• 検索結果がありません。

Vol.66 , No.2(2018)062藤本 庸裕「世親による有漏法の規定の背景――随増(anu-si-)の用法に着目して――」

N/A
N/A
Protected

Academic year: 2021

シェア "Vol.66 , No.2(2018)062藤本 庸裕「世親による有漏法の規定の背景――随増(anu-si-)の用法に着目して――」"

Copied!
5
0
0

読み込み中.... (全文を見る)

全文

(1)

世親による有漏法の規定の背景

―随増(

anu-śī-

)の用法に着目して―

藤 本 庸 裕

1.問題の所在 説一切有部(以下,有部)の学匠であった世親(Vasubandhu, ca. 4世紀–5世紀)はAKBhの「界品」第4偈において,次のような有漏法の規定を提 示する. AKBh p. 3, 10–13: 道諦を除く,他の有為の諸法が有漏(sāsrava)[の諸法]である.【問】[そ の]理由は何か.【答】何故なら,それら[道諦以外の有為の諸法]に対して,諸の漏 (āsravāḥ)が随増する(samanuśerate)1)からである.(1.4c)諸の漏は,滅[諦]と道諦を所 縁としても生じるけれども,それら[二諦]に対して随増することはない.故に,その二 つ[の諦]が有漏であることにはならない. ここでは有漏法の規定として「漏が随増する法が有漏法である」という趣旨の 規定(=[1a])が示される2).ただし,「随増」anu-śī-と語源的に関係するのは 「漏」(āsrava)ではなく「随眠」(anuśaya)であり,また,長行釈中の「滅諦と道諦 を所縁としても生じる」漏は無漏縁の随眠を指しているから3),[1a]の「漏」は 実質的には「随眠」を意味している.従って,[1a]は「随眠が随増する法が有 漏法である」(=[1b])と解される4).[1b]の「随眠」が[1a]で「漏」に置換さ れているのは,語源的な関連付けによって有漏法を規定する為であろうが,この [1b]にはなお次の問題が残る.即ち,「随増」(anu-śī-)と「有漏」(sāsrava)は語 源的には関係が無いにも拘わらず,何故に「随眠が随増する法」と「有漏法」は 結び付けられているのか,と.本稿では,この問題を解明する為に,有部の教義 体系における「随増」の用法に着目し,世親がどのような背景の下に上述の有漏 法の規定を作ったのかを明らかにする. 2.「随増」の用法 有部の初期の論書である『法蘊足論』では,三界を規定す るに際して三つの説を提示するが,「随増」はその中の第一説に用いられる.こ の第一説によると,「欲貪随眠が随増する法が欲界,色貪随眠が随増する法が色

(2)

界,無色貪随眠が随増する法が無色界である」(=[2])という仕方で三界が規定 される5).この場合の欲貪随眠・色貪随眠・無色貪随眠はそれぞれ欲界の貪・色 界の貪・無色界の貪を意味しているから6),規定[2]より,三界の貪と三界の 間には「欲界には欲貪が随増し,色界には色貪が随増し,無色界には無色貪が随 増する」(=[3])という一対一の対応関係が前提されていることが分かる.有部 の中期の論書である『品類足論』では,三界の規定に[2]が採用される一方7) 「欲界には欲界の一切の随眠が随増し,色界には色界の一切の随眠が随増し,無 色界には無色界の一切の随眠が随増する」(=[4])というように,三界の随眠と 三界との対応関係が示される8).[4]は後の有部の教義では自明の事柄となって いるが,これは明らかに[3]を貪以外の随眠にも敷衍することで成立したもの と見なすことができる.このように,有部の教義体系において「随増」は,まず 貪随眠による三界の規定[2]に用いられ,後に三界の随眠と三界との対応関係 [4]を示す場合に使われるのである.それでは,これが規定[1b]とどのように 関わるのであろうか.それを解く は,三界と密接に関わる三界繋の法と不繋法 にある. 3.三界繋の法と不繋法 『品類足論』では,或る法は三界のいずれの界に属す るのかという観点から法の分類が行われる.それによれば,一切の法は欲界繋の 法・色界繋の法・無色界繋の法・不繋法(*apratisaṃyuktadharma, 三界のいずれの界にも 属さない法)の4つに分類され9),これらはそれぞれ欲界繋の五蘊・色界繋の五蘊・ 無色界繋の四蘊・一切の無漏法(或いは,無漏の五蘊及び無為法)と説明される10) この分類から分かるのは,欲界繋の法・色界繋の法・無色界繋の法の3つは「有 漏法」とは明言されないものの,無漏法である不繋法と対比されることから,有 漏法として理解できるということである. また,明確には述べられないが,三界繋の法は三界と範囲を同じくする.『法 蘊足論』における三界の規定に関する三つの説のうちの第二説によると,「欲界 繋の十八界・十二処・五蘊が欲界,色界繋の十四界・十処・五蘊が色界,無色界 繋の三界・二処・四蘊が無色界である」と説明される11).この三界の説明は, 「蘊」に関する限り,先の三界繋の法の説明と一致するから,欲界・色界・無色 界はそれぞれ欲界繋の法・色界繋の法・無色界繋の法に等しいものと見なされて いたことが分かる. 三界繋の法が三界と一致する以上,三界の場合と同じく,三界の随眠と三界繋 の法の間にも一対一の対応関係が認められる.現に『品類足論』では,「欲界繋

(3)

の法には欲界の一切の随眠が随増し,色界繋の法には色界の一切の随眠が随増 し,無色界繋の法には無色界の一切の随眠が随増し,不繋法には如何なる随眠も 随増しない」という趣旨の説明が見られる12) 以上,三界繋の法が有漏法に等しく,三界でもあり,三界の随眠が随増する法 でもあること,また不繋法が無漏法に等しく,如何なる随眠も随増しない法であ ることを確認した.こうした諸概念の関係を整理すると,以下のようになる. 欲貪/欲界の随眠が随増する法 欲界 欲界繋の法 欲界繋の五蘊 (有漏法) 色貪/色界の随眠が随増する法 色界 色界繋の法 色界繋の五蘊 無色貪/無色界の随眠が随増する法 無色界 無色界繋の法 無色界繋の四蘊 如何なる随眠も随増しない法 …… 不繋法 無漏の五蘊及び無為法 無漏法 上の対応関係から,随眠が有漏法に対して随増するという関係は,既に『品類 足論』の時点において,三界及び三界繋の法を間に介することで間接的に成立し ていたことが分かる.従って,世親はこの既存の関係に基づいて,三界及び三界 繋の法の区別を取り払い,「随眠が随増する法」と「有漏法」とを直接的に結び 付けることによって,有漏法の規定[1b]を作ったと考えられる. 4.世親の工夫について 世親は「随眠が随増する法」と「有漏法」とを直結 させるに際し,従来の説に若干の工夫を施すことで,諸概念の関係を理論的に整 備している.まず,世親は「世間品」において,「欲貪が随増する法が欲界繋の 法,色貪が随増する法が色界繋の法,無色貪が随増する法が無色界繋の法であ る」(=[5])という仕方で三界繋の法を規定する13).[5]は明らかに『法蘊足論』 における三界の規定[2]を改変したものである.この改変は,無漏法と対立的 に捉えられるのは三界ではなく三界繋の法であり,故に三界繋の法が直接的に有 漏法に等置されること,また「随増」が有漏法の規定[1b]に用いられることを 考慮すれば,[1b]の根拠として[5]を位置付ける為に行われたものと見なすこ とができる.しかし,[5]を[1b]に繋げる為には,貪以外の随眠がどうして有 漏法に対して随増するのかを説明する必要があろう.この点について,世親は 「随眠品」第1偈の長行釈において次のような解決策を示す. AKBh p. 277, 8–11: 【問】また,これら諸の随眠はどのくらいあるのか.【答】総じて言えば, 六つである.(5.1b)【問】[その]六つとは何か.【答】貪と,同様に(tathā),瞋と慢と無 明と見と疑とである.(5.1b'cd)「同様に」の語は,貪の力によって他[の諸の随眠]が[貪 の所縁と同じ]所縁に対して随増すること14)を知らしめる為のものである15)

(4)

ここで注目すべきは,「同様に」の語に対する,「貪の力によって他の諸の随眠 が貪の所縁と同じ所縁に対して随増する」(=[6])という世親独自の解釈であ る16).この[6]を先の[5]と組み合わせれば,貪以外の随眠が随増する法は貪 が随増する法に等しくなるから,貪が随増する法が三界繋の法である以上,貪以 外の随眠が随増する法も三界繋の法,即ち欲界繋の法ないし無色界繋の法のいず れかになる.従って,ここで三界繋の法を有漏法に置換すれば,貪を含めた全て の「随眠が随増する法が有漏法である」(=[1b])ということが理論的に確立する17) 以上のように,世親は[5]及び[6]を設け,これらを有漏法の規定[1b]を成 立させる為の根拠として位置付けていると考えられる. 5.まとめ 有部の教義において,「随増」は最初に『法蘊足論』における三界 の規定[2]に用いられる.その後,[2]に前提される関係[3]を貪以外の随眠 にも敷衍することで,三界の随眠と三界の間には[4],即ち「欲界には欲界の一 切の随眠が随増し,色界には色界の一切の随眠が随増し,無色界には無色界の一 切の随眠が随増する」という一対一の対応関係が成立する.この時,三界は三界 繋の法に等しく,三界繋の法は有漏法に等置される故に,随眠は有漏法に対して 随増するという関係が三界及び三界繋の法を媒介にして間接的に成立していた. 世親はこの既存の関係を基に,三界の区別を取り払い,「随眠が随増する法」と 「有漏法」とを直結させることで,有漏法の規定[1b],即ち「随眠が随増する法 が有漏法である」を作ったと推測される.その際,世親は[1b]を成立させる為 の根拠として,[2]を改変した[5]と新たに設けた[6]を据えていると考えら れる. 1)anu-śī-は「付着する」という程の意であったと考えられるが,有部では或る時期以降, 「随増」という漢訳が示すようにanu-śī-を「増長する」という意で理解することが支配的に なる.本稿では便宜上,anu-śī-の訳語を全て「随増」と記す.   2)AKBhにおける有 漏法の規定を『婆沙論』『阿毘曇心論』『雑阿毘曇心論』の有漏法の規定と比較して跡付け た研究に加藤(1973)がある.   3)AKVy p. 13, 16–20.   4)衆賢は「漏」を有身見 等の「随眠」として理解する(『順正理論』T29, 330c25–28).ADVも「漏」を「随眠」と解 するが,世親による有漏法の規定を誤った語義解釈として批判する(ADV pp. 18, 9–19, 3).   5)『法蘊足論』T26, 504b29–c12.   6)衆賢は『品類足論』において三界の 規定に貪随眠が用いられたのは,有情に多く生じる煩悩が貪である為であると考えている (『順正理論』T29, 459a5–8).   7)『品類足論』T26, 717b6–7, 『衆事分阿毘曇論』T26, 650a4–7.   8)『品類足論』T26, 727c24–29, 『衆事分阿毘曇論』T26, 658b19–24.   9)『品 類足論』T26, 712b19–20, 『衆事分阿毘曇論』T26, 645b11–12.   10)『品類足論』T26, 719b16–18, 『衆事分阿毘曇論』T26, 651c10–12. なお不繋法は『品類足論』では「一切の無漏 法」,『衆事分阿毘曇論』では「無漏の五蘊及び無為法」と説明される.   11)『法蘊足

(5)

論』T26, 504c1–9.   12)『品類足論』T26, 729c14–21, 『衆事分阿毘曇論』T26, 660b23– c1.   13)AKBh p. 113, 12.   14)AKVy p. 442, 21–23, AKBh p. 289, 20–21を参 照.   15) 小 谷・ 本 庄(2007, 5, 注(6) 及 び 注(8)) に 従 い, 梵 文 を 訂 正 す る.   16)衆賢はこの世親の解釈に対して明確に異を唱える(『順正理論』T29, 596c5– 14).   17)ただし,この場合には貪以外の三界の随眠が有漏法に対しては随増し,無 漏法に対しては随増しないということは示せても,それらが何故に三界繋の法と一対一の 対応関係を取るのかということまでは確定されない. 〈一次文献と略号〉

ADV Abhidharmadīpa with Vibhāṣāprabhāvṛtti. Ed. Padmanabh S. Jaini. Patna: K. P. Jayaswal

Re-serch Institute, 1959.

AKBh Abhidharmakośabhāṣya of Vasubandhu. Ed. P. Pradhan. Patna: K. P. Jayaswal Reserch

Insti-tute, 1967.

AKVy Sphuṭārthā Abhidharmakośavyākhyā. Ed. Wogihara Unrai. Tokyo: Sankibo Buddhist Book

Store, 1971. 〈二次文献〉 加藤純章 1973「有漏・無漏の規定」『印度学仏教学研究』21(2):128–132. 小谷信千代・本庄良文 2007『倶舎論の原典研究 随眠品』大蔵出版. (本稿は科学研究費補助金(課題番号16H01901)に基づく研究成果の一部である.) 〈キーワード〉 随眠,随増,三界,三界繋,有漏法,世親 (早稲田大学大学院)

参照

関連したドキュメント

見た目 無色とう明 あわが出ている 無色とう明 無色とう明 におい なし なし つんとしたにおい つんとしたにおい 蒸発後 白い固体

心部 の上 下両端 に見 える 白色の 太線 は管

 スルファミン剤や種々の抗生物質の治療界へ の出現は化学療法の分野に著しい発達を促して

・虹彩色素沈着(メラニンの増加により黒目(虹彩)の色が濃くなる)があらわれ

限られた空間の中に日本人の自然観を凝縮したこの庭では、池を回遊する園路の随所で自然 の造形美に出会

世界レベルでプラスチック廃棄物が問題となっている。世界におけるプラスチック生 産量の増加に従い、一次プラスチック廃棄物の発生量も 1950 年から

るものとし︑出版法三一条および新聞紙法四五条は被告人にこの法律上の推定をくつがえすための反證を許すもので