The risk perception of iodine thyroid blocking and the psychological health status among residents in nuclear disaster
原子力災害時の住民におけるヨウ素甲状腺ブロック(安定ヨウ素剤服用)に関するリ スク認知と心理的健康状態
長崎大学大学院医歯薬学総合研究科先進予防医学共同専攻 山田 裕美子
[目的]
原子力災害では、131I、134Cs、137Cs 等の多くの放射性核種が環境中に放出される可 能性がある。中でも131I は、非放射性ヨウ素と同様に特異的に甲状腺へ取り込まれる ため、汚染された空気の吸入や飲食物の摂取が、主に甲状腺の被ばくにつながる可能 性があり、公衆衛生上の懸念事項である。住民の放射線被ばくを最小限に抑えるため の防護措置には、屋内退避・避難・汚染された飲食物の摂取・流通制限、及び ITB:
Iodine Thyroid Blocking (安定ヨウ素剤服用(KI))が含まれる。福島第一原子力発 電所事故(以後、福島原発事故)では、早期の飲食物の管理と避難により住民の内部 被ばく、外部被ばくは低減化された。しかし、福島原発事故で提起された問題の一つ に、緊急の防護措置としての ITB 実施がある。国や自治体からの安定ヨウ素剤服用に 関する情報が不十分であったことから、住民の混乱や不信が引き起こされた。十分な 備えと情報は、原子力災害において最も重要な問題の一つである。
一方で、適切に準備を行っていても、生じうる問題として心理的影響がある。実際 に、チェルノブイリ原発事故後の住民において重大な健康障害や精神障害が見られて おり、発電所周辺の汚染エリアの住民に PTSD やその他の気分障害や不安障害の発生 率が高く、健康の主観的評価が大幅に低かったことが報告されている。福島原発事故 後も同様に、心理的影響は深刻な健康リスクである。心理的影響の要因の一つに長期 の避難により日常生活が破壊されたことなどが挙げられる。これらの観点から、福島 原発事故後の復興支援において、放射線被ばくに直接関連する健康影響のみならず、
間接的な心理的影響についても、丁寧に対応する必要がある。また、日本は多くの原 子力発電所を有しており、災害大国でもあるため、常に原子力災害の発生リスクがあ る。従って、平時から実効性のある原子力災害対応を備えておかなくてはならない。
そこで今回、原発立地県である鹿児島県において、川内原発周辺に住む母親の ITB に 関するリスク認知を明らかにするとともに、実際に原発事故の影響を受けた富岡町住 民を対象として、帰還意図と心理的健康状態を明らかにすることを目的として研究を 行った。
[結果]
鹿児島県薩摩川内市における母親のITBに関するリスク認知調査では、89.8%の 母親が KI を子どもに服用させることに対する不安を抱いており、93.3%の母親が KI の適切な服用タイミングを知らなかった(Table 1)。ロジスティック回帰分析を行った ところ、KI に関する専門家への相談希望(OR=2.95, 95%CI=1.03–8.50)、子どもへ安 定ヨウ素剤を正しく服用させる自信(OR=1.91, 95%CI=1.04–3.52)、福島産の食材を子 どもに食べさせることの懸念(OR=2.74, 95% CI=1.49–5.07)が独立してKIを子ども に服用させることの不安と関連していた(Table 2)。
Table 2. Logistic regression analysis of mothers expressing anxiety about the administration of KI to their children
OR=Odds ratio, CI=confidence interval KI=potassium iodine
また、富岡町における帰還意図と心理的健康状態の調査の結果、住民のうち 102 人
(13%)が帰町(Group1)し、214人(28%)が帰町に迷っており(Group2)、450 人(59%)が帰町しないと決めていた(Group3)。PCL-SおよびPHQ-9に関しては、
Group1及び3よりもGroup2の方が両スコアともカットオフ値より高かった住民が
多かった。富岡町への帰還に関連する要因として、PCL-S(OR=4.3)と PHQ-9
(OR=2.2)がカットオフ値より高値であること、地元の食材を食べることへの懸念、
子どもと一緒に暮らすことへの懸念があり、Group1よりも Group2 の方が PCL-S
及び PHQ-9 が高値でありこれらの懸念が高かった。Group2 では、放射線被ばくと
健康への影響についてより不安であり、心理的ストレスとPTSDの発生率が高かった。
Table 3. Logistic regression analysis of groups 1 and 2
Table 4. Logistic regression analysis of groups 1 and 3
Variable Units OR (95% CI) P
Wish to consult an expert about KI Yes/No 2.95 (1.03–8.50) 0.044
Have confidence about administering KI to their children No/Yes 2.74 (1.49–5.07) 0.001 Hesitate to let their children eat foods produced in Fukushima Yes/No 1.91 (1.04–3.52) 0.037
Table 5. Logistic regression analysis of groups 2 and 3
[考察]
本研究において、原子力施設周辺に住む多くの母親が ITB について正しい知識が 不足していることや原子力災害時に子どもへ安定ヨウ素剤を服用させることに不安 を持っていることが明らかとなった。また、住民の放射線被ばくによる健康影響への 懸念が彼らの生活再建の際の不安と困難に密接に関連している事が示唆された。従っ て、発災時には、復興に向けての支援として精神的ケアを行うことが重要である。こ れらの原発事故後の心理的影響や ITB の実施における課題等、福島原発事故から学 んだ教訓を踏まえ、事故後の復興に向けての住民支援や将来の事故への備えとして平 時から原子力災害への対応に関して住民とのリスクコミュニケーションを注意深く 行っていく必要がある。
[基礎となった学術論文]
1. Yamada Y., Orita M., Matsunaga H., Yamaguchi T., Taira Y., Takamura N: Risk perception regarding implementation of iodine thyroid blocking during a nuclear disaster of mothers living near a nuclear power station in Japan. Endocr J. 68(5):553-560 (2021).
2. Orita M., Mori K., Taira Y., Yamada Y., Maeda M., Takamura N: Psychological health status among former residents of Tomioka, Fukushima Prefecture and their intention to return 8 years after the disaster at Fukushima Daiichi Nuclear Power Plant. J Neural Transm (Vienna)., 127(11):1449-1454 (2020).