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こぺる No.142(2005)

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(1)

(毎月1回25日発行) ISSN凹19-4843 ﹁

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ベる刊行会

NO. 142

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一一「在日」のかさぶた

夫 徳 柱

ある光景⑦

「老人と障

者はちがう

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高田嘉敬 四日市から⑤

本のある風景

(2)
(3)

ひ ろ ば ⑮ 夫 徳 柱 ︵ 慶 感 大 学 大 学 院 政 策 ・ メ デ ィ ア 研 究 科 ︶

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ムのはざまで

||﹁在日﹂のかさぶた

ア ダ ル ト ビ デ オ 突然のことで迷惑かも知れないが、僕は今回、 トビデオについて触れることから話を始めたい。僕はこ ア ダ ル の原稿で自身にまとわりつく民族問題、いわゆる﹁在日 コリアン﹂の問題について、自分が感じたことや考えた ことを語り、できればそれが何か人聞の普遍的な事柄に 少しでも手の届くものにしようと考えていたのだが、ど うしてもアダルトビデオの話から始めたくなってしまっ た。何故なら人間の﹁生きる﹂ということについて考え る時、その地面は生と死であるにも拘わらず、現代では 出産や死体といった、原則的な出来事があまりにも病院 などの管理の下に隠され過ぎて、直接触れ、考えること が許されない状況下にあるからだ。生や死について考え るリアルな素材や体験の契機が奪われて、もしも﹁生き ること﹂や﹁死ぬこと﹂について、生き物としての次元 からそれを捉え返す時、僕は自分が直接的に体験できる ものとしてはもはや、男女聞における営み、つまりは生 殖行為について考えてみることにしか、それを確かめる 材料が得られなくなってしまったように感じてならない。 またそんな自分とその他大勢との最大公約数を探してみ ると、やはりこれしか残らないようにも思う。そうでな ければ、今の都市社会の生活では、もはや人を直にあや めてみるしか、他に手はないに違いない。 そういうわけで今回、人間の生殖について語ることか ら始めようと考えた。そしてここでアダルトビデオを取

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り上げたのは、少なくとも男子にとっては、学校では教 われないことを隠れて学習するための共通の教科室目だつ ただろうし、この種の情報メディアは、お互いに見せ合 うことのない生殖行為について、そのイメージを最大限 に共有させてくれるからだ。そして何より、僕はアダル トビデオの中のからくりに、﹁在日﹂の中での経験を、 重ねないではいられない。 ア ダ ル ト ビ デ オ の か ら く り 一 顔 が な い A V 男 優 多 く の 場 合 、 スタンダードなアダルトビデオに出てく る男優︵いわゆる

A

V

男優︶には顔がない。正確に言え ば、ちょうど首から上、頭の部分が大体いつも画面の枠 からはみ出して、映っていない。思い当たらなければ、 試しに見れば誰でもわかる。画面の中で、女優︵これも い わ ゆ る

A

V

女優︶の相手をする男優は、いつも決まっ て首から下の身体ばかりが映っている。女優は顔が迫力 のアップになるのが当たり前でも、男優へのそれは極め て乏しい。このしくみにふと気がついたのは、高校時代 のある日の夕方だった。なぜ顔や頭部が省かれるのか。 そこにどんな意味や効果があるのか。青春時代の間抜け な発見は、それからしばらくの問、僕の頭を離れなかっ

f

こ アダルトビデオはただ単に鑑賞され るものではなく、男性の生理的な自慰のための﹁道.具﹂ わ か っ た こ と は 、 だったということだった。画面の中では、例え一一人の男 女が登場しても、一一人称が正確には成立していないこと に気付いた時、女優にとびっきりのアップが与えられで も、一方のそれが著しく欠けているのは、この種のビデ オが観るためではなく、使われるための道具だったから だと理解が及んだ。道具は、使う人がいて初めて道具と して完成する。だからどんなものでも、使われるだけの 余白を道具は必ず持っている。アダルトビデオの中では、 男優の顔が映されないでいることが、この余白として機 能している。なぜなら顔は、人のアイデンティティの最 も象徴的なものだからだ。 多くの男性視聴者は、ビデオを通じて、画面の中の女 優と自分が結ぼれることを望んでいる。男優は、画面の あっち側とこっち側の接続装置として、行為の代理人を 務める役に過ぎない。顔を映されないことで人格が覆わ れ、俳優として登場しながら、﹁男優

A

﹂としてのアイ

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デンティテイが消去される。そして画面の中には﹁女優

A

﹂と、空っぽの﹁男性の体﹂が用意され、視聴者はこ の空っぽの男性の体の人格となって画面の中のぬいぐる みに入り込み、まるで自分が当事者であるかのような錯 覚 を 手 に 入 れ る 。 このことがさらに顕著に表れるのは、男優自身がハン ディカメラで撮影している作品だ。そこでは映される映 像がもはや男優の目から見える視界そのままとなってい る。ここには、視聴者に女優との心理的な距離を接近さ せ、より強い当事者感覚を与えるように仕上げる工夫が 見て取れる。女優との擬似的な結合を実現させる裏には、 こうした仕掛けの働きがあった。しかしこんなビデオの 世界によく似たことが、僕自身に起きていた。振り返れ ばまるで男優さながら、僕には顔のなかった時聞がある。

2

アイデンティティ 豆由一僕 一九七八年、僕は東京で生を受けた。そこに待ってい たのは、在日韓国・朝鮮人の三世という因縁だった。こ の因縁がどのように継承されるかは様々だが、僕はその 代表格の一つである、だろう反日感情を受け継ぐケ

l

ス に 当てはまった。隣町の民族学校に通っていた頃、僕には 地元の公立小学校の子供達はなんとも不可解な存在で、 彼らが放課後、自分達の通う学校の校庭で遊ぶ姿を目に したり、近所の公園や駄菓子屋で近くになると、いつも いい知れぬ違和感を抱いてばかりだった。何かがあった わけではない。ただ相手に﹁日本人﹂というまなざしを 向け、拒否する生理がそこにはあった。常習的に自覚し ていたわけではなかったが、中学・高校時代と、民族学 校を離れてもそれはくすぶり続けて消えることはなかっ た。日本は本来、自分がいるはずのない虚の地で、韓国 を﹁母国﹂と慕情を抱き、﹁ル

l

ツ﹂はそこにあると信 じきっていた。間違いなんであり得ないことだった。僕 は今でも﹁民族﹂という単語が説明できないままでいる が、しかしこの一言に、プライドが結集していたことを よ く 覚 え て い る 。 一九九三年の十月二十八日。日本サッカー史に残る ﹁ ド

l

ハの悲劇﹂と呼ばれた日は、そのことをよく思い 出させる。ワールドカップのアジア地区最終予選で、 ロ

(6)

スタイムの日本の不幸を目にした瞬間、感情が一気に発 火し、爆発の火種となって、僕はテレビの前で雄叫びを 挙 げ て 歓 喜 し た 。 しかしそんな僕のアイデンティティはその後、初めて 韓 国 を 訪 れ た 日 に 、 一度に崩れて壊れてしまった。信じ られないことに、﹁母国﹂は懐かしさよりも刺激に満ち ていた。市場を歩けば日本語で呼びかけられる。 ルで返せばよく学習した日本人だと誉められる。僕はま ぎれもなくよそ者の﹁外国人﹂だった。悔しかったが、 それを避けることはプライドが許さなかった。何かが僕 ハ ン グ の中からフェードアウトを始めていた。﹁ル

l

ツ ﹂ ﹁ 三 世 ﹂ と い う 一 言 葉 は 色 彩 を 失 い 、 同 じ 意 識 は ﹁ 在 日 ﹂ にも﹁民族﹂にも向いた。そうして、僕に残ったのは、 韓国・朝鮮で生まれ育った﹁韓国人﹂でも﹁朝鮮人﹂で もなく、﹁在日﹂と言える程の﹁在日﹂でもない、そん な 漠 然 と し た 自 覚 、 だ っ た 。 三 回 ヨ 由 一 ミ l ム 人聞は、自分の存在した証が後世に残って欲しいと願 っていても、生物進化の流れのままに、ただ自分の遺伝 子を残すだけでは満足しない。子供を産み、

DNA

が 残 ることが保証されても落ち着かない。自分の知識や思想、 価値観や文化、作品や仕事に、地位や名声や権力が受け 継がれることを求めている。皆どこかで自分の複製︵コ

l

︶が残ることを願っている。イギリスの生物学者で あるリチャ

l

ド ・ ド

l

キ ン ス は 、 こ れ を ﹁ ミ

l

ム ︵

B

巾 百 四 一 模 倣 子 ︶ ﹂ と 呼 ん だ 。 この言葉に出会った瞬間、記憶の中から、青春時代に アダルトビデオで覚えた疑問が引きずり出された。かつ や ての僕はまるで、顔がなく、頭が外れ、空っぽのぬいぐ るみとなったアダルトビデオの男優と変わらなかった。 僕の身体に乗り移っていたのは、過去の歴史の記憶と感 情だった。反日感情や民族への帰属意識、母国への慕情 にいつか支配を受けたのは、僕という人聞が複製だった からに違いない。僕は過ぎた時代のミ

l

ム に 違 い な か っ た 。 トイレと学校 いつ、どこで、自分がそうしたミ

l

ムとして仕上がっ たのかと思い返すと、学校がそのベ

l

スになっていたと

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思う︵こういう話は育ててくれた恩師への反抗的な態度 として受け取られるかも知れないが、そうではない︶ 0 どうして学校は、﹁民族﹂や﹁宗教﹂を理由に分けら れるのか。例えば、男子や女子の区別に加え、日本人と 朝鮮人、ドイツ人にフランス人など、もしも仮にまちの 中のトイレがそれぞれ﹁国籍﹂や﹁民族﹂別に分かれて いたらどうだろう。﹁性別﹂と﹁民族﹂、あるいは﹁排 世﹂と﹁教育﹂は違う次元だなんて言われそうだが︵実 際言われたことがある︶、僕は高校時代、男女別学の私 立校に通っていた。校舎内は男子だらけだった。今でも 男子校や女子校などは変わらずある。学校は当たり前の ように﹁性別﹂で分けられている。ならばトイレが﹁民 族﹂別に分けられでも不思議なことではないはずだろう。 ﹂の話に理屈で納得できても、気持ちが賛同する人はき っと少ないに違いないが、しかしトイレを﹁民族﹂別に 分けることに抵抗を覚えるならば、私達は学校を﹁民 族﹂別で分けることにも疑問を抱くべきではないだろう か。分けてはならないわけではない。ただ、そもそも受 け身でカラッポな子供にとって、絶対的な存在に近い大 人から施される﹁教育﹂が﹁洗脳﹂と置き換えられる程 に近いとするならば、分けることで得られる独立の正当 性や必要性は、よく考え直すことが求められるようにな る は ず だ ろ う 。 例えばこんな事実がある。社会の少子・高齢化への加 速する動きと民族教育離れの中で、一般の学校も民族学 校も、空き教室の増加や統廃合で苦境の中に立たされる ケ

l

スが少なくない︵僕が通った学校は、小・中ともに 都心部に校舎を構えながら、まるで過疎に直面している 農村の学校みたいな状況を迎えている︶。ある地域には 同じような苦境を抱えながら、まるで国境線のようにた った四メートルの道路を挟んで、民族学校と公立校が並 んで建っている。グロ

l

パ リ ズ ム と 環 境 保 護 を 背 景 に 、 ﹁多文化共生﹂というキャッチフレーズが飛び交い、﹁違 いと違いを認め合う﹂とスローガンが掲げられる今日だ が、もしもこれが﹁違うもの﹂と﹁違うもの﹂が互いに 違うままでいるのではなく、違う者同士が共存のために 合流し、混ざる道を敷ぐための言葉なら、異質な民族同 土の学校が、一つになる道が模索されてもいいはずだろ う。﹁教育﹂が﹁洗脳﹂ではなく、子供がミ

l

ムを欲し がる大人の自慰のための道具でないなら、このことは考

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えられて当然ではないか。もしも子供がお金に代わる体 制維持の通貨ならば、学校はもはや企業と変わらない。 子供は白紙と変わらず、データをコピーするには格好 の媒体だ。社会がミ

l

ムを欲しがっているとするならば、 学校が﹁民族﹂別に区切られ、別々の校舎、別々の部屋 に分けられるのは、そんなミ

l

ムの仕上がりの純度を保 つためなのかも知れない。学校では外から身体の内側へ、 トイレでは身体の内から外側へ、﹁教育﹂と﹁排准﹂の 出入力の向きがちょうど逆なのは、僕にはまるで、その 原因について証言するかのように感じられる。

3

病 現代の医療科学では、遺伝子技術の研究から、病の病 原 を

DNA

に 突 き 止 め 、 コントロールしようと盛んであ る。それでは教育の過程で僕の脳と身体に刻み込まれた 過去の歴史の

DNA

とは何だったのか。考えてみればこ れは、暴変する時代が生んだ病だったのかも知れない。 こころとからだを安易に間てることは許されないが、 原爆投下が起こした被爆が主に身体を基準に指すものな らば、﹁在日﹂は時代に被爆したこころを指すものとし て、世に姿を呈した病のようである。﹁被爆者﹂も﹁在 日﹂も、どちらも歴史の暴威を浴びたために生まれたこ と に 変 わ り は な い 。 ﹁在日﹂であること|。この頻繁に人を苦しめる日常 的な訴えは、病の体験として立証するには十分だった。 これはストレスと同種である。何故なら﹁在日﹂もまた 物質的実体を持たない﹁社会﹂から感覚され、身体上に ある種の精神的・物質的作用を与えられるものだからだ。 医学の西洋化は、近代化の中で、患者が感じる﹁苦し み﹂と、医者が診断する﹁病気﹂との聞に、著しい分裂 を引き起こしてしまったと言われている。科学は観察さ れ、測定し得るもの以外を好まない。人はいつしか数値 に代表される科学のデ

1

タというものを、何かそれ自体 が確かな何ごとかを表現するものであるかのように信じ てしまって、ものごとの本質的な性質を表す確固たる真 実だと考えている。だから現代医学では、科学的な診断 に基づく医師の客観的な判断に比べて、患者の主観的な 訴えは価値が低い。﹁在日﹂が病として認知されないの

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は、その痛みが数値化に困難で、主観で訴える他に術を 持 た な い 病 だ か ら だ ろ う 。 あるいはしかし、客観的に示すことができたのだろう か。本来社会科学や心理科学のような研究が、それこそ 科学の力によって、﹁在日﹂を病と診断させる役目を担 っていたかも知れなかった。とりわけ社会科学では、 ﹁在日﹂に関する研究実績の積み重ねがあり、そこでは 当事者の様々な訴えと数多くの証言が収録されている。 しかし科学の目的が出来事について記述し、予測を導き、 統制するものとの一般的な定義に従うならば、﹁在日﹂ に ま つ わ る ﹁ 事 例 ﹂ が ﹁ 症 例 ﹂ と し て 認 め ら れ ず 、 ﹁ 病 ﹂ としての治療が施されないままならば、研究本来の目的 は 、 多 大 な 尽 力 に も 拘 わ ら ず 、 成 就 し て い な い こ と を 一 不 し て い る と も 考 え 取 れ る 。 ﹁カネミ油症﹂は日本で起きたダイオキシン汚染によ る公害病の一つだが、この発見は医学の研究者らの手に より、世界に向けて報告され、その被害は﹁ペロ

ω

国 ︵ ︺ ﹂ の名とともに警鐘を鳴らすものとなった。しかし一方で ﹁ 在 日 ﹂ は 、 ど の よ う に し て 克 服 さ れ る べ き も の な の か 、 い ま だ に は っ き り し て い な い 。 状 態 ﹁在日﹂というラベルは、どんな性質のものなのか。 たとえば空について考える。空には刻一刻と移り変わる 姿に、雲一つを引き合いに出しても、それぞれの様を表 す 名 は 実 に 多 く 見 て と れ る 。 ﹁ は ぐ れ 雲 ﹂ 、 ﹁ ち ぎ れ 雲 ﹂ 、 ﹁ こ ご り 雲 ﹂ : ・ 。 私 達 の 目 に 映 る 空 模 様 は 、 そ う し た 雲 と光と色、気温や湿度や風など、様々な状況が複雑に重 な り 合 っ た 状 態 だ っ た 。 ﹁在日﹂も、空と変わらない。これは状態を表すはず の 一 言 葉 だ っ た 。 戦 争 、 移 住 、 差 別 や 貧 困 、 制 度 と 闘 争 。 時代ごとの一つ一つの状況が重なり合い、人を歪ませる 状 態 を 指 し た 言 葉 だ っ た 。 ﹁ 在 日 ﹂ と 呼 ば れ た の は 、 ﹁ 在 日 ﹂ と 言 い 表 わ さ れ る 状 況 下 の 人 々 だ っ た 。 そう考えると、身体の変化を測る物差しに、﹁健康状 態﹂や﹁病状﹂という語を用いるのも偶然ではないよう に思えてくる。﹁健康﹂も﹁病﹂も﹁在日﹂も、どれも 状 態 を 表 す 言 葉 だ っ た 。 し か し ﹁ 四 世 ﹂ 、 ﹁ 五 世 ﹂ と 世 代 が 移 り 変 わ り つ つ あ っ て も 、 ﹁ 在 日 ﹂ は 、 ﹁ 在 日 ﹂ と い う ゴ 一 口 企 業 を 背 負 っ た ま ま で い る 。

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ザイニチ もしも﹁在日﹂が病と診断されるならば、人々は﹁在 日﹂をどう生きるかということよりも、まずは如何に ﹁在日﹂を治し、終わらせるのかを問わないだろうか。 ﹁人を治療する﹂という言葉の意味が一つではないにし ても、私達は普段、痛みや苦痛に対して、取り除かれる ﹂とを願うだろうし、そうなるために施される行為を、 い つ も 治 療 と 呼 ん で い る 。 治療は病の終わりを見据えることから始まる。僕は ﹁ 在 日 三 世 ﹂ だ が 、 ﹁ 在 日 九 十 五 世 ﹂ は あ り 得 る だ ろ う か 。 歴史のダイナミズムを考えれば、これは、何かを根拠に 信じるにはあまりにも無理があり過ぎる。南北の統一や 国交の正常化を願う人々は少なくないが、南北が統一し、 日本や韓国、朝鮮問での関係が正常化へと向かうことは、 歴史の傷口がいずれ閉じて治癒へ向かうことであり、そ れは同時に、﹁在日﹂という時代の生んだ病が、終息へ 向かうことを示している。 民族名か通名かの問題を挙げるなら、病名告知が本人 のためになるのかどうかと同じように、﹁在日﹂である ことを告げ、民族名を名乗らせることが必ずしも当人に とっていいかどうかはわからない。創氏改名などの過去 の歴史が原因だったとしてみても、付き添った育ての名 前と別れさせる正義を、一体誰が持つのだろう。僕の友 人 の

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君は、大学入学を期に﹁在日﹂であることを告げ られ、その後一年間、︵彼の言い分では︶周囲からの強 迫的なム

l

ドを感じて民族名に変えてみたが馴染めず、 今はもとの日本名に戻し生活している。彼にはそれがと もに暮らしてきた自分の家族だったし、民族の引っ張り 合いにそれを引き離されるのはご免だと言っている かしながらこういう声は、﹁ありのままを認め合おう﹂ とするはずの教育現場の掛け声とは裏腹に、封殺されて い る の か 、 公 の 場 に は 届 か な い ︶ 0 大事なことは、やがて消滅することへの抗いではなく、 立場を超えて、この歴史を共有できる視点を確立するこ とにあるだろう。広島と長崎で起きた原爆の悲劇は、 し ﹁ ヒ ロ シ マ ・ 同 町 O 凹

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与にの よ う に カ タ カ ナ 表 記 や ロ ー マ 字 表 記 で 一 不 さ れ る 。 こ れ は 、 広島と長崎に起きた悲劇を、人類の負の遺産として共有 する姿勢が生んだまなざしだった。 僕はこれと同じ軌道を、﹁在日﹂が描けないかと考え

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ている。﹁在日﹂は﹁ザイニチ・ N 3 E o r ことなって、 人々の名称ではなく、人類の普遍的な﹁病﹂の名称とな −:;; れ , ~ 'ま こし、 にし; な 左 ヲ

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9 ニコ 鐘 イ だ ズ 。 や そ ガ し ン て に エ な イ り ズもガンも撲滅が願われるように、﹁在日﹂も、それを 願われるべきだと思う。ミ

l

ムはもう要らない。頭とこ ころの大掃除が必要かも知れないが、後世に教訓を残す ためには、増殖よりも、普遍化に向けた作業に力を注が なければならないはずだ。

4

無意味の意昧

レ イ プ 先日テレビのニュース番組で、レイプ事件に関するこ んな報告があった。それは被害者の事情聴取を担当する 女性調査官が、しばしば聴取で得た証言によってノイ ローゼに追い込まれ、日常生活に崩壊をきたし、仕事に 復帰できなくなるという内容のものだった。例えば白い ワゴン車で連れ去られたなどの証言で、当事者でもない 調査官が、同種の車を見るだけで激しい恐怖に襲われる ようになってしまうという具合である。このようなこと が近年、事件の生み出す間接二次被害として問題化して い る と の こ と だ っ た 。 ﹁在日﹂であることで自身に起きた記憶と向かい合う と、植民地支配や貧困と差別、ほとんど直接体験するこ とのなかったような人伝ての事実を背負い、僕が少なか らぬ反日感情を抱くようになってしまったのは、歴史の 下で、この種の二次被害に自分が遭っていたからなのか と考えさせられる。そういえばアダルトピデオでも、 ﹁レイプ﹂をコンセプトにした作品は数に限りがない。 あれは観ていてどこが楽しいのかわからないが、 しかし 生殖にまつわる事件には、事実このようなことが起きて いるのかと考えれば、また画面の中に、かつての自分の 姿を見ているような気分になる。 野 良 猫 一体﹁在日﹂社会はどこから生まれたどこの子なのか。 ﹁血統﹂を頼りに話をするのは、何かこれがものごとの 絶対的な根拠のようにされがちなので気を付けなければ ならないが、あえてそれを逆手にとって話してみたい。

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﹁在日﹂社会は、韓国・朝鮮社会と日本社会の聞に受 胎 し 、 日本社会に生まれ育った ︵ う る さ く 言 え ば ア メ リ カにソ連なども加わるかも知れない︶。それ故に﹁民族﹂ と﹁国家﹂を基準に名付けられた。父親がどちらで母親 がどちらか定かにするのはややこしいが、どちらにせよ、 日 本 社 会 の 血 が 流 れ て い る 。 そんな﹁在日﹂の人々の心理は、野良猫に近いものだ と僕は思ってきた。相手への警戒心や敵対心、懐疑心が、 ﹁日本人﹂に近寄らせないのだと思っていた。でもこの 頃、そうではなかったような気がしている。相手への警 戒心や疑いよりも、それをほどいた時、野良として築か れた自身のアイデンティティが崩壊することを本能的に 感じ取り、他者とこころの距離を置かせるところに、問 題の根の深さを見る思いがする。 それは﹁在日﹂社会の育ての親が、日本社会だという ことに関係する。生みの親より育ての親というように、 ﹁ 在 日 ﹂ の ル

l

ツは、韓国や朝鮮ではなく、むしろ、日 本にあったのではないか。この不遇な子のこころを育て たのは、原点の幼少期に、差別という虐待があったため だろう。﹁在日﹂するこころのバランスは、ちょうど虐 待児の抱えるそれと近いのかも知れない。親を拒否し、 人間不信に支えられて育った者には、誰かを信じて許す ことが自分自身を崩す力となって返ってくる。ハードル は、その本人のこころの内にセットされていた。それが この問題を最も困難にさせている要因だと僕は思う。 僕が韓国で経験したアイデンティティの崩壊は、本来 日本社会の子でありながら、自らをそう認められずに拒 否し続けてきたために起きたことだったに違いない。 ﹁日本人﹂を嫌悪しても、自分がその﹁日本人﹂のメン バーだった。だからいつか仕向けた力が、返ってきたの は 当 然 過 ぎ る 結 果 だ っ た 。 ル ー ツ 近年、﹁韓国系日本人﹂というラベルが登場した。し かし﹁在日﹂の歴史と社会そのものを一足飛びに飛び越 えて、﹁韓国﹂と﹁日本﹂をつなげることは、どうにも 実感が伴わず、何より祖父や祖母の寝顔の上をまたぐよ うで、僕には気持ちが合わない。また朝鮮国籍の友人ら とも、歩調がズレてしまうように感じている。だからも しも自分で自分に民族的なラベルを着させるならば、僕

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を ん る 込 め J あ \ る 一「し、 和 は 製 し コ リ ア ン ﹂ な の か も 知 れ な い 。 ラ ベ ル や 国 籍 、 名 前 、 結 婚 、 学 校 : ・ 。 泥 泊 の 離 婚 劇 に 挟まれた者である以上、所属を巡って繰り返される争奪 戦に巻き込まれるのは、仕方のないことだと受け止めて いる。人々の認識ばかりでなく、制度に触れる以上、議 論は避けては通れない。しかしストレートに言ってしま えば、﹁民族﹂が人に服従や信仰を突き付けず、政治と の結びつきを持たなければ、こんなこと、もうどうでも ︵ ﹁ 政 教 分 離 ﹂ が あ る な ら 、 いい話なのだ 分離﹂が用意されるのだろうか︶。世間には、親のいな い孤児もいる。幼い頃から固から国へと転校し、地理的 いずれ﹁政民 な﹁母国﹂や心の﹁民族﹂を持たずに育った﹁故郷喪失 者﹂からすれば、たとえ離婚は離婚でも、親について語 れることは羨ましい限りだろう。彼らにすれば、僕のよ うに﹁在日﹂についてでも主体的に語れることでさえ、 仲間外れの孤立感を与えさせているに違いない。 で は ど の よ う に 足 元 を 揃 え る の か 。 僕 は 、 ﹁ ル

l

ツ ﹂ の 言 葉 の 在 り 方 に つ い て 考 え る 。 ﹁ ル

l

ツ ﹂ は ﹁ 根 ︵

5

0

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と訳すのか、あるいは﹁道︵HSZ印︶﹂と訳すのか。考 えてみれば人は、﹁民族﹂に関心が向き過ぎるがばかり にこれを﹁根︵

5

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門︶﹂と判断しがちで、それに足を縛 られ、身動きがとれなくなっているのかも知れない。僕 は ﹁ ル

l

ツ ﹂ を 、 ﹁ 道 ︵ 円

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印 ︶ ﹂ と 訳 し て み た い 。 故 郷 がなかろうと車椅子であろうと、道のりは誰にでも与え られるからだ。そして時が経った時、人聞は人生の轍を ﹁ 根 ︵

5

0

︶ ﹂ に 据 え て 、 誇 れ ば い い 。 無意味の意味 生きた意味や証が欲しい。死ぬまでに何かを残したい。 自 分 の ミ

l

ムを残したい。その欲求がアダルトビデオを 生み、子供をつくり、教育を施そうとする人の衝動の本 音ではないのか。だから﹁在日﹂は、﹁在日三世﹂の僕 を残したのだろう。その﹁在日﹂は固と園、分断と対立 のあっちとこっちの間で、悩み、苦しんだ人々だと語ら れてきた。しかし拡大鏡で覗き込めば、人聞は誰も皆、 生と死の聞に挟まれ、悩み、苦しんで、移り変わる存在 である。歴史の途中で生まれて、途中で果てる生き物だ。 ﹁ 生 き る こ と に 必 然 的 な 意 味 は な い ﹂ と 言 っ て み る と 、

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﹁それは虚しい考えだ﹂と返ってくる。虚しいことは、 どうして否定的に扱われるのだろう。人類に限りない可 能性を与えるのは、虚しさが持つ無限の容量ではなかっ たか。人に何かをデザインさせる原動力は、この虚しさ でもある。デザインは、ファッションやイラストなどの 美術的要素ばかりが思い浮かばれそうだがそうではない。 人類はこれまで、意味や価値をさえ無限定にデザインし 続けてきた。もしも哲学がデザインだと呼ばれないなら、 それはデザインへの偏見である。人生の意味を歩くだけ 歩き探し、崖が前に迫って、絶望して飛び降り死に至る 人がいるならば、旅の出発と到着を抱き合わせて時間を 失わせてしまうようなことこそ、本当に虚しいことだと 僕は思う。無意味も意味の一つだ。意味がないことを意 味の仲間にしてあげられないなら、それは立派な差別に 違 い な い 。 僕の携帯電話にはテレビが付いている。携帯電話に メールや写真、ムービーなどの機能が付くのは当たり前 になった。今ではゲ

l

ムができて、音楽やラジオが聞け て、新聞や辞書、計算機に、カラオケを楽しむマイクか ら電子マネ

l

の財布にまでなっている。いずれは家の鍵 や家庭用ロボットのリモコン装置になるのも当たり前に な る 日 が 来 る 。 も し も 今 日 か ら 一 一 一 十 年 前 に タ イ ム ト ラ ベ ルして、その時代の人々にこれを何と呼ぶかと聞いて見 せたら、きっと、﹁携帯電話﹂だとは答えられないだろ う。私達がこれを﹁携帯電話﹂と呼ぶことができるのは、 その出発点が電話だった時の記憶を、まだっい数年前の 時代に遡り、かろうじてたぐり寄せることができるから だ。もはや﹁携帯電話﹂の呼び名に本質的な意味などな ぃ。僕にとっては同じように、﹁在日﹂と呼ばれること は、意味を失った。だからといって絶望するわけにはい かない。崖を背に歩き返せばコ

l

スはリバーシブルに用 意される。ひょっとすると追いかけていた意味は、とう に折り返して先へ行ってしまったのかも知れない。僕は 意味が無くなったことの意味を追ってみたい。それがま た新しい意味への道だと信じている。

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ある光景⑦

ちがう﹂か?

高田嘉敬︵福祉施設職員︶ 今、障害者︵支援費制度︶と高齢者︵介護保険︶の制 度が統合されようとしています。支援費の財源不足が発 端となって、より安定した財源の介護保険への合流をも くろんでいるわけです。﹁自己決定を尊重する﹃当事者 主体﹄の制度﹂という鳴り物入りで支援費は始まりまし たが、施行後二年目にして早くも、制度の存亡が焦点に なっています。︵私は、﹁当事者主体﹂というフレーズそ のものが、怪しいと考えています。﹁当事者とはだれの こ と か ﹂ 別 の 機 会 に 考 え て み た い 。 ︶ 賛否渦巻く中、社会保障審議会でも紛糾が続き容易に まとまりそうにない現状ですが、障害者︵個人と団体︶ の多くは、統合に反対です。まず、介護保険は、障害者 の制度で議論されてきたほどには、﹁自立﹂について配 慮されているとはいい難い。その上、支援量が減ったら どうなる?自己負担が増えたらどうなる?といった 現実的な不安もあります。支援費と介護保険の統合に不 安を感じる障害者が多いのも、理解できます。つい先日 も大阪の御堂筋で抗議デモがあって、障害者が約二千人 近く集まり抗議する姿は、圧巻でした。 しかし、統合に反対する根拠が、﹁お年寄りと僕らと は、ちがう。僕らは自立生活を目標にしている。だけど お年寄りは、自立生活なんか目指してへんと思う。健康 で長生きすることが一番大切なんやから。﹂だとすれば、 危うい、と思います。障害者︵身体に障害のある人の過 半数は高齢者なのに、この場合は青年期の人々が想定さ れている︶と高齢者とでは、人生の目的がちがう、とい う人間観は肯定されてよいでしょうか。 例えば、ガイドヘルプ︵移動介護︶という制度は、知 的障害者をはじめとする多くの在宅障害者にとって中核 的な事業メニューになっています。障害者の活動範囲を 劇的におしひろげ、社会参加を促す支援の仕組みとして、 これほど好意的に迎えられている制度は他にないでしょ う。いっぽう、高齢者にはこのような仕組みがありませ ん。でも、仕組みがないからといって、高齢者にガイド ヘルプは必要ないなどといえるでしょうか。社会参加す ることが、障害者には意味があって高齢者には無意味だ というわけはないはずですから、障害者にガイドヘルプ が必要ならば、当然、高齢者にだって必要なはずです。

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しかし、おそらくは予算の都合で、高齢者にガイドヘル プが導入される見込みはありません。 また、介護保険には、高齢者の職業リハビリテーショ ンという発想がありません。ですから、お年寄りは働き たい人もいるはずなのに、受け止める仕組みがありませ ん。人はだれだって、いくつになっても役に立ちたいと 願って生きているはずです。役に立っているという手応 えを感じることができる存在、就労支援の意味がここに あるとすれば、障害者のみならず高齢者にも授産施設は 必要です。今のところ就労支援の多くは、障害者に集中 していますが、シルバー人材センターなどに限定されな い高齢者の就労支援があっていい。デイセンターから高 齢者版作業所へ!です。 例えば、障害者とお年寄りが一緒に働く場所があった としたら、どうでしょう。高齢者デイケアのテ

l

マ に ﹁働くこと﹂があって、そこに障害者のサギヨウシヨが 参加できれば、なおすばらしい。このように地域の資源 は一つの例外もなく、もっとしなやかな流動性を持って ほしいもの。そして、﹁働くこと﹂に支援が必要な市民 ならだれでも参加できる地域の拠点︵これが私の求めて いるサギヨウシヨのカタチです︶を作ってみたい。 高齢者と障害者に対して全く同質同等の制度でよいと はもちろん考えませんが、逆に水と油のようにちがって いるべきだなどとはとても思えません。だいたい人聞が 生き抜くプロセスに、そんなちがいがあるでしょうか。 ﹁高齢者の自立と障害者の自立とでは、自立の質がちが う﹂などという議論には、率直にいって違和感がありま す 。 フクシの常識は時として、世間の常識を裏切ることが 多い。端から見ていると、自分の縄張りを守ることだけ に異常な情熱が注がれているようにみえます。﹁既得権﹂ を守ること自体は、もちろん非難されることではないで しょうが、﹁共生と連帯と自己実現﹂というキーワード を挺子にして、今日の障害者の諸権利が獲得されたのだ からこそ、それらの成果はただ単に守られる財産ではな くて、外に向かって聞かれた仕組みにならねばなりませ ん 。 少し乱暴な表現になりますが、それぞれの個性と事業 の根拠と独自性を主張するけれども連携を欠いた施設や 制度の群れを、色はちがうものの横につながるようには 聞かれていないという意味で﹁虹色の蛸査﹂と呼んでみ ます。このようなタコツボが増殖することにどのような 意味があるでしょうか。

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四日市から⑤

本のある風景

私は本と本のある風景が好き。 この原稿を書いている机の上にも、足元にも、背後に ある壁面いっぱいの本棚からも本があふれでいる。 子どもの頃から本屋さんへ行くのが日課だった。もっ とも、小学校時代は戦後のこと、通ったのは貸本屋さん。 何冊か借りて風呂敷に包む時の、ちょっと誇らしげな 満ち足りた心をなつかしく思う。 暗くなるまで外で目いっぱい友だちと遊んだ後は、仕 事を終えた父や母が家に帰ってくるまで、私はいつも一 人で本を読んでいた。 今思えば、子どもにとって一人でいる時間は貴重かも しれない。詩人の長田弘さんが︿そこに本があるという のは、そこに秘密があるということです﹀と書いている が、私が一人でいた時間や空間は、秘密の扉を聞けるに もってこいの場面だった。 幸せなことに私は﹁本を読みなさい﹂と親から言われ たことがない。娘がどんな本を読んでいるのか、どのよ うな読後の感想を抱いているのかなど、おかまいなしの 親 だ っ た 。 おかげで私が本の森で体験したことは、私だけの秘密 になって、心の中にずっと住み続けることが出来たと思う。 中学生になると、学校図書館の本を片っ端から読んで いった。五十年も前の学校図書館の蔵書は貧しいもので、 うす暗い部屋に置かれた木製の棚に、世界名作と伝記の 全集が、ひっそりと並んでいる程度だった。 しかし、この冴えない装丁の世界名作や伝記の本から、 少なからず影響を受けている自分に最近気づいている。 読んでいる問、私は本の主人公に、人一倍同化するの だから当然のことかもしれない。 あの頃読んだ﹃キュリー夫人﹄に書かれていた夫人の 創造的な科学者としての世界と、あたりまえの家庭生活 との両立に私は、あこがれていた。この一冊の本が私の 共働きを後押ししてくれたにちがいない。 また、繰り返し読んだ﹃小公女﹄の主人公セーラーが よく口にする﹁きっと明日はいいことあるわ﹂というセ リフは、いつの間にか私の楽天性になっていそうに思う の だ 。 子どもにとって読書は、ひたすら楽しみのためのもの だと考えているが、結果として読み手に、いろいろな心 の 部 屋 を 残 す も の だ 。 感情がふくらむ中学生時代に、どんな本と出会うかは、

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ひょっとじたら人生の鍵を握ることになるかもしれない。 中学生になった年、理由あって広島に住む母の弟一家 五人が、そんなに広くもないわが家へ居候することにな った。叔父は四日市で職を探すことになり、高校の教師 に 就 い た 。 二階に充てられた叔父たちの部屋には本が山積み。居 候の身など、なんのその。叔父は頻繁に本を買ってくる。 私は叔父の部屋に積まれた専門書の中から小説を見つ け出しては、こっそりと読んでいた。背伸びしながら、 モ l パツサンの﹃女の一生﹄や有島武郎の﹃或る女﹄な どをドキンドキンと胸を音たて読んだものだ。 ある日、叔父が私に﹁次郎物語﹂を買ってきてくれた。 ﹃女の一生﹄はまだ早いんじゃないかいと言われたようで、 ちょっぴり気恥ずかしい思いをしたことを憶えている。 その頃からだったろうか、本がほしいと言うと母はい つも何も言わずに、何も聞かずにお金をくれた。派手を 嫌 っ た 平 凡 な 暮 ら し の 中 で ・ : 。 記憶をたどれば、私の本代は就職して、はじめてのお 給料を受け取るまで、ずっと無制限に与えられていた。 その上、買ってきた本をチェックされたこともない。 娘の興味をキャッチしてくれたからだろうか。娘を信 じていたということなのか。それとも、単なる放任にす ぎ な か っ た の か 。 ともあれ、六十歳を過ぎた今、私にとって叔父一家を 七年間も受け入れた父母の人間としての容量や子育ての 意志が光ってみえる。 このような環境の下、私の本好きは私そのものになっ て い っ た 。 そう言えば、兄も本から離れられない人になっている よ う だ 。 今年七十歳になった、普段さして交流もない兄と本屋 でバッタリ顔を合わせる。 ﹁ お っ

H

﹂とだけの挨拶を交わすと、整然と並べられ た本の前で、ふっとあの雑然とし積まれた叔父の部屋の 本の風景を思い出す。 あ れ か ら 五 十 年 。 今、しみじみと、わが家の本棚をながめてみる。それ は結婚し、この家に住まうことになって以来四十年間の 私 の 読 書 の 記 録 。 本の背後に私の暮らしの喜怒哀楽が秘められている。 背表紙のあせた色だけではない社会の変化も感じられる。 本 は 歴 史 。 これからの私にどのような興味が広がり、新しい本が ここに加わるのだろうか。 そんな楽しみが老後のひとり暮らしを支えてくれはす ま い か 。

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鴨水記 マ以下に紹介するのは愛知県藤岡中学 校 3 年生が書いてくれた感想文。﹁藤田 先生がか国民の権利にあてはまるものに は手をあげてください d と言った場面で、 みんな手をあげているのに、私は手をあ げられませんでした。その質問は 5 番目 のか人間らしい暮らしをする μ というも のです。世間では、私たちのことを人間 と呼んでいますが、人間らしいのからし い H にどこかでひっかかっています。何 が人間らしいことなのか。グ自分らし い u なら、自分の好きなことなどをあげ ることができますが、か人間らしい u と いう一言葉はよく分かりません。何かしつ こい感じに聞こえてきますが、か人間ら し い μ とは何なのか知りたいです﹂ o わ たしの質問とは、いつぞやこの欄で紹介 したことのある NHK 放送文化研究所が 5 年ごとに行っている意識調査の項目 ﹁憲法によって、義務ではなく、国民の 権利ときめられているもの﹂の選択肢 ﹁人間らしい暮らしをする﹂を指します。 普通これは生存権の保障、たとえば生活 保護制度など意味して、もちろん権利で すが、この方はその﹁人間らしい﹂にひ っかかりを感じたというわけです。どう です、すごいと思いませんか。 マ ﹁ 私 は 人 権 と は 何 だ ろ う っ と 深 い 疑問を持ちました。そうなると疑問は次 から次へと出てきます。 H 人は何のため に生きているのワ d わずか 6 歳程度の子 どもが母に言った疑問。か自分の心を探 すためだよヘ怒る母親におだやかに返 したであろう、その笑みと言葉。その時、 お母さんはどんな風に思ったのでしょう。 私が母だったらきっとこう答えたでしょ う、グそれを見つけるために生まれるの よ d と。でも、今の日本にそれが見つけ られているでしょうかつ日本人の課題、 それは生きるために何をするか、または、 したいか、簡単に言えば、自分の意識を 持つことではないでしょうか?人と同 じにしていれば楽だ。それはそうかも知 れませんが、それは本当にあなたの意識 なのでしょうか?それは本当にあなた の望んでいることなのでしょうかつ﹂。 ﹁私は、今まで一度も人は何のために生 きているの?なんて考えたことがなか った。話を聞いて、この答えはすぐに出 てこないと気づいた。だから、これから 生きていく中で答えを見つけたい、誰の ために、何のために生きているかを﹂ o ﹁藤田さんが言っていたか子どもは肩書 きにこだわって偉そうなことを言う大人 を求めていない。同じ目線でみてくれる 大人を求めている μ というのを聞いて、 こんなに私たちのことを分かってくれる 大人がいたんだって、すごく嬉しくなり ました。今の私たちには受験という大事 なものがあるけれど、高校に入るための 勉強ではなく、これから生きていくため の勉強だと思ってがんばります﹂。わた しの話がどうのこうのではなく、中学 3 年生が人間について、生きることについ て一所懸命考えようとしていることが伝 わってきて、なんというか、胸が熱くな り ま す な あ 。 ︵ 藤 田 敬 ご マ前号旗野秀人さんの文章中、 4 頁上段 後ろから 5 行自の﹁栄作さんの娘さんと 結婚することで﹂は﹁栄作さんの娘さん が結婚することで﹂の誤りです。お詫び して訂正いたします。 ︵ こ ぺ る 刊 行 会 事 務 局 ︶ 編集・発行者 こベる刊行会(編集責任藤田敬一) 発行所京都市上京区衣棚通上御霊前下ル上木ノ下町739 阿昨杜 第142号

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教育の文化史

佐藤秀夫

調帳

全 四 巻

編集委員 灘 小野雅章 寺崎昌男 逸見勝亮 宮漂康人 一四ニ号 二 OO 五 年 一 月 二 十 五 日 発 行 ︵ 毎 月 一 回 二 十 五 日 発 行 ︶ 教育の文化史 1

学校の構造

教育の文化史 2

学校の文化

教育の文化史 3

史実の検証

教育の文化史 4

現代の視座

三 八 六 頁 定価 ︵ 本 体 7 8 0 0 円+税 ︶ 二

OO

四 年十 二 月 二 十日刊 三 二

O

頁 ︵ 予 ︶ 定価 ︵ 本 体 7 6 0 0 円+税 ︶ 二

OO

五年 三 月 二 十日刊 五 四 八 頁 ︵ 予 ︶ 定価 ︵ 本 体 8 2 0 0 円+税 ︶ 二

OO

五年六月 二 十日刊 四

OO

頁 ︵ 予 ︶ 定 価 ︵ 本 体 7 8 0 0 円+税 ︶ 二

OO

五年 九 月 二 十日刊 A 五 判 ・ 上 製・カバ l 装・平均四 ニ

O

頁 一 九 九 三 年 五 月 二 十七日第 三 種 郵 便 物 認 可 .目次等ご入要の方は,阿畔社にお申し付け下さい。3 4

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阿吟社

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参照

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