21 要 旨:我々は 2 例の上肢前腕部へのバイパス術症例を経験したので報告する.症例 1: 74歳男性.右手関節より末梢のしびれ,疼痛,蒼白にて来院.血管造影検査にて橈骨動脈 閉塞,尺骨動脈末梢の高度狭窄と診断.前腕橈側皮静脈を用いて尺骨動脈バイパス術を施 行した.術後 2 ヶ月に中枢側の狭窄進行に対しバイパス術の追加を要したが,その後の経 過良好で術後 1 年の現在無症状で外来経過観察中.症例 2:62歳男性.左手関節より末梢 のしびれ,疼痛,冷感にて来院.血管造影検査にて上腕動脈が遠位部で完全閉塞しており, 橈骨,尺骨動脈は全く描出されず前骨間動脈末梢の血流のみが描出された.大伏在静脈を 用いて上腕−前骨間動脈バイパス術を施行した.術後経過は良好で手指の機能障害もなく 術後11ヶ月の現在外来経過観察中.前腕部への動脈バイパス術は適応症例は少ないが,救 肢目的の例では積極的に試みるべきと考えられた.(日血外会誌 13:21–24,2004) はじめに 上肢の閉塞性動脈硬化症や血栓塞栓症に対し血栓除 去術や鎖骨下動脈,上腕動脈へのバイパス術を施行す ることは多いが前腕部の動脈にバイパス手術を施した という報告は稀である.我々は1994年 4 月から2002年 9 月までに322例の上,下肢動脈閉塞性疾患に対するバ イパス手術を行ってきたが上肢前腕部へのバイパス手 術が必要であった例が 2 例あった.これらの症例にお ける詳細を報告し前腕部へのバイパス手術の適応につ いて検討する. 症 例 症例 1:74歳男性. 主 訴:右上肢しびれ,疼痛. 既往歴:4 年前より糖尿病,心房細動で近医通院中.
■ 症 例
日血外会誌 13:21–24,2004
上肢虚血に対する前腕部への動脈バイパス術の 2 例
駒井 宏好1 重里 政信1 畑 和仁1 関井 浩義2 岡村 吉隆2 索引用語:閉塞性動脈疾患,上肢,前腕,バイパス術 タバコ一日50本,50年. 現病歴:3 日前突然の右手関節より末梢のしびれ,疼 痛,蒼白にて近医受診.lipoPGE1点滴投与にて症状改 善するも右上肢脈拍微弱のため当科紹介受診. 現 症:血圧(左右上肢とも)140/82 mmHg,脈拍82 / 分,不整(心電図で心房細動).胸部,腹部異常なし. 右上肢は手関節以降がやや蒼白で右橈骨動脈脈拍触知 せず,尺骨動脈,両側膝窩動脈以下の脈拍も微弱で あった.約100m歩行で右下腿のだるさあり.ABIは右 0.80,左0.76. 血液生化学検査:中性脂肪182mg / dl,ヘモグロビン A1c 8.5%と高値である以外は異常値なし. 血管造影検査:右橈骨動脈閉塞,尺骨動脈末梢に高 度狭窄(Fig. 1),両側下腿三分岐以下に多発性びまん性 狭窄あり.同時に施行した冠動脈造影にて#2 100%, #11 90%,#14 99%の二枝病変が判明. 経 過:冠動脈病変に対し当院循環器科にて回旋枝 に対するPTCA施行ののち発症約 3 週間後に上肢虚血の 予防のためバイパス手術を施行. 手術所見:全身麻酔下に前腕橈側皮静脈を採取し狭窄 部を越えるように尺骨動脈にバイパスをおいた(Fig. 2). 1 済生会和歌山病院心臓血管外科(Tel: 073-424-5185) 〒640-8158 和歌山県和歌山市十二番丁45 2 和歌山県立医科大学第一外科 受付:2003年 5 月 6 日 受理:2003年12月 9 日日血外会誌 13巻 1 号 22 22 術後経過:術後は特に問題なく,グラフトは拍動が 良好に触知されていた.術後 2 ヶ月に行った上肢動脈 造影にてバイパス中枢側の狭窄進行が判明し(無症状) これに対し小伏在静脈を用いたバイパス術の追加を要 した.その後の経過は良好で両側上肢間に血圧較差な く術後造影にても開存が確認されており,再手術後 10ヶ月の現在無症状でワーファリン服用下に外来経過 観察中である. 症例 2:62歳男性. 主 訴:左上肢しびれ,疼痛,冷感. 既往歴:高血圧.1 年前に閉塞性動脈硬化症にて左大 腿−膝窩動脈バイパス術を施行.タバコ一日40本,40 年. 現病歴:1 0 日ほど前より左手関節より末梢のしび れ,疼痛,冷感出現し増強してきたため来院. 現 症:血圧(右上肢)172/88mmHg,脈拍95 / 分, 整.胸部,腹部異常なし.左上肢は手関節以降が蒼白 でしびれ感あり.左橈骨,尺骨動脈ともに触知せず, ドップラー血流計にても聴取されず.右上肢は正常. 血液生化学検査:特に異常値なし. 血管造影検査:上腕動脈が遠位部で完全閉塞してお り,橈骨,尺骨動脈は全く描出されず側副血行路にて かろうじて前骨間動脈末梢の血流が確認された(Fig. 3). 手 術:緊急入院ののち当日全身麻酔下に緊急手術 を行った.まず左下肢より大伏在静脈を採取し,皮下 を通して左上腕−前骨間動脈バイパス術を施行した. 術後経過:術後は特に問題なく経過し手指の機能障 害も生じなかった.術後早期の血管造影でもグラフト は良好に開存していた(Fig. 4).手関節での血圧は健側 と13mmHgの差のみであった.術後11ヶ月の現在外来に てワーファリン服用下に経過観察中である. 考 察 上肢動脈の閉塞や狭窄による虚血はまれであるとさ れている1,2).多くは鎖骨下動脈の動脈硬化性病変や上 腕動脈の外傷性閉塞,心房細動による血栓塞栓症など である.狭窄や閉塞が生じても側副血行路の豊富な上 肢に症状のでることは少ないともいわれている.今回 の 2 症例とも急性血栓塞栓症の可能性が強いが下肢の 動脈硬化性病変も存在した.いずれにしても前腕部に 血流を供給している橈骨,尺骨動脈いずれにも高度の 閉塞性病変が存在し安静時の症状を呈しており下肢の 慢性閉塞性病変でいうFontaine 3 度の状態であった.こ のままでは上肢の壊死に発展する恐れがあり,われわ れは救肢目的で早期の血行再建術を施行した.症例 1 で は来院時症状は軽減していたがこれは狭窄部にできた 血栓が溶解したか,血管攣縮が関与しており近医での PGE1製剤が著効したかと考えられる.しかし心房細動 もありこのままでは次の血栓塞栓症や強い攣縮の発作 時に虚血が生じる可能性が非常に高いと判断し手術を 施行した.症例 2 では血栓除去術も考えられたが橈骨, 尺骨動脈とも血管造影で描出されず症状発症より10日 ほど経っていることもあり上肢を救うにはバイパス術 しかないと判断した.本例では唯一の末梢への血流を 供給していた前骨間動脈へのバイパスを行った.前骨 間動脈は比較的容易に剥離でき吻合も細い血管では あったが困難ではなかった.前骨間動脈へのバイパス 術は報告は少ないが,橈骨,尺骨動脈双方がグラフト Fig. 1 Preoperative right arm angiography of case 1. Radial
artery is occluded and ulnar artery has severe stenosis (arrow).
Fig. 2 Intraoperative photo of case 1. Ulnar artery bypass graft-ing was performed usgraft-ing arm vein (arrow).
2004年 2 月 23 駒井ほか:前腕部動脈バイパス術 不可能な場合は積極的に行うべきとの報告もある3). 前腕部へのバイパスの遠隔成績の報告は少ない. McCarthyら4)は27例の上肢のバイパス術症例中11例の前 腕部動脈へのバイパス症例を報告している.これら上 肢バイパス術の遠隔成績として末梢側吻合部が上腕動 脈分岐部より末梢になった場合の 2 年開存率は53%と そうでない場合の83%に比べ低かったとしている.ま たRoddyらは1986年から1998年の12年間での上肢慢性閉 塞性病変に対するバイパス術5 6 症例を報告している が,そのうち前腕部へのバイパス例は 9 例であった5). 早期に 1 例の閉塞が認められたが他の症例は遠隔開存 しており,末梢側グラフト吻合部位ではなく関節を越 えるか否かがグラフト閉塞に関与している傾向にあっ たとしている.このように前腕部へのバイパス術後遠 隔成績は一定の見解は得られておらずまたいずれの報 23 告でも確立された手術適応は示されていなかった.今 後メタアナリシスなどにより多くの症例による検討が 必要な課題であるが,少なくとも上肢重症虚血に対す る救肢目的での施行は現時点でも妥当であろうと考え られる. 使用したグラフトは症例 1 では初回は近接する前腕 橈側皮静脈を使用したが,血管壁が薄く非常に扱いに くかった.上肢静脈は遠隔予後にも問題があるとの報 告6)もあるため再手術時には将来可能性のある冠血行再 建や下肢血行再建時のために大伏在静脈を温存し小伏 在静脈を使用した.症例 2 では緊急手術でもあり採取 の容易な大伏在静脈を使用した.グラフトの質として は大伏在静脈がよいが,上肢虚血症例には心臓や下肢 の動脈閉塞性疾患が合併することが多く4)症例ごとに検 討するべきであろうと思われる.
Fig. 4 Postoperative left arm angiography of case 2. Brachial- anterior interosseus artery bypass with saphenous vein is well patent. Fig. 3 Preoperative left arm angiography of case
2. Brachial artery is occluded above the elbow and only anterior interosseus artery is visualized through the collateral flow.
日血外会誌 13巻 1 号
24 24
Two Cases of Bypass Grafting for a Forearm Artery
Hiroyoshi Komai
1, Masanobu Juri
1, Kazuhito Hata
1, Hiroyoshi Sekii
2and Yoshitaka Okamura
21 Department of Cardiovascular Surgery, Saiseikai Wakayama Hospital 2 Department of Thoracic and Cardiovascular Surgery, Wakayama Medical University
Key words: Arteriosclerosis, Upper extremity, Forearm, Bypass surgery
We report two cases of bypass grafting for a forearm artery necessitated by arm ischemia.
Case 1: A 74-year-old man with diabetes mellitus and atrial fibrillation presented with sudden hypesthesia, pain, and paleness in the right hand. Angiography revealed occlusion of the radial artery and severe stenosis of the ulnar artery. Ulnar-ulnar artery bypass grafting was performed with an arm vein. Although the patient needed another bypass operation two month later, because of re-stenosis, he was symptom-free 1 year after the first operation.
Case 2: A 62-year-old man presented with sudden hypesthesia, pain, and coldness in the left hand. Femoro-popliteal bypass grafting had been carried out previously. Angiography revealed occlusion of the brachial artery and only the anterior interosseous artery was visualized with collateral blood flow. Brachial-anterior interosseous artery bypass grafting with the great saphenous vein was performed on an emergency basis. The patient is well without symptoms 11 months after operation.
Bypass grafting to a forearm artery remains a challenging operation, but is one option to prevent severe ischemic
insults. (Jpn. J. Vasc. Surg., 13: 21-24, 2004)
結 語 われわれは上肢重症虚血に対し前腕部への動脈バイ パス術を 2 症例に行い良好な結果を得た.前腕部への 動脈バイパス術の適応となる症例は少ないが,救肢目 的の例では積極的に試みるべきと考えられた.長期予 後に関しては厳重な経過観察が必要と考える. 文 献
1) Welling, R. E., Cranley, J. J., Krause, R. J., et al.: Oblitera-tive arterial disease of the upper extremity. Arch. Surg., 116: 1593-1596, 1981.
2) Bergqvist, D., Ericsson, B. F., Konard, P., et al.: Arterial surgery of the upper extermity. World J. Surg., 7: 786-791,
1983.
3) Whitehouse, W. M. Jr., Zelenock, G. B., Wakefield, T. W., et al.: Arterial bypass grafts for upper extremity ischemia. J. Vasc. Surg., 3: 569-573, 1986.
4) McCarthy, W. J., Flinn, W. R., Yao, J. S., et al.: Result of bypass grafting for upper limb ischemia. J. Vasc. Surg., 3: 741-746, 1986.
5) Roddy, S. P., Darling, R. C. III, Chang, B. B., et al.: Bra-chial artery reconstruction for occlusive disease: a 12-year experience. J. Vasc. Surg., 33: 802-805, 2001.
6) Belkin, M., Conte, M. S., Donaldson, M. C., et al.: Pre-ferred strategies for secondary infrainguinal bypass: les-sons learned from 300 consecutive reoperations. J. Vasc. Surg., 21: 282-293, 1995.