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第2節 西洋音階の到来とタイ音階
タイ人が、西洋の音楽にふれるようになったのはうー マ5世(在位1867〜1910)以降のことと思われる。ラー マ5世は、ヨーロッパ列強の植民地主義に脅かされた東 南アジアにおいて、その危機を回避したことに対して、
国民がチュラロンコーン大王としてその治世を誇りにし ている王である。我が国の明治時代に対応する。西洋の 文化を積極的に受け入れるという政策のもと、いわゆる お雇い外国人がタイに招かれると共にヨーロッパに留学 するタイ人が現れた時代で、後のラーマ6世も留学生の1
人である。
西洋の曲にタイ語の詩をつけたり、西洋音楽風に作曲 したり、あるいはタイの曲を西洋楽器を使って演奏する 等西洋に比肩する文化基盤を確立しようとするタイ人の 努力は、我が国の先人達の姿をほうふつさせる。
今日映画やコンサートの開演:前に国王讃歌が演奏さ れ、観客は一斉に起立して、国王をたたえるが、この歌 の作曲者は、ヘーウッドヤーンというオランダ人であ
る。
1.7平均律音階の実用面の効能
黒沢隆朝は、戦前の論文として、芸術院総裁ルオン・
ウィチット・ワータカンの「タイ音楽の発達」の論文中
34 の次の一節を紹介している。
「驚くべき事実として、これらの楽器は、単にタイの 音楽のみならず、東洋諸国の旋律はもちろん、ヨーロッ パ諸国の音楽をも同様に演奏することができる。多少の 欠陥があるとしても、これは専門家でなければ感じない 程度のものである。」
この問題に対して黒沢は、タイにおいても最初は抵抗 を感じた人もいたことであろうが音律の原型の方が後退 したとしている(黒沢隆朝1970:197〜198)。
2.ドゥリヤンガにみる両音階の調整
ドゥリヤンガはAJUSTMENrという項を設けて、タ イ音楽と西洋音楽との関連について述べている(ドゥリ ヤンガ1948:45)。
(1)西洋式の記譜法で、タイ音楽を表すことは可能で あり、タイ様式で、西洋の音楽を演奏することができる と同時に、西欧の楽器でのタイ音楽の演奏も可能であ
る。
(2)タイの陸海軍のバンドは、西洋楽器の編成である ので、西洋の記譜法のもとで、タイ音楽を演:奏する。タ イの聴衆は、それを、タイ楽器で演奏されたものと、同 じように受け入れている。従って、ここから、両楽器群 の混合編成が生じる。
(3)西洋の楽器で、タイ音楽を演奏するのはかなりの 精度で可能であるが、逆は成り立ちにくい。
(4)西洋音楽の楽器編成の中に、音律の異なるタイ楽 器をもちこむことはむずかしい。
3。ラオス民族舞踊公演における、7等分平均律と、西洋 音階の使われ方
ラオスは、タイ東北部に隣接する国で、タイ東南部の カンボジアと共にクメール文化圏を形成する。特に音楽
35
に関してタイ、ラオスは共通点が多く、タイ東北部がそ うであるようにラオスの音楽は中国の影響を色こくのこ しているといわれている。
2001年7月、大阪市中央区において、関西ラオス交流 協会主催、ラオス情報文化省後援のもとに、ラオスの民 族舞踊と、ラオスの音楽が、ラオス人によって紹介され た。コンサート形式によるラオスの音楽の公演は極めて めずらしい。ラオスのおどりと共にその音楽が紹介され たが、使用された楽器は、ラナート・エークとキムであ
る。
この2つの楽器の音律は異なる。ラナート・工一クの 音がきわだっている為、聴衆の耳には聞き慣れない7等 分平均律の旋律が、ラオスの音楽として聞こえていたも
のと思われる。
日本の聴衆へのサービスとして、日本の歌がキム単独 で演奏された時、この楽器が、長音階に調弦されていた
ことが、誰の耳にも聞こえて来た筈である。
公演の後、演奏者と懇談する機会を得たが、彼等はこ の異なった音律の楽器の組み合わせを意に介する風はな
かった。
第3節 タイ音階を支えるタイの文化・社会・
経済
1。タイの言語
「タイ語」といった場合、広い意味でラオス語などを 含むタイ諸族の言語をさす場合と、もともと中央部から 南部へかけての現在のタイ標準語としてのタイ語をさす 場合とがあると考えられるが、通常は後者をさしてい
る。
タイ語の一語は一音節からなり、一一つの声調を有し、
語形変化、格変化がなく、品詞の活用もなく、文におけ
36
る各単語の文法的役割は語順によって定まる。
河部利夫によれば「タイ語の約8割は外来語で、その うち大部分を占めるインドの古代語であるパーリ語とサ ンスクリット語はちょうど日本語における漢語の役割を はたしている。こころみにタイ語からこれらの言葉をと
りのぞいみると、残るのはわずかな日常用語のみであ
る。」 (河部1967:4)
民族の置かれた地理的歴史的条件からみても、これは 外来語だと感じられる単語ははなはだ多く、なかでも潮 面語は圧倒的で、英語、フランス語とみられる言葉に
も、日常よく出会う。しかしこれらは、もののみごとに
タイ語に同化している。 (註)
音楽との関係で常に問題としてとりあげられるのが、
タイ語の声調である。通常第1声調から第5声調に分類さ れ、その音域はかなり広い。声調の呼び名は、必ずしも 統一されていないが、これを第一声調から順に(1)平声
(2)低声 (3)雨声(4)高声 (5)上声と呼び名を与 えたとすると、平声がその中心となって、低声から上声 の幅は平常の通話音域をカバーしている(富田1985:
6)。
荘司和子はこの声調を5線紙の上に音譜で表し、更に 日常会話の音の動きを例示している(荘司1992:16−
17)。
(註)
潮州
中国広東省北部にある都市 潮州民
潮州地方で使われている中国語。広東語に属する。
平声
勘a
aa
低声 下声
δa . {£a
ハ
a批@. aa
Sawat d量1・
サワッ(ト)ディー oζラップ
こんtアちは(ごきげんよう)
高声
aゑ
ソ
aaノ
(
◎
q
Sabaay d壼i
サパーーイディー
(お元気ですか?)
Sa baay dli
サバーイディー
(元気です)
15e
ル〜
37
上声
曲
舩
(
9
または
khrap
kh食 クラップ
カ
Sa baay dll lる
サ バーイディール
{khrゑP khゑ
惚プ
38
各単語が固有の声調を有している反面、この声調は文の 中に置かれた位置により変化するものではない。即ち文 章全体の抑揚とは別の問題である。このことは、タイ語 で、歌は歌えないのではないかという心配に対する答え
となる。
音の高さの問題以上に興味を感ずるのは、外来語吸収 の歴史であって、それは、インド文化、クメール文化、
中国文化を吸収し、近代にいたっては、西洋文化迄吸収 して、現在のタイの文化に仕立てあげたタイ人の柔軟性
である。
2.タイ人の行動を特徴づける言葉「マイペンライ」
タイ社会の柔構造、そのふところの深さをうかがい知 ることのできる言葉として、 「マイペンライ」がある。
日本人の知っているタイ語として、最もポピュラーな言 葉がこの「マイペンライ」である。
マイは否定詞、ペンはbe動詞、ライは、 what, which に該当する。日本人はこの語を通常、 「かまいません」
「どういたしまして」というような日本語にあてはめて 考えている。たいていの行為は、その結果がはなはだ不 本意なものであっても、「マイペンライ」として許容さ れる。この許容度が大きいことは、タイ社会では受け入 れられてもビジネスにはまことに不都合なこととなる。
この語につき「タイ人の言語行動を特徴づける言葉と その文化的背景についての考察」として、国立国語研究 所日本語教育センター主任研究宮堀江・インカピロム・
プリヤーの研究結果が、刊行されている(堀江1995:
1−74)。
「マイペンライ」のThe E㎎hsh Student Dictio−
naryによる英訳は次の如くである。
It does not matter. That馨s a丑right. NGt at a韮.
1でsnoth【㎎. It does not make any difference.
39
1t讐s aU the same。 Never r【:血1d. Forget it.
タイ音階の各音程のずれに対する指摘に対し、どの語 がかえってきても、全く違和感がない。
堀江は、我々にとってはなはだ難解な言葉「マイペン ライ」について、インタビューとアンケートをもとにこ の言葉の使われ方に一定の原則があるのか、そのはたす 役割は何かを明らかにしょうと試みている。
インタビュー、アンケートを含めた調査結果の結論 は、必ずしも系統的なものとはいえないが、いくつかの 項目は次の通りである。
(1)「マイペンライ」はその使い方によって、タイ人 同志の社会関係、つまりその人間関係(社会的地位、目 上、目下)、距離(親しい、親しくない)を明確に示し
ている。
(2) 「マイペンライ」には肯定的側面と、否定的側面 が同程度あり、使われ方によって、肯定にも否定にもな
り得る。
(3) 「マイペンライ」は使われる範囲が非常に広く、
礼儀としての挨拶から、「慰める2、「励ます」、「許 す」、「思いやりを表す」、「遠慮を示す」、 「あきら め」、「なだめる」など、相互の配慮の上に立って多様 な使われ方をする。
(4)不都合な場合の相手への責任追求は厳しくなく、
どうにもならないことにこだわるよりも、相手を許すこ とが美徳と考えられる。 「タイ人の特徴は容易に許し、
忘れ、妥協すること」である。
(5)二度と、とり戻せないものの喪失といった局面で は「マイペンライ」は使わない。
(5)は(1)〜(4)と決定的に異なる。 (5)は政治 においては独立であり、経済においてはその自主性であ
り、タイ音階においては、7等分平均律である。それ意 外の局面は、ギマイペンライ」であろう。