般 若 経 に 於 け る 菩 薩 思 想 ( 眞 野 )
般
若
経
に
於
け
る
菩
薩
思
想
眞
野
龍
海
般 若 経 に 於 け る 菩 薩 思 想 の 中 で、 特 に、 そ の 原 始 的、 根 本 的 性 格 を 明 ら か に し た い。 1 資 料 に つ い て そ の 資 料 で あ る 原 始 般 若 経 を 梶 芳 ・ 干 潟 博 士 は、 道 行 般 若 経 系 の 中 に 想 定 さ れ、 特 に 梶 芳 博 士 は、 そ の 道 行 品 第 一 に、 原 始 経 そ の も の を 豫 想 せ ら れ て い る。 私 も、 第 一 品 に 原 始 的 の も の を 考 え る が、 私 見 を 若 干 加 え た い。 ま ず、 第 一 品 は、 般 若 経 の 中 心 課 題 の ﹁ 室 ﹂ ﹁ 六 度 ﹂ ﹁ 方 便 善 巧 ﹂ の 提 示 が な い が、 内 容 は、 序 品 と し て の そ れ で な く、 後 述 の 如 く、 重 要 な る ﹁ 般 若 波 羅 蜜 多 ﹂ ﹁ 菩 薩、 摩 詞 薩 ﹂ ﹁ 僧 那 僧 浬 ﹂ を 秩 序 整 然 と 説 く。 6即 ち 序 品 だ か ら ﹁ 室 ﹂ 等 を 説 か な い の で な く、 般 若 経 の 中 心 は、 ﹁ 般 若 波 羅 蜜 多 ﹂ で、 ﹁ 室 ﹂ は 次 の 獲 展 と い う 事 を 豫 想 さ せ る 原 始 的 初 期 の 内 容 な の で あ る。 又、 般 若 諸 経 に 接 大 獲 展 さ る べ き 利 他 行、 布 施 乃 至 六 度 を 積 極 的 に 行 ず る 菩 薩 像 は、 こ こ で は 強 調 し て 説 か れ ず、 む し ろ ﹁ 前 生 菩 薩 ﹂ ・ 等 般 若 以 前 の 菩 薩 の、 自 畳、 利 他、 毘 他 の 意 識 に 立 つ も の を 否 定 す る 事 が、 般 若 経 の 菩 薩 と し て 説 か れ る。 而 し て 約 百 年 を へ だ て て 課 経 さ れ た 大 品 系 の 光 讃 放 光 と か、 道 行 系 後 期 の 菩 薩 摩 詞 薩 の 決 ま り 文 句 の 併 構 が、 道 行 品 第 一 品 に は、 極 め て 少 い。 初 期 と 考 え ら れ る 金 剛 般 若 経 の 中 に も あ る よ う に、 ﹁ 菩 薩 ﹂ と だ け し か 述 べ ら れ て い な い 所 が 多 い。 道 行 系 で は、 第 二 品 の 中、 道 行 般 若 経 で 菩 薩 と 輩 構 が 一 二 一 ケ 所 に 封 し、 菩 薩 摩 詞 薩 と 併 構 が 八 ケ 所、 摩 詞 薩 が 九 ケ 所 で あ る。 軍 構 が 多 い の は 第 一 品 に 菩 薩 の 定 義 が あ る か ら と も 考 え ら れ な く は な い が、 後 述 の 金 剛 般 若 経 の 古 い 爲 本 に も 同 様 の 事 が あ る 事、 特 に 後 代 の も の 程、 併 構 が 定 型 化 さ れ て い る 事、 ど の 本 も 第 二 章 以 下 併 構 が 普 通 と な つ て い る 事 等 か ら、 第 一 品 が 併 構 の 定 型 化 以 前 の 過 程 と 古 さ を 示 す も の で あ ろ う。 從 つ て、 そ こ に 菩 薩 の 原 始 的 意 義 を 求 め る の は 適 當 で あ る と 思 う。-214-次 に 金 剛 般 若 経 に つ い て は 諸 読 あ つ て、 コ ン ズ 博 士 は、 道 行 系 の 増 廣 に 封 す る 縮 少 へ の 願 い と し て、 三 五 世 紀 に 成 立 し た と す る。 課 経 史 で は、 約 百 年 を へ だ て て 道 行 大 品 金 剛 と な る が、 小 が 大 と な つ て、 次 の 縮 少 の 小 と 考 え る の は 少 し 無 理 な よ う で あ り、 又、 教 理 史 的 に、 中 間 に 大 品 が 入 る で あ ろ う か ゆ コ ン ズ 博 士 は、 先 行 の 道 行 系 を 豫 想 す る 相 似 鮎 を 八 つ 上 げ て い る。 し か し、 般 若 経 で あ る 以 上、 相 似 は 當 然 で あ り、 博 士 依 用 の テ キ ス ト は 道 行 系 後 代 の 梵 本 八 千 頒 で あ い、 且、 相 似 箇 所 も 外 形 上 は そ う で あ つ て も 内 容 的 に 大 品 へ 一 た ん 議 展 し た 形 跡 を 認 め る 事 が む つ か し く、 又、 道 行 系 の 直 系 的 獲 展 と い う に は 内 容 の 相 異 が あ り、 博 士 の 所 論 は 問 題 で あ る。 宇 井 博 士 の 如 く、 成 立 は 初 期 二 世 紀 頃 が 要 當 と 思 う。 金 剛 般 若 経 の 成 立 に つ い て は、 私 は 梶 芳 博 士 の 如 く、 道 行 系 と 直 列 に 結 ば ず 併 列 し て 考 え、 旦、 相 當 古 い が、 道 行 系 の や や 後 代 の 古 さ を も つ も の と 考 え る。 そ の 理 由 は、 前 述 の F道 行 品 第 一 の よ う に、 周 知 の 如 く、 ﹁ 室 ﹂ が な く、 完 全 な ﹁ 六 度 ﹂ も な く、 般 若 経 の 増 廣 の 後 を 示 す ﹁ 方 便 ﹂ と い う よ う な 積 極 面 が な い。 又、 に は、 金 剛 般 若 経 の 異 本 の 中 に、 羅 什 課、 パ ル ジ テ ー ル 本、 義 浄 課 等 に は、 菩 薩 摩 詞 薩 の 併 稽 が 極 め て 少 な く、 菩 薩 の 軍 構 が 多 い。 こ の よ 5。 な も の を 異 本 に 含 む 事 は、 金 剛 般 若 経 思 想 の 古 さ を 示 す も の で あ る。 爾、 道 行 系 と 併 列 し、 旦、 や や 後 と い う 事 は、 内 容 が、 道 行 系 で 肯 定 的 に 述 べ た 事 を 否 定 に よ つ て 教 理 を 述 べ て い る 鮎 が 多 い。 例 え ば、 無 謹 行 者、 燃 灯 佛 授 記、 波 羅 蜜 の よ う な も の が、 道 行 で は 肯 定 的 に、 金 剛 般 若 経 で は 否 定 の 形 で 出 て い る。 般 若 経 一 般 で、 否 定 さ れ る 封 象 は、 先 行 の、 も し く は 併 在 の 他 の 読 で あ る 場 合 が 多 い か ら、 こ の 事 は、 道 行 を 受 け た 議 展 で な く、 や や 異 つ た 流 れ、 即 ち 併 列 で あ る 事 を 示 す。 道 行 を 受 け て 獲 達 し た と 思 わ れ る 大 品 に は、 道 行 内 容 を 右 の よ う に 逆 説 的 に 述 べ る 事 は な く、 文 章 も、 そ の ま ま の 所 も あ り、 表 現 も、 形 容 詞 等 を 豊 か に し、 妙 有 の 方 向 に 増 廣 さ れ て お り、 金 剛 般 若 経 と は 流 れ を 異 に す る。 同 一 内 容 を 扱 つ て も 文 章 と か 理 由 づ け が 異 る の で あ る。 逆 に、 金 剛 般 若 経 の 逆 説 を 道 行 系 が す る 所 も あ る。 又、 後 者 の 文 飾 が、 前 者 よ り 長 い 所 も あ り、 教 理 的 に 獲 展 し、 抽 象 化 さ れ て い る 鮎 も あ る。 以 上 金 剛 般 若 経 は、 道 行 品 第 一 と 併 列 の や や 後 代 の 流 れ に 屡 す る と 思 わ れ る が、 道 行 系 の 吹 の 初 期 的 な も の と し て、 菩 薩 の 思 想 の 原 始 的 意 味 を 考 察 す る 資 料 た り え よ う。 2 菩 薩 思 想 道 行 品 第 一 で は、 菩 薩 思 想 は、 大 き く 菩 薩 と 摩 詞 薩 と に 分 け、 そ れ ぞ れ 四、 五 ケ 條 の 定 義 づ け が 行 わ れ て い る。 囚、 菩 薩 は 不 可 見 な る 事 を 説 く。 道 行、 大 品 ( 正 八 ・四 二 五 c ・五 三 七 b ・ 二 三 二 b。 八 千 頒 ミ ト ラ 般 若 経 に 於 け る 菩 薩 思 想 ( 眞 野 )
-215-般 若 経 に 於 け る 菩 薩 思 想 ( 眞 野 ) 刊 本 四 頁。 二 萬 五 千 頗 ダ ッ ト 刊 本 二 五 頁 ) と、 金 剛 般 若 経 と で は、 表 現 が 異 る が、 法 と し て の 菩 薩 を 否 定 す る の は 同 じ で あ る。 こ の 場 合 の 法 と は 何 で あ ろ う か。 此 文 の 前 に 示 し た よ う に dharadhivacana と い う 使 い 方 に よ つ て 推 定 さ れ る よ う に 敢 理 的 な 概 念、 印 ち 般 若 大 乗 以 外 の 敢 説 用 語 を 示 す。 爾、 ハ リ バ ド ラ 註 ( 荻 原 刊 本 三 一 頁 ) は 分 別 を 燈 と す る も の と し て い る。 数 義 的 に 分 別 固 定 せ る も の と い う 意 で あ る。 の 菩 薩 は 名 の み な る 事、 同 右 ( ミ ト ラ 刊 本 七 頁 ) 文 の 直 前 に 唯 名 n a m a d h e y a -m a t r a と あ る が、 や が て 假 名 施 設 へ と 獲 展 す べ き 初 期 の 形 で あ る。 紛 菩 薩 は 般 若 の 敬 を 聞 い て 驚 か ざ る 事、 道 行 ( 正 八。 四 三 五 c ) よ り 金 剛 般 若 経 ( 正 八 ・ 七 五 〇 b ) の 方 が、 同 義 語 が 多 い。 般 若 経 の 不 可 敏 の 文 句 で あ る が、 菩 薩 と は 般 若 経 の 奉 持 者 で あ る 事 を 述 べ る の で あ る。 国 無 執 著 に て 一 切 法 を 學 ぶ 事、 道 行、 羅 什 課 小 品 ( 正 八 五 三 八 c ) 梵 本 ( ミ ト ラ 刊 本 一 八 頁 ) と 異 り、 道 行 般 若 経 ( 正 八 ・ 四 二 七 b ) で は、 ﹁ 無 執 著 ﹂ の 語 が な い が、 そ の 文 節 の 後 部 に、 ﹁ 摩 詞 薩 ﹂ の 説 明 箇 所 で は あ る が、 ﹁ 悉 曉 了 知 見 爲 説 法 如 是 無 所 著 爾 故 字 爲 摩 詞 薩 ﹂ と あ る。 從 つ て 道 行 系 で は、 無 執 著 に 諸 法 を 學 ぶ 事、 金 剛 般 若 経 で は 無 我 法 を 學 ぶ 事 と 表 現 す る。 無 我 の 文 字 は 道 行 品 に は 見 え な い。 紛 術、 道 行 経 に は な い が、 右 の 箇 所 に 當 る 直 前 に、 佛 母、 ( 正 八 ・ 五 八 九 ・ c )、 一 會 ( 正 七 ・ 五 七 ・ b )、 二 會 ( 正 五 二 五 五 ・ c )、 三 會 ( 正 ・ 七 ・ 四 六 六 b )、 摩 詞 般 若 経 ( 正 八 二 四 一 ・ c )、 梵 本 八 千 碩 ( ミ ト ラ 刊 本 一 八 頁 )、 梵 本 二 萬 五 千 頚 ( ダ ッ ト 刊 本 一 六 〇 頁 ) 等 に は、 定 型 化 さ れ た 菩 薩 無 句 義 の 定 義 が あ る。 佛 母 は、 後 代 大 品 系 に 逆 に 影 響 を 受 け た と も 考 え ら れ る。 無 句 義 は 無 依 止 虞 と も、 室 中 鳥 跡 に 響 え ら れ る も の で、 菩 薩 の 我 想 な く 有 所 得 心 む き を 説 く 上 記 と 同 じ 内 容 を 持 つ。 而 し て、 の 理 由 と し て が 績 く の で あ る。 倒 は 摩 詞 薩 の 語 義 を 中 心 と す る も の で、 圭 に 摩 詞 の 語 義 に よ る 定 義 で あ る。 こ の 併 構 に つ い て、 の 箇 所 の 終 り に ﹁ 爾 故 字 爲 菩 薩 何 以 故 復 呼 摩 詞 薩 ⋮⋮﹂ ( 正 八 四 二 七 b ) と い つ て、 約 四 項 目 に よ つ て 述 べ る の で あ る が、 大 智 度 論 に ﹁ 復 次 菩 薩 故 名 二 摩 詞 薩 摩 詞 薩 故 名 二 菩 薩 一 ﹂ ( 正 二 五 三 八 三 a ) と 述 べ る よ う に、 雨 者 同 義 語 で、 又、 そ れ に よ つ て 爾 者 を 説 明 す る も の で あ る。 ハ リ バ ド ラ は ﹁ 菩 提 即 ち 一 切 諸 法 無 執 著 な る 自 利 の 成 就 へ の sattva 印 ち 意 樂 を 有 す る も の が、 菩 薩 で あ る。 ( し か し )、 聲 聞 等 も 同 様 の こ と で あ る か ら、 摩 詞 薩 と (併 構 し て ) 云 う。 大 な る 利 他 の 成 就 へ の sattva ( 即 ち 意 樂 ) を 有 す る も の が 摩 詞 薩 で あ る。 且、 摩 詞 薩 ( だ け で ) は 他 に、 外 道 の 聖 者 の よ う に な る ( お そ れ が あ る ) か ら、 菩 薩 と 併 せ 用 い る ﹂ ( 荻 原 刊 本 二 二 頁 ) と 云 う。 外 道 と 云 う よ り、 ﹁ 菩 薩 ﹂ だ け で 考 え ら れ て い た 般 若 経 以 前 か、 以 外 の
-216-菩 薩 思 想 と 匠 別 す る 意 で あ ろ う。 又、 直 ぐ 後 の 経 文 で、 摩 詞 僧 那 僧 浬、 摩 詞 術 三 抜 致 を 説 く か ら、 こ れ ら を 一 括 し た 大 乗 的 な 菩 薩 と い う 意 か も し れ な い。 い つ れ に せ よ、 菩 薩 摩 詞 薩 と、 か な り 術 語 化 し て か ら の イ ン ド 的 語 源 的 解 繹 の よ う に 思 わ れ る。 さ て 摩 詞 薩 の は 文 字 通 り、 大 人 と い う 意 で、 佛 の 語 と し て ﹁ 天 上 天 下 最 奪 ﹂ ( 正 八 四 二 七 b ) と 述 べ る。 佛 母、 梵 本 に な る と ﹁ 大 群 衆 中 の 上 首 ﹂ と い う よ う に 大 を、 こ と さ ら 文 字 に 出 し て 説 く。 省、 GD は、 現 観 荘 嚴 論 で は 心 大 性 と 述 べ る も の で あ る。 の は 舎 利 弗 に 答 え、 廣 大 な る 全 て の 事 を 知 悉 し て 無 執 着 な る も の と い う 意 で あ る。 ( 正 八 ・ 四 三 七 b ) こ の 箇 所、 他 の 道 行 系 異 本 は、 諸 々 の 見 を 断 ず る 所 謂 現 観 荘 嚴 論 の 断 大 性 を 説 く が、 道 行 経 に は ﹁ 漸 ﹂ は な い。 小 品 の ﹁ 断 ⋮有 梶 無 ⋮見 而 爲 読 法 ﹂ 等 の 軍 語、 文 型 の 相 似 か ら 考 え て、 こ れ は 道 行 経 の ﹁ 悉 曉 了 知 Parijaya 見 ﹂ が ﹁ 断 ﹂ P r -a h a n a y a に 入 れ か わ つ た の で あ ろ う か。 倫、 後 の 異 本 で は 大 な る 見 の 断 の 故 と し、 大 を 見 に つ け て 考 え て い る。 所 が、 金 剛 般 若 経 で は、 此 に 相 當 す る の に ﹁ 須 菩 提、 若 菩 薩 有 我 相 人 相 衆 生 相 壽 者 相 印 非 菩 薩 ﹂ ( 正 八 ・ 七 五 一 b ) ( 参 考 正 八 ・ 七 四 九 ・ a ) と あ り、 同 経 の 菩 薩 の 重 要 な 定 義、 郎 ﹁ち、 先 に 述 べ た ﹁ 若 通 達 無 我 法 者、 始 來 説 名 二 眞 是 菩 薩 こ ( 正 九 七 五 一 ・ b ) と 表 裏 と も い う べ き も の で あ る。 た だ、 諸 見 の 数 が、 道 行 系 の 九 に 比 し、 四 乃 至 六 と 少 い。 紛 は、 大 な る 無 等 に し て 無 執 著 な る 心 を 有 す る も の と い う 意 で あ る。 現 観 荘 嚴 論 で は 謹 大 性 と 呼 ぶ。 倒 は 摩 詞 僧 那 僧 浬 で 衆 生 度 脱 の 大 誓 願 を 有 し、 し か も、 般 浬 榮 せ し む る 固 執 な き を い う。 こ の 箇 所 は 金 剛 般 若 経 ( 正 八 ・ 七 五 一 b ) に 同 じ よ う に 述 べ る が、 理 由 が、 道 行 経 は ﹁ 本 無 故 ﹂ aattvat、 異 本 で は 法 性 の 故 に、 金 剛 般 若 経 は、 ﹁ 實 無 有 法 名 爲 菩 薩 ﹂ の 故 と す る。 道 行 経 と は 金 剛 般 若 経 の 方 が 接 近 し て い る よ う で あ る。 紛 は 摩 詞 術 三 抜 致 で あ る。 ハ リ バ ド ラ に よ れ ば ﹁ 大 乗 に 於 け る 獲 趣 行 ﹂ ( 荻 原 刊 本 八 五 頁 ) で あ る が、 経 文 で は、 無 邊 不 可 得 の 大 乗 法 を、 固 執 を 離 れ 行 ず る 事 で あ る。 3 結 以 上、 道 行 品 第 一 で は、 菩 薩 思 想 を 否 定 の 形 で、 既 成 の 他 の 菩 薩 思 想 と 題 別 す る と と も に、 菩 薩 の 無 執 著 の 本 質 を 明 ら か に し、 又、 具 髄 的 に 狭 義 に は、 般 若 の 敏 説 の 支 持 者 こ そ 菩 薩 と す る。 金 剛 般 若 経 も 同 様、 無 所 佳 ・ 無 我 の 菩 薩 を 強 調、 具 髄 的 に は 般 若 の 偶、 経 文 を 支 持 す る も の と す る。 爾 経、 共 に、 内 容 の 増 廣 な く、 般 若 経 の 原 始 初 期 の 菩 薩 思 想 を 示 し て い る。 般 若 経 に 於 け る 菩 薩 思 想 ( 眞 野 )