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マレーシアの経済的特徴と    職業会計士制度

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マレーシアの経済的特徴と職業会計士制度

51

マレーシアの経済的特徴と     職業会計士制度

勇 一 郎

1

2

3 4 5 6 7

 次

マレーシアの成立 マレーシアの自然 マレーシアの社会構造 マレーシアの入種問題 マレーシアの経済構造

マレーシアの経済的課題と長期開発計画 マレーシアの職業会計士制度

第1章マレーシアの成立

 マレーシア(Malaysia)は,その名もまだ新らしい新興国家である。1963年9月16日 2年間にわたる協議と交渉の結果,マレーシア連邦は成立した。マレーシアはマラヤ連邦 の11の州とボルネオ(Borneo States)のサバー(Sabah)とサラワク(Sarawak)が,

       (注1)        (注2)

合併しイギリスの統治から離れて,アジアの独立国の一員となった。マラヤのU州は最大 の面積を有するパハン(Pahang),最小の面積ベルリス(Perlis),ジョホール(Johore),

ネグリ,センビラン(Negri Sembilan),セランゴール(Selangor),ケダ(Kedah),

ケランタン(Kdantan),トレンガヌ(Trenggaru),ペラク(Perak),ペナン(Penang),

とマラッカ(Malacca)である。

        (注3)

 もともと,この独立の機運は第二次世界大戦中の3年6ケ月にわたる日本軍の占領時代  を経て,戦後ますます高まり,1948年イギリス政府は,シンガポール,マラッカ,ペナ  ンを除いて独立準備のためのマレー連邦の結成を認めて,徐々に政治の実権を譲ってい  つた。      。  ユ957年にはペナン,マラッカの加えたところの11州のマラヤ連邦が正式に独立した。一 方シンガポールは,マラヤ連邦とは,別の道を歩み,1959年7,月広範な自治権をもつ自治 州として認められていた。その後大マレーシアを目指す総合運動が続き,1963年9月16日

シンガポール及びサバ(Sabah),サラワク(Sarawak)を加えたマレーシア連邦が成立

した。

.その後1965年8月,人種的,政治的,社会的理由でシンガポールが分離独立したため,

現在のマレーシア連邦は13州から成っており,その上に連邦政府がある。また各州サルタ

(2)

ンの互選で任;期5年の国王が選ばれる。現在の首相はAbdul Rahmanが引退し, Abdul Rajakがその任にある。

マレーシアの行政地域はつぎの地図の通りである。

懸 福

   繋騒1\

    8駄欄GAP。R・

       MAP OF MALAYSIA

く%      POUTICAL    K唄

  むヂゆロへ

KUA

ウUR出門ALAYA    一.&∫ノ 梱錨驚、__

       ・uc…ミ・S轡黙一ノ          \亀堕聖卿9      。o∫%

         なee々

         3         KALIMANTAN

〔出所〕 Malaysia Year Book;1971より

注(1)サバ(Sabah)は北ボルネオに位置し,1877〜78年にフィリッピン群島の支配者Suluのサ    ルタンから,イギリスのシンヂケートが譲られたものである。そして,第二次世界大戦まで    は,北ボルネオの特許会社によって,統治されていた、それが1949年7月,会社の権利は英国   政府に移譲された英国の植民地であった。

 (2)サラワク(Sarawak)は1841年ブルネイ(Bumei)のサルタンによって,ジゼームス,ブル    ック卿(Raja Sir James Brooke)に譲られたものである。1841年に英国の保護領になつ    た。エ861年と1905年の間に,その始めの領土に少し増加があったが,1941年サラワク(Sara−

   wak)の首年祭においてRaja第三代目が,従来からあったブルック(Brooke)統治法をも    つと近代化する法律を承認していた。それが,第二次世界大戦と日本軍の占領で中絶してい

   た。

    それが1946年4月になって,再びRajaの政府が統治を始めたが,同年7月英国政府にサ    ラワク(Sarawak)を譲った。従って1963年独立国の一員となるまでは英国領であった。

 (3)ペナン(Penang)とマラッカ(Malacca)はシンガポールとともに,英国の直轄植民地であ    つた。それらは,1867年にベンガル政府から英国植民地省に移譲された。

    シンガポールは大平洋戦争後植民地として統治され,1959年7,月広範な自治権をもつこと    を認められていた。

    第2章マレーシアの自然

 マラヤ(ma】aya)はマレー半島の大部を占め,象の鼻のように長く延びたマレー半島 の北部でタイの国境に連なり,西はマラッカ(malacca)海峡をへだてて,インドネシア

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マレーシアの経済的特徴と職業会計士制度

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のスマトラ島に,東は東支那海をへだててボルネオ島に面している。

 このマラヤをかこむ,マラッカ海峡,東支那海のうち,ボルネオ海とよばれる部分,さら にタイ湾一帯は,かってマレー半島とともに陸地であった。それが地質地代にマレー半島 を残して海面に没し,広大なアジア大陸棚の一部となっている。したがってマレー半島は,

背梁部では寸志な山岳部をみせるが,海岸地帯一帯は深い沖積土でおおわれた平野が広が っている。

 背梁部の山地は北部では,2,000メートルを越えるが,ジョホール方面では低くなって

いる。

 マレー半島には,いくつかの山脈が流れ,とくに半島の西寄りに南北に流れている中央 山脈は,西海岸にせまるような位置をしめている。

 その多くは原始のままの樹海を展開し,その間に水を満々とたたえた河川が流れている。

上流は急で,下流に行くにしたがってゆるやかになり,下流では内陸交通路として役立て られているが,水量があまりに多く,土砂を大量に運び去ってしまうため,マラヤ連邦に 良港がほとんどないのである。東部の河川の河床には砂が多く,下流の水域も耕地には適

さないが,西部の河川は,沼沢地帯を通るために,下流に平野をつくることになった。河 川のうちで特に重要なのは,パハン川,ケランタン川,ベラク川,ゲダー川である。

 マレー半島の東部海岸がさびれ,西部海岸とシンガポール島が栄え,人口が急増したの も,こうした天然の地の利が影響したのである。

 サバ(Sabah),およびサラワク(Sarawak)は,ボルネオの北部および西部を占める。

面積はサラワク,12万3,025平方キロメートル,サバ,7万6,l15平方キロメートルである。

海岸は,だいたいマングローブ湿地で,その内側には,32〜64キロメートル幅の平坦な平 野がある。ただ北ボルネオの西岸では,キナパル山,クロッケー山地が西にかたまってい

るためにやや狭く,これらの平地は,海水ないし河川の洪水に見舞われることが多い。そ んな土地が,平地のだいたい3分の1におよぶ。しかし,この状況は,インドネシア湘南

ボルネオに,くらべると比較にならぬほど少ない。高山を除き熱帯降雨林におおわれ,サ ラワクなどは70%が熱帯降雨林におおわれている。平地の奥が大体高度300メートル以下 の山地で,その奥が1,300〜2,200メートルの山岳地帯である。その山岳地帯でマレーシア 領をインドネシア領と分けている。河川は560キロメートルの長さ持つ通路として重要で あるが,大船は通りにくい。

 マレーシアは熱帯圏にあって,多雨,高湿多湿である。それが通年で,年中緑があくま で濃いが風向きによって季節のリズムがある。マラヤでは10月から5月まで北東モンスー

ン期,6月から9月にかけて南西モンスーン;期があり,その中間が無風の雷の多い季節で

ある。

 降雨量は1,900ミリメートル以上で,灌概しないでも水田耕作の可能なところがある。

東岸のクアラトレンガヌで3,ユ70ミリメートル,西岸のペナンで2,700ミリメートル,シン

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ガポールで2,410ミリメートルである。雨はやや北東モンスーン期に多く,ビルマ,タイ の雨季とは逆である。気温は斉一的で,日中でも32。Cを越えることは少ないが,1日の 中の気温の高低がはげしい。湿度は70%ぐらいで,風がないとややむし暑い。

 サバ,サラワク地域でも北東モンスーン期とおだやかな南西モンスーン期に区別される。

降水量はマレー半島に比し,やや多く,クチンで平均3,000ミリメートル,ミーリで3,150 ミリメートルであるが,毎日数時間は日光を見ることができる。気温は6月頃32。Cを越 えることもあるが,大体,平均21〜32。Cである。

 またマレーシア連邦は海岸線にめぐまれ,その延長は数千キロに及ぶが,特にマレー半        (注1)

島の土地は,石灰岩や花歯岩におおわれている地域も多く,これが産業上にも大きな影響 を与えている。

注(1)マレーシアの海岸線

  マレー半島の海岸線        1,200miles   マレーシア,ボルネオの海岸線    1,400miles   マレーシアの面積

  Malaya…・………・・50,915 sq1ユare mils   Sarawak …………48,250  〃  〃

  Sabah・…………・・…29,388   〃   〃

  Tota1 …・…一…・128,553  〃   〃       (日本の面積の約9割)

   〔出所〕Malaysia year Book l971より

第3章マレーシアの社会構造

 マレーシアの主要部分を占めるマラヤにおいて,人口密度が高いのは,西岸部であり,

内陸や東岸部は低く,マライ人の人口70%は,西岸部に集中している。さらにこれを民族 別にみると,マレーシア人というなかには,土着マライ人のほかに,母系社会の所有者と して著名なスマトラ中部,西部のミナンカバウ人(Negri−Sembilar1州に住む)スマトラ 北部から来たアチエ人,ブギイ人(セランゴール州に多い),およびジャワ人なども混っ ている。

 マレーシア人は農村住民であって,水田耕作を行ない,海岸では漁業に従事している。

マライ人が賃銀労働者や役人,軍人になるように,なったのは,主に第二次世界大戦後の ことである。

 彼等の宗教はイスラム教である。マラヤへの中国人来島の歴史は古いけれども,急激に その数を増加したのは20世紀に入ってからである。マラヤの中国人もおよそ半分は田舎に 住んでいるが,農民は少なくて錫鉱山の労働者であることが多い。中国人は都市でも大き

(5)

マレーシアの経済的特徴と職業会計士制度

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な力をもち,ほとんどの大都市は人口の60%を占め,商業活動を盛んに行なっている。イ

ンド人の5分の2は都市,なかんずく大都市に居住し,その5分の3はゴム園労働者であ

る。

表2 マラヤ主要職業 民族別入口比

マライ入中国人インド刃

米    作    民

二三 山 従 事者

ゴ ム 園 従 事者

47.0%

0.5 19.0

6.0%

4.0 23.5

0.5%

1.0 60.5

〔出所〕東南アジア編講談社版世界文化地理2より

第3表 マレーシアの人種別 地域別人口(単位1000人)

マラヤ㌶サラワクサバ答レーシ許%1

中 国

人12,6701,279 243

_L__

110

4,302 マ

ラ  イ  入 3,616     238     137

3,991

インド人 パキスタン人 」 813  142

955 海ダヤク (イバン族)

陸  ダ  ヤ  ク

メ   ラ   ナ   ウ ド   ウ   ス   ン バ   ジ   ヤ   ウ ム     ル     ト

その他の原住民

4

246  溢

61

46

   152

    63     22 39   83

716

上記分類以外の原住民   129  41

合 計(全雁)1・・232・・…

8 45 223

780   475 10,187

42.21

  1

39.21

9.4

7.0

・・…【

地域別100分比 70.9    16.7    7.7    4.7

(1963年7月 世界銀行マレーシア経済報告)

 第3表で判明するように,マレーシアは,たがいに,まじわることなく併存している三 つの人種的社会の均衡の上に成り立っている。歴史的にはマライ人が主人で政治の中心を 握っているが,経済的実力の点では中国人が握っている。また多くの原住民(未開民族)

を抱えている。

 こういう民族種族の複雑さがマレーシア全体を通じてだけでなく,マレーシアを構成す る各地域について,それぞれ当てはまる。そして,民族種族の複雑な構成は,同時に言語,

宗教,職業,居住地,日常生活の慣習などの複雑な違いとして具体的に表われている。そ こで母国語がマライとされているが,日常生活には,マライ語,英語のほかに中国語(広 東,福建,広州,北京語)タミル語が通用している。

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 もともと性格の多様な各地域を包含し,各民族が寄合ったのが,マレーシアであるから,

寄合世帯の悩みは,いっそう深刻である。経済的利益を確保しようとする華僑,マライ民 族優先主義に対する一部ボルネオ住民の反発,サラワクやシンガポールに根強い中国人系 の左翼勢力等,これらを一本化して統一国家としての基礎と連帯意識を築くためには,複 合国家の前途は多難のようである。

 マレーシアは独立国家であるが,イギリス連邦に属している。したがってイギリスとは 格別の関係にある。またこの国は連邦国家としてかなり複雑な形でなりたっている。マレ ーシア連邦の主体をなすマラヤは第1章で述べたとうり,セランゴール,ペルリス等U州 と北ボルネオのサバ,サラワクの13州より成り立っているわけである。各州ごとに成文の 憲法と州議会があり,さらにその上に連邦憲法がある。マレーシアの元首はマラヤの9つ のサルタンの互選で選出され,その任期は5年である。そして現在の国王はケダ州のYang die−pertuan Agongである。

 マレーシアは2院制によって運営されている。マラヤは連邦議会に104の議席をもち,

サラワク(Sarawak)は24,サバ(Sabah)は16の議席をもっている。13州の立法府は各 々上院に2人の上院議員を指命することができ,20人以上は国王によって任命される。

 しかし,その政治状況は,複合社会を反映して混沌としている。たとえば,有権者にし ても,中国人やインド人には,簡単に選挙権を認めず,そのため人種別人口に比して,マ レー人にいちじるしく有利な状況が確立されている。憲法もマレー人優先の入種的差別待 遇を保証していたのである。それにもか\わらずマレーシア連邦は,マレー人のものにな

りえなかった。

 マレーシアは多民族国家であるから,民族集団を背景にした政党の活動が目立っている。

マラヤでは,政府与党の連合党は,主要な三つの民族政党の連合したものである。すなわ ちマライ人を中心とした親西欧的な統一マレー国民組織UMNO(United Malay Nation−

alist Organization),…華僑を中心とするマレー中国人協会MCA(Malayan Chinese Association),インド門門を中心とするマラヤ,インド人会議MIC(Malayan Indian Congress)がそれである。統一マレー国民組織を率いたアブドウル・ラーマン(Abdul Rahman)が;1963年9月16日マレーシア連邦発足後も引きつゴき首相に任命され政権を 握っていた。それが1970年9月アブドウル・ラザック(Abdul Razak)に円満に首相の地 位を譲った。

 このようにUM:NOがマレーシアの政府与党であるが,民族基盤に立つ政党には,イス ラム体制の強化と他民族を敵視する汎マラヤ,イスラム教党があり,また共産主義でない 社会主義政党として,中国人を主体とし,各民族が参加しているが,マラヤの社会主義戦

線(SF)や人民進歩党(PPP)やサラワクの連合人民党(SUPP)などいずれも野党の

立場にある。このようにマレーシアの政党は多彩を極めている。

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マレーシアの経済的特徴と職業会計士制度

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第4章マレーシアの人種問題

マレーシアの人口は,最近の国勢調査によると,つぎのようになっている。

      Male     Female     Tota1    West Malaysia    4,604,227    4,414,609    9,018,836

   Sabah       327,328        295,152        622,480

   Sarawak      473,309      460,300      933,609

      5,404,864        5,170,061       10,574,925

  not:  as at 30th June,1969.(West Malaysia)

      as at 31st Dec,1968(Sabah, Sarawak)

   〔出所〕Malaysia Year Book,1971

 以上の調査でわかるように,マレーシアの人口は年々増加し,今日では,壱千万人を越 す状態である。これはマレーシアの資源開発が進むにつれて急激に増加して来た。特にマ

レーシアの中心をなす,マラヤ連邦では1921年にセンサス報告書が発表されたが,その後 1931年及び1960年の発表で,つぎのように人口増加が判明する。

       1921年のセンサスの報告者であるネ   第4表 マラヤ連邦のセンサス人口

       (増加率の単位 %)    イサン(J.Z. Nathan)はマラヤの

調査期日調査人聡釧年増加率

1911.  3.10 1921.  4.24

1931.  4. 1

1947.  9.23 1957.  6.17

2,339,051 2,906,691 3,787,758 4,908,086 6,278,758

2.20 2.68 1.63 2.49

〔出所〕J.E. Nathan, The Census of British    Malaya l921. P.18;C. A. Vlieland    AReport on the 1931 Census and on    Certain Problems of Vital Statistics    P.32;U.N。,Demographic Yearbook    1960,p.224.

減少していたことであろう。」と。

人口増をつぎのように述べている。

 「英領マラヤでは,人口増加を支配 する主たる要因は,ヨーロッパ諸国の ような死亡に対する出生の超過ではな く入移民である。全人口の約4分の3 を含む海峡植民,マレー連邦及びジョ ホールにおいて,過去IO年間死亡は出 生を大きく超過し,もし中国人やイン ド人,マレー群島からの入移民がなけ れば,人口は25%以上の増加の代りに

 マレー半島の古い歴史は差しおき,イギリスの統治下にあったマラヤ連邦は,その経済 開発の中心をなしたものは,イギリス人であることは当然であるが,中国人の勢力も無視 することはできない。例えば19世紀末から20世紀にかけて,イギリス人と中国人は競って ゴム農園を拡大した。

 中国人は,みつからの資本と労働力でゴム農園を成功させたが,イギリス人は広大なエ ステートをつくって,ゴムの栽培にたずさわったが,労働力は提供しなかった。現地のマ

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レー人は過剰人口の圧迫もほとんど受けず,そのためゴム園で労働しようともしなかった。

そこで,イギリス人経営者は,労働力をインドから移住を考え,実行にうつした。ゴムに 対する世界の需要の,たかまりとともに,ゴム園も拡大されていったが,それに比例して,

インド人労働者も大量にマラヤに流入した。

 これらインド人はその多くは出稼ぎ労働者であり,ゼラヤに定住しないものも少なくな かった。それでも,なお,マラヤには独特のインド人社会が形成されていった。その流入 が多かったため,インド人は異質のマレー人社会に同化することなく,生活することがで きたので,マレー人社会と併存するインド社会を形成することができたのである。このよ うにインド人は主として,ゴム農園労働者としてマラヤに大量に移住したのである。

 中国人も,また,ゴム栽培のために,流入したものであったが,その流入が大規模にな ったのは,スズの開発にともなう労働力の不足がその主因である。マラヤは,古くからス ズが生産されていたが,19世約中葉以降,いくつかのスズの大鉱床が発見され,さらにス ズに対する世界的需要が,たかまったたあ,スズの生産は急速にすすめられていった。

 このスズの産出にたずさわったのは,主として中国人,(後になって,イギリス人もス ズの産出にたずさわったが)であり,彼らはそのため大量の中国人をマラヤに移住させた のである。

 そしてこの中国人も,インド人と同じように大量の人口で,しかも集中的に居住してい たため,あえて従来のマレー人社会に同化する必要もなかった。こうして,マラヤでは,

マレー人,インド人とならんで中国人社会も確立されたのである。もともと。マラヤにお ける中国人の歴史は古く,マレー人の中に混在し,あるいは,近世以降,主として海峡植 民地で多数が生活していたが,ことにイギリス統治下のシンガポールとペナンに居住した 人ロの大部分は,中国人であり,主として貿易に従事しておった。

 マラヤにおいて,マレー人の封建社会は,外来人の活躍を,たやすく認めなかったが,

海峡植民地で,その活躍の足場を築いた中国人は,つぎつぎと各種の産業部門に手をのば しはじあたのである。商業や貿易に限定ざれていた中国人の経済活動は,つぎにスズの 開発にひろがり,つぎに,中国人はゴムの栽培に手をだしたのである。かくして産業の開 発のために,中国人労働者を大量にマラヤに,ひきよせる結果を招いたのである。関連産 業部門が活発に動きはじめ,本国から妻子をよびよせることとなった。かくして,中国人 は,インド人社会よりも,さらに強大な中国人社会を形成し,ついにマレー人社会をもし のぐ,別個の社会を形成していったのである。

 中国人,インド人のマラヤ流入の規模は,きわあて大きく,ネイサンも指摘するように 1920〜1930年頃のマラヤの総人口の約半分は,マラヤ以外の地で生まれた人口でしめられ ている。マレー人がほとんど近代的労働を提供せず,また土着労働力の増加率以上に高い 労働需要が,中国人やインド人の流入を招いたわけであるが,労働人口の急増は,同時に その関連産業をも繁栄させ,人口は人口をよぶ状況を展開し,社会増加に加えて,自然増

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マレーシアの経済的特徴と職業会計士制度

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加も,はげしく,マラヤの中国人人口数は,マレー人の人口数に接近するようになった。

 これは,インド人がその多くは単身でマラヤに来たが,中国人は経済的に成功するにし たがって家族をよびよせて定住する傾向があったからで,これが中国人,人口の増加原因 の一つである。

 このように,マラヤの経済的繁栄にともなって,マレー人と同一種族であるジャワ,ス       ■

マトラ,ボルネオ,セレベスに住むマレー入種が19世紀末から20世紀前半にかけて,再び 続々とマラヤに立ちもどってきた。これら新来のマレー入は,古くからマレー半島に定住 しているマレー人とは同一種族であるため,たやすくマレー人の社会に,とけ込むことが できたのである。

 ともかく,19世紀末から20世紀にかけて,ゴム,及びスズの経済開発が,マラヤの人口 急増をよびおこし,またこれによって複合社会が形成されるに至った。

 マレーシア(Malaysia)とは,そもそも,マレー人地帯という意味であるが,マレーシ アには,たがいにまじわることなく併存している三つの人種的社会の均衝の上に,三つの 文化,三つの政治運動がいとなまれているということである。

 現在のマレーシア連邦の人種別人口をみると,第3表でもわかるとうり,全人口の約98

%は,マレー人,中国人,インド入の三人種によってしめられているのである。これら三 人種はそれぞれ異なった言語,宗教,風俗習慣をもち,たがいにほとんど影響しあうこと

なく社会生活をいとなんでいる,もっとも典型的な複合社会だということである。

 マレーシアにとって,もっとも深刻な問題は,土着のマレー人の人口が非マレー人の人 口より少ないということである。自国人人口が自国内において,他国人人日より少ないと いう現実は特に中国人に商業,経済の実権を握ぎられていることは,マレー人にとって耐 えがたきことである。

 こうした状況は,マレー人社会を凝固させてマレー人のマレーシアというナショナリズ ムを生み出させたのである。マラヤ連邦とシンガポールは経済的にも地理的にも不可分の 関係にあると思われるが,シンガポール人口のおよそ75%が中国人であるという人種的問 題が両者を分裂させた重要原因の一つであることは見のがせない事実である。

 ラーマン前首相(Abdul Rahman)が,マラヤ連邦,シンガポール,サバ,サラワクの 三地域を統合して,マレーシア連邦を成立させたのも,こうしたことから,中国人勢力を 抑えるために提唱したことは明らかである。

 それにも拘らず,こうした動きの底流にあるものは,人種問題,ひいては人口問題であ る現実には,変りがない。ことに人口増加率の高い中国人人口は,マラヤ連邦においても,

マレーシア連邦においても,現在は過半数をえられなくても,近き将来に過半数をこえる 可能性は全くないとはいえないのである。その上,各人種が仮に人口増加レースをすすめ た場合,現在においてさえ激しい急速な人口増加率で悩んでいるマレーシア経済は,更ら に困難を増すことであろう。こうみてくると,マレーシア連邦の深刻な悩みは,人種的対

(10)

立を背景とした人口問題であるといえよう。

第5章マレーシアの経済構造

 マレーシアが政治の安定,教育上のプログラムを実行し,国内の産業の工業化を進ある 上からも,経済の絶えざる発展が必要である。政治的,経済的安定があって,はじめてマ

レーシアの将来が有望となるのである。

 マレーシア連邦の核心であるマラヤ連邦の経済をみると,原始的生産様式による米作中 心のマレー人の食糧自給経済とゴム,スズなどの輸出産業を中心とする複合経済であるこ とが注目される。これはイギリスの支配下で典型的な植民地経済として発展してきたもの であり,世界の景気変動によって左右される,きわめて不均衡にして不安定な構造をもつ 従属経済であることがわかる。

 マラヤ連邦で食糧生産に従事しているマレー人は,自己消費的食糧生産の農業であって,

その大部分は,輪出生産の農業にまで至っていない現状である。そのため,この国の住民 に対する食糧供給は,ゴム,スズなどの輪出生産業にそのほとんど大部分が依存している のである。しかし,このゴム,スズというこの国の主要輸出第一次産品は,世界市場の価 格変動に激しく左右され,世界の政治状態によって左右されるという,きわめて不安定の 要素をもつ経済といえるのである。

 いま,1968年〜1969年における西マレーシアの主要輸出入品一覧表及び取引先国の一覧 表を示すとつぎの通りである。

WEST MALAYSIA−PRINCIPAL EXPORTS l968−1969

Rubber

Tm metal prirdary

Tin ore*

1ron ore

Oil Palm products Copra

CocOIlut oil

Timber

PineapPle canned others

Tota1

1968 Quantity

in/000 L/Tons

Value Millionin$

1,105 1

861

  !150871

295}

  31

381

1,6051

 661

−1

1,3bl

 820

 9 110  131

 2

 38

 182

 48

 563

1969 Quantity

in/000 L/Tons

Va111e Millionin$

1,265

 90

  1

5,262

 359

 2

 25

1,653

 63

1,940

 932

 8 116  155   1

 21

 208

 44

 636

3,204

「 4・・6・

*Tir1−in−concentrates

(11)

? v ‑‑ y 7 a asl8Fts ijltw e wa*kSf±kUN

'61

WEST MALAYSIA‑PRINCIPAL

IMPORTS 1968‑1969 ($

million)

Food

Beverage and Tobacco Crude materials (except) Mineral fuels etc.

      'Chemicals

Machinery and transport equipment Manufactured goods n. e. s.

Other

GLAND TOTAL

1968

E

l 1969

632 56 279 210 213

625

686 70

591 65 294

208

244 643 693 65

2,771 ft 2,803

l

DIRECTION OF WEST MALAYSIA TRADE l968‑1969 (Percentage)

Sterling Area

United Kingdom

Singapore Australia

Hongkong

India Others

US.A.

Canada

China (mainland) Indonesia

Japan Thailand

Continental OEEC Countries Federal Republic of Germany Netherlands

France

Belgium

Italy Others Eastern Europe U. S. S. R.

Poland

Czechoslovakia Yugoslavia Others Latin America Middle East Other countries

TOTAL

EXPORTS

     i

1968 l

1969

IMPORTS

1968 33.6

7.2 19.0  l.5 O.7 O.8 4.4 l9.3 2.6 2.3 O.7

13.1

 1.2 12.0 2.4 2.9

2.1

O.6

3.1

O.9 9.0 6.3

L3

O.1

O.7 O.6

L3

1.3 3.6 1

33.6 6.2 19.5

1.4

O.6 O.5 5.4 17.8

2.1

3.3 O.6 13.3 O.8 13.0 2.9 2.3 2.7 O.6

3.4

Ll

9.2 5.9

1.6

O.5 O.9 O.3

L5 L3

1.8

39.0 15.0 7.2 8.5 2.0  l.4 4.9

6.1

 LO

6.3 6.6 14.6 6.6 12.3 5.0

L6

1.4

O.6

1.3

2.4 O.8 O.3

O.1

O.2

O.1 O.1

O.3 3.2 3.2 100.0 100.0 100.0

1969 37.5 13.8 7.0

7.6

2.0  l.5 5.6 5.7

LO

6.2 6.3

17.I

5.9 12.9 5.2

1.5

17

O.7 1.2 2.6 O.7 O.3

O.1

O.2

O.1

O.5 3.0 3.2 100.0

( di EFf) Malaysia year Book 1971 (p.228)

(12)

 以上の資料にて判明するように,マレーシアの貿易輸出品中,ゴムと錫関係が全体の約 7割を占めていることがわかる。マレーシアの経済がゴムと錫が支えているといって過言 ではない。

 マレーシアの天然ゴムは,世界をリードする生産国である。1969年において,世界の供 給額の44.7%を占める約126万トンを生産し,1970年には,マレーシアの生産は,130万ト

ンになるといわれている。この国の全耕作二二の61%に当る483万エーカーをゴム園が占 めている。そしてマレーシアの全輸出額約45%を占め,国家予算の収入の3分の1を生み だしている。G. D. Pの約20%が,ゴム産業によって造出されている現状である。

 しかし,ゴム産業は,ゴム園の所有主が,大小さまざまの状態で,5万エーカーの大地 主から,4〜5エーカーの小地主もあり,複雑である。したがってゴム産業従事者も,ゴ

ム取扱業者,ブローカー,包装業者等がよりあった組織的産業である。故に政府もマラヤ ゴム基金委員会(The Malayan Rubber Fund Board)を,その中心に設けその下につ ぎの三部をおいている。

 (1>The Rubber Research Institute of Malaya, Kuala Lumpur.

 (2)The Natu.ral Rubber Product/s Research Associatian, Welwyn garden city,

   England.

 (3>The Natural Rubber Bllreau, with office in the urlited Kingdarn, the United    States of America, Australia, New zealand, Gerrnany,1ndia,1taly and    Japan.

 この基金の目的は,自然ゴムの生産や消費の増加,奨励をするための研究発展や宣伝の ために使用することである。そして,この委員会は,上記三つの機関を統制し,資金を与 える役目をもっているし,自然ゴムの消費者にも,技術的忠告をするサービス機関でもあ

る。

 この外にゴム生産者の機関に,The Rubber Producers Council of Maユaya, K:uala Lumpurがあり,その組織の下につぎの四つの機関が存在している。

 (1)The Ru.bber grown s Association, London.

 (2>The rnalaysian Estate owner/s Association, Kuala Lumpur.

 (3)The united planting Association of Malaysia, Kuala Lumpur.

 (4)The Council of Malayan Small holder s Association, Kuala Lurnpur.

 この生産者協議会は,一般的目的として,西マレーシアにおける,ゴム産業の発展と保 護を目的としているが,必要とあらば,マレーシア政府にゴム産業の目的や利益を説明し たり,ゴムに関する国際会議に代表を任命したり,またいろいろな公的,半公的団体に対 し,委員を任命したりする役目をもっている。

 さらに,マレーシア連邦では,ゴム産業に関して,幾多の関係機関をもっている。

 (a)検査機関として,The Incorporated Society of Plantess,:Kuala Lumpur.及び

(13)

マレーシアの経済的特徴と職業会計士制度

63

   The Institute of the Rubber工ndustry(Malaya), Kuala Lumpur.

 (b)マーケットとして,The Malaysian Rubber Exchange, Kuala Lunpur.この機        し

   関は1962年に西マレーシアで建設され,貿易を増進し,規制し,又ゴム市場の活動    を国際的信用に保証するためである。

 (c)製造業に関するものとして,The Malaysian Rubber goods Manufactures Ass−

   ociation, Kllala Lumpur.がある。

 (d)輸出の統制機関として,The Malayan Rubber Export Registration Board.が    ある。

 (e)生産者のための研究機関として,The Rubber Research Institute of Malayaが    ある。これは,1926年農業部門から独立して建設された。ゴム,フ。ラント産業を援    助するためできたもので,現在では,この協会に1,000人以上のスタッフがおり,

   研究機関としては,最大のものである。

 (f)ゴム製造業者のための研究機関としては,NRPRA(The:Natural Rubber Products    Research of Association)が1938年に設立され,その製造や過剰生産にならない    ように,値段の上下が少なくする機関である。

 マレーシア連邦では,このようにゴムに関しては,幾多の施設,機関を設け,ゴム産業 の発展に努力している,いま,Malaysia year Book 1971年より,ゴムの生産に関する 統計を引用すれば,つぎの通りであるが,この統計でわかるとうりに,大地主としてのエ ステート(Estate)も小地主も,その生産が年々増加し,輸出も延びていることがわか

る。

Rubber Statistics

West Ma!avsia

Year

PRODUCTION(Long Tons)

Estates lS・h・1di・g・}T…1

G・・ss ilm。。,,s

E・p・・t・}

1960

1961

1962 1963 1964 1965 1966 1967 1968 1969

413,195 428,550 438,261 458,304 476,841 490,944 513,855 528,147 572,473 604,469

272,226 278,153 276,607 294,709 314,393 347,629 386,423 397,56・l

ll;劉

 685,421  706,703  7工4,868  753,013  791,234  838,573  900,278  925,708 1,044,139 1,191,532

 766,797  790,562  791,014  841,483  847,804  886,915  939,779  974,570 1,104,782 1,264,857

70,733 64,949 67,3G3 53,180 40,617 46,113 46,719 51,560 56,300 60,768

 ゴムの外に,農産物の主要な輸出品に,パイン・アッフ。ル(Pine−apples),パーム・オ イル(Palm oi1)がある。最近になって,パイン・アップル(Pine−apPles)産業も,マ

(14)

レーシアの産業として,その重要性が増加した。それは,過去10年間にその産業の堅実な 成長が見られ〜且つ政府としても,産業の多様化に経済の基盤を求めるため,その推進に 当っている。パイン・アップル産業の生産及び輸出状況つぎの通りである。

Production of Fresh Pineapples

Year 1956 1957 1958 1959 1960 1961 1962 1963 1964 1965 1966 1967 1968 1969

Sm・119・・wers i C・・ners E・・・…1 Tota1

Tons

50,538 51,201 49,792 45,477 44,527 54,865 62,984 70,345 84,231 109,327 131,448 155,480 155,600 197,400

70,593 74,401 102,675 101,644 105,812 109,725 132,644 123,478 133,589 144,967 122,640 119,821 114,800 104,000

121,131 125,602 152,467 147,121 150,339 164,590 195,628 193,823 217,820 254,294 254,088 275,301 246,700 301,400

Export of Carlned PineapPle and PineapPle Juice

Year 1958 1959 1960

1961

1962 1963 1964 1965 1966 1967 1968 1969

Caned PineapPle

Tons

$Miilion

28,811 27,140 32,831 32,790 35,556 38,681 42,884 53,018 58,032 61,897 66,066 69,407

24.5

2ユ.5

26.1 25.6 27.8 29.0 32.7 40.1 43.6 43.3 47.0 49.6

PineapPle Juice

Tons $ 000

 187

 48

 161

 977

1,078

 777  857  919  885  966  954

1,362

103,635  34,722

],07,199

533,980 530,997 363,926 440,734 486,788 495,973 515,341 487,717 725,900

 同じように,パーム・オイル(Palm−oil)も,マレーシア産業にとって,その重要性が 近年増加した。パーム・オイル(Palm−oil)の生産は1969年には,350,000(tons)に達 し,世界最大の生産国になり,、輸出国になった。1969年に.は,マレーシア連邦の外貨獲得 の4つの重要品に入った。すなわち,1969年のパーム・オイル(Palm−oi1)の輸出額は$

152(Millions)であって,総輸出額の3%に当るのである。

(15)

マレーシアの経済的特徴と職業会計士制度       65  錫は鉱産物のうちで最も大きく,最も重要な部分を占めている。77年以上にわたって,

マレーシアは世界における最大の生産国であり,しかも今日なお,全世界の3分の1以上 を供給している。錫は過去何百年聞にわたって,マラヤ州において採堀された。錫が産業 に役立つことを知らしたのは,西歴900年において,アラブ人の商人達であった。ポルト ガル人が,その後1511年にマラッカ(Malacca)に来てから,錫の鋳貨がマラヤ人によっ て使用されていることを知った。しかし,大規模生産が行なわれるようになったのは,前 世紀の中頃からで,1900年には,1年に43,000トン位の錫がマラヤで生産されているに過 ぎなかった。ペエラク州(State of Perak)のKinta Valleyは世界最大の生産地である。

1969年において,全国内生産の57.9%が,このペエラク州で生産された。30.6%がセラン ゴァ州(State of Selangor)で生産され,残りは他の州で生産されている。

 Sumgei Lembing(pahang)において,1887年以来操業しているが,その地下埋蔵量 は世界最大のものといわれている。マレーシアはこの外に鉄鉱石,ボーキサイト,金,銅,

タングステン等多くの鉱産物が産出される。

 サラワク(Sarawak)では石油も産出する。今マレーシアにおける鉱産物の輸出一覧表 を示せばつぎの通りである。       

Exports and Values−1969

MineraI States of Malaya

tTin−in一・・ncen・・a…

1 1ron ore

lB。uxite

I旨Ilmenite

lIXenotime

t

lColumbite iM。na。ite

tε畿,

1

Zircon

CoPPer Concentrates lW。1f,am

iS・heelit・

lFerr・一M・ng・nesse

lGold

l・i1

L・ngT・n・iV・1u・M$

 72,167

5,151,022 1,056,068  130,533

  161

   63

  1,580   3,002

 2,016

  1,395   1,000

   46

   1

 10,171  3,1520zs.

759,l19,731 113,167,953 17,858,llO  4,296,416

 635,948

  377,792

 640,315

 1,914,216   122,815   109,634

 215,952  426,372   9,562   *

  319,991

SarawaK L・ngT…iV・1u・M$

  一  !      2   −  1

  一   E   _  I      I

 2,2700zs.1

439,888+…

     1

 276,940

19,533,023

*Not known as there were no exports,

十Equivalen七七〇3,387,418 U. S. Barrels.

 つぎに,H:. Fe11の調査によって,マレーシア連邦の男女別,産業別,経済活動人ロを 見ると,つぎのとうりである。

(16)

第5表 男女別・産業別経済活動人ロ(1957年)

(単位入,%)

産 業 別

実 数

     

総 数1 男

総釧男

全 雄

踏2・・26・182・・6・2・79gl 523・3831・・・…巨・・…巨…。・1 農・村・狩猟・漁業

エ ス テ 一

鉱業・採石

製  造  工

臨   設

電気・ガス・水道

運輸・倉庫・通信 サ 一 ビ ズ 業

産業不詳者

572,78g1 672,・・5}

    麗郵

68・134i

…56g

195,192 74,755

   1

319,745

18,112

412,994 430,483 49,026 112,837 62,772 11,171 176,558 73,259 258,698 15,001

159,795 241,522  9,473 22,545

    

5,362i

  398

18,634

 L496

61,047  3,1111

   

26.94i 31.61i 2.75i

  l 6.371

  1 3.201

0.541

  1

918・

3.52{

  i 15.04

   

0.8刷

   

25。77i 26.861 3.・61 7.041 3・92

P

0・70

P

1LOI I 4.571

  1 16.14I

  I O・931

30.53 46.15 1.81 4.31 1.02 0.08 3。561 0.29 11.66 0.59

〔出所〕H.Fe11,1957. Population Censlls of the Federation of Malaya, Report No.

   14.Kuala Lumpur.1960. P 102−110。

 (注〕 エステート(Estate)とは,マラヤ連邦特有なもので,エステートは,ゴム,ヤシ油,

   ココナッツ,コブラ及び茶など,その裁培の場所で実質的加工工程を行う企業経営であ    る。したがって工場,プラント,及び設備には巨額の資本が投下されている。加工工程    がある点から見ると,第二次産業に入るのであるが,中心の生産物が農産物であるの    で,第一次産業の分類に入れた。

 上記男女別,産業別経済活動人口表より,整理して,第一次産業人口,第二次産業人ロ,

第三次産業人ロに分類するとつぎのとうりである。

   第一次産業人ロ         58.6%

   第二次産業人口        12.9%

   第三次産業人望         27.7%

    そ の 他      O.8%

       /計100%

 以上の分類表で判明するように,「農,林,狩猟,漁業」および「エステート」の第一 次産業人ロが,全経済活動人口の58.6%を占め,さらにマレーシア特有の「エステート」

が31.6も,第一次産業人ロの半数をはるかに上廻るもので,いかに輸出主産業に経済活動 人口が集中しているかがわかるのである。

 この輸出農産物の栽培は,主としてエステート及び小農園で行なわれ,エステートによ る栽培は主としてヨーロッパ人の経営で行なわれているが,中国人やインド人の経営も無 視できないのである。

 農産物栽培作付面積に関する正確な統計はないが,最近の推計によれば,エステート及 び小農園を含めて,ゴムの栽培作付面積は,483万エーカーで,全栽培作付面積の61%を

(17)

マレーシアの経済的特徴と職業会計士制度 6ワ 占めていることになっている。このゴムの栽培に従事している経済活動人ロはエステート の67万のうち,61万人余で91.4%に達し,全経済活動人口の28.9%を占めている。

 つぎに「鉱業,採石業」「製造工業」「建設業」および「電気,ガス,水道」の第二次 産業人口は,全経済活動人口の12.9%で低いものであるが,日本を除く他めアジア諸国の

うちでは,相当高いのである。しかし,この第二次産業をよくみると,「製造工業」は 6.4%にすぎず,「鉱業,採石業」の割合が格別高し注2.8%にも達している。これは,世界 総産出高の30%あまりを占めるスズの産出のためである。スズの産出はマレーシア連邦に

とって農産物の輸出につぐ重要産業であって,これの国民所得に対する貢献は大きいもの である。

§

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i8專18賢誌882潟2

雪・つdべ囚Hめ寸お。

8i88六器自沼潟$8

0由06HO60・66

丁丁2紹曾丁丁91藩i舅 H專&寸寸H三ド由。

等1需丁丁88§袋8寒

H語べ・づマーヨめ雪(5 潟丁丁袋∈3コ丁丁1ミ曾

自画寸8因d的080

8鶉專お8專嵩8專i碧 歪臼の慧的08寸函H

き8震誌呂霧≡ミ1蕗專蕊 雪自・・函ぜ(5雪・づ菖H

骨子呈i8888臼8昭

誌鳶6・づ66・雨6め。

♂圏1需鴇器8爲鍔8お 專きHd・ξc;φφ白。

曾畠88自霧曽器ド1留 專鶉一Nべ。δべ謡6 罧ん課罧駅二二過罧湘

懸H懸二三紐極蟹争遡

謹 認 銀

 第三次産業たる「商業」 「運輸,

倉庫,通信」および「サービス業」

は27.7%で,第二次産業を上廻って いる。27.7%のうち,15%は「サー ビス部門」で9.2%が商業部門に従 事している。このように,第三次産 業が,第二次産業を抜いていること は経済構造としては梢々不健全とい

える。

 つぎに,この産業別経済活動人口 を,マレーシア連邦の問題点である 人種別に,とって眺めてみることに

する。

 左表から,わかるよ・うに,マレー 人は「農,林,狩猟,漁業」部門に,

最も多く従事し,マレー人の労働力 の半数近い45.8%がこれに当り,つ ぎにエステートに28.8%が働き,残 りが,第二次,第三次産業に従事し ていることとなる。このように,マ レー人は,「農,林,狩猟,漁業」

の第一次産業部門を主として担当し,

第二次産業人口と第三次産業人口が 少ないことがわかる。

 このような,見方を他の人種にも 適用すると中国人は,第一次産業従

(18)

事者よりも,第二次産業,第三次産業従事者の割合が多いことがわかる。特に中国人がマ レー人よりも製造工業,商業部門に多く活躍していることがわかる。このことはマラヤ連 邦内におこる中国人の商業的支配権を如実に示すものといえる。つぎに,製造工業,およ び鉱業,採石業は,中国人がマラヤ連邦内において,商業と同じようにマレー人を凌いで いることがわかる。

 インド人は55.34%もエステートに働いている。特に女子の占ある比率が88.6%という 状態で女子の労働力の殆んどが,エステートで働いているのである。インド人はまた商業,

サービス業など第三次産業にも多く従事していることが特色である。

 その他の中で,ヨーロッパ人は,サービス業など第三次産業に72%に従事していて,特 殊産業に偏重していることがわかる。

 上記統計は,やや古いきらいがあるが,マラヤ連邦の人種別,産業従事者の大勢は,わ かるし現在でも,この傾向は変ってないと思われる。

 以上のように,マレー人は「農,林,狩猟,漁業」という第一次産業に,中国人は「鉱 業,採石業および製造工業」という第二次産業に従事し,インド人がエステート及び商業 に多く従事しているのは,過去の歴史的推移による理由からである。

 19世紀の中ば頃から,マラヤや,シンガポールの経済生活に根本的な変化が起ったので ある。それは,錫やゴム産業,およびペナンやシンガポールの物資集散地としての発展が,

新らしい社会階級を生み出したのみならず,色々な社会的サービスに役立つ膨大な収入を 生み出したからである。

 19世紀の終りまでは,マラヤの錫の出面は大部分中国人の事業であった。労働力も当然 多くの中国人であった。1912年,マラヤに膨大な埋蔵量のある錫鉱山のあることが紹介さ れ,西欧人の興味をマラヤの錫に喚び起こさせ,遂には,生産数量において,中国入の 生産以上のリードを,欧米人の経営に与えるようになった。20世紀に入って,マラヤは,

毎年4万5千トン,世界供給量の半分以上を生産するようになり,1940〜1941年には,第 二次世界大戦の影響もあり,需要の増加は,マラヤに,一年毎年平均8万トンにも達する 生産をした。

 このように,錫産業はマラヤに多大の影響をもたらしたのである。しかも,その生産に 従事したのは,大部分中国人の移民によってであった。錫産業は,交通の改善をうながし,

鉱山地域の多くの必要に役立つ都市の発展にも寄与したのである。さらに重要なことは,

錫の生産が,政府収入に大変重大な源泉であったことである。土地の賃貸料,使用免許料 及び販売錫に対して課すところの輸出税である。この輸出税は,大変重税で量や価格にお いて賦課するものである。錫はマラヤに,交通幾関や公共サービスの新らしい発展に寄与 したばかりでなく英国人のためにも恩給,終身年金や行政費を賄うことのできる多くの基 金を生みだし,マラヤに貢献している。

 とに角錫産業に多くの中国人が従事しているのは,このような歴史的事実によるもので

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