その調査と2本の論文をめぐって
著者 樋口 弘夫
雑誌名 和光経済
巻 53
号 2
ページ 15‑29
発行年 2020‑12
URL http://id.nii.ac.jp/1073/00004800/
は じ め に
本 稿 で は, グ レ ン デ ィ ニ ン グ(Glendinning C.)1)らによる,英国におけるリエイブルメント
(Reablement)に関する調査研究2)をとりあげ,
このキークエスチョンである,リエイブルメント の費用対効果に関する議論を検討する。
また,その調査で実施されたアンケート結果を 踏まえた,グレンディニングが係わる 2 論文が展 開した興味深いテーマをとりあげ,調査との関係 を整理する。
これら,グレンディニングによる調査と論文は,
英国におけるホームサービスの展開に関する論文 作成の準備段階で筆者が収集した資料の一部であ る。英国政府が進めるリエイブルメント政策を後 押し,ないし,牽引するうえで,大きな役割を果
たしたグレンディニングの考え方を,当初案では,
論文テーマに組み込むつもりだったが,中心テー マとの関係で割愛した。
なお,ここでとりあげるリエイブルメントとは,
簡単な食事の準備や掃除,洗濯をケア労働者に
「やってもらうのではなく,(高齢者が)自らでき るようになること」に価値を認める高齢者に対す る新たな取り組みであり,各自が自分の身体や環 境に適した「目標」を設定して,現場スタッフと ともに,目標達成のために必要な訓練を計画通り に実施する新たなホームケアサービスのことであ る3)。
1. グレンディニングらによる調査
リエイブルメントの妥当性に関する研究として,
グレンディニングによる調査研究は,多くの研究
〈研究ノート〉
グレンディニングのリエイブルメントについて
―その調査と 2 本の論文をめぐって―
Pondering Glendinning’s Reablement
- Her Research and Two Essays -
樋 口 弘 夫
Hiroo Higuchi【Abstract】
After carrying out a large scale research on reablement in England, Glendinning wrote two essays concerning the research. This article assesses the key question of the research and examines the discussion and conclusion of the report on the research, and then ponders the subjects of two essays.
Each essay highlights the conflicting characters of reablement which was the subject of chapter 4 in the report, and the importance of independence in reablement which Glendinning emphasised in chapter 5.
【キーワード】
高齢者,自立,費用対効果,グレンディニング,リエイブルメント
者によりしばしば引用されてきた。
ロスガード(Rostgaard T.)は,「リエイブル メントに関する根拠は限られている」ことを認め ながら,「英国でのグレンディニングの調査によ るなら」としてその調査結果を引用している4)。 また,テシエ(Tessier A.)もリエイブルメン トの費用対効率に関する議論でグレンディニング の研究を評価している5)。
1.1. 調査の概要と狙い
本 調 査 は, ヨ ー ク 大 学 の Science Policy Research Unit(SPRU) と, ケ ン ト 大 学 の Personal Social Service Research Unit(PSSRU)
により実施され,リエイブルメントの短期的およ び長期的インパクト,サービスの費用対効果,リ ハビリテーションサービスの内容と組織について 分析した。
英国内でリエイブルメントが実施されている行 政区のうち,規模の異なる 4 つの種別――単一自 治体(ユニタリー),ロンドン特別区,大都市圏 ディストリクト,シャイア・カウンティ(非都市 カウンティ)――から,10 の調査サイトが選ばれ,
リエイブルメントを利用する人びとが,従来の ホームケアを利用するグループと比較され,両グ ループについて,そのサービス終了時と,終了後 2 回の追跡調査(9 ヶ月後と 12 ヶ月後)が実施さ れた。
当初,調査参加者は 1,600 名,2 つのグループ にそれぞれ 800 名が割付けられる予定で,2008 年 11 月から 2009 年 7 月まで調査参加者が募集さ れたが,予定に達せず,さらに 4 ヶ月延長された。
結局のところ,ベースラインの数値は,リエイブ ルメントを実施した介入グループが 654 名,対照 グループが 361 名であった6)。
本調査報告の冒頭,リエイブルメントに関する 既存の調査研究について,グレンディニングはつ ぎのように述べた。「……英国はリエイブルメン トのインパクトに関する根拠を開発している最 中」7)にあり,それまでの調査研究の多くが,初 期のパイロットプロジェクトを対象としていたた め,リエイブルメント利用者に従来のホームケア
サービスを継続する事例が混入しており信頼性が 乏しい,または,調査の規模が小さく,予備的段 階に留まっている,と判断されたものが多く,そ も そ も ベ ー ス ラ イ ン の デ ー タ が ロ バ ス ト
(robust)ではないとされたのだった8)。とりわ けリエイブルメントの運営にあたったマネー ジャーや現場スタッフたちは,仕事に対する士気 も高く,インタビューに際しても,リエイブルメ ントによるインパクトを誇張して述べる傾向が あったと指摘された9)。
本調査の狙いとして,「第一に,リエイブルメ ントの利用者の成果を従来のホームケアサービス 利用者の成果と比較して,リエイブルメントによ る直接的および長期的な利益に関するロバストな 証拠(robust evidence)を提供すること」が挙 げられたのも当然といえる10)。これまでの調査 研究において示されてきた結果,すなわち,リエ イブルメントは従来のホームケアに比して,短期 的にも長期的にも利益がある。具体的にいうなら,
利用者の QOL(Quality of Life)を改善させ,そ の結果として,高齢者の入院や施設ケアへの入所 を回避ないし引き延ばして,社会的な費用を抑制 できる,という考え方である。
1.2. 調査結果の概要
以下では本調査の狙いに沿い,利用者の QOL の改善と社会的な費用の抑制の 2 点に絞って検討 する。
1.2.1 QOL(生活の質)と社会的ケアの成果 に関するリエイブルメントのインパクト 要旨のなかの「QOL(生活の質)と社会的ケ アの成果に関するリエイブルメントのインパク ト」の項目において,「リエイブルメントは個人 の健康関連 QOL と社会的ケアの成果にプラスの インパクトをもっていると考えられる。全般的に,
リエイブルメントは,従来のホームケアサービス 利用者に比して,健康関連 QOL を顕著に改善さ せた」と明記された11)。
具体的には,主観的健康(perceived health),
主観的 QOL(perceived quality of life),健康関
連 QOL(EQ-5D)とソーシャルケア関連 QOL アダルトソーシャルケアツールキット(ASCOT)
の 4 つに指標が用いられた12)。このうち,主観 的健康は,very good から very bad までの 5 段 階評価により計測されるが,ベースライン,フォ ローアップのいずれにおいても,リエイブルメン トを実施した介入グループと,従来のホームケア サービスを実施した対照グループとの間で顕著な 相違を得られなかった13)。主観的 QOL は,‘So good it could not be better’ から,‘So bad it could not be worse’ までの 7 段階評価で計測されたが,
ベースラインでは両グループにスコアの相違は認 められなかった。フォローアップでは,介入グ ループが対照グループより統計的に高い評価だっ た(good な い し better が, 各 々,46% と 36%
だった)。しかし,変化方向について見るなら,
介入グループについて,統計的に顕著な変化は認 められず,対照グループについては,わずかに悪 化が認められた14)。
EQ-5D により計測された健康関連 QOL の結 果からは,より積極的な結果が得られた。フォ ローアップでは,介入グループが,すべての 5 項 目と健康全般において,対照グループと比して,
統計的に顕著な高い QOL を記録した。とくに,
日常活動遂行能力において差異が最も大きく,介 入グループでは「できない」という回答が 23%
であったのに対して,対照グループでは 43%で あった15)。
社会的ケア関連 QOL を ASCOT により計測し た結果によるなら,12 ヶ月のフォローアップに おいて,両グループの間に統計的に顕著な相違は 認められなかった16)。
つまり,4 つの指標のなかで,EQ-5D による 計測についてはクリアな結果が得られたが,それ 以外は見栄えがしない結果に終わっていた。
ASCOT により計測された社会的ケア関連 QOL についても,統計的に顕著な相違は認められな かったものの,調査方法に関する「一定のバイア スを考慮するなら」,介入グループと対照グルー プとの間に EQ-5D 同様の関係を認められるとい う説明が加えられ,次のような結論を得るのであ
る17)。
「要約するなら」として,「リエイブルメントが,
従来のホームケアに比して,健康関連 QOL と社 会的ケアの成果の双方において,顕著によい結果 もたらした」として「利用者の QOL の改善」の 問題をかたづけ,さらに,「本調査のキークエス チョンは,社会的ケアならびにヘルスケア制度の 総費用を増加させずに,リエイブルメントが結果 を改善できるかどうかである」として,本章にお ける EQ-5D と ASCOT に基づく結果を踏まえ,
第 8 章においていよいよ費用対効果の問題が取り 組まれることが明らかにされる18)。
1.2.2 費用に対するリエイブルメントのイン パクト
冒頭の「要旨」では,「リエイブルメントを利 用した人びとは,従来のホームケアを利用した対 照グループより,リエイブルメント開始後 10 ヶ 月の時点で社会的ケアサービスを利用していな かった。つまり,10 ヶ月後,介入グループの社 会的ケアサービスの利用額はわずか 790 ポンドで あ り, 対 照 グ ル ー プ で は 2,240 ポ ン ド で あ っ た。」19)とされた。
さらに「(両グループのベースラインでの)基 本特性の相違を(多変量回帰分析により)補正す るなら,介入グループによる社会的ケアサービス の費用は,対照グループの 60%未満であった
(1,130 ポンドと 2,850 ポンドであった)」として リエイブルメントが社会的ケアの利用を抑制する 効果があったとの結論が導かれたのである20)。 しかしながら,リエイブルメントの費用と従来 のホームケアの費用そのものを比較するなら,異 なる様相がみえてくる。「開始数週間のリエイブ ルメントの平均費用は,1,640 ポンドであり,従 来のホームケアおよびその他の社会的ケアサービ スの同時期の平均費用 570 ポンドに比して顕著に 高かった」のである。リエイブルメントに,作業 療法士(OT),理学療法士(PT)などケアの専 門家が参加していたことを考慮するなら,この差 額は当然であった。
当初のリエイブルメントの平均費用 2,088 ポン
ドを,そのサービス終了後の費用に加えるなら 2,430 ポンド(= 790 + 1,640),対照グループの 場合,2,810 ポンド(= 2,240 + 570)となり,そ の差額はわずか,380 ポンドに過ぎずグレンディ ニングらも「統計的に意味がない」結果であるこ とを認めざるをえなかった21)。つまり,リエイ ブルメントの費用対効果を示すロバストな証拠を 得るためには,別の手法が求められたのである。
1.2.3 リエイブルメントの費用対効果
報告書は,第 8 章に「費用対効果(費用有効 性)分析」という項目を設けてこの問題の決着を はかる22)。「私たちはリエイブルメントが同じ費 用でよりよい成果を導き,それゆえ全体として費 用対効果がよいことを推論できる見地を得ている。
しかしながら,個別の費用と成果について私たち が得ている結果は,必ずしも有効な費用対効果に 関する有利な比率をもたらしてはいない。とりわ け,私たちがリエイブルメントを対照グループに 比して,費用と成果の相違について顕著な相関を 期待するのであるなら,なおさらである」として,
あくまでもこの問題に正面から取り組む姿勢を明 らかにした。
費用対効果に関する曖昧さを払拭するためには
「さらなる基準」が提案された。「費用対効果は,
何らかの費用対効果な閾値に対して判断される」
として「成果の 1 単位増加(たとえば EQ-5D の 1 単位増加)が,年間 X ポンドの費用増加により 達成されるか」によりこの問題に結論を導こうと する方向性が示されたのである23)。
この X ポンドの規模は任意であるが,英国国 立臨床研究所(NICE)によるなら,年間の健康 関連 QOL(たとえば,EQ-5D スコア)の上昇に ついて一般的に認められる金額は 2 万ポンドから 3 万ポンドであった。この基準を用いて,「私た ちは,費用の配分と成果を所与とするなら,リエ イブルメントに対する実際の費用対効果の比率が この閾値未満である可能性を立証する分析に着手 できる」と明言したのである24)。
ヘルスケアに関するデータはアンケートにより 収集されたが,回答者のサービス利用に関する記
憶が必ずしも正確ではない可能性が存在しており,
実際,ヘルスケア事業者の報告と突き合わせるな ら,サービス利用者が過小に報告する傾向が指摘 された(Richards et al., 2003)。そこで,その過 小報告の水準を仮定するなら,リエイブルメント を実施した介入グループと対照グループとの間の ヘルスケア費用の実際の差額も変化して,費用対 効果の結果も変化することになる。この可能性に 係わり,「私たちは,ヘルスケア費用に関する 様々な推計値に対して,費用対効果がどの程度反 応するかを評価することができる」として感度解 析の結果が示される25)。
この感度解析の結果,「全般的に,とくに 3 万 ポンドの閾値で,EQ-5D に基づく費用対効果に 関する私たちの結論は理論的にロバストである」
として,本論の議論のなかではじめて「ロバス ト」という言葉を用いたのである26)。
これは第 9 章「議論と結論」リエイブルメント の費用対効果に関する部分で,再度論じられる。
「年間の EQ-5D スコアにおける上昇に対して 3 万ポンドが支出されると仮定するなら,健康と社 会的ケアの費用について,リエイブルメントの費 用対効果がよい可能性は 99%であり,社会的ケ アのみの場合,100%をわずかに下回る程度で あった。支出が 2 万ポンドに削られても,同じく 費用対効果がよくなる可能性は 98%であり,社 会的ケアのみの場合には 99%を上回った。」27)
ここから,「リエイブルメントに関する感度分析 により,EQ-5D に関しては,とりわけ 3 万ポン ドの水準で,以上の発見が理論的にロバストであ ることが確認された」という結論が引き出され る28)。
第 9 章「本研究の長所と限界」の「長所」にお いても,この点が再確認される。「これまで,リ エイブルメントを利用した直後,利用者の身体機 能にプラスの影響を及ぼしたことを示すエビデン スが多くの調査により明らかにされてきた。……
しかしながら,リエイブルメントのより長期的な 利益に関するロバストなエビデンスはこれまで欠 けていたし,ライバーン(Ryburn B.)らにより,
優先度の最も高い調査であるといわれてきた。
……本研究はこうしたギャップを埋めるという顕 著な貢献をなし遂げたのである」と手放しの喜び ようである29)。第 8 章の最終部分(p. 111)から 最終章(第 9 章)の結論部分(p. 126)まで,わ ずか 15 頁で 10 回にわたり「ロバスト」という言 葉が繰り返されており,冒頭に掲げた研究目的を ようやく果たすことができたグレンディニングら の気持ちをうかがい知ることができる。
他方,限界として挙げられたのが,「ランダム 化比較試験を実施できなかったこと」であった。
グレンディニングらはその原因が,本調査に十分 なサービス利用者を採用できなかったことであっ たと認めている。当初から,サービス利用者の採 用が遅れ,予定期間を半年ほど引き延ばしても予 定数を確保できずに,調査実施件数の見直しなど 調査方法の見直しをやむなくされた。とくに,追 跡調査で 9 ヶ月後,12 ヶ月後のインタビュー回 答者が大きく減少したことであった。さらに,イ ンタビュー終了後,調査資料の欠損が見つかり,
追加のインタビューなど対応に追われた。
本調査の狙いが「……リエイブルメントによる 直接的および長期の利益に関するロバスト根拠を 提供すること」であることは冒頭で明言されてい る。そうしたエビデンスを提供するためには,
「ランダム化比較試験」が欠かせないことはグレ ンディニングらも考えていたにちがいない。しか しながら,本調査では当初からサービス利用者の 採用で躓き,その後,調査デザインの変更を余儀 なくされていった経緯がある。グレンディニング らは,第 9 章冒頭の「要約」においても,インタ ビュー回答者の入院や死亡により,フォローアッ プ調査(9 ヶ月後,12 ヶ月後)のサンプル数が大 きく減少したことに触れ,こうしたサンプルの高 い欠損率により,介入グループと対照グループと の比較がロバストとはいえなかったと,無念さを にじませている30)。こうした分野における量的 調査の難しさと,その限界について考えさせられ る部分であった。
小 結
グレンディニングらによる調査は,「利用者の
QOL の改善と社会的な費用の抑制」の 2 つの側 面に注目した。
まず,リエイブルメントが利用者の QOL の改 善に有効であることは,これまでの調査により示 されてきたのであるが,本調査の結果は,予想さ れたほどクリアなものではなかった。
また,リエイブルメントをめぐる,社会的費用 の抑制についても,従来のホームケアの費用との 比較からは,決定的な結論を導くことができな かった。そこで「さらなる基準」すなわち,「費 用対効果の閾値」により決着を見いだしたのだっ た。グレンディニングらはこの結論についていく つかの説明を加えているが,筆者はそれらの妥当 性に関する評価までは踏み込んでいない。しかし ながら,本論文中の記述と資料に沿って議論を整 理するだけでも,「さらなる基準」に唐突さを感 じざるを得ないと同時に,この部分の議論には違 和感を払拭できないままである。
冒頭にあげたロスガードは,「利用者の QOL の改善と社会的な費用の 2 つの論点に関連して
「これまでのところエビデンスは限られている。
た と え ば, 英 国 で の 研 究(Glendinning et al.
2010)によるなら,社会的ケアへのニーズの顕著 な低下(介入グループの 63%でニーズがなくな り,26%でニーズが低下した)と同時に費用の 減少がみられたものの,総費用に変化はみられな かった」として,費用対効果に関するそれ以上の 議論には触れずに「準備費用とヘルスケア費用を 加えても,総費用に顕著な相違はみられなかっ た」と簡単に片付けている31)。ロスガードは,
必ずしもリエイブルメントに反対する立場ではな いが,それでも,グレンディニングらによる費用 対効果に関する議論は評価されなかったようであ る。
(なお,以下,1. でとりあげたグレンディニング らによる 2010 年の調査報告を「調査報告 2010」
と略記する。)
2. 「調査報告 2010」に関連する論文 1. でとりあげた「調査報告 2010」の膨大なイ
ンタビューなどの結果が,その後,グレンディニ ングらにより 2 本の論文にまとめられた。最初に,
調査の対象であった 5 つのサイトごとに,マネー ジャーへのインタビュー,訪問観察調査,現場ス タッフへのフォーカス・グループ・ディスカッ シ ョ ン(Focus Group Discussion: 以 下,FGD と略記する。)を実施,その結果をまとめた論文 で あ る32)。 つ ぎ に, サ ー ビ ス 利 用 者 と イ ン フォーマルケアラー(informal carer)に対する インタビューの結果をまとめた論文である33)。 本章では,この 2 論文を通じてグレンディニン グが明らかにした論点の概要をとりあげる。2 論 文は,各々「調査報告 2010」の第 4 章,第 5 章 の内容に相当する。
2.1. 現場スタッフに関する調査から明らかに なったこと
リエイブルメントサービスマネージャーと FGD に参加した現場スタッフとのインタビュー により,短期および長期のリエイブルメントのイ ンパクトと有効性を高めると考えられる多くの要 素が明らかにされた。注目された要素は,サイト ごと,サイト内のマネージャーと現場スタッフと の間で異なったが,本論では共通するテーマがま とめられている。
まず第 1 に,「リエイブルメントの有効性(現 行のケアへの需要が減少すること)は,その利用 者により影響を受ける」ということである。本調 査によるなら,マネージャーと現場スタッフとの 間では次のような合意がなされていた。つまり,
リエイブルメントは利用者の自信を高めることに より,かれらをエンパワーするが,実際のセルフ ケア能力へのインパクトは,利用者によっては,
かなり低くなる可能性もあるということであ る」34)。マネージャーと FGD に参加した現場ス タッフによるなら,「リエイブルメントが最も有 効である利用者とは,転倒や骨折からの回復期に ある人びと」であり,逆に「認知症や精神的健康 の問題を抱える人びと」の場合,「短期間で結果 をだすことは難しい」,むしろ,伝統的なホーム ケアサービス支援を必要としていると考えられ
た35)。また,「利用者のやる気がサービスの有効 性を左右するもうひとつの要素」とされ,利用者 の年齢はとくに重要とみなされなかったが,若い 人ほど自立への動機づけをされやすいと感じる参 加者も存在した。
第 2 に,リエイブルメントが,「より包括的な 役割を展開するにつれ,自立への潜在力を制約さ れた多くの人びとを受け入れてきた」ことに関す る問題である36)。
5 つの調査サイトはいずれもパイロットプロ ジェクトとしてスタートし,中間的ケアや退院ス キームにより,地域からサービス利用者を紹介さ れていた。この時点では,利用者をかなり選択す ることが可能であったが,徐々にその基準をひろ げ,地域でホームケアサービスを新たに紹介され る 18 歳以上の成人すべてに対する,インテーク サービスとしての活動を拡大してきた。唯一の例 外は,このサービスが適切ではないと考えられる 利用者,たとえば,人生の最終段階にある,また は,重度の認知症の場合であったが,本インタ ビュー実施時点で,すべてのサービスは原則的に は無差別に提供されることになっていた37)。 こうしたプロジェクトの拡大傾向に対して,マ ネージャーのなかには,「インテーク役割への移 行は,パイロットプロジェクトの段階で示すこと ができた成功率を大幅に低下させることにより,
リエイブルメントにプレッシャーをかける」と考 えるものもいた。初期の選択的なパイロットプロ ジェクトの成果は,すべての利用者に同じレベル の成功をもたらしうるという期待,そして自信を,
リエイブルメント関係者にも与えた可能性があっ たからである38)。
これに対してグレンディニングは,「成功」が どのように定義されるか,サービスの有効性がど のように計測されるか,といった論点をとりあげ て次のように続けた。「政策策定者と地方の政治 家が劇的なインパクトだけに興味があったなら,
短期的に成功が顕著ではない,または,計測され ない場合,サービス利用者に対する有効性は正当 化できない」として,パイロットプロジェクトで の「成功」により大きく展開したリエイブルメン
トが直面する問題点をとりあげ,援護するのであ る39)。つまり,リエイブルメントには,計測さ れない重要な有効性がある,という指摘である。
その一つは,グレンディニングが「調査報告 2010」でも重視した,より長期におけるリエイブ ルメントの可能性である。費用対効果についての 議論では,リエイブルメントによる利用者の身体 的能力の回復は概ね確認され,リエイブルメント 終了後に社会サービス等にかかる費用は減少する ものの,当初の費用が大きいことにより,調査期 間を通じてその費用を相殺する程度にとどまり,
グレンディニング自身「統計的に有意な」結果で はないことを認めざるをえなかったのである。し かし,より長期にわたり調査をするなら,より明 確な差異が期待できる……ということかもしれな い40)。
さらに,実際には,利用者の受入に係わり,一 定の選択がなされていたことである。この基準は 明確ではなく,一律というわけでもなかった。リ エイブルメントの収容能力を超える需要の増加,
たとえば,退院を優先する病院からの圧力があり,
また,マネージャーは,迅速な改善の実証を圧力 にさらされており,それらが,利用者の受入につ いて選択的となる要素として強調された。こうし た環境の変化により,「サービスがより包括的な インテークな役割を展開させるにつれて,リエイ ブルメントサービスは,退院後ないし,短期の ホームケア支援の後に,短期集中的な介入を提供 し,アセスメントを延長した結果,(本来の機能 を超えて)適切なレベルの長期ホームケアサービ スを委託される可能性が生じた」と指摘された
41)。短期集中的なサービス・介入を目的とするプ ログラムに,長期ホームケアの機能が求められる 事態そのものが,本プログラムの混乱状態を示し ている。
第 3 に,訓練と再訓練である42)。リエイブル メントの重要な部分は,それが利用者に仕事をし てあげるのではなく,もっと利用者自身でできる ように手助けすることである。マネージャーと現 場スタッフの双方にとり,最大のチャレンジは,
利用者が何かをしようと格闘しているときに,そ
れを促すが,決して干渉しないようにすること だった。つまり,リエイブルメントを効果的に運 用するために,スタッフも,サービス利用者に対 しできるだけ自立できように動機づけ,促すスキ ルが求められるのである。
しかし,本調査によるなら,エイブルメントの 概念と実践について明確に理解できていないス タッフは,効果的に利用者を動機づけられないこ とが明らかにされ,現場でのサービス提供に関す るかなりの訓練と再訓練が必要であるとの考え方 が示された。
「伝統的なホームケアサービスで広い経験を積 んだ人びとのあいだで,ホームケアラーの伝統的 役割に関するノスタルジアと新たな役割への適応 の困難さがとくに深刻」というマネージャーの懸 念が,現場スタッフの FGD によっても認められ た43)。
多くのマネージャーは,従来のホームケアサー ビスでの経験が少ないスタッフほどこうした訓練 が容易であり,問題なく新たなアプローチを獲得 できると考えていた。訪問観察によっても,再訓 練を受けたスタッフより,新規採用者がより積極 的に利用者をリエイブルメント活動に巻き込んで いる様子は明らかである。FGD において,スタッ フが受けた再訓練の内容がつねに適切ではなかっ たことも報告された。たとえば,多くの現場ス タッフが自分たちの仕事を「立って見ているこ と」と表現したが,観察が継続的な評価プロセス の一部であり,それ自体が重要な仕事であること は十分に理解されなかった可能性が高い。
第 4 に,リエイブルメントは,短期集中的なプ ログラムであり,迅速な対応が求められたことで ある。変化する利用者の身体能力に対する適応性 と迅速な反応は,価値ある時間を一刻として無駄 にしないために極めて重要であった。リエイブル メントが始まる以前に質の高いアセスメントが行 われるなら,リエイブルメントチームの適切なサ ポート手配に大いに役立つとされた。リエイブル メントを実施する期間のアセスメントもまた,利 用者の身体能力が改善するのに応じて新たな目標 を設定するために重要であった。それゆえ,マ
ネージャーと現場スタッフの双方が,退院前アセ スメントの不正確さについて懸念を表明した。多 くが患者の自己申告のままだったからである。こ の点は,OT や PT といったスペシャリストとの 連携がうまくとれていないこと,サービス現場で の問題解決にあたり現場スタッフが創造的になれ る自由や機会を与える必要性などに関連したが,
ここでは,スタッフ間での効果的なコミュニケー ションを維持するための,「一貫して効果的な記 録システム」を紹介しよう。
「スタッフ間で,コミュニケーションの重要性 を強調し,スタッフ間によいコミュニケーション を構成するものを確立する必要がある」と考えら れ,利用者への適切なサービス提供を継続するう えで,チームメンバー間での効果的なコミュニ ケーションの維持が決定的に重要とされたのであ る44)。
しかしながら,マネージャーによれば,毎回の 訪問を記録するのは難しい仕事だとの不安をもつ スタッフもいた。観察報告によれば,事例の記録 は調査サイトごとに,さらに,サイト内の現場ス タッフ間でも,記録の記入方法は統一されていな かった。記録がたった 2 行ということもあれば,
1 ページ全部に渡っており新人ではとても理解で きないようなものも見られた。多くの場合,何を したのか(サンドイッチを作った,ベッドの用意 をした,服を着せた……)に関する内容であり,
それをどのようにしたのか,その作業に利用者が どのように参加したのか,リエイブルメントによ り支援の性質がどのように変化したのか,といっ た内容は数えるほどで,それを読んだ現場スタッ フに役立つようなものは見出せなかった45)。 第 5 に,リエイブルメントの達成には,サービ スの内部組織とその提供のみならず,真の難題と なりうる外的要因が必要とされることである。マ ネージャーと現場スタッフの間では,リエイブル メントの成否は,その「外部要因によっている」
との合意が広くなされていた46)。外部要因の第 1 が,リエイブルメントに関連する全員がビジョン を共有していること。つまり,「リエイブルメン トのチーム,社会的サービスケアマネージャーと
NHS スタッフの全員が,このサービスの狙いと 目的に関する理解を共有」することであった47)。 他のサービスを利用できないので,成果があまり 期待できない人びとにリエイブルメントを提供す るケアマネージャーが制度に圧力をかける例が指 摘された。また,「リエイブルメント期間終了時,
再入院する人びとの約 10%に,リエイブルメン トへの紹介時,不適切な内容が認められた」と非 難するケアマネージャーもいた48)。
外部要因の第 2 は,チーム外の専門家との緊密 な関係であった。とりわけ重要なのが,OT と PT への迅速なアクセスである。迅速なアクセス が不可欠といわれる,チーム外部のその他の専門 家には,ケアマネジメントチーム,病院ソーシャ ルワークチーム,地域看護師,失禁アドバイザー,
そして視覚障害者のための専門家が含まれる。
「NHS とパートナーシップを組んだサービスによ り,原則的には,リエイブルメントに広い専門的 スキルへの容易なアクセスが提供されことを示す 証拠もあったが,実際に重要であったことは,こ うした専門家(professional)が必ずリエイブル メントチームに配属されている,というより,
OT とその他のスペシャリストに即座にアクセス できることであった。」49)看護師といった専門家 より,OT,PT といったスペシャリストが必要 であったということであろうか……。
外部要因の第 3 は,長期のホームケアサービス の定員であった。すべてのマネージャーと現場ス タッフは,「新たなサービス利用者を受け入れる ために,継続的支援を必要とするサービス利用者 を迅速に,リエイブルメントサービスの外へ移行 できることが重要である」と考えていた50)。リ エイブルメントの展開により,利用者の範囲が,
病院の退院スキームや中間ケアサービスからの退 所者から,ホームケアサービスを必要とする成人 すべてに拡大し,ますます増加する需要に対応し なければならないといった問題が生じていたので ある。実際には「少なくとも 3 つの調査サイトで,
継続的支援を提供できる適切なホームケア事業者 が見つからず,リエイブルメント期間終了後も,
数週間,数ヶ月間,リエイブルメントに留まらせ
た」事例が紹介された51)。「より包括的な役割を 展開するにつれ,自立への潜在力を制約された多 くの人びとを受け入れてきたこと」に関する問題 と同様,ここでも長期ホームケアサービスの適切 な利用が重ねて強調された。
小 結
本論では,サービスマネージャーとともに FGD に参加した現場スタッフとのインタビュー により明らかにされたリエイブルメントの有効性 を高める要素,問題点が検討された。
まず第 1 にリエイブルメントにおいて,サービ ス利用者の特性により,その効果がかなり左右さ れることが指摘された。「転倒や骨折からの回復 期にある」利用者に最も効果があり,認知的機能 に問題を抱える場合,短期間で結果をだすのは難 しいとされた。また,リエイブルメントに対する 利用者の動機・やる気が大きな要素であることも 確認された(これは,グレンディニングらによる 次の論文でのテーマとなる)。第 2 の論点は後述 する。さらに,現場スタッフには,第 3 の訓練・
再訓練が不可欠であり,利用者に自立できるよう に動機づけを行い,訓練を促すスキルが求められ た。また,リエイブルメントに求められるのが,
第 4 の,利用者の身体能力の変化に対する適応性 と迅速な対応であり,周辺の NHS や PT・OT と の連携,そしてスタッフ間の効果的なコミュニ ケーション手段がとりあげられた。
大きな問題をはらんだのが,第 2 の論点である リエイブルメントプログラムの「より包括的な役 割の展開」とインテークサービスの拡大であり,
その結果,プログラムに対し様々なプレッシャー が加わったことである。目に見える成果を求めら れるなか,現場スタッフは,多様な利用者への対 応の難しさを訴えた。また,最初の論点でも指摘 されたように,短期間で結果を出せない利用者
(つまり,継続的なケアを必要とする場合)には 長期的ホームケアサービスへの移行が適切と考え られたが,そうした施設が見つからない場合,
サービスを継続せざるを得なくなる。ただし,そ れは本来の短期集中的なプログラムとは異なる内
容であり,制度への混乱をきたす可能性があった。
第 5 は,リエイブルメントの「外部要因」であ る。この部分はグレンディニングらによる「調査 報告 2010」でも同様な文脈で説明されたが,内 部要因と外部要因の関係はほぼ並列であった。全 てのマネージャーが,リエイブルメントの展開に 向けてインタビューに答えたように尽力しても,
彼らだけが孤立してできるはずもなく,「リエイ ブルメントの可能性を発揮するには,その内部組 織とサービスの提供のみならず,(本論でも示さ れた 3 つの)外部要因も必要とされる」という理 由で外部要因が加えられた52)。
しかし,本論では「リエイブルメントの達成に は,サービスの内部組織とその提供のみならず,
真の難題となりうる」と論じられており,「調査 報告 2010」に比して外部要因に明らかな力点が おかれている。具体的には以下の 3 つの要因が含 まれる。
まず第 1 に「リエイブルメントチームと,その 周辺の,社会的サービス関連のスタッフと NHS スタッフが,リエイブルメントの狙いと目的に関 する理解を共有」することであり,第 2 に,チー ム外の専門家との緊密な関係であった。しかし,
グレンディニングが最も強調したのは,第 3 の要 因である長期のホームケアサービスの定員であっ た。「包括的な役割を展開」して幅広い利用者を 受け入れるようになったリエイブルメントは,リ エイブルメントの実施期間で結果を出せなかった
「継続的支援を必要とするサービス利用者」につ いては,適切な長期のホームケアサービスに任せ て,新たな利用者を迅速に受け入れることを求め られた。つまり,「(それが不可能であるなら)リ エイブルメントの有効性は損なわれる可能性があ る」とその重要性が強調されている53)。
こうして,グレンディニングは,本論を通じ,
リエイブルメントに係わる,マネージャーと現場 スタッフのインタビューから,リエイブルメント プログラムを効果的に運用するための要素を引き 出して見せた。グレンディニングが,最も強調し たのは「リエイブルメントを達成するために,
……真の難題となりうるのが外的要因」であり,
そのなかでも長期的ホームケアサービスという,
リエイブルメントとは全く反対のベクトルを有す るサービスであった。
それでは,リエイブルメントに関する「サービ スの内部組織とその提供」について,これ以上の 問題はない,ということだろうか。たとえば,リ エイブルメントにおいて,利用者によるリエイブ ルメントへの理解と適切な目標設定が重要である,
との指摘が繰り返されたが,訓練・再訓練ないし,
利用者の身体的変化に対する迅速な対応,に関す る記述においても,利用者への具体的な説明方法 や目標設定の方法はとりあげられない。筆者とし ては,個々の目標設定において,利用者の身体的 特性のみならず,その生活環境や社会的背景がど のように考慮されるのか,といったあたりに注目 すべき問題が隠れているように感じられる。こう した点について,利用者とケアラーのリエイブル メント体験をとりあげた次の論文のなかで,グレ ンディニングの考え方を再び検討する。
2.2. 利用者とケアラーに関する調査
グレンディニングらによるなら,本論は「利用 者とケアラーがリエイブルメントをどのように体 験したのか,に関するはじめての詳細な研究」で ある54)。
本論では,34 名のリエイブルメント利用者に 対して実施された半構造化面接の結果が利用され ている。この面接参加者は,リエイブルメントの 現場スタッフにより採用された。その基準には,
それまでにリエイブルメントを 5 〜 6 回経験して おり,このサービスについてのみならず,伝統的 なホームケアとの違いを十分に理解していること が挙げられた。また,回答者の採用にあたっては,
ケアラーと同居するもの,一人暮らしのもの,退 院後にリエイブルメントを紹介されたもの,地域 で改めて紹介されたものなど,さまざまな人々が 選ばれた。グレンディニングによる調査らしく,
回答者へのインフォームドコンセントから,面接 のアレンジ,面接結果の集計まで,細心の注意が 払われており,十分に信頼できる調査となってい る。
冒頭で,リエイブルメントに関する直近の大規 模な調査結果により,リエイブルメントサービス 実施後「ソーシャルケアサービスの利用が顕著に 減少したこと」55)が確認され,リエイブルメン トの費用対効果に関するロバストなエビデンスが 提供された重要性が指摘される。
しかしながら,重要なギャップも残されており,
とりわけ,「リエイブルメントに関する利用者と ケアラーの認識と経験」または「依頼者とケア ラーの生活の質について予防的なプログラムがど れほどのインパクトをもつか」についての情報が 少なすぎるといった問題が指摘された56)。この 背景には,先の論文でも指摘されたように,「ど のようなグループのサービス利用者が,どんな環 境下で,リエイブルメントから最も利益を得るこ とができるのか,が明らかになっていない」とい う論点が存在する(これは,前論文でも述べられ ていたように,サービス利用者がより包括的にな るにつれて,一定のサービス利用者について自立 の限界が指摘されるようになったことにも関連す る)。様々な理由で,リエイブルメントに関する 利用者の理解が乏しい,または,サービスが画一 的なアプローチをとる場合,期待される効果が得 られないという問題点にも関連する。つまり,利 用者とケアラーの体験を検討することにより,リ エイブルメントサービスの提供と,サービスの効 率性向上のために求められる調整について,重要 なフィードバックをもたらすと考えられたのであ る57)。これが本論の問題意識である。
2.2.1. リエイブルメントプログラムの目標に 関する理解
リエイブルメントは,伝統的なホームケアサー ビスと異なり,利用者とケアラーが,その目標と アプローチを理解することにより,初めて成果が 得られると考えられた。前論文では,マネー ジャーと現場スタッフから,リエイブルメントの 目標を利用者に理解させることの重要性が指摘さ れた。ここでは,利用者とケアラーの立場からよ り具体的にその内容が語られる。
そもそも,「病院ないし NHS 中間的ケアを退
院する前に,リエイブルメントについて明確な情 報を得たことを思い出したインタビュー回答者は ほとんどいなかった」ことである58)。退院後,
高齢者のホームケアサービスを紹介されてから,
ようやくこのサービスについて病院内でも話され たことを思い出す事例もあったが,入院中に受け た説明はほとんどが理解されていないか,忘れら れていた。前論文でも,痛みや人生を変えるよう なトラウマに苦しんだ場合,患者の記憶は制約さ れ,理解がおぼつかない事例が紹介された。
また,退院時に渡される多くの印刷物のなかに,
リエイブルメントに関するものも紛れてしまい,
ほとんど読んでいない,との回答も多かった。
このようにサービスの内容や目標について理解 が不十分だと,利用者のサービスへの期待と実際 のサービスとの間のギャップにより,利用者の失 望感が大きくなるリスクが生じた。例えば,伝統 的なホームケアサービスを期待した利用者の場合,
利用者の自立を促すリエイブルメントには違和感 が強く,不満を露わにした。それとは逆に,積極 的に社会生活を再開したいと考える利用者の場合,
自宅内での日常活動の促進に注力するリエイブル メントは,彼の望む自立に役立たないとみなされ た。こうしたリエイブルメントとのギャップによ り,「かれらが私を手助けするなら,どうして私 が自立できるようになるだろう?」という本論の タイトルにある発言が生じたのである59)。
2.2.2. 目標の明確化と設定とその制約要因 ほとんどのアンケート回答者は,リエイブルメ ントの目標と成果に関する当初の折衝に実際に参 加したことを思い出せないし,多くは,サービス 内容が折衝で公開されなかったと考えていた。ま た,前論文で現場スタッフやマネージャーが指摘 したように,病院ないし NHS 中間的ケアを退院 する際,リエイブルメントに関する誤った説明,
または,十分な説明がなされていなかった事例が 示すとおり,施設から適切な説明がなされないこ とにより,患者の理解が妨げられた側面もあった。
リエイブルメントを運用するうえで,サービス 内容に関する理解と適切な目標設定が重要である
ことについては,既に述べたとおりであるが,本 論では,それを制約する論点が紹介される。
第 1 に,進行性の疾患のある人びと,ないし,
新たな障がいに適応しようとしている人びとにと り,このアプローチはうまく機能しない,という ことである。
たとえば,脳卒中の回復期にある女性は,「私 には何も理解できなかった。何一つ考えられな かった。その朝,これからヘルパーが来て顔を洗 い,服を着せると言われたのだ」と当惑を隠さな かった60)。また,合意した目標であっても,な かなか成果があがらないと,士気喪失のリスクが 生じ,逆効果になる可能性も指摘された。前論文 でも示されたように,骨折などの限定的疾患の場 合,リエイブルメントはうまく機能したが,脳卒 中により何らかの障がいを抱える利用者にとり,
目標設定は困難な作業であり,短期間での回復も 難しかったのである。
第 2 に,目標設定アプローチには医療と社会的 背景における変化に応じた柔軟性が求められるこ とである。リエイブルメントを実施する期間に,
利用者が健康悪化により事故をおこし,再入院す る事例も発生した。利用者の様態が変化した場合,
それを見逃さずに,本来の日常活動の訓練を休止 して,積極的に手助けするなど,柔軟な対応が求 められた。前論文にもあったように現場スタッフ は,「立って見ている」だけではなく,継続的な 評価プロセスの一環として利用者の様子を観察し,
変化に応じて迅速に対応しなければならないので ある。
第 3 の制限事項は,必要な機器と対応が迅速に 提供されない,ないし,その他の専門家の助言を 得られない場合である。まずはパーソナルケアに 関するつよい失望感(フラストレーション・不 満)であり,ドアを開けたままでトイレを利用さ せられた屈辱感,排尿に問題を抱えた利用者が,
シャワーの設置を数ヶ月待たされスティグマに苦 しんだ,といった回答である。
また,PT が緊密に参加してくれるなら,歩行 能力の維持,改善を期待できたはずだ,といった 不満も強かった。
最後に,目標設定によるリエイブルメントは,
必ずしも自立に関連する回答者の文化的規範や願 望に適合するわけではない,ということである。
目標設定の際に重要な要素となる,自立と管理に 関する文化的背景が,地域,民族などにより大き く異なっているからである。さらに,「個々の サービス利用者が『自立』という言葉で何を理解 しているのかについて,より明確に理解するこ と」が求められるからである61)。
この点に関連して,本論は「より広範な社会的 背景」を紹介する。パーソナルケアと簡単な食事 と飲み物の用意に関する自立した生活スキルを再 度習得することを手助けするうえで,リエイブル メントは確かに効果的であった。しかしながら,
社会的ニーズおよび社会的活動については,多く の回答者にとり重要であるとの指摘があるのもか かわらず,これに関連するサービスを提供してこ なかった。多くの回答者は,自宅から外出できな い,ないし,外出機会を制限されることに不満を 感じたのである。
社会的な活動またはレジャー活動への障壁は 様々であり,リエイブルメントはこうした目標を 実現するための手助けにはなっていない。
社会的ニーズの無視は,とりわけ一人暮らしの 人々にとり主要な問題とされた。ある女性によれ ば,社会的サービスに関する彼女の要求は,無視 され先送りにされ続けた……。「『私たちがそれに ついて検討しましょう』というのがかれらのお気 に入りのせりふだ。私は何かをしてほしいのだ。
私は死んではいない,耳が聞こえないだけなの だ」と自宅に閉じ込められることへの不満を口に した62)。玄関の階段を降りていき,一定の距離 を歩けるような支援がほしい,という女性もいた。
小 結
本論では,結論において,「リエイブルメント の提供において,単純ないし標準的な自立を考え てしまうリスク」の存在が指摘される。そして,
「自立の意味は多面的,主観的であり,個人の環 境の変化に応じて変化する」のであるから,「サー ビス利用者とケアラー自身の回復に関する優先事
項と,利用者の自立の中核と考えられる日常生活 の局面を理解することが,リエイブルメントの成 功に欠かせない」ことが強調される63)。
リエイブルメントにおいて,まず第一に,利用 者の自立を促すことが強調された。伝統的なホー ムケアは,利用者の望むままにサービスを提供す る傾向にあり,サービス提供者への依存関係を強 めてしまう,と批判された。少なくとも部分的に は,リエイブルメントはこの伝統的なホームケア との相違を主張することで,そのアイデンティ ティを確立してきたと言えよう。また同時に,
ホームケアサービスにおける主導権を奪い,多額 の予算を自由にできる権限を得てきたことは,各 論文において繰り返し示されてきたとおりである。
簡単な食事の準備や掃除,洗濯をケア労働者に やってもらうのではなく,自らできるようになる ことに価値を認め,各自が自分の身体や環境に適 した「目標」を設定して,リエイブルメントの現 場スタッフとともに,目標達成のために必要な訓 練を計画に従い実施する,それがリエイブルメン トという新たなホームケアサービスであった。
そうであるなら,ここでの自立とは,利用者が 通常の日常生活に必要な活動である,掃除,洗濯,
簡単な調理を自らできる状態と言いなおすことも できる。これこそ,グレンディニングが指摘した
「単純ないし標準的な自立を考えてしまうリスク」
に相当するのではないかと筆者は考える64)。個 人の自立を回復させるという目標は,時には西洋 社会の崇高な価値観とまで称揚されたものであっ た。インタビュー項目「リエイブルメントにより,
あなたの生活で変わったと感じることは何です か?」の追加調査として,「しっかりと安全に感 じる」「住まいを生活で快適に保てる」とならん で「やりたい活動をする」が先頭にあげられてい る。問題はこの具体例が「パーソナルケア,買い 物,調理,掃除」であり,個人の趣味や社会的 ニーズは全く含まれていないことである。グレン ディニングの社会では,調理や掃除を「やりた い」と考えなければならないのだろうか65)。リ エイブルメントの運用において,そうした問題が すっかり欠落してしまっているように思われるの
である。
お わ り に
「調査報告 2010」の結論部で,グレンディニン グは,「本調査においてはその準備から実施段階 に至るまで調査デザインに沿って厳格な運営がな されており,非常に複雑なサンプルを利用しなが ら,とりわけ,本サービスの費用対効果に関する 発見は,リエイブルメントのインパクトに関する 強力な証拠を提供し,今後の政策の発展にとり,
これまでの選択的ないしパイロットサービスにつ いての評価に比して,はるかにロバスト根拠
(considerably more robust evidence)をもたら した」と改めて記している66)。
ここでも明らかなように,グレンディニングの 関心事は,常に伝統的なホームケアとの比較であ り,当然のことながら,リエイブルメントの優秀 性,つまりその費用対効果を明示するために「調 査報告 2010」が編まれたのである。
しかしながら,リエイブルメントの優秀さを維 持するためには,むしろ外部要因が「真の難題」
であると主張され,とくに長期のホームケアサー ビスの必要性が強調された。リエイブルメントの 提供期間を経ても,継続的な支援が必要な利用者 に対して適切なサービスを提供できるホームケア 事業者が見つからなければ,そうした利用者はリ エイブルメントに留まり,制度に目詰まりを起こ して,リエイブルメントを破綻させることになり かねない,と強い懸念が表されたのである。
それでは「サービスの内部組織とその提供」に 係わる問題はどうであったか。利用者のリエイブ ルメントへの理解と適切な目標設定に関する利用 者への具体的な説明方法などはとりあげられな かった。伝統的なホームケアサービスとの比較,
ないし,リエイブルメントの抽象的な目標に関す る議論が繰り返された印象が強い。
そうした文脈において,リエイブルメントは伝 統的なホームケアと異なり,利用者に自立を促す と定義されたが,実はそこにも大きな問題が存在 した。本来,「自立の意味は多面的,主観的であ
り,個人の環境の変化に応じて変化する」のであ り,「サービス利用者とケアラー自身の回復に関 する優先事項と,利用者の自立の中核と考えられ る日常生活の局面を理解すること」がリエイブル メントには欠かせない,とグレンディニングは強 調する67)。
そうした文脈で,サービス利用者とケアラー自 身による,リエイブルメントの目標設定が重視さ れたはずである。利用者とケアラー自身の「回復 に関する優先事項」と「自立の中核と考えられる 日常生活の局面」を十分に理解して,それを踏ま えた目標が設定されるなら,それこそ,パーソン センタードな目標であり,オーダーメイドな目標 と認められるだろう。しかしながら,それは,一 般的なリエイブルメントに含まれる日常生活に必 要な活動には収まりきらないかもしれない,と同 時に,リエイブルメントが掲げる費用対効用を逸 脱する可能性も否定できなかったはずである。
つまり,実際には「リエイブルメントサービス は,一般的に,利用者の社会的ニーズに対処でき なかった。とりわけ,外出と社会的活動の再開へ の欲求についてである」と,その限界が示唆され る68)。自宅内で,掃除や洗濯,簡単な調理の訓 練を繰り返しても,外へ出たい,そして,社会的 な活動に参加したい,という自立への期待には届 かないという利用者の悲鳴が聞こえてくる。
「自立に関するパーソン・センタードの考え方,
社会的参加そしてサービス利用者とケアラーの 様々なニーズと期待に,とくに思いを致さなけれ ばならない」というグレンディニングの指摘は含 蓄に富んでいるのである69)。
【注】
1) Caroline Glendinning は,2004 年から 2014 年まで英国の ヨーク大学の社会政策研究ユニット(SPRU)の社会政策 の教授を務めた。また,2004 年から 2011 年,保健省が資 金提供した研究プログラム「ライフコース全体の選択と独 立」を主導,2009 年から 2014 年まで,NIHR 社会福祉研究 所の副所長として,SPRU および SSCR の研究プログラム を率いた。さらに,2008 年から 2011 年,英国社会政策協 会の議長を務め,現在,ヨーク大学の名誉教授であると同 時 に 英 国 社 会 科 学 院 会 員 で あ る。 専 門 領 域 は,Social services, Older people, Disabled people, Paying for care と
手広い。筆者はグレンディニングの論文から多くの示唆を 得てきたが,この分野への興味をもつ端緒となったのが以 下の論文である。Fine M. and Glendinning C., Dependence, independence or inter-dependence? Revisiting the concepts of ‘care’ and ‘dependency’. Ageing & Society 25, 2005, pp. 601-621.
2) Glendinning C., Jones K., Baxter K. et al., Home Care Re- Ablement Services: Investingating the Longer-Term Impacts(Perspective Longitudinal Study). Social Policy Reseatch Unit, University of York, York, 2010.
3) Ibid., p. 1.
4) Rostgaard T., Socially investing in older people –Reablement as a social care policy response? KORA–
Danish Institute for Local and Regional Government Research. Research on Finnish Society, Vol. 9, 2016, pp. 19- 32, p. 20. ロスガードによるなら,グレンディニングの調 査はリエイブルメントにより社会的ケアへのニーズは減少 して,同様に費用も減少したが,総費用について変化はな く,準備費用と医療の費用を含んでも,総費用に顕著な相 違はみられなかった,と結論づけた。
5) Tessier A., Beaulieu MD, McGinn CA, Lautulippe R.
Effectiveness of reablement: a systematic review.
Healthcare Policy, 11(4), 2016, pp. 49–59, p. 55.
6) Glendinning C., Jones K., Baxter K. et al., p. 9. Tessier ら のレビューによるなら,取り上げられた試験 10 のうち,調 査参加者が 1,000 を超えたのは,ニュージーランドと米国 とグレンディニングの英国における試験の 3 つであり,大 規 模 な 試 験 で あ っ た こ と が う か が え る。(Tessier A., Beaulieu MD, McGinn CA, Lautulippe R., Ibid., pp. 53-54.)
7) Glendinning C., Jones K., Baxter K. et al., p. 6.
8) Ibid., p. 7.
9) Ibid., p. 126. パイロットプロジェクトで働くスタッフの士 気は高く,仕事内容にも進んで適応した。さらに,資源が 豊富であり,なかには「ロールスロイスのような」と揶揄 されたサービスも散見された。(Ibid., p. 127.)
10) Ibid., p. 7.
11) Ibid., p. ix.
12) Ibid., p. 67.
13) Ibid., p. 70.
14) Ibid., pp. 71-72.
15) Ibid., p. 73.
16) Ibid., p. 76. 日常的な活動について,12 ヶ月後のフォロー アップでニーズのレベルが低いとの回答が,リエイブルメ ントグループで 39%,対照グループで 21%で,差異が最 も大きかったのは,日常的な活動に取り組める能力であり,
リエイブルメントグループで 39%,対照グループで 21%
であった。
17) たとえば,自分で服を着ることができない場合,EQ-5D の スコアは低くなる。しかし,ASCOT では,誰かに手伝っ て服を着られるなら,服を着られないよりよいスコアを与 えられる。つまり,機能障がいを乗り越える援助の可能性 は,ASCOT では記録(登録)されるが,EQ-5D では必ず しも記録されない。その結果,EQ-5D を利用するなら,伝
統的なホームケアサービスの影響は低く測定され,リエイ ブルメントサービスの成果が実際より高く測定される可能 性も指摘される。(Ibid., p. 86.)
18) Ibid.
19) Ibid., p. x.
20) Ibid., p. x. 社会的ケアの年間費用は,「対照グループが 3,060 ポンド,リエイブルメント・グループが 1,150 ポンド であり,60%以上の削減がなされたことになる」との説明 もなされている。(Ibid., p. 101.)
21) Ibid., p. x. 「基本特性の相違を考慮するなら,リエイブル メントグループによる社会的ケアサービスの費用は,対照 グループの 60%未満であった(1,130 ポンドと 2,850 ポンド であった)」との説明が加えられているが,これをもって総 費用に関する結論を提示することはなされなかった。(Ibid., p. 101.)
22) Ibid., p. 106.
23) Ibid., p. 108 24) Ibid.
25) Ibid., p. 111. ヘルスケアの費用が実際には報告より 10%高 い場合,リエイブルメントが費用対効果的である可能性は,
EQ-5D スコアにおける上昇に対して 2 万ポンドが支出され ると仮定するなら 92%,それが 3 万ポンドなら,97%にな る。実際との相違が 25%の場合,2 万ポンドに対して 70%,
3 万ポンドに対してほぼ 90%の割合で費用対効果的となる。
26) Ibid.
27) Ibid., p. 123.
28) Ibid.
29) Ibid., p. 125.
30) Ibid., p. 118. サービス終了時のアンケート回答者は,リエイ ブルメントグループで 461 名,対照グループは n/a,追跡 調査では,各々,438 名,259 名であった。また,各グルー プの死亡者は,各々 65 名,44 名であった。(Ibid., p. 9.)
31) Rostgaard T., Ibid., p. 21.
32) Rabiee P., Glendinning C., Organisation and delivery of home care re-ablement: what makes a difference?’. Health
& Social Care in the Community, 19(5), 2011, pp. 495-503.
33) Wilde A., Glendinning C., ‘If they’re helping me then how can I be independent?’ The perceptions and experience of users of home-care re-ablement services. Health & Social Care in the Community, 20(6), 2012, pp. 583-590.
34) Rabiee P., Glendinning C., op. cit., p. 501.
35) Ibid., p. 498.
36) Ibid., p. 501.
37) Ibid., p. 498.
38) Ibid., p. 501.
39) Ibid.
40) さらに付け加えるなら,当初,リエイブルメントの有効性 が認められたのは,まさしく「政策策定者と地方の政治家 が劇的なインパクトだけに興味があった」からに相違ない,
という事実である。
41) Ibid., p. 498.
42) Ibid., p. 501.
43) Ibid., p. 499.