド とし西洋音階に近い位置にこれを表示した。第H音以下 も同様である。.
(24) 20 るが、元はカンボジアから入って来たものと考えられて いる。元々鍵盤部分は竹でつくられていたが、後に硬木 が使われるようになった。. 音高、音域は次の通りである。. ラナート曇一ク. 登血愈主茎i塁. 訴苓て∫{}. 4.ラナート・トゥム(付録図版4) ラナート・工一クから派生し、ラナー、ト・工一クより 低音域である。鍵盤のサイズも大きめで、ラナート・エ ークより柔らかい音が出る。主旋律の変奏がその役割で ある。. ラナート桑ウム. 葦モ≡苓て『③. 5.ソー・ドゥアン(付録図版5) 2絃のソー(樟)である。タイ版の=二胡ともいえるも ので、張られている皮はニシキヘビの皮である。弓に張 られている白い馬の毛は二胡と同様2弦の問にはさまれ ていて、弓を楽器からとりはずすことはできない。演奏 方法等も二胡に類する。.
(25) 21 調弦. ◇第1絃をC ◇第2絃をF 6,ソー・ウー(付録図版6) ソー・ドゥアンの低音版である。ヘッドがココナッツ の殼でできているのが特徴である。 調弦. ◇第1絃F ◇第2絃B 7.チャケー(付録図版7) この楽器名はタイ語のチョラケー(鰐)から来ている ともいわれ、楽器の形状はまさにチョラケーである。 このタイ版箏は3絃であるが、ノムと呼ばれる琴柱が 11個あり、ノムはテヤケーの共鳴板の部分にしっかりと 固定されている。ノムの丈の高さは徐々に変えられてお り、このノムの左端をおさえることによって、音程を変 える。. 絃は3本で、絹2絃と金属絃1本がもともとの形といわ れている。. 調弦. ◇第1絃B ◇第2絃F ◇第3絃 B(第1絃のオクターブ下). ノム(琴柱)の位置と各絃の振動数比 (単位:1nm) 柱のNα. 0−. 1. 駒と柱の距離 695 624. 撃Oを起点と オた振動数比. ッ上理論値. P.oooo. 2. 3. 4. 5. 6. 7. 8. 9. 10. 11. 570. 514. 466. 424. 382. 350. 315. 286. 262. 236. P.9857. o㎜. Q38 P2193 マ521. P.oooo Pjo4葱 P.2190. P3459. │914. Pα01 P8194. P.4860 瘁D6塀 P.8電45. Q000D』. Q4300 Q6527 Q9450 Q4380 Q釣18 Q9720.
(26) 22 前記の結果、チャケーの音階は、7等分平均律のタイ 音階そのものを表しており、この楽器が、アンサンブル の主要な楽器としてその一角を占めていることがわか る。 (註). 8.ボン・ラーン(付録図版8> この楽器は北部タイのものであるが、丸太の中央を 削って調音したものを順次紐で連結し、調律に樹脂、鉛 紙等は用いない。長音階であるが、音の欠落がある。5 音音階であることがわかる。 ボン・ラーン. 宥 「r ⑥吻. 9.ケーン(付録図版9) この楽器は、ラオスの笙であるが、タイ北部で演湊さ. れている。230cmに及ぶものから、60 cm程度のものま で、各サイズがあるというが、普通は90∼100cm位のも のが多く用いられている。. 素材は竹で、2管1組7∼8列の組み合わせからなる。組 み合わされた管の内側の見えない部分に調律のための穴 がある。従って管の長さそのものが、音高を決定してい るのではない。その位置は、各製作者ごとに、代々ひき (註). テイラーの公式 ノ…振動数 ’…絃長. 丁…張力. ρ…線密度.
(27) 23 つがれたものだと言われている。各管ごとに金属製のリ ードが設けられ、吹、吸ともに同音である。風箱は通常 木製である。指と指穴の対応関係及び実測した音高は次 の如くである。. 指と指穴の対応関係 (八列ケーンの場合〉. o. 0 o o o o o. 、ぎ‘ど. o o o o. o o. x. 1× ざ. 4. o. 5 」. o. ll 馳 撃. o. ,. 一 万. ::屡。’. 左手指. 右手指. 1. 左手指番号 5 4一4 3 3 2 2 音名 G F G F E D H ぶれ(セント)0−10 0−5+8+5+7. C. 右手指番号 1 2 2 3 3 4 4. 5. 音名. A C G A HD E. ぶれ(セント)0−5−10 0+5 0十10. O. A. O.
(28) 24 10.キム(付録図版10) もともと中国から伝わった洋琴がタイで使われるよう になったもので、タイ・アンサンブルの中では正式には 使われない楽器である。 しかし、その音色の美しさから、タイの人々に好ま れ、ホテルのロビーなどで、女性によりょく演奏されて いる。. 駒が直線状に梯形に配置されているのが特徴で、14絃 で21音が得られる。右側に表示された音の絃は独立絃で あるが、左側と中央に表示された音の絃は、駒の位置 を、1対3/2の距離に配置することにより、1絃で2音をと る。この配置により、理論上、中央絃の音は左側の絃の 音より純正5度、上の音となる。楽器の構造からの当然 の帰結として、この楽器は4度、5度の循環により調弦さ れる。ただ左側と中央の2絃を正確に調弦するには、張 力の関係で、熟練を要する。 調弦の一例をあげれば下図の如くである。 (註). G’. F. B. Es. As. D. C B As. F Es es. S. D. 屯. C B As,. G. (註)8.ボン・ラーン 9.ケーン 10.キムは、7等分. 平均律の楽器群には属さない楽器である。.
(29) 25. 第2節 自然7度を利用した田中正平の調律手法 『東洋音楽研究避第9号(1951)所載の田中正平「タ イ国7等分平均律音の調律法に就いての一考察(同上 書:5−11)によりタイ音階を調律すると下記の手順 となる。. 今、かりにC40を261.6256 C.P.S.とし、これをタイ音. 階の基音とする。音階の各音の振動数は下記のようにな る。. I. 261.6256 C.P.S。. H. 288.8581. 皿. 318.9252 352.1219 388.7741. V. 429.2415 473.9210 523.2512. まず、1音を基準として、これより純正5度上がって、 更にその上、純正3度の音を求め、この音の自然7度(振 動比7/4)上の音を求めて、この音をオクターブ下げて VI音を得る。. 上記の作業によるVI音の振動数はつぎの如くである。 VI: 26L6256 C.P.S.×3/2×5/4×7/4×1/2. ==429.2295 C.RS. この操作によるVI音の振動数429.2295 C.P.S.と理論 値429.2415CP.S.との誤差はわずかに一〇.0120 C.P.S.. である。このVI音を新しい基音として、同一方法にて、. さらに2段下のIV音を調律し、更にN音からE音を得.
(30) 26 る。これを継続すれば、残りのW、V、協心を順次得る ことになるが、誤差の累積をさけて、1音に戻る。1音 から手順を逆にたどり純正5度下、純正3度下、自然7度 下の音よりm音を得る。以下同法のくりかえしにより、 V、W音を得る。この方法による各音の振動数及び理論 値との誤差は次の通りである。 振動数(C.P.S) 理論値との誤差(C.P.S.) I. 0. E. 261.6256 288.8339. −0.02. 皿. 318.9340. 十〇.01. 352.1023. −0.02. 388.7958. 十〇.02. 429.2295 473.9605 523.2512. −0.01. V. 十〇.04. 0. 誤差が対称形をなしていないのは、基音を小数以下4 位にとどめたことによるものと思われる。いずれにせ よ、小数以下3位の振動数を聞き分けることは、不可能 であろうから、当手法の精度は極めて高いものというこ とができる。. 問題点としては、5度、3度という聞きなれた音程に対 し、自然7度の振動比7/4という通常耳にしていない音程 を聞き分けるには、相応の訓練を必要とするのではなか ろうかと思われる。. 第3節 タイ音階調律試案 通常、調律において、基音をCとするか、Aとするか、 又オクターブをどの音の問にとって割りふりを行うか は、検討を要する。又12平均律の調律に於ては、精度と.
(31) 、. 27. の関連において、4度、5度の循環によるか、3度、6度に よるかという選択を生じる。3度、6度による方法は、熟 練を要するが、ウナリの数が多いため、精度は非常に高 くなる。. 12平均律において、4度は純正4度より広く、5度は純 正5度より狭い。ところが、タイ音階におけるいわゆる4 度は、12平均律より更に広く、5度は狭い。このこと は、タイ音階の調律においては、12平均律より大きな数 のウナリを聞き分けることが必要になり、それが、聞き とり可能な範囲に入っているかという問題になる。 今C40(261.6256C.P.S.)を基音とし、これをタイ音. 階の1音とする。上音諮問のウナリは図の如くである。 ウナリ1. 順序. 音名. 、振動数. 2倍音. 3倍音. 4倍音. 方向. b. V→H. 10.9. 1. 26t6256. 523.25璽2. 784.8768. tO46.5024. 皿. 288.8581. 577.7162. 8665743. 1,155.4324. 2. 皿. 318.9252. 637.8504. 956.7756. t275.7008. 4. V【→皿:. 12,0・. IV. 352.1219. 704.2438. 1..56.3657. t408.4876. 6. 珈【→IV. り3.3. V. 388.774で. 777.5482. t166.3223. 1燗5.0964. 7.3. VI. 429。24雪5. t287.7245. t716,9660. H→V【. 8.雪. w. 858.4830. 3. 1→V. 473.92噸O. 947.8420. 1.42t7630. 1,895.6840. 5. 皿→VH. 8.9. .1. 冊 52325電2. この結果としてわかることは、5度に比べて、4度のウ ナリの数がかなり多く、実際の調律においては、これ以 上の高音域は避けるべきである。逆に基音をC40より下 げることにより、ウナリの数は減少する。 いずれにせよ、12平均律を、3度、6度で、調律する場 合と、全く同じ手法で、7平均律を調律するこは可能で ある。.
(32) 28. 第4章なぜタイではタイ音階なの か M・ウェーバーはその著、『音楽社会学』において、 なぜ地球上のある場所には、多声性の音楽が現れ、他の 場所にはそれが欠けたのか、又かなり広く行きわたって いる多声性から、一体なぜ地上のある一点においてのみ ポリフォニー音楽や、和声的ホモフォニー音楽そしてま た近代的音組織が発展し得たか、疑問を投げかけている (ウェーバー1967:172)。. 第1節 タイ音階成立の事情 1.ウェーバーは、12平均律の完成を、西欧の和声、和 声的音楽発展の切り札として位置づけている(同上書: 199)。. 彼は、西欧的音楽発展の諸条件の一つとして、西欧流 の音譜の発明をあげ、.この記譜法に立脚する多丁丁が、. 音組織の和声的合理化を最も強力に促進したという(同 上書:182)。. そして、我々の耳は、教育のおかげで、純旋律的な表 現要求から生まれたどんな音程をも無意識に和声的に解 釈するようになっているが、我々とちがった耳は、和声 的に秩序づけられていない音程に対して、それを享受す ることにも、広く慣らされ得るという(同上書:185)。 和声的に構成されていない音組織の中では、旋律:法が 比較的自由に動ける反面、逆に音組織の内側から音間隔 の対称性、及び比較可能性を遇い出そうという動きとな り、この場合、オクターブを和声的に分割すること、す なわちオクターブを不等間隔に分割することを基礎とし たのではいかなる合理化の試みも成功しないのであっ て、すべての音階は、つぎのような場合にもっともひろ.
(33) 29 い意味で、整律されることになるとする。 つまり、音程の純粋性が相対化され、音一風の純粋性 をただ近似化することによって、種々の音程相互間の矛 盾を平均化する方法で、間隔原理が守られる(同上書:. 197)。この努力の結果生み出されたものが、12等分平 均律であり、ここにおいて、自由な和音進行、自由な移 調が保証され理論面ではラモー(1683−1764>の、実際 の演奏面ではJ・S・バッハの平均律クラヴィーア曲集の 影響のもとに、究極的な勝利をおさめたとしている(同 上書:200)。. 音間隔の純粋性を近似的にする、つまり各音程相互間 の矛盾を平均化する(誤差を各音程にばらまく)ことに よって、和声進行という演算:を成立させたのが西洋音階 であるのに対し、この平均化という作業を純粋に追い求 めて、オクターブを全く同じ音間隔に分割した極限の形 態がシャム音楽の7等分平均律である。この極限の状況 においては、和声的音程に準拠した整律:はもはや問題に ならず、“音楽的”ではあるが、和声以外の基盤に立つ 音階が成立するとウェーバーは結論づけている(同上 書:197)。. 2.黒沢隆朝は、7等分平均律の成立過程を次のように推 定している(黒沢1970:194−197)。彼は実際にタイ の音楽の演奏を聞くことにより、タイ音階を5音音階と してとらえ、これは、中国から伝えられたもので、それ を今に伝えているものが、タイ北部やラオスのケーンと 考える。たしかに、このケーンの音階は、三分損益法に よる音階と考えられる。. 彼は、ここで、タイ音楽が、5音音階からなるとする と、基音からの完全5度が、音階の柱をなすと考えるの が常識であるとする。ここにおいて、ソー・ウー、ソ ー・ hゥアンの調弦が5度を基準としている点に着目.
(34) 30 し、この5度を平均に分割したことが、オクターブを7つ にわることにつながった、とみる。 さらに、私見として、これを確定的にしたのが、おな じ弦楽器のテヤケーではないかという。この楽器のノム (支柱)は、固定的であるので、まず、オクターブを定 め、これから5度をとりあえず決定する。これを基準と して、その他の支柱を等比間隔に立てる。この作業を成 立させるためには、最初の5度を狭くする作業が生じて くる。. タイ音階は、耳より目が先行して定められ、その結果 各音程が等分に分割されているかどうか耳でたしかめた 音階ではなかろうかという。 ことの当否をタイの演:奏家に質問しても「昔からそう. だった」という返答のみで、「どこからでも始められて 便利だ」という証言の紹介(黒沢1970:198)は、タイ 人のタイ音階に対する一面を語っている。. 3.田辺尚雄は、「タイ国人が如何にして、その楽器を 数理的に7等分して調律するのであるかその方法につい ては不明であるが恐らく特殊の楽器製作者が、古来より の伝授によって其の特殊の聴覚を利用して行うものであ ろうと推測される」 (田辺1951:1849)と述べる一 方、 「近代のタイ国が、何故に斯くのごとき7等分平均. 律を使用するにいったかという理由については、可成り 明らかなものがある」として黒沢隆朝の調査結果を引用 している(同上書:19)。. それは、 「タイ国は、北より中国、西よりビルマ及び. インド、東よりベトナム、カンボジア、南よりジャワ と、音律を異にした四周からの音楽の投入があるのでそ の種々異なった音律のいずれにもそのまま相応じられる 為には、全音と半音との区別をなくして、その全ての音 程を均一なるものとなすをもって便利とする。しかも、.
(35) 31 中国も印度も西洋も近代において、8度の問に7つの音を 含んでおり、かつその旋法は大いに異なっている。その 相違せる原因は、全音の聞に配置された半音の相違にあ る。それ故8度を7等分することによってで直ちにそのま ま中国にも、印度にも、西洋にも応ずることができる。 まことにもっともなしだいであり、数理上、もっとも簡 単にして、明瞭な方法であると感服されるしだいであ る」 (同上書:19)。. ここから田辺は、例を西洋音階にとった場合の誤差を 検討している。その研究結果は次表である。. タイ・7等分平均律と西洋の長音階との比較 タイ国 西洋長音階. 7平均律 I. w V. w. 6,000. @ 純正律 純 ドシラソ. T,143 S,286 R,428 2.571. 皿. L714. H. 0.857. I. 輔一■¶一酬幽一㎞. 6.000 5.442 4,422 3.510. ファ. 2.490. ミ L932 iレ 、伽. 皿⊥ド. 0.000. τ. 12平均律. 5. 6.0 5。5. i;. 4.5 3.5. プア. 2.5. 臣. 2.0 1.0. ド. 0.0. ここで使用している音程値は、日本的音程値として、 12平均律を6平均律に読みかえた数値である。日本人 として簡単明瞭であるとしている。 田辺の試みは、このタイの7等分平均律と、西洋の音 律との誤差を検してみたいということであるが、その意 図は、 「タイの7等分平均律の楽器を使用して、西洋の 長音階からなる旋律を演:奏した場合に生ずる誤差」を知 ろうとするものである。その誤差は次表の通りである。.
(36) 32. 純正律を基準にした 7等分平均律と西洋長音階との誤差. 一_エ窯鋸盤一陣議細金強建_. w V. ・0.299 1シ. 騰i; +α081{プア. +0.058 +0.078 。0.010. +0,010. 皿. ・0.218. ミ. +0。068. 皿. ・0.163. レ. ・0.020. 1. 。__踊_. 0. 上記の結果、7等分平均律の誤差は、12等分平均律の 最大誤差の長6度の音を上廻っており、 「7等分平均律 は、近代西洋の楽曲を奏するには適さない」との結論を 導いている(同上書:21)。. 同様にして「7等分平均律は中国の楽曲を奏するには 適さない。」(同上書:23)とし黒沢の“タイ音階は四 囲のどの音楽にも適応するための音階”に否定的な見解 となっている。. 4.結局、タイ古典音楽が、周囲の音組織の影響をうけ ながら、独自の7等分平均律を自己の音階とした経緯は 確たる文献もなく、推測の域を出ないのであるが、次の D・モートンによる研究結果に集約されることになろ う。 「インドの要素が、この等分平均律を発展させたと. いう可能性と、中国の5音音階体系(5度圏の最初の5音 を用いる。)とカンボジア人が使っていたインドに由来 する高音体系がぶつかって、その結果等分平均律の体系.
(37) 33 が合成されたという可能性が考えられる。また他方では この等分平均律の体系が、転調の問題に対応すべくカン ボジア人が作っていたものをタイ族がとり入れた可能性 も否定できない。タイの文化は周辺にある各文化の諸要 素を借用して、それを自己本来の文化と適合、融合させ て、近隣文化のどれとも異なる独特の文化に仕立てあげ てきたのである。」 (モートン1994:142). 第2節 西洋音階の到来とタイ音階 タイ人が、西洋の音楽にふれるようになったのはうー マ5世(在位1867∼1910)以降のことと思われる。ラー マ5世は、ヨーロッパ列強の植民地主義に脅かされた東 南アジアにおいて、その危機を回避したことに対して、 国民がチュラロンコーン大王としてその治世を誇りにし ている王である。我が国の明治時代に対応する。西洋の 文化を積極的に受け入れるという政策のもと、いわゆる お雇い外国人がタイに招かれると共にヨーロッパに留学 するタイ人が現れた時代で、後のラーマ6世も留学生の1 人である。. 西洋の曲にタイ語の詩をつけたり、西洋音楽風に作曲 したり、あるいはタイの曲を西洋楽器を使って演奏する 等西洋に比肩する文化基盤を確立しようとするタイ人の 努力は、我が国の先人達の姿をほうふつさせる。 今日映画やコンサートの開演:前に国王讃歌が演奏さ れ、観客は一斉に起立して、国王をたたえるが、この歌 の作曲者は、ヘーウッドヤーンというオランダ人であ る。. 1.7平均律音階の実用面の効能 黒沢隆朝は、戦前の論文として、芸術院総裁ルオン・ ウィチット・ワータカンの「タイ音楽の発達」の論文中.
(38) 34 の次の一節を紹介している。. 「驚くべき事実として、これらの楽器は、単にタイの 音楽のみならず、東洋諸国の旋律はもちろん、ヨーロッ パ諸国の音楽をも同様に演奏することができる。多少の 欠陥があるとしても、これは専門家でなければ感じない 程度のものである。」. この問題に対して黒沢は、タイにおいても最初は抵抗 を感じた人もいたことであろうが音律の原型の方が後退 したとしている(黒沢隆朝1970:197∼198)。. 2.ドゥリヤンガにみる両音階の調整. ドゥリヤンガはAJUSTMENrという項を設けて、タ イ音楽と西洋音楽との関連について述べている(ドゥリ ヤンガ1948:45)。 (1)西洋式の記譜法で、タイ音楽を表すことは可能で あり、タイ様式で、西洋の音楽を演奏することができる と同時に、西欧の楽器でのタイ音楽の演奏も可能であ る。. (2)タイの陸海軍のバンドは、西洋楽器の編成である ので、西洋の記譜法のもとで、タイ音楽を演:奏する。タ イの聴衆は、それを、タイ楽器で演奏されたものと、同 じように受け入れている。従って、ここから、両楽器群 の混合編成が生じる。. (3)西洋の楽器で、タイ音楽を演奏するのはかなりの 精度で可能であるが、逆は成り立ちにくい。 (4)西洋音楽の楽器編成の中に、音律の異なるタイ楽 器をもちこむことはむずかしい。. 3。ラオス民族舞踊公演における、7等分平均律と、西洋 音階の使われ方 ラオスは、タイ東北部に隣接する国で、タイ東南部の カンボジアと共にクメール文化圏を形成する。特に音楽.
(39) 35 に関してタイ、ラオスは共通点が多く、タイ東北部がそ うであるようにラオスの音楽は中国の影響を色こくのこ しているといわれている。. 2001年7月、大阪市中央区において、関西ラオス交流 協会主催、ラオス情報文化省後援のもとに、ラオスの民 族舞踊と、ラオスの音楽が、ラオス人によって紹介され た。コンサート形式によるラオスの音楽の公演は極めて めずらしい。ラオスのおどりと共にその音楽が紹介され たが、使用された楽器は、ラナート・エークとキムであ る。. この2つの楽器の音律は異なる。ラナート・工一クの 音がきわだっている為、聴衆の耳には聞き慣れない7等 分平均律の旋律が、ラオスの音楽として聞こえていたも のと思われる。. 日本の聴衆へのサービスとして、日本の歌がキム単独 で演奏された時、この楽器が、長音階に調弦されていた ことが、誰の耳にも聞こえて来た筈である。 公演の後、演奏者と懇談する機会を得たが、彼等はこ の異なった音律の楽器の組み合わせを意に介する風はな かった。. 第3節 タイ音階を支えるタイの文化・社会・ 経済 1。タイの言語 「タイ語」といった場合、広い意味でラオス語などを 含むタイ諸族の言語をさす場合と、もともと中央部から 南部へかけての現在のタイ標準語としてのタイ語をさす 場合とがあると考えられるが、通常は後者をさしてい る。. タイ語の一語は一音節からなり、一一つの声調を有し、. 語形変化、格変化がなく、品詞の活用もなく、文におけ.
(40) 36 る各単語の文法的役割は語順によって定まる。 河部利夫によれば「タイ語の約8割は外来語で、その うち大部分を占めるインドの古代語であるパーリ語とサ ンスクリット語はちょうど日本語における漢語の役割を はたしている。こころみにタイ語からこれらの言葉をと りのぞいみると、残るのはわずかな日常用語のみであ る。」 (河部1967:4). 民族の置かれた地理的歴史的条件からみても、これは 外来語だと感じられる単語ははなはだ多く、なかでも潮 面語は圧倒的で、英語、フランス語とみられる言葉に も、日常よく出会う。しかしこれらは、もののみごとに タイ語に同化している。 (註). 音楽との関係で常に問題としてとりあげられるのが、. タイ語の声調である。通常第1声調から第5声調に分類さ れ、その音域はかなり広い。声調の呼び名は、必ずしも 統一されていないが、これを第一声調から順に(1)平声 (2)低声 (3)雨声(4)高声 (5)上声と呼び名を与 えたとすると、平声がその中心となって、低声から上声 の幅は平常の通話音域をカバーしている(富田1985: 6)。. 荘司和子はこの声調を5線紙の上に音譜で表し、更に 日常会話の音の動きを例示している(荘司1992:16− 17)。. (註). 潮州. 中国広東省北部にある都市 潮州民 潮州地方で使われている中国語。広東語に属する。.
(41) 37 平声 勘a. 低声 δa. 下声. .. {£a. 高声. 上声. aゑ. 曲. ソ. aa. 舩. aa. ハ. a批 @.. ノ. aa. (. Sawat d量1・ サワッ(ト)ディー. ◎ oζラップ. こんt アちは(ごきげんよう). q. Sabaay d壼i. 15e. サパーーイディー. ル∼. Sa baay dll lる サ バーイディール. ( 9. Sa baay dli. khrap. サバーイディー. クラップ. kh食 (元気です). カ. khrゑP khゑ. または. (お元気ですか?). {. 惚プ.
(42) 38 各単語が固有の声調を有している反面、この声調は文の 中に置かれた位置により変化するものではない。即ち文 章全体の抑揚とは別の問題である。このことは、タイ語 で、歌は歌えないのではないかという心配に対する答え となる。. 音の高さの問題以上に興味を感ずるのは、外来語吸収 の歴史であって、それは、インド文化、クメール文化、 中国文化を吸収し、近代にいたっては、西洋文化迄吸収 して、現在のタイの文化に仕立てあげたタイ人の柔軟性 である。. 2.タイ人の行動を特徴づける言葉「マイペンライ」 タイ社会の柔構造、そのふところの深さをうかがい知 ることのできる言葉として、 「マイペンライ」がある。. 日本人の知っているタイ語として、最もポピュラーな言 葉がこの「マイペンライ」である。 マイは否定詞、ペンはbe動詞、ライは、 what, which に該当する。日本人はこの語を通常、 「かまいません」. 「どういたしまして」というような日本語にあてはめて 考えている。たいていの行為は、その結果がはなはだ不 本意なものであっても、「マイペンライ」として許容さ れる。この許容度が大きいことは、タイ社会では受け入 れられてもビジネスにはまことに不都合なこととなる。 この語につき「タイ人の言語行動を特徴づける言葉と その文化的背景についての考察」として、国立国語研究 所日本語教育センター主任研究宮堀江・インカピロム・ プリヤーの研究結果が、刊行されている(堀江1995: 1−74)。. 「マイペンライ」のThe E㎎hsh Student Dictio−. naryによる英訳は次の如くである。 It does not matter. That馨s a丑right. NGt at a韮.. 1でsnoth【㎎.. It does not make any difference..
(43) 39 1t讐s aU the same。. Never r【:血1d.. Forget it.. タイ音階の各音程のずれに対する指摘に対し、どの語 がかえってきても、全く違和感がない。 堀江は、我々にとってはなはだ難解な言葉「マイペン ライ」について、インタビューとアンケートをもとにこ の言葉の使われ方に一定の原則があるのか、そのはたす 役割は何かを明らかにしょうと試みている。 インタビュー、アンケートを含めた調査結果の結論 は、必ずしも系統的なものとはいえないが、いくつかの 項目は次の通りである。. (1)「マイペンライ」はその使い方によって、タイ人 同志の社会関係、つまりその人間関係(社会的地位、目 上、目下)、距離(親しい、親しくない)を明確に示し ている。. (2) 「マイペンライ」には肯定的側面と、否定的側面. が同程度あり、使われ方によって、肯定にも否定にもな り得る。. (3) 「マイペンライ」は使われる範囲が非常に広く、. 礼儀としての挨拶から、「慰める2、「励ます」、「許 す」、「思いやりを表す」、「遠慮を示す」、 「あきら め」、「なだめる」など、相互の配慮の上に立って多様 な使われ方をする。 (4)不都合な場合の相手への責任追求は厳しくなく、. どうにもならないことにこだわるよりも、相手を許すこ とが美徳と考えられる。 「タイ人の特徴は容易に許し、. 忘れ、妥協すること」である。 (5)二度と、とり戻せないものの喪失といった局面で は「マイペンライ」は使わない。 (5)は(1)∼(4)と決定的に異なる。 (5)は政治. においては独立であり、経済においてはその自主性であ り、タイ音階においては、7等分平均律である。それ意 外の局面は、ギマイペンライ」であろう。.
(44) 40 3.タイ経済にみる剛と柔 タイの政治体制は、立憲君主制で、タイ王国 (Ki㎎dom of Tai㎞d)と称される。国王が国家元首. で、憲法の定めるところによって、国民議会、内閣、裁 判所を通して立方、行政、司法の三権を行使する。現国 王はプーミポン・アドゥンヤデート国王(ラーマ9世) である。. 国土面積は514万平方キロと、日本の約1.4倍ここに六 千二百万人(1998年現在)の、タイ族を主とする人々が 生活し、使用言語はタイ語で、仏教徒が人ロの95%を超 えるといわれている。 (盤谷日本人商工会議所1988) 日本のタイへの経済進出は、19世紀の末頃からであろ うが、臼本の輸出市場、原料供給地として認識されるよ うになったのは、第一次世界大戦以降のことと思われ る。その後の第二次世界大戦に至る日本とタイとの政治 的関係は、生々しい体験として記憶に残るところである が、タイの国外諸勢力に対する対応は、 「現実的」の一 語に尽きる。19世紀半ばから、20世紀にかけて、東南ア ジアが、次々と西欧の植民地とされた中にあって、イギ リスとフランスの勢力にはさまれながら、その勢力関係 を逆手にとって独立を守り、第二次世界大戦において は、何と最終的には戦勝国にその名をつらね、戦後の冷 戦構造においては、イギリス勢力の東南アジアからの駆 逐というアメリカの外交政策にもののみごとに乗って、 自国は戦争の場の外に置きながら、アメリカの莫大な資 金援助をひき出して、インフラを拡充し、今日の経済基 盤をつくり出すことに成功している。 世界経済の中で、東南アジア、特にタイが、新しい工 業国として、目をひくようになったのは、1980年後半か らであろう。ベトナム戦争の終わる1975年頃迄は、親 米、反共路線に従って、流入したアメリカの開発援助 や、借款に負うところが大きが、タイにおける米軍基地.
(45) 41 の撤去、中国との国交回復等米国離れがすすむと共に日 本、E/C諸国の比重が増大する。 急激な円高と、国内製造業の閉塞感から来る日本企業 のタイへの資本投下は、1985年以降膨張の一途をたど る。外国企業のタイ向け投資の急増の背景には、タイの 政治、経済の安定性が大きな要因ではあるが、タイ人 が、外国人にとって、親しみやすい民族であり、タイ が、仕事のしゃすい、住みやすいところであることが、 あずかって力あったといわれている。 これは、タイの地理的条件と、古くからさまざまな異 民族と接し、混血によって異民族を吸収してきたこと と、無縁ではなかろう。タイは純粋なタイ民族の割合が はたしてどれ密なのか、あまり定かでない雑種民族国家 といわれている。. 国際収支における経常収支の赤字を資本収支によって おぎないながら、自国の工業化、近代化をおしすすめた タイの経済政策は、投資奨励法での各種優遇措置ととも に、一方において外国側の出資比率を制限し、外国人の 就労に厳しい規制を設け、国内資本、タイ人労働者の保 護を忘れることはない。 (註1). 日本人が、タイの伝統楽器を製造販売することは、許 されない。 (註2). このような特性をそなえたタイ社会を赤木攻は「剛・ 柔社会」と呼んでいる(赤木1989:43)。 (註1). 投資奨励法(仏暦2520)合弁事業に関する条件 (註2). 外国人の就業を禁ずる職業ならびに専門職の職種を規定 する勅令(仏暦2522).
(46) 42 赤木によれば、 「剛」とは、不変、索麺、中心、基 本、絶対、不自由といった性質をもつ側面で、 「柔」と. は、応変、柔和、相対、自由といった性質を呈する側面 である。タイ社会の特徴は、これが単に半々に並存して いる社会ではなく、「剛」の領域がきわめて狭く、ほと んどが「柔」で占められているように見えることであ る。この一見しただけではなかなか高和」の領域が見え ず、「柔」ばかりが目につく社会ではあるが、この 「柔」の社会を律し、支配している「剛匪の機能をタイ の特質として彼はとらえている。. このことは、タイの政治について見れば「剛」の領域 は「独立」の維持に象徴されよう。独立以外の価値は 「柔」領域としてこれを十二分に利用して「剛」を守り 通した訳である。. この方式はタイの外資の導入による産業構造の改革に おいても遺憾なく発揮されている。 タイ音楽における7等分平均律は、まさにこのギ剛」 の領域である。基本旋律またしかりである。一方「柔」 の領域こそ、各演奏家の技禰の見せどころである。. まとめ 1)タイ音階は7等分平均律である。 近隣諸国と異なる7等分平均律が、タイにおいて成立 した事情は定かではない。それは師から弟子へと世代を 経て、受けつがれたものであって、何らかの基準に準処 して、といった類のものではない。 2)従って各アンサンブルはそれぞれ自分のピッチを. 持っている。各楽器の音律も、演奏者の感覚の中から生 まれるものと考えられる。. 3)タイ音楽には、いわゆる和声はないと考えられてい る。しかしその音楽はタイの気候風土と調和し、聞くも のの心に安らぎを与える。倍音の構成を基礎とする音楽.
(47) 43 とは又別の世界に我々をいざなってくれる。. 4)ラナートなどの打楽器は、音が減衰するため、いわ ゆる不協和音あるいはウナリといった現象を意識する度 合いは少ない。. 5)7平均律の楽器群の中に12平均律の楽器がまじる。又 その逆に12平均律の楽器群の中に7平均律の楽器がまじ るのもそうめずらしいことではない。. 6)したがって、タイ固有の楽器を使って、原曲が西洋 音階である曲がしばしば演奏される。何とも異様に聞こ えるこの旋律も、タイ人はあまり気にしていないフシが ある。. 7)タイ古典音楽は、その音階に代表されるごとく、極 めて厳格な制約を持った音楽である。しかし、この固定 された音律、楽曲形式、旋律の中で、各演奏家は、自己 のアレンジ能力を遺憾なく発揮している。 具合のよいものは、次々と、とり入れて自分のものに してしまうタイ人の包容力は、音、音楽の世界でも、遺 憾なく発揮され、純粋なタイ音楽、西洋音楽といっしょ に混血種もタイ音楽としてちまたに流れ、又、各国のテ ープ、CDが街頭にあふれている。 この中で、タイ古典音楽は、オクターブを均等に7つ に等分したコンウォン・ヤイの音階にもとずく旋律を基 本として、何の教本もないまま、1フレーズずつ師から 弟子へと受けつがれて行くものと思われる。.
(48) 44 おわりに きわめて自由で、社会的束縛が少なく、他人には干渉 せず、他人の行為に寛容なタイの社会が、よく見ると、 不変、厳格、基本、絶対、不自由といった側面を持つこ とに気がつく。しかし一見しただけではこの領域がなか なか見えず融通無げな面だけが目につく。 タイ古典音楽においても、ラナート・エークの特徴的 な音色、神わざ的嬢さばき、華麗な変奏テクニックに目 と耳を奪われがちであるが、これを根底で支えているの が、タイの7等分平均律にもとづいて世代をこえて受け つがれたコンウォン・ヤイの主旋律である。 タイの社会は、これらの領域が半々に並存しているの ではなく、柔構造の領域がはなはだ広い感があるが、こ の二つの領域の絶妙なコンビネーションの上に社会が成 り立っている。. この基盤はタイの経済構造にあると考える。低水準で あることは間違いないが、経済生活の基本が安定してい る。相対的に貧困であるが、衣、食、住の基本は保証さ れており、絶対的貧困が存在しない。この国では飢え死 にすることもなげれば凍え死にすることもない。食べき れない食料をかかえこんでも腐るだけである。 こうした安定した経済生活を基盤にして、人間関係 を律しているわずかな根幹部分と、他に干渉されること の少ない、他に干渉することも少ないサバーイ(happy ,comfortable)な社会が成立する。. コンウォン・ヤイの旋律からとび出したラナート・エ ークも、また元へもどって来ることを忘れさえしなけれ ば思う存分自分の力量を発揮できる。 世界に冠たる日本式企業経営で大いにその成果をあげ ようという考えが、タイでの生活の結果、タイのこの社 会構造に気がつくと、規制はなるべくゆるやかに、タイ.
(49) 45 人の自主性を尊重して、成果はその力量にまかせるとい う、方針の一大転換となる。. この国でタイの人達と生活し、この国の人達とこの国 の音楽を演奏して、地球上にこのような音楽もあったの だと、はじめて異文化に対して目をひらくこととなっ た。. タイ古典音楽の特質をなすものとしては、音律の他に 拍節があるがその研究は今後の課題としたい。.
(50) 46. 参考文献 赤木攻 1989:『タイの政治文化一剛と三一』 勤草書房 (東京). 伊藤完夫 1973:r田中正平と純正調函 音楽之友社(東京) ウエーバー・M(安藤英治訳) 1967:『音楽社会学顔 三文社(東京) エリス・A・J(門馬直美訳) 1951:『諸民族の音階』 音楽之友社(東京). 大蔵康義 1999:『音と音楽の基礎知識』 図書刊行会(東京). 河部利夫. 1967・『礫タイ鋤木轄林(東京) 黒沢隆朝. 1970:r東南アジアの音楽函 音楽之友社(東京) 桜井笙子 1986:「タイ古典音楽の伝承と現状」『諸民族の音遍 (小泉文夫先生追悼論文集)音楽之友社(東京) 荘司和子 1992:『日常ミニミニタイ語会話断 語研(東京).
Outline
関連したドキュメント
第二章 固定資産の減損に関する基本的な考え方 第一節 はじめに 第二節 各国の基本的な考え方と基礎概念との結びつき 第一項 米国基準 第二項 国際会計基準 第三項
本論文の今ひとつの意義は、 1990 年代初頭から発動された対イラク経済制裁に関する包括的 な考察を、第 2 部第 3 章、第
はじめに 第一節 研究の背景 第二節 研究の目的・意義 第二章 介護業界の特徴及び先行研究 第一節 介護業界の特徴
第6章
第4章では,第3章で述べたαおよび6位に不斉中心を持つ13-メトキシアシルシランに
緒 言 第圏節 第二節 第四章 第一節 第二節 第五章 第口節 第二節第六章第七章
第1董 緒 言 第2章 調査方法 第3章 調査成績
第2章 検査材料及方法 第3童 橡査成績及考按 第1節 出現年齢 第2節 出現頻度 第3節 年齢及性別頻度