• 検索結果がありません。

山口富子・福島真人(編)『予測がつくる社会 ―「科学の言葉」の使われ方』

N/A
N/A
Protected

Academic year: 2021

シェア "山口富子・福島真人(編)『予測がつくる社会 ―「科学の言葉」の使われ方』"

Copied!
4
0
0

読み込み中.... (全文を見る)

全文

(1)

書  評 247 山口富子・福島真人(編)『予測がつくる社会  ―「科学の言葉」の使われ方』 東京大学出版会,2019 年 2 月,3200 円+税,312 ページ ISBN 978―4―13―056120―4 [評者]林真理*  どのような社会にも「期待」が存在する.期待が あることで,私たちは何が生起するのかを考え,あ らかじめ準備した上で行動することができる.かす かな望みから厳格な契約まで,期待の度合いや様相 についてもいろいろなバリエーションがあって,人 の社会的行動のあり方を大きく左右している.また, 期待どおりになった場合,ならなかった場合のそれ ぞれについて,人々がどのように行動すべきかに関 する何らかの規範が存在する.そのような意味で, 期待は社会における基本的な人の振る舞いの一要素 であり,したがって社会学研究における基本的な概 念であり続けてきたし,これからもあるだろう.本 書の前提には,このような広い意味での期待につい ての社会学がまずある.  他方で,本書が対象とする期待はより限定的なも のである.科学技術が大きな役割を果たし,したがっ て科学的予測と科学にかかわる予測が大きな意味を もつ現代社会における期待のあり方が問題となる. そこには 2 通りの意味がある.科学技術自体が発展 することによって,さまざまな意味で科学的と言え る予測を産出しており,結果として人々の期待や不 安を導くようになっている.他方で,それとともに, 科学技術の発展自体が社会における期待の対象にな るがゆえに,(こちらは必ずしも科学的ではない)予 測の対象ともなってきた.ここでは前者の科学的予 測とそこから生まれる「根拠」をもった期待につい て予測(1),期待(1)と,後者の社会的な期待とそこ から生まれる予測について期待(2),予測(2)と呼ぶ ことにしよう.本書は,この 2 通りの予測と期待に 関する,計 10 名の著者による重層的な論文集となっ ている.以下,内容を簡単に紹介する.  第 1 章「過去を想像する/未来を創造する」では, 多様な論点が提示されるが,本書全体を貫くテーマ 2020年1月18日受付 2020年1月25日掲載決定 *工学院大学教育推進機構,[email protected]. ac.jp

(2)

248 として,予測(1)を単なる客観的なデータに基づく 科学的言説として捉えるにとどまらず,行為遂行的 なものとして考察する必要があること,予測(1)お よび予測(2)に人間が縛られてしまうような状況が 懸念され,そういった状況を「未来の植民地化」と 呼ぶことが可能であること,そして結論としてはそ ういった事態への対処としてリテラシーの向上が必 要であることが述べられる.この本章を導入として, 各章がより個別の内容を扱うことになる.  まず,第2章と第3章は,いずれも遺伝子技術を 巡る期待(2)を扱っている点で共通性がある.第2 章「未来の語りが導くイノベーション――先端バイ オテクノロジーへの期待」は,ゲノム編集をめぐる 産業上の期待(2)を扱ったものである.私たちの社 会には,食糧増産やゲノム医学などへの漠然とした 期待が存在していると言える.他方で,そういっ た期待を生み出すものこそが研究上の何らかの新 展開でもある.具体的に本章で取り上げられる新 展開とは,画期的な第三世代ゲノム編集技術であ る CRESPER/Cas9 の登場である.研究の進展を通 じて技術の社会的な波及効果について可能性が見え てくると,さらに農業上,医療上の本来の需要とと もに,技術のさまざまな社会的実装への期待が生ま れることになる.その期待の現実化過程がイノベー ションと呼ばれる.したがって本章は,イノベーショ ンと呼ばれる事態がどのように言説として構成され ているのかを扱った実例となっている.これを著者 は適切にも「期待がイノベーションを構築する」(31 頁)と呼んでいる.この期待に基づくイノベーショ ンは,バイオテクノロジーの現代史の中で何度も起 こってきたことであるが,本章の対象もその一例で ある.  続く第3章「未来をつくる法システム――DNA 型鑑定への期待と失望」も,そういったバイオテク ノロジーの現代史の事例の一つである.その対象は, 1980 年代に誕生した,犯罪捜査における DNA 型鑑 定技術である.本章は,アメリカと日本を比較しつ つ,同じ DNA 型鑑定という技術がどのように期待 を獲得し,失っていったかについて,法システムと の関連でその経緯の違いを述べる.その結果とし て,期待(2)が社会システムによって維持または消 失されるものであることを教えてくれる.よくある ハイプサイクルの考え方は技術決定論的な側面をも つが,実際の期待(2)は社会的環境に大きく左右さ れうるものであることを示していると言うこともで きる.  第4章と第5章は,人間を含んだ自然システムに 関する予測(1)を扱ったものである.大地震による 災害(第4章)もパンデミック(第5章)も同じように 人間社会にとって重大な被害を与える可能性をもつ ものであり,したがってその予測が社会的に重要と 見なされ,また予測結果が大きな影響をもつべきも のになるという点に違いはないと考えられる.しか し実際の予測のあり方において,両者には大きな違 いがあることがわかる.第4章「防災における「予 測」の不思議なふるまい大地震災害予測」の対象は, 予測がはずれるような行動を喚起するところに目的 があるという,大変興味深い種類の予測である.ま た,ここには「期待」という表現は適切でない種類 の予測(1)がある.その予測は,その重大性にもか かわらず,低確率でかつマクロな対象範囲でなされ るために,個人に対してなかなか十分な影響を与え るに至らない.そのため,予測をより精緻にするこ とよりも,予測をもとにした事前行動を人に促すた めの手段を模索することの方が重要な課題となると いう点に特徴がある.他方で,第5章「感染症シミュ レーションにみるモデルの生態学」が明らかにする のは,病原体の拡散のモデル化がまだまだ現実を十 分に描写し疾病予防のための行動についての重要な 示唆を与えるレベルに至っていないという事態であ る.そのため,メカニズムがブラックボックスであ る現象の理論化,モデル化の過程,データとモデル が相互作用的にできあがっていく過程が主として描 かれることになる.そのようにして「モデルの生態 学」という概念で捉えられた経緯は,科学哲学,科 学論的に大変興味深い事例となっている.また,シ ミュレーションによる予測が日本社会に受け入れら れにくいという指摘は,科学技術コミュニケーショ ン,リスクコミュニケーションに関する重要な示唆 でもあろう.  第6章「語りと予測の生む複雑さ」は,理論的な 章である.一方で個人レベルのミクロモデルを設定 すると,予測と期待は個人間のコミュニケーション として捉えられ,創発的に未来への志向が誕生する というモデルが可能になる.他方で,マルチエージェ ントモデルによりミクロとマクロの相互作用として

(3)

書  評 249 の社会と個人を捉えた場合,ルール生態系ダイナミ クスを援用することで,メゾレベルのルールにかか わるものとして予測を位置づけることができる可能 性について触れられている.ただし,本章は理論的 な分析にとどまり,具体的な事例への応用とは距離 がある.なお,ここでの予測,期待は,特別な社会 的位置をもった予測産出エージェントとしての専門 家の存在を前提しなければ,主に予測(2),期待(2) であると想定される. 第7章「過去に基づく未来予測の課題――確率論 的地震動予測地図」は,第4章と重なる部分もある が,災害の前段階である自然現象としての地震予測 (1)を扱ったものである.その特徴は,参考とすべ きデータが極めて少ない領域であることであり,し たがって予測モデル間の優劣を決める科学的論争も 決着を付けにくいものになる.他方で,こういった 領域の存在そのものが,この領域に関する期待(2) の大きさを示しているとも言える.  第8章「政策のための予測を俯瞰する」で対象と なっている予測(1)は,政策を目的とした将来の社 会現象に関する予測である.こういった予測は,そ の自己言及性に特徴がある.そのため,予測主体の 規模,予測活動実施のタイミング,予測における方 法選択の妥当性などに注意して予測に対応する必要 があることが指摘される.予測という活動自体が積 極的な提言行為に近いもにのなっていという特徴を 強くもつ.具体的な事例への言及はなく一般論であ るが,特徴的で重要な種類の予測(1)について論じ たものと言えるだろう.  第9章「規制科学を支える予測モデル――放射線 被ばくと化学物質のリスク予測」は,再度自然現象 の予測(1)と安全性がテーマである.予測が十分に 可能ではない状況,すなわち科学理論の決定不全性 ないしは不定性が存在する状況において,予測をも とにした何らかの安全性の基準が設定される場合 に,ステークホルダーによる主観的・社会的価値(そ れは期待(2)にもつながる)に基づいて合意が行われ ることによって,その基準の設定がなされるべきで あるという重要な考え方が述べられる.  第 10 章「予測と政策のハイブリッド――日本の 経済計画における予測モデルと投資誘導」は,経済 学分野における予測(1)について扱っている.その 特徴は,予測の対象が人と法人であり,したがって 予測そのものを折り込んでその振る舞いを変化させ うる存在であるところにある.そのため,経済学に よる予測(1)がさまざまに社会状況に影響を与えて いるとともに,他方でどのような影響を与えるかを あらかじめ折り込んだ上で予測(1)が発せられるこ とにもなる.予測を誘導であると考えれば,予測の 失敗は事実がそれに反したことではなく,誘導がう まくいかなかったこととなる.そしてこの誘導の前 に期待(2)がある.こういった誘導の視点を含んだ 日本の戦後の経済予測が,実際の経済の状況ととも に変化していく経緯が述べられる.  以上のとおり,本書は多様な具体例と多様なレベ ルにわたる,非常に多面的でかつ興味深い論点に富 んだ論文集となっている.以下,本書全体の特徴に ついて述べる.  本書の全体に通底するのは言語行為論である.言 語行為論がそれまでの哲学を記述性にとらわれてい ると批判したように,本書は科学的予測(1)を,単 に法則と初期条件に基づいて導き出された結果とし て捉えるのではなく,発語媒介行為(その予測によっ て社会的に何らかの影響を与えようと意図する行 為)として捉える姿勢を明確にする.ただし,そう いった考え方は,これまでの科学論,科学技術社会 論においても当然のものであったかも知れない.数 学的なモデル化などを通じて科学の言語を用いたエ ビデンスに基づく予測(1)であっても,必ずしも唯 一無二の絶対的な予測であるわけではない.理論の 選択においても,証拠の選択においても,さまざま なバイアスがかかりうるということは考えられる. 技術開発は価値を実現するためのものであることも 当然である.また,萌芽する科学技術に対して,い かに馬鹿げた予測(2)がなされてきたかということ や,予測(2)と現実に大きな乖離があったというこ とは,科学技術史が教えてくれるとおりだ.  しかし,本書はそういった問題点について,単に 抽象的に述べるだけでなく,また既に終わってし まった歴史上のできごととして遠くから記述するの でもなく,今まさに起こっている中で問題としてい る章を含んでいる.また,それぞれの領域において, 予測や期待のあり方がどのように行為遂行的である のかというさまざまな実例を示してくれる.そこに 本書の価値があると言えよう.困難な個別問題に取 り組み現状を明らかにしているところが重要である

(4)

250 し,またそういった個別の議論を相互作用的にとり まとめる本書のような取り組みは大変重要なもので あると考える.現在進行中の問題を描くのは難しい が,その中で論文を書く,書籍を出版するという行 為もまた発話媒介行為なのであり,それを通じてさ まざまな人々を巻き込んでいくことを求めている. 本書自体がそういった実践になっているのではない かと思う.  科学的な予測(1)は,しばしば「エビデンスに基 づく」と言われる.しかし,エビデンスという言葉 が乱発される今日,エビデンスが導入されるプロセ スを評価して,誰がどのようにその証拠を導入して いるのか,根拠をどのようにして評価しているのか, そもそもなぜそのような実践が意図されているのか といったことを考察するのは科学技術社会論の役割 であると考えられる.そのように考えると,あらた めて本書の延長線上に,さまざま課題があることが 見えてくるのではないだろうか.  「イノベーション」の問題についても同様である. イノベーションが責任あるものでなければならない 理由は,それがテクノロジーそのものをもたらすと ともにそのテクノロジーによって実現される価値, そして社会の変化をもたらすからである.いったい どのような価値の創造が期待されているのか,それ は明確になっているか,イノベーションの方向性は 間違っていないのか,きちんと評価されつつ進めら れているかなどの問題が考えられる.なお,編著者 の山口らの別の著書として,既に期待(2)にかかわ る山口・日比野(2009)がある.常に新たに起こり続 ける問題への対処として,社会学的視点からの研究 が必要とされる状況は,今後も続いていくのではな いだろうか.予測あるいは期待といったキーワード は幅広い分野で用いられており,この鍵概念を用い て問題群を探り上げることが可能である.  ただし,そこから先には困難な問題が存在してい ることも予想される.期待や予測について反省的な 言説を重ねていくことは,個別的な対症療法にしか ならないとも言えるからである.反省的な言説を積 み重ねてリテラシーを向上させることは確かに重要 ではあるが,リテラシーを伴う主体性の確立を絶え 間なく行わなければならない社会のあり方こそが植 民地化の新たな姿に他ならないという問題点も既に 提起されていると言えるからだ.期待の民主的なガ バナンスをもたらし,公共性のある予測を上手に活 用していく社会になるにはそもそもどうすれば良い のか.そういった問題があるのではないだろうか.  最後に,本書の成り立ちにかかわることについて 述べる.本書は,科研費基盤研究(A)「「予測」を めぐる科学・政策・社会の関係―科学社会学からの アプローチ」(2015―2018)の成果である.科学技術 社会学・科学技術史という領域の研究成果が,個別 の論文にとどまらず日本語書籍として出版されるこ とは,今後の領域の裾野を広げる意味でも重要なこ とだと言える. ■文献 山口富子,日比野愛子(編著)2009: 『萌芽する科学 技術:先端科学技術への社会学的アプローチ』 京都大学学術出版会.

参照

関連したドキュメント

地方創生を成し遂げるため,人口,経済,地域社会 の課題に一体的に取り組むこと,また,そのために

白山中居神社を中心に白山信仰と共に生き た社家・社人 (神社に仕えた人々) の村でし

当社は「世界を変える、新しい流れを。」というミッションの下、インターネットを通じて、法人・個人の垣根 を 壊 し 、 誰 もが 多様 な 専門性 を 生 かすことで 今 まで

① 新株予約権行使時にお いて、当社または当社 子会社の取締役または 従業員その他これに準 ずる地位にあることを

自閉症の人達は、「~かもしれ ない 」という予測を立てて行動 することが難しく、これから起 こる事も予測出来ず 不安で混乱

・子会社の取締役等の職務の執行が効率的に行われることを確保するための体制を整備する

場会社の従業員持株制度の場合︑会社から奨励金等が支出されている場合は少ないように思われ︑このような場合に

 今日のセミナーは、人生の最終ステージまで芸術の力 でイキイキと生き抜くことができる社会をどのようにつ