15 世紀朝鮮語の絶対格についての覚え書き
村 田 寛
*1 はじめに 1. 1 目的
本稿の目的は,15 世紀朝鮮語1の絶対格がどのような条件のもとでどのよ うな意味を実現しているのかを旧ソ連の文法論である単語結合(словосоче-
тание)論の観点から考察してみることである。この研究は,絶対格の考察に
単語結合論を応用できるのかどうかを探るためでもあり,同時に,15 世紀朝 鮮語の絶対格の全体像を描き出すための基礎作業でもある。絶対格とは,次のように体言が何らかの明示的な格語尾を持たないまま何ら かの統辞的機能を果たしているとき,その明示的な格語尾を持たない体言の形 式を絶対格2と呼ぶことにする。
(1)耶輸ᅵ 부텻 使者 ∙왯 ∙다 드르 ∙시 ∙고 <ss0602a4>3 耶輸が仏の使者(が)来ているとお聞きになって
(2)부:톄 比丘 ∙리시 ∙고 <ss0641b7>
仏が比丘(を)お連れになって
(1)の体言「使者」は絶対格をとり,動詞「오
–(来る)
」で表された動作の*福岡大学人文学部助教授
主体を表しており,(2)の体言「比丘」も絶対格をとり,動詞「리
–(連れ
る)」で表された動作の客体を表している。従来,このような形式は,(1)は主格語尾4の省略,(2)は対格語尾5の省略 として扱われることが多く,(1)と(2)のように体言が明示的な格語尾を持 たない形式をひとつの形式として認め,他の明示的な格語尾を持つ形式と同等 の資格を与えることはまれであった。しかし,(1)と(2)のような例を何ら かの格語尾の省略と言うならば,(1)と(2)においては本来何らかの明示的 な格語尾があるべきだということを証明しなければならないが,それを明確に している研究は管見の限りない。(1)と(2)のように明示的な格語尾がない 形式が主体や客体を表す場合,多くの例において主体には主格語尾,客体には 対格語尾が現れるので,単純にそれらの語尾の省略と考えているようである が,次の例はどのような格語尾の省略と見るのであろうか。
(3)如來 太子ᄉ 時節 ∙에 :나 ∙ :겨집 :사 ∙시 ∙니 <ss0604a5>
如来が太子の時,私を妻(に)されて
(3)は二つの客体を必要とする動詞「삼
–(する)」の例であるが,二つの客
体のうちの一つが絶対格体言6「겨집(妻)」で表されている。もし,この絶対 格を何らかの明示的な格語尾の省略であるとするならば,どのような格語尾の 省略と見るのであろうか。そこで,動詞「삼–」がどのような構文をとってい
るのかを 15 世紀中葉の文献7である『釈譜詳節』(1447 年),『月印釈譜』(1459 年),『法華経諺解』(1463 年)で調べてみると,a)体言
–
対格 体言–
絶対格 삼–
그 각 ∙시 ∙ :둘 ∙찻 夫人 사 ∙ ∙니 <ss2421a2>
その女を二番目の夫人(に)して
b) 体言
–
具格8 体言–
絶対格 삼–
∙쇼로 :쳔 사 ∙마 <ws01024b3s>
牛をお金(に)して c) 体言
–
具格 体言–
対格 삼–
글 ∙로 일 ∙후 ∙믈 사 ∙니 ∙라 <ws02027b4s>
それを名前にしたのである d) 体言
–
絶対格 삼–
沙彌 사 ∙모 ∙려 ∙ ∙다 <ss0602a7>
沙彌にしようとする e) 体言
–
対格 삼–
刑罰 :안 官員 ∙을 :삼 ∙고 <ss2414a1>
刑罰を主管する官員にして
のように現れ,二つの客体が明示されている a),b),c)を見ると,「体言–
対格 体言–対格 삼–」,あるいは,「体言–対格 体言–具格 삼–」などのように 使われた例がないことが分かる。従って,(3)の絶対格を他の格語尾の省略に よって生じた形式と見るべき明確な根拠はないと言える。それ故,絶対格も他 の明示的な格語尾を持つ格形式と同じく,一つの格形式としての資格を持って いるという前提のもとに考察をする必要がある。
1.2 先行研究
15 世紀朝鮮語の絶対格についての研究は,ほとんどないと言ってよい。こ れは,絶対格を他の格語尾の省略によって生じた形式と見,絶対格を一つの格 形式と見ることがなかったためである。しかし,何らかの格語尾の省略という ならば,省略されているということを証明しなければならないが,それを実証 的に証明している研究はない。まずは,あるがままの姿をそのまま認め,考察
すべきと考える。
このような状況で,絶対格という名称は使っていないものの,絶対格と呼び うる形式について研究した須賀井義教(2003ab)の一連の研究がある。この 研究においては,絶対格と呼びうる形式を単語結合論の観点から考察しており,
示唆に富む。ただこれらの研究において考察の対象とされている絶対格と呼び うる形式は,その形式が文成分の目的語の意味を実現しているものに限定され ており,絶対格の全体像を描き出しているわけではない。
また,本稿で言うところの絶対格を他の明示的な格語尾の省略された形と見 る見解には,李崇寧(1961;19952),洪允杓(1969),고영근(1987;19972), 安秉禧・李 鎬(1990)などがあるが,絶対格を明示的な格語尾の省略と見る ために,絶対格それ自体を一つの格形式として見ての詳しい考察がなされてい ない。
1.3 考察対象と考察方法
本稿では,15 世紀中葉の文献である『釈譜詳節』(1447 年)巻6に現れる絶 対格を基本的に考察対象としたが,必要に応じてこの文献以外の絶対格も考察 対象に含めた。考察方法は,旧ソ連の文法論である単語結合論の観点から絶対 格を考察することにした。9
1.4 単語結合
単語結合とは,二つ以上の自立語からなる文法的統一体を言う。単語結 合は文法的に主導的な構成素(主導語)と文法的に従属的な構成素(従属 語)からなり,主導語はその語彙
–
文法的特性(лексико–грамматическоесвойство)によって結び付きを予定する単語で,従属語は文法的に従属させ
られる単語の形式である。10この考え方にもとづけば,体言の格の形は単語結 合における従属語となりえ,その格の形を従属させる主導語の語彙–
文法的特性は,格の意味を決定づけるのに重要な役割を果たしていることになる。この ような結合においては,主導語と従属語の間に様々な関係が生じ,格の意味も それによって決定される。絶対格も一つの格形式であると考えれば,単語結合 論の観点から十分に考察可能であることが予想される。本稿では,この予想の もとに絶対格の考察を試みる。
ここで,日本語を材料に単語結合について簡単に見ておく。
(4)道を作る(「道を」は,動作の客体。)
(5)道を行く(「道を」は,動作の行われる場所。)
(6)電車で行く(「電車で」は,動作を行う手段。)
(4)から(6)は日本語の単語結合の例である。(4)の<を格>名詞「道を」
は,動詞「作る」で表された動作の客体を表している。このとき,「道を」は
「作る」に文法的に従属していると見て,前者を従属語,後者を主導語と考え る。つまり,主導語「作る」の語彙
–
文法的特性によって従属語「道を」が選 ばれ,そのときの従属語の形式<を格>もその特性によって決められていると 考えるわけである。(5)を見ると,主導語が動詞「作る」から「歩く」になっ た場合,従属語「道を」の部分は(4)と同じであるが,その従属語は動作の 行われる場所の意味を表すようになることが分かる。従属語の形式は(4)も(5)も同じ「道を」であるが,主導語の語彙
–
文法的特性が変わったために,従属 語の実現する意味が変わってしまったのである。(6)は,主導語が(5)と同 じく動詞「行く」であるが,従属語が<で格>名詞「電車で」になっており,この従属語は主導語で表される動作を行う手段を表している。このとき従属語 の形式が<を格>から<で格>に変わり,かつ,従属語の種類も変わったこと にも注目しておこう。
このように単語結合においては,
① 主導語の種類
② 従属語の形式
③ 従属語の種類
の三つが最も重要な役割を演じていることが分かる。これらの組み合わせに よって従属語が主導語に対してどのような役割を果たしているのかがおおよそ 決まっていると言える。さらに,これら三つのみならず,従属語の形式を他の 形式に言い換えることができるのかや,どのような共起成分と単語結合が使わ れるかなども単語結合の考察に際しては重要になろう。
2 単語結合の構成素となる絶対格
絶対格を単語結合論の観点から考察すると,大きく単語結合の構成素となる 絶対格と単語結合の構成素とならない絶対格に分けることができる。まずは,
単語結合の構成素となる絶対格から考察する。
2.1 客体的意味
絶対格が客体的意味を実現している場合を考察する。ここで客体的意味とい うのは,いわゆる他動詞11が表す動作が直接的に向かう客体のみならず,広く 動作の成立に関与する客体を言う。ここで見る単語結合は,従属語と結び付く 主導語の種類を特定しやすく,それ故,主導語と従属語の結び付きは強い。
2.1.1 動作の直接対象
絶対格がいわゆる他動詞と結合すると,絶対格は基本的にその他動詞の表す 動作が直接的に向かう対象の意味を表す。ここで見る絶対格は,対格への置き 換えの可能性が高い。
(7)舍衛國 ∙애 도 ∙라 ∙와 精舍 지 ∙ ∙터 ∙흘 :어드 ∙니 <ss0623b2>
舍衛國に帰って来て,精舎(を)作る土地を探すに
(8)耶輸ᅵ 그 긔 ∙별 드르 ∙시 ∙고 羅睺羅 더 ∙브 ∙러 <ss0602b4>
耶輸がその消息をお聞きなさり,羅睺羅(を)連れて
(9)目連 ∙이 그 :말 듣: ∙고 <ss0601b8>
目連がその言葉(を)お聞き申し上げ
(7)から(9)の例は,絶対格が動作の直接対象を表している例である。この ように絶対格が直接対象の意味を表す例は多く,絶対格の中心的用法と言え る。
直接対象は次のように対格でも表すことができるため,直接対象を表す絶対 格は対格に言い換えうる可能性が高い。
(10)長者 須達 ∙이 祇陁太子ᄉ 東山 ∙ ∙사 ∙아 瞿曇沙門 :위 ∙ ∙야 精舍 ∙ 지 ∙ ∙려 ∙ ∙니 <ss0626b3>
長者須達が祇陁太子の丘を買って,瞿曇沙門のために精舍を作ろうとし ていると
(10)は,(7)と同じ主導語「짓
–(作る)
」が対格名詞「精舍・(精舎を)」 を従属語としている例で,その対格名詞は動作の直接対象を表している。このように動作の客体を表すのに絶対格でも対格でも可能であることが分か る。では,それらはどのような条件で使い分けられているのであろうか。この 問題については須賀井義教(2003ab),스가이 요시노리(2004)の一連の研 究で詳しく論じられているので,ここでは詳しく論じないことにする。
また,ここに分類しうる単語結合を様々な観点から下位分類することができ るが,これについては別の機会に考察したい。
【単語結合の例】
法 치
–(法教える)
, 가지–(お米持つ)
,머리 갓–(頭刈る)
,조 겻구–(才能競う),옷 고티 –(服直す)
,옷 닙–(服着る)
,比丘 리–(比
丘連れる),쇠붑 –(鉄の鼓つる)
,유무 드리–(手紙差し上げる)
,말 듣–
(話聞く),차반
–(食事作る)
,道理 호–(道理学ぶ)
, 子息 –
(子息思う),사 보
–(人見る)
, 얻니–(娘得に行く)
,어버 여희–(親
別れる),精舎 이르–(精舎成す)
,보 잡–(宝つかむ)
,堀 짓–(堀作る)
, 하 祭–(天祭る)
2.1.2 動作の間接対象
次に,動作が間接的に向かう対象を絶対格で表す場合を見る。
2.1.2.1 授受の相手
絶対格が動詞「주
–(与える)
」,「맛디–(任せる)
」と結合するとき,動作 が間接的に向かう対象の意味を表す場合がある。ここで見る絶対格は,対格,あるいは,与格12への置き換え可能性がある。
(11)그 저 ∙긔 世尊 ∙이 도로 僧伽梨 ∙ 니브 ∙시 ∙고 바리 ∙와 錫杖 ∙과 ∙ ∙손
阿難 ∙이 ∙주시 ∙고 니 ∙샤 ∙ <ss2312b5>
その時,世尊が再び僧伽梨をお召しになり,鉢と錫杖とを自ら阿難(に)
お与えになり,おっしゃるには
(12)琰魔王 ∙이 :사 罪 ∙주는 法 :아 ∙ 王 ∙일 ∙ <ss0930a4>
魔王が人(に)罪(を)与える法を主管する王なので
(13)初祖 迦葉尊者ᅵ 正法 ∙으 ∙로 阿難 ∙이 맛 ∙디 ∙고 <ss2404a8>
初祖迦葉尊者が正法を阿難に任せて
(11)と(12)は動詞「주
–」を主導語とする単語結合の例であるが,
このとき,「주
–」に必要な二つの客体のうちの一つが絶対格で表わされており,その絶
対格は授受の相手を表わしている。(13)も二つの客体を要求する動詞「맛디
–」
の例であるが,授受の相手が絶対格で表されている。この間接対象を表す絶対 格体言は,基本的に人間名詞である。
また,(12)は間接対象のみならず,直接対象も絶対格体言「罪」で表わさ れており,どちらの絶対格体言が授受の相手なのかは意味的に決めるしかない。
この決定に際しては,名詞句階層13や語順などの様々な要因が関係していると 思われる。14
ところで,間接対象は次のように対格,あるいは,与格で表わされることが あり,間接対象を表している絶対格は,それらの格に置き換えうる可能性があ る。
(14):나 ∙ :죠고맛 거 ∙슬 ∙주 ∙어시 ∙든 ∙녜 供養 ∙ ∙ ∙지 ∙다.
<ss0644b2>
私に小さいものを下されば,常に供養しとうございます。
(15)喜無量 ∙ 衆生 ∙ 그 ∙즐 ∙거 :일 :주 ∙미 그 ∙지 :업슬 ∙씨 ∙오
<ss1339b5>
喜無量は,衆生に楽しいことを与えることが際限ないことで
(16)∙내 正法眼 ∙ ∙로 너 ∙를 맛 ∙디노 ∙라. <ss2343b7>
私が正法眼をそなたに任せよう。
(17)二祖 阿難尊者ᅵ 正法 ∙으 ∙로 商那和修 ∙ 맛 ∙디 ∙고 <ss2407a5>
二祖阿難尊者が正法を商那和修に任せて
(14)と(15)では,動詞「주
–」の間接対象が,
(14)は対格で表されており,(15)は与格で表されている例である。(16)と(17)では,動詞「맛디
–」の
間接対象が,(16)は対格で表されており,(17)は与格で表されている例であ る。このように動詞「주
–」
,「맛디–」の間接対象は,絶対格,対格,与格の
いずれでも表せるようである。それらがどのように使い分けられているのかは,現時点では不明である。
2.1.2.2 添加点
名詞「」が絶対格をとり,客体を何かに取り付けるような動詞と結合する と,絶対格は客体を取り付ける添加点を表す。
(18)須達 ∙이 깃 ∙거 象 ∙애 金 ∙을 시 ∙러 여 ∙든 頃 ∙해 ∙즉자 ∙히 :다 ∙ ∙오 아
∙니 한 ∙ :몯 :다 ∙ ∙랫거 ∙늘 <ss0625b2>
須達が喜び,象に金を載せ,八十頃の地に即座にみな敷き,広くないと ころ(に)すべて敷けないでいるので
(18)における名詞「」は,もともと形式名詞「」の処格形に由来するも ので,(18)のように現れた「」を絶対格としてよいのか判断に迷う。ただ 次のような例があるので,絶対格として扱うことにする。
(19)轉輪聖王 ∙ 得 ∙리 ∙라. <p60012a4>
轉輪聖王の座るところを得るだろう。
(20)四面 ∙에 ∙브 ∙리 니 ∙러 셜 ∙ :갈 ∙ :업 ∙서 <ss0633a6>
四面に火が起き立ったので,行くところなく
(19)は名詞「」に対格語尾が付いている例,(20)は意味的に考えて名詞
「」を処格形とは考えることができない例である。このような例があるため,
名詞「」を絶対格として見る。
2.1.2.3 転送先
名詞「」が絶対格をとり,客体の転送を表すような動詞と結合すると,絶 対格は客体を転送する転送先を表す。
(21)∙주 ∙를 다 ∙ 옮 ∙겨 <ss0636b3>
紐を別のところ(に)移し
2.1.3 関係の対象
絶対格が形容詞「
–(同じだ,ようだ)
」,「–(同じだ,ようだ)
」,「–(同じだ,ようだ)
」に結合すると,関係の対象の意味を表す。ここで見る絶対格は主格,あるいは,共同格15,処格16への置き換え可能性がある。
(22)∙누 ∙니 ∙핏 무적 ∙ ∙고 <ss0633a1>
目が血の塊(の)ようで
(23)∙모 ∙미 瑠璃 ∙ ∙ ∙야 <ss0904b5>
体が瑠璃(の)ようで
(24):셜 :잀 中 ∙에 ∙도 離別 ∙ ∙니 :업스 ∙니 <ss0606a1>
悲しいことの中にも離別(の)ようなものがないのに
これらの主導語は,いずれも従属語を絶対格で表しているが,次のように主格,
共同格,処格をとることもある。
(25)出家 :사 ∙ 쇼 ∙히 ∙ ∙디 아 ∙니 ∙니 <ss0622a2>
出家した人は,俗人のごときではないので
(26)城 ∙이 ∙며 지 ∙비 ∙며 羅網 ∙이 :다 七寶 ∙로 이 ∙러 이 ∙쇼 ∙미 ∙ 西方極樂世 界 ∙와 ∙ ∙ ∙야 <ss0911a3>
城,家,羅網がみな七宝からなっているのが,また西方極楽世界と 同じで
(27)∙ 阿羅漢果 ∙ 得 ∙게 ∙욘 功德 ∙이 :쉰 ∙찻 :사 ∙ 法華經 偈 듣
∙고 隨喜 功德 ∙에 ∙ ∙디 : ∙야 <ss1905a2>
また,阿羅漢果を得させた功徳が 50 番目の人が法華経の一偈を聞き,隨 喜した功徳に同じでなく
(25)は主格の例,(26)は共同格の例,(27)は処格の例である。このように
「
–」
,「–」は,従属語の形式を幾つか持つようであるが,この三つのう
ちで最も例の多いのは主格である。
2.1.4 転成の対象
絶対格が動詞「외
–(なる)
」,「삼–(する)
」に結合すると,転成の対象 の意味を表す。(28)여 ∙슷 ∙ ∙ 苦行 ∙ ∙샤 부텨 외 ∙야 <ss0604b6>
六年苦行され,仏(に)なり
(29)如來 太子ᄉ 時節 ∙에 :나 ∙ :겨집 :사 ∙시 ∙니 <ss0604a5>
如來が太子の時,私を妻(に)されて
(30)羅睺羅 ∙려다 ∙가 沙彌 사 ∙모 ∙려 ∙ ∙다. <ss0602a7>
羅睺羅を連れて行き,沙彌にしようとする。
(28)は動詞「외
–」の例,
(29)と(30)は「삼–」の例である。このとき,
次の(31)と(32)のように,「외
–」が主格体言,
「삼–」が対格体言をとっ
ている例があるので,(28)の絶対格は主格に,(30)の絶対格は対格に言い換 えうる可能性がある。(31)世世 ∙예 妻眷 ∙이 외 ∙져. <ss0608a8>
世世に妻になりたい。
(32)∙이 :새 :울 ∙의 ∙니 ∙ 夫人 ∙ 사 ∙모리 ∙라. <ss2420b3>
この鳥を鳴かせたものこそ,夫人にするつもりだ。
ところで,(29)の絶対格体言「:겨집」を他の格に言い換えうるのかどう かについては不明である。なぜなら,動詞「삼
–」に必要な二つの客体を明示
している例を 15 世紀中葉の文献である『釈譜詳節』(1447 年),『月印釈譜』(1459 年),『法華経諺解』(1463 年)で調べてみても,「体言
–
対格 体言–
対 格 삼–」
,あるいは,「体言–
対格 体言–
具格 삼–」などのように使われた例
がない。それ故,(29)の絶対格を他の格に言い換えうるのかどうかについて は,さらに調べてみる必要がある。2.2 客体
–
補充的意味絶対格が動詞「
–(する)
」,「일우–(成す)
」などのような,いわゆる機 能動詞17と結合すると,絶対格は動作の内容を表す。(33)釋迦如來 그 ∙ 菩薩ᄉ 道理 ∙노 ∙라 ∙ ∙야 <ss0608a5>
釈迦如來がその時,菩薩の道理(を)行うと言って
(34)太子ᅵ 道理 일 ∙우 ∙샤 <ss0605b5>
太子が道理(を)成されて
(33)と(34)を見ると,主導語には実質的な意味がなく,従属語が実質的な 意味を担当していることが分かる。つまり,このときの絶対格体言は主導語の 意味を補っていると言える。
また,このような単語結合の種類は,次のように従属語が対格で出ることも
ある。
(35)諸佛 ∙도 出家 ∙샤 ∙ 道理 ∙ 닷 ∙시 ∙니 <ss0612a6>
諸仏も出家されてこそ,道理を磨いていらっしゃるので
それ故,機能動詞と結合する絶対格は,対格への置き換え可能性がある。
【単語結合の例】
根源 니르왇
–(根源起こす)
,道理 닧–(道理磨く)
,涅槃 得–(涅槃
得る),글왈 –(文する)
,말 –(言う)
,번게 –(稲妻鳴る)
,소리
–(音出す)
2.3 客体
–
状況的意味ここで見る絶対格は,状況的意味と言えそうであるが,主導語を特定しやす いという点で,2.4 で見る絶対格と区別する。主導語が特定しやすいので,主 導語との結び付きは,ある程度強いと考えうる。
2.3.1 到達点
絶対格が「다
–(達する,至る)
」,「니르리(至るまで)」などと結合する と,絶対格は到達点の意味を表す。(36)그 ∙날 다 ∙라 金 ∙부 ∙플 ∙티 ∙니 <ss0627b7>
その日(に)なり,金の太鼓を打つに
(37)世世 ∙예 :난 ∙ :마 ∙다 나 ∙라히 ∙며 ∙자시 ∙며 子息 ∙이 ∙며 내 ∙몸 니 ∙르
∙리 布施 ∙야 ∙도 <ss0608b7>
世世に生まれた地ごと,国,城,息子,私の体(に)至るまで布施しても
このときの絶対格は,次のような例があることから,処格と置き換えうる可能 性がある。
(38)∙브 ∙리 香樓 ∙에 다 ∙라 ∙ ∙고 <ss2338b3>
火が香樓に達し,消え
(39)아 ∙래 ∙로 阿鼻地獄 ∙애 니 ∙르 ∙며 우흐로 有頂 ∙에 니 ∙르 ∙리 보 ∙며
<ss1913b5>
下へ阿鼻地獄に至り,上へ有頂に至るまで見て
また,場所名詞が絶対格をとり,動詞「나
–(出る)
」に結合すると,その 絶対格は移動の到達点を表すようである。(40):세 :분 ∙이 ∙프 ∙리 ∙예 ∙셔 ∙자시 ∙고 이 ∙틄 ∙날 아 ∙ ∙ ∙길 ∙나 ∙아 ∙가
∙ 時節 ∙에 鴛鴦夫人 ∙이 :울 ∙며 比丘 ∙ 닐 ∙오 ∙ <ws08093b5s>
三人の方が野で眠られ,二日後の朝に道(に)出て,行かれる時に鴛鴦 夫人が泣きながら比丘に言うには
(40)は絶対格名詞「∙길(道)」が移動の到達点を表している。この絶対格は 次のような例があるので,処格に置き換えうる可能性がある。
(41)世尊 ∙이 須達 ∙이 올 ∙ :아 ∙시 ∙고 밧 ∙긔 ∙나 ∙아 :걷 ∙니 ∙더시 ∙니 <ss0620b2>
世尊が須達が来るのをお知りになって,外に出て,歩いて行かれると
ところで,次のように名詞「」が絶対格をとり,主体の移動を表す移動動 詞に結合するときも絶対格が到達点を表す。
(42)기 거 ∙러 모 ∙ ∙ ∙니거 ∙늘 <ss0630a4>
ゆっくりと歩き,集まったところ(に)行くと
2.3.2 移動場所
場所名詞が絶対格をとり,主体の移動を表す移動動詞と結合すると,絶対格 が主体の移動場所を表す。
(43):아 ∙랫 恩愛 ∙ 니 ∙저 ∙리 ∙샤 ∙길 :사 ∙과 ∙티 너 ∙기시 ∙니
<ss0604b8>
前の恩愛を忘れてしまわれ,道行く人のようにお思いなされ
(44)世間 ∙리시 ∙고 城 나 ∙마 逃亡 ∙ ∙샤 <ss0604b1>
世間をお捨てなさり,城(を)越え,逃亡され
また,主体の移動場所は次のように対格によっても表すことができるため,
移動場所を表している絶対格は対格に言い換えうる可能性がある。
(45)∙바 ∙리 알 ∙ ∙길 ∙흘 :몯 녀 ∙리로 ∙소 ∙다. <ws08094a1s>
足が痛いので,道を行くことができないのでございます。
2.3.3 存在場所
絶対格が位置名詞「아래(下)」を取り,存在詞と結合すると,絶対格が存 在場所の意味を表す。
(46)恐惧樹 아 ∙래 :겨 ∙샤 彌勒 :위 ∙ ∙야 修行本起經 ∙을 니르 ∙시 ∙며
<ss0642b2>
恐惧樹の下(に)いらっしゃって,弥勒のために修行本起経をお話になり
(46)の「아래」は,もともと「下」を意味する名詞の処格形かもしれない。18 ただ,15 世紀中葉時点では,そのように見るのは難しいであろう。
2.4 状況的意味
絶対格が状況的意味を実現している例を見る。主導語が特定しにくいので,
主導語との結び付きは弱い。
2.4.1 場所
動作が行われる場所を絶対格が表している場合である。絶対格には名詞「가
∙온 ∙」が来る。
(47)勞度差ᅵ ∙ 呪 ∙ ∙야 ∙모 ∙ 지 ∙ ∙니 四面 ∙이 :다 七寶ᅵ ∙오 가 ∙온
∙ 種種 고 ∙지 ∙펫더 ∙니 <ss0631a4>
勞度差がまた呪文を唱えて,一つの池を作るに,四面がみな七宝で,真 ん中に種種の花が咲いていると
2.4.2 回数
絶対格に回数を表す名詞が来て,動詞に結合すると,動作が行われる回数を 表す。
(48)∙올 녀 ∙그 ∙로 :세 ∙ :도 ∙고 <ss0621a4>
右側へ三回回り申し上げ
(49)種種 方便 ∙으 ∙로 :두: 번 니르 ∙시 ∙니 <ss0606b8>
種種方便で二三度話されたが
また,回数を表すとき,次のように対格で表す例があることから,回数の意
味を表す絶対格は対格への置き換え可能性がある。
(50)迦葉 ∙이 弟子 ∙ ∙콰 ∙ 禮數 ∙ ∙고 것주 ∙거 ∙해 ∙디 ∙옛다
∙가 오 ∙라거 ∙ ∙ ∙야 ∙올 녀 ∙그 ∙로 닐 ∙굽 ∙ ∙ :도 ∙고 <ss2343b4>
迦葉が弟子たちと一緒に礼数し申し上げ,気絶し,地面に倒れ,久しく してから,目覚め,右側へ七回回り申し上げて
(51):네 브즈러니 :세 버 ∙늘 請 ∙거 ∙니 <ss1346a5>
そなたが熱心に三度請うので
2.4.3 期間
絶対格に期間を表す名詞が来て,動詞に結合すると,動作が行われる期間を 表す。
(52)出家 ∙ ∙샤 道理 닷 ∙샤 六年 苦行 ∙ ∙샤 <ss0617b6>
出家され,道理を磨き,六年苦行され
(52)のような動作が行われる期間を表す成分は,次のように対格でも表しう る。
(53)엿 ∙쇄 ∙ 날 :마다 ∙가 <ss2428a6>
六日間を日々行き
それ故,期間を表す絶対格は,対格に言い換えうる可能性がある。
2.4.4 時間
絶対格に時間名詞が来ると,動作が存在する時間を表す。
(54)鸚鵡 ∙ ∙히 부텨 ∙를 ∙보 ∙고 깃븐 ∙ :내 ∙야 ∙날 命終 ∙ ∙야 忉 利天 ∙에 나 ∙니 ∙라. <ss0642a1>
鸚鵡たちが仏を見申し上げ,嬉しい心を出し,一日(で)命終し,忉利 天に生まれたのである。
時間を表す成分は,次のように処格でも表しうる。
(55)淨飯王 아 ∙:님 悉達 ∙이 ∙라 ∙샤 ∙리 ∙나 ∙실 나 ∙래 하 ∙로 ∙셔 셜 ∙흔 :두 가 ∙짓 祥瑞 ∙리 ∙며 <ss0617a3>
淨飯王の息子の悉達とおっしゃる方がお生まれになる日(に),天から 三十二種の祥瑞が降り
それ故,時間を表す絶対格は,処格に言い換えうる可能性がある。
次の例も絶対格の例と言えそうであるが,副詞として機能しているとも言え そうである。
(56)前生 ∙앳 :이 ∙리 어 ∙제 :본 ∙ ∙ ∙야 <ss0609a4>
前生でのことが昨日見たように
(57)오 ∙ 모 ∙댓 한 :사 ∙미 <ss0628b5>
今日集まっている多くの人が
このように時間名詞は,名詞なのか副詞なのか,その境界が曖昧である。
2.5 主体的意味
絶対格が非他動的用言や他動性19の弱い用言に結合するとき,絶対格はその 用言が表す動作や状態の主体の意味を表すときがある。このとき,絶対格をと
る体言は,(58)や(59)のようにその体言の末音が「i」で終わるものが多い。
(58)어버 ∙ 子息 ∙호 ∙ <ss0603b2>
親が息子を思うことは
(59)虛空 ∙애 ∙셔 ∙비 :오 ∙ <ss0632a4>
虚空から雨が降ると
(60)부텨 :업 ∙스신 後 ∙에 法 디 ∙녀 <ss0612b7>
仏がお亡くなりになった後に法を身につけ
(61)舍衛國 中 ∙에 ∙ 벼 ∙슬 놉 ∙고 <ss0615a3>
舎衛国の中に最も位が高くて
絶対格が主体的意味を表す場合,末音に「i」を持つ体言が多いのであるが,
それは,おそらく,主格語尾が「-i」であることと関係があると思われる。体 言の末音が「i」で終わる体言は,主格語尾を取っても末音が「i」であるために,
その語尾が主格語尾の「-i」なのか,体言の末音の「i」なのか区別がつかなく なる。ただし,次のように末音に「i」を持つ体言であってもアクセントの変 化により明確に主格語尾がついていると判断できる場合がある。20
(62)그듸(あなたたち) <ss0635b2> → 絶対格
(63)그:듸(あなたたちが) <ss0635a8> → 主格
このように,アクセントによって絶対格と主格が区別できなければ,絶対格と 主格とが同形になってしまうのであるが,区別できない以上,そのような体言 の形式は絶対格と見る。
【単語結合の例】
가지 것비치
–(枝折れよろめく)
,慈悲 겨시–(慈悲あられる)
,다리 굵–(脚
太い),護弥 –(護弥喜ぶ)
,護弥 닐–(護弥言う)
,보 :듣–(宝落ちる)
, 아 몯–(子供集まる)
, 묻–(垢つく)
,개야미 살–(蟻住む)
,갈 없–
(行くところない),子息 없
–(子息ない)
,舎衛国으로 가리 잇–(舎衛国へ行
く人いる),소리 워즈런–(音うるさい)
,가지 퍼디–(枝広がる)
2.6 規定的意味
絶対格が何らかの規定的意味を表す場合である。主導語は体言で,その体言 を絶対格体言で規定する。
(64)須達 ∙이 護彌 지 ∙븨 ∙니거 ∙늘 <ss0615b7>
須達が護彌(の)家に行くと
(65)鹿皮 ∙옷 니브 ∙샤 <ss0604b4>
鹿皮(の)服をお召しになって
(66)그 城 안 ∙해 大臣 護彌 ∙라 ∙호 ∙리 <ss0614a2>
その城(の)中に一人の大臣護彌という方が
(66)のように主導語に位置名詞が来る場合,その従属語は基本的に絶対格を とるようである。
また,体言を規定するときには,次のように属格をとった体言によっても規 定することができる。
(67)瞿曇 ∙ 弟子ᅵ 두 ∙리 ∙여 :몯 ∙오 ∙ ∙다. <ss0629b3>
瞿曇の弟子が怖がって,来ることができないでいます。
それ故,規定的意味を表す絶対格は,属格に置き換えうる可能性があるが,絶 対格の使用が義務的である場合も予想されるので,これについては別途詳細に 検討する必要がある。
3 単語結合の構成素とならない絶対格
絶対格が「려」,「더브러」,「위야」のような後置詞と結合する場合は,
非単語結合である。
(68)須達 ∙이 護彌 ∙려 무 ∙로 ∙ <ss0616a2>
須達が護弥に尋ねるに
(69)須達 ∙이 舍利弗 더 ∙브 ∙러 무 ∙로 ∙ <ss0623a1>
須達が舎利弗に尋ねるに
(70)그 ∙ 世尊 ∙이 須達 ∙이 :위 ∙ ∙야 四諦法 ∙을 니르 ∙시 ∙니 <ss0621b1>
その時,世尊が須達のために四諦法をお述べなさり
絶対格と後置詞との結び付きそれ自体は,後置詞が自立的要素でないために 非単語結合となる。ただし,絶対格と後置詞の結合全体は,何らかの主導的要 素の従属的要素となりうる。
[護彌 ∙려] 무 ∙로 ∙(護彌に尋ねるに)
従属的要素(絶対格+後置詞) 主導的要素
4 絶対格ではないもの
体言そのままの形で,単なる列挙の意味で使われる場合である。
(71)天龍 夜叉 人非人 等 無量 大衆 ∙이<ss0901b2>
天竜,夜叉,人非人など,多くの大衆が
(71)の例に現れる名詞「天龍」,「夜叉」,「人非人」は,列挙の意味で使われ ており,もはや格の機能を果たしていない。
5 その他
次の例は,現段階でどのように位置付けてよいのかよく分からないものであ る。
(72)懼師羅長者ᅵ ∙킈 :석 ∙자 ∙히러 ∙니<ss0644a4>
懼師羅長者が背3尺であったが
このときの絶対格名詞「∙킈(背)」は,「:석 ∙자 ∙히러 ∙니」と関係していると 考えうるが,このときの絶対格名詞はどのような意味を実現しているのだろう か。
6 結論
単語結合論の観点から絶対格を考察すると,単語結合の構成素となる絶対格 と単語結合の構成素とならない絶対格があることが分かった。前者における絶 対格は,様々な意味を実現しているのであるが,その実現様相を整理すると,
表 1 のようになる。
表1を見ると分かるように,単語結合の構成素となる絶対格がどのような意 味を実現するかは,絶対格をとる体言の種類とその体言と結合する用言の種類 によっておおよそ決まっていると言える。
表 1 単語結合の構成素となる絶対格の実現様相
結び
付き 意 味 従属語 主導語 他の格への
置換可能性 例
客体的 動作の対象 直接 - 他動詞 対格 옷 닙–,比丘 리–,말 듣–,
얻니–
間接 授受の
相 手
人間 名詞
맛디–,
주– 対格,与格 正法으로 阿難이 맛디고,사
罪 주– 添加点 添加動詞 無 아니 한 – 転送先 転送動詞 無 주를 다 옮기– 関係の対象 - –,
–, – 主格,共同
格,与格 –,離別 –
転成の対象 -
외– 主格 부텨 외– 삼– 不明 나 겨집 삼–
対格 沙彌 삼–
補充的
動作の 内容
抽象
名詞 機能動詞 対格
根源 니르왇–,
道理 닧–,偈 짓–,
涅槃 得–,말 – 到達点
- 다–,
니르리 処格
그 날 다–,
내 몸 니르리 場所名詞 나– 길 나–
移動動詞 無 모 니–
移動場所 場所名詞 移動動詞 対格 城 남–,길 녀–
存在場所 아래 存在詞 無 아래 겨시–
状況的 場所 가온 - 無 가온 고지 피–
回数 回数名詞 - 対格 세 돌–,
두 번 니르–
期間 期間名詞 - 対格 六年 苦行–
時間 時間名詞 - 処格 날 命終–
主体的 動作や状態の主体 末音が「i」
の体言多い
主に非他
動的用言 主格 護弥 –,벼슬 놉–,비 오–,
子息 없–
規定的 体言を限定する - 体言 属格 ? 護彌 지 ∙븨,鹿皮 옷,
城 안 ∙해
-:制限がないことを表す。
絶対格が表す意味の中には,動作の客体や,動作や状態の主体を表す場合が あり,その両者は正反対の意味であるが,動作の客体を表すときは主導語が主 に他動的用言で,動作の主体を表すときは主導語が主に非他動的用言であると いう傾向がある。
図1 絶対格による客体的意味と主体的意味 従属語の意味 客体的意味 主体的意味
主導語 他動的用言 非他動的用言
このような格の出方は実に経済的である。そして,非他動的用言の主体が絶対 格で出ると,これは能格構造21と言えるが,このような構造が朝鮮語全体に渡っ て出るわけではない。しかし,須賀井義教(2003ab),
스가이 요시노리(2004)
の研究によれば,絶対格が使われる環境がある程度決まっているようなので,
そのような環境のもとでは能格構造が現れているのかもしれない。これは推測 になるが,もともと朝鮮語には今のような主格や対格と呼べるものがなく,主 体や客体を表すのにもっぱら絶対格を使っていたのではないだろうか。現代朝 鮮語においても,特に話し言葉では主語や目的語を表すのに絶対格を頻繁に 使っているのは示唆的である。22しかし,現代朝鮮語の特に書き言葉では,主 格や対格の使用がある程度義務的であり,これは朝鮮語の文語の発達と何らか の関係があると思われる。
今回,絶対格を単語結合論の観点から考察してみたのであるが,単語結合論 は絶対格の考察においても有効な考察手段であることが分かった。今後は様々 な文献における絶対格の様相を明らかにするとともに,絶対格が現代語に至る までどのように変遷していくかを明らかにする必要がある。散文体と諺解体に おける絶対格の様相が違うのかなど興味は尽きない。
最後に,単語結合論の観点から絶対格を考察するに際して解決しなければな らない問題がある。それは,絶対格が主体的意味を表している場合である。動 作や状態の主体を表している絶対格は,主導語に従属しているのかという問題 である。これは絶対格に限らず,主格を単語結合論の観点から考察する際にも 問題になることであるが,それらの格は文成分において主語を表す場合があり,
主語は述語に対して対等の関係にあると言えなくはない。そのように考えると,
述語に主語が従属しているわけではないので,単語結合論の観点からは扱えな くなる。この問題については,別の機会に論じることにし,ここでは問題の指 摘に留めておく。
【付記】本稿は 2006 年度(平成 18 年度)科学研究費補助金(若手研究(B)) による研究成果の一部である。
註
1 日本では,朝鮮語史の時代区分を河野六郎(1955;1979:67)に従って,諺文発明
(1443 年)以前を古代朝鮮語,15 世紀中葉(1443 年)から 16 世紀末(1592 年の壬辰 の役まで)を中期朝鮮語,それ以降現代までを近世朝鮮語と呼ぶのが一般的である。
本稿では,15 世紀中葉の文献に限定して絶対格を考察したので,15 世紀朝鮮語とした。
2 絶対格という名称は,과학원 언어 문학 연구소(1961:168–173)でも使われている が,研究者ごとによってその名称は異なる。例えば,安秉嬉(1966)では「不定格」, 角田太作(1984:72)では「はだか格」や「ゼロ格」,菅野裕臣他(1988;19952)で は「語幹格」,村木新次郎(1991;1994:205)では「名格」と呼んでいる。
3 用例の出典は,< > の中に入れて示す。出典の表記は次の通りである。
ss: 釋譜詳節,例 :<ss0609a2> →釋譜詳節 巻6の9丁表2行目
ws: 月印釋譜,例 :<ws08022b3s> →月印釋譜 巻8の 22 丁裏3行目 釋譜詳節部分 (最後が w なら月印千江之曲部分,s なら釋譜詳節部分,n なら割註部分。) p: 法華経諺解,例 :<p60012a4> → 法華経諺解 巻6の 12 丁表4行目
用例を提示するときには分かち書きをし,解釈の助けとなるように原文にはないピリ オドや疑問符などを追加した。
4 主格とは,名詞が格語尾「
–
이」や「–
ᅵ」を取る形を言う。安秉禧・李珖鎬(1990;1996:162
–
165)参照。5 対格とは,名詞が格語尾「
–
ᄅ/–
/–
/–
을/–
를」を取る形を言う。安秉禧・李 珖鎬(1990;1996:168–
169)参照。6 絶対格をとった体言を絶対格体言と呼ぶことにする。このように体言が何らかの格語 尾をとったものを対格体言,与格体言などのように呼ぶことにする。
7 文献の刊年は,安秉禧(1992)に依る。
8 名詞が語尾<–로/–로/–으로>を取っている形を具格と言うことにする。安秉禧・
李珖鎬(1990;1996:182)参照。具格は,造格,あるいは,道具格と呼ばれること もある。
9 現代朝鮮語の格を単語結合論の観点から研究したものに,韓南洙(1966),野間秀樹
(1993),趙義成(1994,1996),陳満理子(1996)などがあり,中期朝鮮語の格を単 語結合論の観点から研究したものに須賀井義教(2003ab),村田寛(2005,2006)の 研究がある。また,単語結合について論じたものとしては,과학원 언어 문학 연구 소(1964),백춘범(1992),趙義成(1997,2001),野間秀樹(2002),NOMA(2005)
などがある。また,남기심(1993)は連語論的観点から現代朝鮮語の格を研究してい るが,この研究も単語結合論の考え方に近いと言える。
10 Академия Наук СССР(1982:79)参照。
11 いわゆる他動詞としたのは,厳密に他動詞を規定するのが難しいからである。何を基 準として他動詞とするのかについては,様々な見解がある。例えば,남기심∙고영근
(1985;19982:116)では,動詞を,その動作が主語にのみ及ぶか,主語以外の目的 語にも及ぶかによって分けることができるとし,後者を他動詞としている。また,野 間秀樹(1993:148)では,「他動詞と自動詞の区別は,個々の動詞に固有不変の属性 と考えるのではなく,他の単語との共起関係のなかでのみ最終的に定まる」と見てい る。そして,「–를格と共起している動詞は他動性の強弱にかかわらず全て他動詞であ ると考えることも可能」という指摘をしている。他動詞と自動詞の問題は,様々な文 法現象と関連しており,今後さらなる検討が必要であろう。本稿では,この他動詞の 議論については深く立ち入らないため,いわゆる他動詞とした。
12 与格については,安秉禧・李珖鎬(1990;1996:178–179)を参照。
13 名詞句階層については,角田太作(1991;1997:39–61)参照。
14 洪允杓(1969:153–169)参照。
15 共同格とは,名詞が格語尾「–와」,「–과」を取る形を言う。安秉禧・李珖鎬(1990;
1996:184
–
186)参照。16 処格とは,名詞が格語尾「
–
애/–
에」,「–
예」,「–
/–
의」を取る形を言う。安秉禧・李珖鎬(1990;1996:176
–
178)参照。17 機能動詞とは,実質的意味を従属語に担当させているもので,動詞自体には実質的な 意味が希薄なものを言う。機能動詞については,日本語の機能動詞の記述的研究であ る村木新次郎(1991;1994:203
–
298)を参照。18 李基文(1998:26)では「아래」を「아래<*al」と見ているが,そうすると「ㅐ」
は処格形語尾か。この考えが正しければ,「아래」が処格的な振る舞いをするのは納
得が行く。ただ,15 世紀中葉においては,「아래」に具格語尾が付いた次のような例 があるので,「아래」を処格形と見るのは難しいと思われる。
아 ∙래 ∙로 阿鼻地獄 ∙애 니 ∙를 ∙오 <ss1313b3> 下へ阿鼻地獄に至り
19 他動性については,角田太作(1991;1997:63
–
88)参照。20 15 世紀の朝鮮語は高低のアクセントによって意味を区別する言語で,そのアクセント は次のように表される。HAYATA(1974),門脇誠一(1976),福井玲(1986)参照。
文字の左横に点無 :平声(低調) 例: 나(私)
文字の左横に一点 :去声(高調) 例: ∙뉘(誰が)
文字の左横に二点 :上声(低高調) 例: :뉘(誰の)
このとき,平声,去声は1音節1モーラであるが,上声は1音節2モーラと考えうる。
21 角田太作(1991;1997:29–38)参照。
22 千野栄一(1992:367–368)では,日本語について「古代から現代に至るまで,したがっ てどの時代の日本語と限定せずに例を引用できることになるが,自動詞の主語,他動 詞の目的語に語尾
–Ø
が現れてくる。これは,日本語が能格言語であったし,現在も そうであるらしいことを示している。もっとも,他動詞の動作者を示す能格の形式を 発達させることはなかったことからいえば,日本語は完成した能格言語になったこと はない」という指摘をしている。朝鮮語の状況は,この日本語の状況とよく似ている と言える。影印本等
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Виноградов,В.В.(1975), Избранные труды Исследования по Русской Грамматике, Издательство《НАУКА》, Москва
○ その他の言語で書かれたもの
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NOMA, Hideki(2005), 'When Words Form Sentences: Linguistic Field Theory
-From Morphology through Morpho-Syntax to Supra-Morpho- Syntax-', "Corpus-Based Approaches to Sentence Structures", John Benjamins