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園学研.(Hort. Res. (Japan)) 14 (2): doi: /hrj 原著 マドンナリリー (Lilium candidum L.) における種子発芽と実生球根の肥大に及ぼす温度の影響と球根の生育過程 河原林和一郎 静岡大学農学部

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Academic year: 2021

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原 著 179

マドンナリリー(

Lilium candidum L.)における種子発芽と実生球根の肥大に及ぼす

温度の影響と球根の生育過程

河原林和一郎

a

*

静岡大学農学部 422-8529 静岡市駿河区大谷

Influence of Temperature on Seed Germination and Seedling-bulb Enlargement, and

Growth Process of Bulb in Lilium candidum L.

Waichiro Kawarabayashi

a

*

Faculty of Agriculture, Shizuoka University, Shizuoka 422-8529

Abstract

The study was started for the purpose of making Madonna lily (Lilium candidum L.) one of the commercial horticultural crops in Japan. From seed germination through to the growth of seedlings and first cropping of bulbs, 15°C and 19°C were optimal and a high temperature of 27°C or more was not suitable. Abscisic acid (ABA) had little influence on seed germination at optimal temperatures. With respect to the prevention of germination inhibition at the supraoptimal high temperature, fluridone treatment was effective, but gibberellin (GA3) did not have an effect. The meristem of the secondary (daughter) bulb, which initiated and

grew at the base of the flowering stem of the primary (mother) bulb, started to be lifted up in mid- or late-September. The shoot apex of the secondary bulb did not stop initiating vegetative primordia until flower differentiation. Around November a new meristem of the third (grand daughter) bulb differentiated at the base of the elongating stem axis in the daughter bulb. From next March onward, the stem of the daughter bulb elongated more rapidly and its apex shifted to the flower initiation phase. Flowering occurred from late May to early June. On the other hand, the initiation and filling of scales continued in the third bulb. Therefore, the bulb consisted of scales of three generations, until about August, when the last of the primary mother scales were consumed. Not only initiation of the leaf primordia in the apical meristem of the bulb but also the elongation and unfolding of new leaves (apical foliar part of foliage scale) above ground were continued and radical leaves existed in all seasons in Madonna lily. Therefore, Madonna lily did not have a dormancy state such as shown by Easter lily (L. longiflorum Thunb.).

Key Words: bulb scale, commercial horticultural crops, daughter (secondary) bulb, mother (primary) bulb, thermoinhibition (of germination)

キーワード:母球,高温発芽阻害,球根りん片,生産(営利)園芸作物,子球

緒  言

我が国において比較的馴染みの少ないマドンナリリーの 来歴は,以下のようにまとめられる.マドンナリリーの原 生地は,マケドニアから小アジア南端部を経てシリア,レ バノン,パレスチナ,イスラエルへと至る地中海東部沿岸 地域と推察される(Stearn, 1969; Turrill, 1954; Woodcock・ Coutts, 1935).クレタ島ミノア文明期の BC1500 年頃の遺 跡から発掘された壁画や壺にはマドンナリリーと思われる ものが描かれており,この当時既に栽培化されていたと見 られる(Jefferson-Brown, 1988; 塚本,1985).その後,フェ ニキア人などの活動によって,地中海西部沿岸地域へと伝 えられ,栽培からエスケープしたものは野生化し,これら が現在も自生していると考えられる(Woodcock・Coutts, 1935).マドンナリリーは,美しく白い花ユリとしての鑑 賞以外にも,その球根りん片や花をワインの中で粉砕して 得た軟膏を膏薬として利用する用途もあった.このことも あり,ローマ帝国の拡大に伴う軍団の侵攻とともに,さら にヨーロッパ北部にまでも伝えられることになったといわ れている(Stearn, 1969).その後,キリスト教がヨーロッ パに浸透するにつれて,白いマドンナリリーの花は聖母マ リア・純潔の象徴の聖花として見られるようになり,中世 以降の多くの宗教画の中に描かれてきた.しかし,19 世 紀後半,欧米に紹介された日本自生の白ユリであるテッポ doi: 10.2503/hrj.14.179 2014 年 9 月 1 日 受付.2014 年 11 月 29 日 受理. 本研究の一部は園芸学会平成17 年度秋季大会および 21 年度秋 季大会で発表した.

* Corresponding author. E-mail: wkawaraba@ca.em-net.ne.jp

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ウユリが,その強健性・花の重量感・葉の存在感などに一 層優れることや,また,厳密な促成開花技術の発展によっ て,マドンナリリーに代わりイースターなどの各種祭事に 用いられ「イースターリリー」とも名づけられた(清水, 1971; 塚本,1985,1998).この白いテッポウユリと区別す る た め, そ れ ま で 単 に「 白 百 合(White Lily, Lis blanc, Weisse Gilgen)」であったヨーロッパの白いユリは,「マド ンナリリー」と呼ばれるようになった.その後,切り花や 鉢花にはテッポウユリが利用され,マドンナリリーはもっ ぱら庭の花として鑑賞されてきている.このように,ヨー ロッパにおいてマドンナリリーは白いユリとして古くから 親しまれてきた. 一方,マドンナリリーの日本への渡来は,清水(1969) が明和2 年(1765)駒場薬園でオランダから輸入した球根 を栽培したとする白井光太郎の著書「日本博物学年表」 (1891 年)の記載を引用しており,江戸時代中頃過ぎと考 えられる.しかし,我が国では,テッポウユリをはじめ多 くの美しいユリが自生し親しまれてきたせいか,その栽培 が盛んになり普及することはなく,現在に至っている. 近年,様々な植物材料を用い装飾的にデザインする欧米 のフラワーアレンジメントが盛んとなってきた.また,伝 統的な生け花の世界においても,フラワーアレンジメント 的な要素を取り入れる技法が登場し,洋花の利用も増加し ている.しかし,花卉消費自体を見ると低迷傾向にある. この現状を打破するためには,従来の人気品目の生産技術 の向上だけではなく,新たな花卉品目の導入も期待される. マドンナリリーの花は,横向きからやや斜め上向き咲きで, 小花梗が短く穂状花序に近く,花径8 ~ 10 cm,漏斗状で 純白であり黄色の花粉と清々しく高い香りを有する.また, 茎の上半部に着生する葉はやや楕円形で小葉である.この ため,マドンナリリーの切り花は,現在市場に流通するユ リ類のものとは趣が異なってくる.この様な花卉消費需要 の多様化への対応が望まれる状況の中,切り花も含めた園 芸品目のひとつとして,マドンナリリーを栽培・生産する 技術を確立することは意義がある. ユリの球根や切り花の生産技術を確立するためには,そ の生育・栽培や繁殖に関する知見の蓄積が重要である.一 方,それらに関する試験研究報告は,テッポウユリなど生 産・消費の多いユリ類では多く見られるものの(Beattie・ White, 1993; 小西ら,1988; Miller, 1993; Van-Aartrijk ら,1990) マドンナリリーでは,花被片や球根成長点の培養による子 球の分化(Coquen・Astiè, 1977; Rivière, 1973),露地栽培 球根の生育様相(Herklotz・Wehr, 1969),球根の開花に及 ぼす温度の影響(Rivière, 1978)などの報告が見られるが 少ない.我が国においては,趣味園芸的な古い記事(吉村, 1940)が見られる程度でマドンナリリー栽培試験の詳しい 報告はない.そこで,マドンナリリーの園芸生産を目的に, その栽培に必要な基礎データを得るための試験を行った. マドンナリリーの場合,基本種はもっぱら栄養繁殖によ り維持増殖され,自家不和合性となっている(清水,1969, 1971; Stearn, 1969).しかし,マケドニア地方サロニカの北 で発見された変種「サロニカ・バラエティー」は根生葉や 花被片の形態,茎の色などの変異だけでなく,放任でも高 い稔性があるという大きな特徴を有する(Turrill, 1954; Woodcock・Coutts, 1935).また,アメリカのオレゴン・バ ルブ・ファームから市販された選抜系統のカスケード・ス トレインも良く結実する(Jefferson-Brown, 1988).このよ うな種子繁殖容易な変異種や系統では,実生からの球根や 切り花・鉢花の効率的な園芸生産が可能である.さらに, 種子繁殖では,一度に多数の個体が得られ,一般にはウイ ルスを回避できるといった利点がある.本報では,この実 生繁殖の際の出発点となる種子の発芽と発芽種子から得ら れた実生苗球根の生育・肥大に及ぼす温度の影響について 検討し,また,栽培や試験の結果を考察するうえで必要な 知見となる球根の生育過程の調査を行った.なお,種子発 芽に関しては,成長調節物質の影響についても一部検討を 加えた.

材料および方法

1.種子発芽に及ぼす温度と成長調節物質の影響 2009 年 8 月下旬~ 9 月上旬,静岡県藤枝市の静岡大学 農学部附属地域フィールド科学教育研究センター藤枝 フィールド内ガラス室において放任鉢栽培した個体(北米 ユリ協会種子交換由来‘カスケード・ストレイン’)の朔 から採取した種子を紙袋に入れて研究室内で保管した. 試験開始時,胚の形状が肉眼で認められた種子を選び供試 した. 1)温度の影響 2009 年 12 月 4 日,アドバンテック No. 2 ろ紙 1 枚を敷い た径9 cm プラスチックシャーレにベンレート 6000 倍液 5 mL を注入し,18 種子を播種した.7°C,11°C,15°C, 19°C,23°C および 27°C 設定の連続暗黒条件のインキュ ベーターへシャーレを搬入し,播種後25 日まで毎日,発 芽を調査した.各温度区に4 シャーレを供試し,調査終了 まで適宜,ベンレート6000 倍液を補給した.Koller ら(1964), 藤井ら(1990),稲垣ら(2002a)の方法をもとに,調査結 果から得られた発芽曲線について,最終発芽率,発芽開始 時期(最終発芽率の1/6 に達するまでの日数),発芽速度(最 終発芽率の1/6 から 5/6 に達するまでの速度(%・日-1)) および発芽指数(最終発芽率 × 発芽速度/発芽開始時期) による発芽分析を行った.なお,発芽指数を比較すること で,発芽を規定する3 要素である最終発芽率,発芽開始時 期および発芽速度に及ぼす要因の影響を総括的に分析でき るとされている. 2)温度と成長調節物質の影響 2010 年 1 月 28 日,試験 1 と同様にして径 9 cm プラスチッ クシャーレに15 種子を播種し,15°C および 30°C 設定の 連続暗黒条件のインキュベーターへシャーレを搬入した.

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播種温度15°C では,無処理種子とアブシジン酸(ABA) 100 ppm 液 6 mL に 21°C・暗黒で 48 時間浸漬処理した種子 を供試し,播種後27 日まで経時的に発芽を調査した.播 種温度30°C では,無処理種子とフルリドン 20 ppm 液あ るいはジベレリン(GA3)100 ppm 液 6 mL に 21°C・暗黒 で48 時間浸漬処理した種子を供試し,播種後 45 日まで経 時的に発芽を調査した.30°C 播種無処理種子については, 45 日目以降 15°C 暗黒のインキュベーターに移動し,さら に20 日間,発芽調査を継続した.ABA および GA3溶液 は99.5%エタノール,フルリドン溶液は 10%アセトンで 溶解後,蒸留水で所定濃度に調整した.各区に4 シャーレ を供試し,調査終了まで適宜ベンレート6000 倍液適量を 補給した. 2.実生球根の生育・肥大に及ぼす温度の影響 1)セル育苗 2001 年 11 月 15 日,288 穴セルトレイを 24 セルずつに 切り取り,その各セルに1 種子を播種した.これらの 24 セル(種子)を,それぞれ15°C,19°C および 23°C に設定 した24 時間照明(40W,白色蛍光灯 1 本)のインキュベー ター(温度勾配恒温器・東京理化器械(株))に搬入した. 発芽が揃い,また,本葉が出現し始めた播種50 日目以降, インキュベーター内の白色蛍光灯数を4 本とした.2002 年3 月 4 日,得られた実生セル苗を取り出し,苗生体重, 葉数,球径,根数および発根数中最長の根の根長の測定を 行った.セルトレイ用土はプラグミクス360 単用とし,適 宜潅水を行った. 2)鉢上げ球根養成 2001 年 11 月 28 日,288 穴セルトレイの各セルに 1 種子 を播種し保温ガラス室に搬入した.2002 年 3 月 14 日,球 径2.6 ~ 5.2 mm(平均 3.7 mm)の実生セル苗を選別して 径6 cm ポ リ 鉢 に 鉢 上 げ し, そ れ ぞ れ 12 個 体 を 15°C, 19°C,23°C,27°C および 31°C に設定した 16 時間照明(40W, 白色蛍光灯4 本)のインキュベーター(温度勾配恒温器) に搬入した.7 月 2 日(鉢上げ後 110 日),各実生苗から 生育した球根の周囲の鉢土を除去し,球径および葉数を測 定した.根鉢を崩さないようにして径9 cm ポリ鉢に鉢替 えし,鉢土を補充した後,10 月 25 日(鉢上げ後 225 日) まで同じインキュベーターでの栽培を継続した.栽培終了 時に球根を掘り上げて,葉数,球径および球周の調査を行っ た.セルトレイ用土はプラグミクス360 単用,鉢用土は化 成肥料(LM1 号(タケダ園芸(株)),N : P : K = 10 : 10 : 10) を2 g・L-1添加した山土: プラグミクス 360 = 1 : 1 の配合 土とし,適宜潅水を行った. 3.球根の生育調査 1)りん片葉出葉球根 2000 年 11 月 25 日,288 穴セルトレイの各セルに 1 種子 を播種して保温ガラス室で育苗した.2001 年 3 月下旬~ 4 月上旬,得られた実生苗を径9 cm ポリ鉢に鉢上げし球根 養成を行った.2001 年 11 月 22 日,実生からの養成球根 100 球(球周 3.8 ~ 5.9 cm,平均 4.8 cm)を供試し,その 周囲の鉢用土を除去して球周を測定後,各球を径10.5 cm ポ リ鉢に鉢替えした.さらに,球根の生育・肥大とともに 2002 年 5 月に径 13.5 cm ポリ鉢,10 月に径 15 cm ポリ鉢 へ鉢替えした.セルトレイ用土はプラグミクス360 単用, すべての鉢用土は,2.2)と同様の配合土とし,適宜潅水 を行った.栽培は保温ガラス室(4 月下旬~ 10 月上旬は 8:00 ~ 16:00 までの 8 時間,70%遮光の寒冷紗で被覆)で 行った.調査は,調査開始後1 年間,地上への茎の伸長が 認められず,りん片葉のみを伸長・展開している個体につ いて行った.なお,りん片葉は,基部が肥大りん片化した 葉状りん片上端部の伸長した普通葉の機能を有する部位を さしている.2001 年 11 月~ 2002 年 11 月まで毎月 1 ~ 2 回, 各調査時点での栽培鉢について出葉数を調査し,適宜,枯 葉数の調査も行った.また,球根掘上げ調査は2001 年 11 月~2003 年 3 月まで毎月 1 回,無作為に選んだ 3 ~ 6 鉢 を供試し,地際出葉(りん片葉と地下部の茎軸に着生した 地下茎軸普通葉のうちで伸長して地際に出葉した葉との合 計)数,りん片(真りん片と上端部が伸長して葉状化した 葉状りん片との合計)数,未展開葉と葉原基(肉眼で計測 できる成長点部位付近に密集した未展開の葉と実体顕微鏡 観察によって判別できる成長点ドーム周縁部に分化した葉 の原基との合計)数,地上茎軸普通葉(球根から伸長し地 上に出現した茎軸に着生し展開している普通葉)数,球周, 球重,茎長の測定を行った.また,実体顕微鏡観察により, 成長点における花芽分化の有無も調査した. 2)開花球根 2004 年 2 ~ 5 月,鉢から取り出した球根(球周 17.8 ~ 20.2 cm,平均 18.7 cm)のりん片(0.7 ~ 1.5 g,平均 1.0 g) を採取,径9 cm ポリ鉢に各 6 ~ 8 枚を挿し,サイド解放 の無加温ガラス室(4 月下旬~ 10 月上旬は 8:00 ~ 16:00 までの8 時間,70%遮光の寒冷紗で被覆)で栽培した.10 ~12 月,りん片挿しによって分化した子球を径 9 cm ポリ 鉢に各1 球鉢上げ,さらに 2005 年 1 月に径 15 cm ポリ鉢 へ移植し,同ガラス室において球根養成を行った.得られ た養成球根を供試し,同じサイド解放の無加温ガラス室に おいて径15 cm ポリ鉢で維持継代栽培し生育調査を行っ た.調査期間中の維持継代栽培では,毎年10 月,新たな鉢 と鉢用土に1 鉢当たり 1 球となるように植え替えた.りん片 挿し鉢用土はプラグミクス360単用,その他の鉢用土は2.2) と同様の配合土とし,適宜潅水を行うとともに,3 月に化成 肥料(LM1 号(タケダ園芸(株)),N : P : K = 10 : 10 : 10) を適量追肥した.2006 年,2007 年および 2008 年の 5 月~ 6 月に開花した個体について,それぞれ 9 月から翌年 10 月, 11 月から翌年 10 月および 11 月から翌年 2 月にかけて各 月2 ~ 5 鉢 の 球 根( 球 周 15.7 ~ 20.8 cm, 平 均 18.8 cm) を掘り上げ,球根内のりん片数,新茎および新球の分化・ 成長の調査と当年開花球根の茎成長点の観察を行った.各 年同月の調査結果は,その平均値であらわした.

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結  果

1.種子発芽に及ぼす温度と成長調節物質の影響 温度の影響を調査した1)での発芽分析の結果を第 1 表 に示した.播種25 日後の最終発芽率は,15°C で 97.4%, 次いで11°C,7°C,19°C の順で,いずれも 90%以上の値 が得られたのに対し,23°C では 69.6%であった.一方, 27°C では完全に発芽が抑制された.発芽開始時期までの 日数は,19°C で最も早く 10.6 日,次いで 15°C の 11.8 日 となり,7°C,11°C,23°C では 15.6 ~ 17.8 日と明らかに 遅くなった.発芽速度については,7 ~ 19°C の範囲で有 意差はなく30 ~ 40%・日-1台であった,しかし,23°C で は15%・日-1と有意に遅くなった.また,発芽指数につ いても,15°C,19°C で大きく,23°C では有意に小さくな る傾向が認められた. 温度と成長調節物質の影響を調査した2)での発芽率の 経時変化を第1 図に示した.15°C では,7 日で発芽開始 時期に至り,その後,速やかに発芽が進み12 日で 100% 発芽となった.一方,30°C では完全に発芽が抑制された. 15°C・ABA 処理種子の場合,発芽開始がやや遅れたが, 最終発芽率は95%と高くなった.また,30°C・フルリド ン処理種子も,遅れて発芽を開始したが,その最終発芽率 は86.3%まで上昇した.しかし,30°C・GA3処理種子で の発芽は全く見られなかった.一方,30°C で発芽を抑制 されていた無処理種子も,発芽温度を15°C に変更後 15 日目の調査では発芽率100%となった. 2.実生球根の生育・肥大に及ぼす温度の影響 1)の播種後 109 日目実生セル苗の生育に及ぼす温度の 影響について調査した結果を第2表に示した.その葉数(1.3 ~1.9 枚),球径(2.7 ~ 3.8 mm),根長(5.1 ~ 6.9 cm)の 値は,いずれも15°C,19°C で大きく 23°C で小さくなった. 苗 生 体 重 に つ い て も,15°C,19°C の実生セル苗は,各 229.6 mg,241.7 mg となり,23°C での 174.4 mg と比較し, 有意に大きかった. 2)の鉢上げ球根養成試験における 7 月 2 日鉢替え時の 生育調査(データ省略)では,葉数は1.0 枚~ 3.3 枚となり, 高温での栽培ほど少ない値を示した.球径について見ると, 15 ~ 27°C での実生セル苗由来球根の球径は,鉢上げ時の 2.2 ~ 2.8 倍(8.2 ~ 10.4 mm)となったが,31°C で得られ た球根の球径は1.3 倍(4.7 mm)と小さかった.なお,7 月 2 日に鉢替え後,31°C では,栽培の経過とともに出葉した 葉が枯れこみ,10 月の栽培終了掘上時(鉢上げ栽培 225 日) 第1 表 マドンナリリー種子の発芽に及ぼす温度の影響 発芽温度 (°C) 最終発芽率z (%) 発芽開始時期y (日) 発芽速度x (%・日-1発芽指数w

7 93.6abv 17.8a 38.8a 212.0a

11 95.3ab 15.6a 33.4a 210.9a

15 97.4a 11.8b 45.8a 406.2a

19 91.2ab 10.6c 41.5a 378.8a

23 69.6b 15.8ab 15.0b 68.0b 27 0c ― ― ― z 播種後 25 日目の発芽率 y 最終発芽率の 1/6 に到達するまでの日数 x 最終発芽率の 1/6 から 5/6 に到達するまでの間の発芽速度 w 最終発芽率 × 発芽速度 / 発芽開始時期

v 同列内の異なる英文字間には Scheffe’s F test あるいは

Mann-Whitney U-test with Bonferroni correction により 1%水準で有 意差あり 第1 図 マドンナリリー種子の発芽率の経時変化に及ぼす温度と成長調節物質の影響 第2 表 マドンナリリー実生セル苗の生育に及ぼす温度の影 響z(播種後109 日) 温度 (°C) 葉数 (枚) 球径 (mm) 根数 (本) 根長y (cm) 苗生体重 (mg)

15 1.6abx 3.8a 4.7 5.6ab 229.6a

19 1.9b 3.5ab 5.0 6.9b 241.7a 23 1.3a 2.7b 4.4 5.1a 174.4b 有意性w ** ** n.s. ** * z プラグミクス 360 を用土とした 288 穴トレイの各セルに 1 粒を播種,各温度設定の24 時間照明のインキュベーター (播種50 日目まで 40W 蛍光灯 1 本,播種 50 日目以降 4 本) 内で栽培し,播種後109 日で測定 y 発根数中最長の根の根長

x 同列内の異なる英文字間には Scheffe’s F test あるいは

Mann-Whitney U-test with Bonferroni correction により有意差あり

w 分散分析あるいは Kruskal Wallis H-test により,** は 1%水

準,* は 5%水準で有意差あり,n.s. は 5%水準で有意差な

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には,ほとんどの球根が枯死していた.従って,10 月の 球根掘上げ調査において,31°C 栽培区は測定しなかった (第3 表).実生セル苗由来球根の 10 月掘上げ時に得られ た鉢上げ225 日後の調査結果を見ると,15 ~ 27°C におけ る葉数,球径,球周は,いずれも同様の傾向を示し,15°C, 19°Cで良好であり,次いで23°Cとなり,27°Cでの数値は劣っ た(第3 表).球周については,15°C(第 2 図)や 19°C で 得られた球根の5.1 cm に対して,27°C での球根は 2.9 cm となり明らかに小さかった(第3 表). 3.球根の生育調査 1)りん片葉出葉球根 出葉りん片葉数の経時変化を第3 図に示した.11 ~ 1 月 には1.5 枚・月-1程度の出葉であったが,2 月にはいると出 葉数が増加し始め,3 月と 4 月は各 5 枚程度,5 ~ 7 月に は6 ~ 7 枚・月-1の新りん片葉の出葉が見られた.ガラ ス室内が高温となる7 月下旬~ 8 月下旬にかけて出葉は最 も多く,10 枚程度の新りん片葉が出葉した.その後,温 度の低下とともに出葉数も減少し,10 月下旬~ 11 月下旬 には3 枚弱の出葉となった.一方,8 月下旬頃から枯葉数 の増加が目立った.従って,新葉の展開にもかかわらず, 8 月以降の栽培個体における実質的な葉数増加は認められ なかった.このように,年間を通してりん片葉の新たな出 葉・展開が見られ,栽培12 か月後の出葉累計は 65.1 枚に 達した. 掘り上げたりん片葉出葉球根の生育の経時変化を第4 図 に示した.地際出葉数は第3 図と同様の経時変化を示した. 9 月下旬には,球根内部で成長点の位置する底盤部組織の 部位がやや高くなり,茎の伸長を開始したと見られた.球 根内部での茎の伸長とともに未展開葉と葉原基の枚数も増 加し,11 月下旬に 100 枚を超えた.1 月下旬,球根内の茎 軸に着生する普通葉の先端部が伸長し,地際に認められる ものもあった.3 月下旬には茎長が 7.8 cm となり,茎軸部 を球上へ伸び出していた.この時期になると,地際出葉は, りん片葉以外にも地下茎軸に着生した普通葉が加わり,地 上茎軸普通葉との合計は192 枚となって,地上に展開する 葉数は著しく増加した.また,1 月観察時の成長点は丸く 大きく肥大しており,3 月下旬観察時には,花芽分化も認 められた.このように成長点において,栄養成長から生殖 第3 表 マドンナリリー実生由来球根の鉢上げ後の生育に及 ぼす温度の影響(鉢上げ後225 日)z 温度(°C) 葉数(枚) 球径(mm) 球周(cm)

15 8.1ay 18.0a 5.1a

19 8.6a 17.4a 5.1a

23 7.3ab 14.6ab 4.2ab

27 5.0b 10.6b 2.9b 31 ―x z 保温ガラス室で栽培して得た実生セル苗(播種後 106 日, 平均球径3.7 mm)を径 6 cm ポリ鉢に鉢上げ,各温度設定 の16 時間照明のインキュベーター(40W 蛍光灯 4 本)内 に搬入,鉢上げ110 日で 9 cm 鉢に鉢替えし,鉢上げ栽培 225 日目に測定

y 同列内の異なる英文字間には Scheffe’s F test あるいは

Mann-Whitney U-test with Bonferroni correction により 1%水準で有 意差あり

x 栽培終了時,腐り枯死球根が多く測定せず

第2 図 鉢上げ 225 日で得られたマドンナリリー実生セル苗

由来球根(栽培温度15°C)

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成長への転換が認められるまで,葉原基の分化は常に継続 していた.一方,球根の生育・肥大を見ると,りん片葉に よる地際出葉が続く期間中,球重,球周は直線的に増加し た.掘上げ球根の球重,球周およびりん片数は,調査開始 時に各1.76 g,4.7 cm および 6 枚であったのに対し,14 か 月後の1 月下旬には各 83.53 g,20.6 cm および 86.7 枚となっ た.しかし,速やかな茎の伸長が認められた3 月下旬の調 査では球重,球周およびりん片数にほとんど変化は見られ なかった.11 月および 2 月の観察では,球根内部で伸長 しつつある茎基部に新成長点の分化が認められる個体も あった.3 月のすべての観察個体では,伸長した茎の基部 に新成長点の分化が認められ,径1 cm 程度の球根にまで 成長しているものもあった. 2)開花球根 9 月中下旬の実体顕微鏡による当年開花子球根(第 2 世 代)の成長点観察の際,成長点を含む底盤部組織の上方向 への盛り上がりが観察され,10 月中旬には第 2 世代球根 内で0.4 cm 程度の明らかな茎の伸長が見られた(第 5 図 A).12 月の観察では,球根内部で 1.0 cm に伸長した第 2 世 代球根の茎とその基部に分化した翌年開花孫球根(第3 世 代)となる径2 ~ 3 mm 程度の新芽が肉眼で確認された(第 5 図 B).この時点で球根を形成するりん片の割合を見ると, 既に開花を終了した親球根(第1 世代)りん片は 33%, 次いで当年開花する子球根(第2 世代)りん片は 66%, その翌年に開花することになる孫球根(第3 世代)のりん 片は1%であった(第 6 図).3 月下旬には,第 2 世代球根 の茎長は7.2 cm となり球上に伸出し(第 5 図 C),茎基部の 第3 世代球根は径 1.0 cm に肥大して,そのりん片枚数の 割合も10%を超えてきた(第 6 図).また,伸長した茎先 端の成長点は生殖成長へと転換し,周縁部に順次,第1 花 以降の数個の花芽原基を分化し穂状花序を形成し始めてい ることが認められた(第5 図 D).4 月以降,さらに第 1 世代球根りん片の減少,第2 世代球根の茎伸長と第 3 世代 球根りん片の増加が進み,5 月中旬~ 6 月上旬,開花に至っ た(第5 図 E,F,G,第 6 図).開花後 7 月を過ぎると, 第1 世代の球根りん片はほぼ消失し,8 月頃には,第 2 世 代と第3 世代の球根りん片が同程度の割合となった(第 6 図).その後,第3 世代球根のりん片の増加と新茎の伸長 が認められるとともに,第4 世代となる新芽成長点の分化 とその球根りん片の形成へと続いた(データ省略).

考  察

地下遅発芽型のヤマユリ,ササユリ,ヒメサユリなどの ユリでは,播種後地上に本葉が伸長展開するまでの期間を 短縮するための手段を求めて,さらには,実生苗から切り 花生産を行うシンテッポウユリのような地上速発芽型のユ リにおいても,苗生産の観点から一層の高発芽率と斉一な 発芽を必要とし,ともに種子の発芽に関する研究がなされ てきた(稲垣ら,2002a,b; 鎌田,1987; 長村,1983; 西内, 2000; 関谷,1973; 高樹・原,1994; 鷹見ら,2007,2009; 第4 図 マドンナリリー球根の生育の経時変化 z 地際出葉:りん片葉と地下部の茎軸に着生した地下茎軸普通葉のうちで伸長して地際に出葉した葉 y りん片:真りん片と上端部が伸長して葉状化した葉状りん片 x 未展開葉と葉原基:肉眼で測定できる成長点部位付近に密集した未展開の葉と実体顕微鏡観察によって判別できる成長 点ドーム周縁部に分化した葉の原基 w 地上茎軸普通葉:球根から伸長し地上に出現した茎軸に着生し展開している普通葉

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歌田・鈴木,1973).これらの報告の中で,発芽に大きな 影響を及ぼす要因とされる温度についての適温を見ると, トサヒメユリ(長村,1983)および‘スタービューティー’ (トサヒメユリ × チョウセンヒメユリ)(西内,2000)で やや高く25°C 前後となったが,その他の供試ユリ(関谷, 1973; 高樹・原,1994; 鷹見ら,2007; 歌田・鈴木,1973) については15 ~ 20°C 程度であった.また,マルタゴン グループおよびアメリカングループのいくつかのユリにつ いての発芽調査でも,その適温は15 ~ 20°C あるいは 10°C 程度であった(Senger, 1986).このように,多くのユリ 種子は20°C 以下の涼温からやや低温側を発芽適温として いる. マドンナリリー種子においても,第1 表のように最終発芽 率は15°C で最も高く,次いで 11°C,7°C,19°C の順となり, いずれも90%以上であり,23°C では 69.6%となった.また, 27°C で発芽は完全に阻害された.その発芽の様子を検討 すると,7°C や 11°C の場合,発芽率は高いものの 15°C, 19°C と比較して,発芽開始時期が遅くなることが分かり, 播種後早期に斉一な苗を得る点では劣っている.従って, 発芽指数の値も参考にすると,他の多くのユリと同様,発 芽時は20°C を越えないように,15 ~ 19°C の範囲内でや や低温側を目標とした温度管理をする必要がある.なお, マドンナリリーは地上遅発芽型とされ,自然状態では冬季 の低温経過後の春季に発芽し,地上への葉の展開までに 数か月を要するとされる(Jefferson-Brown, 1988; 清水, 1971).しかし,本実験の 15°C,19°C では速やかに発芽し, 播種後11 日前後で最終発芽率に到達している.これは発 芽温度試験の開始が12 月であり,室温貯蔵中に徐々に後 熟が進行し種子の休眠が覚醒していたためと考えられる. すなわち,発芽試験中,11°C,7°C の発芽温度においても, さらに後熟が進み発芽の下限温度も低下し,これらの温度 でも遅れて発芽が見られるようになったのであろう.いず れにせよ,この点について,朔から採取した登熟直後の種 子を含むいくつかの播種時期別の発芽試験を行い,その発 芽の様相を確認する必要がある. 一方,実際の実生苗生産現場においては,不時の高温 などによる発芽不良や発芽不揃いの回避が望まれる.種子 の発芽制御には,アブシジン酸(ABA)による抑制作用 とジベレリン(GA)による促進作用のバランスが重要で あることが知られている(吉岡ら,2009).第 1 図に見ら れるように,15°C において,ABA 100 ppm 浸漬処理種子は, 無処理種子と比較し,発芽開始時期と発芽速度はやや遅れ るものの,最終発芽率は95%と高くなった.また,カロ テノイド合成阻害によってABA 生合成を抑制するとされ るフルリドンの20 ppm 溶液に浸漬処理した種子を,発芽 阻害の見られる温度30°C において播種した場合,15°C 播 種の無処理種子と比較し,発芽の開始時期や速度は遅れる ものの播種12 日目から発芽が見られ,最終発芽率は 86.3% となっている.これらの結果は,内生ABA の蓄積が高温 での種子発芽阻害の要因となっている可能性を示唆すると ともに,発芽適温での外生ABA 処理は発芽抑制にあまり 有効でないことを示している.また,高温による種子発芽 阻害のGA3 100 ppm 処理での回復は全く見られなかった. 一方,鷹見ら(2009)は,シンテッポウユリ種子発芽に関 する研究の中で,GA3処理は種子の翼除去の有無にかかわ 第5 図 マドンナリリー球根の掘り上げ調査と開花 A: 10 月 15 日,子球根(第 2 世代)内で 0.4 cm 程度に 伸長した茎 B: 12 月 16 日,第 2 世代茎基部に分化した翌年開花孫 球新芽(第3 世代) C: 3 月 21 日,茎を伸出してきた第 2 世代球根 D: 3 月 21 日,第 2 世代球根から伸長してきた茎の成 長点,周縁部に第1 花以降の花芽原基を順次分化 し穂状花序形成中 E: 5 月 1 日,前年開花親球根(第 1 世代)りん片と第 2 世代球根(球根外へ伸長した茎は除去) F: 5 月 1 日,第 3 世代球根と第 2 世代球根の茎(球根 外へ伸長した茎部位とりん片は除去) G: 5 月 31 日,サイド開放無加温ガラス室内での球根 の開花状況

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らず発芽に影響なく,ABA 処理は翼除去による発芽促進 効果を打ち消すことを示した.その結果,GA3は発芽に 関与するものの促進効果は小さく,また,種子の翼には ABA が含まれており,翼の除去により発芽を抑制する ABA 量が低下し,発芽が促進されるのではないかと考察 している.このように,内生的なABA が発芽を抑制して いると考えられる点では一致した結果が得られている.吉 岡ら(2009)は,種子の発芽について,ABA と GA の発 芽抑制や促進物質としての直接的な働きと同時に,高温下 での種子側のABA に対する感受性の上昇や不活性化速度 の低下が考えられること,また,高温下ではGA 生合成系 酵素発現低下およびGA 不活性化酵素の発現によって GA 量が減少し,その結果として,GA の持つ ABA 不活性化 促進効果やABA 生合成抑制効果の低下が考えられ,これ らの事象が複合的に作用し高温発芽阻害が表現されるとし ている.従って,本報告の場合,高温条件で不活性化され ることなく高レベルに保持された内生ABA は,種子によっ て十分に感受され発芽抑制効果を発現するのに対し,適温 条件では,ABA の不活性化が進行するとともに種子の ABA 感受性も低下し,さらに,前述の高温下で見られる GA 減少機構が作用せず GA 量も上昇し,ABA 処理による 発芽抑制効果を明瞭に示すことができなかったと考えら れる.また,種子において十分にABA の感受性が高く, ABA の生合成抑制や不活性化の見られない高温条件下 では,GA 単独処理は発芽を誘導できないことになる.し かし,茎の伸長や開花に及ぼすGA の効果は,処理する GA の種類や対象とする植物種によって異なるともいわれ (Michniewicz・Lang, 1962),アカカノコユリの花芽分化に 関しても,GA3よりもGA4 + 7が有効であったとの報告も ある(Ohkawa, 1979).今後,高温条件下での種子発芽を 促進するためには,ABA のレベルや感受性の低下に有効 な処理の探索,それらの処理とGA 処理との組み合わせや 処理するGA の種類の効果,さらに種子の低温前処理の影 響などを検討する必要がある.なお,高温で発芽しなかっ た種子を適温条件下に移動すると,速やかに発芽が見られ るようになっている.このことから,高温下で生起すると 予想されるABA 蓄積などの状態は,2 次休眠(高温休眠) を誘導していないと考えられる. 種子発芽から鉢上げまでのセル苗の生育に及ぼす温度の 影響ついて,鉢上げ時の苗生体重と球径で見ると,15°C, 19°C での数値が 23°C での数値を上回っている.これには, 23°C で発芽の開始および速度の遅かったことが影響して いる可能性もある.しかし,ガラス室で育苗し同程度に生 育しているセル苗を供試した鉢上げ後の栽培においても, 15°C,19°C に比較し 23°C での球根生育はやや劣り,27°C で得られる一作球根は明らかに小さくなった.これらの 結果を考慮すると,発芽温度のみならず育苗温度自体も 15°C,19°C が明らかに適温であろう.実生苗生産を行う シンテッポウユリの育苗温度に関する試験では,昼20°C― 夜10°C で苗質,定植後の抽苔率や切り花品質が向上し(松 井ら,1995),テッポウユリの生育に関しては,10°C 以下 で停滞気味となり,5°C でほぼ停止し,逆に 25°C 以上の 高温でも休止に近くなると記されている(松川,1988). また,吉田(1973)はテッポウユリのりん片繁殖において, 20°C に近づける形で栽培することが小球肥大を進めると 述べている.さらに,オリエンタル・ハイブリッド‘スター ゲーザー’の光合成速度は10 ~ 20°C の比較的低い温度 で高く,25°C を超えると急激に低下するとの試験結果も引 用されている(竹田,1993).本報の結果からも,マドン ナリリーの生育には,他の多くのユリと同様,育苗から鉢 上げ定植後の栽培を通して,15 ~ 20°C 程度の涼温が適し ているといえる. マドンナリリーの栽培技術を確立し,さらに促成栽培な どの作型を開発するためには,球根の生育経過を知ること も重要である.3.における球根内部の成長点の観察では, 花芽分化が認められるまで,りん片あるいは普通葉となる 第6 図 マドンナリリー球根のりん片数と茎長の経時変化

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葉原基の分化が常に継続していた.Herklotz・Wehr(1969) も,マドンナリリー球根の成長点における葉原基の分化 は明らかな休止期間なく継続することを報告している.カ ノコユリ(大川,1977)やテッポウユリ(Blaney・Roberts, 1966)でも同様の報告がなされている.しかし,開花期以 後の高温で地上部が枯れ休眠するとともに,球根成熟が進 行するとされるテッポウユリの場合,同じ高温時期におけ る球根茎頂部の細胞分裂活性の低下も示されている(安井, 1973).また,Rivieré(1978)は組織学的研究でマドンナ リリー頂芽成長点が6 月中旬から 7 月中旬の短い期間休眠 していることを示したと記している.一方,本報3.1)り ん片出葉球根での出葉の経時変化を見ると,夏季の高温期, 枯死する葉数は増加するものの地上へ伸長する新葉数も多 く,その結果,常に根生葉(りん片葉)が存在している. これらのことを考え合わせると,マドンナリリーはテッポ ウユリと比較して休眠がほとんどないか非常に浅いことに なる.この点については,開花球根を用いた掘上げ時期別 の球根発芽の様相を調査して,さらに検討する必要がある. 大川(1989)は,日本の自生ユリ 18 種を調査し,花芽 分化開始期と新球成長点分化開始期との関係を,1.花芽 分化期後間もなく新成長点が分化する,2.新成長点分化 後間もなく花芽分化が始まる,3.花芽分化後,6 か月以 上遅れて新成長点が分化を始める,4.新成長点分化後,6 か月程度遅れて花芽分化が始まる,の4 つのタイプに分け ている.また,テッポウユリはタイプ4 に入り,その花芽 分化期は発芽直後に当たるとしている.本試験の場合,9 月中下旬には球根内部の成長点を含む底盤部組織の上方向 への盛り上がりによる茎伸長の兆候が見られ,茎の伸長が 明瞭となる11 月頃には新球成長点の分化も確認された. さらに,3 月に入ると茎の伸長が急速に進み,球根から茎 が出現してくる頃には花芽分化も見られた.マドンナリ リー球根の茎伸長,新球成長点分化,花芽分化の様相につ いては露地栽培試験においても同様の結果が報告されてい る(Herklotz・Wehr, 1969).従って,マドンナリリーの花 芽分化開始期と新成長点分化期との関係はテッポウユリの タイプ4 に一致し,また,Blaney・Roberts(1966)や Roberts ら(1982/1983)の報告するテッポウユリ球根の生育様相と も類似しているといえる. ユリは養分を蓄え多肉となった葉であるりん片からなる 鱗茎であり,多くの種でりん片繁殖が行われている.マド ンナリリーの場合,基本種では自家不和合性とされる一方 で,球周19 cm 程度の球根から平均 70 枚を超える多数の りん片が得られている(第4 図).実際,吉村(1940)は マドンナリリーの増殖法としてりん片繁殖が容易であり, りん片挿し後三作目に開花するとしている.一方,ユリの りん片繁殖については,りん片挿し時期,球根内でのりん 片の位置,りん片の先端や基部といった部位などによって 増殖効率に差のあることが知られ,温度や湿度などの環境 条件以外にもりん片自身の貯蔵養分や内生ホルモンレベル などの影響が考えられている(穂坂・横井,1959; 伊藤, 1955; 明道・久保,1952; Robb, 1957; 歌田ら,1973).また, ユリ球根のりん片は,当年に形成されたものだけでなく, 前年あるいは前年までに形成されたものから構成されいる (Blaney・Roberts, 1966; 今西,2006; 大川,1977).マドン ナリリー開花球根でも,新成長点葉原基が生育肥大りん片 化し新球を形成する頃から,前年開花球根りん片が消耗し 消失するまでの時期には,当年開花球根りん片を含む3 世 代のりん片が共存していた.このようなマドンナリリー球 根をりん片繁殖に利用する場合,その球根が複数世代のり ん片で構成され,その割合が時期により変動することから, りん片の挿し時期や球根内でのりん片の由来・位置によっ て子球増殖効率が変動することも予想される.従って,他 のユリ類と同様,マドンナリリーのりん片繁殖法確立のた めには,これらの変動要因がりん片からの子球の分化増殖 に及ぼす影響を明らかにすることが重要となる. 以上のように,マドンナリリーは種子発芽や球根肥大に 涼温を好み,その生育様相はテッポウユリに類似するもの の休眠がほとんど見られないか非常に浅いことが確認され た.今後,不良環境時の種子の斉一な発芽向上や効率的な りん片挿し技術による苗球根増殖法を確立し,さらに,生 育様相の観察結果を踏まえ,球根の肥大や抽苔および花芽 の分化と発達に好適な温度そして球根掘り上げ適期などを 明らかにすることで,マドンナリリーの球根や切り花・鉢 花生産のための栽培技術の確立,作型の開発が期待される.

摘  要

マドンナリリーを我が国の生産園芸品目のひとつとする ことを目的に研究を開始した.本報では,種子発芽と実生 苗の球根生育に及ぼす温度や成長調節物質の影響について 検討するとともに球根の生育過程を調査し,以下の結果を 得た.種子の発芽から実生苗および一作球根の生育をとお して,15°C,19°C が適し,27°C 以上の高温は適さなかった. 種子のABA 処理は適温での発芽にほとんど影響なく,一 方,高温での発芽阻害の回復に対し,フルリドン処理は有 効であったがGA3処理は効果を示さなかった.開花済み 親球根(第1 世代)の茎軸基部で肥大中の子球根(第 2 世 代)の成長点は,りん片から続いて普通葉の原基を継続し て分化しつつ,9 月中下旬には伸長を開始し,第 2 世代球 根の茎軸が形成された.11 月頃,第 2 世代茎軸の基部に 孫球根(第3 世代)の成長点が分化した.翌年 3 月,第 2 世代茎軸は急速に伸長し,球根から出現してくる頃には茎 軸の頂端成長点で花芽分化が始まった.開花は5 月下旬か ら6 月上旬となった.この間,第 3 世代成長点では,りん 片原基の分化とその肥大が続き,第1 世代の球根りん片が 消耗・消失する8 月頃まで 3 世代のりん片が球根内に共存 することになった.このように,球根の生育経過はテッポ ウユリと類似したものであった.しかし,マドンナリリー では,球根内の成長点での葉原基の分化のみならず,常時,

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新葉(りん片葉)の伸長も継続し根生葉が存在することか ら,テッポウユリのような明らかな休眠状態は認められな かった.

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[r]

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