明治初期における山村の食事と栄養 :『斐太後風土 記』の分析を通じて
著者 藤野 淑子
雑誌名 国立民族学博物館研究報告
巻 7
号 3
ページ 632‑654
発行年 1983‑01‑25
URL http://doi.org/10.15021/00004475
国立民族学博物 館研究報告 7巻3号
明治初 期 にお け る山村 の食事 と栄養
.『 斐 太 後 風 土 記 』 の 分 析 を 通 じて
藤 野 淑 子*
Food and Nutrition in Nineteenth Century Hida
Yoshiko FuJINo
Little research has examined Japanese diet since the beginning of the Meiji Era, although, clearly, change in dietary patterns occurred along with the modernization of the Nation.
This paper presents a reconstruction of diet and nutrition of the Hida area of Gifu Prefecture at the beginning of the Meiji Era, based on data recorded in Hidagofudoki (A New Geographical Description and Local History of Hida: 1874). One hundred and sixty eight items of food are categorized as follows: 42 vegetable, 24 fishery product, 24 fruit, 14 mushroom, 12 seeds and nuts, 10 cereal, 8 mammal, 7 bird, 7 potato, 6 beverage, 3 oil, 3 starch, 3 bean and 3 seasoning.
The daily nutritional intake of an individual can be summarized as follows (Present-day standard value given in the parenthesis for comparison) ; (1) Energy 1849.7 (2,167) kcal; (2) Protein 50.0 (80.0)g; (3) Fat 20.0 (54.7)g; (4) Carbohydrate 371.5 (326)g; (5) Calcium 133.9 (562)mg; (6) Phosphorus 1,429 mg (7) Iron 8.4 (13.9) mg; (8) Sodium (salt) 70.2 (13.8)g; (9) Vitamin A 24.7 (1,853) I.U.; (10) Vitamin B1 1.94 (1.19)mg; (11) Vitamin B2 0.39 (1.06)mg;
(12) Niacin 17.9 mg and (13) Vitamin C 5.17 (123) mg.
The results demonstrate a heavy dependence on rice and millet in Hida at the beginning of the Meiji Era. Although sufficient in some aspects, such a dependence led to a general insufficiency of essential minerals and vitamins which are lacking in these cereals.
Causes of mortality were analized using the records of a local Buddist temple, particularly to trace the consequence of nutritional imbalance. Infant mortality, a high rate of mortality among women owing to difficult childbirth, cerebral apoplexy, and epidemics owing in part to general malnutrition as a consequence of a low protein diet (especially animal protein), were the major causes of death.
Excessive salt intake seems related cerebral apoplexy. High death rates from epidemics also seem attributable to general malnutrition,
*山 口大学教育学部 ,国 立民族学博物館共 同研究員
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藤野 明治初期における山村 の食事 と栄養
especially the low Vitamin A intake which lowered resistance to disease.
The dietary patterns of rural Japan began to change after 1960, with a wider consumption of meat, dairy products, vegetables, and with a proportionate decrease in dependence on cereals. Cause of mortality and types of disease have also changed drastically, partly as a con- sequence of the shift in dietary habits.
1.は じめ に 資 料 と方 法
ll.明 治初 期 ・飛 騨地 方 に お け る食 用 産物 の 生 産高
1.食 用 産 物 の 内 訳 2.移 出入 の 記 録 皿,供 給 栄養 量 とそ の構 成
1・ 食 料 供給 量
2,'エ ネ ル ギ ー 3. タ ンパ ク 質
4.脂 肪 5.炭 水 化 物 6.無 機 質 7. ビ タ ミ ン
IV.明 治 初 期 の 飛 騨 の 食 事 の 復 元 V.栄 養 状 態 と 疾 病
1.は じ め に
日本 人 の食 生 活 は,明 治 以 後 の近 代 化 に と もな って おお き く変 化 した とい わ れ るが, そ の 過 程 に お け る栄 養状 態 につ い て の実 証 的研 究 は,ほ とん ど な い。 筆 者 らは,国 立 民 族 学 博 物館 に お け る共 同研 究 「日本 に お け る山村 文 化 の伝 統 と変 容 」 の一 環 と して,
『 斐 太 後 風 土記 』 の記 録 を も とに,近 代 化 の過 程 に お け る 山村 の 食物 と栄 養 に か か わ る研 究 を 行 な って きた 。 この 論文 は その 研 究 成 果 の一 部 で あ り,筆 者 の同 研 究 会 に お け る 口頭 発 表 を ま と め た もの で あ る。
『 斐 太 後 風 土記 』 は,明 治6年 に完 成 した 飛 騨 地方 の地 誌 で,飛 騨 地 方 にお け る産 物 とその 生 産 量 につ いて と くに詳 しい記 載 が あ る。 この食 用 産 物 の記録 を もと に して, 当時 の食 事 と栄 養状 態 が推 測 で き る と考 えた 。 そ の 一部,主 と して エ ネル ギ ー量 に つ い て の分 析 は,す で に発 表 ず み で あ る[小 山 ・松 山 ・秋 道 ・藤 野 ・杉 田1982]。 本 論文 で は,さ らに そ の範 囲 を広 げ栄 養素 全 般 にわ た る分析 を試 み る こ とに よ り,当 時 の 飛 騨地 方 の食 事 が,栄 養 面 か らみ て ど の よ うな特 異 性 を 持 って い たの か を考 察 す る
こ とを 目的 と して い る。
資 料 と方 法
1)『 斐 太 後 風 土記 』 に は,本 編 に各村 別 の食 用 産物 とそ の 生 産 量 がか か れ て い る。
そ して,巻 末 の付 録 と して移 入 一移 出 の食 品 量 が あ る(「 國 産諸 品 責 出便 概記 」 と 「 必
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国立民族学博物館研究報告 7巻3号 用 品 他 國 よ り買入 高 凡 積 」)。巻 末 の記 録 は,明 治3,4年 の も ので あ る。 した が って これ らの 記 録 を あ わ せ る と,当 時 の 飛騨 地 方 の食 品 供 給状 態 を量 的 に把 握 で きる。
2) 国 立 民 族学 博 物 館 で は,『 斐 太 後 風 土記 』 を もと に コ ン ピュー タ に よ る 「ヒダ ・マ ッ ピ ング ・シ ステ ム」 と よ ばれ る検 索 システ ムが つ くられ て い る。 本 研 究 の 具体 的デ ー タ は ,そ の 検 索 システ ムを つ か った。
3)食 品 の 同 定 お よび 総生 産 量 は,筆 者 らがす で に発 表 した 「 『 斐 太 後 風 土記 』 に よ る食糧 資 源 の 計 量 的 研究 」 に よ って い る。 な お産 物 の 量 的 記録 の欠 落 した 村 の産 物 量 復 元 に あた って は,量 的記 載 が あ る村 の平 均 生 産 量 を も って あ て た。 そ れ らを集 計 し て 飛騨 地 方 全 体 の 総 生 産 量 と した 。 量 はすべ てk9単 位 に 換 算 して統 一 した 。
4) 食 品 は, .『 三 訂補 日本 食 品 標 準 成分 表 』[科 学 技 術庁 資 源 調 査 会 編 1980]を 基準 と して,穀 類,イ モ類,デ ンプ ン類,油 脂類,豆 類,種 実 類,魚 貝 類,獣 類,鳥 類, 野 菜 類,果 実 類,き の こ類,嗜 好 飲 料 類,調 味 料 類 の14群 に分 類 した。
5) 供 給栄 養 量 を 求 め るに あ た って は,『 三 訂補 日本 食 品 標準 成 分 表 』,「国 民 栄 養 調 査 用 追 加 食 品成 分 表 」(栄 養審 議 会 編 1964)[神 立 他 1981],『 食 品 栄 養 便 要 覧』
[国立 栄 養 研究 所 ・国民 栄 養 振興 会編 1964]を 使 用 した 。 これ らの食 品 成 分表 に 収 録 され て い な い食 品 につ いて は,近 縁 と思 わ れ る食 品 の成 分 表 を適 用 した。 一 部 不 明
の もの は,量 的 に無 視 で き る もの と して 除 外 した 。 食 品 は廃 棄 率 を考 慮 して,可 食 部 を求 めた 。
こ こで用 い た手 法,す な わ ち供 給 食 料 を も とに栄 養 量 を求 め る方 法 は,現 在,農 林 水 産 省 で 食料 需 給表 か ら供 給 栄 養 量 を算 出す る方法 で あ る。
6) 供 給 栄 養量 の 計算 にお け る問 題点 を ま と め る と,次 の9点 に要 約 され る。
a.『 斐 太 後 風 土 記 』 の記 録 に含 まれ る誤 差 。 b,食 品 の 同定 の あ や ま り。
c.生 産 量推 定 時 の誤 差 。
d.重 量 換 算 率,可 食部 率 に含 ま れ る誤 差。
e,使 用 した 食 品 成 分表 が現 在 の もの で,食 品成 分 に変 化 が生 じて い る。
f.近 縁 と思 わ れ る食 品 で代 用 した り,量 ま た は成 分 が不 明 で計 算 で きな い 食 品 が あ る。
9.『 食 品 栄 養 債 要 覧』 を使 用 した食 品 は,エ ネル ギ ー,タ ンパ ク質,脂 質(糖 質, 繊 維 は一 部 不 明),カ ル シ ウ ム,リ ンの値 につ いて の み計 算 した 。
h.食 品 成 分表 の可 食 部 で 計算 したた め,動 物 ・魚 の骨 や 内 臓,根 栽 類(ダ イ コ ン,
カ ブ,ニ ン ジ ンな ど)の 葉 の部 分 の栄 養 を 考 慮 で き な い。
藤野 明治初期における山村の食事 と栄養
i.飼 料 用,種 子 用,減 耗 量 お よ び 歩 留 り は,こ こ で 考 慮 し て い な い 。 以 上 の 諸 点 は,今 後 の 課 題 と し て こ こで は 指 摘 す る に と ど め る 。
7) 1人1日 あ た り食 料 供 給 量 は,当 時 の 飛 騨 地 方 の 人 口 が 『斐 太 後 風 土 記 』 に よ る と 約92,600人 で あ る こ と か ら,次 の 式 に よ っ て 求 め た 。
・人 ・日あたり食料供給量(9)一 食鷲 箏讐 肇 繋 階000
前 項 で指 摘 した よ うに,こ こで も生 産量 と供 給 量 が等 しい と み な して 単純 に計 算 した 。
ll.明 治初 期 ・飛 騨 地 方 に お け る食 用産 物 の生 産 高
1.食 用 産 物 の 内 訳
『斐 太 後 風 土 記 』 に は172品 目 の 食 糧 資 源 が 記 録 さ れ て い る 。 こ の う ち 主 と し て 灯 油 用 に 使 わ れ た ナ タ ネ,食 用 に さ れ な か っ た と お も わ れ る ウ シ,ウ マ,コ ウ マ は 除 外 し た[小 山 ・松 山 ・秋 道 ・藤 野 ・杉 田 1982]。 残 り168品 目 の 内 訳 は,野 菜 類(野 草 類 を 含 む)が42品 目 で 最 も多 く,魚 貝 類,果 実 類 が そ れ ぞ れ24品 目,き の こ類14品 目, 種 実 類12品 目,穀 類10品 目,獣 類8品 目,イ モ 類,鳥 類 各7品 目,嗜 好 飲 料 類6品 目, 油 脂 類 デ ン プ ン 類 豆 類,調 味 料 類 が 各3品 目 お よ び そ の 他2品 目 で あ る(表1)。
こ れ ら の 品 目 は,砂 糖 お よ び 甘 味 類 菓 子 類 と い っ た 甘 味 食 品 が な い こ と,良 質 の タ ンパ ク質 源 で あ る 卵 類,乳 類 が な い こ と,無 機 質 源 と な る海 草 類 が な い こ と が,特 徴 と し て あ げ られ る 。
『斐 太 後 風 土 記 』 の記 載 に は,産 物 名 だ け あ が って 量 の 記 載 さ れ て い な い も の が あ る 。 そ れ は 野 菜 類 ・き の こ 類 に 多 く,野 菜 類 は42品 目 中14品 目(33.3%),き の こ 類 で は14品 目 中9品 目(64.3%)に お よ ん で い る 。 しか し,こ れ ら の 食 品 は,食 糧 と し て 重 要 で は な く生 産 量 も 多 くな か った と お も わ れ る の で,栄 養 供 給 源 と して の 貢 献 度 は あ ま り 高 くな か っ た と 考 え て よ い 。
以 上 の よ う な 条 件 の も と に 栄 養 価 の 計 算 が で き た も の は,穀 類10品 目,イ モ 類5品 目,デ ン プ ン類2品 目,油 脂 類1品 目,豆 類3品 目,種 実 類10品 目,魚 貝 類21品 目, 獣 類6品 目,鳥 類5品 目,野 菜 類21品 目,果 実 類17品 目,き の こ 類5品 目,嗜 好 飲 料 類4品 目,調 味 料 類1品 目で 合 計111品 目 で あ っ た 。
2.移 出 入 の 記 録
『斐 太後 風 土 記 』 に 記 載 さ れ て い る他 国 か らの 買 入 食 料 品 は,米15,000石,雑 穀
635
国立民族学博物館研究報告 7巻3号 8,000石,塩13,000石,茶15万 斤,無 塩 肴 代 金2,000両,乾 塩 肴 代 金13,000両,飴 菓 子, 砂 糖 代 金1,500両,索 麺 ・干 温 代 金300両 で あ る。 売 出 食 料 品 と し て は 蕨 粉200石,掲 栗100石,干 茸 品 々280両,干 蕨 ・干 狗 脊 菜200両,皮 栗 ・胡 桃 ・概 子 な ど の 代 金100両 が 記 録 さ れ て い る 。
こ の う ち量 の 記 載 の あ る コ メ,雑 穀,茶,蕨 粉,掲 栗 に つ い て は,栄 養 量 の 計 算 を お こ な っ た 。 雑 穀 は 細 目 の 同 定 が 困 難 な の で,こ こで は コ ム ギ の 値 を つ か っ て 計 算 し た 。
サ カ ナ は無 塩 乾 塩 肴 を あ わ せ て15,000両 に お よ ぶ 買 い 入 れ が あ り,タ ンパ ク 質 源 と して 無 視 す る こ と が で き な い の で,量 の 推 定 を お こ な っ た 。
推 定 の た め の 資 料 と して,安 政4年(1857)に 飛 騨 郡 代 が お こ な っ た 飛 騨 日 用 品 一 力 年 の 買 入 高 調 査 の 記 録 を 用 い た 。 そ こ に は 「 肴 類 は凡 そ ニ ー ○ ○ 駄,一 駄 目 方 平 均 三 六 貫,こ の 代 金 一 両 三 分,し た が っ て 合 計 代 金 三 六 七 五 両 … 」[岐 阜 県 1972:707]
の 買 い 入 れ と 見 ら れ る 。 こ の 記 録 に よ る と,飛 騨 国 は1857年 に283.5ト ン の サ カ ナ を 買 い 入 れ て い た こ と に な る。 明 治3年 と 比 べ て サ カ ナ の 移 入 は金 額 的 に は3.7倍 に な っ て い る が,こ の 頃 の 物 価 の 変 動 は 激 し く,12年 と い う 短 期 間 の う ち に4倍 ち か く サ カ ナ の 消 費 量 が ふ え た と は考 え に く い 。 こ こ で は 一 応 サ カ ナ の 移 入 を1857年 段 階 と ほ ぼ 同 じ 約300ト ン と 仮 定 し た 。 ま た,サ カ ナ の 栄 養 価 は サ バ の 値 を つ か っ て 計 算 し た1)。
以 上 の よ う に 食 料 品 の 生 産 に,移 出 入 の 差 額 を あ わ せ た も の が,明 治3年 当 時 の 飛 騨 に お け る 総 食 料 供 給 量 で あ る 。 こ れ ら の 食 料 は 一 年 間 で 完 全 に 消 費 さ れ た と 仮 定 し て あ る 。
皿.供 給 栄 養 量 とその構 成
1.食 料 供 給 量
1人1日 あた り食 料 供 給量 を表2に,食 品群 別 供 給 量 を表3に しめす 。 当時 の飛 騨 の食 料 構成 は,1978年 の食 品 群 別 摂 取 量[厚 生 省 公 衆 衛生 局 栄養 課 1980]と 比 較 す る と,供 給量 と摂 取 量 の 違 い は あ るが,総 量 で 約4割 にす ぎ ず,穀 類 ・種 実類 を除 けば す べ て小 さ い値 で あ る。 と くに,果 実 類 ・野菜 類 ・肉類 が少 な く,加 え て 卵 類 ・
1)江 戸末 期 の 文 献 に よ る と,飛 騨 国 へ の魚 の 入 荷 は 隣接 す る 越 中富 山か らが 多 か った と い う
[岐阜 県 1972:705‑707]。 当 時,正 月 用 な ど に飛 騨 飾 が珍 重 され た とあ る こ とか ら,サ カ ナ
を プ リと して 計 算 す べ きか も しれ な い 。 しか し,ブ リは 当時 にお いて も高 級魚 で あ った ・そ こ
で 中 型 の大 衆 魚 で あ る サバ で代 用 し暫定 的な 数値 をだ した 。
表1 『斐 太 後 風 土 記 』 食 用 産 物 リ ス ト 洋 食 品 名 代用 した食品
投
ア ワ オ オ ム ギ カ ラ ヒ ェ キ ビ コ キ ビ コ ム ギ コ メ ソバ
ト ウ ノ キ ビ ヒ ェ
精 白粒 精 麦 強 化押 し麦 1ヒ ェ
1精 白粒 キ ビ 薄 力 粉1等 玄 米 ・水 稲 全 粒 ・ソバ 粉 トウモ ロ コ シ
結 白粒
ヨ
蟹鷲卿騨弊
顎
イ
を
領
イ モ ル イ コ ン ニ ャ ク イ モ サ ツ マ イ モ シ ロ イ モ ツ ク ネ イ モ ハ タ ケ イ モ ヤ マ ノ イ モ カ タ ク リ ク ズ ワ ラ ビ
ジ ヤ ガ イ モ ?
169.1 169.1 1,100.5 1,100.5 1.5 1.5 11.4 11.4 0.1' 0.1 429.8 , 429.8 7,470.5 1 7,470.5 151.6 151.6 0.5 0.5 3,544.3 3,544.3
由 1旨 領
ア ブ ラ ル イ カ ン ユ キ ノ ア ブ ラ
ジ ヤ ガ イ モ ヤ マ ノ イ モ サ ツ マ イ モ
クズ 植物油
40.8 , 36.7
3.7' ?
0.4: 0.3 157.7 ' 141.9 0.1i O.0
19.5 i 15.6 rmi
歪 領
ア ズ キ サ サゲ ダ イ ズ
6.41 6.4
17.O I 17.0
4.61 4.6
̲ i ̲
i
81。2i 81.2
2.6 656.1
2.6 656.1
エ コ マ ゴ マ カ シ ワ カ ヘ ギ ン ナ ン ク リ ク ル ミ サ ン シ ョ ゥ
トチ ナ ラ ハ シバ ミ ホ シ グ リ キ ンギ ョノ コ コイ ノ コ ム ア オ ガ イ ム ア ジ メ ム ア ユ 諏
ム ア ユ キ ョウ ム イ ワ ナ ム ウグ イ ム ウナギ ム ウル カ ム カ ワ ウオ ム カ ワ コイ ミ
サ ケ ザ コ
ム サ ン シ ョウ ウオ ム シジ ミ ム タ ニ シ ム チ チ コ ム ドジ ョウ 領 ム ナ マ ズ ム ハ エ ム フナ ム マ ス ム ヤ ツ メ ウ ナギ
56.3 0.5
0.3 0.4 169.8 0.2 0.3 314.2 210.6 0.2
56.3 0.5
0.2 0.3 118.8 0。1 0.3 242.0 126.4 0.2
コ イ シ ジ ミ
ド ジ ョ ウ
ホ ンマ ス
コ イ コ イ
ウ グ イ
ホ ンマ ス
ホ ンマ ス
? 0.1 0,1 1。1 6.3
2.1 265.5 0.3
0.1 0.0 0.1 3,0 0.0 0.0 0.1 0.0 0.0 0.0 132.0 0.2 3.4 0.0
0.0 0.0 1.1 3.8
1.2 146.1 0.3
0.0 0.0 0.0 1.7 0.0 0.0 0.0 0.0 0.0 0.0 79.2 0.1 2.0 0.0
群 食 品 名 代用 した食品 総 推 定 生 産 量(ト ン) 可 食 部 重 量( トン) 群 食 品 名
獣 類
イ ノ シ シ ウ サ ギ カ マ シ シ キ ツ ネ ク マ サ ル シ カ ム ジ ナ
シ カ
ウサ ギ
・7・ 4 1 0.1 4.0
? 1.0 1.4 12.9
?
23.7 0.0 2.0
0.5 0.3 6.4
鳥 類
カ シ ド リ カ モ キ ジ コ ト リ ハ ト
ヒバ リ ヤ マ ド1)
マ ガ モ
野 菜 類
ウ リ エ ン ド ウ オ タ ネ ニ ン ジ ン カ ブ ラ カ ブ ラ ナ カ ボ チ ャ カ ラ シ カ ン ピ ョ ウ キ ュ ウ リ ゴ ボ ウ シ ョ ウ ガ ズ イ キ ダ イ コ ン タ ケ フ シ ニ ン ジ ン ナ ス
ニ ン ジ ン ネ ギ フ キ
ミ ョ ウ ガ ヤ サ イ
ス ズ メ
キ ジ
? 0.1 0.9 0.2 0.3
1.5
0.0 0.5 0.2 0.1
0.7
日本 カ ボチ ャ
0.0 18.1 29.5 31.5
0.0 0.3 8.5 0.2 1.1 74.7
0.0 2. 0 0.1 0.1
? 16.3 20.6 28.4
0.0 0.2 6.8 0.2 0.9 67.2
? 1.8 0.1 0.1
果 実 類
ア ンス ウ メ カ キ ク シ ガ キ ク ダ モ ノ コ ウ メ コ ガ キ サ モ モ シ ブ ガ キ ス イ カ ス モ モ ナ シ ナ ツ メ マ ル メ ロ モ モ ユ ズ リ ン ゴ ア ケ ビ イ ワ ナ シ カ ワ ラ グ ミ ク サ エ ビ グ ミ ヤ マ ナ シ ヤ マ ズ ミ
き の こ 類
ム イワ タケ ム キ ノ コ ム コ ウタケ
代用 した食 品
干 し柿 ウ メ カキ ス モモ 渋 ぬ き柿
リ ン ゴ カ リ ン
総 推 定 生 産 量(ト ン)
グ ミ
1.0 10.3 45,6 3.3
0.0 0.3 0.1 0.1
15.7 19.8 0.4 0.0 4. 8
0.9 0。8
0.3 0.0 0.3 0.1
?
ケ ケ コ タ タ ノ ケ ケ ケ ラ イ ケ ケ キ タ ジ タ タ ヒ マ タ タ ツ イ メ ツ ラ シ シ イ キ ザ シ シ ハ ヒ ホ ホ マ ム ム ム ム ム ム ム ム ム
3.2 0.7
0.9
0.1
可 食部 重 量 ( トン)
野 草 類
ア カ ザ ウ ド オ オ ア ザ ミ ク キ タ チ ナ サ サ タ ケ ノ コ ジ ュ ン サ イ セ リ タ ケ ノ コ ツ ク バ ネ ニ ン ド ウ ヒ ヨ ビ ヘ ラ タ ケ ホ シ ゼ ン マ イ ホ シ ヨ モ ギ ホ シ ワ ラ ビ ホ ホ サ ケ ヤ マ ア ザ ミ ヤ マ ゴ ボ ウ
ユ リ ヨ モ ギ リ ョ ウ ブ ワ サ ビ
タ ケ ノ コ
ヨ モ ギ
0.0 0.5
2.3
0.9 9.0 38.7 3.1
干葉
0.0 0.2 0.1 0.1
54.0
0.0 0。9
18.8 3.9 0.3
ユ4.9 16.2
0.2 0.0 4.2
0,8
?
0.2
? 0.1 0.1
?
? 0.3
1
ム マ ツタ ケ ム ロ ウジ タケ
0。11 1.1
2.4 0.6
0.9 嗜 好 飲 料 類
ア オ チ ャ コ ウ ボ ウ チ ャ サ ケ シ モ ヤ マ チ ャ チ ャ バ ン チ ャ
セ ン茶 浸 出 液
0.7
?
0.1 0.1
37.8
?
?
18.8 3.7 0.3
調 味 料
シ オ シ ョ ウ ユ ミ ソ
清 酒 一 級 セ ン茶 浸 出 液
0.9 0.7 5!7.0 0.1 7.8 0.8
? 517.0 ?
そ の 他 サ ン カ ス ガ ル ノ ス
タ マ リ
;?
15.7! 15.7
? 1.7
0.2 6.8 0.4
1.7
0.2
? 0.2
移 入
コメ 雑穀 チ ャ
無塩 肴 ・乾 塩 肴
玄 米 ・水 稲 コ ム ギ
サバ
移 出 蕨粉
揚栗
クズ 甘 栗
2, 160. 0 12,・160.・0 1,152.0 1 1,152.0 90.0
300.0 165.0
21.6: 21.6 15.0: 12.3
注)△ 野生 食 物
? 換 算 で きず,成 分 表 な し
重 量 の記 載 な し
藤野 明治初期における山村の食事 と栄養
表2 1人1日 あた り食料供給量
(総 推 定 生 産 量(kg)×100092,600(人)×365(日))
群 食 品 名 重 量(9)
穀 類
ア ワ オ オ ム ギ キ ビ コ ム ギ コ メ ソバ ヒ ェ
イ モ 類
イ モ ル イ コ ンニ ャ ク イ モ シ ロ イ モ ハ タ ケ イ モ ン 類 デ ン プ ク ズ ワ ラ ビ
5.0 32.6 0.3 12.7 221.0 4.5 104.9
1.2 0.1 4。7 0.6
類 油 脂
0.2 0.5
アブ ラル イ 0.1
豆 類 種 実 類 魚 貝 類 獣 鳥 類
サ サゲ ダ イズ エ コ"マ ク リ
トチ ナ ラ ア ジ メ ア ユ イ ワ ナ ウ グ イ ザ コ イ ノ シ シ カ マ シ シ
シ カ
0.1 19.4 1.7 5.0 9.3 6.2 0.3 0.2 0.1 7.9 0.1 1.4 0.1 0.4
群 食 品 ・ 名 重量(9)
野 . 菜 類 果 実 類
カ ブ ラ カ ブ ラ ナ カ ボ チ ャ ゴ ボ ウ サ サ タ ケ ノ コ ダ イ コ ン タ ケ ノ コ
ナ ス ホ シ ゼ ン マ イ ホ シ ヨ モ ギ リ ョ ウ ブ ウメ カ キ ク シガ キ ス モ モ ナ シ モ モ
5993126161200000210000
0,3 1.0 1.0 0.5 0.6 0.1 こ 類 き の キ ノ コ 嗜 好 飲 料 類
サ ケ(酒) チ ャ シ ョ ウ ユ
0.1
移 入 移 出
コ メ コ ム ギ チ ャ サ カ ナ ワ ラ ビ カ チ グ リ
15.3 0.2 0.5 63.9 34.1 2.7 8.9 0.6 0.4
乳 類 ・海草 類 が欠 落 して い るのが,特 徴 で あ る。
1人1日 あ た り供 給 栄 養量 は,昭 和53年 の 国民 の 栄 養 摂取 量 と と もに表4に しめす 。
2.エ ネ ル ギ ー
『斐 太 後 風 土 記 』 か ら算 出 し た 食 品 の 総 エ ネ ル ギ ー 量 は 約625億kcalで あ り,1人 1日 あ た り1849.7kca1と な る 。 そ の 内 訳 は 穀 類 が90. O%で 大 半 を し め,つ い で 豆
637
表3 飛 騨 に お け る食 品 群 別 供給 量 と昭 和53年11 月 の 国民1人1日 あ た りの食 品 群別 摂 取 量 [厚生 省公 衆 衛 生 局栄 養 課 1980]
飛 騨 に お け る
食品群別供給量 昭和53年 食 品群 別 摂取 量
穀 類
う ち コ メ
イ モ 類
デ ン プ ン 類
油 脂 類
豆 類
種 実 類
魚 貝 類
獣 鳥 肉 類
野 菜 類
果 実 類
き の こ 類 調味嗜好飲料類
海 草 類
卵 類
乳 ・乳 製 品
砂 糖 類
そ の 他
479.19 284.9 6.6 0.1 0.1 21.9 22.9 21.2 2.0 7.7 3.1 0.2 18.8 0.0 0.0 0.0
328。79 233.7
60.8
1&3 67.6 1.6
92.8 69.2 257.7 181.3 8.2
122.4 5.6
41.6 109.9 14.3 39.2
総 量 583.7 1,419。2
国立民族学 博物館研究報 告 7巻3号 類4.6%,種 実 類2.8%,魚 貝 類1.1
%で あ る(図1)。 食 品 別 に み る と,コ メ が 全 体 の52.1%, ヒ ェ 21.0%,コ ム ギ9.1%を し め る。
エ ネ ル ギ ー 供 給 源 の 三 大 栄 養 素 の 比 率 を 求 め る と,タ ンパ ク 質 エ ネ ル ギ ー 比2)10.8%,脂 肪 エ ネ ル ギ ー 比3)9.7%, 炭 水 化 物 エ ネ ル ギ ー 比4)79.3%で あ る 。
昭 和53年 の 国 民 栄 養 調 査 の 結 果 で は1人1日 あ た り エ ネ ル ギ ー 量 が2,167kcalで,そ の な か で 穀 類 の し め る割 合 は48.6%で あ る。
三 大 栄 養 素 の 比 率 は,タ ンパ ク質 エ ネ ル ギ ー 比14.8%,脂 肪 エ ネ ル ギ ー 比22.7%,炭 水 化 物 エ ネ ル ギ ー 比62 .5%で あ る[厚 生 省 公 衆 衛 生 局 栄 養 課 1980]。
この よ うに,明 治 初 期 の飛 騨 地 方 の エ ネル ギ ー量 は昭 和53年 の摂 取 量 の 約85%と ひ くく,し か もそ の9割 が 穀類 に 由来 して い る。 当時,食 事 が穀 類 中心 で あ った こと は, 三 大 栄 養 素 の 比率 に も よ く反 映 して い る。
3.タ ン パ ク 質
タ ンパ ク 質 の 総 供 給 量 は 約1,690ト ン で,1人1日 あ た り 供 給 タ ンパ ク 質 量 は50.09 (う ち 動 物 性 タ ンパ ク 質2.59)で あ る 。 こ れ は 昭 和53年 の 摂 取 量80.09の62・3%に す ぎ な い 。 食 品 群 別 の 内 訳 は,穀 類77.2%,豆 類14.7%,魚 貝 類4.7%,種 実 類1・9%
で あ る(図2)。 こ の 時 代 は 飛 騨 に お い て 動 物 性 食 品(魚 貝 類,獣 鳥 肉 類)が タ ンパ ク 質 摂 取 量 中 に し め る 割 合 は5.O%で,昭 和53年 の49%と く らべ る と 大 変 小 さ く,タ
・)〃 ・ 頻 エネ・ レギ+供 給鰭 鶏 羅(鴉(kcal)× …
・)脂肪エネルギ+供 雛 號 籍 呈!野')×…
4)炭 水化物エネルギ+… 一(鋤 灘 比+響 ルギー比)
638
藤野 明治初期における山村の食事 と栄養
表4 明治 初 期 の飛 騨 にお け る1人1日 あ た り供給 栄 養 量 と 昭 和53年11月 国民1人1日 あ た り栄 養 素 摂取 量
エ ネ ルギ ー kcal タ ンパ ク質 9 うち動 物 性 9 脂 肪 9 うち動 物 性 9 糖 質 9 繊 維 9 カ ル シウ ム mg
リ ン mg 鉄 mg ナ ト リウム mg (食 塩 に 換 算:9)
ビ タ ミ ンA I.U.
〃 BI mg 〃 B2 mg ナ イ ア シ ン mg ビ タ ミ ンC mg
明治 初期飛騨 における 生産栄養量 供給栄養量
1,503.1 41.5 1.5 16.7 0,3 294.9 4.9 117.1
1,205。6 7.4 79.8 (O. 2) 20.0 1.54 0.31 14.3 4.14
1,849.7 50.0 2.5 20.0 1.1 365.9 5.6 133.9
1,429.4 8.4 87.4 (70.2)*
24.7 1.94 0.39 17.9 5,17
栄養 素 摂取 量 昭和53年11月
2,167 80.0 39.8 54.7 26.7 326 562
13.9
(13.8) 1,853 1。19 1.06
123 生 産栄 養 量 は飛 騨 地 方 で生 産 さ れ た食 料 か ら算 出 され る栄 養 量 で,移 出入 を考 慮 した もの が 供給 栄 養 量で あ る。
昭 和53年11月 栄 養 素 摂取 量[厚 生 省公 衆 衛 生 局栄 養 課1980]
*食 品 由来 の ナ トリウム87 ・4mgに 移 入塩70 gを 加 え た値
ン パ ク 質 の ほ と ん ど が 植 物 性 食 品 に 由 来 し て い る 。 食 品 別 で は,コ メ が 全 体 の42.2%, ヒ ェ20.5%,ダ イ ズ13.7%,コ ム ギ7.5%を 供 給 し て い る 。
タ ンパ ク 質 の 栄 養 価 を 考 え る 場 合,ア ミ ノ 酸 組 成 が 問 題 と な る 。 そ こ で,タ ン パ ク 価 の 計 算 を お こ な っ た 。 供 給 タ ンパ ク 質 の 内 訳 で1%以 上 を し め て い る 品 目 の,コ メ,
魚
図1 エ ネル ギ ー の食 品 群 別供 給 構 成
図2 タ ンパ ク質の食品群別供 給構成
639
国立民族学博物館研究報告 7巻3号 ヒ エ,ダ イ ズ,コ ム ギ,オ オ ム ギ,移 入 サ カ ナ,ウ グ イ,ソ バ,ア ワ,ハ エ に つ い て, ア ミ ノ 酸 組 成 を 「日本 食 品 ア ミ ノ酸 組 成 表 」(科 学 技 術 庁 資 源 調 査 会 編 1966)[神 立 他 1981]と 『食 品 ア ミノ 酸 含 量 表 』[大 礒 敏 雄 訳 編 1973]を 用 い て 調 べ た 。 そ の 結 果 タ ンパ ク 価 は93,制 限 ア ミ ノ酸 が 含 硫 ア ミ ノ 酸 で あ る5)。 ま た,FAOIWHO暫
定 ア ミ ノ 酸 パ タ ー ン(1973)を 用 い た ア ミ ノ 酸 価 は,第1制 限 ア ミノ 酸 が リ ジ ン で, ア ミ ノ 酸 価74で あ る 。 こ れ ら の 数 値 は,必 須 ア ミ ノ酸 含 量 の 基 準 パ タ ー ン に 対 し て 必 須 ア ミ ノ 酸 の 割 合(%)を し め し た も の で あ る 。 こ の よ う に 飛 騨 の 食 事 に お け る タ ン パ ク 質 の ア ミ ノ 酸 組 成 は 良 好 で あ る。
4.脂 肪
飛 騨 で 供 給 さ れ る 総 脂 肪 量 は 約676ト ン,1人1日 あ た り20.09で あ る 。 こ れ は 昭 和53年 の 摂 取 量(54・79)の40%の 量 で あ る 。食 品 群 別 に み る と穀 類69.6%,豆 類18.7
%,魚 貝 類5.3%,種 実 類5.2%で あ る(図3)。 食 品 別 に み る と コ メ42.7%,ヒ エ19.4%, ダ イ ズ18.4%,移 入 サ カ ナ,コ ム ギ 各4.O%で あ る 。 脂 肪 も タ ンパ ク 質 と 同 様,動 物 性 食 品 の しめ る 割 合 が5. 6%(昭 和53年48.8%)と い ち じ る し く低 い こ と が 特 徴 的 で あ る 。
5)タ ンパ ク価 ・ア ミノ酸 価 の計 算(窒 素1gあ た りで計 算) 食品名
コ メ ヒ ェ ダ イ ズ コ ム ギ オ オ ム ギ サ バ ウ グ イ
ソ バ
ア ワ
ノ、 工
備 考 精 白 米
薄 力 粉 お しむ ぎ コ イ 科 ソ バ 粉
マ ス
ン ク 量 タ パ 質
42.
20.5 13.7 7.5 4.
1.
1.6 1.1 1.1 1.
素 数 窒 係
5.95 6.25 5. 71 5.83 5.
6.25 6.25 6.31 6.25 6.25
窒素 量
7.1 3.3 2.4 1.3 0。8 0.3 0.3 0.2 0.2 0.2
イ ソ ロ イ シ ン 1.988 0、845 0.720 0.312 0.16 0.093 0.087 Q.046 0.095 0.050
ロ イ シ ン
3.692 1.973 1.08 0.572 0. 328 0,135 0.150 0.078 0.209 0.082
リジ ン 1.491 0.706 1.032 0.195 0.144 0.135 0.166 0.078 0.028 0.098
含 硫 ア 究 ㌶ ミ ノ 酸 アラニン
1.917 0.997 0.362 0.273 0.198 0.050 0.092
◎.04 ぱE
O.035 0.054
4.757 1。663 1.344 0.624 0.552 0.129 0.129 0.072 0.084 0.084
ス レオ ニ ン
1.562 0。795 0.648 0.234 0.152 0.075 0.082 0.046 0.039 0.054
ト リプ トフ ァ ン
バ リ ン
0.568 0。403 0.221 0.091 0.058 0.02
0.019 0.012 0.015
2.6270 1.139☆
0.7440 0.3640 0.2160 0.0900 0.121☆
0.0640 0.086☆
0.0580
合 計 窒 素lgあ た り FAOパ タ ー ン (1957) FAOlwHOパ タ ー ン(1973)
16.II 4.39618.29914.073i 4.01819.438i 3.68711.41515.509 0.27310.515i O.25310。25010.58610.22910.OSSIO.342
制 限 ア ミノ酸 タ ンパ ク価 含 硫 ア ミノ酸 ア ミノ酸 価 iリ ジ ン
0.270 0.250
0.306 0.440
0.270 0。270 0。340 ◎.220
0.360 0.180 0.090 0.270 0.380 0,250 0.060 0.310
計算式
0.250÷0.270×100=93
0.253÷0.340×100=74
○[科 学 技 術庁 資 源 調 査 会1966]に よ る
☆[大 礒 敏 雄1973]に よ る
640
藤野 明治初期における山村の食事 と栄養
図3 脂質の食品群別供給構成 図4 糖質 の食品群別供給構成
5.炭 水 化 物
糖 質 の 総 供 給 量 は 約12,367ト ンで,1人1日 あ た り365.99で あ る 。 食 品 群 別 に み る と,95・0%が 穀 類 で,つ い で 種 実 類 が2. 5%で あ る(図4)。 食 品 別 で は,コ メ
(55.9%),ヒ エ(20.7%),コ ム ギ(9.7%),オ オ ム ギ(6. 8%),で あ る 。
一 方,繊 維 の 総 供 給 量 は 約191ト ン で,1人1日 あ た り5.6gに あ た る 。 内 訳 は 穀 類70・1%,豆 類17・4%,種 実 類10.O%で あ り,野 菜 ・果 実 か ら の 供 給 は2. O%で あ る 。 食 品 別 に み る と,コ メ(50.5%),ダ イ ズ(15.5%),ヒ エ(14.9%)が 主 な 繊 維 の 供 給 源 で あ る(図5)。
糖 質 と 繊 維 を 合 計 し た 炭 水 化 物 の 供 給 量 は371.59で あ り,昭 和53年 の 摂 取 量 3269を 上 ま わ っ て い る。 こ の よ う に 炭 水 化 物 が 過 剰 ぎ み で,穀 類 中 心 の 食 事 で あ る
こ と が わ か る 。
図5繊 維の食品群別供給構成 図6 カルシウムの食品群別供
給 構成
641
国立民族学博物館研究報告 7巻3号 6.無 機 質
a) カ ル シ ウ ム
カ ル シ ウ ム の 供 給 量 は1人1日 あ た り133.9mgと き わ だ って 少 な く,昭 和53年 の 摂 取 量 の3割 に も 満 た な い 量 で あ る 。 そ の 内 訳 は 穀 類45.3%,豆 類36.2%,種 実 類 10・O%,野 菜 類3・5%で(図6),カ ル シ ウ ム の34.8%は ダ イ ズ に,21.3%は コ メ に 由 来 し て い る 。 エ ゴ マ(6.1%),ト チ(3.2%)が カ ル シ ウ ム 源 と し て 重 要 で あ っ た こ
と に,山 村 で あ る 飛 騨 の 特 徴 が よ く あ らわ れ て い る 。
カ ル シ ウ ム 源 と して 重 要 な 小 魚,緑 黄 色 野 菜 が 少 な い 点 に つ い て は,こ れ らの 食 品 が 生 産 の 記 録 か ら落 ち や す い で あ ろ う こ と,食 品 成 分 表 で 魚 は 骨 を 除 い た 部 分,根 栽 は 葉 の 部 分 を 除 い た 値 を 用 い た た め,実 際 以 上 に 小 さ い 値 が で る こ と は 十 分 考 え ら れ る。 しか しな が ら,カ ル シ ウ ム の 吸 収 率 の 高 い 乳 ・乳 製 品 を 欠 い て い る こ と,穀 類 中 心 の 食 事 で あ る た め カ ル シ ウ ム と リ ン の バ ラ ン ス が 大 変 悪 く(カ ル シ ウ ム:リ ン=
1:11(134:1429)ほ ぼ 同 量 が 適 正 摂 取 量 と さ れ て い る),ビ タ ミ ンCの 供 給 量 も す く な い の で,吸 収 も悪 い と思 わ れ,カ ル シ ウ ム 量 が 絶 対 的 に 不 足 し て い た こ と が 明 確 で あ る 。
b)リ ン
リ ンの 供 給 量 は1人1Elあ た り1429.4mgで,上 記 カ ル シ ウ ム の 項 で の べ た よ う に,カ ル シ ウ ム の10倍 以 上 と な り,過 剰 摂 取 で あ る。
リ ンの 約90%は 穀 類 に 由 来 し て お り(図7),と く に コ メ は全 体 の59.8%,ヒ エ が 19.8%を しめ て い る 。
c)鉄
鉄 は,1人1日 あ た り8・4mgの 供 給 量 で あ り,昭 和53年 の 摂 取 量(13.9mg)の 6割 程 度 と な り や や 不 足 ぎ み で あ る 。 内 訳 は 穀 類70.2%,豆 類23.2%を しめ(図8),
図7 リンの食品群別供給構成 図8 鉄の食 品群別供給構成
642
藤 野 明治初期におけ る山村の食事 と栄養
食 品 別 に み る と コ メ(37.2%),ダ イ ズ(21.6%), ヒ エ(21.1%)の3食 品 で 約80%に 達 す る。 鉄 の 不 足 は,獣 や 魚 の 内 臓 な ど で お ぎ な っ て い た と 思 わ れ る 。
d)ナ ト リ ウ ム
ナ ト リ ウ ム は1人1日 あ た り87.4mgの 供 給 量 で あ る 。 内 訳 は 穀 類 が53.5%,調 味 料31. 4%,魚 貝 類9.9%で あ る(図9)。 食 品 別 に み る と シ ョ ウ ユ が 全 体 の 約30%で 最 も多 い 。 一 方,移 人 塩 が13,000石
あ り,こ れ か ら 計 算 す る と1人1日 あ た り の 食 塩 供 給 量 は 約709と 非 常 に 多 い 。
図9 ナ ト リウムの 食品 群 別 供 給 構 成
飛騨 地 方 で は,冬 期 の保 存 食 と して漬 物 が さか ん に作 られ て お り,塩 は 味噌 ・し ょ うゆ の製 造 に も大 量 に使 用 され て い る。
7. ビ タ ミ ン a)ビ タ ミ ンA
ビ タ ミ ンAの1人1日 あ た り供 給 量 は24.71.U.と 大 変 少 な く,昭 和53年 の 摂 取 量 の1%し か な い 。 内 訳 を み る と,野 菜 類47.9%,魚 貝 類43.1%,果 実 類5.5%,種 実 類3・2%と な っ て い る(図10)。 野 菜 類 で は カ ブ ラ ナ(24.7%),カ ボ チ ャ(11.6%), ホ シ ヨ モ ギ(8・9%),魚 貝 類 で は 移 入 サ カ ナ(19。8%),ウ グ イ(10.5%),ハ エ(9.5
%)か ら の 供 給 が め だ つ 。
ビ タ ミ ンAの 供 給 量 が 少 な い理 由 は,主 食 の コ メ ・ ヒ エ が ビ タ ミ ンAを ま っ た く 含 ま な い 食 品 で あ る た め で あ る。 ほ か に,「 斐 太 後 風 土 記 』 で ビ タ ミ ンA,カ ロ チ ン 含有 量 の高 い魚,野 菜 な どの記 録 の精 度 が 穀 類 に く らべ低 い こ と,分 析 を食 品 成 分表 に よ った た め,無 卵,肝 臓,根 菜 の葉 の部 分 が 計 算 に は い らな い こと な どが 考 え られ る が,そ れ に して も全 体 的 な ビ タ ミ
ンAの 不 足 は 明瞭 で あ る。
図10 ビタ ミンAの 食 品 群 別 供 給 構 成
b) ビ タ ミ ンB1
ビ タ ミ ンB1は 糖 質 の 代 謝 に 関 与 して い る の で,
穀 類 中 心 の 食 事 で は 多 くの ビ タ ミ ンB1の 摂 取 を 必
要 と す る。1人1日 あ た り の 供 給 量 は1.94mgで あ
643
国立民族学博物館研究報告 7巻3号 る 。昭 和53年 の 日 本 人 の 摂 取 量 は1.19mgで あ る か
ら,当 時 の 飛 騨 で は今 日 よ りほ ぼ1.6倍 の 供 給 量 が あ り,供 給 は 十 分 だ っ た 。 供 給 源 の 内 訳 は,穀 類 88・4%,豆 類8.9%,魚 貝 類1.4%で あ る(図11)。 穀 類 の 中 で も コ メ の し め る 割 合 は 大 き く全 体 の 約80%, っ い で ダ イ ズ(8.3%)が く る 。 コ メ が ビ タ ミ ンB1 給 源 と して 大 き な 位 置 を し め て い る の は,コ メ を ビ タ ミ ンB1の 多 い ヌ カ を 含 む 玄 米 と し て 計 算 し た た め で あ る 。
C) ビ タ ミ ンB2
ビ タ ミ ンB2は,1人1日 あ た り 供 給 量 が0.39 mgで あ る 。 昭 和53年 の 摂 取 量 は1・06 mgで そ の4
割 に も満 た ず,当 時 は 不 足 し て い た こ と が 推 測 で き る 。 供 給 源 は,穀 類63.2%,豆 類16.O%,魚 貝 類 9.1%,種 実 類8.9%で あ る(図12)。 食 品 別 に み る と,コ メ(43.9%),ダ イ ズ(15. 0%),ト チ,ヒ エ
(と も に8.1%)が し め る割 合 が 大 き い 。 d)ナ イ ア シ ン
ナ イ ア シ ン の1人1日 あ た り供 給 量 は17.9mgで,
図 月 ビタ ミ ンBlの 食 品 群別 供給 構 成
図12 ビタ ミ ンB2の 食 品群 別 供給 構 成
昭 和53年 の 摂 取 量 を こ え る 量 で あ る 。 内 訳 を み る と,穀 類 が89.O%,魚 貝 類 が4.1%を し め て い る(図13)。 食 品 別 に み る と コ メ の し あ る 割 合 が 高 く(71.8%),つ い で ヒ エ(11.7%),ト チ(2.8%), 移 入 サ カ ナ(2.7%)と な る。
噺
図13ナ イア シ ンの 食 品群 別 供 給 構 成
図14 ビタ ミンCの 食 品 群 別 供 給 構 成
644
藤野 明治初期に おけ る山村の食事 と栄養 e)ビ タ ミ ンC
ビ タ ミ ンCの 供 給 量 は1人1日 あ た り5・17mgで,昭 和53年 の 摂 取 量123mgの 4%し か な く,ビ タ ミ ンAと な らん で 極 端 な 不 足 が 指 摘 さ れ る 。 食 品 群 別 に み た 供 給 源 の 内 訳 は イ モ 類24・O%,野 菜 類21・9%,嗜 好 飲 料 類19.4%,果 実 類16.9%で あ る
(図14)。 食 品 別 に み る と,シ ロ イ モ(ジ ャ ガ イ モ),チ ャ が そ れ ぞ れ 全 体 の18.7%, カ キ15.5%,ク リ15.O%,カ ブ ラ ナ8.9%を し め て い る 。
ビ タ ミ ンCの 不 足 は,ビ タ ミ ンAと 同 様,主 食 糧 の コ メ ・ヒ エ に ま った く 含 ま れ て い な い こ と に 主 た る 原 因 が あ る 。
IV.明 治初 期 の飛 騨 の食 事 の復 元
明 治 初 期 の 飛 騨 地 方 で は,日 常 ど の よ う な 食 事 が 供 さ れ て い た の で あ ろ う か 。 日 常 食 事 献 立 を 調 査 した デ ー タ は,必 ず し も 豊 富 で な い が,戦 前 に 『本 邦 郷 土 食 の 研 究 』[中 央 食 糧 協 力 會 1944]が あ り, そ の 中 で 飛 騨 地 方 の 丹 生 川 村 大 字 久 手 と 同 村 大 字 町 方 の 事 例 が あ が って い る 。
そ れ に よ れ ば,久 手 で は 主 食 が ヒ エ 飯(ヒ エ,コ メ の 混 飯),ソ バ 餅,副 食 物 は 漬 物,味 噌 汁,味 噌,野 菜 の 煮 物 な ど で あ り,町 方 で は,主 食 が 米 飯(ま た は コ メ ・ム ギ 混 飯),草 餅,副 食 は 漬 物,味 噌 汁,野 菜 煮 物 な ど で あ っ た 。 食 事 の 回 数 は,朝 食, 昼 食,夕 食 の3回 の ほ か に,春 の 彼 岸 か ら秋 の 彼 岸 に 至 る期 間 に 小 昼 食 が 加 わ って 計
4回 と な った[中 央 食 糧 協 力 會 1944・:229‑230]。
『斐 太 後 風 土 記 』 に よ れ ば,久 手 村 は コ メ を 生 産 して お ら ず,町 方 村 は,コ メ,オ オ ム ギ,コ ム ギ の 生 産 量 の 多 い と こ ろ で あ る 。 昭 和18年 頃 に は,久 手 村 で も コ メ が 生 産 さ れ て は い る が,当 時,飛 騨 地 方 が い ち じ る し く 自 給 自 足 的 で あ る こ と,不 足 す る と コ メ と サ カ ナ を 移 入 し て い る こ と は,『 斐 太 後 風 土 記 』 に お け る 状 況 と よ く 似 て い る 。 こ の こ と か ら,昭 和17〜18年 の 日常 食 事 献 立 の デ ー タ と 『斐 太 後 風 土 記 』 か ら復 元 さ れ る 献 立 の 間 に さ ほ ど 大 き な 差 異 は な い と考 え られ る 。
そ こ で,『 斐 太 後 風 土 記 』 か ら 算 出 さ れ た1人1日 あ た り食 料 供 給 量(表2)を み る と,穀 類 で は コ メ284・99,ヒ エ104・99,オ オ ム ギ ・ コ ム ギ79.59の 合 計 約4709 は,約3合,す な わ ち 混 ぜ 飯 に し て 茶 わ ん 約9杯 分 に あ た る 。 春 の 彼 岸 か ら秋 の 彼 岸 ま で の 間 に は 小 昼 食 が 加 わ る が,こ の 時 期 は 農 繁 期 で,通 年 的 に見 れ ば3回 食 が 基 本 で あ っ た と 考 え ら れ る 。 両 村 と も主 食 の 飯 は,朝 ・昼 ・夕 食 の 献 立 に あ が っ て お り,
3食 を 同 じ割 合 で 食 べ た と す る と,毎 食3杯 ず つ 飯 を 食 べ た こ と に な る 。
645
国立民 族学博物館研究報告 7巻3号 『本 邦 郷 土 食 の 研 究 』 の 事 例 の 示 す 久 手 の ヒ エ 飯 と 町 方 の コ メ 飯(ま た は コ メ ・ム
ギ 混 飯)の タ イ プ は 『斐 太 後 風 土 記 』 か ら 求 め た 食 料 供 給 量 が,飛 騨 地 方 全 域 を 平 均 した も の で あ る の で,村 ご と の 生 産 量 の 違 い に よ る地 域 差 と み な す こ と が で き る 。 前 記 「まぜ 飯 」 に は,ア ワ,ダ イ ズ,ジ ャ ガ イ モ を 加 え た ア ワ 飯,豆 類,薯 飯 の 記 録 が
あ る が,こ れ ら は 季 節 や 必 要 に 応 じて 混 飯 を 変 化 さ せ た も の で あ ろ う と 思 わ れ る。
副 食 は,両 村 と も漬 物,味 噌 汁,野 菜 の 煮 物 が 基 本 で あ る 。
漬 物 は,両 村 と も毎 食 ご と に 出 さ れ て い る 。 野 菜 の 供 給 量 の 中 で,ダ イ コ ン2.2g, カ ブ ラ ・カ ブ ラ ナ1.4gが 多 い が,現 在 で もダ イ コ ン ・カ ブ ラ は漬 物 の 材 料 と して 最 も多 く使 用 さ れ る 食 品 で あ る。 漬 物 は,野 菜 を 塩 漬 け す る こ と で 保 存 性 が 高 ま り,冬 期 の 野 菜 不 足 を お ぎ な った と思 わ れ る 。
味 噌 は,お も に 味 噌 汁 が 夕 食 に 出 さ れ て い る。 味 噌 汁 の 他,味 噌 の ま ま,煮 物 の 調 味 料 と して も使 用 さ れ,普 通1日1回 以 上 は 摂 取 さ れ て い た[中 央 食 糧 協 力 會 1944:
236]。 原 料 の ダ イ ズ は,1人1日 あ た り19.49の 供 給 が あ り,こ れ は 味 噌 汁 に し て 2杯 分 く ら い に あ た る か ら,『 本 邦 郷 土 食 の 研 究 』 に み え る 献 立 の 記 載 と も 一 致 し て い る 。
野 菜 の 煮 物 は,両 村 と も 夕 食 に 出 さ れ て い る。 『斐 太 後 風 土 記 』 の 供 給 量 を み る と, 煮 物 に さ れ た と 思 わ れ る 食 品 は,イ モ 類6.59,カ ボ チ ャ0.99と,そ の 他 の 野 菜 を 加 え て も ほ ぼ10gで あ る 。 こ の 中 に は 味 噌 汁 の 具 に な った 分 も 含 ま れ て い る の で, 野 菜 の 煮 物 が 毎 日 の 夕 食 に で た の で は な い と も 考 え られ る 。 し か し な が ら,産 物 リス
トに の ら な い 自 家 消 費 の 食 品,た と え ば ウ ラ ナ リな ど の 利 用 が あ った と 考 え る こ と も で き る 。
夏 期 に 野 菜 入 り の 味 噌 汁 に か わ って 和 え も の が み られ る の は,季 節 に 応 じて ナ ス, カ ボ チ ャ,ウ リな ど が 集 中 的 に 利 用 さ れ た た め で あ ろ う 。
冬 期 に は,久 手 村 で は ソ バ 餅,町 方 で は 草 餅 が 主 食 と し て み られ る 。 飛 騨 地 方 に 粉 食 が 多 い と い う 特 徴 は,『 斐 太 後 風 土 記 』 の 供 給 食 料 に ソ バ(4.59), トチ ・ナ ラ (15.5g)が あ っ て,こ れ らが 粉 に ひ か れ て モ チ ・ダ ン ゴ に 加 工 さ れ た こ と が う か が え る 。 こ の 量 か ら み る と,年 間 を 通 じて 毎 日 ダ ン ゴ1コ を 食 べ て い た こ と に な る 。 『本 邦 郷 土 食 の 研 究 』 の 献 立 の 記 載 に は で て い な い が,『 斐 太 後 風 土 記 』 に み え る も
の で い え ば,お 茶 が 毎 日39,果 物 は た と え ば ス モ モ が10日 に1コ,魚 は 小 さ な ウ グ イ と して2日 に1匹,酒 は12日 に1合,肉 は2カ 月 に1回1209の わ り で 食 べ ら れ て い た こ と に な る。 以 上 を ま と め る と 表5の よ う に な る 。
646
O ミ
表5飛 騨 の 日 常 食 事 献 立
1870年 頃 1940年 頃
飛 騨 全 域 久 手(丹 生川村) 町 方(丹 生川村)
主 食 物 副 食 物 主 食 物 副 食 物 主 食 物 副 食 物
朝 食
昼 食
小昼食
夕 食
そ の 他
混ぜ 飯
(茶わ ん3杯)
混 ぜ 飯
(茶わ ん3杯)
混ぜ 飯
(茶わ ん3杯) 団 子1個
漬 物 (ダイ コ ン な ど)
カ ブ ラ
漬物
漬物 味 噌 汁 2杯
野菜 煮 物(時 々 。イ モ, カ ボチ ャな ど) 和 え 物(季 節 に よ って
エ ゴマ,ナ ス な ど)
茶 物 お 果 魚 酒 肉
毎 日 39
ス モ モ10日 に1コ の 割 合 小 さ な ウ グ イ2日 に1匹 12日 に1合
2カ 月 に1回1209
(1)蕎 麦 餅(冬 期) (2)稗 飯(米1‑3, 稗
9‑7,時 に よ り こ れ を 欠 く) (1)稗 飯(朝 に 同 じ) (2)蕎 麦 餅(冬 期) (1)朝 食 又 は昼 食 の残 り
(2)季 節 によ り茄 馬 鈴 薯 南 瓜 等(季 節 に よ り異 な る) (1)稗 飯(朝 食 に同 じ) (2)蕎 麦掻 き(米 不足 の 場合)
(3)団 子汁,雑 炊 等 (秋期)
(1)漬 物
(2)味 噌(時 に よ り欠 く
)
(1)漬 物
(1)味 噌 汁(葱,馬 鈴 薯,干 葉 等 季 節 の 野菜 入)
(2)漬 物
(3)野 菜 の 煮 物,和 え 物(夏 期
,野 菜 味 噌 汁 の 代 りと して
(1)米 飯
(又は 米麦 混 飯) (2)草 餅(特 に冬 期 間 は これ を主 とす) (1)米 飯(朝 に同 じ)
(1)米 飯
(1)米 飯(朝 ・昼 に同 じ)
(2)草 餅(冬 期,米 飯 の 補 足 と して) (3)麦 餅 又 は麦 団 子 汁 (夏期米 飯 の補 足 と して)
(1)漬 物
① 漬物
(1)漬 物
(1)漬 物
(2)味 噌汁(冬 期) (3)野 菜 煮 物, 汁物(夏 期)
, 煮 豆 等 。
資 料 『 飛 騨 後 風土 記 』[1864]よ り復 元 『 本 邦 郷 土 食 の研 究 』[1944]の 事 例
} 茸 e 恥 珊 伴
国立民族学博物 館研究報告 7巻3号
V.栄 養 状 態 と疾病
第 皿章 で の べ た よ うに明 治 初 期 の 飛騨 の人 々の 栄 養状 態 の特 徴 は,現 在 と く らべ て 供 給栄 養 量 が 全 体 的 に やや 少 な め で あ り,特 に カル シ ウム,ビ タ ミ ンA・C,動 物 性 タ
ンパ ク質が 不 足,鉄 と ビタ ミ ンB2が や や不 足,一 方 食塩 が過 剰 で あ った。
これ は,主 食 が コ メ ・ヒエで あ った た め,こ れ ら穀 類 が ビタ ミ ンA・Cを 含 まず, カル シ ウム と鉄 が不 足 して い る と い う栄 養学 的 な特 徴 を 反 映 して い るの で あ る。
近代 医学 の 立 場 か らは,栄 養 素 の 不 足 が特 定 の病 気 につ な が る こ とが 指摘 され て お り,そ のた め予 防 あ るい は治 療 の た め の 食餌 療 法 や 特 定 の 栄 養 素 を 多量 に投入 す る治 療 な どが お こな わ れ て い る(例 え ば 中村 隆 『食餌 療 法 』)。
ま た 地域 に よ って は減 塩 運 動 な ど,食 事 と病 気 の相 関 の 高 さを と らえ て,食 事 改 善 運 動 もさか ん に お こな わ れ て い る[佐 々木 1981:135]。
明 治 初期 の飛 騨 で不 足 して い る栄 養 素 を み ると,カ ル シ ウ ム不 足 か ら,く る病,骨 粗 髪 症,ビ タ ミ ンA不 足 か ら夜 盲 症,ビ タ ミンC不 足 か ら壊 血 病,食 塩 の過 剰摂 取 か ら高 血圧,動 脈 硬 化,脳 卒 中 に な りや す い こ とが考 え られ る。
そ れ で は実 際 に,明 治初 期 の飛 騨 で はど の よ うな病 気 が お こ って い た のだ ろ うか。
病 気 の 記録 を調 べ る資 料 と して,死 因 と病 名 に つ いて の くわ しい 研究 を お こ な って い る 『飛 騨0寺 院 過 去 帳 の研 究 』[須 田 1973]を 参 照 した 。0寺 院 は,大 野 郡 宮村 と 久 々野 町 に壇 家 を も って い る。 須 田 は0寺 院 の 過 去 帳 を資 料 と して,正 徳 元 年(1771)
表6 年 令 階 層 別 死亡 数[須 田(1973:28)に よ る]
1〜10才 11〜20才 21〜50才 5!〜60才 61才 以 上
1 虫 582 2 疽 虫 77 3 疽 43 4 水 子 34 5 腹 痛 19
1 2 3 3 5 5
風病 産後死 癩病 疽 腹痛 労症
9 6 4 4 3 3
1 2 3 4 5
産後死 風病 労症 癩病 腹痛
49 46 33 29 25
1 癩 病 2 産 後 死 3 中 風 4 腹 痛 5 食 積 5 疾
ユ3 12 8 6 5 5
1 2 3 4 5
風 死 病 邪 中 疾 老 風 風
85 56 33 26 13
病 名一 覧 表(29頁)よ り
虫 子 供の 体 質 が 弱 いた め に起 る病 気 疽 虫 疽,身 体 の 黄 色 にな る病,黄 病,小 児 黄 疽 疽 身体 の黄 色 に な る病 気
水 子 見ず 子,出 産 後 あま り 日を経 な い 子,赤 子
風病 中 風,中 枢 神経 系 の 病 気(不 良 の 気 に 当 って お こ る病) 労症 肺 結核
中 風 中気,半 身 不 髄
食積 積,さ しこみ
648
藤野 明治初期における山村の食事 と栄養
か ら現 在(1970)ま で の死 亡 の記 録 を 分 析 して い る。 過 去 帳 の 病 名 は古 医 方 に よ った と され て い るが,医 学 博士 で あ る須 田 はそ れ を 現代 の病 名 に同 定 して い る。
過 去 帳 に かか れ た 病 気 は,年 令 階 層 別 死 亡 数(表5)に み られ る よ うに,① 乳 幼 児 の 死亡 率 が高 い こ と ② 産後 死 ・難 産 死 が 多 い こ と ③60才 以 上 で は中風 がめ だ って 多 い こ と ④ 伝 染 病(「 庖 瘡 ・痢 寒 ・時 病 」 とか か れ て い る)が 多 い こ とが指 摘 で き る(表6)。
第1の 乳 幼児 の 死 亡 率 の 高 さは,1951年 以 前 は と くに高 く,た と え ば1771年 か ら 1890年 ま で を み ると1〜5才(数 え年)の 死 亡 割 合 が 同年 の死 亡 者 の40〜50%を しめ て い る。 病 名 は 「虫,疽 虫,疽 」 が 多 く,須 田 に よ る と小 児黄 疸,虚 弱 体 質 と思 われ る ものが ほ とん ど で あ る。 これ は,タ ンパ ク質,無 機 質,ビ タ ミンの不 足 に起 因す る
もの と考 え られ,乳 児 期 の栄 養,離 乳 食 が適 切 で な い こ と も原 因 して い る よ うで あ る。
第2の 産 後 死 ・難i産死 は,21〜50才 に集 中 して い る。 これ は,乳 幼 児 の死 亡 の記 録 の 中 に 「 生 まれ て 死 」 「 水 子 」 の記 録 が 多 い ことを あわ せ,あ き らか に妊 産 婦 ・授 乳 婦 の栄 養 状 態 が不 良 で あ る ことが 影 響 して い る と考 え られ る。 母体 の タ ンパ ク質不 足 は児 の死 亡率 を増 加 し,ビ タ ミンAの 不 足 は発 育障 害 を きた し,ビ タ ミンCの 欠乏 は流 産 や 早産 を き たす こ とが 指 摘 さ れて い る[澤 崎 1972:86‑89]よ うに,栄 養素 の不 足 は,母 体 と胎 児 に大 きな 影響 を与 えて いた もの と思 わ れ る。
第3の 中 風 は,60才 以 上 の 老 人 の死 因 の主 た る もので あ る。 これ は この時 代 の 飛 騨 に み られ る塩 の膨 大 な供 給 量(1人1日 あた り709,ち な み に現 在 塩 分 の と りす ぎが 言 われ て い る東 北地 方 で25.89[佐 々木 1981:131])か ら推 測 され る食塩 の過 剰 摂
図15 「飛 騨0寺 院 過 去 帳」 によ る1960年 代 と1870年 代 の死 亡 率 の差 [須田 1973:21]に よ る
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国立民族学博物館研究報 告 7巻3号 取 に よ る高 血 圧,そ れ に と もな う動 脈 硬 化,脳 卒 中 が原 因だ と考 え られ る。
第4の 伝 染 病 は周 期 的 に あ らわれ,不 作 や 飢謹 との 相 関 関係 も高 い よ うで,近 代 医 学 以 前 の 日本 の社 会 の衛 生 的環 境 の悪 さ と と もに,感 染 症 に対 す る抵 抗 を た か め る と いわ れ て い る動物 性 タ ンパ ク質,ビ タ ミ ンAな ど の不 足 に も原 因 が あ る と思 わ れ る。
以 上 み て きた よ う に,特 定 栄養 素 の欠 乏 症 は 病 名 と して は特 に あ が って い な い 。 そ の理 由 は,こ れ らの欠 乏 症 が死 亡 原 因 とな りに くいた めで あ った と思 われ,む し ろ死 因 は不 足 して い る栄 養 素 が 総合 的 に 関連 しあ った ものだ った ら しい。
年 令 階 層 別死 亡 数 の 対 全死 亡百 分 率 の う ち,1871〜1880年(明 治4〜13)と1961〜
1970年(昭 和36〜45)を 比較 してみ る と(図15),そ の 間 に乳 幼 児 の 死 亡率 が激 減 し, 産 後 死 は減 少,30才 以 後 の 死 亡率 は上 が って い るが,そ れ は乳 幼児 の損 傷 分 が 年 令 順 に あ らわ れ て い る た めで あ る。
須 田 は乳 幼 児死 亡 の減 少 を 戦 後 の 近代 医学 の 発 達 に よ る と して い る[須 田 1973:
26]が,実 は それ だ け で な く,栄 養 状 態 が 改善 され た と い う要 因 を み のが す こ と はで き ない 。 牛 乳,卵,野 菜,果 物 の摂 取 に よ り,良 質 な タ ンパ ク質,無 機 質(と くに カ ル シウ ム),ビ タ ミン類 が補 給 され,母 体 の 栄養 状 態 が 改 善 され る と と もに,胎 児, 乳 児 に もよ い影 響 を あた え る こ とに な るか らで あ る。
明 治 初 期 の 飛騨 地 方 で は,穀 類 中心 型 の 伝 統 的 日本 の食 事 パ タ ー ンが み られ た が, 現 在 で は肉 ・野 菜 を多 く摂 取 す る欧米 型 にか わ って きて い る もの と 予 想 され る。100 年 前 と現 代 で は,栄 養 学 的 に数 字 の上 か ら もあ き らか に 違 い,100年 の間 に質 的,量 的 な充 実 が お こ って い る。 そ して 栄 養状 態 が 病 気 の あ りか た まで 変 え て い る ことが わ か るの で あ る。
謝 辞
この論文 は,国 立 民族 学 博 物館 にお け る共 同 研究 「日本 に お け る山村 文 化 の 伝統 と変 容」(代 表者1979,1980年 度 守屋 毅 助 教授,1981年 度 小 山修 三 助 教 授)お よ び 「 山 村 ・漁村 ・農村 一 日本 に お け る村 落 の比 較研 究」(代 表 者 小 山修 三 助 教授)で の研 究 成 果 の一 部 で あ る。 研 究会 を 通 じ て,明 治 大 学 の千 葉徳 爾 教 授 を は じめ,多 くの先 生 方 に ご教示 を い た だ きま した こ とを 深 く感 謝 い た しま す 。
ま た,本 稿 をま とめ る にあ た り,日 ごろか ら御指 導 を い た だ いて い る小 山修三 助 教 授 を は じめ, 守屋 毅 助 教 授,秋 道 智 彌 助 手 に は,草 稿 を お読 み い ただ き有 益 な コ メ ン トを 頂 だ い いた しま した 。 こ こに記 して,皆 様 に厚 くお 礼 申 しま す 。
650
藤野 明治初期における山村の食事 と栄養
文 献
中央 食 糧 協 力會
1944 『本 邦 郷土 食 の 研 究』 東 洋書 館 。 岐阜 県 編
1972『 岐 阜 県史 通 史 編 近 世下 』 岐阜 県 。 石 毛 直 道
1982 『食 事 の文 明論 』 中央 公 論社 。 科学 技 術 庁資 源 調 査 会編
1980『 三 訂補 日本 食 品標 準 成分 表 』大 蔵 省 印刷 局 。 神立 誠 ・山本 喜 男 ・小 笠 原 ゆ り監 修
1981 『 食 品 成 分表 』 一 橋 出版 。 国 立栄 養 研究 所 ・国 民栄 養 振 興 会 編 1964『 食 品 栄 養贋 要 覧 』 第一 出版 。
厚生 省 公 衆 衛生 局 栄 養 課編
1980 『昭和55年 度 版 国民 栄 養 の 現状(昭 和53年 国 民 栄 養調 査 成 績)』 第 一 出版 。 小 山修 三 ・松 山利 夫 ・秋 道 智 彌 ・藤野 淑 子 ・杉 田繁 治
1982「 『斐太 後 風 土記 』 によ る食 糧 資 源 の計 量 的 研究 」 『国立 民族 学博 物 館研 究 報告 』6(3):
363‑5960 中村 隆
1959 『食餌 療 法 』 創 元社 。 大 礒 敏雄 訳 編
1973 『食 品 ア ミノ酸含 量 表 』第 一 出 版 。 佐 々木 直 亮
1981 「日本 人 の 食 塩 摂取 量 を め ぐる問 題j大 礒 敏 雄 編 者代 表 『食 料 ・栄 養 ・健 康 』 医歯 薬 出版PP.129‑135。
澤 崎 千秋
1972 『母性(病 態 栄 養学 双 書11)』 第 一 出版 。 須 田圭 三
1973 『飛 騨0寺 院 過 去 帳 の研 究』 医 療 法 人生 仁 会 須 田 病 院。
冨 田禮 彦 編
1977a 『大 日本 地 誌 大 系 斐 太後 風 土 記 』1巻 雄 山 閣 。
1977b 『大 日本 地 誌 大 系 斐 太 後 風土 記 』2巻 雄 山閣 。
象
b⇔附表1食 品 群 別 摂 取 比 率(%)
エ ネ ルギ ー タ ンパ ク質 脂 質 糖 質 繊 維 カル シ ウム リ ン 鉄
ナ トリウム ビタ ミ ンA 〃 B1 〃 B2 ナ イ ア シ ン
ビタ ミンG
穀 類 全 体1う ち コ メ
90.0
77.2
69.6
95.0
70.1
45.3
87.1
70.2
53.5
88。4
63.2
89.0
0.0 52.1 42.2 42.7 55.9 50.5 21.3 59.8 37.2 6.5
79.5 43.9 71.8 0.0
イ モ類
0.2
0.2
0.1
0.3
0.4
0.3
0.2
0.4
0.1
0.3
0.5
0。6
24。0
デ ンプ ン類
O.0
0。0
0,0
0.0
0.0
0.0
油脂類
0.1 0.0 0.7 0.0 0.0 0.0 0.0 0.0 0.0 0.0 0.0 0.0 0.0 0.0
豆 類
4.6 14.7 18.7 1.6 17.4 36.2 8.4 23.2 0.3
8.9 16.0 2.7
種実類
2.8
1.9
5.2
2.5
10.0
10.0
2.1
1.9
0.6
3.2
0.6
8。9
2.9
14.9
魚 貝類
1.1
4.7
5.3
0.0
2.1
1.5
2。0
9.9
43.1
1.4
9.1
4.1
2.9
獣 類
0.1 0.3 0.3
0.0 0.4 0.1 0.1 0.5 0.3 0.1 0.2 0.2
鳥 類
0.0
野菜類
0.2
0.4
0.1
0.2
1.8
3.5
0。2
0.9
1.0
47.9
1.6
0.4
21.9
果実類
0.1
0.1
0.1
0.2
0.1
0.1
5。5
0.2
0.1
16。9