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日本詩歌の英訳 : 俳句・短歌の行分け再考

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日本詩歌の英訳 : 俳句・短歌の行分け再考

著者 佐藤 紘彰

雑誌名 主流

号 54

ページ 121‑141

発行年 1993‑03‑05

権利 同志社大学英文学会

URL http://doi.org/10.14988/pa.2017.0000015110

(2)

日本詩歌の英訳

一一俳句・短歌の行分け再考一一

佐 藤 紘 彰

ぼくの今日の話題は,岩山先生との了解により,

I

日本詩歌の英訳

J

とい うことです. しかし, 日本詩歌が英訳を通じてどのようにイギリスやアメ,リ カの詩に影響を与えたかという,児玉先生が得意とされる大きな分野ではな し俳句や短歌を英訳していて出てきた,極めて狭い,特殊な問題を取り上 げてみることにします.

俳句について,まず,非公式ではありますけれどもニューヨークでのぼく の英語の大先生である EleanorW olffさんが,ぼくがここに来る数ヵ月前に 手紙で尋ねられた俳句についてのこつの質問から始めてみます.ウルフさん は,ぼくが1968年ニューヨークに住み始めてから程無く,ぼくを俳句の,い わば講釈姉として週に一度招くということを始めてくださり,それが続いて いる聞も,またそれが沙汰止みとなった後も,折に触れてぼくの英語を見て

くださっている方です.

ウルフさんの第一の質問は,

I

五七五に馴れているということは,日本人t

の耳には一種の途切れがあるように聞こえませんか

? J

というものです.こ れは,日本人は五文字,七文字という文字単位に慣習づけられているから,

五文字あるいは七文字の語勾を聞けば,その後に一種の休止が自然と感得さ れるのではないか,という意味です.

第二の質問は,

I

私には,日本人が五七五を意識しているということは行 分けの必要性をなくすように思われます.英語を話す人たちにとってはそう ではないのではないでしょうか」というものです.これは,ほとんど説明を 必要とせぬようでありながら,問題の核心を突いています.もっとも,

I

(3)

語を話す人たちにとってはそうではないのではないでしょうか」という,質 問の後ろ半分は少し暖味なのですが,長らくウルフさんを知っている者とし て,日本語の俳句を英語に訳した場合と英語で俳句を書いた場合の双方の意 味にとっておきます.

つまり,問題は俳句を英訳する場合の行分けにかかわる問題です.ウルフ さんは,日本人の意識の中では五と七というのは纏まった語句単位として感 じられる,従って五七五の俳句は特に行分けとする必要はない.ところが,

それを英語でやる場合には,日本語から訳す場合にせよ, もともと英語で書 く場合にせよ,五と七と五は,たとえばheroiccoupletやShakespearean sonnetの中のiambicpentameterのような纏まりとして感得されるわけで、は

ないから,五も七も一行として,合計三行として書く必要があるのではない か,というのです.

これは,

r

五七五に馴れているということは,日本人の耳には一種の途切 れがあるように間こえないか」という第一の質問を別のことばで言い換えた

ものと言えます.

初めからややこしそうな議論を持ち出したと思われるかも知れません. し かし,ややこしいことは何もないのです.このような質問が起こる背景を個 条書きにしてみますと,

1.五七五を基本とする伝統俳句は三つの明確な語句単位で出来ている,

1.語句(文字)単位すなわち行(line)である,

1.とすれば,俳句は三行詩である,

1.従って,これを英語」一一あるいはフランス語やドイツ言吾一ーにする 場合には三行としなければならない,

ということになります.

ところが,英語その他のヨーロッパ語から見たそうした解釈をいったん離 れて たとえば, analogyとしてはほとんど成立しないかも知れませんけ

(4)

れども,日本人が,アメリカ人か西欧人のためにローマ字で自分の名前を綴 るということになれば,ごく自然に姓と名を入れ換えるような態度をいった ん離れてーーいま個条書きの形で挙げたことを一つ一つ検討してみると,根 本的な疑問が出てきます.

まず,最初の

五七五を基本とする伝統俳句は三つの明確な語句単位で出来ている,

ということに苦情を言う人はいないで、しょう.五七五という描写の仕方その ものが「手のうちをあかして

J

います.上五,中七,下五,という言い方も あるはずです.

しかし,

語句(文字)単位すなわち行(line)である,

となると,ハテナ?と首をかしげる向きもあっていいはずです.俳句の祖祖 父ともいうべき長歌までさかのぼると,長歌は五七の繰り返しを基本の型と した.772年藤原浜成が作成したともいわれ,現存するものとして最古の歌 論である『歌経標式』もはっきりとこの点を認めたふうです.

I

認めたふう」

というのは,ぼくが『歌経標式j についての本は読んだけれども,この歌論 そのものは読んでいないからですが,かりに小沢正夫の『古代歌学の形成』

(1963年塙書房刊)を見ると,

r

歌経襟式』は,和歌(短歌)の場合,最初 の五七を頭句,二番目の五七を腰句,そして最後の五を結句と呼んだとあり

ますから,これで見ても長歌の韻文としての基本単位を五七と考えたことは 明らかでしょう.ここでいう,

I

韻文としての基本単位

J

というのは,ずっ と後になって日夏秋之介が『明治大正詩史j (1947年東京創元社刊)で,

I

詩 的効果の国語に於ける一般的妥当性を有」す1.)ものと言ったのと同じものと 考えてください.

この五七がいつしか七五となって,七五が和歌ばかりでなく,謡曲や浄瑠

(5)

日本詩歌の英訳

璃その他の韻文の部分の基本形となったことはご存じの通りです.たとえば,

たまたまこの文章を書いている時に,少し前に亡くなった石川淳の『曾呂利 咽』というのを読んでいました.この短編は曾呂利新左衛門の一夜の夢を,

全編たった一つの文章で書き上げていることで有名ですが,そこに,

次第にやわらぐ座のけしき,時には曾呂利咳ばらいして,なおなおめぐ る蓋の,たび重なれば有明の,天も花にええりいやァと唄いかけるを,

翁聞くより感に堪え,その小謡は大江山,

云々というひとふしがあります.この大江山からの引用の部分のみならず,

『曾呂利咽』全体に,いうところの七五調がちりばめてありますが,この七 五調というのは全部で十二の文字があわさって調子が出てくるので,それが 七文字と五文字とから構成されているからといって,

r

詩的効果」の上からも,

また意味の上からも,これを七と五とに分けるべきである,と言う人はいな いと思われます.つまり,長歌を英語に訳す場合に五七を一つの行lineと 見倣すとすれば,後の七五も一つの行と見倣すべきでしょう.

一方,和歌は,

r

歌経標式jでは,五七,五七,五として,頭,腰,結び,

と分けながらも,五七五,七七と分けて上の句,下の句,としたということ です.その部分は孫引きすらできないのが残念ですが,この上の句,下の句 という分け方が,後に五七五,七七,五七五,七七を繰り返していく連歌の 基礎となったことはご存じのとおりです.そして,それを紙,すなわち懐紙,

に書きつける場合には,往々にして,五七五を一行,七七を一行として書き ました.

和歌そのものは,ずらずらと縦一行に書き,紙面の不足で一行に書きおお せない部分を次の行にまわすという方式が一般的だ、ったようですが,おそら くそれを継承してのことでしょう,明治になって西洋の印刷技術が導入され た後は,紙面の許す限り一行表記となりました.そしてその習わしと,明治 の終わり頃に土岐哀果が短歌のローマ字表記をやった際に三行分かち書きを

(6)

し,それに魅了された石川啄木がそれまで一行書きで雑誌に出版していたも のを三行分かち書きに改めたものも含めて全部三行分かち書きにした歌集

『一握の砂』を出し,その結果,短歌の行分けという行き方が注目を受けた という事情のために,短歌は行分けをすべきものかどうかという意識が先鋭 化されることになった.そうした中で結局,短歌の行分けは多くの歌人の受 け入れるところとはならず,主流としては「短歌即一行詩j という概念が生 まれました.言い換えると,現在短歌を書く人たちの大半は短歌と一行表記 とは切り離せないと考えているはずだ,ということになります.このことは,

歌人の塚本邦雄が一行表記という形の故に勾跨がりのような技法を積極的に 試みたことを述べ,たとえば,当代の学者が古典和歌を,五七五,七七と機 械的に二行表記とすることを「弊風

J

として批判していることからも知られ

るはずです.

ここは学問の殿堂としての大学ですから,いま論述の一部として触れた塚 本邦雄の発言の出所を明らかにしなければならないかと思います.いま略述 したことを塚本が言ったのは,月刊誌『歌壇j1989年9月号の「白うをしろ き」という文章でのことです.本当を言うと,この塚本の文章は読者がたく さんのことを知っていることを予知した暖味模糊としたものなのですけれ と塚本の文章の「白うをしろき」という題は,もちろん,芭蕉の

あけぼのやしら魚しろきこと一寸

という発句に基づいています.この勾は,

r

しら魚、しろきこと」という表現 が七五で切れることがないという意味で,勾跨がり一一英語でいうと en‑ jmbmentまたはrun‑online  の技法で知られている句ですが,芭蕉の勾 のうち,古来,この技法の故にあれこれと言われてきたものとして一番名高 いのは,

海くれて鴨のこゑほのかに白し

(7)

126 

でしょう.そして,この「海くれて」の句に関連して,大学で経済学を専攻 していながらフランス詩を憧憶する詩人となり,更に日本の古典詩歌に転じ て「俳譜jの意味の追求で大半の国文学者を凌ぐ大家となった安東次男が,

『芭蕉発句新注.1(1986年筑摩書房刊)で,

I

切字に無頓着になり,一行詩と えらぶところのなくなった現代の俳句

J

と言い,この勾では,句切れをJ

海くれて,鴨のこゑほのかに白し とも,

海くれて鴨のこゑ,ほのかに白し

とも出来るけれども,それを明確にしないところが「臨化現象」の現れであ るとしています.

I

瀧 化 現 象

J

というのは, William Empsonの有名な ambiguityを安東流に言い換えたものなのでしょうが,ここで大切なのは,

安東が発句も,そして現代の俳句も,一行表記以外のものではないと考えて いるという事実です.

もちろん,塚本邦雄や安東次男のような現代の歌人や詩人の意見をヲ│いて,

それを古典詩歌に押しつけるのはおかしいのではないか,との意見も出てく るはずです.和歌についていえば,柿本人麻日や藤原定家,下って江戸時代 の香川景樹などが,近代・現代で詩を書く人たちの意識するような「行j と いう概念を持っていたのか,あるいはまた,いろんな場所で揮去を求められ,

また揮事をすることが生活の糧となった芭蕉や蕪村が,印刷を主体とする時 代にできた「行」という概念を意識していたのかどうかという疑問が出てく るはずです.

ぼくはそういう意見や疑問は正当なものだと考えます. しかし,それと同 時に,一つの国のprosody,すなわち詩形論,韻律学を考える場合,後世の 人たちが研究して得た結論を遡及的に適用することは,必ずしも間違ったこ とだとは思いません.確かに,平安時代から鎌倉時代にかけての歌論を見る

(8)

と,

r

行j という言葉は使ってあるけれども,それは極めて審美的,御都合 主義的なものであって,現在の考えとは大きく異なります.同じことは,様 式という点で歌の伝統に従属することを喜んだ俳藷の連歌ならびに発句の世 界でも言えることです.ですから,極端な言い方をすると,近代・現代の行 という概念が存在しなかったからこそ,そういう概念を古典和歌や発勾に当 てはめることが可能だとも言えるでしょう.

「語句(文字)単位すなわち行(line)である」との考えを論駁するために,

なんだか非常に遠回りをしてしまいましたが,結論は,もちろん,日本の五,

七という文字単位はそれだけでは「行」とはいえない,というものです.従っ て,第三の点,

r

俳句は三行詩である

J

というのは,書き手が三行に行分け しない限り,妥当ということはできず,また,第四の点,俳句を「英語」一一 あるいはフランス語やドイツ語」ーーにする場合には三行としなければならな い」ということにはならないはずです.それどころか,以上に述べたことか らもお分りの通り,ぼくは短歌も,その孫に当たる俳句も,一行詩と考える べきだと思っており,短歌での石川啄木や釈超空,俳句での高柳重信あるい はその亜流の人たちのように,書き手自身が明確に行分けして印刷されたも のでない限り,一行に訳すべきだと思っています.

そこで,一行詩として理解された短歌や俳句を英語に訳す場合一一ーもちろ ん,どの言葉でもいいのでしょうが,ぼくは英語しか知らないので,ここで は英語に訳す場合としておきます一一いくつかの間題が出てきます.それは 大き《分けて,

1.伝統定型としての短歌と俳句が持つ五七の文字単位をどのように活 かすか,

1.一行詩という概念は西欧詩の伝統にそぐわないのではないかという 疑問をどうするか,

というこ点に絞られると思います.

(9)

最初の,五七の文字単位をどう活かすかという問いには,ぼくは,

r

一行

としての流れの方を重要視するから,文字単位は無視する j と考えるわけで すが,そう言ってしまえば身もふたもなくなるので,文字単位を活かそうと する時に出てくる問題を考えてみたいと思います.

五七の文字単位を活かそうとすることには二つの側面があると思います.

一つは,最初にウルフさんの質問に絡めて述べた,日本の韻文は五,七文字 を基本単位とするから,短歌は五つの部分,俳句は三つの部分からできてい ると日本人には感得される.とすれば,それを英訳でどう活かすかという問 題です.最近,ぼくの短歌一行訳論を意識しているらしい学者月村麗子←ー この方は,日本女子大学を出てアメリカに渡り,インデイアナ大学で博士号 を取られたあと,カナダやアメリカの大学で教鞭をとり,現在はトロント大 学の教授をされているようです一ーが,五島美代子の歌の英訳の序文で,短 歌が五つの部分から出来ているということを明確にするためにも短歌は五行 に訳さなければならない,というふうに言ったのは,その問題に対処しよう としたものといえます.

この,月村のことばを引きますと,

It  is  sometimes argued that tanka must be written and translated into  only one line, but this view slights thimportanceof the five syllabic  units.ー. . Whether tanka is  written in onlineor more this structure  Cof syllabic unitsJ  is  understood by the 

apanese reader. Lacking this  shared understanding, English tanka requires a form that does not ex‑ actly follow but simulates the original structure. The simulated from  can best be achieved through line divisions. 

Goto Miyoko: 1 Am Alive (Katydid Books, 1988) 

となります.月村の訳を一つ挙げてみましょう.

(10)

かく叫ぴ罵りたかりし日もあらむとり乱しかねて死にし娘の顔

She, too, must 

have wished to shout and rebel.  But not able 

to break out, my daughter died‑

her face returns to my mind 

翻訳とは直接の関係はありませんが,和歌や短歌は作った時の状況が分か らないとなんのことを言っているのか分からない,というのは仮に致命的な 欠陥といいたくなければ,この詩形の一つの大きな特徴といえるので,その ために歌物語などが昔から盛んに作られてきたことはご存じの通りです.こ の五島の歌も,娘のひとみが終戦間もなく東大の学生だった時 東大は戦 前女性にとって禁苑で,戦後になって女性に開放された,ひとみはその時に 入学した最初の女性の一人だ、ったということですが,そういう学生だ、った時 左翼運動に巻き込まれて自殺した,そのことを, 1960年の安保闘争で樺 美智子の死にかこつけて詠んだもの,と説明を受けて初めて,なるほど,と 思われるのではないでしょうか.もっとも,皆さんは安保闘争も樺美智子も 歴史の一部となってからお生まれになったのでしょうから,当時の熱気はぼ

くらの世代が感じたほどには感じられないと思いますが.

もちろん,そうした背景が必要とされるのは原歌のことで,訳では,

I

罵り

J

をどうしてrebelとしたのか,

I

日もあらむjの日はどこにあるのか, return  to mindという表現は何故必要なのか,などということにすぐ気がつかれる 方も皆さんがたの中にはおられると思います.もしおられるとすれば,そう いう人はアメリカに行って文芸批評家になる夢を持ってよろしいかもしれま せん.いったい翻訳などをやる人間で他の翻訳者の訳をいいと思う人,ある いは頭から批判的にならない人は,極めて稀だとせねばなりませんが,特に

(11)

130 

原文を離れる振幅の大きな,言い換えると,原文から離れても言い訳がたつ と考える人たちの多い詩歌の翻訳では,更にいえば,詩とは何かということ についての意見の幅の大きな世界では,批評で一家言を持つことがむずかし くない.ただし,批評すなわちアラ探しにならざるを得ないことが多いこと も否めません.

月村の論点に戻ると,五,七文字の分離を明確に示すためには行分けline divisionが必要であるとの主張についてのぼくの考えは,繰り返しになりま すが,五,七という構成単位も短歌や俳句を構成する要素の一つにすぎない.

だから,短歌は五つの部分から,俳句は三つの部分から構成されていること だけを強調することもできるし,一行といっ形を強調することもできる.ぼ

くは後の方を採りたい,というものです.

もう一つ,五文字,七文字そのものを英訳でどう活かすかということがあ ります.これは,一行論,行分け論から,一見,かなり離れたところに存在 する問題だと思われるかもしれませんが,一行訳で一つ欠かせない側面は原 文忠実ということで,その側面から見ると深い関係がありますので,少し立 ち入って見てみましょう.

丈字単位そのものを活かす行き方には,少なくとも二つあります.一つは 日本の文字数に syllable数を直接あわせる行き方, もう一つは五文字は二 つのstressを,七文字は三つのは日ssを当てるといった具合に,英語で日 本語の文字単位に相当するものを見つけよう,当てはめようという行き方で す.

このうち文字数と syllable数を等価視する行き方は,少なくとも短歌の 英訳では,ほとんどかえりみられませんでしたが,面白いことに,数年前続 けて出た『古今集jの二つの完訳では,一方は日本文学研究者としては新進 のLaurelRasplica Rodd,一方は日本中世文学の重鎮HelenMcCullough  であって,訳者のアプローチは非常に異なるのに,両方ともこの行き方を採 用しました.例として,恋歌の冒頭を飾る読人しらず,

(12)

ほと冶ぎすなくやさ月のあやめぐさあやめもしらぬこひもする哉 の訳を見てみましょう.

when nightingales sing  in the sweet purple iris 

of the Fifth Month  1  am unmindful of the warp 

on which we wevelove's pattern 

Kokinshu, tr. L. R. Rodd with M. C. Henkenius  (Princeton Univ. Prss,1984) 

This love has cast me  into confusions as sweet  as swetflgsgrowmg  in the Fifth Month, in the time  when cuckoos come forth to sing 

Kokin Wakashu, tr. Helen McCul10ugh  (Stanford Univ. Press, 1985) 

これには拙訳がありますのでヲ!いてみます.

Cuckoos call, this is  the fifth month with those irises, as profusely as  those irises I'm in love! 

ここでは,ロッドの訳が大文字を用いなかったり,句読点の代わりにスペー スを置いたりして,俗にいう現代詩の体裁をとっていることと同時に,ロッ

(13)

ド訳が比較的おとなしいマッカラーの訳とともに,第一行と第三行をインデ ントしていることにすぐ気がつかれると思います.これは, 1950年代に小西 甚ーと古典詩歌を勉強して,アメリカで、のモの理解と英訳に甚大な影響を与 えたEarlMiner好みとも呼ぶべきレイアウトです.それから,これは自己 宣伝になりますが,ロッドがその訳でほととぎすをnightinagaleと訳して いることにも気がつかれると思います.その方については,かつて文章を書 いたことがあり,それは拙著『マンハッタンかるちゃあスクールj(1990年 フリープレス社刊)に収録していますので,いつかご覧いただければと思い ます.

もう一首,同志社時代に失恋をした時にその存在を知って,これほどにも 失恋の痛みをいいあてた歌があるだろうかと深く感動した歌をヲ│いてみま しょう.

r

古今集』には五二二番「恋歌」読人しらずとしてある歌で,もと は『伊勢物語

J

の五O段に出る「あだくらべ」の歌の一つです.

行く水に数かくよりもはかなきは思はぬ人を思ふなりけり まず,ロッドの訳.

less reliable 

than figures sketched upon  the flowing waters  is  this deep yearning for on

who does not return my love 

次にマッカラーの訳.

Less profitable 

than writing on the waters  of a flowing stream‑

(14)

n o 

‑ ‑ v d g  

t s  

u

a i E  

B L i

iU

d

a 1 e  

e u  

h

u 1 q A   s e  

‑ ‑ r  

l n   d u  

n u r + i  

s o  

そして拙訳.

More useless than to  draw figures on the flowing water:  to  think of  someone who doesn't think of me 

ここで,先に進む前にロッドとマッカラーの訳では五七と syllable数を 合わせようとするために微妙な あるいは,あからさまな,というべきか 一一食い違いが生じていることに注目しておいてください.

文字数と syllable数を揃える行き方は,俳句では, Kenneth Yasudaが 1950年代に TheJapanese Haikuという本を出しました.これはもともと東大 での博士論文として出されたものですが,その後商業用に出版され,今では Charles E. Tuttle社の版として手軽に買うことができます.その母体となっ た英語俳句集APeerPodから芭蕉の,

ふる池や蛙飛び込む水のをと に例をとると,

Ancient pond unstirred 

Into which a frog has plunged,  A splash was heard 

となります.

むかし,同志社でのぽくの,恩師,林秋石先生,つまり LindleyWilliams  Hubbell先生がお元気でおぼくらの同人誌の集まりなどにも顔を出してくだ さっておられた頃,ある時ぼくが生意気にも,

r

日本人が英語の詩を理解し ようとする場合,何が一番むずかしいと思われますか

J

と尋ねましたところ,

(15)

「脚韻を耳で開き取ることでしょう」とおっしゃられました.皆さんはこの ヤスダの訳を読んで,ヤスダが五七五の文字数と syllable数をあわせてい るばかりでなく,一行と三行に韻を踏ませていることに気付かれたかどうか.

林先生に触れましたので,ここで脱線します.ぼくは「古池jの句の英訳 を集めたことがあります.まず既に印刷されたものを集めて小冊子にし,そ れを送って新たな訳を求めたのです.それに応じた林先生の訳は,

An old pond  A frog jumping  Sound of water 

というものでした.ところカえ butafter reading Curtis Hidden Page 1 felt  that my version was terribly unpoetical, so 1 tried again"  つまり,カー ティス・ヒドン・ページを読んでみると,わたしの訳の詩的ならざることあ

まりに甚だしいので, もう一度訳してみた,とおっしゃって,

Oh, thou unrippled pool of quietness 

Upon whose shimmering surface, like the tears  Of olden days, a small batrachian leaps,  The while aquatic sounds assail my ears 

というのを付け加えられました.Curtis Hidden Pageというのは,今世紀 初頭コーネル大学の英文学教授だ、った人で,日本語を全く知らないままに「古 池」の句が日本詩歌の中でももっとも人口に槍突きれていると聞いて,次の

ような「訳」を作りました.

A lonely pond in age‑old sti1lness sleeps  Apart, unstirred by sound or motion . . . till  Suddenly into it  a lithe frog leaps

(16)

こうした訳,合計百四十余を集めたものは,拙著OneHundred Frogs (John  Weatherhill,1983)の一部としていますので,興味のある方は読んでみてく ださい.これは連歌から始まって英語の俳句にいたるまでの歴史を述べたも のです.

閑話休題.

この脚韻はともかしそして,日本語の俳句の英訳ということを離れると,

ヤスダの行き方は,以来,アメリカで学校教育の一部として俳句を作る場合 に,行数はもちろん三, syllable数は五七五とするやり方に多大の影響を与 えたようです.数年前この先生に会ったら,出版以来四O万部売れたと言っ ていました.羨ましい限りです.

もう一つの,文字数に stressのようなものを対応させようとする行き方 は,短歌の英訳ではstressを云々する代わりに,短い行,長い行,短い行,

長い行,長い行というふうに訳そうとする行き方に現れていると思います.

他方,俳句の英訳でstressを最初に言ったのはR.H. Blythだと思います.

ブライスは俳句と川柳について多数の解説書を出し,アメリカでの 俳句運 動"に大きな影を投げ掛けた人で,実作でブライスの提唱したことを守ろう

とする人たちもいます.ご存じのようにstressということばは, prosodyで 用いる場合には少なくとも metricalaccentとrhetoricalaccentとに分ける べきだといったことなどややこしい議論があって,ぼくは与えられた英語の 行を見てstressをいいあててみよ,などと言われると冷汗をかくのですが,

まあ仮に蕪村の

追風に薄刈り取る翁かな

のブライスの訳

An old man  Cutting pampas grass 

(17)

The wind behind him. 

A History of Haiku, Vo .l1  (The Hokuseido Press, 1963) 

の場合,一行目に二つ,ご行目に三つ,三行目に二つのstressがあると見 ていいと思います.

そこで,一行訳をやろうとする者,なかんずく原文に忠実ならんとする者 として,文字数と syllable数と数を合わせる行き方やstressを使おうとす る行き方をどう見るかというと,まず後者のstress云々は,一行の流れを 損なわない限り,原文忠実の観点からは余り問題ではないが,前者の,文字 数と syllable数とを合わせようとする行き方には大いに問題がある,と思 います.何故でしょうか.簡単にいうに文字数と syllable数とを合わせ ようとすると,大半の場合,余分なことば,原文にないことばを付け加える 必要が出てくるからなのです.

日本語をそのまま英語に訳すと,ふつう文字数と syllable数の比率は大 体10対7か8になります.これは,英語に比べて日本語がpolysyllabiclan‑ guageといわれることからも推察されることだといえるでしょうが,という

ことは三十一文字の短歌の場合,英語に訳すと二十ーから二十四syllable となるはずです.先にヲ

l

いた和歌のうち「ほと〉ぎすjの方は掛詞が入って いて少しややこしいので,

r

行く水」の歌を例にとってみると,ぼくの訳

More useless than to  drawfigures on thflowingwater: to  think of  someone who doesn't think of me 

では二十四syllableとなっています.こうした訳ではこれほどうまくいく ことは余りなくて,これは偶然に近いのですが,それでも三十一syllable にしたロッドの訳,

(18)

less reliable 

than figures sketched upon  the flowing waters  is  this deep yearning for one  who does not return my love 

137 

を見ますと,最初の三行はまあまあ良いながら,最後の二行で「思はぬ人を 思ふ」という表現が,いわば「浪漫的過多

J

romantic excessともいうべき 過剰表現となっていることに気がつくはずです.同様に,マッカラーの訳,

Less profitable 

than writing on the waters  of a flowing stream  such is  the futility  of unrequited passion. 

では,

r

行く水」を thewaters/of a flowing stream"と説明的にし,また,

「はかなき」というのを lessreliable"と futility"と,言い換え,繰り返 していることに気づかれるはずです.更にまた,ヤスダの俳句訳がもとの句 にないことばを付け加えていることは一目瞭然です.要するに,もともと等 価でないものを等価にしようとするから,マイナスのものをゼロにしようと 思えば補完するためにプラスが必要になる.翻訳でよく使われることばでい いうと, paddingやamplificationを余儀なくされるということです.逆に いえば,英語で書かれたものを,そのsyllable数と同じ文字数の日本語に 直そうとすれば大抵の場合原文を端折ることを余儀なくされるということで す.

最後に,短歌や俳句を一行に訳すのは,理論的にはいいかもしれないが,

一行詩という概念は西欧詩の伝統にそぐわないのではないかという疑問に触

(19)

138  れましょう.

一行詩と西欧詩の伝統ということについては,ぼくがBurtonWatson先 生と出した英訳日本詩歌集Fromthe Country of Eight Islands (Doubleday & 

Univ. of Washington Press, 1981; Columbia Univ. Press, 1986)について William LaFleurという日本文学の研究者が長い書評を書き,その中で,

西欧詩歌の伝統には一行詩という概念は存在しないとの議論を持ち出して,

ぽくの一行訳を一蹴しました.ところがたまたまこの書評をお読みになった 林秋石先生がワトソン先生に手紙を書かれて指摘されたように,一行詩は『ギ リシャ詩歌集』に遡る長い伝統があります.そしてmonostichという呼び 名もあります.monostichはmonostickとも綴り,

r

一つのverseで構成さ れる

J

というギ、リシャ語を語源としているようです.その後,このことばは 少なくとも四つの意味で用いられるようになったようですが,その中の一つ が「一行詩

J

という意味です.1974年には,ニューヨークで出されていた Roy Rogersという雑誌が,サッフォーから現代詩人までを対象とする一行詩 の特集をやったこともあります.

もっとも,伝統詩形として意識されたmonostichは十九世紀頃までには 書く人がほとんどいなくなり,そのせいでしょうか,現在英語の辞書でこの ことばを収録しているのは少ないようです.1972年,伝統詩形を例示するた めに

J

ohn T. ShawcrossとFrederickR. Lapidesが編纂したPoetry(The  Free Press)にこの詩形を採用していないのもそのせいでしょう.先に触れ たLaFleur先生が,一行詩なんて西欧詩には存在しないと言ったのもその ために違いないのですが,ぼくが,

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存在する」と手紙を出したら,

r

存在す

るのは知っていたが,学生を混乱させないように存在しないと言ったj との 返事をくれました.ぼくが林先生の権威を笠に着たとしたら, LaFleur先 生は無知を無知と認めなかったわけで,どっちもどっちと言わなければなり

ますまいが,すたれようがすたれまいが,その存在を知っていた人たちはい たわけで,その中にはLafcadioHearnも入るのでないかと思います.ぼく

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139  がそう思うのは,ハーンが俳句を開いて英語に訳した時に,あっさり一行に 直したからで,たとえば「古池

J

を,

Old pond‑frogs jumped in‑sound of 削 除r という具合です.

このハーンの行き方は,同時代の日本文学研究者のBasilHall Chamb

lainが当時はまだ一般的に発句といっていた俳句を iambictetrameterの coupletに直したのに比べると,却って自然だったと言えます.そして,ハー

ンが仮にmonostichという詩形を知らなかったとしても,異文化に対する 態度という観点から,ハーンとチェンパレンの俳句英訳の違いは,日本にい たるまでの人生行路の違いをも想像させて興味深いことです.ハーンが異 なった文化の中で,新奇なものを求め,それをそのまま受け入れていったの に対し,チェンパレンは,少なくとも当初は,自分の育った英国丈化の尺度 でものを見る態度を捨てきれなかったといえます.ただし,

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古池」の場合,

チェインパレンは自分が選んだ詩形に納めきれないと考えて一行で投げ出し ている,つまり「詩j として訳していないので, coupletの例を「よくみれ

なす占な

ば斉花さく垣ねかな」に見ると,

On looking carefully, behold 

The caseweed flowerring near the fence! 

という具合です.

目を転じて,ぼく自身の経験から見て,短歌や俳句の一行訳はアメリカで 受け入れられるものとなるでしょうか.それとも,ハーンの一行訳のように 二行またはそれ以上の行数の訳にとってかわられるのでLょうか.

この間に対する答えは,目下,指標としてLか出せませんが,基本的には academiaすなわち学界と,そうでないところに分ける必要があると思いま す.その二つの「畑」のうち,学界でぼくの行き方が受け入れられる可能性

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は余りありません.学界の先生方は,短歌は五行,俳句は三行との考えに余 りに馴らされているため,学界の外からそうでないとの見方が出てきたから といって,それに賛同するのは泊券にかかわるとの気持ちを強く持・つでいる ものと判断されます.アメリカの学界では,大学出版会などを通じてものを 出す場合, peer reVleWすなわち,原稿を書いた人と同等かそれ以上の知識 を持っていると思われる人たちによる審査が行われますが,先に触れたぼく のワトソン先生との日本詩歌の共訳書Fromthe Country of Eight Islandsも, もしこれがDoubledayのような商業出版社ではなく,大学出版会を通じよ うとするものであったとしたら,偉い先生方の槍玉にあがって日の目を見な かったことは疑いありません.

学界の外では,受け入れ方がもっと素直です.ここに来るためにアメリカ を出る少し前にも,カリフォルニアの小さな出版社が,ぼくの,尾崎放哉の 俳句の一行訳を出版してくれると言ってきましたし, 1970年代の後半からは 一行俳句を書く人も出てきていて,その中にはJohnAshberyという人もい ます.短歌の方も,文芸雑誌などではぼくの一行訳を俳句の一行訳と等しく 素直に受け入れてくれますが,こちらの方は一行短歌を書く入が現れるとこ ろまでには至っていません.しかし,ぼくの一行訳が,何人かの人たちの聞 で短歌を見直す契機になれば,ぼくは使命を果たしたと考えたいと思います.

〔付記〕

これは1991年度第3回大学院コロキアム (11月12日)の講演,

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日本詩歌

の英訳」に基づく.講演者の佐藤紘彰氏は, 1968年3月,本学大学院文学研 究科英文学専攻修士課程終了以後ニューヨークに住み,日本詩歌の英訳など の文筆活動をしている.講演で触れた日本詩歌集Fromthe Country of Eight  Islandsでは,共訳者のBurtonWatson氏とともにアメリカ PENセンター 翻訳賞受賞.1992年暮までに英訳日本詩歌集を含め合計14冊の英訳詩集があ る他,英語特集ThatFirst Time (St. Andrews Press, 1988)を含む数冊の著

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141  書がある.1993年には,放哉の俳句の一行訳に加えて,式子内親王の全ての 歌(訳四百首)の一行訳がStringof Beads: Complete Poems of Princess Sh

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kishiがハワイ大学から出版される予定.

この文章は,大幅に書き換えられたかたちで,翻訳論集『アメリカ翻訳武 者修行.1 (丸善, 1993年1月出版)に「定型詩の英訳で物議をかもすこと」

として収録されている.

参照

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  3 ) 1 〜2 の考察 を当時 の時代状 況・社会 思潮と の関連か らも考 察し、各時期・時代の      翻訳規 範の内容 が、そ の当時の 社会的・文化的思潮を反映している点を指摘する。.

4 求されて困っている。 (80 歳代 女性 家事従事者 神奈川県 2009 年 6 月受付)

    詩膓枯れて病骨を護す蒲団かな     鳥鳶をかへり見て曰くしぐれんか     大道の柳依依として洛に入る

   科目名:俳句・短歌・短い詩を楽しむ,作る,感じる   レベル:初級 1・2 /中級 3 ・4・5 /上級 6・7・8   履修者数:35 名..

前稿 でも触 れたよう に、古 代歌謡 における対句 の代表的な形式 は二句を 一連とし て前連と後連が相対す るかたち 、 す なわち、... ︵

宮崎 明治の 『 新体詩抄 』

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 『古今集』は今から約 1100