メンタルマップにおける世界認識分析:大学生が頭 の中で描く世界
著者 森本 泉
雑誌名 明治学院大学国際学研究 = Meiji Gakuin review
International & regional studies
号 32
ページ 37‑53
発行年 2007‑12
その他のタイトル An Analysis of the Recognition of the World in Mental Maps:The Imagined World in Mental Maps:
The Imagined World of University Students
URL http://hdl.handle.net/10723/1363
メンタルマップにおける世界認識分析
――大学生が頭の中で描く世界――
森 本 泉
要 約
本稿は,大学生が頭の中で描く世界地図を分析 し,大学生のもつ世界認識のあり方を明らかにし,
検討すると同時に,地理教育の意義を再考するこ とを目的とする。まず,学生の描く世界地図を世 界についてのメンタルマップとし,そこからどの ような世界の輪郭を頭の中に描いているのかを明 らかにした。その結果,9 割の学生がメルカトル 図法による世界地図を想定し,島嶼からなる日本 を中央に配し,それらを取り囲むように陸地を配 置させて描くことが分った。大学生が描く世界地 図に書き込まれた島や半島をそれぞれ上位
10
位 まで取り上げて点数化し,分析した結果,より細 かな情報を描く学生とそうでない学生との間に地 理教育経験についての差異や,ジェンダー差が認 められた。グローバル化する今日の社会において,高速かつ大量に流通する断片化した地理的情報を 整理することは,自身のアイデンティティ確立に 欠かせない作業である。そのために,情報を整理 する箱として頭の中で描く世界地図の重要性を指 摘した。
1. はじめに
毎年新年度に筆者の地理学を履修する学生に対 し,頭の中にある世界地図を描いてもらうことに している。その主たる目的は,地理学の授業を行 う上でどの程度の地理的知識の説明が必要である のかをはかる目安とすることと,学生自身に頭の
中にある世界地図を具現化する作業を通して地図 や地理学に興味を持ってもらうことにある(1)。目 的の後者は,多くの場合,自身の世界認識(2)を再 確認することで世界をいかに知らなかったのかを 反省するきっかけになっているようである。この 課題は,筆者が地理学の授業を担当するように なってから継続して行っており,これまでの学生 の世界についてのメンタルマップ
mental maps
(3)を手がかりに,学生の世界認識のあり方を考えて きた。そこで本稿では,これまでの学生の描いた メンタルマップについての考察をもとに,
2007
年 度に実施した世界地図を描く課題の結果を分析し(2, 3章),そこに現れる学生の世界認識のあり方 を地理教育との関連で分析することを目的とする
(4章)。この目的のための作業は,グローバル化 する今日の国際社会において,いかに世界を認識 することが可能なのかを再考することにも繋がる
(5章)。
本題に入る前に,世界認識を考える意義を確認 しておきたい。
2005
年に日本地理学会地理教育専 門委員会が「地理に関する大学生へのアンケート」(日本地理学会地理教育専門委員会
2005)を
行った。当時マスコミ等でよく取り上げられてい た10
カ国を対象とし,経度0
度をほぼ中心とする 世界地図上の30
カ国に付した番号からそれぞれ の国の正しい位置を選ばせるという,国の位置の 認知度を明らかにするものであった。同時に高校 での地理の履修の有無を答えさせ,クロス集計を 行っている。その結果,大学生3,773
人について,国の位置の正答率の高い順から,アメリカ合衆国
(96.9%),インド(96.8%),ブラジル(92.8%),
北朝鮮(90.3%),フランス(85.1%),ギリシャ
(76.5%),ベトナム(73.6%),ケニア(66.3%),
イラク(56.5%),ウクライナ(54.8%)という結 果になった。高等学校の地理履修者と未履修者の 正答率に約
10%の差異が認められる国は,ギリ
シャ,ベトナム,ケニア,イラク,ウクライナで あり,イラクについては,高校生の方が地理未履 修者の大学生よりも僅かながらも正答率が高い結 果となり,高校での地理学習拡充の必要性が指摘 された(日本地理学会地理教育専門委員会2005:
3)。
日本地理学会がこの調査報告を発表すると各種 メディアで取り上げられ,2005年
2
月23
日付朝 刊において,「イラクどこ? 4割が不正解」(朝日 新聞),「“イラクってどこ?”44%高校・大学生4800
人調査“地理離れ”くっきり」(読売新聞),「イラクの位置を大学生
43%誤答」(日経新聞)
というような見出しで(地理編集部
2005:5),
若者の地理的な世界認知度の低さが問題化された。
イラクがキーワードとして見出しに登場している のは,
2003
年にアメリカが主体となってイラクに 侵攻して以来,イラクの地名が新聞などのメディ アに頻出するようになったにもかかわらず正確な 位置が分らなかったことを問題視していることを 表している。イラクの位置が分らないことは地理的な基礎知 識の欠如の一例であるが,ここで筆者が問題とし たいのは世界全体を構想し,その中で諸地域や国 を位置づけて認識する力の欠如である。本稿で問 題としたい世界認識とは,世界地図の描かれた四 角い紙のどのあたりにどの国が位置するのかを一 対一に対応させて覚えているかどうかということ でなく,地球上のどのような位置にあるのかを的 確に認識することである。このことは,世界認識 の枠組みが一つではなく,あらゆる地域がその中 心となりうることを理解することでもある。つま り,地球そのものに球体という意味が含まれてい るが,改めて球体としての地球を想定することで,
紙面の中心にどの地域がきても世界像を描くこと が可能になるし,大まかではあるが緯度によって 特徴付けられる自然環境やそれに由来する文化の
分布状況の中で位置づけることが出来る。同時に,
本稿では言及しないが,世界認識を歴史の流れに おいて位置づけることで,世界の諸地域の繋がり が動態的に把握でき,これらの作業は,グローバ ル化する社会を生きるために必要な認識枠組みと しての世界像を構想することに他ならない。この 時のグローバル化が意味するのは,政治,経済,
文化,社会で起こっている様々な事象の越境的過 程(伊豫谷
2002:34)であるが,この過程は国
境という境界のもつ力を一見弱めているようであ りながら,逆に差異化を強めるものでもある。国 境に限らず様々な境界が新たに創出され,それに 由来する空間のあり方が交通や通信技術の発展に よって時間とともに大きく変化し(伊豫谷2002:
31-57),諸地域との関係がますます複雑になって
いる今日において,いつどこで何が起こっている のかを把握することと同時に自己アイデンティ ティを確立するためにも,世界像を構想すること は必要不可欠である。2. 研究の方法
1)世界についてのメンタルマップ
球体である地球を二次元で示すために様々な投 影図法が開発されてきた。今日の世界地図は,現 代の印刷技術を反映し,またコンピューターの画 面も同様に地図の表示に制限を与え,矩形におい て描かれることが一般的である(ブラック
2001:
38)。我々は地表面に広がる世界の輪郭を二次元に
おいて具象化したものとして世界地図をとらえる かもしれないが,実際には球面を歪めて描いた結 果であり,そこから様々な知識を獲得し,メッセー ジを受けとめている。つまり,地図は標準化され た知識形態に依存し,一つの知識空間を創造(ブラック
2001:26)しているといえる。我々はその
ような地図を通して世界を認識しているといえる。
例えば,地理教育まで専門化されなくても,日 本で日本人向けに作成された世界地図に慣れ親し んできた人にとって,図
1-1
のように中央に広が る太平洋の左上(方位でいえば北西)に赤く(本 稿では黒く)塗られた日本が配置され,日本の西にユーラシア大陸,南西にアフリカ大陸が広がり,
アフリカ大陸の東方でかつ日本の西南には東南ア ジアが,日本の東南にミクロネシアが広がり,南 にオーストラリア大陸が,そして日本の東に広が る太平洋の先にアメリカ大陸が位置づけられた四 角い世界地図に違和感を覚える人はあまりいない であろう。他方で,日本が極東と言われる由縁で もあるようにユーラシア大陸の東端に付属するよ うに日本が描かれ,四角い紙の左(西)側に南北 のアメリカ大陸が,中央にヨーロッパ半島とアフ リカ大陸が,右(東)側にユーラシア大陸とオー ストラリアが広がるイギリスのグリニッジを通る 本初子午線を中心にした図
1-2
になると,日本を 中心に陸地を配置して認識してきたために,どこ にどの国が位置するのか,にわかに分りにくくな る。また,図1-3
のように日本で発行されている 世界地図を180
度回転させて南を上方にした世界 地図を目にすると,慣れ親しんだ世界の輪郭とは また別の世界の輪郭が立ち現れてくるように思わ れる。こうしてみると,地球上の陸地を二次元に 写しとったように認識される平面的な世界地図も,意識するとしないとに関わらず,それぞれの陸地
に重ねられる特徴的な輪郭を四角い紙に固定的に 位置づけて認識しているようにも考えられる。
先述したように世界地図の背景として違和感な く受け入れられている四角い紙には,縦横の線が 格子状に引かれている(図
1-3)
。それらを,地球 を同じ距離ごとに区切る経緯線として我々は認識 している。直交する経緯線は,大航海時代に海図 として発展してきた正角円筒図法のメルカトル図 法(4)(あるいはそれに近い図法)において描かれ てきたし,そのメルカトル図法による世界地図は 我々にとって最も馴染みの深いものとなっている。その経度
0
度の位置,つまり本初子午線は,19世 紀後期になってイギリスのグリニッジ天文台を基 点とする提案が国際的に認められ,20
世紀にかけ て世界各地で採択されていった。この経度0
度を 中心に東西にそれぞれ180
度ずつ広がる空間は,基本的に経度
15度ごとに 1
時間の時差で区切られ,時間的なひろがりともなる。換言すると,この本 初子午線は時間の起点でもあり(5),この世界地図 を覆う格子状の縦線(経線)は,当時の海の覇権 をめぐって確立された権力関係を示唆するものと なっている。
図1-1 メルカトル世界地図(日本中心)
Scale at the equator 2000 4000 Km 0
図1-2 メルカトル世界地図(経度0度中心)
Scale at the equator 2000 4000 Km 0
図1-3 メルカトル世界地図(南を上にした地図)
我々は,以上のような球体である地球を平面に するための歪みや,世界の中心をどこにするかと
いうようなことに特に注意を払わず,経験的に自 己中心的な二次元の世界を頭に描く。そして,そ
こに描かれた世界地図に,同時に赤道や経緯線の ほか,国境や政治的経済的地域ブロックで区切ら れた領域を設定し,人種や文化等に由来するイ メージをそれぞれに重ねていく。例えば国民国家 のように,国境のような閉曲線の内側を均質な何 かで代表させて考えることが多いが,実際の国家 は均質ではなく,多様な様相を呈するものである。
地図帳などの付属資料に各国の主な宗教や言語が 示されているが,これらは各国の代表的な文化を 示すことはあっても,複数文化が如何なる関係を 構築しているのかは表さない。この閉曲線による 地域認識に見られる政治性,つまり地域の多様性 を主たるものに代表させ,単純化する過程で何を 取捨選択しているのかというようなことから,メ ンタルマップに働く政治性が読み取れる(6)。しか
しながら,本稿では,国民国家に関する深い分析 までは行わずに,大学生が頭の中で描く世界の輪 郭つまり陸地の輪郭や位置から,学生の世界認識 を分析していくことにする。
2)調査の概要と分析方法
本稿が主に依拠する資料は,筆者の担当する地 理学
7
の3
つのクラスにおいて,2007
年4
月に授 業中に実施した世界地図を描く課題の結果を集計 したものである。A4
用紙の表面にある地理教育に 関するアンケート項目は,描かれた世界地図を分 析する際の指標として用いた。具体的なアンケー ト項目は資料1
にある通りである。裏面には,各 自の頭の中にある世界地図をおよそ15
分間で自 由に描いてもらった。資料1 アンケート用紙
2007年度春学期 地理学7
地域認識についてのアンケート学籍番号 氏名
①地理教育について,次の選択肢の中から該当するもの全てに○して下さい。
1)地理教育を [ 中学・高校・予備校・大学 ] で受けた。
2)受験科目として地理を選択 [ した・しなかった ]。
3)地理は [ 好き・どちらでもない・嫌い ] な科目だった。
理由:
4)自分は地理的知識を [ 知っている・知らない ] 方だと思う。
5)これまで地理的知識を最も多く得てきたと思われる情報源は,
[ 学校・予備校・新聞・本・テレビ・インターネット・その他 ] である。
②世界地図を描く。(裏面)
③分析・コメント。(自由記述)
世界についてのメンタルマップは世界認識を分 析する資料として有効であるが,ここで描かれた メンタルマップを世界認識そのものとして断定す ることは適切とはいえない。なぜならば,頭の中 に世界の輪郭があってもそれを思ったとおり描画 する能力は別だからである。描画能力がないと世 界認識度が低く見なされてしまうが,頭の中にな いものは描けないことから,ある程度の世界認識 の特徴と傾向をそこから読み取ることは可能であ る。
対象となった学生数は
3
クラス合わせて296
名 であり,そのうち男子学生は110
名,女子学生は186
名であった(表1)。アンケート実施時点まで
の地理教育との相関を分析するので,ここでは学 科や学年による分析は行わない。地理教育の経験 は,中学校が87.8%,高等学校が 40.9%となって
いるが,文部科学省の中等学校学習指導要領によ ると中学校の社会科教育において地理的分野は必 修になっている(7)ことから,中学校で地理教育を 受けていないとした12.2%は,授業を受けたこと
を忘れているのではないかと考えられる。高等学 校における地理教育の経験の低さは,1982
年に高 等学校では現代社会が必修になり,地理だけでな く世界史,日本史の履修者が激減し,さらに1994
年度からグローバル社会で生きていくための必要 な知識修得を目的として世界史が必修化され,そ れに伴い社会科が地理歴史と公民とに分けられ,地理が選択必修となったことの表れである(8)。
2006
年に問題化された社会科の履修漏れ問題は,大学受験を視野に入れた高等学校における社会科 教育において受験の需要の高い科目が優先され,
その結果文部科学省の指導要領を満たさない社会 科教育が行われてきたことを示している。他方,
予備校で地理を勉強,あるいは
2
年生以上の学生 で大学で地理関連科目を既に履修したことのある 学生は21
人(7.1%),296人のうち社会科選択科 目として地理で受験した学生は26
人(8.8%)で あり,明治学院大学の社会科受験科目に占める地 理選択者が2.5%に過ぎないことを考えると
(9),共 通科目の地理学を履修する学生に占める地理受験 経験者は,実数は決して多くはないが,その比率は高いことが分る。
氏名を明記するアンケートであったため好意的 な答えが多くなった可能性を否めないが,地理を
「好き」と答えた学生は
116
人(39.2%)であり,「どちらでもない」と答えた学生を合わせると
87.8%に上る(表 1)
。他方,「嫌い」と答えた学生は
36
人(12.2%)であった。40人(13.5%)の学 生が地理的知識を知っている方だと答えた。以上 の結果から,学生が共通科目を選択する際の基準 に学問的なこと以外の様々な条件が推察されるが,多少は好き嫌いが反映されているのではないかと 考えられる。
資料
1
にある課題②のA4
用紙に描かれた世界 地図の分析方法は,次のようにした。まず,用紙 に描かれている世界の中心がどこにあるのか判断 し,次に現在地である日本の形状を検討する。そ れから陸地の形状や位置から該当する大陸や半島,島を特定し,世界の輪郭がどのくらい描けたか点 数化することで世界認識度をはかった。なお,半 島や島の名称が必ずしも書き込まれていないため にそれぞれを特定することは容易ではなかったが,
その形状や位置が明らかに勘違いであることが分 る場合,それとしてカウントした。例えば,ブー ツの形で認識されるイタリア半島の踵とつま先の 位置が東西で逆転していたり,セイロン島がイン ド半島の西に位置していたり,アフリカ大陸が ユーラシア大陸から切り離されていたりしても,
形状からそれぞれの陸地と判断した。また,イン ドシナ半島の東に描かれた島々は点在する東南ア ジア島嶼群として判断した。
表1 アンケートの概観
合計
(人)
割合
(%) アンケート数
296 100
男
110 37
女
186 63
中学
260 87.8
地理教育 高校
121 40.9
予備校・大学21 7.1
地理受験経験 有り26 8.8
好き
116 39.2
地理は好きか嫌いか
嫌い
36 12.2
地理的知識について 知っている
40 13.5
(アンケート集計結果より作成)
3. 世界の輪郭 1)世界の中心
A4
用紙に描かれた世界地図の中央にくる地域 を世界の中心とした時,実際に学生が描く世界の 中心を見てみよう(表2)。図 1-1
のように日本 を用紙の中心に配置させた学生は264
人,全体の89.2%に上る。
図1-2
のように本初子午線の通るイギリス付近を中心に据えた地図は
6
名で全体の2%に過ぎなかった。その他の 8.4%が描いた世界
地図は,日本をまず描いてからその東西に陸地を 描き,中にはアフリカを切り離し,ヨーロッパの 南西に配置させることによって,日本の西側を大 きく描き,中心が東南アジアあたりになるものが 目立った。ほぼ
9
割の学生が日本を世界の中心に 配置させた理由として,教育課程で利用される日 本で日本人向けに出版される地図帳に掲載される 世界地図の多くがメルカトル図法で描かれ,四角い紙の中心付近に赤く着色された日本が配置され ていることが挙げられよう。
また,他の陸地に比して日本が相対的に大きく 描かれ,中には太平洋の孤島のように日本が描か れているものも少なくなかった。西に向かって ユーラシアからヨーロッパにかけての陸塊と東に 南北アメリカ,また南北方向にはオーストラリア と,その先の南極に対して北極を描くなどして,
日本を中心としてバランスよく世界の陸地が配置 されているといえる(図
2)。
表2 世界の中心
人 %
日本
264 89.2
GW 6 2.0
他
25 8.4
注:GWは本初子午線が通るイギリスの
Greenwich(グリニッジ)を意味する。
(アンケート集計結果より作成)
その他
↓
ユーラシア 北アメリカ
南アメリカ アフリカ
オーストラリア
南極 切り離し
②98.3%
①98.6%
③94.9%
④90.2%
⑤89.5%
⑥31.4%
⑦22.6%
内33.6%が切り離し
Scale at the equator 2000 4000 Km 0
図2 世界地図における大陸の認識度
一般に大学生が日本を中心とした世界地図を頭 に描くことは,先述した日本地理学会の実施した アンケート結果からも分る。日本中心の地図に慣 れ親しんでいるため,経度
0
度をほぼ中心にした 地図においても,四角い紙の中央左側には中国が あると思いこんで,経度0
度を中心とした世界地 図の中央左側に描かれた陸地,すなわちアメリカ 合衆国を中国と答えたケースがあったという(日 本地理学会地理教育専門委員会2005)。世界を日
本との位置関係で認識しているわけではなく,四 角い紙にパズルのピースのように単純に位置づけ て認識していると考えられる。2)日本の輪郭
前節で多くの学生が頭の中で日本を中心にした 世界を描いていることを述べた。ここでは,日本 の輪郭を詳しく見ていくことにする。表
3
は地図 に描かれた北海道,本州,四国,九州,沖縄の5
地域について,それぞれに該当すると思われる島 を描いた人数と全体に占める割合を示したもので ある。この表3
から,本州と北海道はほぼ全員が 描くが,九州になると全体の94.9%,四国になる
と全体の
85.5%,沖縄は 36.1%と,描ける学生数
が少なくなっていくことが分る。本州が描かれた 地図は
296
中294
であり,日本の陸地らしきもの が認められなかったものが2
件あった。これらの2
地図は,現実の世界地図とは別物の抽象的な図 であり,いわゆる世界地図が頭に思い浮かばな かったものと考えられる。深瀬(2006)が大学・高校生
929
名を対象に行った世界全図描図調査に よると,高校の地理未履修者のうち約46%が世界
地図を全く描けずに白紙回答を出したことを考え れば,白紙に近い解答があってもおかしくはない。また,深瀬(2006)は,世界全図描図からみる 地理的認識を,一筆描き描図の場合,大陸間が分 離している場合,日本とその周辺しか描かれてい ない場合,大陸の欠落(完全欠落)がある場合,
全体的にバランスよく描かれている場合,の五つ に分けて分析しているが,本調査でも同様の傾向 が指摘できる。三番目の区分である日本とその周 辺が描かれている地図について,陸地を示す線に 凹凸のない,あるいは少ない閉曲線で北海道と本 州,場合によっては九州や四国も描き,四角い紙 の左上隅に中国と思われる陸地を右上がりの斜線 で,同様に右上隅にアメリカと思われる陸地を右 下がりの斜線で示すものが複数件見られた。
日本を指示する陸地は比較的細かな凹凸が描き こまれ,世界地図に占める割合からすると大きく 描かれ,ユーラシア大陸から離れて描かれること が少なくない。中には太平洋の孤島のように,日 本が孤立したように描かれた地図も少なからず見 られた。このような地図を見ると,日本をアジア 圏に位置づけて認識していないのではないかとい う疑問が生じてくる。いずれにしても,南北に細 長く分布する列島として認識されていることは共 通して指摘できる。
3)世界の輪郭
ここでは世界の輪郭を世界地図上に描かれた陸 地の有無から考察する(表
4,図 2)。陸地の認識
度を世界地図上に簡略化して示した図2
から読み 取れるように,中央にくる日本を取り囲むように して,ユーラシアと南北アメリカ,南にはオース トラリアが配置される。円の濃淡は,認識度を示 している。五大陸についての認識度に大差は見ら れない。この結果からユーラシアと北アメリカは ほぼ全員が描いていたことが分る。オーストラリアは
94.9%の学生が,南アメリカとアフリカはほ
ぼ
90%の学生が描いていた。しかしながら,アフ
リカを描いた
265人中 89
人がユーラシアから切り 離して描いていた。つまり,アフリカを描いた学生の
33.6%がアフリカを切り離した独立した大陸
として認識していたことになる。さらに,ユーラ シアからヨーロッパを切り離して描いたもの,南
表3 日本のかたち
地域 人 %
北海道
292 98.6
本州
294 99.3
四国
253 85.5
九州
281 94.9
沖縄
107 36.1
(アンケート集計結果より作成)
北アメリカを切り離して描いたものも散見された。
先述した深瀬(2006)の分類にある二番目の区分 の大陸間が分離しているケースに相当する。他方,
ユーラシアとアフリカをスエズ運河ではなく大き な陸地で繋いだ地図も少なくなかったし,南北ア メリカをくびれのない一つの大陸として描いた地 図も少なくなかった。また,世界の陸地として南 極を描いた学生は
93
人(31.4%)に過ぎなかった が,表4
の「その他」が示す世界地図にはない陸 地が描かれているものがあった。南極の対となる ような北極に位置する陸地と思われ,南極を描い た93
人の多くが「その他」の陸地を描いていた。世界のおおよその輪郭におけるこのような認識度 の高低は,情報量の多少に関連するものと考えら れ,社会的・技術的に自ら情報を発信しづらい状 況が要因として挙げられる(吉田
2006)
(10)。 次に,世界の輪郭をより明らかにするために,世界の半島についての認識を検討することにする。
表
5
は,学生の描いた世界地図に見られる陸地の 凹凸から読みとれる半島の上位10
位までを示し たものである。朝鮮半島の形をしかるべき位置に 描いた学生は231
人(78.0%)であったが,イン ドは191
人(64.5%)に過ぎなかった。1章で触 れた日本地理学会地理教育専門委員会が実施した 世界認識調査において,世界の白地図においてイ ンドの正確な位置を答えた学生は96.8%,北朝鮮
については90.3%であった結果と比べると,実際
に世界の輪郭の部分として認識し,位置付けるこ とは困難であることが分る。この表5
をグラフに したものが図3
である。アジア地域に属するもの を黒,それ以外を灰色で示してある。カムチャッ カ半島やアラスカ半島が殆ど描かれることがなかったことから,必ずしも身近な地域についての 認識度が高いとは言えないことが分る。また,逆 三角形に描かれるインド半島,ブーツ型に描かれ るイタリア半島,長方形のアラビア半島,細長く 描かれるマレー半島など,半島の形状の特徴でそ れと認識していることが明らかになった。アラビ ア半島やマレー半島,インドシナ半島よりもイタ リア半島の認識度が高いのは,その領域の広さが 認識度に決定的な要素となっていないことが指摘 できる。また,スカンディナヴィア半島をインド 半島やアラビア半島よりも大きく描く地図が多く 見られたことから,情報量の多少が陸地の大きさ
表4 世界の陸地
陸地 人 %
ユーラシア
292 98.6
北アメリカ291 98.3
オーストラリア281 94.9
南アメリカ267 90.2
アフリカ265 89.5
南極
93 31.4
その他
67 22.6
(アンケート集計結果より作成)
表5 地図に描かれた半島上位10位
半島 人 %
朝鮮
231 78.0
インド
191 64.5
イタリア
167 56.4
スカンディナビア117 39.5
イベリア111 37.5
アラビア106 35.8
マレー
93 31.4
インドシナ
90 30.4
フロリダ66 22.3
バルカン52 17.6
(アンケート集計結果より作成)
%
0.0 10.0 20.0 30.0 40.0 50.0 60.0 70.0 80.0 90.0
朝鮮 インド イタ
リア
スカ ンディナ
ビア イベ
リア アラ
ビア マレ ー
イン ドシナ
フロ リダ
バル カン
図3 地図に描かれた半島上位10位
(アンケート集計結果より作成)
に反映されることも無視できないが,高緯度地域 を拡大して表示するメルカトル図法の歪みも世界 認識に影響していることがうかがえる。この高緯 度地域を拡大表示する歪みは,ヨーロッパの世界 地図に占める領域が大きく描かれるものであり,
近代の世界地図が西洋中心に描かれてきた歴史と 無関係ではない。
今度は世界の島々についてみていく。表
6
は世 界地図に描かれた島々の上位10
位を示したもの である(11)。図4
は表6
を図化し,図3
と同様にア ジア地域に属するものを黒,それ以外を灰色で示 してある。表3
に示したように沖縄を描きこんだ 学生が107
人(36.1%)であったのに対し,223 人(75.3%)がグレートブリテン島を,次いで東 南アジアの島嶼,ニュージーランド,アイルラン ド,スマトラを描き,これらの島々に対する認識 は沖縄に対するものよりも高かったと言える。ま た,千島列島や樺太を描いた地図は少なく,国土 認識の低さがうかがえる。身近な島よりもイギリ スに対する認識度が高いのは,グローバルに流通 する情報量,その多くはグローバルな政治経済の 世界地図にどれだけ登場するかということに由来 するものと考えられる。他方,東南アジアの島嶼 は無数の島々を書き込む形で描かれていることが 多い。中にはカリマンタンやスラウェシ,バリと 判別できる島が描かれた地図もあった。筆者が2001
年に行った同様の課題に比べると東南アジ アの島嶼に対する認識度が高まった印象があり,このことに
2004
年から2005
年にかけて生じたス マトラ島沖地震による当該地域についての情報量 の増大が影響していることが考えられるが,詳し い分析は別の機会に譲りたい。島の認識は,ヨーロッパの西端にグレートブリ テン,それと組になってアイルランド,オースト ラリアの東側にニュージーランド,マレー半島に 寄り添うようにスマトラ,アフリカの東にマダガ スカル,インドに付属するようにセイロンが描か れていることから,大陸や島との位置関係で島が 認識されていることが分る。但し,ニュージーラ ンドがオーストラリアの南のタスマニアに位置し たり,セイロンがインド半島の西に位置したりと
いうように,付属することは認識していても位置 がずれている場合が見られた。また,半島と同様 で,島についてもグリーンランドが
6
位につけて いることから,高緯度地方を拡大して描くメルカ トル図法の歪みが世界認識に影響を及ぼしている ことが考えられる。ここまで世界の中心と描かれる大陸,大陸の凹 凸を示す半島と,海域に位置する島々から,頭の 中で描かれる平均的な世界地図を世界の輪郭とし て分析してきた。想像の世界や白紙に近いような 地図から,千島列島やカリブ海の小アンティル諸 島まで地図に細かく描かれた地図まで,多様なも のを平均化してみてきたが,次章では,この世界 についての認識度の相違を取り上げることにする。
表6 地図に描かれた島上位10位
島 人 %
グレートブリテン
223 75.3
東南アジア島嶼180 60.8
ニュージーランド127 42.9
アイルランド119 40.2
スマトラ111 37.5
グリーンランド83 28.0
マダガスカル82 27.7
キューバ82 27.7
セイロン65 22.0
ジャワ
56 18.9
台湾
54 18.2
(アンケート集計結果より作成)
%
0.0 10.0 20.0 30.0 40.0 50.0 60.0 70.0 80.0
グレート ブリテン
東南アジア 島嶼
ニュー ジーランド
アイルラン ド
スマトラ グリーン
ランド マダガス
カル キューバ セイロ
ン ジャ
ワ 台湾
図4 地図に描かれた島上位10位
(アンケート集計結果より作成)
4. 世界認識と地理教育
学生の描く世界地図に見られる世界認識度の違 いを明らかにするために,296 人の描いた世界地 図において認識度の高かった上位
10
位までの半 島と島をそれぞれ1
点とし,これらの描画点を合 算し,上位20%(59
人)の描く平均的地図と下位20%(58
人)の描く平均的地図がどのように違うのか,その背景と相関させて分析する。
表
7-1
は上位20%及び下位 20%それぞれに占
められる学生の概観である。上位
20%の中で半島
(10点)と島(11点)の描画点を合算したところ 最高点が
21
点であるのに対し最低点は15
点,59 人の平均点は17.1
点であった。他方の下位20%
では最高点は
2
点であり,最低点の0
点は20
人に 及び,58人の平均点は1
点となった。つまり,後 者では学生一人につき21
ある半島と島のうち,ど れか一つを描いたことになる。世界の輪郭をどれ だけ詳しく認識しているのか,かなりの差がある といえる。この二つのグループの地理教育経験を 比較すると,高等学校での地理教育を受けた学生 が前者では35
人(59.3%),後者では22
人(37.9%),予 備 校 ・ 大 学 で の 地 理 教 育 経 験 は 前 者 で
5
人(8.5%),後者で
1
人(1.7%),また地理受験を 経験した学生が前者では11
人(18.6%),後者で は1
人(1.7%)となっており,高等学校以上の地 理教育を経験している方が世界地図をより詳しく 描くことができ,世界認識度が高いといえる。また,地理が好きな学生は前者で
39
人(66.1%)にのぼり,好きとどちらでもないとをあわせると
98.3%になるが,後者では地理が好きな学生は 12
人(
20.7%)に対し嫌いな学生が同数の 12
人(20.7%)であった。地理的知識について知って いる方だと答えた学生は前者では
21
人(35.6%),後者で
2
人(3.4%)であり,描ける方も描けない 方も自身の世界認識度をある程度自覚しているも のと思われる。表7-1
には記していないが,資料1
にあるように地理的知識の情報源を問うたアン ケートの質問項目の① 5)「これまで地理的知識を 最も多く得てきたと思われる情報源」への回答(複 数可)で目立ったのが,上位20%では学校と答え
た学生が32
人,次に本(17人),テレビ(14人),インターネット(8 人)と続く。これに対し,下
位
20%で最も多かった回答はテレビ(30
人)であり,次いで学校(25人),インターネット(7人),
本(6 人)となっている。この結果から,世界認 識度や描画能力は,地理的知識を,学校教育を通 して獲得し,また教科書に限らず印刷された紙媒 体から学んだ学生ほど高いといえる。紙媒体にお ける地理的知識は積極的に理解しなければ知識と して定着しないのに対し,テレビによる情報獲得 はそれよりも受動的で漫然と視聴していてもなん となく知った気になるため,実際に世界地図を描 こうとしても描けるほど知識が定着していないの ではないだろうか。また,テレビによる情報獲得 について,テレビ番組における世界の地域紹介の 中でもとりわけ第三世界についての紹介は,視聴
表7-1 世界地図描画度 上位20%及び下位20%の概観
上位 20% % 下位 20% % 小計 59 100.0 58 100.0 アンケート数 男 35 59.3 13 22.4 女 24 40.7 45 77.6 中学 51 86.4 49 84.5 地理教育 高校 35 59.3 22 37.9 予備校・大学 5 8.5 1 1.7 受験経験 有り 11 18.6 1 1.7 好き 39 66.1 12 20.7 地理は好きか嫌いか
嫌い 1 1.7 12 20.7 地理的知識について 知っている 21 35.6 2 3.4 半島・島計 平均 1011 17.1 60 1.0 注:半島・島計の平均は,合計
21
点中の値を示す。(アンケート集計結果より作成)者の要望を反映して番組が構成されるために,あ る部分だけを強調するために適切ではない地域イ メージを生産していることは看過できない(12)。 それぞれの
20%に占める学生の性別構成に注
目すると,男女間に差異が認められた。上位20%
において男子が
35
人(59.3%)に対し女子が24
人(40.7%),他方下位20%に占める男子は 13
人(22.4%)に対し女子が
45
人(77.6%)であった。表
1
が示すように,全体の構成比は男子110
名(37%)に対し,女子
186
人(63%)であること から,上位20%に占める男子学生の割合の高さ,
及び下位
20%に占める女子学生の割合の高さは
特徴的だといえる。この差は世界認識度の違いに よるものなのか,あるいは描画能力の違いによる ものなのか,ジェンダー差として説明するにはそ のための調査が必要であるためここでは言及でき ないが,興味深い傾向である。これに関連して,
山口(1979)では,高校生を対象にした地理的世
表7-2 世界地図描画度 上位20%及び下位20%の比較
上位
20%
% 下位20%
%日本
49 83.1 53 91.4
中心
GW 3 5.1 0 0.0
他
7 11.9 4 6.9
北海道
59 100.0 55 94.8
本州
59 100.0 56 96.6
日本 四国
53 89.8 40 69.0
九州
59 100.0 50 86.2
沖縄
25 42.4 18 31.0
ユーラシア
59 100.0 54 93.1
アフリカ59 100.0 38 65.5
北アメリカ59 100.0 54 93.1
世界 南アメリカ59 100.0 43 74.1
オーストラリア59 100.0 51 87.9
南極
31 52.5 10 17.2
その他
12 20.3 11 19.0
アフリカ切離し
10 16.9 22 37.9
朝鮮
59 100.0 18 31.0
インド
59 100.0 5 8.6
イタリア
57 96.6 1 1.7
スカンディナビア55 93.2 0 0.0
イベリア56 94.9 0 0.0
半島 アラビア51 86.4 0 0.0
マレー
50 84.7 0 0.0
インドシナ
45 76.3 1 1.7
フロリダ41 69.5 0 0.0
バルカン36 61.0 0 0.0
半島小計 平均509 8.6 25 0.4
グレートブリテン59 100.0 13 22.4
東南アジア島嶼50 84.7 7 12.1
ニュージーランド50 84.7 5 8.6
アイルランド52 88.1 3 5.2
スマトラ55 93.2 1 1.7
島 グリーンランド43 72.9 1 1.7
マダガスカル50 84.7 0 0.0
キューバ42 71.2 2 3.4
セイロン41 69.5 0 0.0
ジャワ 36
61.0 0 0.0
台湾 24
40.7 3 5.2
島小計 平均 502
8.5 35 0.6
半島・島計 平均 101117.1 60 1.0
(アンケート集計結果より作成)
界認識の調査で,地名についての正答率が女子よ りも男子が高かったことを「女子の地名嫌い」と して分析している。他方,空間認識度の男女差を 脳の機能から男性脳は空間認識に長けている等と 分析する本質主義的な議論(例えばピーズ
2000)
があるが,筆者はこの類の本質主義的な議論には 懐疑的である。しかしながら,本アンケート集計 結果に現れたジェンダー差について,現段階では 適切な理由を述べる術を知らないので,別の機会 で検討することにしたい。
より詳しく世界認識を比較してみよう。3 章で 検討した学生の平均的世界認識に対し,表
7-2
は,上位
20%と下位 20%のそれぞれの世界認識度
を示したものである。世界の中心について,下位
20%のグループで 53
人(91.4%)が日本を位置づけ,その他が
4
人(6.9%)であったのに対し,上位
20%のグループでは日本を中心に位置づけた
学生は
49
人(83.1%),経度0
度が3
人,その他 が7
人となった。上位20%のグループの場合,そ
の他を中心にした7
人は日本から描き始めて西に 広がり中心が東南アジア周辺になったものと推察 できる。下位20%のグループにおける地図の中心
が日本でも経度0
度でもなく,その他となってい るものは日本が描かれていなかったり,世界地図 になっていなかったりしたものが相当する。経度
0
度を中心とした世界地図からは,日本中 心ではなく世界の諸地域の地球上における位置を 認識した世界像がうかがえる。つまり,先述した ように四角い紙の中心に日本,その右側にアメリ カ,左側に中国,というようなパズルのピースを 当てはめる認識の仕方ではなく,日本との位置関 係で陸地をとらえているというよりは,経緯度に よって区切られた地球上のどの位置にどの国や地 域が位置するのかが認識された世界像を頭の中に 描いていると考えられる。上位
20%と下位 20%とで日本のかたちがどの
ように認識されているのかを比較した図
5
をみて みよう。上位20%では全員が北海道と本州,九州
を描いているが,下位20%では 100%までは到達
しない。日本列島の中で,両者の認識度に違いが 目立つのが四国である。また,日本列島を過剰に大きく描くのも下位
20%のグループに目立つ特
徴と指摘できる。世界の陸地に対する認識は,図
6
から明らかな ように,上位20%では全員が五大陸を描いている
のに対し,下位20%では認識度の高い大陸の順か
ら,ユーラシア,北アメリカ,オーストラリア,南 ア メ リ カ と 続 き , ア フ リ カ に な る と
38
人(65.5%)に落ち込む。また,この
38
人のうち22
人がユーラシアから明らかに切離してアフリ カを描いていた。つまり,アフリカの位置関係を 正確に認識し,描けるのは後者グループのうち16
人(27.5%)に過ぎないことになる。世界の陸地に対する認識度でアフリカの他に上 位と下位の間に差が目立ったのは図
6
が示すよう に南極であった。3 章で述べたようにこの両グ ループにおいても南極の対になるような「その他」0 20 40 60 80 100
北 海 道 本 州 四 国 九 州 沖 縄 上位20%
下位20%
図5 日本のかたち(アンケート集計結果より作成)
0 20 40 60 80 100
ユー ラシ
ア アフリカ
北アメ リカ
南アメ リカ
オー ストラ
リア 南極
その他 上位20%
下位20%
図6 世界の陸地(アンケート集計結果より作成)
の大陸を描きこんだ学生も見られたが,下位
20%
のグループにおいては,あるべき大陸ではなく,
判別不能な大陸を描く学生が見られた。下位
20%
グループにおいて,南極(10人)よりも「その他」
の大陸(11人)を描いた学生の方が多く見られた のは,このためである。
世界の輪郭を更に詳しく比較していくことにし よう。地図に描かれた半島と島について,平均的 世界地図に描かれたそれぞれ上位
10
位までの対 象についての認識度を比較した(13)(図7)。この比
較を通して,世界の輪郭の凹凸,すなわち陸地の 形状をより細やかに認識し,描画している上位20%のグループに対し,下位 20%は,凹凸が少な
い閉曲線で描かれた,つるりとした世界の輪郭を 頭に描いていることが指摘できる。
本章の冒頭で確認したように,上位
20%と下位 20%の相違の要因として地理教育の経験の長さが
ある。世界の輪郭をより詳しく描ける学生が高等 学校で地理教育を受けている比率は,描けない学生よりも
20%以上高い(表 7-1)。このことから
高等学校での地理教育が,学生の頭により複雑な 形状をした陸地を描かせることに貢献しているこ とが指摘できる。また,上位
20%に占める地理受
験経験者が
11
人いたのに対し,下位20%には 1
人しかいないことから,受験もまた世界認識度を 高めることに貢献しているといえる。つまり,地 理の受験勉強は単なる知識の暗記であると批判さ れるが,ある程度の知識がなければ世界像を構想 することもできないため,そのための知識獲得の きっかけになっていると評価できる。5.おわりにかえて
これまで見てきたように,大学生が頭の中に描 く世界地図に共通する傾向はあるものの,その認 識度は多様であり,その差を生み出す要因のひと つに地理教育が指摘できる。地理嫌いの理由に挙 げられる暗記偏重型の地理教育において,世界の 白地図を単に暗記するような課題は知的刺激に乏 しく,暗記の苦手な学生にとっては苦痛でしかな いだろう。しかしながら,頭の中に世界が描けれ ば地理的情報をしかるべき場所に位置付け,整理 することが可能になり,その世界像はより詳しく 描かれる。
本稿を閉じる前に,本調査の目的とは少しずれ るが,筆者が学生の世界認識について関心を強め
0
20 40 60 80 100
朝鮮
インドイタリア
スカンデ ィナビ
ア イベリアアラビ
ア マレー
イン ドシ
ナ フロリダバルカ
ン
グレー トブリテン
東南アジ ア島嶼
ニュージ ーラ
ンド アイルラ
ンド スマ
トラ
グリーンラ ンド マダガス
カル キューバセイ
ロンジャワ 台湾
上位20%
下位20%
半 島 島
%
図7 地図に描かれた半島・島の上位10位(アンケート集計結果より作成)
るきっかけとなった経験を紹介しておきたい。
2005
年9
月,筆者が在外研究の機会を得てロンド ンにいた時のことである。この年の7
月7
日にロ ンドンでは同時多発爆破事件が発生した(14)。その 直後からイギリスでは爆破事件実行犯関係者とし てムスリムに対する警戒が強まり,アジア出身者 の中でもブラウン・スキン(15)に対する差別的な まなざしが顕在化した(16)。このような状況下で,7
月下旬に爆破事件実行犯の関係者とされたブラ ジル人男性が警察官に地下鉄車輌内で取り押さえ られて射殺され,後に事件とは無関係であったこ とが明らかになった。無実の男性がなぜ事件実行 犯関係者と誤認され,射殺されなければならな かったのか。その要因の一つに,彼が「アジア系 の若い男性」に見えたことが挙げられた。この誤 射事件についてロンドン警視庁は世界中から批難 され,イギリス政府が遺族やブラジル政府に対し 謝罪するに至った。この事件の後,校外実習で日本からロンドンを 訪れた明治学院大学国際学部
3
年生の学生達に 会った時に「ロンドンで起きた爆破事件のことを 知っていますか」と問うと,ある学生が「バスの 屋根が吹っ飛んだやつ?」と答えた。この言葉を 聞いて戸惑ったが,この言葉こそが,その学生の ロンドンで起こった同時多発爆破事件についての 認識を示すものなのだと理解した。学生の頭に描 かれるその事件は,イギリス・ロンドンを象徴す る乗り物である赤いダブルデッカー・バスの屋根 が吹き飛ばされるほど激しく爆破され,その残骸 が示す凄惨な場面に集約されると考えられる。こ の断片的で,ヴィジュアル化された認識のあり方 に,筆者は強い関心を持ったのである。このように断片化され,ヴィジュアル化された 認識は特別なものだろうか。先述のブラジル人誤 射事件の背景に,被害者としてのイギリスという 国家と,その敵として無差別爆破を行うテロリス トとの対立が構図としてあり,9.11の構図に相似 形として重ねられていった中で起こった事件とい える(17)。ただし,この構図は欧米の主要メディア が作り出した世界の見方の一つであるといって間 違いはない(18)。しかしながら,このような欧米中
心の世界認識がグローバルに流通し,人々の世界 認識に影響を及ぼしていることは事実として否め ない。
さらなる問題は,この構図において世界の敵で あるテロリストの具体的像として,事件実行犯の 属していたムスリム社会の人々が想定され,そこ からブラウン・スキンを持つ人々へと対象が拡大 していったことである。ムスリムがみなテロリス トでないことは言わずもがな,ムスリムがみなブ ラウン・スキンであることもなければ,その逆,
ブラウン・スキンがみなムスリムでないことはい うまでもない。さらに状況認識を複雑にしたのは,
事件実行犯として同定されたアジア系ムスリムが イギリス市民権を持っていたことである。この状 況認識に困難を感じることで,いかに実際の社会 を単純化し,均質化して捉えようとしていたかに 気づかされる。
今日のグローバル化した社会におけるこのよう なコスモポリタンな状況を,どのように認識する ことができるのだろうか。この複雑な状況を適切 に認識することが,グローバル化された社会で 我々が他者と共存していくために必要な世界認識 へとつながる。この一連の出来事を適切に理解す るために,高速かつ大量に流通する断片化された 情報を収納する「情報の『整理箱』」(日本地理学 会地理教育専門委員会
2005
:1)としての世界地
図や,「全体性の認識」(小西1989)が有効であ
ろう。同時に今日我々が共有している情報の整理 箱としての世界地図は近代化の過程でつくられた ものであること,具体的には地球上に本初子午線 や国境など様々な線が人為的に引かれた過程であ り結果であることを認識することが重要である。ある意図のもとに世界地図が作り出され,それを 各自が構想していることを認識できれば,先述し た「バスの屋根が吹っ飛んだ」ロンドン同時爆破 事件に対する認識が,世界のどこを中心とした認 識であるのか考えるとともに,なぜ爆破すること になったのか,情報整理の中心となる視点を変え て考えることが可能になろう。この認識枠組みは,
日本地理学会他が
2006
年に文部科学省に提出し た陳情書(19)にある,グローバル化する国際社会で生きる日本人として必要な資質ともなる。つま り,世界を空間的にとらえ,様々な事象をその空 間の中に位置付けて考察する能力であり,そのた めの視点や方法と,広い視野に立った的確な地域 認識,国土認識及び世界認識に関する知識や技能 を修得するのに,地理教育の意義が問われるはず である。これらの知識や技能の修得は,グローバ ル化する国際社会に生きる一員としてのアイデン ティティ確立に不可欠な作業でもある。
注
(1) 「国際理解はまず世界地図から」と主張する西岡
(2002)が全国の小・中・高校の社会科授業において,
新学期最初の授業で「頭の中の世界地図」を描かせる ことを提唱しているように,筆者もこの作業は地理教 育にとって重要だと考え,実践している。
(2) 世界認識は自身の経験や知識,感覚をもとに構成さ れたイメージであり,人々はそのイメージに基づいて 行動している。このイメージを認知的イメージ(感 覚・知覚・学習・思考)と情意的イメージ(感情・情 緒・価値)に大別して地理的世界認識を調査分析する 研究があるが(例えば陸川
1994,吉田 2002),調
査するために設定する項目が逆に作為的になるため に被調査者の世界認識を方向付けることになる可能 性を否定できない。そこで本稿では,A4 の白紙を自 由に使い,自身の頭の中にある世界地図を描いてもら い,そこに現れる世界の輪郭から筆者が世界認識を分 析した。(3) メンタルマップは,通常,頭の中の地図,精神の地 図あるいは主観的地図と考えられている(中村
2004
:14)。
(4) メルカトル図法では両極は無限に拡大され,表示不 能となるため,実際には世界地図ではなかった(ブ
ラック
2001:40)。今日実際によく利用されている
のは,地球を経度
6
度ごとに分けて投影したユニバー サル横メルカトル図法による地図である。(5) 原理的には太陽がグリニッジの本初子午線を通過 する瞬間を正午とするが,実際には地球は太陽の周り を楕円の軌道を描いて公転しているために季節変動 し,厳密にはグリニッジ標準時(平均太陽時)の正午 とずれがある。
(6) 地図のもつ政治性についてはブラック(2001)を参 照。
(7) http://www.mext.go.jp/b_menu/shuppan/sonota/990301/
03122602/003.htm
を参照。(8) http://www.mext.go.jp/b_menu/shuppan/sonota/990301/
03122603/003.htm
を参照。(9) 2007年度入試実績。
(10) 途上国に対する認識度の低さの要因に,日本から遠 距離であることを付け加えているが(吉田
2006:
105),物理的距離ではない,時間距離や心理距離に限
定するべきであろう。具体的には,物理的に遠くても 交通の便がよければ移動にかかる時間は少なく,また 近くても交通網で直接結ばれていなければ心理的に 遠く感じることを重視するべきである。(11) ジャワと台湾は僅差であったため,双方とも
10
位 と見なした。(12) 例えば撰梅(1985:141-142)は,テレビ番組で描 かれるアフリカはその貧しさと野生動物の生態の
2
点が強調されることを問題視している。最近のものと して,飯田・原(2005)では,具体的事例についてテ レビ番組の作り出す適切とはいえないような地域イ メージの形成過程とその問題性が批判的に分析・検討 されている。(13) 項目の順番について,全体の平均値を示す図3,及 び図4に従ったため,記載の仕方はそれぞれのグルー プにおける順位となっていない。
(14) ロンドン同時爆破事件は,2005年
7
月7
日午前,ロンドンにおいて地下鉄の
3
ヶ所がほぼ同時に,その 約1
時間後にバスが爆破され,56
人が死亡し,800
人 近くが負傷した事件を指す。(15) 筆者の経験的観察から,ロンドン多発爆破事件を境 にこの語が頻繁にメディアに登場するようになった 印象を受けている。ブラウン・スキンが指示する対象 は,肌の茶色い人々の中でもイスラム系移民・外国人 に見える人々である。
(16) 日常的な具体例として,繁華街や駅等において,ブ ラウン・スキンに対して警察による尋問がより一層厳 しく行われるようになったことが挙げられる。爆破事 件犯人関係者と間違われる恐怖から街中を歩きづら くなったという声が,ブラウン・スキンのアジア系の 人々からあがっていた。
(17) イギリスでは
7
月6
日からグレンイーグルズ・サ ミットが開催されており,同時多発爆破事件はこれに 合わせて行われたと考えられる。事件発生を受けたト ニー・ブレア前英首相をはじめとするG8
首脳は事件 当日に緊急記者会見を行い,また,ブレア前英首相は「テロリズム」に動じないとの声明を発表し,米国が 積極的に推し進める「テロリズムとの戦争」こそが世 界の最重要課題であると印象付ける結果を招いた。
(18) 例えば,欧米主要メディアと一線を画したものとし て,アルジャジーラの報道する世界がある。
(19) 日本地理学会・人文地理学会・日本国際地図学会・
日本地理教育学会・全国地理教育研究会・日本文化人 類学会(2006)「地理教育の重要性を訴える 平成
18
年9
月19
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中等学校学習指導要領: