仏 陀
と
形 而 上
学
無 記 説
に対 す
る諸 解 釈 を 中心
に金
龍 煥
1
。 はじめ
に原始 仏 教の研 究が ヨー ロ ッ パ で始まっ た 以 来最も学 者た ちの 注 目をあつ め て
来
た 問 題は, 『 原始
仏教
こ と に開祖釈
迦牟尼
は存 在論
的 問題に関心 を示 さ (1)ず
,又
そ れ らを取
り扱
っ て もい ない という
こ とで ある』。 この 見 方 に対 して は その後
い ろい ろ反 論が提 起 さ れ , ま た新 しい 見解 も発 表され た が, 現在
で (2) もあい か わ らず 通 用 してい る。こ の 問題 は
実
は原始
仏 教の 中心 思 想で ある四諦八正 道, 縁起, 四法印等
の 位 置つ けとも深 くか か わる し, またイン ド思 想 史に お け る仏 教思想
の独自
性 の 問題 , 後 代 成 立 ・展 開する仏教 思 想 との つ な が り等
の 問題と深 く関係 して い る。キ リス ト教におい て神 を否 定 して し まえば, そ れ が宗 教 と して成立 しえな い よ
う
に, 仏 教 にお い て釈 尊
の悟 り
を否定す
る と, その実
践 も思 想 も意 味を 失 っ て し まう。 こ の悟
りが果た して どうい うもの か , それ は釈 尊の 教 えであ る教 法 と ど ういう
関係
を もっ てい るか , ま た その教 法の根 本 意 味は何
で あ る の か等
の 問題は, イ ン ド仏教
思想 史
の中
心テ ーマ で あっ た と言 っ て も過 言 で はない 。しか し, そ れ は過去に終わ っ た問題 では な く, 現 在に お い て も仏
教
思想
の 中で 生 きる こ との 意味
を見付
けようとする 人に とっ て も, 宗教と して仏教を支
え よ うとする教理 学 者にとっ て も, 文 献 ・言 語 ・思想 に興 味をもっ て い る 文 献 学 者 ・思想 家 にとっ て も, この 問 題は, あい かわ らず問い な お さ れるべ72 バ ーリ学 仏 教文化 学 きで ある。
とこ ろが仏 教 文 献学の 研究は, 文 献上 にお い て, 歴 史 的仏 陀の 思想 を弁別 す るこ とが い か に難
解
なもの であるか を教 えて くれ る し, 一方
仏 陀の 思 想 と い うものが体系
的 ・論
理 的に組織
さ れてい ない か ら解釈
におい て曖昧
と なっ て し まうとこ ろ も多
い 。 しか し な が ら, 原 始 仏 教の文 献の 中には, 歴 史 的仏 陀の 思 想 が とけこ ん でい るの は確
かで ある し, またそれ は断 片 的 な もの では な く一貫 した体 系を持 っ てい る もの で ある と思 う。 もしそれ が仏 陀思 想の 根本
的立 場である とすれ ば, 私 見 と して は その可 能性 を 「無記 一中道 」説
の 中 に見
出してい る。無記の 教 説が初期 仏 教の 根 本 的 立場 を決 定 しうる と して も, 資 料論の
E
か (3) らは, そ れ を導
き出せ ない とい う批 判が ある。 恐 ら く今経
典に伝
えられて い る, 十無記
乃至 十四無記
として ま とめ られ る以前
に相
当 長い 成 立課程
があっ L4:1 た に ち がい ない 。 しか し な が ら, 仏 陀 が 形 而E
学
的 問 題(
di
?thi
)
に対 して論議
した り, ま た そ れ に自
分の見解
を付
け加
える こ とに全 く興 味を示さ な か っ た こ と は 『ス ッ タニ パ ータ』 の 諸詩句
の 中 か ら確
認で きる。 し た が っ て 十 無 記 説が た と え後
代 に成立 した と して も, その中には形 而E
学 的 見解 (di
#hi
) に対 する仏 陀の 基 本 的姿
勢 が含
まれてい ると見て もよい の で はなかろ うか。無 記 説につ い て は初 期 ヨ ーロ ッ パ の仏 教 研 究者 は勿 論, その 後の研 究に お い て も仏 陀と形 而
L学
を論 ずる場 合に は か な らずとい っ て もよい ほ どに言及 さ れてい る。 無 記説
は学 者に よっ て は仏 陀 が 形 而上学 ・哲 学 を排 斥 ・拒 否 し た論
拠と して 用い ら れた り, またその 反 対の 論 拠 と して も使 用 された りす る。 とこ ろが, 無 記 説の 解 釈の あ り方は この 問題だ けにおわ るの で は な く, 仏陀 の悟
りの 内 容, 教 説の 位 置 付 け等
と密接 に関わ っ て い る。 もし無記が形 而 上 学に対 する完全 な拒 否 を意 味 してい る とすれ ば ,仏 陀の悟
りは,個 人 的 ・心 (5) 理 的次 元の 変 化にす ぎない もの になる し, その 教 説 もその 変 化に基づ い た現 (6)象
匿界の 再発 見とい う程 度の もの にならざる を得 ない 。 もしその 反 対 に無 記 が形 而上学の肖定
を意味
し て い る とすれ ば, 仏 陀の悟
りは絶 対 的, 宇宙
論 的 (7) な もの にな る が, その 場合には 仏 陀 が形 而上学 的問 題 に対す る自説 を 立て な仏陀と形 而 ヒ学
73
かっ た理 由 を説
明 しなけれ ば な ら ない 。 こ の 二 つ の相 反した解釈
は学者
た ち の 自恣 的 見 解に よる とい うよ りも, 原 始 仏 教の文献
自体
が その 二 つ の解釈
の 可 能性 を初めか ら秘め て い る と見 るの が よ り妥 当で ある。 形 而 上学
の 問 題 に 対す る 仏 陀の 思想
的立場が どい う もの か とい う疑 問は実は近代
仏教学
研究
に おい て始
まっ たの で はな く,経典
によれば既
に釈尊
の在
世時
に あっ たの であ り,その 端 を伝 えて い る代表
的な もの が無記
にか か わる資
料である 。 その資
料が どれ ほ ど歴 史 的 史実 を反 映して い る か とい う問題 はある が , その 内容 を検
討 し て 見る と仏 陀の 形 而上学
に関する曖味
な態度
に疑 問を投 げ掛
けて い (8) るの は, 仏教々団
内外
の広
い範 囲
の 人々 に及ん で い る こ とが分か る。 教団の 出 家比E
さえ も形 而上学
的問 題 に沈黙 を守る仏 陀の 真 意が理 解で きず, 直接
質
問をする場 合 もあり, 比 丘の 問で論 議 する場 合 もある。 また在
家者
が 出家 比 丘 に, 外 道 遊 行 者(
paribbajaka
)
が仏 陀
や その弟
子等
に質
問 す る場 合が (9) 見 える。 例 え ば, 『雜
阿含 経
』(
905
) には ,智 恵 第一 とい わ れる舎
利弗
に衆
多外 道
が訪
ねて来
て, 「如 來 四句
」 に対 して質
問 する が,舎利 弗
は た だ 『世尊
言説。 此是無
記cl: と答えるだ けで あ る。 そ して摩訶
迦葉の 居 場 所 に行 っ て, 『何 因何 縁 匿尊
不 記 説 。 後 有生死。 後 無 生 死…』 云々 と質
問 を してい る。 こ れ ら は少
な くとも原 始 仏教 教 団の 内部
におい て さえ も,無記
の真意
が 時に は 正確
に理 解 され て い な か っ たこ とを伝
える もの と して受
け止め て もよい の で はない で あろ うか。2
。形
而
上学
を肯
定
し た と見
る解 釈
ヨ ー ロ ッ パ の仏 教
研
究者
の 中で, 仏 陀と形 而上学に関 する既存
の学説
を恐 ら く始めて批判
し た人がヘ ル マ ン ・ベ ッ ク(
Hermann
Beckh )
で は ない で あろ うか。 彼は著 書 『仏 陀』(
Der
Buddha
1916
年
刊) の 中で 『近 代の 研 究 者た ちの い うご とくこ れ等の 問 を拒絶 したこ と(
無
記 説 ) に よ り仏 陀が形 而 ヒ学
の 問 題に対 して単
に冷淡
で あっ た と推察
する こ と , すなわ ち, か かる問
題が仏 陀
に とっ て 問題とは な ら な かっ た と仮定
するこ と は, こ の点を充 分 (10> 理解せ ぬ もの で ある』 と述べ てい る。 そ して その 沈 黙(
無 記)
の 意 味が否 定
74
ハ ーリ学仏教 文化 学 的 な もの で は な く, 積極
的な 一一一面を有する もの として 評価 して い る 。 J他の 宗 教 に おい て 様々 に説か れ る か の 最 高の 神一精 神 的な もの は, 仏 陀に とっ て は沈
黙で あっ た』 (H
.Beckh
,p
.173)
と し, 『この沈
黙の 意義
を正 しく理解
する こ と は仏 教 を全体
と して理解 す るの に極めて重 要で あ る』(
II
.Beckh
,p
,161
)と言っ てい る。それで は仏 陀が なぜ
形 而
ヒ学 的質
問に沈黙 (
無記)
したの か, その 理由
を 説 明せ ざる を得ない 。 ベ ッ クは カン トの 認 識理論 を前 提に してその 解釈
に当 た っ て い る。「カ ン ト に とっ て は頭 脳に結び付い た思
考
の 範 囲 を出ぬ の は当然であっ た。 (中 略)・方 仏 陀は通常 の ,経 験 的 思 考 (我々 の 言葉で 云 えば, 頭 脳 に結 び 付い た思
考)
を超越 し, 克服 す るこ と を 正 しくその 使命
と してい る。 されば こ そあ らゆ る思 弁の 拒 絶 をしたの で あ り, 抽象
的哲学
的思考
に よっ て は最高
の 宇 宙 並びに八間の 秘 密に達 し得ぬ と宣言 したの で ある。 感 性 に結び付い た 低 級な思考
が絶 望 的に落 ちて い る矛盾を解 くの は論 理 的思考
で は な くただ高
迭
塑
意識
(
bodhi )
の みで ある』(
H
.Beckh
,pp
.168
−169)
。こ こで 「最
高
の宇宙
並びに人間の秘密
」 と はすな わち形 而 ヒ学 的 実 在の こ とで あ り, 日常
的 ・思弁
的思考
によっ て はそ れに達 し得 ない , それ が 仏 陀の沈
黙 の持
つ 意味
とい うこ とで あ る。 その か わ り仏 陀は 「高次
の意
識(
bodhi
) 」 に よっ て実在
に到達 し よ う と した とベ ッ クは見てい る。 ベ ッ クは カ ン ト の認 識 理論
を前
提に仏 陀の無
記の態
度を解釈
しなが ら, 一 方では両 者の 相 違 点 を は っ き り打
ち 出 してい る。 カ ン トは与 えられ た意
識の範
囲 内の 認 識の 限 界を 理 論的 に示 し,感
性に結び付い た 思考, 即ち, 「 純 粋理性」 の 範 囲 内で は高次
の意味
で の実在
の 認識 に到達
す る こ とが不可能
で あるの を論 證 し, 形 而 ヒ学
を認識
の対象
として排 除
したの に対
し,仏 陀
は与
えら れ た意
識の形式
を超
え得る道, 実践を教えるこ とに よっ て 実在の 認 識 (高 次の 認 識 )に到 達 し よう
とす る(
H
,Beckh
,p
.ユ70)
Q彼が 「仏 陀は極め て 深い 内 面にお い て 形 而 上
学
的素質
を有
して い た』 (H
.Beckh
,p
.168
)とい うの は この よ うな意 味に お い て であ り, また 『人類の仏 陀 と 形 而 上 学
75
精神 的指導者
たる もの で仏 陀程 にあらゆる哲 学 的思索
を全 く拒 否
した者は, 稀で ある』 (H
.Beckh
,p
.175
,) と云っ た時, 哲 学 的思索
の 拒否
と は形 而上 学その ものの 拒 否では な く, 形 而上学が求め る真 実在
に至 る方法
と して の 論 理的思考 (
感
性に結び付い た思考)
の 拒 否 を意味
す るこ とになる 。 そ うする と結 局, 仏 陀は形 而上学 的 実在
に至る方法論
的転換
を は か っ た と見るの が彼
の見方
で ある。仏 陀が形 而
k
学
的実在
を認め て い る と見る論 拠 をベ ッ ク はUdana
p
.81
で見 出 して い る。 そ して こ の 実在
に対 する 「高 次 の 認 識」 を 厂高次
の意
識(
bodhi
)
」 であ
る と し, それ を定義
して, 「即 ち あ ら ゆ る認
識は仏教
の云う意
味で は相 対 的な もの で あ り, .一一定 の 意識の 段 階に とっ て の み存在
する の で あ る。 あ る段 階の 矛盾はす ぐ次の 高い 段 階に おい て消滅
する。 あら ゆる矛 盾 を消
滅させ る総括
的な意識は菩提(
bodhi )
で あ り, 聖な る無 花
果樹
よ り象
徴 化 さ れ てい る仏 教 特 有の 神 秘で ある』(
H
.Beckh
,p
.170
)
と述べ てい る。 こ れ に よっ て 彼が言 う高次
の 意 識(
bodhi
)が超 合
理 的で , 神 秘 的 な もの と して 理 解さ れて い るこ とが わ かる。 その 結 果, 仏 陀に よっ て 説か れ た教 法の 意義 は 『実践 的 ・教育
的目的達 成 に有 効 適 切 と信 じ た限 りにおい ての み, 概 念 及び抽象
的に藷
い表
わ さ れた真
理』(
H
.Beckh
,p
.172
) として規定
して い る。 こ れはい い か えれば,仏
陀の教法
は論 理 的 思考
に よっ て 説 明 不可能
な 「高 次 の 意識」 に関 する もの で は な く, それ に人々 を到 らせ る手
段 (方法 論)
と して説
か れ た という
こ とに なる。こ の ベ ッ クの 『仏 陀 』
(
Der
Buddha
)よ り二年
後に出版 され たの が ロ ーゼン ベ ル グ
(
Otto
Rosenberg
) の「仏 教 哲 学 の 諸 問 題』
(
Problemy
buddhiskoj
Filosofi
,1918
年 刊)
で ある。 ロ ーゼ ン ベ ル グ が ベ ッ クの 著 書 を読
んだか否
か は確 実
で は ない が ,彼の 無 記 に対 する見 解はベ ッ ク と非 常 に類 似 して い る。 彼 は仏 陀 が 形而上学を否 定 し た と見る学 者 と してOidcnberg
,Walleser
,de
la
Vallee
Poussin
,Rhys
Davids
等(
0
.Rosenberg
,p
,68
)
の名 前 を あ げ, こ れ らの ヨ ー W
ッ パ の
初期
の仏 教研 究 者が この ような見 方に偏ら ざる を得 なか っ た当 時の 思 潮 を鋭 く
指摘
して い る点 (0
.Rosenberg
,p
.76 −∠
S
−:−L
!ニアゴム孝攵文工し学73
)は注目に値 する。ロ ーゼ ン ベ ル グ は
宗
教 と し て の仏教が神々, 魂や 総じて形 而上学的問題,真
実在
の 問 題 及び現 睚倫 理の 極 限に対 して 関心 を示 して い ない とい うこ とに 疑問 を抱い て は い る が, 「仏 陀 が形 而上 学 的問題 に関わ ら なか っ た とい う証 明は決
して確 実
な もの で は ない 』 (0
.Rosenbcrg
,p
.69
)
と見て, 前 述 し た学者
の見解 を批 判 して い る。 無 記 説は仏 陀が実 在に対 する問 題に無 関 心で あ っ たこ との 証 明で は な く, か え っ て こ れ らの諸
問題 を熟慮
し, そ れ を全く決
定 的に 定め られ た見地の もとで観 察 した とい う証 明で ある と言っ て い る (0
.Rosenberg
、P
,69
)
。この決 定 的に
定
め られ た見地 が なにか を彼は具 体的に説 明 して い ない が , 一 方で は仏 陀が無 記の態
度 を とっ た理 由に対 して , 『それ らが形 而上学 的で あるか らで はな く, 仏 陀の 形 而 ヒ学 的見 地で観察
する な ら ば, そ れ等
に解答 する こ とは論理 的に不 可 能だ か ら で ある』 (0
.Rosenberg
,p
.73
) と述べ て い る。 した がっ て , 決 定 的に定め られ た見 地 と形 而上学 的見 地が ほ ぼ 同 じ意味
で使
わ れ て い るの が 分 か る。 形 而上学
は 『真実在或
い は絶
対存在
の 問 題へ の 問い 』 とロ ーゼ ンベ ル グ は定義
してい る が, こ の定
義か らす る と形而上学
的 見 地 と は仏 陀が体
験 し た真実在
の見
地と言
い替
える こ と が で きる で あ ろ う。 そ して その 見地に立っ て 見る と形 而 ヒ学 的問 題 に対す る(
定
言 的な)
判 断を下 す こ とが論理的に 不 可能で あ り, そ れ が無記
の真
意という
こ とであ る。 こ の見方
か らする と,仏陀
が拒 否
し たの は形 而
L
学 自体
で は な く, 形而
上学
におい て求
め る真
実在
に対す る 問 い の仕 方
を否定
したこ とである。こ の よ う な ロ ーゼ ンベ ル グの 形 而上学 的 見地 は前述 したベ ッ クの
高次
の 意識 (
bodhi
)
に相 当す
る。 また そ れ に到
る方法
として の論
理的
思考
を否定
す る点等
は 互 い に類
似 してい る が,彼
の場合
,形
而E
学
的見地 と教 法 との 関係 につ い ては具 体的 な言 及 を してい ない の であ る。こ の 両 者が仏 陀と形 而 上
学
に関す
る従来
の解釈
の 問 題点
を指摘
し新
しい解 釈 を試み た よ うに, 和 辻哲 郎 博 士は従 来の 研 究 を批 判 し, 自分 の 独 自の 見解
(11) (/2) を原 始 仏 教の 「根 本 的立場」 と し て発 表 し て い る。 博士は従 来の 学 者の 見解仏 陀と形 而
L
学77
を, 「ブ ッ ダ は哲 学
的思索
を斥
退 けた , と多
くの学者
が 主張
する』 と ま とめ , それに対 して, 『我々 の取 り扱い 得る資 料か ら か く も裁 然 と歴 史 的ブ ッ ダを 規定 し得るか。その資
料自
身は果た して哲 学的 思索を排 斥 してい るか.(和 辻,p
.9
)
と疑
問 を なげか けて い る。 そ し て主 に オ ル デ ンベ ル ク (H
,Ordcnberg
) を批 判 しな が ら, 仏 陀は 『哲 学 的思 索 を排 斥 して い ない 』(
和 辻,p
.90
)と いう自説
を論證
しよう
とす
る。博
士 は仏 陀の 思想 に対す る オル デ ンベ ル クの 主 張を 引 用(
和
辻 ,pp
.9
一91
) してい る が, その 内容
を整理 してみ る と,1
) 事物
の究極
の根 拠
Cletzen
GrUnde
der
Dinge
)を探 求
し, 綛 識 する思想 体 系 とし て の 哲 学では ない こ と。
2
)解 脱とは事象
の 偉 大なる秩 序の 把 捉であ り, 解 脱に関する範
囲 内にお い て哲 学 的 思索があっ た と認める こ とで ある。これ に よ る とオル デ ン ベ ル クは事 物の 究 極の 根 拠 を認 識 するこ と (哲 学
)
と事象
の偉 大なる秩 序の 把 捉 と して の解
脱 とを別 個の 領 域 と して見
て い る。 とこ ろが和 辻博 士は両 者が 同 じで あ るこ とを論
證 するこ とに よっ て, 『仏 陀 は哲 学 的思索を排 斥 して い ない 』 とい う 自説を裏付
け ようとする。 まず博士 は ヒ記
の見解
に対
して次
の 三つ の疑
問 を提起
して い る (和
辻,p
.93
)c/
)経典
中の ブ ッ ダ は果た し て 「事物
の 究 極の根
拠」 につ い て 答 えて お ら ぬ であろ うか 。2
)
オル デ ンベ ル クの い わ ゆる 「事象
の 大い なる秩 序」 は事
物の 究極
の根
拠 と し て説か れ たの で は ない で あろ うか。3
)形 而 ヒ学 的 問題にブ ッ ダ が答 えられ な かっ た の は そ れ が真実
の 認 識に ,す なわ ち
事象
の 大い なる秩序
の認
識に向
わ ざるが ゆえで は な か ろうか。博 士は い くつ かの 論 拠 (和 辻,
pp
.93
−95
) を提 示 した後
, 仏 陀 が形 而E
学 的 問題 に答え なか っ たの は実 践 的理 由か らで は な く ,簒
、傷
≡
1
−−Q
認識
に役 立 たぬ こ と と, こ の 種の 問題は 二律 背 反に基づ い てい るの で解決
不 可能
で あ q3 ) る こ と とい う二つ の 理 由か らで ある とす る。 こ こ で特
に注 目に価 す るの は , 真 実の認識 がほか な らぬ原 始 仏 教の 基本 的教 義で ある無我 ・五 蘊 ・縁 起 ・ 四78 パ ・一リ学 仏 教 文 化 学 諦で ある とい うこ とで あ る
(
和辻,p
.97
)
。 こ れ を オ ル デ ンベ ル ク は解 脱に よっ て把 捉 さ れ る事象
の 大い なる秩
序(
法
)
と して受
け 臣め てい たが ,和
辻博
士 は こ れ らが同時に 「事 物
の 究 概の 根 拠」 で あ り, 真の 哲 学 的問 題で あ る と したの である。 そ れ故に仏 陀は哲 学 的 問題 を さ けたの で は な く, 形而上学 的問題 が真
の哲
学 的 問題 で は ない が故に答え な かっ た とい うこ とであ
る。 し か しなが ら真
の哲学 的
問 題 が事 物
の 究極の 根 拠 , 則 ち真 実在
を問 題 とする な らば, それ こ そ形 而上学 と霞わ ざる を得ない 。博
士 は 「 形 而上学 的 問題」 と の 混 乱 を避ける た め か, その 意図 は は っ きり しない が, 形 而上学とい う言 葉 (14) を使っ て い ない 。 い ずれ に せ よ, 仏 陀は実在
に対す
る真実
の認 識か ら,形 而 上学 的 問題 を否 定 した こ とで あっ て, 形 而上学 自体
を否定
し たこ とに は なら ない とい うの が博
士の 見方
で あ る よう
である。その
実在
に対す
る真
の認識
を博
十 は 『パ ウ ロ に よっ て神の 智 恵 と呼
ば れて い る ような神秘的な, 超 感覚
的な もの の認識 で は な く,無我 ・五 蘊 ・縁起 ・ 四諦
という
ご と き原理 の 認識
に ほ か な らぬ』 (和 辻,p
。94
)と断定 してい る。前 述 した ロ ー ゼ ン ベ ル グの 「形 而
E
学 的 見 地」, ベ ッ ク の 「高次
の 意 識 (bodhi
)」,和 辻博士の 「真 実の 認 識」 はそ れ ぞ れ言葉は違っ て い て も , そ れ が仏 陀の悟
りを示し, またそれ が究 極 的実 在の 認 識にか か わる もの と して無 記の意味
を見 直し た点
で は 三者
とも共 通 して い る。 しか し悟
りに対 する見 方 の相 違か ら仏 陀の教 法 に対 す る評価 と位 置 付け が非常
に異
なっ てい る点は看
過で きない .ベ ッ ク は 「
高
次の意
識」 を他の 宗 教の 神に比べ た り , ま た論理 的思考が 及 ば ない 神 秘 等と して考えてい る こと か ら, 教 法を高
次の 意 識の 内容とし て は 見ず, か えっ て そ れに人々 をい たら しめ るた めの手段
と して見てい た。 しか し和 辻 博一ヒは真 実の 認 識 を神
秘 的な もの で は なく,原理 的 ・合 理 的な もの と して 見そ
,その 原 理 に 対す る真の 認 識 が,即 ち教 法である無 我 ・五 蘊 ・縁 起 ・ 四諦で ある とい うの で ある。中観
思想
の研究 者
で ある, ム ルテ ィ (T
.R
.V
.Murti
)
と長 尾 雅人博 士が (15) 中観 的 立場 か ら無 記の 意義
を検 討 する論 考 を同じ年(
1955 年)
に発表
し て いイム「;它と形Ili∫1・学 79 るの は不 思
議
な…致で あ る。ム ル テ ィは中観 哲 学の 体
系
を正確
に理解するた め には仏 陀の 沈 黙が持つ 意 義を 適 切 に評価 する必 要が ある と見る。 彼は 『中部 経 典 』CUIa
−Malunkya
−Sutta
に基づ き, ヨ ーロ ッ パ の 仏 教 研 究 者 に よ っ て なさ れ た三つ の 解 釈 一実
践的
(practical
), 不 可 知 論 的(
agnostic)
,否定
的 (negative)
に対 し それ が仏 陀の教 えお よび仏 教 諸 学 派の 教
義
ピ ー致 しな い こ とを指 摘
する (Murti
,p
.37
)、,こ れ らの 解 釈に対 して, 僕
在
に対 す る根 本 的評価 と しての哲
学を前 提 と しない 生 き方 をわれ ら は持
て ない 』(
Murti
,p
.37
)
と し,仏 陀
の実
践 的教 え の背後
に深
い哲学 的
洞察
を認め て い る。 した がっ て彼
は仏 陀の 無 記につ い て 『そ れ は形而上学 に対 す る無 知で は ない 。彼
は当 代の 哲 学 的 思弁
に詳
しか っ た だ けで は な く, 自ら が優 れ た形 而上学者
であっ た。 彼は鋭い 分 析 によっ て 理性
の独 断的性向
を無
効 化 し, 超越 す る 立場 に至 っ た。 彼の 思 弁 的形 而上学 に対 する拒 絶は慎重で, 変わ らぬ もの であ り,批 判 自体が 彼に とっ て哲
学で ある』 (Murti
,p
.47
, cf.p
.8
) と評 価 して い る。 とこ ろ が こ の ような解 釈の 背景に は, 仏 陀が浬 槃 (絶對 者)の実 在 を疑わ ない こ と と, ま た そ れ が形 而 ヒ学 的 実在 (絶 對 者 )に か か わ る もの とい うのが前 提さ れ て い る。 問 題はこ の 実 在の性 質を どの よう
に規定
す るかに よっ て その 見方
が別
れ るが ,ム ル テ ィ は 仏 陀の 無 記に 対 して, 『彼 の 沈 黙 は 無 制 約 的 実 在 (Unconditioned
Reality
)の 謡い表
わすこ との で きぬ 性質
に対す
る自覚
と して 解 釈 さ れ得
る』(
Murti
,p
.48
) と述べ て い る。 こ の 解 釈は絶対
的実在 (
Brahman
,Atman
)
を規
定
し得
ない もの と して 見る ウバ ニ シ ャ ッ ドの 見 方と類 似 して い る し, そ の 結 果 彼 は無 記の 態 度 を絶 對 者
の非概念
的 知 識 に導
く手段
で ある と見
て い る。こ れ はい い か えれ ば , 理性が 現
象
の 究極 の 根 拠 を 見出すた め に現象
を 超 え よ うとす る時, 是非
も ない 矛 盾に陥 らざる を得
ない の で, 仏 陀はそ れ を知
っ て理性よ り高
い次
元に立っ て これ を解決
し よう
とする。 それ が仏陀の 批 判主 義的観点
で あ り, ま た弁 証 法で ある(
Murti
,p
.40
) とい うの が ム ル テ ィ の
80
パ ・リ 学 仏 教 文化学 解釈
で ある。 しか しこの 解 釈は文 献 的裏
付 けを持た ない こ とか ら,彼
が ヴェ ー ダ ー ン タ (Vedanta
) 的伝 統
に基づ きな が ら ,後
代の 中観 哲 学乃至 カ ン ト 哲 学 的立場を仏 陀 に無理 強い に押 しつ けた もの と して 見 ざる を えない 。長尾 雅 人
博
士はム ル テ ィ とは異なっ て , 仏 教 思 想 史の 展 開の 中か ら, 無 記 を解 釈 し,特 に龍樹思想との 関わ りに おい て無 記の真
意 を裏
付け よ うとする。 そ れは仏教
思 想史
の展 開が仏 陀以来
の 思想 的一貫
性 と統
一 を保 っ てい る とい う前
提に基づい て い る。博
士 は 無記の 態 度 を取る思 想 的立場がい か なる もの で あっ た か は,仏 陀に よっ て 十分 に展 開
され ない ま まに残さ れ た が, 龍 樹 にあっ て は, か か る仏 陀 の立場は般若
と呼
ばれ る叡
知 的な立 場に立つ もの で あ り, その 智の内
容が空 性 と して受
け 取 ら れ た と見て い る (長 尾,p
.445
)。 そ して 『龍 樹の 空は, 実に仏 陀の沈
黙 の内容
を顕露
に し,それ に肉付け を与えた とい うべ きで ある』 (長尾,p
.455
)と述べ てい る。もう
一方で は,
博
士は大乘経
論 に広 く現れて い る真 理観 に注 目して い る。 す なわち 『起 信 論 』 の 「離 言真如
」,華厳哲学
の 「 果分
不可説
:,禪宗
の 「教
外別伝, 不立文 字」 等 (長 尾,p
.444
)
は , と もに究極 的 真理 が不可説,不 可思 議で 言 葉 と概 念を超越 した もの と見てい る こ とか ら, そ れ を もっ て逆に 無 記の 意 味 を問い求
め よう
とす る。 『人間の こ とばの 不完
全 な るこ と , そ れ に対 する不信 頼が, 十四無 記に対 する理解の重 要な鍵と なる とすれ ば ,同 時 にそ れは仏 陀の 場 合の説
法に先立 つ 菩 提 樹 下 における躊 躇 と沈 黙 と を説 明 す る もの であろ う』 (長 尾,p
.444
>
。この よ うに長 尾 博 圭は後代 大乘 仏 教 哲 学 (形 而上学
)
の展 開か ら振 り返っ て , その本
をた だせ ば仏 陀が決
して形 而 ヒ学 ・哲学
を排
斥し たはずが ない と いう論
理 で もっ て仏陀
の 思 想 的 立 場 を見 きわ めて い る。『も し仏 陀 が真に 形 而上 学乃 至哲 学 を排 斥 し た の で あ り , ただプ ラ グマ テ ィ ッ クな意 味で の み沈 黙 を守っ たの である な ら ば, 何
故
に龍樹 の 空観を通 じ て 無 着や 田親 の 唯 識 哲 学が展 開せ られ, 遙か に天台
や華
厳の哲
学が 生 み出 さ れ た か を,了 解 する に苫 しむで あろう』 (長尾,pp
.454
−455
) と して述べ て仏 [箪と 形 而 ヒ学 81 い るが, こ れ は どこまで も後
代
の仏 教 思想
の展
開に基づ い た要請
で あっ て , かな らず しも歴 史 的事実
とは 限らない の であ る。 原 始仏 教の 資 料が 限 ら れて い る とい う制 約とその 思想の 瞹 昧な点
を補 うた め , 仏 教 思 想 史の 広い視点
で 無 記の意 味を検 討す る こ とも, た しか に 一つ の 方 法であ る が ,後 代の 解釈や 思想
を歴 史 的仏 陀に押
しつ け る危 険性 が ある こ と を 認め ざるを得ない 。以
L
述べ た学者
た ちの 無 記に対す る主 な研
究は , その接
近方法
と解 釈の 仕 方に おい て多
少相 違が ある と して も, 共 通に初期
の ヨ ー ロ ッ パ の仏 教 研 究を 批 判 し, 仏 陀の悟
りに注目 して,仏 陀が決 して形 而上学 的 実 在を否定
し な か っ た こ とを証 明 し ようと して い る。3
。形
而
上学
を否
定
した と見
る解 釈
以 ヒの よ うな 反 論が な されて きた に も かか わ らず,仏 陀が 形而上学 を否 定 ・拒 否 し た とい
う
初期ヨ ーロ ッ パ の イヱ、教 研 究者
以 来の見解 も依 然 と して主張
されて きた。水野弘元
博
.七は著 書 1原始仏教
』 の 中で 「外
教とちが う原 始 仏教特
有の 思 想」 と題 して原 始 仏教が形而
上学 を否定
した 埋由につ い て次の よう
に論 じて い る。1
)この ような形 而上学
的 問題 (卜無記)
は,我々 の 認識や経 験の彼
方にあ
るの で ある か らである(
水野 ,p
.99
)、、形 而上学 的な もの は ,時間空 問の中にある現 象 界で はな く,
経験
を超え た もの で あっ て我々 が
直接
こ れ を経 験 した り認 識し た りす るこ との 出来
ない もの であるか ら, これ につ い て是 非の 判 断を下すこ とが出 来 ないか らで ある
(
水
野,pp
.93
−94)
v2
)
この よう
な形 而E
学 的 問題が解 決 さ れ得
た と して も, それ は我々 の不安 苦 惱の
解
脱に は何 等の 役に も立た ない か らで あ る(
水
野,p
.100)
。こ の 二 つ の 理 由の 中で,
2
)はある程 度,経 典に根
拠を もっ て い る とい え る が,1
)の場 合は経典
の 中にこれ を裏
付 ける論拠 を見 出 しに くい 。 博 士は 理 由1
)
に関 連 して , 『こ の 形 而 上学 否 定の 仏陀の 立場は,恰
も カン トが彼
82
ノC−・リ〔学 イム孝夊文 イヒ’予二 以 前の哲学 説
として の 唯 物論
や唯
心論
など を ば,経
験の彼
方にある問 題で あ るか ら, 解決 不可能
の 形 而上学で ある と して , こ れを排 斥したの に似て い る』(
水
野,p
.100)
と語
っ て い る。 しか し な が ら1
)の 理 由は経 典 に論 拠が な い こと か ら, こ れ はカ ン トの 認 識理論
に基づ い て の水 野博
十自身
の 解 釈 とい わざるを得 ない 、,カ ン トの
認
識 理 論 に影響
され, それ で もっ て無
記の 意 味 を解 釈 した の は, お そ ら く前述 した ベ ッ クか ら始
ま りム ル テ ィ を経て博
士に受 けつ な が れてい るの で はない か と思 う。 しか し博士は両 者と は 正反 対の 結 論に た ど り つ い て い る。 カ ン トの 認識 理 論と は, 基本
的に形 而上学
的実 在は認 識の 限 界を超 え てい るか ら入間の 知 性に よっ てはつ か むこ とがで きない とい うこ とで ある。 こ れ を ジ ャ ヤ テ ィ ラ カ 〔亅ayatillckc ) は 「 合 理 的 不 可知 論 (rational 。g
。 。、i
、i
、誰
1
と して 分 類 してV・る. ・の 論理 か ら す ると, 謙 の 限 界 を 超 えた とこ ろ に形而
上学
的 実在
が あるべ きで あ り, それ を カ ン トは 「物 自体 (Ding
an sich )」 と言っ てい る し,ベ ッ ク もム ル テ ィ もそ れ ら し き もの を 認 め て い た。 と こ ろ が博
士は 『原 始 仏 教で は勿論
,部
派 仏 教で も, 形 而上学
的 実 体 と して の 存 在 は認め ない か ら で あ る』(
水
野,p
.90
)と か, 『… … それ はすべ て(
十 無 記 , 十 四無
記 ) 形 而 ヒ学 的 の 本体
論 を問題 にする の で ある。 原 始仏 教で は, 最 初か ら こ の形 而
上学
を排 斥 した の であ る』等
〔水 野,p
.96
) と述べ て い る こ とか ら, そ うい う存 在を認め て い ない こ とが わかる。 そ うす る と存在
もしない 物に対 して1
)の 理 由をつ け るの は論理 的誤 謬であ る。い ずれ に せ よ博 士は こ の ような見 方か ら 『原
始
仏教
で は形 而上学を斥け , 世 界 と人生の 現象
的存在につ い て , これ を極め て合
理的
・客観
的に考察し た の である』(
水
野,p
.104
)と述 べ てい る。 この 考察
の結
果が す なわ ち縁 起 説 ・ 四諦説 ・四法
印 等の 教 法で ある とい うこ と と なる。水 野博士の この よ うな観 点は, 初 期 仏 教の 根 本 的立場を 『形 而上学の 否 定, 現 実の
直
視 ・凝 視』 と見る 三枝 充 悳 博士 と相当 類似 して い る。 三枝 博士 は ,古
ウパ ニ シ ャ ッ ドが現象
の背
後に ブ ラ フ マ ン とア ー トマ ン の よ うな絶 対 的原 理 を立て る一一一一t元的形而 上学で あるの に対 し, 初期 仏 教 経 典にあらわ れる型 は仏 陀 と 形 而 ヒ学
83
「「な にか ひ とつ の 原 理 を立て, そ れに基づ い て 一 切 を説 明 し よ うとする態
度 に対
する拒 否 とい う型 を とる.J (三 枝 充 悳 , 『初期 仏 教の 思想 21978 ,p
.43
) と語 っ て い る。 そ してこ の よ うな形而 上学の否 定の 態度
が明 瞭に現 わ れて い る の が 無 記であ る とする,、†劇 二は
形 而
卜学
につ い て , 『す な わ ち ,私た ちをと り まい て多 様 な存在
者 が あ り, そ れ らに関 する多 様な経
験 的 認 識を私た ちは持
つ けれ ども , さ らに その多様
性, ひい て は相対性
の 世 界にい る私
た ちが その多様
性 ・相対 性の背後
の もの を求
めて , 唯 一 (も し くは少 数)
で絶 対 的な原 理 ともい うべ き もの を志 向す る とこ ろ に形 而 ト学の 占め る場 所が ある』 (三枝,p
.39
)
と述べ て い る。 こ の 定 義か らする と前
述 した形 而E
学
の否
定とは , われ わ れが 日常 的 に経験
・認 識する存在
・存
在 者 (現象
界 )の背 後に は そ れをそ れ と して存在
せ しめる もの(
原 理)が ない とい うこ とで ある。だが 私 見 と しては ,無 記に この よ
う
な形而 ヒ学の否
定の態 度が 明瞭に現れ てい る とは瓜 えない し, また無記関係の資 料 に この よ う な解釈 を裏付
ける よ うな個 所が あ る とも認めにく
い 。 とこ ろ が 博 十は 「 現実
の 直視 ・凝視
」 に対 して , それ を浬槃
に結 び付
けて次
の よ うに説明 して い る。『す な わ ち , ブ ッ ダの さ とっ たニ ル ヴ ァ …ナが い っ た ん 日
常
的 ・自然 的 な 陛俗の否
定 ・排 除 ・超 越か ら , 真の 意味
で の 現実
の 直視一肯 定, お よび その現実
に おける法 (
dharma
,dhamma
)
の 実 践へ ,別の こ とばで い え ば , 一種
の 「往
」 と 「還」 とが実現 した もの で ある』 (三枝,p
,596
)。『あ くまで 地上 の 人 間と して, 現 実を まの あた り, しか もその ままに じっ と直視 し , その な かで
苦
を内に抱き, 欲 望 に目の 眩む 人間に対 して , その苦
の消 滅,欲 望の 超 克を現 実の 世にお い て実現 し, 理想の 境であるニ ル ヴ ァ ー ナ を天 上の どこか に論 ずるの で は な く, こ の 現実におい て獲 得 し よ うとする もの で あっ た』(
三枝 ,p
.189
)。こ こ で涅 槃 とは, す な わ ち 人間の 日常 的 ・白然 的態 度 としての 苦 惱 と
欲
望 (渇 愛)
, 執着等
を根 本 的に克
服 する こ とによっ て(
往)
, そ れ まで とは違 う, 現 実へ の真
の 洞察(
還)
に い たるプロ セス を意味 してい る ように見 える。前
S4
パーリ学仏教 文化 学 述 した形而
上学
の否定
と合わ せ て考
える と, 涅槃 とはい わ ゆる煩 惱の克服 に よ る現 実へ の 真の 認 識 とい う意 味に も なる。 ま た仏 陀の 教 説(
教 法 )とは真
の現実
へ の直
視 ・凝視
の 産物で あ り, それ こ そ が涅槃
の 内容で ある と理 解 さ れてい る。 博 士は諸資料
の中
で ,最
も多
く, ま た最 も重 要な教説
と して,無 常 一苦一無 我
(
五蘊 説を含
む)
生
ず
る もの は滅 する。無記
・四諦
八 正 道 ・縁 起 説 を挙 げて い る(
三枝,pp
.598
−599
) 。博士 の こ の よ
う
な涅 槃観 は生死 (現 象)
と涅 槃(
実在 ) を究 極 的には一つ である と見
る こ とになるから, 非 常 に中観
的だ と言わざるを得な い だろ う。 また接 近 方法
に於
い て は前 述の和 辻 博士 と異 なっ て も, 釈尊
の 悟 りの 内容
を 原 理 的 ・合理 的に見る点
で 両者
は相 当 類似 して い る。4
。形 而
上学
に対 す る仏 陀
の立場
これ まで
検
討して きた,仏 陀
と形而
上学
の 問題 に対 する相 反 した解 釈は与 え ら れ た資料
の 取 扱い 方と学者
そ れ ぞ れの 思 想 的立場 と見方
に よ っ て影響
さ れ て い る の も 否 定 で き な い 。 ま た 形 而t
学 的 理 論(
見 解,di1thi
,metaphysical
discussion
, theory)
と形
而 上学
的 実 在 (satya , metaphysicalreality
)
を弁別 して い ない ことに よ る混 乱 もある ように思わ れ る。 た しか に 原 始 仏 教の資料
の 中には一般 的意 味の形
而上学
的論 議が なさ れてい ない し, ま た その よ うな質
問に対
し無
記の 態 度を とるこ とも事実
で ある。 しか しそれ を もっ て形 而上学的実 在まで否 定 した と見る の は論
理的飛躍
と言わ ざる を得 ない 。そ れ に比べ る と, 最
初期
の 仏 教 は 『哲 学 説に と ら わ れ ない 立場 に た っ てい る』 (rti村元 , 『原 始 仏 教の 思想21 , 中村 元 選 集 決定版 第15
巻,p
.197)
と か 「当時 論議 されて い た形 而上学 的 問題 につ い て解答 を与 える こ と を拒 否し た』(
中村
元,p
.2G8 )
と述べ る中村
元博
士の 見 解は あま り主観的解釈
を加 えずに,文
献の 内容を客観 的に伝
えよう
と して い る,,仏 陀と形 而上学
85
前 述 した長尾 雅人
博
士 は, 無 記の態 度 を取 る思 想 的 立場がい か なる もの で あるか は, 仏 陀に よっ て は十 分 展 開されず,龍樹
によっ て さら に体系
的思想 と して まとめ ら れ た と見てい る。 しか し私 見 と して は ,45
年 間説 法 し続 けら れた釈 尊の 教 えは , その 当 時の思想 的状 況 に制 約 さ れて い た と して も , それ 自体
と しては,他
の説 明 を必要
とし ない ほ ど完全
な 図式 を もっ て い たの で は ない か と思う
。 この最 も基 本 的 立場の 一つ が 「無 記 と中道 」 の 中に現れ て い る。 小論では紙 面の 関係上 , 無記 を中心 に論 ずる こ と にする。仏
陀が形 而h学 的
質
問(
di1thi
)
に対
して無
記の 態度
を とっ た理 由 をめ ぐ っ て は以上の よ うに色々解釈
さ れて きた が , 形 而上学 的
問題 ・理論 (
ditthi
)
白体 に対 して 仏 陀が どの ような見 方を もっ て い た か につ い て は深 く議論
され るこ と はなかっ た。無
記 関係 諸資
料
の 中に異 学修 行者 たちが形 而上学
的見 解を 主張 する ように なる理 由 を述べ てい る部 分がある。 その 基本形
の み を整 理 する と次の 七 に分 U7冫 類で きる。1
)五蘊
につ い て の 無知(
『 別 訳 雜阿含』197
, 「雜 阿含
』963
)
2
)
五蘊につ い て の執着 (
SN
.44
.3
−6
:Vol
.4
,pp
.384
−391
)
・c18)3
)
五蘊
と五蘊
の 集 滅 道 (四諦
型)
につ い て の 無 知4
)五 蘊と五 蘊の集滅
味患
離につ い ての無知 (
『雜
阿含
』958
)
(]9)5
)五 蘊に対す
る有身見
6
)
六根
に対 する有身
見(
SN
.44
.7
:VoL
4
,pp
.391
−395
)7
>非 如 理 作 意(
ayonisomanasikara)(
AN
.工0
.1
.93
:Vol
.5
,pp
.185
−189
)
こ こ で
7
)
を除 けば, 結 局五蘊と六根
に対
する無 知 と執 着, そ してあや ま っ た執 見が 形 而 上学 的 見解 を引 き起 こす原 因であ る こ と を言っ てい る 。 五 蘊 と六根 とはすなわち個体存
在の こ とであ り, そ れに対 する無 知と執着
の 現わ れ が煩悩で ある とす れ ば, 形 而上学 的 見解の根底
にあるの は煩悩 とい うこ と になる。こ の 見 方か らする と, 形 而
H学 的見 解
(
di
#hi)
が究 極 的 実 在に対す る認 識にか か わっ てい る よ うに見 えて も , それ はた だ空 虚な概念
体 系で 煩 悩の も86
パ ・リ学 仏 教 文 化 学うひ とつ の変型 にす ぎ ない 。 仏陀はこ の 煩
悩
の 除去に よっ て こ そ, 形而
上学
的理論
(
ditthi
)
が求め る究極的実在
の真
の 認識 と, 瓏存
の有
限 ・不完
全 (苦)
を根 源 的に 克服 す るこ とがで きる と思っ たの では な か ろ うか。「中 部 経 典
、
Cala
−Malunkya
−Sutta
の 毒 矢 に射 られ た男の 比喩は 単な る比 喩 にす ぎる もの で は な く, その 中には仏 陀の 人聞観が反 映 さ れてい る に ち が (20〕 い ない 。 矢 は 「ス ッ タニ パ ー タ」 等に煩悩 と渇愛の象
徴 として用い られて い る。〔
生 きとし生 け る もの は〕
終極 におい て 違 逆に会 うの を 見て , 私は不快になっ た。 又私はその
〔
生ける もの どもの〕
心の 中に見難
き煩悩
の 矢が潜
んで い る 0)を見 た。(
Sn
.938
)
〔
煩 悩の〕
矢 を抜 き去っ て , こ だわ る こ と な く, 心の 安らぎを得た な ら ば,あ らゆる
悲
し み を超越 して , 悲 しみ な き者
とな り,浬槃
に帰
する。(
Sn
.593
)
煩
悩
の 矢に射
ら れて, 迫 っ て来る死 を待つ 状 況にあ りな が らも, 煩 悩の 要求
を満た す こ と に熱
中す
る だ けで ,苫
の根源
で あ る煩悩
の除去
に は 関心が な い 人々 , それ が こ れ ら経 典に示 され て い る仏 陀の 人 間観
で は な かろ うか。 仏 陀は時に自分 を箭 醫 (Sallakatto
) と呼ん だ こ ともある。 これ は仏 陀 自身が 人 間の 煩 悩 (矢 ) を治 療 する医 師 とい う自覚 を持っ てい た こ とを意味 す るの で ある。入 間 に対して こ の ような洞 察を持っ てい る仏 陀に とっ て , 煩 悩の 除去に直
接
か かわ りの ない ,如
何 なる知 識 と理 論 もそ れは無 意 味で 時 問の 浪費
にす ぎ t21 II なかっ た。 し か しなが ら, 当時の 思想 家た ちは各
自の 形 而上学 的 見解 に安 住 〔22)して (
ditthi
paribbasana
), そ れが 真理 (Sacca
)である と主張 し,見 解 を異にする人々 と論 爭 を繰 返 した。 こ の ように見解に安 住 して, そ れに よっ て 清
淨
に な る と か, 知 識 に よ っ て (fiarpena
)苦
が除 去で きる と考
える 人 を, 仏 陀は有 見 者(
ditthin
) (SN
,789
)である と呼ん だこ と もある。 それ に反 して 「ス ッ タニ パ ー タ」 で理想 的 求道者
と して描か れて い る婆
羅 門は既に得た見解
を捨
て去
り(
Sn
.800
)
, い か なる見解
に も固執
し ない(
Sn
.802
)
とする。婆
羅門 は 正 し く知っ て, 妄 想分 別 にお もむ か ない 。 見解 に流さ れず (naイム
1
乾 と汗彡而i
ゾ学t87
di
‡thi
sarin ),知
識に も な じ ま ない 。彼
は 凡俗
の 立て る諸
々 の見 解
を知 っ て心に と どめ ない 。 他の 人々 はそれに執 著 して い るの だ が。 (Sn
.911
)形 而上学 的 兇解 (
d
量的1
)の 本 質に対 し て , こ の よ うな洞 察 を仏 陀が持っ てい た とすれ ば ,如 何なる形 而上学 的質
問に対 して も, そ れ に答えるこ とが 全 く無 意 味 なこ と にならざる を得 ない 。 そ れ がす なわ ち無 記で はない だろ う か。 こ の 無 記の 原初 型を示
す もの と して 「ス ッ タニ パ ー タ」 の 次の 偈 頌 をあ げて お きたい 。(特
殊
な)
哲学
的 見 解 を もっ て 論 争 し「こ れの みが真 理で ある」とい う人々が あ る な らば,
汝
は彼
らに言 え, 「論
争が起こ っ て も, 汝 と対論
す る者
は こ こ にい ない 」 と。
(
Sn
.832
) 註 [’1〕0
.RQgenberg
著 , 佐々 木現 順 訳 『仏 教哲学の 諸問 題 』 1976 ,p
.67
. 〔2)0
,Rosenbcrg
(上掲 書p
.68
)は 「 仏陀が形 而上学 を拒絶 し た」 とい う見 解を取る論 者に,
Deussen
,Oldenberg
,Walleser
,de
la
Vallee
Peussin
,Rhys
Davids
等 をE
げてい る。 こ の 見解に対 する主 な 反 論 は 小 論で取 り扱 うH
.Beck
,O
.Rosenberg
, 和辻哲郎, T , R . V , Murti, 長尾 雅 人等の論 文があ り, 最 近の 論文と し て は, 袴谷憲昭 1釈 尊私 見 .1 (日本仏 教 学 会 年 報
50
,『仏 陀 観 』 1984,pp
,19
−45
> が ある 。 こ れに反して,Raddhakrishnan
,水野弘元 ,一三枝 充悳 ,宋 木 剛博 (「東 洋の 合理 思 想r,.1980,
pp
.31
−36
)等は仏 陀が 形 而上学を拒 否,排 斥 し た とする見 方をも っ てい る。 〔3) 平川彰 「原始仏教の定義の 問題」 (仏教研 究 ,創刊 号,昭45
)p .6
. 霞中村元 順 始仏 教の 思想.亅 1 (中村元選集 決定版 第15 巻)
p
.197 . 〔:51 ウパ ニ シ ャ ッ ド と 初 期 仏教は と もに 「無 明 (avidya ) 」 の概 念を採 用 して い る が, 前者は無明 を宇宙論的レヴ」 ル におい て考える傾 向が あ り, 初期 仏教は無 明をた だ心理 的レ ヴェ ル におい て のみ 認 め る。無明 は 個 人 的存在
「有」(
bhava
)と 生 (jati
)の基 礎 と考えら れ て い る、、
V
.P
.Varma
:Early
Buddh
{sm andits
Origin
.1973 ,p
.