*凡例 1. ル ー ト ヴ ィ ヒ・ ベ ヒ シ ュ タ イ ン 編 著『ド イ ツ 伝 説 集』 (一 八 五 三) (略 称 を D S B と す る) の 訳・ 注 で あ る 本 稿 の 底 本 に は 次 の 版 を 使用。 D eu tsc he s S ag en bu ch vo n L ud w ig B ec hs tei n. M it se ch ze hn H olz sc hn itt en na ch Ze ich nu ng en vo n A . E hr ha rd t. Le ip zig , V er lag vo n G eo rg W ig an d. 1853. ; R ep rin t. N ab u P re ss . 初版リプリント。因みに一〇〇〇篇の伝説を所収。 2. DSB所載伝説の番号・邦訳題名・原題は分載試訳それぞれの冒頭に記す。 3.ヤーコプとヴィルヘルムのグリム兄弟編著『ドイツ伝説集』 (略称を DSとする)を参照した場合、次の版を使用。 D eu tsch e Sa ge n he ra us ge ge be n vo n B rü de rn G rim m . Z w ei B än de in ein em B an d. M ün ch en , W in kle r V er lag . 1981. V olls tä nd ig e A us ga be , n ac h d em T ex t d er d rit te n A ufl ag e v on 1891. 因みに五八五篇の伝説を所収。 なお稀にではあるが、DSの英語訳である次の版(略称をGLとする)も参照した。 Th e G er m an L eg en ds of th e B ro th er s G rim m . V ol.1/2. E dit ed an d tra ns lat ed by D on ald W ar d. In stit ute for th e Stu dy of H um an
ルートヴィヒ・ベヒシュタイン編著
『ドイツ伝説集』
(一八五三)
試訳
(その十)
鈴
木
滿
訳・注
Iss ue s. P hil ad elp hia , 1981. 4. D S B 所 載 伝 説 と D S 所 載 伝 説 の 対 応 関 係 に つ い て は、 分 載 試 訳 冒 頭 に 記 す D S B の 番 号・ 邦 訳 題 名・ 原 題 の 下 に、 ほ ぼ 該 当 す る D S の 番 号・ 原 題 を 記 す。 た だ し、 D S B 所 載 記 事 の 僅 か な 部 分 が D S 所 載 伝 説 に 該 当 す る 場 合 は こ こ に は 記 さ ず、 本 文 に 注 番 号 を 附 し、 「DS***に詳しい」と注記するに留める。 5. 地 名、 人 名 の 注 は 文 脈 理 解 を 目 的 と し て 記 し た。 史 実 の 地 名、 人 名 と の 食 い 違 い が 散 見 さ れ る が、 こ れ ら に つ い て は 殊 更 言 及 し な いことを基本とする。ただし、注でこれが明白になる分はいたしかたない。 6. 語 ら れ て い る 事 項 を、 日 本 に 生 き る 現 代 人 が 理 解 す る 一 助 と な る か も 知 れ な い、 と、 訳 者 が 判 断 し た 場 合 に は、 些 細 に 亘 り 過 ぎ る 弊 が あ ろ う と も、 あ え て 注 に 記 し た。 こ う し た 注 記 に お け る 訳 者 の 誤 謬 へ の ご 指 摘、 お よ び、 こ の こ と に つ い て も 注 記 が 必 要、 と い っ たご高教を賜ることができれば、まことに幸いである。 7.伝説タイトルのドイツ語綴りは原文のまま。 8.本文および注における〔 〕内は訳者の補足である。 『ドイツ伝説集』 (一八五三)試訳(その一) 一── 六〇 所収「武蔵大学人文学会雑誌」第四十四巻第一 ・ 二号 一一七〜二三五ページ、平成二十四年十一月 『ドイツ伝説集』 (一八五三)試訳(その二) 六一── 九〇 所収「武蔵大学人文学会雑誌」第四十四巻第三号 四六三〜五三〇ページ、平成二十五年二月 『ドイツ伝説集』 (一八五三)試訳(その三) 九一── 一三四 所収「武蔵大学人文学会雑誌」第四十四巻第四号 七五〜一七六ページ、平成二十五年三月 『ドイツ伝説集』 (一八五三)試訳(その四) 一三五── 一八四 所収「武蔵大学人文学会雑誌」第四十五巻第一 ・ 二号 一五七〜二八五ページ、平成二十五十一月 『ドイツ伝説集』 (一八五三)試訳(その五) 一八五── 二二五 所収「武蔵大学人文学会雑誌」第四十五巻第三 ・ 四号 九五〜一八〇ページ、平成二十六年三月 『ドイツ伝説集』 (一八五三)試訳(その六) 二二六── 二八八 所収「武蔵大学人文学会雑誌」第四十六巻第一号 二〇九〜三三〇ページ、平成二十六年十月 『ドイツ伝説集』 (一八五三)試訳(その七) 二八九── 三三九 所収「武蔵大学人文学会雑誌」第四十六巻第二号
一五一〜二四六ページ、平成二十六年十二月 『ドイツ伝説集』 (一八五三)試訳(その八) 三四〇── 三九四 所収「武蔵大学人文学会雑誌」第四十六巻第三 ・ 四号 一〜九八ページ、平成二十七年三月 『ドイツ伝説集』 (一八五三)試訳(その九) 三九五── 四四四 所収「武蔵大学人文学会雑誌」第四十六巻第三 ・ 四号 九九〜一九六ページ、平成二十七年三月 *本分載試訳(その十)の伝説 四四五 ミュールハウゼンの泉 Mühlhäuser Brunnen. 四四六 ヴィンフリートとシュトゥルミ
Winfried und Sturmi.
*DS181 Der heilige Winfried.
四四七 シュトゥッフェン 山 ベルク Der Stuffenberg. *DS182 Der Hülfenberg. 四四八 ヘルマン・フォン・トレフフルト
Hermann von Treffurt.
*DS580 Hermann von Treffurt.
四四九
乙女の帯
Der Gürtel der Jungfrau.
四五〇 エルベル Der Elbel. 四五一 ヴ ァ ル ト ブ ル ク 築 城 の し だ い Wie die Wartburg erbauet ward. *DS553 Wie Ludwig Wartburg
überkommen. / *DS582 Hungersnot in Grabfeld.
四五二 ルーラの 鍛 か じ や 冶屋
Der Schmied in Ruhla.
*DS556. Der hartgeschmiedete Landgraf.
四五三 貴 エ ー デ ル ア ッ カ ー 族の畑 Edelacker.
*DS557 Ludwig ackert mit seinen Adligen.
四五四
生ける城壁
Die lebendige Mauer.
*DS558 Ludwig baut eine Mauer.
四五五 鉄 デア・アイゼルネ・ラントグラーフ 方 伯 の 葬 儀 Des eisernen Landgrafen Begängniß. *DS559 Ludwigs Leichnam wird getragen.
四五六
ラインハルツブルン修道院が保護されたしだい
Wie Reinhardsbrunn geschirmt ward.
四五七
魂 ヘールゼーレンベルク
哭
山
の話
Von dem Hörseelenberge.
*DS174 Der Höselberg. 四五八 鉄 デア・アイゼルネ・ラントグラーフ 方 伯 の 魂
Des eisernen Landgrafen Seele.
*DS560 Wie es um Ludwigs Seele geschaffen
war. 四五九 ヴェーヌスの奥方と 荒 ダ ス ・ ヴ ィ ル デ ・ ヘ ー ア れ狂う同勢 の話
Von Frau Venus und dem wilden Heer.
四六〇
高貴な騎士タンホイザーの話
Vom edlen Ritter Tanhäuser.
*DS171. Tannhäuser. 四六一 ちいちゃな 帽 ヒ ュ ー ト ヒ ェ ン 子小人
Das kleine Hütchen.
四六二
ヴァルトブルクの合戦
Der Krieg auf Wartburg.
*DS561. Der Wartburger Krieg.
四六三 名 マイスター 匠 ク リ ン ゾ ル の 星 占 い Meister Klinsor weissagt aus den Sternen. *DS561. Der Wartburger Krieg. 四六四 ハ ン ガ リ ア か ら や っ て 来 た 小 さ な 許 いいなずけ 嫁 Die kleine Braut aus Ungarn. *DS563. Die Vermählung
der Kinder Ludwig und Elisabeth.
四六五
聖女エリーザベト
Die heilige Elisabeth.
四六六 聖 デ ア ・ ハ イ リ ゲ 者方伯 ルートヴィヒ
Der heilige Ludwig.
四六七 ゾフィーアの手袋 Sophia’ s Handschuh. *DS565. Frau Sophiens Handschuh. / *DS564 Heinrich
das Kind von Brabant.
四六八 頬に 嚙 か みつく Der Wangenbiß.
*DS566. Friedrch mit dem gebissenen Backen.
四六九 嚙 か ま れ 傷 の フ リ ー ド リ ヒ の 洗 礼 騎 行 F ried ric h d es G eb iss en en T au frit t. *D S5 67 M ark gr af F ried ric h
läß t s ein e T oc hte r s äu ge n. 四七〇 神秘劇 Das Mysterium. 四七一 郷 ユ ン カ ー 士 イェルク Junker Jörg.
*DS562. Doctor Luther zu Wartburg.
四七二
修道士と修道女
Mönch und Nonne.
四七三
呪われた娘
Die verfluchte Jungfer.
四七四 インゼル 山 ベルク の話 Vom Inselberg. 四七五 ヴェネチア人 Der Venetianer. 四七六 カ カ ル レ ス ・ ク ヴ ィ ン テ ス ール五世 Karles quintes. 四七八 綿毛に化けた 夢 ア ル プ 魔
Das Alp als Flaumfeder.
四七九 ヴィットゲン 巌 シ ュタイン Der Wittgenstein. 四八〇 ち レ ー ト テ プ フ ヒ ェ ン っちゃな富籤壺 Das Löthtöpfchen. 四八一 麵 バ ッ ク オ ー フ ェ ン ロ ッ ホ 麭焼き竈洞窟 Das Backofenloch. 四八二 山 ガ イ ス バ イ ン ス ロ ッ ホ 羊脚洞窟 Das Geißbeinloch. 四八三 蛇の 羹 ス ー プ 汁 Schlangensuppe. 四八四 ラ ラ イ フ シ ュ タ イ ク ス ハ ル デ イフシュタイク山の斜面 Die Reifsteigshalde.
四四五 ミュールハウゼンの泉 ミュールハウゼ ン (1 ( 近郊および市域内には幾つも泉源があり、これらは 遍 あまね く有名である。泉の一つはブライトジュ ルツ ェ (2 ( といい、町から北西へ半時間、ヘルプスト 山 ベルク 山麓にある。伝説にいわく。現在アントニウス 施 ホ ス ピ タ ー ル 療院 があると こ ろ に 昔 修 道 院 が 建 っ て い た。 こ こ の あ る 修 道 士(さ に あ ら ず、 ラ イ フ ェ ン シ ュ タ イ ン 修 道 院 (3 ( 所 属 の 修 道 士 な り、 との説も)が町に秘かに愛人を持っていて、夜毎通う際、この 巖 い わ を潜り抜けた、といまだに人が指差す。とうとう 事 が 明 る み に 出 る と、 坊 さ ん は 逮 捕 さ れ て 鷲 アードラートゥルム 塔 に (4 ( 禁 き ん こ 錮 、 死 刑 執 行 を 待 つ 身 と な っ た。 と こ ろ で か ね て か ら 町 の 飲用水は充分ではなく、 件 くだん の修道士は上水工事技術を心得ていた。そこで町よりもずっと奥まったブライトジュル ツェの泉から水を引くなら、自由の身にして遣わそう、と申し渡された。難事業に着手した修道士は、ヘルプスト 山 ベルク 、トーン 山 ベルク 、カルプ 山 ベルク の周囲をうねくね 迂 う か い 回 させた七千六百と十歩の水路を構築、行程およそ二時間半、水が山 を登っているかに見える箇所も少なからずといった具合だったが、泉の水を町へ供給することに成功、かくしてめ でたく釈放されるに至ったしだい。 こ れ ま た そ の 道 に 長 た け た 修 道 士 に よ っ て 成 就 し た 細 流 ラ イ ネ か ら の 導 水 を 語 る 極 め て よ く 似 た 伝 説 が ゴ ー タ (5 ( に ある。 ミュールハウゼン市西方にあるポッペローデ(廃村)の 泉 (6 ( は素晴らしく美しい。大きな源泉で水底まで鏡のごと く 明 澄 で あ る。 泉 の 水 ニ ン フ ェ の 精 は 尽 き る こ と な く 恵 み を 授 け 続 け、 水 は 二 つ の 池 を 満 た し、 十 二 の 水 車 を 回 し て い る。 げにありがたきことかな、と毎年謝辞と 敬 け い け ん 虔 な讃歌が捧げられ、若い男女が 二 ド ッ ペ ル フ ェ ス ト 重祭典 で (7 ( 祝う。いと歳古りた何本か
の 科 リ ン デ ン バ ウ ム の木 の下にしんと鎮もっている 噴 ベ ッ ケ ン 泉池 のすぐ傍に塔の附いた風変わりな 園 あ ず ま や 亭 があり、その涼しい堂内には昔も 今も数数の碑文が記されたし、記される。これらの碑文の内最上最美の 詞 ことば は 漆 し っ く い 喰 で塗り潰されてしまったが、ここ に再現してみよう。 罔 み ず は の め 象女 らが 頭 かしら をば光の花冠が飾るよう、 泉の 面 おもて を差し 覗 の ぞ き、 汝 な れ の面を 葉 は む ら 叢 で飾 れ (8 ( 。 ブライトジュルツェの泉にはまだこんな言い伝えもある。これはかつてさる修道院の泉だった。大方の修道院の ように、この修道院の近くにも教会があった。教会に隣接する鐘楼には三つの銀の鐘が下がっていた。ミュールハ ウゼン戦争当 時 (9 ( 修道院は破壊され尽くした。そこで銀の鐘を敵手に渡さぬため、一修道士がこれらを泉に沈めてい わく「三人の者が泉を 浚 さ ら い、一人が泉の中で命を落とさぬ内は、鐘が日の目を見ることはない」と。 随分昔になるが、アンメル ン ((1 ( の村塾の先生が夢を見た。ブライトジュルツェへ行け。すると泉の 畔 ほとり に綱が一筋見 つかるだろう。この綱を引け。そうすれば、かの三つの銀の鐘が揚がって来るだろう、と。この人は三度同じ夢を 見たので、ブライトジュルツェへ出掛けて行った。泉に近づくに従って、銀の鐘の麗しい響きが聞こえて来た。泉 の畔に着くと、何もかも夢に見た通りだった。綱を引くと、なんとまあ、三つの銀の鐘が徐徐に揚がって来るでは な い か。 と そ の 時 騎 馬 の 男 が 通 り 掛 か り、 「 好 グ ー テ ン ・ モ ル ゲ ン い 朝 で あ り ま す よ う に 、 お 師 匠 さ ん、 好 グ ー テ ン ・ モ ル ゲ ン い 朝 を お 祈 り し ま す じ ゃ 」 と声を掛けてよこした。挨拶された方がしごく愛想良く「これはまた 忝 かたじけ のうござる」と言葉を返す と ((( ( ──途端に恐 ろしい響きとともに鐘は水中に沈んでしまい、二度と再び日の目を見ることはなかった。
四四六 ヴィンフリートとシュトゥルミ 聖 者 ヴ ィ ン フ リ ー ト ((1 ( と シ ュ ト ゥ ル ミ ((1 ( は 異 教 徒 を 改 宗 さ せ よ う と ヘ ッ セ ン の 邦 く に に も や っ て 来 た。 当 時 カ ー ル 大 帝 〔= シ ャ ル ル マ ー ニ ュ〕 は デ ィ ー メ ル ラ ン ト ((1 ( で 戦 っ て お り、 イ ル ミ ン 柱 ゾ イレ ─ ((1 ( ─ カ ー ル は こ れ を 破 却── の あ っ た エ ー レス 城 ブルク とデーゼン 山 ベルク な ((1 ( る二つの堅固な城塞を占領した。率いる軍勢がデーゼン 山 ベルク 山麓で猛暑のため渇き死にしそう に な っ た 時、 カ ー ル は 神 に 祈 っ て ブ ブ ラ ー ボ ル ン ラ ー の 泉 を 噴 出 さ せ た。 こ の 泉 は 今 日 に 至 っ て も 潺 せ ん せ ん 潺 と 湧 き 出 て い る。 ヴ ィ ンフリートは異教徒の聖所が置かれているある山に来て、これを破壊、その場所に最初のキリスト教会を建立させ た。これこそあのクリスト 山 ベルク あるいはクリステン 山 ベルク であり、今日に至っても人人は、ヴィンフリートが聖なる熱狂 に 駈 か られてどんと踏み付けた、という足跡が刻まれた 巖 い わ を示す。山の別の場所だが、大帝の幕舎と軍勢の屯営が長 らくあったヴェーザー川を見下ろす高みには、カールが裁きを行った際に 坐 す わ った灰色の古巖があり、カールが 凭 も た れ た腕の重みで凹んだ 痕 あ と が残されている。ここには後にヘアシュテレ城と現在のヘアシュテレ行政 区 ((1 ( が置かれた。 ガイスマーリなる 農 ホ ー フ 場 ──その名は後世それから発展した都市ホーフガイスマールに残っている──から行程一 時 間、 今 日 の エ ー バ ー シ ュ ッ ツ 村 に、 デ ィ ー メ ル 川 右 岸 を 見 下 ろ す 険 し い 巖 い わ か べ 壁 が そ そ り 立 っ て い る。 そ の 最 高 所、 塁壁で囲まれた地点を 懸 ク リ ッ ペ 崖 と称する。異教徒はこの高みに連中の一件〔=神〕を 祀 ま つ っていた。そこへ巡礼杖を携え キリスト教の祭服を 纏 ま と った、だれ知る者とてない老人がやって来て、異教徒たちにキリストの生誕、生涯、苦難と 死、復活、昇天、再来を説いた。これを聞いた異教徒たちは、 荒 こ う と う む け い 唐無稽 で信じがたい話と思い、老人を脅した。と ころが老人は杖を地中に突き刺していわく「わしがそなたらに告げた報せ、 永 と こ し え 久 の福音がまこと真実であれば、唯
一 に し て 真 の 神 の 全 能 に よ り こ の 杖 が 芽 吹 き、 葉 を 付 け、 花 開 く こ と 必 ひつじょう 定 で あ る」 。── そ し て 双 も ろ て 手 を 天 に 挙 げ る と、 奇 き せ き 蹟 が 起 こ っ た。 杖 は 緑 と な り、 芽 吹 き、 枝 を 伸 ば し、 葉 を 付 け、 花 開 い た。 か く し て 異 教 徒 た ち は 信 心 し、 洗礼を受けた。かかる奇蹟を行ったのはヴィンフリートの 敬 け い け ん 虔 な弟子シュトゥルミだった。 大 グロース フ ァ ル グ ー ラ 村 の 伝 説 は 全 く 同 じ で あ る。 も っ と も こ ち ら の 方 で は、 杖 の 奇 蹟 を な し た の は ヴ ィ ン フ リ ー ト =ボニファチウスその人であり、更にこの奇蹟の木は 椰 や し 子 のごとき異国の樹型で、長らくこの地に立ち、尊崇され た、との付け加えがある。 四四七 シュトゥッフェン 山 ベルク エ ッ シ ュ ヴ ェ ー ゲ と ヴ ァ ン フ リ ー ト ((1 ( 地 方 に 一 座 の 高 山 が あ り、 毎 年 夥 おびただ し い 巡 礼 が、 と り わ け ア イ ヒ ス フ ェ ル ト か ら 訪 れ る。 ヴ ィ ン フ リ ー ト は か つ て 山 上 に 一 宇 の 礼 拝 堂 を 建 立 し た が、 建 築 の 途 中、 見 知 ら ぬ 男 が し げ し げ と やって来て、壁工と大工らに、一体何ができるのか、と 訊 た ず ねたもの。──そこで職人たちは「納屋でさあね」と答 え た。 男 は そ の つ ど こ う 聞 か さ れ て は 帰 っ て 行 っ た が、 と う と う う っ か り 納 屋 な る も の の 中 に 足 を 踏 み 入 れ て し まった。──するとなんと内部には祭壇が 設 しつら えられていて、祭壇上にはキリスト 磔 た く け い 刑 像が懸かり、納屋なんぞでは なくキリスト教の教会だったのだ。そして扉がばたあんと閉まり、男は外へ出られなくなった。ぎゃあっ、男は大 恐 慌。 い や も う、 こ や つ 自 身 が 悪 魔 で な か っ た ら、 て っ き り 悪 魔 に な っ ち ま っ た〔= 気 が 触 れ ち ま っ た〕 と こ ろ。 僅かな隙間があった 破 は ふ 風 に死に物狂いでばりばり穴を開け、屋根の上へと 遮 し ゃ に む に 二無二 脱出した。この穴だが、その後 どうやっても 塞 ふ さ ぐことができなかった。逃げた悪魔はそれからシュトゥッフェン 山 ベルク の胎内に潜り込み、ここにも穴
を残した。この穴はシュトゥッフェン 洞 ロ ッ ホ 窟 という名である。時折この洞窟から煙霧が立ち昇るそうな。これなんか つて悪魔が流した冷や汗の 名 な ご り 残 だとか。 ハールツ山地の麓にある町ゲルンロー デ ((1 ( の傍にもシュトゥッフェン 山 ベルク なる山がある。頂きには 園 あ ず ま や 亭 があり、かの 悪 トイフェルスマウアー 魔 の 壁 や (11 ( クヴェードリンブルク、ハルバーシュタットの絶景を楽しめる。 と こ ろ で ヴ ァ ン フ リ ー ト 近 く の シ ュ ト ゥ ッ フ ェ ン 山 ベルク 山 上 に ボ ニ フ ァ チ ウ ス 聖 者 が 建 立 し た 礼 拝 堂 は 聖 ザンクト ゲ ヒ ュ ル フ ェ ン と 称 し、 こ れ に 因 ち な ん で 山 も ヒ ュ ル フ ェ ン 山 ベルク と 呼 ば れ る こ と が あ る。 救 ザンクト・ゲヒュルフェン 難 聖 女 礼 拝 堂 を 聖 ザンクト キ ュ ン メ ル ニ ス と い う 者 も 少 な く な い。 苦 ザンクト・キュンメルニス 難 聖 女 は そ の 昔 素 晴 ら し く 美 し い 王 女 だ っ た が、 ク ヴ ェ ー ド リ ン ブ ル ク 修 道 院 を 創 立 し た 女 性 と 同 じ 事 態 に 追 い 込 ま れ た(D S B 三 二 二) の で、 主 し ゅ な る 神 に 男 の よ う な 髭 ひ げ を 生 や し て も ら い、 譬 た と え よ う も な い 美 貌 を 台 無 し に し た。 ド イ ツ 諸 邦 に は こ う し た ヒ ュ ル フ ェ ン = キ ュ ン メ ル ニ ス 礼 拝 堂 が た く さ ん 存 在 す る。 ザ ー ル フ ェ ル ト 近 郊 に あ る そ の 内 の 一 つ で 彫 像 に 関 す る 特 別 な 伝 説 が あ る も の に つ い て は い ず れ 詳 し く 述 べ よ う (DSB五三二) 。 四四八 ヘルマン・フォン・トレフフルト ヴァンフリートの向こうに位するトレフフル ト (1( ( 近郊、ヴェラ川左岸に巨大な山が 聳 そ び え立ち、ヴェラ河谷へと険し く な だ れ 込 ん で い る の が 遠 く か ら も 見 え る。 そ の 名 は ヘ ラ ー 巖 シ ュタイン 、 ま た ノ ル マ ン 巖 シ ュタイン と も い う。 昔 ト レ フ フ ル ト に ヘ ル マ ン・ フ ォ ン・ ト レ フ フ ル ト な る 敬 け い け ん 虔 な 騎 士 が 住 ん で い た。 彼 は ま こ と に よ く で き た 御 仁 だ っ た が、 た っ た 一 つ欠点──これをしも欠点と申すならだが──があった。女色を 愛 め でることに関しては極めて 融 ゆ う ず う む げ 通無碍 、ご婦人方
が、だらしのない悪いひと、と仰せになる度合いがいとも甚だしかったのであって、これを彼は神に感謝した。さ てこの雄雄しき騎士は、およそ情事の火種が転がっているところならいつどこへでも、聖処女マリアの 祈 き と う 禱 を唱え て──なにしろマリア様はトレフフルト騎士ヘルマンが崇め尊ぶ唯一の処女だったのでね──馬を走らせるに 吝 やぶさ か でなかったし、また事実随分と出掛けたもの。ある晩騎士は騎馬でクロイツブル ク (11 ( 辺りかなにか、ま、いずれにせ よ気立ての好い麗人がいる場所に赴いた。けれどもこの御仁、騎士タンホイザ ー (11 ( よろしく近場のヴェーヌス 山 ベルク をご 訪問あそばした〔=色事を 愉 た の しんだ〕ばかりではなく、 酒 バ ッ コ ス 神 山 ベルク にも立ち寄った〔=飲酒にも 耽 ふ け った〕ので、馬上で こっくりこっくり。ために馬はゼルマンスハウゼンを過ぎると左手の脇道に逸れてしまった。左側とか左翼なんて のはなんでもそうだけれども、お 蔭 か げ で由由しい事態とあいなった。馬は河谷に入ってごく近くのトレフフルトを目 指す代わりに、巨大なヘラーシュタインに登るかなりの迂回路沿いにご主人を乗せて進んで行ったのである。ずん ずん行く内に遂に例の断崖の縁に出た。そこでもちろん馬はびっくりして立ち止まり、跳びすさった。この衝撃で 艶夢からはっと目覚めた騎士は、この 莫 ば か 迦 馬、なんだってわしを起こしおるのだ、と考え、罰として馬にしたたか に拍車を掛けた。その結果馬は、ザーレ河谷に 屹 き つ り つ 立 するギービヒェンシュタイン 城 (11 ( の高さのおよそ三倍はあろう恐 ろ し い 断 崖 の 底 へ 躍 り 込 ん だ。 敬 虔 な ヘ ル マ ン は 突 然 自 分 が も う 騎 行 で は な く 飛 行 し て い る の に 気 付 き、 ル ー ト ヴ ィ ヒ 跳 デア・ シ ュプリンガー 躍 伯 と (11 ( 同 様「助 け て、 聖 な る マ リ ア 様、 そ な た の 僕 しもべ を お 救 い あ れ」 と 叫 ん だ。 す る と 温 か く 柔 ら か い 女 性の腕に抱かれ、受け止められ、鞍からそっと持ち上げられたような気がした。かくして彼は細い血管一本、小骨 一 本 損 な う こ と な く 助 か っ た。 馬 は と い え ば 顚 て ん ら く 落 死 し し、 騎 士 の 剣 は 落 下 の た め 鞘 さ や の 中 で 硝 ガ ラ ス 子 の よ う に 粉 粉 に 砕 け た。こうして罪にまみれての急逝を 奇 き せ き 蹟 的に免れた騎士は、その後世俗と肉欲の 快 け ら く 楽 からすっかり縁を切り、従前 にも増して信心深くなり、クロイツブルクとヴェーヌスベルクの間にあるアイゼナハに行って修道士となり、その
腕で抱き留め、持ち上げてくださった聖処女にひたすらまめやかに祈り、かしずいた。かくして、福音書にあるあ の美しい罪の 女 (11 ( のごとく、大いに愛を捧げたので、大いに許されたしだいである。 四四九 乙女の帯 蒼古たるハルシュタ ル (11 ( 一族の殿たちが今なお栄えているミー ラ (11 ( 対岸、ヴェラ河谷のクロイツブルクを見下ろす位 置にその昔ミュンスターキルヒェンという壮麗な修道院があった。豊かな資産と装飾に恵まれたこの修道院には幾 つもの高い丸屋根と塔が 聳 そ び え、素晴らしい鐘があり、その響きは広く谷のそちこちで聞こえた。さりながらテュー リンゲンの 邦 く に を荒廃させた数数の戦争のためミュンスターキルヒェン修道院は廃墟と化し、ミーラの建物はほぼ修 道院の石材で作られた、という話である。とどのつまり緑なす低い丘陵が後に残ったに過ぎず、ヴェラの流れが大 きな弧を描いて囲い込み、しばしば 氾 は ん ら ん 濫 して水没させるその場所は「 砂 ザ ン ト 地 」と呼ばれるのみ。けれども教会の大祝 日の折、信心深い巡礼たちが河谷をゲヒュルフェン 山 ベルク へぞろぞろやって来ると、地中深くミュンスターキルヒェン の巨鐘が鳴り渡るのを耳にしたものである。この鐘はエアフルトの名高い最大の鐘と同じく、 栄 マ リ ア ・ グ ロ リ オ ー サ 光ノまりあ なる名 だった。さて、 砂 ザ ン ト 地 の縁にある共有牧草地で貧しい若い娘が羊の番をしながら、ヴェラ河畔の 榛 は ん の木林で寝入って しまったことがある。そして、 獰 ど う も う 猛 な様子の二人の男が例の近くの丘の上で闘い合うのを見、加えてあの地中に沈 んだ鐘が鳴り響くのが聞こえた、という夢を見た。目を覚ますと、二頭の若い 牡 お う し 牛 が激しく争い合い、地面を 蹄 ひづめ で 踏み鳴らし、 土 つ ち く れ 塊 が周囲に飛び散るほど 穿 ほじく り返していた。そこで娘はそこへ急ぎ、格闘している獣たちを追っ払っ て 喧 け ん か 嘩 を止めさせたが、なんとまあ、牛どもが掘り返した場所の土から鐘の耳が突き出しているのだ。乙女は驚喜
して帯を解き、一方の端を鐘に、もう一方を近くの 灌 か ん ぼ く 木 に結び付け、牡牛どもを丘から追い払い、川向こうのミー ラへ走って、何を見つけたか知らせた。そこで町中が 挙 こ ぞ ってやって来て、ミュンスターキルヒェンの美しい巨鐘を 厳かに掘り出し、町へと運んだ。これが現在ミーラ最大の鐘である。どうやら乙女の帯は魔力を行使したのであろ う。さもなければ鐘は再び大地に沈んでしまったに違いない。クロイツブルクとアイゼナハの中程にあるベル カ (11 ( で も 教 会 の 鐘 楼 に 立 派 で 大 き な 鐘 が 吊 ら れ て い る。 こ れ は 町 を 見 下 ろ す 山 で 遊 ん で い た 子 ど も ら が 見 つ け た も の で、 今なお、ここがその場所、と示される。土地の者はだれもこの言い伝えが本当であることを疑わない。ここの牧師 さんいわく「この鐘にも銘文があります。しかし、これまで随分学者先生が来たのに、読むことができませんでし た。つまりですな、訳の分からぬ文を読み解くのに 長 た けた学者は多いのですけれども、ドイツ語は不得手でいらっ しゃるようで。と申すのは、この銘文、ちゃんとドイツ語で鐘に鋳込まれていて、 易 や す や す 易 と読めるのですから」 。 四五〇 エルベル ミーラ周辺およびミーラ自体で 荒 デ ア ・ ヴ ィ ル デ ・ イ ェ ー ガ ー れ狂う猟師 はエルベ ル (11 ( と呼ばれる。このこと、ドイツ神話にとって大いに意味 深 長 で あ る。 エ ル ベ ル は 廃 村 ヴ ェ ル ナ ー ス ハ ウ ゼ ン── こ こ は か つ て フ ォ ン・ ヴ ァ ン ゲ ン ハ イ ム 一 族 の 居 城 で あ り、彼らは今日に至るまで練達の猟人である──の背後に 聳 そ び える 巖 い わ の裂け目に 棲 す んでいる。更にウンシュトルート 河 谷 と ヴ ェ ラ 河 谷 お よ び ヘ ー ル ゼ ル 河 谷 の 間 に 長 く 伸 び て い る 山 地 ハ イ ニ ヒ へ と 登 っ て 行 く と、 エ ル ベ ル 巖 シ ュタイン と エ ルベルの 説 カ ン ツ ェ ル 教壇 がある。エルベルとその狩猟隊はハイニヒ山地とその周囲を 轟 ご う ご う 轟 びゅうびゅうと荒れ回る。ここが 縄張りの猟区なのである。三十年戦争当時ミーラに居を構えていたハルシュタルの殿お抱えの猟師でひどい荒くれ
者 が い た。 た だ し そ の 名 は マ ッ ク ス で も カ ス パ ー ル で も な く (1( ( 、 ヘ ル ツ ァ ー コ プ フ と い っ た。 こ の 男 が あ る 時 犬 を 連 れて狩りをしているとエルベルとその狩猟隊に出くわした。追われているのは髪を 靡 な び かせた美しい乙女で、全速力 で 飛 ぶ よ う に 逃 げ て い た。 ヘ ル ツ ァ ー コ プ フ は こ の 乙 女 が 大 い に 気 に 入 っ て 自 分 も す ぐ さ ま エ ル ベ ル の 仲 間 に 加 わ り た く な っ た。 こ う し た 獲 物 は 殺 し た く な か っ た か ら、 彼 は 荒 デ ィ ー ・ ヴ ィ ル デ ・ ヤ ー ク ト れ 狂 う 狩 猟 隊 が 轟 轟 と 傍 を 通 り 過 ぎ る 時、 め く ら めっぽうに銃を発射した。すると、なんと、この射撃が大成功、というのはこれまでお目に懸かったこともない見 事な 牡 お す ののろ鹿が弾丸に 中 あ た って 繁 し げ みを押し分け、彼の 足 あ し も と 許 にくずおれて息を引き取ったので。以来、ヘルツァーコ プ フ は 撃 て ば 必 ず 大 物 を 仕 留 め る よ う に な っ た。 そ こ で 彼 は エ ル ベ ル が 仲 間 に な り た い と い う 願 い を 叶 え て く れ た こ と が 分 か っ た。 あ る 日、 主 人 と と も に 狩 り に 出 掛 け た ヘ ル ツ ァ ー コ プ フ は 坐 す わ り 込 ん で、 朝 飯 に 取 り 掛 か っ た。 ハ ル シ ュ タ ル の 殿 は も っ と 先 へ 進 み た か っ た の で、 機 嫌 を 損 じ、 ど う い う つ も り だ、 と 詰 な じ っ た。 「の ん び り な さ い ま し よ、 ご 主 人 様」 と ヘ ル ツ ァ ー コ プ フ 。「犬 ど も を 放 し ま し ょ う や。 で も あ た し ら が く た び れ る こ た あ あ り ま せ ん て」 。── こ う 言 う な り、 猟 犬 た ち を 放 し、 ぐ い と 一 飲 み す る と、 銃 の 擊 鉄 を 起 こ し、 空 中 へ 発 射 し た。 す る と な ん と も 素 晴 ら し い 殿 エ ー デ ル ヒ ル シ ュ 様 牡 角 鹿 が (11 ( ほ ぼ 肩 け ん こ う こ つ 胛 骨 の 間 を 射 た れ て 跳 び は ね て 来 た。 す る と ヘ ル ツ ァ ー コ プ フ は ハ ル シ ュ タ ルの殿に猟刀を差し出して「ご主人様、この 十 ゼ ヒ ツ ェ ー ン エ ン ダ ー 六叉角鹿 に 止 と ど めをお刺しになったらいかがで」と言った。──「い や、 き さ ま は 妖 術 使 い、 魔 弾 の 射 手 (11 ( に な り お っ た な」 と ハ ル シ ュ タ ル の 殿 は 叫 び、 渡 さ れ た 鹿 ヒ ル シ ュ フ ェ ン ガ ー 猟 用 猟 刀 を 投 げ 捨 て た。 な に し ろ 信 心 深 い お 人 だ っ た の で。 「き さ ま に は 暇 いとま を 遣 わ す。 今 後 は エ ル ベ ル に 仕 え る が よ か ろ う。 こ の わ し で は な く な」 。──「お 許 し 忝 かたじけ な く 頂 ちょうだい 戴 つ か ま つ り ま し た。 あ た し も そ れ が 望 み で さ あ ね」 。 ヘ ル ツ ァ ー コ プ フ は 傲 ご う ぜ ん 然 と言い放ち、帽子を被り、銃を主人にぽんと 抛 ほ う り、もう一度飲んでから、持った酒杯を投げて壊し、別れの挨 拶 も 世 話 に な っ た 礼 も 抜 き に し て 歩 み 去 っ た。 そ れ 以 来、 こ の 猟 師 は ま さ に エ ル ベ ル の 眷 け ん ぞ く 属 と な り、 エ ル ベ ル 巖 シュタイン
上の待ち伏せ場でエルベルの傍らに立っているのがしばしば見られるようになった。今日、アイゼナハとミーラか らミュールハウゼンへ通じる新道が中央を貫通しているハイニヒ山地でもさして狩りは行われないし、魔弾の射手 た ち も 滅 多 に い な く な っ た。 た だ し ヘ ル ツ ァ ー コ プ フ の 類 たぐい は い ま だ に 夥 おびただ し い。 い や 全 く の 話 が。 も っ と も あ り が た いことに連中は妖術使いではない。 四五一 ヴァルトブルク築城のしだい 古伝承によれば、悠久の昔アイゼナ ハ (11 ( をギュンターなる王が治めており、その息女クリームヒルデにフン族の王 エッツェ ル (11 ( が求婚、この地で盛大な 華 か し ょ く 燭 の典を挙げたそうだが、近隣の山山全てを凌ぐ 巖 い わ だらけの峰が町の背後に 突 と つ こ つ 兀 として 聳 そ び え立ち、その頂きにはめったに人が足を踏み入れなかった。その頃既に一連の城郭がテューリンゲン の 邦 く に を ぐ る り と 取 り 巻 い て い た。 な に し ろ、 フ ラ ン ク 族 諸 王 の 古 い デ ィ ス パ ル グ ム の 数 数 (11 ( が 異 教 の 神 神 の 聖 所 が あった高み──キフハウゼン、ディースブルク、メルヴィスブルク、シャイドゥンゲン等等にあったし、ヘルトブ ルク、コーブルク、ゾルベンブルク、ルードルフスブルク、エッカルツブルク、フライブルク、ギービヒェンシュ タ イ ン、 ザ ク セ ン ブ ル ク と い っ た 砦 とりで が、 貴 族 一 門 の 揺 よ う ら ん 籃 の 地 グ ラ イ フ ェ ン シ ュ タ イ ン(ブ ラ ン ケ ン ブ ル ク) 、 シ ュ ヴ ァ ル ツ ブ ル ク、 ケ ー フ ェ ル ン ブ ル ク、 グ ラ イ ヒ ェ ン、 ブ ラ ン ケ ン ブ ル ク・ ア ム・ ハ ー ル ツ、 ア ン ハ ル ト、 マ ン スフェルト、シュトールベルク、フランケンシュタイン、フランケンベルク、ヘンネベルク等等と同様、少なから ぬ 王 家 君 侯 の 居 城 と 並 ん で テ ュ ー リ ン ゲ ン を 防 ぼ う ぎ ょ 禦 し て い た の で。 ア イ ゼ ナ ハ を 見 下 ろ す 山 地 の 向 こ う 側 に フ ラ ン ケ ン シ ュ タ イ ン の 殿 た ち が こ う し た 城 塞 を 持 っ て い た。 そ の 名 は ミ ッ テ ル シ ュ タ イ ン。 も っ と も 一 族 発 祥 の 城 は
ヴ ェ ラ 河 谷 の 上 流 山 地 に 聳 え て い た の だ が。 さ て、 ル ー ト ヴ ィ ヒ 髭 デ ア ・ ベ ル テ ィ ゲ も じ ゃ 伯 の 子 息 で 後 に 跳 デア・ シ ュプリンガー 躍 伯 と 添 え 名 さ れ た かのルートヴィヒ伯が居城のシャウエンブルクからヴェラ河谷──ここに彼はやがてラインハルツ 泉 ブルン 修道院を建立 す る (11 ( (そ の 場 所 に 不 思 議 な 小 さ な 焰 ほのお を 見 た 陶 工 ラ イ ン ハ ル ト に 因 ち な ん で そ う 名 付 け ら れ た)── へ 騎 馬 で や っ て 来 た。猟獣の跡を 跟 つ けながらヘールゼル河谷に沿って進んでいると、不意に円錐状の巖山が見えた。巖山は陽光を浴 びて、谷谷に垂れ籠めていた霧から高く突き出ていたのである。若き伯爵は駒を止め、しばし黙想し、高らかにこ う叫んだ。 「 山 ヴ ァ ル ト ・ ベ ル ク よ、待っておれ 、おぬしをわしの城にいたそうぞ」 。そして 扈 こ じ ゅ う 従 の者たちが追いつくのを待った。と ころが狩りの一行にいた年輩のだれかれから聞かされたのは、その山の持ち主は彼でも彼の父親でもなく、所領を 接するフランケンシュタイン一族だ、ということ。けれども伯爵は 怯 お めず臆さず妙計を案出。まず近くにある父親 の 領 地 か ら 夜 陰 に 乗 じ て こ っ そ り 土 を 幾 い く か ご 籠 も 幾 籠 も か の 山 上 に 運 び、 そ こ の 地 表 へ 一 手 ハ ン ト 幅 の 高 さ に 拡 げ さ せ 終 わ ると、次いで塁壁の築工と地所の掘り返しを開始した。フランケンシュタインの殿たちは、もう手遅れとなってか ら、ミッテルシュタイン城を見下ろす位置にだれかが断りもなく築城をしているのに気付いた。殿たちは堪え忍び たくはなかった。なかったが、可憐な 薔 ば ら 薇 を手折った唄のあの少年と同 様 (11 ( 、堪え忍ばなければならなかった。なに せ、 彼 ら が 伯 爵 を 攻 撃 し よ う も の な ら、 伯 爵 の 方 は 高 み か ら 真 ミ ッ テ ル シ ュ タ イ ン ん 中 石 城 の 真 ん 中 に 荷 車 一 台 分 も の 石 シ ュタイン を 投 と う て き 擲 す る ことだってできたのだから。さて、こうした築城が行われた一〇六七年は折しも 惨 さ ん た ん 憺 たる飢渇に見舞われた歳だっ た。 葡 ワ イ ン 萄 酒 が ろ く す っ ぽ で き な い の で、 聖 せ い さ ん し き 餐 式 に も 事 欠 く 町 村 が 少 な く な い と い う 有 様。 ま こ と に 恐 ろ し い こ と だった。そうした時はテューリンゲンの伯爵が城塞を築いている、との噂を聞きつけた在在所所の貧民たちは大挙 して押し寄せ、切石を 曳 ひ くやらなにやら工事の手伝いをした。それもただ日日の 糧 か て を得て餓死せずに済めばよいと いうだけのことで。なにしろこの時代にはこんな話もあったのだ。グラープフェル ト (11 ( から妻といとけない子どもを
連れてテューリンゲンの築城現場へと志した男が、途中で子どもを殺し、その肉を 喰 く おうとしたのである。もし神 が、丁度 牝 め じ か 鹿 を引き裂いている二頭の狼を男にお見せにならなかったら、兇行に及んでいたところ。男は狼どもを その獲物から追い払い、牝鹿を取り上げて餓えを満たすことができた。 とにもかくにもフランケンシュタインの殿たちは、伯爵が我らの所領に築城しております、と皇帝ならびに帝国 に訴え出た──当時にあってももう裁判沙汰は延延と時間の掛かるものと決まっていて、現代に至るまでこうした 傾向は司法官および弁護士たちが 大 お お も う 儲 けするように極めて賢明に維持され続けている──が、そうこうする内築工 はほぼ完成、伯爵は、城山を初めて遠望した時に叫んだ自分の言葉に 因 ち な み、新城をヴァルトブル ク (11 ( と命名した。そ して誓言が成就するように、伯爵はフランケンシュタイン一族に対し、築城した土地は彼らのものではなく、自分 のものであることを証明する、と申し出、当時の習俗に倣い、地所に関し誓いを立ててこれを確証する十二人の宣 誓補助 人 (1( ( を選び、これられっきとした人士とともに築城現場に赴いた。宣誓補助人たちは剣を抜いて土が 撒 ま き散ら さ れ た 地 面 に 突 き 刺 し、 伯 爵 と 一 緒 に、 自 分 た ち が 伯 爵 所 有 の 土 の 上、 す な わ ち 彼 自 身 の 土 地 の 上 に 立 っ て い る、 と声を 揃 そ ろ えて誓った。こうした宣誓補助人の宣誓にはいかなる異議申し立ても甲斐無く、フランケンシュタインの 殿たちは正義を明らかにするはずの裁判のこの上ない不正を甘受せざるを得なかった。ヴァルトブルク城はこうし て築かれ、命名されたのである。近代になって城の 瓦 が れ き 礫 の下深くにひどく錆びた十二本の大きな鉄剣がぶっちがい に横たわっているのが発見された。これはルートヴィヒ伯の宣誓補助人の帯剣で、土地をより堅固にするため埋め 込まれたものと思われる。
四五二 ルーラの 鍛 か じ や 冶屋 ヴァルトブルク城を築き、アイゼナハ市を市壁で囲み、ラインハルツブルン修道院を建立、同修道院で修道士と なって 贖 しょくざい 罪 を行ったルートヴィヒ伯は、やはりルートヴィヒという子息を残した。皇帝はこの人をテューリンゲン 方 ラントグラーフ 伯 に 任 命 し た (11 ( 。 彼 は 若 年 の 上、 温 良 な 性 格 (11 ( で、 貴 賤 の 別 な く 臣 下 に 対 し ご く 寛 大 か つ 謙 虚 に ふ る ま っ た。 こ う し た 為 ひととなり 人 は 配 下 の 封 臣 た ち に 弱 さ、 愚 か し さ と 受 け 取 ら れ た。 彼 は 処 罰 を 嫌 い、 訴 訟 沙 汰 を 耳 に す る の も 好 ま ず、 万人に心からの信頼を寄せ、貴族たちが民草を手ひどく圧制し、都市の市民も田舎の農民も 夥 おびただ しい暴力 沙 ざ た 汰 を忍ば ざるを得ないでいるのを知らなかった。数数の哀訴嘆願が主君に伝わるのを側近の者たちが妨げたのでなおさらで ある。 ある日の夕べ、馬で狩りに出た若き方伯は森で踏み迷い、やっとルール 村 (11 ( の近くに 辿 た ど り着いた。そこで 野 の か じ 鍛冶 の 明るい炉の火の輝きを夜の闇の彼方に見つけ、そちらを目指し、鍛冶屋に一夜の宿りを求めた。鍛冶屋はこの青年 が だ れ だ か 分 か ら ず、 素 性 を 訊 き い た。──「わ た し は そ な た の 主 君、 方 伯 の 狩 人 の 一 人 な の だ」 。──「え え 糞 く そ 、 方 伯 の、 だ と な」 と 鍛 冶 屋 は 叫 ん で ぺ っ と 唾 つ ば を 吐 き、 口 を 拭 ぬ ぐ っ た。 「あ れ の 名 を 言 え ば 口 を 拭 ふ か に ゃ な ら ん。 そ の 名で汚れんように。 悪 わ る お情け深い 莫 ば か 迦 殿様めが。まっことわしがあんたを泊めるのはあんたの主人のためではない ぞ。ささ、あんたの馬を納屋へ 牽 ひ いて行きなされ。それからこっちへ来て 坐 す わ るがええ。有り合わせを飲み食いして 藁 わ ら の 上 で 休 む だ な。 な に せ こ こ に ゃ あ 寝 道 具 な ど あ り ゃ せ ん で」 。 方 伯 に し て み れ ば、 こ う し た 荒 っ ぽ い 文 句 が な んとも腑に落ちなかったが、黙ったまま乗馬を屋根の下に入れてやり、それから鍛冶場に戻った。鍛冶屋はもうろ
くすっぽ彼に構わず、 鞴 ふいご を動かして火を 煽 あ お り、かっかと燃え立たせて鉄を灼熱させ、じゅっと水に漬けると、再び 灼熱させ、 鎚 つ ち で打ち始めた。そして打つたびに絶えず「ルートヴィヒ方伯、堅く〔=厳しく〕なれ、堅くなれ」と 叫び、火花が飛び散るほどに重い鎚で打つにつれ、臣民の悲嘆困苦のありったけをずらずら物語り、このテューリ ンゲンの 邦 く に で起こっているあらゆる罪過、あらゆる非道は方伯のせいだ、と決めつけ、方伯が地獄の奈落へ落ちる ように、と呪い 罵 ののし って止まなかった。それからまた、物知らずな癖にこの身は賢いと自認、仕える君侯に、ご領邦 ではなべて事もござりませぬ、と思い込ませる 自 う ぬ ぼ 惚 れ屋の相談役衆について昔ながらの唄を歌った。それでいて後 から 欺 ぎ ま ん 瞞 が明るみに出、暴動の火の手が上がると、この結果生じる不幸は 悉 ことごと く君侯の責任にされるのである。こう した鍛冶屋の厳しい言葉から己に対する民草の意見を聞き知った方伯は心底驚愕し、配下の貴族たちが犯した不法 に恐怖で決着を付けよう、と決心した。とことん堅く鍛えられた彼は、露まどろむことなく夜を過ごし、ルーラの 野 鍛 冶 の 許 も と を 去 っ た。 彼 の 柔 和 な 精 神 は 鉄 の よ う に 堅 く 変 じ た。 統 治 の 手 綱 を 我 が 手 に 握 る と、 こ れ を ぐ い と 引 き 締 め た の で、 貴 族 な る 馬 ど も は 泡 を 吹 き〔= 激 怒 し〕 、 歯 ぎ し り し、 棹 さ お 立 ち に な っ た〔= 逆 ら っ た〕 が、 民 草 は ほっと 安 あ ん ど 堵 し、方伯に好意を寄せるようになった。なにしろ封臣の騎士 輩 ば ら はもはや民草を虐待・搾取することが許 されなくなったからである。 四五三 貴 エ ー デ ル ア ッ カ ー 族の畑 さて、かの雄雄しき方伯は民草の側に立ち、その相談役や役人たちの押し付ける賦課を軽減した。この連中につ いて例の鍛冶屋がこう語って聞かせたのである。あの衆は狡賢い狩人で、 赤 あかぎつね 狐 ──これすなわち金貨のこ と (11 ( ──を
己 お の が財布の中に追い込んでいる、と。配下の貴族たちは 挙 こ ぞ って大いに方伯を 怨 う ら んだ。主君の行為は前代未聞の改悪 だ、と思われたので。そこで彼らは反対同盟を結成、もうかようなことには耐えられん、と 鳩 きゅうしゅ 首 談合した。これら 従おうとしない封臣たちが 自 じ ま ま き ま ま 儘気儘 に我意を通そうとしている、との密報を受けた方伯は鉄の 鎖 く さ り か た び ら 帷子 を (11 ( 着込み、軍 勢を率いてフライブルクを見下ろすヌームブル ク (11 ( に進発、叛乱を起こそうと徒党を組んでいた 輩 やから を 悉 ことごと く捕らえ、城 を 見 下 ろ す 平 地 へ (11 ( 連 行、 そ こ で 彼 ら に 一 いちじょう 場 の 演 説 を 行 っ た。 そ の 中 で 方 伯 は 胸 の 裡 う ち に あ る こ と を 全 て 彼 ら に 述 べ た。 い わ く。 汝 なんじ ら は 忠 誠 の 誓 い を 破 っ た 謀 む ほ ん に ん 叛 人 で あ り、 本 来 な ら 汝 ら の 首 は 足 あ し も と 許 に 落 ち て い る の だ。 さ れ ど 余 は、 己 おのれ の家臣たちを殺した、と 譏 そ し られたくない。汝らに償金を課したくもない。また、汝らが行ったように、臣民の所 有地を取り上げたくもない。しかしながら処罰せずに釈放はせぬ。さよういたせば、今後余の怒りを汝らがせせら 嗤 わ ら う 所 ゆ え ん 以 となろう。そこで余は後代への戒めとして範例を示すつもりだ、と。そして 端 は づ な 綱 と 頭 と う ら く 絡 を (11 ( 準備させ、貴族 たちを四人一組にして一台の 犁 す き に繫いだ。これを操作するのは従者たちで、方伯は農夫のように鞭を持って後ろか ら歩きながら貴族たちを 駈 か り立て、長い溝を 犁 す き返した。そして溝が一筋できると、向きを変え、また別の貴族た ちを犁に繫がせ、こうして馬どもを使ったように畑全体を耕した。それから耕地の周囲に大きな石柱の 標 しるし を置いて 永 と こ し え 久 の記念とし、これを一種の 避 ア ジ ュ ー ル 難所 と (11 ( 定めた。その後方伯はこの地所を「 貴 エ ー デ ル ア ッ カ ー 族の畑 」 (1( ( と名付けた。これは今日な おそう呼ばれており、古いヌームブルクの近く、背後の開けた丘の上にある。さて、かようにしたたかに辱めを受 けた封臣たちは改めて臣従の誓いを立てねばならなかった。さもなければ主君の怒りが嵐のごとく襲い掛かるに違 いなかったからである。
四五四 生ける城壁 方伯ルートヴィヒが取ったこうした処置についてその後テューリンゲンの 邦 く に では論議しきりだった。 輓 ば ん ば 馬 にされ た者たちは恥じ入ってひっそり吐息をつくばかりだった。その場に居合わせなかった連中は、そんな侮辱を堪え忍 ぶよりいっそ死んだ方が増しだて、と 喋 ちょうちょう 喋 した。巷間最も悪評を立てられたのは役人たち。どこかの邦で君侯と民 草 と の 間 に 不 和・ 争 闘 が 発 生 す る と 必 ず そ う だ が、 彼 ら は 贖 しょくざい 罪 の 山 や ぎ 羊 と な り、 全 て の 責 め を 負 わ ね ば な ら な か っ た。 怨 恨 を 募 ら せ て 主 君 の 闇 討 ち を 企 ん だ 輩 やから も 幾 ら か あ る。 し か し な が ら 神 の 御 み て 手 が 方 伯 を 加 護 し、 暗 殺 者 ど も は 浅 ま し い 最 期 を 遂 げ た。 方 伯 は 常 に 従 者 た ち を 傍 に 置 き、 行 ぎょうじゅう 住 坐 ざ が 臥 鉄 の 鎖 く さ り か た び ら 帷 子 を 身 に 着 け た。 こ の こ と と そ の 峻 しゅんげん 厳 な 仕 置 き ぶ り か ら 彼 は 鉄 デア・アイゼルネ・ラントグラーフ 方 伯 と (11 ( 添 え 名 さ れ た。── こ の 方 伯 の 義 兄 は 帝 国 最 高 の 世 俗 君 主、 す な わ ち フリードリヒ 赤 デア・ロートバルト 髭帝 だっ た (11 ( 。フリードリヒが程遠からぬ居城キフハウゼ ン (11 ( からヌームブルクを訪れたところ、この 城 に は ま だ 城 壁 が 繞 め ぐ ら さ れ て い な か っ た (11 ( 。 皇 帝 は こ の「 新 ニ ウ ヴ ェ ・ ブ ル ク た な 城 塞 」 (11 ( が 気 に 入 り は し た も の の、 「惜 し い の う、 城 壁 が な い と は。 堅 く 防 備 を 固 め る べ き で あ ろ う に」 と 言 っ た。 「は っ は」 と ル ー ト ヴ ィ ヒ。 「城 壁 の 心 配 は 要 り ま せぬ。欲しければすぐ 出 しゅったい 来 いたしますので」 。──「どれほどすぐにかな」と皇帝は 訊 き いた。 「三日とは掛かりませ ぬ」 。──「さ よ う な こ と は 誓 っ て あ り 得 ぬ」 と 赤 髭 帝。 「よ し や 帝 国 中 の 壁 工 を 集 め た と し て も な あ」 。── こ う した遣り取りの後皇帝は食事に赴いた。すると方伯はすぐさま全邦に急使を送り、武装をこの上もなくきらきらし く 調 え、 ご く 少 数 の 兵 を と も な い、 即 刻 フ ラ イ ブ ル ク (11 ( を 指 し て 進 発 す る よ う、 配 下 の 伯 爵 と 貴 族 た ち に 下 命 し た。 こ れ は 封 臣 た ち の 服 従 ぶ り を 試 す 良 い 機 会 で も あ っ た。 彼 ら も こ れ に 気 づ き、 時 刻 を 違 た が え ず 挙 こ ぞ っ て 参 集 し た。 三
日 目 の 夜 明 け、 悉 し っ か い 皆 思 い 通 り に 準 備 を 終 え た 方 伯 は 義 兄 の 部 屋 に 行 き、 「陛 下、 城 壁 が 完 成 い た し ま し た」 と 言 っ た。これを聞いた皇帝は十字を切って、これには 悪 サ タ ン 魔 が手を貸したに違いない、と考え、部屋から出て、びっくり 仰天した。なにしろ城の周りを 甲 かっちゅう 冑 と武具を輝かせた 軍 ぐんぴょう 兵 から成る生きている城壁が囲んでいるのを目の当たりに し た か ら で あ る。 塔 の あ る べ き 場 所 に は 伯 爵 が 一 人 位 置 し、 そ の 前 に は 方 バ ナ ー 旗 を (11 ( 護 持 す る 旗 手 が 控 え、 そ の 間 に 連 なっているのは 殿 と の ば ら 輩 と貴族の面面。爽やかな朝風に色鮮やかな美しい 旌 せ い き 旗 ──シュヴァルツブルク、ケーフェルン ブルク、グライヒェン、ホーンシュタイン、シュトールベルク、マンスフェルト、ラインシュタイン、オルラミュ ンデ、アールンスブルク、バイヒリンゲン、グライスベルク、ロープダブル ク (11 ( 等等の伯爵たちの 方 バ ナ ー 旗 、それからア ポルダ、ブランケンハイム、ヘルドルンゲン、トレフフルト、クラニヒフェルト、ロイテンベルク等等の 夥 おびただ しい高 貴 な 殿 ら の 軍 旗── が 翩 へ ん ぽ ん 翻 と た な び い て い た。 広 大 な 封 土 を 支 配 し て い る わ け で は な い が、 堂 堂 た る 城 郭 を 構 え、 地所をたっぷり持っている無数の下級貴族のそれは言わずもがな。そこで皇帝フリードリヒは叫んだ。 「まっこと、 朕 ち ん はかほど高貴で得難い、価値ある堅固な城壁をいまだかつて目にしたことはない。義弟殿、礼を申すぞ。かよう な城壁を見せてくれたことをな」 。 四五五 鉄 デア・アイゼルネ・ラントグラーフ 方 伯 の葬儀 末期が近づくのを感じながら、ノイエンブル ク (11 ( ──かつて周囲を生ける城壁で囲ませた城──で病の床に臥して い た 鉄 デア・アイゼルネ・ラントグラーフ 方 伯 ル ー ト ヴ ィ ヒ は、 己 おのれ に 叛 は ん き 旗 を 翻 し た 前 歴 が あ る 騎 士 輩 ば ら と 封 臣 た ち の 内 ま だ 存 命 の 者 を 召 し 寄 せ る ように手配し、命が惜しければ、この身が世を去った暁には 屍 かばね を 卿 け い らが肩に担いで 鄭 ていちょう 重 にフライブルクからライン
ハ ル ツ ブ ル ン 修 道 院 (1( ( ま で 運 ぶ よ う に、 と 命 じ た。 そ こ で 貴 族 た ち は よ ん ど こ ろ な く 方 伯 の 手 に 接 く ち づ け 吻 し て そ れ を 誓 い、好むと好まざるとに関わらず実行した。なにせ方伯を 畏 お そ れ 憚 はばか ること悪魔より甚だしかったし、また、もしかし て方伯は自分たちを試みて、生きているのに 柩 ひつぎ に納まって運ばせ、運ばなかったら、柩から出て来て激怒し、処罰 を下すのかも知れない、と考えもしたからである。そこで方伯が逝去すると、忠実に誓言を 遵 じゅんしゅ 守 、 怯 お び え 戦 おのの きながら 十 哩 マイル 以 上 の 長 く 遠 い 道 の り を、 休 み 場 所 で 何 度 も 交 替 し て 担 い で 行 っ た。 こ う し て 柩 を 教 会 内 に 安 置 す る と、 方 伯の霊魂のために祈りを捧げた。方伯の霊魂には代理祈 願 (11 ( が必要、と思ったので。ラインハルツブルン修道院にお ける方伯の葬儀は盛大だった。ドイツの諸侯が大勢これに参列するためやって来た。マクデブルク大司教ヴィーク マンが方伯のための死者 弥 ミ サ 撒 を執り行った。ルートヴィヒは修道院附属教会の聖なる十字架が飾られた祭壇脇に埋 葬され、墓の上には彼の彫像──生前世人が見慣れていた完全に甲冑で身を固めた姿の──が置かれた。 四五六 ラインハルツブルン修道院が保護されたしだい 鉄 デア・アイゼルネ・ラントグラーフ 方 伯 は 長 男── こ れ ま た ル ー ト ヴ ィ ヒ と い う── を 後 に 残 し た が、 こ の 他 に も ま だ 子 息 が 三 人── ヘ ル マ ン、 フ リ ー ド リ ヒ、 ハ イ ン リ ヒ── が お り、 ユ ッ タ な る 息 女 が い た。 若 き 方 ラントグラーフ 伯 ル ー ト ヴ ィ ヒ (11 ( の 為 ひととなり 人 は、 そ の 父親が人間の性悪さと横暴さをとことん思い知らされるまではやはりそうだったように、穏和かつ善良で、在在所 所の修道院を崇敬し、寄進を惜しまなかった。本拠はたいていヴァルトブルク城だったが、後に皇帝フリードリヒ とともにアプリア地 方 (11 ( に赴いたことがある。この時とばかりザルツァのある 殿 (11 ( がラインハルツブルン修道院の領地 内 な る ア ル テ ン ベ ル ク 山 上 に 主 ベルクフリート 塔 と 煖 ケ ム ナ ー テ 房 居 館 を (11 ( 築 き 始 め た。 さ て 方 伯 が 帰 還 す る と、 ラ イ ン ハ ル ツ ブ ル ン 修 道 院
長はとある土曜日にこのことを訴えた。すると方伯はただちに最寄りの封臣たちと 家 け に ん 人 らに 通 つうちょう 牒 を発し、日曜日の 早暁にはもう騎士・騎乗兵を従えて修道院に参着、 弥 ミ サ 撒 を聴聞した。それから、自分が部下とともに戻るまで盛儀 弥 ミ サ 撒 に 移 ら ぬ よ う 院 長 に 命 じ る と、 攻 城 用 具 を 充 分 装 備 し た 軍 勢 を 引 き 連 れ、 静 ま り か え っ た 森 を 騎 馬 で 駈 か け 抜 け、新城が建っているアルテンベルクにひそやかに登った。城ではザルツァの殿が太平楽にくつろいでいたが、何 事も企めぬ内に城は急襲・占領され、自身は部下諸共 虜 と り こ 囚 となってラインハルツブルン修道院に連行された。そし て こ こ で 盛 儀 弥 ミ サ 撒 が 始 ま る と、 キ リ ス ト 磔 た く け い 刑 像 の 前 を 歩 み、 未 来 永 劫 復 ふくしゅう 讐 を 断 念 す る と の 誓 い を 立 て ね ば な ら な かった。翌日には城は根こそぎ破却されてしまい、木材と石材は修道院のものとなった。修道院の坊さんたちには ま だ 訴 え 事 が あ っ た。 彼 ら は か ね て 極 上 品 を 産 出 す る ヴ ュ ル ツ ブ ル ク (11 ( で 荷 車 一 台 分 の 葡 ワ イ ン 萄 酒 を 購 あがな っ た が、 こ れ を テ ュ ー リ ン ゲ ン 山 ヴ ァ ル ト 地 へ 運 ぶ 途 中、 街 道 か ら 程 遠 か ら ぬ 城 に 住 む フ ラ ン ケ ン の 騎 士 が こ の 酒 と 荷 馬 車 と 六 頭 の 輓 ば ん ば 馬 を、それがしも 喉 の ど が渇いておる、との理由で略取したのである。方伯は告訴を聴くと、この騎士に返還を命じる書 状を遣わしたが、騎士の方は、へへん、ちゃんちゃらおかしいわ、テューリンゲン方伯とやつの喉を渇かした坊主 どもなどおれさまの知ったことか、とせせら笑った。──しかしある朝、テューリンゲンの 旌 せ い き 旗 の数数がフランケ ン 騎 士 の 城 塞 の ぐ る り に 翩 へ ん ぽ ん 翻 と 靡 な び き、 城 は 取 り 囲 ま れ て 猫 の 子 一 匹 出 入 り で き な く な っ た。 方 伯 自 身 陣 頭 に 出 馬、 ラ イ ン ハ ル ツ ブ ル ン 修 道 院 所 有 の 葡 ワ イ ン 萄 酒 で 喉 の 渇 き を 恣 ほしいまま に 鎮 め た 廉 か ど に よ り か の 騎 士 を 飢 え 死 に さ せ て く れ よ う、 と誓った。そこで騎士は百方陳弁にあいつとめ、我が身と憐れな魂を救わねばならぬ仕儀となり、どうすればよろ しいかご下命くだされ、と方伯に申し出た。かくして、カノッサにおける皇帝ハインリヒ四 世 (11 ( のように 馬 ば す 巣 織りの 懺 ざ ん げ 悔 襯 シ ャ ツ 衣 を (11 ( 纏 ま と い、 頸 く び の周りには一本の綱を巻き付け、抜き身の剣の切っ先を喉元にあてがった騎士は、徒歩で方伯 の前に進み出て、命ばかりはご 宥 ゆ う じ ょ 恕 を、と懇願する羽目になった。荷馬車と輓馬と 葡 ワ イ ン 萄酒 は自分自身が 馭 ぎ ょ し ゃ 者 兼護衛
になってラインハルツブルン修道院に返還、これで 漸 ようや く生命と城を安堵され、その後は別の方法で酒にありつくよ う心懸けた。 四五七 魂 ヘールゼーレンベルク 哭 山 の話 テューリンゲンの 邦 く に の真ん中、ゴータとアイゼナハの間に、遠くから見ると棺桶そっくりの、高く険しい禿げ山 がある。この山のすぐ麓まで鉄道が延びていて、ゼッテルシュテットという名の村を分断している。この山はもう 大 昔 か ら 魂 ヘールゼーレンベルク 哭 山 と (11 ( 呼 ば れ た。 山 の 中 か ら 異 様 で 不 気 味 な 唸 う な り 声 が よ く 聞 こ え る か ら で あ る。 と り わ け 突 と つ こ つ 兀 と 聳 そ び え る峰の下、アイゼナハに向かって開いている 巖 い わ の裂け目の傍で。地底を落下する水の 轟 ご う お ん 音 と吹き荒ぶ風の 吼 ほ え声の 他に、魂の 啼 な き叫びが聞こえるとされた。それゆえこの山の名はラテン語で 啼 モ ン ス ・ ホ リ ソ ヌ ス キ叫ビ山 とも。ヘールゼルという小 さな渓流の名もこの山に 因 ち な む。現今、 古 いにしえ のヘールゼーレンベルクはヘールゼルベルクと呼ばれる。この山について は今日に至るまで不思議な伝説が 夥 おびただ しく伝えられている。山は雷雨停滞帯でもある。周りを大気現象の 焰 ほのお が包んだ り、樹木一本ない頂きを稲妻が 閃 せ ん せ ん 閃 と取り囲むことがよくある。かつて晴れた日にアイゼナハ近郊で三本の巨大な 火柱が立ち、 暫 しばら く空中で燃え 熾 さ か っていたが、次いでくっついたり離れたりし、最後には三本ともヘールゼーレンベ ルクの胎内に入って行った。 昔 英 国 の あ る 王 が 出 自 こ そ 卑 賤 で は あ る が 典 雅 な 婦 人 を 配 偶 に し た。 そ の 名 は ラ イ ン ス ヴ ァ イ ク と か リ ン ス ヴィーガとか。間もなく王が亡くなると、ラインスヴァイクは 主 あるじ にして背の君なるひとを深く悼み、王の霊魂が煉 獄 の 火 か ら 救 わ れ る よ う、 盛 ん に 祈 き と う 禱 を 行 わ せ た。 そ う し た あ る 夜、 彼 女 は 夢 う つ つ の 内 に 背 の 君 の 声 を 耳 に し、
背の君の姿を目の当たりにした。そして王が遙かなテューリンゲンの邦のある山の奥底で他の憐れな魂たちと共に 苦 く げ ん 患 を味わっており、海の彼方で彼女が挙げさせている代 願 (1( ( も祈禱も役に立っていない、と聞かされた。そこで妃 は金銀財宝をありったけ持ち、腰元の乙女たちや従者一同を従え、ドイツ目指して渡海した。 辿 た ど るべき道筋は王の 幻影が教えた。やがて妃は緩やかにゴータに向かって流れ下って行く渓流の 畔 ほとり に着き、そこにささやかな教会と修 道 院 風 の 家 屋 を 建 て た。 彼 女 は 自 分 に も 苦 悶 す る 魂 ど も の 声 が し ば し ば 聞 こ え る と 思 っ た の で、 そ こ を 悪 ザータンス・ シ ュテッテ 魔 の 地 と 呼 ん だ。 こ こ の 周 り に や が て 人 人 が 入 植 す る と、 後 に ゼ ッ テ ル シ ュ テ ッ ト (11 ( と な っ た。 信 仰 深 い 妃 は そ の 辺 り 一 帯 に 更 に 幾 つ も 礼 拝 堂 を 建 立、 侍 女 た ち と 共 に 熱 心 に 祈 り を 捧 げ て 神 に 仕 え ま い ら せ た の で、 と う と う 夫 の 魂 を ヘールゼルベルクの煉獄から救済することができた。やがて彼女が逝去すると、腰元の乙女たちは、ルートヴィヒ 温 デ ア ・ ミ ル デ 良方伯 の (11 ( 息女アーデルハイト姫がアイゼナハにニコライ修道院を創建していたので、そちらへ引き移り、この修 道院でベネディクト派修道女として生涯を終えた。 四五八 鉄 デア・アイゼルネ・ラントグラーフ 方 伯 の魂 鉄 デア・アイゼルネ・ラントグラーフ 方 伯 の 子 息 ル ー ト ヴ ィ ヒ 温 デ ア ・ ミ ル デ 良 方 伯 は、 な ろ う こ と な ら 父 君 の 魂 が ど ん な 巡 り 合 わ せ に な っ て い る か 知 りたい、と思っていた。鉄方伯は配下の貴族 輩 ば ら の抑圧から民衆を救ったのだが、その冥福を祈る者はいない、と聞 き お よ ん だ か ら で あ る。 な に し ろ 至 れ り 尽 く せ り の 御 仁 で も 決 し て 民 衆 に 気 に 入 ら れ る こ と な ん ざ あ り ゃ し な い。 神様ですらその通り。そうした主君の望みをある騎士が宮廷で聞き及んだ。騎士には弟が一人いて、これはアイゼ ナハで司祭になっており、黒魔術に通暁していたのである。そこで兄に命じられた司祭は悪魔を召喚、方伯様の魂
は い ず こ に お わ す、 と 訊 た ず ね た。── 悪 魔 は、 お ぬ し が お れ と 同 行 す る な ら、 方 伯 の 魂 に 会 わ せ て や ろ う、 と 言 い、 身の安全を保証した。司祭が承知すると、悪魔は司祭を背負い、瞬く間にヘールゼーレンベルクの胎内へ直行── というのも遠くまで行く必要はなかったし、こやつ、蒸気機関車よりずっとずっと速かったから。司祭は責め苦拷 問の数数を目撃、身の毛がよだつ思いだった。それから悪魔の仲間が 坑 あ な の一つの 金 か ね でできた蓋を開け、坑の中目掛 けて青銅の 喇 ら っ ぱ 叭 を吹くと、全山、全世界が震動するほど鳴り響いた。すると坑から火花と硫黄蒸気が 濛 も う も う 濛 と立ち昇 り、 そ の 後 か ら 先 代 方 伯 の 姿 が せ り 上 が っ て 来 た。 悄 しょうぜん 然 と 窶 や つ れ 果 て、 さ な が ら 影 法 師 同 然。 そ し て、 自 分 は 修 道 院や司教座に辛く当たり過ぎた、我が息子は、この身(鉄方伯)が彼らから奪って忠実な家臣たちに与えた領地を 返してやらねばならない、そうすればこの身をかかる 苦 く げ ん 患 から救い出すことになるのだ、と告白した。司祭いわく 「や つ が れ が さ よ う な 話 を お 伝 え い た し ま す れ ば、 皆 様 は、 そ れ は そ の ほ う の で っ ち あ げ だ、 と お っ し ゃ り、 そ も そ も 坊 主 が お 供 物 を 返 し て よ こ す な ん て こ と が あ ろ う か、 と お 訊 き き あ そ ば し ま し ょ う」 。 す る と 憐 れ な 魂 は「余 は ある秘密を 徴 しるし としてそちに教えよう。そうすれば彼らは信用いたすであろう」と言った。そしてだれも知らない徴 を事細かく告げ終わると、再び坑へと沈められた。その光景に司祭さんは目の前が緑やら黄やらになり〔=目がち ら く ら し〕 、 悪 魔 に よ っ て 元 の 場 所 に 連 れ 戻 さ れ た 後 も、 肌 は 黄 色 く 皺 し わ ば ん だ ま ま だ っ た。 さ て 司 祭 は 目 の 当 た り にした一部始終を陳述、例の証拠をありのままに呈示したのだが、領地を接収した者たちはそれでも信用せず、こ れを一向手放そうとしなかった。そして、何もかも 噓 う そ っぱちさ、ありゃあ坊主っくりの 悪 わ る さ 戯 に過ぎん、とそらうそ ぶいた。──しかしながら司祭はもはや黒魔術に手を染めず、聖職禄と 采 さ い ゆ う 邑 を返上、フォルケンローデ修道院の一 修道士となった。
四五九 ヴェーヌスの奥方と 荒 ダ ス ・ ヴ ィ ル デ ・ ヘ ー ア れ狂う同勢 の話 ヘールゼーレンベルクの中に異教の女人が呪封されてもいたことは過去どの時代でも有名周知だった。この女人 はさまざまな人人の前に 典 フ ル ト 雅な魅力 の限りを尽くして出現、 艶 え ん や 冶 な愛の魔術を駆使して山の胎内に誘い入れるので あった。そこでフルダと呼ばれた。この妖女はヴェーヌスの奥方、すなわちなべての愛の女神に他ならぬ。上辺は 歓楽、実は永劫の 苦 く げ ん 患 に導くため山の奥底に封じ込められているのだ。なにしろ温柔な悦楽に慣れ親しんでいる当 の絶世の美女が酷寒の冬の夜夜、おぞましい 形 ぎょうそう 相 をした 己 お の が情人たちや眷属どもを 悉 ことごと く引き連れ、妖怪と化し怖い ホレの姿となっ て (11 ( 山であれ森であれその上空を、 ほ ハ ッ ロ ー ・ ウ ン ト ・ フ ッ サ ほうほいほい と (11 ( 荒 ダ ス ・ ヴ ィ ル デ ・ ヘ ー ア れ狂う同勢 の物凄い喚声を挙げながら、狩り に 猛 進 し て 行 か ね ば な ら な か っ た の で あ る。 自 分 の 頭 を 小 脇 に 抱 え た 斬 首 さ れ た 者 た ち も 見 え る。 車 輪 に〔手 足 を〕編み込まれた連 中 (11 ( が、異教の神話のイクシオ ン (11 ( さながら、ごろごろ回転。うなじに顔のある者、胸に顔のある 者、蛇の尾を付け、 蜥 と か げ 蜴 の爪を持つ連中も少なくない。一本足で跳ね踊って行く者たちもあれば、物乞いの若者が や る よ う に 筋 と ん ぼ 斗 返 り を 打 つ 者 も い る。 そ し て あ り と あ ら ゆ る 野 獣 や 猟 犬 が 狩 り に 加 わ っ て い た。 同 勢 の 先 頭 に 立 つのは白杖を携えた老人で、行く手で出くわす人人が危ない目に 遭 あ わぬよう、道を 避 よ けろ、脇に寄れ、と命じたも の。 こ れ ぞ 人 呼 ん で 忠 実 な エ ッ カ ル ト (11 ( 。 そ う い う し だ い で あ の 言 い 回 し が で き た の で あ る。 「忠 実 な エ ッ カ ル ト だ な、 お ま え は。 だ れ に で も 注 意 す る」 。 フ ル ダ 夫 人 あ る い は ヴ ェ ー ヌ ス の 奥 方 は ヘ ロ デ ィ ア ス と 呼 ば れ る こ と も ま まある。洗礼者ヨハネの首を要求し、かの歩きづめのユダヤ 人 (11 ( のごとく呪われて永遠にさすらう身となったヘロデ の 娘 (11 ( のことである。雪が降るたびテューリンゲンの子どもたちは「ホレのおばさんが羽布団を振るってるんだ」と