社会主義国家予算論 : ヤ・リーベルマンの所説を 中心として
その他のタイトル The State Budgets m Socialism
著者 佐藤 博
雑誌名 關西大學經済論集
巻 14
号 2
ページ 181‑201
発行年 1964‑06‑30
URL http://hdl.handle.net/10112/15405
I 8 I
最近
︑
して
︑
ソ連邦において社会主義国家予算に関するいくつかの注目すべき研究が行われている︒そのうちの一っと
( 1 )
ヤ・リーベルマン
5 I . J l r r 6 e p M a H
の﹁社会主義の経済的カテゴリー体系におけるソ連邦国家予算﹂をあげる
ことができる︒この論文は︑社会主義における国家予算の経済的意義と役割を明らかにし︑社会主義経済の発展に
よって予算が如何に変質するかを検討している点で興味がもたれる︒本稿は︑
説を中心として︑社会主義国家予算の国家財政全体に占める地位︑さらには国民経済との相互関係を検討しながら
社会主義における予算の理論的解明に糸口をつけようとするものである︒
( 1 ) 5 I . J I H 6 e p M a H ,
rocy~apcraeHHb!H
6 1 0 m K e r CCCP
B
C H C T e M e 9 K O H O M J . l q e c K H X K a
r e r o p H H C O L { H 8 J I H 3 M a ,
A
B o n p o c b l
3KOHOMHKH
•
N o .
1 0 ,
1 9 6 2 , c r
p . 3 8
ー
4 6
.
この論文の英訳は次を参照︒
I a .
L i b e r m a n , T h e S o v i e t S t a t e B u d g e t i n t h e S y s t e m o f E c o n o m i c C a t e g o r i e s o f S o c i a l i s m , P r o b l e m s o f e c
o ミ
0 m
さ s ,
V o l . V , N o .
1 1 ,
1 9 6 3 .
社会主義国家予算論︵佐藤︶
は
し
が
き
ーヤ•リーベルマンの所説を中心として1
社 会 主 義 国 家 予 算 論
このリーベルマンの予算に関する所
佐
藤
一 五
博
体系である︒
③ (2)
国家財政と予算
社会主義国家財政は︑社会主義国家と貨幣経済の双方に関連せしめられる概念であって︑広く理解すれば︑文字
通り国民経済全体の財政をなすものである︒今日のソ連邦においても︑財政理論の対象は︑単に国家予算を中心と
する本来の国家財政部門にとどまらず︑国営企業・経済部門を含めた広汎な領域にわたっている︒このように広範
囲な財政現象を一言で定義することは困難であるが︑ソ連邦経済学者の所説を引用すると次のような概念規定が見
社会主義社会の財政は︑生産の不断の増加︑国民の物質的・文化的水準の着実な向上︑社会主義国家の威力
︵ア・エム・アレクサンドロフ の強化を保障するため︑国民経済の貨幣資金を計画的に形成し︑利用するところの経済的諸関係である︒
( 1 )
A. M . A J i eK c a H. n; po e )
ソビエト財政は︑国民経済の貨幣資金を計画的に利用して︑社会主義拡大再生産︑労働者の個人的・社会的
消費の必要をみたし︑企業・経済諸部門の生産活動に対する貨幣的統制の実施をなすところの貨幣的諸関係の
( 2 )
︵デ・ア・アラハヴェルジャン
.[ (A . A J I J i a x a a e p . 1 : v r n )
の貨幣的諸関係の体系である︒ ソビエト財政は︑社会主義拡大再生産の必要を保障するために︑貨幣資金を形成し︑分配︑利用するところ
( 3 )
︵ヴェ・ペ・ディヤチェンコ
8 .
f l .
,U
bH
'l
eH
KO
) ︒
このほか社会主義財政の定義に関するものとして︑財政活動の目的については大体一致しているが︑
ついて若干異った表現をとっているものがいくつか見受けられる︒たとえば︑
(1)
られ
る︒
開西大學﹃網済論集﹄第一四巻第二号
M .
その機能に
エ ム
・ ペ
・ ボ ガ チ ェ フ ス キ ー
ー ・
-~-
/ '
I 8 3
して
︑
一七
ゞO T
p ac . n ei i
あるいは単に﹁社会化企業の財政﹂
家財
政﹂
( 4 )
は︑財政の機能を﹁国民所得の計画的な分配と利用﹂と明示している︒
社会主義経済にあって貨幣資金の計画的な形成と利用の関係は︑
される本来の国家活動領域だけにとどまらず︑社会化経済組織の活動領域をも包括することになる︒右に引用した
社会主義財政ないしソビエト財政の概念規定によっても知られる如く︑財政概念は国家活動︑企業活動の双方を包
括し
うる
︒
しかしながら︑すくなくとも現存する社会主義諸国の財政を見た限りにおいては︑本来的な国家活動を表現する
財政
と︑
それ以外の企業・経済諸部門の活動を表現する財政とでは原理的に若干の相異が見られる︒もちろん︑
れらが資本主義諸国で示されるような異質的関係をもつというのではない︒財政の理論的再検討を行なっているデ
ィヤ
チェ
ンコ
は︑
ソビエト財政論の理論的対象として︑予算によって表現されるソビエト国家財政と企業・経済諸
部門財政の二つがあることを承認しつつ︑
ro cy . n
:a
pc
rB
eH
Hb
le
c
pH
Ha
HC
bl
np
e. zt np m1 ym 1
Ha
pO
,l
lH
Or
o
またゲ・トチリニコフ
r .
X0 3≫ ti CT B8
社会主義国家予算論︵佐藤︶ と呼ばれ︑後者は﹁企業・経済諸部門の財政﹂ で使用されている表現をとれば︑前者は﹁全国家的財政﹂あるいは単に﹁国
B .
Bo
ra
11
eB
cK
Hi
i
その制度的な特性から︑国家予算によって体現
そ
これら双方を支えている財政原理の異なることを強調している︒ソ連邦
TO 'I HJ IH HH KO B
OOE
er oc y . l
(a
pc
rB
eH
Hh
le
q
>H
Ha
HC
bI
q>
HH
aH
Cb
l
r rp e . l( I I pH H T HH
9
HHa HC bI
は︑ディヤチェンコと若干異なった視点から︑
CO UH 8J IH CT H' le CK Or O
と呼ばれる︒ディヤチェンコによれば︑第一に﹁国家財政﹂は︑集中的貨幣資金を分配するのに対
﹁社会化企業の財政﹂は︑分散的貨幣資金を分配する点で異なっている︒第1一に︑国家財政は︑直接的・計
(5 )
画的な分配をなすのに対し︑企業財政は︑間接的・経済計算的分配をなす点で異なっていると見ている︒
これら二つの財政分野
縣西大學﹃輝済論集﹄第一四巻第二号
を特徴づけて︑国家財政分野は︑国家経済という特殊な経済関係を基礎とした財政活動領域であって︑企業財政と
( 6 )
は︑おのずから異なると主張している︒
いずれも現段階の社会主義国家財政を︑何らかの︱つの原理で統一的に把握することが困難であることを強調し
ている
6
確かに︑社会主義財政の問題に接近するには︑国家財政の視点からする方法と︑社会化企業財政の視点からなす方法の二つが考えられうる︒社会主義経済の︑より高度の発展に伴って︑この両者の接近方法が︑ある程度
( 8 )
まで差異を失う段階がもたらされることもありうるだろう︒たとえば︑現在︑全国家的財政部門のみを表現してい
る社会主義国家予算が国民経済全体の予算に発展する段階では︑国家財政の視点と国民経済諸部門財政の視点が︑
しかし︑現在の発展段階では︑全国家的財政領域は︑第一に︑国防活動︑行政活動といった国家の本来的任務が
含まれている︒第1一
に︑
商品
11 貨幣関係を媒介するものとは異なった形で価値を再分配しているこれらのことにJ
よって︑それは企業諸部門財政と明確に区別さるべき特徴をもっている︒従って社会主義財政の理論的視点は︑ま
ず第一に国家予算財政領域に置かれることが妥当と考えられる︒
以上のことからして︑社会主義において財政全体に占める予算の地位︑あるいは財政と予算の理論的相関を理解
することができる︒財政全体に占める予算の地位を︑計数的に示せば次の如くなる︒周知の如く︑
( 9 )
は︑財政全体が単一財政計画によって表明されている︒この単一財政計画には国家予算をはじめ︑あらゆる社会化
企業・経済部門の財政計画が含まれている︒単一財政計画の中で国家予算支出の占める比重を見ると︑最近では︑
総投資計画の約七
0%
︑経済組織に対する金融計画全体では約五七%︑社会的消費基金では約九0%
︑また国防・ ある程度まで合致することになる︒ソ連邦において
一 八
185
行政費については︑
( 1 0 )
そのほとんど全部が国家予算からの支出によってまかなわれている︒また国民所得と比較する
と︑その約半分が予算を通じて分配・再分配されている︒これらのことによって国家予算財政の相対的意義が量的
る︒このことは︑社会主義国家予算のもう︱つの面︑
では
︑'
国家
予算
収入
の九
一・
1
1%︵一九六一年︶︑
三・九%︵一九六一年︶︑中国では九九・三%が︑
( 1 )
A .
M .A J i e K C a H . l l p o e ,
<
l >
H H a H c b I
C C C P , Y
l l e 6 H o e r r o c o 6 H e , H 3 J l . 2 , e , 1 9 5 5 , C T p . 1 1
邦の財政﹄教科害︑第二阪︶︒
( 2 ) . [ ( .
A . A J I J i a x e e p , l l . H H ,
P o J i b
< l
> H H a H C O B B
p a c r r p e . l l e J i e H H H
Ha~HoHaJibHoro
. l l O X O . l l a
C C C P ,
1955•
C T p .
1 3
( ア ラ
ハヴェルジャン﹃ソ連邦の国民所得分配における財政の役割﹄︶︒( 3 )
B .
r r .
. [ ( b . H l ! e H K O ,
0
r r p n p o , l l e
H
Q>YHK~H.!I
C O B e T C K H X q
> H H 3 C O B ,
~BorrpocbI
3KOHOMHKH
•
N o . 8 , 1954•
C T p . 4 9
(ディヤチェンコ﹁ソビエト財政の本質と機能について﹂︑﹃経済の諸問題﹄一九五四年︑第八号所載︶︒
( 4 )
﹁ソピエト財政は︑国民所得と貨幣形態でのすべての社会的総生産物の計画的な生産︑分配︑利用の経済関係をなして いる
﹂
( M .
6 .
B o r 翌
e B C K H H ,
¢ H H 3 H C b I H q >
H H 3 H C O B 3 . ! I C H C T e M a C
C C P , 1
9 5 6 , C T p . 1 2
ポガチェフスキー﹃財政と財政制度﹄︶︒
︑
(5 )
B .
r r . n .
芦
l ! E H K O , I I
g . ,
p e , l l . , B o r r p o c b
I T
e o p n H Q
> H H a H C O B , 1957•
C T p . 9 8 ‑ 9 9
(ディヤチェンコ編~『財之以理論の諸
問題﹄︶︒
( 6 )
トチリニコフは︑ディヤチェンコが財政を貨幣にかかわる諸関係と見ている点を批判し︑財政は︑国家という特殊な経 済関係にかかわるものである点を強調している︒また︑ここでは財政が経済的基礎e c o n o m i c b a s i s
に密接に結びつく点を
社会主義国家予算論︵佐藤︶ 現在の社会主義財政の特徴を形式的に示せば︑ に確定されるだろう︒
一九
国家経済が社会化部門からの収入に基礎を置く財政形態といえ
つまり収入面を特徴づけるものであって︑たとえば︑
ボーランドでは八四・一%︵一九六一年︶︑
﹃ソ 述
ソ辿邦
ルーマニアでは九
( 1 1 )
それぞれ社会化経済部門からの収入をなしている︒
︵アレクサンドロフ
リーベルマンは︑予算に関する論文の冒頭で︑
隔西大學﹃親済論集﹄第一四巻第二号 理論的に解明している
( f . T o ' I H J l b H H K O B , B o n p O B b
! C O B e T C K H X q >
H H a H C O B ,
1
9 6
2 ,
c r
p . 5
ー3 5
,
トチリニコフ﹃ソピエト
財政の諸問題﹄︶︒
( 7 )
ディヤチェンコとトチリニコフの財政理論の再検討は︑ともにソピエト財政原理の確立を意図する点で一致しているが︑特に後者は︑哲学的接近方法によって財政概念の明確化を行なっている点で興味深い︒またトチリニコフは︑しばしばディ ヤチェンコの主張に対し反論を試みているが︑その論拠は必ずしも充分とは言えないし︑また両者が論争を戦わすといった ほどの活溌な議論も見られない︒たとえば︑財政が経済的土台に属する概念であるという点をディヤチェンコが見逃がして いるという指摘があるが︑ディヤチェンコ自身この点を強調している箇所がある︒さらにディヤチェンコの貨幣関係による 財政の把握︑分配機能としての財政の役割などの強調は︑トチリニコフの経済関係としての財政の把握と比較して︑結果的 に余り差異がないように思われる︒問題は︑ソビエト財政のなかから如何にして全国家的財政ないしソビエト国家財政を理 論的に抽出するかであって︑この点では︑貨幣関係と見なすことも経済関係と見なすことも同一の結果を生むことになるだ ろう
︒
( 8 )
後節で述ぺる如く︑両財政分野の接近は必ずしも企業財政が予算的措置の支配下に置かれるようになるという意味では ない︒むしろその接近は︑集中的資金蓄績が分散化され︑予算的措置と単なる計画的運営とが差別されなくなることによっ
て達成されると考える︒
( 9 )
この単一財政計画は︑﹁総合財政計画﹂
C B O A H b l A q >
H H a H C O B b l A n J i a H
とも呼ばれ︑あらゆる貨幣収支を総合した﹁収支バランス﹂である︒これには法的な強制力がなく︑計画経済の運営監督のために作成される︒
( 1 0 )
, n .
A .
A J
I J i a X B e M H H , n o A p
e A . , c l >
H H a H C b l
CC CP ,1 9
6 2
. c
r p .
3 5
2 ,
(アラハヴェルジャン﹃ソ連邦の財政﹄︶︒
( 1 1 )
g i H
a H C O B O , K p e A H T H b l A C J I O B a p b ,
I,
1 9
6 1
, c
r p .
3 2
3 ,
(﹃財政・信用辞典﹄第一巻︶︒
国家予算の経済的意義
﹁国家予算は︑社会主義の社会・経済関係の体系において︑また
1 1 0
I 8 7
これら諸関係の必然的発展過程において重要な役割を果している︒
関係
の中
で︑
最高会議で審議︑決定され︑
その経済的機能に︑より大きな意義を与える理由となる︒ ︱つの独立したカテゴリーとして︑予算のもつ
特別な性質および社会主義再生産の過程で果すその役割︑任務は︑社会主義の他の経済的カテゴリーとの全体的な
( l )
はじめて明らかにされうるものである﹂と述べている"ソ連邦において国家予算は︑法制上︑
﹁予算法﹂として法的強制力をもっている︒その限りにおいて︑いわば政治的上部構
造と密接な関係をもつ概念といえる︒しかしながら社会主義の国家予算は︑経済的には︑基本的な財政計圃を意味
し︑社会主義国家のバランス・シートを構成するものである︒これらのことは︑予算のもつ政治的機能よりむしろ
エル・ヴィノクール
P .
L (.
B
H H O K y p
は︑アラハヴェルジ
( 2 )
ャン編﹃ソ連邦財政﹄教程の中で明確に﹁予算は社会主義の経済的カテゴリーである﹂と断定している︒
社会主義国家予靡は︑経済的観点より見れば︑全国家的な形で国庫に集中される貨幣資金を計画的に形成︑配分
する基本的経済形態をなしている︒国庫に集中化される貨幣資金は︑国家予管咋収入を形作り︑そのうち︑主要なも
のは
︑
ソ連邦にあって︑取引税︑利潤控除を主体とするいわゆる﹁国庫集中純所得﹂となっている︒これらは︑社
会主義経済の生産によって作り出された剰余生産物
5
国庫に対する第一次的︑本源的分配を表わしている︒国庫に集中された純所得部分は︑国民経済に対する金融︑社会・文化諸政策などに重点的に配分︑支出される︒
これらの配分︑支出活動によって︑国家予算による国民所得の再分配が行われる︒リーベルマンの推計によると︑
国家予算を通じてなされる分配のなかで︑物質的生産部門内部で行われる所得の分配は約四
0%
︑残余の約六0%
( 3 )
が︑物質的生産部門から非生産的部門に再分配されている︒
従っ
て︑
ソ連邦の国家予算の経済的機能は︑第一に︑予算のもつ蓄積機能に体現されているといえる︒たとえば
社会主義国家予算論︵佐藤︶
ソ連邦算は社会主義国家の基本的財政計画として機能する︒ 第一に︑国営企業所得の著しい部分︑
1 1
行政地区間で再分配されている︒
隅西大學﹃網済論集﹄第一四巻第二号
︵ル
ープ
ルに
よる
統制
︶の
役割
を果
た
は︑国家予算の経済的意義 国営企業だけについてみると︑蓄積の約入
0
%が国家予算に集中されている︒第1一の経済的機能は︑資本主義と同じく予算の所得再分配機能である︒ただし︑社会主義のばあい︑本源的国庫収入の比重が大であるため︑予算によ
る分配関係の構造は︑資本主義のそれと比べて著しく異なっている︒現在ソ連邦において︑国民所得の五〇し六〇
%が国家予算を通じて分配・再分配されているが︑これらは︑第一に︑軽工業と重工業その他の経済組織の間で︑
第1一に︑共同組合
コルホーズと国営セクターの間で︑第三に︑生産的部門と非生産部門の間で︑最後に︑各経済
1 1
﹃社会主義における予算の経済的内容﹂の著者であるア・バチゥーリン
A .
Ba qy pH H
( 4 )
として次の三つを指摘している︒
コルホーズ・共同組合組織の所得および国民の所得の一部分を計画的に動
員して︑国民経済発展政策︑社会・文化政策の諸計画に対して金融をなし︑さらに行政費︑国防費をまかなってい
る︒この場合︑予算は︑貨幣資金の全国家的な基本的集中化基金となって現われる︒
第二に︑予算は国民経済発展計画と財政・信用計画とを一致せしめ︑さらには貨幣流通を規制する他の諸計画と
調整せしめられて︑国民所得分配と経済諸部門発展の正しい釣り合いを保持することを保障する︒ここにおいて予
第三に︑経営計画の遂行︑資源︑資金の節約体制の遵守に対して貨幣的統制
す︒この場合︑予算は社会的総生産物とりわけ国民所得の生産と分配に対する統制の手段となる︒
従って︑予算は経済的観点から見れば︑資金蓄積︑財政計画︑貨幣的統制の手段としてその役割を果しているの
I 8 9
第1一に︑利潤控除の経済的性質であるが︑
れは利潤控除の対象である利潤が取引税と同じく純所得を体現していることによる︒しかし利潤が生産性を疸接的
に反映するのに対し︑取引税はそれを間接的にしか反映しないので︑この二つのものを同質的に見ることには若干
問題があると思われる︒最近のこれらの指標の発展を見ると︑政策的にも︑取引税と利潤︑利潤控除を同質的に取
取引税と利潤控除の経済的性質如何は別として︑
れと同時にそれらが生産活動に対する量的・質的統制の手段となっていることも確かである︒
( 1 )
. s I .J l H o e p M a H , y K a a .
c o 1 1
, c T
p .
3 8
,
( I a .
L i b e r m a n , o p . cit••
p .
1 5
. )
( 2 )
, n .
A . A J I J i a x B e p J l . ! ! H , n o } l p e J l . , c f > H H a H C b l
CC CP ,1 9
6 2
, C T p .
3 5
1 .
(アラハヴェルジャン編﹃ソ連邦の財政﹄︶︒
( 3 )
. a .
J l H o e p M a H , Y K 8 3 . ‑ C O ' I ' C T p .
4 0
,
( I a .
L i b e r m a n , o p . cit••
p .
1 7
. )
( 4 ) A . 6 a 1 1 y p H H , 3 K O H O M H ' l e C K O e C O } l e p . > K a H H e
6 I O } l . > K e T a n p H C O l { H 8 J I H 3 M e ,
1
9 5
7 ,
C T p .
3 3
,
(パチゥーリン﹃社会主
義における予算の経済的内容﹄︶︒
( 5 )
取引税は歴史的に多くの役割を担ってきた︒そのなかには資本主義の消費税的役割も含まれている︒また社会主義社会の価格形成とも深く結び付いているので︑その本質規定は一義的にできない︒
社会主義国家予算論︵佐藤︶ 扱っていない場合が多い︒ る手段となっている︒ である︒国家予算収支の各項目の経済的役割を︑これらの点に照して吟味すれば︑次の如くなるであろう︒
第一に︑予算収入の主要な項目である取引税について見れば︑取引税の経済的性格は︑社会主義社会の純所得で
あって国庫に分配される部分をなすといえる︒この純所得概念には若干不明確な点がある︒その不明確さは主とし
(5
)
て取引税の機能と関係しているが︑ここでは詳論を避ける︒いずれにせよ取引税は剰ない値部分を国庫に受け入れ
ソ連邦では︑利潤控除が取引税と同じ性質をもつといわれている︒こ
この両者が予算蓄積の主要な手段であることは事実であり︑そ
社会主義の段階では︑これら二つの形態の社会経済関係が共存している︒けれどもその発展の起動力となりうる
ものは︑直接計画的経済関係である︒たとえば社会主義生産は︑社会的必要の表現である国民経済発展計画にもと のを媒介としないのである︒
︵生
産部
門間
ある
いは
個々
の企
業間
︶
の直接的に計画化された非等価的
e Q u i
ー
リーベルマンは︑社会主義における予算の理論的根拠を次のような形で説明している︒社会主義の国家予算は︑集中的な方法で行われるところの︑国民所得
va le n t l e s s , e 6
a9
KB
HB
a.
ne
HT
Hh
li
iな再分配の形態として役割を果している︒これらの再分配は第一に︑社会主義的蓄
積のため︑第1一に非生産的分野の維持のため︑第三に︑生産と分配の貨幣的統制のために行われる︒とりわけ予算
は社会主義的商品
1 1
貨幣関係の全体の体系の中に存在する一定の貨幣的︑財政的関係の集団を表わすものである︒
働の結び付き 社会主義社会にあって︑商品
1 1
貨幣関係が存在することによって︑社会的分業の体系におけるそれぞれ個別的労
︑生産と消費の関係︑生産の構造と社会的必要の構造との関係な
どのさまざまな諸関係は︑商品
1 1
貨幣関係の体系を通じて実現される︒商品生産のもとでは︑
的な
商品
関係
︑
つまり︑社会的労働支出の等価的な報償関係によって媒介される︒しかし︑社会主義のもとでは︑
貨幣
l I
商品関係だけが唯︱つの︑主要な経済関係ではない︒そこには︑生産物の等価交換の原理とは対照的に︑社会的分業の直接的な経済的結び付きが存在する︒後者は︑直接的︑計画的な形で︑生産︑分配を社会的必要と一致
せしめることに基礎を置いている︒社会経済関係のかかる前接計画的関係は︑価値とか商品の等価関係といったも
リ ー ベ ル マ ン の 予 算 理 論
欄西大學
r
網済論集﹄第一四巻第二号︵主
とし
て剰
余生
産物
の価
値︶
これらの関係が等価
ニ四
I 9 I
予算経済に現われている非等価な報償関係とは︑
第一
に︑
1一 五
予算支出面の国民経済に対する金融に見られるよう 一定の社会
計画的な国民所得の分配・再分配が行われるのであ
づいて発展する︒しかしながら︑物質的富の生産とその分配を社会の必要と一致させる場合︑直接的規制だけによ
っては十分保障されえない︒社会主義の段階では︑
︱つの包括的︑普遍的︑全面的な関係ではなくして︑必要にして且つ十分な形で間接的形態によって︑
国家
予算
は︑
"
u貨幣関係によって補足せられなければならない︒ つまり商品 ばならない︒換言すれば︑ それらが間接的な商品り貨幣経済形態によって補完されなけれ
﹁生産の構造﹂と﹁社会的必要の構造﹂との対応において︑直接的結び付きだけが︑唯
このような社会主義に特有な経済的メカニズムを支える主要な鎖の一環である︒国家予算を通じて
計画の作用が生産の構造︑とりわけ蓄積の構造に及ぽされ︑
る︒かくして国家予算は︑主として剰余生産物の価値を應接的︑非等価的に再分配することによって︑
的必要の構造と生産の構造との一致を保障する主要なメカニズムとなって現われている︒
以上がリーベルマンの社会主義国家予獅の理論的根拠である︒この立論からして国家予錦経済の領域においては
価値法則が作用しないこと︑従ってまた商品交換原理の影薯力の範囲外に懺かれることが知られる︒
な︑無償遠の投融資がそれである︒第二に社会・文化諸政策に対する予算支出に見られる無料の諸サービスの提供
がまたその例となる︒これらの非等価的な諸関係は︑社会化企業・諸部門財政には見ることのできないところの国
家予算財政の特徽的な性質である︒
以上は︑主として現段階の社会主義国家予算のいわば静態的特質を述べたものである︒リーベルマンは︑
社会主義国家予算論︵佐藤︶ さらに
進んで社会主義における予算の動態的特徴︑換言すれば︑社会主義国家予算の発展の主要な諸傾向の分析を行なっ
る︒このソ連邦国家予算は︑ ている
C
すでに見た如く︑社会主義社会では︑国家予算を利用することによって︑社会的必要の構造と生産の構造とを︑直接的非等価的な形で調整せしめている︒国家予算のもつかかる役割を最近の傾向に照して検討すると︑
くつかの特徴が明らかとなる︒
第一に︑国民所得の再分配においては︑最近︑二
i ‑
︳‑%の低下を示している︒すなわち現行価格で国民所得に対する国家予算の比率を求めると︑一九五九年の五五%から六0年の五ニ・六%︑六一年の五一・七%︑六二年の四
九・六%と僅かながら低下を見せている︒他方︑現物的計算による国民所得の増加は︑対前年度比で︑
の一〇八%、六0年の一0八%、六一年の一0九%、六二年の一〇八•六%となっているのに対して、国家予算収
入の増加率は︑'‑九五九年の一︱
0 ・ 1
%から六二年の一
0
四・六%へと︑かなりの減少を示している︒これらの点から︑国家予算による国民所得再分配の比率の低下の原因は︑予算規模の増加率の鈍化によるものと見なすこと
がで
きる
︒
第二に︑同じく国民所得に対する予算の比重において︑共和国予算︑地方予算は︑
の関係が示されている︒ソ連邦の予算制度には︑全体として︑あらゆる種類の予算を統合した﹁ソ連邦国家予算﹂
f o c y . n
; a p c T B e H H h I H 6 1 0 . n ;
> K e T C C C P
があ
り︑
﹁連
邦予
算﹂
賜西大學﹃繹済論集﹄第一四巻第二号
通常︑国家予算に関する計数的議論は︑
﹁共
和国
予算
﹂︑
﹁地
方予
し
一九五九年
この全体の予算の動きとは逆
C o 1 0 a H b l H 6 1 0 . l ( > K
e T
と﹁共和国予算﹂r o c y ) ( a p c r s e H H b l e 6 1 0 . l ( > K e T b l C O I 0 3 H b l X p e c n y 6 J I H K
に分かれ︑共和国予算はさらに﹁加盟共和国予算﹂
P e c n y 6 J I H K 8 H C K H e 6 I O , Z V K e T b l C O I 0 3 H b l X p e c n y 6 J I H K
と﹁地方予算﹂
M e c r H b l e 6 1 0 , z v K e T
に大別されている︒第一の特徴として述べた如く︑
連邦国家予算﹂の国民所得に対する比重は︑最近若干の低下を見せているのに反して︑ これを対象として行われ
このうち﹁ソ
1 H
ハ
193
調達される傾向が強く現われている︒ 全体に占める予算資金投下の比重を見ると︑ 算﹂のそれは︑かえって著しい増加を示している︒いうまでもなく︑
地方分権化ないし民主化であって︑
は︑国民経済費や社会・文化関係費の共和国︑地方を通ずる支出が増加したことを示している︒
する国家予算の負担に︑
二七
これらは逆に﹁連邦予舞﹂の国民所得に対す
一九五七年に行われた工業管理制度の改革︑計画機構の改革による予算制度の
それによって共和国予算︑地方予算の地位の向上したことに起因する︒これら
第三に︑価格制度の改善によって︑企業の減価償却基金が増加し︑同時に補助金支出が減少して︑企業財政に対
かなりの軽減が現われている︒これらのことが予算規模増加率の相対的低下に反映せしめ
第四に︑国家予算の主要な機能と見なされている集中的資金蓄積の相対的減少の傾向が生じてきている︒これに
伴って︑投資総額に占める集中的投資︵予算による投資︶の比重が漸次減少しつつある︒たとえば︑国民経済の金融
一九五三年の六六・三%から︑五七年の六五
・O
%︑六0年の六ニ・
八%︑六二年の五七・三%へと漸減する傾向が見られる︒とりわけ工業に対する投融資は︑五0年の七七・一%か
ら六二年の四八・五%と著しく低下している︒ただし予算資金の絶対額から見た場合には︑
額は
︑
ほとんど毎年増加している︒また資金投下を形態別に見ると︑流動資本に対する金融は︑企業の自己資金で
第五に︑予算収入面の特徴として︑取引税の地位の低下と利潤控除の役割の上昇があげられる︒予算︑利潤︑取
引税のそれぞれの運動については︑節を改めて検討するが︑以上の諸傾向によって︑
社会主義国家予算論︵佐藤︶
られている" かかる傾向を押し進めた原因は︑ る比重の著しい低下を意味するものである︒これらの投融資支出総
ソ連邦の社会主義国家予算の
賜西大學﹃親漬論集﹄第一四巻第二号
﹁深い理論的考察のみが解答を これらの変化は︑単に管理制度や計画機構の改革などの制度的改変によるだけでなく︑社会主義経済自体の一っの変質過程と見なすことができる︒いうまでもなく︑社会主義経済は︑商品11貨幣関係の諸条件の変化︑用計算の原理にもとづく国民経済の隈能や︑生産と支出結果との貨幣的報償関係さらには経済計算制と個々人の結び付きなどの変化によって変わってくる︒新らしい段階では︑商品11貨幣関係を非等価的︑直接的に補完する領域が︑縮少されていく傾向がある︒このような変化は︑逆に国民経済全体の直接的計画化を強化せしめる要因となる︒これまでに述べた国家予算収支の諸傾向は︑
このような傾向ないし変化を押し進めていくと︑果して国家予算は将来どのような運命をたどるか︒この点に関
して︑リーベルマンの結論は非常に興味深いものがある︒彼は︑
与えうる﹂と前置きして次のように考察している︒共産主義のもとでは︑国民所得を貨幣形態で再分配する余地は
なくなる︒けれども︑かかる場合でも社会的労働を計算する何らかの機構が依然として必要となるであろう︒換言
すれば︑生産の構造と社会的必要の構造とを調和せしめるために︑計画的な分配をなし︑社会的な統制を行なう機
能が残ることになろう︒この間に︑何らかの新らしい計算と統制の方法が作り出されるかもしれないが︑
せよ
︑
この
場合
︑
この新らしい発展段階を反映する諸特徴と見ることができる︒ 特質も︑かなり異なった形を呈するようになってきているJ
この問題に対し︑
︱つの重要な役割を担うものが︑国家予算であることは明らかであると︑みている︒ いずれに
かかる段階での国家予算は︑もはや社会化企業財政︑経済諸部門財政と対比せしめられた全国家的財政部門のみ
を体現する予算ではなくなり︑国民経済全体を包含する﹁国民経済予算ないし経済予算﹂
H a p o
; : i ; H O 0 3 X 邑
i C T B e H H b l ! ' . i :
B5も
K e T H J I H 9 K O H O M H ' l e C K H H 6 J O , ! l ) K e T
に止揚されることになるだろう︒ ニ八
つまり費
195
ており︑予算との相互関係を把握する機会が出てきている︒ うことが不可能であった︒蚊近は︑ は︑さまざまな発展過程がその中に現われてくるであろう︒窮極的には国民経済予算となって機能する社会主義国家予算が︑現段階においてどのような変化を示しているか︒予算と利潤︑取引税および利潤控除の諸関係を若干詳しく検討することによって︑し
てみ
よう
︒
それらのなかから社会主義予算の発展の諸傾向を明らかにする現実的な資料を番き出
( 1 )
H a p O . l l H O e x o a H A c r n o CCCP B
1 9 6 2 r . , 1963•
C T p . 4 8 2
‑ 3 ,
(﹃一
九六
二年
度ソ
連邦
国民
経済
年鑑
﹄︶
︒
( 2 ) 5 J . J I H o e p M B H , J K 8 3 . CO'I••
c T p . 4 2
( I a .
L
i b e r m a n , o p .
cit••
p
1 8 )
( 3 )
TaM
>Ke•
C T P ‑ 4 3 , ( I b i d . , p . 1 9 )
ソ連邦の国民所得に関しては︑これまで現行価格での資料が発表されなかったので︑国家予算との比較検討を行
( 1 )
﹃ソ連邦国民経済年鑑﹄などの統計資料のなかにも現行価格国民所得が現われ
国家予算と国民所得の双方の比較を行なう研究は︑これまでに︑推計方法の研究としてゲ・ポリャク
r .
t l o J I . H K ( 2 )
の論文があったが︑われわれの目的である新段階における相互の関係を検討するには十分でない︒そこで最近発表
(3 )
されたエス・シタリアン
C . C H T a p . H H
の研究に依拠して︑国民所得と国家予算の相互関係を吟味することにする︒
国民所得と国家予算の相互関係は︑予算制度による国民所得の再分配関係を直接的に示すもので︑
社会主義国家予算論︵佐藤︶
これ
らは
︑
四 予 算 と 国 民 所 得
︑ 利 潤
︑ 取 引 税 の 運 動
リーベルマンの前提にあった如く︑
二九 それらの相互 純粋に理論的な考察から引き出された結論であって︑具体的に
0
%へと減った︒これとは逆に﹁社会化経営からの収入﹂ 算収入に占める﹁国民からの収入﹂ま ︑
. ,
一九
五0年の一六・三%から六二年の九 四・六%の拡大にとどまった︒ 開西大學﹃網済論集﹄第一四巻第二号
関係のなかには︑再分配の範囲を決定するさまざまな要因が反映されている︒歴史的に見て︑国民所得と予算との
関係は国民所得の生産︑分配︑利用の量的・質的変化によって相異を示してきた︒第二次大戦前の時期には︑予算
制度による国民所得の再分配の規模が拡大し︑国民所得の増加率と比較して︑予算規模の拡大率が上回っていた︒
戦後においても予算規模の比率は︑かなり上昇し︑予算の再分配機能が拡大されてきた︒これに対して︑すでに
リーベルマンの所説の箇所で触れた如く︑最近の相互の関係は︑これまでの傾向と相違を見せている︒すなわち︑
最近では予算の再分配機能が収縮する傾向を示し︑国民所得に対する予算の比重が若干低下しつつある︒たとえば
一九
五0年から六一年の間に︑現行価格での国民所得は二0六・ニ%増加したのに対して︑国家予算の規模は一八
ソ連邦国家予算は︑経常的に収入超過が現われており︑従って予算規模の測定も収入面によって示される︒国民
所得に対する予算収入規模の縮少は︑次のような原因にもとづいている︒
第一に︑国民から支払われる租税の減少である︒これらは勤労者に対する所得税廃止計画の影態と殷業税の引下
げ政策によるものである︒また国民からの応塀公債の廃止も収入額の減少の一因をなしている︒これによって︑予
I I O C T Y I I J i e H H . f l
OT
H a c e J i e H H f l
ま ︑
I I O C T Y I I J i e H H H
OT
c o q H a J I H C T l f q e c K o r o
X 0
3 H H C T B a
"
一九
五
0
年の八三・七%から六二年の九一.0%
へと増えた︒かくの如く︑社会主義予算収入の中で︑租税収入形
態が漸次消滅しつつあり︑それによって︑社会化経済からの収入によって財政が営まれるという社会主義財政予算 その結果︑対国民所得の予算規模の比率は絶えず上昇してきた︒
1 0
197
減少したのに対して︑利潤控除のそれは︑
( 5 )
せている︒国庫集中純所得に現われているこれらの転換は︑国民経済全体の蓄積方法の変化をその基礎に置いてい 一九五0年の九•五%から六三年の二九・八%へと三倍以上の上昇をみ
たのである︒すなわち︑予算資金と企業資金︑換言すれば︑集中的蓄積と分散的蓄積の双方を合計した社会化部門
全体の蓄積を一
0
0%とすれば︑そのうち利潤によるものは︑
と激増しているのに対して︑取引税によるものは︑
( 6 )
下しているからである︒
社会主義国家予算論︵佐藤︶ 計数的に見ると︑予算収入総額の取引税比重は︑ 形態の形成が︑
け一連の軽工業︑食品工業部門からの取引税収入の減少であり︑他は︑農産物調達価格の引上げに伴う取引税収入
の減少である︒
前節で指摘した如く︑貨幣資金の蓄積配分上の本質的変化によるものである︒貨幣蓄積の基本的部分
は︑取引税と利潤控除を通じて行われるが︑
影響を与える︒ これらの支払いの変化は︑国家予算と国民所得との量的関係に一定の
貨幣資金蓄積と国家予算の相互の運動について︑
( 4 )
する
論文
で︑
エス・シタリアンは︑
一層詳細な検討を試みている︒結論的にいうならば︑最近これらの諸関係に現われている著しい特徴
は︑国庫に集中される貨幣資金蓄積形態のうち︑取引税比重の低下と利潤控除比重の上昇である︒
一九
五
0年の五五・八%から六三年の三八・六%へと著しく
一九
五
0年の八一・九%から六三年の四八・六%へと急激に低
第三
は︑
第二は︑価格政策の影響によるものである︒それは︑︱つには価格引下げ政策による取引税収入の減少︑とりわ
.
︱つの特徴的な傾向となって現われている︒一九五0年の一八・一%から六三年の五―•四%へ ﹁利潤︑取引税および予算の運動﹂と題
留保
利潤
は︑
取引税は︑主として価格政策の影響を敏感に反映するのに対し︑利潤は生産性の変化に即応する︒従って貨幣資
金蓄積を利潤にもとづかせることは︑とりもなおさず︑蓄杖を生産性に依存せしめるという点で︑望ましい方向へ
の転換と見なすことができる︒
資金蓄積の形態が取引税から利潤に移りつつあるということは︑二つの点で重要な意味をもつ︒第一は︑すでに
述べた如く︑利潤控除として予算に集中される資金が増加する点である︒利潤控除は︑利潤総額と控除率の変化に
よって変わるが︑最近においては︑かかる控除率は︑大体安定的であるので︑利潤控除の増加は︑国民経済諸部門
の利潤額の上昇にもっぱら依存していることになる︒
第二の注目すべき点は︑利潤総額の増加にともない企業の利用する留保利潤が増加することである︒事実︑企業
一九
五
0
年に対し六三年では︑約八倍の増加を見せている︒この間の蓄積総額が約三倍の増加に留まっていることと比較しても︑如何に急速な増加を示したかが知られる︒
国家予算と国民所得︑さらには予算と利潤︑利潤控除︑取引税の相互関係に現われている最近の諸傾向は︑われ
われに次のような社会主義国家予算の新しい特徴を明らかにしてくれている︒すなわち︑国家予算が国民経済全体
の予算に質的転化をなす具体的な形態は︑企業財政が国家予算に漸次包含されるという形ではなくして︑国家予算
が企業財政の方に歩み寄るという形をとっていることである︒もちろん︑
いということではなくして︑経済関係の新らしい諸条件︑たとえば国民経済の直接的計画化の発展などによって企
業財政自体もさまざまな変質を遂げることが当然予想される︒
( 1 )
この統計資料は︑第二.
0
回党大会の決議にもとづいて一九五六年以降刊行されている︒最初の年鑑は︑表題に特に年度開西大學﹃網清論集﹄第一四巻第二号
この場合でも企業財政が質的に変化しな
199
社会主義国家予算論︵佐藤︶ 国民経済に対して主導的意義をもつ︒ の指定はなかったが︑一九五五年度の﹃国民経済年鑑﹄であった︒それ以後毎年刊行され︑国民所得統計が現行価格で現われたのは︑﹃一九六
0
年度ソ連邦国民経済年鑑﹄(H ap o. zt Ho e xo aH Ac rs o CC CP s 19 60 r . , 1 96 1 )
からである︒
( 2 ) f .
I l O JJ H K ,0
CO OT HO
E
eH HH Hal¥HOHaJJbHOro
[ { . o xo . z ta O H roc
y. zt ap cr se HH or o 6 10 . z t> K e ra CC CP
,
~BecrHHK CT8THCTHKH
•
No . 5 , 19 52
(ポリャク﹁ソ連邦の国民所得と国家予算の相互関係﹂﹃統計通報﹄所載︶︒なおこの論文の紹
介については次を参照︒関西大学﹃経済論集﹄第︱二巻︑第四号︑一九六二年︑五六ー六四頁︒
( 3 )
C. C Hr ap HH ,0
CO OT HO
E
eH HH H8 UH OH 8J lb HO ro .z t O X O . z t a
H
ro cy .z ta pC TB eH HO r
0
6 1 0 . z t > K e r a ,
~<l>HHaHCbl
CCCP
•
1 96 3 , N o.
1 ,
c rp .2 0
1 2 s ,
c : ‑ i .
タリアン﹁国家予算と国民所得の相互関係について﹂﹃ソ連邦財政﹄所載︶︒( 4 )
C
CH 1・ ap HH , .[ {B H>
Ke HH e np H6 bl JI H
H
Ha
JJ
Or
a
c
o6 op or
a H
6 I O . z t > K e T ,
~<l>HM8HCbl
CCCP
•
1 96 3 N, o.
i
o ,
c r p . 1 2‑ 2 1 .( : ‑ i .
タリアン﹁利潤︑取引税および予算の運動﹂﹃ソ連邦財政﹄所載︶︒
( 5 )
Ta M >K e, c rp . 2 0 , 2
1
( 6 )
Ta M >K e, c rp . 1 2
いかなる社会形態にあっても︑国家予算は︑経済的に見れば国民所得の再分配の役割を果すことは事実である︒
リーベルマンの説くところの社会的必要と生産との調整手段としての予算の機能はある程度まで社会形態の相異を
越えた役割として理解できる︒問題は︑社会的労働の配分が︑市場のメカニズムを通じてなされる経済関係と然ら
ざるものとで︑国家予算経済の意義が異なる点にある︒社会主義国家予算にあっては︑当然のことながら︑予算が
量的な観察からすれば︑社会主義国家予算の特色は︑社会化経営からの収入によって国民経済に対する金融︑社
会・文化諸施策がまかなわれる点に求められうるが︑ むす
び
これらの特徴づけは︑単に国家予算収支の形態だけを見てい