五五一イギリス一九八一年偽造法の「虚偽」文書概念とその拡大(一)(都法五十四-一)
イ ギ リ ス 一 九 八 一 年 偽 造 法 の 「 虚 偽 」 文 書 概 念 と そ の 拡 大 ( 一 )
山 科 麻 衣
1はじめに
2イギリスにおける文書偽造罪
(
1) 文書偽造罪の認知件数
(
2) 文書偽造の規定について
(
3) 一九一三年法からの変化
「虚偽(3
False)」の意義 (
1) イギリスにおける偽造の概念
(
2) 虚偽文書の該当性判断
False4判例における「虚偽()」の意義 (
1) 「虚偽」と有形偽造の関係
( Donnelly2) 自己名義による虚偽の鑑定書―ドネリー()事件
五五二 (
More3) 仮名口座の払戻請求書―モア()事件
( False4) 日本法との比較(大阪高判平成一六年一二月二一日)―有形偽造と虚偽()概念の齟齬
Circumstances5作成・変更にかかる「情況()」(九条一項g号)の理解を巡る対立 (
False1) 虚偽()概念の範囲 (
Jeraj2) 信用状の存在という「情況」―イェライ()事件 ( Warneford and Gibbs3) 作成者の身分という「情況」―ワーンフォードアンドギブス()事件 (
4) 作成の情況に関する偽りの意義
( Atunwa5) 文書自体の虚偽―アトゥンワ()事件 (
6) 判例における「虚偽」の理解の拡大
6小括―イギリスにおける偽造罪解釈の現状(以上本号)
7日本の偽造罪成立の範囲
8イギリスと日本の解釈の方向性
9小括―「虚偽」性の相違と偽造罪解釈
1 はじめに
近年、我が国の判例は、有形偽造の成立範囲を広げる傾向にある。弁護士の肩書きを偽る行為を有形偽造とする
五五三イギリス一九八一年偽造法の「虚偽」文書概念とその拡大(一)(都法五十四-一) ことに始ま )(
(り、その後は「肩書き」の偽りのないものについても偽造の成立を認めるに至っている。例えば、国際
運転免許証の偽造が問題となった最決平成一五年一〇月六日(刑集五七巻九号九八七頁)や、無効な養子縁組を届け
出ていた者の借入申込書の偽造が問題となった東京地裁平成一五年一月三一日(判時一八三八号一五八頁)は、自己
を表示する名称を使用していても、私文書偽造罪の成立を認めている。他に、被告人が虚偽の氏名、住所等を使用
して履歴書、雇用契約書等を作成した最決平成一一年一二月二〇日(刑集五三巻九号一四九五頁)は、自己の顔写真
を貼っていたものであるが、文書の性質、機能等に照らすと、名義人と作成者の人格の同一性にそごを生じさせた
ことになるとして文書偽造罪の成立を認めた。
イギリ )(
(スにおいても、近年、文書偽造罪の成立を広く認めていく傾向にある。「偽造」の範囲の問題は、いかな
るものを「虚偽文書(false document)」と認めるか、という形で論じられてきた。「虚偽文書」のうち、偽造の対象 となる「文書(document)」の要件については、重要な判例が現れるのに付随して古くから議論されてきたのに対し、
いかなる場合に「虚偽」となるかという問題については、判例においても詳細な理由付けがなされないことが多 )(
(く、
学説においても十分に論じられることは少なかった。そのような中、一九九四年に出された二つの判例は、偽造の
成立を認める「虚偽(false)」の意義について異なる理解を示し、「偽造」を認める範囲についての見解の不一致が
顕在化した。この見解の対立は、二〇〇〇年の司法長官意見(Attorney general’s r )(
(eference)によって決着したとされ )(
(る。
それによって、かなり広い範囲について「虚偽」文書と認める解釈が採られるべきことが明らかにされたのである。
本稿では、イギリスにおける文書偽造罪の構造、特に日本のそれとの違いを確認した上で、近年まで不明確であ
五五四 った「偽造」の中身としての「虚偽(false)」の示す範囲の理解の変遷を整理したい。そして、日本における解釈と
対比し、偽造罪の成立範囲の拡大の要因と範囲を探っていきたい。
(
( 作成者との人格の同一性にそごを生じさせたものというべき」として、文書偽造罪の成立を認めている。 が同一であっても、「弁護士資格を有しない被告人とは別人格の者であることが明らかであるから、本件各文書の名義人と 形式的には自己の氏名を署名したとみえるものであった。しかし、本判決は、名義人として表示された者と被告人の氏名 を利用して、弁護士の肩書きを冒用し弁護士業務に関連する文書を作成した、という事案である。同姓同名であるから、 1) 最決平成五年一〇月五日(刑集四七巻八号七頁)。弁護士資格を有しない被告人が、同姓同名の実在の弁護士がいること
( とウェールズを指すものとする。 2) 本稿では、イングランドとウェールズに適用される法律を取り上げるため、「イギリス」と示す場合には、イングランド
( Gooderson, When is a Document False in the Law of Forgery?, 15 M.L.R.11 (1952).3)
( 1 W.L.R.331 (2001).4) CARD, CROSS & JONES, CRIMINAL LAW, 508 (R. Card ed., 20th ed. 2012).5)
2 イギリスにおける文書偽造罪
(
1) 文書偽造罪の認知件 ()
(数
まず、イギリスにおける近年の文書偽造罪の認知件 )(
(数を見てみる。ピークであった二〇〇五年は、一万一三二
〇 )(
(件であり、同年における日本の偽造罪の認知件数は、九四一〇 )(
(件となっている。しかし、イギリスの偽造罪に関
五五五イギリス一九八一年偽造法の「虚偽」文書概念とその拡大(一)(都法五十四-一) する統計データでは、同一犯による複数の犯行を一件と計算する、あるいは偽造文書や偽造通貨が詐欺に用いられた場合には詐欺罪として計算し、偽造の件数には含めない、といった計算方法が採られるた )11
(め、日本の計算方法に
よる認知件数よりかなり少ない数字となっていると思われる。
(
2) 文書偽造の規定について
現在、イギリスにおいて文書偽造罪を規定しているのは、文書偽造及び通
貨偽造法(Forgery and Counterfeiting Act 1981. 以下、一九八一年法と呼ぶ)
である。一九八一年法は、第一章から三章までで構成されており、第一章で
文書偽造等について、第二章で通貨偽造等について、第三章でその他関連す
る事項について規定してい )11
(る。
一九八一年法の一条 )12
(は、「人がそれを真正なものとして受け取るよう誘導
し、かつ、そのように受け取ることによってその受領者又は第三者にとって
損害となるような作為・不作為を誘導するために、自ら用いる又は他人に使
用させる意図で偽りのインストゥルメン )13
(トを作成した者は、文書偽造の罪で
ある。」と規定する。さらに、八条でインストゥルメントについて、九条で
虚偽と作成(false & making)つまり偽造の内容について定義し、一条の要
件を具体的に定めている。
イギリス・偽造(認知件数)
件数 12000 10000 8000 6000 4000 2000 0
97 98 99 2000 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 年
五五六
八条一項(インストゥルメントの意義)
⒜ 公的、非公的に関わらずあらゆる文書(any document) ⒝ 郵便局により発行され、販売されるあらゆる切手 ⒞ あらゆる内国収入印紙 ⒟ あらゆるディスク、テープ、サウンドトラック又は、その上や中に機械的・電子的・その他の方法で情報を記録し、
蓄えておくその他のデバイス
このように、八条一項は、偽造の対象となるインストゥルメントの内容を列挙する。この八条一項によれば、ひ
とまず想定されるあらゆる文書(any document)・情報を記録する媒体をインストゥルメントに含め、偽造罪の対
象にしているといえ )14
(る。そのため、日本において偽造の対象となる文書は、基本的には八条一項a号に含まれると
思われる。なお、通貨についてはインストゥルメントに含まないことが二項で明文化されてい )15
(る。
日本においては、公文書と私文書を区別して規定し、私文書については原則として無形偽造を処罰対象としない
など、文書の種類によって偽造の成立範囲を区別している。しかし、イギリスの一九八一年法においてはインスト
ゥルメントを公的なものと私的なものに二分することはなく、あらゆる種類の文書をまとめて偽造の対象として
い )16
(る。
(
3) 一九一三年法からの変化 一九八一年法の成立前は、一九一三年偽造法(Forgery Act 1913)が主に偽造について規定していた。一九八一
年法は、多くの部分において一九一三年法の規定から大きく変更されている。
五五七イギリス一九八一年偽造法の「虚偽」文書概念とその拡大(一)(都法五十四-一) まず、一九一三年法では、文書の種類によって罰則の重さに違いがあり、文書を区別して列挙していた。例えば、遺言書や捺印証書、譲渡証書等については終身刑、有価証券や不動産・動産の所有権証書については十四年以下の懲役、のように文書を列挙する形で雑然と整理されている状態であっ )17
(た。
これに対し、一九八一年法では文書の種類で区別することなく、法定刑を統一化し、偽造の成立を規定する条文
は一つにまとめられた。また、一九一三年法では極めて重い法定刑が規定されていたことが特徴的であった )18
(が、一
九八一年法では、正式起訴で十年以下の禁錮とされた。通貨偽造は、正式起訴で罰金または十年以下の禁錮である。
次に、偽造の対象を定める用語も一九一三年法から変更された。偽造罪の総則的な定義を定める一条につき、一
九一三年法においては‘document’という用語が使用されていたが、一九八一年法では‘instrument’という用語
に変更されてい )19
(る。インストゥルメントという用語は、一九一七年法では、主に七条で使用されていた。七条は、
虚偽のインストゥルメントによって財産を要求し、または取得する罪について規定しており、ここでいうインスト
ゥルメントは、権利を作出・確認し、または事実を記録するフォーマルな文書という辞書的な意味と当初考えられ
ていた。しかし、七条の犯罪はフォーマルな文書に限られず成立することが受け入れられてきたため、あらゆる文
書についてインストゥルメントという用語で示すことが支持されたようである。さらに、インストゥルメントとい
う用語への変更に伴って、ディスクやテープといったデバイスについてもインストゥルメントに含めるよう提案さ
れ )21
(た。偽造の対象がデバイス等にも広げられたことで、少なくとも客体については、条文上日本よりも偽造の成立
範囲が広くなってい )21
(る。
これらの変更に対して、偽造の内容となる「虚偽(false)」の解釈については一九一三年法と一九八一年法との 間で大きな変化はなかった。そもそも、古くから、‘document’の意義については盛んに議論されてきていたが、
五五八
「虚偽」の解釈についての議論は殆どみられなかっ )22
(た。これは、一九一三年法の制定後も同様であ )23
(り、判例におい
ても、文書が虚偽となることについての理由付けを詳細に論じたものはほとんどなく、関連判例の引用も誤ってい
る状況であっ )24
(た。そのため、どのような場合に偽造と認定するかについて、裁判例の間で矛盾し、法律が無計画に
展開されてきたことも驚くべきことではない、との指摘もなされてい )25
(る。
しかし、多くの判例の蓄積の中で、一九世紀の中頃には、文書が虚偽となるためには、「文書が嘘を含むことだ
けでは十分でなく、文書はそれ自体について嘘をつくもの(tell a lie about itself)でなければならない」とする理
解が確立されてき )26
(た。「虚偽」の問題に関しての指導的判例であるウィンザー(Windsor)事 )27
(件以降、この「虚偽」
の考え方が広く受け入れられ、多くの裁判例で踏襲され )28
(た。それが、一九一三年法や一九八一年法でも受け継がれ
ており、「文書自体の虚偽(tell a lie about itself)」の解釈が、偽造概念における最も中心的な問題となっている。
(
( Home Office, Crime in England and Wales 2010/116) に基づく。
( Office Crime Statistics Last Updated October 2011, at 10. personal crimesUser Guide to Home に対する犯罪()は、成人四四九二万三八八五人)を掛けて得られたものとされる。 incidence rates7) この数字は、警察の認知件数を基にした犯罪発生率()にイングランドとウェールズの推計人口(個人
( したもの。「その他の偽造」に、通貨偽造も含まれる。 Forgery or use of false drug prescriptionother forgery8) 数字は、「処方箋の偽造又は使用()」と、「その他の偽造()」を足 9) 警察庁刑事局刑事企画課「犯罪統計資料平成
17年 1~
( 用カード不正作出等、有価証券偽造を足したもの。 12月分︻確定値︼」参照。数字は、通貨偽造、文書偽造、支払い
( 10Home Office Counting Rules For Recorded Crime, Forgery (2013).) forgerycurrency noteprotected coin造について第一章でという文言を用いて規定し、紙幣()・硬貨()を対象とした偽造 11forgerycounterfeit) 「」や「」は、いずれも偽造や模造といった意味を持つが、一九八一年法では、文書等を対象とした偽
五五九イギリス一九八一年偽造法の「虚偽」文書概念とその拡大(一)(都法五十四-一) については第二章においてcounterfeitingという文言を用いて規定している。そのため、Forgery and Counterfeiting Actを日本語に置き換えるとすれば、文書偽造及び通貨偽造法と捉えるのが妥当と思われる。本稿では、「偽造」と示すときはフォージェリー(forgery)、すなわち文書偽造を指すものとする。(
( 四年)一八七頁以下参照。本稿における一九八一年法の条文訳は、同論文を参考としている。 12) 条文の訳につき、幾代聡「イギリスにおける文書偽造罪と一九八一年偽造法について」法学会雑誌三五巻二号(一九九
( の通り、日本法における「文書」以外も含む概念としてインストゥルメントという用語が使用されているためである。 13) 本稿において、「インストゥルメント」は、「文書等」の意味を持つものとして使用する。「文書」と訳さないのは、後述
( documentinstrumentinstrumentゆるをに含めていることから、の限定的な意味は重視されていないとの指摘がある。 documentinstrument〇二年)六頁で、は通常の意味での文書、書面を意味し、は法律的文書を意味するが、八条であら して示すこととする。川端博=日高義博=今井猛嘉「鼎談・文書偽造罪論の現在と展望」現代刑事法第四巻第三号(二〇 ‘document’と示すこととする。他方、については、日本法における文書概念とほぼ同様と思われるため、「文書」と変換 ‘instrument’を含んでいる。したがって、本稿ではという単語は「文書」と変換せずにそのまま「インストゥルメント」 14) このように、イギリスにおける偽造法では、日本法において「文書」と捉えられているものだけではなく、記録媒体等
( 当しない。」と規定する。 15currency note) 八条二項は、「本法第二章の意味における紙幣()は、本法本章の目的のためのインストゥルメントには該
( ついては文書の作成以外の行為類型についても処罰を広げている。 しくはその他の素材を製作または保持・管理することも特別に処罰対象としており(五条一~四項)、一定の種類の文書に の記載事項に関する証明書については、その偽造した物の保持・管理や、その作成のための機械もしくは道具、又は紙も 北アイルランド登録官、登録官吏又は結婚登録を行う法的権限のある者によって発行されたもの、⒨前号のような登録簿 クレジットカード、⒧出生、養子縁組、婚姻又は死亡の登録簿の記載事項に関する認証付きのコピーであって、登録官、 収入印紙、⒠証書、⒡パスポート及びそれに代わる書面、⒢小切手、⒣トラベラーズ・チェック、⒥チェックカード、⒦ 16United Kingdom postage stamps) もっとも、五条五項に規定される⒜為替、⒝郵便為替、⒞連合王国郵便切手()、⒟内国 17) 幾代・前掲注(
( 摘している。 う、学理上当然と言うべき要求があり、偽造法を統括する規定を作ろうと考えられたのはごく自然なことといえる。」と指 12)一九一頁。この状態について、「同じ性質の犯罪に対しては同じ規定で処理するのが妥当であるとい 18) さらに古く一八世紀頃には、文書偽造は死刑犯罪とされていた。文書偽造罪の法制史については、栗原眞人「長い
18世
五六〇 紀イングランドの文書偽造罪」早稲田法学八五巻三号(二〇一〇年)参照。「私的取引にかかわる文書の偽造を死刑犯罪とする法律は一六九七年に制定された(8&9 Will. III, C.20, s.36.)」。その後、商業革命にともなう紙券信用の確立が様々な証書類の流通を促し、「詐欺目的による証書類の文書偽造は、単に当事者に私的損失をもたらすだけでなく、信用取引を阻害する公的な危険として死刑犯罪に変えることが議論された」結果、私的な証書類への文書偽造を死刑犯罪とする一般的性質をもつ議会制定法が一七二九年に成立」(2 Geo. II, C.25)するに至ったとされる。(
( 意識されてこなかった。 ‘writing’‘document’writingdocumentていたため、やの一般的な定義を採用する必要性がなく、との区別の必要性も ‘document’対して、一九一三年法では条文上という文言が使われているが、偽造の対象となる具体的な文書が列挙され ‘writing’2 RUSSELLON CRIME 1218-1219J.W.CECIL TURNER ed., 12th ed. 1964してという文言が使われていた(())。これに 19forgery) 一八三〇年より前、コモン・ローやその他の制定法で偽造()が扱われてきた時代には、偽造を定義する用語と
( 20THE LAW COMMISSION, CRIMINAL LAW, REPORTON FORGERYAND COUNTERFEIT CURRENCY, para 23. (LAW COM. No.55) (1973).) きものをいう」とされる(大塚仁他編﹃大コンメンタール刑法第 記載された意思または観念の表示であって、その表示の内容が法律上又は社会生活上重要な事項について証拠となりうべ いて「文書」とは、「文字またはこれに代わるべき記号、符号を用いて、ある程度永続すべき状態において、物体のうえに 21) 日本では、デバイス等の記録媒体に虚偽の文書を記録したとしても、文書偽造罪は成立しない。日本の文書偽造罪にお
には含まれない。電磁的記録の文書性についての争いにつき前田雅英﹃刑法各論講義(第 た、デバイスに含まれる情報それ自体についても、可視性は認められず、日本において文書偽造罪の対象となる「文書」 る。デバイスについては、そもそも記録媒体であって、可視性・可読性がないと考えられるため、文書にあたらない。ま 「ある程度の永続」性については、黒板のチョークによる記載も一定程度の永続性を有するものとして文書と認められてい ている。すなわち、「物体」の材質を問わず、また「記載」の方法も問われないが、可視性・可読性が要求される。そして、 ヘキ状態ニ於テ或物体ノ上ニ記載シタル意思表示ヲ指称ス而シテ其物体ノ種類ニ付テハ法律上何等ノ制限ナシ」と判示し 出錞一︺。大判明治四三年九月三〇日(刑録一六輯一五七二頁)は、「文書トハ文字若クハ之ニ代ルヘキ符号ヲ用ヰ永続ス 8巻(第二版)﹄(二〇〇一年)六三頁︹荒木友雄=小
5版)﹄(二〇一一年)五一三頁。
電磁的記録自体の保護については、昭和六二年の改正により、刑法一六一条の二(電磁的記録不正作出及び供用)が新設され、立法的解決がなされた。前田雅英編﹃条解刑法(第二版)﹄(二〇〇七年)四一一頁。(
思われる、と指摘されている。一八〇〇年代の判例では、虚偽の名前を署名するケースが多く(遺言執行者になりすまし 222 RUSSELON CRIME, supra note 19, at 1223. ) 一九世紀初頭に至るまで、文書の虚偽についての審査は不明確だったように
五六一イギリス一九八一年偽造法の「虚偽」文書概念とその拡大(一)(都法五十四-一) て約束手形に虚偽の名前を署名したR. v. Dunn事件((1765) 1 Leach 57)、手形に虚偽の名前を署名したR. v. Whiley事件((1805) R. & R. 90)、それらの判決の中では、虚偽文書の作成に至ったことについてどのように考慮されたかが示されていなかったようである。(
( におけるワードの意味を確かめることはコモンローに頼っているとの指摘がある。 23LAW COM No.55 note 20, para. 41.false documentsupra) 一九一三年法は、「」の網羅的な定義を含んでおらず、偽造の文脈
( 由が詳細に説かれているものが見つからない。そしていくつかは、関連する先例の引用を誤っている、と説明している。 なる時に文書が虚偽になるかという問題)のケースは簡単ではない。つまり、それらのほとんどは、判決の中で決定の理 24Gooderson, When is a document false in the law of forgery? 15 M.L.R. 11 (1952).) グッダーソンは、このトピック(いか
( する場合などにおいて、「虚偽」をいかに考えるべきかを判例を引用して検討している。 て議論している。虚偽文書作成において特別な扱いが必要と思われる四つの場面を指摘しており、自分自身の名前を署名 25Gooderson) このような状況の中で、グッダーソン()は上記論文の中でいかなる場合に偽造を認めるべきかを類型化し
( 262 R C, note 19, at 1227.USSELLONRIMEsupra)
( いと判断したものである。 と帳簿上の金額との差額を横領していた事件で、帳簿への虚偽の記載につき偽造罪の成立を否定した。虚偽記載に過ぎな 27R. v. Windsor. (1865) 6 B & S 522. ) 銀行の出納係だった被告人が、銀行の財産帳簿に虚偽の記載をして、実際にある金額 28R. v. Ritson (1869) L.R.1 C.C.R.200.R. v. Horner (1910) 22 Cox 13.) 事件、事件
「虚偽( 3
False )」の意義
(
1) イギリスにおける偽造の概念
以上に見てきた条文の規定に示されているように、イギリスにおいて文書偽造罪にあたる行為とは、makes a
五六二 false document、つまり虚偽の文書を作成すること、である。そこで、「虚偽(false)」の文書とは何か、が日本に
おける「偽造」の要件の問題と重なることとなる。もっとも、イギリスにおいて偽造の成否を判断するにあたり、
「名義の偽り」を基準とするという議論はなく、有形偽造や無形偽造といった概念も存在しない。
「虚偽」の文書とは、「それ自体について虚偽を示す(tell a lie about itself)」文書であると説明され )29
(る。そして、
「文書自体の虚 )31
(偽」とは、文書は単に嘘を示すもの(言い換えれば、虚偽の陳述を含むもの)であるからといって
偽造となるものではなく、それ自体について嘘を示すものでなければならないということだと説明さ )31
(れ、この「虚
偽(false)」の考え方を、文書虚偽の必要性(requirement of automendacity)または文書虚偽の原則(principle of automendacity)と呼 )32
(ぶ。
「文書自体の虚偽」の具体的内容としては、一九八一年法の九条一項に列挙された方法で文書が作成・変更され
ていることである。一般的には、(権限ある)人(あるいは、作成・変更権限を与えられた者)によって作成また
は変更されたとされるが、実際にはその人は作成・変更していない、又は実際に作成・変更されていない状況下で
他の方法によって作成・変更されたと称されることをいう、と説明される。具体的に九条一項で列挙される作成・
変更の八類型は、以下の通りである。
九条一項
⒜ ある形式で作成されたと表示されるが、実際はその形式で作成していない者によって作成されていた場 )33
(合
⒝ 授権に基づいて、ある形式で作成されたと表示されるが、実際はその形式で作成する権限を有していなかった場 )34
(合
⒞ ある用語で作成されたと表示されるが、実際はそれらの用語で作成されていなかった場 )35
(合
⒟ 権限ある人によって、ある用語で作成されたと表示されるが、実際はその用語で作成する権限がなかった場 )36
(合
五六三イギリス一九八一年偽造法の「虚偽」文書概念とその拡大(一)(都法五十四-一) ⒠ 任意の点につき、ある人によって変更されたと表示されるが、実際にはその点につき変更していなかった場 )37
(合
⒡ 任意の点につき権限をもって変更したと表示されるが、実際はその点につき変更する権限を有していなかった場合 ⒢ ある時、ある場所で、あるいはその他の情況下で作成・変更されたと表示されるが、実際はそうではない場合 ⒣ 実在する人物によって作成され又は変更されたと表示されるが、実際には存在しない場合
(
2) 虚偽文書の該当性判断
これらに共通して言えるのは、文書が、実際とは異なる人によって、異なる権限、内容で、又は実際とは異なる
情況で「作成・変更されたことを表示」している場合を指していることであ )38
(る。より抽象的にいえば、文書がどの
ように作成されたものであるかを示す事実、つまり文書の成立過程・由来について虚偽の表示があることを偽造の
内容と考えているといえよう。日本において「名義の偽り」が偽造のメルクマールとされるように、イギリスにお
いては、九条に列挙された態様で、文書の成立過程・由来に偽りがあるかが偽造のメルクマールとなり、それを偽
造に必要な「文書自体の虚偽」と考えていると思われる。
もっとも、表示されている文書の由来というのは、日本では文書から読み取られる名義人の解釈の中に読み込ま
れる部分が大きいと考えられる。例えば、権限をもって作成されたという文書の成立由来は、そのまま文書の名義
人が誰か、という問題と重なる。そして、実際はどのように作成されたか、という認定は、日本では作成者は誰か、
という認定の問題となる。そのため、偽造に該当するか否かの判断の仕方は、日本と類似する部分も多いと思われ
る。このように、イギリスにおいて虚偽文書と認められるためには「文書自体の虚偽」という一定の概念にあてはま
五六四
ることが必要と理解されており、具体的には、文書の成立過程・由来を問題として虚偽文書にあたるかが判断され
ることとなる。
(
( at1227. 29CARD, CROSS & JONES, supra note 5, at 506. LAW COM No.55, supra note 20, at 19. 2 RUSSELLON CRIME, supra note 19,)
( 30tell a lie about itself) 以下、というアフォリズムを、「文書自体の虚偽」と示すこととする。
創り出されたとされる。 ’a lie about it selfKennyOutlines of the Criminal Law, at 375というフレーズは、一九〇二年に()によって最初に使用され、 31David Cristal-Kirk, forgery reforged Art-faking and commercial passing-off since 1981, 49 Mod.L.Rrev.608 (1986). ‘Tell) SMITH & HOGAN, CRIMINAL LAW, 11 (David Ormerod ed., 13th ed.2011). エドワード(Edward Griew)教授は、‘automendac-ity’の概念の説明として、このアフォリズムを使っていた。(なお、SMITH & HOGANのCRIMINAL LAWは、フォージェリーを扱う第二八章をウェブサイトで公開するものとしており、サイトのpdfファイルにはページ番号が付されていないため、便宜上、同ファイルの一枚目を一頁目として示すこととする。 http://fdslive.oup.com/www.oup.com/orc/resources/law/criminal/smithhogan_textbook13e/resources/chapter/Ormerod13e_forgerychapter28.pdf)(
( 32‘mendacity’ʻautoʼ) は、うそ・虚偽といった意味をもつ単語であり、これにが付けられた造語と思われる。
( いためである。作成者に関する虚偽を指すものと考えられ、重大な難点のない条文とされる。 状を作成すること、が挙げられる。それは、雇用主によって作成されたという形式をとっているのに、実際にはそうでな 33SMITH & HOGAN, supra note31, at 11. ) 例として、仕事に応募する者が、その応募書類において雇い主が書いたとする推薦 34SMITH & HOGAN, supra note31, at 11-12. ) 以下、注
( 有無に関する虚偽を指すと考えられる。 に、Vが署名または権限を使わせるようにしたDが、偶然Vと同様の名前を有していた場合でも大差ない。これは授権の よって作成されたと表示されているのではない)を作成したケースを扱う。それは、Vの署名又は権限が使用されるよう 定とされる。⒝は、Dが、Vの権限を与えられていないのに、Vの権限で作成されたと表示される文書(それはV自身に 37まで同様の出典である。⒟も、⒜と同様に議論にならない率直な規 35) ⒞と⒟は事実上⒜、⒝とパラレルであるとされる。⒞と⒟は、特定の用語でVが作成し、又は権限を与えたインストゥ
五六五イギリス一九八一年偽造法の「虚偽」文書概念とその拡大(一)(都法五十四-一) ルメントを作り替える場合であるためである。それゆえ、⒞は、Vが書いた一〇ポンドの小切手を一〇〇ポンドに見えるように作り替えるケースも包含するとされる。(
( 合が挙げられる。 36) ⒟の例として、VがDに一〇ポンドの小切手を振り出す権限を与えたのに、Dが一〇〇ポンドの小切手を振り出した場
( 指すとされる。 37) ⒠と⒡は、文書の変更に関連する類似条項をさらに進めるものを含み、作成・変更する権限がないのに変更した場合を のそれぞれに〝表示する〟という言葉が使用される構成であるのは、共通点である、と述べている。 tell a lie about itself表示しているという意味で、として虚偽になるために、法が要件として含む九条一項の⒜号から⒣号 (又は、それを変更していない人によって変更された)、又はその他、作成・変更されていない状況で作成・変更されたと 38MoreAckner) 後述のモア()事件で、裁判官は、インストゥルメントが、それを作成していない人によって作成された
False 4 判例における「虚偽( )」の意義
(
1) 「虚偽」と有形偽造の関係
我が国の有形偽造である「名義の偽り」が認められる場合も、「文書から看取される意思主体たる名義人が作成
した」という文書の成立由来に嘘がある場合を指すことになるから、「文書自体の虚偽」の類型の一つに含まれる
であろう。具体的には、⒜・⒝・⒠・⒡号が日本法における有形偽造と類似した例を規定していると思われ )39
(る。で
は、文書偽造罪の成立に必要な要素としてのイギリスにおける「虚偽」と、日本における有形偽造は、いかなる関
係に立つのであろうか。まず、イギリスにおいて一九八一年法以降に「虚偽」の意義が問題となった代表的な二つ
五六六
の判例を挙げて検討したい。
(
R. v. Donnelly19841 W.L.R. 10172) 自己名義による虚偽の鑑定書―ドネリー()事件([])
宝石店の支配人だった被告人が、保険会社を騙す目的で、実在しない宝石の鑑定書を作成し )41
(た、という事案で、
その鑑定書について偽造の成否が問題となったものである。被告人は、宝石が鑑定され、そして価値を有するとの
結果を含むその文書の情報が虚偽だったのであって、インストゥルメント自体の虚偽、すなわち鑑定書それ自体の
虚偽ではない、と主張した。
控訴審裁判所(Court of Appeal)は、法九条一項g号(作成・変更の日付・場所その他の作成情況に関する齟齬)
の虚偽のインストゥルメントにあたるとして、文書偽造罪の成立を認めた。鑑定書は、宝石を鑑定した後に作成さ
れたと示されていたが、宝石は存在しないのだから、インストゥルメントは真実作成されていない情況下で作成さ
れたと示されていることになる、と判断したのである。
しかし、この事案において、宝石店の支配人であった被告人は、日常的に鑑定書を作成していた者で、宝石の鑑
定書を作成する権限を有する者であった。そうだとすると、宝石店の支配人の権限で実際には存在しない宝石の鑑
定書を書くことは、自己の名義で宝石についての虚偽の鑑定書を書くことであるから、内容虚偽の文書にとどまり、
我が国でいう無形偽造にあたるものと解される。鑑定書の名義人も実際の作成者も、支配人たる被告人である。し
たがって、本事案を我が国の私文書偽造罪にあてはめて判断するのであれば、文書偽造罪は成立しない事案であ
ろ )41
(う。
五六七イギリス一九八一年偽造法の「虚偽」文書概念とその拡大(一)(都法五十四-一) ( R. v. More19871 W.L.R. 15783) 仮名口座の払戻請求書―モア()事件([])
本件は、銀行の払戻請求書の偽造の成否が問題となった事件である。被告人は、A宛ての小切手を盗み、これを
現金化するため、A名義で銀行口座を開設して小切手を処理させ、同口座に現金を払い込ませた。そして、その金
銭を引き出すために払戻請求書にAの名でサインした、というのが事実の概要であった。
一審では、九条一項a号(作成者に関する齟齬)及びc号(用語に関する齟齬)にあたるとして偽造罪が成立す
ると判断された。二審では、a号及びc号ではなく、h号(架空人名義による作成)に該当するとして偽造罪の成
立を認めた。
しかし、貴族院(House of Lords)は、偽造罪の成立を否定した。払戻請求書は、口座を開設した人、すなわち
被告人によって記載されたことを正確に示していた。そして、被告人は実在の人物であった。したがって、一九八
一年偽造法の九条一項h号の下では、彼は偽造の罪にならない、と判断されている。偽名とはいえ、被告人が被告
人自身を示す名前を表示していた以上、実在しない人物を装って文書を作成したことにはならず、「文書自体の虚
偽」にはあたらないと考えるのであ )42
(る。イギリスの偽造法のような考え方を前提とした場合でも、「Aという名前
の被告人」という人格は存在しないと考えて架空人による作成と判断することも不可能ではないと思われる。しか
し、本判決はそのような考え方は採らなかった。
この事案に関しては、大阪高判平成一六年一二月二一日(判タ二八三号三三三頁)の概要が類似しており、日本
でも判断されている。しかし、その結論は反対のものであった。
五六八
(
False4) 日本法との比較(大阪高判平成一六年一二月二一日)―有形偽造と虚偽()概念の齟齬
大阪高判の事案は、被告人が、あらかじめ他人名義で不正に開設しておいた銀行口座から預金を払い戻す目的で、
当該他人名義の払戻請求書を作成したため、この払戻請求書につき偽造罪の成否が問題となったものであ )43
(る。
弁護人は、「本件預金口座は被告人が事実上及び法律上管理・支配していたものであり、このように自己が支配
する口座から預金を引き下ろす行為が罰せられるいわれはない」と主張した。
これに対し、大阪高裁は、有印私文書偽造(及び同行使)罪の成立を認めた。「預金口座を開設し、管理する者
は、その他人の名称を自己を表すものとして利用していることになるから、当該他人名義で作成された払戻請求書
は、名義人と作成者の人格の同一性を偽るものではないのではないか、との疑問がないではない」と断りつつ、
「他人又は仮名口座を利用する不正行為に対する規制の必要性が一般に認識され、実務においても厳格な取扱いが
定着している今日においては、預金口座等の開設やその引出し等は本人の名義で行うべきというのが社会通念であ
って、他人の名義で払戻請求書を作成、提出する行為は、金融機関側がこれを知って敢えて許容し又は黙認してい
る等の特別の事情のない限り、原則として、私文書偽造罪等に該当する。」と判断している。
名義人が誰か、という点ははっきりと示されていないものの、単純に口座開設者である被告人という存在を払戻
請求書の名義人と捉えるのではなく、口座開設に使用された氏名を持つ者、すなわち「Aという名前の被告人」を
名義人とし、作成者を(Aという名前ではない)「被告人」と考える判断であろう。もっとも、本件では他人の名
称を使用しているものの、その名称を自己を表示するものとして使用している事案であるから、払戻請求書という
文書の責任主体を偽るものといえるか疑問が生じ得ることについては、本判決も否定しない。
五六九イギリス一九八一年偽造法の「虚偽」文書概念とその拡大(一)(都法五十四-一) しかし、これについては、仮名口座の作成が禁じられていることから、預金口座の開設や払戻しは自己の名義で行うべきということを理由に、払戻請求書を他人名義で作成することは原則として偽造にあたると判断している。
このように、イギリスにおいて虚偽文書と認められるものが、日本の解釈をあてはめると無形偽造と考えられた
り、また、その逆の判断がなされたりすることもあるようである。過去の裁判例の判断を見る限り、我が国の有形
偽造の概念とイギリスにおける「虚偽(false)」の概念には「ずれ」があることが窺える。
(
39) 幾代・前掲注(
( 12)二一三頁参照。
( 40) 被告人は、自己の名義で、存在しない六つの宝石について価値を証明すると記載した証明書を完成させていた。
SMITH & HOGAN, supra note 31, at 14れなければならないのだろう、とする()。 造法の注目すべき拡張であろうが、もし本当に、これが九条一項一号の無情に導く結論であるとするなら、それは甘受さ に偽造である。なぜなら、著者が示すような情況は存在しないからである。これは、かねてから理解されてきたような偽 集めの人又は彼の代わりの誰かが、寄付要請の手紙において、彼が寝たきり又は仕事がないと偽って述べるものは、同様 circumstances価書は嘘をついている。しかし、それは作成された情況()について嘘をついているだろうか。もし、寄付 偽造となりうることになってしまう。スミス=ホーガンも、このドネリー事件の判断に疑問を呈する。明らかに、鑑定評 ち鑑定した後に作成したという作成の情況を必ず示すことになる。)それゆえ、事実上、虚偽が記載されている文書は全て されていた事実が示されることについても異なることは何もない。(つまり、鑑定したという虚偽の事実の記載は、すなわ 記載がなされている時はいつでも、事実が発生した後に作成されたものと表示される。宝石の商品について鑑定され評価 裁判例に従うのなら、偽造法は、その適切な範囲をはるかに超えて拡大されている。文書に、過去の事実について虚偽の 41J. C. Smith, Commentary on Donnelly, [1984] Crim. L.R. 491, at 492. ) ジョン・スミスは、以下のように指摘する。もし今の これに対して、Roger Leng, Falsity in forgery, Crim.L.R.687 (1989). は、こうしたドネリー事件判決に対する批判に反対の意見を述べる。モア事件の控訴審および貴族院がドネリー事件に言及しなかったことをもって、ドネリー事件は誤った判断をしたものとして扱われているに違いないとする主張もあるが、モア事件で言及されなかったことは驚くべきことではない。モア事件は、個人の人格に関わる虚偽の問題であったが、ドネリー事件は、情況に関する虚偽として扱われてい
五七〇 たためである。ドネリー事件は、「文書自体の虚偽」というルールに反するとの批判があるが、モア事件の裁判官は、文書虚偽(automendacity)の原則は九条一項のそれぞれの規定により構成されて維持されると述べており、鑑定の情況を問題としたドネリー事件は、「文書自体の虚偽」というルールを否定するよりむしろシンプルに適用したものといえる。確かに、ドネリー事件は情況に関する文書であるか否かを決定するのが難しいボーダーラインの事案であろうが、だからといって区別を無くすものではない。鑑定書は、資格ある宝石商によって、その人の仕事場で、特定の形式で、特定の日に、鑑定の後に作成されたという証明に関する事実が重要である。ドネリー事件は、文書に特別な真実性を与える要素である、作者・時間・場所その他の情況に関することについて偽ることをg号が意図するものであることを証明するものである、と指摘する。イギリスにおいても、ドネリー事件に対する評価は分かれているようである。(
42) 川端=日高=今井・前掲注(
( 持しているという点に関心をもった」と述べている。 書を作っても処罰する必要はないと解しているのですが、イギリスでも私と似た解釈をした判例があり、学説もこれを支 た事案と類似すると指摘する。今井教授は「人には仮名を使う自由があり、受取人に迷惑をかけない限り仮名を使って文 14)一七頁は、本件を紹介し、この事案は被告人がAというペンネーム(仮名)を使用し 人名義の預金払戻請求書を作成・提出して、上記詐取金の払戻しを受けた、というものである。 おいた銀行口座に詐取金を振込送金させた後、さらに、銀行に対し、不動産所有者(預金名義人)本人に成りすまし、同 りすました上で、同不動産を担保とする融資を申し込み、被害者をして、あらかじめ不動産所有者名義で不正に開設して 43) 事案全体の概要としては、被告人らは、偽造された権利証や運転免許証等を行使するなどして不動産の所有者本人に成
Circumstances 5 作成 ・変更にかかる「情況( )」
(九条一項g号)の理解を巡る対立
(
False1) 虚偽()概念の範囲
イギリスにおける「虚偽」の概念が有形偽造の概念と一致しないことは窺えるとしても、イギリスにおける「虚
五七一イギリス一九八一年偽造法の「虚偽」文書概念とその拡大(一)(都法五十四-一) 偽」の概念自体、従来から争いがあるものであり、その意味について法廷によって判断が分かれてきた。特に、
「虚偽(false)」の一類型を示す九条一項g号については、前述のドネリー事件でも問題となったように、「その他、
実際に作成又は変更されたのではない情況(otherwise in circumstances in which, it was not in fact made or altered)」
の示す範囲の解釈をめぐって、判例によって異なる見解が採られていた。代表的に対立する判断として取り上げら
れるのは、いずれも一九九四年に出された判決であるイェライ(Jeraj)事件とワーンフォード アンド ギブス
(Warneford and Gibbs)事件である。
(
R. v. Jeraj1994Crim.L.R. 5952) 信用状の存在という「情況」―イェライ()事件([])
銀行の支配人であった被告人は、実際に信用状は存在しなかったため、彼はそれを受け取ることはできず、本来
裏書できなかったにもかかわらず、銀行に代わって確かに信用 )44
(状を受け取ったという結果を銀行証券(bank pa-
per)に記載し、それを裏書した。そこで、虚偽の銀行証券の記載が九条一項g号に当たるのではないかが問題と なった。控訴審裁判所(Court of Appeal)この判決は、ドネリー事件の判断を援用して、偽造罪の成立を認めた。主席裁
判官は、「実際には信用状は存在せず、そのため被告人は信用状を見ることも裏書することもできなかった。ドネ
リー事件では、宝石が存在しなかった。本件では、信用状が存在しなかった。」としてドネリー事件との類似性を
認め、信用状が真実存在しなかった情況をg号の「情況(circumstances)」と理解したのであ )45
(る。
五七二
(
1994Crim.L.R. 753([]) R. v. Warneford and Gibbs3) 作成者の身分という「情況」―ワーンフォードアンドギブス()事件
ワーンフォード アンド ギブス事件(以下、ワーンフォード事件とする)は、イェライ事件の二か月ほど前に
出された判決であったが、前述のイェライ事件は、このワーンフォード事件を参照することなく、矛盾する結論を
採った。両判決は、両立しない判断であるとまで指摘されてい )46
(る。被告人は、住宅金融組合に対する抵当担保申込
みの際に、被告人の雇用主が書いたとされる推薦状(被告人が雇用主の会社に雇われていることを正式に認める手
紙)を使用したが、それは被告人の雇用主ではなく、単に被告人の父の友人が書いたものだったため、当該推薦状
につき九条一項g号(作成・変更の日付・場所その他の作成情況に関する齟齬)の該当性が問題となった事案であ
る。検察官は、推薦状を書いた者が真実被告人の雇用主ではなかったという事実が、文書が作成されたときの情況
であるとして、g号に該当すると主張した。
これに対し、控訴審裁判所(Court of Appeal)判決は偽造罪の成立を否定した。九条一項g号は、誤りを含む全
ての文書を、その範囲内に含むように解釈されるものではない。九条一項g号の「その他実際に作成されたのでは
ない情況(otherwise in circumstances in which it was not in fact made)」という表現は、ちょうど九条一項g号で文
書の作成された日付や場所に関する日付や場所に言及するよう )47
(に、文書の作成の情況(circumstances)に言及した
ものである。偽りは、文書の作成にかかる実際の情況に関係するものでなければならない。文書にとって本質的で
ない他の事実についての偽りでは、偽造の成立を認めるには不十分である、との理解のもと、g号の該当性を否定
した。
五七三イギリス一九八一年偽造法の「虚偽」文書概念とその拡大(一)(都法五十四-一) ワーンフォード事件では、被告人の雇用主として推薦状を書いた者が、実際は雇い主でなかったという事実が、
文書の作成された「情況」には含まれないと判断している。雇い主が書いたと示される文書において、文書を作成
した者が雇い主であることは、文書を作成するにあたっての前提となる事実であり、いわば肩書きと同じ意味とし
て理解することが可能である。
日本法の解釈において、肩書きを偽ることが文書偽造に該当するか否かは、文書の性質によって異なると考えら
れている。例えば、弁護士報酬を請求する書面において、弁護士でないXが「弁護士X」という虚偽の肩書きを用
いた場合、文書偽造罪が成立す )48
(る。他方で、単に見栄を張るために、何ら弁護士という身分と関係なしに友人に宛
てた手紙において「弁護士X」と書いたとしても、文書偽造の成立を認める必要はないと解される。つまり、当該
文書にとって、その肩書きが重要な意味を持つのであれば、その肩書きを含めて名義人が判断され )49
(る。ワーンフォ
ード事件で問題となった文書は、抵当担保申込みの際に使用される、申請者の信用を担保するための資料としての
推薦状であり、申請者の雇用主自身が書くことに意義がある。したがって、本件の推薦状において、雇用主という
肩書きは重要な意味を持っており、日本法のように解釈した場合、偽造の成立を認めうる「名義の偽り」が認めら
れると解される。したがって、本判決については、日本法の解釈よりも狭い範囲で偽造罪の成立を認める判断をし
ているといえる。
本判決は、「その他実際に作成されたのではない情況」について、文書を作成した日時や場所のような事実を指
すと解釈し、文書の作成者が実際は雇用主と使用人の関係にない、という事実は、これに含まれないという解釈を
採った。イェライ事件では、銀行証券を作成する前提となる信用状が実際は存在しなかったという事実についても、「そ
五七四
の他実際に作成されたのではない情況」に含まれると解釈しており、文書が作成された日付や場所のみならず、文
書が作成された際の前提事実についても「情況」に含む点で、ワーンフォード事件の判断と対立する。イェライ事
件の考え方は、無形偽造を広く処罰対象に含めるものと思われる。
そして、翻って考えると、モア事件は、h号(架空人名義による作成)該当性を問題として判断された事件であ
るが、g号該当性の問題として考え直した場合、文書が正確に作成されるには、適切に(自己名義で)開設した口
座から自己名義で金銭を払い戻さねばならないが、実際はそのような情況でなかったとして、払戻請求書を作成し
た「情況」に偽りがあると考えることも有り得ただろう。当該文書が作成されるにあたって、正しくはどのような
情況であるべきであったか、という点を考慮しうるとすると、モア事件でもg号に該当するとして偽造罪の成立を
認める道もあったように思われ )51
(る。
(
4) 作成の情況に関する偽りの意義
この九条一項g号の理解をめぐる論争は、二〇〇〇年に出された司法長官意見(Attorney general
’s reference
[No1
of 211 )51
(1])によって解決され )52
(た。ワーンフォード事件の判断には注意の欠如があり、誤っていると判断したのであ
る。つまり、公的な見解としては、雇用主が書いたとされる推薦状の作成において、「その他実際に作成されたの
ではない情況」の中に、文書の作成者が雇用主ではないという事実も含まれるとされる。
しかし、この意見(レファレンス)では、g号(作成・変更の日付・場所その他の作成情況に関する齟齬)がカ
バーする範囲の限界についても言及している。g号が適用されるのは、文書が正確に作成・変更される前に存在す
る必要がある「情況」だけに制限される、とするのである。つまり、当該文書が適切に作成されるためには、存在
五七五イギリス一九八一年偽造法の「虚偽」文書概念とその拡大(一)(都法五十四-一) していなければならなかった「情況」だけが、偽造の成立上問題となる「情況」であるとする。ドネリー事件では、宝石を見ることなしに評価を示す評価書を作成することはできなかったのであり、宝石を見ることができた「情
況」が必要だった。イェライ事件では、裏書されることが可能な信用状の存在が必要だった。ワーンフォード事件
では、使用人に関係する雇用主としての証明書を作成する前に、雇い主と使用人の関係が必要だった。被告人とは
別の第二の運転手が運転していることを証明するタコグラフレコードシートを作成するためには、第二の運転手が
存在していることが必要である。そして、その期間中、第二の運転手が存在していなかったのなら、タコグラフレ
コードシートは、実際には作成されていない情況で作成されたと示している虚偽のインストゥルメントだと考える。
インストゥルメントの作成に先立つ情況の存在の必要性は、すなわち、そのような情況の不存在が文書それ自体の
嘘であるという説明となる。
このような制限に言及したのは、ワーンフォード事件判決の結論は否定すべきだが、同判決のいう、文書にとっ
て本質的でない事項についての偽りでは、偽造罪に至るには不十分であるとの考え方までは否定すべきではないと
いう姿勢を示したものと思われる。
しかし、この制限の実質について考えたとき、それが本当に制限となるのか疑問が残る。当該文書が適切に作成
されるためには、本来こういう情況が必要であったのに、実際にそのような情況は存在しなかった、という言い方
が可能な全ての情況を含むのであれば、「情況」に制限はかかっていないのと同様なためである。例えば、真実首
席ではなかったのに、自己の履歴書に大学を首席で卒業したと記したとき、その文書を適切に作成するためには、
真実首席であった情況が必要であったのに、そのような情況がなかった、と説明でき、このような虚偽の陳述を含
むにすぎないと説明できる場合にまで「情況」に虚偽があると認められうることとなろ )53
(う。g号は、その解釈によ
五七六
っては日本において無形偽造とされるケースを広く偽造罪に取り込む可能性を秘めており、従来から理解されてき
た「文書自体の虚偽」という基準を広げる規定となりう )54
(る。そして、この考え方は、我が国において一定の内容虚
偽を「偽造」と認める考え方に通ずる可能性を有するものである。
(
R. v. Atunwa2006EWCA.Crim.6735) 文書自体の虚偽―アトゥンワ()事件([])
司法長官意見が出された後、二〇〇六年には、モア事件とは異なった方向の判断をなす判決が出されてい )55
(る。ア
トゥンワ事件は、会社から権限が与えられていないのにも拘らず、会社が支払人となる小切手を被告人が被告人自
身の名前でサインして振り出したという事案で、九条一項d号に該当するとされた判決である。この事件で、弁護
人は文書が九条一項の虚偽となるためには、小切手に会社の署名権限を与えられているとの表示が必要であるので
あって、自己の名前を署名することが「文書自体の虚偽」にはならないと主張したが、排斥されている。
この判断は、払戻請求書に自己の開設した口座の名義で署名をした行為につき偽造罪の成立を否定したモア事件
と両立しないと指摘される。小切手にサインした者が、自分自身の名前を書いているにも拘らず、「それを作成し
ていない人によって作成された」又は「作成されていない情況で作成された」という「文書自体の虚偽」の定義に
当てはまると判断しているためであ )56
(る。
ただ、この事案は(不正に取得した金銭であるとはいえ)自己が開設した口座の払戻請求書を書いたモア事件と
異なり、他人の口座から支払わせることで他人に経済的負担を負わせる小切手を権限なくして振り出したものであ
り、事案はかなり異なる。他人に責任を負わせる文書を権限なくして作成したのであるから、九条一項b号(権限
に関する齟齬)又はd号(権限内容に関する齟齬)の典型的な事例であるように思われる。当該取引について授権
五七七イギリス一九八一年偽造法の「虚偽」文書概念とその拡大(一)(都法五十四-一) の事実が明示されていなくても、権限がないのに、権限がなければ署名できない書面にサインすれば、それは権限を偽ってサインしたものといえるであろう。少なくとも、自己を表示する名前を署名している限り
「文書自体の虚偽」にあたらないという考え方は採ら
れていないことは明らかであり、モア事件の考え方に
一定の変更が加えられていると考えるのが自然であ )57
(る。
(
6) 判例における「虚偽」の理解の拡大
このように、裁判例の傾向を追ってみると、「文書
自体の虚偽(tell a lie about itself)」となる文書の範囲、
すなわち「虚偽」に含まれる範囲の考え方に揺れがあ
ったように思われるが、現在の傾向としては、作成の
情況に関するかなり広い範囲について「虚偽」の内容
に含め、偽造の成立を認めているようである。そして、
日本においては無形偽造にあたる内容の虚偽も、ほぼ
全て偽造の成立を認める結論を採っている。イギリス
における「虚偽(false)」と我が国の有形偽造(名義
(表 1)
名義の偽り 文書自体の虚偽
(tell a lie about itself)
ドネリー事件(1984) × ○
モア事件(1987) ○ ×
イェライ事件(1994) × ○
ワーンフォード事件(1994) ○ ×(司法長官意見は○)
タコグラフ(2111) ? ×(司法長官意見は○)
アトゥンワ事件(2116) ○ ○
(表 2)
名義の偽り 内容の偽り
文書自体の虚偽
(Tell a lie about itself)
ワーンフォード事件(1994)
アトゥンワ事件(2116)
ドネリー事件(1984)
イェライ事件(1994)
タコグラフ(2111)?(58)
該当せず モア事件(1987)?(59)
五七八
の偽り)を比較した場合、「虚偽」概念の方がかなり広い範囲をカバーするものといえる。
以上に挙げてきた、イギリスの各裁判例の事案で、有形偽造にあたると考えられるものを「○」、無形偽造にあ
たると考えられるものを「×」、そして実際に「文書自体の虚偽(tell a lie about itself)」にあたると判断されたも
のを「○」、否定されたものを「×」として表に整理すると、前頁(表
1)のようになる。
さらに、縦の軸を「文書自体の虚偽」にあたるものとそうでないもの、横の軸を有形偽造と無形偽造に区別して、
各裁判例について司法長官意見(Attorney General’s reference)の結論を踏まえて分類し直すと、前頁(表
2)に整
理できる。
(表
2)において、「文書自体の虚偽」にあたらないのはモア事件のみであり、前述のように、この結論も現在で
は維持されているとはいいにくい。そうだとすると、有形偽造にあたるものも無形偽造にあたるものも、広く「虚
偽(false)」文書と認めていくものといえる。現状の裁判所の考え方を前提とすると、「文書自体の虚偽」にあたら
ないとされるものは殆ど考えられない状況にあるといえようか。
(
( りまたはその他支払要求に応じるという約束を表示したもの。」田中英夫編集代表﹃英米法辞典﹄(一九九一年)五一三頁。 船荷証券、保険証券等の一定の書類と引換えにかつ信用状の条件を満たすならば、自ら為替手形を引き受け支払い買い取 44beneficiary) 信用状とは、「買主たる顧客の依頼によって銀行等(発行銀行、開設銀行)が、売主たる(名宛人)に対して、
( 45SMITH & HOGAN, supra note 31, at 15. ) それは、虚偽を書くことの単純なケースであるように思われる、との指摘がある。
( 件(ドネリー事件に賛同しない)が調和する方法はない、とする。 46CARD, CROSS & JONES, supra note 5, at 539. ) イェライ事件(ドネリー事件に賛同し、さらに進める)とワーンフォード事
’cumstances in which, it was not in fact made or alteredとなっている。 47 ‘if it purports to have been made or altered on a date on which, or at a place at which, or otherwise in cir-) g号の条文は、