ア ル ・ア ン ダル ス の ア ラ ビア 語(石 原)77
ア ル ・ア ン ダ ル ス の ア ラ ビ ア 語
一 品 詞 論 的 立 場 か ら(1):名 詞 ,形 容 詞,定 冠 詞
石 原 忠 佳
は じめ に
筆 者 は 以 前 「南 スペ イ ン(ア ル ・ア ン ダル ス)の ア ラ ビア語 に お け る言 語 学 的 諸 相1」(地 中 学 研 究XX.1997)と 題 し,内 容 の 充 実 度 は と も か くと して,25ペ ー ジ に わ た る拙 論 を展 開 した こ と が あ る 。 そ の 折,ア ラ ビア 語 が様 々 な歴 史 の変 遷 を経 て ア ル ・ア ン ダル ス に導 入 され た 際,音 韻 上 の変 化 を 多 分 に被 った こ と をhの 語 彙 を あ げ て検 証 した が,そ れ ぞ れ の 語 彙 の 意 味 上 の 推 移 につ い て は,ほ とん ど触 れ る こ とが で き な か った 。 も ち ろ ん,こ
う した 意 味 上 の新 語 法 が す べ て の 言 語 の 変 遷 で 共 通 した 現 象 で あ る こ とは, 以 前 に は存 在 しな か った 新 製 品 に新 しい 名 称 が 与 え られ た り,反 対 に そ の 昔 は 使 用 され て い た 道 具 な どが 消 滅 し,そ の語 彙 の み が 残 り,今 日で は全 く異 な った 物 事 に 言 及 され る よ う に な る とい った 過 程 が,あ らゆ る地 域 社 会 の 言 語 生 活 で絶 えず 繰 り返 され て い る こ と に反 映 され て い よ う 。
さ て前 回 の 小 論 にお い て,あ え て各 語 彙 の 意 味 上 の 推 移 と い う考 察 を さ け て通 った理 由 は,イ ス ラ ー ム勢 力 の 西 方 ア ラ ブへ の拡 大 と共 に,従 来 の ア ラ ビア 語 の 語 彙 が 現 地 語 と の 接 触(localstock)で 受 け 入 れ た 意 味 的 変 遷 を, ア ラ ビア 語 マ グ レブ方 言 の 例 で 示 した い とい う意 図 が あ った か らで あ る。 そ の 後,モ ロ ッ コを 中 心 と した北 ア フ リカの マ グ レブ方 言 お よ び ベ ル ベ ル語 に 関 す る多 くの 資 料 を入 手,分 析 して い く段 階 で,こ う した 筆 者 の 目標 が よ り
現 実 的 な も の と な って きた 。 様 々 な文 献 を ま の あ た りに して痛 感 した こ とは, 古 典 ア ラ ビア 語 か ら最 も掛 け離 れ た 様 相 を 呈 す る と され るア ラ ビア語 モ ロ ッ
コ ロ語 は(例 え ば ア ラ ビア語 エ ジ プ トロ語 が 多 くの トル コ語 起 源 の 語 彙 を と りい れ た よ う に),多 分 に ベ ル ベ ル 語 基 層(substratum)の 影 響 を 被 っ て い る こ とで あ る。 例 え ば̀ewd「 馬 」,bra「 手 紙 」 な ど,現 代 モ ロ ッ コア ラ ビ ア 語 と して今 日で も使 用 され て い る語 彙 は,古 典 ア ラ ビア 語 が ベ ル ベ ル 語 を 経 由 し て モ ロ ッ コ ロ語 に 導 入 さ れ た も の で あ る し,さ ら にsarut「 鍵 」 や 1訓a「 婦 人 」 に 至 っ て は ベ ル ベ ル 語 が そ の ま ま(も ち ろ ん 音 韻 的 適 応 を経 た 後 の),日 常 語 に導 入 され た 例 で あ る。
次 に,ア ル ・ア ン ダル ス の ア ラ ビア語 を 検 証 す る にあ た り直 面 す る も う 一・
つ の 課 題 は,い か な る文 献 を拠 り所 に して そ の 考 察 を て が け る か と い う こ と で あ る。 ま して ア ル ・ア ン ダル ス の ア ラ ビア語 が 口語 で あ った こ と を 考 え る な ら,そ れ が と て っ も な い作 業 と な る こ と は 言 う ま で も ない 。 が しか し,着 眼 点 を 共 時 態 的 視 点 に 変 え て み れ ば,そ こ に は ジ ブ ラル タル 海 峡 を 隔 て た 北 ア フ リカ の地,モ ロ ッ コが また も浮 か び 上 が っ て くる。 とい う の は,ア ル ・ ア ン ダル ス の ア ラ ビア 語 の 当 時 の形 態 を 最 も忠 実 に と どめ て い るの が,今 日 モ ロ ッコ で 話 さ れ て い る ア ラ ビア 語 口語 だ か らで あ る。 例 え ば 歯 間 摩 擦 音 /d/の/1/へ の 側 音 化,さ らに 以 前 か ら繰 り返 し述 べ て きた が,ア ル ・ア ン
ダル ス の ア ラ ビア 語 で は,モ ロ ッ コ ロ語 同様 に動 詞 活 用 に 関 して,一 人 称 単 数 未 完 了形 は接 頭 辞/na‑/を 添 加 し,そ の 複 数 形 は接 尾 辞/‑u/の 添 加 に よ っ
て 一 人 称 単 数 と区 別 す る こ と な ど,そ の枚 挙 に は事 欠 か ない 。
この よ う に 当 時 の ア ル ・ア ン ダル ス の ア ラ ビア語 の な ご りが,モ ロ ッコ ロ 語 の 変 遷 の 中 に生 き続 け て い る とい う こ と は,っ ま りモ ロ ッコ ロ語 の 文 法 的, あ る い は語 彙 的 考 察 を なお ざ りに して は,ア ル ・ア ン ダル ス の ア ラ ビア語 の 概 観 を 把 握 で き な い こ と を示 唆 す る も の で あ る。 しか しなが ら今 回 の 小 論 の 趣 旨は,も ち ろ ん モ ロ ッ コ ロ語 や ベ ル ベ ル 語 の 対 照 言 語 学 的 考 察 で は な い 。
ア ル ・ア ン ダル ス の ア ラ ビア 語(石 原)79
標 題 の 「ア ル ・ア ン ダ ル ス の ア ラ ビア 語(品 詞 論 的 立 場 か ら)」 と い う テ ー マ か ら方 向 性 を逸 脱 す る こ と は極 力 さ け な け れ ば な ら な い。 が,こ の テ ー マ の展 開 に さ きが け て今 回 は どう して も,ア ラ ビア 語 の 語 彙 の 意 味 的 推 移 を若 干 の ス ペ ー ス を さ い て 明 らか に して お きた い 。
こ う した 意 向 か ら第 一 章 で は,筆 者 が 前 稿 で 例 と して 扱 った ア ル ・ア ン ダ ル ス の ア ラ ビア 語 お よ び ロマ ンセ の 語 彙 で,古 典 ア ラ ビア語 と の 問 に意 味 的 変 遷 を 生 じて き た も の を 再 度 と りあ げ る こ と に した 。 そ れ らの 中 に は,ア ラ
ビア語 モ ロ ッコ ロ語 に 介 入 して意 味 的 変 遷 を経 た も の,さ らに イ ベ リア半 島 に お け る地 名(toponym)と して残 った も の な どが あ る が,そ の い き さ つ にっ い て は また い ず れ か の機 会 に譲 る 。 な お 今 回,ス ペ イ ン各 地 の 地 名 にそ れ ぞ れ の 県 名 を記 した の は,古 典 ア ラ ビア語 か らの意 味 的変 遷 を た どる際 の, 具 体 的 な て が か り と なれ ば と の 趣 旨か らで あ る。
次 に用 語 に関 して で あ る が,前 回 ま で の 表 記 に お い て は,通 常 俗 に言 う強 勢 音/s/,/〃,/t/,/d/,揮/な どを 《軟 口蓋 音 化 》(palatalization)の 例 と
して扱 った が,ご く最 近 の諸 研 究 者 の 間 で は 《咽 頭音 化 》(pharyngealization) が 好 ん で 用 い られ て い る よ うで あ る。 以 前 筆 者 も/h/を 咽 頭 音 の 一 つ と して 扱 った こ とか ら も,今 後 は"Pharyngealization"と い う用 語 を,こ れ らの 音 韻 の 素 性 を 表 す 際 に使 用 して い きた い 。 ま た 前 稿 で は 英 語 の"spirant"を 時 に は 「摩 擦 音 」,ま た 時 に は 「気 息 音 」 と して 定 義 した が,今 後 は 「摩 擦 音 」 に統 一 す る。
1古 典アラ ビア語 とアル ・アンダルスのアラビア語:語 彙上の意味的推移
De.52acipipe「 食 前 酒 」 〈/azzibib/「 干 し ブ ド ウ 」,
《arrope》 「糖 蜜 」 〈/arrarrubb/「 ナ ツ メ ヤ シ の シ ロ ッ プ 」, N.alhaquin「 医 者 」 〈/al‑bakTm/「 賢 人 」,
α40加 「 日 干 し レ ン ガ 」 〈/attub/「 レ ン ガ 」, Alc.baiZak「 煉 獄 」 〈/barzax/「 地 峡,間 隔 」,
Va.bilsam「 無 言 症 」 〈/birsa,rn/「 肋 膜 炎,胸 膜 炎 」,
Va.malastan「 病 院 」 〈/maxistan/「 精 神 病 院,宿 泊 施 設 」, Va.mastamr野 獣 の 寝 ぐ ら 」 〈/majtam/「 粗 末 な 寝 床 」, Tp.(Toledo)Alcalde《alcalde》 「市 長 」 〈/al‑gadi/「 裁 判 官 」,
Tp.(Orense,Zamora)Arrabalde《arrabal》 「周 辺 地 域 」 〈/arrabad/
「郊 外 」,
Stn.68‑73.albayalde「 鉛 自 」 〈/al‑bayed/「 白 さ 」,
Tp.(Malaga)Arriate《arriate》 「壁 ぎ わ の 花 壇 」 〈/arriyad/「 庭(複 数)」
De.327.Yabatines「 バ レ ン シ ア 在 住 の ム ー ア 人 」 〈/rabad(iyy)in/「 郊 外 居 住 者 」,
Alc.cijaYa「 イ チ ジ ク 」 〈/sajarah/「 樹 木 」, Alc.c69羅 「傷 跡 」 〈/rajah/「 頭 部 の 傷 」,
De.13.alfoYja「(運i搬 用 の)細 長 い 袋 」 〈/a1一 蜘rj/「 馬 や ラ ク ダ の 鞍 袋 」, Stg.259.algarroba「 ソ ラ 豆 」 〈/al‑xarrubah/「 さ や 豆 」,
Alc.加 吻 物 「宇 宙 形 状 誌 学 」,Va.jàrafiyyahr世 界 地 図 」・〈/jugrafiyyah/
「地 理 学 」,
Va.v̲san「 習 慣 」 〈v/sa'n/「 物 事 」,
Va.rimr白 ガ ゼ ル 」 〈/ri'm/「 白 カ モ シ カ 」,
《albarul》 「石 工 」 〈/al‑bani/</al‑banna'/「 建 築 者 」,
《alcarcena》 「飼 育 用 の ソ ラ 豆 」 〈/al‑kirsannah/「 カ ラ ス え ん ど う 」, Dc.9agiynaa「 教 会 」 〈/al‑jams̀ah/「 共 同 体 」,
N.&Stg.aljuba「 モ リ ス コ が 着 た 外 套 」 〈/al‑juggah/「 胴 着 」, N.&Stg.aljama「 モ リ ス コ の 居 住 地 」 〈/j乱mì/「 モ ス ク 」,/a1‑jamàah/
「共 同 体 」,
ア ル ・ア ン ダ ル スの ア ラ ビア 語(石 原)81
Va.gaydum「 鍬 」 〈/gadum/〜/gaddum/「 斧 」, Va.tunbugah「 容 器 」</tabbagah/「 皿 」
2名 詞 に 関 して
2‑1名 詞 の 型
古 典 ア ラ ビア 語 に お い て,名 詞 は 三 語 根 あ る い は 四 語 根 の 子 音 に/a/, /i/,/u/ま た は そ れ らの 長 母 音 を 挿 入 す る こ と に よ って形 成 され る こ と は 周 知 で あ る 。 これ らの母 音 は 語 根 の 子 音 に接 頭 辞 的 あ る い は 接 尾 辞 的,ま た 時
くの
には接 中辞 的 に添 加 され て独 自の意 味 を得 るが,語 彙 レベルで は従来 の基 本 形 か ら派 生 した形態 が多 く用 い られ る。 また これ らの母音 間 の様 々な交替 に
(2)
よ っ て性,数,格 が 明 らか に な る が,決 して 時 制 を表 す こ と の な い 点 は,動 詞 と の決 定 的 な相 違 点 で あ る。 名 詞 の 内 部 構 造 は しば しば,数 字 に 置 き換 え
られ た 語 根 子 音 と,そ れ ら と組 み 合 わ さ れ た 母 音 とが 合 体 した 定 型 を も って 示 され,そ の形 態 は そ れ ぞ れ の 語 が 備 え た 機 能 も表 す こ とが で き る。 これ に 従 え ば例 え ば,/katibun/「 作 家 」 は,{ktb}を 語 根 と した{1a2i3}型 の 能 動 分 詞 と して 整 理 で き,ま た/miknasatun/「 ホ ウ キ 」 は,{kns}を 語 根 と し た{mi12a3at}型 の 器 具 名 詞 と して 分i類で き る。
こ う した 名 詞 の体 系 化 は従 来 の ア ラ ビア語 の み で は な く,ア ラ ビア語 化 さ れ た 外 国 語 起 源 の名 詞 に も適 用 され,ア ラ ビア語 学 形 態 論 の 一 環 と され て き
{3)
た 。 と り わ け 古 代 ア ラ ビ ア 語(OldArabic)に お い て は,こ う した 形 態 的 肥 大 化(morphologicalhypertrophy)が 顕 著 で,同 一 の 機 能 を 示 す 語 彙 が
(4)
さ ま ざ ま な形 態 を 有 して い た と され る。
い っぽ うネ オ ・ア ラ ビア 語(Neo‑Arabic)は こ う した 形 態 上 の 複 雑 性 を 排 除 し,特 に西 方 ア ラ ビア 語 諸 方 言 で は この 傾 向 に い っそ う の の拍 車 が か か り,ア ル ・ア ン ダル ス の ア ラ ビア 語 で は 名 詞 の 形 態 と して 以 下 の21の 型 が
残 っ た と さ れ る 。{1v23},{1a2v3},{1i/u2a3},{1a2a/i3},{1a2u3},{1ay/w2a3}, {1a2u/i3},{1a2a3},{lu2a/u3},{1a22a3},{a12a3},{ma12a/i3},{ma12u
3},{mi12a3},{1v23a},{1v23an},{1v23ut},{1a23a4},{1i23i4},{1a23u /i4},{1a23a4ah}
以 上 の 型 の う ち{1v23}は 最 も 頻 繁 に 現 れ る 型 で あ る こ と は 言 う ま で も な い が,ア ル ・ ア ン ダ ル ス の ア ラ ビ ア 語 や ロ マ ン セ で は,こ の 型 に 本 来 の 語 根
(6)
と は無 関 係 の 母 音 が 挿 入 され て い る。 この 母 音 挿 入 は ア ラ ビア 語 モ ロ ッコ ロ 語 に顕 著 で あ り,元 来 は 南 ア ラ ビア 語 イ エ メ ン方 言 で よ く知 られ た 現 象 で も あ った。
さ らに 古 代 ア ラ ビ ア 語 で{1i23}で 現 れ た 語 彙 が,ア ル ・ア ン ダ ル ス の ア
(?)
ラ ビ ア 語 や ロ マ ン セ で は,{1a23}の 型 を と る こ と も 確 認 さ れ て い る:
Va.bant〈/bint/,Alc.dalaa「 あ ば ら 骨 」 〈/dǹ/,Alc.rajel「 支 柱 」 〈 /rijl/「 足 」
2‑2ア ク セ ン トの 位 置
/1v2v3/の 型 を 持 っ 名 詞 に 関 し て,ア ル ・ ア ン ダ ル ス の ア ラ ビ ア 語 や ロ マ ン セ に お け る ア ク セ ン ト の 位 置 は,通 常 最 後 の 母 音 に あ っ た:《algod6n》 〈 Va.qutun〈/qutun/(綿),Alc.dubur「 尻 」 〈/dubr/〜/dubur/
「後 ろ の 部 分 」,Tp.(Toledo,Cordoba,Caceres)Algodor〈/a1‑gudur/
〈{gdr}〜{xdr},ま た 時 に は ア ク セ ン トの 型 が,/1u23/と な る こ と も あ っ た:
《arroba》 〈robaar重 量,容 量 の 単 位 」 〈/rub̀/「4分 の1」
こ の よ う な こ と か ら 古 代 ア ラ ビ ア 語 の{1a2a3}の 型 の 名 詞 は,ア ル ・ ア ン ダ ル ス の ア ラ ビ ア 語 や ロ マ ン セ で は{1a2a3},{1i2a3},{1u2a3}の い ず れ か の 型 で 現 れ た:Alc.gilad「 厚 さ 」 〈/gilaz/,Tp.(Granada)
Gorafe〈/guraf/「 部 屋 」 〉 《algorfas》 「穀 物 倉 」,alcafaY〈/a1‑kafal/
「馬 の 尻 」,alcahaz〈/al‑gafas/「 鳥 か ご 」,adaraja〈/addarajah/
ア ル ・ア ン ダル ス の ア ラ ビア 語(石 原)83
「階 段 」,Tp.(Valencia)Benifaraig〈/banifaraj/「 自 由 の 息 子 」,Tp.
(Valencia)Benicalaf〈/banixalaf/「 継 承 者 の 息 子 」,
(8)
Alc.daraca〜Barque〈/daragah/「 皮 製 の 盾 」
2‑3名 詞 の 型 と 母 音 交 替
ア ル ・ア ン ダ ル ス の ア ラ ビ ア 語 や ロ マ ン セ は,ネ オ ・ア ラ ビ ア 語 の 他 の 方 言 同 様 に{1a2i3}型 の 名 詞 を{1a/i23}と す る 傾 向 を 引 き 継 い で い る 。 こ の 現 象 は,既 に 古 代 ア ラ ビ ア 語 に も 見 られ た と さ れ る:La80.salf〈/salif/
「祖 先 」,Alc.quelme〈/kalimah/「 言 」,(雁 げ く/katif/「 肩 」,fakad<
(9)
/faxid/「 脚 」,kabd〈/kabid/「 肝 臓 」
ま た,色 彩 や 身 体 の 欠 陥 を 表 す 形 容 詞{a12a3}は,{a12a3}で 現 れ た:Alc.
αz吻 く/azraq/「 青 色 の」,azfar〈/asfar/「 黄 色 の」,6わ1励 「よだ れ を垂 らす 」
くユの
く/ablah/「 ま ぬ け な 」,α 雇 あ く/andab/「 猫 背 の 」,al‑ahw… コ 〈/al‑ahwal/
「斜 視 の(人)」,Tp.(Valencia)Guadalaviar〈/wadal‑abyad/「 白 い 川 」 さ ら に 形 容 詞{a12a3}の 女 性 形{1a23à}は,通 常{1a23a}の 型 を も っ て 現 れ て い る:Alc.ceude〈/sauda'/「 黒 い 」,zaYCa「 明 る い 青 色 」 〈/zarga'/
「青 い 」,Alhambra「 ア ル ハ ン ブ ラ 宮 殿(深 紅 色)」 〈/al‑hamra'/
ま た 同 様 に,複 数 形{1u23}は 多 く の 場 合 そ の ま ま の 形 で 現 れ て い る:Alc.
碗 知7〈/sufr/「 黄 色 」,zoyq〈/zurq/「 青 色 」,hornar〈/humr/「 赤 色 」, hudb〈/hudb/「 猫 背 の 」,hun2q</humq/「 ま ぬ け な 」,伽 〃2α7</sumr/
「茶 色 」
し か し な が ら こ れ ら の 複 数 形 で は,第 二 語 根 と 第 三 語 根 の 間 に 母 音 を 挿 入
(11)
し た 例 と し て{1u2v3}も か な り の 語 彙 で 確 認 さ れ て い る:Alc.伽1動8 bulah〈/bulh/「 ま ぬ け な 」,xuheb〈suhab〈/suhb/「 灰 色 」,huguel〈
huwal〈/huwl/「 片 眼 の 人 」,cohal〈kuhal〈/kuhl/「 黒 い 」;
い ず れ に せ よ,色 彩 や 身 体 の 欠 陥 を あ らわ す 形 容 詞 に 用 い られ る ア ル ・ア
ン ダ ル ス の ア ラ ビア 語 や ロマ ンセ の 形 態 は,ア ラ ビ ア語 モ 占 ッ コ方 言 と の類
(12}
似 性 を,顕 著 に物 語 って い る
2‑4接 頭 辞{ma‑},{mi‑},{mu‑}の 用 法
これ ら三 つ の 接 頭 辞 は,古 典 ア ラ ビア 語 が 古 代 ア ラ ビア 語 の 一 方 言 か ら引 きっ い だ接 頭 辞 で あ る と され,通 常{ma‑}が 場所 や 時 を示 す 名 詞 に用 い られ, {mi‑}は 器 具 名 詞 と共 に,そ して{mu‑}が 派 生 名 詞 や 四 語 根 動 詞 の 分 詞 と
して機 能す る こ とは よ く知 られ て い る。 しか しなが ら こう した 一 般 的 規 則 は, ネ オ ・ア ラ ビア 語 に お い て しだ い に失 わ れ て行 き,こ れ らの 機 能 を示 す 接 頭 辞 は,一 連 の方 言 に お い て 別 の も の に と って替 わ られ た 。
さ て ア ル ・ア ン ダル ス の ア ラ ビア 語 や ロ マ ンセ に お い て は,器 具 名 詞 と共
(13)
に 用 い ら れ る 接 頭 辞{mi‑}は,様 々 な 語 彙 で{ma‑}に 移 行 し て い る:Va.
mabzag〜mabda'〈/mibzag/〜/mibda'/「 ラ ン セ ッ ト 《医 学 》」, mabrad〈/mibrad/「 や す り 」,Alc.macquab〈 「墾(ノ ミ)」 〈/mitqab/
〜/rrutqab/「 ド リ ル 」,mazmar「 爪(楽 器)」 〈/rni㎜ar/「 オ ー ボ ー 《楽 器 》」, 吻 卿 訪 く/misabb/「 漏 斗 」
さ ら に こ の よ う な 接 頭 辞{ma‑}が,[m]と の 接 触 に よ る 唇 音 化(labiali‑
(14) zation)で{mu‑}に 移 行 し た 若 干 の 例 を あ げ て お く:muSann〈/misann/
「研 磨 石 」,《almohada》 〈Va.muxaddah〈/al‑mixaddah/「 枕 」, muftah〈/mif励/「 鍵 」,mura〜miry〈/mir'盃h/「 鏡 」
と り わ け ロ マ ン セ に お い て は 一 連 の 語 彙 で,接 頭 辞{mu‑}の{mo‑}
(15)
へ の 移 行 が 顕 著 で あ る:Alc.ynokadda〈/mixaddah/「 枕 」,ynoktaf
「釣 り針 」 〈/miftah/「 鍵 」,nzokada「 浅 瀬 」 〈/mixaddah/「 枕 」
さ て,第 一 型 を の ぞ く ア ラ ビ ア 語 の 分 詞 に 用 い られ る 接 頭 辞 は,従 来 {mu‑}で あ る こ と が 知 ら れ て い る が,ア ル ・ア ン ダ ル ス の ア ラ ビ ア 語 や ロ マ ン セ で は こ の 接 頭 辞{mu‑一}が{ma‑}へ 移 行 し て い る 。F.Corriente
ア ル ・ア ン ダル ス の ア ラ ビア 語(石 原)85
の 指 摘 に よ る と,こ の 現 象 は 南 ア ラ ビ ア 語 群 イ エ メ ン方 言 の 影 響 を も ろ に 被 った 結 果 で あ る と して い る:La112,maq̀ad〈/muq̀ad/「 手 足 の マ ヒ した 」,
くユ6)(17)
masrab</musrab/「 飽 和 し た 」,masmat</musmat/「 塊 に な っ た 」,
maYavedi〈/murabiti/「 古 代 貨 幣 」
ま た{a12x3}型 を も っ 名 詞 に お い て,従 来 は 接 頭 辞{mu‑}が 分 詞 を 形 成 し た が,こ の{mu‑}が{mi‑}に 移 行 し て,形 容 詞 的 に 用 い ら れ る{mi12a3}
が 生 じ た:Alc.ynidrar「 害 の あ る 」 〈{drr},rnidien「 債 務 者 」 〈{dyn}, 席o解 「機i知 に 富 ん だ 」 〈{srr},Z834.miryahr風 の あ る 」 〈{rwh},IQ2/
3/4.miswab「 幸 運 な 」 〈{swb},La129.mibtà「 買 い 手 」 〈{bỳ}, miht烈 「抜 け 目 の な い 」 〈{hwl}
2‑5異 化 現 象
ア ル ・ア ン ダル ス の ア ラ ビア 語 及 び ロマ ンセ にお い て は,四 語 根 か ら派 生 す る名 詞 に,し ば しば 異 化 現 象 が み られ た 。 これ は ネ オ ・ア ラ ビア 語 が 古 代 ア ラ ビア 語 的 資 質 を か な ぐ り捨 て,母 音 調 和 を と も な って 行 く過 程 を 反 映 す
(19)(20)
る も の で あ る:La167.mar̀izz「 ヤ ギ の 毛 」,156.diftar〈/daftar/
「 ノ ー ト」,Alc.ρ α〃ig〈/bitriq/「 族 長 」,勉 αη411「 タ オ ル 」 〈mantele
〜mantzle〈/mindil/「 ハ ン カ チ 」
,LAA13.difdà〈/difdì/〜/dafdà/
(21)
「カ エ ル 」,Va.fulfalah〈/filfi1/「 胡 椒 」,G1.qunfad〈/qunfud/
「ハ リネ ズ ミ」
さ らに ア ル ・ア ン ダル ス の ア ラ ビア 語 で は,名 詞 不 規 則 複 数 形 の 形 態 に 従 来 の /CaCaCiC/で は な く,/CaCaCiC/を 取 り 入 れ て い る 。 こ う した 長 母 音[1]
を さ け る 現 象 は,今 日 西 方 ア ラ ビ ア 語 に 共 通 し て み ら れ る:
Va.sanadiq「 箱(複 数)」 〈/sanadiq/〉 串nadoq(モ ロ ッ コ 方 言)
これ に 対 し ロ マ ン セ で は,長 母 音 の 単 母 音 化 を 一 連 の 名 詞 に 適 用 し て い る:
Alc.newt〈/nasut/「 人 類 」,lehut〈/lahut/「 神 性 」,celuc〈/t烈 砿/
「三 位 一 体 」,tavil〈/ta'wil/「 解 釈 」 〈{'wl}
2‑6/'/,/w/,/y/の 対 処
語 根 に/'/,/w/あ る い は/y/を 含 む 動 詞 は,古 代 ア ラ ビ ア 語 で は そ の ま ま の 形 態 を と ど め た が,こ れ に 対 し通 常 は,第 二 語 根 の 重 複 に よ っ て 対 処 し た の が 大 多 数 の ア ラ ビ ア 語 方 言 の 例 で あ る 。 ア ル ・ア ン ダ ル ス の ア ラ ビ ア 語 や ロ マ ン セ に お い て も,こ の 後 者 の 過 程 を た ど っ て い る:La273.riyyah
「肺 」 〈{r'y},Alc.yedd「 手 」 〈{ydw},IQ5/8/1‑3.famm「 口 」
〈{fmw},damm「 血 」 〈{dmw}
次 に 語 根{12w}あ る い は{12y}を も っ 名 詞 の 扱 い を,3通 り に 整 理 す る:
①{1v2w}は{1v2u}で 対 処 した:Va.jaru〈/jarw/「 犬 の 子 」,Alc.
{22)
nahu〈/nahw/「 文 法 」,delis「 爆 弾 」 〈/dalw/「 爆 弾 の バ ル ブ 」,gelu
「明 白 」 〈{jlW}
(23)
②{1v2y}は{1v2i}で 対 処 し た:Va.huri〈/hury/「 穀 物 」,Alc.gidi
〈Va.jidi〈/jady/「 子 羊 」,Alc.nefii〈/nafy/「 国 外 追 放 」
③ 女 性 名 詞 語 尾{‑at}は 消 失 が 一 般 的 で あ っ た が,{‑t}が 語 源 的 に そ の ま ま 残 っ た も の,/y/に 移 行 し た も の,ま た 重 複 を 伴 っ た 例 な ど 様 々 な 場 合 が あ る:Va.mardat〈/mardah/「 満 足 」,safayah「 穂 の ひ げ 根 」
〈{sfw},《alqueria》 〈Va.お よ びIA535.qariyyah「 農 場 」 〈/qaryah/
「小 集 落 」,IQ24/1/4.mustariyyahr買 わ れ た 」 〈/mustariya/,24/2/
4.mustawiyyah「 均 一 化 し た 」</mustawiyah/,Alc.achaque「 欠 点 」
〈/assakah/「 不 平 」,azaque「 年 貢 」 〈/azzakah/「 施 し 」,nihau2at
「(私 は)不 正 売 買 を す る 」 〈/hawzah/「 所 有 地 」,初o勿 夕α'「 困 惑 し た 」
<{hYa},
と こ ろ で,一 連 の 語 彙 に お け る 第 三 語 根(タ ン ウ ィ ー ン)の 消 失 は,ア ル ・ ア ン ダ ル ス の ア ラ ビ ア 語 に お け る 特 徴 の 一 つ で あ る が,こ の 現 象 は 既 に 古 代
ア ル ・ア ン ダル ス の ア ラ ビア 語(石 原)87
ア ラ ビ ア 語 に も 生 じ て い た:/wad/〈/wadr/「 川 」,/jawar/〈/jawari/
「少 女(複 数)」,/mawl/</mawla/「 所 有 者 」,/mus(s)/〈/musa/
「ナ イ フ 」
さ ら に語 中 に/w/や/y/を も っ 名 詞{1w2},{1y2}の 扱 い を2通 りに 整 理 す る:
④ 子 音 重 複 で の 対 応:Alc.nilumnz「(私 は)罪 を 負 わ せ る 」,tucaica
(24)
「壁 穴 」 〈/tagate/「 窓 」 〈{twq},xuyneyyne「 月 の 」 〈/samah/〈{sym}, ρ%磁cα 「脚 」 〈/saq/〈{swq},vdeyed「 川 」 〈/wadi/〈{wdy}
⑤ 消 失 で の 対 処:Alc.π 伽9「(私 は)接 吻 す る 」 〈{bws}
2‑7縮 小 辞 の 使 用
以 上 の様 々 な語 彙 か ら も明 白 な よ う に,ロ マ ンセ で は 本 来 の ア ラ ビア語 の 語 彙 を 縮 小 辞 的 に用 い る こ と が 一 般 化 して い た 。 通 常{1u2ayya3}の 型 を 男 性 名 詞 に,ま た{1u2ay3a}を 女 性 名詞 に用 い,さ らに四 語根 の 語 彙 に 関 して は
(25)
{1u2ay3a4(a)}の 型 が 使 用 さ れ た:
Alc.culeyeb「 小 犬 」 〈/kulayyab/〈{klb},Guayas「 小 さ な ア ー チ 」 〈 /quwayyas/〈{qws},bugayla「 ラ バ 」 〈/bugayla/〈{'bgl},ynuYayxam
「印 を っ け た 」 〈/vmuraysam/〈/v.marsum/〈{vrsm},conaidal「 ラ ン プ 」<
/gunaydal/〈{gndl},aura:ソela「 鎖 」 〈/suraysala/<{slsl}
と こ ろ で{1u2ayya3a}の 型 が ロ マ ン セ に お い て,三 語 根 の 女 性 名 詞 に 用 い ら れ た 例 も 確 認 さ れ る が,こ の 形 態 は 主 に 本 来 第 二 語 根 の 後 に 長 母 音 を も つ 名 詞 の 縮 小 形 と 考 え ら れ,古 代 ア ラ ビ ア 語 が た ど っ た 変 遷 を 反 映 し て い る:
Alc.,.czmara〜cuynayra「 木 」 〈/timara/「 果 物 の 樹 」,⑩ 彦 加 〜 伽 菰 翅 加 「薄 鉄 板 」 〈/safihah/,Ynidina〜 〃2鰯6ツ6㎜ 「町 」 〈/madinah/
と は い う も の の{1u2ayya3a}の 型 は,本 来 第 二 語 根 の 後 に 長 母 音 を も た な い 名 詞 の 縮 小 形 と し て 用 い ら れ る こ と も あ っ た:Alc.asjele〜uujala「 荷 車 」</̀ajalah/「 タ イ ヤ 」,mecele〜muceyle「 質 問 」</mas'alah/〈[s'1}
さ らに第 二 語 根 あ る い は 第 三 語 根 と して,/w/ま た は/u/を もっ 語 彙 の 縮
(26)
小 形 に は/‑yw‑/が 現 れ た:Alc.磁9獺 短 〜 伽 ツ9聯 α 「輪 切 り 」 〈/dawwaxah/
「渦 」,hiligua〜hulaygua「 甘 さ 」 〈/halawah/,磁 勿 鷹6〜 肱 ブα18%6詔
「老 婆 」 〈/̀ajuzah/
(27)(28)
こ れ に 対 し{lu2ayya3}の 形 態 は,も っ ぱ ら ロ マ ン セ で 用 い ら れ て い る:
Alc.cubaybaY「 大 き い 」 〈/kabir/,∂%76y7θ4「 寒 い 」,cucaical「 重 い 」 〈 /tagil/,yutaytab「 柔 ら か い 」 〈/ra頁b/
こ の 形 態 の 使 用 に 関 し て,F.Corrienteは ベ ル ベ ル 語 起 源 を 示 唆 し て い
(29)
るが,こ の こ と を 裏 付 け る資 料 は乏 しい。
2‑8"nisba"家 族 系 列,家 族 関 係 を 示 す 接 尾 辞/一 ▽
ア ル ・ア ン ダ ル ス の ア ラ ビ ア 語 や ロ マ ンセ で は,こ の 接 尾 辞 が 普 通 名 詞, 縮 小 形 を 問 わ ず 頻 繁 に 用 い られ て い る:Alc.9α7の ガ〜Lurayfi〈/sayrafi/
「両 替 人 」 〈{srf},yaguaguiti「 採 石 人 」 〈/yawagit/「 宝 石 」
3形 容 詞 に 関 して
3‑1比 較 級 の 形 態
古 典 ア ラ ビア 語 同様,{a12a3}の 型 が 比 較 級 や 感 嘆 文 の 表 現 に広 く用 い ら れ て い る:
(30)
Va.ahlar最 も 甘 い 」 〈{blw},ashalr最 も 容 易 な 」 〈{shl},m‑Yasga「 何
(31)(32)
と み す ぼ ら し い 」,maashalr何 と 容 易 な 」,asarruhumr彼 ら の う ち で 最 も 悪 い 」
他 方 で は,/katr/「 多 い 」 の 比 較 級 を 形 容 詞 に 先 行 さ せ た 分 析 的(analytic) 構 造 も 頻 繁 に 用 い ら れ た:IQ99/14/2.aktarraqfqrよ り痩 せ て い る 」, 111/7/4.aktarsayyaa「 よ り釣 り の 上 手 な 」,Alc.agcaraghal「 よ り黒
ア ル ・ア ン ダル ス の ア ラ ビア語(石 原)89
い 」,agcarazraq「 よ り 青 い 」
時 に/aktar/が 形 容 詞 に 後 置 さ れ た 例 が 確 認 さ れ て い る:Alc47.26.
BaliagcaY
4限 定 に関 して
4‑1定 冠 詞 の 扱 い
ア ル ・ア ン ダ ル ス の ア ラ ビ ア 語 に お け る 定 冠 詞 は,古 典 ア ラ ビ ア 語 同 様 に /al‑/で あ る 。 多 く の ア ラ ビ ア 語 方 言 で は,定 冠 詞/ai‑/が/il‑/や/el‑/に
移 行 して い る こ と を 考 え れ ば,こ れ は 際 立 っ た 特 徴 の 一 つ と 言 え よ う 。 さ ら に ほ と ん ど の 場 合,定 冠 詞/al‑/の 母 音/a/は 文 中 に お い て も 省 略 さ れ ず に 発 音 さ れ る 。 こ の 現 象 は 各 地 の 地 名 に も,そ の 例 を み い だ す こ と が で き る:
Alc9.naatial彦o∂2「 私 は パ ン を 与 え る 」,Tp.(Alicante)Benialfaqui, Tp.(Mallorca}Binialmara,
(33)
さ ら に 定 冠 詞 を 形 成 す る/1/は 一 連 の 語 彙 に お い て 名 詞 と 合 体 す る:Va.
labbar〈/'abbax/「 針 を っ く る 人 」,lajurah「 レ ン ガ 」 〈/'ajurr/,Alc.
lapat「 法 規 規 定 人 」<abbaYer初 ノ
m2タ ヌ ウ ィ0ン(tanwin)の 扱 い
古 典 ア ラ ビ ア 語 の 名 詞 や 形 容 詞 に み られ る タ ヌ ウ ィ ー ン(un/an/in)は,
ア ル ・ア ン ダ ル ス の ア ラ ビ ア 語 で は 確 認 さ れ て い な い 。 例 外 的 に 若 干 の 副 詞 に そ の な ご り が み られ る が,こ れ ら は 既 に そ の 使 用 を 放 棄 した 古 典 ア ラ ビ ア 語 の 上 層(superstratum)に よ る 影 響 を 被 っ た 現 象 と し て 把 握 で き よ う:
Alc.ynexien「 歩 い て 」 〈{Vmsy},raquiden「 横 た わ っ て 」 〈{rqd}, gehiden「 否 定 し て 」 〈{jhd},caylen「 言 い な が ら」 〈{qwl},
avilen〜aguelen「 最 初 に 」<{'wl},Va.gadanr明 日」,
ahlanwasahlan=marhaban「 よ う こ そ 」,
そ の 他 若 干 の 副 詞 が あ る が,こ れ ら は 従 来 の タ ヌ ウ ィー ン を 起 源 と して 成
{34)
立 し た も の で あ る:Alc.gadi「 明 日 」 〈/gadan/,加 ⑩ 「傑 出 し て 」
〈{xss},catty「 決 し て(〜 で な い)」 〈/gate/,IQ54/1/4.̀amdar故 意 に 」 〈/̀amdan/,4/3/1/.abada「 決 し て 」 〈/abadan/,4/3/2.ligada
「明 日 ま で に 」 〈/1igadan/
4‑3数 詞/wah(i)d/の 扱 い
ア ル ・ア ン ダル ス の ア ラ ビア 語 や 北 ア フ リカ の ア ラ ビア 語 で は,定 冠 詞 を 伴 った 名 詞 に/wah(i)d/を 先 行 さ せ 「1」 の 概 念 を示 した 。 こ う した 用 法 は,ロ マ ン セ ・基 層(substratum)の 影 響 を 如 実 に 物 語 っ て い る:wand
(35)(36)(37)
alfaras「 一 頭 の 馬 」,wandalsabiyyah「 一 人 の 少 女 」,wandalmaharah
「一 つ の 貝 殻 」
時 に は 定 冠 詞/al‑/を 伴 わ な い 例 が 確 認 さ れ て い る:wahidsubay「 一 人 の 小 さ な 少 年 」,wandabutiza「 ビ ン ー 本 」
5結 び に か えて
前 稿 に お い て筆 者 は,多 くの 言 語 の変 遷 の過 程 で,総 括 的 言 語 か ら分 析 的 言 語 へ の道 を歩 む の が0般 的 傾 向 で あ る こ と を 指 摘 し,ア ラ ビ ア語 は こ の過 程 と は 裏 腹 に,一 部 の 話 し言 葉 が 総 括 言 語 的 要 素(Pro‑synthetic)を か な
(40)
ぐ り捨 て る こ と は なか った 事 実 を 述 べ た 。 す なわ ち格 変 化(case)と い う観 点 か らす れ ば,総 括 言 語 的 要 素 を も った ア ラ ビア語 の 諸 方 言 で は,名 詞 の 語 尾 変 化(declension)が 健 在 で あ った と い え る。 さ りと て ア ラ ビア 語 とい え ど も分 析 言 語 的 要 素 の 混 入 を免 れ る こ と は な く,こ う した 語 尾 変 化 は 次 第 に 消滅 の一 途 を た ど っ て い くの で あ る。 そ して地 名 や人 名 な ど数 少 な い語 彙 に,
ア ル ・ア ン ダル ス の ア ラ ビア語(石 原)91
そ の な ご りを残 す に と ど ま った 。 以下 に そ の若 干 の 例 を 示 す こ と を も って, 今 回 の 小 論 の しめ く く りとす るが,性(gender)や 数(number)の 問 題 を 十 分 に取 り上 げ る こ と の で き なか った 本 稿 で は,い まだ 〈品 詞 論 的 立 場 か ら の考 察 〉 と い う表 題 に掲 げ た 項 目を十 分 に 包 括 した こ と には な り得 な い。 次 回 は 現 在 準 備 中 の,ア ル ・ア ンダ ル ス の ア ラ ビア語 にお け る性 や 数 に関 す る 概 念 の特 質 か ら手 掛 け る こ と を 念 頭 に お き,ひ と まず 脱 稿 と した い:
{41)
Va.fah「 口 」 〈/fam/の 対 格,
(42)
abnabizayd《 人 名 》 〈/'ab/の 所 有 格
(43)
abanabialzis烈 《人 名 》
(44)
himaratabasarahil「 ア ブ ー ・ シ ャ ラ ー ヒ ル 《人 名 》 の 雌 ロ バ 」
(45)
burjabida,ri15「 ア ブ ー ・ ダ ー ニ ス 《人 名 》 の 塔 」
《略 語 》
(Tp.);Toponyms地 名(カ ッ コ 内 は ス ペ イ ン に お け る 県 名)
(Dc.)=Ayala,MdeDoctoringChristianaenlenguaaYabigaycastellana,, Valencia,1566.
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ア ル ・ア ン ダル ス の ア ラ ビア 語(石 原)93
・王
畳一ロ
(1)接 頭 辞/ma‑/あ る い は/mi‑/も 接 中 辞 の 母 音 と と も に,名 詞 の 形 成 に 欠 く こ と の で き な い 要 素 で あ る
(2)さ ら に 語 尾 子 音/‑n/が 時 と し て,非 限 定 を 示 す 形 態 素 と し て 機 能 す る こ と も 周 知 で あ る:al‑kitabu/kitabun
(3)例 え ば ギ リ シ ア 語 源 の φCλ α σ α φCα 〉/falsafah/「 哲 学 」 は,{flsf}
語 源 の{1a23a4ah}と 示 さ れ る
(4)F.Corriente.AgrammaticalsketchoftheSpanishArabicdialect
bundle,Madrid,1977.74.に よ る と,職 業 名 詞 は{mi12a3},{mi12a3}あ
る い は{mi12a3ah}で 示 さ れ た が,こ の う ち{mi12a3}は 誇 張 形 容 詞(intensity adjective)の 型 と し て も 用 い ら れ て い た と さ れ る
{5}ibid.
(6}F.Corriente,GramaticarnetricaytextodelCancionerohispanoarabede Aben(諏 〃襯,Madrid,1980.
"Elle
xicoarabeandalusisegunelvocabulistainarabico", Madrid,1990;C.Schiaparelli{ed.},VocabulistainaYabico,Florence,
1871.等 を 参 照 、
ま た 具 体 的 な 例 と し て,Z598.nà齢 「担 架 」 〈/nàs/「 ひ っ ぎ,神 輿 」, Alc.cαz∂a「 か ぼ ち ゃ 」 〈/qar̀/,La128.fagà「 キ ノ コ 」 〈/faq̀/
(7)反 対 に,本 来 は{1a23}で あ っ た 語 彙 が{1i23}で あ ら わ れ る こ と も 頻 繁 に あ っ た:ZM92.qis̀ah〈/qas̀ah/「 ス ー プ 皿 」,La184.zind〈
/zand/「 腕 」,La285.firg〈/farg/「 相 違 」,Tp.(Huesca)Alquezarく
*al ‑qisar〈/al‑gasr/「 城 」
(8)し た が っ て ロ マ ン セ に み ら れ るadargaと い う 形 態 は,古 典 ア ラ ビ ア 語 /daragah/に 由 来 し て お ら ず,い ず こ か の ア ラ ビ ア 語 方 言 に 存 在 す る で あ ろ
う 異 形 態*/darga/を 想 定 し な け れ ば な ら な い 。 な お 古 代 ア ラ ビ ア 語 の {1a2a3}が,ア ル ・ ア ン ダ ル ス の ア ラ ビ ア 語 で は{1a23}で 現 れ た こ と を 示 す い く つ か の 例 に は,次 の よ う な も の が あ る:Va.jamlah〈/jaml/「 ラ
ク ダ 」,《vaca》 〈IQg/14/3.bagrah〈/bagarah/「 雌 牛 」,La281.tarf
〈/taraf/「 部 分 」 {9)Gl161.
(10)MT2].0.4
(11)時 に は 破 格 複 数 形 が 現 れ る こ と も あ っ た が,こ れ ら は 多 分 に 北 ア フ リ カ の
ア ラ ビ ア 語 諸 方 言 の 影 響 を 被 っ て い る:Alc.ceudin〈/sud/
「黒 い(複 数)」,begmit〈/bukm/「 お し の(複 数)」,Va.お よ びLa278.
sawdanat〈/sud/「 黒 い(複 数)」;J.N.Zavadovski,Arabskiedialekty Magriba,Moscow,1962,96.
(12){a12a3}〈{12e3}(モ ロ ッ コ 方 言 男 性 形 容 詞):azfar〈/sfar/
{1a23a}〈{le23a}(モ ロ ッ コ 方 言 女 性 形 容 詞):,zarca〈/zarga/
{1u23}あ る い は{1u2v3}〈{1u2a3}(モ ロ ッ コ 方 言 複 数 形):copal〈/kuhal/
(13)し か し な が ら,器 具 名 詞 に 用 い ら れ る 元 来 の{mi‑}を と ど め た ロ マ ン セ の 語 彙 も 確 認 さ れ て い る:mihmiz〈/mihmaz/「 拍 車 」
(14}La85.
(15)LAA.に 様 々 な 例 が 引 用 さ れ て い る (16}IH60.
(17}Ibid.,62
(18)11世 紀 に ス ペ イ ン を 支 配 し た ベ ル ベ ル 族 ア ル モ ラ ビ ド(ム ラ ー ビ ト)王 朝 時 代 の 貨 幣
(19)こ の 語 彙 の 起 源 は ア ラ ム 語/̀mar̀izza/で,古 代 ア ラ ビ ア 語 で は/mir̀izz/
(20)こ の 形 態 は 今 日 ア ラ ビ ア 語 モ ロ ッ コ 方 言 で 健 在 で あ る (21)/filfil/の 語 源 は サ ン ス ク リ ッ ト語 の"pipPaH"と さ れ る;
F.Corriente,AYabeA忽 α1%srッ 嬬g搬 ∫romances,Madrid,1992,75.
(22)Gl(1900)で は 定 冠 詞 を 伴 っ たalnah'uと い う 形 態 も 確 認 さ れ て い る (23)こ の 語 彙 は ロ マ ン セ で は 定 冠 詞 を と も な っ て,α1勉rあ る い は
alfoliと い う 形 態 で 導 入 さ れ た
(24)/tagah/は 今 日 ア ラ ビ ア 語 モ ロ ッ コ 方 言 で,「 出 窓 」 の 意 で 用 い ら れ て い る
(25)他 方 で は,男 性 名 詞 縮 小 形{1u2ay3}が,本 来 の 語 根 が{12w}ま た は {12y}を も っ 語 彙 の み に 使 用 さ れ た こ と が 確 認 さ れ て い る:IQ27/3/4.
subayr小 さ な 少 年 」 〈{sbw},PES9/1/4.uxay「 お 兄 ち ゃ ん 」
(26)こ の/‑yw‑/は 北 ア ラ ビ ア 語 群 で は 検 証 さ れ な い 音 韻 の 組 み 合 わ せ で あ る が,南 ア ラ ビ ア 語 群 や エ チ オ ピ ア 語 で は し ば し ば 現 れ る
(27)こ の 形 態 は 厳 密 に は{lu2ay2a3}と な る が,意 味 上 は 本 来 の 縮 小 辞 的 ニ ア ン ス が 失 わ れ て い る
(28)本 来 の 古 典 ア ラ ビ ア 語 の 形 容 詞 の 型{1a2τ3}に 対 し て,{1u2ayya3}の 形 態 は ロ マ ン セ の み で な く,今 日 の ア ラ ビ ア 語 モ ロ ッ コ 方 言 の 形 容 詞 の 型 と し て 使 用 さ れ て い る 。 モ ロ ッ コ 方 言 で は{12i2a3}の 形 態 に 還 元 さ れ,文 字 通
ア ル ・ア ン ダ ル ス の ア ラ ビア 語(石 原)95
り の 縮 小 的 意 味 を も っ([a]は 中 性 母 音 的 わ た り 音):
kbibar〈/kabir/「 大 き い 」,bmTmer〈/ahmar/「 赤 い 」,khzhal〈
/akhal/「 目 の 黒 い 」,xdidar〈/axdar/「 緑 の 」,gsisar〈/gash/「 短 い 」,
;な お,前 出 註(6)M.Binsarlifah(1971),747.で は 縮 小 形rujayyal
〈/rajul/「 男 」 が 確 認 さ れ て い る
(29)形 態{1a22Y3}の ベ ル ベ ル 語 起 源 に っ い て はF.Corriente(1992),81.さ
ら に{1213}の ア ラ ム 語 起 源 に っ い て はC.Brockelmann,G7観47ゼ βdeY vergleichendenGrammatikdersemitischenSprachen,Leipzig,1908‑13,1
§154.5を 参 照 (30)Z142.
{31}Ibid.,1356
{32)E.GarciaGomez,UntextoarabeoccidentaldelaLeyendadeAlejandro, Madrid,1929,37.21
(33)定 冠 詞 の 一 部/1/を 後 続 の 名 詞 と 合 体 さ せ て,あ た か も 一 語 の よ う に み な す こ の 現 象 は,一 連 の ロ マ ン ス 語 源 の 語 彙 に も み ら れ た:Va.labarkah〈
《barca》 「船 」,rumiskal「 な が す ク ジ ラ 」 〈*/lo‑musklo/;
な お 今 日 の ア ラ ビ ア 語 モ ロ ッ コ 方 言 で も,定 冠 詞/1/を と も な っ た 名 詞 が あ た か も 一 語 の よ う に 機 能 し て い る 語 彙 が あ る:luwwal「 最 初 の 」
く1+uwwal,Iard「 大 地 」 〈1+'and
(34)例 外 的 に 名 詞 語 尾 が タ ヌ ウ ィ ー ン を も っ 場 合 が あ る=Dc6.お よ びAlc.
38/27.culliκ 伽 「す べ て の も の 」 〈/kulliVsayin/
{35)IQ70/7/1.
(36}W.Honerbach,DieuulgararabischePoetical‐kitabal‐̀atital‐half,des Sα 勿o而 箆Hilli,Wiesbaden,1956,204.
(37)PES446/6/1.
(38}IQ140/0/1.
t39)L.P.Harvey,"TheArabicdialectofValencia,"Al‑Andalus36, 1971,103.
(40)拙 稿 「南 ス ペ イ ン の ア ラ ビ ア 語 に お け る 言 語 学 的 諸 相1」,『 地 中 海 学 研 究 』 XX(1997),130.
(41)F.Corriente,"FromOldArabictoClassicalArabic,"ノournaloア SemiticStudies,21,1976,92.
(42)IQ60/4/3.
(43}Ibid.,69/8/1.
{44)Z503.
(45)Ibid.,1090.
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