主要な研究成果
背 景
2005 年 2 月、京都議定書が発効し、今後は、途上国の参加も含めて、長期的な削減交渉が活発化すると予想
される。しかし、大気中の温室効果ガス濃度の安定化効果についての予測はほとんどなされていない。
目 的
国連温暖化防止条約の究極の目標(第 2 条)は、気候への“危険な人為的干渉”を引き起こさないように、
大気中温室効果ガス濃度を安定化させることである。このため、2100 年から温室効果ガスの大気中濃度を一
定にすると仮定した濃度安定化シナリオについて、超長期の温暖化予測を行い、濃度安定化効果を把握する。
主な成果
1.予測に用いた気候モデルと濃度シナリオ
温暖化予測には、米国大気研究センター(NCAR)の大気海洋結合モデル CCSM3 をベースとして、世界
最高速クラスの地球シミュレータに最適化した計算コード(解像度は大気約 150km、海洋約 100km)を使
用した。IPCC 特別報告書(2001)の A1B、B1 シナリオ(2000 年∼ 2100 年)をベースとし、2100 年時点に
おいて大気中温室効果ガス(CO2、メタン、フロン等)濃度を一定とする 2 種類の安定化シナリオ(CO2濃
度だけに注目して A1B+ 名目 750ppm、B1+ 名目 550ppm 安定化シナリオと呼ぶ)、気候の復元効果を検討す
るため、濃度を直線的(750ppm → 550ppm)に減少させる電中研独自のオーバーシュートシナリオについ
て検討することにした。IPCC 統合報告書(2001)では、濃度を安定化しても気候が安定するには数 100 年
∼千年かかると予想されている。この仮説を確かめるため、出来るだけ長期間の予測計算(2450 年まで)
を行った。
2.予測結果と世界エネルギー政策への示唆
(1)一つのシナリオについて 3 ケースの計算を同時に行うアンサンブル予測手法を新たに採用し、統計値と
してアンサンブル平均値を用いることにより、気温上昇などのモデル再現性が格段に向上した(図 1)。
(2)温暖化による 100 年後の世界として、気温、降水量、凍土融解等を予測した。濃度を安定化することによ
り、深層海流の減少に歯止めがかかり、寒冷化等のカタストロフィーは防止できることが分かった。し
かし、海水の熱膨張による海面上昇には歯止めがかからず、海面上昇が長期間継続することが分かった。
(3)A1B +名目 750ppm 濃度安定化シナリオでは、気温の安定化に長い時間がかかり(図 2)、その間に海氷
の消滅などの“危険な人為的干渉”を引き起こす懸念がある(図 3)。濃度 750ppm は、温暖化防止の濃
度目標としては高すぎる可能性がある。しかし、オーバーシュートシナリオは、気温低下等の気候復元
の可能性が高く、全球的な削減が困難な場合や削減が遅れた場合のリスク評価として有効である。
(4)B1 +名目 550ppm 安定化は、濃度安定化目標の 1 つである。しかし、気候変化への生態系適応限界等は
不明であり、濃度安定化レベルの高低を判断できる適切な指標の検討が必要である。
本研究は文部科学省受託研究「人・自然・地球共生プロジェクト」(H14 ∼ H18 年度)の成果である。
今後の展開
地域スケールの気候変化予測精度向上のため、高解像度大気海洋結合モデルを開発する。
主担当者 環境科学研究所 物理環境領域 研究参事 丸山 康樹(研究サブテーマ担当:吉田 義勝、
筒井 純一、仲敷 憲和、西澤 慶一、北端 秀行、金 東勲、津旨 大輔、坪野 考樹)
関連報告書 「平成 16 年度研究成果報告書」受託報告: V990401(2005 年 5 月)
「平成 15 年度研究成果報告書」受託報告: U990304(2004 年 5 月)
28
超長期の地球温暖化の予測─濃度安定化効果の評価─
C.エネルギーと環境の調和
29
2m Temperature (deg.C)
-40
-30
-20
-10
0
10
20
30
40
計算値(1990-1999)
観測値
気温(℃)
Ensemble mean
図1 温暖化予測モデルの再現性の検討(赤線が観測値、青棒が計算値)
計算は3つのアンサンブル計算結果の10年間平均値、観測値は20世紀末の気候値
図2 全球レベルの気温上昇予測結果(全シナリオ)
B1シナリオ
A1Bシナリオ
Commitmentシナリオ(2000年レベルの濃度で一定)
Commitmentシナリオ
名目750ppm濃度安定化シナリオ
オーバーシュートシナリオ
全
球
平
均
地
上
気
温
︵
℃
︶
名目550ppm濃度安定化シナリオ
濃度安定化対策をとる
図3 北極海の海氷体積の減少
コントロール(1870 年時点の条件に固定)
A1B B1
名目 550ppm安定化
名目 750ppm安定化
オーバーシュートシナリオ
(10
4
km
3
)
北
極
海
の
海
氷
体
積
21世紀末において、海氷体積は約80%(A1B)、約65%(B1)減少する。名目750ppm安定化では、2100年以
降も海氷体積は僅かに減少を続け、消滅する可能性がある。
A1Bシナリオは「世界経済の格差縮小社会」、B1シナリオは「環境の持続可能性を重視した社会」を意味し、
アジアにおける2100年の一次エネルギーの約50%がA1Bでは再生可能エネルギー、B1では原子力発電によっ
て供給されると想定。21世紀末の気温、降水量(各10年間平均)は、A1Bでは約2.5℃、約6%の増加、B1では
約1.5℃、約3.9%の増加と予測された。A1Bでは、2100年における濃度安定化後も長期間にわたって気温が上
昇を続ける。
濃度安定化対策をとる
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極
大
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オ
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