博士(水産科学)阿部拓三 学位論文題名
交尾‐雌卵保護型カジカ、ヤセカジカ属 2 種の繁殖生態 学位論文内容の要旨
カ ジ カ 上 科魚 類 に は非 交 尾種 と 交 尾種 が 存在 し 、 北太 平 洋 沿岸 を 中心 に70 属約300種 が知 ら れて い る 。交 尾 型カ ジ カ 類は 、 受 精が 産 卵直 後に海水 中で起こ るという 特殊な受 精様式を 有するこ とと、交尾 行動およぴ卵の保護様式など、繁殖 生態が種 間で多様 化してい ることで 知られてい る。特化した繁殖生態を解明するた め に 、 そ れ ぞ れ の 種で 配 偶子 生 産 を含 む 生 殖器 官 系の 機 能 形態 学 的研 究 が 進め ら れ る と と も に 、 カ ジ カ 類 全 体 で も 進 化 生 態 学 的 検 討 が 試 み ら れ て い る 。 キマダラヤセカジカRadulinopsis taranetzi(以下キマダラと略す)およびヤセカジ カR. derjaviniは、北海 道およぴ ロシア東 岸の浅海域 に生息す る沿岸性 の底生魚 であ る(Yabe&Maruyama,2001) 。本属は2001年に新種 記載された ぱかりで 、その 生態については殆ど明らかにされていない。しかし、野外での予備的な観察から、こ れまで報告されてきたカジカ類とは全く異なり、雌による卵保護が行われることが明 らかになっている。また、Yabe&Maruyama (2001)は、キマダラの雄にのみ、二次性 徴と 見られる 特徴を報 告してお り、2種間で は性的二 型および 雄の繁殖 戦略が異 な ると予想される。
本 研 究 で は 、 北 海 道 函 館 市 臼 尻 町 周 辺 海 域 の ヤセ カ ジ カ属2種 に つい て 、 基礎 的知 見として まず、1) 生殖器官 系の構造と 発達様式 、生殖周 期、およ び成長過 程 に関 する調査 を行った 。次に、2)野外での 繁殖環境 および産 卵頻度な どの産卵 生 態、および3)雌による卵保護行動の機能を明らかにした。さらに、4)交尾をめく゛る 雄間競争 および社 会構造の 種問比較 をした。こ れらの結果をもとに、カジカ類にお け る 雌 卵 保 護 様 式 の 進 化 的 成 立 過 程 、 お よ び2種 問の 雄 の 繁殖 生 態の 相 違 につ いて考察した。
1) 生 殖 腺 の 発 達 様 式 、 生 殖 周 期 お よ ぴ 成長 過 程 ―72ー
組 織 学 的 観 察 か ら 、 キマ ダラ および ヤセ カジ カの 産卵 期は 、そ れぞ れ5‑7月お よ び5‑6月であること、また両種ともに多回産卵型の卵巣発達様式であることが示され た。雌の初回産卵時のGSI値は非常に高く、.キマダラおよびヤセカジカで、・それぞ れ41% お よ び38%に 達 し 、 成 熟 卵 を 一 度 に 全 て 産 出 す る こ と が 判 っ た 。 一 方 、 精 巣 の 発 達 様 式 は 、 両 種 と も 精 子形 成 が 精 巣 後端 部より 前方 に向 かっ て 順 次 進 行 し 、 精 巣 の 成 熟 に 部 位 に よ る 顕著 な 勾 配 を 伴っ て非同 期的 に進 行す る 特 徴が 観察 され た。 この構 造は 、交 尾期 が、キマダラで約6か月、ヤセカジカで10 か月と長期化していることに適応したものと考察された。また、ヤセカジカの生殖器 官 系で は、 生殖 突起 先端部 にフ ック 状の 構造 およ び小 室構 造が 見ら れ、精子密度 の高い精液を生産するとともに精子集塊(精子束)を形成するなど、いくっかの特殊 な 構造 が観 察さ れた 。ヤセ カジ カの 精子 束は 、卵 巣腔 液中 で解 放さ れて精子の運 動 が開 始し たことから、交尾による精子輸送が完了するまでその形態が保たれると 判 断さ れた 。これら、ヤセカジカに特異的に見られた構造は、精子の効率的輸送の ための特化であると推察された。
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体 成長 過程 を調 べた 結果、 キマ ダラ では 、雄 は周 年に 渡っ て雌 より も大型となる 傾向を示した。一方、ヤセカジカでは、稚魚として着底後9月までは雌よりも雄の体 サイズの方が大型となる傾向を示した。しかし、10月には差が見られなくなり、11月 以降では雌が雄より大型となった。ヤセカジカの雄は、ふ化後2‑3か月と見られる体 長20 mmあま りで 既に 性成 熟し て交 尾を 開始していることから、成長の遅滞は、性 成熟を優先して投資するためであることが明らかになった。
2)ヤセカジカ属の産卵生態
野 外観 察か ら、 両種 とも 基質 産卵 型( 卵径 :1mm,卵 数:1000‑2000粒)であるこ と、また卵塊を砂で埋め隠ぺいする特殊な産卵様式であることが判った。しかし、繁 殖 場所 は、キマダラが平坦な開けた砂底環境であるのに対し、ヤセカジカでは、周 囲 に石 が隣 接し 隠れ 場所 が多 い複 雑な 海底 地形 で、 種問で 環境 が異なっていた。
保護 形態 は見 張り 型保 護で 、野 外で はヒ トデ など の卵捕 食者 からの防衛行動が 観察された。また、砂中の卵塊に直接口をあてがぃ吸う行動(サッキング)を頻繁に 行 な い 、 そ の 際 産 卵 に 伴 っ て 雌 の 口 唇 部 が吸 盤状 に伸 長す る特 異な 形態 変化 が 確認された。
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飼 育 下 お よ び 野 外 ケ ー ジ で 産 卵 頻度 を 観 察 し た 結 果 、 多 く の 個 体 が1回 の 産卵 で 繁殖 期を終 える こと が判 った 。1回目の 卵保 護終 了後2回 目の 産卵・卵保護を行 っ た個 体では 、体 長の 減少 が著 しく 、栄養状態の指標となるHSI値も、低い値を示 した。このことから、雌の保護行動に伴うエネルギー消費は非常に大きいことが推察 で きた 。組織観察からは、本属が多回産卵魚であることが示唆されたが、実際には 必ずしも複数回産卵しないことが明らかになった。
3)ヤセカジカ属の卵保護行動
キ マ ダラ 雌 の サ ッ キ ン グ の 頻 度 と 、 そ の 累 積 時 間と卵 塊の 酸素 消費 量の 経日 変 化を 計測 した。その結果、産卵日からふ化終了日まで(8℃、約4週間)の経目的な 頻度 増加 が認め られ 、卵 塊の 酸素 消費 量も 同様 に増 加す るこ とが わかった。きら に、 口唇 部の機 能を 検証 する ため 、口 唇部 を切 除し て保 護さ せた 場合の卵ふ化率 を調 べた 。その結果、口唇部を切除して卵保護させた場合には、切除しなかった場 合と 同様 の頻度 でサ ッキ ング を行 った が、口唇部切除群(n=8)ではわずかな卵が 正常にふ化したのみで(2%)殆どがふ化に至らなかった。これらの結果から、本属の 卵保 護行 動が、 胚発 生に 伴う 酸素 要求 量の 増加 に対 応し て変 化す ること、およぴ 卵 塊 への 送 流 行 動 お よ び 口 唇 部 の 形 態 変 化 は 、 胚への 酸素 供給 を促 進す る機 能 を有し、正常な胚発生に不可欠であることが示唆された。
4)雄の繁殖戦略およぴ社会構造
飼 育下 での 雄間闘 争の 観察 から 、キ マダ ラで は、 雄間 の激 しい 闘争により大型 の雄 が雌 との配偶を独占する傾向が認められたのに対し、ヤセカジカでは、雄同士 の 闘 争 が激 化 せ ず 、1個 体の 雌に 対し て複 数雄 が同 時に 参加す る交 尾も 観察 され た 。 ま た、 雌 雄1個 体 ず つ で の 交 尾 行動 を 観 察 し た 結 果 、 キ マ ダ ラ で は 長 時間
(10.5土5.4分、n=24)の交尾が行われるのに対し、ヤセカジカでは雌を追尾しなが らの瞬間的(数秒程度)な交尾が連続して観察された。これらの結果から、キマダラ では 、体 サイズと繁殖成功に正の相関が認められるのに対し、ヤセカジカでは、雄 の繁殖成功は体サイズに依存しないと推察された。
5) 総 合 考 察
ヤセカジカ属の雌は、複数回産卵できるにもかかわらず、実際には多くの個体 は、1回の産卵で繁殖を終了した。この理由は、雌親による卵保護が長期に及び、
その間卵塊への酸素供給行動と卵捕食者への攻撃行動を継続し、高いコストを伴 うためと考えられた。一般に、雌の繁殖成功度は自らが生産する卵数であるが、雌 が卵保護する場合、自身がふ化させる卵数である。産卵直前のGSI値が極めて高 いことなど、本属の雌は、少数の卵を複数回産卵し保護するのではなく、1回の繁 殖に多く投資することで、生涯のふ化卵数を最大化する戦略を選択していると推測 された。これまで報告があった雌親による見張り型保護は、モンガラカワハギやベニ サケなど、保護期間が短いことやまもなく死亡することで、卵保護のコストが雌の将 来の繁殖成功度に負の影響を及ぼさない種で知られていた。ヤセカジカ属にみら れた高い保護コストを伴う雌の見張り型保護は、魚類の中でも極めて特異な生態で ある。
本研究で明らかにしたキマダラとヤセカジカの繁殖生態は、多くの点で相違し、
特に成長と繁殖への投資様式が対照的であった。この相違は、2種の交尾成功へ ー
の体サイズの依存度の違いおよび繁殖場の環境と社会構造の違いで説明された。
さらに、ヤセカジカでのみ見られた精子束は、精子の効率的な輸送と関係している ことが明らかになり、本種の交尾が短時間でなされるための機能形態的な適応と考 えられた。
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学位 論文審査の要旨 主査
副査 副査 副査 副査
助教授 教授 教授 助教授 助教授
宗原 桜井 高橋 綿貫 古屋
学 位 論 文 題 名
弘 幸 泰 憲 豊 美 豊
康 則(岐阜 大学)
交 尾― 雌卵 保護 型カ ジカ 、ヤ セカ ジ カ属 2 種 の繁 殖生態
【目的 】
本論文 は,2001年 に新種記 載され たぱかり のヤセ カジカ属 キマダ ラヤセカ ジカとヤセカジカ の 繁 殖 生態 を 解 明し , 硬 骨魚 類 で は特 異 な 雌 卵保 護 行 動お よ び 成長 と 成 熟へ の 投 資パ タ ー ンの種 間相違 について 行動生態 学的に 説明する ことを 目的とし た。
【材料 と方法 】 .
研 究 材 料は , 北 海道 函 館 市臼 尻 町 に ある北海 道大学北 方生物 圏フィー ルド科 学センタ ー臼 尻水産 実験所 前浜の水 深25メートル以浅の海底から,ソリネットとスクーバ潜水によるタモ網で 採集さ れた。
【結果 および 考察】
1. 生殖腺の 発達様 式,生殖 周期お よぴ成長 過程の 種間比較
両種と も1年 以内で 成熟し, ほとん どの個体 が繁殖 後死亡することがわかった。また,キマダラ ヤセカ ジカで は雄が雌 より成長が良いのに対して,ヤセカジカは雌の方が大きくなるという違い が あっ た 。 この 違 い はヤ セ カ ジカ の 雄 がふ化 後2ー3か月 で性成 熟し,そ の後10か 月間の長 い 交 尾期 を 有 すこと と,キ マダラヤ セカジ カの交尾 期はそれ より短 い6か 月で雄 の成長期 が長い ためで あるこ とがわか った。卵 巣卵は 両種とも2つ の卵群が認められた。精巣は両種とも精巣後 端 部よ り 前 方に 向 か って 精 子 形成 が 進 行する 顕著な勾 配が認 められ, 長期に わたる交 尾に対 応した 構造と 考察され た。しか し,ヤ セカジカ の貯精 嚢では精 子が束 状になり 高密度で貯留さ れてい るほか ,生殖突 起の先端 部がフ ック状に なり内 部が小室 構造を なすなど ,種間の相違が 認めら れた。
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2.産卵生態
両種とも雌が卵保護することがわかった。交尾種の雌による見張り型卵保護は,カジカ類で はこれまで知られていなかった繁殖様式であり,魚類全体でも極めて希有である。自然産卵場 での継続観察から,ふ化成功した雌は1回しか産卵しないことが多く,卵巣卵の発達様式から 予測した産卵生態と異なっていた。卵保護中の雌はふ化までの約1か月間,自身の数十倍もあ るヒトデなど卵捕食者への攻撃や砂中に埋めた卵塊に口をあて吸水する世話行動を頻繁に行 った。まれに2回産卵した雌と1回産卵した雌の保護終了後の肝臓重量指数の比較から,保護 コストが相当大きいことがわかり,このため2つ日の卵群を産卵できない雌が多いと考えられた。
産卵場所の環境は,キマダラヤセカジカが平坦な開けた砂底域であるのに対して,ヤセカジ カ で は 周 囲 に石 が 隣 接し 隠 れ 場所 が 多い 複 雑 な海 底 地形 で , 種間 で 異な っ て いた 。 3.卵保護行動と口唇部の形態変化
両種とも卵保護期中の雌の口唇部は皮膚が伸長し吸盤状を呈する。そこで,キマダラヤセカ ジカを研究材料に,伸長部をメスで切り取った個体と操作しなかった個体の吸い出し行動の頻 度と卵塊の酸素消費量の経日変化を調べた。その結果,酸素消費量は発生に伴いほば直線 的に増加するが,心臓の鼓動開始とふ化直前に変曲点が認められた。供給行動の頻度変化 は,それら2つの変曲点をふくめ,酸素消費量の増加に同調していた。操作群の供給行動の頻 度変化は対照群と同様であった。しかし,正常ふ化仔魚率は著しく低かった。以上の実験結果 から,口唇部の伸長は胚発生に必要十分な酸素供給が可能になるように形態変化したもので あることが示された。
4.雄の繁殖戦略韜よび社会構造
水槽内(1800X900X600 mm深)で雌雄複数個体の行動を観察した。キマダラヤセカジカの 雄は,雄同士激しく闘争し,体の大きな優位の雄のみが交尾をした。1回の交尾行動は約10分 続き,その間左右乗り換えながらマウント姿勢を続けた。一方,ヤセカジカは雄同士の闘争はな く,雌を追尾しながら瞬間的な短時間の交尾が繰り返された。また,複数の雄が交尾に参加す ることもあり,雄の体サイズは交尾成功に相関しない点もキマダラヤセカジカと相違していた。
5.総合考察
ヤセカジカ属の雌は、複数回産卵できるにもかかわらず、実際には多くの個体が1回産卵で 繁殖を終了した。これは、雌親による卵保護が長期に及び、その間卵塊への世話行動と卵捕 食者への攻撃行動が高コストのためと考えられた。一般に、雌の繁殖成功度は自らカミ生産する 卵数であるが、雌が卵保護する場合、自身がふ化させる卵数である。本属の雌は、少数の卵を 複数回産卵し保護するのではなく、1回の繁殖に多く投資することで、生涯のふ化卵数を最大
化する戦略を選択していると推測された。これまで報告 があった雌親による見張り型保護は、モ ンガラカワハギやベニサケなど、保護期間が短いことやまもなく死亡することで、卵保護のコスト が雌 の将 来の 繁殖 成功 度に 負の 影響 を及 ぱさ ない 種で 知 られ てい た。 ヤセ カジ カ属 にみられ た 高 い 保 護 コ ス ト を 伴 う 雌 の 見 張 り 型 保 護 は 、 魚 類 の 中 で も 極 め て 特 異 な 生 態 で あ る 。 雌 雄 の 成 長 と 繁 殖 への 投資 様式 や雄 の生 殖器 官 の構 造は ,2種問 で異 なっ て いた 。こ の相 違 は , 交 尾 成 功 と 体 サ イ ズ の 依 存 度 お よ ぴ 交 尾 期の 社会 構造 や野 外に おけ る 繁殖 場の 環境 の種 問の 違い 、ま た精 子の 効率 的な 輸送 と関 係す るヤ セ カジ カの 精子 束と 生殖 突起 先端のフ ック が短 時間 の連 続的 な交 尾に 適応 して いる こと など , 行動 生態 学的 な視 点で 大部 分が体系 的に説明された。