︿研究ノート﹀
忍之巻を読み解く
上
田
哲
也
はじめに 忍術書の研究には﹃万川集海﹄ ﹃正忍記﹄ ﹃ 忍秘伝﹄が必須資料として 活用されている。確かにその史料的価値は際立って高いが、これだけで は質的に大きな広がりのある忍者の実像を知るには不十分であり、空白 の部分、すなわち地域制や身分の高低その他を埋めるためには、別史料 が多数必要となるものと考えられる。本稿ではこれまであまり利用され ていなかった﹃忍之巻﹄ ︵弘前市立弘前図書館所蔵︶をその一本と考え、 解釈を試みた。 ﹃忍之巻﹄はその内容の多くに甲伊型忍術 ︵1︶ との類似点が認められる事 から 、﹃ 忍之巻﹄の題箋が意味するとおりに 、まず忍術書と考えてよい だろう ︵2︶ 。本稿では他伝書と比較検討することで 、﹃ 忍之巻﹄を柔術との 関わりもあわせて掘り下げることにより 、史料的価値を希求してみた い。 解題 ﹃忍之巻﹄は本文十二頁からなる古い書物である 。表紙に貼られてい る題箋は本文と筆跡も紙質も異なっており、近代に付け直されたものと 考えられる ︵3︶ 。また奥書が無く筆者も記載年も不明だが、巻頭に﹁明治四 十二年﹂の寄贈印が押されており、弘前図書館が管理を始めた明治末期 より以前に記されたのは間違いない。 本文は刀剣に関する項目で始まり 、複数の武器や火器の製法 、呪術 、 用心の心得など総合的な内容で構成されているが、忍びの活動には多岐 に渡る技能や知識が必要であった事から 、﹃ 万川集海﹄も含め忍術書の 内容の全てが忍術であったとは考え難い ︵4︶ 。また記されている内容は質的 量的に稚拙なものであり 、﹃ 軍法侍用集﹄のような軍学書の一部であっ た可能性も低いと思われる ︵5︶ 。 多くの忍術書と違い﹃忍之巻﹄では﹁口伝﹂という言葉が一切用いら れておらず、序や結が無いなど書の体裁からして流派の後継者や後世へ の﹁伝書﹂ではなく、自らが学んだ忍びの知識の備忘録﹁覚書﹂として 記されたものではないかと考えられる。 筆者が忍者であったか、忍びの知識を学んでいた武士であったかは不 明だが、同様の伝巻には各種の武術や兵法の内で﹁外の物﹂ ﹁別伝﹂ ﹁ 心 得﹂等の表現で忍びの知識が伝授されたものや、松明の製法だけでなく 手品や妙術を含む生活の知恵や呪術が記された﹃松村流松明甲賀流武術 秘伝﹄ ︵ 伊賀流忍者博物館所蔵︶のような書もあり ︵6︶ 、忍術書との区別が 難しいものも存在している 。 以上を踏まえた上で 、﹃忍之巻﹄の内容を 解説していきたい。太刀姓 これは刀剣の瑕疵や波紋等により所有者の運命を占う、剣相判断に関 する内容ではないかと考えられる 。 剣梵字は刀剣の彫物の事 。﹃ 渡辺俊 経家文書﹄の﹁兵書等抜書﹂にも﹁刀ノ姓事﹂ ﹁釼姓見事﹂の項があり、 刀剣の性質を見る方法の一部が記されている ︵7︶ 。剣相を見る際には刀剣に 五行を配置して判断する事が多いが 、﹁ 太刀姓﹂にも五行説の ﹁ 木火土 金水﹂という五字が記されている。剣相判断にも戸次流、宇佐流、宅間 流など九流派があり、江戸時代に流行の最盛期を迎え体系化されたもの が版行されている。 早 は や ね た ば 寝刃 刀の刃に細かい疵を付けて切れ味を向上させ 、 素早く寝刃を起こす 術。通常は小さな砥石や草鞋、紙などを用いるが、ここでは八月十五日 の夜に剥いだ 蟇 ひきがえる の皮を用いている 。 古人は夏の満月の蟇を不思議の存 在としており、武士の心得である﹁早寝刃﹂に呪術的な要素を加えたも のが忍術として記されたものかもしれない。勿論鉄や石が切れる事はな かったであろう。 ﹃当流奪口忍之巻﹄ ︵伊賀流忍者博物館所蔵︶の﹁他 人之刀不抜薬ノ事﹂にも八月十五日に蟇を使う呪術が記されているが 、 これは忍の家に伝わる古法であると述べている ︵8︶ 。 糊 のり 落 土 も ぐ ら 龍の皮に砥石の粉を付け、刀に付いた血糊を落す方法である。昔は 武士の心得であったという。他に消炭を細末にして布片で擦拭う方法も 伝わっている。 刀ツメ 刀に関する内容と思われるが、 ﹁刀ツメ﹂と﹁ハララ﹂の意味は不明。 鉛珠 鉛で作った玉状の武器で、敵を捕える際に手の内に握り込んで突きを 入れたり、投擲して使用したと考えられる。 ﹃伊賀流忍術隠火之巻﹄ ︵ 藤 田西湖氏旧蔵・現伊賀流忍者博物館所蔵︶と制剛流柔術の伝書﹃道具之 巻﹄ ︵川上仁一氏所蔵︶には同様のもので﹁ 掌 しょうじゅ ︵てのうち︶ 珠 ﹂が記されている ︵9︶ 。 興味深いのは ﹃制剛流道具一通 ︵全︶ ﹄︵ 中島篤巳氏所蔵︶では ﹁掌珠﹂ の重量が﹁重百目程﹂と記されている点で、使い勝手の良さや使用目的 により、玉の大きさを変えていた事が分かる。 現飛 ﹁鉛珠﹂に鎖と紐を取り付けた武器で 、敵を捕える際に刀や腕に絡み 付けたり 、遠距離から打撃を与えるのに使用したと考えられる 。﹃ 伊賀 流忍術隠火之巻﹄と制剛流 ﹃道具之巻﹄には同じ形状の武器で ﹁魂 こ ん ぴ 飛﹂ が記されている。これも伝書によって寸法は異なり、各人の得手や目的 等により鎖や紐の長さを調整して用いたようである。 角手 手の指に装着して使用する小武器で 、﹃ 伊賀流忍術隠火之巻﹄と制剛
流﹃道具之巻﹄には同様の図が記されている。これらの小武器類は、そ の特殊性故に流派によって同じ形状でも名称が異なっていたり、同一名 称であっても全く別物である場合がある 。﹁角手﹂は制剛流では二本爪 の﹁角珠﹂ 、天心古流拳法では二本爪の﹁角指﹂ 、戸田心流では﹁万力﹂ 、 弘前藩の本覚克己流柔術でも﹁万力﹂と呼んでいる ︶10 ︵ 。 カスミ 楊梅皮、鉄炮薬、胡椒等の混合物を竹筒に入れた武器で、そのまま敵 の顔面に振り掛けたなら目潰し、着火して使用したのなら催涙性の毒煙 だったと考えられる 。鉄砲で撃ち出すとした伝書もある 。本文中の ﹁五 ご し ん で ん 身伝﹂とは制剛流柔術 ﹁和 やわらごしんでん 五身伝﹂であり 、業術 ﹁ 誘引﹂以下二十 本を習得したという切紙伝授の目録名である。この事から﹃忍之巻﹄の 筆者︵或は筆者に術技を教えた忍者︶は制剛流を学び、最低限﹁和五身 伝﹂を知っていたと考えられる 。柔術は剣術に対抗するための業であ り、 ﹁五身伝ニカカル﹂とは、 ﹁刀に対して柔術で抑える﹂という意味で ある 。なお 、﹁五身伝﹂は ﹃伊賀流忍術隠火之巻﹄の ﹁村雨﹂でも用い られている。 ムラサメ 竹筒に入れた鉛の粉末を敵の顔面に振り掛け、目潰しとして使用した 武器で 、﹃ 伊賀流忍術隠火之巻﹄には 、より詳細な製法を解説した ﹁ 村 雨﹂が記されている 。﹃ 万川集海﹄の ﹁召捕二十箇條﹂には ﹁村雨の術 を用いるべき事﹂とあり名称は類似しているが、詳細は不明である。 ムサウ火 鴇 とき の羽根に入れた水銀の化学反応を利用した照明で 、﹃万川集海﹄の ﹁不滅明松﹂に同様の製法の火器が記されている 。 また ﹁ムサウ火﹂と は材料や製法が異なる類似名称の ﹁ 夢相火の方﹂が ﹃ 万川集海﹄ ﹃伊賀 流忍術隠火之巻﹄等に記されているが 、諸流の忍術を集めた ﹃万川集 海﹄では名称の重複や類似名で製法の異なる忍具が数多く見られる。 水燈心 ナモミの油を付けた栗の花の陰干を、水に浮かべて使用する照明であ る 。﹃伊賀流忍術隠火之巻﹄や制剛流 ﹃道具之巻﹄に ﹁水中火 ︵水燈 心︶ ﹂というのがあり、同じ製法のものが記されている。 人面馬面 これは﹁馬顔香﹂などとも言われる燈火と同様の物で、火を付けると 人の顔が馬の顔に見えるといい呪術的なものと考えられる 。江戸期の 手 て づ ま 妻︵手品︶の書には、狼糞や蚯 み み ず 蚓の陰干に火をつけると煙の奥に居る 者の顔が長く見えるという奇術が記されている ︶11 ︵ 。 眠薬 罪人の着古した衣服と 、 蟇 ひきがえる の白子の陰干しを燃焼させるという眠薬 である。薬理学的にも無効であり、かつ気道粘膜から吸収される可能性 も低く 、 また量があまりに低濃度である事から 、実用性に乏しい物で
あったと考えられる。眠薬の使用前に﹁抹香を嗅ぐ﹂という防御方法は ﹃忍之巻手鏡﹄ ︵伊賀流忍者博物館所蔵︶にも記されているが ︶12 ︵ 、他にも ﹁生姜を鼻に詰める﹂ ﹁胡椒を鼻に詰める﹂という方法が知られている。 ︵欄外︶眠薬 尾長蛆︵糞虫︶を使った燃焼式の眠薬の解説が欄外に書き足されてい る 。﹃渡辺俊経家文書﹄の ﹁忍法行巻﹂にある ﹁一夢散之事﹂ 、﹃ 用間加 条伝目口義﹄ ︶13 ︵ の ﹁一夢散之事﹂ 、﹃ 山崎流忍之書﹄ ︵京都府立京都学 ・歴 彩館所蔵︶ ︶14 ︵ の ﹁ 眠リ薬之事﹂にも類似する眠薬の製法が記されている 。 尾長蛆を用いた術は甲賀だけに限らず、その源も不明であるが、甲賀伊 賀系の複数の伝書に記されている事から忍者の間では広く知られた術で あったと考えられる。 眠薬 蛞 なめくじ 蝓の黒焼きを用いた燃焼式の眠薬である 。﹃用間加条伝目口義﹄の ﹁一夢散之事﹂に同じ眠薬の製法を簡略化した内容が記されている。 同薬 鴛 おしどり 鴦の黒焼きを用いた燃焼式の眠薬の一種と思われるが ﹁同薬﹂は ﹁殺傷﹂をも意味するといい、文中の﹁眠﹂には﹁永眠﹂すなわち﹁殺﹂ の意味が含まれている可能性がある 。﹃用間加条伝目口義﹄の ﹁ 一夢散 之事﹂にほぼ同じ文言の製法が記されている。 吹薬 縞蛇の死骸から生えた茸と砒霜石の混合物を毒粉として、竹筒に入れ て吹きかける武器 。解毒方法も記されている 。﹃ 万川集海﹄の ﹁絶入散 ノ事﹂に同様の製法の忍具があり 、 毒性が強いと信じられていた為か 、 自身が浴びないよう鉄砲で撃ち出す事を推奨している。 火持方 菰 こも に包んだ古い奈 な ら ざ ら し 良晒 ︵麻布︶を用いた火種を所持する為の道具で 、 ﹃用間加条伝目口義﹄の ﹁筒火之事﹂には同じ製法が記されており ﹁ 時 宗カ持シ胴ノ火ハコレナリ﹂とある 。﹃ 万川集海﹄の ﹁ 胴火の七方﹂に も類似する製法が記されている。忍者はその活動上、味方に合図の煙を 上げるにも、敵陣へ火を放つにも、山中で野宿するにも火種を欠かせな かったはずで、その保持方法の改良や研究は最も重要な課題であったと 推測される。 一命ノ矢 呪術的要素が極めて強い、必中するという矢の製法が記されている。 中蝋燭 蝋燭の中に入れた水銀の化学反応を利用した特殊な照明と考えられ る。 ﹃万川集海﹄の﹁中蝋燭の方﹂にも同様の蝋燭が記されている。
用心 この項のみ﹁用心﹂と題して日常の心得などを記している。忍者らし い行動は旅宿で警報装置として入口に畳を立てて寝る方法だが 、﹃ 軍法 侍用集﹄の ﹁ 旅人持べき道具之事﹂や ﹃万川集海﹄の ﹁ 用害術六箇条﹂ にも同じような内容が記されている。 おわりに ﹃忍之巻﹄を読み解くと他の忍術伝書との関連性を見出すことができ、 その内容には論理的な問題点も多い事から 、現代の創作とは考え難い 。 従って﹃忍之巻﹄は研究対象とするに十分価値のある史料であると考え る。 本稿では﹃忍之巻﹄には二つの大きな特徴があることを証明した。第 一の特徴は甲伊型忍術を含んでおり 、﹃ 忍之巻﹄の筆者 ︵或は筆者に術 技を教えた忍者︶は伊賀者あるいは甲賀者であったと考えられる点。第 二の特徴はこの忍者が一般武術を学んでいたということを証明している 文書であるという点である。 ﹃忍之巻﹄にある忍具二十一項目の内の六項目が ﹃ 伊賀流忍術隠火之 巻﹄ 、八項目が ﹃ 万川集海﹄等に掲載の忍具と同質あるいは類似してお り 、本書に甲伊型忍術が大きく関与していることが分かる ︵︹ 表1 ︺参 照︶ 。 ここで﹃伊賀流忍術隠火之巻﹄について触れておきたい。この書の題 箋は本文と別の筆跡で記されているといい 、﹁伊賀流云々 ﹂は後世に書 写された際に付されたものと考えられるが ︶15 ︵ 、注目すべきは制剛流柔術の 組打用小武具の記載がある点である。これらの小武器が制剛流の物とす 表 1 「忍之巻」と類似する内容を記した忍術書の項目比較 「忍之巻」 「伊賀流忍術隠火之巻」 「万川集海」 「用間加条伝目口義」 1 太刀姓 2 早寝刃 3 糊落 4 刀ツメ 5 鉛珠 掌珠 6 現飛 魂飛 7 角手 角手 8 カスミ 9 ムラサメ 村雨 10 ムサウ火 夢相火の方 不滅明松 11 水燈心 水中火の方(水燈心) 12 人面馬面 13 眠薬 14 (欄外)眠薬 一夢散之事 15 眠薬 一夢散之事 16 同薬 一夢散之事 17 吹薬 絶入散の事 18 火持方 胴火の七方 筒火之事 19 一命ノ矢 20 中蝋燭 中蝋燭の方 21 用心 用害術六箇条 ※番号は「忍之巻」の項目順に記した。
る理由は、尾張藩に伝承した制剛流武術伝書﹃道具之巻﹄ ﹃松明巻﹄や、 ﹃制剛流道具一通︵全︶ ﹄に掲載の小武器と、多数の類似点が認められる 事による。 制剛流は水早長左衛門信正を流祖とし、戦国期から江戸初期に成立し た捕手や居合などを含んだ柔術の流儀であり 、﹃ 伊賀流忍術隠火之巻﹄ を記した忍者は 、格闘術に制剛流を学んでいたということを意味する ︶16 ︵ 。 制剛流を学んだ忍者は、手慣れた制剛流の小武器を使用していたと考え るのが自然であるが、この種の小武器類の古式名称は﹃天心古流捕手八 寸挫骨法秘解﹄ ︵ 中島篤巳氏所蔵︶では ﹁秘器﹂ 、あるいは ﹁ 手之内﹂ ︵戸田流︶などと呼ばれる。 ﹃伊賀流忍術隠火之巻﹄を著した忍者が 、免許印可あるいは極めて ハードルが高い一子相伝の皆伝印可で伝系に名を連ねたか否かは不明で ある。しかし﹃伊賀流忍術隠火之巻﹄は忍者が武士から柔術を学んでい た事を証明している点で価値がある。 忍者が一般武術を学んだという記録例は少なく、他には﹃渡辺俊経家 文書﹄に﹁真々流居合術﹂すなわち﹁関口新々流居合術﹂の免状などが 残されており、尾張藩に仕えた甲賀忍者の渡辺三之助がこれらを学んで いた事が知られる程度である ︶17 ︵ 。その意味でも﹃忍之巻﹄は、一般武術の 制剛流柔術が忍者サイドから記されているという点で注目に値する史料 であると考えられる。 忍者と制剛流の接点となった地域として可能性が高いのは、尾張藩で ある。 ﹃張藩武術師系禄﹄ ︵国文学研究資料館所蔵︶には尾張藩で指導さ れた武術・兵法、軍法一〇八流が記されており、その内で柔術に七流が ある ︶18 ︵ 。同書に忍術の項目はないが砲術の項目に﹁甲賀流・自知流﹂とあ り、甲賀忍者の木村奥之助久康の名が流祖として記されている。 制剛流は秘器の種類が多いのが特徴の一つであり、その利を求めて忍 者の方が制剛流を選択し学んだものと思われる。秘器には小型で奇妙な 武器が多い事から、柔術の小武器が忍者の秘密武器であると単純な思考 で決め付けられてきたようである。 最後に本文に記されたキーワードを元に﹃忍之巻﹄の成立年代を考察 してみた。 ・剣相判断は鎌倉時代には既に存在していたようだが 、江戸時代中期頃 に﹁剣相術﹂として庶民から朝廷まで流行した後、幕末期には衰退して いる ︶19 ︵ 。 ・奈良産の織物である ﹁奈良晒﹂は 、鎌倉時代以後に神官や僧尼の衣と して好んで使われたといい、清 きよ 須 す 美 み 源 げん 四 し 郎 ろう が改良を重ねたものが江戸時 代の初期に徳川家康に認められ、御用布として幕府に納入される事とな る 。その結果 、武士の裃や帷子等として販路の広まった ﹁奈良晒﹂は 、 明暦三年︵一六五七︶には奈良町の惣年寄が麻布に検査印を押して品質 を保証するまでになり、以後の半世紀に最盛期を迎えたが享保頃より衰 退している ︶20 ︵ 。この事から﹁奈良晒﹂が庶民に定着したのは江戸時代前期 から中期頃と考えられる。 ・﹁旅宿﹂は寛文四年 ︵一六六四︶に版行された ﹃軍法侍用集﹄に ﹁ 旅 宿心得之事﹂や﹁旅宿住居之事﹂と記されており、お伊勢参りなどで庶 民が檀那寺の発行する身分証明書﹁往来手形﹂を持って、国を越える旅 をするようになった江戸時代中期頃には既に広まっていた言葉だと推測 される。 ・﹁ 用心﹂に関しては慶安二年 ︵一六四九︶に出された ﹁慶安御触書﹂ で﹁火の用心﹂の言葉が使われており、庶民に広く浸透したのは江戸時 代前期から中期頃と考えられる。 ・忍術伝書では ﹃万川集海﹄の序文を藤林保武が記したのが延宝四年 ︵一六七六︶ 、木村奥之助が甲賀渡辺家に﹁忍法行巻﹂を伝えたのが延宝 七年︵一六七九︶ 、﹃ 用間加条伝目口義﹄が近松茂矩により記されたのが 元文二年︵一七三七︶の事である。
これらを考慮すると、同様の忍具の製法が伝承されており、キーワー ドが庶民に浸透していたと推測される江戸時代前期から中期頃に 、﹃忍 之巻﹄は記されたものではないかと考えられる。 本稿は ﹃ 忍之巻﹄の解読と内容の考察を主題としたが 、同様の伝書 、 覚書等は他にも存在しているといい、これらの史料を調査研究する事で 忍者が学んだ武術、武士が学んだ忍術の姿が少しずつ明らかになるもの と思われる。また﹃忍之巻﹄については筆者の人物像や弘前に伝承した 経緯など不明な点が多く、引き続き研究課題としたい。 書誌情報 忍之巻︵しのびのまき︶ 一冊 表紙︵本文︶ 縦二十三・四糎 横十七・七糎 構成 八丁 表紙︵表裏︶二丁 題箋 書題箋表紙左肩﹁忍之巻﹂ 作者 未詳 所蔵者 弘前市立弘前図書館︵資料番号 W 三 九九│五一︶ 印記 表紙の整理番号︵手書き︶ 雑レ 四ノ二 諸本 ﹃忍之巻﹄が原本であるか否かは定かではないが 、教養の感じら れる整った字体で記されているのを見る限りでは、原本を元に清書され た写本である可能性が高いと考えられる。 凡例 一 、 翻刻には弘前市立弘前図書館所蔵の ﹃忍之巻﹄を底本として用い た。 一、使用字体は原則として常用漢字を用いた。 一、ルビは原本通りに付し、捨て仮名の小字は一部を除き普通の字の大 きさに戻した。 一、 ﹁ ﹂﹁メ﹂などの特殊な合字は、通常の仮名にあらためた。 一、反復記号は﹁丶﹂濁点は﹁ヾ﹂で表記した。 一、原本には読点が無いので適宜補った。 一、原本の用語・用字等に、誤字や表現の誤りと思われる箇所があるが 其の儘とした。 翻刻 太刀姓 一、ノミヒホス ① 剣梵字ハ金姓 木火土金水 早ネタハ 一、 蟾 ヒキカイル 皮 八月十五日酉ノ刻ニハギトリ、陰乾ニシテ是ニテ刀ヲヌグヘ バ、鉄石也トモ不切ト云事ナシ ノリ落 ︵1 オ ︶ 一、土龍皮 毛ノ方ニ、トノ粉 ② ヲカケヌグウヘシ 刀ツメ 一、ハラ丶 鉛珠 一 、 鉛ヲ手ノ内ニ握程ニ玉ヲ作リ 、其上ヲ革ニテクルミ 、取モノアル 時、打付心持ニテトルナリ 現飛 ︵1 ウ ︶ 一、右ノ鉛玉ニ一尺程ノクサリヲ付、其先ニカラミガネヲ付、夫ニ細キ 糸ヲ付、打付テ捉 トル 也 角手 一、指カネ ③ ニ角ヲ付ル
カスミ 一 、 楊 梅 皮 十 匁 鉄 炮 薬 三 匁 明 メウバン 凡 焼 テ 三 匁 胡 椒 二 匁 フシ ④ 二匁 タバコノ脂乾テ 廿匁 砂 少 ︵2 オ ︶ 右細カニシテヲロ シ、竹ノ筒ニ入テ五身伝ニカ丶ル時、打カケテ ︵ルカ︶ 心持ニテ捉也、目ニ入心 得也 ムラサメ 一、鉛ヲ細カニキサミ竹ノ筒ニ入、五身伝ニカ丶ル時、打カケテ ︵ルカ︶ 心持ニ テトル也 ムサウ火 一 、ハダノヨキチヨク ⑤ 内ヲ金薄ニテハリ 、トキノ羽ノクキノフトキヲ 能スカシ 、 ︵2 ウ ︶ 其チヨクノ深サ程ニ 、 クキノ内ヘ水カネヲ入 、其ハイ ルホトチヨクノ底ニ穴ヲアケ、其内ヘトキノクキヲ通シ用ル、我身ハ不 見者也 水燈心 一、栗ノ花陰乾ニシテ、其後油ヲ五六度ツケテ乾、其上ヲナモミノ油ヲ 付テ用ル、火ノ入時器ニ入、水ヲ入テトボスナリ 人面馬面 ︵3 オ ︶ 一 、 馬ノシヤレカウヘニ豆ヲ作リ 、其豆ヲ粉ニシテ 、コウヨリニヨリ 込、油ヲ付テトボスナリ 眠薬 一 、 蟇ノ白子ヲ陰乾ニシテ 、 其後ハタモノ ⑥ 丶著タル物ヲトリ 、夫ニ右 ノ薬ヲ合 、キリモグサノ如シテ 、風上ヨリ焼テ 、トコモリモノ ⑦ ニカヾ スル也、我ハマツカウヲタキテ、右ノ香タカザル先ニカグヘシ 雪 ︵上欄書き入れ︶ 院 ニ 居 ル 黒キ虫ヲ、粉ニシテ火トホセバ、一室ノ人シキリニ眠ヲ 催ストイヘリ ︵3 ウ ︶ 眠薬 一、ナメクシリ黒焼ニシテ、ハタモノ丶キヌヲ取、右ノ薬ヲ切モクサノ 如ク包、風上ヨリ焼也、我ハ鼻ノ内ヘ生ナルセリヲ入テヲケハ、我ハ不 眠也 同薬 一 、 鴛鴦ヲ其侭黒焼ニシテ 、 抹香ヲ等分ニ合 、成程古キツキ ⑧ ニ包 、火 ニタテ丶カヾスル、必死スル物也、我ハ生セリヲ鼻ヘ ︵4 オ ︶ 入テ居ヘシ 吹薬 一 、 ナメラヲコロシ日陰ニ置 、 其上ニ古キコモヲカケ 、 朝夕白水 ⑨ ヲカ クレハ 、 クサビラ ⑩ 生スル物也 、其レヲ取テ陰乾ニシテ 、粉ニシテ砒霜 石ヲ加ヘ 、竹筒ニ入吹也 、 若死タラハ米泔水 ⑪ ニテ総身ヲ洗 、米泔水ノ イコリヲ呑スレハ蘇ヘルナリ 火持方 ︵4 ウ ︶ 一、奈良晒成程古キヲ水ニ入百日計晒シ、日ニ乾縄ニシテ火ニ入ヤキテ 取出シ 、コモネゴサ ⑫ ノ小便染タルニ包テシヲ掛テ 、夫ニ火ヲ付持也 、 鼻紙ノ内ヘ入テモ衣類ノ中ヘ入テモ火不付物也 一命ノ矢 一、猫ニ三日食ヲ不飼シテ、三日目ニ鼠ヲ見セ、ホシカル所ヲ頸ヲ切眼 ヲ抜陰乾ニシテ 、粉ニヲロシテ矢ノ根ニツケ 、声 ︵5 オ ︶ ヲシルヘニハナ スヘシ、必中ル也、外ル丶事ナシ 中蝋燭 一、蝋燭ノ穴ヘ蝋燭タケ半分水カネヲ入、扠火ヲ付中ニ持テ出、シハラ ク立テ手ヲ放ス、蝋燭中ニトホレテアルモノ也 ︵5 ウ ︶ 用心 一、気遣アル時ハ、ムナヒボ結フヘカラス 一、坐中ニテ口論ノ時、切懸ラハ角ヲカタトルヘシ 一、燈カキタツル時、火消タラバ居所ヲカヘベシ 一、戸越ノ事、内ノ戸脇ヲ見時ハ、外ノカベニ三尺右ノ方ニツケバ、左 一間見ユル、左同前 ︵6 オ ︶
一、旅宿ニテ休時、坐中ニ床ヲトリ火ヲケシテ後、四方ヲカタメ、一方 口ニシテ、戸口ニタ丶ミヲ立、扠戸キワニ伏スヘシ、自然押入モノアレ ハ、タ丶ミコロビ掛リ目覚ル也 ︵6 ウ ︶ 現代語訳 太刀姓 一、ノミヒホス 剣梵字は金姓 木火土金水 早 は や ね た ば 寝刃 一、 蟇 ひきがえる の皮 八月十五日の酉 とり ノ刻に剥ぎ取り陰干にして 、これで刀を 拭えば鉄や石でも切れない事がない。 糊 のり 落 一、土 も ぐ ら 龍皮 毛の方に砥 と の粉 こ をかけて拭う事。 刀ツメ 一、ハララ。 鉛珠 一 、 鉛で手の内に握れる程の大きさの玉を作り 、その上を革にて包み 、 捕り物ある時に、打ち付ける心持ちで捕える。 現飛 一、右の鉛玉に一尺程の鎖を付け、その先に絡み金を付け、それに細い 紐を付け、打ち付けて捕える。 角手 一、指 ゆび 鉄 かね に角 つの を付ける。 カスミ 一 、 楊梅皮を十匁 、鉄炮薬を三匁 、明 みょうばん 礬の焼いた物を三匁 、胡椒を二 匁、付 ふ し 子を二匁、煙草の脂 やに を乾燥させた物二十匁、砂を少量。これらを 細かく潰して竹筒に入れ、五 ご 身 しんでん 伝に掛かる時、打ち掛ける心持で敵を捕 える事。目に入れるのが心得である。 ムラサメ 一、鉛を細かく刻み竹筒に入れ、五身伝に掛かる時、打ち掛ける心持ち で捕える。 ムサウ火 一、上質な猪 ち ょ こ 口の内側を金箔にて貼り、鴇 とき の羽根の茎の太い部分をよく 透かし、その猪口の深さ位に茎の中ヘ水銀を入れる。それが入るほどの 大きさに猪口の底に穴を開け、その内へ鴇の茎を通して用いる。我が身 は見えないものである。 水燈心 一、栗の花を陰干にして、その後で油を五、六度つけて乾かし、その上 にナモミの油を付けて用いる。火を入れる時は器に入れ、水を入れて燈 す。 人面馬面 一、馬の頭 しゃれこうべ 蓋骨に豆を作り、その豆を粉にして、紙 こ よ り 縒に撚り込め、油を 付けて燈す。 眠薬 一、 蟇 ひきがえる の白子を陰干しにして 、その後に磔 はたもの 者が着ていた衣服を取り 、 それに右の薬を合わせ切 きりもぐさ 艾のようにして、風上より焼いて捕 とこもりもの 篭者に嗅が せる。我は抹香を焚いて、右の香を焚く前に嗅ぐ事。 雪 ︵上欄書き入れ︶ 隠 に いる黒い虫を粉にして火を通せば 、一室にいる者は頻繁に眠 気を催 もよお すという。 眠薬 一、蛞 なめくじ 蝓を黒焼にして、磔 はたもの 者が着ていた衣服を取り、右の薬を切 きりもぐさ 艾のよ うに包んで風上から焼く。鼻の内へ生の芹 せり を入れておけば、我は眠らな いものである。 同薬
一、鴛 おしどり 鴦をそのまま黒焼きにし、抹香を同量混ぜ合わせて、なるべく古 い継 つぎ 布に包み、火を付けて嗅がせる。必ず死ぬものである。我は生芹を 鼻へ入れておく事。 吹薬 一、縞 なめ 蛇 ら を殺し日陰に置いて、其上に古い菰 こも をかけ朝夕に白 しろみず 水を掛けれ ば、茸 くさびら が生えるものである。それを採って陰干にして、粉にして砒霜石 を加え 、 竹筒に入れて吹く 。もし死にそうなら米泔水にて全身を洗い 、 米泔水の残り汁を呑ませれば蘇える。 火持方 一、奈 な ら ざ ら し 良晒のなるべく古いものを水に入れ百日くらい晒し、日光で乾し 縄にして火に入れ焼いて取出し、菰 こも 寝 ね 茣 ご ざ 蓙の小便に染めたものに包んで 手 て し お 塩を掛け、それに火を点けて持つ。鼻紙の内ヘ入れても、衣類の中へ 入れても火が点かないものである。 一命ノ矢 一、猫に三日食を与えず、三日目に鼠を見せて、欲しがる所を首を切り 眼を抜き陰干しにして 、 粉に卸して矢の根につけ 、声を導 しるべ に放つこと 。 必中するものである。外れる事はない。 中蝋燭 一、蝋燭の穴へ蝋燭の長さ半分の所まで水銀を入れる。そうして火を付 け中に持て出て、しばらく立てて手を放すと、蝋燭の中に火が燈るもの である。 用心 一、不安がある時は、胸紐を結んではいけない。 一、坐中にて口論になった時、切り懸けられれば、角を方取る事。 一、燈 とも 火 しび を掻き立てる時に火が消えたなら、居所を変える事。 一 、 戸越えの事 。内の戸の脇を見る時は 、 外の壁に三尺右の方に付け ば、左の一間が見える。左の方も同じ。 一、旅宿で休む時、坐中に布団を敷いて火を消した後は、四方を固めて 出入口を一方向にして、戸口に畳を立てて戸の際で眠る事。押入るもの があれば、自然と畳が倒れて目覚めるものである。 注釈 ①﹁ノミヒホス﹂の意味は不明。 ②﹁砥の粉﹂砥石を山から切り出す際に出る粉末。 ③﹁指鉄﹂指に付ける鉄の輪。 ④﹁付子﹂トリカブト。 ⑤﹁肌の良き猪口﹂上質の磁器で作られた猪口。 ⑥﹁磔者﹂磔刑にかけられる罪人。機織の道具を磔に用いた事が語源と される。 ⑦﹁捕篭者﹂立篭もり中の者。 ⑧﹁継﹂継 つ ぎ接 は ぎの布。 ⑨﹁白水﹂米のとぎ汁。 ⑩﹁草平﹂茸、菌。 ⑪﹁米泔水﹂米のとぎ汁。 ⑫ ﹁ 菰寝茣蓙﹂夏に布団の上に敷いて用いた茣蓙 。原本の文字が ﹁チ﹂とも読める為﹁子持ち茣蓙﹂の可能性もある。 注 ︵ 1 ︶中島篤巳 ﹃ 忍者の兵法 三大秘伝書を読む﹄ ︵ 角川文庫 、二〇一七年︶ 。近江 国全域と伊賀国に伝承した忍術を同書では ﹁ 甲伊型忍術﹂と表現しており 、 本 稿でも ﹃万川集海﹄などの伝書に記され同地域出身の忍びが用いたと推測され る術技に対しこの言葉を用いている。 ︵ 2 ︶山田雄司 ﹃ 忍者の歴史﹄ ︵角川選書 、二〇一八年︶ 。 忍術書の定義を ﹁ 忍びの
者によって口頭で伝えられてきた忍びの術や、他に書き記されたものをもとに まとめたもの﹂としている。 ︵ 3 ︶﹃ 忍之巻﹄ ︵弘前市立弘前図書館所蔵︶ 。元の題箋の貼り跡がかに残ってい る。 ︵ 4 ︶中島篤巳 ﹃完本 万川集海﹄ ︵国書刊行会 、二〇一五年︶ 。同書には ﹃軍法侍 用集﹄からの引用なども含まれており 、 必ずしも忍者独自の術技とは断定でき ないものもある。 ︵ 5 ︶笹間良彦 ﹃武家戦陣作法集成﹄ ︵雄山閣 、一九六八年︶ 。﹃ 軍法侍用集﹄第六 、 七 、八巻 ﹁窃盗之巻﹂の翻刻した全文を収録 。忍びの心構えや道具用法の解説 がある。 ︵ 6 ︶﹃松村流松明甲賀流武術秘伝﹄ ︵伊賀流忍者博物館所蔵︶ 。 三重大学人文学部 考古学 ・日本史研究室編 ﹃三重大史学 ︵ 17︶ ﹄︵ 三重大学人文学部考古学 ・ 日本 史研究室、二〇一七年︶に翻刻した全文と山田雄司氏による解説を収録。 ︵ 7 ︶﹃渡辺俊経家文書 尾張藩甲賀者関係資料﹄ ︵滋賀県甲賀市 、二〇一七年︶ 。 渡辺家には忍術以外にも伝書が残されており 、忍者が様々な術技を学んでいた 事が分かる。 ︵ 8 ︶﹃当流奪口忍之巻﹄ ︵伊賀流忍者博物館所蔵︶ 。吉丸雄哉 ・山田雄司 ・尾西 康充 ﹃忍者文芸研究読本﹄ ︵ 笠間書院 、 二〇一四年︶に翻刻した全文と山田氏 による解説を収録。 ︵ 9 ︶川上仁一 ﹃伊賀流忍術隠火之巻﹄ ︵伊賀流忍者博物館 、二〇〇四年︶ 。藤田西 湖氏が書写したものを原本とし 、原文と図 、現代語訳を収録 。川上氏所蔵の制 剛流伝書﹁道具之巻﹂ ﹁松明之方﹂の一部を参考資料として巻末に収録。 ︵ 10︶﹃ 和実形証拠之巻 乾冊﹄ ︵ 弘前市立弘前図書館所蔵︶ 。表紙の書題は ﹁本覚 克己流 極意之秘巻﹂ 。道具之巻に手裏剣などの小武器の解説あり。 ︵ 11︶平岩白風 ﹃図説 ・ 日本の手品﹄ ︵青蛙房 、一九七〇年︶ 。江戸時代から明治期 の手妻で伝統手品を解説。硫黄や樟脳を使った忍具類似品もある。 ︵ 12︶伊賀上野観光協会 ﹃忍秘展 初公開 沖森文庫所蔵 忍秘伝書の全て﹄ ︵ 伊 賀上野観光協会、二〇〇七年︶ 。他にも多数の忍術書の写真や解説を収録。 ︵ 13︶﹃甲賀者忍術伝書│尾張藩甲賀者関係資料 Ⅱ │ ﹄︵ 滋賀県甲賀市 、二〇一八 年︶ 。尾張藩に伝承した ﹃ 用間加条伝目口義﹄には伊賀伝 ・甲賀伝の忍術が多 数記されている。 ︵ 14︶﹃ 山崎流忍之書﹄ ︵京都府立京都学 ・歴彩館所蔵︶ 。 他にも忍者が持つべき道 具類や松明 、兵粮丸の製法などが記されている 。 同書の面向之巻には ﹃甲賀流 忍術秘書﹄ ︵伊賀流忍者博物館所蔵︶の面向之巻と同一内容が記されており 、 山崎流も甲賀系忍術であった可能性がある。 ︵ 15︶中島篤巳 ﹃忍者を科学する﹄ ︵洋泉社 、二〇一六年︶ 。流派名に ﹁ 伊賀流﹂ ﹁甲賀流﹂を使用するのは後世の事だと指摘している。 ︵ 16︶前掲書 ︵ 15︶。伊賀流と制剛流の伝書に記載されたツボ名が一致している事 から、この忍者が制剛流を学んでいたと推測している。 ︵ 17︶前掲書 ︵ 7 ︶。他にも軍馬 、体術 、水上術を同一人物から教わった事が史料 から分かる。 ︵ 18︶﹃ 張藩武術師系禄﹄ ︵国文学研究資料館所蔵︶ 。 木村礎 、藤野保 、村上直 編 ﹃藩史大事典 ・ 四巻﹄ ︵雄山閣 、 一九八九年︶では武術九十六流とあり 、 制剛流 のように同一流派で柔術と抜刀術が別項目に記されているもの等を除外した数 であろうか。 ︵ 19︶福永酔剣 ﹃日本刀大百科事典﹄ ︵雄山閣 、一九九三年︶ 。戸次流から分かれた 宇佐流の伝書が天和二年︵一六八二︶に記されているという。 ︵ 20︶植村和代 ﹃ものと人間の文化史 1 6 9 織物﹄ ︵ 法政大学出版局 、二〇一四 年︶ 。奈良晒の歴史について詳しい解説がなされている。 付記 本稿作成では史料の調査 ・収集や閲覧 ・利用等については 、 弘前市立弘前図 書館 ・調査室 、青森大学薬学部清川繫人教授 、青森県古文書研究会繁雄氏の ご協力を得たほか 、解読作業に於いて川上仁一氏 、中島篤巳氏からの格別のご 教示・ご指導を頂きました事、厚く感謝申し上げます。 [うえだ てつや]